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コーポレート・ガバナンス 柳川 範之 藤田 友敬 杉浦 秀徳 上田 亮子

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コーポレート・ガバナンス 柳川 範之 藤田 友敬 杉浦 秀徳 上田 亮子
コーポレート・ファイナンスと企業分析
第2次レベル・第4回
コーポレート・ガバナンス
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
執筆者
第1章
柳川 範之
東京大学大学院経済学研究科教授
第2∼3章
藤田 友敬
東京大学大学院法学政治学研究科教授
第4章
杉浦 秀徳
みずほ証券 経営調査部上級研究員
上田 亮子
日本投資環境研究所 調査部主任研究員
目 次
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論…………………………… 2
1 コーポレート・ガバナンス問題……………………………………………………… 2
⑴ コーポレート・ガバナンスの重要性 2
⑵ 株主にとってのエージェンシーコスト 3
2 基本モデル:なぜ非効率性が発生するのか………………………………………… 4
⑴ モラルハザード問題 4
⑵ 資金提供の非効率性 6
⑶ モニタリングの役割 8
⑷ 不完備契約 9
3 権限委譲の問題………………………………………………………………………… 9
⑴ 強すぎる法的権利 9
⑵ モデル分析 10
⑶ 実質的権限 12
4 少数株主保護………………………………………………………………………… 13
⑴ 少数株主保護の必要性 13
⑵ モデル分析 14
5 広義のコーポレート・ガバナンス………………………………………………… 16
⑴ ステークホルダー・ビュー 16
⑵ 誰がレントを得るのか? 16
⑶ 株主はプリンシパルか? 17
⑷ コーポレート・ガバナンスを考える際に必要な視点 18
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス………………………………20
1 コーポレート・ガバナンスにかかる規制の多層性……………………………… 20
⑴ 規制対象 20
⑵ 規制手法の多様性 20
⑶ まとめ 22
2 株式会社の諸機関と機関設計……………………………………………………… 22
⑴ 株式会社の諸機関 22
⑵ 機関設計の諸ルール 22
⑶ 現実的に想定される機関設計 24
3 株主総会と資本多数決……………………………………………………………… 24
4 監査役設置会社のガバナンス構造………………………………………………… 25
⑴ 監査役設置会社の諸機関 25
⑵ 役員・業務執行者の選任・解任 29
⑶ 役員の報酬規制 30
⑷ 役員の義務と責任 31
5 委員会設置会社のガバナンス構造………………………………………………… 34
⑴ 委員会設置会社の諸機関 34
⑵ 役員・業務執行者の選任・解任 36
⑶ 役員の報酬規制 37
⑷ 役員の義務と責任 37
6 企業支配権にかかわる行為に関する法規制 ……………………………………… 37
⑴ 経営者の規律付けの手段としての敵対的買収 37
⑵ 会社法上の規制 38
⑶ 金融商品取引法上の公開買付規制 39
7 支配株主のコントロール …………………………………………………………… 39
⑴ 親子会社間取引と子会社少数株主 39
⑵ 組織再編の際のシナジーの分配等 40
⑶ スクィーズアウトとマネジメント・バイアウト(MBO) 40
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向…………………………41
1 コーポレート・ガバナンスをめぐる議論の隆盛………………………………… 41
2 コーポレート・ガバナンス改革に関する各国の動向…………………………… 41
⑴ アメリカ 41
⑵ イギリス 42
⑶ ドイツ 44
3 各国及び日本のコーポレート・ガバナンスの比較……………………………… 45
⑴ 株主利益かステーク・ホルダーの利益か 45
⑵ 業務執行機関の監督の仕組み 46
⑶ 支配株主に対するコントロール 49
⑷ 支配権市場の規律 50
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス…………………………52
1 コーポレート・ガバナンスの担い手の変化……………………………………… 52
⑴ 機関投資家とコーポレート・ガバナンス 52
⑵ メインバンク・システムとコーポレート・ガバナンス 54
2 機関投資家の受託者責任と株主行動……………………………………………… 56
⑴ 「退出」
(exit)から「発言」
(voice)へ 56
⑵ わが国における背景 57
⑶ 諸外国における背景 58
⑷ 英国のスチュワードシップ規範 60
3 株主の議決権行使活動……………………………………………………………… 63
⑴ 株主総会の集中 63
⑵ 株主総会の議決権行使の結果 66
⑶ コーポレート・ガバナンスの観点から重要な問題に対する
機関投資家の考え方 67
(補論)
コーポレート・ガバナンスと企業業績・株価に関する実証研究等 72
4 社会的責任投資(SRI)とコーポレート・ガバナンス ………………………… 73
⑴ 社会的責任投資の拡大とわが国の現状 73
⑵ 国際連合による「責任投資原則(UNPRI)」 75
⑶ 環境省「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」 76
索 引……………………………………………………………………………79
第4回
コーポレート・ガバナンス
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
1 コーポレート・ガバナンス問題
⑴ コーポレート・ガバナンスの重要性
経済活動の中で、企業が占める重要性の大きさを否定する人はいないだろう。現代社会に
おいて、企業が適切な活動を行うことは、経済活動を活発にし、より良い社会を作り上げて
いくうえで欠かせない。企業の活動からは、多くの人が直接・間接的な影響を受けると同
時に、また影響を与えている。ただし、企業の株主、債権者、従業員、取引先、周辺地域住
民など、それぞれの立場によって、影響の性質や大きさはさまざまである。株主は、企業の
収益が上がらなければ配当が少なくなり株価が低迷するという影響を受けるだろうし、従業
員にとっては、給料やボーナスがどの程度になるかが重要かもしれない。また、周辺住民に
とっては、公害を出さないかどうか等がポイントとなるだろう。
したがって、このようにさまざまな人が影響を受ける企業活動を「適切」なものにするた
めには、誰がどのように意思決定をしていくべきかというルールや仕組みを考えていくこと
が重要となる。コーポレート・ガバナンスというのは、ごく一般的にいえば、このような
「望ましい」決定や活動を企業が行っていくための仕組みのことを指す。ここで、
「適切」「望
ましい」という文字がカッコつきになっているのは、何が適切かの判断も仕組みの作り方に
よって異なる可能性が生じるからである。狭義のコーポレート・ガバナンスは、企業の法的
な所有者である株主のために、いかに経営者がうまく働く仕組みにするか、を考える。この
場合、望ましい企業活動というのは、株主の利益が最大化される行動ということになる。現
実には経営者がそのような決定や行動をするとは限らないため、株主の利益が大きくなるよ
うな仕組みを考える必要が生じる。
一方、より広義のコーポレート・ガバナンスは、企業を多様な利害関係者の集合体として
捉えて、それらのグループの利害を適切に調整し、全体としてより望ましい方向に向かわせ
る仕組みを指す。したがって、この場合には適切さの判断も単に株主の利益だけではなく、
利害関係者全体の判断が入ることになる。ただし、例えば利害関係者の中に地域住民まで含
めるべきか、利害関係者間の調整が重要にしても判断基準は株主の利益にすべきではないか
等、細かい点では意見が分かれている。
仕組みと一口にいっても、その中には、法律や、ビジネス慣習、社会的評判、組織構造な
どさまざまな要素が含まれる。生産や投資など企業の活動を決めているのはいったい誰か?
という問いに対して多くの人は、それは当然社長だろう、と答えるかもしれない。しかし実
―2―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
は、ほとんどの企業で、経営者あるいは社長が企業の全てを決定できるわけではない。それ
は、現代の、特に大企業の経営者の決定に関しては、法制度などがさまざまな制約を課す仕
組みになっているからだ。例えば株主の意見を無視すれば、経営者は株主に解任される可能
性のある制度になっているし、場合によっては債権者の意向を無視することができない場合
も多い。一方、株主や債権者も、まったく自由な決定ができるわけではなくさまざまな制約
が課せられている。これらの制約の多くは法律で決められているものであるが、ビジネスの
慣習上制約されている場合もある。また、社会的な評判を気にして、経営者が行動を自粛す
るという側面もある。望ましいコーポレート・ガバナンスの問題を考えていくうえでは、こ
れらのさまざまな要素を考慮したうえで、総合的な仕組みを構築していくことが重要となる。
その中でも特に注目をされているのは、会社法や証券取引法などの、法律の仕組みの改革
であろう。第2章以下で詳しく説明されるように、例えば会社法は証券の発行ルールや企業
組織の構造など企業のコーポレート・ガバナンスに関わるさまざまな側面を規定している。
前述のようにコーポレート・ガバナンスはいろいろな要素の複合によって決まってくるから、
単に法律を変えたからといってすべての仕組みが変わるわけではないが、やはり企業行動に
与える法律の影響は無視できない。そのため、世界的にも、企業を取り巻く法制度の見直し
を通じて、企業のコーポレート・ガバナンスを改善していこうという機運が高まり、多くの
国で法律の改正作業が行われてきている。
この章では、このような多様な側面を持つコーポレート・ガバナンスの問題を、経済学的
に整理して議論することにしたい。そこで、まず前述の狭義のコーポレート・ガバナンス問
題について、簡単な理論を用いて議論し、その後で、より多様な利害関係者間の調整を考え
る広義のコーポレート・ガバナンス問題について言及することにしよう。
⑵ 株主にとってのエージェンシーコスト
コーポレート・ガバナンスの問題は、上でも述べたように基本形としては、株主と経営者
との間の利害対立問題として捉えられる場合が多い。会社の所有者である株主は、日常の業
務執行を行う知識も時間もないため、それを経営者に委託している。しかし、経営者の利害
は株主の利害と完全に一致するとは限らないし、むしろ一致しない場合のほうが多い。その
ため、何等かの工夫をしないと、経営者は株主の利益を最大にするようには行動しない。こ
れが一般的にはエージェンシーコストと呼ばれる株主の不利益である。 多くのコーポレート・ガバナンスの工夫は、このエージェンシーコストをいかに減らすか
という問題を扱っている。言い換えると、経営者や従業員を規律付けるなどして、株主利益
の最大化をいかに実現させるかという問題である。
株主の利益を拡大させるような行動をしようとすると、多くの場合経営者は心理的なもの
を含めたコストや不効用が生じる。そのため、経営者の取り分が株主利益と連動しないよう
な固定給料だけの場合、株主利益を最大にするようには行動をしない。この問題を防ぐため
―3―
の1つの方法は、経営者の取り分を株価に連動させる等、報酬の支払い方を工夫することで
ある。例えば、ストックオプションを経営者に付与する等の工夫はこれに相当する。
もう1つの工夫は、モニタリング等を行って経営者の行動をできるだけ把握できるように
することである。例えば社会取締役導入や取締役会の役割等さまざまな機関設計の多くはこ
の点に関係している、報酬の設定の仕方はかなりの程度、それぞれの企業が設計するもので
あるのに対して、機関設計の問題は法的に設定される場合が多いため、コーポレート・ガバ
ナンスに関する法律問題として扱われる場合が多い。
2 基本モデル:なぜ非効率性が発生するのか
⑴ モラルハザード問題
ここでは、プリンシパル・エージェントモデルのフレームワークを用いて、このエージェ
ンシーコストの問題を簡単に説明しよう。プリンシパル・エージェントモデルにおいて1つ
の柱となるのは、情報の非対称性から生じるエージェントのモラルハザード問題(注1)であ
る。株主をプリンシパル、経営者をエージェントとして考えると、経営者が自己利益を最大
にするように行動する結果、株主であるプリンシパルの利益が必ずしも最大化されない。こ
の問題はエージェントの行動をプリンシパルが十分に観察することができないという情報の
非対称性が原因となっている。以下では、この基本モデルを用いて、エージェンシーコスト
の問題を説明する。
まず、株主をプリンシパル、経営者をエージェントと呼び、プリンシパルは自分のために
仕事をエージェントに依頼する状況を考える。つまりプリンシパルである株主はプロジェク
ト実施のために、必要資金とエージェントに対する賃金を提供し、エージェントである経営
者は「努力」と以下で呼ばれるプロジェクトの成否を左右する労働を投入するものとする。
H
e Lの2種類しかないものとし、e Lを選択した
簡単化のためにエージェントの努力水準はe ,
H
場合にはエージェントに私的費用はかからないものの、e を選択した場合にはCだけの私的
費用がかかるものとしよう。ここで私的費用とは、高い努力をする際にかかる精神的苦痛や
肉体的疲労などの非金銭的費用を表している。この私的費用が、エージェントの側に高い努
力選択をためらわせる源泉となっている。
H
一方、プリンシパルにとっては高い努力のほうが望ましい。具体的には、e が選択され
H
L
L
ればこのプロジェクトは確率P で成功するのに対して、e が選択された場合には確率P(<
P H)でしか成功しないものと仮定しよう。プロジェクトが成功した場合にはプリンシパル
はRだけの利益を得るのに対して、失敗した場合にはゼロしか得られない。そのため、プリ
H
ンシパルとしては高い努力をエージェントにさせて、期待利益P Rを得られる状況を作り出
したいと考えている。
(注1)
モラル・ハザード問題については第1次レベル「経済」第4回第4章を参照。
―4―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
そのためにプリンシパルはエージェントに対して報酬契約をオファーする。現実の企業活
動では、まず経営陣の手元に(配当前の)利益が入り、それを株式配当という形で株主に渡
し、役員報酬という形で経営者が受け取るのが普通だろう。そのため、最初にプリンシパル
が利益を受け取り、その中の一部をプリンシパルが報酬としてエージェントに渡す構造はや
や非現実的にみえるかもしれない。しかし、これは現実を簡単に説明するための理論的設定
であり、利益の法的な所有権が株主にあることを考えると、株主が利益の一部を経営者に報
酬として渡すという設定は比較的自然なものだろう。
まず、このようなエージェントへの報酬契約が、固定報酬になっている場合を考えよう。
プロジェクトが成功した場合でも失敗した場合でも、一定額の報酬wが得られるケースであ
る。この場合、高い努力をしても低い努力をしても、エージェントの報酬はwである。その
ため、エージェントにとって最適なのは、私的費用のかからない低い努力水準を選択するこ
とであり、プリンシパルは高い努力水準を引き出すことができない。これは、プリンシパル
にとっては結果的に生じる利益の減少であり、エージェンシーコストである。
しかし、このエージェンシーコストは報酬契約の結び方をもう少し工夫することによって、
もう少し軽減できそうである。ただしエージェントの努力水準はプリンシパルにとって観察
不可能な状況を想定しているので、エージェントの選択した努力水準によって賃金を上げ下
げするような契約を結ぶことはできない。ここで結ぶことのできる契約は、プロジェクトが
成功したか失敗したかに応じて支払い賃金を変えるような契約である。
そこでプロジェクトが成功した場合に支払われる賃金をWとし、失敗した場合には賃金は
支払わないものとしよう。この場合、エージェントが高い努力水準を選択するのは、高い努
力をしたほうが自分の利得が高くなる場合であり、以下のような条件が成立している場合で
ある。
P HW−C ≥ P LW
⑴
この式の左辺は、高い努力水準を選択した場合の利得を表していて、右辺は低い努力水準
L
を選択した場合の利得を表している。低い努力をした場合、P の確率で成功して賃金Wを受
L
H
け取る。一方、高い努力水準を選択した場合、成功確率がP がP に変化するが、努力の費
用Cがかかる。そのため、左辺の値になる。
上記の条件を整理すると、
H
L
W≥C
(P −P )
⑵
となり、プリンシパルはできるだけ賃金を低くしたいと思っているから、最適賃金、W*は、
―5―
W*=
C
P H−P L
H
となる。したがって、高い努力水準を選択した場合に得られる全体の期待利得P R−Cのう
ち、
H
H
P (R−W*)
=P (R−
C
)
P H−P L
がプリンシパルに、
P HW*−C=
PL
C>0
P −P L
H
がエージェントに渡ることになる。
このモデルで重要な点は、エージェントから高い努力を引き出すためには、ある程度のレ
ント(コストCより高い利得)をエージェントに渡す必要があるという点である。ここでは
プリンシパルのほうが、交渉上強い立場にあることを暗黙の前提としている。そのため、本
来であれば、プリンシパルとしては、努力にかかったコストC以上の報酬支払いをしたくな
いし、
(情報の非対称性の問題がなければ)しなくても良いはずである。
しかし、単にかかるコストを補填するだけの報酬しか支払わなければ、エージェントは高
い努力を選択しない。プリンシパルにとっては、プロジェクトの成否に依存した契約しか書
けない以上、成功した場合には高い賃金を与えると約束してエージェントの努力を引き出す
必要がある。その結果、エージェントはレントを獲得することができる。
このような少し高い報酬を支払えば高い努力水準を引き出すことができ、高い成功確率が
実現できるという点で、プリンシパルは(情報の非対称性がない場合に比べて)高い報酬を
経営者に渡しているものの、企業経営全体からみれば非効率性は発生していないようにみえ
る。しかし、このようにエージェントへのレント支払いが必要となる構造は、投資のインセ
ンティブを阻害する等の非効率性を発生させる可能性がある。以下ではこの点について説明
していこう。
⑵ 資金提供の非効率性
上で説明したモデルでは、プリンシパルがあらかじめこのプロジェクトを実現させる設備
H
などを保有していて、エージェントの高い努力水準さえあれば確率P でプロジェクトは成
功するという状況を暗黙に考えていた。しかし、株主と経営者の間の関係を分析する場合に
は、資金提供者としての株主という側面もモデルに取り入れて分析するほうがより適切だろ
う。
そこで、そもそもこのプロジェクトを実行する際には、投資家としての株主がIだけの資
―6―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
金提供を行う必要があるとしよう。外部の安全資産の利子率をiとすれば、プリンシパルで
Iだけの期待利得が得られない限り、このプロジェク
ある株主としては、少なくとも(1+i)
トへの投資を手控えることになる。よって、
H
P (R−
C
I
)≥(1+i)
P H−P L
⑶
が成立していない限り、このプロジェクトは実行されない。 この条件は、この投資の実行が効率的かどうか(全体としてプラスになっているかどうか)
という条件と一致しない点に注意してほしい。投資全体の効率性の観点からすれば
P HR−C ≥(1+i)
I
⑷
であれば、投資の機会費用に見合うだけの収益を生み出しているため、この投資を実行す
ることが効率的となる。しかし、この条件は明らかに上の⑶式と異なる。異なる原因は簡単
である。エージェントから高い努力を引き出すために、レントをエージェントに支払う必要
が生じたため、投資から得られるリターンの一部しか株主が受け取れなくなってしまったか
らである。そのため、効率的な投資であっても、実行できない可能性が生じる。
つまり、まとめると、
H
P HR−C ≥(1+i)
I > P (R−
C
)
P H−P L
⑸
が成立している場合には、本来投資の実行は効率的であるにも関わらず、その投資が実行さ
れない。投資費用を差し引いた期待利得は十分プラスであっても、その中の一部をエージェ
ントに渡さざるを得ないとすれば、投資をする側からすれば投資を手控えざるを得ないから
である。
このようにモラルハザードの存在は非効率的な投資決定をもたらす可能性がある。この理
論モデルにおいてはエージェントがレントを受け取っているだけでは、非効率性は発生して
いない。⑵式が成立している限り、より大きな純利得を生み出す高い努力水準が引き出され
ており、その点では非効率性は発生していないからである。レントの発生は単にプリンシパ
ル、エージェント、どちらの側により多く分配がされるかという所得分配上に影響している
だけである。
その一方で、ここでの結論は所得分配上の影響しかもたないはずのエージェントのレント
であっても、実は非効率性の源泉になりうることを示している。十分な分配を受けることが
できない限り、投資家は資金を提供しないため、資金提供のインセンティブが確保できない
という非効率性が発生するからである。金融問題を考える際には、このような資金提供のイ
―7―
ンセンティブがどこまで確保されるかは重要なポイントである。また、コーポレート・ガバ
ナンスの問題は、このように考えると資金調達の問題と切り離せない側面を持っていること
がわかる。
⑶ モニタリングの役割
次に、このモデルでモニタリングがどのような役割を果たすかを確認しておこう。今まで
の設定は、エージェントがどのような努力を選択したかをまったく知ることができず、使う
ことのできる情報は、プロジェクトが成功したかどうかだけであった。しかし、ある程度の
コストをかけて組織構造等を整備すれば、完全にとはいかないまでも、部分的にはエージェ
ントがどの程度努力したかという情報が得られるかもしれない。
そこでこの点を簡単にモデル化するために、エージェントの努力水準がpの確率で観察で
きる状況を考えよう。つまり、pの確率ではエージェントがどのような努力水準を選んだの
かわかるが、1−pの確率では今までと同じようにエージェントの努力水準を観察すること
ができない。その代り、pの確率で情報を得るために、プリンシパルはdpだけのコストを
モニタリングのために支払わなければならないとする。
この場合、低い努力水準を選択していることがわかった場合には、エージェントへの報酬
をゼロにするという報酬契約が可能になる。(マイナスの報酬、つまりペナルティを課すこ
とはできないと仮定する。
)そのため、⑴式の条件は
P HW−C ≥(1−p)
P LW
と、修正される。なぜなら、エージェントが低い努力水準を選んで報酬を得られるのは、モ
ニタリングで見つからず(確率(1−p)
)
、かつプロジェクトが成功した場合(確率PL)だ
けだからである。この条件を整理すると、必要な報酬水準は
W*=
C
L
P H−
(1−p)P
となり、プリンシパルの取り分は
H
H
P (R−W*)
−dp=P (R−
C
)−dp
P H−(1−p)P L
に変更になる。
この結果からわかることは、pが上昇してエージェントの努力水準が把握される可能性が
高まるほど、エージェントに支払う必要のある報酬は小さくなるという点である。これは、
そもそも高い報酬を支払う必要があるのは、見えないエージェントの努力水準を引き出すた
―8―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
めだったことを考えると自然な帰結であろう。
また、その結果、プリンシパルの取り分も増えることとなる。ただし、モニタリングのた
めのコストdpも増加するため、必ずしもモニタリングを増やせば増やすほうが良いという
わけではない。ここでは、明示的に導出しないが、コストとベネフィットのバランスを考え
て、最適なpのレベルをプリンシパルが選ぶことになる。もしも、あまりコストをかけずに
エージェントの選択をかなり把握することができるならば、プリンシパルは高い報酬をかけ
て高い努力水準を引き出すことをやめ、モニタリングをして努力を引き出す方法を選択する
だろう。
⑷ 不完備契約
ここまでは、エージェントがどのくらい報酬を受け取るかについては、最初の段階で契約
を結び両者で合意することを前提に議論をしてきた。しかし、結果が出るのに長期間かかる
