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ラングミュアー循環流と物質輸送研究の最前線
ラングミュアー循環流と物質輸送研究の最前線 社会基盤工学・水理環境ダイナミクス分野・准教授 山 上 路 生 はじめに ラングミュアー循環流は風波が存在する海洋や湖沼等で発生する,風下方向に軸を持つ大規 模₂次流です.図₁のようにラングミュアー循環流によって下降流が現れる領域の水面側では 収束流(convergence zone)が発生し,風(wind)によって海藻などが列(row)を形成しま す.(windrow).また上昇流が現れる領域の底面側ではconvergence zoneが発生し,河床材料 やプランクトン等が集積・再浮上します.この様にラングミュアー循環流は表層の混合を促進 し,下層からは赤潮の原因となる栄養塩等を巻き上げるなど沈降物質の再浮上に影響を与えて おり,₃次元的な物質輸送・拡散が促進されます.最近では水中への溶存ガスの分布への影響 も指摘されており,地球環境問題と関連するホットな研究トピックです.2010年京都で開催さ れたガス交換現象に関する国際会議(GTWS-6)でも多くの最新研究が発表されました. 元々はアメリカの化学者Langmuirがニューヨーク州のLake Georgeでwindrowを野外観測 して,その結果を1938年に科学雑誌Scienceで発表したことからラングミュアー循環流という 名前が定着しました.Langmuirはwindrowの直下には強い下降流が存在し,その最大速度は 風速の₁%程度,表層流速の1/3~1/4程度であると指摘しています.仮にそのような下降流 が形成されるとすれば気液界面における物質輸送で重要な役割を果たす可能性があり,より 詳しい考察が必要となります.Langmuirによる大規模₂次循環流の発見以降はその発生機構 や存在条件に着目した理論的研究が先行しました.特に最も有力なものがCraik&Leibovich (1977)によるCL2機構です.CL2機構は波とせん断流の非線形相互作用によって縦渦生成を 説明するもので,その有用性は数値シミュレーションや室内計測で確認されております.1970 年代後半から現在にいたるまで,風洞水槽を用いた室内実験や海洋における現地観測によって データベースが整備されてきましたが,発生メカニズムも含めてその流体力学的特性には統一 的見解が十分に得られておりません.またこれまでの研究の多くが水平面のwindrowをもとに 循環流の存在や発生特性を議論しており,直接的に横断面の循環流構造を計測したものは一部 を除いてほとんどありません. そこで我々の研究室では高速度カメラとレーザー光源を用いた流れの可視化手法であるPIV (Particle Image Velocimetry)によって,ラングミュアーや水平面PIV計測に加えて横断面 P I V計測を行い, ラングミュアー循 環流の生成メカニ ズムや,種々の水 理条件が循環流構 造に与える影響の 解明を鋭意進めて おります.本稿で はその一部を紹介 図1 ラングミュアー循環流の模式図 するとともに,現 -146- 図₂ 高精度乱流計測システム 状の研究課題や今後の展望について説 明いたします. 高精度流体計測システム 計測は京都大学桂キャンパスの乱流 水理実験室で行っております.図₂は 可変勾配型開水路風洞の装置図で,全 長12m,幅40cm,高さ50cmで循環式 の水流部を有します.今回は循環パイ プのバルブを全閉として湖沼のような 閉鎖性水域を再現し,水路上流側に設 置したインバータモーター駆動の大 型ファン(最大風速:15m/s)によっ て風波を発生させました.水路は側面 および底面ともに強化ガラス製です. 全ての計測は水路上流端より₇m下流 図₃ 時間平均化した₂次流ベクトル (ラングミュアー循環流) で,送風開始後10分間十分に流れを発 達させた後に行いました.本実験の PIV(Particle Image Velocimetry)手法では多点の瞬時流速ベクトルを同時に得ることがで きます.₂Wの連続YAGレーザーを水路内にシート状に₂mm(横断面計測のみ₄mm)の厚 さで照射し,レーザーシート上のトレーサー粒子(100μm径,比重1.02のポリスチレン)を 水中にセットした高速度CMOSカメラによって撮影しました.この₂画像のペアを50Hzのサ ンプリングレートで制御PCに記録後,得られた画像ペアから輝度相関法を用いて各断面の瞬 間流速成分を計算しました. ラングミュアー循環流の生成特性 図-₃は水路幅40cm,水深10cmにおいて風速ごとの横断面における時間平均流速ベクトル と横断方向流速のコンターを示します.ここで,b=B/2は水路半幅であり,点線は水路中央 -147- (以下,センターライン,z / b= 1)を意味します.風は紙面の奥 から手前に向かって吹いており図 中の流速ベクトルからラングミュ アー・セル(以下,L Cとよぶ) が確認できます.赤矢印はベクト ル分布から目視にて判読した流向 を意味します.まずripple波(さ ざ波)のC10-1ではセンターライ ン近傍で循環渦構造がみられます が,これらは左右対称ではなく不 安定な形状であります.したがっ てこれらが通常のLCと断定する ことはできません.一方で,重力 波で風速が小さいC10-2では₄つ のLCが確認できます.風速が増 加するとセンターライン近傍に存 図₄ 染料によって可視化した底面ストリーク 在する渦対は消滅し,LCの数は ₂つとなります.さらに興味深いことに風速の増加とともにC10-2において外側に位置したLC の大きさが横断方向に広がるとともに横断流の流速ベクトルの大きさも増加する傾向がみられ ます.このように循環流の構造を多点同時計測によって計測したものはなく世界初の試みとし て注目されております. 図₄はC10-2とC10-5におけるある瞬間の染料濃度実験の静止画です.C10-2ではローダミ ンはz/b=0.5, 1.5付近に集中分布しており,C10-5ではローダミンはz/b=1.0付近に集まる様子 がみられます.Convergence zoneとdivergence zoneの位置は図₃のそれぞれの結果と比較し ても良好に一致しており,PIV計測の結果を支持する結果が得られました.さらにこの染料実 験によってLCは物質輸送に大きな影響を与えることが確認できました.このことは溶存ガス 輸送やガスの気液界面交換にとって,LCが重要な役割をもつことを意味しております. ラングミュアー循環流研究の今後 今後,実験システムにステレオPIVやレーザー誘起蛍光法(LIF)を導入することで,CO2 ガス輸送と循環流の詳細な相互作用に関するより詳細な解明が期待できます.また数値シミュ レーションの開発も多くの研究グループで進められていますので,室内実験や現地観測では計 測が困難な現象を予測・解明する上で非常に有力な手段になると考えられます. 参考文献 Leibovich, S.: On the evolution of the system of wind drift currents and Langmuir circulations in the ocean. Part1, J. Fluid Mech., Vol.79, pp.715-743, 1977. -148-