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術前診断した骨盤内神経 腫の1例 - 湘南外科グループ

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術前診断した骨盤内神経 腫の1例 - 湘南外科グループ
日臨外会誌
症
72(10)
,2730―2734,2011
例
術前診断した骨盤内神経
腫の1例
静岡徳洲会病院外科 , 原徳洲会病院外科 ,湘南厚木病院外科
佐 藤 雄 生
平 田 裕 久
村 山 弘 之
高 坂 佳 宏
篠 崎 伸 明
前 川 貢 一
症例は69歳,男性.肛門の違和感を自覚し,人間ドックを受診.PET-CT にて下部直
腸に近接した骨盤内腫瘍を指摘された.造影 CT 検査で直腸左側に位置し,境界明瞭で
内部は多房性で囊胞成
に富む50×45×45mm 大の腫瘍を確認した.超音波内視鏡下に
生検を行ったところ,神経
腫を第一に疑ったが,悪性を否定できないため腫瘍摘出術
を施行した.腫瘍は一部骨盤神経叢に癒着していたが,その他は鈍的に剥離可能であっ
た.病理学的には,変性型の神経 腫で,悪性所見は認めなかった.術後神経因性膀胱
を認めたが,投薬にて改善した.
索引用語:神経
緒
神経
腫,骨盤内腫瘍,生検
言
腹部 CT 検査所見:直腸左側,精囊腺の尾側を首座
腫は末梢神経の Schwann 細胞から発生する
に不 一な造影効果を認める辺縁明瞭なひょうたん型
腫瘍であり四肢,頭頸部に好発する.今回,われわれ
の腫瘤を認めた.内部は囊胞性
は比較的稀な下部直腸に近接した骨盤内神経
脂肪,出血は認めなかった(Fig.1)
.
験したため,若干の文献的
症
腫を経
察を加え報告する.
を思わせ,石灰化や
腹部 M RI 検査所見:内部は多房性で囊胞内容液は
例
ほぼ水と同程度の信号を示し,間質部
症例:69歳,男性.
は比較的よく
造影効果を受けた.
主訴:肛門の違和感.
PET-CT 検査所見:直腸左側の腫瘤は,辺縁優位に
既往歴:特記すべき事項なし.
MAX SUV 2.52の集積増強を認めた.その他に異常集
家族歴:特記すべき事項なし.
積は認めなかった(Fig.2)
.
現病歴:肛門の違和感が約1カ月間継続するため,
超音波内視鏡検査所見:長径60mm 大の境界明瞭な
人間ドックを受診し,PET-CT を行ったところ,骨盤
内腫瘍を指摘され,精査加療目的に当科紹介となった.
入院時現症:身長163cm,体重63kg,血圧146/84
mmHg,脈拍70/ ・整,体温37.0℃.全身状態は良好
で腹部は平坦,軟で圧痛や腫瘤は観察されなかった.
血液検査: 血を含めて特記すべき異常所見を認め
ず,腫瘍マーカー CEA,CA19-9は基準範囲内であっ
た.
腹部超音波検査所見:前立腺の後方,直腸の左側に
50×45×45mm の境界明瞭で不
一な低エコー腫瘤を
認めた.
2011年6月27日受付
Fig.1 Abdominal contrast-enhanced CT revealed a
mass near the left side of the rectum. There is a
cystic component in the mass, but no calcification,
adipose tissue, hemorrhage or infiltration to other
sites.
2011年8月9日採用
所属施設住所>
〒421-0193 静岡市駿河区下河原南11―1
252
10 号
術前診断した骨盤内神経
腫の1例
2731
Fig.2 Positron emission tomography-CT shows the verge of the tumor to
be greatly enhanced (M AX SUV 2.52).
列する Antoni A 型と細胞成 が粗で粘液腫状物質を
伴う Antoni B 型の混在を示した.核の 裂像に乏し
く,積極的に悪性を示唆する所見は認めなかった.免
疫染色では,Vimentin,S100蛋白が陽性であった(Fig.
