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標準化を活用した新興市場におけるプラットフォーム戦略

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標準化を活用した新興市場におけるプラットフォーム戦略
Discussion Paper Series, No.014
Research Center for Innovation Management,
Ritsumeikan University
標準化を活用した新興市場におけるプラットフォーム戦略
∼ボッシュと三菱電機の事例∼
高梨千賀子
立命館大学 テクノロジー・マネジメント研究科・准教授
立本 博文
兵庫県立大学 経営学部・准教授
小川 紘一
東京大学 知的資産経営・総括寄付講座・特任教授
2011 年 4 月
キーワード:新興国、プラットフォーム戦略、標準化、インターフェースのマネジメント、依存性の
コントロール
1.はじめに
本稿の目的は、新興国市場において標準化を活用しつつ事業戦略を実践している企業を
取り上げ、その戦略を明らかにし、その戦略が有効に作用しうるメカニズムについて考察
することである。
取り上げる事例は、欧州の自動車部品メーカーであるボッシュと日本の総合電機メーカ
ーである三菱電機である 1。両社はそれぞれアプローチや背景は異なるものの、自社の技
術を閉じ込めたコア・モジュールと標準化したインターフェース(以下、IF)からなるプ
ラットフォーム戦略を展開している。具体的には、ボッシュは電子制御部品のエンジンコ
ントロールユニット(以下、ECU)プラットフォームであり、三菱電機は幾層にもわたる
ネットワークプラットフォームであり、ボッシュは中国とインド、三菱電機は FA の中国
での事業展開を取り上げる。ボッシュの ECU プラットフォームはハードウェアもソフト
ウェアもモジュール化されている。本稿が特に着目するのは、ソフトウェアのプラットフ
ォームのほうである。自動車というメカニカルなすり合わせ技術の固まりも、今や電子化
が急速に進んでいる。その頭脳の機能を果たしているのが ECU であり、ECU に指令を与
えているのがソフトウェアである。ボッシュは欧州の組み込みソフトウェアの標準規格で
ある Autosar を用いてソフトウェアを開発してハードウェアに実装し、新興国の顧客のニ
ーズに応じて機能を選別し提供しようとしている。一方、三菱電機においては、かつては
自社製品のみを繋げていたネットワーク規格をオープン化し、他社とも共有できる標準規
格(CC-Link:Control & Communication Link)とした。三菱ではすでに先進国におい
てこの標準化された IF と三菱のコア製品(コントローラやサーボモータ)をプラットフ
ォームとして提供し、他社の製品を組み合わせてトータルシステムとして提供している。
それを中国において展開しようとしているのである。
両社の事例とも、その戦略展開はまだ著に着いたばかりであり、ここでその成否を論じ
ることはできない。しかし、右肩上がりの新興市場で、特にシェアを伸ばしてきているロ
ーカルメーカーとの取引を拡大し、市場成長を自社の成長と利益確保に結び付けることが
可能な1つのビジネスモデルとして、これらの戦略は一定の効果があると思われる。それ
ぞれのケースにおいて、具体的にその戦略とはいかなるものか、それは新興国において如
何に機能するかを考察することは、同じように新興市場に進出してもその市場成長を業績
に結び付けられずに苦労している日系企業に対し、新興市場戦略、さらにはグローバル展
開の一つの方策として、何らかの示唆を与えることができると思われる。
2.既存研究と本稿が明らかにしたいこと
プラットフォームという言葉は特に新しいものではない。
たとえば、
自動車においては、
車台プラットフォームを共有化してきた。従来の研究では、この共有化の優位性を指摘す
るものが多かった。つまり、各国市場ごとに車台を開発するコストの削減(範囲の経済)
と、部品を共通化することによる規模の経済の両方でコストメリットを出すことである。
1
本稿で取り上げるボッシュの ECU プラットフォームや三菱の FA プラットフォームも、
コストメリットを享受する点では同様であるが、以下の 3 点で異なると考えられる。一つ
目は、これらのプラットフォームの IF に標準規格を取り入れることで、企業や企業グル
ープを超えて業界的な、あるいはグローバルな広がりを持つ点である。2 つ目は、それら
のプラットフォームが部品や生産ツールといった BtoB におけるプラットフォームであり、
それを用いるユーザー企業群に対するインパクトを持つこと、そして最後に、それが成長
スピードの速い新興国で展開されることにより、標準規格のグローバルな普及を促進させ
る一方で、新興国の当該産業における分業体制の在り方にも影響を与える可能性があるこ
とである。これらの点で、従来研究されてきたプラットフォーム戦略と本稿が取り上げる
標準化を取り入れたプラットフォーム戦略とは異なるものであるが、新興国と標準化を用
いたプラットフォーム戦略に焦点を当てた研究はまだ十分に行われていない。
加えて、従来の自動車産業に関する研究はハードレベルにおけるものであり、本稿のボ
ッシュのケースのように、ソフトウェアの標準化やプラットフォーム化と新興国戦略を絡
めた研究もまた少ない。現在、自動車でも電子化が進み、ソフトウェアによるコントロー
ルがなくてはならない製品となった。マッキンゼイによれば、2004 年時点で自動車の電子
化は 15%だったが、2015 年にはそれが 40%に達すると予想されている 2。ここで問題と
