Comments
Description
Transcript
KTa1-xNbxO3結晶におけるKerr効果と空間 電荷制御電気伝導
電気光学結晶KTa1-xNbx03の結晶育成技術とデバイス応用 タンタル酸ニオブ酸カリウム 光ビームスキャン 空間電荷制御電気伝導 KTa1-xNbxO3結晶におけるKerr効果と空間 電荷制御電気伝導による光ビームスキャナ 電気光学結晶KTN(KTa1-xNbxO3)において,広角かつ低電圧の光ビームス キャン現象を見出しました.この偏向現象の物理機構を検討した結果, 「空 なかむら 間電荷制御EO効果」と我々が名付けた新しい効果に基づくことが明らかに 中村 孝一郎 /佐々木 雄三 こういちろう さ さ き ゆうぞう なりました.本稿ではKTN結晶を用いた空間電荷制御EO効果とその動作を NTTフォトニクス研究所 紹介します. れ,ビームが結晶内を伝搬するにつれ (KTa 1-x Nb x O 3 ︰KTN)結晶を用いた て累積的に偏向します.Fowlerらは, 新しい原理に基づく広角かつ低電圧動 光ビームスキャナは,光のもっとも KH 2 PO 4 結晶に四重極構成の電極を 作の光偏向現象について紹介します. 基本的な性質の1つである進行方向を 配置し,結晶内の電界強度に傾斜を 制御する素子であり,プリンティング, 生じさせることによって光ビーム偏向 ディスプレイ,イメージング,センシン が可能であることを報告しています(4). KTN結晶を用いて新たに発見した グ,光通信などのさまざまな分野で利 しかしながら応用上の観点からEO偏 ビーム偏向の実験系を図1に示します. 用されています.光ビームスキャナの 向器をみると,前述の利点にもかかわ KTN結晶の組成比はx∼0.4であり, うち,電気光学(EO)偏向器は,ポ らず,実用的な偏向角を得るために必 この組成での相転移温度 T C は約35℃ リゴンミラー, ガルバノミラー, 要な電圧がkVオーダーに及び,他の です.KTN結晶はT C 近傍で大きなEO MEMSミラー,音響光学(AO)偏 技術ほど実用に供されていないのが現 効果を示すので,以降の実験での結晶 向器などと比べて,高速応答やアナロ 状です. 温度は40℃に保っています.この温度 光ビームスキャナの現状 KTN結晶による光偏向 グ・デジタルスキャンのいずれも可能 本稿では,上述のEO偏向器が抱 といった利点を有しています.EO偏向 える課題を解決できる可能性を有す 発現するEO効果は二次の電気光学効 器は,ビームの断面にわたって線形な る, タンタル酸 ニオブ酸 カリウム 果であるKerr効果です.結晶の形状 では,KTN結晶は常誘電体であり, 位相変化を与えることで光波を偏向さ せています.これまで線形な位相変化 を与える方法としては,EO結晶の形 状(1),電極パターン(2),もしくはEO ヘリウム・ネオンレーザ 波長 633 nm 直線偏向 陽極 電圧源 結晶の強誘電ドメインの形状 (3)のい ずれかをプリズム形状に加工する方法 陰極 が一般的に用いられてきました.この 位相変化量をEO効果によって変化さ KTNスキャナ せることで偏向角を制御することが可 能です.一方で,何らかの方法により 電極間の電界を傾斜させ,ビームの断 面にわたって線形な位相変化を与える ことも可能です.この場合,EO効果 で線形な傾斜の屈折率変化が誘起さ 56 NTT技術ジャーナル 2007.12 6 mm 図1 KTN結晶による光偏向の実験系 ブロードバンド性の追求 ユビキタス性の追求 アジリティの追求 特 集 は図1内にあるように矩形で,長さ6.0 んでした.つまりいずれの仮説も本偏 はありませんでした.このようなさまざ mm,厚さ0.5 mmです.この結晶の 向現象を説明できるものではありませ まな検討の後に偏向現象の物理機構を 上下面に電極長(相互作用長)5.0 んでした.また,入射・出射面の研磨 説明する端緒を与えたのが,KTN結 mmのチタンの平行平板電極を配置し 角のずれによるプリズム効果の可能性 晶の電気伝導特性の測定でした. ました.光源はヘリウム・ネオン(He- も検討しましたが,研磨角のずれは KTN結晶の電流・電圧(I-V)特性 Ne)レーザ(波長633 nm)であり, 5mrad以下であり,±125 mradと を図3に示します.I-V特性は,40 V 偏光方向はKTN結晶に印加する電界 いう大きな偏向角を説明できるもので 近傍を境界として,それより低電圧側 と同じ方向としています. K T N 結 晶 に印 加 した電 圧 と出 射 (mrad) ビームの偏向角の関係を図2に示しま 100 す.−250 Vから250 Vの印加電界に 対して,出射ビームは+125 mradか 50 ら−125 mradの範囲で偏向しました. これまでのE O 偏 向 器 の最 大 偏 向 角 は±127 mradです.