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EU との経済連携強化のための調査

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EU との経済連携強化のための調査
平成19年度アジア基盤情報収集分析対策事業
平成 19 年度
EU との経済連携強化のための調査
報告書
2008 年 3 月
日本機械輸出組合
この事業は、競輪の補助金を受けて
実施したものです。
http://ringring-keirin.jp
はしがき
日 EU は、先進国間において人、物、サービス、資本の移動の高度な自由化や環境基準の
調和などを通じて、世界に模範を示すグローバルパートナーでもあり、その連携を強化し
ていくことが重要です。
産業界の動きとして、昨年 6 月に開催された日欧ビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブ
ルにおいて、日・EU「EIA(Economic Integration Agreement:経済統合協定)」のフィ
ージビリティを検討するタスクフォース設置について両首脳に提言がなされ、また、日本
経団連により日 EU 経済連携協定の締結の検討に向けた産学官の研究会の早期設置につい
て政策提言がなされました。
こうした中、今後、我が国がEUとの経済連携戦略を検討するにあたり、例えば、環境、
イノベーション、安全といったコンセプトの下、関税のみならず、投資交流、制度調和・
制度構築、相互認証、知的財産など幅広い分野における他国の模範となるような連携が必
要であり、その具体的事項、フィージリビリティ、そのもたらす効果等について検討する
必要があります。
本調査では、(株)野村総合研究所に委託して、既存事例等からの示唆を踏まえ、EIA に対す
る日・EU 双方のニーズを検討の上、日・EU EIA に盛り込むべき主要項目を提案しました。
同報告書が、日本と EU との間での経済連携協定(又は経済統合協定)の準備を進めるた
めの参考になれば幸いです。
平成 20 年 3 月
日本機械輸出組合
専務理事
i
倉持
治彦
目
次
第1章
本調査の検討の枠組み ........................................................................................... 1
第2章
先行事例分析.......................................................................................................... 3
1.EU の既存 EPA/FTA のレビュー............................................................................... 3
2.日 EU 間の既存の主な国際協定等 ........................................................................... 10
3.トランスアトランティックでの経済統合の動向...................................................... 13
4.日本とスイス経済連携の取り組み ........................................................................... 23
第3章
日本及び EU のニーズ調査 .................................................................................. 28
1.日本と EU との対話の枠組み .................................................................................. 28
2.日本と EU との対話項目 ......................................................................................... 28
3.日本から見たニーズ................................................................................................. 35
4.EU から見たニーズ ................................................................................................. 46
第4章
日 EU 経済統合の主要項目 .................................................................................. 62
1.既存事例等からの示唆と項目の選択........................................................................ 62
2.具体的な項目の検討................................................................................................. 64
1)貿易取引・投資交流の促進 .................................................................................. 64
(1)貿易取引の促進:AEO 制度の調和 .................................................................. 64
(2)投資交流の促進................................................................................................. 65
2)医療分野における調和と協力の推進 .................................................................... 66
(1)医薬品・医療機器の MRA の適用範囲拡大 ...................................................... 66
(2)治験データの電子化.......................................................................................... 68
(3)少子高齢化に伴う健康医療関連分野の協力...................................................... 69
(4)国際的な疾病対策 ............................................................................................. 70
3)金融分野における調和と協力の推進 .................................................................... 72
(1)国際会計基準の調和.......................................................................................... 72
(2)金融業のファイアー・ウォール規制の緩和...................................................... 73
(3)金融政策におけるベターレギュレーションに向けての調和・協力 .................. 74
(4)ソブリン・ウェルス・ファンド規制についての協力・協調............................. 75
ii
4)環境・エネルギー分野における調和と協力の推進............................................... 75
(1)環境関連規制に関する取り組み(REACH の運用ルールの統一化)............... 75
(2)環境に配慮した製品の普及に向けた取り組み .................................................. 76
(3)気候変動に対する共同での取り組み................................................................. 77
(4)エネルギー安全保障.......................................................................................... 80
5)企業活動の規制・ルールの調和化........................................................................ 81
(1)競争政策の透明性の確保 .................................................................................. 81
(2)個人情報保護(国際的なルールの制定) ......................................................... 83
(3)日本と EU との統一的な租税条約・社会保障協定の締結 ................................ 84
6)イノベーションを促進する制度・インフラの調和化と協力 ................................ 84
(1)特許審査の調和化、迅速化(特許審査ハイウェイ)........................................ 84
(2)模倣品対策の強化(第三国における模倣品対策も含めた協力推進)............... 85
(3)次世代ネットワークの構築・活用:標準化、相互接続性の確保...................... 87
7)人の交流の促進 .................................................................................................... 89
(1)産業人材の交流の促進 ...................................................................................... 89
(2)エラスムス計画への参画 .................................................................................. 91
(参考)既往研究にみる EU への経済統合の効果分析...................................................... 93
iii
第1章
本調査の検討の枠組み
1.本調査の目的
日本にとって EU は、アジア、北米に次ぐ重要な貿易相手地域であることに加え、環境
や技術の基準調和等において世界をリードするグローバル・パートナーでもある。
その日本と EU との間で 2007 年 6 月に開催された日欧ビジネス・ダイアログ・ラウンド
テーブル(ベルリン)において、「日・EU 間の経済統合協定(EIA)とも言うべきものの
フィージビリティーを調査するためのタスクフォースを産業界の支援の下に設立するこ
と」が提案された。また、日本経団連からも日 EU 経済連携協定締結の検討に向けた産学
官の研究会の早期設置について提言が発表されるなど、日本と EU との間の経済連携への
期待が産業界で高まっている。
今後、我が国が EU との経済連携戦略を検討するにあたっては、関税の引き下げのみな
らず、環境、イノベーション、安全、科学技術、人材育成等幅広い分野で制度調和・制度
構築、相互認証、知的財産保護等を進めることで、国際社会に模範を示すような連携を実
現していくことが望まれる。
このため、本調査においては、日本と EU との経済連携の具体的事項、フィージリビリ
ティ、そのもたらす効果等についての検討を行った。
2.調査の位置づけ
日本側では、JETRO が事務局となって我が国の主要な団体と企業からなる「日本・EU
EIA 検討タスクフォース」が組織され、日本と EU の EIA に盛り込むべき項目についての
検討が行われた。本調査は、同タスクフォースに向けて日本機械輸出組合より意見を提出
するにあたっての項目の抽出と関連調査を行った。
また、上記タスクフォースで提起された項目のうちいくつかの重要と考えられる項目に
ついて、EU 側のニーズや日本における現状などのバックグラウンド調査を実施した。
3.調査内容と方法
1)EU 側のニーズ調査・有識者インタビュー
EU 側のニーズ調査については、欧州ビジネス協議会、個別企業、主要国大使館等とのデ
ィスカッションを実施した。
また、有識者インタビューについては、EU 全体の動向に詳しい学識経験者、及び特定テ
ーマについて深い知見のある専門家の意見を吸収するために実施した。特に、本調査の実
施にあたっては、EU 側に EIA 実現に向けて前向きな取り組みを働きかけるため、EU 側が
特に関心の高い項目について抽出し、焦点をあてるための議論を実施した。
1
2)項目検討の枠組み
日 EU の EIA に盛り込むべき項目として何を取り上げるべきか、を検討するにあたって
は、特に先進国同士の経済連携がいかにあるべきかという視点から、以下の作業を行った。
まず、EU の既存の EPA/FTA の事例の中から、特に関税引き下げ以外の経済連携協定に
盛り込まれているような項目にどのようなものがあるかをレビューした。
次に、先進国同士の経済連携の事例として、米欧の大西洋間経済統合での議論、日本と
スイスの経済連携における議論などを取り上げた。また、日本と EU との関係については、
これまでの日 EU 規制改革対話における論点、日本機械輸出組合が取りまとめている「各
国・地域の貿易・投資上の問題点と要望」などを参照した。
3)重要項目の調査
日 EU の EIA に盛り込むべき項目については、日本側タスクフォースに意見提示を行っ
た。その中でいくつかの項目については、EU 側のニーズや日本における現状などのバック
グラウンド調査を実施した。これらは、主に文献調査と一部インタビューにより実施した。
2
第2章
先行事例分析
本章では、日本と EU がこれまでどのような国際協定を締結してきたか、日 EU への参
考となりそうな分野を中心にレビューする。本調査で対象としたのは、EU がこれまでに締
結した既存の EPA/FTA、日本と EU との間の国際協定、米国と EU との間のトランスアト
ランティックでの経済統合に向けた取り組み、及び日本とスイスの経済連携に向けての検
討項目である。
1.EU の既存 EPA/FTA のレビュー
1)分析の目的と方法
本章では、EU の既存の EPA/FTA の事例の中から、特に関税引き下げ以外の経済連携協
定に盛り込まれているような項目にどのようなものがあるかをレビューする。これにより、
EU が EPA/FTA において重要視している項目が明らかになり、日本との経済連携の可能性
を探る上で、EU のニーズと位置づけることができるためである。分析の手法として、Pierre
DIDIER による”JMCIT EU Trade Relations Manual” (Pierre Didier Avocat Au Barreau
de Bruxelles, updated June 2007)(以下、
「Didier レポート」と表記)を参考に、EU の既
存の EPA/FTA、または、経済関係の二国間協定において、関税引き下げ以外に取り上げら
れている項目を分類し、その内容を検討する。
2)総論:EU の既存の EPA/FTA の特徴
EU の既存の FTA の特徴は、
①相手国の大多数が途上国であること、②工業製品を 100%カバーしているものがないこ
と、③「自由貿易」以外に広範な項目をカバーしていることである。
EU はこれまで 23 の FTA を締結してきたが、このうち欧州経済領域(EEA)諸国とス
イスを除く全ての相手国が途上国である。その理由として、Didier レポートは三つの要因
を指摘している。一つは、EU は、域外で貿易と海外支援とを両立させる必要があるという
ことである。EU は、貿易拡大を相手国に対するメリットとして用いて、途上国から、貿易
以外の、もしくは「間接的に貿易に関わる」分野での譲歩を引き出そうとしている。そし
てその分野とは、EU の基準や技術を受け入れることや、EU の競争法のスキームを採用す
ること、また EU の知的財産保護の原則を受け入れることといった、EU が「もっとも関心
を抱いている」ものであると、Didier レポートは分析している。
二つ目の理由は、現在 EU が FTA を結んでいる途上国は、ヨーロッパ諸国にとっては以
前の植民地であるところが多く、1960 年代に当時の EC が脱植民地化を図る途上で、経済
的友好関係が成立したというものである。途上国は、ヨーロッパとの植民地関係を断ち切
るに当たって、経済協力に関しては引き続き関係を維持しようとした。これが、20 世紀末
以降、EU と途上国の間の FTA として成立したのである。
3
三つ目の理由は、EU には、途上国に対して貿易面での合意と、民主主義や人権といった
政治的な価値観を結びつけることによって、「イデオロギーという傘の下で、海外での経済
的プレゼンスを高める」という目的があることである。そのため、FTA や経済協力の交渉
は人権や社会・環境基準といった「原則論」とのリンケージの中で行われている。
EU の既存の FTA の内容については、23 の FTA のうち、工業製品を 100%カバーしてい
るものはない。もっとも、トルコ、南アフリカ、地中海諸国との FTA は現在、改訂作業検
討中で、ここでは、これまでカバーされてこなかった項目として、サービス貿易、キャパ
シティビルディングなどの協力、セーフガード措置、環境、政府調達、紛争処理のほか、
人権や労働に関する条項を、FTA に含めることが検討されている。EU の FTA は、物品貿
易から、広範な「協力」へと、取り扱う分野が広がりつつある。しかしながら、工業製品
が 100%カバーされる方向へは動いていない。
以下、EU の既存の EPA/FTA や経済協力の関連協定で取り扱われている項目のうち、物
品貿易、もしくは関税引き下げ以外の項目について、「どのような国との協定においてカバ
ーされているか」という観点から分析を行う。その中で、先進国との協定において合意が
なされている項目を抽出し、日本と EU の経済連携を考える参考としたい。
3)各論:EU の既存の FTA においてカバーされている、関税以外の項目
(1)サービス貿易、投資
EU の既存の関税関連協定では、サービス貿易の自由化については、GATS の規定に準ず
るか、もしくは努力目標のレベルに留まっているのが現状である。
関税関連の協定を結んでいない諸国、例えばロシアとの間では、規制や対立する項目が
多く、協定締結の見込みは立っていない。アメリカとの間にサービス貿易に関する対話が
存在する以外は、実質的なサービス貿易に関する協定が存在しないのが現状である。
(2)原産地規則
EU の既存の全ての FTA が原産地規則に言及し、相手国の産品を自国の製品と承認して
いる。アフリカ・カリブ・太平洋州(ACP)諸国や、トルコ、地中海諸国との協定は、こ
れに相当する。しかしながら、既存の FTA 以外に、原産地の相互承認について言及したア
ドホックな協定はない。
(3)税関協力、貿易円滑化
EU は、税関協力とは、薬物やマネーロンダリング、組織的犯罪などとの戦いと同様に経
済政策の「柱」となるものであると考えている。EU が途上国と結んでいる FTA には、関
税協力、貿易円滑化に重要性を課しているものも存在する。一方、FTA を結んでいない先
進国であるアメリカ、日本、カナダ、その他インドと中国との間に、EU はアドホックに税
4
関協力協定を結んでいる。
(4)二国間セーフガード
EU がこれまで定めてきた二国間セーフガード発動の要件は、GATT19 条に定められてい
るセーフガードの条件より広い概念であるのが一般的である。GATT19 条では、セーフガ
ードが発動できる要件は、WTO 加盟国の行った措置による損害が生じた場合で、「予見で
きなかった発展」(輸入の増加)によって、加盟国の産業が「深刻な損害を受けたとき」と
されている。一方、EU の二国間セーフガードに関する協定では、協定の相手国ではない国
の行った措置によって損害が生じた場合でもセーフガードを発動できるとされている。ま
た、セーフガードは「深刻な損害」より広い概念である「深刻な侵害」が生じた場合に発
動でき、その「侵害」が「予見できた」場合でもセーフガードが発動できるとされている。
たとえば地中海諸国との間では、セーフガードを発動するのに、対象製品が「3%以上の
マーケットシェア」を持っていることを判定しておくことは必ずしも必要ではない。コト
ヌー協定では、アフリカ・カリブ・太平洋(ACP)諸国は EU 委員会が賛同した場合にのみ
セーフガード措置を発動することができるのだが、ACP 諸国は EU に対して関税に関する
特権を有していないので、実際は ACP 諸国が EU 製品に対してセーフガードを発動する可
能性はないことになる。南アフリカの場合は、一旦関税を下げた結果、EU からの輸入が増
えたことで困難に直面した産業を保護するために、関税率を元に戻すことができる。チリ
との FTA では、GATT19 条の内容が適用されており、クロアチアとの協定では、独自のセ
ーフガード要件が適用されている。
一方、EU が関税関連の協定を結んでいない諸国との間では、基本的に GATT19 条の内
容が適用されている。
(5)紛争処理
EU の既存の FTA は、明確な紛争処理方法の規定を欠いており、従来 EU と FTA の相手
国との間に貿易上の紛争が起こった際は、EU は WTO の紛争処理手続か、もしくは非公式
の外交対話のもとで解決してきた。現在、EU は、地中海諸国との FTA に、紛争処理条項
を盛り込むべく提案をしており、これがその他の FTA にも援用されることになる。
一方、FTA を結んでいない先進国との間では、EU はアドホックに紛争処理手続を定め
ており、アメリカ及び日本との間には協定が、また、WTO のメンバーでないロシアとの間
には基本的な紛争処理の共通メカニズムが存在する。
今後 EU が新たに FTA を結ぶ場合は、地中海諸国との FTA に追加すべく作成中の案が
紛争処理の雛形として盛り込まれることになろう。
(6)競争
EU は、WTO の中で多国間で合意できる競争ルールを作ろうと試みてきたが、これは拒
5
否されてきた。そこで EU は、二国間の枠組みで、競争ルールを統一しようと試みてきた。
それぞれの FTA で詳細度は異なるものの、EU の全ての FTA には、競争に関する条項が含
まれている。しかしながら、全ての FTA において、競争に関する条項を履行するに当たり、
別途履行のためのルールを締約国と合同で採択する必要がある。このため実質上、EU の
FTA における競争のルールは、履行のためのルールを既に作成している EEA 諸国との間の
もの以外、つまり途上国との間では「死文化」しているのが現状である。
一方で、先進国との間で、競争のルールに関する協力は、アドホックな協定を結ぶこと
によって続けられている。これに該当するのが、EU がアメリカ、カナダ、日本、韓国との
間に結んでいる、あるいは締結すべく交渉を行っている独占禁止協力協定である。
上記のうち韓国との間のものはまだ協定として成立していない。2004 年に両地域は、”the
Memorandum of Understanding”の署名を経て、当局間の対話を開始した。それが 2006
年、今後競争に関する正式な協力協定を結ぶことを目的とした予備交渉へと発展した。
一方、アメリカ、カナダ、日本との間には、すでに独占禁止協力協定が存在する。基本
的に、これら三つの協定は、①自国の当局の執行活動が、相手側の重要な利益に影響を及
ぼしうる場合、事前に通報する、②当局同士、情報交換などの協力をする、③執行活動を
行う際、活動の効率化など当局同士で調整をする、という条項を含んでいる点で共通して
いる。
三つの協定それぞれについて、特徴的なのは以下の点である。アメリカとの協定には、
現在執行活動中の案件や、競争政策全般について情報交換をするため、当局同士が定期的
に会合を行うことが定められている。カナダ、および日本との協定では、一方の当局は他
方の当局に対し、必要に応じて執行活動を要請できること、また、当局は、執行活動を行
う際に「相手側の重要な利益を考慮する」ことが必要と定められている。
カナダおよび日本との協定は、それぞれ 1999 年、2003 年に発効されたが、アメリカと
のもの(1991 年)より後に発効されたため、より踏み込んだ内容になっているということ
ができる。
(7)技術標準と非関税障壁
EU が関税関連の協定を結んでいる諸国との間では、この問題は努力目標のレベルに留ま
るか、協定では何も述べられていないことが一般的である。地中海諸国との協定およびバ
ルカン諸国との協定では、地中海・バルカン諸国は、EU の標準のレベルに合わせる努力を
することになっているし、コトヌー協定、チリ・メキシコとの協定では、「協力」の項目の
一つとして記されている。たとえばコトヌー協定では、アフリカ・カリブ・太平洋(ACP)
諸国の経済発展のレベルに応じて、基準の調和や標準化に向けた措置を取るべく協力を進
めてゆくこと、また EU は ACP 諸国に対して技術標準の調和が図れるようにキャパシティ
ビルディングを行ってゆくことが述べられているが、具体的な措置については何も述べら
れていない。また、南アフリカとの協定では、技術標準と非関税障壁の問題そのものにつ
6
いて何も触れられていない。
一方、関税関連の協定を結んでいない先進国との間では、この問題はアドホックに定め
ている相互承認協定(MRA)で議論されている。MRA は、EU と、アメリカ、日本、カナ
ダ、オーストラリア、ニュージーランド、スイスといった先進国との間に存在する。
アメリカとの MRA は、1998 年 12 月に発効、通信機器、医療機器、電気安全、薬品の製
造規範、クラフトボートのの構造要件など 6 項目が対象である。カナダとの MRA は、1998
年 11 月に発効、電機安全、医薬品の製造規範、医療機器、クラフトボートの構造要件が対
象である。日本との間の MRA は、アメリカ、カナダとのものより遅く、2002 年に発効し、
含まれている項目の数はアメリカとのものより少ない。化学品の製造規範、電気通信機器、
電気製品、医薬品の製造規範である。
これらの MRA はいずれも、含まれている項目について、輸出入の際に輸入国で必要とな
る製品の適合性評価の手続きを、輸出国で行うことができる、または輸出国で安全と認め
られたものを、輸入国では特別な手続きなしで受け入れが可能となるものである。
(8)知的財産権
EU は、二国間協定のレベルで、第三国における知的財産権を強化する戦略を策定してき
たが、それが高いレベルで遵守されているとは言いがたい。地中海諸国との協定の一部で
は、「国際的に最高水準」の知的財産権の基準を持つことが合意されているし、トルコも、
EU レベルの知的財産権に関する法律を策定することを約束しているが、これらは十分には
守られていない。
その他の関税関連の協定を結んでいる諸国との間での知的財産権の扱いは、努力目標の
レベルで協定に盛り込むか、EU と同様のルールを採択するかが主流であるが、知的財産権
に関する国際会議での議論の内容を履行するという内容に留まるものもある。
今後 EU が FTA を結ぼうとしている韓国、インド、ASEAN それぞれとの間では、知的
財産権は FTA の主要項目の一つとなると考えられている。
一方、関税関連の協定を結んでいない諸国との間では、アメリカ、カナダ、日本との間
に知的財産権に関するアドホックな協定があり、ロシアとの間でも、知的財産権を強化す
るための最高レベルの基準を採択することについて基本的な合意がある。
(9)環境
EU の既存の協定において、環境に関する拘束力ある条項は存在しない。地中海諸国や南
アフリカ、バルカン諸国など途上国との間の協定では、環境は「協力」の文脈で、「達成す
べき目標」と定められた。たとえば地中海諸国との協定では、「環境保護は経済協力の数あ
る分野の中でも中心的な要素である」と記述されているが、この条文に法的拘束力はない。
具体的には、砂漠化、水資源管理、土壌塩性化、農業が土壌や水に与える影響、エネルギ
ーの適切な使用などの項目が、環境問題で当事国が焦点を当てる分野として挙げられてい
7
るが、協定は、これらを実行するための手段には踏み込んでいない。
一方 EU とアメリカ、日本との間には、環境に関してアドホックな協定が存在する。た
