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ワシントンDC日本商工会会報

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ワシントンDC日本商工会会報
2012年7・ 8月合併号 No. 445
Japan Commerce Association of Washington, D.C., Inc.
ワシントンDC日本商工会会報
7・8 月合併号 2012年 No. 445
目次
●● JCAW桜100周年ネットワークイベントの開催
報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
●● 第320回商工会ゴルフ・トーナメント結果報告・・3
●● ワシントン日本商工会新任理事のご挨拶・・・・・4
●● 「国際機関、世界、そして日本 Vol.4~現地から
見た世銀、開発~」
世界銀行シニアエコノミスト 河内祐典・・・・・・・・ ・ 5
今月の特集
「JCAW桜100周年ネットワークイベントの開催報告」
7月に会員向けのネットワークイベントを開催
いたしました。更なる人脈が築かれた良き機会
であった事と思います。その模様をご報告致し
ます。 P.2〜
「商工会ゴルフ・トーナメント結果報告」
●● ワシントンの映画好きによるリレー連載:第11回
今回も会員の皆様には奮ってご参加頂き、有
意義なゴルフ・トーナメントとなりました。有り難
うございました。結果報告を致します。P.3〜
●● ワシントン月報(第86回) : 服部 健一・・・・・・・・・14
「ワシントン日本商工会新任理事のご挨拶」
●● 映画「The Dark Knight Rises」:長野さわか・・16
新たに着任しました理事2名のご紹介を致します。今後とも引き
続き宜しくお願い申し上げます。 P.4〜
「ワシントンで気ままに映画を語ろう」
オサチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10
●● 今月の書評「シャドー・ワールド」:池原麻里子・・18
●● 連載小説「ワシントン・スクランブル」第6話
愛川耀・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20
●● 今月の簡単レシピ:木内由紀・・・・・・・・・・・・・・ 23
●● English Rescue by Jennifer:
「日本人が間違いやすい英語表現⑮」・・・・・・・・・ 24
●● 編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25
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「国際機関、世界、そして日本 Vol.4 ~現地から見た世
銀、開発~」
世界各国のオフィスで勤務されている世銀職
員の数は、今やワシントン本部の職員数を上
回っているそうです。第四弾の今月号は、現場
からのレポートと共に、現地から見る国際機関
の姿や開発課題についてご執筆頂きました。
P.5〜
1819 L Street N.W., Level 1B, Washington, D.C. 20036 TEL: 202-463-3947 FAX: 202-463-3948 www.jcaw.org
会報2012年7・8月合併号
Japan Commerce Association of Washington, D.C., Inc.
JCAW 桜100周年
ネットワークイベントの開催報告
会員担当理事 田中敏晶
7月12日、日立様の入居するビルのロビーをお借りして会員向けのネットワークイベントを開催い
たしました。当日は最近ワシントンDCへ赴任された方々を含む95名の皆様にご参加を頂き、活発
なネットワーキングが行われました。
冒頭、JCAWの柳原会長からご挨拶を頂き、商工会の活動内容の紹介や新規加入の勧誘につ
いてお話を頂きました。今回のネットワーキングイベントでは、参加者同士の交流に主眼をおき、開
催時間中は自由に交流頂く形式としました。赴任されて間もないという参加者のお一人は、会の終
了間際に名刺の束を持って来られ、「沢山の方と話すことができました」と仰っていました。
当日来られた非会員の中には、商工会への入会申し込みをされた方もいました。また、会場にお
いて参加者から頂いた名刺は翌日PDFコピーとして参加者名簿とともに参加者へ送付しました。人
脈の町とも言われるこのワシントンDCで、会員の皆様のネットワーキングに少しでも役に立ったと
言っていただければ幸いです。
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会報2012年7・8月合併号
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第320回商工会ゴルフ・トーナメント結果報告
The 320th JCAW Golf Tournament
第320回商工会ゴルフ・トーナメントを6月17日(日)にLaurel Hill Golf Clubに於いて開催致しまし
た。当日はすがすがしい晴天に恵まれ、37名の皆様に参加頂きました。おかげさまで商工会コンペ
の参加者数は近年増加しており、今後も会員の皆様のコミュニケーションの場として貢献していき
たいと思っております。
さて、本コンペでは9ホールペリエ方式にて競い合いましたが、以下の結果となりましたのでご報
告します。
優勝 第2位 第3位
べスグロ
桑原 健様(NTT)
由岐 友弘様(IAC)
山田 忍様(ヤマト運輸)
法華津 秀孝様(Toray Plastics)
グロス90, ネット73
グロス98, ネット76
グロス96, ネット78
グロス 81
優勝されました桑原様、2連覇おめでとうござい
ます。また、各賞を受賞された皆様も、おめでとう
ございます。(商工会コンペでは参加者全員に賞
品を用意しております。)
次回コンペは、9月16日(日)にキャピタルクラシ
ックトーナメントを企画しております。こちらは、年
間で一番大きなゴルフトーナメントです。多くの皆
様が奮ってご参加頂きますよう、宜しくお願い致し
ます。
最後に、今回幹事をお願いしました上原様(丸
紅)、須崎様(日立)、土屋様(日立)、そして賞品を 優勝トロフィーを向井商工会理事から受け取る桑原様
寄贈頂きましたSmile Well様、寿司組合(すし太
郎、タコグリル、たちばな、松葉、与作)の皆様に厚く御礼申し上げます。
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ワシントン日本商工会 新任理事のご挨拶
6月より新たに着任された理事メンバーのご紹介を致します。引き続き、会員皆様の益々のご指
導、ご支援をよろしくお願いいたします。
企画行事 佐川 浩一(2012年6月~)
Koichi Sagawa
Senior Manager
Nissan North America, Inc.
この度、企画行事担当理事を拝命しました佐川です。北米日産に勤務し
ています。
昨年4月にミシガン州からワシントンに赴任いたしました。2007年から4年
間、ミシガンの田舎でゴルフ三昧の生活をした後のワシントン生活は、刺激
あふれるものばかりで、あっという間に1年が過ぎ去ってしまいました。この1年の間にメモリアルな
桜寄贈100周年イベントに立ち会うことができて運命的なものを感じております。
早速、来年1月に開催される恒例の新春祭りの企画を始めております。企画運営を通じてたくさん
の方々に助けて頂くことになると思いますが、お祭りを楽しみにして頂いている会員の皆様の為に
も、全力を尽くします。皆様からのご指導をよろしくお願い致します。
研修 南里 隆宏(2012年6月~)
Takahiro Nanri
Director
Sasakawa Peace Foundation USA
研修プログラムを担当する南里(なんり)と申します。2012年1月にこちら
へ赴任してきました。現在は、家族(妻、息子、娘)とともにバージニア州の
マックリーンに住んでいます。アメリカでの生活は学生時代以来、ほぼ20
年ぶりになります。当時と比べて今何よりもありがたいのは、日々の食生
活が安定していることです(家内に感謝です!)。
笹川平和財団USAは非営利組織で、民間の視点から日米間の連携強化にかかわる調査研究や
交流事業などを行っています。通常の財団と比べてユニークなのは、当財団の場合、基本財産の
運用ではなく、自らが所有するビルの賃貸収入で組織運営を行っている点です。姉妹組織である
東京の笹川平和財団から出向している私にとって、従来担当してきた事業の管理・運営に加え、こ
のような形で、新たに組織経営やビル管理に携わることは、非常に刺激的であるといえます。
ところで、こちらへ引っ越してきてから、一つ良いことがありました。日本にいた時に比べ、通勤時
間が大幅に短縮できたため、子供達が「パパと遊んであげる時間が増えた」といって喜んでいるこ
とです(遊ぶではありません…)。
商工会では、非営利組織出身というバックグランドや経験を活かし、担当する研修プログラムの
充実化に貢献して行きたいと考えています。よろしくお願いします。
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「国際機関、世界、そして日本 Vol.4~現地から見た世銀、
開発~」
世界銀行シニアエコノミスト 河内祐典
前号では、国際社会とりわけ世銀でプレゼンスを増し、台頭する途上国について述べました。前
号から今号までの間に、世銀では新しい事務年度に入り(世銀の事務年度は7月に始まり、翌年6
月で終わるというサイクルになっています)、そして5年間務めたゼーリック総裁が退任し、新たに