なっているのが、肥大化するソフトウェアの開発コストと異なるソフトウェア間で起こる
不具合である。Mercer コンサルティングによると、自動車におけるソフトウェア開発費
の割合は 2000 年の 4.5%から 2010 年には 13%に達している 3。これに対処するための方
策の一つがソフトウェアレベルでの標準化である。日本でも Jasper という標準化団体に
おいて、標準化が志向された。しかし、活用されるまでに至っていない。これに対して、
本稿のボッシュのケースで取り上げる Autosar という組み込みソフトウェア標準規格は欧
州で確立され、今や活用が可能な段階に至っている。実際、本稿で取り上げるボッシュの
ほか、欧州完成品メーカーの BMW や VW などが取り入れている。Jasper と Autosar に
おける標準策定プロセスとそのガバナンスメカニズムについての考察は、DiMaggio
(1988)
、Fligstein(2001)
、Garud and Kumaraswamy(2002)などに見るように主要
な標準化研究テーマの一つであるが、本稿では立ち入らない。本稿では、むしろ、標準規
格の活用プロセスに焦点を当て、事業戦略としての可能性について考察する。つまり、本
稿で問われる問題は、ボッシュや三菱電機は如何ように新興国において標準を取り入れビ
ジネスを展開しようとしているのか、それがどのように新興国で機能し、プラットフォー
ム提供企業やプラットフォームの活用企業にメリットを与えうるのか、
である。
本稿では、
まず、その戦略の実態を明らかにし、同戦略において新興国市場の成長を利益に結び付け
うるメカニズムについて考察する。
3.分析枠組み
本章では、プラットフォームに関する定義は諸説にわたるため、最初にプラットフォー
2
ムの定義を示し、次に既存研究について議論しながら分析枠組みを述べる。
3-1.プラットフォームの定義と特徴
本稿では、Baldwin & Woodard(2010)に従い、図表 1 のようにプラットフォームを定義
する。すなわち、プラットフォームは、ある設計思想(アーキテクチャ)に沿うコア・モ
ジュールとインターフェース(IF)から構成される。IF はアーキテクチャに基づいて、当
該プラットフォームとその他のモジュールとのつながり方を規定する(デザインルールを
設定する)
。コア・モジュールは長期にわたり維持される安定したコンポーネント(群)で
ある。プラットフォームは、IF を介してその他のモジュールとつながり、システムを構成
する。
図 1 プラットフォームの考え方
出典:Baldwin & Woodard(2010)
従来の研究では、プラットフォームとそれに接続するモジュールから成るシステムは、
次の 3 つの特徴を持つことが指摘されてきた(Baldwin & Woodard,2010)。一つは、プ
ラットフォームとその他のモジュールとの組み合わせで多様性を提供することである。モ
ジュールは IF のルールを守っていれば、如何なるモジュールでも接続可能であるためで
ある。たとえば、図 1 においては、プラットフォームに接続するモジュールは、A だけの
場合もあれば、B や C を接続する場合もある。また、A、B、C それぞれのモジュール群
においては、モジュール内で製品(a、b、c)間の選択が可能となる。もう一つは、コア・
モジュールを再利用したり維持したりすることで、コスト削減に寄与することである。最
後に、IF で結ばれているコア・モジュールとその他のモジュールは、IF のルールさえ守
っていれば、互いに独立して進化することが可能であることである。これは PC のように
水平分業が進んでいる産業構造においては、各モジュール・レベルでのイノベーションを
促進する。
しかし、この議論が指摘している多様性、コスト削減、モジュール・イノベーションと
いう 3 つの特徴だけでは、新興国という経営環境において標準化した IF を用いるプラッ
3
トフォーム戦略がどのように有効なのかを十分説明できていない。そこで、下記では、新
興国でのプラットフォーム戦略と収益確保のメカニズムを考察する上での分析の視点をコ
ンセンサス標準議論(立本・高梨 2010)4 と小川(2008)のプラットフォーム論 5 をベー
スに導き出す。
3-2.プラットフォーム戦略と新興国での収益確保のメカニズム
上述のようにプラットフォームとは、コア・モジュールと標準化された IF から構成さ
れ、その IF によって周辺モジュールを接続し上位システムを構成する。しかし、標準化
をリードし産業全体のイノベーションを促進したとしても、企業が必ずしも標準化から収
益を上げられるとは限らない。標準化から収益を上げるためには、標準規格の普及を図り
つつ自社に有利になるようにポジショニングする戦略が重要である(立本・高梨 2010)
。
ポジショニングが重要なのは、標準化によってアーキテクチャが変化し付加価値の所在が
シフトするからである。標準化された部分は技術情報が共有化されるため付加価値は小さ
くなり、標準化されていない上下レイヤーで付加価値が高くなる。
プラットフォーム戦略において付加価値の発生する部分への位置取りとはどういうこと
なのであろうか。第一に、
「モジュールのブラックボックス化」である(下位レイヤーの位
置取り)
。IF をオープンにすることで IF は標準化レイヤーとなり、これに関する付加価値
は小さくなる。一方で、IF を挟んで接続されるモジュール部分に付加価値がシフトする。
コア・モジュールにしても周辺モジュールにしても、モジュール部分をブラックボックス
化することで付加価値は大きくなる。これにより、プラットフォームの一部としてコア・