とえば日本との間では、2001 年に策定された「日・EU 協力のための行動計画」がそれに
当たり、環境問題をめぐる日・EU 間の協力関係は、この行動計画を基盤として築かれてき
た。日・EU 環境ハイレベル会合の度重なる開催などは、その具体例である。
(10)協力
EU の既存の FTA において、
「協力」の項目に挙がっている主なイシューは、技術標準と
非関税障壁の問題と、環境の問題、そして人権その他「政治的な」問題である。
技術標準と非関税障壁については、締約国は、貿易を円滑化するために、技術標準と認
証の面において「より緊密に協力する」と定められている。これが当てはまるのがコトヌ
ー協定、チリ・メキシコとの協定であるが、EU 側の主な目的は、締約相手国に対して技術
標準や認証に関するキャパシティビルディングを行うこと、EU と締約相手国との間の標準、
認証を調和させることである。
次に環境問題が「協力」の項目として掲げられているのは、地中海諸国との FTA、コト
ヌー協定、南アフリカ、チリ、メキシコとの FTA である。たとえば地中海諸国との FTA
では、「環境保護は締約国間の協力の一環として達成すべき目標」と定められている。法的
拘束力はないものの、砂漠化、水資源管理、土壌塩性化、毒性の廃棄物処理、海洋汚染、
環境関連の情報や統計といった環境モニタリングツールの導入、技術支援などが具体的な
問題として焦点が当てられている。
人権など「政治的な」問題を「協力」項目に掲げているのは、地中海諸国、南アフリカ、
地理、メキシコとの FTA とコトヌー協定である。表現のレベルはそれぞれで異なっている
ものの、EU は、ほぼ全ての既存の FTA の中に、
「協力」項目の一環として人権問題を掲げ
ているということができる。
また、EU の既存の FTA の中には、
「パートナーシップ協定(Partnership and Association
Agreement)」へと発展的に改訂されつつあるものがある。これらは、自由貿易以外に、セ
ーフガード、紛争処理、人権、労働、環境の各テーマを加えるものである。具体的にはト
ルコ、南アフリカ、地中海諸国との FTA がそれに当たる。
たとえば地中海諸国との間では、未だ 100%の自由化には至っていない FTA を、EU は
2010 年までに「EU-地中海自由貿易地域」として、地中海全域で一本化することを検討し
ている。その一環として、上記の各テーマを「協力」の対象としようとしているのである。
以上のように見てくると、EU の既存、または改訂検討中の FTA における「協力」の項
目は、EU が途上国から貿易面での譲歩を引き出すための材料という位置づけと捉えること
もできる。しかしながらその中でも環境問題に関しては、水資源管理、土壌塩性化、海洋
汚染、モニタリングツールの導入など、先進国の間でも共通の課題となっているイシュー
が多く含まれている。また、技術標準の調和の問題も、EU と日本の間に存在する。環境問
8
題と技術標準・非関税障壁の問題は、EU と日本との FTA における「協力」の枠組みとし
て、EU の既存の FTA から援用しうる。
(11)社会的イシュー、人権その他の「政治的な」規定
1990 年初頭から、EU は途上国と結ぶほぼ全ての合意事項に、
「人権条項」を加えてきた。
しかし、この人権条項の表現は、相手国によって異なっており、統一性はない。たとえば、
地中海諸国との協定では、「努力目標」という表現がなされているが、バルカン諸国との協
定では、法と民主主義の原則を守ることが「必要不可欠」と記載されている。また、南ア
フリカ、チリ、メキシコ、ロシア、ACP 諸国との協定では、「協力」の項目の一環として、
政治的目標が掲げられた。ここで挙げた諸国との協定では、導入部分の条文や、
「協力」の
項目において、基本的な社会基準の遵守の必要性にも言及されている。
しかしながら先進国との関係においては、こうした条項は、アドホックな協定として、
経済協力の協定とは別に定められている。たとえば、アメリカ、日本との間には、共同宣
言が取り交わされ、民主主義対話が行われている。
4)EU が先進国と FTA を締結することに積極的にならない理由について
以上みてきたように、EU は EEA 諸国以外の先進国と FTA を結んでおらず、上に挙げた
関税引き下げ以外の項目は、一般に先進国との間で、必要に応じてアドホックな協定で取
り決められるのが通常であった。
Didier レポートは、EU が先進国と FTA を結んでこなかった理由について、
「把握するの
は難しい」としながらも、二つの事項を指摘している。一つは、先進国との貿易は、FTA
がなくとも発展し、規制があってもそれが受け入れ可能なものであったからということで
ある。EU が経済協定を結ぶに当たって特に気にかけている農業や一部サービス、投資に関
する合意は、FTA を結ばなくとも、多国間の枠組みで解決可能なものであったし、一方、
技術標準の承認や関税協力、運輸サービスや政府調達といった項目は、二国間のアドホッ
クな協定を結べば解決できたので、FTA の必要性が特になかった。
もう一つの理由は、EU にとってもっともセンシティブである農業問題について、EU は
二国間協定で譲歩することができなかったため、FTA 締結に至らなかったというものであ
る。
以 上 の こ とを 考 え る と、 EU は 、 先 進 国 と の間 の 経 済 連携 に つ い て、 基 本 的 には
GATT/GATS の規定に基づき、その他必要に応じてアドホックな協定を結べば足りると考
えていることが窺える。
しかしながら、たとえば人権その他「社会的な」イシューについて、EU と日本の間には、
基本的な価値観は共有されているといってよい。そこで、EU と日本は、これまでに積み重
ねられてきたアドホックな協定を一つに取りまとめるとともに、これまでアドホックな協
定がなかった項目についても対話を開始し、EPA という大きな枠組みで、経済関係を括り
9
あげることができるであろう。
2.日 EU 間の既存の主な国際協定等
日本と EU との間には、相互承認協定、関税支援協定など既に連携・協力のための協定
が結ばれている。日 EU の EIA において盛り込むべき項目を検討するに当たっては、まず
既存のものを把握し、これ以外の項目を新たに検討すると共に、既存協定の対象を拡大す
るといった可能性を検討することが有益である。
本調査では、以下に日本と EU との間でこれまでに締結されている協定や共同での行動
計画などについて概要をレビューすることとする。
1)日・欧州共同体相互承認協定(MRA)(2002 年 1 月 1 日発効)1
日・欧州共同体相互承認協定は、日本にとって初の二国間相互承認協定として 2002 年 1
月 1 日より発効した。この協定では、通信端末機器及び無線機器、電気製品、化学品(Good
Laboratory Practice)、医薬品(Good Manufacturing Practice)の 4 つの分野について、
輸出入時に輸入国において必要な一定の手続きを輸出国において実施することを可能にす
るための枠組みを定めた。
より具体的には、輸出国側の政府が指定した第三者機関(適合性評価機関、Conformity
Assessment Body:CAB)が輸入国側の基準及び適合性評価手続に基づき適合性評価を行
った場合に、輸入国側がその評価結果に対して輸入国内で実施した適合性評価と同等の保
証を与えることについて、お互いに受け入れることを取り決めている。
「総則的規定」では、相互承認のための一般的な原則、手続き等を規定し、「分野別附属
書」において、分野毎の対象製品、適合性評価機関の要件、適用される技術基準・適合性
評価手続、指定当局等を記載している。このため、今後、対象範囲を拡大する際には附属
書を追加することで対応が可能となっている。
本協定によって、(1)特定機器の輸出に係る検査期間の短縮、(2)検査に要する費用の削減、
(3)欧州製品の日本の市場アクセスの円滑化といった効果が期待されている。
2)日 EC 税関相互支援協定(2008 年 2 月 1 日発効)2
日 EC 税関相互支援協定は、双方の税関当局がそれぞれの関税法令を適正に執行し、優良
な事業者に対する税関手続の簡素化・調和化を含む貿易円滑化措置、及び効果的な水際取
締りを実現する観点から、情報交換を含む相互支援を行うための手続等を定めるものであ
る。
Web サイトを参照
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/europe/eu/html/japan_eu_mra.html
2日 EC 税関相互支援協定については、例えば次の Web サイトを参照
http://www.mof.go.jp/jouhou/kanzei/ka200130.htm
1日・欧州共同体相互承認協定の詳細については次の
10
<支援・協力の主な内容>
・両税関当局は、要請に応じ又は自らの判断により、関税法令の適正な適用の確保並びに
関税法令違反の防止、調査及びこれへの対応のために必要な情報を相互に提供する。
・ 両税関当局は、税関分野における貿易円滑化措置を発展させるため、協力に努める。
<支援・協力の条件>
・この協定は、それぞれの締約者の法令に従い、かつ、それぞれの税関当局の利用可能な
資源の範囲内で実施される。
・ 提供される情報は、秘密として取り扱われ、また、裁判所又は裁判官の行う刑事手続
に使用されない。
・主権、安全等重大な利益を侵害する場合には、支援を拒否し、又は保留することができ
る。
3)日 EC 独占禁止協力協定(2003 年 7 月 10 日正式署名)3
企業活動の国際化の進展に伴い、独占問題についても国際的な事案が増加してきたため、
海外の競争当局との協力関係の強化が必要となった。1999 年には日米の間で独占禁止協力
協定を締結したが、欧州も日本との経済関係が深く、競争法の執行活動も活発であること
から、米国と同様の協力の枠組みを設けて国際的な事案への効果的な対処、競争当局間の
協力の強化を図る必要が高まったと判断された。
これを受けて、2000 年 6 月に日 EC 独占禁止協力協定の交渉が開始され、2002 年 6 月
仮署名を経て、2003 年 7 月 10 日に正式署名された。協定の主な内容は次の通りである。
<通報>
自己の執行活動が相手側の重要な利益に影響を及ぼし得る場合に通報する(たとえば,
EC 当局が日本企業を調査する場合など)。
<協力>
一方の競争当局から他方の競争当局に対する支援する(情報提供など)。
<調整>
日・EC の競争当局が関連する事件について執行活動を行う際、執行活動の効率化、措
置の矛盾の回避等のための調整を検討する。
3
日 EC 独占禁止協力協定については、例えば次の Web サイト参照
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/03.july/030710.pdf
11
<執行活動の要請>
相手側の領域内で行われた反競争的行為が自己の重要な利益に悪影響を及ぼす場合,相
手側の競争当局に執行活動の要請が可能
<相手側の重要な利益の考慮>
競争当局は、執行活動の全段階を通じ、相手側の重要な利益を考慮する。
4)知的財産権の保護と執行に関する日・EU 行動計画(2007 年 6 月 5 日採択)4
日本と EU は、既存の共同イニシアチブ(「アジアにおける知的財産権の執行に関する日・
EU 共同イニシアチブ」
)を更新し、二国間及び多国間枠組みの双方において、世界的に知
的財産権を保護し、執行する共同の努力を拡大することを決定した。知財権の執行、保護
に関して以下の枠組みが定められた。
A. 知的財産権の執行
(a)二国間枠組み
・特に第三国における情報交換の強化を通じた、第三国における知的財産権の保護・執
行に関する協力強化
・中小企業への共同支援(第三国で操業する中小企業が被る損害の情報交換等)
・税関協力の促進(知財権執行のための国境管理に関する税関当局間の協力強化)
・知的財産権保護のための模倣品・海賊版撲滅における連携(第三国並びに日本及び
EU における模倣品・海賊版による知的財産権侵害に関する情報共有の促進等)
・官民連携(第三国において公共部門と民間部門間の連携強化)
・その他(第三国における技術支援を含む)
(b)多国間枠組み
・模倣品・海賊版撲滅のための国際的法的枠組みの実現(知的財産権の保護及び執行に
関する共通の国際基準の確立等)
・世界貿易機関(WTO)/知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS)
B. 知的財産権の保護
(a)二国間枠組み
・世界レベルでの特許審査の改善(調査・審査結果の相互交換等)
・地理的表示制度(地理的表示に関連するお互いの制度に関する相互理解の促進等)
・著作権補償料制度に関する情報交換
4
知的財産権の保護と執行に関する日 EU 行動計画については、例えば以下の Web サイト参照
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/shuno16/f_irp.html
12
(b)多国間枠組み
・特許調和(予見可能で安定的な国際特許制度の確保、異なる特許制度間の調和に向け
た協力)
・世界知的所有権機関(WIPO)(放送機関の保護に関する条約の締結に向けた協力)
5)まとめ
前節(EU の既存 EPA/FTA のレビュー)でも確認したように、EU はこれまで先進国と
の間では、FTA/EPA の中で協定を結ぶというよりは、項目ごとにアドホックに個々の国と
協定を結んできた。
日本との間においても、本節で示したように既にいくつかの分野で協定等を締結してい
る。ただし、MRA についてはその対象範囲がまだ限定されていることなどを踏まえると、
今後、日 EIA の中で対象範囲の拡大やさらなる協力拡大を実現していくことも考えられる。
3.トランスアトランティックでの経済統合の動向
アメリカと EU による大西洋間での経済統合については、1990 年より各種の宣言、行動
計画、推進枠組みなどが例年初夏に開催される首脳会談の中で発表されてきた。ここには、
EU と先進国との間の経済連携が目指すべき方向や、どのような分野のどのような項目が経
済統合の対象として取り上げられてきたかという点が含まれており、日 EU の EIA を検討
するにあたって参考になる。
このトランスアトランティックの経済統合については、数年に 1 回大きな宣言等が打ち
出されてきた。当初は、アメリカと EU がお互いの持つ価値観を共有していることやゴー
ル設定から始まった。毎回、目的や目標(ゴール)を再確認しつつ、経済統合に向けての
具体的な取り組みが検討されてきている。
主なものを時系列にまとめると、次ページの表のようになる。
13
表
年
太平洋経済統合に向けての取り組み
宣言等
主な内容
1990 Transatlantic Declaration on EC-US Relations, 1990
共有する価値観の確認とゴール設定
1995 New Transatlantic Agenda
共同行動とその実行プランの提示
1998 Transatlantic Economic Partnership
非関税障壁の撤廃と市場開放の促進
2005
The US and the EU Initiative to Enhance Transatlantic
Economic Integration and Growth
経済統合に加えて経済の成長力強化、
雇用の創出なども盛り込む
Framework for Advancing Translating Economic
協力促進と規制負担の軽減を特に打ち出
2007 Integration Between the European Union and the United
している
States
出所)米国ホワイトハウス、EU ホームページより作成
1)全体概観
各宣言で何をゴールにしているかを見ると、当初は民主主義や人権などで価値観を共有
していることを確認している。さらに、世界平和や紛争解決、地球的課題への対応などを
理念として掲げていた。しかし、90 年代の後半ぐらいより非関税障壁の撤廃など市場の統
合を意識した方向性が明確になっていった。
具体的な項目については、一般的な FTA・EPA で取り上げられる項目を中心にカバーさ
れてきたが、最新の宣言では、知財保護や安全な貿易、金融、イノベーション、投資とい
った項目での具体的な取り組みが掲げられている。(次表参照)
14
表
太平洋経済統合に関する各主要宣言の概要
Transatlantic Declaration on EC-US Relations, 1990
共通のゴ ール
協力・ 連携分野
民主主義、人権、法治国家、個人の自由
貿易と投資の自由化、透明性の確保
世界平和、紛争解決
サービス
持続的な経済成長、雇用
競争政策
市場経済、自由主義、開放的経済
交通政策
途上国援助
標準
教育・科学・文化・教育協力
通信
高度技術
New Transatlantic Agenda
共通のゴ ール
世界中の平和と安定、民主主義と発展の推進
地球規模の課題への対応
世界貿易と緊密な経済関係の拡大への貢献
大西洋間をつなぐ架け橋の構築
Transatlantic Economic Partnership
共通のゴ ール
非関税障壁を撤廃して市場開放を促進
協力・ 連携分野
紛争解決
透明性
サービス
農業
貿易促進
関税
知財
投資
競争
調達
環境問題
途上国問題
電子商取引
コア労働基準
法に関する課題
The US and the EU Initiative to Enhance Transatlantic Economic Integration and Growth
共通のゴ ール
協力・ 連携分野
①大西洋間経済統合のさらなる推進
規制と規格の協力推進
②イノベーションの創発と雇用の創出
開放的で競争力のある資本市場の活性化
③両経済の競争力ポテンシャルの発揮を実現
イノベーションの創発と技術開発
貿易、渡航とセキュリティの強化
エネルギー効率性の促進
知的財産権の保護
投資
競争政策とその施行
調達
サービス
Framework for Advancing Transatlantic Economic Integration between the European Union and
the United States of America
共通のゴ ール
協力・ 連携分野
競争力と国民生活の向上という目標に向けて、大西洋間経 ①知的財産権
②安全な貿易(Secure Trade)
済統合の強化を追及
③金融市場
④イノベーションと技術
⑤投資
出所)各宣言等より整理
15
2)Transatlantic Declaration on EC-US Relations, 1990
米 EU の経済統合構想は、1990 年 11 月の” Transatlantic Declaration on EC-US
Relations, 1990”(EC 米国関係に関する 1990 年大西洋宣言)にさかのぼることができる。
同宣言では、
「米国および EC とその加盟国は、共通の歴史的継承と緊密な歴史的、政治的、
経済的、文化的結びつきに配慮し、人権の尊重、知性の自由と市民の自由の価値に対する
信念に基づき・・・」といった形で、まず両国が共有する価値観を確認している。
その上で、「共通のゴール」として以下の 6 点を掲げている。
▪
民主主義、法規制、人権と個人の自由の尊重及び繁栄の追及と社会の進歩を世界
規模で支持すること。
▪
攻撃や圧制に対して互いに協力し、世界中の紛争解決に貢献し、国連及びその他
の国際機関の役割を強化することで、平和を守り国際的な安全を実現すること。
▪
低インフレ、高レベルの雇用、平等な社会条件といった特徴を持つ持続的な経済
成長という、健全な世界経済の実現を目的とした政策を追求すること。
▪
市場経済を推進し、保護主義を排し、多角的貿易システムの更なる開放を拡張し
強化すること。
▪
政治・経済改革に向けた努力を進める中で、あらゆる適切な手段に基づいて途上
国援助の決意を実現すること。
▪
他の国や機関との協力により、経済・政治改革を実行している東中欧諸国に対し
て適切な支援を提供すること、またこれら諸国の国際貿易・金融の多国間での制
度への参画を促すこと。
さらに、連携に関わる原則、経済協力、教育・科学・文化、超国家的挑戦(テロとの戦い
と防止等)、協議のための制度的枠組がそれぞれ簡潔に述べられている。この中で経済協力
については、次の点が挙げられている。
▪
両者は多角的貿易システムの重要性を認識し強化する。両者は GATT 及び OECD
のモノとサービスの貿易と投資に関する原則のさらなる自由化、透明性及び施行
に向けて支援する。
▪
両者は既に行われている工業製品および農産品貿易、サービス、競争政策、交通
政策、標準、通信、高度技術およびその他関連する領域についての技術的・非関
税障壁などについての対話をさらに発展させる。
3)New Transatlantic Agenda
1990 年の大西洋宣言は、その後も定期的に協議を続けていくこととなっていたが、次の
ステージに入るのは 1995 年にマドリッドで行われた EU、
米国の首脳会議である。
ここで、
New Transatlantic Agenda(新大西洋アジェンダ)が採択された。ここでは、4 つの主要
な分野における共同行動について打ち出している:
▪
世界中の平和と安定、民主主義と発展の推進
16
▪
地球規模の課題への対応
▪
世界貿易と緊密な経済関係の拡大への貢献
▪
大西洋間をつなぐ架け橋の構築(人的なつながりの強化:各種分野の対話推進)
これら 4 分野については具体的なアクション・プランもあわせて打ち出されているが、
旧ユーゴスラビアにおける平和構築、中東欧諸国における民主主義の確立など、当時の世
界情勢を踏まえた具体的な項目が挙げられている。
「大西洋間をつなぐ架け橋の構築」では、当時既に開始されていた大西洋間ビジネス対
話(Trans-Atlantic Business Dialogue, TABD、1994 年より開始、年 2 回開催)など、両
者間の対話や文化交流などが位置づけられている。
4)Transatlantic Economic Partnership
1998 年 5 月にロンドンで開催された EU、米国の首脳会議において、Transatlantic
Economic Partnership(大西洋経済連携)が打ち出された。ここでは、非関税障壁を撤廃
して市場開放を促進することを目標としており、紛争解決、透明性、サービス、農業、貿
易促進、関税、知財、投資、競争、調達、環境問題、途上国問題、電子商取引、コア労働
基準、法に関する課題、といった項目がテーマとして挙がっている。
5)The US and the EU Initiative to Enhance Transatlantic Economic Integration and
Growth
2005 年 6 月の首脳会談では、前年にドロモーランド(アイルランド)で開催された首脳
会議で決めた、①大西洋間経済統合のさらなる推進、②イノベーションの創発と雇用の創
出、③両経済の競争力ポテンシャルの発揮を実現するため、「大西洋間の経済統合と成長を
強化する米国・EU イニシアティブ」を開始することとなった。以下の分野についての実行
方針が打ち出された。
▪
規制と規格の協力推進
▪
開放的で競争力のある資本市場の活性化
▪
イノベーションの創発と技術開発
▪
貿易、渡航とセキュリティの強化
▪
エネルギー効率性の促進
▪
知的財産権の保護
▪
投資
▪
競争政策とその施行
▪
調達
▪
サービス
2006 年 6 月の首脳会談では、これらの取り組みのさらなる推進と共に、以下の成果を確
17
認している。
(JETRO(2007)より)
・「(第三国における)知的財産権強化のための行動計画」の採択
・「高官レベル規制協力フォーラム」の促進合意
・「EU・米国規制の協力と透明性のためのロードマップ」の実施拡大で合意
・航空輸送協定の第一段階の実施に向けての努力を強化することの約束
・戦略的なエネルギー協力強化についての合意
・「気候変動に関する EU・米国高官レベル対話」設置についての合意
6 ) Framework for Advancing Transatlantic Economic Integration between the
European Union and the United States of America
(1)経済統合推進枠組みの内容
2007 年 4 月の米・EU 首脳会談では、政治・安全保障に関する宣言、エネルギー安全保
障と気候変動に関する共同宣言と共に、「大西洋経済統合推進の枠組み」が採択された。
過去に打ち出してきた大西洋間経済統合の構想をさらに実現していくことを目的として
いるが、改めて第 1 条は「目的」を掲げている。そこでは、
「我々は、競争力と国民生活の
向上という目標に向けて、大西洋間経済統合の強化を追及する」としている。
第 2 条は「協力促進と規制負担の低減」で、以下の項目が挙げられている。
・民間部門の力をつけるため、規制を合理化し、改革し、必要な分野については規制を
軽減する
・消費者や生産者のコストを削減するための、より効果的、体系的で透明性のある規制
に関する協力
・経済統合を促進するために両者の規制における不必要な相違点を取り除く
・規制上の協力に関する既存の大西洋間対話の構造を強化する
第 3 条は「ライトハウス(灯台)優先プロジェクト」で、これは Annex に具体的な分野
を示しているが、以下の 5 分野が取り上げられている。
A. 知的財産権
・知財権の侵害が疑われる製品に関する情報交換、税関職員の交流、異なる特許制度間
の調和の追求等
B. 安全な貿易(Secure Trade)
・安全性を確保し国際貿易のサプライチェーンを円滑化する共通の標準の開発、対テロ
及び AEO(認可事業者制度)に関する関税貿易連携プログラム(Customs Trade
Partnership Against Terrorism and Authorized Economic Operator program)に関
する実証結果の情報交換
18
C. 金融市場
・米国 GAAP と国際財務報告基準(IFRS)が 2009 年かそれ以前に、両者の司法によ
って仲裁・調整の必要なく認証されるための条件を明確にする
D. イノベーションと技術
・健康関連産業におけるイノベーションに関する高レベルなカンファレンスの開催、イ
ノベーション政策に関するベストプラクティスを検討するワークショップの開催
・RFID 開発のベストプラクティスの特定と開発にむけての協力のための共同フレーム
ワークの構築、電子カルテ(electronic health record system)の相互運用を推進する
ためのワークプランの構築
・イノベーションと環境効率のよいバイオ技術製品に関する米 EU 協力のワークプラン
の構築
・動物ゲノム機能に関する共同研究インフラの確立
・相互の関心領域におけるナノテクノロジーに関する情報交換を促進するための共同ワ
ークショップ又はカンファレンスの主催
E. 投資
・投資の障壁解消に向けた定期的な対話の確立
第 4 条は「大西洋間経済評議会」の確立とその役割について。また第 5 条は「協力のワ
ークプログラム」で、知財権、投資、安全な貿易、金融市場、イノベーションについて推
進することの決意表明となっている。
(2)半年後の進捗状況
2007 年 4 月の「大西洋経済統合を進展されるための枠組み」では、第 4 条で「大西洋間
経済協議会(Transatlantic Economic Council)
」を設置し、枠組みで定めた統合に向けて
の各項目の実施状況を監視するとした。その後、約半年後の 2007 年 11 月 9 日にこの TEC
第 1 回会合が開催され、進捗報告(progress report)が発表された。
同報告によると、Lighthouse Priority Projects に関して、第 1 回会合までの成果として
以下の点が挙げられている。
A. 知的財産権
米国政府と欧州委員会は、「次回の TEC 会合までに国際特許法の調和を支援し、促進
させるためのロードマップについて合意に至る」こととした。また、以下の関税行為に
より、模倣品及び海賊品と戦うことに合意した。
・関税における知財権保護のための手続きに関する産業界への明確な情報提供
19
・知財侵害に関する探知(検出)の技術、ツールおよび差し押さえに関する情報交換に
よる、模倣品及び海賊品を含む貨物の特定手法の改善。
・特に健康と安全を害するような商取引に焦点を当て、偽装貿易を中断させるための共
同管理行為を取る。
両政府はまた、次の点についても合意した。
・偽造品貿易対策協定交渉の着手及び合意に向けた緊密な協力
・第三国における執行努力の強化を促すための協力
・米欧外交関係における”知財ネットワーク”の構築
・中小企業に対する啓蒙や支援を含む、民間セクターとの協働の強化
・G8、OECD、WTO など多国間協議の場における協力強化
・第三国における技術支援プログラムの導入に関する協力
B. 安全な貿易
両政府は、安全な貨物貿易について、実効性があり相互に受け入れ可能な解決策を協
力しながら開発することに合意した。両者は 2009 年に米欧の関税貿易パートナーシッ
プ・プログラムの相互承認を目指すべく、主要な成果に基づくステージを設定した共同
ロードマップに合意した。
両者は、米欧におけるサプライチェーンのセキュリティを改善するため、リスク管理
を専門とする関税職員の交流にも合意した。この交流は、当初、欧州関税職員を米国
