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蝶は蜜を吸う - タテ書き小説ネット

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蝶は蜜を吸う - タテ書き小説ネット
蝶は蜜を吸う
ラン
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
蝶は蜜を吸う
︻Nコード︼
N9796CV
︻作者名︼
ラン
︻あらすじ︼
精霊界でくらすサフィニアはある夜、煽情的な幻を見る。それ
はアゲハという男が自分を求めている幻だった。初めて会ったはず
の美しいアゲハにサフィ二アは同性だというのに惹かれてしまう。
ロマンティックなBLを目指します。
他サイトと重複投降しています。
1
1 アゲハ
こころざし
花々が咲き乱れる、精霊界。
ここは志半ばで朽ちた魂が次の転生までの間、魂を休める為の美
しい場所だ。
精霊界は精霊王が治めていて、その元で精霊たちは花の蜜などを
食して心穏やかに暮らしていた。
サフィニアも、その中の一人だった。前世の通りの人間の姿をし
ていて、しかし食べ物は花の蜜を溶いた湯や蜜酒くらいで済む。三
食それを飲み、それくらいで足りてしまう。
サフィニアの家は丸太で出来た木造の小さな家だ。木々に囲まれ
て、花に囲まれた、その小さな家は精霊界という場所にふさわしく、
心穏やかな雰囲気にさせてくれる温かみのある家だ。
家のドアをノックする音がした。
サフィニアは来客の大体の予想を付けてドアを開ける。 ﹁サフィニア。今日も花の蜜をもってきてやったよ﹂
いつも花の蜜を集めてくれる、蜂の精霊、ビーズがサフィニアに
蜜の入った壺を差し出した。
﹁ああ、やっぱり、ビーズか。いつも悪いな。これだけの量を集め
るのは骨だっただろう﹂
﹁いいんだ。おれはサフィニアにいつも家の修繕とかしてもらって
るし。家具を作ってもらったり、棚をつくってもらったり。お相子
さ﹂
﹁そうか﹂
2
人間の子供の姿のビーズと青年の姿のサフィニアは相互関係を築
き、仲が良かった。
ビーズは透けるような金色の短髪でくせ毛が綺麗だ。肌は白くそ
ばかすがあり、愛嬌のある顔をしている。サフィニアは漆黒の短髪
にこげ茶色の眼をしていた。背は中背、肌は少し黄みがかって、滑
らかだった。
﹁ビーズ、じゃあ、少し家にあがって蜜酒でも飲んでいかないか﹂
﹁ああ、いいね。もらうよ﹂
サフィニアが家に誘うと、ビーズはにこやかにサフィニアの家に
招かれた。
﹁おれ、サフィニアに言おうとしてた事があるんだ﹂
﹁なんだ﹂
蜜酒の瓶をテーブルに置き、小さなカップをビーズと自分の前に
置く。
﹁おれ、こんど近いうちに転生する﹂
﹁え⋮⋮?﹂
転生が前提な休息世界である精霊界は、ある条件を満たせば再び
現世へと転生できる。
だが、その方法はだれも知らされていないのだ。
その時が来たら分かる、と。
そして、その時には転生の準備がもうできていると。
3
そうまことしやかに噂されている。
﹁転生するからさ、お前のことが心配なんだ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁もう、蜜を持ってきてくれる奇特な友達なんていないぞ﹂
﹁⋮⋮そうだな⋮⋮﹂
サフィニアは泣きそうになった。ビーズはいい友達と同時に生活
する上でいい相棒だった。
﹁でもすぐにってわけじゃないんだ。まだ準備もあるし、もうしば
らく精霊界にいるから、それまでは蜜を持ってきてやるよ﹂
﹁ああ⋮、ありがとう﹂
﹁それにしても、サフィニアはいつからこの精霊界にいた? たし
かおれと同じくらいだったと思うけど﹂
﹁俺も覚えてないな。ただ、長いようで短いようで⋮⋮。とくに精
霊界の時間感覚ってあいまいだし﹂
﹁お前も早く転生できればいいな﹂
﹁そうだな⋮⋮ビーズがいなくなると寂しくなるが、祝福するべき
ことなんだろうな。ビーズが蜜を持ってきてくれなくなったら、蜜
ってどうやって手にいれればいいんだ?﹂
﹁街に出て、買うしかないが⋮⋮代価が必要だな。何か作って交換
するとか﹂
﹁⋮⋮考えとく﹂
﹁そうしろ﹂
一通り話をすると、ビーズは帰って行った。
サフィニアは今日のビーズの言葉を思い出し、溜息をついてベッ
ドへ腰かける。
これからどうやって生活しようか。
4
苦悩しならが、眠りに着いた。
﹃サフィニア⋮⋮サフィニア⋮⋮﹄
誰かが、自分を呼んでいた。
﹃待っていて、今すぐに行くから⋮⋮﹄ うっすらと目を開けると、そこには白い模様の入った、黄色い着
物を着た美人がサフィニアの腰あたりにまたがって、彼の顔を覗い
ていた。
ゆめうつつ
夢現にそれを見て、サフィニアはそれが幻かと思った。
何よりもその着物を着た人が美しかったからだ。髪はやはり漆黒
で、短髪だった。目も黒い。しかしサフィニアよりも少し白い肌が、
胸が高鳴るほどきれいだった。
着物︱︱どうしてその人物が来ているものが、﹃着物﹄というも
のなのか、それさえ直感で分かり、サフィニアは夢を見ていると思
った。
着物の前は腰帯まではだけていて、胸が見えていた。そのせいで、
その人物が男である事が分かる。
男に馬乗りになられ、見つめられているのに、何故か嫌悪を感じ
ない。
むしろ、その官能的な唇に己のそれを重ねたい衝動に襲われる。
﹃サフィニア⋮⋮﹄
5
その男はサフィニアの名前を呼んで、彼の鼻にちゅっと口付けを
した。
﹃甘い⋮⋮蜜の味だね。君らしい﹄
﹁貴方は誰だ?﹂
﹃オレ? オレはアゲハ﹄
﹁アゲハ⋮⋮﹂
﹃好きだよ、サフィニア⋮⋮今でもね﹄
初めて会ったというのに、アゲハはサフィニアの事を知っている
ような口ぶりだった。
優しく唇に口づけを落とされる。ついばむようなその行為に、サ
フィニアは熱に浮かされたように応えていた。
﹃やっぱり甘いね、サフィニアは。美味しい﹄
﹁さっき、蜜酒を飲んだから⋮⋮だと思う﹂
﹃そうかな、だからかな﹄
アゲハはサフィニアの前開きの寝巻をそっと開いた。そこに手を
這わせて全身に口づけると、最後に首筋に口づけをした。きつく吸
われ、サフィニアは少し痛かったが、それさえ陶然とした頭には心
地よかった。
朝である。頭が痛い。
あまりの快楽的な夢をみたせいで、頭に血が登ったまま寝てしま
6
ったせいか、頭痛がする。しかしサフィニアは何かの予兆を感じ、
胸が躍った。
アゲハはサフィニアを好きだと言った。
ゆめまぼろし
待っていて、と言った。
だから、あの夢幻の人物は、実際に自分の元へと来るのではない
かと思ったのだ。鏡で昨日アゲハに吸われた首を見ると、うっすら
と赤い、扇情的な後がついている。
﹁アゲハ⋮⋮﹂
知らず、サフィニアはアゲハの名前を呼んでいた。
その頃、精霊界に向かって一匹の蝶が一心不乱に飛んでいた。
何かを求めるように。
誰かを求めるように。
羽はところどころ、穴があき、よたよたと飛んでいたが、目的の
ものがはっきりしているように、必死で飛んでいた。
﹁今度こそ、サフィニアを手に入れる﹂
その強い意思が彼の羽を動かしていた。
7
2 花壇で見つけた運命︵前書き︶
