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USリサーチ - みずほ総合研究所

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USリサーチ - みずほ総合研究所
NO. 032
2002 年 11 月 18 日
USリサーチ
MIZUHO US RESEARCH
悪化する米企業年金財政
∼確定給付型企業年金の重圧∼
<要旨>
„
米国では、90 年代を通じ、401(k)プランに代表される「確定拠出型企業年金」
(Defined Contribution
Plan、以下 DC プラン)と呼ばれる企業年金が急速に普及した。しかし、伝統的な「確定給付型企
業年金」(Defined Benefit Plan、以下 DB プラン)も、その年金資産は依然として DC プランに匹
敵する規模を維持している。
„
エンロン事件では、企業の経営問題が発端となり、株価が下落、それが DC プランの崩壊につなが
ったが、最近大幅な積み立て不足が指摘されている DB プランを巡る問題は、それが原因となって
企業経営の足かせになる、という全く逆の構図をみせている。
„
90 年代後半の株価上昇時、米企業は、DB プランにおける運用収益の大幅増加によって、企業利益
を大きく嵩上げすることができた。
„
しかし、2年半にも及ぶ株価下落を通じて、DB プランの運用収益は急速に悪化している。年金給
付債務に対して年金資産が不足する「積み立て不足」に陥る企業も相次いでおり、複数の米証券会
社による試算でも、その額は数千億ドルに達する見込みである。
„
こうした積み立て不足の発生は、米企業にとって新たな追加負担の発生を意味する。上記の推計値
は、過去2年間の株価下落に伴う一時的な負担を示すものであるが、今後、これまでのような年金
資産の運用収益率を期待できない場合、企業の負担は継続して発生することになる。
„
過去 20 年にわたって、DB プランに対する米企業の負担額はほぼ一定水準にとどまってきたが、今
後は2桁の伸び率で増加せざるを得ない状況となる可能性すら否定できない。回復を急ぐ米企業に
とって、DB プランの存在は大きな足かせとなっていくとみられる。
„
さらに DB プランの年金給付を保証する事業を行っている連邦政府機関 Pension Benefit Guaranty
Corporation(PBGC)も、経営危機に陥る可能性が高まっている。政治的に見て PBGC の破綻が放置
されるとは考えにくく、様々な措置が採られるとみられるが、特に連邦政府による支援が求められ
るのかどうか、連邦財政のさらなる悪化要因になるのかどうかという点も注視される。
主任研究員 小野 亮
Tel: 212-898-2940
E-mail: [email protected]
www.mizuho-ri.co.jp/frame/macro.html
1
ニューヨーク事務所
MHRI
New York
1.エンロン事件で注目を浴びた米企業年金問題
米国の代表的企業年金といえば、誰しもが 401(k)プラン
を思い浮かべるだろう。401(k)プランは、あらかじめ拠出
図表1
米企業年金プラン数の推移
(千プラン)
800
額が確定しており、将来の給付額は運用成績によって決ま
700
る「確定拠出型企業年金(以下 DC プラン)」の一つとして
600
数えられるものである。
500
確定拠出型
企業年金には、また、あらかじめ将来の給付額が確定し
400
確定拠出型のうち
401(k)プラン
(84年∼)
300
ており、運用責任を企業が負う「確定給付型企業年金(以
下 DB プラン)
」もあるが、税制上のメリット等による 401(k)
100
プランの普及を背景として、DC プランを採用する企業年金
0
が着実に増加し、DB プランの採用数は 80 年代後半以降、減
確定給付型
200
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
(資料)米労働省
少傾向をたどっている(図表1)
。
こうしたなか、昨年後半以降、不正会計問題で米国を揺るがした「エンロン事件」は、同社における
DC プラン(401(k)プラン)の崩壊という深刻な事態を招くことになった。エンロン事件における企業年
金問題の詳細は他にゆずるが、その核心は、プラン資産の多くが自社株に投資されていたこと、エンロン
社が破綻する直前の株価下落時にプラン資産に組み込まれた自社株を従業員の多くが売却できなかった
ことにある。
図表2
エンロンに限らず、DC プランでは一般的に、自社株に対