National Targeting Center に駐在させることからはじめる。
C. 金融市場
米国証券取引委員会(SEC)と欧州委員会は、米国一般会計原則(GAAP)と国際財務
報告基準(IFRS)を、相互の当局において 2009 年又はそれ以前の可能な時期に、相互
に認証されるための条件を確定することについて進展を見た、としている。
SEC は、外国民間発行者が IFRS 基準に沿って作成した財務報告を、米国 GAAP と調
整する必要なく SEC に届け出ることができるようにした規則提案(Rule Proposal)を
2007 年 7 月に開示した。これに対して欧州委員会は 2007 年 10 月に同提案に対するコメ
ントを提出した。欧州サイドは、第三国の財務基準を受け入れるための「同等性評価」
の仕組みを準備しており、2008 年、米国 GAAP はその評価基準に基づき評価されること
となっている。このような取り組みを進める中で、両者は投資家及び発行者の両方にと
って納得のいく解決方策を探るために検討しているとしている。
SEC と欧州委員会は、金融市場規制対話(Financial Markets Regulatory Dialogue)
において、証券分野におけるそれぞれの規制制度の相互承認をどのように、またどの領
域について確立できるかについての最初の意見交換を行った。これらの議論は将来の大
20
西洋間における規制作業の枠組みに重要な進展をもたらすため、今後も継続する。委員
会は FMRD における、金融サービスのクロスボーダー取引を促進するような他のアプロ
ーチについて特定することに対する継続的な取り組みを歓迎するとしている。
D. イノベーションとテクノロジー
米国政府と欧州委員会は、イノベーションとテクノロジーの協力について、以下の2
点を実施した。
・健康関連産業におけるイノベーションに関するハイレベル会合およびイノベーション
政策に関するワークショップの実行(実際に実施されたワークショップの概要は 72 ペ
ージの「(参考)大西洋間でのヘルスケアに関する取り組み状況」参照)
・OECD 及び他の二国間・多国間会合における、ナノテクに関する取り組みを継続。医
療製品及び化粧品におけるナノマテリアルの使用に関する多国間協議の開始。
E. 投資
11 月 9 日、米国及び欧州委員会は、正式に大西洋間の投資に対する障壁を減らし、オ
ープンな投資制度をグローバルで推進するための投資対話を開始した。投資対話は何回
かの予備会合が開かれ、投資対話作業計画(Working Plan)が次の点を含むことに合意
した。
(1)グローバルの投資趨勢のレビュー
(2)保護主義者の圧力とグローバル投資の障壁への対処の仕方
(3)大西洋間の投資の障壁の低減
(4)OECD における投資の課題における進展
また、Lighthouse Priority Projects 以外の項目についても、以下の点について第 1 回会
合までに何らかの合意に至るなどの成果が出ているとしている。
①病原菌減少処理を施した鶏肉の輸入
米国からの、病原菌減少処理を施した鶏肉の輸入に関して、欧州委員会が関連分野の
科学委員会のアドバイスを求めることで、解決に向けての第一歩を踏み出したとしてい
る。次の米欧サミット前までに明確に解決するとしている。
②化粧品及び医療機器分野における取り組み
・協力に向けての共同作業
2007 年初頭、米国食品医薬品局(FDA)と欧州委員会は化粧品及び医療機器分野にお
ける秘密保持契約と共同作業計画を締結した。以前に FDA、欧州委員会及び欧州医薬品
庁(European Medicine Agency)によって取り交わされた、人および動物薬、及び人向
21
けの生物製剤についての協力枠組み及び作業計画についても刷新・拡大された。
・動物テストの減少に向けての協力
FDA と欧州委員会は、動物テストの減少に貢献するような、化粧品に関する動物テス
トの代替手法に関する有効性研究の peer review の実施について、より緊密な協力をして
いくことに合意した。
・希少薬の承認に関する申請データのフォーマット共通化
米国と欧州委員会は、オーファンドラッグ(Orphan Drug 希少薬)の指定を受けるた
めに、FDA 及び欧州医薬品審査庁に提出するデータの共通フォーマットについて合意し
た。これにより、両当局におけるオーファンドラッグ指定への申請プロセスが簡素化さ
れる見込みである。
③化学分野の規制が貿易に及ぼす負の効果の分析
欧州委員会と米国は、化学分野の規制が大西洋間の化学品及び化学製品貿易に与えて
いる潜在的な(負の)効果を分析するとともに、健康及び環境の保護を高い水準で維持
しながら、いかにしてそのような負の効果を低減することができるか(規制を緩和しう
るか)分析を行う、としている。
④電気製品及び情報通信製品の相互認証
2008 年、米国連邦通信委員会は、第三者評価を義務付けられた電気製品および情報通
信製品について、供給者が提出する適合性申告のレビューを行うとともに、その進捗に
ついて TEC の次回会合において報告する。
次回の TEC 会合までに、米国職業安全衛生管理局は電気製品の貿易促進に向け、同製
品の安全性のための適合性評価手続きに関する議論を欧州委員会と行い、進捗報告を行
う。
⑤バイオ燃料の国際基準統一に向けた取り組み
米国及び欧州委員会は、ブラジルとともに純正バイオ燃料(バイオエタノール及びバ
イオディーゼル)の国際基準統一に向けて取り組んでいる。専門家は既存の標準が相互
互換的であること、及び 2008 年までにさらなる進展が可能な分野の特定について、予備
的な合意に達した。
7)まとめ
大西洋間の経済統合については、本節で見てきたとおり、過去 15 年以上にわたって議論
22
されてきたが、継続的に同じようなテーマが掲げられている面もある。あくまでも首脳会
談での宣言という位置づけであり、その時の首脳の方針に応じてテーマが設定されてきた
面もある。
従って、大西洋間の経済統合に関する取り組みからの示唆としては、まず、実効性を担
保するため、協定を締結して確実に実行するか、ある程度強制力のあるモニタリングと実
行促進の仕組みを構築することが重要である。
また、最新の Framework では、知財、安全な貿易、金融市場、投資といった分野・事項
についての制度やルールの調和化に向けた方向性の提示や、イノベーションや技術に関す
る協力事項が盛り込まれている。Framework として打ち出すことと、経済統合協定(EIA)
として法的拘束力を持つ取り決めとでは必ずしも同じ内容にならないが、EU の関心事項を
反映していると考えられるため、EIA に盛り込むべき項目として検討することは有益であ
ると考えられる。
(関連・参考資料)
・米国ホワイトハウス、ニュースリリースページ
http://www.whitehouse.gov/news/
・EU ホームページ” The EU's relations with the United States of America”
http://ec.europa.eu/external_relations/us/intro/index.htm
・The European Union and the United States of America (2007), “Framework for
Advancing Transatlantic Economic Integration between The European Union and the
United States of America”
・JETRO ブリュッセル・センター(2007)
「大西洋家在統合の枠組み」
(『ユーロトレンド』
2007.7)
4.日本とスイス経済連携の取り組み
スイスは EU の加盟国ではないが、日・スイス間の経済連携協定が成立した場合、こ
れは日欧間で初の EPA となる。日・スイス間の経済連携の研究・交渉過程で浮かび上が
ってきたニーズや、日・スイス間の経済統合によって期待されるメリットを分析するこ
とは、日・EU 間の経済統合にも参考となりうる。
1)これまでの経緯と交渉過程
1995 年以降、日本とスイスの政府間で二国間の経済協議が定期的に開催されてきた。こ
れら協議及びその他の両国間のやり取りの中で、両国間の経済関係の強化が定期的に議論
されてきた。
両国間の経済統合については、従来スイス側より日・スイス FTA 締結に向けた検討の申
し入れがあった。2004 年 10 月、ダイス大統領(当時)より小泉総理(当時)に対し、日・
23
スイス間の FTA 締結への関心が表明されている。日・スイス間の経済統合は、スイス側か
らの働きかけにより前進した側面がある。
2007 年 1 月には、両国首脳間で日・スイス経済連携交渉を開始することが合意され、同
年 5 月から現在に至るまで 4 回にわたって交渉が行われてきた。この交渉は今後も続く見
込みである。
2)政府間共同研究会の結果概要
2005 年 4 月、両国首脳会談の席で、日・スイス経済連携協定に関する共同研究の立ち上
げが合意され、同年 10 月より翌年 11 月までの間 5 回にわたり、両国からメンバーが出席
して研究会合が持たれた。その結果は、『日・スイス経済関係強化のための政府間共同研究
会報告書』(2007 年 1 月)にまとめられている。
この共同研究会報告書では、日・スイス間に「あり得べき FTA/EPA」において取り上げ
られるべき項目、また各項目に対する日・スイス両国の基本的な考え方が列挙されている。
報告書の中で、在日スイス企業が、①関税の引き下げ、②安全基準や製品承認に関する
国際標準との調和、③輸入手続き・許可に関する規則の簡素化及び透明化を求めていると
書かれている。主な項目の検討結果は以下のような内容であった。
(1)物品貿易
物品貿易については、まず原則全ての鉱工業品の関税を撤廃すべきとしている。日本
側は皮革、皮革製品及び履物、また精製塩が、スイス側はたんぱく系物質、変性でんぷ
ん、膠着剤及び酵素)及び HS38(各種の化学工業生産品)それぞれのうちの少数の品目
がセンシティブ品目として挙げられた。
原産地規則については、日本がスイス側の制度を分析にすることで、制度の簡素化に
つながる可能性を指摘している。とくに、現在、スイスで取られている、FTA/EPA の相
手国の認定輸出者がインボイスを用いて原産性証明を行った製品を受け入れるという手
法に関し、共同研究会では、これは日本にとって「新たな概念」、「政策課題」であり、
この手法を日本で導入することの可否を判断するためには、「さらなる検討が必要とな
る」ことが指摘された。
農業については「食糧安全保障の確保及び農業の多面的機能の利益確保のため、農産
品貿易と国内農業を両立させるものであるべき」としている。
税関手続きについては、情報交換を含む税関当局間の協力、リスク管理向上、国境に
おける取締りの確保の推進を挙げている。
基準認証・相互承認については、日本の厚生労働省とスイスのスイスメディック(治
療製品庁)との間で、治療製品(医薬品及び医療機器)の基準に関して優良試験所基準
(GLP)および優良製造所基準(GMP)の二つの取り決めがあり、これらの執行・実施
を掲げるとともに、今後追加的な協力分野についても協議が行われることになっている。
24
スイス側は、医薬品は臨床試験実施基準(GCP)まで対象とすることを提案している。
また、医療機器については品質マネジメント基準(QMS)による相互認証が検討されて
いる。
(2)サービス貿易
サービス貿易については、基本的に GATS の枠組みを適用するとしている。それに加
え、日・スイス間のあり得べき FTA/EPA では、免許及び資格の要件及び手続き、サービ
ス基準、承認、金融や電気通信の分野についての一般規則を、変更するべきであるとし
ている。
また、スイス側には、スイスでビジネスを行う日本企業の懸案事項であった問題を解
決する布石として、在スイス日本企業の取締役に対して国籍要件を適用せず、居住要件
を緩和する用意があるとしている。
日本経団連が 2007 年 2 月に発表した意見書「日・スイス経済連携協定の早期締結を求
める」のうち、サービス貿易に関する項目からは、日本側が特にコンピュータ、電気通
信、音響映像サービスにおける自由化が重要であると考えていることが分かる。
一方、スイス経団連が 2006 年 11 月に公表した意見書”economiesuisse call for opening
negotiations on a bilateral Economic Partnership Agreement (EPA) between
Switzerland and Japan”のうちサービス貿易に関する項目からは、スイス側が特に金融
サービスの自由化を日本に対して求めていることが分かる。
(3)投資
投資に関しては、まず包括的な投資に関する規定を含むべきとしている。両国にとって
対内投資の促進が高い優先課題の一つとみなされており、日本の「対内投資促進プログラ
ム」やスイスの「ロケーション・スイス」といったプログラムを通じ、民間部門の投資の
円滑化・促進のための措置を取る必要があるとしている。
(4)政府調達
WTO 政府調達協定(GPA)の基本原則を FTA/EPA においても採用する方向を示してい
る。スイスの締結している一部の FTA には、一方の締約国が第三国に対しより高いレベル
の市場アクセスを提供することに合意した場合、他方の締約国に、同等のレベルの市場ア
クセスを求める交渉の機会を与える条項が盛り込まれている。スイス側は、日本との
FTA/EPA が結ばれた場合、この条項を盛り込みたいと考えている。
(5)知的財産権
日本が提案する模倣品・海賊版拡散防止のための国際的な法的枠組みの議論にスイスは
積極的に参加する意思があり、両国間のあり得べき FTA/EPA には、この法的枠組みが盛り
25
込まれるべきである。
スイスは、既存の多国間協定では完全には調和されていない分野である、バイオテクノ
ロジーに関する発明及び医療機器の保護、医薬品・植物保護製品に対する補償的な保護期
間を設けるべきだと考えている。またスイスは、両国間のあり得べき FTA/EPA において、
非開示情報が高いレベルで保護されるべきだと主張した。
両国間のあり得べき FTA/EPA における扱い方をめぐり、両国間に立場の違いがあること
が共有されたのは、地理的表示の問題であった。スイスは元来、①ワイン・スピリッツの
地理的表示の多数国間通報登録制度創設、②地理的表示の追加的保護の対象産品拡大を主
張するなど、地理的表示のいっそうの保護強化を求めてきた(注:経済産業省ホームペー
ジによる)。スイス側は共同研究会の「(両国間の)協力」枠組みの文脈においても、地理
的表示を促進することに関心を有すると発言している。日本でも、地理的表示のさらなる
保護に向けて検討が進められているが(たとえば農林水産省の「食品等の地理的表示の保
護に関する専門会合」の開催など)
、スイス側としては、こうした日本のアプローチは未だ
不十分であると考えているようである。
(6)人の移動
スイスは、一部の国々との間で二国間の研修生協定を締結している。ここで「研修生」
とは、受入国での賃金・労働条件にしたがって報酬を得ている 18~35 歳の訓練を受けた専
門家を指すが、日本は、スイス側の言う「研修生」が、日本における「研修」の在留資格
を満たすものではないとしている。スイス側としては、自国の定義による「研修生受け入
れ」を、日本との間でも行いたいと考えている。
スイスの移民政策では、入国許可に当たっては、EU/EFTA 諸国の国民が優先されており、
非 EU/EFTA 国民に対する入国許可については、短期・1 年間の居住許可の発行に数的上限
が設けられている。しかし、日本とスイスの間で FTA/EPA が締結された場合、こうした数
的上限は、日本国民には適用されない。
(7)競争政策
日本とスイスの間にはこれまでのところ、日・EU、日・カナダとの間にある独占禁止協
力協定のような、反競争的慣行防止のための所管当局間の国境を越えた協力協定が存在し
ない。しかし両国は、この分野について所管当局が協力してゆくことの有用性を認識した。
3)まとめ
政府間共同研究会の報告書としては、協定の詳細な項目にまで立ち入った提言にはなっ
ていない。大きな枠組みとしては、以下の点が注目に値する。
サービス分野については「GATS の一般規則の変更・改善可能性」について言及された。
投資について、投資協定の必要性も提言されている。知的財産権については、日本が提案
26
する模倣品・海賊版拡散防止のための国際的な法的枠組みの議論にスイス側が賛同してい
る。これらの点は、日本と EU との EIA においても参考になると考えられる。
27
第3章
日本及び EU のニーズ調査
1.日本と EU との対話の枠組み
1)日 EU 規制改革対話
日 EU 規制改革対話は、日本国政府と EU(欧州委員会及び加盟国政府)との間で、日本
の規制緩和推進計画策定を機に、平成 6 年(1994 年)に開始された対話の枠組みである。
毎年東京とブリュッセルにおいてハイレベル会合(局長級)を開催し、双方で相手方に
対する規制改革提案書を提出し合い、ビジネス環境改善のための日・EU 双方の規制のあり
方について議論を実施している。
2)日 EU ハイレベル貿易ダイアログ
日 EU ハイレベル貿易ダイアログは、2007 年 4 月から開始された経済産業省の審議官と
欧州委員会貿易総局長とが出席するハイレベルの会合。原則として年1回、交互に訪問し
て日本と EU とが直面する幅広い貿易関連事項について意見交換する場。
3)日 EU ビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブル(BDRT)
BDRT は民間ベースの対話の場である。1996 年 6 月 1 日に日欧のビジネス界の相互信頼
と理解を基に、民間対話の強化を図り、日 EU 政府に対し、貿易・投資の政策立案に効果
的な提言を行うことを目的として設立されたもの。日 EU の主要な財界人によって構成さ
れている。
2.日本と EU との対話項目
前項で挙げた日本と EU との対話の枠組みにおいては、次頁の表に示すような項目につ
いて、相手側に対する要望が提示されてきた。ここには業種横断的な投資・ビジネス環境、
法制度などについての項目と、個別の業種に関する項目とがある。日本及び EU が、相手
側に対してどのような項目について規制改革や制度整備などのニーズを持っているかを把
握することができる。ただし、これらはあくまでも「対話」であり、要望事項の実施につ
いては法的に拘束力を持つものではない。
日 EU 規制改革対話は、まず投資環境、商慣習、知財保護など業種横断的に課題となっ
ている項目が取り上げられ、さらに業種別の規制に対する改善提案がされている。
日 EU ハイレベル貿易ダイアログでは、貿易に直接的に関わることだけでなく、投資な
ども含めたテーマが扱われている。
日 EU ビジネス・ダイアログ・ラウンドテーブルは、民間レベルの対話であるが、事業
環境全般にわたる提案と、個別具体的な業種における提案が含まれている。
28
表
日本と EU の対話の場で取り上げられた主な項目一覧
日EU規制 日EU貿易
改革対話
対話
業種横断的事項
1.投資・ビジネス環境
社会保障保険料
労働滞在許可
個人情報保護
2.商法・商慣行
税制
会計制度
3.国際規格・基準認証
4.貿易・関税
FTA
ITA問題
第三国市場へのアクセス改善
5.情報・知的財産権
模造品対策
特許制度の調和
地理的表示・商標
第三国における知財権の執行
6.労働・雇用/人的資源
7.政府調達
8.海洋政策
◇□
○
◇
○
○
○
○
◇
○
○
□
◇
◇
○
○
○
○
◇
○
○
○
○
○
○
○
○
◇□
◇□
◇
○
日EU規制 日EU貿易
改革対話
対話
業種別規制
1.金融・サービス
金融サービス
法律・会計監査
放送サービス
郵便サービス
2.電気・情報通信
研究開発協力等
ICT関連の社会的問題解決
3.医療・医薬品・化粧品
4.建設
5.食品・農産品及び検疫
6.運輸
7.観光
その他
1.環境・エネルギー
効率的利用・省エネ
脱化石燃料化
途上国への展開
BDRT
BDRT
◇□
◇□
◇
□
◇□
◇□
◇
◇□
□
◇
◇
○
○
○
○
○
○
○
◇日本からの提案
□EUからの提案
注)いずれも最新回の討議項目
出所)日 EU 規制改革対話は外務省ホームページ、日 EU ハイレベル貿易ダイアログは経済産
業省資料、BDRT は同ホームページを参照し、野村総合研究所作成
29
1)日 EU 規制改革対話での討議事項
日 EU 規制改革対話では、日 EU の経済統合に向けた事項にとどまらず、より幅広い分
野に関する対話が行われている。必ずしも全てが日 EU の経済統合に直結する内容ではな
いが、以下に挙げるような項目は、JETRO を事務局として運営されている日本側タスクフ
ォースにおいても明示的に取り上げられていない項目であり、今後検討する価値があると
考えられる。
(検疫・食品安全)
・有機 JAS 規格の EU 有機食品認証統一基準との同等性承認
(携帯電話サービス)
・国際ローミングの円滑化:携帯電話端末の認証手続きの不要化
(適合性評価手続きの統一)
・製品分野別に段階的に発出された指令により、一つの製品に複数の指令が適用されるこ
とが多く、指令毎に手続きが異なる場合があるため、これらの統一化を要望。
(メディアサービスにおける内外無差別)
・コンテンツの国際流通の促進(欧州製番組比率の緩和)
(医療・医薬品)
・並行輸入に伴うカウンターフィット薬(偽造医薬品)の対策強化
(税制)
・移転価格税制の統一、簡素化、合理化
・付加価値税(VAT)の運用の統一
2)日 EU ハイレベル貿易ダイアログでの討議事項
日 EU ハイレベル貿易ダイアログにおける討議事項は、貿易・投資を中心としながら、
関連する項目について取り上げられている。第 1 回会合における主なトピックは次の通り
であった。
・知的財産権については、日本より ACTA(Anti-Counterfeiting Trade Agreement)構想
の推進への協力を要請した。
・特許制度の調和については、EU 側は本テーマは欧州委員会ではなく、加盟各国の権限と
しながらも、調和化に向けての関心を示した。
・地理的表示については、EU 側から地理的表示の対象製品拡大に向けての協力が要請され
30
た。日本側は、商標制度での対応を提案した。
・日 EU 双方向投資促進のための協力の枠組みについて、EU 側は日本への投資が増えるよ
うな努力を期待し、日本側は投資受け入れ拡大に向けた取り組みを紹介した。
・日 EU 間も含め、FTA 全般についての意見交換が行われた。
・政府調達について、欧州側から日本のより積極的な関与を求める意見が提示された。
・情報技術協定(ITA)問題、日本製テレビカメラシステムのアンチダンピング調査につい
て、日本側の要望が提示された。
・エアバスの日本でのシェアが低いことについての意見交換が行われた。
3)BDRT での討議事項
2007 年 6 月に行われた BDRT では、①貿易・投資、②会計・税制、③情報通信技術、
④ライフサイエンス・バイオテクノロジーが、日 EU の協力枠組みの要素となる討議項目
であった。またその他に、より高いレベルで日 EU 共通の目標を作ることを目指した検討
項目として、⑤「持続可能な発展」
、⑥「WTO」の二つのテーマが取り上げられた。
以下、以上①~⑥の項目について、日本からの要望、EU からの要望、両国政府への共
同提案の順に整理する。
(1)貿易と投資
【日本の EU に対する要望】
①会社法政策の改善
・欧州非公開会社法を早期に導入すること
②在日法人移動の円滑化
・長期居住者のステータスに関する指令の導入国を拡大すること
・企業派遣者の配偶者に、派遣者本人と同様の権利を自動的に付与すること
③特許審査ハイウェイへの参加
・欧州特許庁、その他 EU 加盟国特許庁が、特許審査ハイウェイに参加すること
④海賊版・模倣品対策
・知的財産権に関する欧州共通のルールを作り、EU 内外の国で取締りを強化、実施す
ること
⑤EU 経済強化に努めること
・オーディオビジュアル製品、乗用車等の関税を削減すること
・EU での IT 関連製品の関税分類決定のプロセスを透明化すること
31
・途上国が REACH 規制を遵守するためのキャパシティビルディングを行うこと
【EU の日本に対する要望】
①国際基準の適用
・食品添加物の規制、植物検疫の規制、建築資材に関する規格、日本工業規格、化粧品
原料の規格について、WHO や WTO などの国際基準を受け入れること
②規制の透明性向上
・とくに金融サービスに関して、法律、規則、ガイドラインの解釈に関する法的拘束力
のある文書を策定すること
③効率的な製品認定システムの構築
・医療機器、動物用医薬品の認証プロセスを短縮化すること
・医薬品に関する日本の基準を、日米 EU 医薬品規制調和国際会議で定められた基準に
整合すること
④サービス分野での自由で開かれた競争の保証
・金融グループが、諸外国における場合と同様に日本国内でも組織編成できるようにす
ること
・日本郵政公社の民営化に関して、簡保事業・共済保険事業に、他の民間保険会社と同
じ要件を課すこと
・航空チケットの販売、価格設定、決済方法を改善し、各航空会社が透明な方法で消費
者に対して直接情報を提示できるようにすること
⑤外国人居住者に対する再入国手続きの改善
・ビザを保有する外国人が再入国する場合、別途許可が必要となる制度を廃止すること
⑥直接投資の推進
・三角合併制度の下で生じる株式交換に対して、暫定的に課税猶予を認めること
・外国企業にとって重要となる規則を変更する場合、事前の通知を行うこと
【日 EU 両政府に対する共同提言】
①共通の制度構築に向けた対話の開始
・既存の FTA や EPA を超えた、広い概念である「EIA」締結に向けて、日・EU 両政
府が予備的な議論を開始すること
32
②迅速な企業活動展開の支援
・日本と EU 各加盟国間の社会保険協定のネットワークを拡大するよう努力すること
・両地域間の企業内転勤者の在留に関する許可手続きを簡素化・迅速化するための政府
間合意を締結すること
・対等かつ透明性のある十分な個人情報保護の環境を構築するよう協力すること
③新たなグローバルスタンダードの構築に向けた協力
・特許制度の国際調和に向けて協力すること
・海賊版・模倣品対策のための国際的な法的枠組み創設に向けて緊密な協力を図ること
・日・EU 間で省エネに関する規制とラベル表示に関する制度の調和を図ること
(2)会計・税制
【日本の EU に対する要望】
①会計基準の明確化
・排出権取引に関する会計基準を開発するすること
【EU の日本に対する要望】
①税制の改善
・子会社の繰越欠損金の持込を容認すること
・連結納税の開始に伴う資産の時価評価を免除すること
・税執行の透明性を確保すること
・タックスヘイブンの規制免除の範囲を拡大すること
・法人税率引き下げを検討すること
【日 EU 両政府に対する共同提案】
①会計監督機関の協力
・証券監督機関のような監督機関が協力して、金融・資本市場の国際競争力を高めるこ
と
②税制の調和に向けた協力
・EU 各国が日本と共通の租税条約を締結すること
(3)情報通信技術)
【日 EU 両政府に対する共同提言】
・次世代ネットワークの早期実現に向けて協力を進めること
・環境保護に配慮した情報通信技術のイノベーションを図るため、両政府が省エネルギ
33
ー技術の研究開発と実証実験を推進すること
・デジタルコンテンツの権利を保護するための取り組みを強化すること
・若年者を不適切なコンテンツから保護するため、自主規制が行われるよう推奨するこ
と
・情報通信機器の適合性評価基準を調和すること
(4)ライフサイエンス/バイオテクノロジー
【日 EU 両政府に対する共同提言】
①健康バイオテクノロジーに関する協力推進
・医薬品のイノベーションを活性化するため、官民対話を推進し、具体的な施策を展開
するためのメカニズムを構築すること
・医療機器のイノベーションのため、医療機器の承認審査を簡素化、調和させること
②工業・環境バイオテクノロジーに関する協力推進
・食糧問題との衝突を回避できるような、バイオマス由来製品・バイオ燃料の技術開発
を加速すること
・植物バイオ技術を活用して原料の開発を行うこと
③植物バイオテクノロジー
・EU、日本それぞれで、遺伝子組み換え作物に関する現状の規制の実施を徹底すること
(5)持続可能な発展
【日 EU 両政府に対する共同提言】
①エネルギーの効率的利用の促進
・国民がエネルギー効率の高い製品や技術を利用するため、両地域の政府がそれぞれに
支援・推奨を行うこと
②脱化石燃料エネルギーの促進
・原子力発電や再生可能エネルギーなど、化石燃料の代替となるエネルギー技術の開発
のためのプランを策定すること
・水素エネルギー、燃料電池など、温室効果ガス削減のための技術開発に向け、政府当
局の資金支援、官民協力推進を行うこと
③途上国支援
・京都メカニズム途上国にとって使い勝手の良いシステムにするべく、日・EU 両地域政
府間で協力すること
34
④植林の推進
・二酸化炭素の抑制、バイオマスエネルギー政策、森林の持続的使用を可能にするため、
政府主導で森林資源を増加させること
⑤ポスト京都議定書の枠組み作り
・米国、中国、インドなど排出大国をポスト京都の枠組みに参加さえるべく、各国の状
況に応じた目標、アプローチを、日・EU 共同で作り出し、適用してゆくこと
(6)WTO
【日 EU 両政府に対する共同提言】
①ドーハアジェンダ支持