モジュールを提供する企業にとっても、そのプラットフォームを活用する周辺モジュール
企業にとっても、付加価値の取り分が守られることになる。これは、モジュールを提供す
る企業に対して、プラットフォームに参加するインセンティブを与えることになり、プラ
ットフォーム戦略を展開する上での重要な戦略的アクションとなる(Gawer, 2009)
。
第二に、
「プラットフォームと周辺モジュールを統合してシステム」にすることである。
これは上位レイヤーの位置取りを意味する。これは、提供する側の企業にとっては、周辺
モジュールを取り込んでブラックボックス化する範囲を拡大することを意味し、自社利益
の拡大が可能になる。一方、提供をうける顧客にとっては、自らプラットフォームと周辺
モジュールを組み合わせる必要がないという意味で、フルターンキーソリューションにな
る。フルターンキーソリューションは、特に技術格差がある新興国ローカル OEM メーカ
ーにとっては、完成品への組み込みが容易になり、市場成長をスピーディーに自社の収益
に変換するツールとして非常に重要になる(小川, 2008)
。ここで必要なのが「インテグレ
ーション力」である。プラットフォームをベースに周辺モジュールを取り込み上位システ
ムとして提供するためには、自社のモジュールを超えたシステムや製品レベルのノウハウ
の蓄積が不可欠である。
では、このようなプラットフォーム戦略が威力を発揮するには何が重要なのだろうか。
4
小川(2008)は、
「オープン環境の創出、および、その支配」が重要なポイントである
と指摘している。オープン環境の創出は IF の標準化が担う。この標準化された IF を広く
採用してもらう必要がある。BtoB ビジネスおいて、日本企業はこれまで IF は特定企業グ
ループの中でオープンにしてきた。系列ビジネスがその最たる例である。本稿で取り上げ
る 2 つのケースは、そうではなく、広く一般に、しかもグローバルに IF を開放する標準
化という点で、その範囲が非常に広い。
では、支配とはどういうことなのだろうか。それには、2 つの戦略があると思われる。
一つは文字通りプラットフォームの寡占状態を作り出すことである。それは上述の IF の
標準化が成功裏に達成されることで実現する。如何に IF を広く採用してもらうかが重要
となる。その採用拡大の足掛かりが新興国であり、トータルソリューションの中に埋め込
むのである。
もう一つは、依存性をベースにブラックボックスのコア・モジュールから周辺モジュー
ルをコントロール(支配)することである。IF がオープンになり IF 情報が共有されよう
とも、システムが技術的な階層構造をなしている(Clark, 1985)限りにおいて周辺モジュ
ールは完全にはコア・モジュールからの影響を免れない。IF の標準化は、システムの依存
関係を特定部分に集約してルール化し広く共有することで、システムの複雑性を削減する
手段である(青島・武石,2000)
。しかし、依存性をすべて排除するものではない。たと
えば、PC システムにおいていくら高性能で処理スピードが速いハードディスクを使おう
としても、頭脳部分でありコア部品であるチップセットや OS の処理能力が低かったら、
その性能を十分に活かしきれない。周辺モジュールは常にその技術情報をコア・モジュー
ルにリファー(Refer)し確認する必要がある。そういった意味で、周辺モジュールはコア・
モジュールに技術的に一方的に依存するのである。コアとは単に重要な部品要素という意
味だけではなく、この依存性ゆえにコアなのである。小川(2008)はこのコア・モジュー
ルの特性を Active と呼んだが、
「IF のマネジメント」は、依存性を常に Active にするた
めに重要になる。IF そのものがボトルネックになる場合もある(Gawer 2002、高梨 2007)
。
たとえば、モジュールが進化しても、それらを繋ぐパイプである IF の処理スピードが限
定されていて遅い場合も、モジュールを活かすことができない。常に IF を進化させつつ
コア・モジュールにリファーするような転機を周辺モジュールに与え、依存関係を維持し
ていくことが、IF のリビジョンを通して行うことが可能になる。
このように、IF の標準化し、誰にでもオープンな標準規格が普及するにつれ、プラット
フォームの採用が拡大し、同プラットフォームの寡占状態を作り出すことが可能となる。
そのドライバーに新興国市場を活用する。普及とともにプラットフォームに埋め込まれた
すり合わせ型ブラックボックスは、広く拡散される。プラットフォーム提供企業にとって
は、IF をオープンにすることがグローバル市場に迅速に自社モジュールを内在化したプラ
ットフォームを拡散するための重要なツールとなるのである。一方、新興国メーカーにと
っては、先進国の最先端技術で構成されたプラットフォームは上位システムへ統合されト
5
ータルソリューションとして提供されることで素早く市場に投入することが可能となる
(小川 2008)
。そして、コア・モジュールへの依存性とそれに伴うプラットフォームの寡
占状態という「支配」が、前述の上位システムへのインテグレーションを、さらにやりや
すい環境を提供するとともに、インテグレーションの付加価値をより高めることに繋がる
のである。
以上みてきたように、本稿では、新興国でプラットフォーム戦略が有効に機能しうるポ
イントとして「IF のマネジメント」
「依存性のコントロール」
「インテグレーション力」の
3 点に着目する。次章では、2 つの事例を紹介し、この 3 点について分析していく。
4.事例と分析
4-1. ボッシュのインド・中国における ECU 事業
2008 年時点の自動車市場の規模は、中国で 800 万台、インドが 200 万台である(乗用
