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PDF ダウンロード - 筑波大学 先端学際領域研究センター
No.46 March 2013 http://www.tara.tsukuba.ac.jp/ CONTENTS ■ TARAプロ—ジェクト活動報告 生命の応答と変換アスペクト H24 〜 H26 エピゲノム情報の成立・継承・消失過程を制御する分子機構の解明 「5’ メチル化シトシン酸素添加反応を介する脱メチル化機序の 解明および疾患理解への応用」————————————————— 千葉 滋 2 ■ TARAインタビュー スーパー制限酵素を用いたゲノム・マニュピュレーション工学の創成 — —————— 小宮山 眞(インタビュアー 岡林 浩嗣) 8 ■ NEWS— ——————— 20 ■ 受賞— ———————— 22 ■ 来訪者— ——————— 23 ディーバ・ゴパラン・ワドワ駐日インド特命全権大使の TARA センターご見学(深水研究室にて) プロジェクト活動報告 生命の応答と変換アスペクト H24 〜 H26 エピゲノム情報の成立・継承・消失過程を 制御する分子機構の解明 「5’メチル化シトシン酸素添加反応を介する 脱メチル化機序の解明および疾患理解への応用」 研究代表者 千葉 滋(医学医療系・教授) 1.はじめに ちなみに、トリパノゾーマでは hmU がさらにグ ルコシル化される(この結果生じる塩基は J と呼 2008 年暮れに行なわれた米国血液学会(ASH) ばれる)ことにより遺伝子発現がサイレンシング において、様々な骨髄系腫瘍(骨髄異形成症候 されることが知られており、J は哺乳動物におけ 群 =MDS、急性骨髄性白血病 =AML、骨髄増殖 る mC と類似の意義を有すると考えられている。 性腫瘍 =MPN など)で TET2 遺伝子の変異が高 一方、哺乳動物における hmC の存在自体は知ら 頻度に見いだされることが報告され、注目されて れていたものの、DNA 障害による産物か、生理 いた。その後一部のリンパ系腫瘍でも高頻度に 的な産物かの区別はついていなかった。しかし、 TET2 変異が同定された。 mC を hmC に変換する酵素が同定されたことか ASH に報告された段階では、TET2 がいかな ら、hmC が DNA を構成する生理的な塩基であ る生理機能をもつか皆目検討がついていなかっ ることが明らかになった。同時に、造血器腫瘍で た。 し か し、 こ の 報 告 内 容 が 2009 年 に 相 次 い 高頻度に TET2 遺伝子の変異(変異は蛋白コー で New England Journal of Medicine、Nature ド領域全般にわたる nonsense 変異やフレームシ Genetics、Blood などに掲載(1-3)されるのとほ フト変異が多く、TET2 蛋白の機能喪失や低下を ぼ同時に、Rao らが Science 誌上に非常に重要な 導くと考えられる;図1)が生じていることから、 論文を発表した(4) 。彼女らは、トリパノゾーマ mC から hmC への変換障害が、ヒトで腫瘍性疾 に存在する DNA のチミン残基のメチル基に、酸 患を導くことが強く推察されることになった。 素を添加してチミンをヒドロキシメチル化ウラシ ル(hmU)に変換する酵素の哺乳動物ホモログ 2.血液疾患のエピゲノム研究へ を 探 索 し た。 そ の 結 果、TET1、TET2、TET3 という3つの遺伝子を発見した。そして、少なく プロローグに記載した経緯は、TET2 異常—エ ともこのうち TET1 はメチル化シトシン(mC) ピゲノム制御異常—造血器腫瘍発症、という関係 に酸素を添加して、ヒドロキシメチル化シトシン を雄弁に物語っており、この分野の研究が造血器 (hmC)に変換する酵素(dioxygenase)であるこ 腫瘍発症の謎を解く鍵になるのではないか、と強 とを突き止めた(後続の研究で TET2 と TET3 く感じさせるものだった。研究のスタートライン にも mC を基質とする dioxygenase 活性が証明)。 に着くのが大部遅れている上に、競争が激しい分 2 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 図1 TET2 蛋白の構造と変異(文献 2 より) 野になるであろうと予想されたが、研究協力教員 3.加齢と造血器腫瘍 である坂田講師と議論し、この分野の研究への参 入を決めた。 図2は、正常骨髄(左)と患者(急性骨髄性 大学院生らにも参加してもらい、 cDNA を集め、 白血病、AML =中央、及び骨髄異形成症候群、 プラスミドやレトロウィルスを構築し、TET2 の MDS =右上下)の骨髄の染色像である。正常骨 遺伝子変異マウスを入手し(偶然作製されたマウ 髄では様々な形態の造血細胞(図では顆粒球系 スがすでに存在していた) 、また患者検体を収集 と赤芽球系の種々の分化段階の細胞)が認めら するための倫理委員会手続きを進めた。そして、 れ、AML 骨髄では芽球と呼ばれる形態的にも機 本プロジェクト開始と同時に、大学院を修了し学 能的にも未成熟な腫瘍性造血細胞が有核細胞のほ 位を取得したばかりの加藤貴康君がプロジェクト とんどを占めている。一方、MDS の特徴の一つ 支援教員(助教)として着任し、研究の牽引役と は、腫瘍クローンに由来する細胞が様々な形態異 なることが期待されている。 常(=異形成)を伴いながら成熟血球にまで分化 (正常) (AML) (MDS) 図2 正常人および患者の骨髄像 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 3 することである。図では、巨赤芽球、2核の正染 クエンスにより MDS 細胞における遺伝子変異が 性赤芽球、過分葉好中球(以上、上) 、芽球、微 新規に同定され、その多くがエピゲノム制御に 小巨核球、3核の赤芽球(以上、下)など、異形 関わる蛋白をコードする遺伝子であった(TET2、 成のある細胞が認められている。 DNMT3A、IDH1/2、EZH2、ASXL1 など) 、などで ある。 MDS は、下記に述べるいくつかの点で、エピ ゲノム異常との関連を考えるためのヒントを与え さらに興味深い点は、MDS は高齢者で指数関 てくれる。すなわち、1)p16 などがん抑制遺伝 数的に増加する、ということである(図3)。腫 子プロモーターのメチル化が以前から知られてお 瘍発症の最大のリスクファクターは加齢であっ り、これらの遺伝子の発現低下と発症との関連 て、一方、細胞の加齢変化のかなりの部分がエピ が想定されてきた;2)DNA メチル化阻害薬で ゲノム変化で説明されると予想される。この考察 あるアザシチジンの臨床的有効性が大規模臨床 からは、加齢−エピゲノム制御変化—造血器腫瘍 試験で証明されている;3)最近の大規模シー 発症というリンク;すなわち、加齢に伴うエピゲ 図3 MDS は加齢に伴い急激に発症頻度が増える 図4 4 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) ノム変化の蓄積によって、クローン性増殖に先立 造血幹細胞活性の軽度亢進が示され、この点では つ準備が行なわれているのではないか、というこ TET2 ノックアウトマウスと同様だったが、レシ とも想像できる(図4) 。 ピエントマウスは MPN 様の病態を示さず、相違 も認められた。 