する投資配分が高い。企業年金の大手 1,000 プランにおけ
米企業年金における資産配分
確定給付型
自社株
1.2%
る資産配分をみると、DB プランではスポンサー企業の株式
への投資比率は 1.2%に過ぎないが、DC プランでは 31.7%
もの高さとなっている(2001 年 9 月末、図表2)。
他の株式
関連
62.5%
確定拠出型
自社株運用比率について、DB プランと DC プランとの間に
31.7%
こうした大きな格差が存在する背景には、①DB プランでは
1974 年従業員退職所得保障法(Employee Retirement Income
33.6%
Security Act of 1974, 通称エリサ法)の規定によって自
社株への運用比率が総資産の 10%以下に制限されているこ
と、②DC プランの場合、エリサ法以前からスポンサー企業
(注)2001 年9月末時点。大手 1000 プラン。
(資料)Pension & Investment[2002/1/21]
が自社株による拠出を行うことが一般化していたため、エリサ法においても自社株による拠出に対する制
限が設けられなかったこと、③98 年に導入された規制(法律名 Tax Payer Relief Act of 1997)でも、
DC プランにおける自社株運用に対する規制は従業員拠出分に限定され、また従業員が任意で自社株に投
資することが認められた、という理由がある(みずほ総合研究所[2002]参照)。
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November 18, 2002
MHRI
New York
エンロン事件にみる DC プランの崩壊は、スポンサー企業の経営問題が原因となり、その結果として自
社株への運用比率が高い企業年金(究極的には従業員)が大きな痛みを受けるという図式が成り立つもの
であった。
一方、最近になって巨額の積み立て不足が指摘されるようになった DB プランの問題は、米国における
株式市場全般の暴落・低迷と超低金利が相まって企業年金に問題が生じ、それが米企業の経営そのものを
揺るがすという点で、エンロン事件における企業年金問題
図表3
米企業年金の総資産
とは全く逆の構図をみせている。
(兆ドル)
極言すれば、DC プランの問題はひとえにスポンサー企業
(と従業員)の問題に帰着するが、DB プランの問題は、日
2.5
2.0
本における「株式持ち合い」と同様、
「株価下落→(年金問
題の悪化)→企業経営の悪化→株価下落」という形で他の
企業に広がりを持つ(伝染する)可能性を有している。
プラン数はともかく、DB プランの対象者数は 4,115 万人
1.5
確定給付型
1.0
確定拠出型
0.5
(98 年)、総資産残高は 2001 年末で 1.9 兆ドルに達する大
きさを持つとみられ、DB プランの問題は決して軽視できる
ものではない(図表3)。
0.0
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
(注)98 年までは米労働省、99 年以降は筆者試算
(資料)米労働省、連邦準備制度理事会
2.DB プランと企業利益の関係
そもそも 90 年代後半の株価高騰時には、DB プランの運用収益拡大を通じ、米企業は利益の嵩上げとい
う恩恵を少なからず受けていたが、現在は、DB プランの運営が「費用化」するとともに、年金資産が大
きく目減りしたことから「積み立て不足」という問題が発生し、それが米企業の足かせとなりつつある。
まず初めに、これらの背景となる DB プランと企業会計との関係、特に企業利益への影響について、家
庭用電化製品メーカー、Whirlpool(以下 WHR)を例にとりながら説明しよう(「積み立て不足」について
は後述)。なお WHR の DB プランは、米企業及び州・地方政府の年金資産ランキングで 279 番目(2001 年
9月末)の大きさを持ち、年金プランの運営によって企業利益を大きく嵩上げしていると言われる企業の
一つである。
米企業の年金会計(退職給付会計)は、1989 年に導入された財務会計基準 87 号(以下 FAS87)によっ
て規定されており、DB プランを持つ企業は、アニュアルレポートのなかで、将来の給付負担「年金債務」
や DB プランの運営に関わるコスト「年金費用」などの情報を注記として開示することになっている。
年金費用のなかで、特に株価変動との関連で注目されるのは、
「期待運用収益」
(Expected return on plan
assets)である。
WHR の場合、年金資産の「運用実績」(Actual return on plan assets)は 1999 年に 6.4 億ドルの黒字
