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2012年 秋号

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2012年 秋号
人 が 好 き・街 が 好 き
い き い き・は つらつ
訪 問 看 護 師 の み な さん を 応 援しま す。
秋
AUTUMN 2012
Vol. 8 No.3 通巻31号
[ランナップ]
●Basic Eye ─ 終末期医療における看取り ∼ end of life care ∼ ③:座談会
<司会>
高齢社会に求められる医療やケア
<出席>
意思決定の支援 <前編>
∼認知症・老衰の緩和ケアを中心に∼
川越 正平 先生(あおぞら診療所 院長)
会田 薫子 先生(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 特任准教授)
石飛 幸三 先生(世田谷区立特別養護老人ホーム芦花ホーム 医師)
佐々木静枝 先生(社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団訪問サービス課 課長)
清水 哲郎 先生(東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター 特任教授)
●QOLの観点から栄養を考える─第15回 監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長)
誤嚥性肺炎予防と口腔ケア
目黒 道生 先生(鳥取市立病院地域ケアセンター 歯科医長)
●看護協会発─ 私たち、こうやっています!
File19
病院から訪問看護ステーションへの看護師のリソース支援
兵庫県看護協会(兵庫県神戸市)
●行ってきました!─ 訪問看護師編
第14回日本在宅医学会大会・第16回日本在宅ケア学会学術集会 合同学術集会
REPORTER : 髙松 香
さん(元気の泉訪問看護ステーション 管理者)
●訪問看護Q&A─ 第7回
患者・家族からの苦情への対応
●FORUM
回答者 : 中山
康子 先生(NPO法人在宅緩和ケア支援センター虹 代表理事)
在宅における脳卒中後遺症患者への食の支援 …… 熊本リハビリテーション病院/訪問看護ステーションひまわり
終末期医療における看取り ∼end of life care∼③
座 談 会
意思決定の支援 <前編>
高齢社会に求められる医療やケア
∼認知症・老衰の緩和ケアを中心に∼
医療やケアはどこまで介入すべきか、尊厳ある生活とは何か、その
人らしい最期とはどのようなものか ──。医療技術が日々進歩し、
高齢社会を迎えた今、意思決定の支援は在宅医療・ケアにおいて避
けては通れない問題です。しかし、患者や家族の希望や意向、価値
観がはっきりしない場合や、医療的介入の妥当性や有効性の判断が
難しい場合、その判断は容易ではありません。在宅医療とは家で看
取るという意味での医療ではなく、
“その人らしく生活することを支
援する医療”であるという立場に立つと、そこに至る合意形成プロ
セスこそが大切であり、支援の柱となることは間違いありません。
本稿では医療倫理の専門家や第一線で高齢者医療・ケアに携わる
臨床家の方々にお集まりいただき、高齢社会に求められる意思決定
支援の在り方について、2号にわたり討議いただきます。
<司会>
川越 正平 先生
あおぞら診療所 院長
<出席>(五十音順)
会田 薫子 先生
石飛 幸三 先生
佐々木静枝 先生
清水 哲郎 先生
東京大学大学院人文社会系研究科
死生学・応用倫理センター 特任准教授
世田谷区立特別養護老人ホーム
芦花ホーム 医師
社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団
訪問サービス課 課長
東京大学大学院人文社会系研究科
死生学・応用倫理センター 特任教授
1970年代からアメリカで発達した
意思決定にまつわる概念
川越 本日は、終末期医療における「意思決定の支援」を
テーマに、哲学者として臨床倫理や臨床死生学を研究され
ている清水先生、医療倫理や死生学、医療社会学を研究
されている会田先生、世田谷区にある特別養護老人ホーム
(以下、
者の自己決定権法)という法律で法制化されています。もともとは終
特養)の常勤医であり、著書『「平穏死」
のすすめ』
で高齢者医療と介
末期の過剰な医療を避けることを狙って整備されたものですが、病
護の在り方に一石を投じた石飛先生、本誌編集アドバイザーで訪問
院で診療を受けるときに延命治療の希望の有無等を記載することに
看護師の佐々木さんにお集まりいただきました。
なっています。
それでは会田先生から、高齢者医療・ケアや終末期の意思決定に
川越 将来、変更したい場合には本人の意思で変えることも可能な
まつわる言葉について、その概念も含めてご説明ください。
のでしょうか。
会田 私は、終末期医療や延命治療、高齢者ケアの意思決定等に
会田 はい、可能です。
関する研究を行っています。
川越 清水先生、ACPとはどのような概念なのでしょうか。
意思決定にまつわる用語として、
「Living Will(生前の意思表示)
」
清水 私は哲学を専門としており、1980 年代後半以降は、医療現
「Advance Directive(事前指示)
」
「Advance Care Planning:ACP
場の方々と一緒に終末期医療にかかわる臨床倫理や臨床死生学を
(事前ケア計画)
」等の言葉があります。これらはいずれも1970年代
考える活動に携わっています。
以降、アメリカで生まれた医療倫理のなかで発達した概念です。
ACPとは、将来を見通して、あらかじめケアプランを立てること
Advance Directiveは大きく分けて、自分の終末期の意思を書面
です。本人や家族とケアを提供する側とが話し合いを重ね、患者や
に記した「Living Will」と、自分が意思決定できなくなったときの代
家族の人生観や価値観を理解しながらケアプランを組み立てていく
弁者を指名しておく「代理人の指名」に分かれます。そして近年生ま
という、過程を大事にした手段です。
れてきたのが、ACPの概念です。
会田 ACPを実践している国としては、オーストラリアとイギリス、
川越 実際には、どのようなタイミングでAdvance Directiveを作
ニュージーランドがあります。ただ、ACPはAdvance Directiveより
成するのでしょうか。
も時間がかかることと、医師だけで対応するのは難しいことから、
会田 アメリカの場合、The Patient Self-Determination Act(患
日本で日常的に行うのは難しいかもしれません。
2 Vol.8 No.3
意思決定に至るプロセスを重視
たため、私たちが「そろそろこういう時期です」と伝えると、
「死を望
んでいるのか」と利用者や家族から誤解されることもありました。
川越 在宅ケアの現場では、終末期に向かう過程において、患者
最近は終末期ケアがメディアで取り上げられる機会が増えてきた
や家族と対話を続けていくことは必然ですので、在宅ケア自体が
ので死生観も変わりつつありますが、日本人は死というものを基本
ACPだとも言えるかもしれませんね。
的に忌み嫌うところがあるようです。
清水 在宅では、「蘇生しますか、しませんか」ではなくて、もう少し
川越 諸外国の死生観についてはいかがでしょうか。
先の将来まで見通して、「どのような過ごし方をしたいですか」という
会田 一言では語れませんが、欧州の調査によると、口から食べら
話を実際に普段からされているということでしょうか。
れなくなって亡くなるのは自然なことであると捉えているようです。胃
川越 おそらく訪問看護師の多くは、そのように自然に患者に寄り
瘻による栄養摂取は強制栄養であり、本人にとっては虐待に相当す
添っていると思います。ただ、その方法が言語化されていなかったり、
る場合もあるという認識です。ところが日本では、口から食べられ
我流であることが多いので、ACPの概念を聞いて、
「あ、なんだ、
なくなったら自然死するという考え方は残酷であり、高齢者を切り捨
