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極東における人口動態とジェンダーから見た プーチンの少子化政策

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極東における人口動態とジェンダーから見た プーチンの少子化政策
極東における人口動態とジェンダーから見た
プーチンの少子化政策
杉 山 秀 子
はじめに−
まず初めに、一国の人口劣化という現象が国の経済上また安全保障上どのよう
な問題点を生み出すかを昨年筆者が極東および中露の国境地帯を廻ってみた印
象から物語ってみることにする。
昨年ハルピンで開催された国際会議に参加する傍ら黒龍江省とロシアの国境へ
思い切って足を伸ばしてみた。黒龍江省とロシアとの国境は 3088 キロにわた
る長いもので、そのうち 25 ヶ所の国境通関点があった。両国はお互いに国境
を接しており相互に貿易の最大のパートナーとして認知している。ここでは話
をわかりやすくする為に中国、ロシアの双方にとってこの地域の貿易の最大の
品目である木材の輸出入状況を具体的に取り上げてみる。
中露国境貿易の現状とそこからみえてくるもの
この地域の国境地域はロシア側は広大な森林地帯を形成しており、中国側は 歴代王朝の森林破壊は凄まじいものであり、それとあいまって 18 世紀人口が
爆発的であったといわれている。清朝時代の過度の伐採による爪跡が残ってお
り痛ましい様子を呈していた。
図表からもいえることは原木の中国側へのロシアからの輸出が際立ち、またそ
れと反比例的に中国からロシアへの合板だの家具の輸出がことのほか多い。清
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杉 山 秀 子
朝末期、旧満州国時代の森林伐採により森林資源は枯渇してしまい、伐採は厳
しく制限されている。隣国ロシアの森林資源を当てにせざるを得ないのであ
る。因みに中国の森林破壊率は 21.9%であり、
(世界平均では 31.0%)また森
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林蓄積量は
で世界平均では 111ᐔᣇࡔ࡯࠻࡞ߢ޽ࠆ‫ޕ‬
平方メートルである。
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図表でも示されているが、1996 年以降 2007 年まで中国のロシアからの丸太
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輸入量は急激に伸びており、2008
年のリーマン・ショックにより伸びは抑え
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られ、その後はロシア側の関税率引き上げ
(ロシアの原木輸出関税率を参照)
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に対応して伸びは落ちている。 ということは黒龍江省とロシアの国境地域間の産業においては中国の加工業が
ロシアの資源原料に頼っていることが明白な事実であることがわかる。
下図の図表を見るとこの事情が明白にわかる。すなわち、1999 年頃を境とし
て対中国への木材の輸出量は増え 2007 年になると 50%を超えるが、総伐採
量はむしろ半減している。これはロシアの森林保護と国内木材業の育成政策の
結果対中国に対する木材の輸出に下記のような大幅な関税を年年かけ始めたた
ことが起因している。
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
図表 中国における主要木材製品の輸出入の推移
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原木輸出税率
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2006年 6. 5%
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2007年 20%
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2008年 25%
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2009年 25%(80%への引き上げ予定延期)
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2010年 25%( 〃 )
中国側もこれに負けじとばかりにロシアの丸太を国境線を越える間際のところ
で中国系の加工工場に搬入そこで加工して中国側に出すというきわどい手法で
ロシア側の厳しい制裁に抗している。そこでは違法伐採の可能性もあることは
まちがいないことであろう。次の図(ロシアにおける丸太生産量と輸出量の推
移)を見ればそのあざとさがよくわかる。すなわち木材の総伐採量が 2007 年
では 1991 年の二分の一になっているにもかかわらず、輸出額は同年対比で
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4 倍にものぼり、対中国への輸出のパーセンテージは
3%から 56%にのぼって
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いることである。つまりどこかでマニュピュレートしていなければこのような
数字になりっこないのだ。この数字の操作を国境近くの工場で原木から半加工
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杉 山 秀 子
することで表面的には数字合わせをすることができることが手にとるようによ
くわかる。
図表 ロシアにおける丸太生産量と輸出量の推移
出所:對安全 P182 表 1 より。
中国側の綏芬河鉄道口岸の職員に直接聞いた話では、ロシアから輸入している
物品の 70%は木材だという。中国側からロシアへの輸出品は衣類繊維品、加
工軽工業品などである。とりわけ、
そのうちで多く占めるのはアパレル製品で、
織物、靴、帽子などが続く。
(2007 年で 43%、2008 年で 31%を占める)ロシ
ア側には技術がないわけではないが、加工業に携わることの出来る人口があま
りにも少ないこと(図表を参考)により資源のみを手っ取り早く輸出せざるを
得ない状況なのだ。そのために原木輸出の場合には高い関税率をかけ、資源の
輸出のみに頼るロシア側の現地企業の姿勢とまたその資源を当てにして安く買
い叩こうとする中国側の思惑とその状況をロシアは重く受け止め、何とか改善
しようと努めてきた。資源輸出にのみ頼り、付加価値のあるイノベーション企
業や技術系製造業が少ないことは高学歴の若者の就業意欲を衰えさせる結果と
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
なり、自己の能力や人並みの生活資金を得たい若者はみんなモスクワへ移住す
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るか、外国に留学してしまうという。すると極東における人口はますます低下