車・商用車合計)
。中国は 2002 年から急激にモータリゼーションが進んだが、インドは中
国に比し伸び率は低い。しかしながら、両国ともに有望な自動車市場とみなされており、
主要なグローバル自動車メーカーは進出済みである。
特徴的なのは、インドにおいても中国においても、近年、ローカル自動車メーカーがシ
ェアを伸ばしていることである。インドでは、マルチスズキが長年市場のリーダー企業と
なっているが、そのシェアは徐々に他メーカーに浸食されてきている。特にシェア 3 位の
ローカルメーカー・タタは、商用車販売を加えるとインド最大の自動車メーカーである。
同様に中国においても、上海 VW、上海 GM などの外資系メーカーと中国の合弁メーカー
が依然として市場をリードしているものの、BYD、吉利(Geely)などのローカルメーカ
ーの伸びが著しい。このように、両市場ともに徐々にローカルメーカーが市場成長に寄与
するような状況となってきており、部品メーカーにとってもこれらのメーカーとの取引拡
大が急務となっている。
このようなインドや中国市場に対するボッシュの進出は非常に早かった。インドでは自
動車部品事業においてはインドでの排ガス規制の強化に需要を見出し 1989 年からディー
ゼルガソリン用の燃料噴射装置、2006 年にコモンレール、2009 年には ECU の生産を開
始した。主な取引先はトヨタを除くほぼ全部の完成車メーカーであるが、近年は特にマル
チやタタ、マヒンドラ・マヒンドラといったローカルメーカーとの取引を強化している。
VW、BMW、GM などの欧米の完成車メーカーも 1990 年代後半にはインド進出を果たし
ているが、そのシェアはまだ小さい。
また、インドはボッシュにとっては IT オフショア拠点でもある。ボッシュは 1998 年に
ビジネスソリューションを提供するために生産拠点内に IT 事業をスタートさせた。現在
ではソフトウェア・オフショア開発拠点(RBEI)として独立、世界の拠点の中でも 5000
超の人員を擁する最大拠点となり、2010 年にはベトナムへも進出している。RBEI と本社
の関係は、本社がハードウェアおよびソフトウェアのプラットフォームを構築し、そのう
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ちソフトウェア開発の一部を RBEI に委託している。開発されたソフトウェアは本社でプ
ラットフォームに統合される。
一方、中国の ECU 拠点(UAES、1995 年設立)は、インドとは異なりローカル企業と
の合弁会社である。出資比率はボッシュ 51%(ボッシュの現地投資会社による 10%を含
む)
、
中国 OEM 企業連合会社 Zhong Lien Automotive Electronics649%である。
このため、
UAES はドイツ本社よりハードウェア、ソフトウェアなどを世代ごと、製品ごとにライセ
ンス購入し、中国市場のニーズに合わせて設計を変更し、時には独自に開発して部品を提
供している。設計変更は、ソフトウェア、ハードウェアともに同拠点のエンジニアリング
部門が行っている(650 人のエンジニアを抱える)
。合弁であるがゆえの技術移転の方法は、
UAES をより地域密着型にしている。取引先としては外資系 OEM メーカーが 4 割強であ
るが、近年、ローカル OEM メーカーの比率が高まりつつある。このような環境の中で、
TCU(トランスミッションコントロールユニット)は AT 車が多い中国市場向けに独自に
開発された。これは本社のグローバル製品ポートフォーリオに組み込まれている。
ボッシュはこれら新興国において、標準的な ECU シリーズを提供している。ディーゼ
ル、ガソリン、CNG などの燃料によって多少の違いはあるが、それぞれにおいて標準的
な製品プラットフォームを備え、国やメーカーによって異なる仕様ニーズはソフトウェア
上の機能選択で応じている。それはきわめてモジュール的な対応であるが、その一方で、
ハードウェアとソフトウェアを一体化したプラットフォームを提供することにより、ECU
の知識が十分にないローカルメーカーの開発リードタイムを短縮化し、素早いモデル投入
に貢献している。たとえば、インドの場合、タタやマヒンドラ・マヒンドラといったロー
カルメーカーは、ワールドクラスのボッシュの ECU を用いることにより、環境規制の厳
しい欧州や米国市場などへ輸出を行っている。
ただし、中国の場合、メーカー数がインドに比し多く、また、外資系完成車メーカー(上
海 VW 等)
、ローカル完成車メーカー(BYD、吉林等)
、新規参入ローカルメーカー(Chang
An 等)の自動車製造に関する経験や知識には大きな違いが存在する。そのため、現在、
ソフトウェア仕様書は 100 ページにも及び、雛形の仕様書のパラメータを各メーカーのニ
ーズに応じて埋めている。後者になるほど標準仕様を求める傾向がある。
■ECU における Autosar の導入
ボッシュでは、これまで ECU ソフトウェアにおいて独自規格(Cubas)を用いていた
が、この一部を Autosar に切り替えつつある。Autosar とは、車載電子制御装置用ソフト
ウェア・インタフェースおよびソフトウェア・モジュールの標準化活動を行うコンソーシ
アムであり(徳田・田村、2007)
、その規格を指す。ボッシュはそのコアメンバーである。
Autosar では ECU のすべてのコンポーネントを抽象化しモジュールとし、基本ソフト
ウェア(BSW)を提供している(図 2)
。アプリケーション層は、その BSW 上に存在し、
メーカーが競争可能な領域である(H21 年度「自動車電子化調査報告書」
)