自分たちはACPをやっていたんだ」と気付く方もいるようです。
てるようなものだとする見方があります。また、家族の在り方を見ると、
石飛 私はもともと血管外科を専門としていましたが、現在は特養
東アジアに関しては日本と共通する部分があるようです。
で常勤医をしています。ACPについては、われわれも実際に現場で
石飛 胃瘻の問題には、死に対してしっかりと向き合えないという死生
行っています。
観や、問題を先送りにする体質が反映されているのではないでしょうか。
特養では、入所高齢者とは長い付き合いになります。状態が少し
私自身、急性期病院に勤めていたころは、食べられなくなったら胃
ずつ悪くなっていくたびに、自分で意思決定ができない人のために
瘻を造って生命を維持することは当たり前のことだと考えていました。
施設スタッフと家族がどうすべきかを検討するというプロセスを経て
ところが実際に特養で胃瘻の状況を目の当たりにして、老衰に医療
いきますが、まさにその過程を踏むことに意味があると考えています。
がどこまで介入して良いのかという大命題を突き付けられたような気
清水 Advance Directiveについても一人でただ漠然と希望を○×
がしました。
と記載するのではなく、かかりつけ医や家族とよく話し合って記入す
るように指定しているものもあり、プロセスを大切にするという方向
に傾いてきているようです。この方向を突き進むと、ACPに行きつく
がん終末期の死生観は大きく変化
高齢者の終末期ケアも過渡期に
のではないかと思っています。
川越 日本人の死生観は、時代とともに変化してきているのでしょうか。
川越 そうですね。ただ、実際に日本の在宅医療現場では、書面
清水 高齢者の終末期とがんの終末期の認識は、10年あるいは15
で意思を確認する以前に、どのようにコンセンサスをつくるかについ
年ほどずれているようです。1980年代はがんの終末期に対して、医
て悩んだり苦闘しているのが実状です。
師は少しでも長く生かすことを目指して一生懸命でしたし、一般市民
ところで、アメリカの場合は、こうした事前の意思表明は本人の
もそれが当たり前だと思っていました。どんな状態になっても、1分1
義務と権利のどちらと捉えているのでしょうか。
秒でも長く生きる方が良いという死生観があったのです。
会田 権利として謳われていますが、病院に行くと記載することに
1990年代に入ると、世界保健機関
(WHO)が緩和ケアに関する定
なるので、義務に近いかもしれません。
義を出し、日本でも1996年に緩和医療学会が設立されるなど、終
死を忌み嫌う日本人の死生観
終末期の胃瘻問題にも反映
末期医療を巡る情勢が変わってきました。さらに1980年代の終わり
から1990年代にかけては「スパゲッティ症候群」という言葉も広がり、
いたずらな延命治療はすべきではないという論調が広まっていきま
川越 終末期の意思決定の形やプロセスの違いには、文化の違い
した。特にがん終末期の場合は、過剰な医療を行わずに残された
という側面のほかに、死生観の違いも大きく影響しているのではな
時間を充実させたい、家族と一緒に静かに過ごしたいという考え方
いかと推測されます。在宅の豊富な臨床経験をお持ちの佐々木先生、
が次第に市民権を得ていきました。
日本人の死生観についてはどのように捉えておられますか。
近年、高齢者や胃瘻の問題についても、これで良いのだろうかと
佐々木 私は訪問看護の世界に入って約24年経ちますが、まず日
問題提起がなされています。現在は、高齢者ケアに対する死生観
本人は死生観を持っているのだろうかというのが私の疑問です。
の過渡期であるように感じています。
私自身、訪問看護師になったばかりのときには、死の準備教育は
川越 がんの終末期医療については、確かに1990年代以降、大き
全くありませんでしたし、利用者も死生観を持ち合わせていなかっ
く変わりました。
2012 年 秋号
3
終末期医療における看取り ∼end of life care∼③
座 談 会
意思決定の支援 <前編>
高齢社会に求められる医療やケア
∼認知症・老衰の緩和ケアを中心に∼
ところで、日本には東アジアと
共通した死生観が見られるという
ことですが、欧米とはどのような
点が異なるのでしょうか。
川越 正平 氏
会田 薫子 氏
石飛 幸三 氏
佐々木 静枝 氏
清水 哲郎 氏
会田 まず、個人よりも家族単位で考えるという点は西洋と東洋の
思っています。
大きな違いです。
しかし、いったん入院すると、医療的な介入が続くことで自宅に帰
川越 西洋では、個人主義がより重視されているということでしょうか。
れなくなる場合が少なくありません。加齢現象に伴う症状に医療が
会田 そのとおりです。日本における延命治療に関する調査では、
どこまで介入するかという問題は、まだ議論し尽くされていないため、
自分の場合は延命治療を望まない人が8~9割であるのに対して、
できれば本人が希望する場所で療養できることが望ましいと考えて
家族の延命治療を望まない人は5~6 割という結果が出ています。
います。ただ、本人の希望する場所が在宅である場合、それを支え
この数字の開きは、世間体もありますが、自分のためであることの方
る介護問題が生じることが悩みでもあり、今後の大きな課題です。
が大きな理由のようです。事実、胃瘻や人工呼吸器の導入理由に
川越 療養場所が変わることで不利益が生じるリロケーションダ
ついて、現場の医師は「家族の強い希望」を理由に挙げるケースが
メージ ※1の問題もあるので、本人の希望する場所で過ごすことは大
少なくありません。
切です。施設や在宅から病院に救急搬送されると、搬送先では本
自分では受けたくない医療行為を家族には受けて欲しいと思うの
人の意思を確認できないことから、医療介入せざるを得ない状況と
は家族のエゴといえる場合もあると思いますが、日本ではこのエゴも
なり、過剰医療に陥ってしまう問題もあります。この医療的な介入と
“家族愛”
と呼んでいるのです。
のバランスについて、石飛先生の施設ではどのように対応しておられ
佐々木 自分の死については受け入れられても、自分以外の人、特
ますか。
に家族の死を認められないという感情が、死生観につながっている
石飛 特養は看取りをしてこそ存在価値があると思っていますが、
のかもしれませんね。
介護保険制度施行後、特養では医療的なケアができなくなってし
清水 医師にも、自分の場合は望まない胃瘻を患者には造るという
まったため、肺炎になると病院に搬送せざるを得なくなりました。病
ずれが見られるようですが、これは家族の場合と同じ理由でしょうか。
院では肺炎が治ると胃瘻を造って退院させますので、2 段階も3段
会田 その点について調査をしたところ、医師は自分の価値観より
階も状態が悪くなって帰ってくるのです。
も、世の中の流れや法律的な観点から、どちらかと言うと保守的な
ところが、そんなときに「女房に胃瘻を造って生かしたら恩を仇で返
方向を選択するようです。
すことになるから、胃瘻は絶対造らない。1日3食、自分が食べさせる」
石飛 医師の多くは、医療現場で忸怩たる思いを抱えながら選択
といって、特養に毎日通って食事介助に当たった男性がいました。
の場に対峙しているのが実状だと思います。
施設では、朝7時に起床し、7時半から食事というように、職員側
困難事例への対応
希望と生きる力に寄り添うケアを
のタイムスケジュールにそって 1日の行動が決められていました。しか
し、その男性は、奥様が眠っていたらそのままにして、本人が目を覚
まして食べたいと言えば食べさせるというスタイルで介護をされていま
川越 在宅では、本人や家族の価値観や死生観等がケアの意思決
した。この男性の姿を通して介護士たちも勉強し、施設全体が本人
定に大きくかかわってくることから、紋切型では解決できない事例
のリズムに合わせて介護をするという雰囲気に変わっていきました。
が多々あります。
この奥様はその後 1 年半ほど穏やかに過ごし、最期の日の朝、
認知症等で意思を表明することが難しい人の意思決定をどのよう
静かに息を引き取りました。驚いたのは、点滴を一切せずに1日
に行うのか、あるいは、独特の希望や死生観を持つ家族にどのよう
平均約600kcalの食事であったにもかかわらず、最期の日までおむ