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MIZUHO US RESEARCH
November 18, 2002
MHRI
を出したが、その後は2年間にわたり
New York
図表4
年金費用の開示例(WHR)
赤字が続いている(図表4)。
しかし、年金費用に計上されている
期待運用収益は、過去3年にわたって
高い「期待収益率」が設定され続けた
ことから(WHR の米国従業員向け年金
プランの場合9%∼10.5%)、昨年に
は2億ドル近い“好成績”を収めた格
好となった。
2001
61
101
(189)
(36)
11
(52)
(単位:百万ドル)
2000
1999
48
50
101
98
(178)
(127)
(39)
(7)
10
9
(1)
(1)
(59)
22
Service cost
Interest cost
Expected return on plan assets
Recognized actuarial(gain)
Amortization of prior service cost
Amortization of transition asset
Net periodic benefit cost(credit)
(参考)
(269)
(57)
644
Actual return on plan assets
93
577
514
Earnings before income taxes and other items
(注) Expected return on plan assets は年金費用からの控除項目であるため
マイナスで計上。
(資料)Whirlpool(10K)
FAS87 においては、期待収益率に対
する具体的な設定基準はなく、DB プランはそれぞれ「長期的に妥当」と考えられる数値を適用すること
ができる。WHR では、過去 10 年間の実績が 10%を超えていることを理由に、上述した高い期待収益率を
設定している。他の企業の DB プランをみても同様であり、短期的に運用実績が悪化しても、長期的には
過去の実績と同じ成果が期待できるという考え方に立ち、10%前後の期待収益率が採用されている。
過去3年間をみると、こうした年金資産の運用実績と期待収益との差は、1999 年に 5.17 億ドルにのぼ
ったが、2000 年、2001 年にはマイナス 2.35 億ドル、マイナス 4.58 億ドルと正負が逆転している。
年金資産の期待運用収益と運用実績とのギャップは、年金給付債務の数理計算に用いた見積もり数値
(予定割引率等)の変更によって発生した差異等も含め、
「未認識数理計算上の(累積)差異」
(Unrecognized
actuarial loss(gain))としてアニュアルレポートのなかに開示される。そして、この「差異」が、予測
給付債務(Projected Benefit Obligation, PBO:昇給を前提とした場合の年金給付債務の割引現在価値)
または年金資産のいずれか大きい方の 10%を上回った場合、最低限、その超過部分について、現在の従
業員の平均残存勤務年数で費用処理していく(累積利益が発生している場合、年金費用から控除する)仕
組みになっている。この処理分が、図表4に示した「数理計算上の差異の費用処理」(Recognized
actuarial)と呼ばれるものである。
WHR では、長い間、年金資産の運用実績が期待運用収益を上回ってきたこと等によって、1998 年末には
数理計算上の「差異」として 4.71 億ドルにのぼる“未認識利益”が存在し、翌 1999 年における「差異」
の処理額はマイナス 700 万ドルであった(すなわち年金費用から 700 万ドルが控除された)。さらに同年、
株価上昇による巨額の運用収益を得たことにより、未認識利益は 10.87 億ドルに高まり、翌 2000 年にお
ける年金費用からの控除額は 3,900 万ドルに増加した。2001 年にも 3,600 万ドルが年金費用から控除さ
れており、「数理計算上の差異の費用処理」は年金費用を抑制する方向に働いてきたのである。
このように、期待運用収益が高水準に保たれるとともに、「数理計算上の差異の費用処理」がマイナス
幅を増加させたことが相まって、WHR における年金費用は、2000 年、2001 年の2年にわたってマイナス、
4
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つまり「収益」へと姿を変え、低迷する本業からの収益を補填する重要な役割を担っていた[1]。
3.
