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世界が求めるプリマになる日 上野水香

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世界が求めるプリマになる日 上野水香
Borderless
Life
05
上野水香
国際社会で活躍する人々は、
自分しか頼るものがない世界で、
どのように自分をプロデュースしていったのか。
彼らの経験と力強い生き方から、
新時代を生き抜く勇気とヒントを学んでゆく。
MIZUKA UENO
世界中が求める日本人プリマになる日
のびやかで華麗。
トップレベルの技術をもちながら、
それを誇示することのない、
自然でしっとりと
した踊り。
スケールの大きさと奥ゆかしさが同居する独特の個性をもつ上野水香さんは、
日本に
活動拠点を置きながら、世界中の有名劇場から招かれる希有なダンサーになろうとしている。
何をしている時より舞台で踊っているときが、いち
Text: Junji Hashimoto Photograph: Yukio Yoshinari
ばん自分自身を素直に表現できると思います」
あっさりとそう言う。さっきと同じ口調で。舞台
のことを非日常世界というが、彼女は非日常世界
のなかでこそ、自然に振る舞えるという。おとなし
舞台は自分自身を
素直に表現できる場所
ーナの体。圧倒的な存在感で周囲の空気を変え、
い彼女は必ずしも「普段」の彼女ではないという
見るものをたちまち魅 了する。世 界 的な振 付 家
ことか。だが、われさきに前に出るタイプではない
ローラン・プティ氏は彼女の手足が「音楽を奏で
ことは、非日常世界でも同じ。日本人離れした美
「甘いものが大好き。お気に入りのお店に行
言 葉を語る」と絶 賛したというが、たとえバレエ
しい肢体、他の追随を許さない技術をもちながら、
って、ケーキを食べるのが楽しみです。毎日続け
のことがわからなくても、彼 女の踊りを目の当た
どこか奥ゆかしさを感じさせる。それが彼 女がま
てというわけにはいきませんけれど、週に何 度か
りにすると、多くの 人が 言 葉を失ってしまうので
とっている空気。そこに魅力があるように思う。
行くことはありますよ。それからショッピングも好き
はないか。
です。昨日もお洋服を見ていたら、時間が経つの
「舞台に立つと魔法がかかったみたいで、普段
毎日稽古できることが幸せ
を忘れてしまって…」
の倍以上の踊りができるんです」
柔らかな口調でゆっくりと話す上野水香は、平
1993年1月、スイスのローザンヌ市で23ヵ国、
「ローザンヌ国際バレエコンクール」のスカラー
均的な20代女性よりもかなり控えめに感じる。
「普
1 0 2 人が参加して開かれた「ローザンヌ国際バ
シップ賞には、世 界の有 名バレエ学 校に留 学で
段は静かな人なんですか」と問うと、
「たぶんそう
レエコンクール」で、スカラーシップ賞に選ばれた
きる特典がある。彼女は、モナコの「アカデミー・
です」と遠慮気味な笑みを浮かべた。
とき、15歳の彼女はこうコメントした。
ドゥ・ダンス・クラシック・プリンセス・グレース」に
しかし、細くしなやかな腕、すらりと伸びた脚を
「いまでもその思いに変わりはありません。舞台
ほんのわずか動かしただけで、彼 女の印 象は一
には特別な空気が流れていて、それにのれたとき
変する。しなやかで強靭な筋肉に覆われたバレリ
には、自分でも驚くほど上手く踊れてしまうんです。
FIND Vol.20 No.6 2002
留 学 。ここでいろいろな 国からの 留 学 生 に 出
会った。
「バレエが文化として根付いている国から来た
3
【牧阿佐美バレヱ団 年内公演予定】 「胡蝶」能とバレエの宴:11/18(月)Bunkamuraオーチャードホール/能「胡蝶」
からイメージを広げられた新作バレエを、同作品と共に上演。衣裳:森 英恵、振付:牧 阿佐美、音楽:藤田六郎兵衛(笛)、
出演:上野水香他。 くるみ割り人形(全幕)
:12/14(土)
・15(日)