.
3)
以上より,
神経 腫を疑わせる所見を呈していたが,
悪性を否定しきれず,さらには自覚症状が1カ月以上
持続していたことから,腫瘍摘出術を施行した.
手術所見:下腹部正中切開で開腹した.膀胱の直下
に表面平滑な腫瘤を確認し,一部骨盤内で直腸側方靱
Fig.3 Histopathological findings
Spindle cell proliferation with vague palisading and
another cystic lesion with flat covering epithelium
(Hematoxylin-eosin stain ×400).
帯基部と固着していたが鋭的に,その他の部 は鈍的
腫瘤で直腸,左精囊と接するが,境界を認めた.その
と Antoni B 型の混在を示し,核の異型, 裂像に乏し
他の臓器とは連続性は認めなか っ た.Fine-needle
くやはり良性の骨盤内神経 腫と診断した(Fig.4).
に剥離し摘出した.
摘出した標本は50×40×25mm 大,被膜に覆われて
おり,卵円形を示した.
病理組織学的所見:生検結果と同様に Antoni A 型
aspiration biopsyを施行した.
術後経過:術後経過は良好で,術後3日目に食事開
病理組織診結果:境界不明瞭な紡錘形細胞が密に配
始,術後19日目に退院となった.術後5日目に尿閉と
253
2732
日本臨床外科学会雑誌
72 巻
を示す囊胞成 が確認されており,MRI における多房
性囊胞内容液と比較的よく造影増強を受ける間質成
は,神経 腫に特徴的と言える.しかし,実際に特異
的な所見に乏しい臨床症状と画像診断だけでの確定診
断は困難であり,多くは後腹膜腫瘍との診断で手術が
行われ,摘出標本の組織検査で本症が明らかになる.
本症例では超音波内視鏡下で生検を施行しており,術
前に組織診断に至っている.本邦において医学中央雑
誌で1983年から2011年まで「骨盤内」
,
「神経 腫」の
項目で検索した結果,135例の報告があった.そして,
「生検」の項目を追加すると,13例が該当した.さら
に,術中診断を除くと,術前に確定診断に至った症例
は6例であり,それぞれに対して検討を行った
(Table
1).6例の平 年齢は56歳,男女比は5:1,臨床症
状は腹部腫瘤が最も多く,頻尿などの泌尿器症状も見
られた.いずれの症例も画像診断で腫瘍が認知され,
生検を行うことで診断に至り手術が施行されている.
しかし,骨盤深部の腫瘍に対する生検については,血
管や他臓器の副損傷の危険性や検体の不確実性も高
く,慎重に判断すべきである.実際に135例の骨盤内神
経 腫の報告がある中で,術前の質的診断に至ってい
Fig.4 Resected tumor
a) Intrapelvic mass lesion 5×4×2.5cm in size.
Histologically,the mass shows spindle cell proliferation (Antoni A) and a myxoid loose component
(Antoni B), accompanied by cystic degeneration.
No capsular invasion is seen. (Hematoxylin-eosin
a
stain b) ×400).
b
るものは6例であり,その困難さが伺える.腫瘍生検
は腫瘍播種,糞瘻などの合併症を引き起こす可能性も
あり否定的との意見もあるが,良悪性の判定,手術術
式の選択のために可能な限り行うべきだと える.本
腫瘍の治療は,被膜を含めた外科的摘出が原則であ
る .完全摘出を目指すあまり,周囲の神経を合併切除
することによる膀胱直腸障害,射精障害,勃起障害,
なったが,泌尿器科併診の後に塩化ベタネコール,塩
下肢の知覚障害といった症状を術後に認める症例も報
酸タムスロシンを処方され,改善が見られた.