「安定収入」をもたらすかに見えた DB プランだが…
DB プランが企業収益を支えるというのは、これまで米主要企業に広くみられる現象であった。今から
2年半前に遡る Pensions & Investments 誌(2000 年6月 26 日号、以下 P&I)では、90 年代後半におけ
る株価上昇によって、米大企業の年金運用が「コスト・センター」から「プロフィット・センター」に転
じたことを示す調査が相次いでいると報じていた。
P&I に掲載されたコンサルティング会社 Towers Perrin の調査によれば、ダウ工業 30 種平均株価指数
に組み入れられている米企業では、1997 年に総額 26 億ドル、1998 年は 10 億ドルの「年金費用」をそれ
ぞれ計上していたが、1999 年には 14 億ドルの「年金収入」を得たという。これは、株価上昇を背景に、
年金資産が 4575 億ドル、前年比 11.8%増加したことから「期待運用収益」が 340 億ドルにまで膨らみ、
「勤務費用」82 億ドルや「利息費用」237 億ドルを大きく上回ったためであった。
さらに「運用実績」は 750 億ドル以上(実現収益率は 18.7%)と、数理計算に用いる「期待運用収益」
をはるかに上回る好成績を収め、1999 年末には「未認識利益」が 830 億ドルに達した。先にも述べたよ
うに、未認識利益は PBO または年金資産のいずれか大きい方の 10%を超える部分について、翌期以降、
数期にわたって、年金費用から控除され続ける。Towers Perrin は、830 億ドルといった巨大な未認識利
益の存在について、「今後数年にわたって年金費用を押し下げる効果を持ち、企業や株主にとっては安定
した収入源が確保できたことを意味する」と述べつつ、「これらの企業では今後数年間にわたって年金収
入を計上するだろう」との見通しを示している。
もう一つ、P&I が引用していたコンサルティング会社 Watson Wyatt Worldwide の調査では、米企業 500
社のうち「年金収入」を計上していた企業数は、1992 年には4分の1に過ぎなかったが、1998 年には3
分の1にまで増えたという。
当時の記事によれば、Watson Wyatt Worldwide は「株価上昇により、2000 年時点ではおそらく 40%近
い企業が「年金収入」を計上しているだろう」と述べており、いくつかの企業では企業利益に占める「年
金収入」の割合が 10%を超え、Towers Perrin と同様に、今後数年にわたって年金運用が固定的な収入源
になるとの楽観的な見方を示している。
最近では、2002 年 10 月下旬に、Standard & Poor's(以下 S&P)が、S&P500 企業の一株当たり利益(EPS)
のなかから本業に関わる部分(S&P コア EPS)を抽出するというプロジェクトを通じて、一般に公表され
1
図表4のうち、本文中で触れなかった年金費用の構成項目は以下の通りである。「勤務費用」(Service Cost)は、
昇給を前提とした場合の年金債務である「予測給付債務」
(Projected Benefit Obligation, PBO)のうち、当期に負
担すべき費用。「利息費用」
(Interest Cost)は、時間経過に伴う PBO に対する金利費用(=PBO 期首残高×割引率)。
「未認識過去勤務費用の費用処理」
(Amortization of prior service cost)は制度の新設・改訂に伴う費用。「会計
基準変更による差異の費用処理」
(Amortization of transition assets)は FAS87 の導入に伴う費用。
5
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ている S&P500 企業の EPS は、DB プランからの収益によって 24%ほど押し上げられていることを明らかに
した(図表5)。
従来、米企業の EPS については、従業員向けストックオプションの活用による嵩上げが指摘されていた
が、DB プランによる影響は、それを上回る大きさをもっていることが示されたのである。
図表5
EPS の嵩上げ効果が最も大きい企業年金
(単位:ドル)
As-Reported EPS
26.74
Employee Stock Option
△5.21
△6.54
Net Pension Adjustments
1.46
Goodwill Impairment Charge
2.15
Gains/(Losses) on Sales of Assets
△0.42
Other Post-employment Retirement Benefits
0.43
Settlements and Litigation
△0.14
Reversal of Prior Period Charges
Standard & Poor's Core EPS
18.48
(注)2002 年 6 月までの1年間における S&P500 企業の EPS。Core