4.TARA プロジェクトにおける研究 フェノタイプの相違は、TET2 の酵素活性が 20% かゼロかという違いによるものではないと思 患者検体側からのアプローチと、実験動物(マ われる。TET2 ノックアウトマウス胎仔肝細胞の ウス)側からのアプローチを組み合わせて、エピ DNA では hmC が減少しているが、この減少は ゲノム情報の成立・継承・消失をめぐる制御の異 50% 程度であり hmC がゼロになるわけではない。 常、特に mC から hmC への転換制御と、造血器 一方、Ayu/Ayu マウスの胎仔肝細胞の DNA で 腫瘍発症との関連を追及していきたい。造血器腫 も、hmC は 40-50% 程度減少している。造血細胞 瘍発症の最大のリスクファクターである加齢が、 には TET1/TET2/TET3 のいずれも発現してい mC から hmC への転換制御と深く関連している るため、mC から hmC への転換は TET2 だけで ことが明らかになりつつあることから、加齢にも なく他の TET も担うと考えられる。本プロジェ 焦点をあてて研究を進める。 クトでは、TET2 以外の TET 蛋白についても、 合わせて解析していきたい。 [TET2 ノックダウンマウスを通じた解析] Gene trap 法によりフェノタイプが観察された マウスの一つとして、2008 年に熊本大学の山村 (2)成獣の解析 Ayu/Ayu マウスは周産期死亡と思われたが、 研一先生の研究室から”Ayu17-449 マウス”が報 メンデル比の約半数の割合で成獣に成長した。成 告されていた。このマウスは、トラッピング・ベ 長した成獣には、外見上のフェノタイプはない。 クターが TET2 遺伝子の第2イントロンに挿入 一端周産期を乗り越えれば、TET2 が 20% に減 されて“TET2 がノックアウト”されており、周 少していても成長には支障がないと考えられる。 産期に死亡するとされていた(5) 。 しかしながら、成獣を 40 週程度まで観察する と、脾臓で濾胞性ヘルパー T 細胞(Tfh 細胞) (1)胎仔肝細胞の解析 Ayu/Ayu ホ モ 胎 仔 肝 の 分 化 抗 原 陰 性(Lin-) の増加が観察された。Tfh 細胞は I 型ヘルパー T 細胞(Th1)、Th2、Th17、制御性 T 細胞(Treg) 細胞における TET2 発現を調べたところ、TET2 などとともに、CD4 陽性ヘルパー T 細胞の一種 の発現が野生型の約 20% 残存しており、ノック である。さらに 60 週を越えると7匹中5匹で脾 ダウンマウスであった。Ayu/Ayu 由来の胎仔肝 臓、肝臓、リンパ節、肺などにリンパ腫が発症した。 由来の造血幹細胞について、同系マウスへの移植 このリンパ腫組織は Tfh 様の形質を示す T 細胞 実験などを通じて解析していたところ、案の定 の腫瘍と考えられた。すなわち、TET2 のノック という言うべきか、2011 年の Cancer Cell 誌に、 ダウンにより加齢にともなってポリクローナルな TET2 ノックアウトマウスの造血について解析し Tfh 細胞の増生が起こり、加齢が進む過程でこれ た論文が2報同時に掲載された (6, 7) 。TET2 ノッ らの Tf 細胞が腫瘍化すると考えられる。TET2 クアウトマウスでは、胎仔肝細胞の移植実験によ 変異はヒトにおける T 細胞性リンパ腫、中でも り造血幹細胞活性が軽度亢進していること、顆粒 特に高齢者に多く、腫瘍細胞が Tfh 様の形質を 球増多など NPM 様の形質を示すことなどが記載 示す「血管免疫芽球性 T 細胞性リンパ腫」にお されている。これらの結果は、ヒトの骨髄系腫 いて高頻度に同定されている(7, 8)ことから、 瘍で TET2 の機能低下型変異が高頻度に生じて TET2 ノックダウンマウスは、この腫瘍を一定程 いる、という観察結果とある程度符号していた。 度モデリングしていると言える。 Ayu/Ayu マウス胎仔肝細胞は、移植実験により TET2 変異による mC から hmC への転換障害 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 5 図5 個別遺伝子領域における hmC 量の加齢変化 は、骨髄系・リンパ系を含む様々な造血器腫瘍発 している遺伝子として、TET2 が同定された。さ 症の温床となり、TET2 変異に加えて別なゲノム らに、シトシンを de novo にメチル化する酵素で 異常やエピゲノム異常が加わって、個別の腫瘍が ある DNMT3A にも変異が同定されている。この 形成されると考えられる。mC から hmC への転 ことは、エピゲノム変化はランダムに起きるだけ 換障害が、具体的にどのようなメカニズムで造血 でなく、ゲノム異常が生じた細胞においてより積 器腫瘍発症の温床となるのか。Ayu マウスのみ 極的に生じ、これらの細胞はクローンを拡大して ならず、今後は TET1、TET2、TET3 ノックア いきやすくなる、と考えられる。 ウトマウスの供与を受けて解析し、その点を明ら また本プロジェクトではさらに、TET2 変異を もつ健常人を 10 名程度同定したいと考えている。 かにしたい。 これらの健常人コホートにおいて、経時的にエピ [ 加齢に伴うエピゲノム変化の解析 ] 加齢は、造血器腫瘍ならず多くの悪性腫瘍雄発 症にとって、もっとも重要なリスクファクターの ゲノム変化やクローン拡大のモニタリングを行う ことにより、長期にわたる加齢とエピゲノム変化 解明の糸口にしたい。 一つである。 加齢に伴って mC が変化することについては (参考文献) 様々な報告がなされている。さらに最近では、マ 1. Delhommeau F, et al., Bernard OA. Mutation in ウスの脳で加齢にともない hmC の量が変化して TET2 in myeloid cancers. N Engl J Med 360:2289- いることも報告されている。加齢にともなうエピ 301, 2009 ゲノム制御変化によって、具体的にどの遺伝子が 2. Langemeijer SM, et al., Jansen JH. Acquired mu- 発現制御を受けているかを解明することは、腫瘍 tations in TET2 are common in myelodysplastic 化のメカニズムについてこれまでにない理解を与 syndromes. Nat Genet 41:838-42, 2009 える可能性が高い。われわれは現在、多くの健常 3. Abdel-Wahab O, et al., Levine RL. Genetic char- 人由来サンプルとマウス由来サンプルを用いて、 acterization of TET1, TET2, and TET3 alterations この問題にアプローチしている。網羅的な解析な in myeloid malignancies. Blood 114:144-7, 2009 どを通じて少数の標的候補遺伝子を同定しており 4. Tahiliani M, et al., Rao A. Conversion of 5-methyl- (図5)、これらの遺伝子の mC および hmC の分 cytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mamma- 布の変化や発現の変化について、詳細に解析を進 lian DNA by MLL partner TET1. Science 324:930- めている。 