ような場合には、当初は十分な契約が結ばれておらず、後から交渉によってさまざまな支払
いや資金移転が決定されてくる場合も少なくない。また、最初に契約が結ばれているにして
も、その後にさまざまな状況変化が起こり、再交渉を行って結ばれた契約が(両者の合意に
よって)修正される場合もあるだろう。
現実問題としてプロジェクトがスタートする段階では、将来のRが明確になっている場合
は稀であり、それをどのような形でどう分配するか確定していない場合が多い。例えば株主
が受け取ることのできる配当などは、その額が設立当初から決まっているということはな
く、(明示的にせよ、黙示的にせよ)事業を継続していく過程での交渉によって確定してく
るのが普通である。ここでは単純に収益を固定額Rとしているために、事前の契約により取
り分を確定させやすいのに対して、現実には将来のさまざまな不確実性などがあるため、そ
こまで見越した将来の契約を書くのは難しいからである。その結果、実は、それぞれの取り
分は事後的に生じる交渉段階における交渉力によって大きく影響されることになる。そして、
出資や努力を行う以前ではなく、その後になってから(実現が予想される)Rを例えばαRと
(1−α)Rのように交渉で決めることになる。
これらの点を考えてくると、途中段階で交渉力がどの程度あるか、その結果どのように分
配が決まるかという側面は、企業活動によってかなり重要なポイントとなっており、経済活
動のインセンティブを左右するうえで重要な要素になっていることがわかる。
3 権限委譲の問題
⑴ 強すぎる法的権利
今までは報酬契約のあり方、つまり取り分の配分とモニタリングをどこまで行うかという
点に議論を集中してきたが、抽象的には、誰にどのような決定権限を与えるかという決定権
―9―
限配分の問題も、コーポレート・ガバナンス上重要な課題である。
ここまでの単純な議論では、経営者の努力水準の選択のみがプロジェクトの成否つまり全
体の利益に影響を与えると仮定してきたが、実際にはプリンシパルである株主の意思決定、
例えば設備投資水準の決定等も大きく影響を与えるはずである。この点を考慮にいれると、
誰がどのような決定を行う仕組みなのかという点もコーポレート・ガバナンス構造を考える
上で重要なポイントとなる。
決定権限という点からいえば、現実には、株主に大きな権限が法的に与えられている。こ
の点は、株主をプリンシパルとして捉える発想からすれば比較的自然なものであろう。しか
しながら、これから述べるように、株主側の決定権限が強すぎる場合、経営者や従業員のイ
ンセンティブをそれによって損なってしまう場合がある。そのような場合には、事前にある
程度株主側が(自主的に)決定権限を経営者などに委譲するなどの対応をする必要がある。
言い方を変えると、法的な権利を株主に与えることに意義があったとしても、そのことと
現実の側面において株主がその権利を行使できる枠組みを各企業が用意するかどうかはまた
別の問題だということである。
⑵ モデル分析
今までのモデルと同じように、プリンシパルである株主が資金提供をした後で、エージェ
ントである経営者が努力をし、そのレベルによってプロジェクトの成功確率が決まるモデル
を考える。
ただし、ここではプリンシパルの側にプロジェクトを途中で代替のものに切り替えるとい
うオプションがあるものとする。現実的な解釈としては、例えばR&Dをエージェントに行
わせていたプリンシパルが途中で方針転換を図り、今までとは関連はあるものの異なったプ
ロジェクトをスタートさせる状況である。プロジェクトを代替のものに切り替えた場合(以
下これを“Stop”と呼ぶ)には、エージェントは必要なくなってしまい、解雇され賃金はゼ
ロになってしまうと仮定する。
簡単化のために代替プロジェクトを選んだ場合には不確実性はなくYだけの収益をプリン
H
シパルは得る。ただし、P R−C > Yを仮定し、本来のプロジェクトのほうが代替プロジェ
クトよりも全体の収益性としては望ましい。
議論を興味深いものにするために、代替のプロジェクトでリターンYを得るためには、
エージェントがそれ以前に高い努力水準を選択している必要があるとしよう。つまり、エー
ジェントが十分な知識と技能を注ぎ込んでプロジェクトをスタートさせていれば、それよ
り小粒のプロジェクトならば、エージェントがいなくてもYが実現できるという状況である。
しかし、エージェントが低い努力しかしていないと代替のプロジェクトの収益はゼロになる
ものとする。
このような状況において、プリンシパルはどのような場合にStopを選択し、代替のプロ
― 10 ―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
ジェクトをスタートさせるだろうか。鍵はエージェントに支払われるレントにある。先に説
明したように、エージェントから高い努力を引き出すためには、成功した場合に高い報酬が
もらえるという構図が必要であり、そのためエージェントは高いレントを獲得している。こ
のレントが大きすぎると、たとえ収益性が低くても代替プロジェクトをプリンシパルが選択
する可能性が出てくる。具体的には以下の状況が考えられる。
先の基本モデルで説明したように、エージェントに高い努力を引き出させるためには賃金
は
W*=
C
P H−P L
を支払う必要がある。この場合、プリンシパルが期待できる取り分は
H
H
P (R−W*)
=P (R−
C
)
P H−P L
である。したがって、もしも
H
P (R−
C
)
<Y
P H−P L
⑹
であれば、株主側はStopを選択してしまう。 これは、エージェントの側からみると、⑹式の条件が満たされていると、高い努力水準を
選択しても契約どおりの高い賃金は得られないことを意味している。
もちろん、現実にはここまで極端な状況は稀かもしれない。突然解雇され契約どおりの賃
金が支払われないことになれば、損害賠償の請求が可能なのが通常である。例えば建築の契
約を建築業者と結んでいたとすれば、設計を変更して業者を途中で変えた場合、元の業者に
違約金を払う等しなければならない。しかし、企業内の活動においては、そのような損害賠
償が十分には支払われないケースは少なくない。プロジェクトの変更が行われて活躍場所が
なくなったとしても、それに対してプロジェクトが実現した場合に得られた報酬を請求する
ことはなかなか困難だろう。
このような株主側のStopの選択が予想されるのであれば、経営者側の行動は当然それに
よって影響を受ける。なぜならばせっかく高い努力水準を選んでも、Stopを選択されてしま
えば約束されていた高い賃金支払いは実現しないからである。よって、この場合エージェン
トは低い努力水準しか選択しない。
結局のところ、前節で述べた努力水準を引き出す報酬契約が存在しても、上記のような選
択肢がプリンシパルの側にあると、エージェントは低い努力水準しか選択しない。そうなる
と十分な期待利益が得られないと考えるため、株主側も十分な資金提供を最初の段階でしな
くなり、結局本来は収益性の高い投資が実現されなくなってしまう。
― 11 ―
この場合に、エージェントである経営者に対してインセンティブを与えるための1つの方
法は、経営者に対して決定権限の委譲を行うことである。つまり代替のプロジェクトに切り
替えるかどうかを、経営者が決められるようにしておくことである。そうすれば、当然のこ
とながらエージェントはStopを選択しない。そしてその結果十分高い賃金が約束どおり支払
われることが予想できるため、高い努力水準が実現する。
ただし、このような権限委譲のコミットメントが十分にできるのか、つまりエージェント
に決定を任せるといって高い努力水準を選ばせておいたあとで、プリンシパルが権限を取り
戻して自分で決めてしまう可能性はないのかという点は問題として残る。
⑶ 実質的権限
さらに、決定を誰がするかについては、形式的権限(formal authority)と実質的権限
(real authority)との違いが重要である。これは、決定する権利が形式的に与えられていて
も、実際に適切な決定をするだけの知識と情報がなければ、ある人に実質的に任さざるを得
ず、その人が実質的権限をもつ、というものである。
一般的に、株主は多くの決定を経営者あるいは取締役会に任せている。それは、時間的、
能力的な制約から考えて、株主がすべての業務について適切な決定を行うだけの十分な知識
や情報を得ることが不可能だからである。その意味では、多くの決定事項について、エー
ジェントである経営者は実質的権限を有している。
そう考えると、前項で説明したような問題があっても、わざわざ形式的な決定権限を経営
者に委譲しなくても、エージェントの努力のインセンティブは作り出せているようにもみえ
る。
しかし、実質的権限を有していることの限界は、常にそれを持ち続けられるという保証が
ないという点にある。状況によってはプリンシパルの側が、決定案件について非常に詳しい
情報を得る機会があるかもしれない。また環境変化によってその決定事項がプリンシパルに
とって非常な関心事項となり、情報収集コストを払ってでも自分で決定したいと考えるかも
しれない。そうなった場合には、当然形式的な権限を持っているプリンシパルのほうが決定
をすることができるようになり、エージェントは実質的な決定権を失ってしまう。
この帰結は、少なくとも2つの影響を企業活動に与える。1つは、インセンティブの低下
である。常に自分が決定できると予想できるのであれば、前項で述べたようにエージェント
は高い努力を選択するインセンティブが得られるが、自分が決定できなくなり代替プロジェ
クトが選択されて解雇される可能性が出てきたとすれば、高い努力のインセンティブは低下
してしまう。そのため、インセンティブを引き出すためにプリンシパルはより高い賃金をオ
ファーする必要が生じるし、権限を失う可能性がかなり高いと、いくら高い賃金をオファー
してもインセンティブは作り出せないかもしれない。
もう1つは、決定に関する柔軟性の拡大である。今までは代替プロジェクトの生産性は低
― 12 ―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
く、本来であれば代替プロジェクトは選ばれないほうが良い状況を想定してきた。しかし、
常にそうとは限らない。場合によっては代替プロジェクトのほうが生産性は高く、企業とし
ては代替プロジェクトに変更したほうが望ましい状況も存在し得る。その場合には、プリン
シパルが決定できることによって、代替プロジェクトの選択が可能になる。なぜならばエー
ジェントは自身の地位保全のために、たとえ代替プロジェクトのほうが生産性は高いとわ
かっていても、そちらを選択しないからである。
後者の点が大きいのであれば、たとえ経営者のインセンティブが低下して低い努力水準し
か実現できなくなったとしても、株主は形式的権限を有していたほうがよいだろう。一方、
前者のインセンティブ問題が大きい場合には、たとえ経営者の側に大きな情報優位性が存在
していたとしても、形式的権限も経営者側に委譲しておいたほうがよいことになる。
いずれにしても、この形式的権限と実質的権限の違いは、コーポレート・ガバナンス問題
が重層的で複雑なものであることを浮き彫りにしている。例えば、法律によって直接的に規
定ができるのは、あくまでも形式的権限の配分に過ぎない。実際には知識や情報に格差があ
り実質的権限を誰が持っているかが重要であるとすれば、法的なルールは直接的には影響を
与えることができない。しかし、誰がより多くの知識を有していて実質的な権限を持つかは、
法的ルールが間接的に影響を与える可能性があり、そこには複雑な構造が横たわっている。
4 少数株主保護
⑴ 少数株主保護の必要性
わが国の会社法だけではなく、どの国の法律においても、少数株主保護の規定がいろいろ
と設けられている。法律の基本原則とすれば、例えば1株当たりの配当額を多数株主と少数
株主の間で区別するようなことは許されていない。そのため、通常の状況では多数株主と少
数株主の間に利害対立はあまり生じないようにみえる。また、経営者も株式価値の最大化を
目指すとすれば、1株当たりの価値が最大化されるはずだから、本来は多数株主にとって望
ましい決定は少数株主にとっても望ましいはずである。
しかし、現実の企業活動においては、このような基本原則が満たされない局面が多々存在
する。例えば、親会社である多数株主と取引する際に親会社に有利な取引条件で契約するこ
とは、多数株主にとっては得だが少数株主だけが不利益を被るという場合があり得る。ある
いは、親会社からの役員に多額の役員報酬を支払うことで、配当以外の形で多数株主に利益
配分する方法も考えられよう。そのため、このような株主平等原則に反した行為については、
不公正なものであるとして、法学の議論としては少数株主保護が必要であるとされる。
一方、経済理論から考えた場合、通常このような保護規定についてはいくつかの反論が考
えられる。まず、多数株主になるためには、それなりのコストがかかっており、また実質的
なコントロール権を行使するにあたっては情報収集などのコストもかかる。したがって多数
― 13 ―
株主は少数株主よりも多くのコストを負担しており、それに見合ったリターンを多数株主が
受け取るほうが、望ましいという考えがあり得る。
例えば、多数株主がCだけの私的コストをかけて情報をチェックすると企業価値が高まり、
株式総額が⊿Pだけ上昇するものとしよう。多数株主がαの割合だけ株式を保有していると
すれば、平等に配当が支払われるならば、多数株主がその情報チェックによって得られる利
得はα⊿Pとなり、少数株主は(1−α)⊿Pとなる。この場合、C>α⊿Pであるならば、多数
株主にとってこの努力は割に合わないため⊿Pは結果として実現しない。その場合には、多
数株主にα⊿P以上の利益を与えることで、多数株主は努力をするインセンティブが生まれ
てくる。また、少数株主も自分が少数であることを認識して株式を購入しているのであれば、
それを前提に(安い)株価がついているはずなので、少数株主は損をしていないという批判
もあるだろう。
しかし、このような議論に抜けているポイントは少数株主の投資へのインセンティブとい
う側面である。重要なのは、多数株主の意思決定が、結果として少数株主の不利益をもたら
すのであれば、それを予想して少数株主が株主にそもそもならない可能性があるという点
である。例えば上記モデルでいえば多数株主の取り分をかなり(C以上に)高くしてしまう
可能性があるが、その可能性を少数株主が予想してしまうと、投資を手控えてしまう。そう
なると、そもそも少数株主にならなくなってしまう結果、十分な資金が企業側に集まらなく
なってしまう。
この場合、このような行動の予測を織り込んでいるとすれば株価は安くなっており、少数
株主や少数株主になるはずだった投資家は損をしていない。損失を被るのは、むしろ資金を
集められない多数株主のほうである。よって、多数株主としては、このような行動をとらな
いというコミットメントが必要である。しかし、これを多数株主自身で行うことは困難であ
る。例えば、定款で定めても、多数株主は定款変更が可能である。したがって、法律によっ
て、このような行動がとれないように手を縛っておく、つまりコミットメントを作り出すこ
とが必要になる。
⑵ モデル分析
この点を、今で説明してきたモデルを少し変形して考えておこう。今までのモデルは、株
主と経営者の利害対立問題を扱っており、経営者の努力水準がプロジェクトの成否を決める
という設定であった。
それに対してここでは、経営者を捨象し、多数株主と少数株主との間の利害対立の問題を
モデル化する。そのために多数株主が経営努力をすることによって、株式価値を高める努力
をする状況を想定する。上で述べたように少数株主は基本的には、それにフリーライドし
ている形になっており、必ずしも完全に平等な形でリターンを保障する必要はない。しかし、
その一方で少数株主からの投資が重要なことも事実である。彼らからの投資が得られないと
― 14 ―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
設備投資が実行できなかったりする等の問題が生じる状況である。
そこで、そもそも大株主(場合によっては、兼経営者)が存在する状況を考える。設備投
資が必要であり、そのために少数株主から資金を提供してもらう必要がある。この必要資金
をIで表す。これは全額提供しても少数株主にしかなれない金額とする。
投資 I が行われるとその後で多数株主が努力水準を選択するものとする。前のモデルと同
H
H
じようにe の努力水準を選択すると、Cだけの私的コストがかかるものの確率P でRが得ら
H
L
れ、
(1−P )でゼロが実現するものとしよう。一方e の努力水準を選択すると私的コスト
L
H
はゼロになるもののRが得られる確率はP(<P )
になってしまう。このような努力水準が選
択された後で、この企業は利益の配分の仕方について決定を行うものとする。より具体的に
はRのうちの多数株主の取り分割合θを決定する。そして不完備契約のところで述べたよう
に、ここでは資金調達時点ではこの決定に関してのコミットメントはできないものとする。
ただし、決定権の配分は資金調達時に可能とする。この場合、大きく分けると選択肢は2
つある。1つは少数株主にθの決定権を与えるものである。この場合少数株主は当然θをゼ
ロに設定するだろう。結果的に少数株主が全ての利益を獲得することになる。当然のことな
がら、それでは多数株主の努力のインセンティブを引き出すことができない。高い努力水準
H
L
を得るためには、θ≧C/R
(P −P )のθが必要だからである。
もう1つの選択肢は多数株主が決定権を持つことであるが、その場合には、θ=1が選択
される。これは努力のインセンティブを引き出すには十二分である。が、少数株主は結果と
して何も得られない。このことが十分予想できていれば、Iだけの資金を投資家は提供せず、
そもそも資金調達に失敗してしまう。したがって、配当割合θに関する何かコミットメント
の仕組みが必要となる。
けれども先にも述べたように多数株主はコミットメントをするための手段を持っていない。
定款で定めたとしても、多数株主は定款変更も可能なので十分なコミットメントにはなりえ
ない。そのため法律で規定を設け、例えば、θに関する上限を設けることによって、少数株
主による期待利得を確保することが考えられるだろう。そうすれば安心した少数株主からI
だけの資金を集めることができ、投資の実行を可能にすることができるだろう。 ただし、現実の法規定によって決まってくるθが実際に最適になっているかどうか、これ
でIが実現できるかどうかはよく検討する必要がある。θが大きすぎると保護が強すぎ、か
えって多数株主のインセンティブを引き出せないし、逆にθを弱めるとIが投資されない。
法律によるコミットメントの問題点はこの点の柔軟性が確保できない点にある。各企業に
よって最適なθのレベルが違う場合には、法律によって一律にθが決まってくる状況になっ
ていると、問題が生じる企業が出てくる。
少し高度な議論をすると、多数株主によるコミットメントとなり得るのは実は、借入れで
ある。借入れの資金調達であれば、θを高くしてしまうと債権者である投資家に返済が十分
にできないことを意味している。よってθを高くすると債務不履行が生じることになり、多
― 15 ―
数株主としては大きなペナルティを被る。そのため、実現させるθが小さくなり、投資家イ
コール債権者のインセンティブが作りだされる。
5 広義のコーポレート・ガバナンス
⑴ ステークホルダー・ビュー
今までは、株主をプリンシパル、経営者をエージェントとして設定し、情報の非対称性が
ある中で、両者の間の利害調整を、主にどのような報酬契約によって行うかを検討してき
た。しかし、企業が多様な利害関係者の集合体であり、その利害調整をするための仕組みが
コーポレート・ガバナンスだという立場に立つと(このような見方はしばしば、ステークホ
ルダー・ビューともいわれる)
、必ずしも株主の利益を最大にすることだとはいいきれなく
なる。経済理論においては、通常、効率性が問題とされ、企業全体の価値がどこまで高めら
れるかが目的として設定されている。そのためには、株主の利益を最大にすることが望まし
い場合もあるが、そうではなく全体の調整がより重要な場合もある。
⑵ 誰がレントを得るのか?
そもそも、プリンシパル・エージェントモデルがコーポレート・ガバナンスの文脈で用い
られる場合、通常、プリンシパルが株主でエージェントが経営者であると当初から前提とさ
れる場合が多い。
しかし、このことが「株主はそもそもプリンシパルである」あるいは「株主がプリンシパ
ルであるべきだ」などの命題を導くわけではない。プリンシパルが株主であることは、モデ
ルの設定にすぎず、それはモデル構築者が設定する仮定でしかない。したがって経営者がプ
リンシパルであり株主がエージェントであるモデルも当然存在するし、またどちらかのモデ
ルが理論的に正しいという性質のものではない(設定として、あるいは仮定の置き方として
どちらが適切かという議論はあるにしても)
。この点は現実のコーポレート・ガバナンスの
あり方やコーポレート・ガバナンスに関する法制度を議論する際にしばしば議論が混乱する
点であり、注意しておくべきポイントであろう。
まず、一般的に考えると、プリンシパルであるからといって常に高い交渉力を有するわけ
ではなく、利益の大部分を手に入れられるわけではない。プリンシパルであっても状況に
よっては、交渉力が低い場合もあり、その場合にはたとえ仕事の依頼者であってもレントの
大部分をエージェントに渡さざるを得なくなるだろう。
この点を現在のモデルを用いて表すと以下のようになる。今までと異なりプリンシパルに
は多くの潜在的競争者がおり、エージェントは特殊な能力を持った稀有な人材であるとしよ
う。このエージェントと契約をして仕事をしてもらうためには、競争者よりも有利な条件を、
各プリンシパルはエージェントに提示する必要がある。株主と経営者との関係のモデルで考
― 16 ―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
えれば、経営者が非常に有能な技術を持っており、そこに資金を提供したいと考えている投
資家が多数いる状況である。このような状況の場合には今までとは異なりエージェントであ
る経営者のほうが大きな交渉力を持つことになる。
その場合、プリンシパルは以下の問題を解くことになる。
Max
P HW−C
s.t.
P HW−C ≥ P LW H
P (R−W
I≥0
)
−
(1+i)
(問題P)
この場合最大化するのは、エージェントの利得であり、参加条件はプリンシパルの利得が
外部機会(ゼロと仮定)よりも大きいという条件になっている。
プリンシパルがエージェントの利得を最大にするように問題を設定するのは、そうしない
とエージェントとの契約締結が実現しないと考えるからである。もしもエージェントの利得
を最大化しないような契約をオファーすると、同様の環境にあるライバルが、より良い条件
を提示した場合に競争に負けてしまう。
ただし、プリンシパルとしても自己の純利得がマイナスになっては損失が生じてしまうか
ら、プリンシパル側の参加条件が満たされることが制約条件となる。また、高い賃金を支払
うからといって、それによって努力水準が下がってしまったのでは期待通りの利得は生じな
いから、インセンティブ条件は今までどおり制約条件としてかかることとなる。
この問題の解は単純である。プリンシパルがぎりぎり損をしないレベルまでWを高めるの
が最適になる。したがってプリンシパルだからといってレントを取るとは限らないし、また
すべてのレントをプリンシパルが得るべきだという結論が理論モデルから導かれるわけでは
ない。
⑶ 株主はプリンシパルか?
一般的には株主と経営者の関係をプリンシパル・エージェントモデルで考えていく場合に
は、株主をプリンシパルに経営者をエージェントとして設定する場合が多い。しかし厳密に
考えた場合には必ずしも株主がプリンシパルとは限らない。
まず現実行動のアナロジーとして考えた場合には資金保有者が機械や土地を購入して、そ
れを自分は運営できないために経営者に運営を頼むという状況が想定される。このような状
況であれば、プリンシパル(依頼者)は株主であり、経営者はその受託者(エージェント)
という設定はきわめて自然である。
しかし、実際の行動として考えた場合でも、資金提供者が管理運営者を探すのではなく、
経営者の側が資金提供してくれる人を探すという場合も少なくない。例えば現代の大企業に
おいて新株発行をするような場合には、経営者が新株を購入してくれるような株主を探すと
― 17 ―
いう構図になる。このような状況を想定するならば、むしろ経営者をプリンシパル、株主を
エージェントとしたモデル設定にしたほうが整合的な場合も多い。
そして、経営者の方が高い交渉力を持つ場合を想定してみよう。この場合、経営者の解く
最適化問題は以下のようになる。
Max
P HW−C
s.t.