に対応するのか。こうした困難に直面した場合、どのように対応した
つに尿が出ていたことです。これは、急性期病院では見たことのな
ら良いのでしょうか。
い世界でした。人間の自然死とはこういうものだということを初めて
佐々木 それぞれの家族の考え方は多様ですので、徹底して本人
経験させていただきました。
や家族の希望に寄り添うことがわれわれ訪問看護師の仕事だと
現在は、無理に入院させず、もし入院した場合でも、肺炎が治っ
4 Vol.8 No.3
※1:住んでいる環境が変わることで、新しい環境や人間関係の変化にストレスを感じ、心理的な不安や混乱から心身に障害等が生じる現象。
たら早期に施設に帰していただき、食べる力が残っている人には経
ことができて良かったと思っています。石飛先生がおっしゃるように、
口摂取ができるようにケアを行っています。
どのような最期を迎えるかという観点で考えることが必要なのですね。
また、家族が食事をしなくなって次第に痩せていく姿を見るのは
悩ましい予後予測の難しさ
“人生の締めくくり方”
をサポート
辛いことですが、訪問看護師の「こうやって自分の体の中のものを
使って最期の命の灯を燃やし尽くしていくのが、本人にとっては一
川越 そのほか、在宅では予後予測の難しさが問題としてあげられ
ます。特に非がん患者の場合は回復する可能性があるため、あきらめ
てはいけないケースもあります。過剰な医療介入が利益になるとは思
えませんが、一方で、例えば胃瘻を造設することで栄養状態が改善
番楽なんですよ」という言葉で、家族は支えられたのでした。
口腔ケアで劇的に回復する例も
回復可能性を見逃さない視点を
して元気になり、経口摂取ができるようになるまで回復する人もいます。
川越 今、先生方がおっしゃったのは、まさにLynnの死の3つの
佐々木 そうですね。胃瘻によって経口摂取が可能になる方もい
軌道※2の話ですね(図)。高齢者の場合、肺炎が生じるのは明日か
らっしゃいます。いずれにしてもQOLを考え、皆の総意の下に決め
もしれないし、半年後かもしれないわけです。低下した機能が回復
ていくことが大切です。
するかどうかの予測が難しいというのは、必然の問題なのです。
石飛 問題となるのは、意識がない人の場合です。
再び食べられるようになった患者の経験は、私自身もあります。
清水 医師は、栄養補給によって回復可能な患者かどうかを、あ
認知症で寝たきりだった90代の患者で、あるとき何も食べられなく
る程度見分けられるものでしょうか。
なってしまったのですが、訪問歯科が入って口腔ケアを行ったところ
川越 介入によって例えば命が 1カ月延びると予測された場合、そ
食べられるようになり、1年半存命されました。今ほど口腔ケアの重
れがその患者にとって快といえる状態かどうか、延命は苦痛にしか
要性がまだ十分認識されていない 6~7年前のことですが、その変
ならないかどうかを捉えられるような働きかけを心がけています。も
化は劇的でした。
ちろん、命の長さが最重要ではないことは明白です。
石飛 私が施設で勤務し始めたころ、それまで週2回の非常勤だっ
石飛 高齢者の場合、80年、90年、100年と長生きされてきた方々
た歯科衛生士に常勤で口腔ケアに入ってもらうようにしたところ、誤
ですから、1カ月の延命という単なる時間の長さではなく、最期をど
嚥性肺炎が大幅に減りました。無理やり食べさせないということと、
のように締めくくるかという観点で考えるべきではないでしょうか。
口腔ケアを徹底して行うということが、誤嚥性肺炎を予防する鍵だ
清水 私の義母が胃瘻を造るかどうかの判断を迫られたとき、結局、
と実感しました。
娘である妻の判断で造らないことにしましたが、やがて回復して、
佐々木 私も脳梗塞と心不全でターミナルだと診断された80代の
口から食べられるようになりました。その後3年ほど在宅とごく小規
男性が、口腔ケアによって回復した例を経験しました。訪問看護に
模の家庭的な施設を行ったり来たりしながら過ごし、誤嚥性肺炎に
入った当初は、入院先の病院で疥癬に感染したため発話もできな
なることもなく、食が細くなっていって、穏やかに最期を迎えました。
い寝たきりの状態であり、胃の手術をしていたので経鼻栄養でした。
この経験から、高齢者の終末期の予後予測の難しさを感じました。
ところが、家族やお手伝いさんも含めて皆で口腔ケアを行ったとこ
終わりのころの食べなくなってきた時点で、もし胃瘻を造っていた
ろ、経鼻胃管を抜いて口から食べられるようになり、最後は軍歌も
らもう少し長く生きられたかもしれませんが、私も妻も、自然に逝く
歌えるほどに回復して、2 年後に亡くなりました。
図 死に至る3つの軌道 ―がん、臓器不全、老衰・認知症―
石飛 しかし、残念ながらアルツハイマーの場合は回復は厳しいよ
うです。回復の望みがある程度残るのは、脳血管障害の人が多い
という印象を持っています。
高い
佐々木 脳血管障害でも嚥下機能が保たれていれば、回復の可能
機能
性が幾分残されていますが、アルツハイマーの場合は悪くなってい
く一方ですから難しいですね。
死
低い
経過
がん
臓器不全
老衰・認知症
Reproduced from [Palliative care beyond cancer: care for all at the end of life.,
Murray, SA. et al., Vol.336 No.7650, 958-959, 2008]with permission from
BMJ Publishing Group Ltd.
※2:2003年にLynn J によって提示された、死に至るパターンを3つに類型化した概念。
川越 基礎疾患にもよりますが、私自身は、回復可能性を見逃して
いないだろうかということや、今の生きている状態を本人がよしと思
える範囲なのか、辛い状況なのかを捉えられるよう、小さなサイン
を見逃さないようにして診療に携わっています。
(次号へ続く)
──次号(冬号)
では、意思決定をサポートする枠組み作りの現状を考察します。
2012 年 秋号
5
高齢者にとって誤嚥性肺炎は、生命予後も含めた生活の質を左右する大きな問題です。
近年、歯科領域の研究により、口腔ケアが誤嚥性肺炎の予防に大きな効果を示すことが明らかになってきました。
今回は、急性期病院内に口腔ケアを専門とする歯科を設けて誤嚥性肺炎の予防に取り組んでいる
鳥取市立病院の目黒道生先生に、口腔ケアによる誤嚥性肺炎予防と、その取り組みについてお伺いしました。
から
QOLの観点から
栄養を考える 第
15回
監修:川越正平 先生(あおぞら診療所 院長)
誤嚥性肺炎予防と
口腔ケア
目黒 道生 先生
鳥取市立病院地域ケアセンター 歯科医長
■食べることに対する視点
見逃せない誤嚥性肺炎の問題
ち、肺炎患者は約500人です。
食べるという行為は、人間にとって栄養
高齢者であり、その年齢分布
補給であり、医学的に重要なことはいうま
にはほとんど違いがないこと
でもありません。また年齢を問わず、食べ
から、肺炎患者の多くは誤嚥を起こして
ることは生活上の楽しみであり、QOLの
いる可能性が推測されます。
さらに1999年にLancet誌に発表され
観点からみても非常に大切な行為です。
一方で誤嚥性肺炎は、適切な口腔ケア
た米山武義先生らの研究では、口腔ケ
もしも食べることについての視点をお
によって発症を防ぐことができます。歯科
アを行った群と行わない群とを比較し、
ろそかにすると、例えば認知症患者の
領域の研究では、次の3つの効果が示さ
口腔ケアによる介入で40%の肺炎予防効
ケアにおいて様々な周辺症状が出てきた
れています。
果を示したことが報告されています。
り、認知症自体が悪化したり、新たな
・口腔ケアにより、口腔と咽頭の細菌数
このように、口腔ケアによって歯や粘
合併症につながる可能性が出てきます。
また高齢者では、食べることに関連して、
院内で起こっている肺炎も市
中肺炎も、患者の大部分は
が減少する。
膜の清掃をしっかり行って摂食嚥下機能
・口腔ケアで口腔機能が改善し、食事
誤嚥性肺炎の問題が見逃せません。誤
量が増え、栄養状態の改善が図られ、
嚥性肺炎は、
口腔内の細菌や唾液が誤っ
免疫能の向上につながる。