キム総裁が着任しました。初のアジア系アメリカ人の総裁ということで、着任初日、凄まじい数のカ
メラに囲まれて正面玄関から出勤したキム総裁は、早速全職員向けにメッセージを出しました。具
体的には、途上国の経済成長と雇用を守ることが喫緊の優先課題であるということを明確化した上
で、全てのレベルの職員から話を聞き、各職員が存分に力を発揮出来るようにするために総裁とし
て自分がすべきことは何なのか学んで行きたいという姿勢を打ち出しました。実際に、現在世銀内
部では、全職員を対象にした「キム新総裁とのランチ」なるものが企画され、また、「キム総裁への
質問箱」のようなものも設置されるなど、総裁の対話路線が実行に移されつつあります。
さて、キム新総裁は着任メッセージで、「世銀の最
大の強みは、ワシントン並びに各国オフィスに駐在す
る職員である」として、地域に密着したon-the-ground
experienceの重要性を強調しています。その通り、世界
各国のオフィスで勤務する世銀職員の数は、今やワシ
ントン本部で勤務する職員の数を上回り、また現地駐在
の幹部も増えてきて、重要な意思決定が現地レベルで
行われることが多くなっています。各国の現場から見る
開発課題は、ワシントンから見るそれとは大きく異なると
ころが多く、そうした視点から見る国際機関の姿を皆さ
んに感じ取っていただくのも有益かと思います。というこ 世銀のキャッチフレーズとも言える”Our Dream
とで今回は、世銀の現地事務所に勤務した経験が残念 is World Free of Poverty”の語の前で、着任の
ながらない私に代わり、現地駐在の同僚に登場してい 挨拶をするキム新総裁。(世銀ウェブサイトより
転載)
ただき、その視点から語っていただきたいと思います。
バングラデシュの首都・ダッカに勤務する熱い同僚・池田洋一郎君の力作をまずはお読み下さい。
ダッカから40キロ程東に位置するノルシンディ県。喧
騒の首都を支配する慢性的な交通渋滞をようやく抜け
切り、整備された幹線道路に別れを告げて小道に入る
と青々とした田園風景が広がる。約3時間半のドライブ
の末たどり着いた目的地の村、ジャイナガール・バザー
ルでは、村人たちが集まって、議論をしながら何かを地
面に描いていた。青や赤色のパウダーで地面に引かれ
た長い線。その脇に様々な形や色の紙片が並べられ
る。オレンジ色の紙片は小店、ブルーはモスク、緑は学
校と区別されているようだ。そして中心に引かれた赤色
の線は、村の人々が日常生活や仕事で活用している地
方道。人々は、描いた道に沿って、モスクや診療所、学
熱心に議論を続けるノルシンディ県ジャイナガ
ール・バザールの村人たち。
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校、河などを並べ、地図のようなものを作っているように見える。一体何のために?
その答えは、その後に続く村人たちの議論で明らかになる。
「隣村の市場の方が町に近いので、安い品が多く手に入る。この道路が舗装されたおかげで、そ
こまでリキシャで買い物に行きやすくなった」
「確かにそうだけれど、このバザールとモスクの間は道幅がやけに狭いから、交通事故がしょっち
ゅう起こっている。この前も俺の弟が大怪我をした」
「ここに橋が架かっているって言うけれど、この前の雨季で壊れたまま修理が出来ていないわ。こ
のまま放っておくと、今年の雨季が始まったら子供たちが学校に通えなくなってしまう」 そう、人々は地面に描いた地図を元に、田舎道とその周辺について、利点や課題を議論してい
るのだ。議論に必要な色の付いた粉、ポストイットのような紙片等は、地元のNGO、Population
Services and Training Center(PSTC)の担当者が持ち込んだものだ。村人同士の議論をファシ
リテートするのも、PSTCの担当者。彼らは、議論が男性中心になりかかると、遠慮がちな女性たち
を輪の中に引き入れて、議論に女性や子供の意見が反映されるように工夫していく。村人たちの議
論をメモに取り、地面に描かれた地図を持ち込んだ模造紙に綺麗に書き直すのも彼らの仕事だ。
NGOの職員は、午後になると、村の家々を回り用意
した質問表を元にアンケート調査を実施する。訪問先は
先ほどの議論の対象と同じ田舎道を日々使っている主
婦、リキシャ引き、そして農家など。質問内容は、各々の
家族構成や収入等から始まり、家から道路までの距離、
道路の主な用途、道路整備の前後を比較して、学校・病
院・市場等への時間がどの程度短縮されたか、そして、
道路整備に当たって私有地を提供したか、その場合は
政府から所定の補償金を受け取っているか等がヒアリン
グされ、その結果が調査票にまとめられていく。
村の家々にアンケート調査をして歩くNGO職員
こうした議論や調査の対象となっている田舎道。実は、
世界銀行の資金を用いて、バングラデシュ政府が実施し
ている総額約2億5,500万ドルのプロジェクト、Rural Transportation Improvement Projectで整備
されたものだ。NGOの担当者がまとめる村人たちの声と情報はレポートとしてまとめられ、バングラ
デシュ政府のプロジェクト担当ユニット、及び世界銀行のタスク・チームに届けられる。エンド・ユー
ザーから直接届けられた情報は、プロジェクトの軌道修正や新たなプランニングに役立てられる。
一連の作業は、世銀バングラデシュ事務所にとって初めての試みであるThird Party Monitoring
(第三者評価)だ。世銀の資金を活用した政府のプロジェクトが所期の成果をあげる可能性を高
めるべく、エンド・ユーザーの視点と情報を、現地のNGOと協働しながら実情をつぶさに把握して
いくこの作業。地面に描いた地図を元にまとまった人数での議論を通じて利点や課題を洗い出す
Social Mappingや、そうした場への参加が時間的あるいは立場的に難しい人々の声を個別に拾い
上げるCitizen Report Card等、様々なツールを用いて実施される第三者評価。ポイントは、得られ
る情報がサービスの提供側ではなく受け手の視点であること、情報を収集し編集する主体が世銀
でも政府でも無い、独立した第三者たるNGOであること、現在進行中のプロジェクトに対して実施
されること、そして、一連のプロセスがサービスの受け手である住民、実施主体である政府と世銀、
及びその間をつなぐNGOにとって、プロジェクトの効果を向上させていくための学びの機会となる
点だ。
通常、世界銀行の職員は、四半期に一回程度のベースで政府側のカウンターパートと共に担当プ
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ロジェクトの現場を訪問し、プロジェクトの進捗状況や課題を議論する。こうしたモニタリングを通じ
て合意された改善点を覚書として政府と共有するとともに、内部報告用にImplementation Status
Reportとしてまとめる。プロジェクト終了後は、担当チームがImplementation Completion and
Results Reportをまとめるとともに、世銀の評価専門部隊であるIndependent Evaluation Group
が独自の視点で事後評価を実施し公表する。このように、プロジェクトが予定通り進捗しているか、
汚職等の問題は発生していないか、初期の成果は上がっているかどうかを確認し、必要に応じて
是正する体制はあるものの、これだけでは把握しきれない情報は数多くある。
例えば、世銀のタスク・チームが政府の担当者とプロ
ジェクトの現場を見て回る場合、往々にしてその現場
は、いつもと違う状況にしつらえられている。何週間も前
から訪問が現地に伝えられ、政府の現地オフィスも、プ
ロジェクトの受益者も、「大掃除」をした上で「お客様」を
迎えることになる。これでは実態を正確に把握するのは
難しい。また、滞在時間も限られているため、広いプロジ
ェクトの現場を全て回ることも出来ない。さらに、自分が
担当しているプロジェクトであるが故に、良い報告をした
いというバイアスが政府側にも、世銀側にもある程度生
じてしまうことも否めない。
バングラデシュの狭い田舎道をいく小さなティン
プ(乗り合いバス)はいつも乗客でいっぱいだ。
こうした問題点をカバーし、世銀の成果重視の姿勢を
NGOと連携しながら強化するのが第三者評価だ。本年
2月8日にダッカ市内のホテルで開催された第三者評価のキック・オフ・イベントでは、世銀バングラ
デシュ・オフィスの責任者であるCountry Director、第三者評価を実施するNGOの取りまとめ役で
ある「Manushure Jonnno Foundation」の専務理事、そして政府側の代表として地方行政担当大
臣等が一同に会し、約200名の聴衆と主要メディアが集まる前で、それぞれの言葉で第三者評価
の意義を語るとともに、NGO-政府-世銀が確固とした協働体制をもってこの新たな試みを実施
していくことを確認した。一般的に、政府にとっては、市民社会がプロジェクトにトヤカク口を出すの
は、気乗りのする話ではない、と言うのが本音だろう。しかし、キック・オフ・イベントに参加した大臣
はその意義を以下のようにクリアに語っていた。
"This initiative provides an opportunity to further utilize the knowledge of local communities to
improve access to and quality of service delivery. Citizens will have a greater voice in ensuring
the best use of public resources and will hold local governments accountable for results.”