P HW−C ≥ P LW H
P (R−W
I≥0
)
−
(1+i)
(問題Q)
たとえ、経営者がプリンシパルであっても、経営者が高い努力水準を選択することは投資
家である株主に納得してもらう必要がある。そのため、最初の制約式であるインセンティブ
条件は必要となる。また、株主に対して最低限のリターンを保証してやる必要がある。その
ために参加制約条件がかかっている。比べてみれば簡単に分かるように、結局のところ、こ
の問題は株主がプリンシパルで、経営者に高い交渉力がある場合の問題(問題P)と同じで
ある。
このようにどちらをプリンシパルと考えるかはモデル設定上の問題に過ぎず、結果に影響
を与えるのは、どちらのほうに交渉力があるかという事前段階の交渉力であることがわかる。
よって、株主はプリンシパルであり、したがってそれ故にレントを吸収する権利を持つとい
うのは誤った主張であることがわかる。
⑷ コーポレート・ガバナンスを考える際に必要な視点
したがって、コーポレート・ガバナンスの問題を経済学的に考える際には、
「プリンシパ
ル」あるいは「エージェント」という言葉にあまり惑わされることなく、誰と誰の利害調整
の問題が企業にとって重要か、そのためにどのようなメカニズムが必要かを考えていく必要
がある。
狭義のコーポレート・ガバナンスの考え方は、株主と経営者との間の利害調整を重要視し、
それをうまく行うことが企業全体にとって重要だと考えているとみることもできる。一方、
それに対して、広義のコーポレート・ガバナンスの考え方は、株主と経営者の間だけではな
く、企業に関係しているさまざまな利害関係者間の利害調整が重要であり、そのためのメカ
ニズムを考える必要があると主張する。
抽象的には確かにさまざまな利害関係者が存在する以上、それらの間の利害調整は必要で
あり、その点では広義のコーポレート・ガバナンスの考え方は理にかなっている面がある。
しかしながら、現実には多様な利害調整を全て行うことは難しく、逆にどの利害調整も十分
に行えない事態を招く危険性もある。そのため、狭義のコーポレート・ガバナンスのように、
特定の利害調整に焦点を当てたほうが、実効性のあるガバナンスが可能になるという面もあ
― 18 ―
第1章 コーポレート・ガバナンスの経済理論
るだろう。
いずれにしても、多様な利害調整をどのような形で行っていくべきかについては、さまざ
まな取組みが行われているのが現状であり、それらについては第2章以下で詳しく説明がさ
れることになる。
― 19 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
本章では、わが国の企業(主として、上場企業を中心とする、多数の株主を有する株式会
社を想定する)におけるコーポレート・ガバナンスの仕組みについて法律的・制度的な側面
を概観する(諸外国と比較したわが国のコーポレート・ガバナンスの特徴については第3章
を参照)
。
1 コーポレート・ガバナンスにかかる規制の多層性
コーポレート・ガバナンスの定義は多様であるが、その内容はきわめて多様である。以下、
何を規制するか(規制対象)
、誰が、どのような手法で規制するかという点を見ることとし
よう。
⑴ 規制対象
仮にコーポレート・ガバナンスを狭い意味で捉えるとすれば、出資者が自己の利益を確保
するために利用可能なさまざまな手段の総体ということになる。この場合コーポレート・ガ
バナンスを通じて出資者(株主)が守りたい利益は、大きく分けて2種類ある。第1は、い
かにして会社の業務執行を行う経営者の行動をコントロールし、自分達の利益(株主全体の
利益)を最大化するよう行動させるかということであり、第2は、いかにして少数株主が多
数株主からの収奪を避けるかということである。わが国の法制度は、その第1の側面に関す
るものが多く、後者については制度的な手当はあまり多くない。本章でも前者を中心に扱い、
後者についてはいくつかの重要なトピックに触れるにとどめる。
これに対して、いわゆるステークホルダー・モデルを前提とするなら、コーポレート・ガ
バナンスは、企業の利害関係者の利益を適切に保護するさまざまなメカニズムの総体という
ことになる。経営機構への従業員参加を認めるドイツの株式会社制度では、会社法自体が
労働者の利益を取り組んだコーポレート・ガバナンスの仕組みを提供しているが(第3章参
照)、日本の会社法はもっぱら株主の利益の確保のための仕組みを提供しており、労働契約
関係を保護するための法的諸ルールはコーポレート・ガバナンスの仕組みとは別に置かれて
いる。
⑵ 規制手法の多様性
コーポレート・ガバナンスの手法にもさまざまなものがある。例えば、経営者が株主利益
を向上させるインセンティブを高めるように、適切な報酬体系を作り上げたり、外部者から
なる業績評価委員会を設けたりするといったように、各企業が個別的・自発的に導入するメ
― 20 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
カニズムがある。また市場における競争、とりわけ資本市場を通じた経営者の規律付けも、
コーポレート・ガバナンスの重要なメカニズムであり、その健全な機能を維持するためにさ
まざまな規制がある。
これに対して、会社組織等のあり方について、国家が法律という形で提供し、エンフォー
スする規制(ハードロー)もある。会社法・金融商品取引法はその典型である。同じハード
ローでも、会社法と金融商品取引法では規制の性格がかなり異なる。前者は、会社の置く
べき機関を定めたり、業務執行者等の責任を定めたりする組織法的なルールであり、コーポ
レート・ガバナンスに関する最も基本的な規制を提供するものである。金融商品取引法は、
元来、資本市場における開示規制と不公正取引の規制と中心とした投資家保護と業者規制の
ためのルールであった。しかし、健全なコーポレート・ガバナンス体制の構築が投資家に
とって重要な関心事であるという認識に基づき、近時、コーポレート・ガバナンスに関する
規律が次々に導入されてきている。例えば内部統制報告書の提出、役員報酬や議決権行使結
果の開示といったものがある。
上場会社等のコーポレート・ガバナンスについては、法律のみならず、金融商品取引所の
定める上場基準や業界団体の定める自主規制のようなルール(ソフトロー)も重要な役割を
果たしている。例えば東京証券取引所は、1990年代末頃から、適時開示制度を通じて、上場
会社のコーポレート・ガバナンス関連情報の開示を充実させていったが、2004年に「上場会
社コーポレート・ガバナンス原則」を公表し、取引所としてのコーポレート・ガバナンスに
ついての考え方を示した(同原則は2009年に改定されている)
。また2007年からは、東証上
場会社が提出を義務付けられている「コーポレート・ガバナンスに関する報告書」を用いて
行われたコーポレート・ガバナンスの現状に関する総合的な分析である「コーポレート・ガ
バナンス白書」の公表を始めた。さらに、2007年には、上場企業に宛てた「企業行動規範」
を制定した。同規範は、上場会社として最低限守るべき事項を明示する「遵守すべき事項」
と上場会社に対する要請事項を明示し努力義務を課す「望まれる事項」により構成されてお
り、「遵守すべき事項」に違反した場合には、公表措置等の実効性確保手段の対象となる。
同規範も改正が繰り返され、内容が拡充してきている(注2)。取引所に限らず、さまざまな組
(注2)
例えば第三者割当等ファイナンスにかかわるもの、株主の議決権行使にかかわるもの、取締役
会、監査役会又は委員会、会計監査人の設置や独立役員の確保といった会社の機関のかかわるもの、
買収防衛策にかかわるもの、支配株主との重要な取引等にかかわるもの等がある。
(注3)
近時のものとして、例えば、金融審議会金融分科会スタディグループ「上場会社等のコーポレー
ト・ガバナンスの強化に向けて」
(2009年、6月17日)
、企業統治研究会(経済産業省)「企業統治研究
会報告書」
(2009年、6月17日)
、コーポレート・ガバナンスに関する有識者懇談会(日本監査役協会)
「上場会社に関するコーポレート・ガバナンス上の諸課題について」、日本経済団体連合会「より良い
コーポレート・ガバナンスをめざして」
(2009年4月14日)
。独立取締役委員会(日本取締役協会)「独
立取締役(社外取締役)制度に関する中間提言『経営者の上司は誰か』―――独立取締役は企業の持
続的発展を希求する市場経済の理性の要請である」
(2009年6月18日)、企業年金連合会「企業年金連
合会コーポレート・ガバナンス原則」
(2012年2月15日)。日本公認会計士協会「上場会社のコーポレー
ト・ガバナンスとディスクロージャー制度のあり方に関する提言――上場会社の財務情報の信頼性向
上のために――」
(2009年5月21日)等がある。
― 21 ―
織・団体が、報告書・ガイドライン等の形で、上場会社のコーポレート・ガバナンスのあり
方についての提言を行ってきている(注3)。
⑶ まとめ
以上見てきたように、上場会社等に関するコーポレート・ガバナンスについては、近時、
急速にルールが形成されつつある。ルールの形態としても会社法、金融商品取引法といった
ハードローが、さまざまなソフトローによって補完されている。そのように多様な形でルー
ルが形成される理由の1つは、コーポレート・ガバナンスの問題として取り扱われるべき論
点が、個々の会社の内部事項のみならず、市場環境の整備や市場参加者の行為にもかかわる
面があることにある。またあるべきコーポレート・ガバナンスを達成するため、多様なエン
フォースメント手段を用いることが望ましいのも理由であろう。例えば、会社法のルールは
基本的には民事訴訟を通じてエンフォースされることになるが、金融商品取引法は行政機関
による監督を通じてもエンフォースされるし、取引所のルールは、取引所の有するさまざま
なサンクション(上場廃止、公表措置、改善措置報告書の徴求等)によってエンフォースさ
れる。このように各々長所・短所のある多様な手段を適切な形で組み合わせることで、はじ
めて規律を実効的にエンフォースすることが可能になる。
2 株式会社の諸機関と機関設計
⑴ 株式会社の諸機関
現行法上の株式会社の機関として、会社法は、①株主総会、②取締役、③取締役会、④監
査役、⑤監査役会、⑥会計監査人、⑦会計参与、⑧委員会と執行役を定める。現在の会社法
は、これらの機関をどのように組み合わせるかについて、非常に多くの選択肢を認めている。
まず、すべての会社が置かなくてはならない機関として、株主総会と取締役がある(会社法
326条1項)
。それ以外の機関については、次に述べるいくつかのルールを守る限り、どのよ
うに置くかは、法律上は、会社の自由である(会社法326条2項)。
⑵ 機関設計の諸ルール
①取締役会の設置
公開会社(発行する株式の全部又は一部に譲渡制限がついていない会社)は取締役会を
置かなくてはならない(会社法327条1項1号)。取締役しか置かれていない会社だと、業務
の決定・執行が同じ人間で行われ、監督は株主自らが行う。これに対して取締役会が置かれ
ると、取締役会が重要な業務の決定や業務執行の監督を行うことになる。不特定多数の株主
が生まれる可能性のある公開会社には、株主自身によるモニタリングはふさわしくなく、監
― 22 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
督機関である取締役会を置くことが要求されるわけである。この差を反映して、取締役会設
置会社においては、株主総会の権限が縮小されることになる(会社法295条2項)。
監査役会を置いた会社は取締役会を置かなくてはならない(327条1項2号)。業務の決
定や執行よりも、監査の方が重装備となるのはバランスを欠くからである。
委員会設置会社の仕組みは後述するが、執行役への大幅な業務執行権限の委譲を認める
反面、特定のガバナンス構造(取締役会、三委員会、会計監査人)を備えさせるという設計
であり、取締役会はその必須要素として要求される。以上の裏返しとして、取締役会を置か
ない場合には、監査役会や三委員会・執行役を置くことはできないこととなる(会社法327
条1項2、3号)
。
取締役会設置会社では、別途業務執行を監督するためのメカニズムが要求される。取締役
会が置かれると株主総会の権限が縮小され、株主から相対的に独立性の高い業務執行機関が
置かれるため、業務執行から独立性のある監督が要求される。すなわち、
監査役を置くか、
委員会設置会社形態をとるか、いずれかが要求される(会社法327条2項)(注4)。
②監査役会の設置
大会社(注5)でかつ公開会社である株式会社は、委員会設置会社ではない限り、監査役会
を置かなくてはならない(会社法328条1項)。前述の通り、公開会社であれば取締役会が強
制され、その結果、少なくとも監査役を置くか委員会設置会社にしなくてはならない。加え
て、公開会社でありかつ大会社になると、監査役会を置かなくてはならなくなるわけである。
その結果、少なくとも監査役が3人以上必要で、しかも半数以上が社外監査役でなくてはな
らない(会社法335条3項)
。
大会社かつ公開会社である株式会社のもう1つの選択肢は、委員会設置会社となることで
ある。この場合、三委員会では社外取締役が過半数でなくてはならないという規制がある
(会社法400条3項)
。
一般的にいうと、公開会社かつ大会社の場合には、社外者が過半数を占める監督機関によ
る監査が要求されることになる。
③会計監査人の設置
会計監査人は会計に関して外部監査を行う機関である。任意に置くことはできるが、一定
の会社は、外部監査が強制され、会計監査人を置かなくてはならない。大会社は会計監査人
(注4) ただし、公開会社ではない会社(すべての株式について譲渡制限のある会社)では、例外的に
会計参与を置けば足りる。会計参与は、監督機関とはいえないが、相対的に株主によるガバナンスが
有効だからということと、また従来の有限会社については、取締役会を置いても監査役は不要だった
ので、そのような自由をある程度維持しようという考え方によるものである。
(注5) 大会社とは、①最終事業年度に係る貸借対照表に資本金として計上した額が五億円以上である
か、②最終事業年度に係る貸借対照表の負債の部に計上した額の合計額が二百億円以上である株式会
社をいう(会社法2条6項)
。
― 23 ―
を置かなくてはならない(会社法328条2項)。公開会社か否かは問わない。また委員会設置
会社は、規模にかかわらず会計監査人を置かなくてはならない(会社法327条5項)。
会計監査人設置会社は、監査役を置くか、委員会設置会社とするかいずれかを選ばなくて
はならない(会社法327条3項)
。会計監査人は外部監査のための機関であるが、監査役(会)
あるいは委員会設置会社の監査委員と連動して働くような仕組みとなっているからである。
④監査役(会)と三委員会・執行役
監査役・監査役会と委員会を同時に置くことはできない。委員会設置会社は、取締役と監
査役(会)から構成される日本の株式会社の伝統的なガバナンス構造に代わる、新しいガ
バナンスメカニズムとして導入されたものであり、いずれをとるかは二者択一だからである。
もし双方を同時に置いたりすると監査委員と監査役の関係等の調整がつかなくなるおそれが
ある。
⑶ 現実的に想定される機関設計
⑵で述べたルールを満たせば、法律上は、どんな機関構成をとってもかまわない。しかし、
論理的には可能な機関構成ではあっても、実際にはとられないであろうものもあり、現実的
に想定される選択肢は自ずと限られてくる。とりわけ上場企業を中心とする多数の株主を有
する株式会社においては、次のようなタイプを想定することになろう(注6)。
すなわち第1は、取締役会を備え(注7)、監査役が置かれており、加えて、その規模によっ
ては会計監査人が置かれているというタイプである。特に、上場会社は(委員会設置会社で
ない場合には)、取引所の規則により監査役会を設置し、かつ会計監査人も置くことを求め
られることがある(東京証券取引所有価証券上場規程437条参照)。第2は委員会設置会社で
ある。 以下では、このいずれかの機関構成を持つような会社を想定し、説明することにする。
3 株主総会と資本多数決
すべての株式会社は、株主の意思決定機関である株主総会を置く必要がある。取締役会非
設置会社においては、株主総会は万能の機関であるが、取締役会の設置されていない会社で
はあらゆること、取締役会設置会社では、法律が規定すること及び定款によって決議事項と
されていることについてだけ決議することができる(会社法295条)。現在、法律の規定する
(注6) 会社規模はそれほど大きくない中堅の会社では、取締役会はあり、監査役を置いているが、会
計監査人の置いていないものも少なくない。また取締役会は置かず、監査役・会計監査役も置いてお
らず、せいぜい会計参与を置いている程度の小規模で閉鎖的な会社(従来の有限会社に相当するもの)
もある。数としては、こういう会社がわが国の株式会社の大多数を占める。
(注7)
前述の通り、公開会社(全株式に譲渡制限を付している会社以外の株式会社)であれば取締役
会を置くことが強制される(会社法327条1項1号)。
― 24 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
重要な事項としては、①会社機関の選任・解任、②会社組織の基礎的な変更(事業譲渡、組
織再編、解散等)
、③株式併合等のように株主の重要な利益に関する事項、④役員報酬の決定、
⑤剰余金の分配といったものがある(ただし、④、⑤については例外がある)。
株主総会においては、一株一議決権の資本多数決に従って決定がなされるのが原則である
が(308条1項)
、種類株式制度を用いることで、この原則から離れることも可能である。
株主総会については、株主が十分な情報を与えられ、またその意思決定が歪められない形
で議決権が行使されるように、招集通知を通じた株主への情報の開示や議決権の代理行使
(委任状勧誘)
、書面投票について規制が置かれている。法の定める手続に違反した決議や、
議案に利害関係を有する者(特別利害関係人)が議決権を行使することで著しく不公正な決
議がなされた場合等、問題のある意思決定がなされた場合には、決議の効力を争うことがで
きる(会社法831条参照)
。
近年、機関投資家による議決権行使が注目されている。機関投資家が積極的に議決権を行
使し会社の意思決定に影響を与える現象、すなわちコーポレート・ガバナンスにおける機関
投資家の役割は世界的にも注目を集めている現象である。 4 監査役設置会社のガバナンス構造
⑴ 監査役設置会社の諸機関
①監査役設置会社のガバナンス構造
取締役会設置会社においては、取締役会が業務執行の決定を行い、業務執行取締役がそれ
を実際に執行する。取締役会は業務執行に関する決定と取締役の職務執行の監督を行う。さ
らに監査役が、取締役の業務を監査する。したがって取締役会設置会社である監査役会設置
会社においては、取締役の職務執行について、取締役会と監査役の双方が監督することにな
る。さらに会計監査人が置かれる場合には、専門家による会計監査が行われ、監査役の主要
な役割はその監督になる。以下、取締役・取締役会、監査役・監査役会、会計監査人の各々
の役割について触れたうえで、これらの者の選任・解任、報酬の規制、義務と責任について
説明する。
②取締役と取締役会
取締役は株式会社においては必ず置かなくてはならない機関である。取締役会非設置会社
において取締役は業務執行機関であり、取締役会設置会社においては、取締役会の構成メン
バーとして会社の業務執行の決定を行ったり、他の取締役の職務執行を監督したりすること
を職務とする。取締役には特に資格は要求されていない(ただし若干の欠格事由が法定され
ている。会社法331条)
。複数の会社の取締役を兼任することも特に制約はない。
― 25 ―
取締役の中のうち、当該会社あるいは子会社の業務執行取締役・執行役・使用人ではなく、
また過去にもそうではなかった取締役を社外取締役という(会社法2条15号)
。今日、コー
ポレート・ガバナンスの世界的潮流に沿って、日本の上場会社も、社外取締役を取締役会構
成員とすることによりガバナンスを強化するべきであるということが説かれることが少なく
ないが(第3章参照)
、現行法は社外取締役の設置は義務付けていない。ただ、特別取締役
制度(会社法373条)を利用したり委員会設置会社形態をとったりする場合に要求され、ま
た責任限定特約を結ぶ場合の要件に関係するだけである。現行法の社外性の要件については、
緩やかすぎるという批判が強く、取締役の親族及び親会社関係者を除くものとする法改正が
提案されている(注8)。なお上場会社については、取引所によって、独立役員(一般株主と利
益相反が生じるおそれのない社外取締役又は社外監査役の設置が要求されることがある(東
京証券取引所有価証券上場規程436条の2参照)。
取締役会は、取締役全員からなる会議体(会社法362条1項)であり、①会社の業務執行
の決定、②取締役の業務執行の監督、③代表取締役の選定・解職を行う機関である(会社法
362条2項)
。必ず置かなくてはならない機関ではないが、上場会社を中心とする多数の株主
を有する会社は公開会社であることが通常であり、取締役会を置かなくてはならない(会社
法327条1項1号)
。このように、日本の会社法のもとでは、取締役会は、業務執行の決定と
監督の両方の機能を併せ持つのが特徴である(ただし委員会設置会社については後述参照)。
さらに会社法は一定の事項について、取締役会が決定しなくてはならないとし、取締役への
権限委譲を制限している(会社法362条4項)。このように取締役会の役割として、業務執行
と監督の双方を行う制度設計がいいのかどうか、とりわけ上場会社等についてこれでよいの
かは議論が分かれる(コーポレート・ガバナンスを巡る世界的な潮流については、第3章参
照)
。
取締役会設置会社においては、取締役会は業務執行に関する意思決定をするだけであり、
業務執行を実際に行う機関が別途置かれることになる(注9)。取締役会は、代表取締役、指定
業務執行取締役を選定し(会社法362条2項3号、363条1項)、これらが業務を執行する(両
者は合わせて業務執行取締役と呼ばれる。会社法2条15号)
。取締役会は、これらの者の業
務執行を監督することになる(会社法362条2項2号)。代表取締役は、対外的に会社を代表
する権限を有する(会社法349条1項)
。代表取締役の代表権限は、裁判上、裁判外の会社の
一切の行為に及び(会社法349条4項)
、会社の定款等で制限しても、その制限は善意の第三
者に対抗することはできない(会社法349条5項)。
(注8)
現行法の定義は、会社の業務執行を自ら行わず、また業務執行者から支配される立場のものを
排除するというルールである。しかし、これに加え業務執行者の親族や親会社の役員等、業務執行
者や会社と利害関係がある者も排除することが提案されている(
「会社法制の見直しに関する要綱」
(2012年9月7日、法制審議会)第1部・第1・2⑴)。なお同時に、社外取締役の要件にかかる対象
期間を10年とし、それ以前に当該会社あるいは子会社の業務執行取締役や使用人等でなければよいも
のとするという改正も提案されている(同・第1部・第1・2⑴)
(注9)
これに対して取締役会非設置会社においては、各取締役が業務執行機関となる。
― 26 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
③監査役と監査役会
会社法は、業務を執行したり業務執行の決定に加わったりすることなく、取締役の職務の
執行の監査に専念する機関として監査役を置く(会社法381条1項)。会計監査人とは異なり、
監査役には特段の資格要件は設けられていないが、当該会社・子会社の取締役、支配人、使
用人を兼任することは許されない(会社法335条2項)。自ら行った業務執行を行う者、業務
執行者から従属的地位にある者を排除し、その独立性を確保する趣旨である。監査役制度
は、わが国のコーポレート・ガバナンス制度の特徴であるが、わが国独特の制度であるだけ
に、その役割や機能は、海外機関投資家等からはなかなか理解されにくい面がある。
監査役は、取締役の職務の執行を監査する(会社法381条1項)。監査役の行う監査は、業
務監査と会計監査に分けられる。業務監査とは、取締役の業務の執行について監視し必要が
あれば是正手段をとることであり、会計監査とは、企業の会計処理に関して不正が行われて
いないか監視することである(注10)。また、監査役は監査報告書を作成しなければならない
(会社法381条1項)
。これらの職務遂行に必要な調査を行うために、監査役には調査権限が
与えられている(会社法381条2項、3項)
。さらに取締役の違法行為を阻止するためにいく
つかの権限と義務が定められている。まず取締役の業務執行の不正等について、取締役会で
報告する義務がある(会社法382条)
。また取締役会に出席しなくてはならず、必要があると
認めるときには意見を述べなくてはならず(会社法383条1項)、また取締役会を招集するこ
ともできる(会社法383条2項)
。さらに監査役は、取締役会の違法行為を差し止める権限を
有する(会社法385条1項)(注11)。
大会社でかつ公開会社である株式会社(委員会設置会社を除く)は、監査役会を置かなく
てはならない(会社法328条1項)
。またこれらの会社以外でも監査役会を置くことができる
が、監査役会を置くと、必ず取締役会を設置しなくてはならなくなる(会社法327条1項2
号)。 上場会社には、法律上の義務がない場合であっても、取引所により監査役会の設置が
要求されることがある(東京証券取引所有価証券上場規程437条参照)。監査役会設置会社は、
3人以上の監査役が必要で、その半数以上は社外監査役でなくてはならない(会社法335条
3項)
。社外監査役は、過去に会社またはその子会社の取締役・執行役または支配人その他
の使用人でなかった者である(会社法2条16号)(親会社の取締役等であってもよい)。また
(注10) 非公開会社(監査役会設置会社・委員会設置会社は除く)の監査役は、会計監査だけを行う旨
。
を定款で規定することができる(389条1項)
(注11)
その他、①会社と取締役との間の訴訟など利益相反があるような訴訟において、会社を代表す
るという権限(386条1項)
、②取締役の会社に対する責任を一部免除する議案を総会に提出する場合、
取締役会による責任軽減を認める定款変更及び当該定款規定に基づいて責任軽減議案を取締役会に提
出する場合、社外取締役・社外監査役の会社に対する責任を契約により制限できる旨の定款変更議案
を株主総会に提出する場合の同意権(425条3項、426条2項、427条3項)を有する。また、③代表
訴訟提起前の株主の会社に対する提訴請求の名宛人は監査役であり(386条2項1号)、代表訴訟につ
いてなされる会社が当事者ではない訴訟上の和解について、裁判所がなす通知・異議催告も監査役に
対してなされる(386条2項2号)。代表訴訟について会社が取締役側に補助参加する申し出も同様で
ある(849条2項)
。
― 27 ―
監査役の互選で常勤の監査役を(少なくとも1人)定めなければならない(会社法390条3
項)
。
