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身の回りの中毒と医療現場での分析体制
身の回りの中毒と医療現場での分析体制 やしき みきお なめら あきら (広島大学大学院)○屋敷幹雄、奈女良 にしだ まなみ きむら こうじろう 昭、西田まなみ、 木村恒二郎 e-mail: [email protected] 【目的】 私たちの身の回りに中毒を起こす化学物質(中毒起因物質)は多数あり、医療施設を受診する 中毒患者は年間数十万人、死亡者は数千人である。中毒患者を適切に治療するためには正確な中 毒起因物質の究明が必要であり、どの地域にあっても平等な治療が受けられるためには検査環境 の充実と教育が望まれる。 平成 11 年、和歌山毒入りカレー事件の際には中毒起因物質の特定に時間がかかり、多くの死傷 者が出た。中毒起因物質が早い時点で判明していれば被害は最小限に食い止められたはずである。 事件後、当時の厚生省は医療施設で中毒起因物質の分析ができるように、高度救命救急センター8 カ所と救命救急センター65 カ所に高速液体クロマトグラフや蛍光X線分析計などの分析機器を配 備した。機器を配備しただけでなく、その後のフォローも必要であることから、各医療施設にお ける薬毒物分析の現状を把握するとともに毒劇物による中毒事故(事件)に対応できる分析担当 者の技術向上を図ることを目的とした。 【方法】 薬毒物分析に携わる研究者(主に、医療施設に所属する薬剤師や臨床検査技師など)を対象に 下記について実施した。 1)アンケート調査 2)講習会 3)検査トライアル(精度管理) 4)15 品目の迅速検査法 5)分析マニュアルの提供 6)インターネットによる中毒情報の提供 7)分析依頼システム 8)分析に対する保険の適用 【結果及び考察】 1)アンケート調査 救命救急センター等毒劇物解析機器の活用状況調査を行ったところ、機器配備 1 年後には約 2 割、2 年目で約 5 割、3 年目で約 7 割が何らかの形で分析を行っていることが判明した。 2)講習会 a) 薬毒物分析講習会(日本中毒学会主催) 生体試料中から薬毒物を抽出精製する方法と機器分析による確認と定量を行った。 2000 年(広島大学) 2001 年(麻布大学) 2002 年(関西医科大学) 2003 年(福島県立医科大学) b) 薬毒物の機器分析講習会(広島大学大学院法医学主催) 迅速検査法と機器分析法について講義と実習を行った。 2001 年(覚せい剤の分析) 2002 年(アルコールと一酸化炭素の分析) 2003 年(15 品目の分析) 2003 年(ヒ素の分析) c) 毒劇物テロ対策セミナー(化学災害研修:日本中毒情報センター主催) 厚生労働省から委託され、医師と分析者を対象に化学災害による講義、シミュレーション と実習を行った。 2000 年(東京、大阪) 2002 年(東京) 3)検査トライアル(精度管理) 薬毒物による中毒を想定し、血清、全血や尿試料に薬毒物を添加して精度管理を行った。 1999 年 3 月(第 1 回) 1999 年 10 月(第 2 回) 2000 年 5 月(第 3 回) 2001 年 9 月(第 4 回) 2002 年 1 月(第 5 回) 2003 年 1 月(第 6 回) 厚生科学研究費助成金などを使用 4)15 品目の迅速検査法(検査キットの開発と商品化) 日本中毒学会分析あり方検討委員会(現、分析委員会)が1999年に、1)死亡例の多い中毒、 2)分析が治療に直結する中毒、3)臨床医から分析依頼件数の多い中毒などについて検討し、 15品目(1.メタノール、2.バルビタール系薬物、3.ベンゾジアゼピン系薬物、4.三、四環系 抗うつ薬、5.メタンフェタミン、6.アセトアミノフェン、7.サリチル酸、8.ブロムワレリル 尿素、9.有機リン系農薬、10.カーバメイト系農薬、11.パラコート、12.グルホシネート、13. 青酸化合物、14.ヒ素、15.テオフィリン)を選定した。これら15品目を迅速に検査すること を目的として、市販の検査キットなどを応用する迅速検査法を考案した。有機リン系農薬と アセトアミノフェンについては、適切な迅速検査キットがなかったために広島大学が特許を 取得し、関東化学(株)から「尿中有機りん系農薬検出キット」と「アセトアミノフェン検 出キット」として販売した。 5)分析マニュアルの提供 迅速検査法のマニュアルとして、「薬毒物の簡易検査法−呈色反応を中心として−」(広島大 学医学部法医学講座編、株式会社 じほう、2001)、確認・定量用のマニュアルとして「薬毒 物分析実践ハンドブック−クロマトグラフィーを中心として−」(鈴木 修、屋敷幹雄編、株 式会社 じほう、2002)を発刊した。また、中毒情報ネットワークのホームページには、オ ンライン分析マニュアル(900 余の分析法)を掲載している。 6)インターネットによる中毒情報の提供 中毒一般情報と分析情報などについては、会員制の中毒情報ネットワーク(ml-poison:1994 年 9 月発足) 、分析支援ネットワーク(ml-anal:1999 年 2 月) 、分析トライアル(ml-trial: 2001 年 8 月)などで情報の収集と提供を行っている。会員数は年々増加し、ml-poison の登 録者は 670 名である。 7)分析依頼システム 生体試料中の中毒起因物質を分析することができない施設では、ml-poison で分析者を募り、 分析依頼できるシステムを 1996 年に作った。インターネットと冷蔵宅配便の普及により、全 国へ迅速に情報を伝え、検査試料を送付可能であることがこのシステムの特徴である。さら に、請け負った分析者は専門とする物質を分析するのであるから、精度の高い分析結果を得 ることができる。検査付きの中毒症例をインターネット上で討論し、ホームページにそれら のデータを蓄積することにより、その後に起こる同じ中毒の治療に役立てることができる。 8)分析に対する保険適用 分析するには経費がかかることから、 保険の適用を永年要求してきた。平成 14 年度改正では、 救命救急入院料(1 日につき) 「・・・加算を算定する保険医療機関において、急性薬毒物中 毒の患者に対して救命救急医療が行われた場合は、入院初日に限り所定点数に 5,000 点を加 算する」 「・・加算については急性薬毒物中毒(催眠鎮静剤、抗不安剤による中毒を除く)が 疑われる患者に対して原因物質の分析等、必要な救命救急管理を実施した場合に算定する。」 と掲載された。加算対象医療機関は現在、高度救命救急センターだけであるが、日本中毒学 会保険委員会では対象医療機関の拡大を目指している。 和歌山毒入りカレー事件後、医療施設における薬毒物分析の必要性が求められた。当時、分析 に対して関心が乏しかったことから、演者らは医師や事務方に中毒に対する理解を求め、分析者 に技術の向上と情報を提供してきた。その結果、機器が配備された施設が中心となって分析環境 は整ってきた。さらに、配備されていない施設にも波及し、各施設において分析に関心が高まり、 機器をそろえるところまでに至った。また、薬毒物の分析者も増加する傾向にあり、教育と支援 により目的に近づいたと考えられる。