・交渉を早期にまとめるべく、日・EU 政府共同で、主要なプレーヤー間の努力を促して
ゆくこと
・ドーハアジェンダ交渉を妥結させるためには途上国による約束・協力が不可欠である
との認識の下、日・EU それぞれの政府が途上国に対するキャパシティビルディングを
行うこと
②WTO ルールのさらなる調和の推進
・先進工業国、新興国の双方が、工業製品に対する関税・非関税障壁を撤廃することの
重要性を強調
・とくに非関税障壁に関する仲介メカニズムの創設に向けて努力すること
・サービス分野に関し、より自由な市場アクセスが保証されるよう、閣僚会議の開催を
要望
・貿易円滑化協定を締結し、アンチダンピング、セーフガードなど貿易救済措置の原則
を調和させることの必要性を強調
3.日本から見たニーズ
日本と EU の経済連携強化の必要性については、日欧ビジネス・ダイアログ・ラウンド・
テーブルにおける提言のみならず、日本経済団体連合会からも提言が出された。また、
JETRO が事務局となって開催された日本側の「日・EU EIA 検討タスクフォース」にお
いても、日本の産業界から協定・協力に向けて具体的な提言がなされた。
本項においては、まず経団連の提言を題材に、日本産業界の日 EU 経済統合に対するス
タンスを概観した上で、経団連及びタスクフォースの二つの提言を題材に具体的な協定・
協力項目へのニーズを取りまとめる。
35
1)日 EU の経済統合に対する日本経済界のスタンス
日本経済団体連合会(以下、経団連と記載)は、欧州を、「わが国の最も重要な経済パー
トナーのひとつ」と位置づけ、日欧経済関係強化の方途を探っている。
この考え方の背景には、経団連が、日欧経済関係をかつての「厳しい貿易摩擦の時代から
大きく変貌を遂げ」、現在では「協調と連携を基調とする良好な関係を維持」しているとみ
ていること、また、日欧それぞれが「高度に発達した経済主体」で、両者の GDP を合わせ
ると世界の 4 割を占めるばかりでなく、両者が「民主主義、法の支配、人権、市場経済、
循環型社会」などの基本理念について価値観を共有していると考えていることがある(以
上、経団連「欧州統合と日欧経済関係についての基本的考え方」(2006 年 4 月))
。
経団連は、日 EU の経済統合と WTO との整合性について、日 EU の経済統合協定は、
多角的な自由貿易体制である WTO の交渉を「上回るレベルの貿易の自由化と規律の強化」
を追及するものであって、WTO を補完するものでありこそすれ、弱体化させるものではな
いとのスタンスを取っている。
そして、日 EU 間で「包括的かつ質の高い」経済統合協定を結ぶことによって、グロー
バルレベルでも貿易自由化が加速されると期待している(以上、経団連「日 EU 経済連携
協定に関する共同研究の開始を求める」(2007 年 6 月))
。
2)日 EU の経済統合に対する日本経済界の具体的ニーズ
日 EU の経済連携協定についての日本経済界のニーズは、経団連が発表した提言と、そ
の経団連もメンバーとして参加し、JETRO が事務局となって実施された「日・EU EIA 検
討タスクフォース」(以下、T/F と記載)での提言に現れている。
(1)経団連のニーズ
日 EU の経済連携に関して経団連が取りまとめた提言には、
「欧州統合と日欧経済関係に
ついての基本的考え方」
(2006 年 4 月)と「日 EU 経済連携協定に関する共同研究の開始
を求める」(2007 年 6 月)の二つがある。前者は、深化してゆく欧州統合を「新たなヨー
ロッパの誕生」とした上で、日本との経済関係を緊密化させることを目指して、課題を提
示するものである。一方後者は、2007 年 5 月に韓国が EU と FTA 交渉を開始したことを
受けて、より具体的に、日本にとって EU が「EPA を結ぶべきパートナー」であるという
問題意識の下、日 EU の EPA に対しての「わが国経済界として」の「関心・ニーズ」をま
とめたものである。
2006 年の提言では、環境政策、貿易障壁の低減、国際会計基準、競争政策について、経
済連携強化のための課題が示された。2007 年に、EPA を視野に入れて追加された項目は、
投資・ビジネス環境の整備、知的財産権の保護、電子商取引の推進、紛争処理スキームの
各テーマである。
本項においては、より高いレベルの協力の枠組みを提言した 2006 年の提言に沿って、経
36
団連のニーズをまとめ、2007 年になって追加された要望については、別途項目を設けて取
りまとめることとする。
①環境政策
・循環型社会の重要性についての認識及びグローバルレベルでの主導力共有
2002 年、EU では気候変動を初めとした四つの重点領域を掲げる「第六次環境行動計
画」が採択された。この枠組みの下で EU レベルでの環境規制の調和を進めてゆくに当
たり、欧州委員会の役割が今後ますます重要となると、経団連は期待している。
一方日本でも、97 年から経済界が「日本経団連環境自主行動計画」を着実に実行し、
温暖化対策など大きな成果を挙げてきた。経団連は、日欧は高い技術力、循環型社会の
重要性に関する基本認識を共有していると考えており、グローバルな課題である環境問
題の解決に、手を携えて主導的役割を果たしうると期待している。
・環境関連ルール:家電のリサイクルルールの実行可能性担保と柔軟化
経団連は、EU の電気・電子機器の廃棄に関する指令(WEEE)は、家電製品などのリ
サイクル率を向上させることを目的としているが、指令対象の製品によってはその運用
が不明確なものがあると指摘し、実行可能性に配慮した運用を認めていくことが必要で
あると考えている。また、リサイクルの回収コスト削減が進みにくい仕組みが検討され
ている国もあることから、リサイクル事業に競争原理を導入するためにもリサイクル制
度に柔軟性を持たせる必要があると要望している。こうした措置により、家電のリサイ
クルがより現実的なレベルで可能となる。
・化学物質の管理:REACH の実効性担保と柔軟化
経団連は、欧州委員会が提案した新化学品規制(REACH)について、その仕組みが産
業界に過度な負担を課すばかりでなく、輸入品に対して貿易制限的になりうるとして、
その実効性について懸念を表明している。
②貿易障壁の低減:自動車、家電の関税削減・税率適正化
経団連は、現在韓国が EU との FTA 交渉に入っていることを重く見ており、韓国が自
動車(乗用車、トラック)、家電について日本と競争関係にあるため、韓国と EU の FTA
が締結された場合、日本がこれらの品目の輸出について大きく後れを取ると懸念してい
る。EU がこれらの品目に関して、他の先進国では見られな高関税を維持しているからで
ある。
日 EU 間に EPA が締結された場合、関税が撤廃もしくは軽減されると、乗用車、家電
など、現在 EU が高関税を維持しているものも含めて、日本からの輸出増につながるこ
とが期待される。
37
③国際会計基準:EU における日本の基準の承認
経団連は、EU が国際会計基準を導入することに伴い、EU における日本の会計基準の
取り扱いに関して懸念している。日本の会計基準は、国際会計基準と同等の基準である
にもかかわらず、欧州証券規制当局委員会から、一部補完措置が要求されているからで
ある。補完措置の策定には、多大なコストが必要であるため、すでに多くの日本企業が
EU 市場から撤退を表明している。経団連は、資本市場活性化のために、EU において日
本の会計基準が国際会計基準と同等であると認められる必要があると主張している。
日本の会計基準が EU に 100%承認されれば、日本企業の欧州での活動が円滑かつ活発
になると期待される。
④競争政策:競争法の域外適用ルールの明確化
経団連は、EU は競争法の域外適用ルールを明確化する必要があると考えている。こう
した措置の結果、ビジネス・投資環境が安定すると期待されている。
⑤投資・ビジネス環境の整備(2007 年追加項目)
:企業内転勤に関する手続きの簡素化・
迅速化、投資環境を協議する官民合同の機関の設置
現在、多くの EU 加盟国において、ビザ、労働許可、滞在許可の取得や更新の手続き
にかなりの日数を要するため、当該国に進出している日本企業にとって、従業員の円滑
で計画的な採用や配置転換に支障をきたしている。経団連は、日 EU 間の経済統合の一
環として、企業内転勤について、手続きの簡素化・迅速化などの措置を講ずることを求
めている。こうした措置を取ることによって、EU 拡大の際新規加盟国に適用される、「単
一の基準を全ての加盟国に」という原則が、日本にも適用されるため、EU 加盟国で活動
している日本企業は、EU27 カ国すべてにおいて、EU 加盟国の企業と同じ条件下でサー
ビスを提供できることになる。
また経団連は、投資・ビジネス環境を整備する作業が円滑に行われるようにするため、
日 EU 間で官民合同の協議機関を設置することを求めている。
⑥知的財産権の保護(2007 年追加項目):模倣品・海賊版の取り締まり強化
経団連は、日 EU 間に締結される EPA に、模倣品・海賊版の取り締まりや罰則強化な
ど実効的なエンフォースメントを確保するための条項や、第三国における模倣品・海賊
版対策に関する協力についての規定が盛り込むことが必要だと要望している。
こうしたことを実施することによって、より高いレベルでの知的財産権保護が確保さ
れる。
⑦電子商取引の推進(2007 年追加項目)
:デジタルコンテンツへの関税不賦課、サービス
38
の電子提供許可
経団連は、日 EU 間の EPA の中の電子商取引に関する章に、デジタルコンテンツへの
関税不賦課、サービスの電子的提供に関する規定を盛り込むことを要望している。その
結果、電子商取引を推進しコンテンツ・ビジネスの振興を図ってゆくことができると期
待されている。
⑧紛争処理スキーム(2007 年追加項目)日・EU 間の企業活動に関する紛争解決枠組み
設定
経団連は、EU 指令が各加盟国の国内法に十分に反映されていない、あるいは両者の関
係が曖昧である場合、日本と EU 加盟国の間での企業活動に負担がかかり、紛争に発展
する場合があると指摘する。そこで経団連は、日 EU 間の EPA に、日本と EU 加盟国と
の間での企業活動に関する紛争解決の枠組みを盛り込むことが必要であると考えており、
国境を越えた企業活動が円滑になると期待している。
(2)日・EU EIA 検討タスクフォース(JETRO 事務局)のニーズ
①世界最高峰のイノベイティブ社会の共同構築
・特許制度の調和、特許ハイウェイの拡大、共同体特許の実現と欧州特許訴訟協定の早期
成立
現在、日欧間では、日英・日独間のみに設けられている特許ハイウェイであるが、T/F
はこれを EU 全加盟国に拡大することを求めている。その結果、特許審査機関が短縮さ
れるばかりでなく、審査の質が向上し、日 EU 双方で獲得できる権利が安定すると期待
されている。
また、共同体特許を実現して、特許を欧州全域で有効なものとし、欧州特許訴訟協定
を早期に成立させて、欧州で統一して司法権を発動できる場を作ることにより、特許審
査に対する審査期間を短縮し、審査の質を向上させることができると期待されている。
・知的財産権の保護:合同委員会設置による模倣品対策強化、著作権補償金の減額/撤廃
T/F は、模倣品・海賊版対策を日 EU で共同実施するために、日 EU 官民合同専門家会
議を設置し、日 EU 両市場のみならず中国など第三国での模倣品・海賊版対策を共同で
実施してゆくべきだと主張している。また、著作権補償金を減額もしくは撤廃すること、
私的録音録画補償金制度を見直すことを求めている。
こうしたことを実施することによって、消費者、権利者、機器提供者等、関係者にと
って透明・公平で予見可能性の高い制度が構築されると期待されている。
・技術標準化に向けた協力:企画の標準化、ソフトウェアの無償配布
T/F は、日 EU 間で電子タグや通信プロトコルなどの規格を国際標準化することまた情
39
報加工ソフトウェアを無償で配布することを求めている。これにより、シームレス化が
一層加速すると期待されている。
・次世代ネットワークの構築・活用:標準化、相互接続性の確保
T/F は、日 EU 間で次世代ネットワークのコア技術を相互に研究開発し、国際機関にお
ける標準化や相互接続性確保を目指すべきだと主張している。その結果、ICT ベースの
新規雇用が生み出され、日 EU のデジタルデバイド解消につながり、介護・医療・防犯・
防災など社会的課題が克服されてゆくと期待されている。
・「オープンスタンダード」技術・製品の導入:相互運用性が保障された製品の公共部門
への導入加速
T/F は、日 EU 間で、相互運用性が保障されたソフトウェアや製品を、公共部門でより
多く採用するよう求めている。この結果、製品間の相互接続可能性が担保されるため、
運用が安定すると期待されている。
・学生の人材交流拡大:エラスムス計画の対象拡大
T/F は、EU のエラスムス計画の対象を日本の大学に拡大することを求めている。その
結果、高度人材の育成・採用が容易になるばかりでなく、少子化による学生数の減少に
も好影響を与えると期待されている。
・異分野技術交流における協力:公的資金による研究開発の相互開放、民間同士のイノベ
ーション推進
T/F は、公的資金による研究開発の相互開放、大学・研究所・民間企業などの共同研究
など、日 EU 間の異分野技術交流のための基盤整備を行うべきだと主張する。その結果、
日本のハード技術と EU の利活用技術が組み合わされ、新規技術の開発が促進されるか
らである。
②新次元の環境親和社会の共同構築
・環境関連ルール:規制についての事前通報制度・相互承認スキーム導入
T/F では、日 EU 間に環境規制についての事前通報制度を設けること、また環境規制に
ついての相互承認スキームを構築することが必要だと考えられている。こうしたことを
実施することによって、環境対策について予見性が向上し、環境対策の費用対効果が向
上すると見られている。
・環境親和性物品の関税撤廃
T/F は、日 EU 間で環境親和性製品の関税を撤廃する制度を構築することを求めている。
40
特に、新エネルギー・省エネルギー機器が対象となる。これにより関連製品の価格競争
力が向上するとともに、環境親和性物品の普及が促進されると期待されている。
・化学物質の管理:合同委員会設置、化学物質管理データベース構築
T/F としては、化学物質の管理に関して、日 EU 官民合同専門家会議を設置するととも
に、化学物質管理のデータベースを構築し、安全性情報を共有したり、化学品の安全性
分類の調和を図ったりする中で、REACH 規制の運用に関する課題を解決するシステム構
築をしてゆく必要があると考えている。
こうしたことを実施することによって、化学物質を安全に管理できるようになるばか
りでなく、管理に伴うコストが削減され、REACH の実効性も向上すると期待されている。
・化学物質の管理:REACH の効果的な運用のための協力
T/F は、REACH の実施に伴って、地域内・地域外のサプライチェーンにおける、日
EU 相互間の情報伝達ツールを構築することを求めている。それにより、相互の知見・経
験を共有し、より実効性のある REACH 運用ができるようになると期待されている。
・気候変動対策における協力:産業界の持つ技術のデータベース化、途上国の環境対応支
援、新エネルギー開発のための技術交流促進
T/F は、日 EU 間で気候変動・環境対策について協力できる分野として、日 EU の産業
界がそれぞれ保有している省エネルギー、環境保護に関する技術の共有化を図り、それ
をデータベース化すること、新エネルギー、エネルギー技術開発のための技術交流を促
進すること、途上国の温室効果ガス削減、公害防止、資源開発など産業分野での環境対
応を支援し、技術供与のためのシステム構築のベースとすることを提案する。
こうしたことを実施することによって、新エネルギー・省エネルギー技術を高度化さ
せて日 EU 双方の産業競争力を強化できるばかりでなく、地球規模の気候変動対策にお
いてイニシアチブをとり、途上国に対する影響力を拡大することができると期待されて
いる。
・グリーン調達の実効性向上のための協力:グリーン調達基準の調和、成功事例の交換
T/F は、日 EU 間でグリーン調達基準を調和させ、従来の調達の成功事例について情報
交換をすることにより、相互にグリーン調達率を上げることができると期待している。
③安全な社会インフラの共同整備
・税関制度の調和:輸出入書類の電子化促進、原産地証明の自己認証制度確立
T/F は、加盟国税関の間で、輸出入書類の電子化を促進すること、原産地証明に際して
の自己認証制度を確立することを求めている。この結果、通関処理が迅速化され、シー
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ムレスな関係構築の第一歩となると期待されている。
・貿易の安全確保:AEO 制度の相互認証
T/F は、日 EU 官民合同専門委員会を設置して、AEO 制度の相互認証、官民 IT 標準技
術の研究、税関 EDI フォーマットの統一などを図ってゆくべきだと主張する。そして、
日 EU での成果を、東アジア・ASEAN に展開してゆくことも考えている。こうしたこと
を実施することによって、通関手続きが簡素化され、物流が効率化される。貨物セキュ
リティ管理も向上し、グローバルなセキュアトレードスキーム構築につながってゆく。
また、アメリカによる一方的な要請に基づく制度構築が排除され、日 EU の要望も十分
考慮した制度が構築されると期待されている。
・高齢化に対応した科学技術の協力:医療機器・システムの標準化、高齢化社会を支える
仕組みの構築
T/F は、高齢化社会の到来に向けて、日本が強みを持っている「高齢科学」や「長寿医
学」などの研究における協力を、EU との間で進めてゆくべきだと主張する。また、医療
機器・システムなどの標準化や、医療情報通信インフラの改善に、日 EU で協力して取
り組むこと、そして、共働き世帯の育児支援の仕組みづくりを、ネットワークを活用し
て日 EU が協力して推進してゆくことが必要だと主張している。こうしたことを実施す
ることにより、日 EU 双方において、早期治療が推進され、医療サービスが向上すると
ともに、医療機器システム関連産業の振興が図られると期待される。
・医療機器の相互認証:医療機器の登録制度の相互承認
T/F は、日 EU 間で、医療機器の登録制度(EU における CE マーキングと日本におけ
る薬事許可)の相互承認をするべきだと主張する。その結果、機器の市場導入コストが
低減され、より安価で質の高い医療サービスの提供が可能になると期待されている。
・自動車安全規格基準の相互承認:部品ベース、車両全体の相互認証
T/F は、UNECE 基準に基づいて部品ベースで自動車製品の相互認証を行い、これを車
両全体の相互認証へと拡大してゆくべきであると主張する。
・食品安全規則の調和:輸入品の安全規制共通化
T/F は、第三国からの輸入品の安全に関する規則を、日 EU の間で共通化するべきだと
主張する。これにより、グローバルレベルで食品・製品の安全が確保されると期待され
ている。
・電子商取引における個人情報保護:個人情報の取り扱い方の明確化・調和
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T/F は、電子商取引を行う中で、個人情報の取り扱いを、日 EU 間で明確化・調和すべ
きであると主張する。その結果、コンプライアンス上のリスク回避が図られると期待さ
れている。
・大規模災害防護と事故対応:国境を越えた災害予防の協力体制づくり
T/F は、テロや SARS など国境を跨る災害予防についての協力体制を、日 EU 間で構
築するべきだと主張する。その結果、国境を越えた大規模災害の影響のリスクが低減さ
れ、日 EU が効率的に災害に対処することができる。
④相互の貿易投資環境の改善
・関税撤廃:高関税品目の関税撤廃
T/F は、乗用車(10%)、家電(最高 14%)など、他の先進国には見られない EU の高
関税品目の関税を撤廃することを要望している。それにより、輸入者・消費者の負担を
軽減できると期待されている。
・貿易障壁の低減:情報技術協定(ITA)対象製品の関税削減・税率適正化
T/F は、日 EU 間 ITA 対象製品の関税を削減、もしくは税率を適正化することを求め
ている。認定物品について、関税削減スケジュールを設定し、段階的に関税を逓減させ
てゆくことによって、関連製品の価格競争力が向上し、消費者負担が軽減すると期待さ
れている。
・原産地規則の調和:認定輸出者制度と第三者証明制度の併用化
T/F は、原産地規則に関して、日 EU 間に認定輸出者制度を導入するとともに、第三者
証明制度と認定輸出者制度を併用して、輸出者がいずれの制度を採用するか選択できる
ようにすべきだと主張する。この措置によって、原産地を証明する手続きが簡素化され、
貿易取引がより活発化されると期待される。
・関税分類の透明化:関税分類に関する協議制度の整備
T/F は、関税分類に関して日 EU いずれかに疑義が生じた場合に協議を行う制度を整備
するべきだと主張する。これにより、物品貿易が促進されると期待される。
・アンチダンピング運用の適正化:調査開始時の事前協議義務化
T/F は、アンチダンピングを運用するに当たっての調査開始に際して、政府間事前協議
を義務付けるべきだと主張している。この結果、根拠のない提訴による調査が減り、調
査そのものへの企業負担が低減されるばかりでなく、貿易取引の安定性が確保されると
期待されている。
43
・投資規定の策定
T/F は、モノ、サービス、資本、人の移動が自由に行われるための制度的基盤を整備す
るべく、EIA の一部として投資自由化、投資保護、投資円滑化、紛争解決を含んだ高水
準の投資規定を設けることを求めている。これにより、日 EU 間のビジネス環境が整備
され、投資が促進される。
・投資協定・投資にかかるネットワーク構築:「混合投資協定」締結
T/F は、日本と EU、また日本と EU 全加盟国との間に「混合投資協定」を締結するべ
きであると主張する。こうした措置によって、手続きの標準化に伴って投資の円滑化が
図られ、経営資源やビジネスモデルの自由な交流が推進されて、国際競争力ある企業活
動ができるようになると期待されている。
・投資に関する人の移動の自由化:キーパーソネルとその関係者の滞在許可手続きの簡素
化・迅速化、ビザ発給要件の調和
T/F は、キーパーソネル・その配偶者や子の労働・滞在許可取得手続きを簡素化・迅速
化させる必要があると主張している。配偶者の労働許可に関する努力義務を協定の項目
として盛り込むことも、この一環である。また、日 EU 各国間でのビザ発給用件を調和
し、発給手順の透明性確保を図ることも必要な手段であるとしている。こうした措置を
取ることによって、企業のグローバル生産ネットワークの最適化が図られるだけでなく、
人を通じた技術移転が促進され、雇用が創出されると期待されている。
・投資交流促進:投資環境の問題改善のための協議メカニズムの確立、投資関連情報の
ワンストップ提供、中小企業間の投資交流協力
T/F は、日 EU 相互に、投資に関する政策や制度、慣行の改善や、投資規定の運用など
の諸問題について討議・情報交換を行う官民協議のメカニズムを確立すべきだと主張す
る。また、投資家に対して情報や投資許認可をワンストップで提供するべく、投資促進
機関同士のネットワークを構築することを求めている。こうした措置を取ることにより、
日 EU 間の投資が促進され、モノ、サービス、資本、人の自由な移動が進むと期待され
る。
さらに T/F は、日 EU 中小企業間の投資交流を促進するべく、政府・民間両レベルで
協力体制を確立することを求めている。これにより、日 EU 経済を支えている中小企業
がさらに発展すると期待されている。
・紛争処理スキームの整備:紛争処理機関の設置、制度変更の事前通達・協議
紛争処理について、T/F は、日 EU 間で起こっている投資関連の紛争を処理する機関を
44
設けるべきであると主張する。また、規制の導入・改訂がなされる際は、事前通報・協
議をすることを規定しておくべきだと考えている。さらに、紛争処理が効率的に行われ
るように、EU 加盟国間で、EU 指令を適切に反映した国内法制度を整備しておくように
と求めている。この結果、安定した法制度環境が実現され、シームレスな事業環境が整
備される。
・会社法の調和:課税猶予の範囲拡大、非公開会社の設置認可
T/F は、株式交換や資産移転に伴う課税猶予の範囲を拡大するなど、企業にとってメリ
ットが得られるような施策が必要であると考えている。また、欧州会社法による非公開
会社の設置を認可するべきで、この措置が取られるまで、EU 域内での支店設置に際して
の規制が緩和されるべきであると主張する。この結果、日 EU 間の国境を越えた円滑な
事業再編が容易になると期待されている。
・競争政策の調和:競争法の域外適用ルールの明確化、企業合併手続きの簡素化
T/F は、経団連同様競争法の域外適用ルールを明確化するとともに、日本からの審査・
不服申し立て制度の条件を、EU のものと調和させるべきだと主張する。さらに、欧州委
員会と各国独禁当局における企業合併手続きを簡素化するべきであるとも主張している。
こうした措置の結果、ビジネス・投資環境が安定し、競争力の高い企業活動が可能とな
ると期待される。
・国際会計基準の相互認証:EU における日本の基準の承認
T/F は、経団連と基本的には同様の主張をしており、EU において日本の基準が認めら
れれば、日 EU 双方の企業の相手国への進出がより容易になり、日本からの投資も拡大
すると考えている。
・金融規制の調和
T/F は、日 EU 間の金融規制は調和されるべきで、具体的にはファイアー・ウォール規
制は撤廃し、より根本的な産業統治原則ベースで規制を行うべきであると主張している。
これにより、金融サービス業界において日本と欧州の市場が統合され、両方の市場で同
じ金融商品が提供できることになる。
・税制の調和:域内税制の統一、VAT の簡素化・緩和
T/F は、EU 域内で税制を統一すること、EU 域内で連結した納税制度を導入すること、
また、付加価値税(VAT)を簡素化・調和することを求めている。こうした措置を取るこ
とによって、投資が促進されるだけでなく、VAT の集中管理が容易に行われるようにな
ると期待される。
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・移転価格税制に関するルールの共通化
T/F は、移転価格税制に関して、日 EU 間で共通ルールを制定し、そのルールを円滑に
実施するべきであると考えている。こうした措置を取ると、日 EU 双方の企業の進出の
際のハードルコストが低くなり、ビジネス・投資環境の維持・改善が図られると期待さ
れている。
・租税協定:協定の一本化、二国間租税条約改正の迅速化
T/F は、日本と EU 加盟国との間に、現在あるような二国間の個別のものではない、一
本化された租税条約を結ぶべきだと主張している。これに伴い、二国間租税条約は迅速
に改正されるべきで、その内容としてはロイヤリティ源泉徴収の縮小・廃止が考えられ
る。また、配当、金利、ロイヤルティに対する源泉税率の調和あるいは免除も、日 EU
間で求められる措置である。こうした措置を取ることによって、税務上の取り扱いが統
一され、海外子会社からの配当やロイヤリティの支払いに対して、源泉地国免税が適用
されるため、事務負担が軽減される。また、二重課税が回避されるので、投資も促進さ
れるというメリットが期待される。
・社会保障協定:欧州全ての国との社会保障協定締結、保障制度の強化
T/F は、北欧などまだ日本と社会保障協定を結んでいない国との間で、早期に社会保障
協定を結ぶことを主張している。またその中で、年金を含む社会保障制度を強化するこ
とも求めている。こうした措置をとることによって、社会保険料の二重払いが解消され
るので、社会保障費負担が削減され、ビジネス・投資環境が改善されると見込まれる。
4.EU から見たニーズ
EU 側のニーズについては、ここでは欧州ビジネス協会(EBC)のスタンスとニーズ、お
よび欧州委員会が打ち出している新リスボン戦略の内容を整理してまとめることとする。
1)日 EU の経済統合に対する欧州ビジネス協会のスタンス
EBC としては、日 EU の間に経済統合協定を結ぶ場合、それは、
「あらゆる相互通商障害
の撤廃」を目指した、
「野心的な」協定が望ましいと考えている。EBC は、日 EU を合わせ
ると、世界 GDP の 40%に及ぶ巨大な単一市場が生まれることを重く見ている。そして、
EU 加盟国がすでに、「モノ、人、サービス、資本の自由な移動を特徴とする単一市場の確
立に多大の投資を行って」きていることと、「EU と日本が同等レベルの経済発達をしてい
ること」に鑑み、統一された市場を欧州という地域的枠を超えてさらに拡大してゆきたい
と考えている。同時に EBC は、関税を中心とした FTA/EPA は、日 EU 間では効果が薄く、
46
公正な競争や透明な投資のルールといった共通の価値観を、「共通の規制体制」を構築する
ことによって実現したいと考えている(2008 年 2 月、経済財政諮問会議「EPA・農業ワー
キンググループ」第 16 回会議)。
WTO との整合性については、EBC は、日 EU の経済統合協定は、WTO の枠組みを超え
た問題を扱うので、WTO を害することはないというスタンスを取っている。
EBC は、日本が過去 1 年間(2007 年の間)に行ってきた規制改革について、日 EU 間の