監査役会は、すべての監査役で組織され(会社法390条1項)、①監査報告の作成、②常勤
監査役の選定・解職、③監査の方針、監査役会設置会社の業務及び財産状況の調査の方法そ
の他の職務の執行に関する事項の決定を行う(会社法390条2項各号)。なお③の内容として、
そこで各監査役の役割分担も定めうるが(会社法390条2項)、各監査役の権限の行使を妨げ
てはならない(会社法390条2項但書)とある。監査役は、各々独立にその任務を果たすこ
とが期待されているためである(独任制)
。
④会計監査人
会計監査人は、会計の専門家として計算書類等の監査をするために置かれる機関である
(会社法396条1項)
。大会社、委員会設置会社は会計監査人を置かなくてはならないが、そ
れ以外の会社でも任意に置くことはできる。上場会社には、法律上の義務がない場合であっ
ても、取引所により会計監査人の設置が要求されることがある(東京証券取引所有価証券上
場規程437条参照)
。会計監査人を置いた場合には、監査役(権限を限定していないもの)を
置く必要がある。会計監査人は公認会計士または監査法人であって、法定の欠格事由がない
者でなければならない(会社法337条1項、3項)。
会計監査人の重要な職務は、専門家として計算書類と附属明細書を監査することであり
(会社法396条1項前段)
、これを決算監査と呼ぶ。そして決算監査を適切に行うため、いつ
でも会社の会計帳簿・書類を閲覧・謄写し、また、取締役と支配人その他の使用人に会計に
関する報告を求めることができるほか、必要があれば、会社の業務・財産の状況を調査する
ことができ(会社法396条2項)
、その会社だけでなく、必要があれば、子会社・連結子会社
に対しても報告を求め、その業務・財産の調査をすることができる(会社法396条3項)。た
だし、その職務遂行の際たまたま取締役の違法行為を発見したときは、会計監査事項でなく
とも、それを監査役、監査役会に報告しなければならないこととし(会社法397条1項、3
項)
、監査役・監査役会の業務監査に資することが期待されている。
― 28 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
図表2−1 監査役(監査役会)設置会社のガバナンス・構造
代表取締役
業務担当取締役
監督
会計監査人
選
定
・
解
職
*
任
解
・
任
監
査
取締役会
選
監査役(会)
選
任
・
解
任
選
任
・
解
任
選
任
・
解
任
株主総会
*選任・解任議案提出への同意権、例外的なケースでの解任権
⑵ 役員・業務執行者の選任・解任
取締役は株主総会によって選任される(会社法329条1項)。任期は2年(注12)である。株
主総会は、取締役をいつでも取締役、監査役、会計監査人を解任することができる(会社法
339条1項)
。解任の理由は問わないが、正当な理由なく解任した場合には、解任された取締
役は、会社に損害賠償(注13)を請求することができる(会社法339条2項)。取締役の選任・
解任権は、株主が取締役をコントロールするための最も基本的な権限である。
監査役も株主総会により選任される(会社法329条1項)。任期は4年であるが(注14)。監査
役の選任議案の提出については、監査役の同意(複数の場合はその過半数)が要求される(会
社法343条)
。株主総会は、いつでも監査役を解任することができるが、株主総会の特別決議
が要求される(会社法309条2項7号)
。解任の理由は問わないが、正当な理由なく解任した
場合には、解任された取締役は、会社に損害賠償(注15)を請求することができる(会社法339
条2項)
。また監査役は、その選任・解任・辞任について株主総会において意見を述べるこ
とができる(会社法345条4項による345条1項の準用)
。いずれも監査役の独立性確保を意
識した規定である。
(注12) 正確には、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最初のものに関する定時株主総会終結時
まで(332条1項)。ただし公開会社ではない株式会社(委員会設置会社を除く)では、定款により任
期を10年まで延長することができる(332条2項)。
原則として残任期の報酬を請求できると理解されている。
(注13)
(注14) 正確には、選任後4年以内に終了する事業年度のうち最初のものに関する定時株主総会終結時
まで(336条1項)。ただし公開会社ではない株式会社(委員会設置会社を除く)では、定款により任
期を10年まで延長することができる(336条2項)。
(注15)
原則として残任期の報酬を請求できると理解されている。
(注16) 正確には、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最初のものに関する定時株主総会終結時ま
で(338条1項)
。
― 29 ―
会計監査人も株主総会により選任される(会社法329条1項)。任期は1年(注16)であるが、
定時株主総会において別段の決議がなされない限り、自動的に再任される(会社法338条2
項)。会計監査人の選任議案の提出には監査役(複数の場合は過半数)あるいは監査役会の
決議による同意が必要であり(会社法344条1項1号、3項)、また監査役あるいは監査役会
は、取締役に対して、会計監査人の選任議案の提出を請求することもできる(会社法344条
2項、3項)
。会計監査人は、任期中でも株主総会決議により解任することができるが(会
社法339条)(注17)、選任の場合と同じく、取締役会による解任議案には、監査役(複数の場
合は過半数)あるいは監査役会の同意が必要である(会社法344条1項2号、3項)。また監
査役・監査役会の決議による解任議案の提出も認められる(会社法344条2項2号、3項)。
ただし、①会計監査人が職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき、②会計監査人と
してふさわしくない非行があったとき、③会計監査人が心身の故障のため、職務の遂行に支
障があり、またはこれに堪えないときには、監査役全員の同意によって解任することができ
る(会社法340条2項)
。解任後最初に開かれる株主総会で、解任したこととその理由につい
て監査役が報告し(会社法340条3項)
、解任された会計監査人はこの総会に出席し意見を述
べることができる(会社法345条5項)
。会計監査人の選任・解任に関する議案内容の決定権
が取締役会にあることは、俗に「インセンティブのねじれ」と批判されてきたことから、こ
れを監査役(監査役会設置会社の場合は監査役会)に移すことが提案されている(注18)。
業務執行者(代表取締役、指定業務執行取締役)の選定・解職は取締役会が行う(会社法
363条1項、362条2項3号)
。
⑶ 役員の報酬規制
役員報酬の規制は、コーポレート・ガバナンスの重要課題である。取締役の報酬は、定款
で決めるか株主総会決議で決定しなくてはならない(会社法361条)(注19)。一般には株主総
会で決定される。自分で自分の報酬を決めることになることを防ぐ(お手盛り防止)という
ことがその趣旨とされる。報酬規制をめぐる現行法及び判例の基本的な考え方は、会社から
出て行く金額の総額をいかにコントロールするかという点にあり、このため、株主総会決議
においては取締役全員の報酬の総額の上限を定めることで足り、取締役間の分配は取締役会
に任せてよいとされる。役員報酬規制を業務執行者のコントロール手段と位置付け、会社が
パフォーマンスを上げるようなインセンティブを適切に与える仕組みになっているかという
視点は弱い。役員報酬の規制は、世界的にもコーポレート・ガバナンスの非常に重要なテー
マと目されていが、そこでの問題意識はむしろ業務執行者に適切にインセンティブを与える
仕組みになっているかという点であり、現行法や判例の考え方とは少なからぬずれがあるこ
(注17)
正当な理由なく解任された会計監査人は、損害賠償を請求しうる(339条2項)。
(注18)
(
「会社法制の見直しに関する要綱」
(2012年9月7日、法制審議会)第1部・第2)
(注19)
ただし委員会設置会社については例外が設けられている(404条)。
― 30 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
とに注意する必要がある。
1億円以上の役員報酬については、金融商品取引法に基づき開示が義務付けられる(注20)。
役員区分ごとに、報酬等の総額、報酬等の種類別(基本報酬、ストック・オプション、賞与
及び退職慰労金等の区分)の総額及び対象となる役員の員数を記載し、かつ役員ごとに、氏
名、役員区分、提出会社の役員としての報酬等の総額を記載し、また提出会社の役員の報酬
等の額又はその算定方法の決定に関する方針についても記載しなくてはならない。これらの
情報の開示は、会社法上の報酬規制と比べると、業務執行者のコントロール手段としての側
面がより強く出ている。
監査役の報酬も株主総会で決定しなくてはならない(会社法387条)。監査役の報酬を定款
あるいは総会決議で決めるのは、監査役の適正な報酬を確保して、その独立性を保障して、
公正な監査に資するという趣旨である(取締役会による監査役の支配の排除)
。このため取
締役の報酬とは別個に決議することが要求され、また報酬を決定する株主総会では、監査役
は意見を述べることが認められる(会社法387条3項)。
会計監査人の報酬は監査契約によって定められ、それについて株主総会決議を得ることは
不要であるが、その決定に際しては、監査役(監査役会設置会社の場合は監査役会)の同意
が要求される(会社法399条1項、2項)
。
⑷ 役員の義務と責任
会社法は、役員等に義務と責任を課すことで、その行動をコントロールする。義務の内容
は、役員等の果たすべき役割によって異なる。
①業務執行の決定・実行に関する義務
会社法は、取締役は株式会社のために忠実にその職務を行わなくてはならないという義務
を課している(会社法355条)
。したがって、取締役が取締役会メンバーとして業務執行に関
する決定を誤ったり、業務執行取締役が職務遂行過程で会社に損害を与えたりした場合には、
取締役の義務違反に基づく責任が問題となる。もっとも、経営には不確実性がつきものであ
り、あらゆる失敗について結果責任をとらされるようでは、企業経営が不必要に萎縮する危
険がある。このため取締役がその権限内においてある経営上の決定を下した場合には、その
決定に合理的な根拠があり、会社の最良の利益であると信じて自己の裁量の範囲内で判断し
た結果として下したものである限り、裁判所は原則として事後的にその妥当性については立
ち入らない(立ち入るべきではない)という考え方(経営判断原則)が。わが国の裁判例に
おいても認められてきている。
以上のような一般的な義務に加えて、会社法は取締役と会社の利害が対立する局面に個別
(注20) 企業内容等の開示に関する内閣府令8条1号に基づく第二号様式の記載上の注意(57)a(d)参
照。
― 31 ―
的な規制を課している。すなわち取締役が自己又は第三者のために会社の事業の部類に属す
る取引(競業取引)
、自己又は第三者のために会社との間でする取引(利益相反取引・直接
取引)
、会社が第三者との間で取締役・会社間の利害対立がある取引(利益相反取引・間接
取引)(注21)を行う場合には、取締役会の承諾を要求する(会社法356条)。これらの義務に違
反した場合には、取締役の責任について特別なルールが設けられている(④参照)。
②業務執行の監督に関する義務
取締役の職務執行を監督することは取締役会の職務であり(会社法362条2項2号)、取締
役は取締役会の構成員として、業務執行取締役による職務遂行につき監視し、業務執行が
適正に行われるように努める義務を負う(監視義務)。さらに取締役は、会社がその事業内
容や規模に応じて、適切にリスクを管理できるような体制を構築する義務を負う(リスク管
理体制構築義務)
。リスク管理体制の整備についての決定は取締役会で行わなくてはならず
(会社法362条4項6号)
、大会社はこれらの事項を決定しなくてはならないとされる(会社
法362条5項)
。なお上場会社については、取引所によって適切なリスク管理体制の構築が要
求される場合がある(東京証券取引所有価証券上場規程439条)。会社が不適切な業務執行に
よって損失を被った場合には、取締役が監視義務違反あるいはリスク管理体制構築義務違反
を理由として、株主・債権者から訴えられる例がしばしば見られる。
なお、上場会社をはじめとする有価証券報告書提出会社は、
「当該会社の属する企業集団
及び当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正を確保するために必要なも
のとして内閣府令で定める体制について、内閣府令で定めるところにより評価した報告書」
(内部統制報告書)を内閣総理大臣に提出しなくてはならない(金融商品取引法24条の4の
4)。内部統制報告書については、その者と特別の利害関係のない公認会計士又は監査法人
(財務諸表監査を行う公認会計士又は監査法人)の監査証明を受けなければならない(同法
193条の2第2項)
。内部統制報告書は、有価証券報告書とあわせて開示される。これは開示
規制であるが、間接的に、会社が内部統制システムを構築する誘因を与えることが期待され
る。
監査役も善良な管理者の注意義務をもって監査を行う義務を負う(会社法330条)。このた
め、会社が不適切な業務執行によって損失を被った場合には、取締役と並んで監査役も監視
義務違反を理由として、株主・債権者から訴えられる例がしばしば見られる。
③会計監査に関する義務
粉飾決算を見逃すといった会計監査の失敗があった場合には、監査役・会計監査人の責任
が問題となる(会計監査人も善良な管理者の注意義務をもって会計監査を行う義務を負う
(注21)
典型例として、取締役の債務について会社が保証する(債権者と会社の間の保証契約を締結す
る)ことが上げられる。
― 32 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
(会社法330条)
)
。例えば粉飾決算の結果、本来行うことができないはずの配当がなされてし
まった場合等には、その配当について、配当を行ったり、配当議案の作成に関与したりした
取締役と並んで、その責任が追及される可能性がある。
④会社に対する責任と株主代表訴訟
取締役、監査役、会計監査人について、①∼③で述べたようなその任務を怠ったときは、
それによって生じた損害を会社に対して賠償する責任を負う(会社法423条)(注22)。なお取締
役の競業取引については、競業者の得た利益が損害と推定され(会社法423条2項)、利益相
反取引については、会社に損害がある場合には任務を怠ったことが推定される(会社法423
条3項)といった形で、規制が強化されている。
役員等の会社に対する責任は総株主の同意で免除しうる(会社法424条)ほか、株主総会
の特別決議(会社法425条、309条2項8号)
、定款による授権に基づく取締役会決議(会社
法426条)によって、役員の地位に応じて、法の定める限度まで軽減することができる。さ
らに定款において、社外取締役、社外監査役、会計監査人との間で、法の定める限度まで責
任を軽減する契約を締結することができる旨を定めることもできる(会社法427条)。
役員等の責任を会社が追及しない場合には、株主自らが、会社に代わって役員等の責任を
追及する訴訟を提起することができる(株主代表訴訟)
。役員が身内意識等から仲間の役員
を訴えるということが十分に期待できず、会社による責任追及が過少になる可能性があるこ
とから設けられた制度である(注23)。6ヵ月以上株式を保有していた株主は、会社に対して、
取締役・監査役の責任を追求する訴訟を起こすように求め、一定の期間の間に会社が訴えを
起こさなかった場合には、自ら原告となって会社のために訴訟を提起することができること
となっている(会社法847条)
。 もっとも役員等に対する責任追及を経営者の裁量に完全に
委ねると、責任追及が過少になりがちであるにせよ、個々の株主の判断が株主全体の利益と
なる保証がなく、株主全体の利益とはならない訴訟から会社の利益をどのように守るかも重
要な問題である。現行法では、代表訴訟の提起に若干の制限を課しているほか(会社法847
条1項ただし書き)
、裁判所が被告の請求により原告に対して担保の提供を命じる(会社法
847条7項)といった形で規律を加えている。
⑤第三者に対する責任
役員等が、その職務を行うに付き悪意又は重過失によって第三者に損害を与えた場合には、
当該第三者に対しても責任を負う(会社法429条第1項)。例えば会社の倒産によって損害を
(注22)
なお、会社法423条の定める一般的な責任の他に、別途定められた特別な責任もある(例えば
120条4項〔利益供与〕
、462条〔違法な分配〕参照)。
(注23)
もっとも会社の外部者である会計監査人に対する株主代表訴訟は、役員相互の仲間意識といっ
た説明はあまり説得力がなく、提訴懈怠可能性といった要素とは無関係に、企業の会計に重要な役割
を果たす者の責任追及の道を投資家広く認めようという趣旨ではないかと考えられる。
― 33 ―
被った債権者が、取締役の放漫経営やそれを見逃した取締役や監査役の監視義務違反を理由
に損害賠償責任を追及することが考えられる。また計算書類等に虚偽の記載を行ったことに
よって第三者に損害を与えた場合は、注意を怠らなかったことを証明しないかぎり損害賠償
責任を負う(会社法429条2項)
。この責任は、金融商品取引法上、上場会社の役員に課せら
れる責任(同法21条、22条)と重なるところが少なくない。
⑥取締役の行為の差止め
取締役が法令・定款に違反する行為等を行い。会社に著しい損害が生じる恐れがある場合
には、監査役はその行為を差し止めることができる(385条)。また会社に回復することがで
きないような損害を及ぼす可能性がある場合(監査役設置会社、委員会設置会社以外の会社
においては著しい損害が生じる恐れがある場合)には、株主も、取締役の行為を差し止める
ことができる(会社法360条1項、3項)
5 委員会設置会社のガバナンス構造
⑴ 委員会設置会社の諸機関
①委員会設置会社のガバナンス構造
2002年改正で新しく導入された委員会設置会社(当時は、委員会等設置会社)は、監査役
設置会社とは異なったタイプのガバナンス構造を提供する。その特徴は、
して業務執行を行わず、
取締役は原則と
取締役会の役割は、委員会メンバーおよび執行役選任等の監督機
能が中心となり、業務執行の決定については大幅に執行役に委任できる、
取締役会の下に
設けられた指名委員会・報酬委員会・監査委員会の3つの委員会(いずれも社外取締役がメ
ンバーの過半数)が監査・監督というガバナンスの重要な位置を占める、
監査役が存在し
ないといった点にある。
委員会設置会社は、経営と監督を分離し、取締役会は社外者を中心とした業務執行者から
の独立性の高いものとし、主として監督に専念するというガバナンス・モデル(モニタリン
グ・モデル)を、日本の実体を踏まえつつ導入しようとしたものだとされる。アメリカ等を
中心に見られる典型的なモニタリング・モデルでは、社外取締役を過半数とする取締役会を
置くが、現在の日本では、取締役の過半数を社外取締役とすることは現実的でないため、こ
のような複雑な形をとるに至った。すなわち、取締役会の他に、取締役をメンバーとする3
つの委員会を設置させ、これらの委員会において社外取締役の過半数を確保し、それらに重
要な権限(役員の指名、役員報酬の決定、監査)を持たせることで、いわば擬似的モニタリ
ング・モデルを作り上げているわけである。取締役会の方では達成できていない社外取締役
による監督を確保するための委員会なので、必ず3つとも置かなくてはならず、これらの委
― 34 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
図表2−2 委員会設置会社のガバナンス・構造
執行役
監督
会計監査人
選
任
・
解
任
*
任
指
名
委
員
会
報
酬
委
員
会
監
査
委
員
会
任
・
解
選
選
任
・
解
任
選
任
・
解
任
株主総会
*選任・解任議案提出への同意権、例外的なケースでの解任権
員会の決定はその上部組織の取締役会でも覆せないといったことになる。
②取締役と取締役会
委員会設置会社の取締役及び取締役会の機能は、それ以外の会社のそれと大きく異なる。
委員会設置会社の取締役も株主総会によって選任されるが、その任期は、1年である(注24)。
取締役会の機能は監督権能に特化するので、そのメンバーである取締役は毎年株主総会で信
任を受けるべきであるという考え方に基づく。
取締役は、
(法令に別段の定めがある場合を除いて)原則として会社の業務執行は行わな
い(会社法415条)
。業務執行と監督を制度的に分離する趣旨である。もっとも取締役と執行
役の兼任は禁じられていない(会社法402条6項)。監督と執行の分離という点では不完全と
なるが、円滑な委員会運営のために兼任にメリットもあるからである。しかし取締役は使用
人を兼ねてはならない(会社法331条3項)
。使用人は執行役の指示に従って職務を遂行する
ので、もし取締役が使用人を兼ねると、部下が上司を監視・監督するということになってし
まうからである。
取締役会は業務執行の決定と職務執行の監督を行うが(会社法416条1項)、監査役設置会
社の取締役会の専決事項(例えば募集株式や社債の発行)の多くについて、執行役に委任で
きる(会社法416条4項)
。
(注24)
正確には、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最初のものに関する定時株主総会終結時
まで(会社法332条3項)
。
― 35 ―
③委員会
委員会設置会社は、①指名委員会、②監査委員会、③報酬委員会を置かなくてはならな
い。委員会は3名以上で構成され(会社法400条1項)、かつ社外取締役が過半数でなくては
ならない(会社法400条2項)
。委員会の決定は、その上位機関である取締役会で覆すことは
できない。指名委員会は、株主総会に提出する取締役の選任・解任に関する議案の内容の決
定する(会社法404条1項)
。報酬委員会は、取締役・執行役が受ける個人別の報酬の内容を
決定する(会社法404条3項)
。監査委員会は、執行役等の職務執行の監査・監査報告書の作
成及び会計監査人の選任・解任、不再任の議案内容の決定を行う(会社法404条2項)。監査
委員会構成員は、さらに要件が加重されており、その全員が、当該会社及び子会社の執行
役・業務執行取締役、子会社の会計参与、支配人その他の使用人等であってはならない(会
社法400条4項)
。これは監査役と取締役の兼任禁止と同趣旨である。監査委員会の職務内容
は、監査役設置会社における監査役のそれと似た面があるが、監査委員も取締役である以上、
効率的な経営ができているかどうかということも監査内容である点が異なるとされる。監査
委員には、監査役設置会社の監査役と同様に、調査権限(会社法405条)、違法行為の差止権
(会社法407条)
、会社と執行役・取締役間の訴訟において会社を代表する権限(会社法408
条)等が与えられている。なお監査委員については独任制はとられておらず、報告を受けた
り調査したりする事項について監査委員会の決議があればそれに拘束される(会社法405条
4項)
。
④執行役
委員会設置会社では、執行役が取締役会決議により委任された業務の決定を行い、また業
務執行を行う(会社法418条)
。取締役が執行役を兼任することは認められるが(会社法402
条6項)、取締役でなくてはならないわけではない。取締役会は執行役の中から対外的な代
表権を有する代表執行役を選定する(会社法420条1項)。執行役が1人の場合は法律上当然
にその者が代表執行役になる。
⑵ 役員・業務執行者の選任・解任
役員等の選任・解任が株主総会によって行われる点は、監査役会設置会社と同じである。
ただし、会社が株主総会に提出する取締役の選任・解任議案は、指名委員会によって内容が
決定される(会社法404条1項)
。取締役の選任・解任議案が、取締役会ではなく、社外取締
役が過半数を占める独立性の高い会議体によって決定するという点は、委員会設置会社の重
要な特徴である。
業務執行者(執行役)の選任・解任は取締役会によって行われる点(会社法402条2項、
403条1項)は、監査役設置会社と同様である。ただし、監査役会設置会社の場合、業務執
行者(代表取締役会、指定業務担当取締役)はいずれも取締役なので、取締役会は、株主の
― 36 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
選んだメンバーの中から業務執行者を選ぶことになるのに対して、委員会設置会社の場合に
はそのような制約はない点が異なる。また業務執行者の選任・解任について、監査役設置会
社においては監査役が発言権がないのと異なり、委員会設置会社の監査委員は取締役会メン
バーとして発言権を有することになる。
⑶ 役員の報酬規制
委員会設置会社においては、報酬委員会が、取締役・執行役が受ける個人別の報酬の内
容を決定する(会社法404条3項)
。委員会設置会社では、監査役設置会社のように定款の定
め・株主総会決議による必要はない(会社法404条3項)。取締役会が報酬委員会の決定を覆
すことはできない。
監査役設置会社との違いは、報酬の決定機関だけではない。報酬委員会は、取締役・執行
役が受ける個人別の報酬の内容の決定に関する方針を定め(会社法409条1項)、それに従っ
て各報酬を決定する(会社法409条2項)
。監査役設置会社においては、役員全員に支払われ
る報酬の総額に関する規制であるのに対して、役員の報酬を個人別に定める点も異なる。
⑷ 役員の義務と責任
役員の義務と責任については、執行役が監査役設置会社の業務執行取締役に、監査委員は
監査役設置会社の監査役にほぼ対応する。もっとも監査委員は、取締役会決議に参加するた
めに、業務執行に関する決定を行った者として責任を負うといった点が異なる。役員等が会
社に対して負う責任、責任の減免、株主代表訴訟による責任追及等は、監査役設置会社と同
じである。
6 企業支配権にかかわる行為に関する法規制
⑴ 経営者の規律付けの手段としての敵対的買収
株式の売買を通じて企業のコントロールが移転する現象を企業買収と呼ぶが、そのうち、
現経営陣の意に反するものを敵対的買収と呼ぶ。敵対的買収は、上場企業において経営者に
対する重要なコントロール・メカニズムであると認識されている。経営者が株主の価値を最
大化させないでいると、株価はそれを反映して低い値段がつき、敵対的買収のターゲットに
なる。このように敵対的買収の潜在的な脅威が、経営者の規律付けとして機能するというわ
けである。敵対的買収それ自体はコーポレート・ガバナンスに関する法制度ではないが、敵
対的買収の有する規律付けが機能するように、敵対的買収に関するさまざまな法規制がある。
一方で、現経営者による買収防衛に一定の制限を課し、資本市場を通じた経営者のコント
ロール機能を失われないようにし。他方で、企業価値を下げるような支配権の移転を防止す