※Hな描写あり
8
2 花壇で見つけた運命
次の日の朝、サフィニアは家の前の花壇に水をやっていた。する
と、どこからともなくアゲハ蝶が舞い降りてきたのだ。その蝶は羽
に傷を負っていて、今にも事切れそうだった。
﹁アゲハ⋮⋮﹂
そのアゲハ蝶を見て昨日のアゲハの事を思い出したサフィニアは、
その蝶の前に指先をつっと出してみた。
するとそれを待っていたかのように、その蝶はサフィニアの指の
上に乗った。
﹁けがをしているな。俺が治せるか分からないが、家で蜜を飲ませ
てやろう﹂
優しくそう言うと、そのアゲハ蝶を家の中へと入れた。
花壇の花の中から花を一輪摘んできて、その花の奥に蜜を垂らす。
花だけでも蜜はあるが、アゲハ蝶がたくさん吸えるように花の中
に一滴たらしたのだ。
それをアゲハ蝶の前へ置くと、アゲハ蝶は長い口をストローのよ
うに出して吸いだした。
取りあえず蜜を吸ってくれたのを安心してサフィニアは見ていた。
﹁お前はどこからきたんだ? あのアゲハだったらいいのに﹂
9
両手を頬につけてテーブルに肘をつきながら、サフィニアは微笑
んだ。
アゲハ⋮⋮そうだ、その名前は蝶の名前だ。
それにアゲハは白い模様の入った、黄色い着物を着ていた。
アゲハ蝶を見ると、どうしても昨日のアゲハの事を思い出してし
まう。
﹁早く元気になればいいな﹂
そうして、部屋の明かりを消す。
今日もアゲハがやってくるのではないか、という淡い期待を抱い
て、サフィニアはベッドへと入った。
﹁サフィニア﹂
名前を呼ばれて、寝ぼけまなこでサフィニアは目を開ける。
そこにはやはり自分の腰に馬乗りになって、自分を見つめる昨日
のアゲハがいた。
﹁オレ、来たよ。君の所に﹂
ゆめまぼろし
今度は夢幻ではなく、ずしっとした重さが腰にあった。
﹁アゲハ⋮⋮貴方はどうして俺のところに来るんだ?﹂
﹁約束だから。君の所に戻ってくるって、約束したから﹂
﹁約束? 俺たちは昔どこかで逢っていたか?﹂
﹁ああ。逢ってる。昔のことだけどね。それは朝になったら話そう。
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今は⋮⋮﹂
そう言ってアゲハはサフィニアに口づけをした。
口の中を舌で吸われて、くちゅっと水音が鳴った。
﹁甘い⋮⋮﹂
甘いのはアゲハの声だ、とサフィニアは思った。
アゲハはサフィニアの寝間着を解くと、一度ぎゅっと裸体の彼を
抱きしめる。
そして感極まったように声を上げた。
﹁ああ⋮⋮﹂
手の届かないものをやっと手に入れた感慨のように。
あまりのきつい抱擁にサフィニアは戸惑うが、それよりもまた体
中に落とされていく口づけに身体が感じてくる。精霊は痛みを感じ
にくいが、心地よい事は人の倍に感じる。
﹁やっと手に入れた﹂
口づけながらアゲハが呟く。サフィニアの下のものをアゲハの細
い手で撫でられると、サフィニアは精霊特有の感じ方で、頭の中が
白くなるほどの快楽を得る。
﹁はあ⋮っつ、あ⋮﹂
涙が出て、すぐに己のものが堅くなったのが分かった。
﹁サフィニア。挿れるのと、挿れられるの、どっちがいい?﹂
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アゲハが無邪気に聞いてくる。
﹁い、入れる⋮⋮?﹂
何を言っているか、意味が分からなくてオウム返しに言ったサフ
ィニアだが、アゲハはそれを理解したと思い、着物の下の下着を脱
いだ。
﹁やっぱりそんな可愛い顔してても入れる方がいいんだ。いいよ、
最初だからオレに挿れても﹂
そう言うが、アゲハはサフィニアの口に指を這わせた。
﹁だから、舐めて﹂
サフィニアは熱に浮かされたようにアゲハの指を舐めた。その顔
をアゲハはじっと見つめる。彼は股間のものが堅くなるのが分かっ
た。二本の指をちゅぷっという音が聞こえるくらい舐めあげると、
アゲハはそれを自分の後口に押し当てて、中を広げはじめた。
アゲハの黄色い着物が肩から落ちて、白い肌が半分露わになる。
自身で自分の入口を広げている行為は、サフィニアにはとても扇
情的に見えた。
﹁じゃ、挿れるよ﹂
すでに十分堅くなっているサフィニアを、アゲハは腰を沈めて己
に入れて行く。
﹁は⋮ああ⋮﹂
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アゲハの中はとても気持ちが良かった。熱くて、サフィニアをぎ
ゅっと締めあげてくる。快感で自然に腰が動くと、アゲハは喉をの
けぞらして嬌声を上げた。お互いの手を堅く組みあって、快楽を貪る
や
昨日とは違う、実体感のある行為にサフィニアも行為を止められ
ない。
次第に激しくなっていく腰の動きに合わせて、サフィニアはアゲ
ハの中で絶頂を迎えた。
﹁アゲハ⋮⋮﹂
なまめかしい姿のアゲハを抱きしめようと手を伸ばすが、アゲハ
はまだ眉をひそめて苦しそうな顔をしていた。
﹁まだ、足りない。やっぱり君をちょうだい﹂
ずるりと己を覆っていたものが抜ける。少し後ろを指で広げられ、
サフィニアは羞恥の声を漏らした。 そして、アゲハはサフィニアの足をかかげ、彼の後孔に己をあて
がい、一気に彼を貫いた。
﹁あ⋮あっああ!!﹂
さっきとは違う、あまりの快感にサフィニアは首をのけぞらせる。
シーツをぎゅっとつかみ、荒い吐息を吐く。
痛みはない。ただ、快楽だけが、身体を貫く。それは指先から、
頭の天辺まで、神経が痛いくらいの快楽だった。
﹁精霊だから痛くないでしょう﹂
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精霊だから⋮⋮そういえば精霊になってこのような行為をしたこ
とは一度もなかった。
そもそも相手もいなかった。
精霊としてする行為は、痛みを伴わず、ただただ、気持ちがいい。
強く突いてくるアゲハの腰に合わせて、さっきのように激しく動
かす。
﹁アゲハ⋮⋮!﹂
サフィニアの達したばかりのものが、また熱をもって絶頂を待っ
ている。
アゲハはさらにサフィニアに強く突き入れると、中で己をはじけ
させた。
それを感じて、サフィニアも二度目の絶頂を迎えた。
﹁アゲハ⋮⋮貴方は一体何者なんだ?﹂
サフィニアが聞くが、アゲハはもう眠くて仕方がないようだった。
﹁明日にして⋮⋮サフィニア⋮⋮大好きなオレの﹃のどか﹄﹂
そう言ったきり、アゲハは意識を失うようにサフィニアの隣で眠
りに着いた。
﹁﹃のどか﹄⋮⋮? 人の名前か⋮⋮?﹂
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さっきまで熱く抱擁しあっていたアゲハから自分意外の名前を聞
かされ、サフィニアはぐさりと胸に何かが突き刺さる思いがした。
そしてまた昨日のように、幻のようにアゲハが消えてしまうので
はないかとも不安になった。
アゲハは死んだように眠りこんでいる。
幻でない、宝物を見つけたような気分になって、サフィニアは大
事にアゲハの身体に毛布をかけた。そして自分もアゲハの隣で横に
なった。
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3 アゲハ蝶の死
