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2007年2月増刊号 - 信金中金 地域・中小企業研究所
ISSN1346-9479 第 6 巻 第 3 号(通 巻 4 1 0 号) 2007.2 増刊号 特集「地域と金融」 増 刊 号発刊にあたって 座談 会 地 域 の自立と地域金融機関の役割 研究論文 北 海 道経済の貯蓄投資バランスと金融システム −財政トランスファーに依存した経済構造の現状と地域金融システムを巡るジレンマ− 信 用 金庫の経営と地域経済活動の関係について 大 阪 の経済と地域金融機関の役割 北 部 九州地域金融機関の合併・再編の動向 −信用金庫を中心にして− 「信金中金月報掲載論文」募集のお知らせ ○対象分野は、当研究所の研究分野でもある「地域」 「中小企業」 「協同組織」に関連する金融・ 経済分野とし、これら分野の研究の奨励を通じて、研究者の育成を図り、もって我が国におけ る当該分野の学術研究振興に寄与することを目的としています。 ○かかる目的を効果的に実現するため、本論文募集は、①懸賞論文と異なり、募集期限を設けな い随時募集として息の長い取り組みを目指していること、②要改善点を指摘し、加筆修正後の 再応募を認める場合があること、を特徴としています。 ○信金中金月報への応募論文の掲載可否は、編集委員会が委嘱する審査員の審査結果に基づき、 編集委員会が決定するという、いわゆるレフェリー制を採用しており、本月報に掲載された論 文は当研究所ホームページにも掲載することで、広く一般に公表する機会を設けております。 詳しくは、当研究所ホームページ(http://www.scbri.jp/)に掲載されている募集要項等をご 参照ください。 編集委員会 (敬称略、順不同) 委 員 長 堀内昭義 中央大学総合政策学部教授 副委員長 藤野次雄 横浜市立大学国際総合科学部長 委 員 筒井義郎 大阪大学社会経済研究所教授 委 員 濱田康行 北海道大学経済学部教授 委 員 吉野直行 慶應義塾大学経済学部教授 問い合わせ先 信金中央金庫総合研究所「信金中金月報掲載論文」募集事務局(担当:松崎、照沼) Tel : 03(3563)7541/Fax : 03 (3563)7551 2007年 2月増刊号 目次 特集「地域と金融」 増刊号発刊にあたって 第 1 部 第 2 部 藤野次雄 座談会 地域の自立と地域金融機関の役割 北九州市立大学 都市政策研究所教授 木村温人 大阪市立大学大学院 経営学研究科教授 清田 匡 小樽商科大学大学院 商学研究科助教授 齋藤一朗 愛知大学 経済学部助教授 打田委千弘 司会 ■ 信金中央金庫 総合研究所顧問 (横浜市立大学 国際総合科学部長) 藤野次雄 研究論文 北海道経済の貯蓄投資バランスと金融システム 6 齋藤一朗 22 信用金庫の経営と地域経済活動の関係について 家森信善 打田委千弘 38 大阪の経済と地域金融機関の役割 清田 匡 54 北部九州地域金融機関の合併・再編の動向 木村温人 66 −財政トランスファーに依存した経済構造の現状と地域金融システムを巡るジレンマ− −信用金庫を中心にして− 編集後記 2 82 個人名による掲載文のうち意見にわたる部分は執筆者個人の見解です。 投資・施策実施等についてはご自身の判断によってください。 増刊号発刊にあたって 信 金 中 央 金 庫 総合研究所顧問 藤野 次雄 第1部座談会の冒頭にあるように、昨年度、当研究所は家計と金融に関する研究の充実を図 ることを目的とし、また当該分野における学識者との関係強化をはかるという観点から、 「家 計と金融に関するワーキンググループ」を設置して、その成果を信金中金月報2006年3月増刊 号に発表した。 今年度は、その第2弾として、地域経済と地域金融機関の関わりや今後の課題に関する研究 の充実を図ることを目的として、2006年7月に「地域と金融に関するワーキンググループ」を 設置した。 さて、グローバル化や構造改革によって、地域で活動している中小企業、住民、地方自治体 は、大きな影響を受けており、地域金融機関、特に信用金庫の役割も大きな変革を迫られてい る。日本経済は、いざなぎ景気以来の長期回復局面にあると言われているが、首都圏、大都市 部が恩恵を受けているだけで、地方の回復は遅れ、逆に地域間格差は拡大してきているとの印 象を受ける。 本ワーキンググループでは、地域と地域金融機関との関係等について、ワーキンググループ の委員になっていただいた北海道、東海、近畿、北部九州各地域の大学の4人の先生方に、主 としてそれぞれの地域経済の現状と地域の実状に応じた地域金融機関の果たすべき役割につい て地域の自立という観点から分析いただき、その成果を第1部では座談会として、第2部では 論文という形式で発表いただいた。 各論文とも関連して、座談会で提起された注目すべき、ないし留意すべきポイントを4点に 集約すると、以下に整理できよう。 第1に、地域経済の現況として、北海道では、農産物と観光以外、道外に対して比較優位を 持つ産業が無く、移出基盤の面で脆弱性を抱えていて、これまで経済を支えてきたのは国から の財政トランスファーであったが、公共事業関連予算の削減によって、官公需を基軸とする 産業クラスターが衰退し、閉塞感が漂う中で、今後の方向性を懸命に模索しているとの指摘が なされた。次に、東海4県の景況感は、全国平均に比べても良い状況であるが、4県の中では、 愛知県とそれ以外の県で、さらに、愛知県の中でも名古屋市に、名古屋市の中での名古屋駅前 に一極集中して、格差が大きくなってきている。これまでは商業施設が市街地から郊外に移る のがトレンドであったが、中心市街地についてみると、中心部への集中が顕著になっていると、 信金中金月報 2007.2 増刊号 他の地域にも妥当する興味ある指摘がなされた。さらに、大阪は、今回の景気回復局面で、東 京や東海についで好調といわれており、大阪市は、大阪府や近畿地区の結節点となってきたが、 事業所数の減少で、この結節点としての機能が薄まっていることが懸念されると指摘された。 最後に、北部九州の産業は、従来の素材型から組立加工型に構造転換し、中国は競争相手とい うイメージから、中国に輸出して景気回復しているという共存共栄の関係が成立していると指 摘された。 第2に、中小企業については、各地域から以下の指摘がなされた。北部九州の例からは、現 在の中小企業は、ハード、ソフトの両面で他企業にない固有の資源、高い技術を蓄積している 必要があり、 そうでないと中国等との価格競争にさらされることになる。東海地域の例からは、 ある1つの産業が興るとき、欲しい技術を供給できる中小企業が多数存在し、技術の補完性と スピルオーバー(外部性によって他の生産要素や企業の生産性が上昇する)効果が発揮される 必要があり、その点で東海地域は他の地域に比べて相対的に優れている。また、高速道路等の 社会資本整備は、東海地域では中小企業にトヨタとの関連を強めさせ、大阪では空洞化を招い ている。北海道では、比較優位をもつ「食」や「観光」など7つの戦略分野に対し集中的な活 性化対策を施すとともに、経済への波及効果の高い自動車関連産業の育成を念頭に置いた産業 振興など、「官」依存の産業構造から脱却するための具体的な取り組みをまとめているととも に、中小企業が共同研究等で道内の大学と連携するような動きが出てきているとの指摘がなさ れた。 第3に、地方自治体については、地域を発展させていくうえで、地方自治体の役割は重要で あるが、地方財政が厳しく、補助金を活用した従来型の地域振興は難しくなっていると指摘さ れた。たとえば、北海道は、肝心な時に官にお金がなくなり、何もできないという状態である。 道をはじめとする地方自治体は、自身の財政運営のことで精一杯になってしまっていて、産業 振興にかかる企画の項目は並ぶが、予算がほとんど付かない状況になっている。いやがおうに も、民が自発的に動かないと、食べていけないという状況になっているとの指摘がなされた。 さらに、地方自治体の合併が急速に進み、さらにその先には道州制の導入が視野に入ってくる と、地方自治体の役割も変わってくる。また、行政単位のうち町村が消えて、広域化がどんど ん進んでいくと考えられる。ただ、道州制は逆に、中央政府から北海道が切り捨てられる手段 として使われるのではないかと、心配も指摘された。 第4に、地域金融機関について、地域経済が成長するために、 「地域密着型金融の機能強化の 推進に関するアクションプログラム」の中で、地域金融機関の地域貢献についてうたわれてい るが、地域金融機関は、どのようなことをすればよいのか議論された。 そこでの議論を整理すると、最初に、地域金融機関の機能・役割について、金を貸すだけな らノンバンクでもよく、地域金融機関は、債務者の財務内容、取引先、経営者の家族構成等ま であらゆる情報を持っていて、地域の情報を鳥瞰的に把握できる立場にあるので、他の産業と はまったく異なる。また、メインバンクの役割として情報生産活動があるが、やはり地域金融 機関が生き残る上で、情報生産活動への取組みが重要ではないかとの指摘があった。 次に、地域金融機関の動向について、地域金融機関は2極化していく、生活圏が拡大し、地 方自治体の合併によって行政圏も広がっていくので、当然、地域金融機関においても広域化が 進む。行政もバックアップしている。しかし、信用金庫も大きくなって地方銀行化していると いうようなことが言われているが、逆にコミュニティと共に生きていくことの大切さが、そろ そろわかってきた。ただ、できるだけ巨大化する方がよいという信用金庫もあって、その場合 はエリア制を導入し、権限を下におろして、地域に近いところで営業活動をしていくように工 夫している。また、金融機関について、昔でいう棲み分けというものがなくなってきている。 金融機関のイメージも、地域の産業を育てるというよりも短期的な収益を追求するような行動 が目立つようになってきた。金融機関の店舗の動きを統計でみても、都市銀行と地方銀行の出 店・統廃合の動きはとても速い。都市銀行は、地域が衰退したら閉店、移転することが簡単に できるが、信用金庫は地域から逃げることはできないので、地域活性化は、死活問題だと言っ ていたことが印象に残っていると指摘された。 さらに、地域金融機関の今後の役割として、地域金融機関が力を注いでいるという点では、 ビジネスマッチングが挙げられる。モノを売るためには、マーケットのニーズあるいはターゲ ットとする顧客の所在を知る必要があるが、各種の情報がクロスする金融機関が音頭をとって、 販路を拓こうとしている。金融機関にとっても、ビジネス情報の提供が商談の成立に結びつく ことで、地元の資金需要を掘り起こすことができる。その意味では、金融機関にとって「情報」 それ自体が商品になっている。また、その地域で成長した技術革新をうまく地域に内部化しな がら、その地域の利益として完了させるということを地域金融機関ができるのではないかと指 摘された。 最後に、一般に中小企業融資において、人を信用して貸すということは、昔も今も変わらな い。リスクが高いと考えられる業種でも、返済能力などを見極め、案件ごとに判断して貸出を 行っている。ただ、銀行も信用金庫も同じ尺度で融資先を区分する「金融検査マニュアル」の 導入に伴い、全般的にリスク管理が厳しくなった。また、地域を自立させていくために、金融 機関が地域情報をしっかり握って、その情報を基に起業家を育てていくことは、いつの時代で も重要だと議論された。 座談会では、地域経済の自立と地域金融機関の役割について、北海道、東海、近畿・大阪、 北部九州の最新動向を踏まえて論じたが、第2部では、これら論点の背景になる分析が各研究 者によって詳細になされているので、ぜひ一読いただきご意見・ご批判をいただければ幸いで ある。 最後に本ワーキンググループに参加いただき、活発な議論をいただいた研究者の皆様に感謝 の意を表したい。 信金中金月報 2007.2 増刊号 第 1 部 座談会 地域の自立と地域金融機関の役割 北九州市立大学 都市政策研究所教授 木村温人 大阪市立大学大学院 経営学研究科教授 清田 匡 小樽商科大学大学院 商学研究科助教授 齋藤一朗 愛知大学 経済学部助教授 打田委千弘 司会 信金中央金庫 総合研究所顧問 (横浜市立大学 国際総合科学部長) ■ 藤野次雄 座談会 地域の自立と地域金融機関の役割 北九州市立大学 都市政策研究所教授 木 村 温人 大阪市立大学大学院 経営学研究科教授 清 田 匡 小樽商科大学大学院 商学研究科助教授 齋 藤 一朗 愛知大学 経済学部助教授 打田 委千弘 司会 信金中央金庫 総合研究所顧問 藤 ■ 野 次雄 (横浜市立大学 国際総合科学部長) (順不同・敬称略) ■座談会の趣旨 に信用金庫の役割も大きな変革を迫られてい ます。日本経済は、いざなぎ景気以来の長期 藤野:昨年度、当研究所における家計と金融 回復局面にあると言われていますが、 首都圏、 に関する研究の充実を図ることを目的とし 大都市部が恩恵を受けているだけで、地方の て、当該分野における学識者との関係強化を 回復は遅れ、地域間格差は拡大していると言 はかるという観点から、 「家計と金融に関す われています。 るワーキンググループ」を設置し、その成果 本座談会では、地域と地域金融機関との関 を信金中金月報2006年3月増刊号に発表しま 係等について、ワーキンググループの構成員 した。 になっていただいた北海道、東海、近畿、北 今年度は、その第2弾として、地域経済と 部九州各地域の大学の4人の先生方に、それ 地域金融機関の関わりや今後の課題に関する ぞれの地域経済の現状と地域の実状に応じた 研究の充実を図ることを目的として、2006 地域金融機関の果たすべき役割について、お 年7月に「地域と金融に関するワーキンググ 話しいただきたいと思います。まず、北海道 ループ」を設置しました。 の小樽商科大学の齋藤先生、お願いします。 グローバル化や構造改革によって、地域で 活動している中小企業、住民、地方自治体は、 大きな影響を受けており、地域金融機関、特 信金中金月報 2007.2 増刊号 ■各地域の経済概況 齋藤:北海道の景況を語ると、5秒で終わっ てしまいます(笑) 。とにかく悪い。全国的に う状況がみられます。北海道では札幌、東北 景気が回復基調を辿る中で、北海道と東京あ では仙台に一極集中しているという現象が出 るいは大都市圏との所得格差は、拡大する傾 ています。 向にあります。北海道では、農産物と観光以 日本の中での一極集中、あるいは地域の中 外、道外に対して売るものが無く、移出基盤 での一極集中がかなり進んでいて、日本は、 の面で脆弱性を抱えています。そうした状況 かなり難しい問題を抱えていると思います。 の中で、これまで、北海道経済を支えてきた 打田:今、名古屋駅周辺の200メートル級の のは、国からの財政トランスファーでした。 ビルが、地元では「名古屋摩天楼」と呼ばれ しかし、公共事業関連予算の削減によって、 ています。 名古屋駅周辺に商業施設が集中し、 官公需を基軸とする産業クラスターが衰退 駅周辺の就業人口が増えています。 し、閉塞感が漂う中で、今後の方向性を懸命 一方で、名古屋駅からJRで20分程度の岐 に模索しているのが北海道の現状です。 阜市では、岐阜県一の繁華街である柳ケ瀬が 藤野:次に、元気な地域の代表になるかと思 閑散としています。 いますが、愛知大学の打田先生から東海地域 藤野:それでは、さらに西に進んで、大阪市 について、お話しいただきたいと思います。 立大学の清田先生に、近畿、特に大阪の状況 打田:岐阜県、静岡県、愛知県、三重県の東 についてお話しいただきたいと思います。 海4県について、公表統計を元に景況感を調 清田:近畿全体は別として、大阪は、今回の べてみましたが、全国的な水準に比べてよい 景気回復局面で、東京や東海についで、好調 状況です。ただ、東海4県の中では、愛知県 といわれています。ただ、現在は好調な大阪 とそれ以外の県で、格差が大きくなっていま も、長期的にみると、相対的な地盤沈下は否 す。これは、人口構成と年齢構成を見ても、 めません。これは、産業の世界でも金融の世 明らかです。例えば、愛知県は、生産年齢人 界でも同様です。たとえば、大阪市の経済の 口の比率が高いのですが、それ以外の地域は 特徴は、非常に狭い地域にたくさんの事業所 65歳以上の老齢人口比率が全国レベルと比 が密集していることですが、 この事業所数は、 べても高くなっています。また、愛知県は、 この間、ずっと減少しつづけています。 他県から人口が流入している一方、他の3県 は逆に流出しています。 大阪市の経済の特徴としては、一方では、 周辺地域から昼間人口が移動してきており、 さらに言えば愛知県というよりも名古屋 他方では、周辺地域からの商品やサービスの 市・豊田市周辺が1人勝ちという状況になっ 需要に応えている、いわば大阪府や近畿地区 ているのではないかと思います。 の結節点となっている点にあります。 しかし、 藤野:他の地域においても、その中でさらに 事業所数の減少は、この結節点としての機能 格差が出てきて、一極集中が進んでいるとい が薄まってきているのではないかと懸念させ 座談会 ます。 藤野:北部九州の産業は、従来の素材型から 藤野:従来、北部九州は、重厚長大産業の代 組立加工型に構造転換しています。また、中 表でしたが、どのような方法で景気回復をし 国は、我々からみると、競争相手というイメ たのですか。北九州市立大学の木村先生、ご ージでしたが、中国に輸出して景気回復して 説明いただけますか。 いるという点が意外でした。中国と共存共栄 木村:九州では、北と南とではまったく異な の関係ですね。 った様相を呈しています。また、北部九州の 木村:そのように考えていただいていいと思 中でも全然違います。 います。 ご指摘のとおり北部九州は、重厚長大産業 の象徴的地域ですが、景気回復の要因は、間 ■各地域の中小企業の動向 違いなく中国への輸出でした。素材型産業が 藤野:ここから地域経済を支えている中小企 息を吹き返して、景気のよい状態が続いてい 業について、 お話しいただきたいと思います。 ます。有効求人倍率は、かなりタイトな状況 例えば、北部九州では、福岡県のトヨタ自 になっています。 また、九州は、自動車産業の集積地になっ 動車九州工場と日産自動車九州工場が自動車 の生産拠点となっていますが、地元の中小企 ていて、例えば、トヨタ自動車がレクサスの 業にどのような影響を与えていますか。 エンジン部門の工場を新設し、生産台数を引 木村:ご存知のとおり自動車産業は、完成車 き上げるなどの動きがみられます。日産自動 メーカーを頂点にして、部品メーカーとそれ 車、ダイハツ工業等も同様の動きです。 らの下請企業群によって構成される裾野の広 2006年3月には、新北九州空港が開港しま した。 い分業構造が特徴となっている産業です。 現場の状況をみると、バンパーやシートカ 信金中金月報 2007.2 増刊号 バーなど、生産工程が単純で運搬コストがか 存在します。 トヨタ自動車の調子が良いので、 かるような部品については、地元の中小企業 その波及効果は、非常に大きい。 でも生産できますし、親企業も品質や価格に それ以外にも地域ごとにいろいろな集積が ついて受け入れるのですが、エンジン等中核 あります。例えば、三重県亀岡市周辺ですと 的な部分については、地元の下請けには発注 シャープの液晶テレビの工場があります。名 しません。その点が今後の大きな課題になっ 古屋市は、三菱重工を中核に航空宇宙産業の ていくのだろうと思います。 拠点になっています。周辺地域では、ヤマハ 象徴的な言い方をすると、 鉄鋼生産の場合、 など、技術を蓄積した製造業が密集している センチメートル単位で生産すればよかったの 地域が多数あるとういうのが東海地域の特徴 ですが、 エンジンの部品になると、 ミクロンの です。 レベルまで要求されます。また、納入時期も ある1つの産業が興るときに、欲しい技術 正確に守らなければなりません。キャッチア を供給できる中小企業が多数存在するという ップするには、 相当時間がかかると思います。 のが、東海地域の強さではないかと思いま 藤野:輸送機械は、親会社が非常に高度な技 す。技術の補完性とスピルオーバー(外部性 術を中小企業に要求するので、中小企業側も によって他の生産要素や企業の生産性が上昇 どう対応するかが課題になります。他方、素 する)効果が、他の地域に比べて東海地域が 材産業は、中国との価格競争があるので大変 相対的に優れているという理由ではないでし ですね。 ょうか。 木村:中国の技術レベルは、相当日本に追い また、昨年の愛知万博が東海地域に対して ついてきましたから、ぼやぼやしていると中 プラスの経済効果を与えたと思います。愛知 国に追い抜かれてしまうという切羽つまった 万博の開催によって、インフラが相当整備さ 状態にあります。ただ、皮肉なことに、北部 れました。中部国際空港が開港し、三河地域と 九州は、景気が回復しているので、のんびり 東濃地域を結ぶ東海環状自動車道が整備され してる感があります。一部の先端的な技術を ました。 この高速道路ができたことによって、 持つ中小企業は、中国の技術水準の向上を強 岐阜県の東濃地域の工場がトヨタ自動車の関 く意識していて、今後の動向を睨んでいると 連工場になるという関係が出てきました。 いうところもあります。日本は、本気になら 先ほど述べたような土台がありながらも、 ないと、10年単位でみたら、中国に追い抜 愛知万博によってインフラが整備されたとい かれてしまうのではないかと思っています。 うことがこの2~3年、東海地域が良い方向 藤野:トヨタ自動車の話が出ましたが、東海 に向かった要因ではないかと思います。 地域における中小企業はいかがですか。 藤野:道路の整備は、物流に大きな影響を与 打田:東海地域には、そもそもトヨタ効果が えますね。 座談会 どちらかというと受身な企業です。本業以外 にも様々な情報を収集して、ビジネスチャン スを捜しているところは好調です。本業でよ いものを作るだけでは成功しません。経営者 の積極性が業績に好影響を与えているという 印象を持ちました。 木村:少し話しは変わりますが、中小企業の 中でも公共事業関係の下請け業者は、非常に 木村 温人 業況が悪い。北海道が象徴的なのかもしれま ■ 北九州市立大学 都市政策 研究所教授 北九州活性化協議会企画委員 北九州市金融経済研究会委員 宮若市行財政改革委員会座長 ひびしんキャピタル投資委員会委員 他 主著: 「現代の地域金融」日本評論社(2004年) 専門分野:地域金融論 地域経済政策 財 政金融政 せんが、公共事業をメインとしている建設会 社は、厳しいと思います。 藤野:特にこの問題は、北海道にあてはまる と思います。 ぜひそのあたりの認識について、 斎藤先生のお話を伺いしたいと思います。 齋藤:公共事業では先細りなので、一部の建 打田:豊田市には、東名高速道路と東海環状 設業者は、農業に参入しているところも出て 自動車道、伊勢湾岸自動車道のジャンクショ きています。ただし、農業を収益の柱とする ンがあるので、交通の要衝になっています。 ところまでは至っていません。 藤野:それでは、次に大阪の中小企業の動向 北海道は、地域経済を支える企業をもう一 について、清田先生にお伺いしたいと思います。 段飛躍させるための戦略的な取り組みとし 清田:大阪の大企業は好調ですが、地元の中 て、2004年3月に「ほっかいどう産業活性化 小企業に影響を与えるというよりも東海地域 プログラム」を策定しました。北海道が比較 の方に向いているという感じがします。 優位をもつ「食」や「観光」など7つの戦略 大阪の大企業は、 東海地域に工場を作って、 分野に対して、集中的な活性化対策を施すと 大企業の波及効果は、そちらにいってしまっ ともに、経済への波及効果の高い自動車関連 ているという状況です。大阪の場合、大企業 産業の育成を念頭に置いた「ものづくり」産 と中小企業の間に格差が生じているという印 業の振興など、 「官依存」の産業構造から脱 象を持っています。 却するための具体的な取り組みをまとめてい 昨年、私は、大阪市内の中小企業を対象 ます。 にアンケート調査を実施しました。その結 また、中小企業が共同研究等で道内の大学 果、はっきりと2つのグループに分類できま と連携するような動きが出てきています。今 した。1つは非常に活動的な企業、 もう1つは、 後の北海道経済を担うような成果はまだ現れ 10 信金中金月報 2007.2 増刊号 ていませんが、産学官にわたる人的ネットワ ークの広がりは、これからの北海道経済にと って欠かすことのできないインフラになると 思います。 商業に関して言えば、札幌市内において2 極分化が起きています。従来の繁華街である 大通り界隈に人が流れなくなりました。代わ って、札幌駅南口の再開発をきっかけとして、 駅前地区の大型店に人の流れが吸引されるよ うになっています。駅商業施設はJR直結で すから、近隣の小樽・岩見沢や旭川などから も人を吸引するようになっています。 しかし、北海道経済全体としての所得水準 が上昇しているわけではありませんので、限 清田 匡 大阪市立大学大学院 経営学研 ■ 究科教授 近畿財務局金融行政アドバイザリー(平成 18年~)委員 主著:「戦後ドイツ金融とリテール・バン キング」頸草書房(2003年) 専門分野:ドイツにおける金融実務の変遷、 ド イ ツ に お け る 金 融 理 論 の 歴 史、 金融商品・サービスの生産と販売 られたパイの中で、ゼロサムゲームをしてい るようなものです。テナントの入替えも激し ると、小樽に対して同じような憧憬を抱くそ く、勝ち組と負け組がはっきりしてきて、中 うです。 小商業者には厳しい状況になっています。 観光産業においては、オーストラリアから 小樽の経済界が、台湾の百貨店でフェア を開催した際にアンケートをとりましたが、6 の投資を呼び水として、ニセコへ観光客が来 割ぐらいの人が小樽を知っているそうです。 るようになりました。従来のように本州から なぜ知っているかというと、映画の影響で 団体客を呼ぶというのではなく、国内旅行に す。小樽を舞台にした岩井俊二監督の「Love ついては個人顧客をターゲットとし、台湾や Letter」という映画があって、その映画がア オーストラリアなど海外からも観光客を呼び込 ジア各国で上映され、雪の小樽の街のロマン もうとする動きが活発になってきています。 ティックなイメージが台湾の人たちに定着し 藤野:観光業のグローバル化ですね。今、商 て、憧れの雪を見に来るそうです。 業、観光業の話が出てきましたが、こういっ 木村:北九州市は、観光があまり得意ではあ た観点から、何か各地域で興味深い話があり りません。門司レトロ地区には、多くの観光 ましたらどうぞ。 客が来ますが、魅力的な宿泊施設等が少なく 齋藤:小樽は、台湾で非常に知名度が高いそ て、 通過型の観光地になってしまっています。 うです。かつて日本人がハワイをあこがれの 清田:大阪は、工業都市というイメージもあ リゾート地としていましたが、台湾人からみ れば、商業都市というイメージもあります。 座談会 11 ますが、東京に吸い込まれてしまっていると いう受けとめ方もあります。関西ですと、大 阪市を中心に、京都市、神戸市、奈良市が周 辺に位置しています。 地域において都市の役割分担は、どのよう になっていますか。 清田:それぞれ異なる顔を持っています。大 阪は大阪、京都は京都、神戸は神戸というよ 齋藤 一朗 うにお互い固有の発展をしながら、共存共栄 ■ 小樽商科大学大学院 商学 研究科助教授 北海道中小企業金融検討委員会委員長(平 成11~12年度) ほか 主著:「地域金融の構造と資金循環アプロー チ」日本政策投資銀行地域政策研究 センター『RP Review』2005 No.2、 Vol.17、2005年8月 専門分野:金融論(金融の地域構造に関わ る実証分析) しているような気がします。 藤野:札幌と北海道の他の都市との関係はい かがでしょうか。 齋藤:北海道の場合、ヒト・モノ・カネ・情 報のあらゆる面で札幌一極集中が進んでいま す。ここ数年、第二の都市である旭川の地位 工業都市というイメージは、かなり変わっ は地盤沈下しています。近隣の小樽は札幌に てしまって、他の都市と比べてサービス化の 飲み込まれ、経済圏としての札幌が広がって 進展がとても速い。他方、商業に関しては、 いる感じです。 ウエイトは大きいのですが、流通構造の変化 木村:九州の場合は、福岡への一極集中が傾 の影響で、かなりダメージを受けています。 向的にずっと続いていくような感じがしま 例えば、大阪の卸売業の中でも二次卸、三次 す。新幹線が整備されると、他都市から福岡 卸というのがありますが、最近、それらを通 への時間的距離が近くなって、さらに一極集 さないという動きがあります。 中が進んでいます。 ■中核都市と周辺都市との関係 打田:東海地域は、観光という点では、あま り見るところがありません。知人が名古屋に 藤野:少し話題を変えますが、各地域の中核 来た時に、どこに連れて行けばよいのか困っ 都市と周辺都市との関係について、地域にお ています。2005年の愛知万博の時に、観光に ける一極集中という観点も踏まえてお話をお 力を入れようということになって、1つのア 聞かせ願います。 イデアとして出てきたものが産業観光です。 例えば、首都圏で言うと、東京を中心に、 外国人から工場見学に行きたいという要望 さいたま市、千葉市、横浜市があります。そ があるので、トヨタ自動車の工場見学を日程 れぞれ役割分担しているという考え方もあり に組み込むようなことをしているそうです。 