(このイニシアティブは、社会サービスの質とアクセスの向上に向け、地域のコミュニティが持つ知
識をより一層活用する機会を提供するものだ。公共のリソースの有効活用と地方政府の「結果」に
対する説明責任を確保するために、市民はこれまで以上に大きなVOICEを持つことになる。)
第三者評価を意義あるものとするには、当然のことながら、草の根のエンド・ユーザーの声と
NGOの能力によって把握された「不都合な真実」も含む様々な事実や学びを、世銀及び政府側が
受け止め、プロジェクトの成果向上のためにしっかりと活かしていく必要がある。また、NGOが第三
者評価を実施するための様々なツールをうまく使いこなすための能力強化も欠かせない。その意
味で、開発プロジェクトの成果を高めるための第三者評価が機能するためには、トップダウンのコミ
ットメントとボトムアップの地道な取組みの双方が必要だ。
現在、世銀は全社体制でこうした取組みを後押しするべく、Global Partnership for Enhanced
Social Accountability(GPESA:社会的説明責任強化に向けたグローバル・パートナーシップ)とい
うイニシアティブを開始している。GPESAは、第三者評価を実施するNGOに対して、世銀が他の開
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発金融機関やドナーと連携して作り上げる資金・知識のプールから、評価実施に必要な資金と能
力強化のためのトレーニングを提供するものだ。このイニシアティブが始まった背景には「受益者な
どのステークホルダーが公共サービス提供や資源管理の設計、監督、評価に関与することで、開
発成果向上が可能になる」との問題意識がある。
世銀に豊富な資金や専門知識があるといっても、開発
プロジェクトの成果向上という名の困難な戦いに、世銀
独りの力で勝利することは出来ない。そもそも、世銀は
自ら開発プロジェクトを実施する存在ではなく、各国政
府がプロジェクトを実施するに当たって、資金面、知識
面でバックアップをする存在だ。エンド・ユーザーである
途上国の人々と、資金の出し手である先進国の納税者
双方に、自らが関わる開発プロジェクトの成果について
確かな説明責任を果たしていくには、グローバル・ナレッ
ヂとローカル・ナレッヂを融合させる仕組みと、クライア
ントたる途上国政府、NGO、他の開発機関、そして市民
世銀バングラデシュ事務所の概観。職員数は
といったマルチステークホルダーとの連携が必要ではな 150名に上る。
いか。こんな問題意識を胸に、自分は来週もまた凸凹の
田舎道に揺られながら、NGOの職員そして政府のカウンターパートと共にバングラデシュの村々を
巡るのだ。
いかがでしょうか。バングラデシュからのレポートは、
現地の熱い息吹きや、ワシントンDCからは見えにくい開
発課題等を、極めてビビッドに皆さんに伝えてくれたので
はないでしょうか。(ちなみに池田君は、現地からとても
熱いブログを発信されています。ご関心の方はご参照下
さい。http://ikeikeyouichirou.blog.fc2.com/)
5月号の拙稿でも述べました「クライアント第一主義」に
も関連しますが、世銀その他ドナーの資金で組成される
各種プロジェクトは、その立案・実施・事後評価等あらゆ
る段階において、クライアントとしての途上国政府はもち
ろん、受益者たる住民の積極的な参加を得て実施され
世銀本部内の書店。ベストセラー本のコーナー
ていくというのが通例になっています。当該プロジェクト です。世銀やその職員たちの問題意識が垣間
が現地住民の真のニーズを汲み取っているかといった 見えるようなテーマの本が並んでいます。
問題意識を踏まえれば、こうした住民参加はある意味自
然なことです。また、当該プロジェクトが現地住民の生活に与えるインパクトや、環境への影響とい
った点を正確に把握するためにも、そうした草の根的な参加は欠かせません。そして、そうしたきめ
細かなコミュニケーションを取っていく主体として、現地に広く深くネットワークを築いているNGOの
協力は今や必須となっています。
こうした観点から、世銀の現地事務所が現地政府や地域住民等のプレイヤーと日常ベースで信
頼関係を醸成していくことは極めて重要となります。世銀が以前から「現地化(decentralization)」
を進め、重要な意思決定もある程度まで現地に移譲するといった組織改革を進めてきている大き
な理由の一つもここにあります。IT技術がどれほど発達し、テレビ会議や電子メール、在宅勤務等
のシステムが充実してきても、最後の決め手はやはり「同じ空気を共有すること」という究極のアナ
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ログ戦術ということでしょうか。
また、地域住民の生活に大きなインパクトを持ち、多大なカネや労力を投じて行う各種プロジェク
トは、適正かつ効率的に運営されていくことは致命的に重要であります。例えば、プロジェクト実施
のカネの適正管理を大きく損ない得る「汚職」の問題は開発援助コミュニティにおいて長年の頭痛
のタネの一つになっており、プロジェクト実施に際しての適正性・透明性をしっかり確保することは
不可欠です。その際に、このバングラデシュからのレポートに登場するような第三者機関は極めて
重要な役割を果たします。
また、第三者による評価をグローバルに広め定着させていくには、各途上国政府の理解・協力を
得るとともに、第三者たるNGOの能力を強化するための取り組みが必要となります。これは各国や
機関がバラバラに実施するのではなく、共通のプラットフォームを設定して実施することが効果的で
す。その際、世銀がその強みの一つとして定義している「この指止まれ力(convening power)」を
発揮して、各機関のリソースを動員することが極めて有意義であり、このレポートで紹介されている
GPESAのようなグローバル・パートナーシップの組成と展開はそのパワー発揮の典型例と言えま
す。
世銀等国際機関の仕事は、案件を組成し、途上国側におカネを移転させれば終わり、といった単
純なものでは全くありません。その案件が成功裏に終わるよう、そして当該案件が終了した後もそ
の教訓が次に生かせるよう、ワシントンベース、現地ベースできめ細かい二人三脚が続きます。
以上、今回は若干視点を変えて、「開発援助資金の受け手」の視点も交え、同僚のご協力も得て
記述してみました。次号では、「開発援助資金の出し手」としての日本に焦点を当て、その国益の発
現のためにいかなる取り組みがなされているかについて、述べていければと思っています。(続く)
河内 祐典(かわうち ひろのり)
世界銀行東アジア太平洋局シニアエコノミスト。1967年生まれ。1991年大蔵省(現財
務省)入省。財政、金融、開発援助等の担当を経て、2010年8月より現職。世界銀行に
は2003年~06年の日本理事室シニアアドバイザーに続き2度目の勤務。
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ワシントンの映画好きによるリレー連載:第11回
「ワシントンで気ままに映画を語ろう」
オサチ
今回の執筆のお誘いは、とある飲み会で突然受けたものであった。正直、自分が「映画好き」とい
うカテゴリーに入るかというと決してそうでないように思い、「いやー最近は子供映画しか見ていな
いんで」とやや断り気味に返したところ、「じゃあ、子供映画で」という予想外の切り返しをいただき、
今回僭越ながら執筆させていただくことになった。
というわけで、多くの方々が興味のない映画について書くことになるやも知れないが、子供や孫に