朝起きると、一番にサフィニアはアゲハの寝顔を確認した。また
幻のように消えていないか不安だったからだ。
アゲハは規則正しい寝息を立てて、死んだようにピクリとも動か
ずに眠っていた。
﹁アゲハ﹂
﹁ううーん、もう少し寝かせて⋮⋮﹂
本当に寝むそうだったのでサフィニアはアゲハをそのまま寝かせ
て、自分だけ起きだした。昨日の行為を思い出して、先に風呂へと
入る。
昨日のアゲハ蝶の事も気になる。風呂から出ると、サフィニアは
蝶の様子を見に行った。
テーブルに置いてある花の前にアゲハ蝶はいるはずだが、と様子
を見ると、そこでその蝶はすでに硬くなって死んでいた。
﹁え⋮⋮﹂
羽を折りたたんで、横に倒れている。
死んだなんて嘘だ、と思って指でつついてみるが、ピクリともし
ない。
それに、もう足がかさかさして堅くなっていた。
生きているものの生気が感じられない。
もともと、事切れる寸前だった。羽はぼろぼろでよたよたと飛ん
でいた。
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ここで休んで蜜を吸えた分、幸せだったのかもしれない。
そう考えるが、このアゲハ蝶と、アゲハが何か結びついているよ
うで、サフィニアは不安になった。
もう一度ベッドのそばへ来てアゲハを見る。
彼は眠っている。死んではいない。
良かったと思い、蝶をどうしようか考えて、家の花壇の中に墓を
作ってあげようと思った。
蝶を抱いて花壇に来ると、小さなハンドシャベルで穴をほって、
その蝶を埋める。
自然に手を合わせて合掌していた。自分でも何故、手を合わせる
事が供養になるのか分からないけれど、これが正しいのだと思う。
蝶を埋葬して、サフィニアは食事を摂ろうとして、今度こそアゲ
ハを起こそうと思った。
﹁アゲハ。起きなよ﹂
﹁うーん﹂
そうして開いたアゲハの眼は黒く吸いこまれるようだった。
﹁あれ? 君、だれ? それにここはどこなの﹂
アゲハの第一声にサフィニアは固まった。
﹁何をふざけているんだ。俺はサフィニア。ここは精霊界だよ﹂
一応、教えてやるが、アゲハは納得してない様子であたりをきょ
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ろきょろと見ている。
﹁サフィニア⋮⋮? 君はサフィニアっていうんだ﹂
﹁ちょっとまて。本当に忘れてるのか?﹂
﹁忘れているというか、君の事は知らないよ﹂
サフィニアはじっとアゲハの眼を見た。その黒い眼は嘘を言って
いるようには見えなかった。
確かに得体の知れないヤツだったが、昨日までしっかりとサフィ
ニアの事は理解していたと思う。彼の名前を呼んで、彼を抱いてい
た。
﹁それに身体がなんだか重い⋮⋮﹂
﹁アゲハ、風呂を使った方がいい﹂
﹁あげは? それは何?﹂
﹁⋮⋮自分の名前も忘れたのか?﹂
サフィニアはかなりショックを受けた。
昨日、自分の名前を大切に、愛しげに呼んでくれたアゲハ。
あの、扇情的なアゲハの姿を思い出して、身体が熱くなる。
ぎゅっと抱きしめてくれた彼。
そのアゲハが、もういない。
サフィニアは顔から血の気がひくのを感じた。
かなり深刻な顔をしていたのだと思う。
だからか、アゲハが彼の頬を手で覆った。
﹁そんな顔しないで。君がそんな顔をすると、なんか胸が痛くなる﹂
﹁アゲハ⋮⋮﹂
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泣きたくなる。
きっとなにかの拍子で自分の事を忘れているのだ。
だから、またなにかの拍子できっと思い出すだろう。
そう自分に言い聞かせた。
﹁オレの名前はアゲハっていうの?﹂
﹁そうだ。そう貴方が言っていた﹂
﹁じゃあ、アゲハでいいや。そう呼んで﹂
頬に当てられた手に自分の手をあてて、サフィニアは暫くアゲハ
の体温を感じた。
さっき死んでしまったアゲハ蝶⋮⋮やはり関係があるような気が
してきたサフィニアだ。
﹁取りあえず、風呂に入ってから食事にしよう﹂
そうサフィニアが言ったので、アゲハは遠慮なく風呂を使わせて
もらった。
風呂からあがってタオルで身体を拭いて、また昨日の着物を着る。
そのころにはサフィニアが着物の皺を伸ばしておいてくれた。
黄色に白の筋が入った着物をきっちりと着なおして、アゲハはサ
フィニアの前へ出る。
﹁ああ、きちんと着物も着られるじゃないか。着崩してたらどうし
ようかと思った﹂
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サフィニアは苦笑まじりにアゲハに言う。
きちんとした格好で立ったアゲハは、サフィニアよりも少し背が
低かった。
でもサフィニアはアゲハより背が高くても華奢だ。アゲハよりも
細い腰をしていたし、性格も穏やかだ。
昨日見たアゲハの身体は小さいながら均整の取れた、筋肉質な身
体だった。肌は白くてすべらかで綺麗だが、戦う身体だと直感的に
思った。
アゲハは着物を見て、一つ息をつく。
﹁でもさ、この着物、趣味悪いと思うんだよね。何か別の服ってな
いの?﹂
﹁アゲハはその服が一番似合ってるよ﹂
﹁そうかなあ⋮⋮。まあ、君がそう言うなら着ててもいいけど﹂
実際、初めて会った時にアゲハが着ていた服。それでサフィニア
を大切に抱いてくれた格好を、サフィニアは大事にしたかった。
食事は花の蜜を湯に溶かしたものだ。
それを自分とアゲハの分を用意して、テーブルに置く。
﹁ああ、良い匂い﹂
﹁花の香りだな。花の蜜だし﹂
アゲハはにっこりと笑い、カップを手に取った。
サフィニアはその顔を見て、なんだか幸せな気分になるのだった。
たとえ自分を覚えていなくても。
たとえ、二晩しか一緒にいる時間がなかったとしても。
そして、アゲハがアゲハ自身の記憶を失ってしまっていても。
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さっきアゲハはサフィニアを慰めてくれた。
彼にとってアゲハはやっぱりアゲハだと思うのだ。
しかし、アゲハは様々な謎を残して、すっかりと記憶を失くして
しまっていた。
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4 魂の片割れ
次の日からサフィニアとアゲハの共同生活が始まった。
サフィニアは蜜を手に入れる為に何か作らなければならなかった。
食べる分が二人分になった為、ビーズの持ってきてくれた蜜は倍の
速度で減って行く。 その為、蜜酒と木彫り細工を作る事にした。
アゲハはサフィニアに蜜酒の仕込みを教えてもらい、その他に掃
除全般をしていた。
﹁木彫り細工なんて出来るんだ。それにしても上手いな﹂
﹁ああ、なんだかやりたくなって、やってみたら出来たんだ﹂
アゲハが言った通り、サフィニアの木彫り細工はとても精緻で生
きているように見事だった。
﹁へえ、不思議な事もあるんだね﹂
﹁アゲハの存在の方が不思議だけどな﹂
サフィニアは本当にそう思って優しく微笑んだ。
その顔にアゲハは少し照れる。
サフィニアは優しい。アゲハだけでなく、生き物全般に優しい。