12 信金中金月報 2007.2 増刊号 渥美半島にトヨタ自動車田原工場という最新 鋭の工場があるのですが、愛知大学は豊橋市 にあるので、 欧米や中国の方が来訪した時に、 田原工場の見学をしたいという申し出を多く 受けます。ただ、名古屋は京都まで新幹線で 40分弱という近さなので、観光客は京都に 流れてしまいます。 それから、一極集中の問題ですが、東海地 域は、まさに名古屋市への一極集中です。さ らに、名古屋市内でみると、駅周辺の発展が 目覚しい。もともと名古屋駅周辺は、あまり 商業は盛んではなくて、栄という地区が百貨 店などが立ち並び、繁華街として賑わってい 打田 委千弘 愛知大学 経済学部助教授 ■ 1997年 立命館大学大学院博士課程後期課 程単位取得満期退学 2001年 博士(経済学、立命館大学)取得 『英語で学ぶやさしい経済』朝日出 主著: 版社、共著(2006年) 専門分野:金融論・応用計量経済学 ました。 ただし、最近では、先ほどの札幌と同じよ うに、駅前にジェイアール名古屋タカシマヤ ■地方自治体の役割 が出店して、トヨタ自動車がミッドランドス 藤野:次の話題に移りたいと思います。地域 クェアというビルを建てました。大規模な商 を発展させていくうえで、地方自治体の役割 業施設ができて、今はどちらかというと駅前 は重要だと思いますが、地方財政が厳しく、 に人が流れているというように変わってきて 補助金を活用した従来型の地域振興は難しく います。 なっていくと思います。 名古屋駅にある名鉄百貨店は、伊勢丹と提 それぞれの地方の特徴を踏まえて、地方自 携して品揃えを行い、商品の陳列も含めて東 治体が環境を整えていくということが重要だ 京風に変えています。そのような駅前の変化 と思いますが、 この点についていかがですか。 が栄地区の百貨店に刺激を与えて、よい意味 齋藤:北海道では、肝心な時に官にお金がな で競い合ってるという感じがします。 くなりました。不十分というよりも何もでき 藤野:これまでは商業施設が市街地から郊外 ないという状態です。むしろ、道をはじめと に移るという話がトレンドだったのが、中心 する地方自治体は、自身の財政運営のことで 市街地についてみると、中心部への集中が顕 精一杯になってしまっている感じが致しま 著になっていますね。 す。ですから、産業振興にかかる企画の項目 打田:そのとおりです。 は並ぶのですが、予算がほとんど付かない状 況になっています。いやがおうにも、民が自 座談会 13 にも依存しないで食べていきたいと考えてい る人が出てきたように感じます。 藤野:北部九州地域では、地方自治体の役割 について、どのように考えていますか。 木村:北九州市は、地方自治体が先導し良く やっているように言われていますが、失敗例 も無いわけではありません。また、北部九州 地域でも山間地の問題、都市再生の問題があ 藤野 次雄 信金中央金庫 総合研究所顧問 (横浜市立大学 国際総合科学部長) ■ 2005年 金融庁金融審議会リレーションシ ップバンキングのあり方に関する ワーキンググループ委員 (1月~3月) 同年 横浜市立大学国際総合科学部学部長 主著: 「アクティブシニアの消費行動」中 央経済社(2003) 現在の研究課題:地域経済・金融、中小企 業金融 ります。 私は、福岡県の宮田町と若宮町とが合併し てできた宮若市の行財政改革推進委員会の会 長を務めることになりまして、四苦八苦して いますが、地方自治体の合理化は大きな困難 な問題です。 清田:行政による活性化のやり方を変えてい 発的に動かないと、北海道では、食べていけ かなければいけないということは、結構言わ ないという状況です。 れています。地方自治体の職員は、役所の建 藤野:齋藤先生は、大学院でアントレプレナ 物の中にいるのではなくて、現場に出て行っ ーシップ専攻ということですが、教鞭をとら て中小企業者と会話をする事が必要だろうと れていて、起業家作りについて、どのような 思います。いかに金をかけずに頑張るかです 感想をお持ちですか。 が、工夫の余地はあると思います。 齋藤:小樽商科大学大学院ではビジネススク 打田:地方自治体主導で、バブルのときに計 ールを設置し、意欲の高い学生が集っていま 画したもののうち、立ち行かなくなっている す。今まで所属していた組織に飽き足らず、 ものが結構あります。それと愛知万博の際に 自分の足で立っていかなければならないとい インフラ整備がされましたが、 そのなかでも、 う志を持った人が非常に多く来ています。 事業継続が難しいと言われているものがあり ここ1~2年でいうと、特に女性において ます。愛知万博輸送に際し、リニモという鉄 そのような傾向が目立つようになってきまし 道が運行されましたが、乗車率が低いという た。企業に一般職として就職した20代後半 ことで、今後のことが問題になっています。 の女性が、私どものビジネススクールを受験 それから、万博跡地の問題もあります。 するケースが目立っています。そういう意味 ちょっと視点が違うかもしれませんが、愛 では、今までのように、お上と同時に、男性 知県内や静岡県の浜松地区は、外国人労働者 14 信金中金月報 2007.2 増刊号 が非常に多くなっています。特にブラジル人 に関するアクションプログラム」の中で、地 が多くて、そのような人達の様々なサポート 域金融機関の地域貢献についてうたわれてい は、地方自治体が関与していくことになるの ますが、この点についていかがですか。 ですが、あまりうまくいっていないようです。 木村:どの程度の規模の 新聞などで小学校になじめないブラジル人の 金融機関がどの程度の 子ども達がかなりいると報道されています。 広さの地域に貢献する そういう部分での地方自治体のサポートが、 のかというのが、1つポ 今後非常に重要になってくるのではないかと イントになるのかと思 思います。 います。 藤野:地方自治体の合併が急速に進み、さら 地域金融機関は、2極化していくと思いま にその先には道州制の導入が視野に入ってく す。例えば、北九州都市圏では、この10年間 ると思います。それに伴い、地方自治体の役 で、7つの信用金庫が合併して、預金量が約 割も変わってくるのではないでしょうか。 6,000億円の大きな信用金庫が誕生しました。 木村:道州制に関して言うと、九州は、議論 全国的に言えば、それほど大きいわけではあ だけは先進地域で、州都をどこに置くかとい りませんが、九州では一番規模の大きな信用 った話題が注目されたりしています。 金庫になりました。もともと九州は、預金量 行政単位のうち町村が消えて、車社会です が1,000億円ぐらいまでの信用金庫がたくさ から、広域化がどんどん進んでいくと思います。 んありましたが、一つの象徴的な存在として、 齋藤:北海道の場合は、海を隔てて独立して 北九州に大きな信用金庫が誕生しました。そ いるので、実感が涌かないですね。今とさほ れに対して、佐賀県や長崎県の信用金庫は、 ど変わらないと思います。むしろ、中央政府 預金量が500億円から1,000億円ぐらいです。 から北海道が切り捨てられる手段として使われ 藤野:不良債権問題が一服して、金融機関の るのではないかと、 心配の方が先にあります。 経営も少しずつ前向きになってきていますか。 ■各地域の地域金融機関 木村:少しずつ元気になって、前向きな動き が出てきています。信用金庫でも投資会社と 藤野:これまでは、地域経済を支えている中 組んで、企業再生ファンドを組成し、投資す 小企業と地方自治体の話を中心にしてきまし るというように、画期的な活動をやっている たが、これから地域金融機関に関する話を進 ところがあります。 めていきたいと思います。 また、前向きな投資という意味では、べン 今、地域経済が成長するために、地域金融 チャーキャピタルを設立して、地域の有望な 機関は、どのようなことをすればよいのでし ベンチャー企業に投資するというようなこと ょうか。「地域密着型金融の機能強化の推進 もしています。 座談会 15 藤野:地域金融機関の規模と営業エリアにつ 関の再編がかなり進みましたが、清田先生は、 いて、もう少し説明願います。 この問題について、どのようにお考えですか。 木村:信用金庫が大きくなって地方銀行化し 清田:金融機関の店舗の ているというようなことが言われますが、そ 動きを統計でみると、都 うでもないと思います。 市銀行と地方銀行の出 私の感じでは、逆にコミュニティと共に生 店・統廃合の動きはとて きていくことの大切さが、そろそろわかって も速い。バブルの頃は、 きたのではないかと思います。 速いテンポで出店し、バ ただ、できるだけ巨大化する方がよいという 人もいて、 その場合はエリア制を導入し、権限 ブル崩壊後は、あっという間に統廃合して閉 店してしまいました。 を下におろして、地域に近いところで営業活 都市銀行は、地域が衰退したら閉店、移転 動をしていくように工夫しているようです。 することが簡単にできます。しかし、信用金 藤野:新聞報道等では、九州地区の地域金融 庫の方と話をすると、自分たちはそう簡単に 機関の再編が話題になっていますが、そのあ 地域から逃げることはできないので、地域活 たりについては、いかがですか。 性化は、死活問題だと言っていたことが印象 木村:九州の動きは、とても活発です。福岡 に残っています。 銀行が熊本県の第二地銀の熊本ファミリー銀 行と経営統合することになりました。 大分の第二地銀の豊和銀行は、福岡県の地 私は、お金を貸すだけならノンバンクでも よいと思っています。金融機関は、債務者の 財務内容、取引先、経営者の家族構成等まで 方銀行の西日本シティ銀行から支援を受けて あらゆる情報を持っています。金融機関は、 います。 地域の情報を鳥瞰的に把握できる立場にある こうした動きがプレッシャーになって、今 ので、他の産業とはまったく異なる立場にあ 後の信用金庫の経営にも影響を与えると思い ると思います。 ます。 藤野:地域金融機関は、地域が発展していく 藤野:都道府県を越えた地域金融機関の再編 うえで、重要な役割を担っており、そのため の主な原因はどこにあると思いますか。 にも継続して存続していかなければなりませ 木村:生活圏が拡大し、地方自治体の合併に ん。その一方で、都市銀行、地方銀行、信用 よって行政圏も広がっていくので、当然、地 金庫間の競争は激しくなって、生き残りが難 域金融機関においても広域化が進むと思いま しくなっています。 す。当然、行政も後ろからバックアップして 清田:金融機関に勤めている友人がいるので いると思います。 すが、昔でいう棲み分けというものがなくな 藤野:近畿地区は、ここ10年ぐらいで金融機 ってきていると言っています。 16 信金中金月報 2007.2 増刊号 また、金融機関のイメージもだいぶ変わり ました。地域の産業を育てるというよりも短 期的な収益を追求するような行動が目立つよ うになりました。 ーキンググループの成果として発行される信 金中金月報増刊号に掲載します。 ■地域金融機関と地域経済との関連性 打田:東海地域について言うと、一番大きな 藤野:金融機関の活動が地域経済にどれだけ 出来事は東海銀行が合併でなくなり、地域の 影響を与えているのかという論点は、非常に メガバンクがなくなったということです。相 興味深いものがあります。 当大きなショックでした。三菱東京UFJ銀 逆に地域金融機関は、地域とともにしか生 行になってからは、以前に比べると、名古屋 きられないので、地域経済の動向は、地域金 の方にあまり目が向いていないのではないか 融機関の経営に大きく影響を与えるというよ という印象を持っています。 うにも考えられます。 その一方で、名古屋地域に岐阜県の地方銀 打田:藤野先生のご指摘のとおり、地域経済 行が進出しています。特に大垣共立銀行は、 と地域金融機関との関係は、相互に関連し、 攻勢をかけています。また、愛知県の信用金 依存し合っているのではないかと思います。 庫は、預金が伸びていて地域で相当強い。 それを実証分析するためには、相当細かく、 愛知県の場合、実体経済が好調なので、企 時期や地域を区切って、いろいろなケース分 業の資金需要が旺盛です。特に中小企業は、 けしていかないと、よい分析結果が得られな 外部資金での調達が難しいですから、地域金 いのではないかと思います。 融機関からどれだけお金を借りることができ 特に、1990年代後半以降、信用保証制度 るかが業容を拡大させるポイントになります。 が相当利用されていますし、分析するうえで メインバンクの役割として、情報生産活動 考慮しなければならない点が、相当多いので があります。私は、メインバンクが情報生産 はないかと思います。 活動をしてきたのか疑問に持ってい て、実証研究をしたことがあります が、やはり地域金融機関が生き残る 上で、情報生産活動への取組みが重 要ではないかと思います。 私は、今回のワーキンググループ の機会をとらえ、信用金庫の経営指 標と信用金庫が所在している市町村 の実体経済活動との関係を実証分析 しています。その結果は、今回のワ 座談会 17 2000年以降になると、市町村合併が数多 びてきます。暗黙の協調と言うべきかもしれ く行われたため、合併前と合併後の連続した ませんが、銀行も札幌以外のところでは、信 データがとりにくくなっているという問題が 用金庫の採算性を決定的に脅かすような競争 あり、今回もデータベースを作成するうえで、 を仕掛けないようにしているのではないでし 相当苦労しました。 ょうか。この点は、貸出約定平均金利の地域 齋藤:北海道の場合、面 間格差に現れていると思います。 積が広く、営業エリアと 地域貢献という点で言えば、北海道の信用 いう点では、ある程度金 金庫で最近見受けられるのは、学生・生徒が 融機関の棲み分けはでき 在学中に信用金庫の現場を体験できるインタ ていると思います。しかし、 ーンシップ生を受け入れていることです。人 ボリュームの採れる札幌 材育成の一環として、早くから地域社会や職 だけは、大手銀行、地方銀行、第二地銀、札幌 業というものを知ってもらう場を作るととも 市に本店を置く信用金庫、他地区に本店を置 に、地域における優秀な人材の確保に結びつ く信用金庫が、相争い、激戦となっています。 けようとしています。 北海道は、名古屋と同様にメガバンクがな また、信用金庫は、ナレッジバンクとして くなってしまいました。北海道拓殖銀行を頂 の機能を強化する、ソリューション型のロー 点としたヒエラルキーが崩壊し、北海道の金 ンを提供するという目標を掲げ、中小企業診 融業界は、以前に比べるとフラットな業界構 断士等の内部人材の育成に努めています。 造になってしまいました。 中でも信用金庫は、 もちろん間接金融だけではなく、地元のベ プレゼンスを大きく高めたと思います。その ンチャー企業を育てる目的で、信用金庫が共 象徴的なこととして、1997年以降、信用金 同してファンドも立ち上げています。 庫が地方自治体の指定金融機関に指定される ケースが増えました。 北海道は信金王国と言われていますが、預 貸率が相対的に低く、地元に資金を還元しき そういう意味では、協同組織金融機関が銀 れていないというのが実情です。信用金庫に 行を補完するという旧来型の関係ではなく、 集まってくる資金をどのように運用するかが 同じマーケットで対等の立場で競争しあう状 大きな課題になっています。地元企業の信用 況になったと思います。 リスクといういわば顔の見えるリスクではな 北海道の信用金庫は、地域に対して木目細 く、市場リスクを大きく抱え込んでいるとい かな関わり方をするのと同時に、地方銀行的 うのが現状で、このリスクマネジメントが課 な振る舞いをしていると思います。 題になっています。 ただ、札幌市内を除くと、信用金庫と銀行 は競争もさることながら、協調的な色彩も帯 18 信金中金月報 2007.2 増刊号 ■地域の自立と地域金融機関の役割 ょう。ただ、金融の限界もあるので、起業家 がいて、金融機関が必要なときにタイミング 藤野:地域の産業を育て、地域経済を活性化 よく資金を提供するということでしょう。そ させるためには、地域金融機関の役割がとて の場合は、呼び水として、地方自治体の制度 も重要だとわかりました。北海道の経済は、 融資も必要なのかもしれません。 厳しい状況ですが、公共事業に依存せずに、 資金力については、やはり金融機関も一定 自立的成長をするための方策として何が考え 以上の規模が必要だろうと考えていました。 られますか。 ただ、今回、ワーキンググループの活動の一 齋藤:北海道の場合、今までは国の財政トラ 環として、論文を執筆するにあたり、福岡県、 ンスファーに依存してきましたが、これから 長崎県、佐賀県それぞれの信用金庫の会長・ は、民間部門が主体となって道外からの資金 理事長にインタビューする機会があったので を獲得する手だてを考えなければなりませ すが、新しい発見がありました。 ん。いままさに、いかに道外で売れるモノを 福岡県のある信用金庫の理事長が、 「スモー 作るかということを、官民あげて取り組んで ル・イズ・ナイス」という言葉を使っていまし いるところです。 た。俗っぽい言い方をすると、町内会的金融 地域金融機関が力を注いでいるという点で ということなのだろうと思います。地域の基 は、ビジネスマッチングが挙げられるでしょ 盤になっている中小企業を、慎重に、地道に支 う。モノを売るためには、マーケットのニー えていくという生き方を志向していました。 ズあるいはターゲットとする顧客の所在を知 その信用金庫は、財務内容が健全で、アメ らないと始まりません。そこで、各種の情報 リカのコミュニティバンクのような感じがし がクロスする金融機関が音頭をとって、販路 ました。 を拓こうとしています。 金融機関にとっても、 清田:企業が持つ情報を金融機関が見つけて ビジネス情報の提供が商談の成立に結びつく 事業化するということもあり得ます。金融機 ことで、地元の資金需要を掘り起こすことが 関がアントレプレナーを育てるということで できるというわけです。その意味では、金融 す。金融機関は、事業家の横にいて、積極的 機関にとって「情報」それ自体が商品になっ に貢献をする余地があると思います。 ていると思います。 打田:地域である程度技 藤野:地域の自立を促すために、金融機関が、 術革新がなければ、その地 地域の資金を地域に還元することが重要だろ 域は成長しないと思いま うと思いますが、 この点についていかがですか。 す。そのような部分で金 木村:お金が先か、需要が先かという話があ 融機関が何か介在できる りますが、相互に関連しているのが実態でし ものがないかと思います。 座談会 19 その地域で成長した技術革新をうまく地域 が、 そのような企業をなぜ支援できないのか、 に内部化しながら、その地域の利益として完 常々疑問を持っていました。 了させるということを地域金融機関ができる 藤野:中小企業融資にお のではないかと思います。 いて、人を信用して貸す 先ほどの齋藤先生のお話しではありません ということは、昔も今も が、その地域の内部化された利益を外部に出 変わらないと思います。 すと、多分内部の流れが止まってしまうので、 一般的にリスクが高いと その利益を地域に還流させるっていうことが 考えられる業種でも、返 地域金融機関の役割だろうと思います。 済能力などを見極め、案件ごとに判断して貸 木村:信用金庫の会長・理事長へのインタビ 出を行っていると思います。ただ、銀行も信 ューで面白い話がありました。昔は飲み屋に 用金庫も同じ尺度で融資先を区分する「金融 信用金庫が貸して、結構儲かったそうです。 検査マニュアル」の導入に伴い、全般的にリ それが最近では、貸金業者が貸すようになっ スク管理が厳しくなったのは事実です。 たそうです。昔は、信用金庫でもある程度リ また、地域を自立させていくために、金融 スクがあっても、定性情報で補って融資して 機関が情報をしっかり握って、その情報を基 いたのですが、最近では、リスク管理方法が に起業家を育てていくことは、いつの時代で 変わり、融資することが難しくなってきたそ も重要だと思います。 うです。 木村:起業家は、もともと担保はないし、実 打田:今のお話に関連してですが、かつて金 績もありません。だからこそ、金融機関の目 融機関は、人を信用して貸出を行い、高い収 利き力が重要ですし、 それを容認する枠組み、 益を享受してきましたが、今はできないと考 制度が必要になるのだろうと思います。 えるべきなのでしょうか。リスク管理が厳し 藤野:信用金庫の場合、信金中央金庫という くなって、そういうところには貸せなくなっ 中央金融機関があります。信金中金が信用金 たと捉えるべきなのでしょうか。 庫とのネットワークを活用して、地域と中央 木村:町を活気づかせるには、小さくて多様 の情報の仲介役になって、地域経済の発展に なニーズへの対応が必要だろうと思います 貢献したいと考えています。 が、地域金融機関でもなかなか把握しきれ ていないのでしょう。スモールビジネスでも 不良債権化しないものがたくさんあります 20 信金中金月報 2007.2 増刊号 それでは、本日は長い間お付き合いいただ きまして、ありがとうございました。 第 2 部 研究論文 北海道経済の貯蓄投資バランスと金融システム -財政トランスファーに依存した経済構造の現状と地域金融システムを巡るジレンマ- 齋藤一朗 信用金庫の経営と地域経済活動の関係について 家森信善 打田委千弘 大阪の経済と地域金融機関の役割 清田 匡 北部九州地域金融機関の合併・再編の動向 -信用金庫を中心にして- 木村温人 研究論文 北海道経済の貯蓄投資バランスと金融システム -財政トランスファーに依存した経済構造の現状と地域金融システムを巡るジレンマ- 小樽商科大学大学院 商学研究科助教授 齋藤 一朗 【プロフィール】 東北大学経済学部卒 北海道大学大学院経済学研究科修士課程修了、修士(経済学) 北海道商工業振興審議会委員、NTTドコモ北海道・経営アドバイ ザリーボード、北海道中小企業金融検討委員会委員長(平成11~ 12年度)ほか 専門分野:金融論(金融の地域構造に関わる実証分析) 論文: 「地域金融の構造と資金循環アプローチ」日本政策投資銀行 地域政策研究センター『RP Review』2005. No2. Vol.17(2005年 8月)ほか (キーワード) 貯蓄投資バランス、域際収支、財政トランスファー、地域金融 (視 点) 北海道経済ではこれまで、域際収支の赤字を補填して余りある財政トランスファーと、そ れをトリガーとした所得・貯蓄の形成、貯蓄に比して過少な投資機会と余剰となった貯蓄の 道外流出という一連のマネーフローが構造化し、 “官依存”の経済を形づくってきた。 本稿では、貯蓄投資バランス論の視点から1990年代入り後の北海道経済を概観するとと もに、金融の「市場化」が進む中で、北海道の金融システムが直面しているジレンマに焦点 を当てる。 (要 旨) ● 北海道経済においては、国からの財政トランスファーに依存する度合いが強く、道外から の受取・移転を除くと、北海道経済全体としての貯蓄投資バランスは、民間部門が貯蓄超 過の状況にある一方で、一般政府では大幅な投資超過となっている。 ● 今後、北海道経済が縮小均衡に陥ることなく、国からの財政トランスファーに過度に依存 した経済構造から脱却するためには、民間貯蓄を原資とする公共投資の代替や公的事業の 民営化など、民間部門における貯蓄超過を活かした投資の拡大と、国からの財政トランス ファーに代替する移出型産業(基盤産業)の振興が鍵となる。 ● 他方、北海道では投資が貯蓄に依存する傾向が強く、それゆえに、 「道内で形成された貯 蓄をいかに円滑に投資に振り向けるか」という金融システムにとって最も根源的な問いが 投げかけられている。 ● 金融の「市場化」が進捗し、資金移動の自由度が高まる中で、北海道には、道内で形成さ れた貯蓄の域内循環あるいはNationwideなスケールでの還流をサポートする仕組みづくり が求められている。 22 信金中金月報 2007.2 増刊号 1.はじめに 地から、増大する生産年齢人口の収容や国の 経済の発展の上にきわめて重要な意義を有す 「蝦夷地之儀は皇国の北門――(略)―― る豊富な未開発資源の開発など、その意義が 箱館平定の上は、速に開拓教導等之方法を施 与えられた。1952年には、 「産業振興の基盤 設し、人民繁殖の域となさしめられるべき候 となるべき基礎施設の整備」を目的とした第 に付き、利害得失、 各意見無忌憚可申出候事」 。 1期北海道総合開発計画が策定され、その後、 箱館は五稜郭を拠点とする旧幕府軍が鎮圧 今日に至るまで、6次に亘る計画が策定され された1869年5月、明治天皇は蝦夷地開拓の ている。 御下問書を下付し、北海道の開拓と経営を開 だが、日本経済が戦後的な状況を脱し高度 始した。爾来、日本経済が資本主義としての 経済成長のプロセスを邁進する中で、北海道 原始的蓄積を進める中で、北海道は内国植民 開発の意義もまた変容を強いられた。いわゆ 地として位置づけられてきた。開拓の初期に る開発論争の中で、 「開発に国費を投入する は士族や囚人が、後には営農をはじめとする 意義は何か」という問いが投げかけられたの 移民が、開拓の担い手(労働力)として政策 である。論争は、北海道の資源的価値と後進 的に移植された。 性・特殊性を巡って戦わされた。前者を重視 しかし、北海道開拓の真の主役は彼らでは する立場は、北海道のポテンシャリティを強 なかった。北海道庁初代長官・岩村通俊の施 調し、後者を重視する立場からは、特恵的待 政方針「貧民を植えずして、富民を植えん」 遇を求める主張がなされた。しかし、1960 (1887年5月)に象徴されるように、主役は 年代以降になると、論争は下火となり、その 政商をはじめとする富裕層であり、官営事業 後は、北海道開発それ自体の自己目的化が進 の払い下げと国有未開地の処分によって、生 むこととなる。その時々の政治的な「意義づ 産手段は道外資本や華族の手に握られた。 け」の中で、次代を担う北海道の基盤産業の 国家的な要請から移民によって開発された 土地・北海道の近代はこうして始まり、その 育成や産業構造の転換は漂流し続けた。 北海道における産業振興の軸足は、当初、 後の地域経営や経済活動においても、内国植 国有林野の開発や石炭をはじめとする鉱物資 民地的な色彩は色濃く残されてきた。 源の開発、 農業の近代化、 漁業生産の拡大等々 1947年、北海道は開道以来はじめて自治 に置かれ、国民経済に対する資源・食料の供 体となった。しかし、地方自治が確立する一 給の基地として、北海道は位置づけられてき 方で、開発行政は再び国家の手に委ねられ、 た。その後、北海道は、広大な地積を背景と 1950年6月には北海道開発庁(現在の国土交 した大規模重工業団地の造成(苫小牧東部開 通省北海道局)が設置された。戦後の時代環 発)と計画の頓挫を経験し、いま道民の手に 境の中で、北海道の開発には国民経済的な見 残されているのは雄大な自然に依存した観光 研究論文 23 産業と、地元の大学に蓄積された知的財産を シーズとするIT・バイオ関連事業の萌芽で あり、誘致された自動車産業を中核とする 「ものづくり」産業クラスターの形成も今ま さに緒に就いたばかりである。 について考察する(注)1。 2.貯蓄投資バランス論の分析枠組み 貯蓄投資バランス論の分析枠組みについて は、あらまし以下のとおりである。いま、県民総 このように、実物経済面では、北海道経済 支出をE、消費をC、投資をI、移輸出をEx、移 の屋台骨を担う基盤産業の育成がその時々の 輸入をIm、県外からの要素所得(純)incomeと 時代環境に振り回される一方で、 金融面では、 すれば、県民総支出Eはその定義から、 北海道は開発資金の投入を前提とするマネー E=C+I+Ex-Im+income (1) フロー構造を強固に作り上げてきた。国家や となる。一方、県民総所得Yの処分は、粗貯 道外企業による資本の投下と国民経済中枢へ 蓄(=貯蓄+固定資本減耗)をS、県外から の資金還流。実物経済面での主役が代わろう のその他の経常移転(純)をtransferとすると、 とも、国からの財政トランスファーをトリガ Y=C+S-transfer (2) ーとするマネーフローだけは、不変であり続 と表される。ここで、県民総支出Yと県民総 けてきた。 所得Eは等しいことから、 しかし、国債の累積から財政事情が逼迫す S-I= (Ex-Im)+income+transfer (3) る中で、公共事業の縮減、あるいは三位一体 という恒等関係が事後的に成立する。この の行財政改革等によって、近年、国からの財 (3)式が貯蓄投資バランス式であり、貯蓄投 政トランスファーが変調を来している。国か 資差額(S-I)は経常県外収支[ (Ex-Im) らの財政トランスファー(開発資金の投入) +income+transfer]と等しくなる。 は、これまでの北海道経済にとっては正に、 さらに、 (3)式左辺の貯蓄投資差額につい 成長通貨の源泉であり、経済活動の持続可能 て、 これを民間部門(Sp-Ip)と一般政府(Sg 性を制度面から支え続けてきたといっても過 -Ig)に部門分割すると、 言ではない。 そこで、本稿では、1990年代入り後の北 (Sp-Ip) +(Sg-Ig) =(Ex-Im)+income+transfer (4) 海道経済に焦点を当て、変容するマネーフロ となり、民間部門における貯蓄超過(不足) ーの実相を、貯蓄投資バランス論を分析のフ と一般政府部門における貯蓄超過(不足)の レームワークとして概観するとともに、北海 総和、 すなわち、 県民ベースでの貯蓄超過(不 道における実物経済の発展、とりわけ国から 足)が、域外部門との取引で生じた経常県外 の財政トランスファーに代替する基盤産業の 収支の黒字(赤字)と等しくなる。 