EPS とは、
企業の実力を示す利益概念で S&P が提唱しているもの。
(資料)S&P[2002]
4.…DB プランは再び「コスト・センター」へ
しかしながら、2年半にわたって続いている米株価の大幅下落と金利低下によって、企業年金の運用環
境は予想を上回るペースで急速に悪化した。DB プランを巡っては、上述した「株高→年金費用の減少→
企業利益の嵩上げ→株高」という自己充足的メカニズムが予想以上の速さで逆回転し、米企業にとって
DB プランはもはや「プロフィット・センター」足り得ない状況となりつつある。
年金費用は先にみたように、年金資産の期待収益率をどう設定するかで大きく変わってくる。期待収益
率は長期的にみて妥当とみられる水準で企業が自由に設定できるが、米株式市場の暴落を受け、少なくと
も 2002 年の期待収益率を大幅に引き下げる動きが相次いでいる。
例えば米企業のなかで最大の DB プランを有する General Motors(以下 GM)の場合、2003 年以降は8%、
9%、または 10%という3通りの暫定シナリオを提示しているが、2002 年はいずれのシナリオでもマイ
ナス 10%となっている。
株価動向に加えて、市場金利動向も、年金債務の当期負担分である「勤務費用」(service cost)と、
年金債務に対する金利負担分に相当する「利息費用」
(interest cost)の変動という形で年金費用に影響
を及ぼす(前掲図表4参照)。特に市場金利が大きく低下している場合、年金債務を計算するために用い
る「予定割引率」も引き下げられることになるため(詳しい仕組みは後述)、将来における年金給付額の
割引現在価値である年金債務が増加し、その当期負担分である勤務費用も増加する。一方、金利低下によ
って利息費用は減少するが、通常、勤務費用の増加を相殺するまでにはいたらないため、市場金利の大幅
低下が予定割引率の変更につながる場合、年金費用が押し上げられることになるのである。
予定割引率は会計年度の初めに決定されるが、GM の場合をみてみると、2001 年の予定割引率は 7.3%
6
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とされていた。しかし市場金利の低下を受け、
「仮に 2002 年9月末現在で予定割引率を設定するとすれば
6.75%になるだろう」
(GM)と述べており、2003 年の予定割引率も 6.75%もしくは7%という暫定シナリ
オを示している。
こうした期待収益率及び予定割引率の下方修正に伴って、GM では 2003 年に 10 億ドルもの年金費用(税
引き後ベース)を計上することになるとの見通しを発表した。2001 年には 10 億ドルの年金収益を計上し
ていたのと比べ、大幅な変化である。先に例を挙げた WHR でも、今年第3四半期の業績発表において、米
株価の大幅下落を背景に、2003 年には年金“費用”を計上する必要があると述べている。
S&P では、年金以外の要因も含めて、今後、S&P500 企業の“As-reported EPS”は、企業の実力を示す
“S&P コア EPS”と比べて、それほど変わらないものに近づいていくとの見方を示している。DB プラン運
営による企業利益の嵩上げは、もはや過去の出来事になったのである。
5.数千億ドルに達する積み立て不足
DB プラン運営の「費用化」という動きに加えて注目されるのは、DB プランを有する多くの米企業にお
いて、大幅な「積み立て不足」が発生するとの見通しが発表されていることである。
これまで米企業の DB プランにおいては、年金資産の運用環境が良好だったため、年金資産が順調に拡
大し、Towers Perrin の調査でも示されていたように、年金債務を上回る「剰余金」が発生していた。
しかし、株価下落によって年金資産そのものが大きく目減りした結果、年金資産が年金債務を下回る状
態、
「積み立て不足」が発生し始めたのである。その額は WHR において2億ドル、GM の場合は 200 億ドル
にも達している(2002 年末、各社見込み額)
。
図表6
S&P500 企業を対象とした Merrill Lynch の調査によれば、
(10億ドル)
2001 年末時点で、348 社が確定給付型の年金プランを有して
300
いるが、同プランにおける剰余金はすでに 2001 年だけで
200
2,179 億ドルからわずか 24 億ドルへと縮小した(図表6)
。
100
さらに同社のシミュレーションでは、①予定割引率が 0∼
0
0.5%低下、②運用収益率がマイナス 10%(株式がマイナス
18%、債券がプラス 10%)
、③年金給付額及び企業拠出額が
枯渇する米企業年金の剰余金
217.9
2.4
2000
2001
2002
-100
-200
-184
(前提A)
2001 年と同じ等と仮定した場合、DB プランの積み立て不足
-300
額が、2002 年末で 1,840 億ドル∼3,235 億ドルに達する。同
様の調査は他でも行われており、Credit Swiss First Boston