花や虫にも。
それはアゲハにとって自分には無い、尊敬すべきサフィニアの美
点であった。
﹁オレは掃除だけだから、その分楽だな﹂
﹁もうすぐアゲハの仕込んだ蜜酒も出来あがるよ﹂
22
﹁ああ、そうだな。それにしてもどこで蜜はもらえるんだ?﹂
﹁街でもらえるとビーズは言ってたから、妖精街だろう﹂
﹁妖精街?﹂
﹁精霊界には精霊と妖精が住んでいる。妖精はここの住人だ。精霊
は転生を待つ魂だ。妖精は手先が器用だから色々なものを用意して
くれる。何か代価を払えば取引してくれるんだ﹂
﹁へえ。で、蜜酒と木彫り細工で交換してもらうのか﹂
﹁ああ。そう思っている。基本、食べ物は置いてないから食べ物は
取引材料にならないけどな﹂
﹁オレたちの食事は蜜だもんな﹂
サフィニアが木彫りの鳥の置物を数個造り上げるころ、アゲハが
仕込んだ蜜酒も出来あがっていた。
サフィニアはアゲハの作った蜜酒を味見する。
﹁うん、美味しい。これなら妖精も納得して取引してくれるよ﹂
﹁そうか? なら良かった!﹂
﹁明日あたり妖精街に行ってこよう﹂
﹁ああ。たくさん蜜をもらってこような!﹂
アゲハはにっこりと笑う。
二人は中くらいの蜜酒の瓶三本と鳥の木彫り細工を持って、翌日
妖精街へと行くことになった。
妖精街︱︱ここは妖精たちが、いわゆる市場を開いているところ
だ。一つの街のようになっていて、露店が沢山ならんでいる。木々
の間に作られたような妖精街は妖精と精霊たちでにぎわっていた。
近くに小川が流れているのか、さらさらと水音がする。
23
妖精は、羽が四枚ありぱたぱたと飛んでいる者もいれば、少し大
きくて、翼を持った妖精もいた。一般的に言って、飛べるのが妖精
だ。
サフィニアがレンゲの蜜を置いてある店に行くと、自分の木彫り
細工の鳥を見せた。
見事に掘られているそれに、緑色の顔をした全体的に細長い印象
の妖精は、ためすすがめつそれに見入った。
﹁見事だな。これなら蜜を五本やってもいいぞ﹂
﹁そうですか! 有難うございます!﹂
蜜酒と同じ大きさの瓶一杯に入った蜜を五本、交換してもらう事
ができた。
思ったよりも高値で引き取ってくれた、とサフィニアは思う。
﹁じゃ、サフィニア、蜜酒はどうする?﹂
﹁アゲハの着物の下に着るものを交換してもらおう﹂
﹁着物の下? そうだな。直接着てるんじゃ、着物が汚れるし﹂
そして二人は衣服を売っている店で蜜酒三本と、アゲハが着る為
の衣服を交換した。
﹁今日はこれくらいでいいな﹂
アゲハは蜜の入った瓶三本と、自分の衣服を背負い、サフィニア
は蜜の瓶二本を持っていた。
﹁重くないか?﹂
﹁大丈夫。そんな柔な鍛え方はしてないから﹂
24
小さ目の身体なのに、アゲハには力があった。
﹁鍛えてたの? なんで?﹂
﹁⋮⋮そうだな⋮⋮なんでだろ? 今ふっと頭に浮かんだんだ﹂
妖精街から二人で歩いて帰宅する。
その頃にはもう夕方になっていて、日が沈んで行った。
サフィニアとアゲハは寝台が一つしかないので一緒に寝ていた。
しかし、アゲハはあれほどサフィニアを求めていたのに、今はサ
フィニアになんの反応もない。
それが少し寂しい気がするサフィニアだった。
次の日、朝食がおわったころ、ビーズが訪ねてきた。
サフィニアが快く家の中へ入れると、ビーズはアゲハという同居
人に驚いたようだった。
アゲハを見て、サフィニアに笑顔で言った。
﹁サフィニアにも﹃魂の片割れ﹄が来たんだな﹂
﹁﹃魂の片割れ﹄?﹂
﹁ああ、魂の片割れが来たんなら隠しておくことはないから言うけ
ど、転生を導いてくれる導き手の事だよ﹂
﹁転生!? 俺が?﹂
やっとアゲハという精霊に会えて幸せな生活が始まったばかりの
サフィニアには、転生は望ましくない事だった。
しかしアゲハは戸惑ってビーズに言う。
25
﹁でもオレ、なんにも覚えてないんだ。どうしてサフィニアの家に
いたのかも。そんなんで導き手になれるの?﹂
ビーズは驚いてアゲハを見る。
﹁覚えていない? そんなはずは⋮⋮ちょっと何かがおかしくなっ
てるんじゃないかな。精霊王の所に行って、聞いてきた方がいいと
思う﹂
サフィニアは王と聞いて驚く。
﹁王の元へ行くのか? そんなに重要な事なのか?﹂
﹁重要だし、大切な事だね﹂
ビーズは真剣な顔をした。
﹁魂の片割れ、転生の導き手は精霊王が引き合わせてくれる。魂の
片割れは転生者の魂が十分に癒されたと判断したら精霊王の所へ連
れて行くんだ。そして一緒に転生するんだ﹂
﹁⋮⋮どうして⋮そんなに詳しいんだ?﹂
﹁言ったろ? おれはもうすぐ転生するって。だからおれの所にも
魂の片割れが来てる﹂
﹁え⋮⋮﹂
﹁会ってみるか? サイっていうヤツなんだ。それと棚の修理もし
てほしいし。うちへ来いよ﹂
アゲハが声を上げた。
﹁オレ、サイってやつに会ってみたい。オレがサフィニアの魂の片
26
割れだったら、役目を果たさなきゃ。なにもかも思い出せないなん
て、やっぱりおかしいよ﹂
﹁でも⋮⋮﹂
転生⋮⋮今まで考えてこなかったし、アゲハとの生活が楽しくて
したいとも思わない。
そしてアゲハがサフィニアの事を何も思い出さないまま、転生す
るなんて嫌だった。
﹁取りあえず、話だけでもサイに聞いてみればいい﹂
ビーズは浮かない顔のサフィニアに気遣うように言った。
ビーズの家はサフィニアの家をミニチュアにしたような家だった。
身体の大きなサフィニアとアゲハは頭をくぐらせて、その小さな
家に入る。
そこにはイスに腰掛けているビーズと同じくらいの背の金髪の女
の子がいた。
﹁この子がサイ。おれの魂の片割れ﹂
﹁こんにちは﹂
サイはビーズに紹介されると頭を下げた。
ビーズは机に蜜酒を四つ用意して、小さい椅子に皆が座った。
アゲハはサイをくいいるように見ると、切り出した。
﹁サイ、聞きたい事があるんだ。オレはサフィニアの魂の片割れら
しいけど、何も覚えてないんだ。それでもサフィニアを転生へ導け
27
る?﹂
﹁⋮⋮それは⋮⋮分かりません。そんな話はきいた事がないですか
ら。でも貴方はサフィニアさんの大事な人なのには変わりはないと
思います﹂
﹁サフィニアの大事な人⋮⋮?﹂
﹁ええ。魂の片割れ同士は、文字通り、二人で一つのつがいになる
んです。前世では誰がビーズのつがいだったかは分かりませんが、
来世では私のつがいはビーズなんです。だから迎えに来ました﹂
﹁じゃ、じゃあ、オレがサフィニアのつがいの相手なのか?﹂
﹁そういう事になります。貴方がサフィニアさんの魂の片割れなら﹂
しんと静まり返った。
それを破るようにビーズが切り出す。
﹁明日は夏至祭だ。気晴らしにでも祭りにでも行ってみれば? そ
れから王の元へ行くかどうかゆっくり考えてみろよ﹂
﹁あ、ああ﹂
サフィニアは戸惑った返事をした。
アゲハがサフィニアのつがい⋮⋮。でもアゲハの記憶もなければ、
サフィニア自身もアゲハの事なんて精霊界にきてからの彼しか知ら
ない。
やはり王の所へ行った方がいいのか。
﹁とりあえず、サフィニア、その夏至祭っていうのに行ってみない
28
?﹂
アゲハはサフィニアに言う。
サフィニアはアゲハの明るさにつられて﹁ああ﹂と返事をしてい
た。
29
4 魂の片割れ︵後書き︶