告されており,神経はできるだけ温存し術後に神経障
察
神経
害を残さないことが肝要である
腫 Schwannoma は末梢神経 Schwann 細胞
.術前の生検で良
性と診断されれば,腫瘍と周囲組織の癒着が明らかで
から発生する腫瘍であり,頭頸部(44.9%)
,四肢
(32.6
あっても全摘出ではなく,核出術であったり,また,
%)
に好発するが,後腹膜発生は0.7-2.7%と比較的稀
症状がない限り手術を施行せず経過観察をする,とい
である
う選択肢もあると
.また,骨盤内に発生する神経
腫では症状
えられる.特に骨盤内に発生した
として特異的なものはほとんどなく,稀に発生に関与
神経 腫の場合,細胞診が困難なため,組織診断を得
する神経症状が出現するのみである.血液検査でも特
るには生検による病理診断が必要と える.良性神経
徴的な所見はない.診断には腹部超音波検査,CT,
腫の診断には,(1)腫瘍が被包されている,(2)神経
MRI などが有用とされており,部位や大きさ,内部構
と連続している,(3)Schwann 細胞のみで構成されて
造,周囲組織との関連が把握可能である .CT では,
いる,(4)Antoni A ないし B 領域をみる,(5)腫瘍細
内部不
胞に S100蛋白をみる,(6)間質に粘液多糖類をみない,
一で中心部が low densityの境界明瞭な多発
囊胞像を呈することが多い .M RI では,T1強調像で
(7)間質に Type Ⅲコラーゲンが多いことが目安にな
低∼中 信 号,T2強 調 像 で 高 信 号 を 呈 す る こ と が 多
り,以上を組み合わせて確定的とする .本症例では,
い
(3),(4),(5)の条件を満たし,核異型や 裂像を認め
.本症例でも,CT にて内部に不
一な造影増強
254
10 号
術前診断した骨盤内神経
腫の1例
2733
Table 1 Reported cases with intrapelvic tumors detected by preoperative biopsy
Author/year
Age/Sex
Suzuki/2010
Chief
complaint
Region
Examination
Procedure
Diagnosis
62/M
Hypogastric
mass
Left
side of
sigmoid
colon
Taniguchi/2007
64/M
None
Wada/2004
36/M
Yamada/2004
Transrectal
Extraction
Neurilemoma
None
Right
side of
rectum
Transrectal
Extraction
Neurofibroma
Abnormal
perception
Pollakiuria
In front
of
sacrum
Percutaneous
Enucleation
Neurilemoma
None
56/F
Hypogastric
mass
Left
side of
bladder
Percutaneous
Extraction
Neurilemoma
No record
Katuno/2002
56/M
Anal pain
Right
side of
rectum
Transrectal
Extraction
GIST
None
Takayama/1996
62/M
Hypogastric
mass
In front
of
sacrum
Transsacral
Enucleation
Neurilemoma
None
なかったものの,生検による微量な組織所見からは完
Sequela
Informed Consent が必要であると える.
全には悪性を否定しきれず,かつ自覚症状が長期に認
結
められていたことから手術を施行した.術野の制約上
語
術前に組織診断に至った骨盤内神経
確認できなかったが,腫瘍は直腸の側方靱帯基部付近
験したため,文献的
からの発生と えられ,腫瘍組織を一部鋭的に剥離し
腫の1例を経
察を加えて報告した.
文
献
たためと思われる術後神経因性膀胱を併発したが,臭
1) Das Gupta TK,Brasfield RD,Strong EW,et al:
化ジスチグミン,塩化ベタネコール,塩酸タムスロシ
Benign solitary schwannomas (neurilemomas).
ン投与にて改善を認めた.なお,術後の病理組織診断
Cancer 1969 ;24:355―366
では,上記条件のうち,(1),(2)をも確認したため,
良性の神経
2) Whitaker WG, Droulias C :Benign encapsulat-
腫と確定診断した.