経済統合を実現する観点からは、「前向きな進展」がみられるとしている。これは、航空輸
送分野における規制緩和や、再入国許可制度に対する改革を優先課題として取り上げたこ
とを評価するものであるが、一方でこれらの措置は「ビジョンに欠ける」ものであり、薬
事法の改正などは、新製品の市場への導入を困難にしているという批判的姿勢も崩してい
ない(2008 年 2 月、経済財政諮問会議「EPA・農業ワーキンググループ」第 16 回会議)。
2)欧州ビジネス協会の論点
【共通のプラットフォームを構築するもの】
①関税撤廃
・工業製品の関税撤廃
EBC は、日 EU 間で最終的に関税が撤廃されなければならない品目として、食料品、
酒類、皮革製品、電気製品、自動車、林産品、産業材料を挙げている。
②交通・物流(航空)
・関東の発着枠の拡大
・運賃設定の自由化
・ビジネス航空の規制緩和
EU 側の要望は、航空・輸送分野で日 EU 間に「共通の競争政策」を導入すべきという
ものである。現在、チャーター便に関しても日本では定期航空会社向けの規則と基準が
適用されており、EU はこれを日本特有のルールであり、グローバルな基準と合致してい
ないと考えている。
EU 側の要望としては、日 EU 間航空ルートにおけるフリープライシングを導入するこ
と、関東地方の国際空港でスロット数を増やして日 EU 間のアクセスを向上させること
が挙げられる。こうしたことを実施することによって、2010 年までに日本を訪れる旅行
者数を年間 1000 万人に増やすという日本政府の計画も実現に近づくと期待される。
またビジネス航空についても、日本でビジネス航空の発展が遅れている現状に鑑み、
EBC は日本に対し、グローバルプラクティスに基づいた共通のビジネス航空ルールを策
定することを求めている。これを実現することによって、日欧間の市場のアクセスが容
易化され、日欧企業が国際競争力を高めることができると期待されている。
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③交通・物流(陸運・海運)
・企業間格差をもたらし、競争を妨げている規制の撤廃
・外資への制限撤廃
EBC は、日本郵便が民間事業者と直接競合しているにも関わらず、国際スピード郵便
(EMS)について、他の国際エクスプレス事業者に適用されるものと同じレベルの規制
を受けていないという事実を問題視している。そして、日 EU 経済統合の核となるべき
ものとして、統一の規制体系に基づいてロジスティクスの能力を増強することを求めて
いる。
具体的には、日 EU 間のサービス提供における完全自由化を視野に入れて共通の競争
ルールを確立し、企業間に格差をもたらしたり、自由で開放的な競争を阻害したりする
ような全ての規制を撤廃すること、また、貨物ビジネスにおける外資に対する規制を撤
廃することを挙げている。
④人の移動
・就労ビザ全廃
・エラスムス計画への日本の大学参画
・専門職資格の相互承認
・社会保障手続きの一本化
日 EU 間で一層の経済統合を達成し、単一労働市場を実現するために、双方間の人の
移動をより容易にするべきである。具体的には、在日 EU 市民及び在欧日本人について
のビザ、就労許可制度を大幅に改訂、もしくは全面撤廃することを考えなくてはならな
い。また、エラスムス計画および他の欧州内教育協力スキームに日本の大学を含めるこ
と、弁護士や医療専門家などの専門職の資格を日 EU 相互に承認することも考えられる
手段である。
経済統合協定は、国内の社会保障手続きに関しても簡素化するものでなくてはならず、
強制加入国民年金拠出金の払い戻しについて、日本と EU の間で共通の一本化した取り
決めを結ぶべきである。そのために、各国との交渉のプロセスをより合理的なものにす
るべきだと EU 側は主張している。
⑤税制
・二重課税の撤廃
・課税要件ガイドラインの共通化
EBC は、日本に進出しようとする欧州企業が、不必要に複雑な日本の課税に関する規
則や、税務当局の一貫性のない恣意的な取り扱い、また市場アクセスを妨げる規制に直
面していると指摘する。それを改善するための手段のひとつとして、EBC は、日 EU 間
で二重課税をなくすべきであると主張する。また、日米、日英、日仏各国間で結ばれた
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条約で規定された企業からの、配当、ロイヤルティ、利子に対する源泉徴収を廃止する
ことも手段の一つである。さらに EBC は、日本と EU 内において雇用主、雇用者による
社会保障システムに対する支出を相互に課税控除対象にするべきであるとも主張してい
る。さらに、日 EU 共同で解釈のためのガイドラインを作成し、移転価格評価に関する
文書提出要求を日 EU 間で調和することも求められている。
こうしたことを実施することによって、欧州企業の日本への進出が活性化されると期
待される。
⑥原産地規則
・原産地規則の共通化
EBC は、日 EU 間では、原則として「原産地規則に基く差別を撤廃」しなければなら
ないと主張する。具体的には、原産地認定基準を日 EU 間で相互承認する、最終的には
基準を共通化することがこれに当たる。
⑦知的財産権
・知的財産に対する共通の保護体制構築
・特許侵害に対する共通の罰則策定
WTO の TRIPS 協定は、とくに実施面において不十分である。日 EU 間の経済統合協
定では、TRIPS を出発点としながら、そこから発展して WTO 協議や協定の限界を踏み
越えた、野心的かつ適切な実施体制を構築する必要がある。
日 EU 双方の市場に存在する知的財産保有者に対して同一の保護を定めること、地理
的表示、著作権、特許保護、ライセンシングを相互承認すること、また模倣品およびイ
ンターネット上での特許侵害に対する罰則について、共通ルールを策定するべきである。
こうしたことを実施することにより、とくに新薬の分野におけるイノベーションや研究
開発を保護することができる。
⑧法律サービス
・弁護士資格の相互承認
現在日本では、第三国の法律について外国人弁護士が提供できる助言の範囲に制限が
あり、日本の消費者は法律上の助言における選択肢を狭められ、外国法律事務所は潜在
顧客を失うという構造ができている。そこで EBC としては、弁護士など法律サービス従
事者の資格を相互に受け入れ、より広範囲な活動を承認することを求めている。こうし
たことを実施することによって、国境を越えた投資に対して日欧企業間の仲介や、海外
に投融資を行う機関や日本企業の支援などが円滑に行われ、日欧経済の統合がより促進
されると期待される。
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⑨競争法
・共通の競争ルールの策定
現在の日本における郵政民営化のあり方に、EBC は懸念を抱いている。簡保生命とゆ
うちょ銀行が、競合他社と同じ規制当局の下ではなく、金融庁の管轄内にあるように、
政府から特別待遇を受けている機関が依然存在する。こうした規制のあり方は、自由な
競争を阻害しており、競合他社にとっては重大な脅威となっている。また、日本で活動
する欧州の輸送・運送業者にも影響が及ぶ。
EBC は、欧州企業も含めて日本で自由な競争が担保されるような、共通の競争ルール
の策定を求めている。とくに、通信、航空・輸送、保健、政府調達の分野に共通の競争
ルールを定めることが EBC の要望である。
⑩政府調達
・政府調達における外国企業と国内企業の平等な取り扱い
・透明な調達プロセスの確実な履行
日本と EU は、いずれも WTO の多国間政府調達協定の締約国であるにもかかわらず、
欧州企業の日本の公共事業への参入率はきわめて低い。日 EU 経済統合協定は、外国企
業と国内企業を平等に取り扱うこと、政府調達に関する情報開示を透明性をもって行う
こと、また、入札評価プロセス・落札異議申し立て手続き・実施メカニズムなどの履行
を担保することを定めるべきである。こうした協定を策定することによって、拘束力あ
る簡素化された規則をもって透明性ある調達手続きが実施され、より開かれた調達が行
われることになると期待できる。
【分野別のルール作り】
①金融(資産管理)
・業界原則の相互受け入れ
・投資信託業務に関する共通の規則の確立
現在日本では、金融サービス会社は、厳格なファイアー・ウォールと厳重な許可制限
があるため、欧州で提供しているものと同じ信託運用・投資顧問サービスを提供できな
い。EBC は、日本と EU は、金融サービス業に適用される原則に則った規制システムの
もと、その原則を相互に受け入れるべきであると主張する。たとえば、信託と投資顧問
業の業界間ファイアー・ウォールを設けるという規則ベースではなく、より根本的な産
業統治原則ベース(例:顧客に不利益を与えないなど)で規制を行うべきであるという
ことである。また EBC は、投資信託と投資顧問業に関する日 EU の共通ルールと原則を
策定すべきであるとも主張している。こうしたことを実現することによって、資金配分
が効率的に行えるようになり、資本収益率も上がる。また、金融サービス業界において
日本と欧州の市場が統合され、両方の市場で同じ商品が提供できることになる。
50
②金融(銀行)
・業界原則の相互受け入れ
・規制当局の相互受け入れ
EBC は、現在日本で行われているファイアー・ウォール規制が、金融システムを管理
する上での非効率性をもたらしており、日本企業が海外進出する際の障害となっている
と指摘する。
その現状を踏まえて EBC は、日本と EU は、金融サービス業に適用される原則に則っ
た規制システムのもと、その原則を相互に受け入れるべきであると主張する。また、自
国の規制当局をコアとなる規制当局として相互に受け入れることも必要であるとしてい
る。
こうしたことを実施することによって、日欧双方の市場で活動している金融機関につ
いて、重複した管理負担が軽減され、日 EU 市場のさらなる統合が期待される。
③金融(保険)
・競争と規制に関する共通のルールの策定
EBC は、日本で近年、銀行チャネルを通じた保険商品の販売が一部解禁され、郵政民
営化が実施されたことを歓迎している。しかし、日本で活動する外資系保険会社が、依
然事業の効率的発展を阻害しかねない規制上の障壁に直面していると懸念している。
この障壁を打開するために、EBC は日本に対し、すべての保険会社に対して、透明で
公正、公平、かつ透明性のある、競争と規則に関する共通のルールを導入すること、日
本のソルベンシー規制のルールを国際基準と整合させること、そして規制の透明性と予
測可能性を高める、リスクにフォーカスした共通のルールを適用することを求めている。
こうしたことを実現することによって、諸外国からの対日投資がより魅力的なものと
なり、日本で事業を展開する欧州企業の活動も活性化されると期待されている。
④メディア・広告
・業界における市場競争の促進
EBC は、日本のメディア・広告業界が依然として閉鎖的で、政府、公共団体、巨大企
業に大きく影響されていると指摘し、日本は、情報の自由な流れを推進し、コミュニケー
ションセクターにおける市場競争を助長してゆくべきだと主張する。
日本が取るべき優先的な課題として、EBC は、メディア・広告に関してつくる日 EU
間の共通ルールには、メディアにおける広告の位置づけを表す強制的な価格開示を含むべ
きであると主張している。
⑤通信サービス
51
・共通のガイドラインに基づいた価格設定
現状、日本では、事業を始めようとする通信事業者が規制当局と協議した上で、事業に
ついて公式・非公式の承認を取らなくてはならないが、これは世界の大部分の市場では必
要とされないプロセスである。
EBC は、日本に対し、通信事業者が透明性あるコストを保証し、供給の価格・非価格
条件に関する反競争的行動を監視する措置をとることを求めている。優先的課題として、
日 EU 共通の競争ルールを作る場合に盛り込まれるべきことは、ユニバーサルサービスの
財源と相互接続料の算定に関するガイドラインである。
⑥通信機器
・製品の基準・規格の統一
・公共部門調達の対象に電気通信機器を入れること
欧州市場か日本市場のいずれかで認証を受けた電気通信機器製品が、相手側の市場で自
動的に承認されるように、日 EU の経済統合協定においては、全ての通信機器に関する技
術標準と認証を相互に受け入れることを求めている。また、協定に、公共部門調達につい
ての議論に電気通信機器を入れ込むことを求めている。こうしたことを実施することによ
り、日欧の通信機器セクターの国際競争力、イノベーション、生産性が強化されると期待
される。
⑦医療・衛生
・医療機器における EU 規格の採用
・医薬品・試薬・ワクチンの規制基準の整合化(含有成分基準の共通化)
・動物用医薬品販売認可の共通化
EBC は、日 EU 間での医療機器、医療診断製品に関する基準と認証の相互受け入れを
要望し、日本も医療機器について EN 規格を採用するべきであると主張する。この措置
を実施することにより、日本と他の先進国との間の医療機器ギャップがなくなると期待
される。
また医薬品と試薬(対外診断薬)、ワクチンについて EBC は、日本における医薬品の
臨床試験の実施基準(GCP)がグローバルスタンダードと依然異なっていること、EU で
既に認められた試薬やワクチンを日本に導入する際に、再度試験を受けなくてはならな
いことを問題視している。この基準が異なっていることにより、日本での治験はよりコ
ストのかかるものになり、外資系企業の日本市場参入を妨げているからである。
そこで EBC は、日・EU 間に共通の GCP 及び医薬品の品質管理システム(QMS)規
制を設けること、また医薬品と試薬、ワクチンの上市基準の相互受け入れを行うことが
必要だと主張する。こうした措置を実施することにより、日 EU 間のドラッグラグがな
くなり、患者、社会、業界の全てがその恩恵を受けられると期待される。
52
動物用の医薬品については、EBC は、日本の規制体制が透明性を欠いており、その結
果 EU ですでに認められた製品が日本に導入されにくくなっていると指摘する。そこで
EBC は、動物用医薬品の販売認可に関する日本と EU の相互認証を行うべきで、それが
実現するまでは動物薬に関する医薬品製造管理および品質管理基準(GMP)の相互認証
を行うべきだと主張する。
⑧小売・卸売
・製品規格の相互承認
日本は世界第 2 位の小売市場であるのに、日本市場で活動している外国小売業者はき
わめて少数である。その理由の第一は、欧州市場向けに既に認証されている製品を日本
市場で販売する場合に、新たに試験と認証を受けなければならないことである。また第
二の理由は、進出先の地方自治体が独自の手続きを設けたり、新たな免許要件を設けた
りすること、面積 10,000 ㎡を超える小売店舗開設が制限されていることである。
EBC は、日本の優先的課題として、小売・卸売で扱われる製品に対する規格と認証に
ついて相互に受け入れるべきであると主張している。
⑨化粧品
・認可される成分のポジティブリストの共通化
・動物テストの代替方法の共通化
日本は年間約 1.4 兆円規模の世界第 2 位の化粧品市場で、輸入製品のシェアも伸びつつ
あり、輸入元では欧州企業が大半を占めている。しかし、2005 年に改正薬事法が施行さ
れたにも関わらず、薬用化粧品(いわゆる医薬部外品)については、施行前と同じ事前
審査が維持されたままである。薬用化粧品の認証に関する規制を共通化し、認可される
材料、標準的な審査機関などを開示するべきである。また、効能及び広告に関する規制
を共通化すべきである。欧州で汎用されている成分や、新規に使用が承認された成分を
容易にポジティブリストに記載できるよう、化粧品に利用可能な成分のポジティブリス
トについても共通化しなければならない。さらに、動物テストに関する代替方法につい
ても、共通の基準を確立する必要がある。こうした改善策を通じ、日本固有の製品認証
手続きを改めることによって、欧州企業はビジネスを展開しやすくなる。
⑩酒類
・関税撤廃
・製品分類の国際基準への適合
日本の酒類市場は世界最大規模であるにも関わらず、販売量で見ると、輸入品は日本
の市場の 3.7%を占めるに過ぎない。この背景には、日本が製品定義の国際基準の適用と、
非関税障壁の撤廃について、グローバルレベルで遅れを取ってきたことがある。そこで、
53
2002 年までに行われた、一部の酒類の関税の撤廃に続き、酒類に対する関税を全面的に
撤廃すること、また、EU や米国、オーストラリアが採用している、国際標準分類に従っ
た酒類の定義・分類を採用することが求められる。
⑪食品
・関税撤廃
・添加物使用基準など食品安全基準の国際標準への適合(ポジティブリストの共通化)
・規制の相互承認
市場を無条件に開放し、食品関連規制の相互受け入れを確立することにより、消費者
は手ごろな価格で高品質の食品を手に入れることができるようになる。そこで EBC とし
ては、食品に関する全ての関税、数量割り当て、最低価格及び国家管理貿易を廃止する
こと、また、食品の安全性、食品成分、及び規制に関する基準を相互に受け入れること
を求めている。たとえば、残留農薬の試験基準を共通化することがこれに当たる。さら
に、WHO で認められていながら現在日本で使用が禁止されている添加物が数多くある一
方で、WHO で承認されていないにもかかわらず日本では認可されている添加物も未だ残
っていることを、EBC は懸念している。
⑫農業
・農業政策の見直し
・国内の農業のあり方見直し
・EU 農産品の受け入れ拡大
EU は、日本の農業政策を見直すことを求めるとともに、日本と EU はいずれも産業国
であるので、
「大量生産農業」よりも「多面的機能農業」を目指すべきであると主張する。
そして、政策として、日 EU いずれも、食料自給率を高めることよりも、食料を安定的
に確保する方向に転換するべきであり、その際には日 EU は相互に「最高のパートナー」
と位置づけられるとしている。
より具体的な方策としては、日本が EU の農産品をより広く受け入れることを要望し
ている。
⑬自動車
・型式認証の相互承認
・最終的に関税撤廃
日本は、1998 年、アジアの国として初めて「UN/ECE1958 年車両等の型式認定相互
承認協定」に加入して以来、ECE 基準への国内技術基準の整合化を着実に進めてきたが、
騒音試験等日本が独自の国内技術要件を設けている分野が未だに存在する。EBC の目に
は、近年、日本における UN/ECE 規制の受け入れ速度が緩んでいるように映っている。
54
EU に比べて採用した規制の数は大きく遅れており、日本はより早急に UN/ECE 規制受
け入れを採用することが望ましいと EBC は主張する。
日本は型式認証の相互承認を 2015 年までに導入することを他の ECE 締約国に提案し
ようとしており、これは EBC の歓迎するところである。これが実施されれば、EU もし
くは日本で一旦認証された車両は、いずれの地域でもさらなる試験なく販売でき、これ
は日 EU の自動車市場の統一につながるものである。
⑭航空
・耐空性認証の相互承認
・輸出規制の相互承認
日本の航空業界には外国資本の参加について法的制限があるにもかかわらず、日本の
航空関係企業が北米企業と多岐に亘って協業関係を築いてきたこと、また日本において
欧州航空宇宙分野に関連する情報が限られていることを原因として、日欧間の航空産業
協力はあまり進んでいない。しかしながら、BK117 ヘリコプターに関する川崎重工とユ
ーロコプターとの協力や、トレント 1000 に関わる川崎重工・三菱重工とロールスロイス
との協力にも見られるように、日欧間の協力成功例は確かに存在しており、これを基礎
にして、日欧両方の企業が参画できる共同開発プログラムの枠を広げてゆくこと検討す
べきである。
日・EU 間の経済統合協定においては、特に航空機産業の基準(耐空性認証)と輸出規
制の相互認証の確立が優先的課題といえる。航空分野での日欧間の規則や規制の違いは
大きくないので、規則や管理手続きも含めた包括的な相互承認も実現可能である。
⑮宇宙
・輸出規制手続きの相互承認
日本の商業衛星市場は比較的開かれているが、衛星開発における日本の協力体制は、
対米国に偏っており、米国の政治的影響力があるために、日本における日欧宇宙産業協
力の発展が阻害されてきた。米国の輸出規制政策は不透明で信頼性に欠ける。EBC とし
ては、日本に対し、輸出規制手続きの相互認証の確立を優先的課題として求める。
⑯防衛
・防衛装備品調達手続きの透明化
現状、日本では、米国を除く全ての国と、防衛関連情報の交換を伴う共同開発を行う
ことができない。しかしながら、PKO 活動や対テロ戦争などが、日本も無関心ではいら
れない環境を生み出している現在にあって、EBC は、防衛省が日本の該当産業界に対し、
欧州防衛産業との踏み込んだ協力関係を築くよう求めることを日本に対して要望する。
優先的課題として求められるのは、日本政府は欧州のカウンターパートと、実施面及
55
び産業面の両面において必要な防衛関係の情報交換協定締結に向け、話し合いを行うこ
とである。また EBC は、日本が欧州政府と情報交換を行うだけでなく、安全保障協定に
も取り組むべきであると考えている。
⑰建設
・民間事業者が政府調達に参入する際のルール統一
・建築材料の規格統一
日本の建設業界は競争過多になっており、正直なところあまり欧州にとって収益性の
高い業種にはなっていない
現状、建築分野の日本市場における外国企業のプレゼンスは概して低い。そこで、EBC
は、日本市場における競争を活発にするため、入札参加資格要件を緩和することを求め
ている。特に、優先的課題としては、建設物に関する基準と認証を相互受け入れするこ
と、政府調達の透明性の向上と共通ルールを厳格に実施すること、そして、持続可能な
社会を推進していく中での建設部門の役割を共同承認することを提案している。
⑱産業用材料
・輸入税全廃
産業用材料の供給国の多様化を図り、長期・安定的に日本に対して材料を供給する体
制を作って日本のメーカーの国際競争力を高めるために、EBC は、精製ニッケル製品、
酸化アルミニウム、炭化ケイ素など産業用原材料に関する全ての輸入関税を撤廃し、最
終的には関税を全廃することを求めている。
⑲環境技術
・民間事業者が政府調達に参入する際のルール統一
・環境規制ルール統一
日本の環境技術市場は、世界で 16%のシェアを持つ、世界第 2 位の市場であるにもかか
わらず、政府調達のシステムが閉鎖的であるゆえに、外国企業は参入を阻まれている。EBC
は、市場をより開放的なものにし、民間事業者の参入容易化を図るべく、日本にとっての
優先的な課題として、公正な政府調達と PFI/PPP のための共通の原則とルールを確立する
こと、また、都市公害及び排出物基準などを含む、環境規制に向けた共通のアプローチを
確立することを求めている。
3)新リスボン戦略に見られる EU の課題とニーズ
欧州委員会は 2000 年に策定した「リスボン戦略」の見直しとして、2005 年の 6 月に
「新リスボン戦略」を発表したが、その中には 24 項目からなる政策指針(統合ガイドライ
ン)が含まれている。
56
(1)成長と雇用のための統合ガイドラインの内容
統合ガイドラインは、①マクロ経済政策、②ミクロ経済政策、③経済基盤、④人への投
資の 4 分野で提示されている。それぞれの内容は以下の通りである。このガイドラインに
沿うような中身の経済連携は EU にとっては歓迎すべきことと考えるのが、アプローチの
ひとつである。
表
成長と雇用のための統合ガイドライン 2005~2008
①マクロ経済政策
ガイドライン
1. 財 政 改 革と 経 常
収支改善
2. 財 政 改 革と 社 会
福祉
3. 財 政 に よる 成 長
促進政策
4. 持 続 可 能な 成 長
と賃金
5. 労働市場の改革
6. 協 定 遵 守で 世 界
的発言力の強化
内容
ユーロ加盟国は、ユーロ加盟国に課せられた中期的な財政政策の目標を
尊重するべきである。持続不可能になる危険がある経常収支赤字を抱え
ている国は、構造改革、輸出競争力強化、必要な場合は財政改革によっ
て、経常収支を是正すべきである。
加盟国は財政基盤を強化するために、債務削減に取り組むべきである。
年金、社会保障および健康保険制度を改革し、福祉制度の財務状況が健
全で、福祉の水準が十分で、かつ利用可能なものであることを保証する
べきである。
成長と雇用を促進し、資源を効率的に配分するため、EU 加盟国はリスボ
ン戦略に沿って、財政支出を成長促進型へと再配分するべきである。潜
在成長率を高めるように税制を変え、政府支出が政策目標の達成に役立
っているかどうかを評価する仕組みを作り、改革全体が整合性を持つよ
うにすべきである。
加盟国は賃金決定に関する正しい仕組みを樹立すべきである。社会的パ
ートナーの役割を尊重しながら、物価安定と中期的な生産性の動向に配
慮し、技能の差や地域ごとの労働市場の条件の違いにも注意する必要が
ある。
加盟国は労働市場および製品市場において改革を行い、流動性、生産要
素の移動性、および調整能力を強めることによって潜在成長率を高める
べきである。これはグローバル化、技術革新、需要の変化および景気変
動に対応するために必要なのである。
ユーロ加盟国は四項目を実施する。(a)財政政策において安定・成長協定
を完全に履行する。(b)短期の物価安定と長期の持続可能な成長を同時に
達成する。(c)非対称的なショックにも対応できる経済成長能力を増進す
る。(d)ユーロ地域の経済力に相応するように、世界経済システムにおけ
るユーロ地域の影響力を強化する。
②ミクロ経済政策
ガイドライン
7. 研究開発に 3%の
数値目標
8. 技術革新の支援
内容
研究開発への投資、とくに民間企業による研究開発投資を増加し改善す
るために、2010 年に研究開発支出額を経済規模(GDP)の 3%にすると
いう目標を確認する。
あらゆる形の技術革新を支援するため、加盟国は技術革新支援サービス
を拡充すべきである。とくに技術の伝播と移転に力を入れる。大学、研
究所、企業の協力を進め、地域間の技術格差を減らす努力が求められる。
57
9. 情 報 通 信技 術 の
重要性
10. 産業基盤の強化
11. 再利用可能な資
源の活用
情報通信技術を広め、利用を促すため、加盟国は情報通信技術の中核部
門においてヨーロッパの存在感を高めるべきである。
産業の各部門において付加価値を高めるのに必要な要素を見つけ出し、
それを強化するべきである。これには加盟国ごとの努力だけではなく、
各国間の協力も追及すべきである。
環境保護と経済成長を両立させるために、加盟国は EU が石油価格高騰
の悪影響を受ける程度を軽減すると共に、域外に対しては強い潜在的輸
出力を持った経済になることを目指すべきである。EU の環境技術行動計
画(ETAP)を尊重し、地球温暖化と戦わなければならない。
③経済基盤
ガイドライン
12. 市場統合の深化
13. 域内の競争政策
14. 行政費削減によ
る効率的競争
15. 中小企業振興
16. 基盤投資強化
内容
EU 共同市場を拡大し、深化するために、加盟国は運輸の市場統合指令実
施を早める。同時に、域内共通の規制緩和を進め、ヨーロッパの社会的
モデルを維持しながらサービス市場の統合を行うべきである。
加盟国は開放的で競争的な市場の利益を享受するため、競争を阻害する
障壁を除去し、いまある政府による支援政策についてもそれが妥当かど
うか検討する。
競争による効率化を達成するため、行政費用を減らすが、同時に健康や
社会の調和、人間の健康など、規制の目標を堅持する。
中小企業を振興するため、中小企業への金融強化や技術革新支援を行う。
企業化精神の教育、訓練さらに必要な場合は倒産や再建をしやすくする
支援を加盟各国は行うべきである。
加盟国は、エネルギー効率の高い輸送やエネルギーおよび通信基盤を強
化すべきである。
④人への投資
ガイドライン
17. 雇用率の上昇
18. 生涯循環(ライフサ
イクル)の手法
19. 雇用条件の改善
20. 労働市場での需
給改善
21. 労働環境悪化へ
の備え
22. 賃金決定時の考
慮要因
内容
完全雇用、質の改善、生産性上昇と社会的結束を強化するために、全体
としての雇用率を 70%に、女性の雇用率は少なくとも 60%に、55 歳か
ら 64 歳までの高齢者の雇用率は 50%にする。この目標を 2010 年までに
達成し、失業率を下げる。このような政策を実施するべきである。
人生の各段階によって、それに応じた政策をとって雇用を拡大すべきで
ある。
人をそこに包含していくような労働市場を作り、働くことの魅力を増し、
求職者は働けばその対価を得られるようにする。これには不利な条件に
ある人々や就労をあきらめている労働市場からの退出者をも対象とす
る。
雇用紹介サービスを強化、雇用と訓練の機会に関する情報公開を国レベ
ルおよびヨーロッパ・レベルで高める。労働者の移動に対する障壁を、
EU 諸条約の範囲内で除去し、経済動機による移民に対して妥当な管理を
行う。
雇用の安全を確保しながら労働市場の垣根を下げ、労働市場を柔軟なも
のにする。同時に社会的なパートナーの役割も十分に考慮する。
賃金決定にあたっては生産性と労働市場の状況を考慮して決めていくべ
きである。同時に賃金に含まれない社会保険や福利厚生費をも考慮する
ことが求められる。さらに低賃金労働者に対する負担をも視野に入れる
べきである。
58
23. 人的資本への投
資
24. 教育・訓練計画
の改善
職業訓練や中等、高等教育の機会を増やすことによって教育と訓練の政
策を強化する。学校中退者数を大幅に減らす。全員に効果的な生涯教育
を提供する。とくに低技能労働者と高齢労働者に対する生涯循環を通じ