育成に対して、金融システムが直面する課題 一般に、地域経済の貯蓄投資バランスに関 (注) 1.貯蓄投資バランス論の視点から地域経済の構造を包括的に論じたものに、峯岸[2005]がある。 24 信金中金月報 2007.2 増刊号 しては、地方圏において、民間部門の貯蓄投 スファーに依存する背景には、民間部門にお 資差額(Sp-Ip)がプラス、一般政府部門の ける貯蓄超過(地域圏における投資機会の乏 貯蓄投資差額(Sg-Ig)がマイナス、財貨・ しさ)と域際収支の赤字(移出を担う基盤産 サービスの移出(純) (Ex-Im)がマイナス 業の脆弱さ)があると解することができる。 となることが、その典型とされ、他方、大都 市圏では、民間部門の貯蓄投資差額がマイナ 3.北海道における貯蓄投資差額の動向 ス、一般政府部門の貯蓄投資差額がプラス、 以下では、この貯蓄投資バランス論を参照 財貨・サービスの移出(純)がプラスとなる 枠として、北海道のマクロ経済を俯瞰してみ ことが想定されている。 よう。そこからみえてくるマネーフローの様 図表1は、これらふたつの地域における貯 蓄投資バランスと資金の地域間流動を図式化 相は、さながら地方圏の典型ともいえる姿を している。 図 表2は、 先 述 の 分 析 枠 組 み に 則 っ て、 したものである。地方圏では、民間部門にお いて生じた貯蓄超過分が投資需要の旺盛な大 1990年代入り後の貯蓄投資差額を示したも 都市圏に吸引されるとともに、大都市圏から のである。これによると、2003年度におけ 移入した財貨・サービスの対価が、地方圏か る貯蓄投資差額(対道民総支出比)では、民 ら大都市圏に向けて支払われる。他方、大都 間部門(非金融法人企業、 金融機関、 家計(個 市圏から地方圏に向けては、地域間の所得再 人企業を含む) 、対家計民間非営利団体)の 分配(国による財政トランスファー)に伴う 貯蓄投資差額が15.0%、一般政府の貯蓄投資 資金の流れが生じている。このような見方に 差額が0.6%、そして、貯蓄投資差額全体の 立てば、地方圏の経済が国からの財政トラン 収支尻を表す「道外に対する債権の変動」が 図表1 貯蓄投資バランスと資金の地域間流動 投資需要が旺盛な大都市圏に 吸引される地方圏の貯蓄 民間部門の貯蓄投資差額:− 一般政府の貯蓄投資差額:+ 域際収支(移輸出超過) :+ 地方圏 ex. Hokkaido 大都市圏 地方圏の財政赤字を埋め合わせる ex. Tokyo 財政トランスファー 民間部門の貯蓄投資差額:+ 一般政府の貯蓄投資差額:− 域際収支(移輸入超過) :− 財・サービスの購入に係わる資金流出 研究論文 25 図表2 北海道における貯蓄投資差額の動向 (%) 20 15 10 5 0 -5 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 民間部門 一般政府 道外に対する債権の変動 (年度) (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 9.8%となっている(注)2。 蓄投資差額の状態も、 「道外からの要素所得 これらの数値から、北海道では、民間部門 (純) 」 や 「道外からのその他の経常移転 (純) 」、 が道民総支出比10%を超える大幅な貯蓄超 「道外からの資本移転等(純) 」による補填が 過にある一方、一般政府は、その収支がおお なされた後の姿である。それゆえに、貯蓄投 むね均衡した状態にある。そして、主として 資バランス論をフレームワークとして資金の 民間部門で生じた貯蓄の超過は道外他地域へ 地域間流動を描写しようとするならば、国を と振り向けられ、結果として、北海道では道 はじめとする道外からのトランスファー(移 外に対する債権の上積み(増加)がもたらさ 転) や要素所得の受け取りを勘案したうえで、 れたと解することができる。 あらためて北海道経済の貯蓄投資バランスを しかし、北海道では国からの財政トランス ファーに依存する度合いが強く、こうした貯 とらえ直す必要がある(注)3。 図表3は、貯蓄の源泉となる各部門の所得 図表3 北海道における貯蓄投資差額(移転等調整後)の動向 (%) 20 10 0 -10 -20 -30 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 一般政府(除くその他の経常移転(純)+資本移転(純)) 民間部門(除くその他の経常移転(純)+資本移転(純)) 道外に対する債権の変動(除くその他の経常移転(純)+資本移転(純)) (年度) (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 (注) 2.実際の道民経済計算では、データ構築上の制約から統計上の不突合が含まれているため、民間部門の貯蓄投資差額と一 般政府の貯蓄投資差額の合計は道外に対する債権の変動と完全に一致しない。 3.地域経済の財政依存構造を財政トランスファーの側面から論じたものに、佐野[2000]がある。 26 信金中金月報 2007.2 増刊号 から「道外からのその他の経常移転(純) 」を、 の他の経常移転(純) 」 、 「道外からの資本移 各部門の資本調達から「道外からの資本移転 転等(純) 」の存在が、民間部門の貯蓄超過 等(純)」を控除した貯蓄投資差額(調整後) を拡大させる方向に作用していること、一般 を示したものである。ここから見て取れるよ 政府においては、その投資超過を埋め合わせ うに、民間部門(非金融法人企業、金融機 る役割を果たしていることがわかる。その結 関、家計(個人企業を含む) 、対家計民間非 果、北海道経済全体の収支尻(道外に対する 営利団体)の貯蓄投資差額(道民総支出対比) 債権の変動)も、図表3の△11.2%から図表 は1990年度の5.1%から03年度の13.7%まで、 2の9.8%へと黒字化するに至っている。こう 傾向的には、貯蓄超過が拡大する方向で推移 したマネーフロー上の特徴は、2003年度の してきた。他方、 一般政府の貯蓄投資差額は、 みならず、それ以前の時期において既に常態 1990年代前半に投資超過が拡大する傾向が 化(構造化)してきたところであり、北海道 みられたが(1990年度△13.9%→1995年度 経済の“官依存”体質をマクロ的に表現する △20.3 %)、90年 代 後 半 に 入 っ て か ら は18 ものである(注)4。 ~21%のレンジで高止まりした状態にある ここで、貯蓄投資差額における部門間の関 (2003年度△19.4%) 。さらに、民間部門にお 係をもう少し詳しくとらえるために、90年 ける貯蓄超過と一般政府の投資超過を対比し 代入り後の時系列データから、部門間の相関 てみると、常に、一般政府の投資超過が民間 をみておこう(図表4) 。 部門の貯蓄超過を上回る状況にあり、北海道 経済全体としての貯蓄・投資の収支尻はマイ ・先ず、1990年代を通して、民間部門の貯 ナスとなっている (道外に対する債権の変動: 蓄投資差額と一般政府の貯蓄投資差額の間 1990年度△11.5%→2003年度△11.2%) 。言 には負の相関(回帰係数△0.750、決定係 い換えるならば、北海道経済は自らの貯蓄を 数0.724)が認められる。すなわち、民間 以て投資を賄うことができず(S<I) 、不足 部門の貯蓄超過(プラス幅)が大きくなる する部分については、道外他地域からの移転 ほど、一般政府の貯蓄投資差額は、そのマ (受取)や借入によって資金を調達しなけれ イナス幅を拡大させるという関係にある。 ばならない状況にある。 実 際 に、 図 表2と 図 表3を 比 べ て み る と、 ・また、民間部門の粗投資率と一般政府の貯 蓄投資差額の間には、正の相関(回帰係数 貯蓄投資差額(対道民総支出比)は、民間部 0.633、決定係数0.369)がみられ、民間投資 門、一般政府のいずれにおいても、図表3の が拡大するほど、一般政府の投資貯蓄差額 方が図表2よりもかさ上げされており、 「道 (マイナス幅)は縮小する傾向がみられる。 外からの要素所得(純) 」や「道外からのそ (注) 4.北海道経済の財政依存構造に関しては、さしあたり齋藤[2005a]を参照されたい。 研究論文 27 図表4 収支間の相関関係 非説明変数 民間部門の貯蓄投資差額 うち民間貯蓄 うち民間投資 一般政府の貯蓄投資差額 一般政府の貯蓄投資差額 定数項 0.136〉 〈0.925〉 0.113〉 〈1.890〉 道外に対する債権の変動 -0.023〉 〈-0.206〉 -0.038〉 〈-0.312〉 -0.105〉 民間部門の貯蓄投資差額 〈-6.994〉 0.118〉 うち民間貯蓄 〈1.118〉 -0.297〉 うち民間投資 〈-7.053〉 説明変数 回帰係数 決定係数 0.224〉 0.003 〈0.187〉 -1.385〉 0.403 〈-2.845〉 -1.608〉 0.210 〈-1.784〉 1.203〉 0.108 〈1.206〉 -0.750〉 0.724 〈-5.612〉 -1.073〉 0.410 〈-2.886〉 0.633〉 0.369 〈2.651〉 (注)1.非説明変数、説明変数は共に、対道民総支出比 2.〈 〉内はt値 (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 それゆえ、きわめて概括的ではあるが、今 ビスの移輸出から財貨・サービスの移輸入を 後、北海道経済が縮小均衡に陥ることなく、 差し引いたものとしてとらえられているが、 国からの財政トランスファーに依存した構造 本来的な定義は以下に示すとおりである。 から脱却するためには、一般政府の貯蓄投資 域際収支=県外経常収支+資本収支 差額(マイナス幅)を縮小させることを前提 ここで、移輸出をEx、移輸入をIm、県外 に、民間部門で形成された貯蓄を道内での投 からの要素所得の受取(純)をincome、県外 資に振り向けることが、基本的な方向性のひ からのその他の経常移転をtransferとすると、 とつになると考えられる。 経常県外収支は、 経常県外収支= (Ex-Im) +income+transfer 4.北海道における域際収支の動向 と表され、その構成項目として財貨・サービ 次に、北海道における貯蓄投資差額と表裏 (注) 5 をなす経常県外収支の動向に目を移そう 。 スの移輸出(純)を含んでいる。 他方、資本収支については、多くの場合、 先に(3)式で示したように、貯蓄投資差額 県外からの資本移転(純)のみが、資本調達 と経常県外収支の間には恒等関係が成立して 勘定(実物取引)に計上されているにすぎな おり、それゆえに、経常県外収支と貯蓄投資 い。しかも、それは一般政府から他の制度部 差額は、基本的に同じ動きを示す。そこで、 門との間だけに行われるものと見なして推計 以下では、経常県外収支それ自体の動向もさ されているのが実状である。こうしたデータ ることながら、同収支を構成する個々の収支 上の制約から、ここでは、経常県外収支に焦 に立ち入って、その動向を追ってみたい。 点を当てていくこととする。 域際収支については、一般に、財貨・サー 図表5は、経常道外収支の動向を項目ごと (注) 5.土居[2005]は、貯蓄投資バランス論の視点から域際収支問題を取り上げている。 28 信金中金月報 2007.2 増刊号 図表5 経常道外収支の動向 (%) 20 10 0 -10 -20 -30 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 財貨・サービスの移輸出入(純) 道外からの要素所得(純) その他の経常移転(純) 道民経済余剰 (年度) (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 にみたものである。1990年代入り後の構図 ーの観点から敷衍するならば、次のとおりで としては、財貨・サービスの移輸出入(純) ある。北海道では、財貨・サービスの移輸入 が恒常的な入超状態にある中で、これを補っ 超過から資金が流出する一方、国からの財政 て余りある形で「道外からのその他の経常移 トランスファーを主体とする「道外からのそ 転(純)」の受取超過が持続している。 「道 の他の経常移転(純) 」がこれを補って余り 外からの要素所得(純) 」に関しては、1990 ある規模で流入している。さらに、財貨・サ 年代前半に支払超過がみられたものの、その ービス収支の赤字を補填した残余は、 「道外 後は入り払いがほぼバランスした状態で推 からの資本移転 (純) 」 の受取超過と相俟って、 移している。2003年度は、対道民総支出比 北海道における貯蓄投資差額のかさ上げ―― で、財貨・サービスの移輸出入(純)が△ 民間部門におけるプラス方向での拡大と一般 10.9%、 「道外からのその他の経常移転(純) 」 政府におけるマイナス幅の縮減――に貢献し が16.2%、「道外からの要素所得(純) 」が△ ている。その結果、北海道経済全体としての 0.0%となっており、その結果、経常道外収 貯蓄投資差額、すなわち「道外に対する債権 支の収支尻(道民経済余剰)は5.3%のプラ の変動」は黒字に転化し、余剰となった資金 スとなっている。 は投資先・運用先を求めて道外へ流出するこ また、道 民 経 済 余 剰 に 着 目 す る な ら ば、 ととなる。 1990年 度 の △1.4 % か ら2003年 度 の5.3 % ま これに関連して、図表6は、道民経済余剰 で、その比率は傾向的に上昇しており、北海 (経常道民収支の黒字)と「道外からの資本 道の所得形成が「道外からのその他の経常移 移転(純) 」の合計を、道民総支出との対比 転(純)」に依存する度合いを強めているこ で示したものである。 「道外からの資本移転 とがわかる。 こうした経常道民収支の動きをマネーフロ (純) 」については、その時々の景気対策との 絡みで、1990年度から1993年度までの4年間 研究論文 29 図表6 道民経常余剰と資本移転(純)の動向 (%) 15 10 5 0 -5 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 資本移転(純) 道民経済余剰 合計 線形 (合計) (年度) (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 と、1996年度から1999年度までの4年間にお ・一般政府の貯蓄投資差額と財貨・サービス いて上昇する局面がみられたが、2000年度 収支の間には、正の相関(回帰係数2.137、 以降は低下傾向に転じている。 決定係数0.659)があり、一般政府の貯蓄投 他方では、主として「道外からのその他の 資差額が投資超過の幅を大きくすればする 経常移転(純) 」の受取超過をその内実とす ほど、財貨・サービス収支の赤字もまた大 る道民経済余剰が、1990年代の半ばから伸 きくなる。 びており、2003年度には、 道民経済余剰が「道 外からの資本移転(純) 」を上回るに至った。 この関係を踏まえるならば、今後の北海道 このことは、国からの財政トランスファーの 経済においては、基盤産業(道外への移輸出 中身も、従来の開発資金(ハード・インフラ を担うリーディング企業群)を育成・振興し、 の整備)から社会保障給付を主体としたもの 国からの財政トランスファーに代わる成長通 に変容してきたことを意味する。 貨の入手経路に道筋を付けることが重要とな さらに、 前節と同様に、 貯蓄投資差額と財貨・ る。また、一般政府においては、基盤産業の サービス収支の相関をみておくと (図表7) 、両 育成・振興を通して将来の税収基盤を確立す 者の間には、次のような関係が認められる。 ることは元より、民間資金を活用した公共事 図表7 収支間の相関関係 非説明変数 説明変数 民間部門の貯蓄投資差額 うち民間貯蓄 うち民間投資 財貨・サービスの移輸出 (純) 一般政府の貯蓄投資差額 (注)1.非説明変数、説明変数は共に、対道民総支出比 2.〈 〉内はt値 (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 30 信金中金月報 2007.2 増刊号 定数項 回帰係数 決定係数 -0.042〉 -1.314〉 〈-0.470〉 〈-1.697〉 0.193 0.173〉 -0.966〉 〈4.210〉 〈-2.699〉 0.378 0.215〉 0.349〉 〈2.586〉 〈0.482〉 0.019 0.059〉 2.137〉 〈1.150〉 〈4.815〉 0.659 業の代替(PFI(Private Finance Initiative) 経常道民収支 Ex-Im+income+transfer>0 を活用した公民連携)や証券化技術を駆使し ただし、財貨・サービス収支 Ex-Im<0 た道有資産の売却・活用、あるいは業務プロ となる。だが、わが国における財政の現状を セスのリストラクチャリングよるコスト効率 勘案するならば、これまでのように、財貨・ の改善など、利用可能なターンアラウンド手 サービス収支の赤字を補填してなお余りある 法を駆使し、一般政府の貯蓄投資差額(マイ 国からの財政トランスファー(transfer)に ナス幅)を縮小させることが、基本的な方途 依存していくことは困難である。このため、 であると考える。 今後のマクロ経済運営については、一般政府 5.北海道経済の再生とその方向性 北海道経済の貯蓄投資バランスをあらため の貯蓄投資差額(Sg’-Ig)のマイナス幅を 縮小させることを前提に、民間投資Ipの拡大 による(Sp’-Ip)の縮小、もしくは移輸出 Exの振興を通しての(Ex-Im)の改善が求 て記すならば、 民間部門の貯蓄投資差額 Sp-Ip>0 一般政府の貯蓄投資差額 Sg-Ig≒0 められる(図表8) 。 こうした考え方は決して斬新なものではな *資本移転(純)を含む移転等の受取前 く、伝統的には、需要主導型の「移出基盤ア 民間部門の貯蓄投資差額 Sp’-Ip>0 プローチ」において説かれてきたところであ 一般政府の貯蓄投資差額 Sg’ -Ig<0 る(注)6。移出基盤アプローチでは、地域の産 図表8 北海道経済の再生とその方向性 域際収支の改善 民間貯蓄の活用 基盤産業(移輸出)の振興 民間投資の拡大 移輸出・設備投資主導型の所得成長 所得成長による 税収基盤の拡充 民間需要による公的需要の代替 所得水準の維持 税収の確保 行財政構造のリ ストラに伴う直 接的な歳出削減 PFIの活用や民 営化による公的 需要の代替 公的需要の代替 による歳出削減 財政赤字の縮減 社会資本整備の重点化 行政サービスの効率化 (注) 6.需要主導型の「移出基盤アプローチ」については、さしあたりアームストロング+テイラー(佐々木監訳)[2005]の第 4章を参照 研究論文 31 業を、域外に財貨・サービスを販売する移出 よう。地方自治体の財政が逼迫する中で、と 産業(基盤産業)と、移出産業の活動から派 もすれば政策的な経費の財源を国からの補助 生する需要に応える域内産業(非基盤産業) 金等に求める傾向にあるが、これは一般政府 に分類したうえで、地域の所得水準はその地 の枠内で自主財源を国からの財政トランスフ 域からの移出によって決定され、移出の増加 ァーに振り替えているにすぎない。北海道経 が地域の経済成長をもたらすとされている。 済全体としての需要を確保し、なおかつ国か このことを踏まえても、今後の北海道にお らの財政トランスファーに過度に依存したこ いて必要なのは、動かすことのできない資源 れまでの体質を転換するためには、PFIを活 (Immobile Factors of Production)の比較優 用した民間投資による公共投資の代替や公的 位に裏打ちされた移輸出産業や、 「規模の経 事業の民営化(Privatization)など、民間部 済」あるいは「集積の経済」を競争力の源 門における貯蓄超過を活かした公民の連携が 泉とする移輸出産業であり、これを育成・振 今まで以上に必要となってこよう。 興し道内における波及効果を高めていくこと 北海道経済の体質ともいえる“依存”の連 が、民間投資の拡大や移輸出へのドライブに 鎖から抜け出すことは、決して容易なことで つながるものと考えられる。 はない。しかし、国からの財政トランスファ しかし、その一方で、いかに移輸出産業の 育成・振興を企図したとしても、それが旧産 炭地振興でみられたように、単なる分工場の 誘致に止まるならば、地元雇用や税収面での 効果はあったとしても、大半の資本財や原材 料・中間製品、あるいはより高次のサービス ーに依存した経済から脱却する方途がまった く見出せないわけではない。 6.貯蓄投資バランスと資金の地域間 移動 これまでの議論を踏まえて、北海道経済が は域外に求められ、 北海道はいわば「飛び地」 成長活力を取り戻していくためには、民間部 的な移出加工区のポジションに甘んじること 門における超過貯蓄を活用した投資の拡大 も考えられる。その意味で、これからは、北 や、移出競争力の向上をドライビング・フォ 海道の地に根ざした企業家の輩出や新規事 ースとする財貨・サービス収支の改善が基本 業の創出など内発型の産業振興を図るととも となる。具体的には、設備投資による体化技 に、道内関連産業への波及効果が期待できる 術(Embodied Technology)の導入やR&D活 企業を戦略的に誘致することが重要であると 動を通しての技術革新、 市場のニーズ(needs) 考える。 やウォンツ(wants)に即した新製品・新サ また、今日、 「選択と集中」が常套句とな ービスの開発や事業革新、戦略的な観点から っている北海道の財政事情についても、これ の企業誘致などが求められよう。さらに、こ まで以上に支出の効率化や重点化が求められ れらの活動を支え、ヒト・モノ・カネ・情報 32 信金中金月報 2007.2 増刊号 といった各種の資源を域内で効率的に活用し 由来する「地域性」とともに、資金移動の空 たり、域外から吸引したりするための各種イ 間を域外に求めることもできるという意味で ンフラの整備も、投資の拡大や生産性の向上 の脱「地域性」が内在している。 にとって欠かすことのできない事柄である。 例えば、地域金融システムが動員した貯蓄 しかし、経済活動に関わる意思決定が分権 に比して、リスク・リターン・プロファイル 的に行われる市場経済システムにおいては、 の関係から適切な投資機会を見出し難いとき 貯蓄と投資が過不足なくマッチングする保証 や、中央政府からの財政トランスファーや公 はない。金融システムが存在することの意義 的金融による貸出を原資とした投資が政策的 は正に、貯蓄と投資を効率よくマッチングさ に行われる場合、あるいは民間投資において せることにあり、金融取引に伴う情報の非対 も他地域からの資本移転によってファイナン 称性の解消・緩和やリスク分担機会の提供を スされるような場合には、仮に地域金融シス 通して、貯蓄の動員と投資機会の実現を促す テムが正常にワークしていたとしても、貯蓄は ことにある。 投資に比して相対的に過剰な状態となること だが、国民経済的な視点から構築された金 がある。このとき、相対的に過剰な貯蓄は、そ 融システムと、国土の部分空間において貯蓄 の運用先を求めて域外に流出することとなる。 の動員と投資機会の実現を担う地域金融シス 地域金融システムがこうした「地域性」と テムとでは、次のようなシステム上の差異が 脱「地域性」を併せ持つことを念頭に置きな 見出される(注)7。すなわち、国民経済的な視 がら、以下では、Feldstein & Horioka[1980] 点から構築された金融システムにおいては、 の手法を用いて、貯蓄投資バランスから地 金融取引に関わる制度的な枠組みや通貨単位 域的な資金移動の様相を眺めてみよう(注)8。 の国際的な相違から、相対的に自律的かつ自 Feldstein & Horioka[1980]は、OECD諸 国 己完結的な形でシステムが構築されている。 における貯蓄と投資の関係を取り上げ、両者 これに対して、地域金融システムは、その展 の間の強い相関関係から、国内投資が国内貯 開の“場”が国土の部分空間であるがゆえに、 蓄に依存していることを明らかにした。各国 資金移動を妨げる制度障壁が存在せず、シー の金融システムが市場メカニズムに基づいた ムレスな形で国民経済的な金融システムに包 効率的な資金配分の“場”として再構築され、 摂されている。言い換えるならば、地域金融 国内外の市場が統合の度合いを強めていく中 システムおいては、資金移動に関わる開放度 で、各国の資金移動がそれほど自由に行われ が相対的に高く、このため、地域金融システ ているわけではないことを意味している。 ムには、展開空間の社会的・経済的な特性に 具体的には、 I(投資) 、 S(貯蓄) 、 Y(総生産) (注) 7.地域金融システムの構造特性に関わるより詳細な議論は、齋藤[2005a]で取り上げている。 8.以下の議論は、野間[2005]に依拠している。だが、野間[2005]の分析では、域外からの受取・移転等は顧慮されていない。 研究論文 33 の間の関係として、 成15年度県民経済計算」を用いて、東京を I / Y=α+β(S / Y) 除く46道府県の粗貯蓄率と粗投資率をプロ を想定し、βの値とその有意性をみることで、 ットしたものである。ここでの粗貯蓄は、県 投資が貯蓄にどの程度依存しているかを判断 民可処分所得から民間最終消費支出と政府最 している。推計されたβの値は1に近く、統 終消費支出、その他の経常移転(純)を差し 計的にも有意な値であることが実証された。 引いた値に、固定資本減耗を加えたものであ 国際的な資金移動が自由に行われるならば、 る。粗投資は、県内総資本形成に固定資本減 自国の貯蓄に依存しなくとも投資を行うこと 耗を加えた値(民間投資は、県内総資本形成 は可能である。しかし、実際の投資は国内の (民間)に固定資本減耗(除く政府サービス 貯蓄に左右されていたのである。 生産者)を加えた値)である。 Yamori[1995]は、Feldstein & Horioka 先に示した単純回帰モデルのパラメータβ [1980]の手法を都道府県における貯蓄と を最小二乗法で推計してみると、 投資の関係に適用し、総投資については貯 総 投 資:I / Y=0.364-0.223(S / Y) 蓄との間にマイナスの関係がみられること、 (19.561) (△4.342) 民間投資については有意な関係が見出せな R2=0.300 ( )内はt値 かったことを報告している。この結果は、 民間投資:Ip / Y=0.189+0.023(S / Y) Feldstein & Horioka[1980]とは逆に、国 (15.144) (0.655) 内においては、民間部門の投資活動との関わ R2=0.010 ( )内はt値 りで、資金移動が自由に行われていることを となり、いずれにおいても、県内における投 示唆している。 資が県内における貯蓄に依存しないことがわ 図表9は、内閣府経済社会総合研究所「平 かる。また、総投資ベースでは、粗貯蓄率が 低いほど粗投資率が高くなるという 図表9 貯蓄と投資の関係:46道府県(2003年度) 関係がみられるが、これは、経済基 (%) 50 盤が脆弱な地方圏に対して、国から 40 の財政トランスファーや財政投融資 粗投資率 を財源とする公共投資が手厚く行わ 30 れてきたことの現れであると推察さ 20 れる。さらに、国民経済的な視点に 10 0 立つならば、資金の活用に関して示 0 10 20 粗投資率 30 粗貯蓄率 40 50 粗投資率(民間) (出所)内閣府経済社会総合研究所「平成15年度県民経済計算」 34 信金中金月報 2007.2 増刊号 60 (%) 唆されることは、域内での循環を促 すこと以上に、地域間における資金 移動をより効率化することや、投資 家や金融機関に対してより有利な投資機会を 民間投資:Ip / Y=-0.032+0.987 (S / Y) 提供し、他の地域から資金を吸引する仕組み (△1.013) (6.533) を整えることが、地域経済の発展にとってよ り重要であるということである。 7.北海道の金融システムを巡るジレ ンマ R2=0.781 ( )内はt値 となり、先にみた46道府県のクロスセクシ ョン・データによる推計結果とは対照的に、 北海道においては、道内の投資が道内の貯蓄 に依存していると解釈される。それゆえに、 先の46道府県による推計結果が示唆する 北海道経済にとっては、資金の地域間移動を ところに従うならば、北海道から道外に向か 効率化することもさることながら、資金の域 う資金の移動をどのように考えたらよいのだ 内活用の度合いをいかに高めるかが重要な課 ろうか。金融の「市場化」が進捗する中で、 題であり、国民経済的な視点から効率化を追 より有利な投資機会を求める効率的な資金移 求する金融システムのリフォームと整合的な 動の帰結として受け入れるべきなのか。ある 形で、資金を道内に「還流」させる仕組みづ いは、地域間競争が激しさを増す中で、実物 くりが必要となる。 経済面での魅力に乏しい北海道経済の有り様 として甘受すべきことなのか。 域内の投資が域内の貯蓄に依存している場 合、一般的には、資金の域内循環の確立が主 国内地域間における自由な資金移動は、北 張されよう。