見せる映画の勉強ということでお付き合いいただきたい。
一方で、今回のテーマは「ロード・トリップ」、ということであるが、この原稿自体、締切が迫ってカリ
フォルニア・セントラルバレーの「ロード・トリップ」中に書いている、というと前回号の藤井陳さんが
身も蓋もないので、少しこれを踏まえて書かせていただきたい。
1. レイル「ロード・トリップ」
タイトルからして破綻をきたしている感もあるが、私がワシントン
D.C.に赴任した頃、我が家の長男が2歳、次男が9ヶ月ということ
で、最初に彼らが虜になったのは、「機関車トーマス」であった。ま
だ長男も「トーマス」といえずに、「トゥーン」(その方が英語の発音
に近いのかもしれないが)と呼んで繰り返し見ていたのは、日本で
も森本レオのナレーションで放送している5分弱のテレビシリーズ
(ただし英語)であった。1 ただ、それに飽き足らず、できるだけ彼ら
を長くテレビの前でおとなしくさせるために我が家が手を延ばした
のが40分足らずの「映画バージョン」であった。ただ、劇場公開され
ていないので、日本で言うと「Vシネ」に当たるのかもしれない。2
日本で知られているのは、”Hero of the Rails”という、その名も
HiroというD51もどきの古い機関車をトーマスたちが救うというもの
で、日本では何と劇場公開までされたのだが、ストーリーがやや平
板であるために、あまり子供達も食いつかなかったように思う。3
「一大土木スペクタクル」 (Wikipediaより転載(http://
en.wikipedia.org/wiki/Calling_
All_Engines))
それよりもむしろ、子供達はCalling All EngineというDVDに食い
ついた。ストーリーは、一言で言うと、「一大土木スペクタクル」であ
る。トーマスの住む島、ソドー島に夏休みの子供達を呼ぶために、
空港を建設する計画が持ち上がり、その建設資材をトーマスの仲間「機関車たち(Steamies)」が
運ぶに際し、「ディーゼル機関車達」と肉弾戦の抗争を繰り広げる。途中、抗争によって工事が進ま
1 余談ですが、人形劇的な旧バージョンの英語版ナレーションの声は、(やや)森本レオに似ている気もしますが、最近のバージョ
ンではCGが大量に使われており、声も、役毎に声優がいるなど、少し風情が変わってしまいました。
2 Vシネが本連載において取り扱うことがOKかということは議論があるかもしれませんが、とりあえず枝田さんや、チェブ子さんの
了解を得ております。
3 邦題は、「きかんしゃトーマス 伝説の英雄(ヒロ)」。邦題をつける際の苦心が伺えます。
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なくなるが、トーマスが先頭にたって、一緒に働こう(Work together!)と呼びかけ、ついにディーゼ
ル達の中で最も凶悪なDiesel10(電車上部から大きな爪が出ている。日本名はなぜか「ピンチ-」)
も協力し、空港建設を成し遂げる。"Together we make it happen"と歌われるエンディングでは、飛
行機に乗って夏休みの子供達が降り立つところで、大人の私もやや感動すらしたものである。海猿
という海上保安庁全面協力の映画があったが、これは国土交通省推奨映画ではないかとすら思え
てくる。残念ながら、我が家のDVDは、子供が乱雑に扱って記録面に傷がつき、見られなくなってし
まったが。
ここまで読んできて、「英語版」とか勝手なこと言ってい
るけど、トーマスってイギリスが発祥の地ではなかったっ
け、と鋭い指摘をされる方もいるかもしれないが、そのと
おり、トーマスの原作者であるウィルバート・オードリー
牧師は、自らの息子に聞かせていたストーリーを発展さ
せてまとめ、トーマスのストーリーを編み出したとされて
いる。そうなると、ワシントン、あるいはアメリカと関係が
あるという本連載のルールに反するではないか、とごも 金網越しのトーマス(B&O Railway Museum付
っともなお叱りを受けるところであろうが、実は、ここアメ 近で筆者撮影)
リカしかもワシントンD.C.から一時間ほどのボルティモア
(B&O Canal Railroad Museum)でトーマスが引っ張る列車に乗ることができるのである。
その名もDay Out with Thomasというイベントは、4~10月頃の週末に全米各地を周遊する形で
行われ、トーマスのミニチュアトレインのほか、トップハムハット卿の着ぐるみなどが登場し、トーマ
スづくしの一日を過ごせるのであるが、目玉は何と言っても原寸大(?)のトーマスが引っ張る列車
に乗車することである。
我々家族は2年前の週末に、ボルティモアにてその列車に乗った。全般的には良かったのだが、
いくつか問題点はあった。まず根本的な問題として、トーマスに引っ張られているとは言っても、トー
マスに引っ張られている列車に乗ってしまうと肝心のトーマスが見えず、中途半端にビンテージな
車内の壁に申し訳程度にイラストが貼ってあるだけの客車で一時を過ごすことになる。
次に、場所柄、お世辞にも風光明媚、治安がいいとは言えないところを走るため、窓の外の景色
が裏アメリカのような風景で、それに加えて、我々が乗った際には、列車の両側をポリスの白バイ2
台が並走するという西部劇さながらの手厚い措置がとられ、逆にジェロニモならぬボルティモア・ギ
ャングにどこからか襲撃されるのではと不安に陥ったほどであった。したがって、タイミングが会え
ば、そこからもう少し足を伸ばしてペンシルバニア州のストラスバーグ(アーミッシュで有名なランカ
スター付近)にトーマスがくる時を狙って乗車することをお勧めする。ここは草原を走り抜けるため、
気分のいい乗車になるのではないかと思う。
ただ、ボルティモアであっても、やはり原寸大のトーマスが得体の知れない白い気体を吐きながら
入線してくる際は、小さい男の子がいらっしゃるご家庭であれば一見の価値ありと思われる。そのト
ーマスの前で撮った家族写真は我々家族の当地での思い出の一枚となった。4
4 ビデオ等の版元であるHit Entertainmentによる開催。米国東部は春先にトーマスがやってくることが多いですが、詳細は同社ウ
ェブサイト(http://events.hitentertainment.com/us/day-out-with-thomas/index.asp)をご参照のこと。
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2.「ロード・トリップ」で始まる映画
その後、子供たちにトーマス以外に何かいい映画はないかということで、飛びついたのが、スタジ
オジブリの映画であった。もちろん、アメリカで入手できるのは英語版であり、配給も天下のディズ
ニーが行っている。中でも、お世話になったのが「となりのトトロ」(その名もMy Neighbor Totoro)で
ある。 この映画の冒頭は、父、さつき、メイの3人がポンコツ自動車に乗って引っ越しするところから
始まる、そう、ロード・トリップから始まるのである。
実は、筆者はトトロを日本語で見たことがない。宮崎アニメを毛嫌いしているわけではなく、ナウシ
カなど見る映画は見ているはずであるが、トトロだけは、どこかで絵本化されたトトロを立ち読みし
て、子供向けだと思ったところもあって敬遠していた。それもそのはず、驚くべきは、作中の出来事
の平凡さである。ネタバレを恐れずに書けば、あらすじはこんな感じであろう。
「メイとさつきは、母が風邪で入院している間に大学教授の父と3人で古い民家に引っ越し、生活を
始めた。そこには、大きな森があって、ススをまきちらす真っ黒黒すけやトトロという大きな怪物(?)