これはLiTaO 3 結 偏 向 角 0 晶にプリズム形状の強誘電ドメインを −50 複数(10連)作製し,そこに±14 200 V/mmの電界を印加したもので,素子 長は15 mmと報告されています −100 (3) . −300 これに対して今回KTN結晶で観測し −200 −100 0 100 の印加電界と5.0 mmの相互作用長で 300(V) :実験結果 :理論曲線 印加電圧 た偏向現象では,わずか±500 V/mm 200 図2 偏向角の電圧依存性 ほぼ同じ大きさの偏向角が得られてい ます.さらにKTN結晶は単純な矩形 状の電極で動作するのも特徴です. この偏向現象を見出した当初は,そ (μA) 4 れが発生する原因として温度の不均一 な分布もしくは電極間の結晶の組成比 2 (Ta/Nb比)によってKerr定数が変 化し,Kerr効果の屈折率変化に傾斜 が生じているという仮説を考えました. 電 流 0 電極間の温度分布の可能性について は,結晶を十分な熱容量を持つ金属で −2 挟み温度の均一度を保ってもなお,偏 向現象が観測され,偏向角は同様で した.結晶の組成比の空間的な変動が 原因であれば,結晶の上下面を反転す ることによって偏向の方向も反転する −4 −200 −100 0 100 200 (V) 印加電圧 図3 チタン電極を有するKTN結晶の電流・電圧特性 はずですが,偏向の方向は変化しませ NTT技術ジャーナル 2007.12 57 電気光学結晶KTa1-xNbx03の結晶育成技術とデバイス応用 の線形な特性の領域と高電圧側の非線 定数の低下によるものです.以上のよ てEO偏向器とすることも可能ですが, 形な領域が観測されました.この特徴 うに,KTN結晶で観測された光偏向 今回の空間電荷制御EO効果を利用し 的な振る舞いに基づき,固体の空間電 現象は,Kerr効果と誘電体への電子 たKTNビームスキャナはさらに高効率 荷制御(空間電荷制限)電気伝導の 注入による空間電荷効果とを組み合わ な動作となっています.さらに,現在 理論解析を詳細に進めた結果,空間 せた理論で説明できることが分かりま レーザプリンタやコピー機においてス 電荷効果による偏向動作の解明に至り した.我々は,この空間電荷制限状態 キャナ素子として広く用いられている ました.空間電荷効果とは,結晶内部 で発現するEO効果を,「空間電荷制 可動ミラー(ポリゴンミラーやガルバ に注入された電子によって陽極から発 御モードEO効果」と呼ぶことを提唱 ノミラー)と比べると,可動ミラーの する電界が終端される効果であり,そ しています. 実用上の課題である素子サイズと動作 の重要な特徴として,電極間の電界が 不均一になるということが挙げられま 速度について,KTNビームは同程度の KTNビームスキャナの応用に向けて 偏向角を100倍と,いずれも2桁性能 向上することができるという驚異的な す.もう1つの重要な特徴は,線形か 今回の光偏向器は,従来のEO偏向 ら非線形に遷移するI-V特性が観測さ 器と比べて,低電圧かつ広角という利 ポテンシャルを有しています(6) (図5) . れることであり,空間電荷効果が生じ 点を有しており,産業面での応用が期 光ビームスキャナとしての実用上の ているとすれば,観測された光偏向現 待されます.図4は従来のEO偏向器 観点からは,解像点数も重要な性能指 象とI-V特性を整合性よく説明するこ との比較を印加電界に対しての偏向角 標です.本稿での実験では,解像点数 (1)∼(3) とができます.空間電荷制御電気伝導 で表しています の理論解析の詳細については参考文 ムを複数個利用する方式については, 角とビーム広がり角の比ですので,厚 に譲ります.空間電荷によって電 比較のため素子長を我々と同じ5 mm い結晶に大きなビーム径で集光した方 気伝導や電界分布が制御された空間電 としています.KTNビームスキャナは がよいことになります.このときには結 荷制御状態で,電圧Vが印加された際 従来のEOビームスキャナと比べて80 晶の光学的均一度が重要となり,これ の,結晶内の屈折率の空間分布は次 倍の効率を達成しました.KTN結晶 までのところ,1.0 mm厚のKTN結晶 式のようになります. を従来のようにプリズム形状に加工し で1 0 0 点程度を達成できる見通しが (5) 献 9 x V Δn(x)=−―n03sij ― ― 8 d d .LiTaO 3 プリズ はおおよそ20点です.解像点数は偏向 2 ( ° ) 12 KTNスキャナ ここでn 0 はKerr効果によって変化す る前の結晶の屈折率,d ,x はそれぞれ 結晶厚,陰極をx =0とする結晶厚さ方 向の位置です.屈折率分布がこのよう に与えられる場合の偏向角の理論値の 計算結果を図2に実線で示していま す.