もう少しで色々な謎を回収していきます。
だいたいのプロットは最後まで出来ていますので、よろしくお願い
します。
30
5 花火︵前書き︶
今回、六割くらいの謎を解明して書きました。
31
5 花火
その日は朝から、妖精街はにぎわっていた。
翌日に夏至祭に来たアゲハとサフィニアは、そこで催される歌や
音楽に聞き入り、楽しく時間を過ごした。
蜜酒を飲んで、手をつなぎながら妖精街をめぐる。
すると音楽に合わせて皆が踊っている場所があった。
﹁サフィニア、あそこで踊ろう!﹂
﹁え? 俺、踊りなんて踊ったことないよ﹂
﹁いいんだよ、適当で!﹂
そう言ってアゲハはサフィニアの手を取って踊りの場まで引いて
行く。
そこでサフィニアの両手を握り、ステップを踏み出した。
﹁適当、適当!﹂
ただ音楽に合わせて飛び跳ねるように踊るアゲハに合わせて、サ
フィニアも踊る。
﹁あはっ! 楽しいよ﹂
﹁そうだろ? ほら、あっちの精霊は回ってる﹂
男女で踊っているカップルの女性の方が男性の手をつかんでくる
りと一回転した。
32
それを見て、サフィニアも同じように回ってみる。
﹁いい感じじゃないか!﹂
﹁ああ!﹂
そうして暫く二人は踊っていた。
そのうちに夕方になり、あたりはうす暗くなってきた。
踊り終わった後、踊り場の横に設置してあるベンチに座った。ア
ゲハが蜜酒を持ってくると言って席をたち、サフィニアは幸せ一杯
で深呼吸をする。
アゲハがいてくれる事が、サフィニアにとって、とても嬉しい。
そんな感慨にふけっていると、急にサフィニアに声をかけてきた
男がいた。
﹁なんだ、お前、色っぽいな。ちょっと俺についてこいよ﹂
男は酔っていて、巨漢で酒臭く、背に翼があった。妖精⋮⋮か。
サフィニアを女と勘違いしているのか、それとも男だと知ってい
てそう言っているのか。
恐怖を感じたサフィニアは息をつめた。力ではとても叶いそうに
ない。
しかし今ここを動いたらアゲハとはぐれてしまう。
そう思うと動けなかった。
男はサフィニアの手を取ると、強引に人気のない小川の方へ引っ
張って行く。
それを視界にとらえたアゲハは、蜜酒を放り投げてサフィニアと
33
男の後を追った。
﹁待て!﹂
﹁ああ? なんだ、お前も綺麗な顔してんな。一緒に来るか? い
い思いさせてやるぜ﹂
男は下卑た笑いでアゲハを見下す。
﹁アゲハ!﹂
﹁くだらない事やってんじゃねえよ! サフィニアから手を離せ!﹂
アゲハが手刀で男の手首を打つと、サフィニアと手が離れる。
それを機にサフィニアはアゲハの後ろへと走った。
手首への手刀が効いたのか、男は手首を押さえて痛がったが、ア
ゲハに蹴りを入れてくる。それをかわし、顔に一発お見舞いする。
﹁今はこれだけで勘弁してやる。だからどこへでも帰れ!﹂
アゲハがそう言うと、男は悔しそうに去って行く。
アゲハはサフィニアの方へ向くと肩を軽く小突いた。
﹁あぶなっかしいな、サフィニアは﹂
﹁ご、ごめん⋮⋮﹂
﹁なんだ、震えてるのか⋮⋮?﹂
﹁大丈夫⋮⋮﹂
男のあまりの暴挙と、アゲハが助けてくれた安堵で、かたかたと
身体が震える。
それを感じたアゲハは、あの夜のようにサフィニアをぎゅっと抱
34
きしめてくれた。
﹁もう大丈夫だ﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁あんなのにつかまってんじゃねえよ﹂
﹁うん⋮⋮﹂
﹁もう帰ろう﹂
﹁うん⋮⋮﹂
泣きそうになりながら、アゲハに手をひかれ、サフィニアは自分
の家へと向かった。木々に覆われた静かな小道にホタルの光がふわ
ふわと舞う。
歩くうちに、さっきとは違う、﹃何か﹄が頭に流れてくる。
︱︱お前、色っぽいな、男のくせに
︱︱ここには女がいないから俺の相手をしろよ
︱︱こんな時間にこんな薄暗い川べりで水浴びしてるお前がいけな
いんだぜ
︱︱いやだ! 手を離せ! 俺の上からどけ!
︱︱だれも来やしないさ
︱︱だれか!
︱︱何くだらない事やってんだ
︱︱!
35
れっか
︱︱助けてくれてありがとう。貴方の名前は何て言うの
のどか
︱︱烈火。君の名前は?
︱︱長閑。
急に頭に流れてきた言葉たちに眩暈がする。
﹁れっか⋮⋮﹂
﹁え? サフィニア? どうしたんだ?﹂
手で顔を覆って苦しそうにしている彼をアゲハは気遣う。
アゲハの声を聞いたらすっと言葉は消えて行った。
﹁もうすぐ家だ。頑張って歩けよ﹂
﹁ああ﹂
夜は涼しいくらいの気持ちのいい気候だった。もともと精霊界は
寒くもなく、暑くもない。家につき、扉を開けて中に入る。
気分の悪そうなサフィニアをベッドへと寝かせ、アゲハもサフィ
ニアの隣に横になった。
どーんという大きな音が聞こえてくる。
寝台の横の窓から、大きな大輪の花火が見えた。
36
﹁アゲハ⋮⋮あれ、何の音?﹂
﹁花火。打ち上げ花火だよ。ここの窓から綺麗に見える﹂
﹁ああ⋮⋮そうか⋮⋮﹂
﹁ほら、また上がった。見てみなよ﹂
そう言ってもサフィニアは目を開けなかった。
あれは︱︱あの大きな音は﹃大砲﹄の音に似ている。
やめてくれ。
どーん、という大きな音がサフィニアを苦しめる。
そんな彼の手を握り、アゲハはサフィニアと頭をくっつけた。
彼の様子をうかがいつつアゲハも眠りについた。
☆☆☆
その国はジパングと言った。たび重なる内戦を繰り返し、男は領
のどか
主の息子から農民まで、戦争に駆り出されていった。
長閑は衛生兵だった。
身体が細すぎて闘いにはっきりと向いていない事が分かった上官
が、長閑を後方へ押してくれたのだ。
そのおかげでいままで生きてこられた、と思っている。
ある日、彼は水を浴びたくて、近くを流れている山の中の川へと
向かった。
暑い日で、さっぱりしたかったのだ。しかし、長閑は男にしては
色っぽい一面があり、それは同じ男でも情欲を掻きたてるものだっ
た。ここは戦場で、女がいない。それは長閑の身の危険もあらわし
ていた。
37
それを自覚していた長閑は皆が水浴びをしているもっと奥の、暗
い場所まできたのだ。暗いがホタルがふわふわと舞って、幻想的な
山の中の川辺だった。
しかし、それがあだになった。
長閑が服を脱いでゆっくりと水につかっていたところに、体格の
いい男が現れたのだ。
﹁お前、色っぽいな、男のくせに﹂
その男は長閑の身体をねめあげ、口元だけで笑った。
﹁ここには女がいないから俺の相手をしろよ﹂
そう言うと、川へ入って嫌がる長閑を川べりまで引き連れて、押
し倒した。
﹁こんな時間にこんな薄暗い川べりで水浴びしてるお前がいけない
んだぜ﹂
身体に舌を這わしてくる。
あまりの嫌悪と初めて男にされている行為に長閑は必至になって
抵抗した。
﹁いやだ! 手を離せ! 俺の上からどけ!﹂
﹁だれも来やしないさ﹂
そう、誰もこないようなところを選んだのは他ならぬ長閑だ。
38
﹁だれか!﹂
長閑は必至で助けを呼んだ。だれか、助けてくれる人を。
すると、その人は長閑と男の頭の上で、怒りまじりの声を上げた。
﹁何くだらない事やってんだ﹂
﹁!﹂
天が味方してくれたのだと思った。
その人は身体は小さいが、長閑と違って闘う身体をしていた。
着崩した着物の上半身が裸だったので、胸や腕に裂傷の痕がある