医学中央雑誌で検索した135例の骨盤内神経
ed neurilemoma :a report of 76 cases. Am J
腫の
Surg 1976;42:675―678
中で,術後や腫瘍が発生したと思われる神経から生じ
3) 青木信一郎,河合雅彦,吉田明彦 他:腹腔神経叢
た合併症である排尿困難や尿閉などの尿路症状を認め
より発生したと思われる後腹膜神経
たという報告は確認できなかった.本症例で排尿困難
外科
腫の1例.
1997;59:1376―1378
を生じたのは,腫瘍を摘出するに伴い,発生母神経で
4) Hayasaka K, Yamada T, Saitoh Y, et al:CT
あった同神経を切離したためと推察されるが,術前に
evaluation of primary benign retroperitoneal
発生母神経の同定はできなかった.
約600例の後腹膜神
経
tumor. Radiat M ed 1994;12:115―120
腫の集計でも90%は発生母神経の同定はできず,
5) Cerofolini E,Landi A,DeSantis G,et al:M R of
極めて困難と えられる.
神経
benign peripheral nerve sheath tumors.
腫は神経原発の腫瘍であり,切除に伴い一定
J
Comput Assist Tomogr 1997;15:593―597
頻度で神経障害などの合併症を起こす可能性があるた
6) Kim SH, Choi BI, Han MC, et al:Retroper-
め,われわれは治療に際して,一般的な手術の注意事
itoneal neurilemoma :CT and M R findings.
項に加え術後に予想される神経障害に関しても十
AJR Am J Roentgenol 1992;159 :1023―1026
な
255
2734
日本臨床外科学会雑誌
7) 中尾
太郎,渋沢三喜,
井
渉 他:後腹膜神経
腫2例に見られた画像診断の特徴
心に.臨外
10) 成田
M RI を中
72 巻
洋,高橋広城,中村 司 他:大
発生した後腹膜神経
1993;48:1337―1340
11) 和田直樹,北原克教,沼田 篤 他:腫瘍核出術を
retroperitoneal tumors. Eur J Surg Oncol 1993;
施行した骨盤内神経
19 :637―640
50:821―824
9) 上田順彦,磯部芳彰,山元龍哉 他:骨盤内後腹膜
腫の1例.
臨外
腫 の 1 例.日 臨 外 会 誌
2000;61:2513―2518
8) Bensznyak I, Ronay P :Surgery of primary
に発生した神経
神経より
12) 螺良愛郎,上田
2002;57:691
腫の1例.泌紀
2004;
恵,佐々木正道:後腹膜に発生
した Ancient neurilemoma の1手術例.日赤医
―694
1985;37:199―203
A CASE OF INTRAPELVIC NEURILEM OM A DIAGNOSED PREOPERATIVELY
Yuki SATO , Hirohisa HIRATA , Hiroyuki MURAYAM A ,
Yoshihiro TAKASAKA , Nobuaki SHINOZAKI and Kouichi MAEKAWA
Department of Surgery, Sizuoka Tokushukai Hospital
Department of Surgery, Matsubara Tokushukai Hospital
Department of Surgery, Shonan Atsugi Hospital
A 69 -year-old man underwent health screening because of a sense of anal incongruity. Positron
emission tomography indicated an intrapelvic tumor near the rectum. Contrast-enhanced computed
tomography showed a 50×45×45mm-sized tumor with a clear border, containing a multilocular cyst,
near the left side of the rectum. Neurilemoma was preoperatively diagnosed by endoscopic ultrasoundguided fine needle aspiration biopsy. However, surgery was performed because we could not rule out
malignancy. A part of the tumor showed concrescence with a pelvic plexus,but we achieved decortication. Histopathological examination revealed spindle-shaped cells arranged in palisades. Based on these
findings, the tumor was diagnosed as a benign neurilemoma. Neurogenic bladder developed postoperatively but improved with medication.
Key words:neurilemoma,intrapelvic tumor,biopsy
256
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