て気道に入ることで起こる肺炎です。当
・このような口腔ケアを継続することによ
院では、年間約6,000人の入院患者のう
り、要介護高齢者の嚥下時間が短縮
図 鳥取市立病院における歯科の役割
地域
様々な病態の
入院患者へ対応する
地域支援・緩和病棟
他疾患合併患者の
オープンシステム
各
診
療
科
・医科と歯科の連携
・入院下での治療
説明
患者紹介
による
協力関係
近隣の
歯科医院
歯科医師会
地域の
歯科医院
■急性期病院内に歯科を設立
口腔ケアで全身疾患を予防
口腔ケアの支援
専門とする歯科を設立しました(図)
。そ
能を高めることにより、全身疾患の予防
や健康状態の維持・向上を実現し、入院
患者のQOLを向上させることです。
具体的には、入院患者の口腔ケアをは
外部医療機関
介護老人
保健施設等
シームレスな退院支援
の総合病院としてはじめて、口腔ケアを
じめ、退院後の継続的な口腔ケア、嚥下
コメディカル
自 宅
提供/鳥取市立病院 目黒道生先生
Vol.8 No.3
有効であることが分かってきています。
の目的は、口腔ケアによって摂食嚥下機
歯科
・説明
・退院支援
6 を高めることが、誤嚥性肺炎の予防に
当院では、2010年4月から鳥取県内
鳥取市立病院
・感染管理
・機能回復
・栄養管理
し、誤嚥の予防につながる。
機能の診断と治療、およびがん治療や緩
和ケアへの参加を主な業務としています。
対象となるのは、主に以下の患者です。
・ 誤嚥性肺炎の予防が必要な入院患者
・ 外来化学療法を受けている患者
・ 放射線治療を受けている患者
の状態を理解しておくことも必要です。
3つめは、嚥下の状態に合わせて、咽
頭の吸引や口腔内の拭き取りを行うこと
です。また、口腔ケア後に必ず吸引をす
ることです。口腔内の汚れを取る過程で、
地域支援・緩和病棟の全体カンファレンス。口腔ケアチームをはじめとした、院内の10
のケアとリハのチームのほか、対象患者を担当している病棟看護師も参加します。各専
門領域の視点からみた患者の状態を報告し、情報を共有した上で、患者が退院して地
域に戻るための過程を検討します。
歯科医師と歯科衛生士が、口腔ケアが必要な院内
の患者すべてを回診します。回診後は、病棟の看護
師に口腔ケアに関する指示や助言を行います。
唾液中に細菌が落ちます。この細菌をこ
のまま放置しておくと、それを誤嚥してし
まう可能性があります。
口腔ケアの具体的手技は多岐にわた
全身疾患を対象とした口腔ケアに特
りますが、それらを駆使するためには、
化した背景には、当院が地域の急性期
以上の 3 つの条件
(痛みを与えない、嚥
病院であることのほか、地域特性が要
下機能の状態を知る、吸引をする)
を押
因としてあげられます。
さえておく必要があります。
鳥取県東部地域では、高齢化と過疎
化とともに医師と看護師の数が不足して
います。地域で患者を診る医師もそれを
サポートする看護師も、人手が足りませ
嚥下カンファレンスは嚥下リハと口腔ケアの2チームのスタッフが
集まり、患者の嚥下や口腔に関する情報を共有・検討します。また
同院では、すべての胃瘻造設患者が歯科に紹介され、その患者の
嚥下状態を検討し、本当に胃瘻が必要なのか、回復する見込みが
あるのかについても評価します。
■地域支援緩和病棟の可能性
在宅との連携が今後の課題
ん。また、今後は高齢者の増加とともに、
口腔ケアを中心的にマネジメントするの
当院では、2011年10月から、誤嚥性
易感染性患者の増加が予想され、感染
は歯科衛生士ですが、ケアの主体は看護
肺炎等の急性疾患治療と並行して、高
症に対するケアが求められるようになる
師です。難症例については歯科衛生士が
齢者の生活機能の維持と回復のために、
でしょう。当院では県東部地域の中核
アドバイスをしますが、基本的には看護師
口腔ケアチームをはじめ、院内の様々な
病院の歯科として、
(よりリスクの高い急
がスキルを身に付けて口腔ケアを行うこと
チームが協働してケアに携わる
「地域支
性期病院の入院患者を対象にした)
口腔
が大切です。
援・緩和病棟」
という活動を始めました。
ケアによる介入や医科・歯科連携によっ
口腔ケアを行う際は、はじめに患者に
「地域支援・緩和病棟」
は、院内に固有
て、よりリスクの高い入院患者を対象に
対するケアの困難さを見極めることがポ
の病床があるわけではなく、
“架空の病
サポートをしていきたいと考えています。
イントです。その上で、ケアが難しい場
床”
です。患者がこの病床に指定される
そのため、当院では入院中の65歳以
合は、歯科衛生士が早期に介入をする
と、院内のNST、感染対策、呼吸療法、
上の患者全員に総合評価を行い、これに
必要があります。特に患者が口を開けて
褥瘡・排泄、口腔ケア、地域連携、緩和
基づいて嚥下リハビリテーション
(以下、
くれない場合は、口を開けてくれない理
ケア、
嚥下リハ、
PTリハ、
OTリハの10チー
リハ)
も含めた口腔ケアを必要とする人を
由や原因を見極めなければなりません。
ムが必ず介入し、初日からケアやリハを
抽出して、ケアと嚥下リハを行っています。
口腔ケアを行う上で重要なポイントが
開始します。現在、
院内で15人ほどが「地
3 つあります。1 つめは、患者に痛みを与
域支援・緩和病棟」の患者に指定され、
えないことです。一度痛みを感じてしま
多職種によるチームケアを受けており、
うと、次からは口を開けてくれなくなって
ここでも口腔ケアチームが大きな役割を
しまう患者は少なくありません。ですか
示しています。
当科には現在、歯科医師と歯科衛生
ら、どんなに口腔内が汚れていても、痛
誤嚥性肺炎の予防をはじめ、歯周病
士が各2名、看護師1名が所属していま
みを与えないケアの手技を覚え実践する
と全身疾患の関連性等、近年の研究に
す。しかし、実際に現場で患者に口腔
ことが重要です。
より、歯科の知識や技術が医療と連携
ケアを行うのは病棟 看護師です。これ
2 つめは、患者の嚥下状態を知ること
することで、これまで以上に患者のQOL
は当院の看護部長の
「口腔ケアは看護師
です。誤嚥性肺炎は飲み込みの不具合
を向上させることができるようになってき
の重要な仕事であり、ケアの一環である」
で起こる疾患です。そのため嚥下機能
ました。在宅においては、ケアの中心と
という考え方にあります。ゆえに当科は、
が健全な人は、どんなに口の中に細菌
なって患者を支えている訪問看護師の皆
院内で口腔ケアを行う病棟看護師の支
があっても、誤嚥性肺炎を起こしません。
さんを、歯科としてどう支援していける
援に徹しています。
ですから、口腔ケアを行う際には、患者
かが、今後の課題と考えています。
■口腔ケアのテクニック
臨床で大切な3つのポイント
2012 年 秋号
7
在宅医療は
“多職種協働”時代への転換期を迎えています。
本コーナーでは連携の重要性に注目し、様々な施設・団体を取り上げ、その活動を随時紹介していきます。
看護協会発
............. File
19
病院から訪問看護ステーションへの
看護師のリソース支援
兵庫県看護協会(兵庫県神戸市)
大久保礼子さん
兵庫県看護協会
専門的かつ高度なスキルを
務に手一杯で研修会等に出ら
すると、依頼者側は1回につ
地域のために生かす
れない訪問看護師が、
スペシャ
き謝礼5,000円
(講演会講師
専門看護師
(CNS)
、認定看護師
(CN)
リストから実践的な研修を受け
は1時間あたり1万円)
と交通
の専門的スキルを少しでも広く活用するこ
ることが可能になりました。
費
(実費)
を支払って、研修を
受けるという流れです。
とはできないか ── このスキルを地域の
リソース
(資源)
として捉え、地域で活用し
専門的スキルを持つ看護師の
現在、この仕組みの存在自体の認知
ていく画期的な取り組みが、兵庫県看護
活躍の場を広げる
度が低く、まだ十分に活用されてはいま
協会主導の下で行われています。
ネットワークを推進してきた兵庫県看護
せん。しかし、一度利用した施設から再
兵庫県は瀬戸内海と日本海に面する県
協会の大久保礼子さんは、次のように話
び依頼が来ることは珍しくありません。
であり、看護師数は南部の都市圏に多く、
します。
「自分たちの行ったケアが本当に良かっ