しかし、 ここでは、 あえて 「還流」 海道経済にとってどのようなインプリケーシ という用語を充てたい。 「還流」というのは、 ョン(含意)を持つか。ここでは、北海道に 資金が日本経済全体を循環した後に、再び北 おける貯蓄と投資の関係について、あらため 海道に戻ってくるという意味である。例えて てみておこう。 いうならば、母なる川から大海原を巡った後 図表10は、北海道における粗貯蓄率と粗 投資率の関係を示したものである。これによ 図表10 貯蓄と投資の関係:北海道(90 ∼ 11 03年度) (%) ると、両者の間には正の関係があるように読 40 み取れる。そこで、93SNAベースで遡及さ ータを用いてパラメータβの値を推計してみ ると、 総 投 資:I / Y=0.026+1.247(S / Y) (0.647) (6.659) 2 R =0.787 ( )内はt値 粗投資率 れている1990年度から2003年度の時系列デ 30 20 10 0 15 20 25 粗貯蓄率 粗投資率(民間投資) 30 (%) 粗投資率(総投資) (出所)北海道「平成15年度道民経済計算推計」 研究論文 35 に、再び川に戻ってくる鮭のイメージである。 るなど、資金を域外から引き寄せる主体的な これに対して、 「循環」というのは、現に 工夫――いわばMarket-Friendlyな、新たな 地域にある資金をできるだけ域外に流出させ 金融の「制度化」――が求められよう。 ることなく、地域経済の内部で反復的に活用 金融の「市場化」が進捗する中で、資金は しようというニュアンスが色濃く現れてい より高い運用効率を追い求め、その帰結が る。おそらく「循環」ということだけを強調 東京をはじめとする大都市圏への資金集中 してしまうと、国民経済的な視点から構築さ となって現れている(注)9。こうした資金の動 れた金融システムとの整合性が保てなくなる きは、水平的な移動を欠き、垂直的な移動が 可能性もある。それゆえに、ひとたび資金が 支配的であるという意味での歪さを内包して 道外に流出しようとも、北海道に還流するよ いるが、一面においては、金融システムが うな機構を整えていく必要があると考える。 Nationwideなスケールで機能している証左で これまでの北海道経済においては、日本政 もある。 策投資銀行およびその前身の北海道東北開発 しかし、その一方において、北海道では投 公庫が資金を還流させる制度的な仕組みとし 資が貯蓄に依存する傾向が強く、かかる点に て、産業振興の面で大きな役割を果たしてき おいて、 「道内で形成された貯蓄をいかに円 た。しかし、日本政策投資銀行の民営化が既 滑に投資に振り向けるか」という金融システ 定の方針となる中で、国民経済の中枢から地 ムにとって最も根源的な問いが投げかけられ 域に資金を「政策的」に還流させる仕組みが ている。国民経済的な資金移動の効率性と資 またひとつ無くなろうとしている。 「官から 金の地場有効活用を課題とする北海道経済の 民へ」「政治的なメカニズムに依拠した政策 事情をいかに両立させるか。ここに、北海道 的な資源配分から、市場メカニズムを重視し における金融システムのジレンマがある。一 た効率的な資源配分へ」 。政策的な還流の資 義的には、北海道経済の実物的な側面を変 金源泉として機能してきた郵便貯金事業もま 革していくことが、資金の有効活用を図るう た、民営化への道を歩み始めている。 えでの鍵となるが、他方では、投資機会に関 最早、地方に対する資金の還流機構として、 する情報生産・発信機能の強化や公民が連 公的金融システムに多くを期待することはで 携したリスク分担など、資金の域内循環や きない。むしろこれからは、地方の側から投 Nationwideなスケールでの還流を促す仕組み 資機会を発掘したり、投資環境を整えたりす づくりが求められている。 (注) 9.1990年代入り後の北海道の状況に関しては、齋藤[2003]を参照されたい。 36 信金中金月報 2007.2 増刊号 〈参考文献〉 Feldstein,Mattin,S and Charles Horioka,“Domestic Saving and International Capital Flows”,The Economic Journal,Vol.90, 1980. Yamori,Nobuyuki,“The Relationship Between Domestic Saving and Investment : the Feldstein-Horioka Test using Japanese Data”,Economics Letters,Vol.48,1995 アームストロング. H+J. テイラー(佐々木公明監訳) 『 〔改訂版〕地域経済と地域政策』流通経済大学出版会(2005年) 齋藤一朗「北海道のマクロ経済循環と金融構造」日本郵政公社北海道支社貯金事業部『平成14年度・郵便貯金委託研 究報告書』(2003年9月) 齋藤一朗「地域金融の構造と資金循環アプローチ」日本政策投資銀行地域政策研究センター『RP Review』2005 No.2、Vol.17(2005年8月〔2005a〕) 齋藤一朗「北海道経済の財政依存構造」㈳北海道総合研究調査会『しゃりばり』第282号(2005年9月〔2005b〕 ) 齋藤一朗「北海道の貯蓄投資バランスと資金循環」 」北海道創世ビジョン策定委員会編『北海道再生のシナリオ PartⅡ』 ㈳北海道雇用経済研究機構(2006年2月) 齋藤一朗「地域金融機関のビジネスモデルとその変容」日本郵政公社北海道支社貯金事業部『平成17年度・郵便貯金 委託研究報告書』(2006年9月) 佐野修久「地域の財政依存構造」日本政策投資銀行地域政策研究センター『地域政策研究』Vol.3(2000年12月) 千葉立也・藤田直春・矢田俊文・山本健児編『所得・資金の地域構造』大明堂(1988年) 土居丈朗「域際収支からみた地域再生に関する一考察」三菱信託銀行『視点』2005年1月号(2005年1月) 野間敏克「地域間資金移動と資金循環」堀江康熙編著『地域金融と企業再生』中央経済社(2005年) 峯岸直輝「県民経済計算からみた都道府県の経済構造」信金中央金庫総合研究所『内外経済・金融動向』No.16-10(2005 年2月) 研究論文 37 研究論文 信用金庫の経営と地域経済活動の関係について 名古屋大学大学院 経済学研究科教授 家森 信善 愛知大学 経済学部助教授 【プロフィール】 打田 委千弘 家森 信善 名古屋大学大学院 経済学研究科 家森 信善 教授 1988年神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了 2004年名古屋大学大学院経済学研究科教授。経済学博士 専門分野:金融論 著書: 『地域金融システムの危機と中小企業金融』 (千倉書店2004年) (東洋経済新報社2006年) 『図解これだけでわかる日本の金融』 打田 委千弘 愛知大学 経済学部 打田 委千弘 助教授 1997年立命館大学大学院経済学研究科博士課程後期課程単位取得 退学 2002年愛知大学経済学部助教授。博士(経済学) 専門分野:金融論・応用計量経済学 論文: 「銀行貸出と地価、預金及び郵便貯金との関係について」 『国 民経済』 (国民経済研究協会、2003年) (共著) (キーワード) リレーションシップバンキング、地域金融、信用金庫、市町村 (要 旨) 信用金庫は地域経済において重要な役割を果たしているといわれる。本稿では、信用金庫 の経営指標が、信用金庫の立地する市町村の実体経済活動にどのような影響を与えているの かを実証的に分析している。その結果、信用金庫の経営方針は、市町村の実体経済活動に大 きな影響を与えていることが確認できた。ただし、本稿の結果からは、金融システム危機の 際にいわれたように金融機関の健全性の低下が地域の足を引っぱるということではなく、信 用金庫のリスクテイク態度が地域経済の成長性に影響を与えていると考えられる。 38 信金中金月報 2007.2 増刊号 1.はじめに 金融機関の健全性が最も損なわれた極限的 な状況が金融機関の破綻である。 したがって、 1990年代は、「失われた10年」としばしば 地域金融機関の破綻が(当該金融機関と取引 呼ばれるように、経済活動が低迷した。その 関係にある)企業や地域経済にどのような影 原因について様々な要因が取り上げられてい 響があるかを調べてみることでも、金融機関 るが、その中の主要な論点の1つは、金融機 の機能不全仮説が検証できよう。こうした 関の不良債権問題をはじめとした金融仲介機 問題意識から行われた研究に、Yamori and 能の低下が大きな影響を与えているのではな Murakami[1999]や堀・高橋[2003] 、村上 いかという金融仲介機関の機能不全を重視し [2006] がある。Yamori and Murakami [1999] た見方であった。 は、1997年11月17日の北海道拓殖銀行の破 金融仲介機関の機能不全が地域経済に与え 綻前後において、北海道拓殖銀行と長期的な るメカニズムとしては、たとえば、堀・木滝 関係(メインバンク関係)を持っている企業 [2003]は、 (1)不良債権累増による自己資 の株価にどのような影響が出たかを調べ、密 本の毀損(キャピタル・クランチ) 、 (2)金 接な関係がある企業ほど大きなマイナスの影 融機関破綻による蓄積情報の喪失(破綻によ 響を受けていることを見出している。 つまり、 る情報滅失) 、 (3)資産価格下落による担保 株式市場は銀行の機能不全が企業経営にマイ 価値の下落(担保価値下落による資金仲介費 ナスになると評価(予測)していたことにな 用上昇)等に起因するクレジット・クランチ、 る。一方、堀・高橋[2003]は、北海道拓 を指摘している。また、これら以外に、デッ 殖銀行の破綻前後における取引先企業の財務 トオーバーハングの効果や追い貸し等の影響 データを分析し、上場・店頭等公開企業のデ も考えることができる(注)1。 ータでは、破綻に関する影響が事後的にほと ただ、堀・木滝[2003]は、都道府県別 んど見られなかったことを示している。 データを用いて金融機関の健全性と地域経済 村上[2006]は、阪和銀行の破綻が阪和銀 の関係を分析し、金融機関の財務状態や金融 行をメインバンクとしている非公開企業の 機関破綻の多寡と県内総生産や設備投資の変 ROEや当期利益に、どのような影響を与え 化率との間には、明確な関係が見られないこ ているかをサンプルセレクションモデルを用 とを見出している。その意味で、上記のよう いて実証分析している。その結果、阪和銀 な金融仲介機関の機能不全の実態的な重要性 行を取引順位1位としている企業の利益水準 に疑問を呈している形となっている(注)2。 が、阪和銀行の破綻によって有意に低下して (注)1.リレーションシップバンキングに対する総括的な文献としては村本[2005]、京都の信用金庫についての詳細な実証分析 については湯野編[2003]、地域金融機関の特徴等を分析したものとしては、家森[2004]を参照のこと。 2.打田[2006]は、都道府県の実体経済変数と地方銀行・第2地方銀行の健全性指標(収益性や破綻先債権額などを指標化 した変数)との関係性を実証分析し、地方銀行の健全性指標と実体経済変数との間には有意な関係性を見出している。 研究論文 39 いることが示されている。村上[2006]では、 出態度は中小企業の経営に大きな影響を与え これらの結果をメインバンクの破綻による、 ると予想される。実際、Hancock and Wilcox 蓄積された情報の滅失の効果であると解釈し [1998]は、大銀行に比べて中小銀行の貸出 ている。 このように先行研究では、銀行の機能不全 仮説が明確に立証されているわけではない。 額の減少は、地域の実体経済活動により大き な影響を与えることを見出している。 このように「大」銀行と「小」銀行では顧 しかし、先行研究において扱われてきたのは 客層の違いから地域経済に影響を与える度合 銀行であり、信用金庫ではない。そこで、本 いが異なる可能性があり、銀行データを使っ 稿では、信用金庫の経営が地域の経済にどの た分析を単純に信用金庫に適用して解釈する ような影響を与えているかを分析する。 また、 ことは不適切である。こうした議論は、政策 地域への影響を見る従来の研究との違いとし 的にも大変意義がある。たとえば、預金保険 ては、これまでの多くの研究では都道府県レ 法の金融危機対応制度や金融機能強化法にお ベルのデータを使っていたが、信用金庫を対 いて、公的資金の注入要件として地域経済に 象にする以上、都道府県では影響が薄まりす おける重要性が掲げられており、 多くの場合、 ぎると考え、市町村レベルのデータを使うこ それは当該金融機関の規模によって測られて とにした点がある。 いる。しかし、地域経済への影響力は、当該 ただし、信用金庫について分析することは 金融機関の単純な規模ではなく、顧客層が誰 単に業態やデータだけの問題として重要なわ であるかも重要なのである。したがって、信 けではない。Hancock and Wilcox[1998]は、 用金庫の経営が地域の経済にどのような影響 米国における地域金融機関の健全性と地域の を与えているかを分析することは、こうした 経済活動との関係を検証しているが、彼らの 公的資金の注入要件についても示唆を与える 重要な視点は、地域経済活動に対する金融機 ものである。 関の健全性の効果は、「大」銀行と「小」銀行と さらに、2003年以来、金融庁はリレーシ で異なるということである。一般に大銀行が ョンシップバンキングの機能強化を重要な政 顧客に持つ大企業は、証券市場などの銀行借 策課題としてきているが、個別の企業と金融 入以外の代替的な資金調達手段を持っている 機関の関係を越えて、それが地域経済の活性 ので、銀行貸出が (銀行の事情で) 減少しても、 化につながっているのかは十分に解明されて 投資戦略などへの影響を軽微なものにするこ こなかった。本稿の分析は、こうしたリレー とができる。他方、中小銀行が顧客にする中 ションシップバンキングの機能強化策を地域 小企業の場合は、証券市場などの利用が困難 活性化にどのようにつなげていったらよいの で銀行借入の途絶は直ちに資金の利用可能性 かについても意義深い分析となっている。 に影響を与える。したがって、中小銀行の貸 40 信金中金月報 2007.2 増刊号 あらかじめ、本稿の主要な結論をまとめて おくと、以下のとおりである。信用金庫は地 域経済において重要な役割を果たしていると BSit-1:信 用金庫のバランスシート変数(自己資 本比率、繰延税金資産比率、負債比率) いわれるが、本稿の実証分析の結果、信用金 Shinit-1:信用金庫の店舗比率 庫の経営方針が市町村の実体経済活動に大き ECit-1:県 レベルの経済環境変数(都道府県別企 な影響を与えていることが確認できた。ただ 業倒産負債額、実質県内総生産) し、本稿の結果に基づけば、金融システム危 機の際にいわれたように金融機関の健全性の iit-1:貸出金利差 (信用金庫の貸出金利-地方銀行・ 第2地方銀行の貸出金利) 低下が地域の足を引っぱるということではな 複数年度に渡って分析するのが望ましい く、信用金庫のリスクテイク態度が地域経済 が、今回は、金融システム危機が叫ばれてい の成長性に影響を与えていると考えられる。 た2001年度・2002年度を対象にする。つまり、 本稿の構成は、以下のとおりである。2節 t=2002、t-1=2001である。 で推定モデルおよびデータを説明し、3節で Zitは、i 信用金庫の本店がある市町村の実 推定結果を提示する。最後に、4節で結論と 体経済を表す変数である。具体的には、工業 今後の課題を示す。 製品年間出荷額と課税対象所得額を取り上げ る。工業製品年間出荷額は、市町村レベルに 2.推定モデル及びデータの説明 おける製造業の動きをとらえるための変数で (1)基本推定モデルと被説明変数 ある。課税対象所得額は、市町村レベルにお 本稿は、市町村単位の信用金庫の貸出需 けるトータルの動きをとらえるためであり、 要関数・供給関数の誘導形として、以下の データとして把握しにくい非製造業の状況を ような推定式を考える。Hancock and Wilcox とらえるために採用した。工業製品年間出荷 [1998]と基本的には同じ推定式である(注)3。 額は、経済産業省経済産業政策局調査統計部 当該市町村に本店がある信用金庫の経営指標 産業統計室編による『工業統計表』に依って が、当該市町村の実体経済変数に影響してい いる。課税対象所得額は、総務省自治税務局 るかを直接推定するモデルとなっており、内 市町村税課による市町村税課税状況等の調べ 生性の問題を考慮して、説明変数はすべて前 に依っている。これらは、 朝日新聞社『民力』 (2005年版)CD–ROMをベースに利用してい 年の値を利用している。 Zit=(BSit-1, Shinit-1, ECit-1, iit-1) (1) Zit:実体経済を示す変数(工業製品年間出荷額、 る。これらの変数の対数変換したものを推定 モデルにおいて使用している(注)4。 課税対象所得額) (注)3.Hancock and Wilcox[1998]の推定モデルは、全ての変数を階差モデルとして利用している。本稿では、サンプル期間 の関係から階差モデルにはなっていない。 4.市町村レベルのデータと信用金庫の経営指標をマッチングさせる場合に問題となるのが、この間の市町村合併である。 本論文では、朝日新聞社『民力』CD-ROM2005年版の市町村区分を基本としているため、市町村合併があった場合には、 旧市町村の基本データを加算して計算している。 研究論文 41 (2)説明変数1:信用金庫のバランスシート Capit:会員勘定合計額 変数 Fit:負債比率 BSit-1は、信用金庫のバランスシート変数 Debtit:負債合計額 である。本稿では、自己資本比率、繰延税金 Assetit:資産合計額 資産比率、負債比率の3つを利用する。自己 こうした変数の係数を検証することが本稿 資本比率は、BIS基準の公表データを用いる。 の最大の目的である。冒頭で紹介した金融機 繰延税金資産比率は、信用金庫の繰延税金資 関の機能不全仮説が正しければ、自己資本比 産額を会員勘定合計で除したものである。会 率(CAR)が低い金融機関が多い地域では 員勘定とは、信用金庫における自己資本を 貸出が行われにくくなり、企業の借入制約が 示した勘定科目である。1990年代後半以降、 強まって経済活動が低迷しているはずであ 日本の金融機関は、BIS基準の自己資本比率 る。逆に、自己資本の制約がない金融機関は (国内基準では4%)を維持するため、自己資 積極的に貸出が行えるので、当該地域の経済 本の内容として繰延税金資産を大幅につみ増 活動は活発化するはずである。したがって、 していると批判されていた。そもそも繰延税 CARの係数はプラスとなると考えられる。 金資産とは、貸借対照表上に記載されている 一方で、金融機関の経営が地域に影響を与 資産・負債勘定と課税対象となっている資産・ えるとしても、全く逆の可能性もある。金融 負債勘定の金額が異なる場合、その差異に係 機関が非常に保守的な経営を行っているとす わる法人税等を適切な期間に配分することを れば自己資本比率は高くなるが、地域の中小 目的(税効果会計)に、将来回収が見込まれ 企業に対してリスクマネーの供給を絞ってい る税金額を計上するものである。今回、その ることも意味する。したがって、自己資本比 金額の自己資本に該当する金額に対する比率 率の高さが信用金庫のリスクテイクの態度で を繰延税金資産比率と呼ぶことにした。負債 あると考えれば、低リスク型の経営をする信 比率は、負債合計を資産合計で除した変数で 用金庫の地元の成長は低いということにな ある。データの出所は『全国信用金庫財務諸 る。したがって、こちらの効果が強ければ、 表』である。 CARの係数はマイナスになる。 具体的には、以下のような変数である。 Kit = uriit K Capit Fit = ebtit D Assetit (2) Kit:当該信用金庫の繰延税金資産比率 Kuriit:繰延税金資産額 42 信金中金月報 2007.2 増刊号 (3) 最後に、CARの係数が有意でない場合は、 上記のプラス・マイナスの効果がちょうど打 ち消しあったという可能性もゼロではない が、信用金庫の経営態度が地域経済に影響 していないと考えるほうが自然であろう。理 論的には、リレーションを維持する企業と金 融機関の間には相互依存関係が形成されるの で、何らかの影響が見られるはずである。し +労働金庫+農協・農林中金)の店舗数を分 かし、個別企業への影響ではなく、地域経済 母として、信用金庫の店舗数を分子にとった への影響を見る場合には、 (地域全体として) 比率である。上記のデータは、東洋経済新報 信用金庫だけに依存している企業が少なけれ 社『地域経済データCD–ROM』 (2003年版) ば、地域への影響が軽微すぎて、検出できな を利用している。 いことはおかしなことではない。また、信用 こうした変数を採用するのは、小銀行が多 金庫の規模が比較的大きくても、代替的な金 い地域ではソフト情報が蓄積されており、中 融機関が多い地域で影響は軽微になると予想 小企業の活動が活発になることを指摘してい される。たとえば、自己資本が不足して貸出 る研究や、中小金融機関の存在が中小企業の 態度を消極化させた信用金庫がいても、地域 銀行との交渉力を強化する点を指摘する研究 内に代替的な金融機関があれば、そちらから があるからである。 の借入を増やすことで、企業は悪影響を緩和 Berger, Hasan and Klapper[2004]は、コ しようとするであろう。Berger et al.[1998] ミュニティバンクと経済パフォーマンスに関 は、金融機関の合併によって合併当事者の中 して国際比較研究を行っている。 具体的には、 小企業貸出が減少するが、地域内の他の金融 1993年から2000年の49か国(先進国21、途 機関の中小企業貸出が増加して、合併の中小 上国28国)のデータを使い、コミュニティ 企業金融に対する悪影響が緩和されているこ バンクのシェアの高い国では、経済成長率が とを見出しているが、同じような緩和メカニ 高いことを見出している。また、コミュニテ ズムが機能不全仮説に対しても働く可能性が ィバンクの効率性が高い国の方が、経済成長 ある。したがって、代替的な金融機関が多い 率が高いことも示した。さらに、コミュニテ 場合にも、地域経済への影響は軽微なものに ィバンクのシェアの高い国ほど、中小企業の なると予想される。 経済に占めるウエイトが高いことも確認して なお、本稿では、バランスシート変数とし いる。 て、自己資本比率以外に、繰延税金資産比率 彼らの解釈によれば、大銀行は中小企業貸 と負債比率を用いている。これらの係数の符 出に不向きであり、中小企業の情報問題を解 号は自己資本比率とは反対になることに注意 決するコミュニティバンクが活躍しているほ する必要がある。 ど、ソフト情報が活用され、中小企業が活躍 する経済となり、経済活力が高まるというわ (3)説明変数2 けである。彼らの得た推定値を使うと、先進 Shinit-1は、当該市町村における信用金庫の 国においては、コミュニティバンク(資産 店舗比率である。具体的には、当該市町村に 10億ドル以下)のシェアが10%ポイント高 ある全金融機関(銀行+信用金庫+信用組合 まると、GDP成長率が0.5%ポイント上昇す 研究論文 43 るという試算となっており、かなりの大きさ Carter et al.[2004]は、小規模銀行が大 である。また、途上国においては、コミュニ 銀行に比べてパフォーマンスが高くなりうる ティバンク(資産1億ドル以下)のシェアが 理由として、 次のような理由を指摘している。 10%ポイント高まると、GDP成長率は1から 第一に、情報優位性である。一般に、小銀行 2%ポイントも高まる。 の方が顧客に関して良い信用情報を持ち、顧 また、Carter et al.[2004]は、小規模銀 客のモニターが可能である。たとえば、小銀 行が中小企業貸出において優位性を持ってい 行が相手にする小企業は一銀行と取引するだ ることを、1996年から2001年のアメリカの けであるので、その預金口座を監視すること 銀行データを使って検証している。その検 で、 売り上げの急減などが察知できる。他方、 証結果によると、大銀行(総資産10億ドル 大銀行が取引する大企業では複数の銀行と取 以上)と小銀行(総資産3億ドルから10億ド 引をしており、1銀行の預金口座では十分な ル)のリスク調整済み貸出収益率(貸倒れ費 情報は得られない。第2にリレーションシッ 用を考慮)は、4.19%と6.02%で約2%ポイ プの構築である。小銀行では、顧客企業との ントも小銀行の方が高く、総貸出に占める中 リレーションシップの構築によって、情報問題 小企業貸出(元本100万ドル以下の貸出と定 が緩和されている。第3に、ソフト情報の活 義)の比率は、大銀行が44.65%で、小銀行 用である。 小企業貸出は標準化できないので、 が68.71%であり、小銀行の方が中小企業貸 ソフト情報をもつ小銀行が顧客に対して優位 出依存度が高い。 性 を も つ。第4に、Berger and Udell[2002] そして、資金調達コスト、立地(小銀行の が指摘するように、フラットな組織構造であ 方が銀行数が少なく競争が乏しい田舎の市場 る。フラットな組織は、ソフト情報の活用や で営業している) 、貸出の平均金額(小銀行 その弊害を最小化することができる。したが のポートフォリオでは、 小規模貸出が多いが、 って、中小企業金融に伴う情報の非対称性の その小規模貸出の方が金利が一般に高い) 、 問題が緩和されることを示している。 貸出費用などをコントロールした回帰分析に 以上のように海外での先行研究の結果を参 よって、①中小企業貸出依存度が高い方がリ 考にすれば、信用金庫店舗比率が高い地域で スク調整済み貸出収益率が高くなること、② は成長性が高いことが予想される。 銀行の規模(総資産)が大きくなるほどリス ク調整済み貸出収益率が低くなること、など を見出した。この結果は、大銀行が収益性の (4)その他の説明変数 ECit-1は経済環境変数であり、本稿では、 高い中小企業貸出を行えないことを意味して 当該都道府県の企業倒産負債額、都道府県の おり、小銀行が大銀行に比べて何らかの利点 実質県内総生産を利用する。これらのデータ を持っていることを示唆している。 は、 すべて東洋経済新報社の『地域経済総覧』 44 信金中金月報 2007.2 増刊号 から用いている。 (5)推計式 iit-1は、当該信用金庫の貸出金利から当該 具体的な推定式は、線形の推定モデルとし 都道府県を本店とする地方銀行・第2地方銀 て以下のような2つの定式化を推計すること 行の貸出金利を差し引いたものである。当該 にした。 都道府県を本店とする地方銀行・第2地方銀 Ln (Zit) =α1+α2・BSit-1+μit 行の貸出金利は、 『月刊金融ジャーナル』の Ln (Zit) =α1+α2・BSit-1+α3・Shinit-1+α4・ 全国銀行の経営効率比較の部分を用いてい Ln (ECit-1) +α5・iit-1+μit (4) (5) る。当該都道府県に複数の地方銀行・第2地 (4) 、 (5)式において、われわれがまず検 方銀行が存在する場合は、該当する銀行の貸 証したいのはBSの係数である。金融機関の 出金利の単純平均を用いて計算している。信 機能不全仮説が正しければ、有意にプラスの 用金庫の貸出金利は、上記の財務諸表データ 係数(自己資本比率の場合)が得られるであ から貸出金利息を貸出金で除したものを利用 ろう。逆に、リスク態度仮説が正しければマ している。地域による客層や経済環境の違い イナスの係数が得られるであろう。ただし、 をコントロールするために、今回は銀行の貸 プラスの係数が得られた場合であっても、直 出金利をベンチマークとして利用している。 ちに機能不全仮説が示せたとは言えないこと 信用金庫しか借入先がないような企業が多い にも注意が必要である。というのは、地域経 ほど、信用金庫の貸出金利水準が地域経済に 済が良好だから信用金庫の不良債権が少なく 与える影響は大きくなるであろう。逆に、信 自己資本比率が高くなっているという逆方向 用金庫の重要性が低ければ、信用金庫の貸出 の因果関係があり得るからである。われわれ 金利は影響しないであろう。 の推定では、1期前のBSの値を使ってこうし 他方で、次のような解釈も可能である。一 た逆方向の因果関係の影響を軽減する工夫を 般に、信用金庫の貸出金利は銀行よりも高い しているが、地域経済のパフォーマンスに時 ので、貸出金利差はプラスになる。すなわち、 系列相関が残る以上、完全には排除できない 信用金庫が積極的にリスクの高い借り手にお と考えられる。逆に、マイナスの係数が得ら 金を貸しているのなら、平均貸出金利は高く れた場合は、そうした逆の因果性を打ち消す なるので、この差は大きくなるはずである。 大きな影響があることになる。 したがって、iit-1が大きいほど、信金のリス また、当該市町村において信用金庫の存在 クテイクが積極的であることを示すことにな 自体が経済活動の水準に影響する可能性を検 る。もしそうなら、上述の場合と逆の符号が 証するのが、Shinの係数である。一般に、信 得られることになる。 