る必要がある。各国の法制度はこれらのバランスをとろうとしている。以下では、わが国の
― 37 ―
法制がどうなっているか概観することにしたい。
⑵ 会社法上の規制
わが国の裁判所は、敵対的買収に対する現経営陣による防衛について、さまざまな規制を
している。
①株式・新株予約権の割当と主要目的ルール
敵対的買収者が現れたときに、現経営陣が友好的な株主に対して株式や新株予約権を発行
することで、買収者の持株比率を下げることがしばしば行われてきた。わが国の裁判所は、
支配権に関する争いが顕在化している中で、支配権の維持・確保を主要な目的として株式や
新株予約権が発行された場合には、著しく不公正な方法による発行にあたるとして(会社法
210条2号)
、差止めを認めてきた。会社の経営者を選ぶのは株主であり、経営者自身ではな
いという考え方に基づく。他方、株式や新株予約権発行の主要目的が支配権の維持・確保に
あるとされても、当該買収者が支配権を取得することが企業価値を毀損するような場合には、
例外的に買収防衛が適法とされる場合があり得ることを認める下級審裁判例もある(ただし、
このような例外を実際に認めた裁判例は、これまでのところ見当たらない)。
②買収防衛策の導入・発動
近時では、特定の買収者が現われ支配権に関する争いが顕在化する前から、将来買収者が
現れたときに発動される買収防衛策を導入するケースも見られる。近時一般的に用いられ
る買収防衛策は、
「事前警告型買収防衛策」と呼ばれるものである。これは、敵対的買収者
(議決権割合の20%以上となる株式の買付を行おうとする者といった形で定義されることが
多い)が現れた場合、対象企業の取締役会に対して買収計画等の詳細を説明する等一定の手
続きを踏むべきこと定め、この手続きに従わない場合には、対抗措置(買収者だけが行使で
きない差別的行使条件付新株予約権の発行等)をとる旨を警告しておくものである。平時に
導入された事前警告型買収防衛策(とりわけ株主総会決議を経て導入されたもの)が、敵対
的買収者出現後に実際に発動された場合にどのように扱われるかという点は、はっきりしな
いのが現状である。株主総会決議を経て買収防衛策が発動された場合(例えば株主総会決議
に基づき、買収者だけが行使できない差別的行使条件付新株予約権の無償割当が行われる場
合)には、裁判所は、そのような措置を広く容認する傾向がある。支配権を移転させないの
が株主の意思だからである。ただし、多数決によって買収者に経済的損害を与えるような内
容の措置を執ることがどこまで許されるかについては議論の余地がある。
取引所がその上場規則において買収防衛策のあり方について一定の要求をする例もある。
例えば東京証券取引所は、買収防衛策に関して必要かつ買収防衛策を導入する場合、十分な
適時開示を行うこと、買収防衛策の発動及び廃止の条件が経営者の恣意的な判断に依存する
― 38 ―
第2章 わが国のコーポレート・ガバナンス
ものでないこと、株式の価格形成を著しく不安定にする要因その他投資者に不測の損害を与
える要因を含む買収防衛策でないこと、株主の権利内容及びその行使に配慮した内容の買収
防衛策であることといった事項を遵守することとを要求している(東京証券取引所有価証券
上場規程440条)
。
なお企業買収のコンテクストではないが、既存株主の持株比率に大きな影響を与える第三
者割当について、取引所が独自の規制を設けている例がある。東京証券取引所は、株主の
持株比率の希釈化率が25%以上となるとき、または支配株主が代わる場合には、原則として、
その相当性について独立した第三者の意見をとるか、株主総会等による株主の意思確認を要
求する(東京証券取引所有価証券上場規程432条参照)。
⑶ 金融商品取引法上の公開買付規制
金融商品取引法は、市場取引による場合を除いて、議決権の3分の1以上を取得する場合
には、公開買付によることを要求する(同法27条の2第1項)
。さらに買収者が議決権の3
分の2以上を取得することとなる場合には、買収者は応募のあったすべての株式を買い取る
ことが義務付けられる(全部勧誘義務。金融商品取引法27条の2第5項、金融商品取引法施
行令8条5項3号)
。
7 支配株主のコントロール
1⑴で述べたとおり、いかにして少数株主が多数株主からの収奪をコントロールするかと
いうことも、コーポレート・ガバナンスの重要なテーマである。業務執行者のコントロール
とは異なり、法制度による手当はあまり多くない。諸外国においては、制定法により若干
の手当がなされるほか、支配株主の誠実義務に関する判例法等で規制されていることがある。
わが国の現行法で問題となる典型的な局面としては次のようなものがある。
⑴ 親子会社間取引と子会社少数株主
親子会社間の取引を通じて、子会社の少数株主から親会社(支配株主)への利益移転が起
きることがありうる。会社法は、親会社の責任について規律は置いておらず、子会社の取締
役等への責任追及、役員の兼任関係によっては親子会社間取引が利益相反取引規制の適用
可能性があるにとどまる。なお取引所が、支配株主の関与する取引について一定の規律を要
求する例が見られる。例えば東京証券取引所は、支配株主と被支配企業である上場会社の間
の一定の取引について、それが当該上場会社の少数株主にとって不利益なものでないことに
関し、当該支配株主との間に利害関係を有しない者による意見の入手を行うことを要求する
(東京証券取引所有価証券上場規程441条の2参照)。
― 39 ―
⑵ 組織再編の際のシナジーの分配等
組織再編や事業譲渡の際に、それらの行為によって生じるであろう利益を支配株主が独占
する形で条件が設定されることがある。これに対して、少数株主は、組織再編等に関する株
主総会において反対することにより株式買取請求権を行使し、自己の有する株式を公正な価
格により買い取ることを請求することができる。公正な価格の算定にあたっては、組織再編
等によるシナジーの公正な分配といった観点も考慮される。
⑶ スクィーズアウトとマネジメント・バイアウト(MBO)
支配株主が少数株主を締め出すことはスクィーズアウトと呼ばれ、そのうち会社の現経営
者が主導的な役割を果たすものマネジメント・バイアウト(MBO)と呼ぶ。締め出された
株主は、公正な対価を求めて訴えを提起するケースが少なくない。スクィーズアウトにおい
ても組織再編の場合と同じく、少数株主の利益が問題となるが、特にMBOの場合には、取
締役が主体になっている点に特徴があり、株主の犠牲で取締役が利益を得るという利益相反
的な側面がある。
「公正な価格」についても、裁判所はより積極的な介入を行うことがある。
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第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
本章では、コーポ−レート・ガバナンスをめぐる国際的な動向について説明する。
1 コーポレート・ガバナンスをめぐる議論の隆盛
近年、コーポレート・ガバナンスをめぐる議論が、世界的に盛んに行われている。1つに
は、エンロン事件に代表されるような先進国の主要企業における不祥事(ガバナンスの失
敗)が問題視されたことも一因であるが、それ以外に、自国企業の国際競争力を高めるイン
フラとしてのコーポレート・ガバナンス法制を改善しようとする動き、新興市場において投
資家保護する仕組みを確立し投資を促進しようとする動きの一環としてのコーポレート・ガ
バナンスに関するルールを整備する動きといった複数の要因がもたらした現象である。各国
国内における法整備が進められてきていることに加え、「OECD コーポレート・ガバナンス
原則」(経済協力開発機構(OECD)
、1999年。2004年に改訂)のような国際的なルール作り
も行われている。
2 コーポレート・ガバナンス改革に関する各国の動向
まず、わが国のコーポレート・ガバナンスが語られる際に、しばしば言及される、アメリ
カ、イギリス、ドイツにおける、近時のコーポレート・ガバナンス改革の動きについて簡単
に見ることとしたい。後述のように、コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方に
ついて、各国において共通するところも少なくないが、ルールの作成主体やエンフォースメ
ントの手法においては、国ごとに異なった様相を示す。
⑴ アメリカ
アメリカでは、会社組織については州会社法と、投資家に対する企業内容の開示や委任状
勧誘に関して規制する連邦証券法(1933年証券法、1934年証券取引所法等)が、コーポレー
ト・ガバナンスに関する制定法上のルールを提供してきた。
各州の会社法は、取締役会が会社の経営・業務を遂行すると規定する(ボード・システ
ム)。しかし大規模会社においては、取締役会の選任した役員(とりわけ最高経営責任者
(chief executive officer: CEO)を中心とする上級執行役員)により業務遂行が行われること
が実務上定着していき、取締役会の役割は役員の監督へと移っていった。そして、取締役会
の監督機能を強化するべく、社外取締役の導入や、指名委員会、監査委員会、報酬員会等の
設置が進んでいった。現在のアメリカの上場会社においては、過半数が独立取締役からなる
― 41 ―
取締役会、メンバーのほとんど全員が独立取締役からなる指名委員会、監査委員会、報酬員
会を備えたものが大多数を占める。
このような執行取と監督の分離を前提としたコーポレート・ガバナンスは、法律によって
求められたわけではなく、自発的に行われていったが、証券取引所の定める自主ルールに
よっても補強されていく。例えばニューヨーク証券取引所は、古くから社外取締役の選任を
要求していたが、1977年の上場規則改定において、独立取締役により構成される監査委員会
の設置を要求し、さらに2002年の上場規則改正では、独立取締役の基準の厳格化に加え、取
締役の過半数を独立取締役とすること、独立取締役のみからなる指名・コーポレート・ガバ
ナンス委員会及び報酬委員会の設置等が義務付けられるようになった。
エンロン事件等を受けて2002年に成立した、「上場企業会計改革および投資家保護法」
(サーベンス・オクスリー法)は、財務報告に係る内部統制の有効性を評価した内部統制報
告書の作成や公認会計士による内部統制監査を義務付けるのに加えて、監査委員の独立性を
強化する規制を導入した。同法によって、はじめて制定法による会社のガバナンス構造につ
いての直接的・実体的な規制がなされたことになる。さらに2010年の「ドッド=フランク ウォール・ストリート改革および消費者保護法」
(ドッド・フランク法)は、1934年証券取
引所法を改正し、役員報酬について株主の承認手続きを(ただし、法的拘束力はない)を求
めている。
このように、アメリカにおけるコーポレート・ガバナンスは、連邦証券法における委任状
勧誘規制や開示規制(役員報酬の開示も含まれる)を除くと、基本的には、企業による自発
的改革と一部の証券取引所による自主規制により進められてきた。しかし、近時、アメリカ
においても、コーポレート・ガバナンスに関する組織のあり方の中身に踏み込んだ連邦法の
規制強化の動きが見られることは注目される。
アメリカの上場企業は、基本的には分散した株式保有構造を有するものが多い。このため
アメリカにおけるコーポレート・ガバナンスでは、どちらかというと、業務執行者による逸
脱行為から投資家の不利益をいかに守るか、業務執行者の報酬をいかにコントロールするか
といった点が中心的な課題となる傾向がある。
⑵ イギリス
イギリスでは、1990年代から、コーポレート・ガバナンスのあり方に関する3つの報告書
が作成され、これらを前提に制定された最善慣行規範をロンドン証券取引所が上場規則に取
り込むという形でエンフォースするという、独自の方法でコーポレート・ガバナンス改革が
進められていった。
イギリスにおけるコーポレート・ガバナンス改革の出発点は、
「コーポレート・ガバナン
スの財務的諸側面に関する委員会」
(キャドベリー委員会)である。同委員会が1992年に公
表した報告書は、取締役会に十分な資質の資格を備えた非業務執行取締役が任命されるこ
― 42 ―
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
と、また独立した地位にある非業務執行取締役によって構成される監査委員会、報酬委員会、
指名委員会を設置すること等を求める。同報告書は、企業が遵守すべき最善慣行規範を提示
し、ロンドン証券取引所は、同取引所上場企業に対して、規範遵守状況に関して記載するこ
と、また遵守しない場合にはその理由を説明すべきことを上場規則に定めた。
その後、取締役の報酬問題への関心の高まりを受け、この問題を検討する「報酬問題委員
会」
(グリーンベリー委員会)が設けられ、1995年に報告書を提出する。そこでは、会社と
経済的なつながりのない非業務執行取締役による報酬委員会を設けること及び株主に対する
情報開示が求められた。同報告書の示す最善慣行規範も、ロンドン証券取引所上場規則に取
り込まれた。
さらに、キャドベリー報告書の履行状況やグリーンベリー報告書から生じる関連問題に加
え、業務執行取締役・非業務執行取締役の役割分担、監査人の役割の検討等を行うために
「コーポレート・ガバナンス検討委員会」
(ハンペル委員会)が設置され、1998年に報告書を
提出した。同報告書を受け、ロンドン証券取引所は、1998年、先行するキャドベリー報告書、
グリーンベリー報告書の定める最善慣行規範に、ハンペル報告書の内容を追加する「統合規
範(combined code)
」を公表した。上場会社は、各年の年次事業報告書において、同規範
に従っているか、従っていないとすればその理由は何かを開示することを求められる。統合
規範は、その後の報告書等の指摘を受けて、2003年、2008年、2010年にその内容が改訂され、
履行されている。
イギリスでは、各企業の経営機構のみならず、株主の議決権行使のあり方についても早く
から関心が払われていた。すなわちコーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割に
ついては、すでにキャドベリー報告書においても言及されており、統合規範にも、機関投資
家に関する最善慣行規範が含まれている(なお統合規範2010年改訂版からは、スチュワード
シップ規範として独立した形式をとっている)。
イギリスにおいては、あるべきコーポレート・ガバナンスの内容について、各報告書が最
善慣行規範してルールされる、いわゆるソフトローという形をとっていることが特徴となっ
ている。それらの規範が「遵守せよ、さもなければ説明せよ」
(comply or explain)という、
一律強制ではない形で取引所によってエンフォースされることが特色である。もっとも不遵
守+説明を選択する企業は多くなく、実際には多くの企業が最善慣行規範を遵守していると
言われている。
イギリスにおいても、アメリカと同様、分散した株式保有構造を有する企業が多く、どち
らかというと、業務執行者による逸脱行為や過剰報酬をいかにコントロールするかというこ
とが中心的な課題となる傾向があるが、機関投資家の権利行使のあり方についても、ルール
化が進んでいる(コーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割については、第4章
参照)
。
― 43 ―
⑶ ドイツ
ドイツの株式会社制度は、英米のそれとは異なり、監査役会(Aufsichtsrat)と取締役
(Vorstand)の2層からなる経営機構を有する(二層システム)。業務を執行するのは取締
役であり、これと別個に業務執行を監督する機関として監査役会が設けられる。監査役会は、
監督に特化した機関であるため、業務執行を監査役会に行わせることはできない。そして監
査役会が、業務執行者である取締役の選任・解任権を有する。
ドイツの経営機構の今1つの特徴は、従業員参加である。すなわち、監査役会は、株主総
会選出のメンバーと従業員代表のメンバーとから構成される。従業員参加の仕組みは、第二
次世界大戦後、石炭鉄鋼会社に導入されたが、1976年に共同決定法が制定され、一定規模以
上の株式会社すべてに適用が拡張された。このように経営機構内部の意思決定に従業員の声
が反映する仕組みをとることは、ドイツの株式会社の特色である。
またドイツ株式法は、ドイツの株式会社の経営機構に関する規律に加えて、結合企業につ
いて規制を設け、支配株主の行動をコントロールしている。支配企業と従属企業の間に支配
契約が存在する契約コンツェルンと支配会社が事実上の影響力を行使する事実上のコンツェ
ルンに分けて規律されている(数としては事実上のコンツェルンの方が多い)
。少数株主の
保護は、アメリカ法、イギリス法においても判例法によって一定の規律がなされている領域
ではあるが、体系的・包括的な制定法上の規律を有しているのはドイツの特徴である。
近時のコーポレート・ガバナンスの現代化の波にさらされているのはドイツも例外ではな
く、1990年代後半から立て続けにさまざまな改革が行われている。まず1998年、「企業のコ
ントロールと透明性に対する法律」(KonTraG)が制定される。同法は、主として開示規制
を中心として、①取締役会の監査役会への定期的な報告義務、②監査役の兼任規制、③監査
役会の開催義務、④ストック・オプション制度の導入、⑤金融機関の株式保有状況と監査役
会構成員の開示、といったことを内容とするものである。
2001年、
「コーポレート・ガバナンス、企業経営、企業管理、株式法の現代化委員会」は、
自主的コーポレート・ガバナンス規範を策定することを求めるとともに、情報開示・会計報
告制度の改革を提言する答申を提出した。これを受けて、2002年、「コーポレート・ガバナ
ンス規範策定委員会」が、
「ドイツ・コーポレート・ガバナンス規範」(Kodex)が作成され
る。同委員会は政府からは独立のものとされるが、法務大臣により設置されたものである。
Kodexは、取締役会と監査役会のコミュニケーションの促進(取締役会による定期的報告や
重要事項の決定に関する監査役会の同意)
、取締役の業績連動報酬の採用、監査役会の独立
性の確保、専門的知識を有する者からなる委員会の設置といったことを内容とする。それ自
体としては法律のような強制力を持つものではなく、企業による自発的な遵守が期待されて
いるものである。Kodexはその後改訂され、2003年には役員報酬の個別開示、2005年には監
査役会の独立性強化、監査委員会への専門家の選任の義務付けなどが、新たに盛り込まれて
いる。
― 44 ―
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
さらに2005年の「企業の誠実性および株主総会決議取消権の現代化のための法律」による
役員の責任法制の改正(経営判断原則の法制化、少数株主による役員の責任追及訴訟の導
入)
、
「役員報酬の個別開示に関する法律」による役員報酬の開示が行われる。後者は、すで
にKodexにより導入されていたルールであるが、その遵守状況が思わしくないことから、強
行法として法制化されたものである。
このようにドイツにおいては、ソフトロー(ただし政府が一定程度コミットしたものでは
ある)とハードローを組合せ、コーポレート・ガバナンスの改革を進められている点に特色
がある。そして取引所による「遵守せよ、さもなければ説明せよ」という形式のエンフォー
スメントが非常によく機能しているとされるイギリスとは異なり、Kodexによるソフトロー
的手法が機能せず、制定法による規制に切り替えられる現象(例えば報酬規制)が見られる
点が興味深い。
なお株式の分散保有が進んでいるアメリカ、イギリスと異なり、ドイツでは支配株主の存
在する企業が数多く存在することから、支配株主の行動のコントロールは、古くから法規制
の課題として認識されてきた。株式法によりいち早く結合企業法制が制定され、さらにそれ
が判例法によって補充され発展してきている。
3 各国及び日本のコーポレート・ガバナンスの比較
次に、コーポレート・ガバナンスの中心的な課題のいくつかについて、各国及びわが国の
仕組みと比較してみよう。特に、誰の利益を守っているか、業務執行機関の監督の仕組み、
支配株主に対するコントロール、支配権市場の規律の4つの点について比較しよう。
⑴ 株主利益かステーク・ホルダーの利益か
アメリカ、イギリスにおいては、コーポレート・ガバナンスはもっぱら株主あるいは投資
家の利益を守るものとして構築されているのに対して、ドイツにおいては監査役員の選出母
体とされることにより従業員の利益がコーポレート・ガバナンスの中に取り込まれている
(従業員代表)という違いがある。経営思想としてどのように考えるかということは別とし
て、制度論のレベルで見る限り、アメリカ・イギリスとドイツではコーポレート・ガバナン
スの基本に大きな違いがあることになる。そして、わが国の仕組みは前者に属する(注25)。
もっとも、アメリカ、イギリスとドイツの差異は、過度に強調すべきではないのかもしれ
ない。アメリカでは、敵対的買収が盛んであった1990年代に、従業員の利益等を考慮して買
収防衛を行うことを正当化するために、取締役は会社のさまざまな関係人の利害を考慮し
(注25)
2010年から法制審議会会社法制部会において開始された「会社法制の見直し」作業において、
当初、従業員の指名する監査役の導入が議論の対象とされた。これはわが国のコーポレート・ガバナ
ンス制度の根本にかかわる問題であり、議論の比較的早期の段階において、導入されないこととされ
た。
― 45 ―
てよいとする立法が行われた(constituency statuteと呼ばれる)。イギリス2006年会社法も、
取締役は株主全体の利益のため会社を成功に導くであろうと誠実に考えるところに従って行
動することを要求しつつ、会社の長期的な見通しや、会社従業員、サプライヤー、顧客等の
会社の取引関係、地域社会や環境への影響、会社の評判、株主間の公正といったことにも配
慮するよう求める(「啓発的な株主価値(enlightened shareholder value)」という概念に基
づくものとされる)。このようにアメリカ・イギリスにおいても、他のすべての利害関係人
の利益を無視して、現在の株主の短期的な金銭的利益を最大化させるような行動が求められ
ているわけではない。他方、1990年代以降のドイツにおけるコーポレート・ガバナンス改革
における問題意識は、資本市場において投資家の信頼性の確保できるような仕組みの提供に
ある。諸外国におけるコーポレート・ガバナンス改革は、株主利益かステーク・ホルダーの
利益かといった考え方の対立が議論の中心にくるような形では進められていないように思わ
れる。
⑵ 業務執行機関の監督の仕組み
①ボード・システムと2層システム
業務執行機関を監督するシステムについては、伝統的には、2つの異なるシステムがある
とされてきた。1つはデラウエア州一般会社法に代表されるアメリカの各州会社法の採用す
るボード・システムであり、他の1つは、ドイツ株式法の採用する二層システムである。
ボード・システムの特色は、取締役会(board)が、業務執行及びそれに関する決定と、
業務執行に関する監督という2つの機能を有し、これと別に監督に特化した機関が置かれる
わけではないという点にある。取締役会は、株主総会で選任された取締役を構成員とする会
議体であるが、これが会社の業務執行に関する基本的な意思決定を行い、取締役会によって
選任された役員(officer)がこれを現実に執行する。取締役会は役員による業務執行を監督
し、場合によっては解任権を行使する。
これに対して、ドイツ株式法上の採用する二層システムの特色は、業務執行機関と業務
執行を監督する機関が明確に分けられている点にある。すなわち、業務を執行する機関と
して取締役(Vorstand)を置き、これと別個に業務執行を監督する機関として監査役会
(Aufsichtsrat)を置く。監査役会は、監督に特化した機関であり、業務執行を監査役会に
させることはできず、取締役が行わなくてはならない。監査役会は取締役の選任・解任権を
有する。
②2つのシステムの実質的な接近
①で述べたとおり、伝統的には、ボード・システムと2層システムは、業務執行の監督の
ための異なる制度設計と理解されてきたが、近時では、むしろ、両者の実質的・機能的な接
― 46 ―
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
近が強調される傾向が強い。すなわちボード・システムをとるアメリカにおいても、業務執
行に関する意思決定の機能は、取締役会から上級執行役員(senior officers)に移り、取締
役会の主たる機能は執行役員の監督となってきている。現在では、取締役会の主たる機能は
業務執行者の監督にあるとしたうえで、実効性を高めるために独立性の高い取締役会を通じ
てこれを行うべきであるという考え方(モニタリング・モデルと呼ばれる)がアメリカにお
いても主流であり、上場会社においては、社外取締役が過半数を占める取締役会が設置され
ているのが通常である。またメンバー全員が社外取締役である監査委員会、指名委員会、報
酬委員会が設けられ、業務執行者からの独立性が確保された形で監督がなされることとなっ
ている。アメリカとドイツのコーポレート・ガバナンスの最も大きな違いは、ボード・シス
テムか2層システムかではなく、むしろ業務執行者を監督する機関(アメリカでは取締役会、
ドイツでは監査役会)の構成員の選任にあたって、従業員の声を反映させるような仕組みを
有するか否かにある。
このように形式的には、ボード・システムと2層システムの2つの異なったシステムが存
在するとされてきたが、いずれのシステムのもとでも、業務の執行と監督の分離および業務
執行者からの独立性の確保された者による監督をいかに確保するかということがコーポレー
ト・ガバナンスの中心的課題と考えられている。このような発想は、「OECD コーポレー
ト・ガバナンス原則」(1999年、2004年改訂)にも反映しており、コーポレート・ガバナン
スに関する国際的な潮流といってよい。
③国際的に見た日本のシステムの特質
日本の株式会社の経営機構は、1990年代後半から、取締役会のサイズを縮小したり、社外
取締役を入れたりするといった変化が起きてきてはいるものの、以上説明した国際的な潮
流とは、依然かなり異なる。まず第1に、取締役会においてかなり具体的な業務執行の決定
まで行われるのが通常である。法制度としても、株式会社の取締役会は、業務執行に関する
決定と取締役の職務執行の監督の双方を行うとされ、取締役会の専決事項が法定されている
(第2章4⑴参照)
。同じボード・システムを前提としているアメリカにおいては、取締役会
の独立性が進み、取締役会の機能が監督に傾斜していったのであるが、日本の取締役会にお
いては、依然、業務執行の決定が重要な機能である。第2に、上場会社における社外取締役
の数・割合は、次第に増えてきているものの、依然、社外取締役を一人も有していない上場
会社が少なからず存在するし、社外取締役が取締役会の構成員の過半数を占める会社は非常
に少ない。これらの2つの特徴は相関がある。すなわち取締役会において、具体的な業務執