がいた。ある日、母が入院する病院から急ぎ連絡がほしいという電報が届き、さつきは父親に電話
するなど心配する。メイは、5歳という年齢にも関わらず母の入院する病院に歩いて向かい、途中で
道に迷う。さつきはメイを必死に探すが見つからず、トトロの力を借りて猫バスに乗ってメイを見つ
ける。一方母親の風邪はたいしたことなく、そのうち退院した」
上記は表現力が欠如していることをご容赦いただきたいが、いず
れにしても、このようなストーリーで予算をかけて映画化、劇場公開
しようとすることに真に敬意を払いたい。そして、さらに驚くべきは、
このアニメが子供の心をとらえるだけでなく、大人の我々、特に世
代的に見てあまりこの映画と同じような自然あふれる生活を体験し
たことのない我々夫婦が見ても、日本の(おそらく)戦後初期の情
景などあまり知らない欧米人が見ても、比類することのない爽やか
な感覚を残すところである。5 こちらに来て改めて思ったが、どうや
ら、森や巨木に対する畏敬の念は米国人にも共通するもので、幸
か不幸か、トトロに出てくるような森や巨木は、日本の東京付近に
いるよりワシントン近郊に住んでいた方が身近なもののように思う。
我が家の息子達はトトロをテープが文字通り「擦り切れる」まで何
回も観た。そう、すでに時代の遺物と化しつつあるVHSの、しかも アメリカの「巨木」ジャイアントセコ
中古を購入していて見ていたのだが、ある日テープが巻き込まれ イア(Y国立公園にて筆者撮影)
て破断し、セロテープで接着する等の措置でしのいでいたのだが、
しばらくして本当に見られなくなってしまった。その後、ディズニーから出ている新しいDVDを買った
のだが、少しだけ映画マニア風(?)なことを言わせていただくと、両者で英語台詞の吹き替えが若
干異なっていることを発見した。当然、映像のノイズなどがきれいになっていて、後者の方が洗練さ
れているように思うが、個人的にはディズニーの冠のないVHS版の方に軍配をあげたい。特に、英
語版独特の工夫だと思われるが、猫バスの行き先表示(当然日本語)が回転するところで、"Next
Stop, Shichikoku-Yama Hospital"と電子音的な英語吹き込みが入るところは秀逸であった。
5 Amazon.comのレビュー欄は、7月20日現在で約760レビュー、4.5星。日本人とは思えない人々の多数から賛辞を浴びていま
す。
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3. 「ロード・トリップ」ならぬロード・レース
こっちにきて当初は、子供が騒ぐのではないかという懸念から、映画はすべて自宅のDVDで見て
いたが、2年目くらいから徐々に劇場で子供達と一緒に映画を楽しむことができるようになった。
この春からだけでも、Tin Tin、マダガスカル3、Braveと観てきて、傑作とは言えないかもしれない
が、十分楽しめるものであったと思う。一方で、妻と子供はアメリカならではの映画以外の楽しみも
見つけているようである。妻の楽しみとは、シネコンが併設しているショッピングモール又はアウトレ
ットでの買い物である。つまり、私と子供達が2時間ほど映画館に缶詰となっている隙に、誰にも邪
魔されない買い物にいそしむのである。一方、子供達はというと、映画の前後に映画館に決まって
ある小さなゲーセンでレーシングゲーム(主にFast and Furious)にいそしむのである。ただし、現
在3歳と5歳の息子たちの足ではアクセルまで届かないため、私が2台のゲーム機のアクセルを両
足でベタ踏みするという、一昔前の分娩台のような恥ずかしい姿をさらしつつであるが。
私の任期も末期となり、この号が出る頃には日本に帰国していると思うが、思えば子供達もトー
マスから始まってずいぶん成長したものである、ということをこの前、ポトマックミルズの映画館で感
じたところである。
というわけで、映画好きのためのこの連載で、個人的な思い出話にこれ以上紙幅を取るのはい
かがなものかという指摘をいただきそうであるので、ここまでにしたいと思う。子供向けVシネを登場
させたり、ネタバレ等やりたい放題であったが、最後は、次のテーマは、「避難経路」として、次回の
大先輩に何とかつなげようと思う。
イラスト:Yoshikazu Egawa
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ワシントン月報(第86回)
「イチローと松井にみる人生の巡り合わせ」
米国弁護士 服部 健一
イチローが電撃的にヤンキースにトレードされると、ヤンキースから放出された松井はタンパベイ
から放出された。
イチローの高い給料(年俸1,800万ドル)と打撃の衰えを考えるとトレードというより放出に近い。
イチローは、万年最下位のマリナーズにいることは衰えた体を考えるとインセンティブがあまりなく、
自らトレードを望んでモチベーションの高いヤンキースを選んだといわれる。
しかし、ヤンキースも約40才で、衰えの著しいイチローをよく迎え
入れたものだ。多少ギャンブルはあるかもしれないが、必要性は
あったという。それは定位置にいた外野手に怪我があり手薄にな
っていたことである。
それでも、イチローは打撃は衰えたといえ守備はまだまだ一級
品だ。最近はゴールデングローブ賞にこそ選ばれていないが、ま
だ矢のような送球はヤンキースに移ってからも見せている。つま
り、ヤンキースにとっては、たとえそれほど打てなくなったイチロー
でも守備要員として帳尻はまだ合うのだ。
イチローのトレードはマリナーズにとってもプラスになっている。
マリナーズは高給取りのイチローがいなくなったことで他の選手を買える、更なる若作りもできる。
ヤンキースも高額のトレード料金を支払わず、マイナーの2人の選手とのトレードで済んだから損は
何もない。しかもイチローの日本での人気を考えるとヤンキースの視聴率はもっと上がり、グッズも
売れる。
イチローにとっては優勝争いのチームに入れたことで最後の夢であったワールドシリーズでのプ
レーが実現できる可能性が強い。モチベーションさえあればまだやれるといる気持ちはあろう。つま
り、イチローのトレードは本人にとってもマリナーズにとってもヤンキースにとっても得であったこと
で、これほど波長の合ったトレード珍しいだろう。とはいっても衰えたイチローの価値を巡る若干低
次元のトレードであったことは疑いもない。
それでもイチローはヤンキースに移ってそこそこ活躍しており、移籍直後の2試合は様子見の8番
だったが、3試合目から定番の1番になった。監督も1番に据えてもファンや他の選手から非難され
ないとみたのだろう。あのヤンキースで3試合で1番になったということは衰えてもまだイチローであ
る。
それにしてもちょっと惨めなのは松井だ。ワールドシリーズでMVPになりながらヤンキースを放出
された。日本では考えられない措置である。そしてタンパベイでマイナーからやり直して一軍へ這い
上がった。出だしこそホームランを二本打ち、すわ大活躍、と思ったが、それから全くヒットが打てな
くなった。
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そして解雇された時が、イチローがヤンキースに移った時とほとんど同じだったことは松井の不運
さを拡大しているともいえる。
松井はヤンキース時代に手首を骨折し、そして更に膝を痛めてから急速に衰えてきた。あの手首
骨折も不運としか言いようのないアクシデントであった。しかし、それも野球人生の一面なのだ。も
し、松井にイチローの守備力があったならまだ簡単には首にならなかったろう。
日本の超一流選手がこういうヤンキースを巡る因縁的な終焉を迎えつつあるのはなんとも皮肉で
ある。
イチローの今後に本当の希望があるかというとそれは全くわからない。2年前までのイチローは、
専ら自分は50才位まで一流選手として活躍し続けるのだと考えていたのではないか。いや、我々も
そう考えていたことはまず疑いもないだろう。それほど最初の10年間のイチローは凄かった。
しかし、昨年からあっという間にヒットが打てなくなった。10年連続200本安打が切れたのでモチ
ベーションがなくなったのではないかという見方があるが、はっきりいってパワーと足がなくなってい
る。内野安打が激減していることがそれを物語っている。
これほど急に衰えてくるとは誰も予想ができなかったであろう。恐らくイチロー本人が一番驚いて
いるのではないか。
イチローの体、サイズからすると衰えだすとあっという間に下り坂になる。ヤンキースには若く、凄
い人材がゴロゴロいるから、イチローといえどもこれ以上打てなくなればすぐに首になる。
企業の定年退職と異なり、スポーツの場合は働き盛りと思っている時に自分で見限らなければな
らないから引き際は難しい。
ともあれアメリカのメディアはイチローも松井も面白い表現で好意的に評価している。
松井については、「こういう厳しい状況でも控えめで(humble)、しっかりとして(emphatic)、オー
ルドファッション的で、おばあさんが抱きしめたくなる(Japanese grandmothers want to hug)ような
男として平静を保っている」とみている。
イチローについては、「クールで自信があり(self-assured)、強く(strong)、静かな傭兵(silent
mercenary)で、時に、ほんの一言、二言しかつぶやかず(to utter only a few syllables at a time)
、クリント・イーストウッドのようで、バットを持ったダーティー・ハリーだ(He is the Clint Eastwood, a
Dirty Harry with a bat)」と面白い表現をしている。
2人の偉大な日本人プレーヤーはヤンキースを巡る終焉になりつつあるということは人生のわか
らない巡り合わせともいえる。
それでも二人共、ばたばた騒がず真摯に対応しているのは素晴らしいプレーヤーであり、人間で
あるということだろう。
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バットマンシリーズついに完結!
