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1. 方言の音韻的バリエーション ・アクセント研究が盛んだが、ここでは
北海道教育大学夏期集中講義資料(音韻論) 1. 方言の音韻的バリエーション ・アクセント研究が盛んだが、ここでは分節 音の音韻プロセスに焦点を当てる。 ・個々の方言のデータに関する分析の妥当性 についても議論するが、それ以上に考えてほ しいのは次の点。 ・単位の設定が文法記述に対して持つ 意味。 ・同じ単位を持つ方言間でもその単位 の音韻的なふるまいが異なることがあ る。その違いの背景にある要因は何か。 →二つとも形態論や統語論といった文法の 他の分野にも当てはまること。 ←Shibatani, Masayoshi (1990) The Languages of Japan. Cambridge University Press より 2. 日本語方言の音素目録のバリエーション 標準語のカ行、タ行と東北方言のそれは「おおよそ」次のような対応関係になっている。東北方言の子 音体系はいかに分析されるべきか。データは山形県西村山郡河北町谷地在住の矢作春樹氏の ideolect。 標準語 東北方言 語頭 語中 /t [t[-d- d d-~d- c ts-dz- z dz-~dz- k k-N-] g/ g-] P 体系 /t d c z k g/ Y 体系 /t d ~d c z ~z k g N/ cf. P2 体系 /t ~d c ~z k ~g/ P 体系と Y 体系のいずれを選択するか考える上で重要な音配列論上の特徴 無生母音の分布(井上の 1-4, 1-5):-C1VnC2Vw- Vn=>[-voice]。例:[ki~pito]急須、[o~tsuko]弟(cf. [o~dzu])、[φuta]蓋、など カ行タ行子音の有声化(井上の 1-9) :母音の無声化が生じない場所では母音間のガ行音タ行音は有声で ~ 現れる。例:[hada]旗、[ha da]肌、など 次の二つの現象が P 体系では説明できず、Y 体系では説明できるので、Y 体系をもって分析すべきだ と、井上(1968)は主張。 カ行四段活用動詞の問題:終止形と連用形は[...VCu], [...VCi]なので、C が有声音[g]で現れ、否定形 と命令形は[...VCa], [...VCe]なので、V が狭母音の場合無声化し、C は無声音[k]で現れることが期待 される。矢作氏と同じ地域に住む老人は、予想通りの発音。しかし、矢作氏やもっと若い高校生はそ うではない。否定形と命令形も有声子音で現れることがある。 敷け 老人 [suke] 矢作氏 [suke]~[suge] 高校生 [suge] [kagu][kagane][kage](書く)からの類推(井上 1968:90) cf. 「嫌いだ」の意味の[sukane]は全世代で同形、 「腕白だ」の意味の[kikane]も同様。派生と活用の違 いか? 強意語による修飾やアスペクトのテストができるといいのだが……。 北海道教育大学夏期集中講義資料(音韻論) P 体系で/k/を設定した場合:/suke/→無声化→*[suke](若年層の方言を説明できない) P 体系で/g/を設定した場合:/suge/→鼻音化→*[sue](若年層の方言を説明できない) Y 体系なら類推が起きたあとの形式は/suge/(→[suge])。 上一段動詞の連用形(テ、タの接続)における母音無声化のブロック:[-CVnCVw]だから Vn が無声化し て周りの子音も無声であることが期待されるが、実際には母音の無声化がおきず、周りの子音も有 声で現れる。起きる:[ogida], [ogide]、生きる[igida], [igide]。 P 体系で/k/を設定した場合:/okita/→無声化→*[okita](実際の例を説明できない) P 体系で/g/を設定した場合:/ogita/→鼻音化→*[oida](実際の例を説明できない) 「Y 体系なら、/ogida/と表記できる」。 ☆上の議論は妥当だろうか?(学生と一緒に考える) ・P 体系ではなく、P2 体系を採用した場合、どうなるだろうか。 ・前鼻音の安定性(無声化との相互作用) ・P2 体系で設定すべきプロセスは何か。 ・不完全適用(underapplication)をどう捉えるか。 ・Paradigm Uniformity (Steriade 2000) ☆井上(1968)の議論から学ぶべきこと ・音素の対立の仕方は方言によって異なる。 ・音韻プロセスの不規則性を考える際には、音配列だけでなく文法的な情報も考慮する必要がある。 なお、子音が 3 項対立になっている方言がないわけではない。→琉球方言 今帰仁方言(島袋 1992):有気(非喉頭化), 無気(喉頭化), 有声 p`, p', b, t`, t', d, k`, k', g, m, m, n, n p`a:p`a:「卵焼き」、p'a:p'a:「祖母」 t`a:c'u:「背の高い人」、t'a:c'u:「双子」 k`a:「皮」、k`a:「さあ(感動詞)」 c`a:「茶」、c'a:「いつも」 3. 同じ音素目録、異なる音韻プロセス 3.1. イ音便の適用範囲 ・標準語動詞の過去形を列挙しよう。 ・イ音便が起こる条件は何か? ・イ音便が生じる条件が標準語とは異なる方言がある。 岐阜の方言 ・野村(1977)を見る限りでは、音素目録は基本的に標準語のそれと同じ。 ・しかし、イ音便が生じる条件が異なる→同じ音素が方言によって異なるふるまいをする。 福井(1982)によると、アクセントによる条件づけがあるものの、岐阜県益田郡萩原の方言ではサ行動 詞でイ音便が起きる。 2 モーラの動詞:連体形が頭高(HL)の場合は、イ音便が生じるが、平板形(LH)の場合は生じない。 サイタ(刺す)、ダイタ(出す)、ホイタ(干す) オシタ(押す)、カシタ(貸す)、ケシタ(消す) 、コシタ(越す)、マシタ(増す)、モシタ(燃す) 3 モーラ以上の動詞:アクセントとは無関係にイ音便が生じる。 コロシタ(LH'(H)L)~コロイタ(LH'LL) (殺す)、ハナシタ(LH'LL)~ハナイタ(LH'LL) (話す) *)コロシタは実際に発音されるときには「シ」が無声化するので「シ」にアクセントが来ない。した がって、コロスが LHH の平板型でも、その過去形は、頭高型と同じ LH'LL になる。 →サ行イ音便とアクセントの間にどんな関係があるか考えよう。 →標準語との違いをどう捉えるべきか考えよう。定式化へ。 サ行イ音便の議論から学ぶべきこと ・同じ単位でも方言によって振る舞いが異なることがある。 →音素目録をまとめただけではその言語(方言)の分節音音韻論の記述は完結しない。 北海道教育大学夏期集中講義資料(音韻論) ☆同じことは文法にも当てはまる。 3.2. 不透明な有声性交替の結果としての「硬化」 水海道方言:音素目録は標準語と同じ。ただし、東北地方の方言に見られる音韻現象がある:母音間の カ行・タ行の有声化、ジビズブの無声化。→不透明な相互作用。 水海道方言の硬化(s~ts 交替) sjkagehanabi(仕掛け花火)~banetsjkage(ばね仕掛け) sjkjhtoN(敷き布団)~sjtatsjki(下敷き) skikire:(好き嫌い)~sewatski(世話好き) 水海道方言の硬化(h~p 交替) hjkaeru(控える)~kaepjkae(買い控え) hjkari(光)~enapjkari(稲光) hke:(深い)~nasagepke:(情け深い) husogu(不足)~nepsogu(寝不足) ・一見すると、[+continuant]→[-continuant]というプロセスに見える。 ・音素目録が同じ方言でも標準語とは異なる音韻プロセスがあることは、岐阜の方言から明らか。 ・しかし、よく見ると硬化は独立した一つのプロセスではないことがわかる。 ・硬化は連濁と無声化の生じる環境が重なるところで起きている現象→二つのプロセスの相互作用の結 果 連濁:複合語の後部要素の先頭の子音を有声にするプロセス。 無声化:{z, b}{i, u}→{ts, p}{i, u}/__無声子音 不透明性(opacity):音韻論における一般化が表層的に真ではない現象(Kiparsky 1973) 二種類の不透明性 Counterbleeding opacity(音韻プロセスの条件が失われる) 基底表示 ABC B→D/_C ADC C→E/_# ADE 表層表示 ADE(B→D/_C が過剰適用) Counterfeeding opacity(音韻プロセスの条件が整っているにもかかわらず適用されない) 基底表示 ABC B→D/_E ABC(適用されず)) C→E/_# ABE 表層表示 ABE(B→D/_E が不完全適用) 水海道の硬化に見られる不透明性 ・無声化により、連濁が生じるべきところに無声子音が立つ(counterfeeding opacity)。 ・有声化により、連濁が起きてはならないところに連濁が起きているように見える(counterbleeding opacity)。 不透明性は順序付けられた規則のモチーフ(McCarthy 2002) ・最適性理論の解説 北海道教育大学夏期集中講義資料(音韻論) 最適性理論は、 ・普遍的であるとともに違反可能な制約によって構成される ・個別言語ごとのランキングによって言語現象の説明を目指す理論であり、 ・典型的には並列主義の言語理論である。 ☆水海道方言の硬化を並列主義によって説明することは、可能だろうか?(→議論) 4. 異なる形態法、異なる音韻プロセス ・北海道方言のサ抜きを例に ・北海道方言の自発述語では、「ささ」の連続が生じると一方の「さ」が脱落する。 ・サ変動詞はリズム上も一つの単語か? 参照文献 井上史雄(1968)「東北方言の子音体系」『言語研究』52. 80-98. 島袋幸子(1992)「琉球列島の方言(沖縄北部方言)」『言語学大辞典』4. 三省堂. 野村正良(1977)「岐阜県揖斐郡徳山村戸入方言の記述的報告及び成立過程に就いての二三の考察」 『名大 文学部研究論集』70 福井玲 (1982) 「飛騨萩原方言のサ行イ音便について」『言語学演習 '82』. 118-126. McCarthy, John (2002) A Thematic Guide to Optimality Theory. Cambridge: Cambridge University Press. Steriade, Donca (2000) Paradigm uniformity and the phonetics-phonology Boundary. In J.Pierrehumbert and M.Broe (eds.), Papers in Laboratory Phonology vol. 6, 313-334. Cambridge: Cambridge University Press.