た教育を行う。
変化する経済情勢に対応し、教育・訓練事業も改善していく必要がある。
教育内容を改善するだけではなく、入学制度も容易で多様にし、教育実
習終了の証明も、その定義や資格条件を明確でわかりやすいものにすべ
きである。
出所)新リスボン戦略より
以上のガイドラインに加えて、2006 年 12 月 12 日付のリスボン戦略年次報告書ではリ
スボン戦略を主眼にした欧州委員会の実施状況が記載されている。そこでは①知識とイ
ノベーションに対する更なる投資、②中小企業の潜在力を開放する、③「フレクセキュ
リティ」に則った労働市場改革、④エネルギーと気候変動、を EU の4つの重点領域と
し、以下の分野に取り組むとしている。
<知識とイノベーションに対する更なる投資>
・ ジョイント・テクノロジー・イニシアチブ(JTI)の 2007 年からの開始。政府と民間
の両者による研究開発を EU の戦略領域において 2007 年からスタートさせる。
・ 欧州技術大学(EIT)を高等教育、イノベーションのフラッグシップとする。EU は 2008
年中に EIT の運営を開始し、2010 年までに最初の知識・イノベーションコミュニティ
が EIT 内に作られることを計画している。
・ EU は明確で首尾一貫した知的財産保護枠組みについて提案書を作成中である。
・ 変化が激しい市場において EU の標準化が加速化されるべきであり、EU 内の標準化組
織は構造や意思決定機構を変化させる必要がある。そのため欧州委員会は標準化組織の
レビューを行いアクションプランの作成を 2007 年に行う。
・ 欧州は自身の先端分野に関する市場戦略が必要である。そして欧州企業をグローバル市
場でのリーダーにする必要がある。
・ 特にサービス分野においてよりスマートな形の官庁調達スキームが必要である。この新
スキームによって革新的なソリューションや新しいビジネスチャンスを生み出してい
く必要がある。
<中小企業の潜在力を開放する>
・ 中小企業が管理面で義務付けられている業務(例:役所への報告業務など)にかかる管
理コストを 25%削減する。この目標は EU および加盟国で 2012 年までに達成すること
を目標とする。
・ 管理コスト削減面では、納税業務、統計業務、農業補助金業務、食品ラベリング業務、
輸送及び漁業に関する法制度面でこれを特に実行する。
59
・ 加盟国の中には競争のなさがイノベーションや生産性向上を阻害していると述べてい
るところもある。これを受けて欧州委員会はいくつかの製品やサービス面で何が阻害要
因かについて調査を行う。
・ 欧州委員会は加盟国に対して、サービス指令を国の最重要項目にするよう強く要求する。
・ 1 週間以内に企業設立ができるように加盟国は努力する。
<「フレクセキュリティ」に則った労働市場改革>
・ 2007 年の夏までには EU 内のソーシャルパートナーズとの協議で「フレクセキュリテ
ィ」を労働市場改革のキーワードとして合意する(注:労働市場がフレキシブルで解雇
も容易であるが、セーフティネットが整備され「セキュア」になっているという状況を
意味する)。
・ 加盟国は 2007 年中に、失業者や学校中退者について、失業からもしくは学校中退後 6
カ月以内に新たな職を得られるか訓練を受けられるかいずれかの方法でセキュアな状
況を作り出す必要がある(2010 年ではその期間を 4 カ月以内とする)
。
・ 加盟国は子供のケア施設をさらに充実する必要がある。
・ 加盟国は国民の職業人生を長くさせるようなインセンティブを提示し、さらに 45 歳以
上の人々が職業訓練により多く参加するよう導く必要がある。
<エネルギーと気候変動>
・ 欧州委員会は 2007 年 1 月に二つの重要なイニシアチブを発表する。一つは戦略エネル
ギーレビューで、EU の長期気候変動目標に則っている。
・ もう一つは気候変動対策に関するコミュニケーションであり、詳細は春の欧州評議会で
決定される。
(2)ガイドライン及び重点項目からみた日 EU 経済連携の可能性
24 のガイドラインのうち、まずマクロ経済運営については、日本との連携によって解決
できる問題は少ない。ミクロ経済については、研究開発、技術革新、情報通信技術、再利
用エネルギー等の分野で協力の可能性がある。経済基盤については、EU 域内のインフラ整
備であり、基本的には EU 内で実施されるべきものといえる。人への投資については、雇
用政策については日本として関与しにくいが、人材育成についてはエラスムス計画への日
本の参画などにより、一定の連携が可能である。
60
表
24 のガイドラインの 4 分野と連携・協力の方向性
分野
連携・協力の方向性
①マクロ経済政策
基本的には EU の内政であり、連携の可能性は特に無い。
②ミクロ経済政策
研究開発、技術革新における連携
例)環境などの分野での共同研究等
情報通信技術の拡大と普及に向けての取り組み
例)i2010 イニシアティブの元で進められている Single European
Information Space に対して、NGN など日本の先端技術・サ
ービスで貢献しつつ、EU-Asia Information Space への拡大を
支援
③経済基盤
基本的には EU の内政であり、連携の可能性は低い。
④人への投資
雇用対策については EU の内政であり、連携の可能性は低い。
人材育成・教育訓練については協力の可能性はある。
例)エラスムス計画への日本の参画
出所)野村総合研究所作成
重点分野についても、知識とイノベーション及びエネルギーと気候変動の分野について
は特に連携の可能性があると考えられるが、より内政的な意味合いの強い中小企業対策、
労働市場改革については、連携可能性は限られる。
表
分野
4 つの重点領域と連携・協力の方向性
テーマ
知識とイノベーシ
研究開発/
ョン
教育・人材育成
連携・協力案
エラスムス計画への日本の参画等
知的財産保護
知財保護に向けた日 EU 共同の取り組み
域内の標準化
各種標準の相互承認
市場創造
日欧産業協力センター等の役割強化により、
欧州中小企業の日本市場開拓支援
中小企業
手続きコストの削減等
同上
労働市場改革
雇用対策
(直接的な連携の可能性は低い)
エネルギーと気候
EU としての戦略
技術面での協力
変動
出所)野村総合研究所作成
61
第4章
日 EU 経済統合の主要項目
1.既存事例等からの示唆と項目の選択
第 2 章、第 3 章においてそれぞれ EU の既存の FTA に含まれる項目、既存の日 EU 間の
協定、大西洋間の経済統合の動向、日本とスイスの経済連携の検討、日本及び EU 側の日
EU 経済統合に向けたニーズをレビューしてきた。これらの中から、日 EU 経済統合におい
て特に重要になると考えられるのは次の項目である。
1)EU の既存の FTA/EPA
EU の既存の FTA/EPA は、主に途上国が対象となっており、先進国同士の高いレベルで
の協定は、項目ごとにアドホックに締結されているのが現状である。そのことを踏まえた
上で、関税以外の項目で EU が協定に盛り込んでいる項目を見ると、競争政策、技術標準、
知的財産権、環境問題への対応といった項目が挙げられる。
日 EU の経済統合に向けて、具体的に参考になるような既存の協定は特に無かったが、
上に挙げたような項目については、特に EU 側の関心が高いと考えられる。本調査におい
ても、これらの項目は重要な項目として取り上げることとした。
2)既存の日 EU 間の協定
日本と EU の間の既存の協定を見ると、それぞれに成果を挙げているが、今後のさらな
る経済統合に向けて、協定内容を拡大・深化させる余地も残されている。例えば、以下の
ような方向が考えられる。
相互認証協定については、化学製品は GLP、医薬品は GMP の相互認証が定められてい
る。ただし、対象とする製品範囲の拡大や、認証対象の拡大(例えば医薬品の Good Clinical
Practice)などの余地はまだ残されている。
税関相互支援協定については、欧米の間で AEO 制度の調和に向けたロードマップ策定に
ついて合意されたことを受け、日欧間でも AEO 制度の調和を盛り込むことなどが考えられ
る。
独占禁止協力協定については、重要事項に関する通報などの協力内容が定められたが、
必ずしも十分に実行されていない面もあるため、運用の徹底が求められる。また、そもそ
も独占禁止法の適用・運用基準については、予見可能性、透明性が必要であり、そのよう
な点で取り決めを交わしていくことも考えられる。
知的財産権の保護については、行動計画として定められたものであり、これらを着実に
実行していくことが求められる。
本調査においては、これらの点について主要項目として取り上げている。
62
3)大西洋間の経済統合からの示唆
米欧間の経済統合からの示唆としては、統合の枠組みを実施していくための協議会の設
置が重要であることと、優先プロジェクトを設定して、議論を実地に進めていくことが方
法面で有効であると考えられる。
内容面では、以下に挙がったような項目が第 1 回の大西洋間経済協議会で進展をみてお
り、日 EU の場合でもパイロット・プロジェクト的に実施することが考えられる。
・知的財産権の保護(特に特許制度の国際的な調和に向けた取り組み、第三国における
偽造品・模倣品対策の協力)
・安全な貿易のあり方(AEO 制度のあり方等)
・金融市場(会計基準の統一)
・イノベーションと技術開発(ヘルスケア、ナノテク)
・投資(投資の状況把握と促進に向けての対話)
本調査においては、これらの項目も積極的に主要項目として取り上げている。
4)日本とスイスの EPA
日本とスイスの EPA については、まだ事前の検討の段階であるが、特徴的な点としては、
医薬品については GCP まで提案していること、投資についても、対日、対スイスの投資促
進を取り出していることなどが挙げられる。また、スイス側からは地理的表示について取
り上げることの期待も示された。
本調査においては、地理的表示については日本側のニーズを汲んだ上での提案を行うの
は現時点では難しいと判断したが、それ以外の点については積極的に主要項目として取り
上げている。
5)日本及び EU のニーズ
日本及び EU のニーズは、幅広い分野にわたって項目が提示されている。また、特に、
JETRO が事務局となった日本側のタスクフォースは、本調査と並行して実施された。これ
らの理由により、本調査の主要項目の検討にあたっては、常にこれらのニーズを踏まえつ
つ、適宜取り扱う項目を選択してきた。
6)主要項目の抽出
本調査において「主要項目」として取り上げる項目については、上記1)~5)の各項
目、及び、本調査で実施した有識者とのディスカッション、EU 主要国の在日大使館との非
公式のディスカッションなども踏まえた上で選定した。特に、JETRO が事務局となった日
本側タスクフォースで提出された中間報告と、本調査における主要項目との関係は、以下
の表の通りとなっている。
63
表
日本側タスクフォースにおける項目と本調査の主要項目との対応
主要項目
1.世界最高峰のイノベイティブ社会の共同構築
特許制度改革
知的財産権保護の執行強化
著作権補償金制度の見直し・適正化
イノベーション促進のための技術標準化に向けた協力
次世代ネットワークに関する協力
オープンなスタンダードに基づいた技術や製品のソフトウェアの
公的部門での導入推進
人的交流の拡大
異分野技術交流における協力
その他
2.新次元の環境親和社会の共同構築
環境規制、環境関連ルール策定・調和に向けた協力
環境親和性物品の関税撤廃
化学物質の管理における相互協力
気候変動・環境対策における相互協力
その他
3.安全な社会インフラの共同整備
貿易の安全確保
相互承認の対象範囲の拡大
生活用品・食品安全についての規則の共通化・協力
電子商取引における個人情報保護
大規模災害防護と事故対応
その他
○
○
△
○
○
○
○
○
主要項目
4.相互の貿易投資環境の改善
関税の撤廃
関税分類
原産地規則
アンチダンピング
投資交流のさらなる促進
投資に係る人の移動の自由化
EU域内での安定した法制度環境の実現
日・EU間の国境を越えた事業再編の容易化
公正かつ自由な競争の促進
資本市場インフラの整備
金融規制
日・EU中小企業の発展
税制
租税協定
社会保障協定
その他
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
出所)野村総合研究所作成
2.具体的な項目の検討
1)貿易取引・投資交流の促進
(1)貿易取引の促進:AEO 制度の調和
①現状の課題
米国はセキュリティ強化のために C-TPAT(Customs-Trade Partnership Against
Terrorism)、 「24 時間前貨物船積マニフェスト」などのセキュリティ・プログラムを開
始するとともに、自国のセキュリティ・プログラムの国際的な普及を目的として WCO
(世界税関機構)等マルチの枠組にも働きかけてきた。他方、G8 などにおいて日本をは
じめとした諸外国・貿易業者から、貿易円滑化の強い申し入れがあり、セキュリティ強
化と貿易円滑化の両立を図ることとなった。
米国の要請があって、WCO(世界税関機構)というマルチの枠組みで、国際貿易のセ
キュリティ確保と円滑化を両立させるため方策の検討がなされ、2005 年 6 月、国際貿易
のコンプライアンスの優れた事業者を税関が認定し通関手続の簡素化等のベネフィット
を与える AEO(Authorized Economic Operator)の概念を含む「国際貿易の安全確保及
び円滑化のための基準の枠組(SAFE フレームワーク)」が WCO 総会で採択され、2006
年 6 月、AEO の要件や便益等について解説した「AEO ガイドライン」が採択された。
さらに、2007 年には「基準の枠組み」に「AEO ガイドライン」の内容を包含する改正が
なされている。
このように米国はセキュリティ強化のためのマルチの枠組みにも取組んでいるが、さ
64
らに米国向け海上コンテナに関し 24 時間前貨物マニュフェスト・データに加え、輸入者
に 10 項目、船会社に 2 項目の新たな事前申告項目を追加する「10+2 ルール」、非接触
型検査装置を用いて外国港において船積前に全ての米国向けコンテナ貨物を検査する
「コンテナ全量規制」といったセキュリティ優先のルールを一方的に打ち出している。
EU においては、改正 EC 関税法に基づいて 2006 年 12 月に AEO 規定を定めた関税法
実施規則が発効した(概要は WOC の AEO に準拠している)。AEO 制度は、各国の国内
法令の整備を経て 2008 年1月より施行されている。また、豪州や韓国、中国、マレーシ
アなどのアジアにおいても AEO 制度構築の取組みが広がっている。
我が国においても、2006 年に AEO 制度を構築する基盤として、コンプライアンスに
優れた輸出者に自社工場や倉庫において輸出申告できる「特定輸出者申告制度」や輸入
貨物の事前申告や早期引取ができる「簡易申告制度」、あるいは「特定保税承認制度」が
導入されており、また AEO 制度の相互承認に向けて各国と協議あるいは研究を開始して
いる。
②日 EU 経済統合に向けて
EU の AEO は貿易円滑化も重視している。EU はセキュリティ強化を含め税関行政の
大々的な近代化に取り組んでおり、IT を活用した通関手続の集中化による物流の効率化
を目指すなど、欧州各国では手続の簡素化と電子化が一体となって準備されている。我
が国業界の目指す方向の前を歩んでいる。
このため、米国による一方的なルール制定の動きに対して、貿易取引の手続き簡素化・
電子化に向けた AEO について日本と EU とで協調しつつ導入を進めていく。貿易取引の
セキュリティ強化の側面については、日本と EU とが協調し、物流効率化の面をより重
視した制度構築を行っていくことが考えられる。
(2)投資交流の促進
①現状の課題
欧州各国は、それぞれ日本を始めとした海外からの投資誘致を積極的に行っている。日
本においても対内直接投資倍増に向けて積極的な取り組みが行われているところである。
しかし、日本と EU のほとんどの国との間には投資協定が結ばれていない。
これは、日本と EU がそれぞれ先進国であり、一定の投資環境は既に整っていたため、
投資協定が結ばれていなかったとも考えられる。しかし、日スイスの経済連携に関する
検討では、相互に実施している対内直接投資促進に向けて、投資協定を締結することが
取り上げられている。EU 諸国も、フランス、ドイツといった先進国から新興の中東欧諸
国までが積極的に企業誘致を行っている。日本、EU 双方にとって、投資協定の締結が相
互の投資促進につながる可能性もある。
65
②日 EU 経済統合に向けて
投資協定は、企業や個人などの投資家が外国に投資する際に、投資受入国における投資
保護や自由化に関するルールを定めるものであり、投資促進の制度インフラとなるもの
である。これにより、投資環境が透明になり、仲裁などの手続きが予見可能になるため、
相互に投資を促すことが期待される。
EU は複数の国によって成立しているため、「混合型投資協定」を EU との間で締結す
ることが考えられる。混合型投資協定とは、以下のような形になることが想定される。
–
EIA に投資章として投資自由化、投資保護、投資円滑化、紛争解決を含めた高水準
の一般的規定を設けて EU との間で投資協定を締結する。
–
自由化例外・留保はネガティブリストとして各国別に異なる内容で結ぶ。
③統合に向けて想定される障壁
現状では、投資は各国の権限になっており、欧州委員会に対外的な投資協定を結ぶため
の窓口、担当総局が設定されていない。欧州委員会に投資を扱う権限を付与し、担当総
局を設置する必要が生じる可能性がある。ただ、直接投資については、まもなく署名さ
れるリスボン条約(改革条約)では EU の権限となっている(発効待ち)。
2)医療分野における調和と協力の推進
(1)医薬品・医療機器の MRA の適用範囲拡大
①現状の課題
医薬品、医療機器の相互認証は、産業界、行政、国民それぞれの立場よりメリットと慎
重に対処すべき側面とがある。
産業界の視点で見ればひとつの国で得られた承認が他の国でも通じれば、時間、費用の
節減になり、海外での事業展開がより円滑になる。一方、行政の視点からは、そもそも
認可の権限は自国の主権であること、諸外国と自国民の間には体質や体格、生活習慣な
どが異なり、国民の保護の観点から慎重にならざるを得ないこと、審査の迅速化のため
にはそのための人員補強など体制強化が必要であり、慎重にならざるを得ない面がある。
国民の視点から見ると、海外で効果の高い新薬が開発され、海外の患者には適用されて
いるのに、国内では認証が得られずにその薬が使えないという状況に直面する可能性が
ある。
日本と欧州の間には、「日・欧州共同体相互承認協定」により、医薬品の輸入にあたっ
て相手方の当局により GLP(Good Manufacturing Practice)適合が確認された相手国・
地域内の製薬工場が作成する出荷前試験の証明書を相互に受け入れるようになった。こ
のため、輸出先国で輸入時の試験が不要になるなど、経済統合に向けて前進があった。
しかし、現状ではまだ GLP 適合のみ対象となっており、臨床試験の実施基準(GCP)
66
などは相互承認に至っていない。この結果、日本で GCP を満たしている医薬品や医療機
器についても欧州基準での臨床試験の実施が必要で、上市までに時間がかかる。
②日 EU 経済統合に向けて
「革新的医薬品・医療機器創出のための 5 ヵ年戦略」(文部科学省・厚生労働省・経済
産業省、平成 19 年 4 月 26 日)においては「国際共同治験の推進」がうたわれ、承認審
査の際の国際共同治験に関する基本的考え方の作成を行うことが打ち出されている。
欧州側にとっても、MRA の適用範囲拡大は日本への市場アクセスの可能性を拡大しう
るものであり、相互に利益をもたらすものと考えられる。このため、相互認証の範囲を
GCP にまで拡大することを提言する。
(参考)欧州における基準認証制度(ニューアプローチと CE マーキング)
EU においては 1970 年代から欧州内での統一基準作りが行われているが、現在は 1985
年の「技術的調和と基準に関するニューアプローチ」(通称ニューアプローチ)がベース
となった基準認証制度が適用されている。
ニューアプローチが策定されるまでは、EU 各国間で製品規格を統一しようとするアプ
ローチがとられていたが、欧州内では規格が1万以上も存在する国とほとんど規格がな
い国が併存するなど、このアプローチは非常に手間がかかり事実上不可能ということで、
上記のニューアプローチが採択された。1985 年に策定されたニューアプローチの原則は
以下のとおりである。
z
法規制による調和は、製品を市場に流通させる前に満たすべき必須要求事項に限定さ
れる。
z
必須要求事項を満たす製品の技術仕様は欧州整合規格(Harmonized Standards)とし
て欧州の各標準化機関(CEN/欧州標準化委員会、CENELEC/欧州電気標準会議、
ETSI/欧州電気通信標準化機構)が定める。
z
整合規格の採択は任意だが、整合規格を用いない場合は第三者機関が試験し証明する。
z
整合規格に適合した製品は指令が定めた必要な法的要件をすべて満たしているとみな
し、加盟各国は製品の移動の自由を保証する。
出所)「EU 基準認証制度の現状と問題点」JETRO、2006 年 9 月
すなわち、ニューアプローチでは規格そのものを法律で合わせるのではなく、必須要
求事項のみを法律で規定し、それをうけて欧州の各種標準化機関がその必須要求事項に
従った整合規格を策定、各国がそれを順守するという流れを作ることによって規格統一
を容易にしたことが特徴である。また3点目に書かれているように、整合規格の採択は
任意であり、たとえば日本の JIS 規格は受け入れないということはないが、その場合は
67
第三者機関による試験が必要となる。ニューアプローチの作成に関しては欧州委員会が
製品別にエキスパートを呼び、その人々の意見をもとにしているが、製品によっては特
定国の特定企業のみが強く、その企業の意見が反映されているケースもあるという。た
とえば登山用ロープに関してはドイツかスイスの専門家が呼ばれている。
1993 年からはニューアプローチ指令のすべての要件に適合した製品に CE マークを
付けることが原則義務付けられた。前述したように欧州標準化機関が策定した整合規格
への適合はあくまで任意であるが、他の標準化機関が策定した整合規格はニューアプロ
ーチの求める必須要求事項に適合しているため、自動的に適合となり、EU 内での流通に
当たっては CE マークの表示が義務付けられる。ニューアプローチ指令では多くの製品で
CE マークの貼り付けを義務付けているが、たとえば包装・包装廃棄物、欧州内高速鉄道
システム、海洋設備などについては CE マークの必要性がないとしている。
CE マークはニューアプローチ指令に定められた適合性審査の手続きを経てから使用
することができるが、対象製品のおよそ 8 割が自己認証による適合宣言だけで CE マー
クを付けることができる。残り 2 割については欧州委員会に登録された公認認証機関に
よる試験が必要となる。SONY はロボット犬 AIBO を欧州市場に投入する際、Toy
Directive に則った整合規格 EN50088/1996 などへの適合性審査を外部公認認証機関に
依頼し、その結果 CE マークを付けた。
テュフ・ラインハルト・ジャパンへのインタビューによると、欧州側は日本との相互
認証分野を拡大することには賛成すると思うが、日本政府は難色を示す分野が多いだろ
うと指摘する。たとえば X 線機器や医療機器類が挙げられる。変圧器についても医療機
器に含まれるものは電気用品安全法よりも厳しい基準が適用されるなど独自の基準があ
る。また日本は法律によって規格を規定しているため柔軟性が低く、欧州のニューアプ
ローチスタイルのような抽象論的なスタイルではないので難しい側面があると指摘する。
一方で中国は国際規格の採用を進め、韓国も従来は日本に近い製品規格を採用してい
たが近年国際規格に近づける動きがあるなど、日本にのみ独自の規格が根強く残ってい
る分野が多いとの指摘もある。どのような分野で EU 側の相互認証ニーズがあるか、ま
た日本はどのような分野でさらに相互認証が可能かについてさらに検討する必要がある。
(2)治験データの電子化
①現状の課題
日本における治験データは、電子カルテと EDC(Electrical Data Capturing、治験デ
ータ電子化システム)との連携が取れていない。製薬企業ごとに EDC のフォーマットが
異なり、互換性のある標準フォーマットのようなものが開発されないと、医療機関の負
担が重過ぎて導入が進まない状況となっている。
68
電子カルテ、EDC と製薬会社との間の電子データ化にあたっては、CDISC(Clinical
Data Interchange Standards Consortium)のフォーマットを米国 FTA が採用したこと
で、世界の大手製薬企業が対応し始めるなど世界の標準化に向けて進みつつある。世界
の医薬品市場は圧倒的に米国市場が大きいため、今後、日本及び EU においてもこの
CDISC フォーマットが事実上の標準になる可能性が高い。
このような状況において、日本と EU とが新たな標準を立ち上げていくことは現実的
ではないが、運用ルールに対して日本及び EU の意向が反映されるよう、働きかけてい
くことは可能と考えられる。
②日 EU 経済統合に向けて
これまでのところ、CDISC は製薬会社から FDA への申請にあたってのフォーマット
として使われているが、製薬会社と治験代行事業者(CRO)や医療機関との間の電子デ
ータ化は標準化が進んでいるとはいえない。
日本においては、この標準化の進んでいない部分を中心に日本においてあるべき標準
化の方向を検討しつつ、EU と共に国際的な標準化を目指すことが考えられる。
(参考資料)
木 内 貴 弘 「 日 本 に お け る 治 験 電 子 化 の 今 後 の 動 向 に つ い て 」( 2007 CDISC Japan
Interchange における発表資料)等
(3)少子高齢化に伴う健康医療関連分野の協力
①現状の課題
日本は、世界的に見ても高齢化が最も急速に進む国の一つである。国の医療研究機関
において長寿医療に焦点を当てた研究も行われるなど、日本は他国と比べても先進的な
知見を有する分野がある。人口の少子化、高齢化は先進国に共通した課題であり、EU 加
盟国との間で、相互に協力して高齢化に伴う諸課題に対処していくことが期待される。
特に高齢化に関わる協力分野としては、医療経済研究分野、長寿・高齢者医療・介護
分野、医療・介護サービス事業分野などが考えられる。
②日 EU での協力のメリット
医療、看護、介護、社会保障などに関する政策、制度、医療技術や薬品とその効果な
どに関する分析を行う医療経済研究についての共同研究の実施、国立長寿医療センター
研究所(愛知県大府市)などのリソースを活用した、長寿医療に関する共同研究の実施、
また高齢化を支えるロボット技術、福祉、生産年齢人口の減少に対応した IT 技術の活用
などで協力することが考えられる。
69
日本の機械産業の中でも、福祉住環境改善をコンセプトに事業展開を行っている企業
があり、このような企業の製品開発力の強化、将来的な欧州市場開拓に向けての足がか
りとして活用することが考えられる。
(4)国際的な疾病対策
①現状の課題
現在、世界各地で流行している主要な蚊媒介性感染症は、日本脳炎、デング熱、黄熱、
西ナイル熱、マラリア、フィラリア症(象皮病)である。わが国では、蚊媒介性疾病は
急激に減少し、日本脳炎を除いて大きな問題は無くなっているが、熱帯アフリカ、東南
アジアの発展途上国では現在でもこれらの疾病は猛威をふるっている。
最近の疾病媒介蚊の世界的な分布拡大の例にはヒトスジシマカがある。本種はデング
熱や西ナイルウイルスなど 22 種もの人畜の昆虫媒介性ウイルスの媒介蚊である。この蚊
は 1985 年頃、日本や台湾から大量に輸出された古タイヤと共に北米に運ばれたとされる。
テキサスで初めて発見され、その後、北米全土に広がり、
“Asian tiger mosquito”と呼
ばれ、病原媒介蚊としての成り行きが注目されている。アメリカだけでなく、今世紀に
入り、アフリカ、温暖な中東部ヨーロッパにも侵入し、今やコスモポリタン(世界共通
種)となりつつある。
これらの事例は近年のグローバリゼーションや地球温暖化、自然災害などと密接に関
係しており、わが国の南の玄関口である琉球列島にも種々の病原媒介蚊の侵入・生息・
分布拡大・定着の可能性があり、媒介蚊の生態研究はますます重要視されている。
(以上、内閣府「平成 18 年度亜熱帯研究プロジェクトの可能性調査」所収、琉球大学
医学部當間孝子教授の研究計画より引用)
②日 EU での協力のメリット
琉球列島は亜熱帯地域にあり、過去にマラリア、フィラリア、デング熱などが流行し
ていた。今後グローバル化する危険性のある感染症について、その予防や対処方法など
を共同で研究し、特に日本からは亜熱帯気候の特色を生かした貢献をすることで、国際
的な危機管理対策を講じていくことが期待される。
(参考)大西洋間でのヘルスケアに関する取り組み状況
2007 年 4 月の米 EU サミット直後の 5 月に、Transatlantic Business Dialogue では革新
的なヘルスケア・アジェンダを導入するために”TABD Innovation Conference Healthcare”