による推計値は 2,430 億ドルである。いずれにせよ、積み立
て不足は巨額に上るとみられている。
-324
(前提B)
-400
(注)2002 年は Merrill Lynch による試算。前提A
は「総資産が 10%減少」、前提Bはこれに「債券
金利が 0.5%低下」という前提を加えたもの。
(資料)Merrill Lynch[2002]
積み立て不足に陥った企業は、それを埋め合わせる必要がある。WHR でも、第4四半期に株主資本を取
7
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り崩すか、現金拠出を行うか、あるいはこれらの両方が必要になると述べている。
こうした動きは当該企業にとって、財務状況の悪化につながる可能性があるが、すでに米企業のなかに
は、この問題が指摘され、格付け会社から社債の格下げを受けるところも現れている。格下げは、企業に
とって資金調達コストの上昇につながり、拠出金に加えて、新たな負担が発生することになる。
ただ、積み立て不足に関する上記推計値は、株価変動に伴う一時的なものであり、必ずしも継続的
(ongoing basis)に予想される企業負担の大きさを示すものではない。重要なのは、今後も株式市場の低
迷が続いた場合、米企業が継続的に求められる負担(拠出)はどれくらいなのか、という問題である。
6.予想される継続的な企業負担増
米労働省によれば、DB プランに対する米企業の拠出額は、
統計が得られる 79 年から 98 年までの間、およそ 400 億ドル
前後の水準にとどまってきた。同プランの給付金が、年率
図表7
(10億ドル)
160
9.5%(幾何平均)で増加してきたのと比べて、極めて対照
140
的である(図表7)
。
120
年金資産の予算制約式は、「年金資産の増加分=運用収益
100
+拠出―年金給付」と表すことができるが、これまで、高い
80
伸びで増加する年金給付を、わずかな拠出金で賄うことがで
60
きたのは、運用収益が極めて良好だったためである。米労働
省によれば、DB プランにおける運用収益率(実績)は、85
年から 98 年の間に年率 12.2%、特に 96 年から 98 年の間は
拠出金と給付金の推移
Contribution
Benefit
40
20
0
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
(注)98 年までは米労働省、99 年以降は筆者推計。
(資料)米労働省、連邦準備制度理事会、
同 15.2%にまで高まった。
しかし、今後はこうした運用成績を期待することは難しい
だろう。では仮に、給付額が従来通りの伸び率(年率 9.5%)で増加しつづける一方、運用収益が従来の
半分(6%)に落ち込み、企業の拠出額は過去の平均的な拠出水準(373 億ドル)にとどまる場合、何が
起きるか。米企業の DB プランは、2012 年から 2013 年にかけて枯渇してしまうのである。
他方、拠出額以外の前提は変えずに、年金資産の残高を 2001 年末の水準に維持していく場合はどうか。
この場合、拠出額は、給付額と運用収益のギャップに等しい分だけ必要となる。その結果、拠出額は今
後5年間だけで、年率 20%∼30%の伸びで増加する必要がある(図表8)。仮に給付額の伸びが従来の半
分(5%)にとどまる場合でも、企業の拠出額は、長い間2桁の伸びを続けざるを得ない。
Goldman Sachs も類似の試算を行っており、プラン資産及び給付額の伸び率がともに5%、運用収益率
が6%とすると、企業に求められる拠出額は年間 1200 億ドル、現在と比べて年間 800 億ドルの追加負担
が継続的に発生するという。
8
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もちろん、積み立て不足の問題は、企業拠出の増加だけで
なく、給付額の削減、あるいは予定割引率の操作等、数理計
算の変更という痛みの少ない形で回避することができる。
実際、2002 年3月に成立した景気刺激策(法律名 Job
Creation and Work Assistance Act of 2002)では、時限的
図表8
継続的増加が見込まれる企業負担
(10億ドル)
300
250
運用収益率 6%
給付増加率9.5%
200
措置として「予定割引率の設定上限枠の引き上げ」が盛り込
150
まれ、現在もその恒久化を求めて ERISA Industry Committee
(ERIC)という団体を中心にロビーイングが続いている。
100
従来、予定割引率は、過去4年間における 30 年物米国債
50
金利の加重平均値に対し、90%∼105%の間で設定されてい
0
たが、上記景気刺激策によって、2003 年までの間、上限枠が
運用収益率 6%
給付増加率 5%
02
03
04
05
06
07
08
09
10
11
12
(資料)米労働省資料より筆者推計
120%に引き上げられることになったのである。これによっ