のが見えた。 それはいままでも闘ってきた事を物語っていた。腰
帯には二振りの刀を差している。
長閑はわらにもすがる思いでその男に助けを求めた。
﹁助けてくれ!﹂
涙がでていたかもしれない。
なさけない。
でもこの男なら、自分を助けてくれると思った。
予想通り、その男は長閑の上に覆いかぶさっていた男を蹴りでぶ
ちのめしてくれた。男は悪態をついて長閑から去って行った。
長閑はすぐに服を着て、その男に礼を言った。
彼も割と綺麗な顔をしている。均整の取れた、綺麗な戦う身体に、
その顔では やはり襲われるのを避けて、ここまで来たのだろう。
ホタルがふわふわと舞っている。
れっか
﹁助けてくれてありがとう。貴方の名前は何て言うの﹂
のどか
﹁烈火。君の名前は?﹂
﹁長閑﹂
39
﹁長閑? ずいぶんとゆるい名前なんだな。だからそんなに細くて
頼りないんだ﹂
﹁そういう貴方は名前のとおり、火のように強いな﹂
﹁褒めても何もでないよ﹂
烈火は笑って水浴びを始めた。
﹁今度水浴びをしたいなら、もっと奥へ行くといいよ﹂
﹁ああ。助けてくれて本当にありがとう﹂
﹁ああ﹂
☆☆☆
長い夢を見ていた気がする。
サフィニアは一度目を覚まして、目の前にいるアゲハが烈火と同
じ顔をしている事に気付いた。
︱︱ああ、良かった、烈火はここにいる
その安心感からまた眠りについた。
☆☆☆
昨日よりももっと奥の川辺に来て、水浴びをしようと思った長閑
は、また烈火がいるのではないかと期待した。
烈火︱︱本当に激しい火のように強い人。
もう一度逢いたい。逢ってお礼がしたい、と思った。
長閑は農家の子だった。年は18。木彫り細工が趣味で時間があ
40
るとよく仏様などを彫っていた。父も木彫り細工がうまく、長閑は
父から良く教えてもらっていたのだ。
長閑は川辺を覆う、木々の中から適当な木片を拾うと、それをナ
イフで削って仏様の顔を彫った御守りを作った。
また会えたら、それを烈火に渡したかった。
川の奥へ入って行くと、ホタルが舞っている。そしてやはり烈火
はいた。
﹁烈火﹂
にっこりと笑顔を向ける長閑に烈火も笑顔で返した。
﹁昨日は有難う。だから、お礼を持ってきた﹂
﹁お礼? そんなものいらないけど。くれるっていうんなら、もら
っておく。何? たべもの?﹂
﹁いや、御守りだ﹂
食べ物の方が良かったか、と思って、失敗した、と長閑は思った。
実際、戦闘員はよく腹をすかしている。
動く分、腹がすくのだろう。
長閑は御守りを川から上がった烈火に渡した。
﹁へえ。これ長閑が作ったのか?﹂
烈火はその親指ほどの大きさの仏様を見て、感心した。
﹁よく出来てる。闘いに行く前は、この仏様に手を合わせてから行
41
くことにするよ。首にかけとく﹂
﹁ああ。良かった、喜んでくれて﹂
﹁なあ、長閑? オレの故郷では人は死んだら蝶になるという。蝶
になって大事な人のところへ戻ってくるんだ。オレが死んだら長閑
のところにも行くよ。だから蝶を見たらよろしくな﹂
﹁縁起でもない事、いうなよ﹂
﹁でも実際、ここは戦場だ。もしも、はある﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁なに、オレは簡単には死なないよ。その為に鍛えられた身体だか
ら﹂
﹁鍛えられた⋮⋮?﹂
﹁オレの家は領主だ。戦争が始まらなくても盗賊やらから土地を守
らなくてはいけない。その為に家で鍛えられたんだ﹂
烈火は二コリと笑った。
☆☆☆
︱︱そうだ、烈火は蝶になって俺の元にも来るって言ってた
︱︱でもまだ思い出してない大事な事があるような気がする
サフィニアは目を開けた。
﹁烈火。︱︱アゲハ。少し、貴方の事、思い出したよ﹂
大事な大事な思い出。それは精霊界に来る前のアゲハとサフィニ
アの思い出だった。
しかし烈火へのその思いはサフィニアの胸の奥をぎゅっと絞るよ
うな痛みを伴うのだ。
42
まだ思い出していない部分が、怖い。
でも。
﹁貴方は本当に約束を守って俺のところへ来てくれたんだね﹂
それが、胸がこそばゆくなるほど、嬉しかった。
サフィニアはアゲハの額に優しい口づけを落とした。
43
6 精霊王
﹁おはよう﹂
朝起きたサフィニアがアゲハの顔を見ると、アゲハはサフィニア
を見てひとことつぶやいた。
のどか
﹁長閑?﹂
﹁ああ﹂
サフィニアは笑顔で返す。
﹁アゲハも俺と同じ夢を見てたのか?﹂
﹁なんか戦争してる夢みてた﹂
寝ぼけまなこで目をこする。
﹁嫌な夢だった。オレ、サフィニアと同じ夢をみていたのか⋮⋮﹂
﹁精霊界では良くある事みたいだ。本当に嫌な夢だったな。でも俺
はアゲハの事を知る事が出来て少し嬉しい﹂
﹁でも⋮⋮﹂
サフィニアは朝食の蜜を湯でといたものを用意して、ベッドのア
ゲハへ持って行ってやる。
﹁なあ、アゲハ。やっぱり俺たち、精霊王のところへ行った方がい
いような気がしてきた﹂
﹁サフィニア⋮⋮﹂
44
﹁なんだか記憶と現実がごちゃごちゃしてて、頭がこんがらがりそ
うだ。精霊王ならきっと何もかも知ってるだろう?﹂
﹁ああ⋮⋮そうだな﹂
精霊王の城は妖精街から半日ちょっと歩いたところにある。
ここからは正味一日。
朝でて夜つくという距離だ。
﹁今から行こう。水筒に蜜酒を入れて精霊王の元に﹂
アゲハとサフィニアはそれぞれの水筒に蜜酒を入れると、上着を
羽織り城へと急いだ。
道中変わった事もなく、昼ごろには妖精街で休憩して蜜酒を飲み、
それからまた歩いた。
へとへとになって精霊王の白亜の城に着いた頃には、もう日は傾
いていた。
﹁精霊王は逢って下さるかな﹂
﹁さあ。でもせっかくここまで来たんだ。行こう﹂
サフィニアの強い意思でアゲハはサフィニアの後に着いて行く。
門番に取り次ぎを頼むと、すぐに城の者がでてきた。
﹁精霊王はずっとお待ちになっていました。こちらへ﹂
何か見透かされたような言い方で、サフィニアとアゲハは謁見室
へと通された。
そこには精霊王が玉座に座っている。美しい人だった。
45
その前でアゲハとサフィニアは膝を折り、最敬礼の礼を一度した。
精霊王の銀色の長髪は床まで伸び、緑色のゆったりとしたドレス
を着ていた。 花の冠を付けて礼をしているサフィニアとアゲハを
見た。
﹁よく来ましたね﹂
﹁あなたが精霊王ですか?﹂
﹁そうです﹂
鈴を転がすような声だった。
﹁アゲハ⋮⋮貴方はサフィニアとやっと出会えたというのに、彼の
事を忘れてしまっているのですね﹂
悲しそうに精霊王は言った。
﹁オレの事を知っているんですか? それにサフィニアの事も﹂
﹁知っています。そもそもアゲハ蝶だったアゲハをサフィニアの元
へ導いたのは私です。アゲハ、貴方は本来精霊としてここへ来るは
のどか
ずだったのが、貴方の意思と故郷の神の力で蝶に一度生まれ変わり
ました。長閑だったサフィニアは無事、精霊界で魂を癒していたと
いうのに﹂
アゲハはその話に聞き入った。
﹁だから蝶であるアゲハに精霊界へ来るように、私は言いました。
貴方の探している長閑はサフィニアとして精霊界にいると。そして
そこで転生を待っていると。サフィニアの魂の片割れはアゲハ、貴
方です。貴方と一緒に転生しなければサフィニアはいつまでたって