。ここにおいて
7
ボッシュは従来からの強みを発揮する。ECU は、自動車にとってエンジンの排気量(し
たがって燃費にも影響)などの微妙なコントロールに深くかかわるキーコンポーネントで
ある。このアプリケーションのパラメータにおいて顧客ニーズに応じて最適に設定するノ
ウハウは、ボッシュに存在する。Autosar という BSW を共有化したとしても、コアを有
していることのメリットは大きい。Autosar を用いるメリットは、電子化の進展に伴い肥大
化する開発コストの削減、異なるソフトウェア間の不具合の解消、プラットフォームを超
えた開発資源の再利用、
およびスケールメリットの達成である。
特にスケールメリットは、
Autosar がメーカー間の垣根、国境を越えてグローバルに普及していくことでより大きな威
力を発揮する。
図 2. AUTOSAR のソフトウェア・アーキテクチャ
出典: H21 年度「自動車電子化調査報告書」より著者作成
ボッシュはこの Autosar 規格を新興国市場の低価格車に搭載される ECU に組み込んでい
く方針であり、
2015 年には 100%Autosar 準拠モデルが上市される予定である。
すでに RBEI
では 2004 年より ECU のソフトウェアを開発に従事しているが、今ではシミュレーター
を使ってユニットテスト(HILs)レベルの検査まで行っている。Autosar への転換が進め
ば、将来的には、Autosar ベースのソフトウェア・コンポーネント信頼性認証も RBEI 内
で行うことになる模様である 7。
ただし、Autosar の中国での導入はまだ先になる模様である。スペックが先進的で複雑
すぎること、まだ仕様が最終決定されていないこと、ツールチェーンを不自由なく使用で
きるレベルではないこと、コストがかかることなどがその理由である。しかし、Autosar
準拠基準の活用に経済性が出てくれば、次第に置き換わると考えられる。ボッシュは中国
での ECU のマーケットリーダーであるため、ボリュームゾーンが Autosar に置き換わる
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とあっという間に普及し、さらに中国からの輸出が始まれば、さらに普及が加速すると考
えられる。
自 動 車 の 電 子 化 へ の 対 応 に つ い て は 、 ボ ッ シ ュ 本 社 の Corporate Automotive
Integration 部門(CAI)で検討されている。同部門は 2010 年 11 月に本社自動車事業部
内に設立された。CAI は、自動車事業のビジネスユニット横断的に活動やすべてのオペレ
ーションにおいて成長が見込める分野や技術を見出し、Cross Divisional Topic として設定、
将来のシナリオを創出し、戦略を引き出すことをミッションとしている。CAI は、現在、
ECU が関連する分野としてソフトウェア(Autosar を含む)およびサービスを重点項目の
一角として着目している。サービスは、ソフトウェアのダウンロードサービスなど、自動
車の電子化がさらに進むにつれて導入される可能性のあるものを含んでいる。
■分析
ボッシュのプラットフォーム戦略はハードとソフトの両面にわたっていることが特徴
的である。ハード上では ECU がボッシュにとってのコアであり、センサーやアクチュエ
ータといったモジュールと組み合わされシステムとして提供される。これに対し、ソフト
においては、Autosar 準拠では、ECU アプリケーションソフトがコアとして機能し、
Autosar 規格が IF として使われ他のモジュールと繋がる。極端なところ、センサーやア
クチュエータのソフトウェアが Autosar 準拠であれば、ほかのメーカーのモジュールでも
不具合なく機能することが可能となる。
では、なぜ、標準の普及がボッシュにメリットを与えうるのであろうか。Autosar はパ
イを拡大することには貢献しても、パイの取り分には関与しない。1 社にメリットが落ち
るようにするために、仕掛けが必要である。
ECU およびその他のモジュールのハードウェアそのものは長い時間をかけて成熟し安
定した技術であり、ECU の差別化は、その振る舞いをどう制御するかといったアプリケ
ーションにポイントがある(ソフト依存によるソフトからのコントロール)
。そこにボッシ
ュはノウハウを持っている。一方、新興国のローカルメーカーはこうしたノウハウをあま
り持たない。したがって、ボッシュがハードウェアとともに仕様ニーズをくみ取り実現さ
せるソフトウェアを提供することがボッシュの付加価値を高めることにつながる。
上述のように、ボッシュはコアメンバーとして Autosar 規格策定に深く関与してきた。
規格策定の中心的立場にあるということは、Autosar 規格(IF)がリビジョン(改定)さ
れるとき、先行者の利を享受することを可能とする。リビジョンプロセスにかかわること
で、どの点が変更され、どのような影響を持つかをいち早く知り、製品へ反映させること
が可能だからである(IF のマネジメント)
。
インテグレーションの面では、ボッシュは Autosar 準拠のテスト検査を内在化し、全体
システムとしての品質を保証することを目指している。自動車は多くの部品を全体システ
ムとして品質を保証することが求められるが、Autosar 規格が導入されると誰が品質を保
9
証するのか不明確になる。ボッシュはインテグレーターとしてより上位レベルに位置取り
し、そこからモジュール間の依存性をマネジメントし品質を保証するトータルソリューシ
ョン提供をしようとしているのである。
さらに、CAI の活動に見るように、電子化の進む自動車産業で将来ソフトウェアのダウ