ゆうぽうと簡易保険ホール、12/20(金)新宿文化セン
ター、12/23(祝)神奈川県民ホール/クリスマス恒例の公演。上野水香は12/23に「金平糖の精」を踊る。
〈お問い合わせ〉
牧阿佐美バレヱ団公演事務局 TEL.03-3360-8251 URL http://www2a.biglobe.ne.jp/~ballet/index_m.html
子たちは、独特の雰囲気をもっているんですよ。
されるばかりで、芸術ってこういうものなんだと…。
の観 衆が見つめる中で熱 演し、絶 賛された。感
技術的に難しいことができるわけではないし、特別、
私もこの域に達したいと思うようになりました」
激したスカラ座バレエのオリビエリ芸術監督は、
踊りが上 手いわけでもない。それなのにちょっと
プティ氏は世 界のトップと接する環 境を与え、
近い将 来、再び 招 待したい意 向を示していると
した仕種をしただけで、バレリーナの“ 香り”みた
彼 女はその期 待に応え、ますます魅力的なバレ
いう。4月はナポリ。
『デューク・エリントン・バレエ』
で5日連続出演。地元紙に絶賛された。
いなものを感じさせるんです。同じ世 代で同じよ
エを踊るようになる。
うにバレエをやっているのに、まとっている空気が
この頃、
『白鳥の湖』で主役デビューを果たす。
だが、海外に渡ってしまうという気はないらしい。
違うんですよ。私もいつか、自分なりの空気を身
純 粋な美しさをもつ白鳥と悪 魔の娘である妖 艶
この態 度は、昔から一 貫していて、ローザンヌで
につけたいと思いました」
な黒鳥の二役。
スカラーシップを受 賞した時に、
「外 国のバレエ
バレエ学校では、毎日稽古できることが幸せで、
「『白鳥の湖』は昔から一番やりたい作品だった
団に入る気はないの 。将 来は日本でプリマにな
楽しかった。高校を2年間休学してモナコに行き、
ので、役をいただいた時は、すごくうれしかった。で
りたい」とコメントし、
「アカデミー・ドゥ・ダンス・ク
首席で卒業。帰国後は高校を辞め、長年憧れて
も、奥深い作品なので、私にできるのかという不安
ラシック」を卒 業する時にモンテカルロ・バレエ
いた牧阿佐美バレヱ団の団員となる。
がのしかかってきました」
団から「大スターになれる」と誘われたが、やはり
断っている。
「ちょっと迷ったけど、私はバレエの道を行くと決
バレリーナは、
さまざまな人物のキャラクターや
めていましたし。自分の道が早いうちに見えてよ
移り変わる感情を、肉体の動きで表現する。白鳥
「もちろん海外でも踊りたいですが、行ったきり
かったね、
と言ってくれる人もいます。でも、厳し
は美しくも悲しい宿命を背負い、黒鳥は王子を誘
ではなく、いろいろな国の劇 場にゲストとして呼
い道なので常に迷いはあります。本当によかった
惑しにやってきた悪魔の使い。
ばれたいんです。私は日本 人なので日本を活 動
のか、自分はこの先どうなっていくんだろうと。でも、
「まわりには黒鳥のほうが合っているのでは、
と
拠点にして、まず日本の人に自分の踊りを見ても
充実しているのは確かなこと。毎日が楽しいとい
言われるけれど、身体的に自然に入っていけるの
らいたいと思う気持ちが強いんです」
うのは今でも変わりません」
は白鳥のほう。黒鳥を演じる時は、テンションを上
日本のバレエ団に籍を置きながら、海 外の舞
げて、やるぞという気合いが必要ですから」
台に立つ 。日本から世 界に発 信する。これは海
ベースとなるキャラクターのうえに、恐れ、愛、
外に渡って活動するよりも難しいことだ。日本は
幸せ、優しさなどの微妙な感情が流れる。それら
バレエの 先 進 国ではない 。とすればダンサー個
を指先、足先の神経にまで行き渡らせ、自分の意
人の絶対的な力が必要になる。しかし、彼女はそ
世界的振付家ローラン・プティ氏との出会いは、
思で肉体すべてをコントロールしながら表現して
れを実現しつつある。
彼女にとって大きな転機だったろう。
いく。
期待も高まる一方だ。彼女が登場しただけで、
世界のトップと接する環境に
身を置く
天才は無心であるというが彼女もそうだ。
「毎