5, 2009 一方、 健常高齢者の少なくとも一部では、 クロー 5. Tang H, et al., Yamamura K. Characterization of ン性の造血が行われており、そのクローンが様々 Ayu17-449 gene expression and resultant kidney な程度に拡大していることが最近報告された (9)。 pathology in a knockout mouse model. Transgenic そして、このクローンにおいて繰り返し変異を来 Res 17:599-608, 2008 6 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 6. Moran-Crusio K, et al., Levine RL. Tet2 loss leads to increased hematopoietic stem cell self-renewal and myeloid transformation. Cancer Cell 20:11-24, 2011 with TFH-like features and adverse clinical parameters. Blood 120:1466-9, 2012 9. Busque L, et al., Levine RL. Recurrent somatic TET2 mutations in normal elderly individuals with 7. Quivoron C, et al., Bernard OA. TET2 inactivation clonal hematopoiesis. Nat Genet 44:1179-81, 2012 results in pleiotropic hematopoietic abnormalities in mouse and is a recurrent event during human 千葉 滋(ちば・しげる) lymphomagenesis. Cancer Cell 20:25-38, 2011 専門:血液内科学 8. Lemonnier F, et al., Gaulard P. Recurrent TET2 [email protected] mutations in peripheral T-cell lymphomas correlate 研究組織 研究代表者 千葉 滋 筑波大学教授(医学医療系血液内科) 研究支援教員 加藤 貴康 筑波大学助教(医学医療系血液内科) 研究協力教員 坂田 (柳元) 麻実子 筑波大学講師(医学医療系血液内科) 客員教員 曽我 朋義 慶應義塾大学教授 客員教員 小川 誠司 東京大学特任准教授 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 7 インタビュー 生命の応答と変換アスペクト スーパー制限酵素を用いた ゲノム・マニュピュレーション工学の創成 小宮山 眞(筑波大学・医学医療系教授) インタビュアー 岡林 浩嗣 岡林 小宮山先生が着任されて、早いものでもう なりました。したがって、TARA に来ても、ど 1年ほど経ちますが、いかがですか。A 棟も改 こか新しい場所に来たという感じは全然しないで 修したばかりでラボを立ち上げて頂きましたが、 す。むしろ、故郷に戻ってきた感じです。 こちらも慣れない事もあって色々とご迷惑をおか 岡林 実験も上手く立ち上がっているようで、こ けしたと思いますが。 ちらも安心しました。 小宮山 いいえ、とんでもない。実験系の研究室 は場所を移すと、元通りに動き出すまでにどうし 小宮山 結果が出ないだけが欠点で……(笑)。 てもある程度の時間がかかります。でも随分と良 くしていただいたおかげで、かなり早く立ち上げ 岡林 今、先生の研究室の構成は、研究をメーン ることができました。 に行う方が6名ぐらいということですね。 岡林 TARA センターというか、つくば地区に 小宮山 はい。 も大分慣れてきた感じでしょうか。 岡林 先生方のお仕事の中で、私がもともと伺っ 小宮山 でも、僕は以前に筑波にいたことがある ていた話で、多少なりとも分かることは一つしか んですよ。 ないんですが、レアメタルの一種のセリウムとい 岡林 そうですか、先生はもともと、筑波大学に いらしたんですか。 小宮山 もう何年前ですか……。40 歳だったか ら、25 年ほど前になりますね。 岡林 ああ、この冊子を拝見しますと、東大の後 に一度筑波大に移られたんですね。 小宮山 はい。3年半かな、第三学群でお世話に 8 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) うものの触媒作用を使って、人工的な制限酵素を 小宮山 それでいろいろ考えて……。ただし、2 分子設計されているということですね。 本鎖 DNA は非常に安定で、なかなかいうことを 聞いてくれません。そこで PNA が出てくるんで 小宮山 はい、そうです。 す。これは、DNA の中のリン酸ジエステル結合 をアミド結合にかえた核酸誘導体です。重要なこ 岡林 私は生物系のバックグラウンドなものです とは、PNA は電荷が中性ですので、DNA とワ から、制限酵素というものは当然、身近なんです トソン・クリック対を組んでも静電反発がないん が、それが人工的に設計できて、なおかつレアメ です。ですから、PNA/DNA 対は DNA/DNA 対 タルの触媒作用を使って切ることができるとい よりもはるかに安定です。そのために、2本鎖 う、そのイメージというか理屈が全くわからない DNA の溶液に2本の PNA を加えると、DNA の んですけれども……。 2本の鎖を引き離して2本の PNA が侵入してい わゆるインベージョン複合体を形成します。 小宮山 私の研究のルーツは、セリウムが DNA PNA のインベージョン自体は僕らが見つけた を切ることを見つけたことなのです。実は、これ ものではありません。僕らが工夫したのは、2本 を見つけたのが筑波なんです。東大からこっちへ の PNA が結合する位置を互いにずらして、2本 来たときに、核酸の切断に関する仕事を始めまし 鎖 DNA の中の望みの位置を1本鎖構造にするこ た。それまでは、タンパク酵素と同じような働き とです。図がないと分かりにくいかもしれません をするもの(人工酵素)を化学的手法でつくる研 が、結局のところ、 「2本の PNA を使って2本 究をやっていました。DNA なんて全くやってい 鎖 DNA の中の決まった場所を1本鎖構造にでき なかったんです。しかし、筑波に来て独立の助教 る」ということです。この1本鎖の部分だけを選 授にしていただいて、研究は何をやってもいいと 択的に切断できれば、2本鎖 DNA を決まった場 いうので、じゃあひとつおもしろいことをやろう 所で切断する人工ツール(スーパー制限酵素)が かなと思って DNA 切断の仕事に飛び込みました。 作れるわけです。 筑波にいたときに DNA を切ったというわけで こうなってくると、どうしても、1本鎖部分だ はありません。しかし筑波大で研究の基礎が確立 けを切る触媒が欲しくなります。つまり、2本鎖 でき、これを持って東大に行って、すぐにセリウ DNA に作用させたときに、余計なところは切ら ムを見つけて DNA を切断することができました。 ないで、 “2本の PNA を使って所定の場所に作っ これは大きな進歩でした。というのも、それまで た”1本鎖部分だけを切る触媒が欲しいわけで 世界の誰も酵素を使わずに DNA を切ることはで す。