ンロードなどの新しいサービス提供をも含む上位システムの統合によって従来のハードウ
ェアとしての ECU の利益を補強するように付加価値の拡大を図ろうとしているのである。
4-2. 三菱電機の FA 事業
三菱電機の FA 事業は、1924 年に三菱電機初の汎用電動機量産工場を設立したところか
ら始まる。同工場は、三菱電機最大の生産工場である。日本の高度経済成長期の到来を契
機に、FA・メカトロニクス製品のラインアップを次々に充実させ、その豊富な実績を元に、
生産性や品質向上に向けたソリューションも積極的に開発した。
日本の産業用ロボット業界の特色は、自動車メーカーなどのロボットの顧客ユーザーが
ロボットを用いた生産システム構築のノウハウを持っていることである。
これらの企業は、
独自のロジックと技術力で工場全体の合理化と効率化を進めてきた。そのため、ロボット
メーカーは個別ハードウェア製品層において強く、各社がロボットの機能や構造において
は独自のクローズドなシステムを構築し、これが差別化要因となっている。三菱は、コン
トローラやサーボモータに強みを持つ。これらの機器の生産は 1980 年ごろから着手し、
単体機器として製品パフォーマンスの向上に注力しトップメーカーとなった。しかし、FA
システムインテグレーター(SI)としての機能は不得意であった。1990 年代から、単体
製品が性能アップしたため、システムインテグレーター的役割を担うことを目指してシス
テムビジネスに乗り出したが、数年で撤退した。コスト的に優位に立つことができなかっ
たためである。これに対し、欧米では、ロボットメーカー側がこの役割を担っており、も
のづくりの現場全体をシステムアップするための提案力で優れている(善本・新宅・小川、
2007)
。
海外展開において壁になるのがこのような事業展開の差であった。シーメンスやロック
ウェルなどの欧米メーカーは、豊富なラインアップを背景に自社製品で固めたシステムと
しての販売を行っていた。一方、三菱では機器単体売りが中心であった。たとえば、三菱
のシェアが低い欧米では、他社のネットワークに組み込まれてしまい、付加価値が限定さ
れてしまっていた。
一方、日本のユーザー企業もメーカーによって異なる IF 持つ製品の接続に多くの労力
を割いていた。価格が安い端末機器を複数のメーカーから購入しても、ネットワーク化す
るには骨が折れた。ユーザー企業から IF 部分の標準化が求められていたのである。こう
したオープン化の波を受けて、自社に閉じていた端末のロボットとコントローラとの間を
繋ぐネットワーク規格を標準としてオープン化したのが CC-Link である。これにより、ユ
ーザー企業のシステム開発費用や保守運営コストを低減するのに貢献する一方で、三菱電
10
機はほかの端末に強いメーカーと組むことでネットワークの便益を高めることが可能とな
ったのである。海外でも、三菱のコントローラやモータのシェアが高い韓国、台湾では、
他のベンダーとネットワークを介して Win-Win の関係(補完関係)を作ることにより、
付加価値の高いシステムとして展開している。この CC-Link をインドや中国で普及させる
戦略が始まっている。
■CC-Link と三菱の FA 多層ネットワーク
三菱電機が 1996 年に同社の PLC(プログラマブルコントローラ)をベースにした新し
いオープンなフィールドネットワークを提唱した時は、まだ限定されたメンバーへの公開
だった。それが一般に完全オープンとなったのは第三者機関である CC-Link 協会が発足し
た 2000 年であった。フィールドネットワークとは、FA システムにおいて、PLC と入出
力機器(バーコード・リーダ、電磁弁など)をシリアル通信で結ぶ通信ネットワークであ
り、その性能はコントローラに依存する。コントローラは三菱が強い分野である。
さらに、三菱電機では、CC-Link ばかりでなく、FA 事業において多段階のネットワー
クを構築し、e-F@ctory として工場全体をコントロールするシステムを構築している。シ
ステムのピラミッドの最上層部には情報通信システムがあり、その下の業務計画システム
と製造実行システムとともに、工場全体から上がってくる情報を統合して一括処理してい
る。その下の層は、工場のフィールド部分を管理するシステムである。ピラミッドの底辺
層には、各種の CC-Link が配置され、その上の階層には SSC ネットが存在する。SSC ネ
ットワークは日本 IBM、オラクル、SUN といった SI 企業をパートナー企業とし、三菱が
作れないタイプのモータなどを提供する競合企業も含める。完全オープンの CC-Link とは
異なり、SSC ネットはセミ・オープンである。それは、ネットワークにモータドライブの
性能が依存するためであり、限定された製品群をネットワークに接続することで三菱電機
のコア製品であるサーボモータへの影響をコントロールし、サーボモータの性能をより発
揮させることが可能となる。
■中国事業と CC-Link の導入
中国への三菱電機製品の販売は、かつては、節税になったため香港のディーラーを通し
て行っていたが、輸入規制が厳しくなったのを受けて、2007 年に三菱電機自動化(上海)有
限公司(以下、三菱電機自動化)を設立した。
日本では、前述のように単体売りでもよいが、中国では FA の総合戦略が必要である。
日本市場の競争相手が専用機器メーカーであるのに対し、中国市場のそれはシーメンスや
ABB、シュナイダーといった総合 FA メーカーであるためである。しかも、三菱は後発で
あった。このため、三菱は CC-Link を中国の国家規格とすることにした。CC-Link は 2005