北部は不足している状況です。このような
「CNSやCNが知識や情報を幅広く伝え
たのか、専門知識を持つ人とともに振り返
現状において、小規模な訪問看護ステー
たいと思っても、個人での活動には限度
りができるので、研修を受けた施設から
ションでは人手不足やコストの問題等のた
があります。そこで、志のある看護師が
は喜ばれています。一度でも利用してい
め、学会や研修会に参加する機会が制
地域で活躍するには、看護管理者の理
ただければ制度の良さをわかっていただ
限されています。
解とともに看護協会のような組織がまず
けるので、今後も積極的にアピールしてい
一方、県内では、自分たちのスキルを地
はシステムを作ることが必要だと考えまし
きたいと考えています」
域のなかで生かしたいと考えるがん専門の
た。活躍の場が広がれば、CNSやCN自
看護師たちが自発的に組織を立ち上げて
身のスキルアップにもなりますし、地域全
魅力は、講師と膝を突き合わせて
いました。この活動を兵庫県看護協会が
体の看護の質向上にもつながるのではな
話ができること
支援するようになったことで、多彩な人材
いかと考えたことが始まりでした」
訪問看護ステー
が登録するネットワークへと発展していった
2012年6月時点で、CNS 8名、CN101
ションマザー(加古
のが、2009年に立ち上げられた「CNS/
名、看護管理者22名の計131名が、この
川市)管理者の幸
CN/看護管理者ネットワーク」です。
ネットワークに緩和ケア、感染管理、皮膚・
田まゆみさんは、ス
このネットワーク活動の目的は、専門的
排泄ケア等、様々な専門分野の
“リソース
タッフのスキルアップ
スキルを有する人材を施設の枠を超えて地
ナース”
として登録しています。リソースナー
を図るためにリソー
域へ派遣し、そのスキルを県全体で効果
スの専門性と所属は看護協会のホームペー
スナースを積極的に
的に活用しようというものです。兵庫県内
ジ上に公開されています。県内の医療機関
活用したいと考えて
の医療機関等からの依頼に応じて、ネット
であれば、誰でもリソースナースの派遣依
います。在宅患者の疾患像は多様なため、
ワークに登録しているCNS・CNが依頼の
頼を申し込むことができます。申し込みを
訪問看護では幅広い知識が求められます
あった施設に出向いて研修会や実習等を
受けた看護協会は専門領域と地域を考慮
が、
訪問看護師は、なかなか情報を得られ
行うことで、知識や技術を伝えています。
して適任者を選び、講師へ派遣を依頼し
ません。小規模な訪問看護ステーション
このネットワークの活用により、日々の業
ます。講師が看護協会からの依頼を受諾
がスタッフを頻繁に研修に出すことは、時
8 Vol.8 No.3
幸田まゆみさん
訪問看護ステーションマザー 管理者
訪問看護ステーションでの
リソースナースによる感染対策研修
長田さんは持参した手洗いキット
を広げます。特殊なローションを手
にまんべんなく塗り、流水と石けん
で手を洗った後にブラックライトを
「手洗いは感染対策の基
当て、ローションが残っているかど
本中の基本です」―― そう
うかを調べます。
「きゃー、汚れて
話し始めたのは、製鉄記念
る!」という驚きの声が次々と上が
広畑病院の感染管理認定
ります。指先、指の間、そして意外
看護師、長田勝利さんです。
と汚れているのが手の甲……。手洗
この日は、訪問看護ステー
い時の注意すべきポイントを、長田
ションマザーで行われる、
さんとマザーのスタッフは目で見て
2度目の研修会です。平日の夜18時、事務所の一室には、1日の業
務を終えたマザーのスタッフ全員が集まり、
「訪問看護における
感染対策」をテーマに約1時間半の研修が行われました。
まずは感染対策の基礎である標準予防策について、長田さん
はスライドを使って解説します。「手袋の着脱一つとっても、誤っ
た方法で行うと自分の手の常在菌を手袋にうつしてしまいます。
訪問先の環境は様々なため、感染管理の意識は重要です」という
長田さんの言葉に、自分たちのやり方はどうなのか、次々と質問
が飛び出します。
基礎知識の研修が終わると、いよいよ実践編です。まずは標準
予防策の基本である手洗いがうまくできているかを確認するため、
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
リソースナースを活用した
確認していきます。
さらに、身の回りの物がどれくらい汚れているかを、専用の検
査機器でチェックします。冷蔵庫や電子レンジの取っ手、ごみ箱、
携帯電話等、手で触れる部分は軒並み汚れが目立ちますが、最も
汚れていたのはスタッフの結婚指輪。驚きの結果に、
「これは気を
つけないと!」と、全員が気を引き締めます。
その後は手洗いや消毒の正しい手順や方法、洗うタイミング
等を整理して、研修会は終了しました。「訪問看護師が菌の媒介
者にならないためには、細心の注意が必要です。実際に研修を
受けて自分の目で見て確認できたことで、手洗いがいかに大切
かが改めてよくわかりました」と感想を話すスタッフは、充実し
た表情でした。
間的にもコスト的にも難しいのが実情で
わかります。今後も緩和ケアや
年度からは同じ専門領域
す。そういう状況にあって、
「専門知識の
認知症等の研修を企画し、知識
の看護師同士が協力して
ある方に指導に来ていただけるこの制度
と技術を身に付けていきたいと
行う社会貢献活動に力を
は、願ってもないものでした」と幸田さん
考えています」
注ぐようになりました。が
はいいます。
一方、研修の講師を務めた感
ん専門の看護師が市民講
何よりも、講師と膝を突き合わせて話せ
染管理認定看護師の長田勝利さ
座を開くなどの活動を、積
長田勝利さん
ることが魅力だと、幸田さんは考えています。
ん
(製鉄記念広畑病院:姫路市)
「知識は、本人が納得しなければ身に
は、訪問看護ステーションに自ら
付きません。この研修では、日ごろから疑
出向くスタイルの
“アウェイでの研修”
にこ
を一般市民にも共有してもらえれば、地
問に思っていることを一つひとつ確認でき、
そ、大いに意味があると感じています。
域の健康ニーズに応えられるのではない
“あの時はこうすれば良かった”
という具体
「依頼先の施設に出向くと、知らない人
か」
、また
「看護の見える化を進めたい」
と、
的な気付きがたくさん得られます。スタッフ
が大勢いて質問しづらい講演会とは雰囲
大久保さんは期待を込めています。
も研修を楽しみにしていて、研修後にはモ
気や緊張感が違うため、普段どのようなこ
さらに、訪問看護の分野でも活用の道
チベーションが上がるのが、見ていてよく
とに困っているのか、ざっくばらんに様々
はまだあると、大久保さんは考えています。
な質問が飛んできます。一方的に話す講
「2012年度の診療報酬改定では、専
演会とは違って双方向でやりとりができる
門性の高い看護師との同行訪問に評価
この方式は、生の声が聞けるため、とて
がつきました。これからは訪問先へ一緒
も有意義に感じています」
に行くことも視野に入れていくと、さらに
製鉄記念広畑病院
感染管理認定看護師
極 的に支 援しています。
「看護技術というリソース
活用の道が開けるのではないでしょうか」
マザーでは、母親でもあるスタッフのために、研修の間は子ども
たちが別室で遊べる環境を整えています。
看護のスキルをリソースとして
看護師のスキルをリソースとして地域で
地域でシェア
シェアする──新しい発想から生まれた
「CNS/CN/看護管理者ネットワーク」で
兵庫県発のネットワークは、大きな可能性
は、リソースナースの派遣以外にも、2 011
を秘めています。
2012 年 秋号
9
師編
護
訪問看
第14回日本在宅医学会大会・
第16回日本在宅ケア学会学術集会
合同学術集会
現実に向き合って経験を語る
被災地の方々の言葉に共感しました
髙松香さん
元気の泉訪問看護ステーション
管理者
2012年3月17~18日、日 本 在 宅 医
今回は誌面の都合上、特に印象に残った演題につ
学会と日本在宅ケア学会による合同学術
いてご紹介したいと思います。
集会が、東京で開催されました。東日本
まずは、在宅ケアの現状と課題について、原礼子
大震災から約1年後の開催となった今大