用金庫のような中小金融機関が多数存在する ことは中小企業の資金制約を緩和することに なり、経済の成長基盤を確固たるものにする 研究論文 45 と考えられる。したがって、Shinの係数がプ したとおりである。図表1のデータの内、地 ラスであるとすれば、信用金庫の存在そのも 域のデータは、326の信用金庫が本店を置く のが重要であるという議論を支持することに 市町村だけを対象にしている(注)5。また、た なる。 とえば3つの信用金庫が同一の市町村に立地 上記以外の説明変数の係数であるが、i は している場合は、当該市町村のデータは3回 信用金庫のリスクテイク態度を示すものと考 カウントしていることになる。信用金庫の本 えられる。残念ながら、上述したように、リ 店市町村(東京23区および政令市について スク態度とi の大きさは単純な関係にないこ は区単位)の平均人口は18万人となってい とが予想されるが、有意な説明力を持てば、 るが、大都市部に立地する信金の影響を受け 信金の経営方針が地域経済にとって重要であ ているようである。また、信金店舗比率を見 るということを示唆するものと考えられる。 ると、平均値は0.363であり、8割に達するよ うな市町村もある。 本店を擁する市町村では、 3.推定結果 信用金庫のかなり高いシェアを持っている。 (1)分析対象の地域および信用金庫の状況 推定期間は、上述したように、金融システ (2)基本的な推計結果 ム危機が表面化した2001・2002年度のデー さて、 (4) 、 (5)の推計結果が図表2、図表3 タを用いている。この時期は最も機能不全仮 に示されている。被説明変数としては、製造 説が検出しやすい時期だと考えられる。推定 業のみの状況を示す工業製品年間出荷額と、 方法は、OLSであるが標準誤差はWhiteの方 非製造業の状況も反映した課税対象所得額と 法を用いて、分散不均一性を除去するように を利用している。まず、 (4) (図表2)の結果 計算している。 をみると、自己資本比率(BIS比率)の係数 利用した変数の記述統計量は、図表1に示 はマイナスで有意となっている。自己資本比 図表1 記述統計量 変数名 平均 工業製品年間出荷額(百万円) 408954.483 課税対象所得額(百万円) 285179.338 自己資本比率(BIS) 0.112 繰延税金資産比率 0.138 負債比率 0.944 県内総生産額(実質) 19919500.000 企業倒産負債額(百万円) 875129.755 貸出金利差(信金-地銀・第2地銀) 0.555 信用金庫店舗比率 0.363 住民基本台帳人口 180617.377 標準偏差 749723.828 322464.419 0.042 0.129 0.021 23711300.000 1797909.199 0.463 0.142 179767.287 最小値 3011.209 4501.743 0.042 0.007 0.853 2063316.000 12900.000 -0.413 0.046 4474 最大値 10598600.000 2174495.500 0.396 1.068 0.983 87103700.000 5812700.000 3.821 0.800 1113786 サンプル数 326 326 326 321 326 326 326 326 297 326 (注)5.信用金庫店舗比率を計算する場合に、市町村合併の影響やデータベースの関係でサンプル数が小さくなっていることに 注意する必要がある。したがって、(4)式の推定結果では、サンプル数が30程多くなっている。また、繰延税金資産比率 についても、いくつかの信用金庫で利用可能ではない。 46 信金中金月報 2007.2 増刊号 率の高い信用金庫が立地している市町村で 信用金庫の機能不全が起こって地域経済が麻 は、工業製品年間出荷額や課税対象所得額が 痺してしまったというような傾向は見いだせ 低くなるという傾向が有意に読み取れるわけ なかった。実際、図表1を見ると、金融シス である。一方、繰延税金資産比率と負債比率 テム危機の時期でも信用金庫の自己資本比率 では、有意にプラスの係数を得ている。これ は平均で11.0%もあり、国内基準の4%をは らの3つの推定結果はいずれも、保守的な経 るかに上回っており、ほとんどの信用金庫に 営を行っている(結果、健全性の高い)信用 おいて自己資本が貸出の制約になるような状 金庫が立地している市町村では経済活動は抑 況にはなかった。 制されているということを示している。 逆に、 しかし、金融機関の機能不全仮説が否定さ 金融機関の機能不全仮説の予想した符号条件 れるとしても、信用金庫の経営が地域に影響 とは反対の符合となっている。 していないというわけではない。むしろ、信 つまり、われわれの得た実証結果からは、 用金庫の貸出態度は地域経済に大きく影響し (金融システム危機のピークの時期ですら) ていたというのがわれわれが得た実証結果で ある。ただ、影響の大きさの絶対 図表2 全サンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 12.7793 *** (64.5796) 11.9883 *** (111.973) F値(係数=0) サンプル数 (1.61045) (75.3129) 11.7323 *** (144.309) -0.590177 (-0.22486) -8.45845 *** (-3.45731) 1.97821 *** (2.0213) である。なぜなら、当時、自己資 本比率が高い信用金庫ほど不良債 (-5.90748) 0.930311 ** (5.1358) 7.19937 ** 負債比率 自由度修正済決定係数 12.94 *** -5.99654 *** 繰延税金資産比率 値については、若干の留保が必要 課税対象所得額 5.31246 13.3318 *** (2.06669) (4.79366) 0.030909 0.00458 0.00900 0.098667 0.049531 0.05924 11.3659 2.47369 3.95009 36.577 17.6758 21.4652 [.001] [.117] [.048] [.000] [.000] [.000] 326 321 326 326 321 326 (注)1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を 調整している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、 10%を満たしていることを表している。 権の早期処理に取り組むことが可 能で、その結果、地域の経済活動 が一時的に抑制されたが、自己資 本比率が低い信用金庫では不良債 権の処理が経営問題に直結するた 図表3 全サンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 13.49060 *** (19.90470) 12.7789 *** (20.1504) -4.97264 *** 0.948355 ** サンプル数 (8.1302) 1.35666 *** (2.61475) -0.079489 * -0.075854 (-1.81937) (-1.63856) (17.9945) 1.34049 *** (18.8535) 1.32733 ** (2.492) 1.31123 ** 8.28192 *** -0.35815 0.135935 *** (3.43297) -0.00095 0.015109 0.013781 (-0.011498) (0.175535) (0.163394) -0.305232 * 7.57291 *** (2.85142) -0.490437 -0.504022 -0.670284 -0.811352 * -0.821741 ** (-1.16138) (-1.20491) (-1.62901) (-1.94033) (-1.97095) 0.142383 *** (3.44861) 0.139199 *** (3.31472) 0.326028 *** (4.94142) -0.192633 -0.163569 (2.78546) (2.93651) (2.47373) (-0.871026) -0.07533 * 6.73103 *** (6.2409) (-0.070637) 1.04252 *** (2.93826) (-1.66334) -0.275457 7.76783 *** (6.59178) -6.19863 *** 4.04989 1.43663 *** (1.16769) (-4.74845) (1.23555) (2.73002) 2.89817 *** 1.15165 *** (1.33776) (2.5989) 10.5014 *** -6.48312 *** 6.01319 * 1.45619 *** (2.58846) 11.4297 *** (-4.69773) (1.79273) (2.84968) 7.90875 *** 0.61026 (2.10258) 貸出金利差(信金 -0.416523 ** -地銀・第2地銀) (-2.30704) F値(係数=0) (8.57779) 課税対象所得額 11.6066 *** -4.26199 *** 県内総生産 自由度修正済決定係数 12.407 *** (-2.86006) 負債比率 企業倒産負債額 (2.3766) (-3.34952) 繰延税金資産比率 信金店舗比率 7.24793 ** -0.149305 -0.180123 -0.026137 0.340473 *** (5.22183) 0.020766 0.334693 *** (4.90164) -0.374134 ** -0.406639 ** -0.3186 * (-2.30427) (-2.32375) (-1.67712) (-1.58976) 0.062737 0.045273 0.047202 0.054251 0.038109 0.040113 0.151113 0.104139 0.114459 0.184075 0.139613 0.148437 5.95333 4.46162 4.66597 5.24484 3.89214 4.09239 14.1729 9.48586 10.5647 17.6946 12.8455 13.899 (-1.67254) (-0.986543) (-0.926128) (-0.961257) (-0.137096) -0.010962 (0.133112) (-0.060262) [.000] [.002] [.001] [.000] [.004] [.003] [.000] [.000] [.000] [.000] [.000] [.000] 297 293 297 297 293 297 297 293 297 297 293 297 (注)1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を調整している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、10%を満たしていることを表している。 研究論文 47 めに、追い貸しを行うことで早期処理が遅れ、 製造業においてそれほど強くない可能性も否 一時的に経済活動の落ち込みを先送りしてい 定できないが、課税対象所得額が中小企業の た可能性も否定できない。こうした特殊要素 活動以外を含んでいるからかもしれない。た がBSの係数を大きくした可能性はあり、他 とえば、2002年の一人当たり課税対象所得 の時期についての係数値を今後検証すること 額の上位には、東京都世田谷区といった高級 は必要であるが、信用金庫の経営が、市町村 住宅地域が含まれており、そこで企業活動が レベルにおける経済活動に大きな影響を与え 行われているわけではない。こうしたデータ ていたということは明確である。 の制約も反映している可能性はある。 次に、(5) (図表3)の推計結果をみてみ 貸出金利差の係数はすべてマイナスであ よう。これは、BS変数に加えて、外部の経 り、工業製品年間出荷額に関しては、有意な 済環境をコントロールし、さらに、信用金 ものが多かった。つまり、信金の貸出金利が 庫店舗比率と貸出金利差を加えて推計してい 下がると、工業製品年間出荷額は上がること る。こうした新しい説明変数を追加しても、 になる。この係数が有意であることは、信用 BSの係数は(4)で得た符号のままであり、 金庫の貸出金利が地元の中小企業の経営に大 かつ、ほとんどすべてが有意であった。した きな影響を与えていること意味する。また、 がって、(4)のBSに関する結果は頑健なも マイナスであるということは、この金利差が のであることが確認できた。 信用金庫のリスクテイク態度の積極度を示す 図表3で特筆すべきは、信用金庫店舗比率の 指標にはなっていないことも意味している。 係数である。信用金庫店舗比率は、信用金庫 の存在そのものの地域における意義を直接見 (3)基本結果の拡張 る変数である。工業製品年間出荷額に関して すでに議論したように、信用金庫の経営が は、すべての定式化で有意にプラスの係数を 顧客に影響するとしても、地域経済全体では 得ている。 つまり、 信金が多い地域の製造業は、 軽微なものにとどまる可能性がある。その一 そうでない地域よりも経済活動が活発になっ つは、代替的な金融機関が存在する場合であ ていることを意味する。中小製造業に資金を る。信用金庫が自己資本比率の制約からであ 供給してきた信用金庫の役割を反映している れ、保守的なリスク態度からであれ、貸出に のであろう。他方、対照的に課税対象所得額を 慎重になったとしても、代替的な金融機関が 被説明変数にすると、信用金庫の存在の影響 多数あれば(費用がゼロではないにしても)、 は、6つの定式化のうち4つで10%でも有意で 新しい資金調達先を見るけることができる企 はない。かつ、有意な係数もマイナスになっ 業は多いはずである。 ており、信用金庫の活動が明確な影響を持っ そこで、信用金庫の店舗比率の相対的に高 ているとは言えない。これは、信用金庫が非 い地域だけをサンプルにして、 (4) 、 (5)式 48 信金中金月報 2007.2 増刊号 を再推定してみた。具体的には、今回、利用 BSの係数は、繰延税金資産比率の係数以外 可能なサンプルをベースに、平均的な信用金 はすべて有意で、図表2の係数と比べて、絶対 庫店舗比率以上(ここでは、36.778%以上) 値でみて大きくなっているケースが多い。 特に、 の市町村について推計を行ってみた。平均的 工業製品年間出荷額を用いた推定式では、す な信用金庫店舗比率以上の市町村の平均人口 べてのBSの係数が絶対値でみて大きくなっ は、約18万6,000人となっており、全サンプ ている。つまり、われわれの予想どおり、代 ルの人口平均である18万人とほぼ同レベル 替的な金融機関の少ない地域ほど、信用金庫 の市町村規模となっている。 の経営の影響がより強く表れていると言える。 推定結果は、図表4、図表5に示している。 (5)式の推定結果(図表5)についても、 (4)式の推定結果(図表4)によると、図表 上記の結果を基本的にサポートするような結 2、3の基本結果と符号はすべて同じであるが、 果となっている。また、製造業に対しては、 信用金庫店舗比率の係数が全サンプ 図表4 信金店舗比率が平均以上のサンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 13.0878 *** (55.6802) 12.2412 *** (77.5249) F値(係数=0) サンプル数 (0.507109) (51.4574) 11.7644 *** (103.778) -2.34248 て大きくなっており、信用金庫のシ (-0.688306) -7.4772 *** (-3.31161) ェアが、相対的に高い地域では製造 (-3.85685) 0.982396 2.31724 *** (1.64479) (4.17799) 10.8011 ** 負債比率 自由度修正済決定係数 12.9325 *** -6.19019 *** 繰延税金資産比率 ルの推定結果に比べて、絶対値でみ 課税対象所得額 2.18721 15.2838 *** (2.36618) ていることを示している。貸出金利 (4.21432) 0.034322 0.00212 0.02186 0.091965 0.078594 0.087785 6.15357 1.29996 4.23984 15.6854 13.027 14.9538 [.014] [.256] [.041] [.000] [.000] [.000] 146 142 146 146 142 146 業に対する活動に大きな影響を与え 差についても、同様なことが言える (注) 1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を調 整している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、10% を満たしていることを表している。 3.平均住民基本台帳人口:186813.83562(サンプル146) 結果となっている。 以上のように、信用金庫の影響が 見られやすい地域だけに限定して 図表5 信金店舗比率が平均以上のサンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 13.5189 *** (10.2367) 12.1637 *** (10.4135) -6.56088 *** 1.27265 * サンプル数 (3.37825) 2.66243 (0.649803) 10.2649 *** (11.367) 13.1996 ** 3.22555 ** 2.89798 ** (2.22679) (1.99886) -0.112281 -0.097358 -0.142673 * (-1.51692) (-1.22971) (-1.78038) -0.868853 *** (0.215093) 4.03941 *** (2.92758) 3.06787 ** -4.64617 *** 1.48506 ** 1.01829 * (2.34843) (1.78601) 9.65933*** (1.43652) 6.12579 * (2.74602) 2.27267 2.45211 2.37253 0.564901 0.906529 (1.50298) (1.57516) (1.55448) (0.600628) (0.932352) 0.198431 *** (3.33591) -2.40364 (2.10709) (-0.913065) (-3.97737) 6.96337 (2.56325) 2.84251 ** (10.8458) 0.634351 -5.67191 *** (0.635817) (1.98075) 9.27309 *** (-3.96396) 0.449035 (1.94441) 貸出金利差(地銀・ -0.832464 *** -0.702356 ** 第2地銀-信金) (-2.83705) (-2.42441) F値(係数=0) (4.14096) 課税対象所得額 8.13281 *** -4.86413 *** 県内総生産 自由度修正済決定係数 9.8115 *** (-2.70219) 負債比率 企業倒産負債額 (0.160141) (-3.11169) 繰延税金資産比率 信金店舗比率 0.680113 0.193794 *** (2.88677) 0.649026 (1.95271) -0.559816 -0.301593 (0.672952) (-0.646642) (-0.326449) -0.464336 (-0.51823) 0.184609 *** (2.79943) 0.13655 0.19124 0.134467 0.544185 *** (0.927209) (1.19105) (0.856597) (6.3491) 0.55274 *** (5.62249) 0.548608 *** (5.78796) -0.512936 * -0.361285 -0.497958 -0.631425 ** -0.552318 ** -0.637832 ** -0.372559 -0.285801 -0.349876 (-2.84964) (-1.74199) (-1.24584) (-1.62387) (-2.37492) (-2.0078) (-2.3469) (-1.53952) (-1.14926) (-1.41253) 0.113528 0.077968 0.105341 0.107656 0.080181 0.094038 0.267472 0.238266 0.245569 0.352437 0.327407 0.329851 5.64242 3.98078 5.26822 5.37333 4.07275 4.76269 14.2361 12.026 12.7995 20.7291 18.1591 18.8424 [.000] [.004] [.001] [.000] [.004] [.001] [.000] [.000] [.000] [.000] [.000] [.000] 146 142 146 146 142 146 146 142 146 146 142 146 (注)1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を調整している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、10%を満たしていることを表している。 3.平均住民基本台帳人口:186813.83562(サンプル146) 研究論文 49 も、機能不全仮説は支持されなかった。 は一定の意義を持っている。 最後に、自己資本比率が低い信用金庫だけ 具体的には、サンプル数を確保する意味も を取り上げて、 (4) 、 (5)式を再推定してみ あり、平均値以下の自己資本比率を持つ信金 た。これは、図表1でみたように多くの信用 を対象にして、 (4) 、 (5)式を推定してみた。 金庫が十分に高い自己資本比率を維持してお その結果が、図表6と図表7である。 り、機能不全仮説が当てはまるとはそもそも まず、図表6と図表7のいずれでも、BSの 考えにくかったからである。もともと、マク 係数の符号は、これまでと変わらず、機能不 ロ経済の事象を説明するための仮説であるの 全仮説に否定的なものとなっている。また、 で、業界全体の計数で説明できないことは、 信用金庫店舗比率や貸出金利差も、これまで 仮説としての有用性を失っていることにはな と同様の結果となっている。つまり、自己資 るが、地域経済を考える上では、少数の信金 本が制約になっているようなサンプルに信用 についてでも機能不全仮説が検証されること 金庫を限定しても、信金の貸出能力の減退が 地域経済に悪影響をもたらしたと 図表6 自己資本比率が平均以下のサンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 13.3106 *** (30.7784) 12.0817 *** (82.0531) F値(係数=0) サンプル数 (-0.691138) (36.54) 11.9821 *** (99.3077) -1.91719 (-0.310238) -14.3202 *** (-2.33582) (-3.34106) 0.962248 * (3.47311) 18.264 ** 14.8052 ** (2.31641) かった。 こうした結果となった理由とし 1.50468 *** (1.94841) 負債比率 自由度修正済決定係数 13.4623 *** -12.5889 ** 繰延税金資産比率 いう結果を見つけることはできな 課税対象所得額 -5.23654 (2.297) 0.027685 0.00710 0.02420 0.05499 0.03853 0.02185 5.92594 2.22250 5.28962 11.0676 7.85307 4.86432 [.016] [.138] [.023] [.001] [.006] [.029] 174 172 174 174 172 174 (注) 1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を調整 している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、10% を満たしていることを表している。 3.平均住民基本台帳人口:216150.19540(サンプル174) ては、次のようなことが考えられ る。第一に、平均値を下回る自己 資本比率とはいえ、4%の規制水準 を十分に上回っており、自己資本 比率が貸出の障害になっていると 図表7 自己資本比率が平均以下のサンプル 工業製品年間出荷額 定数項 BIS比率 14.1734 *** (14.96) 12.7532 *** (16.7364) (-0.614439) (7.69642) -13.6444 ** -12.8473 ** (-2.17517) 1.7502 *** 課税対象所得額 12.6061 *** -3.22934 (7.06121) (-0.375697) 11.8112 *** (14.8823) 10.5854 *** (16.6559) 2.87969 (0.455418) -11.6441 *** (-2.47537) 0.921662 * 0.831738 * 0.776936 * (1.84122) (1.84783) (1.79123) 19.2609 ** 17.2387 * (2.10136) (1.88521) 1.64304 ** 1.58539 ** (2.90795) (2.43343) (2.40964) -0.093325 * -0.088585 * -0.10102 * (-1.87341) (-1.6576) (-1.92131) 1.81388 *** (2.90678) 1.69249 ** 1.66676 ** (2.40187) (2.45153) -0.013795 (-0.02781) 0.125779 *** (2.79852) -0.08258 -0.059286 サンプル数 -0.100355 8.18678 6.85348 (1.20489) (1.04826) -0.115238 -0.271372 -0.36907 -0.383322 (-0.18482) (-0.213928) (-0.543379) (-0.681831) (-0.715584) 0.133048 *** (2.75731) 0.137272 *** (2.87913) -0.087194 0.295266 *** (-0.827191) (-0.565409) (-0.846545) (3.84649) 0.314493 *** (3.9723) 0.320122 *** (3.99928) 0.12348 0.175347 0.144588 (0.71676) (0.973007) (0.804614) 0.08032 0.050338 0.070235 0.068999 0.03933 0.05733 0.111167 0.076008 0.071077 0.140839 0.111077 0.104804 4.51524 3.12027 4.04051 3.98304 2.63752 3.44789 6.03409 4.29041 4.07977 7.59805 5.99826 5.71222 [.002] [.017] [.004] [.004] [.036] [.010] [.000] [.003] [.004] [.000] [.000] [.000] 162 161 162 162 161 162 162 161 162 162 161 162 (注)1.推定方法はOLS、標準誤差はWhiteの方法によって分散不均一性を調整している。 2.( )内は、t値を表す。また、***、**、*は、有意水準が1%、5%、10%を満たしていることを表している。 3.平均住民基本台帳人口:216150.19540(サンプル174) 50 0.599299 (0.100338) -10.8268 ** (-2.63818) -0.143005 -0.174856 -0.152943 -0.091643 -0.130814 -0.058705 -0.018785 -0.048755 貸出金利差(地銀・ -0.196439 第2地銀-信金) (-0.911919) (-0.644547) (-0.791864) (-0.603067) (-0.354084) (-0.506804) (-0.362906) (-0.111846) (-0.291487) F値(係数=0) 7.07803 *** (5.48134) 1.12055 ** 県内総生産 自由度修正済決定係数 8.45241 *** (5.89686) (2.24023) 負債比率 企業倒産負債額 14.2438 *** (-2.32693) 繰延税金資産比率 信金店舗比率 -5.27603 信金中金月報 2007.2 増刊号 いう機能不全仮説を全面的に否定するもので ある。 第二に、代替的な金融機関の存在である。 4.