この結果は偏向角の2乗特性や, 9.6 効率 約80倍 ス キ 7.2 ャ ン 角 4.8 度 LiTaO3 multiprism 2.4 偏光角の符号の変化をよく再現してい ます. 屈 折 率 とK e r r 定 数 の値 には PLZT prism プリズム型 EOスキャナ KTN prism 0 n 0 = 2.2 , s ij =1.0×10 -14 m 2 /V 2 を用いま した.なお,電圧が±120Vを超える領 域で実験値が理論値に差が生じる理由 は,分極の飽和を原因とする電気光学 58 NTT技術ジャーナル 2007.12 0 5 10 電界強度 15 20 (kV/mm) 図4 従来のEO光ビームスキャナとの比較 特 集 ( ° ) 今回の成果: 広角・高速 KTNスキャナ 100 ス キ ャ ン 角 度 10 可動ミラー 界 限 能 性 の 術 技 来 従 超音波 MEMS スキャナ 広角 低速 音響光学 スキャナ 1 電圧 電気光学 スキャナ 狭角 高速 0.1 1 10 100 1 000 (μs) 応答速度 図5 各種の光ビームスキャナとの比較 立っています. 今後の展開 空間電荷制御モードEO効果は,EO 結晶への電子注入という新しい概念に 基づいており,我々が知る範囲では, このような動作モードは今回初めて見出 されました.その根底をなす物理には, EO結晶中の電気伝導機構や誘電体・ 電極界面の物理など興味深い現象を包 含しており,今後空間電荷制御モード EO効果の詳細な理論の構築,KTN結 晶の成長技術の向上,ビームスキャナ の動作特性の解析の研究を通じて,実 用化を進めていく計画です. ■参考文献 (1) F. S. Chen, J. E. Geusic, S. K. Kurtz, J. G. Skinner, and S. H. Wemple:“Light modulation and beam deflection with potassium tantalite- niobate crystal,”J. Appl. Phys., Vol.37, No.1, pp.388-398, Jan. 1966. (2) K. Nashimoto, S. Nakamura, T. Morikawa, H. Moriyama, M. Watanabe, and E. Osakabe: “Fabrication of electro-optic Pb(Zr,Ti)O 3 heterostructure waveguides on Nb-doped SrTiO3 by solid-phase epitaxy,”Appl. Phys. Lett., Vol. 74, No. 19, pp. 2761-2763, May 1999. (3) D. A Scrymgeour, Y. Barad, V. Gopalan, K. T. Gahagan, Q. Jia, T. E. Mitchell, and J. M. Robinson:“Large-angle electro-optic laser scanner on LiTaO 3 fabricated by in situ monitoring of ferroelectric-domain micropatterning, ”Appl. Opt., Vol.40, No.34, pp.6236-6241, Dec. 2001. (4) V. J. Fowler, C. F. Buhrer, and L. R. Bloom: “Electro-optic light beam deflector,” Proc. IEEE, Vol.52, No.2, pp.193-194, Feb. 1964. (5) K. Nakamura:“Optical Beam Scanner Using Kerr Effect and Space-charge-controlled Electrical Conduction in KTa1-xNbxO3 Crystal, ” NTT Technical Review, Vol.5, No.9, pp.1-8, 2006. (6)“Novel Beam Scanning Phenomenon Using KTN Crystal, ”NTT Technical Review, Vol.4, No.7, p.54, 2006. (左から)中村 孝一郎/ 佐々木 雄三 今回の新しい動作原理に基づいたKTNス キャナの実現によって,KTN結晶の応用分 野を光通信の枠を超えて,映像機器,プリ ンティングなどのさまざまな領域へと広げ, これまでにない光デバイスの実現に取り組 みます. ◆問い合わせ先 NTTフォトニクス研究所 先端光エレクトロニクス研究部 TEL 046-240-2886 FAX 046-240-4300 E-mail koichiro@aecl. ntt. co. jp NTT技術ジャーナル 2007.12 59