先生
(慶應義塾大学)による日本在宅ケア学会の会長
会のテーマは
「日本復興のための在宅医
講演「在宅ケアのかたち」
を拝聴しました。在宅ケア
療・在宅ケア」
と設定され、幅広い職種が
の人的・制度的充実は着実に進んできたものの、実
参加しました。復興に向けて在宅医療・
際には本人や家族が真に満たされているとは言い難
在宅ケアに携わる専門職が何をなすべき
い現状です。この現状を踏まえた上で、原先生は、
かについて考える場となった今大会のリ
在宅ケアが大きな転換期を迎えている今こそ、
“本人・
ポーターは、岩手県久慈市で訪問看護
家族のため”
という在宅ケアの基本に立ち返るべきで
あると提言しました。また、今回の震災については、
ステーションの管理者をしている髙松香
さんです。震災を経験した当事者の視点
からリポートしていただきました。
久慈市が管轄する訪問看護ステーション
で管理者を務める立場から、学会の模様
を伝えていただきました。
“本人・家族のため”
というケアの基本に立ち返る
私が勤務する訪問看護ステーションは、東日本大震災で
被災地では在宅ケアの仕組みが破壊され、その仕組
みを基本から組み立て直そうと必死に努力をしてい
る被災地の人々の言葉にしっかりと耳を傾け、その経験を語
り継いでいく必要があると、会場へ呼びかけました。
被災した岩手県久慈市にあります。地域には今も災害の爪痕
当事者の言葉で、被災地での経験を語り継ぐ
が残るなか、訪問看護師として自分にできることは何かを日々
大会長の言葉を受け、自らが被災しながらもケアに取り
自問しながら、この1年を過ごしてきました。こうした状況のな
組んだ当事者の経験を語り継いでいこうと企画された演題
か、今大会に参加したことによって、自分自身の震災における
が、リレー講演「これまでそしてこれから 被災現地からの発
経験を改めて振り返ることができ、当市に必要な連携の
信」
です。
在り方を考えさせられた貴重な2日間になりました。
宮城県名取市で保育所所
長として 勤 務していた佐竹
2学会による合同開催により、医療、介護に携わる幅広い職種が一堂に会して、
在宅医療・ケアの現状、課題についての意見交換が行われました。
悦 子さ ん は、地 震、津 波、
火災と、3度の死を覚悟した
1日だったと、災害当日を振
被 災 者 が 辛 い 経 験と
正面から向き合うこと
の困難さを知る髙松さ
んは、被災地の現状や
今後の課題を自らの経
験を通して会場へ訴え
かける演者の言葉に共
感したそうです。
り返りました。保育 所 の周
囲には高台がないため、職
員は昼寝中だった子どもた
ちを寝間着姿のまま2km先
の小学校へ避難させ、翌朝
は子どもたちに惨状を見せ
ないようにしながら、避難先で通常保育に
徹したそうです。その後、佐竹さんは仮設
住宅の支援に携わり、自殺者・孤独死を出
さないようにと、生活再建に向けた支援に
10 Vol.8 No.3
取り 組 み ました。ま た、
される法律改 正を踏まえた今後の在宅ケアの展
連日のように遠方から訪
望」では、連携における制度面の課題について検
れるボランティアに対し、
証されました。平成24年度診療報酬・介護報酬同
「支 援を 受け入れ ないと
悪いな」
「失礼にならない
ように」
と気を遣う被災者
時改定では、中重度者の在宅生活を看護と介護
髙松さんは震災翌月から市の訪問看護ステーション管理者となった
ことをきっかけに、地域連携を取れる体制を作っていきたいと考え、
ポスター会場では各地の取り組みをメモしていました。
の心情等、避難所生活の
の連携によって支えようと、定期巡回・随時対応
サービスが新設されました。これは看護と介護の
連 携を評 価する画 期的な制 度である一方、この
現 実 を 紹 介しました。そ のほか、そ の土 地 の方 言 である
サービスを他事業所との連携によって行おうとした場合は、
閖 上弁で一人ひとりと対話をしながら、元の生活へ戻ってい
看護の訪問回数が多くなるほど費用対効果が出せないとい
ただくための努力を重ねたという話は、私自身の避難所で
う矛盾をはらんでいることも指摘されました。
ゆりあげ
の経験とも重なり、心に残る講演でした。
さらに、3カ所の訪問看護ステーションが全壊する被害を
相手の言葉に耳を傾けることが、連携の第一歩
受けながら行政の医療・介護ボランティアに参加した岩手県の
今大会に参加して大きな収穫だったと感じていることは、
齊藤裕基さん(株式会社ウェルファー)
、福島県で原発事故に
合同開催により、医療とケアの双方の話を聞けたことです。
よる避難者の心のケアに取り組んだ三瓶弘子さん(福島県相
職種は異なっても、私たちの提供する医療・ケアの目的が本
双保健福祉事務所)の講演では、どちらも震災経験を次につ
人・家族のためであることは共通しています。自分たちの提
なげていこうと活動をされている姿に、感銘を受けました。
供しているサービスが、本人や家族のために本当に役立って
医療・介護の連携を模索する議論を展開
今大会で印象的だったことは、多くの演題で多職種連携
いるのかどうかを自らに問い直 す多職 種の 強い思いが伝
わってきて、刺激を受けました。
また、全体を通して
“連携”
という言葉をよく耳にしましたが、
の在り方が議論されていたことです。
普段のネットワークが災害等の非常時に生きてくるということ
ワークショップ「在宅医療連携拠点事業」では、厚生労働
は、私自身も今回の震災で感じたことです。困ったときに連
省のモデル事業による取り組みが紹介されました。このモデ
絡を取り合える関係を築いておくためには、自分たちの要求
ル事業を受託した別府市医師会訪問看護ステーションは、
を伝えるだけではなく、相手がどんなことに困っているのか、
医療・福祉間における課題を具体的に抽出し、その対策とし
何を必要としているのかを聞く姿勢も必要だと思いました。
て、多職種が交流する機会を積極的に活用したそうです。特
そして特に印象に残ったのは、被災地からの参加者による
に、協働する機会の多い看護師と介護職員との合同研修会
情報発信です。
私自身、
地震直後に看護師として避難所に入っ
を開催したことが、相互のスキルアップと連携促進に効果的
たときは、不安でいっぱいでした。そのときの記憶を思い出
だったとのことでした。ほかにも、口腔ケアや摂食・嚥下リハ
すことに抵抗を感じてしまうのは、きっと多くの被災者に共
ビリテーションを含む継続的介入に積極的に取り組む歯科
通する思いではないでしょうか。それでも、心理的抵抗感を
医院を募り、歯科衛生士がスクリーニングした在宅患者を集
乗り越えて自分の経験を話す演者の方々の姿を見ていると、
中的に紹介する流れを作ったあおぞら診療所
(千葉県)
の取り
被災地にいる自分だからこそ、できることがあるのではない
組みなど、地域の医療機関が中核となって連携体制を作り
かという思いが湧いてきて、私は背中を強く押してもらえた
上げていく画期的な実践が紹介されました。
ような気持ちになりました。
一方、コミュニティという広い視野で多職種協働
が 議 論 さ れ た の が、シン ポ ジ ウム「多 職 間 交 流
community維持のための実践医療と介護の情報
連携」です。基礎自治体によって在宅医療の推進に
大きな格差があることが指摘され、行政をはじめコ
ミュニティ全体の意識が変わって初めて在宅医療普
及に必要な条件が揃う、との見解が示されました。
また、ケアマネジャー資格を有する訪問看護師が多
職種をコーディネートすることで、独居でも在宅看
取りが可能となる連携体制を作り上げたという事例
も紹介されました。
在宅ケア学会による公開講座「2012年度に施行
第14回日本在宅医学会大会・第16回日本在宅
ケア学会学術集会 合同学術集会
会 場:ホテルグランドパレス(東京都千代田区)
開催日:2012年3月17日
(土)
~18日
(日)
日本在宅医学会大会長:服部信孝
(順天堂大学)
日本在宅ケア学会大会長:原礼子
(慶應義塾大学)
2012 年 秋号
11
訪問
看護
Q A
・・・・
&
回答者……● 中山
康子 先生
NPO法人在宅緩和ケア支援センター虹 代表理事
第7回 ..................................