年に GB/Z(紹介技術)
、2008 年に GB/T(推奨標準技術)として認証されている 8。必ず
しも各社のネットワークのターゲット市場は同じではないが、自動車市場では三菱とシー
11
メンスがしのぎを削っている。
現在、
中国 FA ネットワークにおける CC-Link の普及率は、
Profinet、Devicenet に続いてトップ 3 にランクインしている 9。
三菱電機では、市場ニーズを把握するために、ローカルのシステムインテグレーターに
アクセスした。彼らはかつて設計院という国家機関であり、設計、購買、据付、生産技術
などを企画し、ローカルメーカーへ展開していた 10。しかし、それは大手メーカー向けで
あって、Jeely や Cherry といった小規模ローカルメーカーは位置から自前で整えなければ
ならなかったが、彼らはノウハウをあまり持っていないことがわかった。そこで三菱電機
自動化は CC-Link を介して自前の産業機器ばかりでなくローカルも含めた他社ベンダー
の機器をモジュールとして接続してコストを低減しつつ、彼らのニーズにあったアプリケ
ーションをいくつか開発し、それらを組み合わせてトータルシステムソリューションを展
開し始めている。
中国市場においては、取引相手である日本企業の設備の現地化も問題であった。日系メ
ーカーも現地が進むにつれ、これまで日本の取引関係をベースに指名買いをしていたとこ
ろを、次第に単価の安い現地製品へ切り替えることが起こるようになったからである。こ
のため三菱電機自動化では販売体制の再編に着手した。提供するサービスの内容に応じて
代理店組織を 3 つに編成し直すと同時に、自社組織では製品分野ごとに分かれていた技術
部門を社長のもとに統括した。こうした組織のもと、三菱電機自動化では、技術・販売の
両面においてきめ細かなソリューションビジネスを展開しはじめている。
■分析
三菱電機 FA 事業におけるコア&プラットフォームは、多段階であることが特徴的であ
る。それぞれの段階のプラットフォームは、コアにシェアの高い自社製品(コントローラ、
サーボモータ)
、IF に標準化したネットワーク規格、周辺モジュールに規格に準拠した他
社端末機器をもつ。
三菱電機では、自社のコア・モジュールのネットワークへの依存度に応じてネットワー
クのオープン度をコントロールしている。自社のコントローラの性能がネットワーク全体
の性能を決める CC-Link は完全オープンであるのに対し、逆に自社製品のサーボモータ
がネットワーク性能に依存する SSC ネットワークはセミ・オープンである。この依存性の
コントロールが第三者の手にあるうちは、三菱単体製品の良さが制限されてしまう可能性
がある。したがって、ネットワーク構築においては自社のコンポーネントのシェアを高め
ることが前提条件となる。たとえば、欧米では三菱のシェアは低く、他のネットワーク
(Profinet など)に組み込まれてしまい、部品としての付加価値しか生まない。一方、韓
国、台湾は、国内同様、三菱製品のシェアが高く他のベンダーを巻き込んで付加価値の高
いネットワークが構築できるのである。そして、一旦作られたネットワークは容易に他の
ネットワークにスイッチすることはできない。つまり、インストールベースとして機能す
ることになる。三菱電機も、上述のボッシュのケースと同様、CC-Link ネットワーク規格
12
の幹事企業であり、標準化をリードしてきた企業としてのメリットを持つ。IF のリビジョ
ンのタイミングや改定情報をいち早く自社製品に反映させることが可能である。
こうした IF のマネジメントと依存性のコントロールの上に、三菱電機ではさら上位シ
ステムとして e-F@ctory を構築し、トータルソリューションとして展開することで付加価
値を高めているのである。
5.まとめと考察:新興国でのプラットフォーム戦略
本稿では、ボッシュと三菱電機におけるプラットフォーム戦略の実態について明らかに
してきた。これら 2 社は、新興国ローカルメーカーの技術格差を背景に、標準化した IF
をもつプラットフォームを中心にトータルソリューションを提供する一方で、プラットフ
ォームに「IF のマネジメント」
「依存性のコントロール」
「インテグレーション」という仕
組みを埋め込み、標準化による普及拡大に伴って付加価値を高めようとしている。これら
をまとめたものが図 3、4 である。
図 3. ボッシュのプラットフォーム戦略の全体像
出典:インタビューに基づき著者作成
13
図 4. 三菱電機のプラットフォーム戦略の全体像
出典:インタビューに基づき著者作成
このような戦略が新興国で有効に機能しうるのは、標準化した IF による普及拡大とイ
ンテグレーションによる「ターンキーソリューション」の提供により、新興国のローカル
市場が求める「スピード」とコストや機能の「ニーズ」の両方を満たすためと考えられる。
スピードが求められるのは新興国でも同じである。しかし、新興国のローカルメーカーは
特に新技術に関しては先進国の外資系企業に比し知識ストックに乏しい。そこで他社に開
発を丸投げしてでも製品投入のためのリードタイムを短縮化し、まずは製品投入をしよう
とする。ターンキーソリューションであれば、自社専用の作りこみというプロセスを介さ
ずに、
必要な機能を選定するだけで機能面でのニーズに応えることが可能である。
加えて、
開発コストやそれに伴う労力(取引コスト)および量産効果によってコストが低減できる
というコスト面でのニーズも満たす。このローカルメーカーがもつ 2 つのインセンティブ
に対して、プラットフォームが有効に働きうるのである。一方で、プラットフォームを提
供する側も、新興国の成長スピードを普及ドライバーとして活用するとともに、プラット