アメリカ社会の実像を浮き彫りにした最新作
映画『The Dark Knight Rises』(2012年)
米国弁護士 長野 さわか
クリストファー・ノーラン監督のバットマンシリーズ最新作にして、三部作の完結編。先日20日の封
切りでは、コロラド州オーロラの映画館で同映画上映中に乱射事件が発生。容疑者のジェームズ・
ホームズはガスマスクをつけ、黒ずくめの重装備でSWATに扮装していたことから、多くの観客は
映画の演出の一部と思ったそうだが、確かに銃撃シーンの多いこの映画の最中では、映画と現実
の区別がつかなくなったのはうなずける。容疑者は、自称「ジョーカー」(バットマンの前作に登場す
る悪役)と名乗っているそうだ。
前作『ダークナイト』のジョーカーといえば、ヒース・レジャーがバットマンの宿敵ジョーカーを演じ、
その圧倒的な役作りが高く評価された。レジャーは、世界征服や金儲けを目的にする単なる悪人で
なく、人間の心に試練を与える独特のジョーカー像を創造。だが、その役作りに没頭しすぎたため、
精神的な病に冒され、薬の併用摂取による急性薬物中毒により、28歳の若さでこの世を去った。こ
うしてレジャーが命がけで演じたジョーカーは、死後アカデミー主演男優賞を受賞している。
【あらまし】
舞台は、前作『ダークナイト』から8年後のゴッサム市(といってもニューヨークの町で撮影されてい
るのは見え見えだが)。異様なマスク姿の怪人ベイン(トム・ハーディ)が街を恐怖のどん底に陥れ、
隠遁生活を送っていたブルース・ウェイン(クリスチャン・ベール)は新たな闘いにバットマンとして復
活し、ゴッサムを救うお話。ヒーロー不在の街は、悪人ベインに制圧され、ついには証券取引所も
乗っ取られてしまう。そして勝手な株式操作でバットマンは持ち株全てが奪われ無一文に。ベイン
は革命を起こして、金持ちから財産を奪い、処刑していく。金持ちにないがしろにされてきた民衆の
主導のゴッサム市にするために…。
【コミック原作映画を超えアメリカ社会の実像を浮き彫りに】
この映画、乱射事件に加え、内容自体もアメリカで論議を呼んでいる。というのも、悪役
であるベインが金持ちから略奪し、貧しい人に分け与えるという、普通だったらロビンフッド
(?)的な役柄であるためだ。去年始まったウォール街占拠運動(「Occupy Wall Street」)
も、 サ ブプライムローンの失敗でバブル崩壊、金融危機を招いたのに、政府から公 的 資 金
を投入してもらいますます繁栄しているウォール街(=金持ち)に若者や失業者が対抗し
たものであった。税金も圧倒的に金持ちに有利になるようにできており、たとえば共和党
の大統領候補者ミット・ロムニー氏の税率はたったの15%であるということが、彼の秘書
よりも低いという発言があり話題になった。アメリカでは貧富の差は広がるばかりで、トップ
1%が全体の50%以上の財産を保有している有様だ。
つまり、この映画で民衆が金持ちを裁いていく様は、ウォール街占拠運動がウォール街を乗っ取
るようなプロットとなっている(もちろん、実際には運動家達が金持ちを処刑するなどということはな
かったが…。)そして元々バットマンは金持ちであった。金持ちのロムニー氏はバットマンともとれ
る。彼はハゲタカファンド会社で財産を築いたが、その会社名は「ベイン」。皮肉にも悪役と偶然同じ
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名前だ。ノーラン監督は、脚本が書かれたのはウォール街占拠運動の前ということで、関連につい
ては否定している。実際、脚本はチャールズ・ディケンズの『二都物語』を元にしているということで
ある。『二都物語』は、パリでフランス革命がおこり、貴族の財産没収、民衆裁判から逃れてイギリ
スに逃亡した仏貴族と英弁護士の物語。暴徒と化した庶民が貴族を人民裁判にかけ、ギロチンで
次々と処刑していく市民革命の話。バットマンは金持ちだが、世のため慈善事業に投資。そうして、
夜になると正義の為に勧善懲悪を推進するヒーローである。これは、金持ちにもいい点があるとい
うロムニーの金持ち擁護説とも解釈できなくない…という意味で新自由主義とも呼ばれる現代アメ
リカの複雑なパラドックスを描いている。
残暑お見舞い申し上げます
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今月の書評
「シャドー・ワールド」
アンドリュー・ファインスタイン
ポトマック・アソシエーツ 池原 麻里子
本書は国際武器取引に関する著書だ。著者は元南アフリ
カの政治家として、ジェイコブ・ズマ副大統領等、与党ANC
(アフリカ民族会議)の政治家たちが1千万ドルに及ぶ賄賂を
受け取り、フランスの武器会社タレス社の現地子会社に便宜
を図ったスキャンダルを暴露するのに一役買った。現在はジ
ョージ・ソロスのオープン・ソサエティー財団のフェローで、ロ
ンドンの「腐敗監視」というNPOを運営している。
21世紀において、技術進歩、テロ、国際犯罪組織、国家支
援の暴力、貧富格差は世界不安の原因となっている。その
不安定度を悪化させているのが国際武器取引であり、それ
は年々、複雑化し、その悪影響度が増している。
「シャドー・ワールド」
アンドリュー・ファインスタイン(ファラー・ス
トラウス&ジルー)
2010年の世界軍事費は1.6兆ドル、一人当たり235ドルと
言われている。2000年に比べ、53%も急増し、全世界GNP
の2.6%を占めるようになった。アメリカの年間国家安全保障
予算は1兆ドルで、うち国防予算は7,030億ドルである。そし
て、通常兵器の取引額は600億ドル。9・11同時多発テロ以
降、イラク、アフガニスタン戦争とテロ対策で国家安保産業
は大成長した。その過程で被害を受けているのは現地の市
民。また、米国内では弱者保護政府プログラムがどんどんカ
ットされている。
武器輸出大国はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデン、オランダ、イタリア、
イスラエル、中国。国家間の契約締結後、軍事産業がそれを遂行するのだが、取引の過程で民兵
集団、反政府組織、テロリスト、テロ国家が関与することもある。
正規な取引以外に、外交政策上、不合法な影響力を行使するために隠密に合法なルートを使っ
た取引がグレイ市場なのだが、闇市場と並び、この三者の境界線は曖昧だ。また武器取引は政治
家、諜報活動組織、先端技術を持つ軍事産業、金融業界、政商、マネーロンダリング業者、そして
犯罪者までが関わる一大産業だ。世界大戦に始まり、冷戦、テロとの戦い、小規模な反政府活動
から革命まで、武器商人、軍事産業、時には政府が緊張を高め、利益を追求し、紛争している両者
に武器を供与するという事態が生じている。その結果、例えばアンゴラの内紛、ダルフール等、無
実の市民が殺害されている。
国際通商における腐敗の40%が武器取引に起因する。少人数が巨額の軍事予算の決定権を握
り、国家安保というベールに隠れて決断を下す過程では、腐敗も起きやすい。政府と軍事産業の密
接な関係も続く。例えばブッシュ政権スタート1年内に、ロッキード等軍事産業の役員、コンサルタン
ト、ロビイスト30人以上が政府高官となった。チェイニー副大統領がCEOを務めていたハリバートン
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社は、ブッシュ政権下で国防省から60億ドル以上のビジネスを受注し、イラクの石油関連の契約も
3倍に。最大個人株主のチェイニーの懐も豊かになった。
さて、腐敗の筆頭はサウジアラビアの駐米大使を長年務めたバンダル王子である。当時、国防
大臣だったスルタン皇太子の息子として、イギリスやアメリカからの武器購入に影響力を行使し
た。レーガン大統領夫妻には200万ドル相当の馬とダイアモンドを贈与し、F15輸入に努めた。一
方、BAEシステムズから400億ポンド相当の戦闘機購買し、10億ポンドの収賄を受けた。イギリス
でその調査が始まると、トニー・ブレア首相に対して、今後、武器購入と情報協力は行わないし、ロ
ンドン市街にはテロが多発するだろうと脅し、調査をストップさせた。
このようなトップの腐敗を阻止するのはなかなか難しい。著者は10年以上かけて収集した武器取
引に関する文書を関連諸国の法取締当局に送付したというが、何かアクションが取られるかについ
ては悲観的である。7月には国連で武器貿易条約が協議されることになっているが、その有効性は
不明だ。しかし、規制も監視もない現状を放置することは許されない。
(NEW LEADER 2012年5月号より転載)
イラスト: Yoshikazu Egawa
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連載小説「ワシントン・スクランブル」
〜第六話 熱い夏〜
愛川 耀
〜前回までのあらすじ〜 ワシントンに単身赴任している新庄透(45歳)はテンプスタッフの若い女性、黒木アリサ(25
歳)に惹かれている。ジョージタウンにある彼女のアパートに呼ばれ、手作りの夕食をご馳走になったところ・・。
アリサを後ろから抱き締めたところまでは憶えているのだが、不覚にもその後の記憶がまったく無
い。
気づいてみると見馴れない狭いシングルベッドの片端に寝ており、部屋には陽光が降り注いでい
た。いったいどうしたのか、と二日酔いの鈍通に痺れている頭を回転させ、アリサの家に招かれて
夕食をご馳走になったことを思い出した。
とすると、ここは彼女のアパート?