結論と今後の課題 本稿は、市町村レベルでの地域の実体経済 地域独占しているような信用金庫の場合、価 活動に、信用金庫の活動が与える影響を実証 格競争をする必要がなく、過度に安い金利で 分析した。その結果、信用金庫の機能不全が 貸し出す必要はないので、一定の収益を確保 地域経済にマイナスの影響を与えたという仮 することは容易である。逆に言えば、競争の 説は否定されたが、信用金庫が慎重な貸出態 激しい市町村に立地する信用金庫ほど、収 度をとっている地域では経済活動が抑制され 益を確保することは難しい。したがって、競 ていることが明らかになった。 争の激しい市町村に立地する信用金庫ほど、 しかし、このことは信用金庫がリスクテイ 自己資本比率が低くなりがちとなる。実際、 クに積極的になるべきだと判断して良いこと 図表6と図表7の自己資本比率の低い信用金 を意味するものではない。第一に、これは 庫の立地する市町村の人口は、全サンプルに 2001、2002年度の一時点だけの分析であり、 比べて多い。つまり、健全性の低下する信用 当時の経済環境からすると、 問題の先送り (つ 金庫は、代替的な金融機関の多い地域に立地 まり、不良貸出先への追い貸しによる延命) しており、信用金庫が貸し渋りをしても顧客 が行われていた可能性がある。われわれの結 企業は他の金融機関を探すことができる。 果は、優良な金融機関ほど積極的に不良債権 一方、信用金庫が一定の収益を確保し、そ の処理を行っていた(したがって、一時的に の結果、高い自己資本比率を維持している地 倒産などが増えて経済活動が低迷した)とい 域では、競争に乏しく、信用金庫の貸出態度 うことを意味するのかもしれない。つまり、 が企業の資金繰りに直接的に影響してくる。 信用金庫の経営態度が地域経済に影響してい そして、そうした競争の乏しい地域では信用 るという点では同じことではあるが、他の年 金庫はリスクをとるよりも、確実性の高い経 度についての分析を今後行うことで、どの要 営方針で望んできたのであろう。 因が支配的なのかを確定できるであろう。第 以上のように、代替的金融機関の存在を想 二に、ローリスク・ローリターンの経営と、 定すると、代替的金融機関が多い都市部では、 ハイリスク・ハイリターンの経営のどちらが 信用金庫の機能不全が起きやすいがそれが仮 よいかは、地域社会の危険回避度に依存する に生じても、地域への悪影響を軽減するメカ というものである。また、金融システムの安 ニズムがある。一方、代替的金融機関の少な 定性を重視する見方からすれば、元本を約束 い地方では、信用金庫の保守的な経営態度が して集めた預金を使う信用金庫の場合、慎重 地域に影響するということになる。 な経営を行うことが望ましいと考えられる。 他方で、協同組織金融機関である信用金庫が 研究論文 51 不必要なほどに保守的な経営を行うこと(つ 合、どのような推定結果となるか非常に興味 まり、借り手の過度な選別)は、相互の助け 深い。また、推定モデル自身が、非常にシン 合いによって、地域全体で発展していこうと プルであるため、地価など担保価値を代理す いう信用金庫の理念と矛盾するとも言える。 るような変数を説明変数に加える必要もある 今後の課題としては、上述したように、サ であろうし、住民規模を反映した産業構造な ンプル期間により結果が変わる可能性が否定 ど、需要側の要因を十分考慮する必要も残さ できないだけに、時期の拡張が必要である。 れている。 とくに、90年代以降のパネルデータとした場 52 信金中金月報 2007.2 増刊号 〈参考文献〉 Berger Allen N., Saunders, Anthony, Scalice and Joseph M., and Udell Gregory F. “The Effects of Bank Mergers and Acquisitions on Small Business Lending,” Journal of Financial Economics, Vol.50 (November).,1998 Berger, A.N., I. Hasan, and L.F. Klapper, “Further Evidence on the Link between Finance and Growth: An International Analysis of Community Banking and Economic Performance,”Journal of Financial Services Research ,25.,2004 Berger A. N., and G. F. Udell , “Small Business credit availability and Relationship lending: The importance of bank organizational structure.” Economic Journal ,112.,2002 Carter, D.A., J. McNulty, and J.A. Verbrugge, “Do Small Banks have an Advantage in Lending? An Examination of Risk-adjusted Yields on Business Loans at large and small banks.” Journal of Financial Services Research , 25.,2004 Kano,M. , H.Uchida, G.F.Udell and W.Watanabe, “Information Verifiability, Bank Oganization, Bank Competition and BankBorrower Relationships,” RIETI Discussion Paper Series, 06-E-003.,2006 Kashyap, A. K. and J. C. Stein, “The Impact of Monetary Policy on Bank Balance Sheets,” NBER Working Paper, August, No.4821.,1994 Hancok, D. and J. A. Wilcox, “The “credit crunch” and the availability of credit to small bussiness,” Journal of Banking & Finance, 22.,1998 Yamori, N. and A. Murakami,“Does Bank Relationship Have an Economic Value? The Effect of Main Bank Failure on Client Firms,” Economic Letters, 65.,1999 打田委千弘「地域金融機関の健全性と地域経済活動の関係について」日本金融学会中部部会(名城大学)報告論文(2006) 小川一夫「金融政策の波及経路:企業規模別データに基づく実証分析」小佐野広・本多佑三編『現代の金融と政策』日 本評論社(2000) 金融ジャーナル編集部『月間金融ジャーナル』(全国銀行の経営効率比較、2001年度~2002年度) 堀雅博・木滝秀彰「金融機関の健全性と地域経済―都道府県別データによる検証―」ESRI Discussion Paper Series No.38, (2003) 堀雅博・高橋吾行「銀行取引関係の経済的価値―北海道拓殖銀行破綻のケース・スタディー 」『経済分析』内閣府経済 社会総合研究所(2003) 村上佳子「取引銀行の破綻が企業経営に及ぼす影響について―阪和銀行破綻の事例分析―」 『経済分析』内閣府経済社 会総合研究所(2006) 村本孜『リレーションシップ・バンキングと金融システム』東洋経済新報社(2005) 家森信善『地域金融システムの危機と中小企業金融』千倉書房(2004) 湯野勉編『京都の地域金融―理論・歴史・実証―』日本評論社(2003) 研究論文 53 研究論文 大阪の経済と地域金融機関の役割 大阪市立大学大学院 経営学研究科教授 清田 匡 【プロフィール】 九州大学経済学部卒 九州大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学、博士 (商学) 専門分野:ドイツにおける金融実務の変遷 ドイツにおける金融理 論の歴史 金融商品・サービスの生産と販売 主著: 『戦後ドイツ金融とリテール・バンキング―銀行の大衆化と 金融商品の価格―』頸草書房(2003) (キーワード) 大阪、地域金融機関、ポートフォリオ融資、金融サービス、コモディティ (要 旨) 今回の景気回復局面において、大阪の経済は好調だと報じられているが、長期的に見ると、 全国に占める地位を低下させる傾向にある。主要な活動地域を変更することのできない地域 金融機関にとって、地域経済を活性化させることが不可欠である。そのためには、中小企業 の競争力をたかめ、地域経済の連携をはかることが必要である。そのような活動は、同時に、 コモディティによる価格競争を回避し、地域金融機関の収益性の改善に結びつくべきもので ある。 54 信金中金月報 2007.2 増刊号 1.はじめに 今回の景気回復局面についての調査のなか 2.大阪の地域経済 上でも述べたように、大阪の経済は、循環 で、大阪について言及しているものの多くは、 的に見ると好調であるが、長期的傾向として 関東や東海地域に次いで、大阪の経済が好調 見れば問題をかかえている。後の節で、金融 であると伝えている(注)1。他方、 大阪の経済は、 機関の役割について検討するのに先立って、 好況、不況の波を経ながら、全国の経済に占 本節では、大阪の経済の特徴と長期的な傾向 める経済的な地位を、長期的には低下させて について確認しておきたい。 きている。中小企業を主要な顧客とし、大阪 地域で活動する金融機関は、大阪の経済のこ (1)大阪の経済の特徴―高い密集度― のような現況や傾向によって強く規定されて 大阪の経済の特徴のひとつは、その高い密 いる。しかし、金融機関は、このような現況 集度にある。日本の都道府県の1km2あたり や傾向を与件として、受動的に受け入れるし の事業所数を計算すると、 大阪府の平均では、 かないのであろうか。 1km2あたり226.2弱の事業所が所在しており、 本稿では、まず、大阪(注)2の地域経済と金 事業所数の少ない北海道(3.0)の75倍、岩 融についての検討から、金融機関の役割につ 手県(4.3)の53倍の数となっている(注)3。大 いて考える。第2節では、簡単に、大阪の地 阪市で見るとさらに密集度は高く、平均で 域経済の特徴について示す。第3節では、前 915.6の事業所が存在している(注)4。さらに、 節と関連させて大阪の金融の特徴について説 大阪24区のなかでもっとも事業所の密集し 明し、あわせて大阪の中小企業を対象とした ている大阪市中央区だと、この数値は3,497.7 アンケート調査の結果を参照しながら、地域 になる(注)5。ただし、この事業所の集積は、 金融機関の役割について検討する。第3節ま 長期的には、低下する傾向にある。1986年 でが、事実の側面から金融機関の役割につい から2004年にかけて、大阪市の事業所数は、 て考えたのに対して、第4節では、学説史を 27万強から20万強へと、およそ26%の減少を ふり返り、また、金融サービスの特殊性につ 示している(注)6。 いて検討することによって、いくぶん理論的 大阪の経済のもうひとつの特徴として、こ な側面から金融機関の役割について考える。 こでとりあげておきたいのは、域内総支出に 占める「財貨・サービスの移出入」の比率が (注) 1.ただし、その好調は、まだら模様であり、企業規模や業種などによっては、好況を実感できていないことも指摘されている。 とりわけ、中小企業や家計では、景況感の回復は遅れがちである。 2.以下では、大阪という場合は、原則として「大阪市」を対象にしている。 3.矢野恒太郎記念会[2005]により計算。東京都は、304.0 4.平成16年の数値。大阪市[2006]4ページと45ページにより計算 5.なお、本稿では詳しく触れることのできない大阪市24区の経済的特徴をわかりやすく説明しているWebのページとして 大阪都市経済調査会の「数字で見る経済」(http://www.tyosakai.jp/toukei/number.html)がある。 6.大阪市[1987]と大阪市[2006]参照 研究論文 55 45.4%(2003年)と、他都市と比較して突出 では、この低迷が与える影響は、他都市と比 して大きいことである(注)7。このことは、 「大 べて大きいと考えられる。製造業、商業と対 阪市域外の消費者や企業」の需要に、大阪市 照的に、サービス業は、長期的に増勢を示し 内の財・サービスが大きく依存していること、 ている。とりわけ、対事業所向けサービスで 需要を通じて市域と域外が強く結びついてい の伸びが大きく、1981年から2004年にかけ ることを意味している。 て、事業所数で44.6%、従業者数で、136.0% 大阪市域と域外との結びつきは、人口面で の伸びを示している(注)11。 も見られる。つまり、大阪市の常住人口は、 263万人だが、昼間人口は、366万人まで増 加する(注)8。このことは、 市域外から市域へと、 (3)小括 本節では、大阪の経済の特徴として、事業 多数の就業者、通学者が流入することを意味 所が高度に集積していること、需要面や人口 している。 面で、域外と強く結びついていることに注目 した。また、長期的な傾向としては、事業所 (2)大阪の経済の長期的傾向―長期的低下 傾向― 以下では、製造業、商業、サービス業の長 期的動向について確認する。 製造業は、現在でも、大阪の重要な産業の 数の減少や、製造業、商業の地位低下、また、 事業所向けサービスの伸張に着目した。 3.大阪の地域金融 前節では、大阪の経済の特徴と傾向につい ひとつであるが、 全国に占めるそのシェアは、 て触れたが、以下では、この特徴や傾向と関 長期的に低下してきている。たとえば、製造 連させて、 大阪の金融の特徴について述べる。 品出荷額の全国シェアは、1980年には3.2% あわせて、 大阪市内の中小企業を対象とした、 であったが、2004年には、1.5%と半減して 金融に関するアンケートの結果について紹介 いる(注)9。従業員数、工場数も、同様にシェ し、地域金融機関の役割について考える。 アを低下させている。 卸売業の全国シェアも、 1960年の約27%から2004年の10.1%へと著し (1)大阪の金融の現在と傾向―高い密集度 く低下している(注)10。小売業は、 大阪に限らず、 と長期的低下― 全国的に不振が続いているが、とりわけ、域 大阪の金融の大きな特徴の一つは、合併等 内総生産に占める流通業の比重が大きな大阪 によって減少したとはいえ、地域金融機関の (注) 7.大阪市経済局[2006]7ページの記述と図を参照。さらにそこでは、大阪市の需要面での特徴として、「民間消費支出」 のウェイトや、公的資本形成のウェイトが小さいことが指摘されている。 8.大阪市経済局[2006]3ページ 9.大阪市経済局[2006]16ページ 10.大阪市経済局[2006]22ページ 11.大阪市経済局[2006]32ページ 56 信金中金月報 2007.2 増刊号 数が多く、大阪府下の金融機関の多くが大阪 くの金融機関が、市域外から集めた資金を融 市に集中していることにある。大阪府下の 資している構造が浮かび上がる(注)17。このた 地銀、第二地銀では、6割が、大阪市に本店 め、域内総生産活動に占める金融業の比重も を持ち、信用金庫では7割、信用組合にいた 相対的に高い(注)18。 っては9割が大阪市に本拠をおいている(注)12。 大阪市、あるいは、大阪府において、他の このような大阪市への金融機関の集中の背景 都道府県のように、ガリバー型の地銀が存在 として、一方では、前節で触れた大阪市にお せず、多くの地域金融機関が、競争している ける事業所の密集、他方では、他府県の多く のは、もともと大阪を出自とする有力な金融 で見られるような、単独で極めて高い市場シ 機関が、都銀やメガバンクとして、全国へと ェアを持つ地銀の不在が指摘できる(注)13。 活動を広げていったためであろう。このよう 前節で紹介したように、比較的狭い市域 に、事業所が密集し、顧客が多く存在する地 に、多くの事業所が密集していることから、 域に、多数の地域金融機関が競合していると これを顧客とする金融機関も、多く集中して いう状況は、大阪の金融の特徴のひとつとい いるといえるだろう。たとえば、事業所の密 える。 集度の高い中央区、北区、西区へは、金融機 しかし、大阪の金融の地位は、長期的に低 関の店舗も集積しており、それぞれ158、78 下する傾向にある。たとえば、1955年と最 店舗、42店舗が所在している(2005年4月1 近時の大阪市の全国シェアの比較すると、株 (注) 14 日) 。大阪市への集中度の高さは、銀行 式売買高は、2割強から4%弱へ、手形交換高 貸出残高の市内への集中によっても裏付けら は2割強から10%余へ低下してきている(注)19。 れる(注)15。また、 都道府県別に預貸率をみれば、 また、預貸率は、上述のように近畿圏の中で 近畿圏では、大阪府が群を抜いて高い(注)16。 は高い比率を示しているが、長期的には低下 上記の大阪市への貸出残高の集中を考え合わ する傾向にある。 せるならば、大阪府内でも、大阪市における つまり、大阪の金融は、高い密集度と、長 預貸率が、さらに高いこととが推測される。 期的な低下の傾向で特徴付けることができ つまり、大阪市内に集積した中小企業へ、多 る。そして、長期低下傾向は、前節で触れた (注) 12.近畿財務局「管内地域金融機関一覧」 (2005年10月末現在)参照。近畿財務局管内(大阪府、滋賀県、奈良県、京都府、 兵庫県、和歌山県)では、地銀・第二地銀と信用金庫では、それぞれ2割、信用組合では4~5割が、大阪市に集中している。 13.日本の都道府県では、戦間期の「一県一行主義」による銀行統合の結果、地方銀行一行が、支配的な市場シェアを有するケー スが多い。 14.大阪銀行協会調べ。大阪市[2006]45ページと96ページを参照 15.大阪市経済局[2005]83ページ参照 16.日本銀行の時系列データ(http://www2.boj.or.jp/dlong/stat/stat33.htm)における「都道府県別預金/貸出金」によっ て計算すると、一般預金に対する貸出金の比率は、2005年12月末残で、滋賀県が61.7%、京都府が、59.6%、兵庫県、 60.4%、奈良県49.4%、和歌山県、47.9%に対して、大阪府は、80.7%となっている。 17.このような構造は、従来より、指摘されている。例えば、高橋[1983]157-161ページ参照 18.域内総生産経済活動別構成比をみると、大阪市では、「金融・保険業」が8.6%となっており、近畿平均の7.0%や、名古 屋市の5.9%を上回っている。大阪市経済局[2005]25ページ参照 19.大阪市経済局[2005]21ページ参照 研究論文 57 大阪経済の長期的な地位低下傾向を反映して 域経済の活性化のための地域金融機関の役割 いるといえるだろう。大阪で活動する数多く について検討をすすめる。 この調査によれば、 の地域金融機関自身にとっても、このような 回答中小企業は、大きく二つのグループに分 大阪の経済の活性化は、その存続にかかわる けられた。第一のグループは、相対的に規模 重大な課題である。メガバンクとは異なり、 が大きく、金融面でも関心を持ち、積極的な 地域金融機関は、成長地域へと主要な活動地 情報収集を行う余裕がある(以下では、金融 域を変更することが困難だからである。 面での知識や交渉等に能動的な「金融アクテ ィブ」グループと呼ぶ) 。第二のグループは、 (2)大阪の中小企業と金融―「金融アクテ 相対的に規模が小さく、金融面での積極性も ィブ」と「金融パッシブ」 大きくない(以下では、どちらかといえば、 前項では、 大阪の経済の地位低下を受けて、 積極的でないという意味で「金融パッシブ」 大阪の金融の地位が長期的な低下傾向にある グループと呼ぶ) 。 こと、そして、主要な活動地域を変更できな 図表1は、回答のクロス分析の一例を示し い地域金融機関にとって、地域経済の活性化 ている。この図は、民間金融機関による無担 が重要な課題であることを述べた。 以下では、 保で、第三者保証を原則不用とする融資(い 地域経済の重要な担い手であり、地域金融機 わゆる「ポートフォリオ融資」 )を利用して 関の主要な顧客である中小企業に対して行っ いない中小企業について、利用していない理 た金融に関するアンケート調査(注)20から、地 由についての質問の回答と、メインバンクの 図表1 ポートフォリオ融資を利用していない理由×人的コンタクトの変化 非常に悪化 10.0 40.0 10.0 10.0 30.0 知らなかった どちらかといえば悪化 16.1 56.5 14.5 9.7 3.2 必要でなかった どちらともいえない 7.8 75.4 3.0 6.6 7.2 どちらかといえば改善 9.0 74.6 1.5 7.5 7.5 非常に改善 5.3 84.2 0.0 5.3 5.3 申し込んだが 謝絶された 金利等の条件が 折り合わなかった その他 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0 (注)P値:0.0004。Cramer's V:0.1768 (出所)清田[2006]206ページ (%) (注) 20.大阪商工会議所のご協力で、個人企業を除く大阪市内の中小企業から無作為抽出した3,000社を対象とした。有効回答 数は、492件。アンケートは、1.民間金融機関の行動とその商品についての質問、2.公的金融の行動とその商品につい ての質問、3.回答企業自身についての質問、4.自由回答欄から構成されていた。分析は、単純集計を行ったうえで、上 記の1.~3.の全項目についてクロス集計、カイ2乗検定を行った。その上で、クラメールの連関係数が一定数値以上のも のについて、検討を行った。 58 信金中金月報 2007.2 増刊号 担当者との人的コンタクトの変化についての 関しても「知らなかった」とする者が多く、 質問の回答をクロス分析したものである。人 前者を「必要ない」とするものは、 後者も「必 的コンタクトが「非常に悪化」したとの回答 要ない」としている傾向が強い。そして、両 者では、ポートフォリオ融資について「知ら 方とも「知らなかった」とする者が、 「金融 なかった」とする回答が目立ち、人的コンタ パッシブ」を、そして、両者とも「必要ない」 クトが改善したとする回答者になるにつれ、 とする者が「金融アクティブ」を形成する。 その他の回答も含めて考えると(注)21、 「金 ポートフォリオ融資を「必要でないから利用 しなかった」 との回答が増加する傾向にある。 融アクティブ」グループの、金融機関への評 そして、「ポートフォリオ融資」を知らず、 価は、相対的に高いが、金融機関へのニーズ 人的コンタクトが悪化したグループは、上述 は、あまり大きくない。これに対して、 「金 の「金融パッシブ」のグループを形成し、 「ポ 融パッシブ」グループは、金融機関への評価 ートフォリオ融資」を必要とせず、 「人的コン は厳しいが、ニーズは大きいように解釈され タクトが改善した」グループは、 「金融アクテ る。つまり、 金融機関と顧客グループの間で、 ィブ」の形成するように思われる。また図表2 行き違い(ギャップ)が生じていると理解さ は、上記の「ポートフォリオ融資」を利用し れる。自由解答欄への回答等も考え合わせる ていない理由と、政府系金融機関や行政によ と、とりわけ、 「金融パッシブ」グループに る投融資や保証(制度金融)を利用していな 関しては、ビジネスモデルや、営業方法の変 い理由についての回答をクロス分析したもの 更について充分な説明が金融機関によって行 である。ポートフォリオ融資を「知らなかっ われてないために、金融機関への不信感を増 た」から利用していないものは、制度金融に しているように推測される。 図表2 制度金融を利用していない理由×ポートフォリオ融資を利用して 1 いない理由 知らなかった 44.4 必要でなかった 6.6 申し込んだが 謝絶された 0.0 22.2 0.0 0.0 33.3 81.8 0.0 1.5 1.50.7 5.1 2.9 必要がない 断られた 57.1 0.0 14.3 0.0 14.3 14.3 金利が不満 手続きが面倒 金利等の条件が 折り合わなかった 16.7 33.3 0.0 16.7 16.7 16.7 0.0 0.0 50.0 10.0 10.0 時間がかかる 複雑で分かり難い その他 0.0 その他 知らなかった 30.0 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0 (注)P値:0.0000。Cramer's V:0.49971 (出所)清田[2006]220ページ (%) (注) 21.詳細については、清田[2006]を参照 研究論文 59 金融機関は、ともすると、すでに高い競争 力を持つ「金融アクティブ」に関心を持つき 4.金融の機能と特殊性 らいがあるが、むしろ、金融機関は、金融パ 前節では、第2節と関連させて、大阪の金 ッシブを金融アクティブへと押し上げること 融の特徴と傾向について触れ、そこから、地 に関心を向けるべきではないだろうか。その 域金融機関の役割について検討した。以下で 理由は、一つには、 「金融アクティブ」が、 は、いくぶん理論的な側面から、地域金融機 上記のように、相対的には、大きな金融ニー 関の役割について考える。まず、学説史をふ ズを持たないからである。 もう一つの理由は、 り返ることによって、地域金融機関の役割に (パッシブからアクティブへの)顧客の競争 ついて考え、続いて金融サービスの特殊性を 力の上昇が、大阪の経済の長期低下傾向を押 検討することによって、そのような役割が、地 しとどめ、ひいては地域金融機関の競争力を 域金融機関自身について持つ意味を考える。 高めるものと考えられるからである。 (1)金融の三つの機能―「地域を繋ぐ者」と (3)小括 しての金融 大阪の地域金融は、高い密集度と、その地 経 済 学 の 歴 史 を 遡 れ ば、 古 典 派 以 前 よ 位の長期的低下傾向で特徴付けることができ り、 金 融 機 関 や、 融 資( 信 用 ) 、あるいは た。そしてこの特徴は、前節で説明した大阪 金融の役割について、様々の議論がなされ 経済の高い密集度と長期的低下傾向を反映し てきた(注)22。ここでは、その議論のなかか ていると考えることができた。本節では、メ ら、代表的な古典派の理論とシュムペーター ガバンクと異なり、活動の中心地域を変更で (注) 23 (Schumpeter, J. A.) の経済発展の理論に きない地域金融機関にとって、このような地 ついて述べる。加えて、ドイツ歴史学派の、 域の活性化が、重要な課題であることを述べ (注) 24 アダム・ミューラー(Müller, A. H.) の た。そして、地域金融機関の主要な顧客であ 所説について紹介する。 る、大阪市の中小企業を、「金融パッシブ」 のグループから「金融アクティブ」へと引き 上げることが、地域金融機関の役割であり、 イ.古典派の中立理論 たとえば、リカードウの場合は、そもそも、 地域経済の活性化が、地域金融機関の競争力 信用の有用性自体を否定している(注)25。金融 の強化につながる。 は、ミクロ経済的には有益であり、技術的な 効率化を促すことはあっても、マクロ経済的 (注) 22.詳細については、Wagner[1937]を参照 23.シュムペーター[1977] 24.Müller[1816]参照 25.「私は信用が商品の生産でとにかく有用である、という考えを持っていません」。リカードウ[1978]452-453ページ 60 信金中金月報 2007.2 増刊号 には、有意義な影響を持たない。金融機関は、 い、経済発展を引き起こすのは、企業家だか 貯蓄者から預金を預かり、企業等への融資を らである。金融機関は、このような企業家を 通じて貯蓄の移転を行うのだが、この貯蓄の 「見い出し」 、融資を行うことによって、経済 移転も、資本の持ち手を変えるだけである。 発展を促すという立場にある(金融は「経済 個々の企業にとっては有益であっても、マク (注) 30 発展の機能」を果たす) 。 ロ経済全体にとって意義を持たない(注)26。こ こでは、金融機関は、受け身であって、能動的 な役割を果たさない (金融は、 「受動的・技術的 (注)27 機能」を果たす) 。 ハ.アダム・ミューラーの思想 イギリスにおける古典派とは対照的に、ド イツでは、歴史学派に代表される「経済現象 の、歴史的、社会的、制度的側面を、研究の ロ.シュムペーターの経済発展論と金融 古典派でとは対照的に、シュムペーターで は、金融機関に重要な役割が与えられる。シ (注) 31 前面に置く考え方が登場する」 。そして、 このような考え方は、アダム・ミューラーで 代表される(注)32。 ュムペーターにおける企業家は、既存の生産 たとえば、ヴァーグナー(Wagner,V.)に 過程のなかから「生産手段を奪取し、これを よれば、ミューラーでは「貨幣の経済的機能 (注)28 新結合にふりむける」 。