そこで、いろいろなセリウム錯体を検討し、 きませんでしたので、これが世界初の DNA 切断 その結果、セリウムと EDTA の錯体が1本鎖の 触媒なのです。こうしてスーパー制限酵素の開発 DNA は効率的に切るけど2本鎖の DNA は切ら へのベースキャンプを築くことができました。 ないことを見出しました。こうして目的の触媒が 私たちが元々やりたかったのは、スーパー制限 手に入りましたので、これを2本の PNA と組み 酵素を作って、DNA の中の決まった場所を切断 合わせて当初の目標であったスーパー制限酵素を することです。そこで、最初はまず、1本鎖の 作り上げたわけです。 DNA をターゲットにし、相補的な DNA にセリ ウム錯体を固定してその場所を切りました。この 岡林 先生がセリウムの触媒作用で DNA を切る アプローチはうまく行きました。だけど、当然の ことができるという着想そのものを得られたの ことですけど、どうしても2本鎖 DNA を切らな は、筑波にいらっしゃったとき、ということでしょ いことには話になりません。 うか。 岡林 確かにそうですね。 小宮山 そうです。もう少し厳密に言いますと、 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 9 先ほども申しあげたとおり、筑波では DNA 切 岡林 なるほど。 断までは行ってないんです。ここでは、DNA よ りはずっと切れやすい RNA の切断を検討しまし 小宮山 そのために、反応溶液の中で、3価のセ た。そのときに、コバルトの2価の錯体は全然活 リウムが空気中の酸素により酸化されて4価にな 性がない、ところが3価の錯体にはそこそこの活 り、この4価のセリウムが活性種になって DNA 性があることがわかりました(DNA はもちろん を切断していたというわけです。私たちは本当に 切れません)。それで、ひょっとすると、核酸を ラッキーだったんです。 切断するには原子価の高いものがいいのかなと思 いまして、周期律表から高原子価の金属を探して 岡林 化学はそんなに得意ではなかったので変な 片っ端から触媒活性を調べました。その結果、希 質問をしていると思いますけれども、そもそも3 土類金属イオンに到達したというわけです。 価や2価の金属イオンが DNA を切るという事に ついては良く分かっていたことでしょうか。 岡林 そこでセリウムが出てくるわけですね。 小宮山 2価の金属イオンは RNA を分解します 小宮山 セリウムを見つける過程でちょっとした ね。 話がありましてね。希土類イオンは全部で15種 類あって、いずれも3価の塩として売られていま 岡林 RNA を切るんでしたか。そこで3価であ す(ただし、そのうちの一つは放射性で容易には れば DNA なども切れるかも、とお考えになった 使えません)。これを購入して触媒活性を調べて 訳ですか。 見ると、セリウムイオンが DNA を効率的に切断 することが分かったというわけです。面白いこと 小宮山 それまでも、数多くの化学者が DNA の には、RNA の切断にはどの希土類イオンも非常 切断を目指していました。しかし DNA は全く切 に有効なのですが、DNA を切るのはセリウムだ れませんから、これと似た構造で非常に活性化さ けなのです。ただし、その時には、なぜセリウム れているリン酸のフェニルエステルを使って研究 が良いのかの理由はわかりませんでした。 をしていました。特にベンゼン環にニトロ基を 理由が分かったのはかなり後です。当然のこと いっぱいつけると、非常に活性化されるんです。 ながら、私たちは、DNA 切断反応は空気下でやっ 触媒としては、コバルトの3価の錯体が使われて ていました。 いました。そこで、私たちは、筑波に来てまず、 10 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) コバルトの3価錯体を RNA の切断に適用してみ うことが後でわかったということですね。 ました。すると、RNA がよく切れることが分か りました。それで、 そこから仕事を始めて行って、 小宮山 そうです。皆さん、セリウム(Ⅳ)は強 先に述べましたようなストーリーでセリウムによ 力な酸化剤というのを良く知っていましたので、 る DNA 切断に到達したというわけです。だから、 DNA 切断にこれを使おうなんて考えもしなかっ 実験化学者としては良くやったとも言えるんです たんだと思います。 けど、 積極的に何かをしたというわけじゃなくて、 そこにあったものを単に見つけただけの話なんで 岡林 よく知られているから盲点だったというと すよ。 ころがあるんでしょうかね。 岡林 希土類金属の 1 5種類については、とりあ 小宮山 賢いからですね。研究にはあまり賢くな えず試してみた、ということですか。 い方が良いのかしら(笑)……。 小宮山 もちろんそうです。ただ、そのうちの1 岡林 いや、そんなことはないと思いますけれど。 つは放射性ですから、より正確には 14 種ですが。 ただ、当然そうだろうと思っていて誰もあえて試 さなかったことを試して成果が出るというのは、 岡林 最初から3価の塩としてしか入手できない よくあることなんでしょうね。 んでしょうか。 小宮山 ありますよね。ただ、ご存じのように 小宮山 セリウムは実は4価のものも売っている DNA は容易に酸化されますよね。グアニンは特 んです。けれども、化学者にとっては、4価のセ に酸化されやすいです。だから、そこに酸化剤を リウムは強力な酸化剤だというのが常識なので ぶち込むという発想は化学者には浮かびません。 す。 私たちの場合、中性溶液中で3価からたまたま4 価に変わったので、DNA 加水分解を見つけるこ 岡林 ああ、なるほど。そういう性質があるわけ とができたということだと思います。 ですね。 岡 林 最 初 に こ う い う 希 土 類 の 金 属 を 使 っ て 小宮山 ただ、セリウムの4価を酸化剤として使 DNA を切断する場合には、ランダムに切れてし うときには、必ず、非常に濃い硝酸中などの強酸 まうわけですね。 性条件下で行うのです。それは、セリウム(Ⅳ) が強酸性溶液にしか溶けないというのが一つの理 小宮山 もちろんそうです。ぶつぶつに切ります。 由です。しかし、私たちが実際にやってみると、 ただ、当時はそれだけでもある程度は評価してい セリウム(Ⅳ)が酸化能を持つのは強酸性条件下 ただきました。要するに、全く切れない DNA が だけなんですね。DNA 切断は当然中性溶液の中 切れるようになったというので。この場合の触媒 でやりますが、この条件ではセリウム(Ⅳ)には 効果はすごいんですよ。一兆倍ぐらいになります。 全く酸化能がないんです。だから、DNA 切断に セリウム(Ⅳ)を使っても、酸化反応のような副 岡林 それはどういう意味での一兆倍なんでしょ 反応を起こすことなく、目的通りに DNA を切っ うか。 てくれるわけです。 小宮山 反応速度にしてです。先生なんか多分、 岡林 セリウムについては、3価で試してみたと 制限酵素を使って切っているから DNA が切れた ころ、結果的にはたまたま4価になっていたとい と聞いてもそれほど不思議には感じられないと思 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 11 いますけど、化学的に見ると、1つのリン酸エス 小宮山 ただ、酵素って、生物が生きるために必 テル結合の半減期は1億年とか2億年とか言われ 要な活性を持っていれば良いわけで、それ以上の ているんです。