ふと薄い羽根布団を捲って自分の姿を確認すると、ワイシャツは跡かたも無く消えてランニングシ
ャツ一枚だ。ズボンも、無い。
「新庄さん、目覚められました?」
明るい声とともにこちらに顔を覗かせたのは、長いTシャツのような寝巻を着たアリサだった。
「あの、・・昨夜は泊っちゃったのかな」
自分の声が阿呆に聴こえる。彼女のベッドに寝ているのだからここに泊ったのは明らかなのだ
が、知りたかったのは彼女を抱いたのかどうかということだった。背後から彼女を抱き締めた後の
記憶がまったく無いというのは相当ヤバイ。
「まさか、憶えていないんですか?」
アリサが眉間に皺を寄せて悲痛な顔をしたので、透はシマッタと反省した。
「いや、もちろん憶えているさ。・・ちょっとワインを飲み過ぎたらしい。こういうことは滅多に、いや、
今までまったく無かったんだが。そうか、もしかしたらメラトニンのせいかな」
一昨晩、気分が昂揚するあまり寝付けなくて、試しにメラトニンを三錠も飲んだことが苦く思い起こ
される。
「それって、ひょっとして回春剤ですか?」
「違うよ。睡眠薬の一種だ」
慌てて否定してはみたものの、睡眠ホルモンであるメラトニンを回春剤と名打っている広告も目に
した憶えがあった。
手首にしていたはずの時計が見当たらない。時計まではずしたからには、どうやら昨晩彼女を抱
いたに相違なかった。憶えている、と宣言した手前、重ねて尋ねてみることは憚られる。
「今、何時なのかな」
「九時になるところです。朝ご飯を用意しますから、シャワーでも浴びて下さい」
そう言うと、彼女はバスタオルを持って来てくれた。Tシャツの上からでもわかる形の良い胸の膨
らみ。はたして、昨晩この手であの胸に触れたのだろうか。記憶がまったく欠如しているのは滑稽を
*愛川耀氏(ペンネーム)はJCAW会員。ブログでワシントン生活を綴るフォトエッセイを連載中。(http://blogs.yahoo.co.jp/
aikawaakihome)東日本大震災一周年を機に小説『絆』を上梓(http://p.booklog.jp/book/43069)
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超えて悲劇だ。
促されて下着のままバスルームへ向かいながら、あまりの情け
なさに透は下唇を噛む。これほど恋焦がれてやっと彼女の家へ辿
り着き、巧くコトに及んだらしいのに、その甘美な記憶の片鱗も無
いのだから。いったい彼女はベッドでどういう表情を見せてくれた
のだろうか。できることなら昨夜まで時間を巻き戻したい。
熱いシャワーを浴び、アリサが纏めておいてくれた服を来てバス
ルームを出ると、狭い部屋にはコーヒーの香りが漂っていた。
日曜日の朝はパン食だそうで、コーヒーを飲みながらイングリッ
シュ・マフィンとカリカリに焼いたベーコンと目玉焼き、というアメリ
カンな朝食を食べる。それにしても、後朝の珈琲、と洒落ないのは
こちらの記憶が抜け落ちているからだ。
「新庄さん、私もう会社を辞めますから」
アリサの台詞に愕いて透は思わず顔を上げた。
「ほら、川口さんが戻って来るでしょう?」
「あっ、そうだったね」
川口春香は四カ月の産休を申請しており、七月には職場復帰することを思い出す。アリサは短期
の契約社員なので、春香が戻ってくれば彼女のポストは無い。
「私がいないと、淋しい?」
テーブルの向こうからアリサがこちらをじっと見つめた。輝くばかりの綺麗な顔。この女を昨晩抱
いたのだと思うと、憶えが無いにせよ恍惚とした気分になる。
しかし契約は契約で、予算の制約もあり社員を増やすわけにはいかない。
「君が会社を去っても、またこうして逢えるかな」
透が苦渋の決断でそう述べると、アリサはニヤリと笑った。
「別に会社に残して欲しいなんて言っていませんからご心配なく。今度友達と一緒にジョージタウ
ンに自然食品の店を開くんです。新庄さんも立ち寄って下さい」
店を出すというアリサの話に透が愕いていると、彼女はテーブルの上に置いた手を伸ばしてこち
らの手に重ねた。
「私、一度親密になった人にはとことんのめり込むタチなんです。覚悟してね」
七月になって妻の幸子がワシントンに遣って来た。
ダレス空港に迎えに出向きながら、透は車の中でそれとなく落ち着かない。出店準備が忙しいの
で落ち着いたら電話すると言っていたアリサとは、あれ以来音信不通だ。幸子が来てから連絡され
ても困るのだが、アリサの面影を思い起こす度に実は身体が疼いている。今度こそは正気で彼女
を抱き締めたい、とまるで眠っていたオスの本性を揺り起こされたかのようで自分でも戸惑う。
空港に向かう高速道路の左右には鬱蒼とした雑木林が広がり、頭上には灼熱の太陽。ワシント
ンは長い夏の真っ盛りだ。
赴任して以来日本へ帰国していないので、幸子と顔を合わせるのは久し振りだった。
到着ロビーに現れたショートヘアーの女性がこちらに手を振り、それが妻だと気づいた。髪を切っ
たからか前とは雰囲気が変わり、若返った、と言ってもいいかもしれない。
「そりゃそうよ。亭主の世話をしないで済むから毎日楽チンだったし、学生に戻るのですもの、少し
は若々しくしなくちゃ」
幸子は当たり前のことを聞かないで、という風に小鼻をツンと上向かせると、大きなスーツケース
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を二つ乗せたカートを透に押し付けた。周囲ではカップルらしき男女が抱き合って再会を祝していた
りするが、無論日本人はそんなことはしない。
はたしてアリサが到着ロビーに現れたら自分は人前でも彼女をしっかり抱き締めるだろうか。透
はふとそんなことを考えていた。
あれ以来アリサから連絡が無いことが気に掛かる。ひょっとして気づかぬ間にこの前の晩に失態
を演じており、それで結果としてはフラれたのだろうか、と透は内心不安だ。こちらから電話すれば
済むことだが、店の開店準備で忙しいと宣言した彼女のことだから、連絡などしたら煙たがられる
かもしれず、どうにも動きづらい。その上幸子のことがある。もはや単身赴任では無くなり自由が効
かなくなった四十男だ。
その幸子はというと、東京では疲労困憊した顔で帰宅するとハイヒールを脱ぎ棄ててベッドに倒
れ込んでいたものだが、そんなオジン風生活から一転して、何やら嬉々としてサマースクールの勉
強に精を出している。グループ学習だとのことで深夜に帰宅する日も多く、或る意味では単身赴任
の生活に大きな変化が起きたとは言えない毎日だ。
透は部下の堺を誘いジョージタウンのクライズで夕食を食べることにした。観光客も多い典型的
なアメリカンレストランで、バーガーが美味しい。オフィスの近くにもレストランが何軒もあるが、アリ
サが住む街、彼女と出逢った街へ出向きたくなったのだ。
「大学院で勉強とは、奥さんもおエライですね」
「エライというより身勝手だよ。亭主を放り出して勉強、だからな」
多少の照れもあって透はそう力説した。本当は幸子が勉強で家を空けてくれるのは望ましいのだ
が、ここは可哀想な亭主の役を演じておいた方が得策である。 堺を誘い出したのは、もしかして彼がアリサの近況を知っているかも知れない、と思ってのことだ
った。
「さあ、黒木さんはあれ以来連絡して来ませんけれど。アメリカ人の友達と自然食品の店をオープ
ンするって言っていましたよ。確かに自然食品はブームですよね」
「それって、どういう友達なのかな」
フレンチフライを手で摘まみながら、さり気ない風を装って堺に尋ねる。
「さあ、ボーイフレンド、ってことじゃないですか?」
「おい、本当なのか?」
透はつい語気を強めてしまい、慌ててワインのグラスに口をつけて誤魔化した。
「いえ、単なる勘ですよ。前に街で見かけた時に外人男と手を繋いで一緒に歩いていました。綺
麗な子だから、廻りに男友達がたくさんいそうじゃないですか」
堺は軽口を叩いたに過ぎないのだろうけれど、透の胸に重石のようなものが詰まった。
夕食を終えて彼と別れてから、透はしばし夜のジョージタウンを彷徨う。アリサのように魅力的な
女性に男の影が無いのは確かに有り得ない事態だ。しかし、彼女は大切な休日を費やして自分の
ために料理してくれたではないか。一緒に歩いているからと言って、その男がボーイフレンドと決ま
っているわけではないはずだ。自分達は一晩を一緒に過ごした仲なのだ。そこまで考えて、透は記