企業家の行うこ は、分離された物と人間を再び結合させ、機 の生産要素の新たな結合(新結合)によって、 能的な全体と統合することによって、分業に 生産力は上昇し、経済は発展にむかう。そし よる経済の原子化を止揚することにある。貨 て、この際に、 金融機関は新たな購買手段(貨 幣は、…分裂した機能を、互いに調和した有 幣)を創り出し、企業家に貸し付けることに (注)33 機的な均衡へともたらす」 。つまり、 貨幣は、 よって、新結合を可能にする(注)29。 人と人を有機的に結びつける。 信用 (融資) も、 このように、金融機関や融資(信用)は、 私的な所有と、経済の社会的性格との間の緊 古典派と対照的に、理論体系の中で重要な役 張を取り除くもの、人と人を結びつけ、社会 割を担っている。しかし、中核にあるのは、 を有機的に結びつけるという役割を持つ(金 金融機関ではなく企業家である。新結合を行 (注) 34 融は「繋ぐ者としての機能」を持つ) 。 (注) 26.Wagner[1937]S.23-34 27.以前に、金融機関の「貸し渋り」、あるいは融資残高の低迷に対する批判に対する反論として、金融業界で主張されたのは、 「実体経済からの資金需要がないために、融資が伸びない」というものだった。この主張は、古典派の立場に立った主張 ということになる。 28.シュムペーター[1978]192ページ 29.社会に存在する財の量と、貨幣の量の比例関係は、金融機関による貨幣の創造によって変化し、新たに創出された貨幣 を借り入れた企業家は、このことによって、既存の財を「奪取」することになる。 30.最近、しばしば、目にする「目利き」という言葉は、このような新結合を行う企業家を見出し、融資を行うという意味で、 シュムペーターの経済発展論における金融機関と、基本的に同じものである。 31.Wagner[1937]S.51 32.Müller[1816] 33.Wagner[1937]S.52-53 34.Wagner[1937]S.54 研究論文 61 ミューラーらの活動と平行して、ドイツで (2)サービスの特性とコモディティとして は、協同組合の設立が始まる。 「協同組合は の金融サービス 農民や商工業者のための相互扶助の組織とし 上記では、学説をふりかえり、地域金融機 て19世紀半ばの頃より設立がはじまる。ナ 関の役割について考えた。以下では、金融サ ポレオン戦争以後、封建領主からの農民の解 ービスの特殊性の検討を通じて、このような 放、ギルドからの商工業者の解放が進んだが、 役割が、地域金融機関にとって持つ意味を考 彼らは依って立つ経済的基盤を持たず、旧来 える。金融サービスについての検討に先立っ の農村やギルドなどの『共同体』に代る新た て、サービス一般の特性について紹介し、続 な相互扶助の組織として『協同組合』の設立 けて、金融サービスの特殊性について検討す (注)35 が求められたのである」 。つまり、協同 る(注)36。 組合(信用金庫、信用組合)の成立において も、分裂した経済を、 再び結びつけるもの、 「繋 ぐ者」としての役割が、重視されている。 イ.サービスの特性 ここでは、商業論、マーケティング理論に 古典派の中立理論や、シュムペーターの経 おけるサービスの概念についてのアプロー 済発展論と比べると、アダム・ミューラーに チを参照してサービスの特性について紹介 代表される主張は、その後、大きな影響力を する(注)37。そこでは、サービスとモノを対比 持たなかった。しかし、 (オールド)バンカ し、サービスの特性として以下が挙げられ ーたちからは、ミューラーのいうような、地 る(注)38。①物質的な存在を持たないこと(非 域や取引先を「繋ぐ者」としての経験を聞く 物質性) 、②サービスの生産と消費が時間的、 ことができる。その経験によれば、 「金を貸 空間的に分離されておらず、在庫が存在しな して、回収する」 のが金融機関ではない。 また、 いこと(生産と消費の非分離性) 、③サービ 優れた技術をもつ企業を見つけて、融資する スの生産の過程へ消費者が直接に参加するこ ことは重要だが、それだけが金融機関ではな と(生産への消費者の参加) 、④在庫が存在 い。取引先を紹介して、結びつけることによ しないため、 需給の調整が困難であること (需 って、地域経済を活性化させることに、金融 給の調整の困難) 、⑤サービスが、利用時に 機関の社会的な役割が求められる。 消滅し、事後的な確認や転売ができないこと (一過性) 、⑥サービスの質が、提供者の個人 的な要因に影響され、標準化が困難であるこ (注) 35.清田[1992]97ページ参照。日本における協同組合(信用金庫、信用組合、農協・漁協等)の直接の原型は、このドイ ツの協同組合(Genossenschaft)である。全国信用金庫協会[2002]、Ringle und Kiyota[2005]S.3-11参照 36.本稿でいうサービス業とは、広義のサービス業、つまり、第三次産業をさしている。なお、金融サービスについて詳細は、 清田[2005]を参照されたい。 37.商業論についてのアプローチの詳細については、清田[2005]を参照されたい。 38.浅井[2003]6~8ページ 62 信金中金月報 2007.2 増刊号 と(規格化・標準化の困難) 、⑦サービスは、 する。しかし、このような標準化や大量「生 使用権の移転はあっても所有権が移転しない 産」は、 金融商品・サービスの「コモディティ」 こと(所有権の非移転) 。これらのサービス 化をもたらす(注)42。価格規制(金利規制)が の特性は、しばしば、サービス業の生産性の 存在すれば別だが、規制が撤廃されると、コ 向上を困難にする。たとえば、サービスの生 モディティでの競争は、 アノニマスな顧客 (ひ 産と消費が同時に行われ、在庫が存在しない とりひとりを特定し、区別して取り扱うこと ことは、大量生産を困難にする(注)39。だが逆 のできない顧客)を巡る価格競争に陥らざる にいえば、サービス業が、これらの特性を克 をえない。逆説的にいうなら、金融機関の歴 服することができれば、その生産性を向上さ 史的な営為が、金融機関自身の収益性を脅か せる可能性が生まれる。たとえば、運輸業で している。 は、「非効率で採算がとれないといわれてい た小口貨物の需要を集積し、 『規模の利益』 を生み出した」事例などが存在する(注)40。 他方で、前項で述べた「地域を繋ぎ、事業 (者)を育成する」活動や、 前節で述べた「金 融パッシブ」を「金融アクティブ」へと押し 上げる活動は、一般的にはアノニマスな顧客 ロ.金融サービスとコモディティ 金融業では、他のサービス業と比較して、 を対象とする大量「生産」ではないだろう。 多様な中小企業顧客の特性にあわせた個別の 制度化や標準化が進んでおり、その結果、サ 取り組みが必要であり、 「価格」以外での競 ービス業の特性の克服、製造業でのような標 争が不可避である。このことは、 換言すれば、 準化や、大量「生産」が可能になっている。 そのような活動によって、価格競争を回避す たとえば、決済業務を、貨幣の「運送業」に ることができることを意味する。つまり、 「地 たとえるならば、原理的には、単独で小口の 域を繋ぎ、 事業(者)を育成する」活動や「金 貨物運送業としても運営可能である(注)41。だ 融パッシブ」を「金融アクティブ」へと押し が金融機関は、歴史的発展の過程で、共同 上げる活動は、地域の活性化を通じて、間接 で大規模な決済の機構を形成し、装置産業化 的に金融機関の収益に寄与するだけでなく、 を進めることで効率化や標準化を達成してき 直接に収益の改善に結びつくべきものだとい た。預金業務や融資業務にしても同様であろ うことができる。 う。金融業ほど大規模化、あるいは擬似的な たとえば、コモディティによる価格競争に 「製造業化」を進めたサービス業は、他には よって低下した収益を改善させるために、投 存在しない。この点に金融業の特殊性が存在 資ファンドのような非コモディティへの投資 (注) 39.サービスの特性が、サービス業に与える制約について、詳細は、野村[1983]158ページを参照 40.野村[1983]152ページ 41.たとえば、違法に海外送金を行う地下銀行は、このような存在だといえる。 42.「コモディティ」とは、他の商品との差別化の手段として「価格」以外の要因を持たない大衆向け商品を指す。 研究論文 63 も選択肢としては考えられるだろう。 しかし、 相対的に好調である。しかし、長期的な地位 多くの金融機関が横並びで投資ファンドに投 低下の傾向は否定できない(第2節) 。そのよ 資するならば、すでに、投資ファンドもコモ うな経済の地位低下を受けて、地域金融も長 ディティと化しているといえるだろう(注)43。 期的傾向的には、相対的な地位を低下させて きている。このような経済を活性化するため (3)小括 には、 高い金融ニーズを持つ「金融パッシブ」 前節では、事実の側面から地域金融機関の のグループの競争力を上昇させ、 「金融アク 役割について検討したのに対して、 本節では、 ティブ」のグループへと引き上げることに力 いくぶん理論的な側面から、地域金融機関の を注ぐことが必要だというのが筆者の主張で 役割について考えた。まず、学説史のなかか ある。そのことが、大阪の地域金融機関自身 らアダム・ミューラーの思想を取り上げ、 「地 の競争力の強化につながると考えられた(第 域を繋ぐ者」としての地域金融機関の役割を 3節) 。第3節までが、事実の側面から、地域 述べた。くわえて、そのような役割が、コモ 金融機関の役割を考えたのに対して、第4節 ディティによる価格競争を回避し、地域金融 では、いくぶん理論的な側面から地域金融機 機関の収益性の改善に結びつくべきものであ 関の役割について考えた。まず、学説史をふ ることを述べた。 り返り、 「地域を繋ぐ者」としての地域金融 5.むすびにかえて 機関の役割を述べた。そして、 「地域を繋ぐ」 活動や、 「金融パッシブ」を「金融アクティブ」 本稿では、まず、大阪の経済と金融につい へと押し上げる活動や役割が、地域金融機関 て検討の検討から地域金融機関の役割につい の収益性の改善に結びつくべきものであるこ て考えた。大阪の経済は、 現在、 全国の中では、 とを述べた。 (注) 43.何をもって「コモディティ」とするか否かは、業態、業務、顧客、地域性によって異なるだろう。例えば、決済業務であっ ても、特定の富裕層を相手にする場合には、コモディティとは限らないだろう。中小企業向けの融資であっても、多数の 中小企業をアノニマスな顧客として対象化し、クレジット・スコアリングによるポートフォリオ融資も合理的な選択肢だ と考えられる。また、たとえば、多数の事業所の存在する大阪市の地域金融機関と、そうではない地域の金融機関とでも、 何をもってコモディティ化するかは、異なってくるのではなかろうか。別の言い方をすれば、リレーションシップ・バン キングのための計画が地域性等の違いにもかかわらず横並びとなり、地域金融機関の間で相違がないならば、すでにそれ は、リレーションシップ・バンキングとはいい難いと思われる。 64 信金中金月報 2007.2 増刊号 〈参考文献〉 Müller,A.H.,“Versuche einer neuen Theorie des Geldes.”, F.A.Brockhaus, 1816 Ringle,M.C.und Kiyota, T.,“Der genossenschaftliche Bankensektor in Japan.”, mauke, 2005 Wagner,V.,“Geschichte der Kredittheorie.”, Springer-Verlag, 1937 浅井慶三郎『サービス業のマーケティング』(増補版)同文館(2003) 大阪市『第75回大阪市統計書(昭和62年度版)』大阪都市協会(1987) 大阪市『第93回大阪市統計書(平成17年度版)』大阪都市協会(2006) 大阪市経済局『大阪の経済2005年版』大阪都市経済調査会(2005) 大阪市経済局『大阪の経済2006年版』大阪都市経済調査会(2006) 清田匡「市場メカニズムの金融的条件整備―通貨統合と銀行制度改革」住谷一彦・工藤章・山田誠(編) 『ドイツ統一 と東欧変革』第3章,pp.90-115.ミネルヴァ書房(1992) 清田匡「金融商品と金融サービス―サービス業としての銀行の特殊性と金融機関のタイポロジー―」大阪市立大学経 営学会『経営研究』(第56巻第3号)(2005年11月) 清田匡「大阪の中小企業金融に関するアンケート調査報告書」清田匡編著(編) 『中小企業金融をどう理解するか』創 風社(2006) シュムペーター『経済発展の理論』(上)岩波書店(1977) 全国信用金庫協会『信用金庫40年史』全国信用金庫協会(2002) 高橋伸夫『金融の地域構造』大明堂(1983) 野村清『サービス産業の発想と戦略―モノからサービス経済へ』電通(1983) 矢野恒太記念会編『データでみる県勢』(第15版)矢野恒太記念会(2005) リカードウ/杉本俊郎訳「現金支払再開に関する証言」スラッファ編杉本俊郎監訳(編) 『ディヴィド・リカードウ全 集』第5巻 雄松堂(1978) 研究論文 65 研究論文 北部九州地域金融機関の合併・再編の動向 -信用金庫を中心にして- 北九州市立大学 都市政策研究所教授 木村 温人 【プロフィール】 武蔵大学経済学部卒 博士(経済学) 北九州活性化協議会企画委員 ほか 専門分野:地域金融論 地域経済政策 財政金融政策 著書: 『現代の地域金融』日本評論社(2004年)ほか (キーワード) 合併・再編、広域規模拡大営業、狭域高密度営業、地元深耕、地域密着、 地域共生 (要 旨) 1990年代後半以降、わが国の地域金融機関(信用金庫)の合併・再編の動きは、これま でになく激しいものであった。この合併・再編を推し進めた背景としてはおよそ三つの要因 があったように思える。第一に最底辺の圧力要因としての経済・生活・行政圏等の拡大、第 二に金融当局からの行政圧力、第三に地方銀行(第二地銀を含む)の合併・統合化による圧 力である。 この合併・再編の動きを北部九州(福岡・佐賀・長崎)地域に限定して鳥瞰してみると、 激震が走った福岡県(特に北部) 、おおむね終了したと思える長崎県、そして現在は「無風」 の佐賀県といった図に描けよう。 合併・再編へのプロセスは、 通常、 上記圧力要因の下で地域金融機関(信用金庫)がまず「地 元深耕」による域内シェアの拡大(=狭域高密度営業)に傾注するものの、顧客や経済圏の 限界を突破できないことから、その小規模性を克服するための合併・再編(=広域規模拡大 営業)にさらに進むようである。もちろん、すべての地域金融機関(信用金庫)がこのよう な選択をするわけではなく、 「地元深耕」の徹底に成功している機関も少なくない。 これを個別金庫レベルで見ると、6金庫の大合併で“九州一”に大規模化した「福岡ひび き信用金庫」がある一方、 “スモール・イズ・ナイス”を経営指針とし町内会型信金を目指す「遠 賀信用金庫」など多様である。今後、それぞれの地域金融機関(信用金庫)が、この狭域・ 広域の両極のどの辺りにポジショニング(位置取り)するのか、同地域で合併・再編を経験 した信金を中心に理事長へのインタビューを交えながら観察してみた。 66 信金中金月報 2007.2 増刊号 はじめに 分析をしていく。特に、この三県の信用金庫 については、それぞれの地域から合併・再編 「失われた10年」と呼称されてきたバブル を経験した信用金庫を中心に理事長へのイン 崩壊後の90年代も、世紀を跨いで今日、そ タビューを行い、今後の経営方針等も含めて の後半を含めて「変革の15年」という前向 観察を行ってみた。 きの表現へと徐々に転換してきているようで ある。事実、近年の経済動向は06年11月時 点で低水準ではあるが58か月連続の景気拡 大を続けており、戦後最長の“いざなぎ景気 (57か月)”を超えたと見込まれ、 「上げ潮」 ムードも出始めている。 このような景気拡大もあり、その「10年」 1.地域金融機関(信用金庫)の合併・ 再編を推し進める背景と動力 (1)ベーシックな動力としての経済・生活 圏と行政圏の拡大 イ.動力としての経済・生活圏の拡大 図表1は協同組織金融機関(信用金庫)の の象徴的存在であった金融システムの崩壊と 合併・再編のプロセスと要因を図解したもの もいえる状況は徐々にではあるが安定化の様 である。図表1左下に合併・再編を推し進め 相を見せ始め、都市銀行はもとより地域金融 る圧力として、ここではおよそ三つの要因を 機関に於いても相対的安定期に入りつつある 指摘している。まず、最底辺の圧力要因とし ようである。 ての経済・生活圏や行政圏の拡大が表面上な この過程をここでのテーマである金融機関 の合併・再編の視点から振り返ってみると、 かなか見えにくいが、基盤的変動要因として この動きを突き動かしている。 あの97年の「日本版・金融ビッグバン」宣 例えば、経済・生活圏の拡大についてはこ 言以降は正に変革期であった。また、地域金 の地域の交通網の発達が決定的に作用してい 融機関にとってもその歴史上かつてないほど る。なかでも高速道路や九州新幹線整備のイ の激動の時代であった。ちなみに大手金融機 ンパクトは極めて大きく、一挙にこの地域の 関においては純粋に元の名をとどめる機関は 経済・生活圏を拡大した。この圏域の拡大は、 唯一「住友信託」以外全く存在せず、致命的 この地域の地域金融機関の営業スタイルや体 な打撃を受けた第二地銀や信用組合の破綻状 制の変革をもたらした。一例を挙げるなら、 況は尋常のものではなかった。 交通網の発達による通勤・通学・商圏等の拡 そこで本稿においては、この動向を北部九 大はそのままであれば利用者に複数の金融機 州に経営基盤を置く地域金融機関に焦点をあ 関との煩雑な取引を求めることになるが、コ て概観的に見るとともに、上記タイトルの副 ンピューターシステムの共同化等によるキャ 題にもあるように北部九州(福岡・佐賀・長 ッシュカードの共同利用を行うこと等により 崎の各県)の信用金庫を中心にしてその動向 利用者の利便性を確保できる。事実、そのよ 研究論文 67 図表1 協同組織金融機関(信用金庫)の合併・再編のプロセスと要因 効果︵狭域高密度営業︶追求 A ③域内シェア拡大 (地元深耕) 地銀合併圧力 B ② ①規模拡大 ☆ 金融行政の圧力 (合併・統合) 経済・生活・行政圏拡大の圧力 効率(広域規模拡大営業)追求 うな要請が強まり、これら関係金融機関のコ およそ半数近くに再編されてきているが、こ ンピューターシステムの共同化は急速に進展 の地域では225市町村から115市町村に同じ し、北部九州地域で言えば、 十八銀行(長崎) ・ く半数ほどに再編されている。 佐賀銀行・筑邦銀行(久留米) ・西日本シテ この合併を市・町・村ごとの再編による増 ィ銀行(福岡)などのATM相互開放による 減で見てみると、北部九州三県の市町村はそ サービスの向上をみている。周知のように、 れぞれ市(プラス11) ・町(マイナス111)・ コンピュータシステムの共同化それ自身は、 村(マイナス10)という状況であり、わけ これによる関連諸経費のコスト削減を第一義 ても「町」の激減が確認できる。また「村」 的に目的としているが、金融機関間の連携を は三県とも減少し長崎・佐賀両県においては 実質的に深め、その後の統合化等への促進要 消えてなくなり、福岡県に4村残すのみにな 因ともなっている。 っている。これらの再編結果は「市町村の合 併の特例に関する法律(合併特例法) 」によ ロ.行政圏の拡大による要因 り1999(平成11)年に、地方交付税の特例 最底辺の圧力要因のもうひとつとして行政 措置の拡充、住民発議制度の拡充、合併特例 圏の拡大が挙げられよう。図表2はいわゆる 債の創設等の合併促進のための手厚い財政支 「平成の大合併」と言われる近年の市町村合 援が講じられたこと等によることが大きい 併を北部九州三県(福岡・佐賀・長崎)ベー が、その背景には多様化・高度化する住民ニ スで見たものである。 「平成の大合併」 (1999 ーズへの対応や人口減と同時進行している上 年4月~2006年4月)下では、全国の市町村 記の生活圏の広域化への対応などが求められ はそれまでの3,232市町村から1,820市町村に ていたものと言えよう。 68 信金中金月報 2007.2 増刊号 図表2 九州北部三県(福岡・佐賀・長崎)の市町村合併 玄海 生月 田平 福島 松浦市 鹿町町 江迎町 小佐々 佐々町 山内 武雄市 川棚町 西海市 大瀬戸 外海 嬉野市 西彼 長崎 東彼杵町 塩田 多良見 長与町 諫早 東与賀町 佐賀 諸富 城島 高田町 小長井 大牟田市 筑穂 三輪 八女市 山川町 立花町 みやこ町 椎田 豊前市 大平 宝珠山 杷木 山国 うきは市 浮羽 日田 星野村 黒木町 矢部村 築上町 築城 小石原 朝倉 行橋市 豊津 東峰村 吉井 上陽町 香春町 添田町 甘木 久留米市田主丸 広川町 田川市 稲築 苅田町 勝山 大任町 山田 赤村 嘉麻市 川崎町 犀川 嘉穂 朝倉市 大刀洗町 北野 久留米 糸田町 碓井 夜須 小郡市 庄内 桂川町 筑前町 瀬高町 大和 穂波 筑紫野市 基山町 中原 三潴 川副町 大川市 大木町 柳川市 筑後市 三橋 柳川 高来 諫早市 みやき町 鳥栖市 神埼三田川 牛津 江北町 久保田町 上峰町 北茂安町 佐賀 白石 芦刈 千代田 三根 有明白石町福富 太良町 大和 三日月 鹿島市 大村市 脊振 飯塚市 宇美町 福智町 赤池 頴田 金田 方城 飯塚 志免町 須恵町 春日市 大野城市太宰府市 那珂川町 三瀬 神埼市 小城市 東脊振 佐賀市 嬉野 琴海 時津町 多久市 北方 大町町 波佐見町 西海 富士 小竹町 篠栗町 浜玉 直方市 宮田 粕屋町 吉野ヶ里町 小城 武雄 有田 福岡市 前原市 七山 厳木 有田町 佐世保市 西有田 唐津市 相知 伊万里市 佐世保 崎戸 浜玉 北波多 大島 二丈町 唐津 北九州市 福岡 若宮 宮若市 久山町 吉井 世知原 古賀市 肥前 水巻町 遠賀町 中間市 鞍手町 新宮町 志摩町 松浦 宗像 福間 玄海町 平戸市 平戸 福津市 鎮西 鷹島 岡垣町 芦屋町 宗像市 津屋崎 呼子 前津江 大分 中津市 耶馬渓 日田市 天瀬 大山 玖珠町 (備考)㈶国土地理協会「一目でわかる平成の大合併」 (06年4月版)より筆者作成。薄いアミが合併した地域、濃いアミが合併予 ( 定地域。太字が新市町村名 行政圏の拡大はそれに密接不可分に寄り添 織金融機関においてはなおさらのことであっ って営業活動を展開している地域金融機関に た。金融行政による合併・再編への圧力の現 大きな影響を与え、従来の金融機関では対応 場における具体的実態については、後述の各 しきれない限界を後に詳述する規模の拡大化 県の信用金庫理事長へのインタビューの中で という選択により成し遂げようとする要因を 紹介するとして、ここではその中心軸である 与えている。 「自己資本比率」と「ペイオフ」の組み合わ せによる、いわゆる行政指導が非常に大きな (2)「自己資本比率」 ・ペイオフなどの金融 行政からの合併圧力と地銀の合併・再編に よる圧力 圧力として機能したことを述べておこう。 あらためて言うまでもなく、ペイオフ制度 は1970年代に創設された預金保険制度であ イ.ペイオフ解禁などの金融行政による圧力 るが、実質的に意味を持ち始めたのは90年 合併・再編を推し進める第2の要因として 代の後半の大手銀行をはじめ金融機関等の破 は、金融行政からの合併・再編への圧力があ 綻により信用不安が高まって以降である。た ったように思われる。これは次に述べる地域 だ、政府はペイオフ解禁をこれに合わせて行 金融機関内でも規模の大きい地方銀行におい うことは、預金者に動揺を与えかえって金融 ても同様の影響を生じていたから、信用金庫 システム全体の危機につながりかねないと判 をはじめとする相対的に規模の小さい協同組 断し、この解禁を2005年4月の本格実施まで 研究論文 69 延期してきた(一般預金については2002年4 ある地方銀行(第二地銀を含む)の合併・再 月に前倒し実施) 。 編であろう。地方銀行の合併・再編は上記の この間、規模において相対的に劣る地域金 金融行政からの圧力要因により同じく促進さ 融機関の動揺は想像以上に大きく、健全性指 れたが、これらの動きそれ自身が、同時に、 標の代表的基準にされた「自己資本比率」は さらに規模の小さい協同組織金融機関への合 これら金融機関にとっては最大のハードルと 併圧力となっている。すなわち地方銀行の合 なって、これを順守できない可能性の高い機 併等による規模の拡大化は、 与信能力を高め、 関にとっては預金者等からの信用を失うこと これまで都市銀行の営業領域であった顧客層 とともに、場合によっては破綻の危険性をも への浸透を可能にするとともに、同じく以前 意味していた。周知のように、この自己資本 は棲み分けていた協同組織金融機関の領域に 比率は国際業務を行う金融機関には「8%基 も漸次入り込んできている。そのため、後の 準」を適用し、国内専業の金融機関にはより インタビューにもあるように、信用金庫は同 低い「4%基準」の適用となっているが、実 業態内の水平的合併を基本として、場合によ 際のところでは、この「8%基準」がその意 っては信用組合からの「事業譲渡」を受ける 味を超えて金融機関の信用そのもののメルク 形で規模を拡大し、地銀の浸透圧力に対抗で マールとされる風潮が強まった。そのため国 きる形での再編を志向してきている(北部九 内専業の中小金融機関とりわけ信用金庫をは 州の信用組合の合併・再編状況は図表3を参 じめとする地域金融機関にとっては、結果的 照のこと) 。 に非常に高いハードルとなったのである。そ 図表4は北部九州地域の地方銀行と第二地 のため達成不能と自ら考える金融機関は相対 方銀行との合併・再編を整理したものであ 的に規模の大きい同業態との合併か、あるい る。地方銀行と第二地方銀行の合併・再編は、 は同じく相対的に健全性の高いと見られてい 2004(平成16)年ごろまでの主に地方銀行 る異業態の金融機関との合併をめざしたので 間や第二地方銀行間の合併で、いわば「生き ある。また、金融システムの安定化を求める 残り」から「勝ち残り」の時期の再編と言え 金融(行政)当局は、このような合併・再編 よう。図解としては“ヨコ型の再編”と言え を促し、あらゆる機会を通じてその圧力(と る動き(90年代前半以前については別の個々 そのための支援)をかけてきたと言って良い の要因による合併) である。さらに同図の 「下 であろう。 に向かう矢印」の動きは、最近の福岡銀行の 熊本ファミリー銀行(第二地銀)との経営統 ロ.地銀の合併・再編による要因 合や西日本シティ銀行の豊和銀行 (第二地銀) 協同組織金融機関(信用金庫)の合併・再 との経営統合などを表しているが、これらは 編を促進する第3の要因は、同じ金融機関で それまでのヨコ型再編から“タテ型再編”に 70 信金中金月報 2007.2 増刊号 図表3 九州地区(福岡・佐賀・長崎・大分)の信用組合「合併」状況 (18.9.27現在) 実施日 14.1.15 長崎県 14.5.20 〃 14.5.27 福岡県 熊本県 長崎県 事由 事業譲受 事業譲渡 〃 〃 〃 〃 事業譲渡 (分割) 事業譲渡 (名称変更) 事業譲渡 14.7.1 大分県 同種合併 14.7.15 〃 14.8.16 長崎県 福岡県 熊本県 大分県 大分県 事業譲渡 〃 事業譲受 事業譲渡 営業譲渡 14.9.2 大分県 同種合併 15.9.8 福岡県 同種合併 16.11.15 福岡県 同種合併 16.11.15 福岡県 (名称変更) 17.3.14 大分県 異種合併 17.3.28 佐賀県 同種合併 13.11.26 14.7.15 17.12.19 18.6.12 都道府県 岡山県 島根県 広島県 山口県 福岡県 長崎県 熊本県 佐賀県 大阪府 長崎県 同種合併 同種合併 組合名 朝銀西 朝銀島根 朝銀広島 朝銀山口 朝銀福岡 朝銀長崎 長崎第一 福岡商銀 熊本商銀 松島炭鉱 大分県 大分県庁 島原 両筑 九州幸銀 大分商銀 大分県医師 大分県 高田 福岡県中央 九大医系 福岡興業 東福岡 福岡南 福岡興業 大分県 杵築信金 佐賀東 佐賀栄城 九州幸銀 佐賀商銀 近畿産業 長崎商銀 異動後の組合名 朝銀西 十八銀行 長崎三菱 熊本商銀 九州幸銀 長崎三菱 大分県 たちばな信金 筑後信金 九州幸銀 大分銀行 大分県 福岡県中央 福岡興業 とびうめ 大分県 佐賀東 九州幸銀 近畿産業 (出所)全国信用組合中央協会データより筆者作成 変貌している。いわば有力地方銀行による経 スと業務・資本提携する形での統合化を決定 営不振の第二地方銀行の救済・支援という形 している。これが実現すれば、熊本ファミリ をとった新たな支配構造を構築しているもの ー銀行との経営統合と併せて福岡銀行を核と と見てよいであろう。 した九州における一大広域地銀グループが誕 この過程では、例えば豊和銀行は自己資本 生することになる。ちなみに、これら3行を の増強に向けて西日本シティ銀行や地元取引 合わせた預金規模は約9.9兆円になり、現在 先に対して90億円の第三者割り当て増資を 首位の横浜銀行(9.3兆円)を抜き「日本一 行うとともに、同額規模の金融機能強化法に の地銀」の誕生となる。 基づく公的資金を導入し、また熊本ファミリ 現在、福岡銀行と西日本シティ銀行との、 ー銀行においても315億円の公的資金注入を それぞれを核とした「広域地銀」 (日本版ス 受けるなどして陰に陽に金融行政のサポート ーパーリージョナル銀行)への再編の急激な を受ける形での再編となっている。