も転生できない。だからわたしは貴方を呼んだ。そして確信を持た
46
せるために初めに幻影の身体を与えて、サフィニアに逢わせました﹂
﹁でもアゲハは蝶の姿で死んでしまった⋮⋮﹂
サフィニアが言った。
﹁そうです。そして精霊としてまた生まれ変わった。だからか、す
べての記憶を失くしたようです。魂の片割れとしての役目も﹂
﹁精霊王、すべてを聞かせてくれませんか? 俺とアゲハのすべて
を。アゲハの事も、自分の事も、何も分からないまま転生なんてで
きません!﹂
精霊王は一つふかく息を吸った。
﹁いいでしょう。転生すればまた忘れてしまう、うたかたの記憶で
す﹂
精霊王はアゲハとサフィニアの前にくると、額を二本の指で押し
た。
﹁過去の記憶、すべてを思い出すがいい︱︱﹂
☆☆☆
戦局は芳しくなかった。兵への食糧さえ十分に行きわたらず、み
んな腹を減らしている。
れっか
顔は青白く、戦闘員たちも痩せて行った。
烈火もその一人で、いつも腹をすかせている。
しかし彼の場合は少し他よりもマシだった。
47
のどか
﹁烈火、またもってきたよ﹂
﹁長閑﹂
一度助けた彼、長閑が烈火の為に握り飯をもってきてくれるから
だ。
場所はいつもの川辺。ホタルがふわふわと飛んでいる。右に左に、
緑の光のおびを引いて、烈火と長閑たちのまわりを舞っている。
あれから二人は毎日のように会うようになった。
最初は仏様の御守りを貰った。
次からは長閑は握り飯をもってくるようになった。
握り飯につられた烈火はそれを目当てに毎日ここへ来るようにな
ったのだ。
二人は川辺に座り、長閑は烈火に握り飯を渡した。
烈火は握り飯をもらうと、もりもりとあっという間に食べた。
﹁いつも悪いな﹂
﹁いいんだ。俺、烈火には力をつけてほしいし﹂
戦場で死んでほしくない。
その為に長閑は自分の分の食事を半分にして烈火に握り飯を作っ
て毎日渡した。
烈火はそんなことは知らず、どこかで余っているだろう分を持っ
てきてくれていると思った。
﹁明日、後方支援組も前線に出ると聞いた﹂
﹁あ⋮⋮うん﹂
﹁もうやけっぱちだな。全員で死ぬつもりか﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁前線に出たら、オレの傍から離れるな﹂
48
﹁⋮⋮え?﹂
﹁長閑が戦ったって先が知れる。ならオレについていた方がいい﹂
﹁でもっ。俺が足手まといになる⋮⋮!﹂
﹁死にたいのか?﹂
そこで烈火はまたにっこりと笑った。
﹁オレは闘う為に鍛えた。お前が前線に出るのに、その力を使わず
にお前を死なすのは嫌だ﹂
﹁烈火⋮⋮﹂
﹁ああ、でも最期に女でも抱いてから死にたかったな﹂
烈火は明るく冗談でそう言った。
長閑がそれを聞いて、烈火を見る。
﹁俺じゃ、だめ? やっぱりいや?﹂
少し赤くなって烈火に言うその姿は、秘密にしていた想いを告白
するような様子だった。
烈火は長閑の髪に手を入れて顔を近づけると、唇に口づけをする。
﹁オレがこうしても嫌じゃないか?﹂
長閑は頷いた。
﹁嬉しい⋮⋮﹂
﹁っ⋮⋮本当は、長閑が欲しかったんだっ⋮⋮!﹂
烈火は長閑を押し倒して、激しくついばむように口付けをした。
好きで好きでどうしようもない。
49
お互いに着ているものを脱がせ合い、何度も口付けをし合う。
すべて身体を覆う物がなくなると、烈火は長閑の身体に大事に口
づけを落として行った。
﹁オレ、男とやるのは初めてだから、上手く出来ないかもしれない﹂
﹁それでもいい。痛くしてもかまわないから⋮⋮!﹂
﹁でも⋮⋮﹂
﹁一緒になりたいんだ、一つになりたい﹂
お互いの身体を口づけで埋めていく。
相手の皮膚の皮一枚でも邪魔だ。
一つになって溶けあってしまいたい。
そうできたら、どんなに幸せだろうか。
烈火がたどたどしく長閑の後ろを暴いて行く。
そして十分に屹立したものを長閑の後ろへあてた。
﹁挿れるよ﹂
長閑は首をうなずかせる。
あかし
ゆっくりと挿入されていくものが、腹を圧迫していく。
﹁くっ⋮﹂
全身を痛みが通り抜けて行く。
と
でもこれが烈火の身体が自分に入っている証なのだ。
﹁だめだ、もう止まらない⋮⋮﹂
烈火は長閑の中で激しく動き出した。
50
もともと長い期間の禁欲生活をしていた所に与えられた快楽は、
烈火の脳を焼き切った。
強く何度も突いてしまう。
長閑はあまりの痛みに涙がぼろぼろと出た。
だけど、幸せだった。
もう、自分たちはどんなに想いあっていても身体をつなげる事は
ないだろう。
なら、その痛みさえ覚えていたい。身体とこころに烈火を刻みつ
けるのだ。
烈火は長閑の中をさらに強く突きあげて、欲望を弾けさせた。
川で水あびをしながら二人は体を洗っていた。
﹁長閑はイってないんだな⋮⋮﹂
何か不満そうな顔で烈火は長閑を見た。
﹁いいんだ、俺は。烈火が気持ち良くなってくれれば﹂
﹁でも﹂
﹁じゃあ、もう一度、口づけをして﹂
﹁それでいいのか?﹂
﹁ああ。それがいい﹂
二人はまた深く唇を重ねた。
﹁前にオレの故郷では人は死ぬと蝶になるって話した事があったよ
な﹂
﹁うん﹂
51
﹁オレは一番に長閑の所へ逢いに行くよ﹂
﹁⋮⋮烈火は死なないんだろう? 俺を守ってくれるんだろう?﹂
﹁⋮⋮ああ、そうだったな﹂
二人は悲しく、幸せそうに、笑いあった。
明日は戦いだ。
それも、もう、戻ることができない戦いだった。
来なくていい朝がやってきた。
一緒に横になっていた烈火と長閑は、身体を離し兵舎へ向かう。
そこでは兵たちが整列して戦地へと行進していた。
烈火は腰に下げた二振りの刀のうちの一振りを長閑に渡し、整列
に加わる。
﹁オレの傍を離れるなよ。それと出来るだけ、自分の身は自分で守
れ﹂
﹁分かった﹂
隊列のうしろへ加わって歩き出す。
死地へ。
平原を挟んで両軍は向きあった。
槍や刀を持った兵の後ろに弓兵が控えている。
とき
烈火たちは前線だった。
鬨の声があがると、一斉に兵が走り寄ってくる。
52
﹁刀を抜け! 長閑!﹂
﹁わ、分かった!﹂
長閑は刀を抜いた。
ひるがえ
ほ
烈火も鞘を捨てて敵を迎え撃つ。
右へ左へ、刀を翻し、敵を屠ふる。
長閑は刀を抜いても烈火の後を追うしか出来なかった。
充満する血の匂い。
殺し合う、人々。
どーんという大砲の音がひっきりなしに聞こえる。
槍で腹を刺されている者もいれば、矢で目を射抜かれている者も
いる。
足がすくむ。
それらしく刀をにぎっている事しか、できない。
﹁危ない! 長閑!﹂
烈火が長閑に切りかかろうとした敵を屠ふった。
倒れた長閑を手を伸ばして助け起こす。
﹁しっかりしろ﹂
その拍子だった。
烈火の背中の中央に、矢が刺さったのだ。
彼は一瞬何が起こったのか、分からなかった。
自分が矢に射られた事を理解したのは背中から貫通して、前へ出
ている血にまみれた矢じりをみたからだ。
﹁烈火!﹂
53
﹁長閑、もう、いい、逃げろ⋮⋮﹂
﹁れっか!!﹂
てのひら
﹁ここで逃げても、誰もお前を責めない。お前だとは分からない﹂
﹁い、嫌だ、烈火を置いてなんて!﹂
烈火は膝をついて血を吐いた。
そんな彼を長閑も膝をついて強く抱きしめる。
死んでほしくない。烈火の命が抱きしめている掌から、どんどん