行の決定まで行うことを前提とするなら、社外取締役を入れることは迅速かつ適切な意思決
定の妨げになりかねない。またたとえ社外取締役であっても具体的な業務執行の決定に参加
してしまうと、どうしても監督が難しくなる。このため日本の会社法は、伝統的には取締役
会の外に、業務執行の決定に加わらない監査役あるいは監査役会という監督機関を置き、さ
― 47 ―
らに監査役会においては、その独立性を高めるために社外監査役を過半数とすることを義務
付けている(委員会設置会社については後述)
。しかし、監査役あるいは監査役会は、業務
執行者の選任・解任権を有しているわけではなく、また業務執行者のパフォーマンスの評価
は、少なくとも制度上は、その役割ではないという点で、諸外国に見られる業務執行者から
独立性の高い取締役会による監督の代替とはいえない面がある。
なお委員会設置会社(第2章参照)は、日本固有の事情を勘案し修正を加えた形でモニタ
リング・モデルを導入しようとしたものだとされる。すなわち委員会設置会社においては、
①取締役は原則として業務執行を行わず、②業務執行権限の執行役への大幅な委譲が認めら
れ、取締役会の役割は、基本事項の決定と委員会メンバーおよび執行役の選任等の監督機能
が中心となる、③取締役会は業務執行の決定について大幅に執行役に委任できる、④取締役
会の下に設けられた指名委員会・報酬委員会・監査委員会の3つの委員会(社外取締役がメ
ンバーの過半数)が監査・監督というガバナンスの重要な位置を占める、⑤取締役会の外部
の監督機関である監査役(会)は存在しない。モニタリング・モデルの導入としては、社外
取締役会を過半数とするといった形で、端的に独立性の高い取締役会を要求すればよりわか
りやすかったのであるが、当時の会社の実態からは、これを要求することが現実的でないと
判断されたため、社外取締役が過半数の三委員会の設置を要求することで、擬似的に取締役
会の独立性を確保しようとしたわけである(諸外国においても、取締役会内部にこういった
委員会を置くことは広く見られる)。 しかし、そもそも委員会設置会社の数が少ないことに
加え、委員会設置会社形態を採用した会社においても、執行役への権限委譲が必ずしもなさ
れておらず、その結果取締役会において業務執行に関する決定が少なからず行われているの
が実態のようである。つまり委員会設置会社においてすら、わが国ではモニタリング・モデ
ルに忠実な取締役会を持つ会社は少数だということになる。
近年、海外投資家の声を背景に、独立性の高い取締役会によるコントロールというアイデ
アが、わが国でも近時強調されることが多くなってきている(注26)。その際に、社外取締役、
独立取締役の数の少なさが問題視されるのが常である。しかし、わが国と諸外国の経営機構
の違いは、単に取締役会メンバーに含まれる社外取締役の数が多寡といった外面的な点にあ
るのではなくて、そもそも取締役会の果たす役割それ自体の理解が異なっているという点に
注意する必要がある。
従来の日本企業のガバナンス構造が、それ自体当然に「誤っている」というわけではない。
実際、社外取締役を一人も入れない取締役会を堅持している会社で高いパフォーマンスを維
持しているものもある。しかし、それが優れたガバナンス構造なのか否かとは別に、海外の
投資家等からの理解は得にくい面があることは否めない。このため証券取引所をはじめとす
る市場関係者には、取締役会の独立性の強化を求める声が強い。しかし、日本企業における
(注26)
例えば、企業統治研究会報告(2009年6月17日 経済産業省)
、金融審議会金融分科会「我が国
金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ」報告(2009年6月17日、金融庁)参照。
― 48 ―
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
これまでの取締役会の役割をそのままにして、若干の社外取締役を導入しても、どれほど効
果が上がるか疑わしい面もある。他方、伝統的な取締役会の役割を見直すとなると、取締役
会の権限に関する会社法の規定の改正はもとより、取締役会なる組織に対する認識を根本的
に改める変革を意味するため、容易には進めにくいことになる。
⑶ 支配株主に対するコントロール
①制定法による結合企業規制と一般法による規律
支配株主による搾取から少数株主である投資家の利益がいかにして守られるかということ
も、コーポレート・ガバナンスの重要な要素である。すでに見たとおり、ドイツにおいては
株式法が包括的なコンツェルン規制を置き、支配株主の責任について体系的な規律がなさ
れている。これに対してアメリカでは、特別な法制はほとんどおかれておらず、子会社の少
数株主保護は、もっぱら一般条項及び判例法によって図られている。例えば、親会社(支配
株主)は、少数株主に対して信任義務(fiduciary duty)を負うとされ、親子会社間の取引
に関して信認義務違反に基づく責任が課される。また子会社取締役の子会社に対する信認義
務違反が問題とされることもある。イギリスにおいても、やはり制定法による包括的な結合
企業規制は存在せず、一般法の適用によって図られている。例えば、不公正な侵害(unfair
prejudice)に対して裁判所に救済命令を求める制度や「影の取締役」としての親会社の責
任といった制度による保護があり得るとされる。
②日本法との比較
日本には、ドイツのような制定法による包括的な結合企業規制は存在しない。また、アメ
リカ、イギリスに見られるような一般法による少数株主保護もほとんど発達していない。例
えば支配株主の少数株主に対する義務といった観念は存在しない。親子会社間取引において
子会社が不当に害された場合には、子会社株主により子会社取締役の責任が追及される可能
性がある程度であり、親会社の責任が認められた例は皆無である。近時の会社法制の見直し
においても支配会社の責任に関する規定は検討対象とされたが(注27)、最終的には規定は設け
られなかった。わが国において子会社少数株主の搾取がどれだけ深刻に生じているかについ
ては必ずしも明らかではないものの、諸外国と比べた場合、支配株主のコントロールについ
ては、少なくとも制度的には最も規律が弱いと思われる。
(注27)
「会社法制の見直しに関する中間試案」(法制審議会会社法制部会、2011年12月)第2部・第2
参照。
― 49 ―
⑷ 支配権市場の規律
①ヨーロッパ型規制とアメリカ型規制
第2章でも述べたとおり、企業買収はコーポレート・ガバナンスの重要なメカニズムであ
り、支配権の市場が健全に機能するような制度的手当が必要である。しかし、この点に関す
る規制のあり方は国によってかなり異なる。現在の世界各国の法制を大きく分けると、2つ
の異なったモデルがある。第1は、ヨーロッパ諸国に見られるもので、支配権の取得方法(手
続き)について規制を加える反面、現経営者による買収防衛策の発動については厳しく制限
するものである。第2は、アメリカ型で、支配権の取得方法(手続き)について規制しない
が、各企業の買収防衛策を一定範囲で容認するという方向の規制である。若干敷衍して説明
する。
ヨーロッパ型規制
ヨーロッパ諸国では、支配権の取得の段階で、被買収会社の株主の利益が害されること
がないように規制が課せられている。すなわち支配権を取得した場合(多くの国では議決
権の30%以上の取得がこれに当たる)には、支配権を取得した者は、被買収会社のすべて
の株主に対して、公正な買付価格による公開買付を実施しなくてはならない(強制公開買
付制度)
。支配権の移転を機に、すべての株主に公正な価格による退出の機会を保証するわ
けである。他方、このような規制を遵守して支配権が取得される場合には、経営者が(注28)
買収防衛策を発動することが禁止される。これは、もともとは、イギリスにおいて自主規制
として発達したルールであるが、現在では、EUの公開買付指令(注29)によって要求されてお
り、国によって若干の違いはあるが、基本的には共通した内容となっている。
アメリカ型規制
アメリカにおける規制はヨーロッパ諸国とは対照的である。すなわち支配権の移転につ
いて、ヨーロッパ諸国に見られるような強制公開買付制度は存在しない。例えば大株主だ
けから相対取引で支配株式を取得することは自由である。残りの少数株主に公正な退出の
機会を与える必要はない。他方、現経営者が買収防衛策を導入することの可否は判例に委
ねられているが、例えば上場会社の多くが依拠するデラウエア州の判例法によると、かな
り広く認められる。買収者は、いわゆる委任状合戦により被買収会社の株主の支持を取り
付けることで、株主総会決議によって導入された買収防衛策を外したうえで、支配権を取
得することになる。
②日本法との比較
第2章で説明したとおり、日本の金融商品取引法は、強制公開買付制度を規定しており、
(注28)
株主総会決議に基づく等、株主の意思に基づく買収防衛策の発動は禁止されない。
(注29)
Directive 2004/25/EC of the European Parliament and of the Council of 21 April 2004 on Takeover
Bids
― 50 ―
第3章 コーポレート・ガバナンスの国際的動向
また一定の範囲で全部勧誘義務も課している(第2章6⑶)。そういう意味では、アメリカ
とは異なり、ヨーロッパ型の規制のようにも見えるのであるが、わが国の強制公開買付の内
容は、ヨーロッパ諸国のそれとはかなり異なる。単純化して重要なポイントだけ述べると、
①議決権の3分の1以上を取得する場合に適用される強制公開買付制度は、市場取引や募集
株式の発行(第三者割り当て)による取得の場合には適用されない、②また全部の株主に対
して売却の機会を与えるのは、買収者が議決権の3分の2以上を取得した場合に限られる、
③さらに市場取引や募集株式の発行(第三者割り当て)による取得の場合には、たとえ買収
者が議決権の3分の2以上を取得した場合にも全部勧誘義務は発生しない。このようにヨー
ロッパ型に比べると、支配権移転の際に被買収会社の株主に離脱に機会を与えるといった保
護にはなっていない。強制公開買付のルールを守って支配権の取得が行われる場合であった
としても、当然には買収防衛策の発動が禁じられるわけではない点も、ヨーロッパ諸国との
大きく異なる。
他方、アメリカ型の規制に近いといえるかは、アメリカの判例法と比較して、買収防衛の
自由度が高いのか低いのかという評価に関わり、必ずしもはっきりしない。第2章で見たと
おり、少なくとも買収開始後に取締役会決議により買収防衛を行うことには、かなり厳しい
限定があるように見えるが(第2章6⑵)
、買収開始前に導入されていた買収防衛策を買収
開始後に経営者の判断で発動することがどこまで許容されるかは、現在のところ明らかでは
ない。もっとも抽象的にルールを比較しただけでは、支配権の市場をめぐる現実の姿を比較
したことにならない可能性はある。例えば、わが国において株式の持ち合いや安定株主工作
が進行しているとすれば、そもそも敵対買収の実現可能性は低く、買収防衛策に関する法的
ルールが厳しいか否かは、敵対的買収の生じる可能性には大きな影響を持たないかもしれな
い。
― 51 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
1 コーポレート・ガバナンスの担い手の変化
⑴ 機関投資家とコーポレート・ガバナンス
株主は株主総会において議決権を行使することにより、会社の基本的意思決定に参加する
権利を有する。そのため、コーポレート・ガバナンスを考えるうえで、会社の株主構造が大
きな要素となる。
図表4−1は、わが国の証券市場における株式の所有構造について1970年以降時系列でそ
の変移をみたものである。信託銀行と生命保険会社と損害保険会社とその他金融による株式
所有を国内機関投資家等であると考えると(注30)、1985年までは、個人、事業法人等、都銀・
地銀等が主な株式の所有者であった。ところが、1985年以降は国内機関投資家等や外国法人
等の比率が上昇し、2003年以降はこれらの国内外の機関投資家によって株式市場の過半数が
所有されている状況が続いている。このように、証券市場全体において機関投資家の存在感
が大きくなり、各上場会社においても株主総会をはじめ会社のコーポレート・ガバナンスに
図表4−1 日本の株式所有構造
40.0
35.0
30.0
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
0.0
1970
1975
ㇺ㌁䊶࿾㌁╬
1980
ᛩ⾗ା⸤
1985
ᐕ㊄ା⸤
1990
ା⸤㌁ⴕ+↢଻+៊଻䋫䈠䈱ઁ㊄Ⲣ
1995
2000
੐ᬺᴺੱ╬
2005
ᄖ࿖ᴺੱ╬
2010
୘ੱ䊶䈠䈱ઁ
出所:東証証券取引所資料より筆者作成。
(注30)
東京証券取引所「平成23年度株式分布状況調査の調査結果について」2012年6月20日参照。
― 52 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
与える影響が高まっている。
機関投資家が会社経営に与える影響とコーポレート・ガバナンスにおける役割の期待がど
こから生じているかについては、
1932年に発表された古典である「近代株式会社と私有財産」
におけるバーリー =ミーンズ(注31)の研究から考察することができる。同書は、当時のアメ
リカにおける上位200社を対象とする実証研究に基づき、株式の分散が進行することにより
会社の支配持ち株比率が低下すると指摘した。バーリー =ミーンズの意味する会社の「支配
者」とは取締役を選出する権限を有する者を指していたが、株式会社の財産に対する所有権
である株式が広範囲に分散されるにしたがい、その財産の所有者とこれに対する支配とが同
一人の掌中にあることが少なくなるとする。さらに、株式の分散が最高度に達している場合
には、会社に対する支配力を全く持たない会社財産の所有権(すなわち株式)が現れ、ある
いは反対に、全く所有しないにもかかわらず会社支配をなしうる場合も生じると述べる。こ
のような株式が分散している会社においては、株式の所有により会社を支配する立場にある
個人あるいは集団が存在しないため、事実上会社の支配権が会社経営者に帰属することにな
る。その結果、現職の経営者はみずから後継者を指名することができるため、自己の経営を
持続することが可能になり、
「経営者支配」と呼ぶべき状況になるとする(注32)。この段階に
おいて、
「所有と支配の分離」が生じることになる。このように、株式市場の初期においては、
株式の分散化により経営者支配が進展するという状況が生じていたが、その後現在までの間、
一方では株式が一層分散しつつも、他方においては大規模な資本を有する機関による株式所
有が進んでいる。わが国においても図表4−1のように、株式市場における機関投資家の台
頭が見られるようになった。
バーリー =ミーンズの仮説に基づくと、以前は株主が広範囲に分散していたために、私利
のために行動するおそれのある会社経営者を監視し、規律することが困難であった。ところ
が、少数の機関化された株主による集中的な株式所有の構造が見られる現在においては、こ
の仮説によれば、逆の状況が生じることとなる。すなわち、大規模資本による集中的な株式
所有の結果、
「所有と支配の分離」から「所有と支配の一致」の状況になり、所有と支配の
いずれもが株主に帰属する。その結果、大株主たる機関投資家の存在によって経営者支配が
抑制されるとの論理から、機関投資家は、大規模な資本を背景とする会社所有者たる株主と
してコーポレート・ガバナンスにおいて重要な役割を果たすことができるとの理解が生じて
いる。もっとも、機関投資家が金融機関に属する運用部門である場合には、金融機関全体と
しての取引関係等の観点から、投資先企業に対する積極的な株主活動が制約される可能性も
存在する(注33)。そのため、機関投資家が年金基金等の独立の立場であるか、金融機関等の一
(注31)
A. A. Berle and G. C. Means,“The Modern Corporation and Private Property”(1932). 北島
忠男訳「近代株式会社と私有財産」文雅堂書店(1958年)参照。
(注32)
河本一郎「現代会社法(新訂第7版)
」商事法務研究会(1995)7頁以下参照。
(注33) 上田亮子「英国のコーポレート・ガバナンスにおける機関投資家の役割∼その実効性と限界∼」
国際商事法務29巻1号(2001年)参照。
― 53 ―
部門であるかによって、コーポレート・ガバナンスにおける役割にも差異が生じるおそれが
あるため、機関化された大規模投資家というだけで機関投資家の役割を定義付けることが不
十分な場合も生じてくる。
この点については、年金基金のみならず、その資金委託先である投資運用会社等も含めて、
機関投資家は単なる大規模資本の集合体という立場だけではなく、最終的な受益者のために
資金を運用する者として各々が受託者責任を負っていることに留意しなければならない。金
融機関の一部門である運用会社の場合であっても、最終受益者の利益のために株主として行
動することが要請される。受託者責任の観点からは、機関投資家は、株式価値を高めて最終
的な受益者の長期的な利益に資するように行動することが求められるが、そのためには投資
先企業のコーポレート・ガバナンスを向上させるよう行動することも含まれる。
このように、機関投資家は、投資先企業に対する所有者としての側面と、受益者のために
資金を運用する受託者としての側面との両方向から、投資先企業のコーポレート・ガバナン
スにおいて役割を果たすことができると期待されるのである。
⑵ メインバンク・システムとコーポレート・ガバナンス
わが国においては、企業は、平常時は債権者や決済手段の提供者として、危機時には重要
な資金提供者として、銀行との間に取引関係を構築してきた。特に、融資額や決済金額が多
い等の関係が深い主要取引銀行のことはメインバンクと呼ばれ、わが国の経営上重要な位置
を占める存在であった。
図表4−1によれば、銀行・地銀等は、1995年頃までは株式を15%以上を保有しており、
特に1975年∼ 1985年頃にかけては日本の株式市場で20%超を保有していた時期も長い。銀
行は、企業にとっては債権者としてだけではなく、長期的な安定株主としての側面も有して
いる。
図表4−2 メインバンクの経営への影響
全サンプル
1998年
(参考)共通回答企業のみ
2012年
1998年
2012年
かなり強い
133社
2.9%
114社
3.9%
23社
2.9%
32社
4.1%
強い
243社
5.3%
222社
7.6%
37社
4.6%
68社
8.7%
やや強い
278社
6.1%
275社
9.5%
48社
5.9%
94社
12.0%
少し影響がある
906社
19.8%
655社
22.5%
140社
17.3%
186社
23.7%
特に影響はない
3,018社
65.9%
1,644社
56.5%
559社
69.3%
404社
51.5%
計
4,578社
2,910社
807社
784社
出所:森川正之「日本企業の構造変化:経営戦略・内部組織・企業行動」RIETI Discussion Paper Series 12-J-017
(2012年5月)41頁、表9参照。
― 54 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
メインバンクの経営に対する影響については、1998年には「特に影響はない」とする会
社は65.9%に上ったが、この時期は銀行破たん等により日本の金融システムが不安定になっ
た時期と重なる。ところが2012年になると、「特に影響はない」とする会社は56.5%に低下し、
「かなり強い」
「強い」
「やや強い」
「少し影響がある」のいずれの層においても影響があると
する会社の比率が増加している。
他方、メインバンクのメリットは、1998年も2012年も「安定した融資」が最も高く、2012
年には「経営困難時の救済」
「情報提供」の比率が高まっている。コーポレート・ガバナン
スに関連するところでは、
「安定株主」の比率は1998年も2.3%と低かった数字が2012年には
さらに1.4%にまで低下し、「優秀な役員の派遣」は1998年、2012年ともに1%程度にすぎな
い。また、
「特になし」と回答する会社は14.1%にまで上昇しており、メインバンク・システ
ムが会社経営に与える影響は、必要な場合の間接金融の提供者としての側面が強く、会社側
にとってはコーポレート・ガバナンスにおいて強い影響を及ぼす要素ではないとの認識が大
きいようである。
図表4−3 メインバンクのメリット
全サンプル
1998年
経営への助言・指導
(参考)共通回答企業のみ
2012年
1998年
2012年
232社
5.0%
143社
5.1%
39社
4.8%
41社
5.4%
3,383社
73.1%
1,647社
59.3%
605社
74.5%
487社
64.4%
222社
4.8%
241社
8.7%
39社
4.8%
75社
9.9%
優秀な役員の派遣
62社
1.3%
28社
1.0%
14社
1.7%
9社
1.2%
情報提供
253社
5.5%
289社
10.4%
42社
5.2%
71社
9.4%
安定株主
107社
2.3%
10社
1.4%
8社
1.0%
7社
0.9%
特にメリットなし
368社
8.0%
391社
14.1%
65社
8.0%
66社
8.7%
安定した融資
経営困難時の救済
計
4,623社
2,779社
812社
756社
出所:森川正之「日本企業の構造変化:経営戦略・内部組織・企業行動」RIETI Discussion Paper Series 12-J-017
(2012年5月)41頁、表10参照。
このように、以前に比べると、持株比率や役員派遣等の狭義のコーポレート・ガバナンス
に与える影響力の低さから、メインバンクによるコーポレート・ガバナンスは弱まっている
と考えられる。しかしながら、東証1部上場会社のうち3月決算会社のうち、1,326社中47
社(3.5%)の筆頭株主は銀行であり、後述の図表4−14に示されるように社外取締役候補
者の5.1%、社外監査役候補者の10.3%は、銀行出身者である(注34)。このように、現在でもメ
インバンクが一定の影響力を残している実態からは、メインバンク・システムは日本のコー
ポレート・ガバナンスの主要な要素ではないが、特徴の1つであると考えることができる。
(注34) 深尾光洋・森田泰子「企業ガバナンスの国際比較」日本経済新聞社(1997)45頁によれば、メ
インバンクが大株主になっている企業は5割に達し、メインバンクより役員を受け入れている企業も
3割弱存在するとされる。
― 55 ―
2 機関投資家の受託者責任と株主行動(注35)
⑴「退出」(exit)から「発言」
(voice)へ
機関投資家の受託者責任の意識向上に伴い、受託者責任を果たす具体的手段として議決権
行使を行うようになった背景には、機関投資家の株式保有構造および運用構造の変化がある。
まず、株式保有構造の変化については、機関投資家の保有割合が上昇したことが挙げられ
る。投資家が投資先企業の業績や株価、経営の方向性等に不満がある場合にとるべきもっと
も古典的な方法は、株式を売却し、投資先企業から「退出」(exit)することである。これ
をウォール・ストリート・ルールという。当該投資先企業の株式が売却されることによりそ
の株価が低下すると、当該企業の経営者に対する株主からの厳しい評価につながるとともに、
M&Aの対象ともなりうるおそれがある。そのため、このようなプレッシャーを回避するた
め、株価の維持あるいは上昇を目指して、経営者は会社を運営する。
しかしながら、市場における、あるいは特定の企業における株式保有の機関化が進むと、
このようなウォール・ストリート・ルールに基づく株式の売却が困難になる。1つには問題
のある投資先企業から「退出」するために全株式を売却するに際して支払う手数料が巨額に
なるため、コストがかかってしまう。また、その売却により、株価に大きな影響を与え、市
場における株価の下落を引き起こしてしまうおそれがある。そのため、業績や株価が低迷し、
経営上問題のある投資先企業であっても、
「退出」という手段をとることが困難な場合が生
じてくる。
次に、運用構造の変化については、インデックス運用(注36)が増加したことが挙げられる。
機関投資家がインデックス連動型のパッシブ運用を行っている場合には、そのポートフォ
リオの中にインデックスを構成する株式を一定比率組み入れなければならず、インデックス
との整合性を確保するため、それを売却することなく保有し続ける必要がある。そのため、
ポートフォリオに組み込まれた個別企業のパフォーマンスが低いとしても、なかなかその株
式を売却することができない。
そのため、特に保有割合が比較的高く、インデックス運用を行っている場合には、問題の
ある投資先企業から「退出」せずに、そのパフォーマンスを高めることが必要になる。この
場合には、投資先企業に対して「発言」(voice)することで、そのコーポレート・ガバナン
スに関与しようとする。株主としての地位を維持したまま、その権利を行使することによっ
て会社のパフォーマンスを高め、その結果として投資収益の確保あるいは損失の軽減を目
指す。このような「株主積極行動主義」に基づいて活動を行う投資家は「アクティビスト」
(注35)
資本市場の機能の限界と機関投資家の行動原理について、アメリカと日本の実情を紹介するも
のとして、森田章「機能する資本市場のための条件」取締役の法務94号42頁。
(注36)
「インデックス運用」とは、株価指数(ベンチマーク、インデックス)に連動する投資等により
市場の平均的なリターンを目標に運用を行うこと。市場平均を上回る超過収益の獲得を目指す「アク
ティブ運用」の対義語であり、
「パッシブ運用」も同義である。
― 56 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
(activist)と呼ばれる。
「株主積極行動主義」の具体的行動としては、投資先企業の経営者
との対話等のコミュニケーション、株主総会における議決権や提案権の株主としての権利の
行使等が含まれるが、このように株主が投資先企業に対してコーポレート・ガバナンス向上
の観点から取り組む活動を「エンゲージメント」活動という。なかでも議決権については、
投資先企業の意思決定に対して直接関与できるものとして活発に行われる。
このように、機関投資家が受託者責任を果たすためには、ウォール・ストリート・ルール
に則って「退出」することのみならず、
「発言」することもある。そのため、もっとも典型
的な「発言」手段である議決権行使について、受託者責任との関係で明確なルールを作るこ
とが必要になる。
⑵ わが国における背景
わが国において、機関投資家が議決権行使に取り組むようになった背景には、法規による
ものとして「投資信託及び投資法人に関する法律」等の法律や業界団体の規則等による義務
付け、契約関係等によるものとして資金の拠出者である公的年金等からの要請等がある。