をドイツ・ベルリンで開催した。そこでの主な議論は次のような内容であった。
①目的
70
ヘルスケア関連産業におけるイノベーションに関する課題と解決方法の検討、高齢化社
会で求められる長い平均寿命と生活習慣病に対するニーズの増加への対応、競争を通じ
たコストと質の改善が必要としている。
以下、主な提案項目を抽出する。
②ヘルスケアをインフラの一部として認識する
▪
ヘルスケアは雇用創出の重要なインフラの一部として注目すべき。
▪
コストの透明性とともに質と安全に関する透明性を改善する。
▪
資源を有効活用するための官民パートナーシップ(PPP)の機会を模索する。
③ヘルスケアの革新技術の展開を促進する
▪
技術革新を奨励する
▪
グローバルに相互運用可能な IT スタンダードの確立と導入
– 既存の産業標準及び IHE(Integrating the Healthcare Enterprise)などの標準
化に向けた取り組みを活用し、ヘルスケアにおける IT のグローバルな適用を促進
する。
▪
不必要な規制による負担の除去、規制の調和
– 特に製造プロセス及び新しい革新的な提案に対する承認において、規制の統一化
を図るべきである。
▪
新しい治療法と革新的なヘルスケア・サービスの市場導入を認める
– HTA(Health Technology Assessment)を市場アクセスの障害として使うのではな
く、イノベーションを促進するために使うべき。
▪
最も高度な知的財産権を追求し、信頼のおける予見可能な施行メカニズムを維持
する
▪
政府の承認プロセスのキャパシティを強化する(審査官の補充等)
▪
革新的な薬や技術に対しては条件付きでの承認を与える
▪
ヘルスケア製品の安全性と信頼性を確保する
– ヘルスケア製品やサービスの利用、安全性、効率性を追跡・監視するにあたり、
新技術を用いる。
④予防、早期発見、継続治療に資金を投入する
▪
国のスクリーニングの実施、特に生活習慣病について
▪
生活習慣病に対する統合医療に対する投資を増加させる
⑤研究と教育の強化
▪
基礎研究への投資
71
– リスボン戦略における GDP の 3%を研究開発に投資する(2010 年まで)という
目標にもあわせて、基礎研究への投資を充実させる。これにより、民間企業の投
資も促進させる。
▪
科学・教育上の交流を促進し、各国における雇用への道を単純化させる(ヘルス
ケア研究や技能を持つテクニシャンのための特別ビザの発給)
▪
中小企業の役割についてシミュレーションを行う
⑥専門家パネルを確立する
3)金融分野における調和と協力の推進
(1)国際会計基準の調和
①現状の課題
企業会計は、各国におけるそれぞれの慣行に基づき、それぞれ独自性を残しながら制度
化されてきた。自国基準を持たない国は、国際会計基準審議会(IASB)によって承認さ
れた国際財務報告基準(IFRS)を全面採用しているケースもあるが、先進国を中心に独
自の基準を持つ国がこれまでは多かった。
日本の企業会計は、2006 年、会社法で「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」
に従った会計の実施を義務付け、企業会計原則をはじめとする諸規則が明文化されたと
ころである。一方、国際社会においては、1990 年代より企業活動および投資活動のグロ
ーバル化を受け、企業会計制度の調和・統一化(コンバージェンス)に向けた取り組み
が進められてきた。
特に EU は、2005 年に IFRS を全面採用することを決定し、域内における資金調達の
ためには 2009 年までに企業会計が IFRS と同等となることを義務付けた。これに対して、
米国は財務会計基準審議会(FASB)が ISAB と相互認証を合意、2008 年までに必要な
改訂を行うこととし、同等性を担保することとなった。カナダなど自国基準を持つ国の
IFRS 採用も相次ぎ、日本も IFRS 受け入れを迫られることになった。
②日 EU での協力のメリット
日本会計基準を設定する企業会計基準委員会(ASBJ)と IASB は、日本会計基準と国
際会計基準のコンバージェンスを加速化することの合意(東京合意)を、2007 年 8 月に
行った。この合意に基づき、日本会計基準と国際会計基準との間の重要な差異を 2008 年
までに解消し、残りの差異を 2011 年 6 月末までに解消することになった。
EU は 2008 年上半期に、日本会計基準を含む第三国会計基準と国際会計基準との同等
性評価を決定する。日本企業の EU における資金調達などに支障をきたさないよう、日
本は東京合意に沿って基準の改訂作業を進め、同等性を確保するとともに、最終的なコ
72
ンバージェンスに向けた取り組みを加速させることが求められる。
(2)金融業のファイアー・ウォール規制の緩和
①現状の課題
日本においては、1993 年(平成 5 年)、金融制度改革法により、業態別子会社方式に
よる銀行・証券の相互参入が解禁された。その際、相互参入による弊害を防止するため、
銀行と証券子会社等との間のファイアー・ウォール規制を導入した。
しかし、グローバルに活動している企業を中心に、欧米ではファイアー・ウォール規
制が緩和され、多様な金融サービスが享受されているのに対して、日本の金融業のファ
イアー・ウォール規制が財務面での障害になっていることが指摘されるようになってき
た。
例えば、産業構造審議会産業金融部会の中間報告(2007 年 12 月)では、
「近年、産業
界では、特に、グローバルに活動している企業を中心に、デッド、エクイティをトータ
ルで考えた総合的・複合的な金融サービスや、銀行・証券の垣根を越えたワンストップ
な金融サービスに対するニーズが高まってきている。また、例えばハイブリッド証券に
よる資金調達や、M&A などに係る資金調達など、銀行・証券の両者と密接に関わる必要
がある案件も増えてきている」としている。
しかし、銀行・証券の業務が分離している現状では、デットとエクイティの中間のよ
うな、新たな金融商品の開発・利用や M&A に係る LBO(レバレッジドバイアウト)フ
ァイナンスに必要な銀行・証券のシームレスなサービス提供が阻害されていると指摘さ
れている。
②日 EU 経済統合に向けて
欧州においては、米国や日本に比べてもともと業態間規制が緩かったが、1989 年、銀
行・証券を兼営するユニバーサルバンク制度を EU 指令で明確に規定し、銀行と証券業
の分離に関する規制は無くなっている。
EBC などからも日本のファイアー・ウォール規制がコスト高になっている、顧客に対す
るサービス提供の障害になっているため、緩和して欲しいという要望があった。
産業構造審議会産業金融部会の中間報告では、法人に関する営業に関し、以下の 3 点
について、ファイアー・ウォール規制の緩和が必要としている。これらは、日本の産業
界のニーズ対応、日本の金融業の競争力強化及び EU 企業の要望にこたえることにつな
がるため、本調査においても実現していくことを提案する。
・クロスマーケティング規制の解禁
・非公開顧客情報の授受制限の撤廃
・役職員兼任規制の解禁
73
(3)金融政策におけるベターレギュレーションに向けての調和・協力
①現状の課題
EU 及び日本においては、それぞれ投資家保護のための新しい規制が導入された。EU
では金融商品市場指令(Markets in Financial Services Directive = MiFID)が 2007 年
11 月 1 日に施行された。MiFID は、欧州連合(EU)加盟国の認可に基づき、EU 全域
で活動できる「共通パスポート」を与えるもので、金融市場の統一を進める。投資家の
視点から見ると、より多くの取引所へのアクセスが可能になると共に、高いレベルの投
資家保護が施行されることになる。金融機関にとっては負担の重い規制になっている。
一方日本においては、金融商品取引法が 2007 年 9 月 30 日より施行されたが、これも
投資家保護を強化している一方で金融機関にとっては負担が重く、個人向け金融商品の
販売に大きな負の影響を与えているという指摘もある。
これらの規制は、投資家を保護するものであるが、規制の強化は金融市場の活性化を
妨げる側面もあり、適切な規制のあり方については各国とも望ましい水準を探っている
状態である。
また、産業構造審議会産業金融部会の中間報告(2007 年 12 月)においても指摘され
たとおり、欧米においてはプリンシプル(原則)に基づく規制や規制・監督機関と民間
金融機関のコミュニケーションを通じ、規制の透明性・予見可能性を担保している。こ
れに対して、日本における金融分野の規制はノーアクションレターの利用実績も低く、
透明性・予見性を向上させることが課題となっている。
②日 EU 経済統合に向けて
金融分野の規制と金融市場活性化に向けて、より良い規制のあり方について共同で検
討を進める。
MiFID により EU 域内で事業認可を受けた金融機関は、他の EU 加盟国においても事
業展開ができる「パスポート」が与えられるが、日本と EU との間で規制の調和を行い
ながら、相互に金融機関の受け入れがどの程度可能かを検討していくことが考えられる。
また、規制の透明性、予見可能性を向上させるため、金融規制に係るベターレギュレ
ーションのあり方を規制当局と産業界とで共有しつつ、プリンシプルに基づく規制手法
の導入やノーアクションレターの活用を推進することが必要である。
(参考資料)
駐日欧州委員会代表部
ニュース記事「投資サービス:金融商品市場指令の施行は金融市
場と投資家保護に恩恵をもたらす」2007/10/29
74
など
(4)ソブリン・ウェルス・ファンド規制についての協力・協調
①現状の課題
ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)とは、資源輸出による外貨収入や外貨準備な
どを原資として、政府系機関などが運用する投資ファンドのことである。宮地(2007)
によれば、現在の規模は 1.9~2.9 兆ドルの資産規模に達し、2015 年には 7.5~12 兆ドル
まで拡大すると推計されている。
SWF は運用実態が不透明なこと、他国の戦略的な企業に投資をする可能性もあること
などから、先進国においては外国資本による自国企業の買収に対する防衛策を検討する
動きが出ている。欧州の中では特にドイツ、フランスが法的な措置を検討又は採用して
いると報道されている。
②日 EU 経済統合に向けて
資本市場の活性化に向けては、自由な資本取引環境を実現することが極めて重要であ
るが、一方で SWF のような投資活動については、国防や国益などの観点から一定の規制
やルールの制定が必要になる。
今後、国際的なルール制定については IMF などを通じて進められる可能性があるが、
日 EU においても協力又は協調の可能性を検討することを提案する。
(参考資料)
野村證券株式会社金融経済研究所
宮地邦治「ソブリン・ウェルス・ファンド入門」『グロ
ーバル投資』2007 年 12 月 20 日
4)環境・エネルギー分野における調和と協力の推進
(1)環境関連規制に関する取り組み(REACH の運用ルールの統一化)
①現状の課題
欧州では 2007 年 6 月から REACH(新化学物質規制)が発効した。REACH は、市場
に流通する化学物質を、登録・評価・認可・制限という 4 段階に分けて規制することに
よって、リスク管理が必要な化学物質とその使用方法についての制限を設けるものであ
る。REACH では、既存物質も含めた全化学物質が対象であるのみでなく アーティクル
(成型品)に含有する化学物質も対象となっている。また、産業のサプライチェーンの
中で川上、川中、川下の全ての位置づけの企業に対して遵守を義務付けるものである。
このため、サプライチェーンの上流から下流まで、使用している化学物質に関する情報
を一定のフォーマットで情報共有することが望ましい。
しかし、REACH では規制については定められたが、実際の運用にあたっての情報収集
75
スキームなどは定まっていない。日本では、JAMP(アーティクルマネジメント推進協議
会)において JAMP フォーマットを制定しつつある。REACH 遵守のためにも、JAMP
フォーマットが日欧共通のフォーマットとして認定され、普及されることが望ましい。
②日 EU 経済統合に向けて
JAMP フォーマットを情報収集スキームの承認フォーマットとして認定されるように
欧州側に働きかける。
JAMP フォーマットについては、英語での情報発信を強化し、国際的な統一フォーマ
ットとして役割を果たせるような運用性(Operability)を向上させるよう努力する。
なお、REACH に限らず環境規制の制定に関しては、今後日本も経済統合国として EU
の規制策定プロセスに初期段階よりオブザーバー参加が認められるよう、働きかける。
(2)環境に配慮した製品の普及に向けた取り組み
①現状の課題
<省エネ機器・設備の CDM プロジェクトへの導入>
クリーン開発メカニズム(CDM)は、先進国と途上国が共同で温室効果ガス削減プロ
ジェクトを途上国において実施し、そこで生じた削減分の一部を先進国がクレジットと
して得て、自国の削減に充当できる仕組みである。これまでは主に再生可能エネルギー
を導入するプロジェクトが認定されてきたが、最近では、省エネルギー型プロジェクト
で排出権取得事業が承認されるケースも出てきた。
このことは、今後、日本企業の得意な省エネ技術を活用し、排出権取得事業を展開し
ていく可能性が出てきたことを示唆している。しかし、CDM 事業として認定されるため
には、機械・設備の省エネルギー効率の評価を行う必要があるが、現時点では国際的な
方法論が確立していない。
<環境に配慮した機械・設備の普及促進>
2001 年 11 月 14 日に開催された WTO の Doha 4th Ministerial Declaration では、
「貿
易と環境」の 31(iii)において、「環境配慮型製品・サービスに対する関税及び非関税障壁
の低減、又は必要に応じて撤廃」が宣言された。日本企業の得意な省エネ機器・設備の
普及促進に向けて、環境配慮型製品の関税撤廃が期待される。
②日 EU 経済統合に向けて
省エネ機器・設備の途上国への導入普及、またそのことによる温室効果ガス削減を目
指し、日本と EU とで協力し、機械・設備の省エネルギー効率に関する国際的な評価手
法の開発を行う。
76
これと併せて、Doha 4th Ministerial Declaration に沿って、環境に配慮した機械・設
備の輸入に関する関税を、日本と EU との間で相互に撤廃する。
(3)気候変動に対する共同での取り組み
【バイオ燃料の開発導入促進】
①現状の課題
<バイオエタノール導入の背景>
EU における甜菜から抽出される糖蜜などを原料としたバイオエタノールの導入につ
いては、共通農業政策(CAP)制度に伴う食糧用途耕作地の減反、世界的な供給過多に
伴う糖蜜価格の暴落、WTO の EU 農業支援制度に対する批判(輸出農産物への補助金支
給)とそれに対する EU の農業制度改革などを受け、EU 加盟国の農家と関連産業を保護
し、活性化させることを主な目的として進められている。
また、EU27 カ国体制が構築されるに至って、経済的に劣る東欧の加盟は、一方で広大
な農地を EU に提供したこととなり、これらの農地に西側の優れた農業技術が活用され
ることで、非食糧用途のバイオマス資源の確保が図られることとなった。
このように、バイオエタノールの導入は、既存 EU 加盟国農家や関連産業に対する新
たな農産物用途の提供と、新規加盟が進む東欧諸国の経済力強化の両面から非常に重要
な取組と位置づけられている。
<バイオディーゼル導入の背景>
化石資源由来ディーゼル油に含まれる硫黄分が原因となって引き起こされる大気環境
汚染の防止という観点から、植物油などのバイオディーゼルが導入されてきた。
近年は、ドイツを中心として、バイオディーゼルに対する免税措置が発動され、主に
貨物輸送業界を中心に導入する動きが広まった。
<近年のエネルギーセキュリティの問題>
近年は、エネルギー価格の高騰、ロシアと EU の間のエネルギー供給に関する緊張関
係などを背景に、エネルギーセキュリティの観点からもバイオ燃料の導入が進められて
いる。
②日 EU での協力のメリット
<バイオ燃料の導入目標>
EU は、2020 年までに道路輸送部門の燃料需要量の 10%をミニマムスタンダードとし
て、バイオ燃料で賄う目標を提案している。この目標の達成には、これまでの取り組み
に加え、EU 域内のバイオマス資源の活用を基本として、食糧と競合しない、セルロース
77
系の原料作物を使用することが検討されている。
セルロース系の原料は、これまで原料として使用されてきた澱粉など、既に糖化され
ている原料とは異なり、まず糖化し、その後発酵させるという手順が必要となるため、
技術面のみならず経済面での課題が多い。EU では、このような第二世代原料作物と呼ば
れるセルロース系の原料の活用に係る取組を積極的に支援しており、早期の上市に向け
た研究開発を促進させている。
<日 EU 間の協力の可能性>
第二世代バイオ燃料の開発、生産性向上のための技術開発などに対して、例えば従来
酵母の 10 倍以上のエタノール生成能力を持つ RITE 菌など、日本の持つ優れた技術を提
供することで協力推進することが考えられる。
また、バイオ燃料の開発・導入は、例えば、ブラジルのセハード地域の自然環境や生
活環境への影響が問題となったり、アジアにおける児童労働などの問題が関連してくる
など、途上国における既存の農業問題を加速させることにもつながっているケースがあ
る。このような問題を抑制し、持続可能な形でバイオ燃料が開発・導入されるような、
多国間協力によるモニタリングの枠組みの構築や我が国の参加・貢献が重要となってく
る。
なお、ドイツでは、バイオディーゼルにも利用されるパーム油のマレーシアやインド
ネシアからの輸入に際して、当該国の持続可能性を確保する目的で、持続可能性証明シ
ステムの構築を、ブラジルの参加も得て進めている。
(参考資料)
・European Union, Biofuels Research Advisory Council, “Biofuels in the European
Union -A vision for 2030 and beyond-“
・総合資源エネルギー調査会石油分科会第1回次世代燃料・石油政策に関する小委員会
(2007 年 10 月 15 日開催)における石油連盟提出資料「バイオ燃料に関する報告」
・米国農務省国際農業情報ネットワーク報告(FAS/USDA GAIN Report)#E35225, Nov.
30 2005, “Sugar - EU agrees sugar reform."
・NEDO「欧州連合におけるバイオ燃料-2030 年以降に向けてのビジョン」NEDO 海外
レポート No.984 2006.9.6
など
【再生可能エネルギーの開発導入促進】
①現状の課題
地球温暖化防止、環境保全及び持続可能な発展は全地球的な課題であり、再生可能エ
ネルギーの導入は重要な対策の一つである。EU とりわけドイツは、これを積極的に推進
するための法規制をつくり、資金面で開発・導入が進む仕組みが出来ている。
78
一方、日本は太陽光発電などでは発電効率の高いセルの開発に成功しているものの、
国による政策的な枠組みを活用できる余地はドイツなどに比べて限られている。
②日 EU での協力のメリット
クリーン開発メカニズムの共同実施(CDM/JI)については、EU 排出権取引の第 2 配
分期間における国家配分計画(NAP2)上、年間 CO2 排出量に対する利用制限(例:ド
イツ年間 CO2 排出量の 10%、スペイン同約 20%、イタリア同 14.99%)が定められてお
り、必要以上に CDM を利用することは、排出枠価格を変動させる恐れがあるため欧州委
員会としては容認しない可能性がある。
ドイツについては、国内での CO2 削減が進んでいることに加えて、制度上 CDM を利
用しにくいことから、CDM の利用が進んでいない。ただし、スペイン、イタリアなどの
CO2 の削減が進んでいない国にとっては CDM で連携することには相互に意義があると
考えられる。特にスペインはアジア、中南米への CDM プロジェクトを積極的に行ってい
る。ドイツについても、CDM 対象国を中国やインドに絞ることや、なるべくリスクを低
減した形でのプロジェクトアサインを望んでいることが考えられるため、日本との連携
の可能性はある。
このような状況を踏まえつつ、EU 域内での新エネルギー開発の技術連携、共同での補
助政策などを行うと共に、CO2 の削減が進んでいない国との連携による CDM 開発、特に
アジアなど特定地域に限定した共同開発が考えられる。
(参考)
ドイツの連邦環境省は” Taking Action Against Global Warming -An Overview of
German Climate Policy”の中で、「エネルギー生成の革命」を起こすとして、2020 年ま
でに再生可能エネルギーのシェア(2006 年時点で 12%)を 25~30%にまで高める方針を
打ち出している。
これを実現するにあたって推進役となっているのは再生可能エネルギー法(総電力供
給における再生可能エネルギーの割合を 2010 年までに 2 倍以上にすることを目的に、
2000 年に制定された連邦法)である。これは、電力供給事業者に対して再生可能エネル
ギーの買い取り義務等を負わせる法律で、対象エネルギー源は風力、太陽光、地熱、水
力、廃棄物埋立地や下水処理施設等から発生するメタンガス、バイオマスである。
(参考資料)
・Ministry of Environment, Nature Conservation and Nuclear Safety, “Taking Action
Against Global Warming – An overview of German Policy”
『海外電
・栗村卓也、徳成健一「CO2 排出量削減と産業界の利害との間で揺れるドイツ」
力』2007 年 9 月号
79
・徳成健一、栗村卓也「欧州排出量取引制度を巡る諸課題について」『海外電力』2007
年 9 月号
(4)エネルギー安全保障
【安定供給確保】
①現状の課題
原油の高騰、世界的な LNG 不足状況が続く中、エネルギーの確保は日本、EU 双方に
とって最重要課題の一つである。
欧州においては、2006 年にロシアのガスプロムがウクライナに対するガス供給を削減
したこと、英国におけるガス価格の急騰などからエネルギー安全保障、安定供給への関
心が高まっている。
②日 EU での協力のメリット
日本と EU との間には、地理的にロシア及び CIS 諸国が位置づくが、これらの国々は
天然ガスの供給国である。ロシア CIS 諸国にとっては、天然ガスの供給先は近隣の日本、
EU であり、日 EU は消費国として協力することにより、エネルギーの安定的な供給を受
けることを目指す。
(参考)
2005 年 9 月、ロシアのガスプロムはドイツの BASF、E.ON との間で北欧ガスパイプ
ライン計画の基本合意に調印、旧東欧圏を通過せずバルト海経由でドイツのヴィンガス
及び E.ON ガス 2 社のパイプラインと直結する計画である。2006 年 4 月の独露首脳会談
では、BASF のシベリア・ガス田参入、ガスプロムのヴィンガス出資比率の引き上げなど
が話題となった様子である。
【LNG 需給逼迫に伴う日本の主導権確保】
①現状の課題
日本は過去およそ 40 年にわたり LNG の輸入国であり、現在 LNG 貿易の 40%を日本
が占めている。LNG 貿易のためには多大な初期コストがかかるが、長期安定の大口需要
を持つ日本は、供給国に対して長期契約に基づき引き受け量を保証しつつ安定的な固定
価格で供給を受ける仕組みを作ってきた。取引量も多く、価格形成において主導権を握
ってきた。
しかし、近年は米国、中国、欧州などにおいても LNG による天然ガス調達が本格化す
る可能性が高く、需給が逼迫する恐れがある。供給側もインドネシアが国内政治の不安
定などにより産出量が減少し、輸出量が低下する一方でカタールが最大の供給国として
台頭する可能性が高い。
80
このような状況で、米国が価格形成の主導権を握り、市場主義でスポット価格が中心
の価格体系に移行することが予想される。また、熱量の規格、LNG タンカー船の規格な
ども米国水準になると、日本はプライステーカーとなる上に、輸入条件が不利になりか
ねない。
②日 EU での協力のメリット
日本と EU とで協力し、LNG の安定確保につながる貿易ルール制定の可能性について
検討する。
(参考資料)
・藤原淳一郎「欧州ガス市場の動向-LNG 争奪戦は世界的規模で激化する」
『エネルギー』
2006 年 6 月号所収
・岩間剛一「日本が LNG 価格決定権を失わないために-官民が一体となった的確な取り組
みを」『エネルギー』2007 年 9 月号所収
5)企業活動の規制・ルールの調和化
(1)競争政策の透明性の確保
①現状の課題
<不公正取引>
日 EU 間では、カルテル等の競争法違反行為の定義、制裁金の水準や算定方法が異な
る。このため、日本企業が海外で、日本の独占禁止法では想定し得ない高額の金銭的不
利益処分等の制裁を受ける場合も見られる。
欧州委員会においては、2006 年 9 月に制裁金の算出方法に関するガイドラインが更改
され、12 月には自首減免制度が強化された。制裁金は、企業が違法に得た年間売上高の
30%に当該違反年数を乗じた額、上限はカルテル対象の市場ではなく世界での売上高の
10%としている。また違反を繰り返す企業に対する上乗せなど、制裁金額を高くした。
海外競争当局による競争法執行は、国際的に活動する企業に対し大きな影響を及ぼす
ものであり、その予見可能性や手続適正性の確保等は、公正かつ自由な経済活動を担保
する上で、極めて重要な課題である。日 EU 間で制度の調和を進め、透明で予見可能性
のある制度を確保することが必要である。
<M&A 関連制度>
M&A 関連制度の日 EU の差異については、例えば M&A のルールや届出制度が統一さ
れていないことにより、クロスボーダーでの企業再編が起きにくいことが指摘される。
従来日本国内で行われてきた M&A は、いわゆる In-In 型(日本企業同士の M&A)が主
81
流である。また、世界のクロスボーダーM&A のうち、日本企業を対象としたものは極め
て少ない。日 EU 間の合併の届出手続きが統一されると、日本企業と欧州企業の間での
M&A が進み、より国際競争力のある企業が誕生すると考えられる。
図
日本国内の M&A 案件数の推移(単位:件)
160,000
3,000
140,000
2,500
120,000
OUT-OUT
2,000
100,000
OUT-IN
IN-OUT
1,500
80,000
IN-IN
60,000
金額(億円)
1,000
40,000
500
20,000
05
年
年
13月
20
07
年
5月
年
20
07
20
年
01
年
99
03
20
20
年
年
19
97
19
年
年
95
93
19
19
91
19
年
87
85
89
19
19
19
年
0
年
0
出所)MARR データベース
②日 EU 経済統合に向けて
既存の日 EU 独占禁止協力協定を強化する形で、法制度の運用の透明性向上や制度の
調和を進める。
不公正取引の指定及び罰則の適用については、日 EU 双方より運用の予見可能性を高
めるよう、要望が出ている。制度とその運用方針について、相互により明確にしていく
ことが求められる。
制度の調和については、M&A のルールや届出制度に関する統一された規定を策定する
ことが考えられる。例えば、現在の日本の制度では、国境を越えて企業が合併する場合、
関係国全てへの届出が必要である。日本としては、買収国にのみ届出をすればよいよう
に手続きを変更し、その規定を EU との独占禁止協力協定に盛り込むことが考えられる。
日 EU で合併の届出手続きが統一されると、日 EU 双方の企業にとって、合併の際の
手続きが簡素化される。また、競争ルールが統一されると、企業の活動が安定する。こ
れに加え、日 EU で共通のルールを作ることができれば、競争政策のグローバルな統一
に向けて、日 EU が世界をリードする可能性も高まる。2007 年、中国が EU 競争法の影
響を強く受けた競争法を成立させるなど、近年、グローバルなモデルとしての EU の競
争政策の影響力が強まってきているが、日本も競争法のあり方についての議論に参加し
ていくことが望ましい。
82
WTO ラウンドにおけるグローバルな競争政策策定の検討は、現在に至るまで見送られ
ているが、80 を超える国の独禁当局が、2002 年に国際会議(International Competition
Network: ICN)を結成し、独禁法のルールと手続きの調和を検討してきている。各国の
独禁当局レベルには、競争政策の調和に対する共通のニーズがあるといえる。
(参考)大西洋間での競争法に関する取り組み状況
国・地域の間で、競争政策について独占禁止協力協定のようなソフトな協定で競争法
執行機関相互の協力関係を築こうという潮流は、大西洋間では 1970 年代から生じている。
1976 年の米独協定をはじめとして、米豪、米加、独仏間ですでに独占禁止協力協定が
結ばれた。EU は、この協定を日本との間で締結する以前に、アメリカ及びカナダとの間
で同様の協定を締結した。
(2)個人情報保護(国際的なルールの制定)
①現状の課題
近年、インターネット上の個人情報保護のあり方に関しては、グーグルなど米系企業が
