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カールスルーエ市におけるトランジットモールと トラムの実態

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カールスルーエ市におけるトランジットモールと トラムの実態
地理誌叢 Vol.54 No. 1 pp.24∼30 (2012―12)
カールスルーエ市におけるトランジットモールと
トラムの実態
大隈 茜*・牧田 悠*・大久保勇樹*・亀田龍也*・白木優里*・須田萌子*・加藤幸真**
カールスルーエ市である.
Ϩ はじめに
カールスルーエ市では,市街地の LRT 1)と郊外
ヨーロッパの多くの都市では,トラムが発達
鉄道 2)という異なる軌道の連携施策である「カール
し,各都市の中心部における市民や観光客の移動
スルーエ・モデル」が構築され,郊外と市街地間に
の利便性を高めている.また,都市内の自動車交
おける市民の移動の利便性が向上した.また,中心
通量を減らすことにより,都市の環境良化への一
市街地をトランジットモールにすることで,市街
役も果たしている.トラムによる先進的な都市交
地における歩行空間の快適性の向上を図っている.
通・環境政策が,日本をはじめとする先進諸国に
そこで本稿では,ドイツ・カールスルーエ市に
大きな影響を与えており,特にドイツにおける都
おけるトラムとトランジットモールの実態につい
市交通・環境政策が近年注目されている.
て報告する.調査方法は,文献,資料等による事
ドイツ(旧西ドイツ)では,1960 年代から 1970
年代にモータリゼーション化が進み,1983 年ま
で に 66 ヶ 所 で ト ラ ム が 廃 止 さ れ た. こ れ に よ
り,本来は人が中心であるはずの市街地は車やバ
前調査,現地での地図収集,トラムの利用実態把
握,景観撮影である.
ϩ カールスルーエ市の概要
スが中心となり,排気ガスによる大気汚染および
カールスルーエ市は,ドイツ南西部バーデン =
それに伴う森林破壊といった環境問題や,渋滞・
ヴュルテンベルク州の主要都市のひとつで,人口
騒音・歩行者の安全の確保などの社会問題が発生
は約 29 万人(2010 年)である.都市の中心には
した.そこで連邦政府は,1971 年に「地方自治体
カールスルーエ宮殿があり,そこから放射線状の
交通財政援助法」を成立させた.これにより,各
道路網となっている.また,宮殿の南側に位置す
州に公共交通機関の整備を目的とした補助金が支
る中心市街地には,多くの公共施設や商業施設が
給され,トラムの整備が進んだ.その後,1992 年
立地している.
の同法の改正や 1996 年の「地方分権化法」の施行
1957 年には,鉄道の市内線への乗り入れが開始
により,自治体の裁量で補助金を使用しながら,
され,LRT 車両によるトラムとドイツ鉄道にま
トラムをはじめとする公共交通の整備,運営をす
たがる直通運転が行われるようになった.しかし
ることが可能になり,今日のドイツの公共交通網
その後,1960 年代のモータリゼーション化の影響
が完成したといえる(堀内,2006;堀,2009).な
で自動車が増加し,渋滞を緩和させるためにトラ
かでも先進的な都市として注目されているのが,
ムの廃止論がもちあがった.このため,それまで
キーワード:カールスルーエ市,カールスルーエ・モデル,トラム,トランジットモール
* 日本大学文理学部・学部生
** 日本大学大学院理工学研究科・大学院生
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カールスルーエ市におけるトランジットモールとトラムの実態
郊外に広がっていた鉄道網が経営難に陥り,存続
内の広範囲から中心部のトランジットモールまで
が困難な状況になった.それでもカールスルーエ
を,公共交通によって直接移動することが可能に
市はトラムを廃止せず,衰退した郊外鉄道の軌道
なった.このように,市民の利便性を高めること
を取得して LRT 路線を再整備した.さらに,郊
で,中心市街地に人が集まり,市街地の活性化に
外鉄道にも乗り入れることで,広域の軌道系都市
も貢献した.
交通を再構築した(写真 1 ).その結果,都市圏
Ϫ トラムの運営実態
カールスルーエ市を走るトラムは 2 種類存在
し, 街 の 中 の 短 距 離 区 間 に 限 定 し た「 バ ー ン
(Bahn)
」と,隣接する都市間を結ぶ近距離都市
鉄道の役割を果たす「S バーン(S-Bahn)」があ
る.この内,S バーンが通常の鉄道路線へと直通
運転をしており,カールスルーエ・モデルの根幹
となっている.S バーンはカールスルーエ運輸連
合(KVV)が運営しており,総営業距離は 829km
である.
トラムと郊外鉄道の乗り入れ状況について図 1
写真1 郊外鉄道へ乗り入れるトラム
をみると,カールスルーエ周辺の都市住民のほ
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図1 カールスルーエ・モデルにより直通運転している範囲と都市人口
資料:Statistisches Bundesamt Deutschland より作成.