金融庁は2009年6月「我が国金融・資本市場の国際化に関するスタディグループ報告」を
公表し、投資家による議決権行使ガイドラインの作成と公表、行使結果の公表を要請した。
公的年金等の資金の拠出者による要請としては、年金積立金管理運用独立行政法人
(GPIF)は「管理運用方針」において、運用受託機関に対して、
「コーポレート・ガバナン
スの重要性を認識し、議決権行使の目的が長期的な株主利益の最大化を目指すものであるこ
とを踏まえて方針を定め、これに基づいて適切に行使するものとすること」の遵守を要請す
る。
地方公務員共済組合連合会は、2004年4月に「株主議決権行使ガイドライン」を策定し、
「原則として具体的な議決権行使の判断は、このガイドラインの趣旨に従って各受託者が行
うものとする」と定め、さらに受託者責任として判断を明確にすることが望ましいこと等の
視点から「棄権」
「白紙委任」
「不行使」(注37)などの行動は原則的に取らないことを明記する。
企業年金連合会では2001年10月「株主議決権行使に関する実務ガイドライン」を策定し、
「運用受託機関は、専ら投資家たる連合会の利益増大のために株主議決権を行使すること」
と定めた。さらに、国内株式の自家運用にかかる議決権行使に関しては「企業年金連合会 株主議決権行使基準」を2002年4月に策定し、これに基づいて自ら議決権行使を行っている。
企業年金連合会の議決権行使基準は、わが国の機関投資家としてはもっとも早い時期での取
組みであり、その後投資顧問会社等の議決権行使にも大きな影響を与えた。さらに、わが国
(注37) 議案の賛成比率は、分母が議決権行使数、分子が賛成数の割算で計算される。実務上、機関投
資家による議決権行使の方法として、通常の「行使」のほか、「棄権」「白紙委任」「不行使」がある。
「棄権」は行使数には加算されるが賛成数には加算されず、反対票として処理される。
「白紙委任」は
行使数にも賛成数にも加算され、賛成票として処理される。
「不行使」は行使数にも賛成数にも加算
されず、そもそも議決権が行使されないとして処理される。
― 57 ―
の上場会社に対して、機関投資家の議決権行使の影響や重要性を再認識させ、コーポレート
・ガバナンスの取組みを進める契機となった。
投資顧問会社については、2002年4月に日本証券投資顧問業協会が「投資一任契約に係る
議決権等行使指図の適正な行使について」を策定し、投資一任会社による議決権行使の指図
が適正に行われることを明確化した。
また、投資信託委託会社については、
「投資信託及び投資法人に関する法律」第10 条、お
よびこれに関する投資信託協会「正会員の業務運営等に関する規則」第2 条の規定に基づ
いて議決権行使の指図を行っている。
⑶ 諸外国における背景
① 米国
米国の年金法制を管轄する法律である従業員退職所得保障法(Employee Retirement
Income Security Act, 1974, エリサ法)(注38)においては、議決権行使に直接触れた規定がな
い。そのため、1988年、米国労働省は、年金基金の受託者責任を果たす行為の中に議決権行
使が含まれること、および受益者のために議決権行使がなされるべきという議決権を行使す
るうえでの基準を示す文書(いわゆるエイボン・レター)(注39)を公表した。エイボン・レ
ターにおいては、議決権行使について受託者責任規定が適用されることが明確化され、これ
が機関投資家の議決権行使を行うことについての規範となっている。
さらに、米国労働省は、1994年、
「議決権行使方針またはガイドラインを含む投資方針の
文書による表明に関する解釈通達」(注40)を公表した。この通達は、
「委任状による議決権行
使」(Proxy Voting)
、
「投資方針説明書」(Statement of Investment Policy)、
「株主積極行
動主義」(Shareholder Activism)から構成される。エイボン・レターにおいて示された年
金基金の受託者責任の一環としての議決権行使を行うことに加えて、議決権行使方針の作成
などを求めており、議決権行使と受託者責任の関係をより明確に発展させた。投資家に付与
された議決権に財産価値を認め、これを無為に放棄することは受託者としての責任を果たし
ていないとの解釈を明確にしている。
その後、米国では、2003年4月には「登録投資会社による議決権行使方針および議決権
(注38)
エリサ法は、年金資産の積立不足や不正流用を防止し、加入者の受給権保護を目的とするため
に制定された。同法においては、受託者や受託者責任についても定義している。
(注39)
“Department of Labor's Letter on ERISA Fiduciary Standards”(“the Avon letter”)(1994年
2月23日)
(注40)
Department of Labor,“29 CFR 2509.94-2 Interpretive bulletin relating to written statements
of investment policy, including proxy policy or guidelines”参照。本文書の概要については、年金ス
トラテジー「年金法制:年金基金の議決権行使と受託者責任(下)−94年解釈通達の概要と意義」ニッ
セイ基礎研究所・2000年2月号(vol.44)
(注41)
SEC“Final Rule: Disclosure of Proxy Voting Policies and Proxy Voting Records by Registered
Management Investment Companies”
(2003).
― 58 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
行使結果の開示」(注41) に関する米国証券取引委員会(SEC; U.S. Securities and Exchange
Commission)規則が改正され、投資信託等に関する議決権行使方針および結果の開示が義
務付けられている。
② 英国
英国は、リーマン・ショックを端緒とする金融危機からの回復過程において、市場規律の
強化に積極的に取り組んできた。コーポレート・ガバナンスの主体である上場会社に関して
は、上場規則にも採用されている「統合規範(Combined Code)
」を抜本的に見直し、2010年
「コーポレート・ガバナンス規範(Corporate Governance Code)
」として再構成された(注42)。
一方で、金融危機の契機となった金融機関に関しては、デビッド・ウォーカー卿による所
謂「ウォーカー報告書」が2009年11月に公表された。ウォーカー報告書においては、金融機
関のコーポレート・ガバナンスを向上させるうえでの重要な課題として、取締役会のあり方
と業績評価、報酬、リスク管理などの内部のガバナンス問題と並んで、機関投資家の役割、
特に投資先企業とのコミュニケーションとエンゲージメントの重要性についても言及されて
いる。その具体的な方策として、ウォーカー報告書は、機関投資家と投資先企業の取締役会
との間のエンゲージメントの強化を求めている。
機関投資家のコーポレート・ガバナンスにおける役割についての議論は、その発端となっ
たウォーカー報告書の中では金融機関を対象とするものであった。ところが、その後、金融
機関のみならず上場会社全般について、機関投資家はコーポレート・ガバナンスにおいて重
要な役割を果たすべきであるとの認識が高まった。
このような背景から、機関投資家と投資先企業との間のエンゲージメントに関する指針や
その最善慣行規範(Code of Best Practice)を示すために、行政機関から独立した自主規制
機関である財務報告評議会(FRC; Financial Reporting Council)は、スチュワードシップ
規範(Stewardship Cord)の策定に着手した。スチュワードシップ規範の策定にあたっては、
保険、年金、投資会社等さまざまな種類の機関投資家の代表者から構成される機関株主委員
会(ISC; Institutional Shareholders’Committee)によって2009年11月に公表された機関投
資家責任規範を基礎にすることとされた。FRCは、ウォーカー報告書による委託にしたがっ
て意見照会などの手続きを経て、2010年7月にスチュワードシップ規範を公表した。コーポ
レート・ガバナンスに関連する分野では、機関投資家に対する統合的な規範として初めての
内容である。
(注42)
FRC ”Corporate Governance Report”
(2010).
― 59 ―
⑷ 英国のスチュワードシップ規範
①スチュワードシップ規範による規制のアプローチ
英国におけるコーポレート・ガバナンスをめぐる規制の目的は、上場会社のコーポレー
ト・ガバナンスを向上し、投資家にとって魅力ある投資環境を整備し、市場の活性化を図る
ことにある。
このような目的を達成するための英国のアプローチは、上場会社と株主との関係を双方向
で規整し、開示など一定の枠組みは義務付けるものの、その枠組みの中ではそれぞれ実態に
あった自由な取組みを認めるという方法でなされている。
規制の手段としては、ソフトローとハードローを組み合わせたアプローチが採用されてい
る。
ハードローとは、法規則による規制、義務付けを求めるものである。英国においては、コー
ポレート・ガバナンスに関するハードローとしては、金融サービス機構(FSA; Financial
Services Authority)が定める規則集であるHandbookにおいて定められている。FSAの
Handbookでは、上場会社に対しては上場規則(Listing Rules)、開示規則および透明性規則
(Disclosure Rules and Transparency Rules)が、投資家に対しては業務行為規程(Conduct
of Business Sourcebook)が適用される。具体的には、情報開示の義務付け等の強制はハー
ドローによってなされる。
他方、ソフトローとは、自主規制機関による最善慣行(Best Practice)として定められる
規範(コード)に基づく。英国においては、規範(コード)の遵守については、各当事者の
実情に応じた任意の対応を認めるが、不遵守の場合にはその理由を説明させるという、「遵
守あるいは説明」
(comply or explain)の原則が採用されている。上場会社や機関投資家の
コーポレート・ガバナンスに関する自主規制機関は財務報告評議会である。そして、
「遵守
あるいは説明」の原則は、1992年に公表されたキャドバリー報告書以後継承されてきた英国
におけるコーポレート・ガバナンスの大きな特徴である。2010年に公表されたコーポレー
ト・ガバナンス規範およびスチュワードシップ規範においてもこのアプローチが踏襲されて
いる。
上場会社のコーポレート・ガバナンスを向上させるためには、上場会社に対する規制の枠
図表4−4 英国のコーポレート・ガバナンスをめぐるハードローとソフトローの枠組み
ソフトロー
ハードロー
監督当局
財務報告評議会(FRC)
金融サービス機構(FSA)
上場会社に対する規制
コーポレート・ガバナンス規範
上場規則、開示規則
投資家に対する規制
スチュワードシップ規範
業務行為規程
出所:日本投資環境研究所。
― 60 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
組みを構築することが第一歩であるが、それだけでは不十分である。さらに進んで、上場会
社をコーポレート・ガバナンスに能動的に取り組ませるための外部環境の整備が不可欠で
あり、そのためには株主、なかでも機関投資家の役割に大きな期待が寄せられる。そのため、
ソフトローとハードローの両方において、上場会社と機関投資家との双方向からコーポレー
ト・ガバナンスの向上を図るための枠組みの構築が進められた。
図表4−5は、英国におけるコーポレート・ガバナンス向上のための規制の枠組みをまと
めたものである。上場会社のコーポレート・ガバナンスの向上は、株主価値の向上のための
重要な課題である。さらに、株主が年金資産等を運用する機関投資家である場合には、株主
価値の向上は年金資産の運用リターンの向上につながり、究極的には最終受益者である年金
受給者ひいては国民全体の利益につながるという、価値向上の連鎖の関係にある。
ところが、スチュワードシップ規範の制定以前は、上場会社と最終受益者との連鎖が制度
上つながっていなかった。上場会社と株主との関係についてはコーポレート・ガバナンス規
範(旧「統合規範」)あるいは上場規則によって規制されていた。そして、年金基金と最終
受益者との関係については2000年年金法によって、年金基金は、「投資方針(Statement of
Investment Principles)
」において資産運用におけるリスク、リターンなどとともに、社会
的責任問題や環境問題、議決権行使への取組みについても説明することと規定された(注43)。
これは、年金基金の最終受益者に対する責任を明確にするものであり、投資先企業に対する
議決権行使などのガバナンス活動について言及したことは、年金基金の資産運用がコーポ
レート・ガバナンスに対して一定の影響力を行使できることを明らかにするものであった。
ところが、上場会社のコーポレート・ガバナンスに直接関係するのは株主であるが、自家運
用を行っている大規模な年金基金を除いた多くの年金基金においては、実際の運用は外部の
図表4−5 英国におけるコーポレート・ガバナンス向上のための規制の枠組み
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᭩⤂ུ─⩽
出所:日本投資環境研究所。
(注43)
経済産業省「2004年通商白書」「第2章『新たな価値創造経済』と競争軸の進化 ⑶CSRの市場
評価としての「社会的責任投資(SRI)
」参照。
― 61 ―
アセット・マネジャーに委託しているのが実態であり、上場会社と年金基金との間でコーポ
レート・ガバナンスに関する双方向の流れは連鎖関係にはなかった。
スチュワードシップ規範は、上場会社と年金基金等の顧客との間で、アセット・マネジャー
が果たすべき役割を明確にする。アセット・マネジャーは、上場会社の直接の株主であるこ
とから、アセット・マネジャーを連結部分として、上場会社と年金基金さらには最終受益者
という資金供給者とが一連の流れとして結びつく。したがって、スチュワードシップ規範の
制定によって、上場会社における株主と機関投資家との間の制度上の乖離部分を埋め、上場
会社のコーポレート・ガバナンス向上が最終受益者の利益に結びつくことについて、その連
鎖の全体像を鳥瞰できるようになったといえる。
②スチュワードシップ規範に定められる7原則
スチュワード(steward)とは、
「執事、財産管理人」などと和訳されることから、スチュ
ワードシップとは財産管理人たる立場における責任という意味になろう。他方、受託者責任
(fiduciary duty)は信託の受益者と受託者の間で生じる関係である。根源的な関係は異なる
が、いずれも機関投資家がその職務を全うするうえで、顧客あるいは最終受益者の最善の利
益のために行動すべきであるという現象を捉える概念であるということができる。
このようなスチュワードシップの観点からのコーポレート・ガバナンス強化の取組みとし
て中心的に議論されているのは、投資家と投資先企業との間でとられるコミュニケーション
である「エンゲージメント(engagement)
」についてである。すなわち、実効的なエンゲー
ジメントは投資先企業のコーポレート・ガバナンス向上に資するとの認識が一般的である。
<スチュワードシップ規範>
規範原則
最終受益者が有する価値(value)を保全し、増大させるために、以下が求められる。
原則1:機関投資家は、スチュワードシップについての責任(stewardship responsibility)
をどのように果たすかについての方針を公に開示しなければならない。
原則2:機関投資家はスチュワードシップに関連する利益相反を管理するために、堅固な方
針を定めなければならない。この方針は、公に開示されなければならない。
原則3:機関投資家は、投資先企業を監視(monitor)しなければならない。
原則4:機関投資家は、投資先企業に対する活動の水準を高めていく時期および方法につい
て、明確なガイドラインを策定しなければならない。
原則5:機関投資家は、適切な場合には、他の投資家とともに集団的に行動しなければなら
ない。
原則6:機関投資家は、議決権行使に関する明確な方針を定め、議決権行使活動について開
示しなければならない。
― 62 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
原則7:機関投資家は、スチュワードシップおよび議決権行使活動に関して定期的な報告を
行わなければならない。
3 株主の議決権行使活動
⑴ 株主総会の集中
わが国の株主総会の特徴として、開催日の集中の問題がある。1995年には3月期決算会社
の96.2%が同日に株主総会を開催していたが、2012年にはその比率は41.6%にまで低下してい
る(図表4−6参照)。他方、集中日を含む週の開催は、2006年以降も平均72.1%である。
集中日の開催比率は低下しつつあるものの、依然として一定の時期に集中している(図表4
−7参照)
。ところが、機関投資家は株主名簿上の株主ではないため(注44)、会社に対して直
接議決権を行使するのではなく、議決権行使の指図を行うという立場にある。機関投資家は
個人株主とは異なり一般的には株主総会に出席することはないため、開催日の分散化よりも
むしろ議案を検討する時間が十分確保されることを望む傾向にある。招集通知は、株主総会
開催日の2週間前までに発送されなければならないが(会社法299条1項)、発送先は名簿上
の株主(資産管理機関や常任代理人等)であり、投資や議決権の判断を行う実質株主の手元
に届くまでには時間がかかる。また、実質株主の行使期限は、開催日の1週間前程度である
ことが多く、多くの機関投資家は短い期間で、総会集中時期には大量の議案を判断しなけれ
ばならない(図表4−8、4−9参照)。そのため多くの機関投資家は議決権行使の検討時
間の確保を要望しており、株主総会の招集通知の作成、発送の早期化が進んでいる(図表4
−10参照)。このような背景から、東京証券取引所は規則を改正し、上場会社に対して2012
年3月期決算会社の定時株主総会分から株主総会の招集通知等(株主総会招集通知書および
その添付書類)の提出を義務付けており、東京証券取引所のウェブサイトにおいて招集通知
等が閲覧できるようになっている。同様の招集通知のウェブサイトにおける開示は他の証券
取引所においてもなされており、株主が議決権行使のために議案を検討する時間を確保する
ために役立っている。
(注44)
機関投資家には、銀行・生命保険会社・投資顧問会社・投資信託の運用会社等がある。銀行・
生保等の自己勘定による政策投資については、自ら株主として登場することが多い。本稿では、機関
投資家のうち年金基金等からの委託を受けて投資を行う者に焦点を当てている。
― 63 ―
図表4−6 定時株主総会の集中日の開催比率推移(3月期決算会社)
出所:東京証券取引所「平成24年3月期決算会社の定時株主総会の開催日集計結果について」
(2012年6月11日)
参照。東証の全上場会社に対するアンケート結果を集計している。
図表4−7 定時株主総会の集中日を含む週の開催比率
出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象にした調査による。
― 64 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
図表4−8 国内機関投資家の議決権行使の流れ
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出所:日本投資環境研究所。
図表4−9 海外投資家の議決権行使の流れ
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出所:日本投資環境研究所。
― 65 ―
図表4−10 招集通知作成の早期化
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出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象とした調査による。
⑵ 株主総会の議決権行使の結果
図表4−11によれば、日経225企業における株主総会における議決権は平均75.3%が行使さ
れている。また、日本投資環境研究所の調査によれば、東証1部上場会社全体においても、
平均77.7%の議決権が行使されている。取引先等の法人株主や国内の機関投資家の多くは議
決権行使を行っているが、政府系ファンド等の海外投資家の一部は議決権行使を行わない場
合がある。個人株主については、出席や発言等を積極的に行って株主としての意識が高まり
つつあることがうかがわれ、近年ではその存在感も高まってきている。
議決権行使結果をみると、買収防衛策(26.2%)、退職慰労金(18.6%)
、社外監査役選任
(10.3%)の順に反対率が高く、役員報酬額改定や社外取締役選任等がこれに続く。役員に
関連する議案に対しては反対率が高い傾向があり、株主の関心の高い議案であるといえる。
議決権行使結果については、上場会社等のコーポレート・ガバナンスに関する開示を充実
するために、
「企業内容等の開示に関する内閣府令」(金融庁、2010年3月31日改正)によっ
て、臨時報告書において株主総会の議案ごとの議決権行使の結果(得票数等)を開示するこ
とが義務付けられた。他方、機関投資家については、前述のように、金融庁「我が国金融・
資本市場の国際化に関するスタディグループ報告」(2009年6月)によって議決権行使ガイ
ドラインと行使結果の公表が要請されたことに伴い、これらの情報が公表されるようになっ
た。
― 66 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
図表4−11 議決権行使の結果(2012年6月)
(%) 平均行使率
平均賛成率
平均反対率
剰余金処分
76.1
97.6
0.8
取締役選任(社内)
75.5
95.1
3.2
取締役選任(社外)
75.1
93.3
5.1
監査役選任(社内)
75.7
96.0
2.3
監査役選任(社外)
75.5
88.3
10.3
定款一部変更
75.8
97.2
1.3
退職慰労金支給
74.6
80.7
18.6
役員報酬額改定
77.0
91.4
6.8
新株予約権発行
75.1
95.0
3.2
再構築関連
75.1
96.6
1.4
その他会社提案
71.2
97.9
0.9
役員賞与支給
76.8
95.1
2.8
補欠監査役選任(社内)
76.1
95.8
2.8
補欠監査役選任(社外)
75.1
94.4
4.6
買収防衛策導入
76.0
73.0
26.2
出所:日本投資環境研究所。日経平均株価組入225銘柄を対象にした調査による。
⑶ コーポレート・ガバナンスの観点から重要な問題に対する機関投資家の考え方
① 取締役選任
取締役の1社当たりの平均人数は、2005年6月は10.1名であったが、2012年6月には9.0名
にまで減少し、取締役会の小規模化および効率化が進んでいる。
図表4−12 取締役会の人数の比較
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出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象にした調査による。
― 67 ―
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従来は、わが国のコーポレート・ガバナンスの特徴として、取締役会の機能が監督よりも
業務執行に重点が置かれていたことから、取締役の人数が数十人規模の会社も少なくなかっ
た。ところが、機関投資家の議決権行使において、規模が過大な取締役会の実効性を問題視
する内容の基準(注45)等が策定されたこと等が影響して、取締役が20名超の会社は2005年6
月には41社であったが、2012年6月には5社にまで減少した。
図表4−13 社外取締役の導入状況の推移
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出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象にした調査による。
社外取締役の採用は、2005年以降一貫して増加している。2011年以降過半数の会社におい
て社外取締役が選任され、2012年6月時点で752社(55.5%)
(ただし、委員会設置会社を含
む)の会社で社外取締役が設置されている。
このように、社外取締役の量的な確保が進んだ次の段階として、社外取締役の質の確保が
議論となる。具体的には、社外取締役の独立性が大きな論点となる。国内外の多くの機関投
資家は出資関係や取引関係等の独立性に影響を与えうる関係性についても問題視しているが、
わが国の会社法上ではこれに即応できるような詳細な独立性要件は定めていない。そのため、
各投資家は各自の議決権行使基準を定めて独立性を判断し、他方会社側でも独自の社外取締
(注45) 地方公務員共済組合連合会「株主議決権行使ガイドライン」においては、「取締役会は、実効性
ある運営を目指すためにも活発かつ十分に議論を尽くすことができ、迅速な意思決定ができるよう、
業種、企業規模の観点から他社と比較して適正な員数であることを肯定的に判断する。一方、著しく
員数が多い場合には原則として反対する。
」と定める。
(注46) エーザイ「社外取締役の独立性・中立性の要件」
、日立製作所「コーポレート・ガバナンスガイ
ドライン」等参照。
― 68 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
役基準等を定めて社外取締役の選任に際して独立性を評価している例が見られる(注46)。
図表4−14によれば、社外取締役・社外監査役の出身母体としては、大株主および取引先
が突出して高くなっている。大株主については、事業報告や有価証券報告書において開示も
行われていることから、独立性を判断する上で重要な要素となろう。他方、取引先について
は、軽微な取引関係までも事業報告に記載している例も少なくない。独立性を判断するうえ
で取引関係等の重要性の評価については、会社の規模、業態によりさまざまに状況が異なり、
一律の基準での判断は困難を伴う。たとえ軽微な取引関係であっても、事業報告や招集通知
の参考書類に記載がある場合には、機関投資家の議決権行使において考慮される可能性があ
る。
図表4−14 社外取締役の属性
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出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象にした調査による。