中性条件で酵素がなければの話で 活性はないほうがかえって都合がよいのですよ すが。セリウム(Ⅳ)の触媒作用はすごいんです。 ね。それが、マグネシウムやカルシウムのような 弱い金属イオンを使っている理由だと思います。 岡林 なるほど。1つのエステル結合でさえ、そ つまり、必要最低限の活性があれば良いわけで、 れだけ強いということですね。 あとは余計なところを切ってもらっては困るわけ です。それに対して、僕ら化学者は、天然とは比 小宮山 そうです。後で考えてみれば当たり前で べようもないほどにお粗末な設計で何とか切ろう すよね。30 億の塩基対が1個の細胞の中にある としていますから、セリウムのように特殊なもの わけで、そのすべてが細胞が生きている間インタ を使う必要が出てくるわけです。これが天然酵素 クトでいないといけないわけだから、相当な安定 との差だと思うのです。生物は偉いですよ。 性がないとどこかで切れちゃいますよね。 岡林 そうですねえ。生物学のレベルでは DNA 岡林 それだけ安定なものだからこそコードした は RNA に比べれば強い構造だというのは知って 遺伝子を維持できているという、そういうことに はいますけど、化学的には億年の単位でないと壊 なりますね。 れないものなんですね。 小宮山 そういうことです。1カ所でも切れたら 小宮山 その通りです。 困っちゃうわけで。 岡林 反応速度が1兆倍になるということは、普 岡林 なかなかよくできているものだなと思いま 通に DNA にセリウム塩を加えればすぐ切れる、 すね。生物学者の場合は、DNA は制限酵素とい と。 うものが使えるようになって、初めて本格的な分 子生物学が始まったようなところがありますが、 小宮山 要するに、反応を進めるのに1億年以上 そのイメージでは何となく簡単に切れるものだと もかかったものが、わずか数時間で完結するとい 思ってしまいますね。 うことです。 小宮山 そうです。酵素は確かに偉いんです。 岡林 わかりました。 先生のお話からだんだんずれていくかもしれま 岡林 それだけ精妙な構造ということですね。 せんが、今作っていらっしゃる人工制限酵素では、 セリウムみたいに強力な触媒作用を持つものを使 わなければならないわけですね。将来的に分子設 計のノウハウがもっと蓄積されていろいろなこと がわかってくると、例えばマグネシウムのような、 普通に細胞内にあるような元素を使って DNA を 切ることができるとか、そういう分子も設計でき るということですか。 小宮山 だと思いますけれども、少なくとも私に はとてもできそうもないです。もちろんすごい人 が出てポンとやれば別ですけど、やっぱり相当な 12 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 時間かかると思います。 素に関して言えば、これをどういうふうに使って いくかが次の課題です。細胞の中で使う場合と、 岡林 分子設計ということを考えたときに、バイ 細胞の外で使うという二つのアプローチがありま オミメティックな研究を有機化学でやるという、 す。細胞の外に関しては、例えば僕らが現在やっ 分野といいますか、そういう考え方というのはそ ているのは、テロメアの切断です。テロメアは全 れなりに昔からあったんでしょうか。 部の染色体にくっついています。果たしてそれが 全部、長さが同じなのか違うのか、あるいは、も 小宮山 私がドクターを取ったのは 1975 年です。 う少し進めばエピゲノムの状態はどうなっている 化学者がバイオにベクトルを向け始めたのは、そ のか、そこら辺についての情報は全くないに等し の 10 年前ぐらいの時点です。それも少しずつで いです。ただ、ある 1 本の染色体のテロメアが短 すね。だって、先生ご存じのように、αヘリック くなると細胞死に向かうという論文が出ていま スと二重らせんが見つかったのが 1950 年ごろで す。でも、本当のところは分かりませんし、それ すからね。 を明確に解明する手段もありません。ここでスー パー制限酵素が有用だと思うのです。 岡林 考えてみたら結構最近ですね。 テロメアは TTAGGG のリピートですから、ど の染色体のものも同じシーケンスです。ところが 小宮山 逆に言うと、それもわかってなかったわ リピートが終わったところは、それぞれの染色体 けで、何にもできないですよね(笑) 。 に特異的なのです。ですから、スーパー制限酵素 でそこを切ってやって……。そうすると、細胞の 岡林 今考えればそうですね。当時の感覚は私に 中のある特定の染色体のテロメアが取れるわけで は分かりませんが。 す。 小宮山 それから、僕が大学を出たころに、やっ 岡林 なるほど。 と制限酵素が見つかりました、そういうものが存 在するということが。その他にも、バイオ関連の 小宮山 こうして得られた断片を比べて、もし染 大発見が続出して、バカバカとノーベル賞が出て 色体同士で長さが違ったりしていたら、それはす いた時代です。 ごくおもしろいんですけど。 さらに、テロメアについても、もっといろいろ 岡林 そうですね、確かに。その辺にいる常在の とやっています。いわゆるT構造が広く受け入れ 土壌細菌の中でも、未だにわかっていないものの られているのですが、これだけでは説明がつかな ほうが圧倒的に多いはずで、調べていけばもっと い話が相当にあるんです。僕らも、もう少し何か いろんな種類の酵素があるんでしょうね。 違う構造も寄与しているのではないかと考えてい ます。ここでも、スーパー制限酵素が役立ちます。 小宮山 もちろんそうだと思います。 例えば、これは先生のほうが専門かもしれないで すが、テロメアを結合タンパク質がついた状態で 岡林 現時点では、人間が考えて設計をするとい 全部ホルムアルデヒドで固定しておいて、それを う形で、ピンポイントで狙って新たな酵素なり、 スーパー制限酵素で切り取ってくれば、もっとク 何かそれを模した機能を持つ分子をつくり出すと リアな情報が得られるだろうと期待しているわけ いうのは、まだしばらく難しいということなんで です。 しょうか。 岡林 これは面白いですね。 小宮山 そう思います。私たちのスーパー制限酵 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 13 小宮山 in vitro ではそんなことを考えています。 すけど、TARA に置いておいていただいている 間に実現できると思うのです。僕らは化学の人間 岡林 そこで通常の制限酵素をあえて使わずに先 なので、細胞の外のほうは得意なんですよ。こっ 生の人工制限酵素を使うというのは、やはり固定 ちの研究は間違いなく進むと思います。今苦労し している状態で切る事も考えているからでしょう ているのが細胞内へ持っていく話です。もともと か。 は細胞内に入れることなんて全然考えていなかっ たので、こちらはどこまで行けるか、あるいは一 小宮山 いや、天然の制限酵素では、認識する塩 工夫必要なのか、正直言って良くわかりません。 基対の数が 4 - 8 程度ですから、 ゲノムをプツン、 プツンに切ってしまいます。これでは、どうしよ 岡林 vitro での実験で、必ずここでしか切れな うもありません。それに対して、僕らのスーパー い制限酵素、というものがあったときに助かるだ 制限酵素は、原理的には 20 個の核酸塩基対を認 ろうなと思うのは、先生もご存じのとおり、ノッ 識します。