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地 理 誌 叢 第 54 巻 第 1 号(2012)
か,30km 以上離れた都市圏の異なるシュトゥッ
ける Marktplatz 周辺では,過密ダイヤにより数珠
トガルトやマンハイムなどの大都市,また隣国フ
繋ぎ状態でトラムが運行していた.1 両編成のト
ランスのストラスブールからもカールスルーエ市
ラ ム の 全 長 は 30∼40 m で,2 両 編 成 で は 約 70 m
街地まで乗り換えなしで往来することが可能に
になるため,渋滞などで 2 台のトラムが停留所付
なっている.このように,広範囲かつ多くの集客
近に停車していた場合には,歩行者の道路の横断
圏が形成されている.
が阻害されてしまう.実際に,徒歩や自転車交通
カールスルーエ市内の路線網について図 2 をみ
を妨げている様子もみられた(写真 2 ).
ると,7 路線とほぼすべての路線が,カールス
ルーエ郊外から中心市街地である Marktplatz を通
るように集まっていることがわかる.このように,
カールスルーエ中心市街地への利便性を高めるよ
うな路線網となっている.このため,Marktplatz
を中心としたメインストリートで事故が起きる
と,ほぼすべての路線が運行できなくなるという
問題も抱えている.また,各路線は 10 分に 1 本
の間隔で走っているため,朝夕の通勤時間帯にお
写真2 中心市街地におけるトラム
図2 カールスルーエ市周辺のトラム路線網
資料:Karlsruher Verkehrsverbundより転載.
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カールスルーエ市におけるトランジットモールとトラムの実態
乗車方式は,日本とは異なる「信用乗車方式」
が省けることがあげられる.一方で,課題として
が採用されている.信用乗車方式では通常時には
は,鉄道線とトラムの規格が異なることから,双
検札がないが,抜き打ちで検札が行われることが
方の規格に合わせた車両の導入が必要となるが,
ある.その際に乗車券を所持していない場合に
技術的に難しく通常より費用がかかってしまうこ
は,高額の罰金が請求される.この方式の利点に
とが指摘されている.また,長距離運転にもかか
は,すべての扉が開き,なおかつそのまま乗り降
わらず路面電車の車両であるため,トイレがつい
りできるため,運行に時間がかからないこと,人
ていないという設備面での不安などもあげられる.
件費などの経費が削減できることがあげられる.
また,バーンの車両は低床式で乗降が容易であ
ϫ トランジットモールの実態
るが,S バーンの車両はステップが出る仕組みと
トランジットモールとは,中心市街地を活性化
なっているため,車椅子やベビーカーの乗り降り
させることを目的に,都市の中心部などで自家用
には補助が必要である(写真 3 ,4 ).
車の侵入・通行を禁止し,トラムやバスなどの公
カールスルーエ・モデルの利点は,郊外鉄道か
らの直通運転の実施により乗り換えの時間や手間
共交通機関や歩行者に限定して侵入を許可する仕
組みである.
カールスルーエ市街地では,中心部において自
動車交通量が多く,渋滞が問題となっていた.そ
こで,1970 年代に中心市街地への自動車の侵入を
規制し,トランジットモール化を図った(松田,
2004).現在も,トランジットモールのそれぞれ
の入口に,歩行者専用を示す標識が建てられ,明
確化されている(写真 5 ).
トランジットモール内は,徒歩,自転車,トラ
ムでの移動に限られている.中心市街地の通過交
通については,自動車がトラムや歩行者の通行の
妨げにならないように,道路を地下に通して通過
させるような構造となっている.また,駐車場も
写真3 バーンの乗降口
地下に設けられており,地上・地下ともにスペー
写真4 S バーンの乗降口
写真5 トランジットモールの入口
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地 理 誌 叢 第 54 巻 第 1 号(2012)
図3 カールスルーエ市のトランジットモールの範囲
資料:LANDKARTENSTUDIO L. MUSALL より作成.
スの有効活用をすることによって,通行者の利便
によるものである(松田,2007).州の法律により
性と快適性を向上させている.
住民投票で否決された案件の再審は 3 年間禁じら
トランジットモールは,図 3 のグレーで塗られ
た範囲であり,中心市街地のカイゼル通りを中心
れているため,その期間を過ぎた後に,
「プロジェ
クト 2015」として計画が練り直された.
としている.この範囲には,市庁舎などの公共施
プロジェクトの内容は,メインストリート(メ
設や大型商業施設などの各種店舗が集中している
インストリート約 2.5km,メインストリートから
ため,トランジットモール化により住民が安心し
南に延びる通り約 1 km)のトラムの地下化,メイ
て買い物ができるような空間となっている.実際
ンストリート地上部の歩行者専用区域の整備,メ
に,トランジットモール内の商店街は,多くの人
インストリートの活性化,中心市街地の自転車道
で賑わっていた.