「体の動きから音を感じることがあるんです。実
日が楽しい」という言葉は、バレエを踊ること自体
際に聞こえるわけではないんですが…。手を動か
を幸せと感じている証し。
「上をめざそう」とか「あ
したり、足を動かしたりするときに、何かが聞こえて、
劇場内に拍手が巻き起こる。その大きさは公演
のたびに大きくなっている。
「私自身もいつまでも同じ踊りをしていたいとは
の人よりも上手くなりたい」といった気持ちは存在し
それを感じながら動いているんです。それが何な
思いません。前に見た舞台よりもここがよかった
ないらしい。
のかはわからないのですが、これから追 求してい
と思われるように、いろいろなものを自分のなか
無心で踊る彼女にプティ氏は、次々と新しいス
きたいと思います」
から出してお客さんにお見せしたい 。一 人 の 人
テージを用意した。98年、
「ダンス・ヴァンテアン
VI」でプティ氏振付の「ア・リタリエンヌ」に出演、
また2 0 0 0 年、
「ノートルダム・ド・パリ」に主 演、
間ですから限 界はあるでしょうが、観ている人の
日本のバレエ団に籍を置きながら
海外の舞台に立つ
気持ちになって、お客さんに喜んでもらえるように
今年になって、海外の舞台で踊る機会が増えた。
エの衣裳をデザインする「胡蝶 能とバレエの宴」
に出 演 。能の笛の名 手として、多 彩な音 楽を創
99年2月には、
メキシコでのガラ公演「ローラン・
プティとスターたち」に出演。
努力していきたいですね」
11月には、デザイナーの森英恵氏が能とバレ
「まわりは世界一流のバレリーナばかり。アレッ
3月、
ミラノ・スカラ座バレエで、再びプティ氏の『ノ
サンドラ・フェリの踊りを舞台そでから見ていると、
ートル・ダム・ド・パリ』にエスメラルダ役でゲスト
造する藤田六郎兵衛氏の笛で彼女は踊る。
しかし、
卓 越した演 技力やドラマチックな表 現力に圧 倒
として主演。最終日に登場した彼女は、2400人
彼女が邦楽で舞うのは偶然のこととは思えない。
彼女が身にまとっているやわらかな空気は、日本
という国が長くもち続けてきたしなやかな優雅さ、
そのものだからだ。
「わりとマイペース型ですから、自分なりにベスト
を尽くしていくしかありません。見てくださる方を
喜ばせたいと思いますし、いつも新しいことに挑
戦していきたい。この機会に、能のファンの人に
もバレエに関心をもってもらえればと思います」
彼女が日本から世界に発信できる数少ないダ
ンサーの1人であることは間違いない。数々の経
験を経て、
より大きな存在に羽ばたこうとしている。
世 界 の 一 流と肩を並べ、各 国 の 有 名 劇 場で主
役を踊る日は、すぐそこに迫っている。パリ、オペ
ラ座のガルニエ、ロンドンのコベントガーデン…。
「今度、
ミズカがくるのよ。行ってみましょうか」。
「ノートルダム・
ド・パリ」のエスメラルダ(2000年)
4
「白鳥の湖」の黒鳥オディール(2001年)
そんな会話が聞こえてきそうだ。
FIND Vol.20 No.6 2002
Borderless
Life
05
MIZUKA UENO
神 奈川県 出身。5 歳でバレエを始める。
『くるみ割り人 形』のクララなどの子 役で牧 阿 佐 美 バレヱ団の公 演に出演 。1 9 9 3
年に若手ダンサーの登竜門であるローザンヌ国際バレエコンクールにてスカラーシップ賞を受賞、モナコのアカデミー・ドゥ・
上野水香 うえの・みずか
ダンス・クラシック・プリンセス・グレースに入学。同校を首席で卒業後 、帰国。95年に牧阿佐美 バレヱ団に入団。1996年 、
第 2 回 世 界モダンダンスコンクールにて金 賞 受 賞 。フランスの振 付 家 、ローラン・プティにその才 能を高く評 価され、プティ振り付けの『ノートルダム・ド・パリ』『デュ
ーク・エリントン・バレエ』、メキシコでのガラ公演『ローラン・プティとスターたち』などに出演。今後の活躍が最も期待されるダンサーの1 人である。
PROFILE
5
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