416で大体 30 億を超えるので、ヒ クアウトマウスとかああいった動物をつくるため トのゲノムの 1 か所を特定するには、16、17 あ のターゲティングベクターの作製の場合ですか たりがキーナンバーです。これは天然の制限酵素 ね。コンストラクションの技術もさらに精度が上 ではとてもできない相談です。 がることになりますね。 岡林 確かにそうですね。先生のおっしゃるとお 小 宮 山 僕、 そ こ ら 辺 は あ ま り 強 く な い の で り、今ここに何か、ターゲットになる転写調節領 ……。でも、そうしたプロジェクトは、基本的に 域があって、そこに実際にはどういうコンプレッ 完全な射程範囲ですよ。僕らは普通、HEPES の クスが結合して機能しているか、丸ごと取ってこ バッファを使っていますけど、そのバッファの中 ようと考えたら、このゲノム全体の中でこことこ にゲノムが入ってくれれば、これはもうこっちの こしか切りたくないという理屈になるわけです ものなんです。 ね。これについては通常の制限酵素では絶対にで きないけれど、先生の人工制限酵素ならできる、 岡林 あと一つ、私はこの辺も理解していなかっ ということなんですね。 たんですが、PNA と、あと EDTA でキレートし た状態のセリウムというのは、バラバラに加えて 小宮山 そうです。単純さが一番の売りです。つ いるわけですね。 まり、切断場所はワトソン・クリック則だけで決 まるので、必要なスーパー制限酵素を設計する際 小宮山 今はそうしています。 に必要なのは、切断したい場所の配列情報だけで す。配列情報だけでツールが設計できるというの はすごくありがたいことで、 in vitro のアプリケー ションに非常に有効だと思っています。 岡林 それは決定的に重要な気がしますね。この 場合ですと1細胞からその狙った領域に結合する コンプレックス1個分がポンと出てくるような感 じになりますので、解析の方法はともかく、非常 に精度の高い実験になると思います。 小宮山 そっちの仕事の方は、僕の希望的観測で 14 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 岡林 何か一体的な分子構造を設計してくっつけ てあるわけではなくて。 小宮山 今は固定してないです。ですから切断位 置の選択性は反応性の差異で決まっているわけで す。 岡林 たまたま PNA が DNA の二重構造に割っ て入って……。たまたま化学平衡的にということ ですよね。そちらのほうがつきやすいからつくと いう理屈で。 岡林 今のところは細胞が死んでしまうような状 小宮山 そういうことです。 態が多いということですか。 岡林 そうすると、ここからは vivo の、細胞内 小宮山 死なないです。むしろ死なないのが気持 の話に移りたいんですけれども、細胞内でうまく ち悪いぐらいです。ですから、とにかく、細胞内 切れないというか、まだ生きた細胞内でゲノムを で応用するのに毒性は全く問題にはなりません。 切るという目的では完全には上手くいっていない と聞いています。研究員の方々には、PNA とセ 岡林 結構な量、入れていらっしゃるんですよね。 リウムを入れた液の粘稠さが問題になっている様 モル数にして大体どのぐらいですか。 な場面もあると伺っていますが、純粋にそういう 技術的な理由なんでしょうか。 小宮山 僕らはエレクトロポレーションで入れて いるので、外液の濃度はわかるのですが、細胞内 小宮山 細胞の中には、DNA だけじゃなくて他 の濃度は正確には評価できていません。 にもいろんな物質があります。それに、核自体も 非常に複雑な構造ですよね。 それで、 切断ターゲッ 岡林 ということは、細胞への注入、例えばマイ トとしては良く発現している遺伝子を選ぶわけで クロインジェクションでの注入というような実験 すけど、それだってどの程度接近しやすい構造に は特にされていないわけですか。 なっているのかどうか……。今、結局どのファク ターが効いているのかがよくわからないというの 小宮山 ほとんどの場合、エレポです。マイクロ が一つの大きな悩みなんです。 インジェクションは数がこなせないのと、さっき 言われたように粘稠になっちゃうとかが問題にな 岡林 それは、どういう理由で細胞内ではうまく るので・・・。 切れないのか、という理屈がそもそもわからない ということですね。 岡林 細胞が死なないのはエレポのおかげかもし れないですね、そう考えると。マイルドに、最低 小宮山 そうです。細胞内が複雑過ぎて……。い 限入る分しか入ってないということなのでしょう ずれにしても、縁もゆかりもない PNA とかセリ か。具体的にどのぐらい細胞内に入っているかと ウムとかがドカッと来るわけですから、向こうも いう計測は、もちろんされているわけですよね。 驚くでしょう。下手すると、何かタンパク質を出 して、これらが悪さをしないように覆ってしまい 小宮山 いや、PNA 側はできるのですけど、セ ますよね。そのあたりをどう評価すべきなのかが リウムの方ははっきりした結論が出せずにいま わからないのです。 す。 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 15 岡林 何かで還元されてしまうとかいうこともあ のような気はするんですけれども、普通にハウス り得るわけですか。 キーピングジーンとか、いかにも出来そうなゲノ ムの領域をねらってやっても、切れたり切れな 小宮山 それは多分ないと思います。100%確 かったり、という状況なわけですね。 実というわけではないですけどね。 小宮山 細胞周期が違うのか、あるいは何かほか 岡林 そこまで強力な還元剤がないですよね、細 に未知のファクターがあるのか……。このあたり 胞の中には。 をもうちょっとはっきりさせたいのです。ここが クリアできれば、大きく展開が開けるので・・・・。 小宮山 そうです。それから、最初にお話しした セリウム触媒の発見の話と関連しているんですけ 岡林 確かにそうですね。ただ、実際に vivo で ど、反応条件で、セリウムの3価は分子状酸素で 使うという目的では仮に使わなかったとしても、 酸化されて4価になっているのです。ということ 先ほどおっしゃったとおり、vitro での利用法と は、 4価は非常に安定な化学種だということです。 しても相当な価値があるものだと思います。 逆に言うと、これがこの条件で4価のセリウムが 酸化能を持たない理由です。つまり、酸性条件で 小宮山 その点は自信が持てます。スーパー制限 は4価が不安定で3価にすぐ還元されてしまうか 酵素はとにかく安くて簡単に作れて、ゲノムが選 ら、4価のセリウムは強力な酸化剤なのです。で 択的に切れますので……。いつかもお話ししまし も pH 7では、3価と4価は似たような安定性を たけど、PNA って作るのは簡単なのです。僕らは 持っていて、4価が圧倒的に不安定だということ 高純度のものを得るために手で作っていますが、 はありません。だから、細胞の中の還元剤ぐらい タンパク合成機を使うことももちろん可能です。 では簡単に還元されることはないだろうと思いま す。 岡林 あ、そうなんですか。 岡林 vitro で切るほうの条件では、pH は幾つぐ 小宮山 原理的にいって PNA 合成の方が DNA らいなんですか。 合成よりもずっと楽なはずです。DNA を合成す る際には、リン酸の部分には手が2つあるわけで、 小宮山 細胞の条件です。 2つの手のうちの1つをカバーして縮合させてあ とでカバーを外しているわけです。それに対して 岡林 まさに細胞の条件で切ってらっしゃるんで PNA 合成というのは単なるアミドカップリング すよね。