フォームにロックインするための仕掛けにより付加価値を高めて、収益確保をより確かな
ものにすることが可能となる。
では、このような戦略を可能にするためにはどのような組織が必要であろうか。ここで
は簡単に 3 つ触れておく。一つには、本社と各国拠点の関係にあると思われる。プラット
フォームの構築は本社で行うにしても、モジュールとの組み合わせやソフトウェアの仕様
設定は各拠点の裁量の範囲にあり、それが可能なように拠点の独立性を持たせている。
しかしその一方で、本社の部門横断的組織における技術戦略も重要な役割を担っている
14
と考えらえる。ボッシュでは CAI において電子化という技術的動向の中で標準化を位置づ
け、標準化から収益を上げることができるビジネスを考案している。
最後に、顧客との取引関係の影響を触れておく。自動車産業において長く研究されてき
たサプライヤーシステムにおいては、日本企業は長期的な信頼のもとで設計・開発段階か
ら密接なやり取りをし、コスト削減と品質の作りこみをしてきたことが優位性につながっ
たと指摘されてきた。これに対し、欧米メーカーは競売などの市場スポット的・短期的取
引関係を中心に行ってきたため、開発から生産プロセス段階におけるコスト削減と品質の
作りこみには適してなかったと言われている。こうした日本的サプライヤーシステムの特
徴はいずれも OEM メーカーも部品メーカーもそれなりの技術水準に達している先進国で
の展開においては有効であったが、技術力が乏しいものの「スピード」と「コスト」ニー
ズを持つ新興国ローカルメーカーとの取引には限界があるのかもしれない。
6.残された課題と発展的議論
本稿で取り上げたケースは、プラットフォーム戦略という点では従来の研究の延長上に
ある。しかし、標準化してオープンにした IF をプラットフォームの一部として取り込み、
それを新興国で展開するという点で注目に値する。この戦略の記述と標準化を活用しつつ
グローバルに自社の収益確保が可能なメカニズムを考察したことに本稿の貢献がある。
しかし、なぜ両社がこのような標準化を活用できたのか、どのようにガバナンスしてい
るのかについては考察してこなかった。これらは残された課題の一つである。また、両社
の新興国での成否についても未知数であり、その点で可能性を示したことにとどまってい
る点も、今後の課題である。
こうした課題を踏まえたうえで、発展的議論を行うとすれば、このような戦略が新興国
産業(分業)構造へ与えるインパクトや新興国での産業ライフサイクルについての考察で
ある。この戦略は新興国メーカーの技術が未熟な段階において有効であるように思われる
が、産業が成熟していく段階にも同様に有効であるだろうか。日系自動車サプライヤーシ
ステムに優位性をもたらしたような信頼関係に基づく密接な作りこみが功を奏する可能性
もある。
いずれにしても、発展的議論をするためには、新興国市場での動きに注視してさらなる
研究を深める必要があるだろう。
謝辞
本稿の執筆においては非常に多くの方々のご協力をいただいた。残念ながらすべての
方々の名前を記すことはできないが、ボッシュ、三菱電機の方々は現地調査を含め数回に
わたるインタビューに快く応じてくださり、ここに深く御礼申し上げる。
15
注
1.
本稿は 2010 年度にインド、中国、欧州において行った計 4 回の現地調査に基づいて
いる。
2.
McKinsey, Automotive Electronics - Managing innovations on the road
3.
Mercer Consulting, Automotive Technologies 2010
4.
立本・高梨(2010)では、標準化リーダーのポジショニング戦略として①オープン化
による国際分業体制の構築、②ブラックボックスからのオープン領域のコントロール、
③必須特許化とライセンス化による国際分業、の 3 つを上げている。依存性のコント
ロールというと②との関連が深いように思えるが、①、③においても、中身をブラッ
クボックス化しつつ依存性を Active にすることが前提となっている。
5.
小川(2008)は事業戦略からみたプラットフォーム論を展開している。
6.
7-8 社の中国自動車会社(ローカル OEM が多い)の共同出資会社。
7.
Autosar の評価は CTA(Autosar 規格の認定管轄組織)から認定された第三者機関の
ほか、メーカーでも CTA の認定により自己評価・申告が可能となっている。
8.
シーメンスの Profinet は 2003 年に GB/Z(紹介技術)
、2008 年に GB/T(推奨標準技
術)、シュナイダーの Modbus もそれぞれ 2004 年、2008 年に、ロックウェルの
Devicenet も 2007 年に GB/T を取得している。
9.
インタビューより。
10. 設計院は自動車ばかりでなく様々な産業で存在した。
参考文献
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『日本経営システム学会誌』, Vol.26, No.3, pp.67-81.
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「産業用ロボットおよび FA システムの標準化戦略」研究・技
術計画学会第 22 回年次学術大会講演要旨集
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Cheltenham, UK, pp.1-16.
16
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