て、長期金利が低下しても、DB プランは予定割引率を維持し、将来の年金債務の膨張を防ぐことが出来
る。むしろ予定割引率を引き上げ、年金債務を小さくみせかけることで、積み立て不足の一部を解消する
ことすら可能になった。
だが、企業会計に向けられる投資家の目が厳しさを増しているなかで、適法とはいえ、米企業がこうし
たあからさまな年金会計操作を行うことには極めて大きな困難が伴うと考えられる。同様に、配当可能な
利益が存在する限り、従業員や退職者に対して年金給付額の削減を求めることは難しく、結局、企業は拠
出額を増やしていかざるを得ないだろう。
米労働省によれば、現在、雇用コスト全体に占める DB プランの負担割合は、DB プランを持たない企業
を含む民間企業全体で1%程度である(2002 年6月、時間当たり報酬に占める確定給付型退職プラン(年
金その他)への拠出額の割合)。しかし今後、米株式市場に再び「熱狂」が戻らない限り、DB プランを有
する企業では拠出金の急増は避けられず、雇用コストが押し上げられる要因になっていく。後述する PBGC
に対する保険料が急増する可能性も残っている。
労働生産性上昇率がこうしたコスト増加分に等しく高まらなければ、当該企業の手元に残るキャッシュ
は目減りし、新規投資の抑制にもつながりかねない。投資需要の低迷は、DB プランを持たない企業にも
影響を及ぼし得る。DB プランを巡る問題は、回復が急がれる米企業活動にとって、重い足かせになり始
めているのである。
7.債務超過リスクが高まる PBGC
最後に、米企業における DB プランの悪化が進んだ場合、連邦政府機関である PBGC の破綻につながる可
能性について触れておこう。
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米企業による DB プランは、連邦政府機関である年金給付保証公社(Pension Benefit Guaranty
Corporation,以下 PBGC)によって保証されている。米企業は PBGC に保険料を支払い、DB プランが積み立
て不足に陥ったまま破綻した場合、PBGC が一定の上限付き(2003 年の場合、年金給付額は最高で月
3,664.77 ドル、年 43,977.24 ドル)で年金給付を肩代わりする仕組みである。
また PBGC では、
「早期警戒プログラム」(Early Warning Program)として、企業年金財政が悪化する前
に、スポンサー企業に対して出来る限り積み立て不足を穴埋めするよう交渉を行っているほか、保険料も
積み立て不足額の大きさに比例する計算方法が採られている(積み立て不足 1,000 ドル当たり9ドルの追
加保険料)。企業側は、プレミアムの上昇を避けるため積み立て不足を解消するインセンティブを持ち、
PBGC 自身の財務状況も健全に保たれるのである。
しかし 2001 年は、景気悪化にともない、Trans World Airline、Grand Union、Outboard Marine など
対象者が1万人を超える大型プランを含む DB プランの解散が相次いだことや、PBGC 自身における株式運
用の悪化によって、PBGC 全体で 21 億ドル(2001 年9月を期末とする会計年度)の損失が発生した。
PBGC では、こうした損失があったにもかかわらず、77 億ドルの正味資産(資産−負債)を維持するこ
とができ、財務状況は健全であると述べている。しかしアニュアルレポートの脚注では、米企業の DB プ
ランにおける積み立て不足によって、今後“合理的にみて発生し得る”
(reasonably possible)とみられ
る偶発損失が 110 億ドルにのぼるとの推計を示している。
推計されている偶発損失は PBGC の正味資産を上回り、これらの損失が現実となれば、PBGC 自身が債務
超過に陥ることを意味する。アニュアルレポートの監査を行ったプライス・ウォーター・ハウス・クーパ
ースも、この問題を指摘している。
図表9
偶発損失のなかにどの DB プランが含まれるのか定かではな
いが、PBGC の債務超過・破綻の可能性を探る上で、今年に入
り PBGC が救済した破綻 DB プランの積立不足額がすでに 36 億
ドルに達しているという事実は注目に値しよう(図表9)。
一方 PBGC は、エリサ法によって自立的に事業を運営するこ
と(保険料収入や資産運用収入によって年金給付の肩代わり
を行うこと)が義務づけられている。万が一、資金繰りが困
難になった場合でも、連邦政府から最大1億ドルの資金を「借
りる」ことができるだけである。偶発損失の大きさや、図表
9に示した破綻 DB プランの大きさを考え合わせると、PBGC の
破綻リスクが極めて大きくなっているとみるのは自然である。
PBGC が抱え込む新たな損失
積立不足
破綻 DB プランのスポンサー企業
Reliance Insurance
$ 124mil
56
CSC
2,200
LTV
25
Durango Apparel
310
Republic Technologies Intn.