また、こ 流れは、金融機関の領域を超えて九州全域を れに続き福岡銀行は九州親和ホールディング 巻き込んだ強烈な動きとなっている。北部九 研究論文 71 図表4 北部九州の地銀・第二地銀の再編・統合化の動向 (84年4月合併) 高千穂相互 西日本 福岡シティ ︵ 西日本相互 広島 (04年10月合併) 年 月T O B で子会社化︶ 01 (システム提携) 12 西日本シティ (06年12月まで出資) 豊和 長崎 (9.1%出資) (06年10月資本・業務提携) 九州 福岡中央 福岡 親和H 親和 (03年4月HD傘下で合併) (07年4月経営統合) 熊本ファミリー 佐賀 熊本 肥後ファミリー (92年4月合併) 筑邦 十八 (09∼10年にかけて基幹システムを統合化) 州に限ってみても、地域金融機関のみならず は進んでくるが、初めから矢印に沿って順 大手都市銀行への影響も非常に大きく、次に 次・順調に進むわけではない。通常、これら 見る本稿の主題であるこの地域の信用金庫の の金融機関経営は「規模の問題」から新たな 合併・再編へのそれは相当なものと言って良 設備投資を積極化するなどして効率性を追求 いであろう。 するには限界があり、まずは図表1に見るよ 2.北部九州地域の信用金庫の合併・ 再編の動向 (1)信用金庫の合併・再編プロセスと北部 九州地域信用金庫の概況 イ.信用金庫の合併・再編のプロセス うに地元深耕による域内シェアの拡大を求め る「効果追求」 (図表1A領域の“狭域高密度 営業” )に走るが、顧客数や経済圏等が限定 されているため、顧客ニーズに合った各種サ ービスを濃厚に行ってもそれに伴うコストの 上昇によりに効率の低下を伴うことが一般的 図表1を再度一瞥してもらいたい。これま である。そこでは事務の標準化やマニュアル で述べてきた図表1左下の諸要因等によって 化の検討を行っても、規模の経済性に基づく 協同組織金融機関(信用金庫)の合併・再編 スケールメリットを狙うわけにもいかず、時 72 信金中金月報 2007.2 増刊号 間の経過とともに限界点に達する(図表1☆ そこで以下においてはこれまで述べてきた 印)。そんな時間帯に図表1左下の各種要因 内容を念頭において、北部九州地域の協同組 が強く働くと、最大の障害である小規模性を 織金融機関(信用金庫)の合併・再編の動向 克服するための合併・再編の方向(図表1B を具体的に見ていく。まずこの地域の信用金 の領域)へとさらに走ることとなる。 庫の概況を紹介し、次いで今回訪問した北部 もちろん次に見る現地調査からもわかるよ 九州(福岡・佐賀・長崎)の信用金庫の理事 うに、すべての協同組織金融機関(信用金 長のインタビューをまじえてこの地域の信用 庫)がそのような選択をするわけではなく、 金庫の合併・再編の動向を見ていく。 図表1Aでの地元深耕の徹底などにより成功 ロ.北部九州(福岡・佐賀・長崎)信用金庫 を収めている機関もある。その意味で協同組 織金融機関(信用金庫)は効率と効果の相矛 の概況 盾する矢印のいずれかの「地点」に自らのポ 図表5、 6は北部九州地域(福岡・佐賀・長崎) ジショニングをすることとなる。それぞれが の信用金庫の現在の概況と、合併が開始され どの位置に付くかは、置かれた場所(地元) 始めた10年前のそれとの比較をしている。 図表5は概況のうちの店舗数、役職員数、 や地銀等との競争 (力関係) 、 またその時期 (時 間帯)などによって決定づけられようが、と 県別預金額、同貸出金額と1金庫当りの預金 りわけ今日のような時代状況下では信用金庫 額などを示している。06年3月末現在のこの 経営者(ヒト)の判断によるところが非常に 地域の信用金庫数は14金庫で全国の信用金 大きいように思える。 庫数の4.8%になる。また店舗数・役職員数 図表5 九州北部地区信用金庫の概況(2006年3月末現在) (単位:人、百万円) 福岡県 8 166 1,921 1,452,885 862,414 1金庫あたり 預金額 181,610 佐賀県 4 40 439 261,953 169,691 65,488 金庫数 店舗数 役職員数 預金・積金 貸出金 長崎県 2 29 325 176,774 120,281 88,387 地区合計 14 235 2,685 1,891,612 1,152,386 135,114 全国 292 7,777 113,644 109,221,240 62,670,218 374,044 シェア 4.8% 3.0% 2.4% 1.7% 1.8% - (出所)信金中金・福岡支店資料より 図表6 10年前との比較(2006年3月末計数-1996年3月末計数) 金庫数 福岡県 店舗数 △ 7 長崎県 △ 地区合計 全国 役職員数 △ 32 0 △ 1 △ 4 △ △ 8 △ 36 △ △ 124 △ 823 △ 佐賀県 0 △ (単位:人、百万円) 預金額 623 貸出金額 215,184 △ 16,538 66 39,596 △ 6,594 85 181,259 △ 866 774 273,039 △ 23,998 45,329 12,997,417 △ 7,228,420 (出所)図表5に同じ 研究論文 73 は235店舗、2,685人で、それぞれの全国シ (2)北部九州地域(福岡・佐賀・長崎)信 ェアは3.0%と2.4%となっている。同期の預 用金庫の合併・再編の動向 金および貸出金はそれぞれ1兆8,916億円(全 それでは、これら北部九州全体の概況を遠 国 シ ェ ア1.7 %) と1兆1,523億 円( 同1.8 %) 望しながら、次に「各県別」に主題の信用金 で、1金庫当たりの預金額を見ると全国信金 庫の合併・再編を見ていこう。 が3,740億円であるのに対してこの北部九州 地域では1,351億円である。総じて小さな数 字と比率が目立つ地域である。 イ.福岡県の合併・再編―激震の県北・動き が出てきた県南― 図表6は上記のとおり、この地域の信用金 図 表7は 福 岡 県 に お け る 信 用 金 庫 の1989 庫の合併問題が浮上し始めた10年前との比 (平成元)年~2006(平成18)年にかけての 較である。10年前(1996年)と比較すると、 合併・再編の動きを簡略図にまとめたもので 金庫数では福岡県がマイナス7と圧倒的に減 ある。図表6に見たように福岡県の信用金庫 少しており、長崎県が1減という実態である。 は10年前の1996(平成8)年以降7金庫が減 福岡県で合併・再編の激震が走ったと言える。 少したが、それ以前の89年から見ると8金庫 したがって店舗数、役職員数もそれに連動し の減少ということになる。福岡県は地勢や歴 たリストラ等で、福岡・長崎両県に大きな減 史または経済などの諸状況から、 北九州地域、 少数値の結果をもたらしている。同様に10 福岡地域、筑豊地域そして筑後地域の4つに 年前の預金額と貸出金額とを比較すると、そ 大きく分かれる。それぞれの地域の諸特徴を れぞれの県でも、したがってこの北部九州地 ここで紹介する紙面の余裕がないので、 順次、 域全体でも前者が増加し、後者が減少してい 「工業地域」、 「商業・行政地域」 、「旧産炭地 る。全国的に見てこの10年間は、不良債権 域」、「農業・商工業地域」といった短いフレ 処理のためや、 (企業の設備投資の手控えな ーズでの説明にとどめておこう。 どによる)融資の伸び悩み等のために貸出金 が減少したのに対して、預金額の方は郵便貯 ロ.大合併の核となった福岡ひびき信金 金からの貯金流出やペイオフによる他業態の このうち合併・再編の最大の激震が走った 金融機関からの預金流出などが結果的に信用 のは、県北部・北九州市域の都市圏である。 金庫に流入したために増加したものと思われ 北九州市は1963(昭和38)年、小倉・若松・ るが、この同様の傾向が北部九州においても 戸畑・門司・八幡の旧五市が合併し100万人 見られるわけである。 の政令指定都市になったが、各信用金庫は旧 市にそのまま存続していた。その後2001(平 成13)年11月に、このうちの旧北九州八幡 信用金庫(96年に行橋信用金庫から事業譲 74 信金中金月報 2007.2 増刊号 図表7 福岡県信用金庫の合併・再編 平成元年1月1日現在 福岡 平成18年9月末現在 福岡 北九州八幡 北九州八幡 行橋 平成8年10月に北九州八 幡が行橋から事業譲受 若松 福岡ひびき 福岡ひびき 平成13年11月に合併 「福岡ひびき」に名称変更 福岡ひびき 平成15年10月に合併 新北九州 門司 直方 築上 大牟田 大牟田柳川 柳川 筑後 飯塚 大牟田柳川 平成16年11月に合併 「大牟田柳川」に名称変更 筑後 筑後 平成14年7月に筑後が 両筑信組から事業譲受 飯塚 田川 田川 大川 大川 遠賀 遠賀 (備考)全国信用金庫連合会五十年史より筆者作成 受)と旧若松信用金庫とが合併し、福岡ひび 時参加の意向があった」「近隣金庫との合併 き信用金庫となった。この段階でそれぞれの を断続的に漸進的に行うよりも、一気に合併 旧市名を外した金庫名にしたのは、これに続 したほうが効率的であり、かえって負担が緩 く大合併を想定していたためとも言われてい 和されるとの意見が金庫内でも高まったこと たが、事実その後2003(平成15)年10月に、 もあり、合併を決断した」と説明し、「もとも 残る旧2市の信用金庫と近隣信用金庫(直方・ と合併は収益体質を強化するための一手段で 築上)を巻き込んだ大合併となった。その結 あると認識している」「システム統合を含め 果、預金量が合併発表当時でおよそ5,700億 た抜本的な効率化を図らなければ高コスト体 円に拡大し、 「九州最大の信用金庫」の誕生 質に陥ってしまうから、やはり経営体力のあ ということになった。 るうちに合併することが望ましい。だからこ この大合併の経過について、当事者であっ た同金庫・前理事長(現会長)古川育史氏は、 「若松信金との合併後、内部体制を固めて合 そ、短期間のうちに合併を行う決断を相次い でしたわけである」と解説してくれた。 そして規模の拡大を強調する背景として、 併効果を確固たるものにしていたが、直方信 「橋本内閣の“ビッグバン宣言”以降、自由 金との合併問題が浮上して近隣3金庫から同 化が急激に進展し競争が非常に激化した。保 研究論文 75 険・証券・信託もわれわれの取引相手に食い さらに、「地域密着もその意味と手法にお 込んできた。そのためこれらと競争するため いて大きく変化しており、当金庫は直接金融 にも規模を一定程度(4,000~5,000億円)大 を活用した“再生ファンド”と“ベンチャー きくしないと経営は厳しくなると考えた。金 ファンド”に力を入れている」との説明がさ 融機関は規模の拡大効果が出やすい業種で、 れた。前者は優れた技術や経営ノウハウや収 例えば、1+1=2ではなくそれ以上の効果が 益性のある事業部門を持ちながらも、過剰債 出る」「若松信金との合併時、一店舗当たり 務のため経営難の状況にある地域内企業の再 の預金量(パー・ブランチ)はそれぞれ信金 生を支援するための「再生ファンド」を活用し 業界の平均(130億円)に達していなかった。 企業を再生させるものであるが、「この再生 またパー・ヘッドも同平均(8億2,000万円) スキームで、およそ30件ほど企業再生に成 以下であったが、合併以降、現在はこれらの 功した」 (担当者)とのことである。また後 平均に接近してきている」 。また、 「地銀の攻 者については、新たに「ひびしんキャピタル 勢は日常茶飯事である。これまで山口銀行の 株式会社」 (資本金3,000万円)を2005年10 攻勢が激しかったが、いまや福岡銀行や西日 月に設立し、 「これまで8件(2億円)の投資 本シティ銀行との競争も苛烈になっている。 を行って、このうち3件は融資にもつなげ、 彼らは市内の優良企業を奪っていくから、非 地域企業の創生と地域ベンチャー企業の活性 常に辛いところである」と述べている。 化の支援を行っている」(担当者)とのこと また、信用金庫の地域密着(リレーション であった。 シップ・バンキング)と、合併等による規模 そして筆者の再度の合併の可能性について 拡大路線(=いわゆる自由化路線)との対応 の質問には、 「さらなる合併を重ねるにはい については、 「この両方に対応するツートラ まだ体力不足である。まず負の遺産を償却し ック戦略が望ましい。そのため営業地域を分 なくてはならない。したがってリストラ等の けてそれぞれに権限を下ろしていくいわゆる 内部努力は不可欠であり、今後の目標として エリア制を設けて、この両方の融合を図って 09年3月までに“資金量6,000億円” 、 “店舗数 いる。エリア長にはその地域の母店の支店長 60店” 、 “従業員600人”を掲げている」との を就かせ、一定程度の権限を与え執行役員に 答えであった。 管理させている」とのことである。福岡ひび き信用金庫のエリア体制構成図を見ると、 「中 ハ.動きが出てきた福岡県南部 央エリア」の他に東・西・南・北それぞれの 県北部の大激震に対して県南部は図表7に エリアを配置し、その下にそれぞれの支店を 見たように、2004(平成16)年11月の大牟 置き母店支店長と常務理事が管轄するシステ 田信用金庫と柳川信用金庫との合併による大 ムになっている。 牟田柳川信用金庫の誕生と筑後信用金庫によ 76 信金中金月報 2007.2 増刊号 る両筑信用組合からの事業譲渡(02年7月) 定規模以上になると融資を抑制するか、他業 という第一段階とも言える再編があった。し 態の金融機関と協調融資をするしかなく全額 かしその後第2段階へと続くことなく沈静化 リスクを取れない実態もあるようである。 している。その背景には諸般の理由があるよ うであるが、基本的にはこの県南地域が大川 ニ.長崎県の合併・再編 地区(大川信金11店舗) 、大牟田・柳川地区 図表8は前記と同様に長崎県における信用 (大牟田柳川信金17店舗) 、久留米・八女地区 金 庫 の1989( 平 成 元 ) 年~2006( 平 成18) (筑後信金14店舗)というように、極一部の 年にかけての合併・再編の動きを簡略図にま 地域を除いて相互に棲み分けがうまくいって とめたものである。長崎県は地勢や歴史また いるためのようである。 は経済などの諸状況から、県南地域、県北地 もっとも、インタビューに応じていただい 域、および離島に大別される。県南地域は大 た筑後信用金庫の理事長・大橋眞成氏は、 「久 村市から南の半島部分で、長崎市、島原市、 留米を中心としたこの地域は多業種の中小企 諫早市、大村市などで100万人弱の人口を持 業(繊維・木材・機械工業・鉄鋼、半導体関 つ地域である。県北地域は平戸島、松浦半島 係等)の街であり、またブリジストンタイヤ から波佐見町までの地域で、佐世保市(軍港 の城下町であることからも、人口規模30万人 ・造船業)を中心に40万人の人口を持ってい であるにもかかわらず都市銀行4行(みずほ、 る一次産業中心の産業構造である。離島は五 三菱東京UFJ、三井住友、りそな)も出店し、 島列島、壱岐、対馬などからなる20万人ほ 金融激戦地である」「またこの地域で大きな どの人口圏である。 存在感を見せている福岡銀行が、今回の熊本 このような地勢や経済実態を反映して、こ ファミリー銀行と経営統合を機にさらなる攻 れまで信用金庫も限られた数のものであった 勢をかけてきているため」「信用金庫として が、この期間にさらに数を減らし現在2金庫 も経営体力を強化して、相応のリスクを取れ になっている。すなわち、県南地域にあった るようにしないと競争ができない」 、として 諫早信金と長崎信金が1999(平成11)年11 将来の問題としつつも「合併も選択肢のひと 月に合併し、 両金庫の営業地域にまたがる “た つ」と述べている。事実、現在でも融資額が一 ちばな湾”の名に因んで「たちばな信用金庫」 図表8 長崎県信用金庫の合併・再編 平成元年1月1日現在 平成18年9月末現在 西九州 西九州 諫早 たちばな 長崎 平成11年11月合併 「たちばな」に名称変更 たちばな たちばな 平成14年7月にたちばなが 島原信組から事業譲受 (備考)全国信用金庫連合会五十年史より筆者作成 研究論文 77 としてスタートした。また同金庫は3年後の に増やしているところである」 、そして、 「今 2002(同14)年に島原信用組合から事業譲 後はさらに地元諫早でのシェアを上げてい 渡を受け、さらにこの地域の再編の核になっ くことを考えている。今、預金・貸出共に ている。そして、佐世保を拠点としている西 20%弱の地元シェアを最低30%に上げるこ 九州信用金庫は県北地域を中心に継続的に単 とを目標にしている。十八銀行は40%以上 独の位置を維持している形である。 確保しているのだから営業戦略で克服するし たちばな信用金庫の理事長・木村廣昭氏に かない」 「武器は会員である。合併時の会員 よれば、「旧長崎信金との合併は前理事長か 数が今も変わっていない。今後は方向転換し ら引き継いだものであった。両金庫の合併は て会員増強を目指している。現在会員は増え 急に出たわけではない。長崎と諫早は一体的 ている。配当だけでない「利用権」のメリッ になった“声のとどく”範囲での生活圏であ トを前面に打ち出していく」 とのことである。 る。長崎は朝に立ち寄って午前中に帰れる通 今後の拡大的な合併ついての質問には、 「考 勤・通学圏である。両金庫は合併したことで えていない。当面は長崎市、諫早市での存在感 ますます一体化してきている」 「旧長崎信金 を高めることに専念する」 との見解であった。 のテリトリーは、 十八銀行の本拠地であって、 経営は非常に厳しい状況であった」と解説し てもらった。 ホ.佐賀県の合併・再編 図表9は同じく佐賀県におけるこの期間の また現在の経営実態については、 「引き続 合併・再編の状況を示している。一瞥のよう き、十八銀行等との競合・競争は厳しい状況 に、全くの変化がない。 「無風地域」といっ である。我々にとっては相当のプレッシャー てよい。佐賀県の地勢や歴史または経済など で、価格競争ではとてもかなわないから、フ の諸状況は、大別して玄海側の北部地域と有 ットワークで競争して信金らしい地元密着で 明海地域の南部に分かれる。玄海地域は唐津 濃厚なサービスを行っている」 「合併後でも 市、伊万里市などの30万人ほどの商圏を持 融資の額や期間については、店長レベルに落 っている。一次産業中心であるが有田焼など とすなどの見直しはしていない。ただしその の伝統産業があるとともに観光業も重要な位 ことによる弊害である決定の遅れにはそうな 置を占めている。有明海地域は佐賀市、鳥栖 らないよう心がけている」 「十八銀行は債権 市、武雄市などの50万人ほどの商圏を持っ カットをして再生策を組む体力は持っている が、われわれには難しいから、債務者区分を 変更するにしても最低限の管理融資をしてぎ りぎり顧客の再生を計っている。また、その ための融資能力を高めるための担当者を本部 78 信金中金月報 2007.2 増刊号 図表9 佐賀県信用金庫の合併・再編 平成元年1月1日現在 唐津 平成18年9月末現在 唐津 佐賀 佐賀 伊万里 伊万里 杵島 杵島 (備考)全国信用金庫連合会五十年史より筆者作成 ている。佐賀平野を中心に米作が盛んな農業 る佐賀銀行などは県全体を統合化するノウハ 地帯であるが、鳥栖市は九州自動車道の交差 ウを持っているであろうが、われわれはその 点にあたる交通の要衝であることから、運輸 ノウハウを獲得するのに膨大な時間が掛かり ・倉庫業やIT関連製造業も集積している。た そうだ」 「ただし、今後、自己資本比率問題 だ、この鳥栖地域以外は押し並べて「圧倒的 の次の課題として、例えば内部管理体制やバ な農業県」であることから、高齢化などの影 ーゼルⅡ、あるいは検査評定制度などを厳格 響から人口減少に歯止めが掛かっていない。 に適用するような強い行政指導(圧力)があ このような中、北部の唐津市と伊万里市に れば、そのための本部機能を持つための合併 同名の2金庫(唐津信用金庫と伊万里信用金 の話はない訳ではないであろう」「合併はそ 庫)、南部の佐賀市と武雄市に2金庫(佐賀信 れを解決する手段の一つとしてありうるかも 用金庫と杵島信用金庫)とそれぞれのテリト しれない」と解説してくれた。 リーを二分する形になっており、県全体の視 だが、最後には「今は狭域高密度営業に徹 点から見るときれいに“4分割”されている。 したほうが良いと考えている」「もともと金融 佐賀県は一次産業をベースにした、きわめて というのは地域性の強いものであるが、近年 安定的な地域であることから、信用金庫それ のIT化等により時間と距離が短縮され、こ ぞれが自らのテリトリーを分割営業している れらの壁が容易に超えられるようになってき 実態があり、合併・再編の動きからは距離の たが、 皆が超えたら“地域”はなくなる」とし、 ある地域といえよう。 ただし、インタビューを受けていただいた 佐賀信用金庫の理事長・大坪豊氏によれば、 「ペイオフ騒動があった4~5年前、その危機 感から合併の話があったと聞いている。もっ ともそれを詰めた議論は具体的にはなかった 「地域は今後とも使命共同体としてあるので はないか、 ロマンが必要である」と強調した。 3.おわりに変えて―スモール・イズ・ ナイス(遠賀信金)― 以上、北部九州3県(福岡・佐賀・長崎)の し、その後当時の理事長(同氏は常務の時代) 信用金庫を合併・再編の視角から概括的に見 がすべて交替したこともあり、現在は合併の てきた。合併・再編が進んでいる福岡県(特 話は全くない」とのことである。また、 「通 に北部) 、おおむね終了した長崎県、そして 常その県の県庁所在地に同県内の信用金庫の 現在は「無風」の佐賀県といった鳥瞰図になる 支店があるのだが、佐賀県の場合、全くない。 のかもしれない。そこで、あえてインタビュ またそれらの支店網は全く重なってない。そ ーをさせていただいた個々の信用金庫のこの の意味で合併による効果は期待できず、かえ 合併・再編におけるポジショニングを、先の って不効率である」「地形的にも分立し、お 図表1に置くとすれば、①の所に福岡ひびき 互い距離的に遠い感じがする。地方銀行であ 信金、たちばな信金、②に筑後信金、佐賀信 研究論文 79 金、そして③の所に以下に紹介する遠賀信金 る。就任当初から「スモール・イズ・ナイス」 ということになるのではないか(あくまで事 「利回りより身の回り」を経営の指針とし、徹 前・事後調査とインタビューでの筆者の印象 底した「地域密着(地元深耕)」の営業を展開 である)。 している。同氏は、「町内会型の金融機関こ いずれにせよ全国的にも、また北部九州地 そが信用金庫の本質であり、それをキャッチ 区に限っても合併・再編の動きは底流として フレーズ化したものがスモール・イズ・ナイス」 全ての金庫経営に大きな影響を与えている であるとし、「地元で受け入れた預金をはじ が、上記の「使命共同体としての地域のロマ めとする経営資源を地元に還元する」ことが ンが必要である」とする指摘のように、自ら 協同組織金融機関の最大の使命だとしてい の経営方針の軸として 「地域密着」 「地元深 る。具体的には、貸出先開拓に特化した「融 耕」「地域共生」等と言うキーワードがこの一 資企画部門」を設け企業のホームドクターに 連のインタビューにおいてもたびたび聞かれ 徹しているほか、 「暮らしの相談コーナー」 た。そこで、特にこの点を経営のポリシーと では、電球1個の交換から縁談、リフォーム、 しても営業実態としても強く力を入れている 法律問題まで、あらゆる相談をフリーダイヤ 遠賀信用金庫について最後に紹介し、この稿 ルで受け付けているなど、様々な取り組みを を閉じよう。 展開している。そうしたことを反映して、地 遠賀信用金庫は福岡県北部、先に紹介した 元への貢献度を示す指標でもある預貸率は近 合併・再編に積極的に取り組んでいる「福岡 年およそ70%で推移しており、信金業界と ひびき信用金庫」の営業域に隣接する預金 しては相当高い数値を獲得している。また自 規模1,600億円強の金庫である。営業エリア 己資本比率でも12%強と健全性においてゆ はJR鹿児島本線の北九州市と福岡市の中間、 るぎないものを示している。一方、このよう 約50キロのベルト地帯で、本部を岡垣町に な地元への積極融資の結果、不良債権比率は 置いている。福岡市に近い西側地域はベッド 8.9%と若干高めとなっているが、規模に比 タウンとして人口が増え住宅関連サービスや べ相当に大きい収益力を引当金や自己資本の これに付随するサービス産業が伸びている 積み増しにあて、 確かな健全性を保っており、 が、北九州市側の遠賀川周辺東側は旧産炭地 会員に対する配当金も6%の水準を維持して で近年の公共事業の伸び悩みとともに、旧来 いる。「不良債権の無理な圧縮はお客様を滅 型の産業が苦戦を強いられているという、明 ぼすことにつながる。これは協同組織金融機 暗混合の地域でもある。 関のありようではない」という中村氏の解説 理事長の中村英隆氏は旧大蔵省時代、北海 である。 道財務局長として「北拓破綻」処理を手掛けた また同氏は、 「資金量を多くすることによ 経歴の持ち主で、2001年10月から同職にあ って大きな資金需要に応えたいというのは信 80 信金中金月報 2007.2 増刊号 用金庫の目指すものではない。信金の営業対 組みの事例も有している」という。 象は、リスクはある(要管理先・要注意先な これらのことをベースに、合併・再編につ ど)が、反面それに見合った金利がいただけ いては、 「今後とも考えていない。信金の合 るところである。要すれば、準限界金融的な 併は、経済合理性だけでは処せない側面が強 世界の中で、トータルとして浮き沈みする中 い。また、合併に走ることによる信金経営者 小企業をお支えするのが信金の使命ではない のモラルハザードの問題もあるように思われ か」とし、「仮に当金庫の対応能力を超える る。われわれは激流を乗り切るにはカヌーの 需要があった場合は、まさに協調と連帯とい 方が優れていると考えている」とし、 「われわ う信金業界の理念を具体化して協調融資など れはゲマインシャフト(地域共同体)的な生 で対応すべきであろう。事実そのような取り き方を貫く」と強調した。 研究論文 81 編集後記 当研究所では、平成18年度の共通研究テーマを「地域」と定め、当研究所研究員が執筆し たレポートを、信金中金月報に「地域シリーズ」として毎号連載する試みを行っています。 このような活動と併せて、平成18年7月、地域経済と地域金融機関の関わりや今後の課題に 関する研究の充実を図ることを目的として、 「地域と金融に関するワーキンググループ」を設 置いたしました。 当研究所では、これまでも地域に関する様々な調査研究に取り組んで参りましたが、東京か ら各地域を見るような視点になりがちでした。今回、地域の視点からこの問題にアプローチし たいと考え、地域の大学で研究活動に取り組んでいる研究者の方々にワーキンググループの委 員に就任いただきました。 各委員には、 「地域の自立と地域金融機関の役割」をテーマとした座談会に参加いただくと ともに、地域経済と地域金融機関の関わりについて論文を執筆いただき、今般、その成果を信 金中金月報増刊号として発刊いたしました。 財政改革の影響を最も深刻に受け止めている北海道、自動車産業など組立加工業が集積して 元気のある東海、長い不況により打撃を受けた中小企業が集積する近畿(特に大阪) 、かつて の重厚長大産業から組立加工業に転換して復活した北部九州、という特色ある4つの地域に在 住し、日々地域経済の動きを体感している研究者の方から提言いただく機会を得たことは、当 研究所が調査研究活動を行うにあたって、大いに刺激になったのではないかと考えています。 首都圏や大都市部だけが景気回復の恩恵を受けているだけで、地方の回復は遅れ、地域間格 差が拡大していると言われています。また、地方交付税や公共工事の削減により、国から地方 への財政移転が縮小し、地方はさらに疲弊していくのではないかと言われています。 こうした時代に、各地域が自立し、わが国が均衡のとれた発展を遂げるためには、地域金 融機関、とりわけ信用金庫の役割が重要であるということも再認識することができました。 地域からみた東京への視点であり、特に地方在住の方にお読みいただき、共感いただければ 幸いです。 信金中央金庫 総合研究所 照沼佳子 82 信金中金月報 2007.2 増刊号 ホームページのご案内 当研究所のホームページでは、当研究所の調査研究成果である各種レポート、信金中金月報のほか、統計デー タ等を掲示し、広く一般の方のご利用に供しておりますのでご活用下さい。 また、 「ご意見・ご要望窓口」を設置しておりますので、当研究所の調査研究や活動等に関しまして広くご意 見等をお寄せいただきますよう宜しくお願い申し上げます。 【ホームページの主なコンテンツ】 ○当研究所の概要、活動状況、組織 ○各種レポート 内外経済、中小企業金融、地域金融、 協同組織金融、産業・企業動向等 ○刊行物 信金中金月報、全国信用金庫概況等 ○信用金庫統計 日本語/英語 ○アジア主要国との貿易・投資に関する各種情報 アジア業務室ページ ○論文募集 【URL】 http://www.scbri.jp/ ISSN 1346−9479 2007年(平成19年)2月21日 発行 2007年2月増刊号 第6巻 第3号(通巻410号) 発 行 信 金 中 央 金庫 編 集 信 金 中 央 金 庫 総 合 研 究所 〒104−0031 東京都中央区京 橋3−8−1 TEL 03(3563)7541 FAX 03(3563)7551 <本誌の無断転用、転載を禁じます >