憶が欠如したあの晩を思い起こし地団太を踏みたくなる。永久に消えない失態だ。
ついアリサの住むアパートに足を向けたところ、薄暗い道の反対側をいかにも睦まじそうに寄り添
って並んで歩いているカップルに気づいた。背の高い大柄な白人の男と小柄な東洋人の女性。
そしてその女性の顔を見て透は愕いた。なんと、妻の幸子だったからだ。(続)
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今月の簡単レシピ:
「ズッキーニの揚げ浸し」
フードクリエイター 木内 由紀
暑い日が続いていますね。みなさんいかがお過ごしでしょうか?冷たいものや甘い飲み物をつい
つい摂取しすぎて食欲減退⇒夏バテと悪循環になり、体調を崩しやすいこの季節、3食バランスよく
食べて暑い夏を上手に乗り越えたいものですね。
クエン酸を含み酸味のある食べ物は疲労回復や食欲増進にも効果があります。今月は夏野菜の
ズッキーニをたっぷりとポン酢醤油とレモンに浸して頂く、冷たい夏のおかずをご紹介します。かつ
お風味が酸味と良く合い、ご飯がすすみます。
ズッキーニの揚げ浸し(4人分)
≪材料≫
・ズッキーニ::2本
・かつお節::4g程度~
[a]
・ポン酢醤油::100cc
・だし汁::70cc
・はちみつ::小さじ2
・レモン汁::小さじ2
≪作り方≫
【1】ズッキーニは一口大より少し大きめの乱切りにし、340
~360°F(170~180℃)の油で揚げ、油を切り熱いうちに合
わせた[a]に浸す。
【2】上から鰹節をり入れ、粗熱が取れたらひっくり返し、表
面にラップを張り、冷蔵庫で冷やしながら味をしみ込ませる
と美味しい。
≪ポイント≫
●揚げて冷めてすぐも美味しいですが、冷やしながら味を染み込ませ、香草な
どと一緒に頂くといっそう美味しく頂けます。今のシーズンバジルなどとも相性
バツグンです!
●ここで使用しているポン酢醤油はこちらを使用しています。韓国スーパーで
購入可能ですが、お好みのポン酢醤油どんなものでもOKです。
〜フードクリエイター 木内由紀 プロフィール〜
日々の料理や手作りパン、スイーツのレシピなど1,000以上を、ブログ「ゆちのお料理実験室」
で紹介。
簡単でおいしい内容が人気を呼び、テレビや雑誌、企業にも多数レシピを提供している。
現在アメリカ、ワシントンDC近くバージニア州にて活動中。
ブログ:http://oryorijikken.blog48.fc2.com/
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English Rescue by Jennifer:
「日本人が間違いやすい英語表⑮」
ジェニファー・スワンソン
Adjectives –ED and –ING
Please circle which is correct:
1. The movie was interesting so I was exciting.
2. I was excited because the movie was interesting.
Correct answer: (2)
Many students of English make a mistake regarding –ED and –ING adjectives. Here are the
rules:
1. –ED (excited, interested, irritated…) refer to a person’s feeling.
2. –ING (exciting, interesting, irritating….) refer to the CAUSE of the person’s feeling
3.
Try to make a list of all the words you know that fit into these two categories:
-ED
Excited
Interested
Irritated
Fascinated
-ING
Exciting
Interesting
Scary
Tired
Exhausting
Worried
Be careful when you use them. To talk about your own feelings, use –ED. To talk about
something outside of your own feelings, use –ING.
CORRECT: I was excited when I saw Ichiro play in DC. Ichiro’s playing was exciting.
INCORRECT: I was exciting when I saw Ichiro play in DC. (It means my personality was the
cause of my excitement.)
Practice: Use one word per line: scared, exciting, interesting, fascinated
Many people have seen the 1.__________________ movie Titanic. When they see the
beautiful costumes and realistic set, they are 2.______________________. The tragic ending
makes the movie all the more 3.____________________. Even though I know how it will end,
I am still 4.___________________every time I see it.
Answers: 1. exciting, 2. fascinated, 3. interesting, 4. scared
〜Jennifer Swanson プロフィール〜
日本にて7年在住中に、高校英語教師の経歴を持ち、日本企業でも働いた経験を生かし、現在
は米国大学講師、日米協会講師、在米日本人に英語レッスンの他、米国人に日本語も教える。
日米でのさまざまな経験を基に、多方面から楽しい英語レッスンを展開しています。
日米協会英語レッスンでは第7期生徒を募集中です。詳しくは:http://www.us-japan.org/dc/
pdf/2011/ELS%20Spring%202011%20Registration.pdf
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7・8月合併号 編集後記
6月29日夜の短時間のストームが、独立記念日前後まで
続く大規模な停電をもたらすと誰が予想したでしょう。しかも
記録的な暑さとなった7月です。今年は、例年になく、頭の
中まで熱くなったのではないでしょうか?
8月に入って暑さが少し和らいだ気がしましたが、今度は
オリンピックで身体が熱くなっています。なでしこJapanのワールドカップに次ぐ連
覇という訳にはいきませんでしたが、日本の選手がほとんど映らないアメリカの
テレビと雖も、アメリカとの対決となれば話は別です。日本の選手たちの頑張る
姿に存分に声援を送った方も多いと思います。
このように暑く熱い中でも商工会活動は止まりません。桜100周年のネットワー
クイベントを開催し、多くの方々との交流機会を設けました。今号で、その様子を
レポートしています。
また、世界銀行の河内氏による「国際機関、世界、そして日本」の第4弾は、バ
ングラデシュにある世銀現地事務所からの熱いレポートも網羅した大部となって
います。読み応え満点のレポートを堪能してください。
今はやや仕事のペースを落としているように感じるワシントンの町も8月末の共
和党大会以降は、本格的な選挙の季節となり、熱い戦いが始まります。
今年は、いつまでたっても暑く熱い季節が続くような気がします。会報も皆様に
熱い息吹を伝えられるよう紙面の充実を図ります。
花井・伊藤
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