そうなると、なおさら大きな問題はない ですから、アミンと活性化されたカルボキシル基 はずなんですが、そこはやはり謎ですね。 があれば行くはずなのです。 小宮山 何でしょうね。僕らも再現性がとれなく 岡林 なるほど。 て困っているんです、実は。チャンピオンデータ だけ出していいのなら結構うまくいくときがある 小宮山 だから、僕らが PNA の有用性をきちん んですけど、全く同じことをやっても同じ結果に と証明できさえすれば、PNA の値段は今の DNA ならないんで。 よりずっと安くなると思います。したがって、そ こに関しては全然心配していません。そうすると 岡林 それがあり得るとしたら、普通のイメージ PNA は簡単に手に入って、セリウムは簡単に手 ではゲノムの折り畳みの状態であるとか、ほどけ に入る。例えばゲノムワイドのアッセイなんてい ていないところはどうしても切れないという理屈 うのも、そんなに大して苦労しないでできるよう 16 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) になりますので、そうすれば……。 今のゲノムサイエンスはものすごく情報が多い ですが、その巨大な情報から部分を類推するとい 岡林 確かに、転写因子などの核内因子のメン バーは多いですし、あれもこれもくっつきますと か、色々な話があって……。 う話が多いですよね。だけど僕らはゲノムの中の 所定の部分を取ってくることができますから、質 小宮山 ですよね。だから、網羅的なアッセイに の違う情報が得られると思うのです。もちろん両 向いているとは必ずしも言えませんが、何かに重 方重要ですけど・・・・。今後はそんな方向に進 要な部分に結合しているタンパクを取ってくるな もうかなと思っています。 んていう方向には非常に有用だと思います。 岡林 わかりました。 岡林 いいですね。先生はツールを作るところか ら始めていらっしゃるので、生物系のバックグラ 小宮山 先にも挙げましたが、DNA 結合タンパ ウンドしか無い研究者だけではなかなか考えつか ク質の解析にも有効だと思います。今の手法です ない方法だと思います。 と抗体を使って…… 小宮山 だけど、ツールを作っても、ツールって 岡林 免疫沈降を使ってますね。 役に立たないと何にもならないので・・・・。僕 らの年になってくると次の世代に何が残せるかと 小宮山 やりますね。 多少繰り返しになりますが、 いうのをやっぱり感じますよ。多くの方に共通の スーパー制限酵素ならば、ゲノムの中の必要部分 気持ちだと思いますけど。 をホルムアルデヒドで固定した後で、この部分だ けをある方法で切り出して解析します。そうすれ 岡林 ある分野で一気に色々なことがわかってく ば、今までの分析では検出できなかった集合体が る段階があったとして、そこは加速度的に進むん 取れ、一つのエポックが生まれるのではと期待し ですが、そこからさらに複雑なレベルに一段階上 ています。 現在この分野で使われている手法では、 がるところというのはどうしても技術的な壁に当 ゲノムのどの位置に特定のタンパク質が結合する たるところだとは思うんです。先生の技術で、そ ことは分かるのですが、それ以上のことは分かり こを乗り越えて新しい流れが出来ると良いです ません。 ね。 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 17 小宮山 そうですよね。 入って、それから徐々にバイオのほうに近づいて きたということなのです。ですから、TARA に 岡林 ビッグデータを活用したポストゲノムの研 来させていただいたのも、バイオの方と共同研究 究については色々と進んでいるようですが、次に ができたらなと考えてお世話になることにしたの 何をどうしたらいいかという方針は、まだ明確で です。まあまだ来たばかりで十分には進んでいま はない気もします。 せんが……。 小宮山 別に悪口言う気はありませんが、ゲノム 岡林 そうですね。平成 25 年度からはもっと連 解析が幾ら速くなってもそれだけですべてが解決 携が進むと思いますが。 するわけではないと思うんです。もちろん、すご くいいことですけど、それだけで質的に深くなる 小宮山 新しいところに来ると、様子が良くわか かというと、それはどうかなという気も……。少 らないんですよね。まあ、そろそろいろんな意味 し生意気なことを言ってますけど…… で、少しわかってきましたし……。 岡林 いえいえ。 岡林 今、ちょうど TARA センターでは、代謝 疾患に係る転写調節に関する研究をこれからのセ 小宮山 僕らは、ゲノムの中の特定部分の詳細を ンターの中心的テーマとして進めて行く方針でも 解析できるツールを作りたいのです。もちろん研 ありますので、間違いなく先生のお力が必要だと 究の両輪であり、どちらが重要ということはない 思います。来年度以降は特に。 先生のご研究の流れを私なりにまとめさせて頂 と思いますが。 くなら、昔、先生が筑波大学で着想を得た研究が 岡林 有り難うございました。先生のご研究の展 発展して、また最後に筑波へ戻ってきて、さらに 望も伺うことができましたし、本当に勉強になり 大きく花開く、というイメージでしょうか。 ました。 先生は、もともとバックグラウンド自体は、ま 小宮山 まさに、そう思っています。 さに有機化学というか、合成化学のほうというこ 岡林 TARA としてもできるだけ全力でバック とですかね。 アップしていきたいと思います。 小宮山 ドクターは高分子化学です。 小宮山 本当にご縁ですね。これまで僕は、場所 岡林 当時、生命活動に関する分子という意味で を移るたびに何か新しいドジョウを見つけてい は、色々な酵素自体の研究が中心だった時代で るんです。東大の中でも先端研に移ったときに、 しょうか。 小宮山 その通りです。そこで、高分子の人たち が(同じ高分子である)酵素のモデル化のほうに 向かったんです。それがさっきお話しした 60 年 から 70 年代のころの生物有機化学という分野で す。私もそれに乗っかった形で、高分子から入っ て生物有機化学でタンパク酵素をまねて、たまた ま筑波に来させてもらう機会があって独立の助教 授で何やってもいいという条件だったので核酸に 18 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) PNA を初めてずらすという発想が出ています。 ですから、TARA でも、3 匹目か 4 匹目のドジョ 小宮山 眞(こみやま・まこと) ウがいないかなあと思っています。 筑波大学教授(医学医療系) 専門:生物有機化学・生物無機化学 岡林 先生の、移るたびに新たな展開があるとい [email protected] う流れを、ここでもまた生かしてやっていただけ ればと思います。 岡林 浩嗣(おかばやし・こうじ) 講師(生命領域学際研究センター) 小宮山 ぜひ、そう思います。 リサーチ・アドミニストレーター 専門:発生生物学・実験動物学 岡林 今後ともよろしくお願いいたします。どう [email protected] もありがとうございました。 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 19 NEWS 《赤阪プロジェクトの研究成果最終報告会の開催》 平成 25 年 2 月 6 日(水) 、平成 25 年 3 月末に定年退職される赤阪健教授の TARA プロジェクト最終報告 会が生命領域学際研究 (TARA)センターで開催されました。