患者・家族からの苦情への対応
訪問看護ステーションは、地域のなかに溶け込み仕事をします。訪問看護ステーションが地域
はじめに…………
で暮らす方々と馴染みの関係になり、地域から信頼を得るまでには、様々な苦労があります。そ
の一つに、患者や家族、または地域住民からの苦情対応があると思います。地域住民は訪問看
護を熟知しているわけではありません。都会では、訪問車両の駐車位置にまでクレームが来るこ
ともあります。
病院では、管理や事務部門に苦情対応への協力を求めることができます。しかし、訪問看護
ステーションでは自分たちの力で対応しなければなりません。苦情対応は信頼を得る機会にもな
り得ることから、冷静に、
そして誠実に地域の方々に対応する専門職としての姿勢が求められます。
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uestio
Q
A
nswer
1
1
看護体制を受け持ち制にしていないため、複数の看護師が訪問しています
が、
「看護師によって症状対応の説明が違うため、患者が不信感を抱いてい
る」と家族から電話がありました。受け持ち制にした方が良いのでしょうか。
クレームを申し出てもらえたことに対し、
時等は、患者や家族が高いストレス状態にあり、物事に
まず相手に感謝を述べます。その上で、相手
対する許容範囲が狭まっていることがあります。また入
の主張が妥当なものなのか、過剰な反応か
院体験から、もともと医療者に対して不信感を持ってい
を判断します。人間には自己防 衛本 能がありますので、
るケースもあります。
クレームを受けると、反射的に自己防衛の主張をしたくな
こうした理由がみえれば、どう対応すれば良いかわか
ります。でも、ここは自分の感情は横に置いて、冷静に
りますね。病状変化時で患者や家族が高いストレス状態
相手の主張に耳を傾けてください。
にある場合は、2 名くらいの担当者を決めて誠実に対応
家族の主張が過剰反応である場合、
「そんな細かいこと
し、信頼関係の構築に努めた方が良い結果が出ます。
まで看護師間で統一できません」などといいたくなります
もともと物 事に対して細かい 性 格 の場合には、その
が、ちょっと一呼吸。この患者や家族が細かいことにこ
性格を見越した対応が求められます。患者が細かいこと
だわる理由を探します。
にこだわる場合は、看 護 師の対応をできるだけ統 一し
例えば、もともと些細なことにこだわる性格の人なの
た上で、家族にも理 解者になってもらえるように対応し
かもしれません。もしくは、再発がんの事例や病状変化
ましょう。
12 Vol.8 No.3
n
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t
s
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Qu 2
A
nswer
2
80代後半、慢性疾患の女性の主介護者である60代の長男から症
状に対する細かい質問が毎回あり、明確な返答ができないときは
批判的になります。訪問の足が重くなります。
訪問の仕事の場合、本人よりも家族への
もストレスです。
「あの人の話を聞くのはうんざりする」と
対応に苦慮することがありますね。この長男
いう印象を抱くことが多いです。
の質問の様子に、何か特徴はありませんか?
さて、 対応ですが、まずは家族アセスメントを行います。
質問内容は妥当ですか? 病状変化時ではないのに次々と不
長男の性格の特徴を客観的にみます。相手の状況が理解
安で細かな質問が相次ぐ場合や、誠実に答えたのに、また
できるとストレス度は少し下がり、相手の感情に巻き込ま
次の質問を繰り返す場合は、不安神経症
(全般性不安障害)
れずに済みます。また、看護師もその領域の専門知識を
の症状を持っている人かもしれません。この全般性不安障害
備えてコミュニケーションを取る工夫ができます。親戚で
の場合には、批判するときも何かに攻め立てられるように矢
このケースの在宅ケアに良き協力者がいないか
『拡大家族
継ぎ早に批判をするスタイルの人がいて、対応に苦慮します。
アセスメント』もした方が良いでしょう。今後、長男対看護
社会に出れば、人間関係の取りづらさなどを本人が体験
師だけでは厳しくなる局面も起こるかもしれません。将来
し、専門の治療機関につながるのですが、積極的な社会
を予測して対応しましょう。
参加をしていない場合は、その性格傾向に本人も気がつ
性格の特徴は、本人が治療をしたいと思わなければカ
かないケースが多いです。
ウンセリング等の専門機関につなぐことはできませんの
このような家族と対応し続けることは、看護師にとって
で、訪問看護師には忍耐も求められます。
eu stion
Q
3
主な介護者である長男の伴侶に対して、親戚から介護上の要望が数
多くあります。みかねた看護師が「主な介護者はよく介護をしていま
す」
とこの親戚に伝えたところ、
「こちらのことに立ち入らないでくだ
さい」
といわれてしまいました。
あまり介護に参加しない親戚ほど、配慮
をいえる人がいないか、主な介護者と探しましょう。
のない言葉を主な介護者に浴びせるようで
また、在宅ケアでは、本人に関わるチームもあります。
す。このような場面をみると、主な介護 者
このスタイルの人は、一般的に医師等、社会的地位の高
の日ごろの働きを知っている者として、
切なくなります。
「よ
い人からいわれたことは聞くことが多いです。今後、主
くやっておられます」と、評価を言葉にして親戚に伝えた
な介護者だけでなくこの親戚へも病状説明をしてもらい、
ことは良いことです。主な介護者は、看護師は自分のこ
在宅ケアの継続のために本人と家族の支え方を医師から
とをよく理解してくれていると感じる言葉です。
話してもらう試みも一つあります。
さて、この親戚はどのような立場の人で、どのような性
地域で働くと、様々な人がいるという事実に気がつき
格の人なのかがわかると、対応を考えやすくなります。こ
ます。自己中心的な人、支配的な人、自分の価値観を押
の場面で、看護師に強い言葉で返してきていますので、
し付ける人等、ケアの場では「困った人だな」と思います。
支配するタイプで、対等に話し合える関係にはなりにくい
状 況をアセスメントし、人間関係論 等からアイディアを
人のように思います。
得て、いくつかの対応の手段を日ごろから持ち合わせて
主な介護者がこの親戚との関係に困っているようなら、
おくと、とっさの緊張状態のときにも冷静に対応できる
この事例の拡大家族アセスメントを行い、この親戚に物
と思います。
r
Answe 3
2012 年 秋号
13
フ ォ ー ラ ム
在宅における脳卒中後遺症患者への
食の支援
熊本リハビリテーション病院/訪問看護ステーションひまわり
……………………………
●●●●●●
わが国における脳卒中の総患者数は約134万人であり、このうち
慢性期まで摂食・嚥下障害を抱えたまま生活するケースは決して
少なくありません。在宅における脳卒中患者の食の支援は重要で
すが、摂食・嚥下リハビリテーションを専門とする言語聴覚士によ
る在宅でのかかわりは、普及していないのが実情です。今回はそ
の事例として、言語聴覚士を中心に在宅での食の支援に力を注い
でいる熊本リハビリテーション病院の取り組みをご紹介します。
多職種連携と家族の協力が、
在宅における食の支援の鍵
食の支援の一翼を担うメンバー。左から山本由佳さん(言語聴覚士)
、山下裕史さん(言語
聴覚士)
、齊藤智子先生
(医師)
、市瀬郁子さん(理学療法士)
、中尾まどかさん(看護師)
、
山本詩織さん(言語聴覚士)
。
脳卒中診療における地域連携のパイオニア地区である熊本県では、
イレウスで他院に入院し、加療後、経鼻栄養で再び在宅療養を開始
急性期病院から回復期病院への継続的なリハビリテーション
(以下、
しました。経口摂取は困難な状況でしたが、在宅で過ごすうちに状
リハ)が1995年から展開されてきました。回復期病院としてその一翼を
態が落ち着き、嚥下反射が認められるようになったことから、同院
担ってきたのが、熊本リハビリテーション病院です。当院はリハスタッ
の言語聴覚士による摂食・嚥下リハを開始しました。最初は小さな氷
フ137名という充実の人員体制で、365日対応のリハを展開しています。
から、少量のトロミ付きジュース、ゼリーへと、段階的に食形態を変
脳卒中の後遺症を抱えた人々の日常生活を支えるために、同院が
えていきました。その背景には、医療スタッフと家族が協力して食べ
力を注いできたことの一つが食の支援です。入院中はもちろん、在
られる環境を整えてきた経緯がありました。家族の「自然な経過で見
宅療養者に対しても継続的な支援を行うために、同院の訪問リハビ
守りたい」との希望で胃瘻は造設していませんでした。Aさんに嚥下
リテーション部と訪問看護ステーションで展開しているのが、言語聴
反射が認められるようになると、