中心となって Global Privacy Standard の確立に動いている。同社では、その事業展開上
の必要性から個人の生活・思考にまで立ち入ったサービスを提供すべく、様々な個人情
報を自社で収集して活用しようとしているが、これに対して個人情報保護を積極的に推
進する EU のデータ保護部会は懸念を表明している。
日本の個人情報保護法は EU の法制度に近いものになっている。個人情報保護の観点か
らルールの共通化を進め、施行を徹底させることが考えられる。
また、SaaS(Software as a Service)や ASP(Application Service Provider)といっ
た近年の IT サービスにおいては、多数の事業者が保有する個人情報を集中して管理する
事業者が現れている。特に SFA(Sales Force Automation、営業支援システム)や CRM
(Customer Relationship Management 顧客関係管理)などのソフトウェアを提供して
いる場合、顧客情報をはじめとした個人情報が収集管理される。しかし、複数のユーザ
ー企業のデータを同一のサーバーやデータベースで管理するため、ユーザー企業ごとに
個別のセキュリティ対策やポリシーを適用することができない。
中でも海外にデータセンターを所有する事業者の場合、監視の目が届きにくいという懸
念もある。このため、事業者を相互にモニタリング及び評価を行い、個人情報保護の観
点から信頼性の高いセキュリティ対策やポリシーを徹底している事業者に対して認証を
出すことが考えられる。
②日 EU でのルール統一/協力のメリット
個人情報保護法について日本と EU の法制度を調和させ、国際的なルールとして施行徹
83
底する。米国では個人情報の取り扱いに関しては一般法が無く、金融法や医療関連の法
律など特別法で規定されている。一方、日本の個人情報保護法は EU の法規制により近
い内容となっており、今後共通のルール制定に向けても障壁は比較的、低いと考えられ
る。
(参考資料)
・小林、水之浦、新井「深化したネット社会における個人情報保護の高度化」『知的資産創
造』(野村総合研究所)2007 年 10 月号所収
・Article 29 Data Protection Working Party, “Letter from Article 29 Working Party to
Google regarding their new privacy practices.” May 16, 2007
(3)日本と EU との統一的な租税条約・社会保障協定の締結
①現状の課題
日本は EU 加盟 27 カ国のうち、19 カ国との間では租税条約又は二重課税回避条約を締
結しているが、まだ 8 カ国との間ではそのような条約が交わされていない。また、これ
ら 19 カ国との条約についても、早くに締結されたものは 1960 年代に締結されたものか
ら 1990 年代に締結されたものまで幅広く、必ずしも各国共通の内容とはなっていない。
日本と EU 加盟国との間で締結されている社会保障協定は、英独仏ベルギーの 4 カ国で
あり、その他の国とはまだ協定締結に至っていない。
②日 EU での協力のメリット
EU 全体との間で租税条約を締結することにより、EU 各国における取引ごとの税務上
の扱いの統一を図る。
社会保障協定未締結国との締結を推進することにより、社会保険料の二重払い解消によ
る社会保障負担の削減を図る。
(参考)経済産業省「平成 19 年度対内直接投資情報提供支援事業(各国との租税条約締結
及び条約改正に係る相手国選定に関する調査)
」(調査実施:野村総合研究所)
6)イノベーションを促進する制度・インフラの調和化と協力
(1)特許審査の調和化、迅速化(特許審査ハイウェイ)
①現状の課題
企業のグローバル展開の拡大に伴い、複数国で特許権を取得するニーズが高まってい
る。特許は原則として属地主義であるため、同一内容の出願が複数の地域に出願されて
84
いる。国別の出願は、出願者にとっては事務手続き及び費用の両面で大きな負担になっ
ている。一方、各国の特許庁においても、出願件数の増加に伴う審査時間の長期化や事
務作業の煩雑化などが問題になっている。この問題を解決するためには、各国における
特許制度を調和させ、世界規模の特許システムを構築することが必要になっている。
②日 EU 経済統合に向けて
世界特許システムの構築に向けては、知的財産推進戦略事務局の計画にも明記され、
段階的に進めているところであるが、その前にまず、審査の効率化を図り、迅速な権利
化を実現するため、日本は海外主要国の特許庁との間で国際的な審査協力を進めている。
具体的には、特許審査ハイウェイが一部の国との間で実施されている。
これは、出願人の選択に応じて、第 1 国の特許庁で特許可能と判断された出願につい
ては、第 2 国の特許庁において簡易な手続きにより早期審査を受けることができるよう
にするものである。日本と欧州との間では既にイギリス、ドイツとの間で実施している。
このような取り組みは、出願人の海外での早期権利化と、審査負担の軽減及び質の向
上が期待される。この取り組みを拡大し、イギリス、ドイツ以外の国との間でも実施す
ることが期待される。
(2)模倣品対策の強化(第三国における模倣品対策も含めた協力推進)
①現状の課題
模倣品対策は、日本及び EU 双方にとって重要な課題となっており、共に「模倣品・
海賊版拡散防止条約(Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)
(仮称)」構想の実
現に向けて取り組んでいる。
(欧州委員会は ACTA の交渉に関するマンデートを加盟各国
から取り付けるべく働きかけているところである。)
模倣品、海賊版の問題は先進国間だけの問題ではなく、むしろ発展途上国においてよ
り深刻な問題となっている。欧米間では「EU-米国知的財産権の施行に向けた行動戦略」
(2006 年)において、模倣品対策の強化を打ち出しているが、この中でも第三国に対す
る知財権の徹底を盛り込んでいる。
②日 EU 経済統合に向けて
民間ベースでは、日本の国際知的財産保護フォーラム(IIPPF)が、2007 年 11 月に模
倣品・海賊版拡散防止条約構想の支持で全米商工会議所、およびビジネスヨーロッパと
以下の4点について合意している。
i) 「模倣品・海賊版拡散防止条約」
(ACTA)による、知的財産権の執行に係わる共通
した高いスタンダードの早期実現を求める共同提言
ii) 知的財産権侵害疑義貨物の税関到着時における、真贋判定についての取締官と権利
85
者間の調整を円滑にするためのガイドライン作成を支援
iii) 中国、インド、ロシアを含む侵害問題発生国に対し、知的財産についての啓発、保
護および執行能力の向上を目的とした、技術支援、司法研修、法制度研修などを効
果的に実行するための、官民協力の強化
iv) 2008 年 2 月 26、27 日にインドのムンバイで開催される「第二回グローバル・フ
ォーラム:イノベーション、創造性および知的財産権」への、産業界による積極参
加(ミッション派遣)
日 EU 経済統合の中でも、ACTA 構想の実現に向けて、日 EU 間の協力を進めると共
に、発展途上国など第三国における知財権保護のための働きかけや支援についても協力
して推進することが期待される。
(参考資料等)国際知的財産保護フォーラムプレスリリース
http://www.jetro.go.jp/biz/ip/iippf/pdf/press071128.pdf
(参考)大西洋間での知財に関する取り組み状況
TABD 及びその他の取り組みを通じて、米国と EU は 2006 年に「EU-米国知的財産権
の施行に向けた行動戦略」に合意した。同行動戦略では、まず目的として以下を掲げて
いる。
【目的】
・各国内及び国境地域における協力で実効性ある施行の推進
・著作権侵害と模倣品のグローバル規模での削減に向けたと協力の強化
・知的財産権保護に向けた官民連携協力の促進
また、行動ポイントとして、まず法施行の改善として a) 税関及び国境検査、b) 二国間
協力、c) 多国間協力、e) 技術協力を挙げている。具体的な取り組みの中では、以下に挙
げるような項目が掲げられている。
・各種の知見や人材の交流
・第三国に対する知財権の徹底(模倣品対策と著作権侵害の取締り、特に中国、ロシア、
アジア、ラテンアメリカ、中東を当面の重点地域として明示)
・米 EU 及び第三国の大使館等における知財ネットワークの構築
・OECD における知財研究に対する協力
・2005 年の G8 における知財権侵害と模倣品の減少に向けての共同声明の実行支援
・WTO の TRIPS 協議会をはじめとした、模倣、知財権侵害に対する多国間での取り
組みへの協力強化
86
・技術協力及びキャパシティビルディングのプログラムを通じた、知財権の施行の国際
規模での強化
次に官民協力の推進として民間企業への情報提供、第三国での官民ラウンドテーブルの
実施、第三国における中小企業の知財権保護などを挙げている。官民協力では特に第三
国における企業活動を支援する項目が並んでいる。(詳細は原典参照のこと)
(参考資料等)
The United States Mission to the European Union, “U.S., EU Adopt Action Strategy
for the Enforcement of Intellectual Property Rights”
(http://useu.usmission.gov/Dossiers/IPR/Jun2006_IPR_Strategy.asp)
(3)次世代ネットワークの構築・活用:標準化、相互接続性の確保
①現状の課題
次世代ネットワークは、固定通信と移動体通信を融合させ、新たなマルチメディアサ
ービスを提供するためのインフラとなるものである。これに関連して新たな技術開発と
ビジネスモデルが創出されることが期待されており、イノベーションのため基盤となり
うる。
次世代ネットワークがより効果的に活用されるためには、国際的な標準化と相互接続
の確保が必要になる。現状では、国際機関において標準化に向けた取り組みが進められ
ている。一部では国際標準が成立した分野もあるが、相互理解を進めて標準化の実現を
急ぐべき分野も残されている。
<コア技術の研究開発状況>
一例を挙げると、NGN を活用したサービスとなる次世代の VoIP 電話機や音声会議装
置等に搭載することが想定されている広帯域音声符号化方式(G.711-WB)は国際電気通
信 連 合 電 気 通 信 標 準 化 部 門 ( ITU-T 、 International Telecommunication Union
Telecommunication Standardization Sector)の場で、アジア(日本、中国、韓国)
、欧
州(フランス)、北米(カナダ)が協調し、互いの技術を持ち寄り、統合することで、国
際標準として成立した。
<国際機関における標準化>
NGN の国際標準化は、2003 年 7 月に ITU-T が主催した NGN ワークショップから取
り組みが開始された。その後、欧州では 2003 年 9 月にヨーロッパ電気通信標準化協会
(European Telecommunication Standards Institute、ETSI)が TISPAN(Telecoms &
87
Internet converged Services & Protocols for Advanced Network)プロジェクトを設置
し、3GPP(The 3rd Generation Partnership Project) が規定した IMS(IP Multimedia
Subsystem)を高速広帯域アクセスに適用した次世代の通信インフラストラクチャの検
討を開始している。
ITU-T においても、NGN 標準草案を効率的に作成する時限検討体制として Focus
Group on NGN(FGNGN)を 2004 年 6 月に設置し、NGN 検討を強化した。NGN 検討
のリードスタディグループ(SG)である SG13 は、FGNGN の検討結果を基に、2006
年 7 月に勧告化手続きを開始し、順次、正式な ITU 勧告として発効し始めている。FGNGN
は、2005 年 12 月に終結したが、その後も集中検討体制を維持するため、信号方式を検
討する SG11 や移動網を検討する SG19、セキュリティを検討する SG17 など、NGN 関
連の合同検討体制を NGN-GSI(NGN Global Standards Initiative)と称し、定例の SG
会合に加えて、集中検討の場を維持している。
<相互接続性確保>
日本では関係者による会議等を通じて、次世代ネットワークの相互接続に関する議論
が行われている。次世代ネットワークの相互接続にあたっては、単にネットワーク同士
を接続してトラフィックを流通するだけでなく、アプリケーションサービスの連携やセ
キュリティ面での配慮などの運用面を含めた幅広い分野での検討が必要となる。日 EU
間においても、こうした状況を踏まえた上で、事業者間における情報交換を進めながら
相互接続の推進に向けた取り組みが求められる。
②日 EU 経済統合に向けて
次世代ネットワークは各国がそれぞれの政策や技術、事業環境などに基づいて展開し
つつある。しかし、相互接続性の確保や標準化が進まず国内に閉じたインフラに終われ
ば、ネットワークを活用したアプリケーション、各種サービス、関連機器等の市場が広
がらず、規模の経済効果が発揮されない。
標準化や相互接続の確保に向けては、相互に主張するだけではなく、お互いの現状等
を正しく認識することで、より優れた技術や方式を採用することが望ましい。次世代ネ
ットワークに関しては、ISP、IPTV や移動体サービス等と NGN の関係、マイグレーシ
ョン、及び制度面での取り組み状況、歴史・文化的な背景、通信機器産業に対する国ご
との政策、ブロードバンド化(FTTH 化)の現状等を相互に認識するところからはじめ
るべきである。
日 EU の経済統合を契機に、まずは相互理解を深める場を作り、情報共有・課題の共
有、情報発信ができるような仕掛をつくることを提案する。
88
7)人の交流の促進
(1)産業人材の交流の促進
①現状の課題
経済のグローバル化が進展し、より多くの企業が多国籍に展開しており、日本人が EU
を始めとした海外で勤務する機会、EU の国籍の人が日本で勤務する機会が増えている。
日本への国籍(出身地)別、在留資格(入国目的)別外国人新規入国者数を見ると、
欧州からの入国者は興行、外交・公用の割合が特に高いが、「投資・経営」「法律・会計
業務」「人文知識・国際業務」「企業内転勤」といった企業の国際的業務に関連する分野
の資格で入国している人の割合も、総数で見た割合に比べて相対的に高くなっている
(「短期滞在」は除く)。アジアからの入国者の在留資格が「研修」「留学」「就学」が多
いのと比べて、欧州は業務関連の資格の割合が相対的に高いことが特徴となっている。
通常、企業勤務者は、海外勤務の辞令が発令されてからビザ申請などを行うが、労働
許可の取得手続きに時間がかかり、赴任の時期が遅れることもある。そのような状況は、
赴任者本人にとっても、また企業にとっても負の影響が大きいため、手続きの簡素化、
迅速化が期待される。
表 国籍(出身地)別 在留資格(入国目的)別 外国人新規入国者数
外交・公用
教授
芸術
宗教
報道
投資・経営
法律・会計業務
医療
研究
教育
技術
人文知識・国際業務
企業内転勤
興行
技能
文化活動
留学
就学
研修
家族滞在
特定活動
日本人の配偶者等
永住者の配偶者等
定住者
一時庇護
総数
ヨーロッパ
6.7%
10.4%
0.7%
1.7%
0.1%
0.3%
0.3%
0.1%
0.0%
0.1%
0.2%
0.5%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.2%
0.4%
0.9%
1.2%
2.4%
1.2%
2.3%
4.5%
1.7%
2.6%
14.8%
51.8%
1.3%
0.3%
1.1%
2.2%
8.2%
7.3%
5.9%
1.9%
28.5%
3.1%
5.3%
4.0%
2.3%
3.6%
8.0%
2.6%
0.4%
0.1%
8.6%
0.2%
0.0%
0.0%
アジア
5.1%
0.5%
0.0%
0.1%
0.0%
0.2%
0.0%
0.0%
0.2%
0.0%
3.2%
0.9%
1.7%
8.5%
1.8%
1.0%
9.1%
8.0%
40.0%
6.1%
1.9%
7.5%
0.5%
3.6%
0.0%
北米
16.4%
1.9%
0.1%
1.7%
0.2%
0.5%
0.0%
0.0%
0.2%
7.5%
0.8%
10.6%
2.5%
28.6%
0.2%
1.5%
10.5%
1.6%
3.1%
5.4%
2.8%
3.4%
0.0%
0.3%
0.0%
注)各地域とも突出して多い「短期滞在」は総数から除いている
出所)「平成18年における外国人入国者及び日本人出国者の概況について(確定)」法務
省入国管理局(平成 19 年 5 月)
89
近年は、日本においても女性の社会進出が進み、夫婦共働きの世帯が増えている。「雇
用者の共働き世帯」は、平成 4 年に「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」の数を初め
て上回った。その後は拮抗していたが、平成 9 年以降は共働き世帯の数が男性のみ雇用
されている世帯の数を上回っている。
夫婦が共働きの場合、一方が海外に転勤になると、配偶者が仕事を辞めるか、単身赴
任にならざるを得ない。仕事を辞めて同行した配偶者が現地で職を探そうと思っても、
労働許可がおりにくいために、キャリアが継続できないという問題が起こっている。こ
のため、転勤者の配偶者に対する労働許可が認められるような配慮が求められる。
図
男性のみ雇用世帯数及び共働き世帯数の推移
(万世帯)
1,200
1,000
800
600
400
200
S55
57
59
61
63
2
4
6
男性雇用者と無業の妻からなる世帯
8
10
12
14
16
18
雇用者の共働き世帯
出所)内閣府「男女共同参画白書」(平成 19 年版)
②日 EU 経済統合に向けて
日 EU 間の経済産業交流のさらなる促進に向けて、日 EU 規制改革対話、及び BDRT
の提言にもある通り、日EU両政府において、両国間の企業内転勤者の労働及び滞在に
関わる許可の取得手続きの簡素化、迅速化するための合意締結を目指すこと、またその
際に、赴任者の入国後の申請を認めること、及び配偶者にも赴任者と同等あるいは同様
の権利を付与することを提案する。
欧州側のニーズを受け、日本政府は、ビザを保有する外国人に対して追加的に再入国
申請を義務付ける制度の廃止を検討すべきである。
EU においては、加盟国における長期居住者である第三国国民の地位(Status of
Third-Country Nationals in the European Union)指令の導入を確実にするとともに、
90
この指令が適用されないイギリス、アイルランド、デンマークにおける是正策を検討す
べきである。
(2)エラスムス計画への参画
①現状の課題
日本企業のグローバル展開に伴い、欧州においても現地の優秀な人材を採用すること
が重要な課題のひとつとなっている。また、日本や日本企業について理解の深い人材が
欧州で増えることは、日欧のビジネス交流にとって非常に重要で意義深いことである。
そのための一つの解は、日欧で留学生の交流を活発化させることにある。
また、日本の大学等教育機関は、少子化が進むことで日本人だけでは十分な学生数が
確保できなくなりつつある。高等教育の活性化、国際化に向けて、国際的な人材(学生)
の交流は大いに貢献することと期待される。
しかし、日本と欧州との留学生交流は、アジアや北米と比べると相対的に数が少ない。
日本で学ぶ留学生数は、平成 18 年 5 月 1 日時点で 117,927 人であった。そのうちアジア
からの留学生が 109,291 人と 9 割を超えている。
これに対して、欧州からの留学生は 3,307
人で、全体の 2.8%にとどまっている。(「留学生受け入れの概況(平成 18 年版)」
)
表
海外から日本へ及び日本から海外への留学生数
海外から日本への留学整数
地域名
留学生数
構成比
アジア
109,291
92.7%
欧州
3,307
2.8%
北米
2,076
1.8%
中南米
1,088
0.9%
アフリカ
935
0.8%
中近東
667
0.6%
オセアニア
563
0.5%
計
117,927
100.0%
日本から海外への留学整数
地域名
留学生数
構成比
北米
43,965
53.0%
アジア
21,852
26.3%
欧州
12,995
15.7%
オセアニア
4,085
4.9%
中南米
29
0.0%
中近東
19
0.0%
計
82,945
100.0%
出所)独立行政法人日本学生支援機構「留学生受け入れの概況(平成 18 年版)
」及び、文
部科学省高等教育局学生支援課「我が国の留学生制度の概要」(平成 19 年度)
一方、日本から海外への留学生数は、文部科学省「我が国の留学生制度の概要」平成
19 年度版によるとアメリカが最も多く 42,215 人、次いで中国の 19,059 人、欧州は 12,995
人となっている。
さらに、日本への留学生が日本で就職する人数は 2006 年に 8,272 人に達した。これは、
前年の 5,878 人から約 1,400 人増え、大幅な増加となった。ただし、ここでも国籍別で
は中国が最も多く 6,000 人(72.5%)で、欧州は 138 人(1.7%)であった。欧州の留学
生人材については、日本での採用・登用は中国人人材に比べて低い水準にとどまってい
る。(法務省入国管理局「平成 18 年における留学生等の日本企業等への就職について」
(平成 19 年 7 月))
91
地理的近接性から、日本とアジア(特に中国)との間で留学生数が多くなっており、
欧州の割合が相対的に低いことは自然なことである。しかし、日本から欧州への留学生
数に比べて、欧州から日本への留学生数は三分の一以下にとどまっており、バランスを
欠いている。この背景には、欧州には歴史ある優れた大学が近隣に多数あること、既に
エラスムス計画が展開され、欧州域内では学生の交流が盛んになっているところ、わざ
わざ単位の互換制度すら十分に確立していない日本にまで留学することの相対的なメリ
ットが高くないことなどが考えられる。
②日 EU 経済統合に向けて
EU におけるエラスムス計画に日本の大学も参画し、単位の相互互換、学生の相互留学
を促進する。これらを実現するためには、英語での授業や学位授与、国際的に見ても優
れている授業・学科の整備とその評価(accreditation)など、日本の大学側で準備すべ
きことは少なくない。
また、日本での学位取得者に対する就労ビザの円滑な発給、留学生の就職機会の向上、
私費留学生に対する手厚い奨学金制度の整備なども併せて必要になると考えられる。
92
(参考)既往研究にみる EU への経済統合の効果分析
日本と EU との EIA の必要性を検討・議論するにあたっては、それがどのような効果を
もたらしうるのかを把握する必要がある。但し実際には、ある程度経済統合の内容が決ま
らなければ効果の算定は困難である。
このため、EU に新規加盟した国がどのような経済効果を得たか(或いは効果が得られる
と期待しているか)、EU の拡大が日本など非 EU 諸国にどのような効果をもたらすかとい
った視点からの既往分析を参考に、想定される経済効果について検討する。
EU の拡大は、経済的には、単一市場の拡大を意味し、その成果は、新規加盟国の生活水
準を、既存加盟国のレベルまで押し上げたことにある。しかしながら一方で、EU の拡大に
対する懸念も、EU 域内にある。既存加盟国は、新規加盟国からの移民と安価な労働力の流
入が、自国の経済を圧迫する可能性があると考えている。一方、新規加盟国は、既存加盟
国からの投資が増えることにより、地場企業が「乗っ取られる」危険性があると案じている。
たとえば、フランスとオランダでは、加盟国拡大に対して否定的な反応が見られた(EU 憲
法草案に関する投票において)。
1)新規加盟国の EU 加盟に伴う経済効果―ポーランドの加盟を一例として
欧州委員会は、そのホームページにおいて、EU の拡大は、統一市場の拡大の恩恵を、新
規加盟国、既存加盟国の両方に平等にもたらすこととなった、としている。新規加盟国は、
西ヨーロッパ諸国からの投資を受けることとなり、既存加盟国は、商品の販売先として、
より大きな市場を獲得するに至った。
2004 年に加盟した諸国の場合は、加盟以降 3 年間で、新規加盟国との生活水準の差が縮
まった。その一方で、これら新規加盟国は、EU の域内外の境界線上に位置することになり、
域外諸国と正面から対峙する「責任」を負うことになったとしている。
ポーランド大手銀行 BPH PBK の主任エコノミスト Rybinski 氏のカンファレンスでの発
表に関する論文” EU accession impact on the Polish economy- A paradise lost?”から得ら
れた、日 EU 経済統合効果検討への示唆は主に次の点にまとめられる。
(国民の視点から見た効果
EU 加盟により影響が想定される項目とその効果の見通し(世論調査に基づく国民の認
識であり、科学的手法に基づく分析ではない)
。
・雇用、個人の所得、個人の貯蓄は短期的に減少、長期的にはプラスの効果
・増税により個人の税負担が増加
②マクロ経済面での効果
93
EU 加盟により影響が想定される項目とその効果の見通し。
・GDP
2014 年までに 9~11%上昇
・失業率
・直接投資
3~4.7%低下(労働移動の自由化に伴い、他国での就職者増加)
37%増加
・貿易の増加(産業分野別)
但し、これらの前提条件として EMU 加盟に向けた慎重な経済運営、構造改革(民営化、
企業再編、公的部門改革)が必要。
なお、CAP、構造基金、EU 拠出金と移転収支、EU 加盟国としての国家信用リスクの
低下、EU 環境基準の適用による影響とそのための補助金の授受なども指摘されているが、
日本と EU の経済統合では直接的には関係しないため、考慮しなくて良いと考えられる。
2)EU 拡大後の人口移動の可能性とその労働市場へのインパクト
EU 拡大で可能となる自由な人の移動、もしくは労働市場の拡大を、機会と見るか、懸念
材料とするかについては、諸説ある。
Institute for the Study of Labor の director で ボ ン 大 学 教 授 で も あ る Klaus F.
Zimmermann 氏の European Low-wage Employment Research network のワークショッ
プ で の 発 表 資 料 “ Migration Potential and Its Labour Market Impact After EU
Enlargement: A Review”では次のような分析・提案がされている。
▪
既存加盟国と新規加盟国の間の経済格差が EU 域内での東から西への人口移動
を促す。
▪
東西人口移動を通じた民族ネットワーク構築はさらなる人口移動のフライホイ
ール(はずみ車)につながる
▪
これまでの実証実験では、東欧国民によるアクセスの制約を下げたことで、経済
全体に対して負の効果をもたらしたケースは見られない。
(英国、アイルランド、
スウェーデン等)
▪
ドイツ、オーストリアのように労働市場へのアクセス制限を維持しているのは間
違った戦略である。
但し、どういう層の人材が移動したのか、労働市場の需給バランスはどうだったのかと
いう点にまで踏み込んだ分析、提案にはなっていない。日本の場合は欧州との間に距離が
あるため、移民の大量流入は想定しにくく、労働市場の需給バランスに合致した人口移動
が若干あるか、ないかという程度ではないかと予想される。
3)EU 拡大が非 EU 諸国にもたらす経済上のインパクト
駐日欧州委員会代表部は、EU 拡大が日本及びその他の非 EU 諸国にもたらすメリットと
94
して、EU 拡大は、以前にもまして大きな市場を生み出すことになり、これによって物とサ
ービスのより自由な移動が可能になること、また、統一されたビジネスルールが適用され
る地域が広がる。その結果、日本企業にも多くの新しい機会が生まれることを挙げている(駐
日欧州委員会代表部『EU 拡大と日本への影響』(2006 年 10 月))。
①市場の拡大(駐日欧州委員会の評価)
拡大に伴い総人口が 4 億 8900 万人を記録した EU は、先進国中最大の消費者市場となっ
た。ヨーロッパでサービスを提供する日本企業にとって、EU 拡大は市場の拡大を意味して
おり、よりビジネスを拡大できるチャンスとなる。
また、新規加盟国では人件費が安く、今後のインフラの改善も期待できるので、生産コ
ストが下がる。このことによって、日本企業には、EU 域内で安く生産を行う機会が生まれ
る。
②ビジネスルールの簡素化(駐日欧州委員会の評価)
EU 拡大に伴い、「単一の基準を全ての加盟国に」という原則が、新規加盟国にも適用され
るため、EU 加盟国で活動している日本企業は、EU27 カ国すべてにおいて、EU 加盟国の
企業と同じ条件下でサービスを提供できることになる。
95
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