赤阪プロジェクトは、現在の TARA センター の前身である先端学際領域研究センターの1プロジェクトである新物質創製研究アスペクトとして平成 13 年 度より発足し、TARA センター改組後も生命の応答と変換アスペクトの1コアとして研究を継続されていま した。また、赤阪教授ご自身では、平成 23 年に文部科学大臣表彰科学技術賞 ( 研究部門 ) を受賞されるなど、 多大な功績を残されました。また、研究のフィールドは世界にも展開され、外国人研究員の受入れも積極的に 行っておりました。 報告会当日は、浅島誠センター長のご挨拶の後、赤阪教授から「ナノカーボンを鍵物質とする高次π空間の 創発と機能開発」と題し、約 1 時間にわたり、プロジェクトの最終報告の講演が行われました。本報告会には、 本センターの教職員、学生のほか数理物質系からも多数の関係者が参加し、質疑応答も活発に行われ、報告会 の最後には、浅島センター長から記念品と花束が贈呈されました。 報告会終了後、会場を TARA センター A 棟 2 階交流の場に移し、昼食会が行われ、多数の出席者の下、和 やかな雰囲気で終了いたしました。 赤阪プロジェクトの研究成果最終報告会の様子 浅島センター長より記念品を贈呈される赤阪教授 20 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) TARA センター A 棟 2 階交流スペースでの昼食会 《IEEE Signal Processing Society, Audio and Acoustic Signal Processing Technical Committee の Chair に選出》 牧野昭二教授(システム情報系) 牧野昭二教授(生命領域学際研究センター)が 2013 年 1 月 1 日、IEEE Signal Processing Society, Audio and Acoustic Signal Processing Technical Committee の Chair に選出されました。IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)は、電気・電子技術に関する世 界最大の学会であり、対象とする分野は通信・電子・情報工学と そ の 関 連 分 野 に 及 び ま す。Signal Processing Society, Audio and Acoustic Signal Processing Technical Committee では、音響や聴 覚に関する信号処理を扱っています。MP3 やエコーキャンセラは ここから生まれました。 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 21 受賞 《第 23 回基礎有機化学討論会に於いてポスター賞を受賞》 鈴木光明氏(数理物質科学研究科) 赤阪健教授(数理物質系、生命領域学際研究センター)指導下の数理物質科学研究科博士 後期課程 3 年鈴木光明氏(化学専攻)は、第 23 回基礎有機化学討論会(基礎有機化学会主催、 日本化学会共催;2012 年 9 月 19 ~ 21 日、京都テルサ)のポスター発表において、発表題 目「2 価の金属を有する Yb@C82 の単結晶 X 線構造解析 : Yb@Cs(6)-C82 , Yb@C2(5)-C82 , Yb@ C2v(9)-C82」により、ポスター賞を受賞しました。この賞は、ポスター発表の中から発表内容、 プレゼンテーション、質疑応答において優れた発表に対して、発表者の今後の一層の研究活動発展を期待して 授与されるものです。ポスター発表 350 件の中から 30 名が受賞したもので、鈴木氏はその内の 1 名です。 《第 23 回日本化学会関東支部茨城地区研究交流会に於いてポスター賞を受賞》 松本佑也氏(数理物質科学研究科) 赤阪健教授(数理物質系、生命領域学際研究センター)指導下の数理物質科学研究科博士 前期課程 2 年松本佑也氏(化学専攻)は、第 23 回日本化学会関東支部茨城地区研究交流会(日 本化学会主催;2012 年 11 月 30 日、日立シビックセンター)のポスター発表において、発 表題目「金属内包フラーレン誘導体を用いた自己組織化単分子膜」により、ポスター賞を受 賞しました。この賞は、ポスター発表の中から発表内容、プレゼンテーション、質疑応答に おいて優れた発表に対して、発表者の今後の一層の研究活動発展を期待して授与されるものです。ポスター発 表 68 件の中から 8 名が受賞したもので、松本氏はその内の 1 名です。 《第 39 回有機典型元素化学討論会に於いて優秀講演賞を受賞》 佐藤久美子氏(数理物質科学研究科) 赤阪健教授(数理物質系、生命領域学際研究センター)指導下の数理物質科学研究科博士 後期課程 3 年佐藤久美子氏(化学専攻)は、第 39 回有機典型元素化学討論会(有機典型元素 化学討論会実行委員会主催、日本化学会・日本薬学会・日本農芸化学会共催;2012 年 12 月 6 ~ 8 日、 いわて県民情報交流センター) の口頭発表において、 発表題目 「シリル化金属内包フラー レン誘導体の合成と物性解明」 により、 優秀講演賞を受賞しました。この賞は、 優秀な発表内容、 プレゼンテーション、質疑応答を行った学生講演者に対し、今後の一層の研究活動発展を期待して授与されるも のです。学生口頭発表 29 件の中から 5 名が受賞したもので、佐藤氏はその内の 1 名です。 《平成 24 年度「筑波大学先導的研究者体験プログラム」 (Advanced Researcher Experience Program)研究発表会でポスター賞を受賞》 徐照氏(生命環境学群) 深水プロジェクト・加香孝一郎講師(筑波大学生命環境系)がアドバイザリー教員として 指導する、生命環境学群・生物資源学類(グローバル 30)2年次徐照氏は、2013(平成 25) 年 1 月 21 日、筑波大学第三エリアにおいて開催された平成 24 年度「筑波大学先導的研究者 体験プログラム」 (Advanced Researcher Experience Program)研究発表会で発表題目『線 虫を用いた老化に伴う代謝産物の定量解析』により、ポスター賞を受賞しました。 この賞は、同学会でポスター発表を行った 34 名のうち、特に優れた発表を行った学生6名に対して授与さ れたものです。 22 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 来訪者 2012 年 7 月 17 日 2012 年 8 月 22 日 茨城県水城高等学校普通科2年生 岐阜県立岐阜農林高等学校生物工学科 2・3 年生 2012 年 9 月 24 日 2012 年 10 月 19 日 インド理工系研究者(DST)御一行 カザフ国立大学学長御一行 2012 年 11 月 14 日 2013 年 2 月 22 日 G30 関係者御一行 インド大使御一行 TAR A NE WS No.46 (Marc h 2013 ) 23 TARA NEWS No.46 2013 年 3 月発行 発行者 筑波大学生命領域学際研究センター(TARA センター) 浅島 誠 編集 牧野昭二 装丁 小口美代子 連絡先 〒 305-8577 茨城県つくば市天王台 1-1-1 TEL.029-853-6082 FAX.029-853-6074 E-mail: [email protected] URL: http://www.tara.tsukuba.ac.jp/