12
ABC-NACO
37
Freedom Forge(Standard Steel)
GST Steel
44
170
Acme Metals
97
Harvard Industries
219
Anchor Glass Container
324
Polaroid
20
Jacobson Stores
計
3,638
(注)今年1月∼9月に報告された PBGC による
破綻 DB プランの救済
(資料)PBGC 資料より筆者集計
しかし同時に、PBGC による年金給付保証の対象者が4千万人を超えている状況を鑑みれば、PBGC の破
綻が政治的に放置されるとは考えにくく、いよいよ PBGC 破綻のリスクが高まった場合には、何らかの措
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置が行われるはずである。
スポンサー企業に対する急激な保険料の値上げや、民間金融機関による緊急融資、あるいは上記融資枠
を超えた連邦政府の融資など、考えられるオプションは多様だが、このなかで最も可能性が高いのは、保
険料の値上げである。
図表 10
かつて PBGC が債務超過を続けた 80 年代から 90 年代初頭
PBGC の正味資産と保険料の動向
(10億ドル)
(ドル)
においても、債務超過の埋め合わせとして、スポンサー企業
12
に対する平均保険料(保証対象者1人当たり)は大幅に上昇
10
してきた(図表 10)
。今後も、PBGC の債務超過が恒常的とな
8
ってしまう場合には、従来のように保険料の値上げ(積み立
6
て不足額に対する追加保険料の値上げ)が行われるであろう。
4
20
ただ、保険料の値上げによって債務超過が解消されない場
2
15
合には、連邦政府の負担が避けられない。民間金融機関によ
0
る緊急融資などは、連邦政府の保証なしでは困難であると考
-2
えられるためである。
-4
むろん、こうしたシナリオが現実となる可能性は未知数で
あるが、PBGC 破綻リスクという形で、すでに悪化が懸念され
ている連邦財政に波及し得るという点からも、DB プランの問
題を注視していく必要があると思われる。□
40
35
保証対象者
1人当たり
平均保険料
(右目盛)
30
25
10
正味資産
(左目盛)
5
0
80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00
(注)PBGC の Single-Employer Program に関する財
務データ。なお PBGC には、他に複数の企業が共
同運営する DB プラン向け保証事業 Multiemployer
Program があるが、Single-Employer Program に
比して規模が小さい。
(資料)PBGC
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主要参考文献
① "DB Plans Yield More Gains for Large Employers ", Monitor, Towers Perrin, July 2000.
② "Decomposing Pensions", Merrill Lynch, November 5, 2002.
③ "Standard & Poor's Core Earnings Market Review", Standard & Poor's, October 24, 2002.
④ "The Magic of Pension Accounting", CSFB, September 27, 2002.
⑤ "Pension Costs: Another Hit to Cash Flow", Goldman Sachs, November 8, 2002.
⑥
米企業の 10K、アニュアルレポート、及び四半期業績発表資料. PBGC のアニュアルレポート.
⑦ 「エンロン ワールドコム ショック」みずほ総合研究所、東洋経済新報社、2002 年.
⑧ “Pension funds become profit center (June 30, 2000)”,“Slowdown will make pension income
even more critical: Funds contributed $20 billion in 2000 (March 5, 2001)”,“Pension funds
lose at least $300 billion in just nine months: DB plans drop 6%, but DC plans fall 8% due
to higher equity allocations, poor timing (August 5, 2002)”等, Pensions & Investments 各号.
⑨ “House Passes $42 Billion Stimulus Bill; Senate, Bush Endorsements Called Likely(March 8,
2002)”ほか, Daily Report for Executives 各号, BNA.
⑩ "Pension Funding Proposal", ERISA Industry Committee, August 26, 2002.
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