整備,広場・公共空間・緑地の整備などである.
しかし,前章で述べたように,中心市街地では
2002 年 9 月に同計画に対する住民投票が再度行わ
トラムの渋滞や事故対策などのさまざまな問題を
れ,賛成が過半数を占めたため,今後の再開発が
抱え,これらは歩行者の身の安全にも関わるた
注目されている.
め,その対策が長年の課題となっていた.
そこで考案されたのが「プロジェクト City2015
Ϭ おわりに
(メインストリートのトラム地下化を中心とする
ドイツ・カールスルーエ市では,都市交通シス
都市総合開発計画)
」である.この計画の前案
テムや環境政策などの点において,その都市に
は,1990 年代に作成されていたが,1996 年に否決
合った独自のやり方でさまざまな取り組みが行わ
された.その理由は,トラムの運行密度の高さに
れていた.ドイツの各都市が目指しているのは,
対応するために地下化後も地上路線を使用し続け
市民が自分のライフスタイルと生活の場面に合わ
るという内容であったこと,長期にわたる工事期
せた交通手段を選択できるようにすることであ
間,巨額の費用,地下停留所の治安悪化への懸念
る.例えば,週末のお祭りには公共交通機関を利
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カールスルーエ市におけるトランジットモールとトラムの実態
用し,両手に抱えきれないほどの買い物をすると
運行形態をとっていた.しかしながら,現在のよ
きには自家用車を利用する,というように必要に
うになるまでには多くの苦労,努力や失敗をして
応じて交通手段を使い分けられるような交通環境
おり,いまだに多くの課題が残されていることか
を提供することである.また,車の無駄な利用が
ら,簡単にできるものではないことが理解でき
ない社会の実現も重要である.そして,自家用車
た.
を含めた交通機関が長所を活かしながら短所を補
ヨーロッパと日本では,生活・文化・政治・環
い,よりよい理想的な交通状況を達成することを
境などが異なるため,日本にそのままカールス
目指している.実際にカールスルーエ市では,
ルーエ市の事例を当てはめることはできないと考
カールスルーエ・モデルとトランジットモールを
える.しかし,こうした各地の事例を試行改良し
組み合わせたことにより,中心市街地を訪れる交
て日本の都市に取り入れることを検証・調査する
通手段において公共交通が 47% 3) と最も高い割
ことで,日本の都市に合った都市交通システムを
合を占めており,高い効果が実証されている.
形成し,都市における生活をより豊かにしていく
ことにつながるものと考える.
こういった海外における交通システム・交通事
情を調査することで,日本とはまた違った視点で
(2012 年 7 月 18 日受付)
あることを大いに感じ,新しい見方を知ることが
(2012 年 9 月 8 日受理)
できた.トラムひとつをとっても日本とは違った
注
1)Light Rail Transit の頭文字を取ったものであり,
ネットワーク強化のために,トラムが DB 鉄道線
通常の鉄道に対して軽量の鉄道の意味を指す.ラ
に直通運転している.このため,DB 鉄道線で
イトレールとも呼ばれている.都市内やその近郊
は,時速 200km/h 以上で走行する高速鉄道 ICE と
で運行される中小規模の鉄道のことである.
もすれ違うことがある.
2)トラムのネットワーク拡大と都市近郊公共交通
3)松田雅央(2007)による.
文 献
版社.
堀 弦(2009)ドイツ・フライブルク公共交通の財政
問題―公的補助と経営努力―.立命館法政論集,
松田雅央(2007)
『ドイツ 人が主役のまちづくり―ボ
7 号,204-244.
ランティア大国を支える市民活動』学芸出版社.
堀内重人(2006)フランクフルトの交通事情とドイツ
Karlsruher Verkehrsverbund
の交通政策.モノレール,111 号,38-46.
URL:http://www.kvv.de/unternehmen-kvv/daten.html
『環境先進国ドイツの今』学芸出
松田雅央(2004)
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2012 年 6 月 11 日検索.
地 理 誌 叢 第 54 巻 第 1 号(2012)
The Realities of Transit Mall and Tram in Karlsruhe City
Akane OOKUMA*, Haruka MAKITA*, Yuki OOKUBO*, Tatsuya KAMEDA*, Yuri SHIRAKI*,
Moeko SUDA* and Yukimasa KATO**
Key words:Karlsruhe, Karlsruhe model, tram, transit mall
* Undergraduate Student, College of Humanities and Sciences, Nihon University
** Graduate Student, Graduate School of Science and Technology, Nihon University
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