② 役員報酬関連
株主総会において役員報酬として提案される議案には、退職慰労金支給、新株予約権付与
(ストックオプション)
、役員賞与支給、役員報酬額改定の4種類がある。
取締役や監査役などの役員に対する投資家からの期待がより一層重くなる中で、役員選任
議案と並んで報酬関連の議案が重要になってきている。特に、退職慰労金、およびストック
オプションなどの株式を活用した報酬制度については、一定の基準に基づいて、厳格に賛否
の判断を行う機関投資家が少なくない。また、機関投資家の多くは、業績に応じて報酬が変
動する業績連動型報酬制度の採用を促し、会社業績に対する取締役の責任やコミットメント
が明確になることを期待している。
― 69 ―
退職慰労金支給議案については、機関投資家の多くは、社外取締役や社外監査役等の社外
者への支給に反対する。2012年6月総会では、退職慰労金支給議案を提案した239社のうち
117社(49.0%)において、社外者を対象に含んでいる。退職慰労金制度廃止に伴う精算支
給に際しては、過去の債権債務関係に基づくとして例外的に賛成する機関投資家もいる。前
述の117社のうち44社は、退職慰労金制度廃止に伴い、社外者に精算支給を行おうとする内
容である。
役員賞与は、会社法361条において報酬の一部であることが明記された。役員賞与は、業
績と関連して支給が検討される報酬であるため、業績により提出会社数が変動する。
金銭報酬以外の報酬としては、株式等を活用した報酬制度があり、これらを総称してス
トックオプションと呼ばれることが一般的である。しかしながら、ストックオプションにつ
いては、わが国においては、オプション権を対価とする報酬制度と株式を対価とする報酬制
度とが混合して議論されている場合もあるため、整理が必要である。前者は、従来型から行
われてきたオプション権を付与する報酬であり、有利発行(注47)を伴うとして株主総会の特
別決議が必要である。後者は、
「一円オプション」とも呼ばれ、労務の対価として金銭では
なく同価値の株式を内容とする報酬を付与するものであり、公正価額での発行が前提となる
ため、株主総会の普通決議で決定できる。いずれの報酬の場合も、機関投資家は、付与対象
者と希薄化比率の観点から判断を行う。付与対象者については、監督機能が期待される社外
取締役や監査役、その他業績連動型報酬として株式を活用した報酬の妥当性が疑われる顧問
等の社外協力者に対する場合には、機関投資家は反対の判断を行うことが少なくない。希薄
化比率については、2012年6月総会(東証1部上場会社対象)には平均 0.6%であり、既存
の株主の利益に与える影響は軽微であることが多いが、他方で9%超の会社も2社あった。
希薄化比率5%を超えるような場合には、過大な報酬であるとして不適格との判断を行う機
関投資家も多い。希薄化比率の算定にあたっては、過去の新株予約権の残高を加算する場合、
当該株主総会の議案に諮られている新株予約権のみに基づいて算出する場合の両方がある。
(注47)
行使価格が市場価格を下回ることが多いため。
― 70 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
図表4−15 株主総会に提出された役員報酬制度
内容
2006年
2008年
2010年
2012年
6月
6月
6月
6月
退職慰労金支給
制度廃止に伴う精算支給
社外者への支給を含む
退職慰労金の支給金額を開示
814社
201社
342社
563社
144社
267社
37社
261社
37社
94社
10社
239社
53社
117社
20社
ストックオプション付与
監査役、顧問・社外協力者等への付与
197社
28社
99社
10社
77社
9社
46社
4社
322社
197社
187社
210社
58社
9社
113社
50社
5社
132社
61社
2社
役員賞与支給
役員報酬額改定
株式報酬を含む
株式報酬を監査役に付与
426社
91社
出所:日本投資環境研究所。東証1部上場会社(3月決算)を対象にした調査による。
③ 買収防衛策
上場会社のうち買収防衛策を採用している会社は、2008年の563社をピークに、その後は
減少傾向にある。上場廃止に伴い事実上廃止となる事例もあるが、多くは導入した買収防衛
策を廃止する(あるいは継続、更新しない)ことを会社として決定したことにより、採用社
数が減少している。
機関投資家の多くは、買収防衛策の導入、更新、発動等に関する決定について株主の意思
を確認することを求めている。そのため、2012年4月から6月に買収防衛策を新規に導入あ
るいは更新した会社のうち98%においては、導入時・更新時・発動時のいずれかの場合に株
主の意思を確認する手続き(株主総会の承認等)を採用している。
図表4−16 買収防衛策の導入会社数の推移
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出所:日本投資環境研究所。
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買収防衛策が株主総会の議案として提案される場合は、個別の議案として買収防衛策の承
認を求める場合と、定款変更を伴う場合とがある。定款変更に買収防衛策の文言を設ける会
社は、買収防衛策が登場した当初の2007年には55社、2008年には63社あったが、その後は急
減した。定款変更には株主総会の特別決議が必要なこと、将来買収防衛策を見直した場合に
再度特別決議により定款変更を行うことが必要になること等から、現在では買収防衛策の導
入あるいは継続に関する株主意思確認のための決議を採用する会社がほとんどである。
このような買収防衛策に関連する個別議案の決議に対しては、一定の基準に基づいて判断
を行う機関投資家が多い。形式的な条件としては、買収防衛策の有効期間、社外取締役の有
無、独立委員会の構成等から検討される。また、買収防衛策に対する機関投資家の評価は当
初よりも厳しくなっており、基準に抵触する場合には例外的措置を設けずに反対する場合も
少なくない。
(補論)コーポレート・ガバナンスと企業業績・株価に関する実証研究等
「コーポレート・ガバナンス体制の強化・向上が企業の業績あるいは株価にポジティブな
影響を与えるか」という問いに対しては、これまで多くの各国でさまざまな実証研究が行わ
れてきたが、大方の市場関係者が納得するような結果は得られていない。
その要因としては、コーポレート・ガバナンスのレベルを示す説明変数と結果を示す被説
明変数の設定の仕方に無数のパターンがあることが影響していると考えられる。代表的な説
明変数としては「経営者の報酬体系∼業績連動の有無等」、「取締役会の構成∼独立取締役の
任用数等」
、
「株主構造∼外国人保有比率、機関投資家比率等」などが用いられ、被説明変
数としては「企業業績∼ ROE、営業利益率等の向上」
、「株価∼対インデックス超過収益率」
などが存在する。また、研究に当たっての母集団(地域、企業の範囲等)や期間設定にさま
ざまな選択肢があることや、コーポレート・ガバナンス以外の説明変数が被説明変数に与え
る影響を排除し切れないといった点も、実証研究が多くの市場関係者の納得感を得ることが
難しい要因であろう。
別の観点からは「株主アクティビズムが企業業績あるいは株価にポジティブ影響を与える
か」との実証研究も行われている。しかし、前段の実証研究と同様に説明変数としてのアク
ティビズムの定義やレベルを示す指数、被説明変数の範囲(コーポレート・ガバナンスの向
上も被説明変数になり得る)や結果の持続性によって、説明変数と被説明変数の関連性の有
無や強弱への判断は異なっている。
また、現実の運用としては、2000年代に入り日本企業全体のコーポレート・ガバナンスの
改善を促す動きを活発化させていた厚生年金基金連合会(2005年10月より企業年金連合会に
名称変更)が2004年3月に日系のアセットマネジメント会社に運用を委託して「コーポレー
ト・ガバナンス・ファンド」を創設した例がある。具体的な基準を作成し、公開資料とイン
― 72 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
タビューの組合せにより当初43社を選択、ピークには銘柄数で80銘柄、運用資産規模で数
百億円に達したファンドであったが、2008年度で委託は終了した。企業年金連合会の関係者
は、委託終了にあたって「これまでの運用成績は東証株価指数(TOPIX)をわずかに上回
る程度。アクティブ運用に期待するリターンは得られなかった」と述べていた(注48)。
異なる例としては、グローバル投資家がアジア・中南米等で成長性の高い財閥系同族
(ファミリー)企業に積極的に投資する動きがある。一般的な基準に当てはめると同族(ファ
ミリー)企業はコーポレート・ガバナンス面からは改善すべき点も多い。それにも関わらず
上場した同族(ファミリー)企業が成長性を維持し、投資家の注目も集めていることは、必
ずしもコーポレート・ガバナンスのレベルと企業成長の関連性を否定するものではない。同
族(ファミリー)企業にも独自のガバナンス(規律)が効いており、コーポレート・ガバナ
ンスの優劣を一定の形式要件から判断することが難しいことを示している例と見ることもで
きよう。
実証研究と同様に現実の運用や企業経営の世界でも、コーポレート・ガバナンスの模範的
なあり方や企業業績・株価との関連性に明確な結論が得られているわけではない。本テキス
トでは基本的なコーポレート・ガバナンスの見方や投資家の要請を紹介しているが、それを
学んだうえでさらに実践の場で経営やコーポレート・ガバナンスのあり方についての理解を
深めてもらいたい。
4 社会的責任投資(SRI)とコーポレート・ガバナンス
⑴ 社会的責任投資の拡大とわが国の現状
社会的責任投資(SRI; Socially Responsible Investment)とは、広義には「社会性に配慮
したお金の流れとその流れをつくる投融資行動」であり、なかでも株式投資については「企
業への株式投資の際に、財務的分析に加えて、企業の環境対応や社会的活動などの評価、つ
まり企業の社会的責任の評価を加味して投資先企業を決定し、かつ責任ある株主として行
動する投資手法」であるとされる(注49)。このような投資家サイドの動きを受けて、投資家
からの投資を受ける立場である企業においても、企業の社会的責任(CSR; Corporate Social
Responsibility)に対する意識が高まりつつある。
社会的責任投資とは、環境問題(Environment)
、社会問題(Social)、コーポレート・ガ
バナンス問題(Corporate Governance)
(これらの頭文字からまとめてESG問題と呼ばれる)
という、財務分析以外の要因が資産運用におけるパフォーマンスに与える影響に配慮をした
(注48) 年金情報2009年9月7日号に掲載。なお、企業年金連合会によるコーポレート・ガバナンス・
ファンドの委託は終了したが、グローバルに見ればコーポレート・ガバナンスの優位性に焦点を当て
たファンドは現在でも一定数存在している。
(注49)
社会責任投資フォーラム(SIF-Japan)ホームページ参照。
― 73 ―
投資を行うことである。
このESG問題については、長期的なリターン追求を目的とする年金基金等アセット・オー
ナーにおいて長期的な資産運用におけるリスク管理の観点からの重要性が認識されてきた。
そのため、運用を委託している機関投資家に対しては、受託者責任の観点からも、ESG問題
に対する配慮が要請されるようになってきた。
社会的責任投資の具体的な方法としては、運用プロセスの中にESGの要素を組み入れるこ
と、エンゲージメント等の株主として積極的に投資先に対してアプローチを行う株主行動、
通常の金融機関からの投融資が得られないような社会(コミュニティ)の発展に貢献するこ
とを理念に含めるコミュニティ投資等がある。
このような動きは特に諸外国において顕著である。米国におけるSRIの運用額は、1995年
には639億ドルであったが、2010年には3兆690億ドル(239.4兆円、1ドル=78円換算)に
まで拡大している。また、英国においても、2010年には9,389億ユーロ(92.0兆円、1ユーロ
=102円換算)にまでSRI市場は拡大している。
他方わが国においては、2007年は8,500億円であったが、2009年には5,787億円と大きく縮
小し、その後回復するものの2012年で8,272億円にとどまっている。また、わが国のSRIの内
訳は、5,200億円(89.9%)が公募信託であり、年金資金によるSRI運用は562億円(9.7%)、
エンゲージメント等の株主行動を伴う運用資産は25億円(0.4%)に過ぎない(注50)。
図表4−17 米国における社会責任投資(SRI)の規模
(十億ドル)
1995年
1997年
1999年
2001年
2003年
2005年
2007年
2010年
ESG組み入れ
162
529
1,497
2,010
2,143
1,685
2,098
2,512
株主行動
473
736
922
897
448
703
739
1,497
コミュニティ投資
4
4
5
8
14
20
25
41.7
上記の重複投資
84
265
592
441
117
151
981.18
合計
639
1,185
2,159
2,323
2,164
2,290
2,711
3,069
49.8兆円
92.4兆円
168.4兆円
181.2兆円
168.8兆円
178.6兆円
211.5兆円
239.4兆円
出所:Social Investment Forum Foundation“2010 Report on Socially Responsible Investing Trends in the United
States”Fig.Bより作成。
注:1ドル=78円(2012年9月)
(注50)
社会責任投資フォーラム(SIF-Japan)
「日本SRI年報2009」5頁図参照。
― 74 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
図表4−18 英国における社会責任投資(SRI)の規模
(十億ユーロ)
2005年
2007年
2010年
狭義のSRI
21.2
54.1
54.7
広義のSRI
515.9
709.4
884.2
合計
537.1
763.5
938.9
52.6兆円
74.8兆円
92.0兆円
出所:Eurosif,“European SRI Study 2010”より作成。
注1:Eurosifによる定義によれば、狭義のSRIとは、相対的なESGの概念が強く反映されたファンドで、規範基準や倫
理基準等複数の基準によるネガティブ・スクリーニング、ポジティブ・スクリーニング(ベスト・イン・クラス
型およびSRIテーマ・ファンド型)によるファンドを含む。広義のSRIとは、相対的にESGの概念が弱く、単純な
基準によるスクリーニング、エンゲージメント、インテグレーション(ESG要素の組入れ)によるファンドを含
む。
注2:1ユーロ=98円(2012年9月)
図表4−19 日本における社会的責任投資(SRI)の規模
合計
2007年
2009年
2012年
8,500億円
5,787億円
7,282億円
出所:社会責任投資フォーラム(SIF-Japan)「日本SRI年報2007」、「日本SRI年報2009」、「最新版・SRI市場残高」より
作成。
⑵ 国際連合による「責任投資原則(UNPRI)
」
資産運用におけるESG問題の影響に対する配慮が高まりつつあることを背景として、2005
年にアナン国連事務総長(当時)は、世界12 ヵ国から20社の機関投資家を集め(投資家グ
ループ)
、さらにマルチ・ステークホルダー・グループと呼ばれる専門家集団も加わり、こ
の問題についての検討が行われた。これらの一連の活動は国連環境計画・金融イニシアティ
ブおよび国連グローバル・コンパクトが事務局を務め、その結果2006年に「責任投資原則
(PRI:Principles for Responsible Investment)」が策定された。
本原則は、年金基金等の資金拠出者、その資産を運用する運用機関、これらの機関投資家
にさまざまなサービスを提供するサービス・プロバイダー等による採択が進められた。その
数は年々増加し、2012年には1,000機関を超える機関投資家によって採択されている。わが
国でも、2011年時点で、18社の機関投資家がこの責任投資原則に署名している。
― 75 ―
図表4−20 UNPRIを採択している機関数
1,200
1,000
800
600
400
200
0
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
出所:UNPRI ”Annual Report”, ”PRI Report on Progress”(2007 ∼ 2012)より作成。
この国連による責任投資原則は6原則から構成されるが、各原則には採択した機関投資家
が実施すべき具体的な取組み事例が列挙されている(注51)。
<責任投資原則>
1.私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
2.私たちは活動的な(株式)所有者になり、
(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習に
ESG問題を組み入れます。
3.私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
4.私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きか
けを行います。
5.私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
6.私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。
⑶ 環境省「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」
国連による責任投資原則等のグローバルな動きに対応して、わが国においては、2010年6
月、中央環境審議会・総合政策部会・環境と金融に関する専門委員会により「環境と金融の
あり方について∼低炭素社会に向けた金融の新たな役割∼」と題する報告書がまとめられた。
本報告書においては、環境対策の実施のための資金需要に対する金融の果たす役割および環
境金融拡大のための具体的な政策として、4つの重点項目について検討を行うべきであると
の提案がなされている。
(注51)
国連責任投資原則の翻訳については、UNPRIホームページ参照。
― 76 ―
第4章 市場参加者とコーポレート・ガバナンス
①温室効果ガス25%削減に向けた対策に円滑に資金が供給されるための仕組み
②年金基金による環境配慮投資の促進
③企業の環境関連情報の開示・提供の促進
④環境金融への取組みの輪を広げていく仕組み
第4点に関して、環境や社会的責任に配慮した金融への取組みの輪を広げていくための枠
組みとして、わが国としてのプラットフォームを作るため、前述の「責任投資原則」の日本
版にあたる環境金融行動原則の策定が提案された。
これに基づいて、環境省は2011年10月「持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則」お
よびこの原則を実践するための業務別ガイドラインを策定した。
また、金融行動原則に基づく具体的な取組みとして、運用・証券・投資銀行、保険、預金・
貸出・リースの3業務について、それぞれの業務ガイドラインが設定されている。
各業務ガイドラインにおいては、下記の切り口から具体的な取組み事例が列挙されている。
①本業の業務運営において環境・社会への配慮を組み込む
②業務プロセスにおいて環境・社会への配慮を組み込む
③社会へ情報を発信し、さまざまなステークホルダーに働きかける
このように、コーポレート・ガバナンスの問題は、環境や社会的責任等も含めたESG問題
として、投資先企業の長期的利益につながる財務問題以外の重要な要素であるとの認識が高
まっている。そのため、海外の年金基金等のアセット・オーナーの中には、運用委託先に対
してESG問題への取組みを投資アプローチに含めるよう要請するところも出てきている(注52)。
わが国においても、金融行動においてこのような視点からの配慮が求められるようになり、
コーポレート・ガバナンスに関わる新しい動きとして注目されるところである。
<持続可能な社会の形成に向けた金融行動原則>
1.自らが果たすべき責任と役割を認識し、予防的アプローチの視点も踏まえ、それぞれの
事業を通じ持続可能な社会の形成に向けた最善の取組みを推進する。
2.環境産業に代表される「持続可能な社会の形成に寄与する産業」の発展と競争力の向上
に資する金融商品・サービスの開発・提供を通じ、持続可能なグローバル社会の形成に
貢献する。
3.地域の振興と持続可能性の向上の視点に立ち、中小企業などの環境配慮や市民の環境意
識の向上、災害への備えやコミュニティ活動をサポートする。
4.持続可能な社会の形成には、多様なステークホルダーが連携することが重要と認識し、
かかる取組みに自ら参画するだけでなく主体的な役割を担うよう努める。
5.環境関連法規の遵守にとどまらず、省資源・省エネルギー等の環境負荷の軽減に積極的
( 注52) International Corporate Governance Network(ICGN),”ICGN Model Mandate Initiative‒
Model contract between asset owners and their fund manager”(2012).
― 77 ―
に取組み、サプライヤーにも働き掛けるように努める。
6.社会の持続可能性を高める活動が経営的な課題であると認識するとともに、取組みの情
報開示に努める。
7.上記の取組みを日常業務において積極的に実践するために、環境や社会の問題に対する
自社の役職員の意識向上を図る。
― 78 ―
索 引
監査役会………………………………23,27
【アルファベット】
監査役設置会社………………………… 25
comply or explain……………………43,60
CSR;Corporate Social Responsibility … 73
ESG ……………………………………… 73
exit ……………………………………… 56
fiduciary duty ………………………… 62
Kodex …………………………………… 44
MBO …………………………………… 40
PRI:Principles for Responsible Investment
……………………………………… 75
SRI;Socially Responsible Investment … 73
Stewardship Code……………………… 59
UNPRI …………………………………… 75
voice …………………………………… 56
監査役の報酬…………………………… 31
監視義務………………………………… 32
機関投資家……………………………… 52
企業の社会的責任……………………… 73
議決権行使……………………………57,63
キャドベリー委員会…………………… 42
競業取引………………………………… 32
強制公開買付制度……………………… 50
業務執行取締役………………………… 26
グリーンベリー委員会………………… 43
経営者支配……………………………… 53
経営者の利害……………………………… 3
経営判断原則…………………………… 31
【あ行】
結合企業規制…………………………… 49
アクティビスト………………………… 56
公開買付規制…………………………… 39
委員会設置会社………………… 23,24,34
コーポレート・ガバナンス規範……59,61
インセンティブのねじれ……………… 30
コミットメント………………………… 14
ウォーカー報告書……………………… 59
ウォール・ストリート・ルール……… 56
エイボン・レター……………………… 58
エージェンシーコスト…………………… 3
エージェント……………………………… 4
【さ行】
サーベンス・オクスリー法…………… 42
資金提供の非効率性……………………… 6
事前警告型買収防衛策………………… 38
持続可能な社会の形成に向けた金融行動
エリサ法………………………………… 58
エンゲージメント……………………57,62
原則…………………………………… 76
私的費用…………………………………… 4
【か行】
支配権市場の規律……………………… 50
会計監査人……………………………23,28
社会的責任投資………………………… 73
株主総会………………………………… 24
社外取締役……………………………26,68
株主代表訴訟…………………………… 33
従業員退職所得保障法………………… 58
株主の利害………………………………… 3
受託者責任……………………………56,62
監査役…………………………………… 27
遵守あるいは説明……………………43,60
― 79 ―
少数株主保護…………………………… 13
モニタリング…………………………… 4,8
情報の非対称性…………………………… 4
モニタリング・モデル………………34,47
所得と支配の分離……………………… 53
モラルハザード…………………………… 4
所有と支配の一致……………………… 53
【や行】
スクィーズアウト……………………… 40
スチュワードシップ規範……… 43,60,62
ステークホルダー・ビュー…………… 16
役員の義務と責任……………………… 31
役員報酬………………………………30,69
ステークホルダー・モデル…………… 20
【ら行】
ストックオプション…………………… 70
利益相反取引…………………………… 32
責任投資原則…………………………… 75
リスク管理体制構築義務……………… 32
ソフトロー……………………………21,60
レント……………………………………… 6
【た行】
退出(exit) …………………………… 56
敵対的買収……………………………… 37
ドイツ・コーポレート・ガバナンス規範
……………………………………… 44
取締役会設置会社……………………23,26
【な行】
内部統制報告書………………………… 32
二層システム…………………………44,46
【は行】
ハードロー……………………………21,60
買収防衛策……………………………38,71
発言(voice)…………………………… 56
ハンぺル委員会………………………… 43
不完備契約………………………………… 9
プリンシパル……………………………… 4
プリンシパル・エージェントモデル…… 4
ボード・システム……………………… 46
【ま行】
マネジメント・バイアウト…………… 40
メインバンク・システム……………… 54
― 80 ―
Fly UP