「少しでも食べる楽しみを取り戻した
覚士による訪問リハです。
い」
と、誤嚥のリスクを理解した上でVF検査(嚥下造影検査)
を行い、
在宅という医療者のいない環境で何よりも重要なのは、誤嚥を回
その結果を受けて主治医の指示の下、摂食・嚥下リハの開始に踏み
避するための徹底したリスク管理です。そこで欠かせないのが、多
切りました。そして毎日の食事介助の内容や経鼻と経口それぞれの
職種の連携です。脳卒中の後遺症を抱えている場合、咀嚼や嚥下
栄養摂取量の記録等、家族は積極的にかかわりました。また、訪問
機能だけではなく、座位が保持できるか、どのような食形態が適切
看護師による普段からの全身管理、訪問歯科による口腔ケアや義歯
か、麻痺のある人にどのように食事介助をすべきかなど、食べるため
の製作等、多くの専門職がケアにかかわったことで、当初は楽しみ
の環境を整えていかなければなりません。したがって、多くの専門職
程度だったAさんの摂食・嚥下リハの目標は、介入 2か月後には「3食
による幅広い視点でのかかわりが必要であり、かかわる職種が情報
経口摂取で、最終的には経鼻胃管を抜くこと」へと引き上げられ、今
共有することが不可欠です。
も食の支援が継続されています。
いう私的領域に介入する難しさが加わります。したがって、リハスタッフは
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また、リスク管理も含めて重要なのが、家族の理解と協力です。
退院前の早い段階からかかわることで家族との信頼関係を築き、緊急
言語聴覚士による訪問リハ対象となるのは、Aさんのように全く経
時の対応も含めた相互理解の下で食の支援を始めることが重要です。
口摂取できないケースもあれば、むせなどの問題を抱えながらも経
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脳卒中後遺症の場合は家族の介護量も多く、そこへ毎日の食生活と
食べられる環境を整えることで、
経口摂取が可能に
大切なのは
「食べる意欲」
を
支えること
口摂取は可能というケースまで、状態の程度は様々です。同院では、
たとえ食べない方が安全であったとしても、食べたいという希望があ
り、実際に食べられる可能性がある場合には、その希望にできる限
言語聴覚士の訪問リハにより、脳卒中の後遺症で食べられなかった
り寄り添う方向で対応してきました。それは、食べることは単なる栄
人が食べる楽しみを再び取り戻すことができたケースをご紹介します。
養摂取ではなく、生きる楽しみそのものだと考えるからです。
脳梗塞の後遺症で摂食障害があるAさん(90代、女性)
は麻痺性
同院のスタッフが特に注意を払っていることは、本人の食べる意
14 Vol.8 No.3
害等がある場合、
「脳卒中
言語聴覚士の山本詩織さんは、車で約30分の距離にあるAさん宅へ、
週1回のペースで訪問リハビリテーションのため通っています。
(地域連携)
パス」だけでは
細やかな対応ができませ
ん。そこで、嚥下に焦点を
絞ったユニットパスを作成
して、活用しています。例え
ば、手足の麻痺に加えて重
度の摂食・嚥下障害がある
「楽しみ程度で良いので口から食べさせたい」という家族の希
望で始まったAさんの摂食・嚥下リハ。介入4か月目には近所
の人から
「最近、太ったわね」と言われるほどにまで回復しま
した。現在は経管栄養摂取量を調整して減量をしながら、
「3
食経口摂取」に目標を変更して、家族とスタッフに見守られな
がら、安全に楽しく食べられる生活を目指しています。
食前のマッサージ。体調
や飲み込みの状態を確
認してから食事介助をス
タートします。
患者に対して用いられてい
る「摂食・嚥下障害ユニット
パス」は、口から食べるとい
う目標を達成するために、
昼食はうぐいす豆煮、
桃ゼリー、ブドウジュー
ス。彩りも良く、食欲
をそそります。
患者の訓練目標を1週間ごとに示したツールです。最終的には、退
院後の在宅生活を見据えたリハ指導や、栄養指導、献立・調理法
等の食事指導を行った上で、家族や訪問看護へつなぐことを目標と
しています。重症度や認知症の有無等にもよりますが、約6 割の患者
いっそのこと食べたくない」というように、支援の過程で意欲が減退
が「摂食・嚥下障害ユニットパス」の目標を達成しています。また、多
してしまう人もいます。そこには体調が優れない、後遺症によって精
施設の情報共有のツールとして活用されているのが「食機能連携ユ
神的に落ち込んでいる、生活の乱れにより空腹を感じないなどの様々
ニットパス」です。施設によって異なる“ミキサー食”や“トロミ食”
“刻
な要因が潜んでいます。単に食べる行為を支えるだけではなく、心
み食”
“嚥下食”等の呼称や粘度基準等の統一を図ることで、施設や
身の状態や生活リズムも含めた広い視点で患者を理解し、食べたい
職種を超えたシームレスな連携を目指し、食の支援を具体的に標準
と思える環境を整えていくことが、同院における食の支援のスタンス
化しています。
です。そのためには、本人の好きな食べ物を目標に設定して食べる
同院の今後の課題は、このようなユニットパスを活用しながら、回
意欲を引き出し、訓練を行います。また、本人に食べたい意欲があっ
復期から維持期への継続的な支援を充実させることです。例えば、
ても飲み込むことが難しい場合には、食べることが苦痛にならない
嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査を外来でも受け付けることで退院
ように食形態を変え、リスク管理をしながら、食事を安全に楽しん
後の在宅での経過を観察できるようにするほか、安全に食べられる
でもらえる工夫を常に心掛けています。
状態を時間帯別に評価するために、
(リハの)訓練時間を日中だけで
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欲を支えることです。なかには、
「ゼリー程度しか食べられないなら、
食べる楽しみを取り戻すことで、
本来の自分を取り戻す
はなく朝や夕方等に行うことも検討しています。
家という住み慣れた環境で食べる楽しみを取り戻すことは、患者と
してではなく生活者としての本来の自分を取り戻すことにつながるの
同院がこのような食の支援を展開していく上で重要な役割を果た
ではないか ── 数々の経験から得られたスタッフ一人ひとりの確信
しているのが、ユニットパスです。合併症や摂食・嚥下障害、排尿障
が、食べる楽しみを支える取り組みへとつながっています。
Run&Up̶ランナップ̶
地域に暮らす人たちの健やかな暮らしを守るために、日々颯爽と街をゆく──。
そんな訪問看護師のみなさんのさわやかなイメージを言葉にしました。
表紙のことば
……………………………………………………………………………………………………
表紙「
(クラウン)ハードトップ」
僕の愛車は王冠マークの車です。
紅葉した山道を、風を切って走ります。
クラシックな姿が、秋化粧した景色に映えるでしょ?
澄んだ空気を感じながらの楽しいドライブ。
いつまでも大切にしたい、僕の思い出の風景です。
◎Run&Upの表紙には、知的障害者施設を運
営する社会福祉法人共生社の「あじさいアー
ト」
を使用しています。
〈あじさいアートのお問い合わせ先〉
社会福祉法人共生社 あじさい学園 TEL.0280-48-0431
E-mail:tomoiki010 @seagreen.ocn.ne.jp
社会福祉法人共生社ホームページ
http://www4.ocn.ne.jp/~ajisai/
Question募集
本冊子では「訪問看護Q&A」のコーナーで取り上げるQuestionを
コーナーで
ナ で取り上げるQuestionを
で取 上げるQ
io を
募集しています。下記URLよりアクセスしてご応募下さい。皆様から
のご応募をお待ちしております!
応募URL http://www.eiyonomori.jp/m/
(敬称略/五十音順)
●編集顧問
太田 秀樹 医療法人アスムス 理事長/おやま城北クリニック 院長
川越 正平 あおぞら診療所 院長
●編集アドバイザー
佐々木静枝 社会福祉法人世田谷区社会福祉事業団訪問サービス課 課長
●編集委員
乙坂 佳代 社団法人横浜市港北医療センター訪問看護ステーション 管理者
角田 直枝 茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター 看護局長
白井由里子 八幡医師会訪問看護ステーション 管理者
当間 麻子 一般社団法人在宅医療推進会 代表理事
中山 康子 NPO法人在宅緩和ケア支援センター虹 代表理事
Run&Up編集部
(FAX:03-3835-3040)
まで、ご意見、ご質問をお待ちしています。
2012 年 秋号
15
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