こぼれおちていくような錯覚におちいった。
烈火はかすかな声で長閑の耳元で何かつぶやいた。
﹁と、ちょ⋮て⋮も⋮﹂
﹁烈火! しゃべっちゃ駄目だ! きっと治るから!﹂
﹁きっと⋮⋮蝶になって⋮⋮君の⋮元に⋮⋮﹂
﹁烈火!!﹂
ドスっと鈍い音がした、と思った。
烈火の身体が激しく痙攣し、同時に長閑も同じように息が詰まっ
た。
﹁な、に⋮⋮﹂
長閑の口からも血があふれる。
つらぬ
大柄な男が長閑の前に立っている。
敵の長槍で、二人はまとめて胸を貫かれていた。
そのまま抱きしめ合って、二人はこの世から去ったのだ。
54
7 最終話 転生
サフィニアは涙が止まらなかった。
アゲハも同様で、二人は無言で精霊王の前で涙を流した。
﹁この城で暫く休みなさい﹂
使いの妖精に強引に精霊王の前から立たされ、ベッドのある一室
へと移された。
ベッドは二つあったので、二人は別々に横になって記憶の衝撃を
心から流していた。
暫くして、落ち着いた二人は無言で水筒に入っている蜜酒を飲ん
で、また寝た。
翌日、また精霊王から呼び出されたアゲハとサフィニアは、最敬
礼で王を迎え、ひざまずいた。
﹁昨日は衝撃が大きかったと思います﹂
玉座に座る精霊王は言った。
﹁しかし、転生の準備は出来ました。後は時期を見て転生するのが
いいと思います﹂
そういう精霊王にアゲハは言った。
﹁精霊王、サフィニアは大きなショックを受けています。暫く時間
をもらえないでしょうか﹂
55
﹁ええ、いいですよ。貴方達のこころは良く分かります。暫く精霊
界で休息するのがいいでしょう﹂
サフィニアとアゲハはまた来た道を戻って家へと向かった。
蜜酒はまだあったので、それをまた妖精街で飲んで、夕刻には家
につく。
疲れきってベッドへ横になったサフィニアはアゲハに言った。
﹁転生なんて嫌だ。せっかくアゲハと逢えたのに﹂
﹁まだ時間はあるよ。それまでゆっくりしてればいい﹂
そう言って覆いかぶさるようにサフィニアに口づけをする。
﹁やっぱりサフィニアは甘い﹂
アゲハは甘い声でサフィニアの耳元で囁いた。
﹁蜜ばっかり飲んでるからかな﹂
サフィニアはくすりと笑う。
﹁そうかもね﹂
そしてそれを味わうように、アゲハはくちゅっと唇をはんだ。
﹁あ⋮﹂
﹁ねえ、今抱いていい? 今すごくサフィニアが欲しい﹂
56
﹁⋮⋮うん﹂
サフィニアはアゲハの肩に手をまわした。
唇から喉へ、喉から胸へ、口づけが下りて行く。
したた
また、アゲハとの最初の夜のように、アゲハの細い指がサフィニ
アのものに絡みつく。
それだけで、つっと先走りが滴った。
それを見たアゲハが満足気にそのものを撫であげる。
﹁精霊は感じやすいから、サフィニアも今、凄く感じてるね﹂
﹁言わないで⋮⋮!﹂
真っ赤になりながら、羞恥で顔を手で覆う。
﹁顔もちゃんと見せて﹂
﹁いやだ、恥ずかしい⋮⋮﹂
﹁それじゃ、口づけが出来ない﹂
アゲハはわざとサフィニアの手をどかす為に顔を近づけた。サフ
ィニアは素直に手をどかし、アゲハの口づけに応じる。
少し後ろをほぐして、後へとアゲハをあてがうと、アゲハはゆっ
くりとサフィニアを気遣うように入ってきた。
﹁あっ、はぁ⋮あ、ん﹂
サフィニアの感じている色っぽい声が上がる。
サフィニアのものも屹立している。
烈火だった時、長閑を痛いだけの行為で終わらせてしまった事を
悔やんでいたアゲハは、サフィニアの感じるように、動いてやった。
57
もともと感じる体質の精霊の身でのその行為に、サフィニアは堪
らなくなる。
手を握り合って、腰を動かす。
激しくアゲハを求め、何度も達した。
﹁もう、だめ⋮⋮﹂
息をきらし、アゲハに懇願するように顔を見上げると、アゲハは
サフィニアを突き上げた。サフィニアは自分の身体の奥でアゲハが
達したのを感じた。
そして行為が終わった二人は、満足気にベッドへ身体を投げ出し
た。
﹁アゲハ⋮⋮大好き﹂
サフィニアはアゲハの指に口づけをする。
﹁オレも好き、サフィニア﹂
アゲハはサフィニアの手の甲に口づけを返す。
そして二人は眠りについた。
それから、二人は妖精街で取引するジャムを作る為に野いちごを
採りに行ったり、蜜酒を仕込んだり、妖精街に蜜を買いに行ったり
して、時をすごした。
夜には愛し合い、幸せな時が続いて行くとサフィニアは思ってい
た。
精霊界でどれくらい時間がたっただろうか。
58
ビーズは、もうとっくにサイと転生していた。
ある日、アゲハが切り出した。
﹁もうそろそろ転生するように、精霊王から連絡が来た﹂
﹁ああ⋮⋮﹂
とうとう、その時がやってきた、とサフィニアは思った。
本当はここでの生活に想い残すことは沢山ある。
何よりアゲハと離れてしまいたくなかった。
﹁オレは転生の導き手としてサフィニアを精霊王の所に連れて行か
なくちゃならない﹂
﹁ああ﹂
サフィニアは自分で思っていたよりも冷静だった。
﹁思い出はたくさん作れたよ。アゲハと一緒に蜜酒を作ったり、妖
精街で踊ったり、暴漢から助けてもらったり。一緒に野いちごも摘
んだし、ジャムも作った。そして来世でもまた逢えるんでしょう?﹂
﹁ああ。逢える。つがいとして。何年後かはわからないけれど、ま
た必ず逢って、愛し合える﹂
﹁今度は人間の身体だから痛いかもね﹂
﹁そうかもな﹂
二人は自然と微笑みあった。
精霊王の白亜の城へ行き、また王と謁見する。
59
﹁準備はできましたか?﹂
精霊王は優しく聞いた。
﹃はい﹄
二人は声をそろえて答えた。
﹁一緒に転生すると言っても若干の時差があります。同じ時期には
生まれないかもしれません。しかし、必ず貴方たちは出会って、惹
かれあうでしょう﹂
精霊王の前に花のアーチが現れた。アーチの先は虹色に光ってい
る。
﹁このアーチをくぐって行きなさい﹂
アゲハはサフィニアの顔を見て、ひとつ頷く。
サフィニアもアゲハの顔を見て頷いた。二人は手を握り合って、
そのアーチをくぐって行った。
何年後になるかわからないけれど。
二人はまためぐりあう。
そして惹かれあって、つがいになる。
一緒に笑って、けんかして、仲直りして、愛し合って。
60
ある日、戦争の終わったジパングの東の果てで一人の子が生まれ
た。
その二年後、やはりジパングの西の果てで、一人の子が生まれる。
どんなに遠く離れていても、二人は必ず出会う。そう約束されて
いる。
めぐりあい出会ったら。
きっとまた、たくさんの口づけをきみにあげよう。
END
61
7 最終話 転生︵後書き︶
ここまでこの話に付き合って下さった方、有難うございます。
この話はロマンティックをテーマに書きました。
約束された、つがいって私的になんだかロマンがあるのです。
この話にお付き合いくださって有難うございました。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n9796cv/
蝶は蜜を吸う
2016年8月26日15時47分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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