するということになる。このような現象は誰よりもロシア政府が把握している
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ことは言うまでもないことである。
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次の図は極東における産業部門別の数値であるが、製造業や建設業などが漸減
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し散る中で小売業、卸売など第三次業種が漸増していることから、かつて軍港
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として栄え、軍需品工場が連立していたウラジオストックなどの極東を代表す
る都市における産業がうまく民間業種に転換できていない状況も想像にかたく
ない。
出所:ロシア連邦国家統計局『ロシアの地域』2011 年
政府は APEC 国際会議にむけルースキー島を始め、次々と極東開発に乗り出
してきた。それは単に中国に対する安全保障上、また経済上の問題の解決をめ
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ざすことのみならず、広く経済成長するアジア太平洋諸国と極東の位置関係と
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その役割を重視してきたからである。
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杉 山 秀 子
政府は以上のような視野にたっ
て、シベリアと極東を長期にわ
たって発展させるために極東・
シ ベ リ ア 開 発 基 金(20 年 間 で
86 兆円)を創設し、その具体化
のために大統領直轄の国営会社
の設立の計画 が立案され、そ
の中心的人事として発展相にイ
シャーエフ氏が選任した。
それらの計画遂行の具体化のた
めに大統領直轄の国営会社の設
立の計画 を立てたが、現実には
この計画はどうもうまく言った
とは思えない。
2009~2018 年 ま で の 中 露 国 境
地域間プログラム(2007・3 の
参考図
胡錦濤訪露時の共同声明、2008
年の 洞爺湖サミットの中露首脳会談)がたてられ、その中心的課題は 資源依
存の経済からの脱却 をめざし、また中国の人口圧力と経済力に対抗できるよ
う、極東地域の産業の高度化、人口の増加をめざすという意欲的改革であった。
またさらにプーチンによる 2025 年までの発展戦略プランが立てられ、その目
的を以下の三点にしぼった。
1)インフラ、交通網の整備、資源開発により北東アジアとの結びつきを強化。
2)極東地域に新しい産業を発展させる。
3)極東に人口を定着させる。流出の防止。そのために良い居住環境をつくる。
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
極東、ロシアの人口動態
下記の図表で見られるが、沿海州、ハバロフスク州、アムール州などの主たる
極東の人口動態表によれば、いずれも死亡数が出生数よりも多いということは
大幅な人口の自然増は期待できないということがわかる。この事実は極東のこ
れからの産業育成や将来性などを考慮する場合に由々しき事実であることはい
うまでもない。
下図の棒グラフを見ると、1990 年から 2010 年の沿海地方、アムール州、ハ
バロフスク地方など、軒並み出生数より死亡数の方が多いことが明らかになっ
ている。統計上で言えば自然増加数はマイナスにさえなっているのである。ま
た折れ線グラフのロシア全体から見ると押しなべて出生数より死亡数の方が上
回り、僅かに極東の出生数が死亡数に比して上向いた傾向にあるこがみとめら
れる。
そして大局的にみると折れ線グラフのように 2020 年までのロシアの連邦人口
予測を見ると一目瞭然、折れ線グラフは限りなく下向きになっていることがわ
かる。
出所)ロシア統計局ウェブサイトから田畑氏作成。
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杉 山 秀 子
出所)ロシア統計局ウェブサイトから田畑氏作成。
2025 年のプーチンの発展戦略のうち、
1)と 2)の成果は着々とあげてきたが、
3)
の人口政策はあまり成果を挙げているとは言いがたい。最も少子化の傾向は極
東にとどまらず、ロシア全体の傾向であることが図表からわかる。
図表に見られるように、極東に焦点を当てると他の地域に比較してそれなりの
人口の増加は見られるのであるが、それにしても隣国中国の東北三省合わせて
1 億人にのぼるのにたいして、沿海州では高々 600 万人に過ぎないのであるか
らロシア人側の焦燥感は相当大きい。
プーチンの新たなる人口増加策
そこでプーチンの新たなる人口増加策が発表され、漸増の機運もみられるが、
あくまでそれも向こう 10 年位のスパンである。2006 年 5 月 10 日の年次教書
を発表し、そこで初めて母親資本という新しい画期的な政策を明らかにした。
教書によると、一人だけではなく二人以上の出産 の母親に出産 3 年目に受け
取ることができるもので、生涯 に一度受け取る可能な制度である。この画期
的人口増加政策により、プーチンは何とか少子化に歯止めをかけ、ダイナミッ
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
クな国力創出の基礎を築きあげようとする。 この並々ならぬ意図を反映さ
せているのが、ロシアに出かけると町のあちこちに下図のような写真入りのプ
ラカードが立てられているのだ。プラカードの元気のいい子供の写真の上に
はロシア語で、
“三人なんて大したことない!三人は、一人、二人、三人でわ
けないことでしょ!”という意味がこめられており、出産奨励が国家のかけ声
で推進されているさまがよくわかる図だ。 (写真はハバロフスクの街角で-
2012 年 9 月筆者撮影。この写真も女の子を二人に男の子一人を配していると
ころも意味深だ。)
使途は、
1) 教育費用 - 追加的教育費用を含む
2) ロシア国内での住宅購入(住宅ローンの支払い及び 返済繰り上げ)
3) 自己の老齢年金の積立部分への追加 と三点にしぼられ、額は 25 万ルーブ
リで、その額は年収 13 万ルーブリとすると約 2 年分の年収に相当するの
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杉 山 秀 子
で効果は大になるように設計されている。
2006 年の 12 月 29 日の年次教書 256 号
2007 年よりすべての子供一歳半までの母親に手当て支給
非就労の母親にも手当てを支給
毎月 1500 ルーブリ、子供二人以上で 3000 ルーブリ支給
出産前の平均賃金の 40%支給
一人目下限 1500 ルーブリ―上限 6000 ルーブリ、出産費用 9000 ルーブリ、
妊娠初期費用 300 ルーブリ(これらはすべて物価スライド制)
人口増加のための政策第二段 としてさらに、2007 年 1 月 26 日付政府指令第
79 号により、
「2007 ~ 2010 年の連邦目的別プログラム
『ロシアの子供』
の構想」
が承認された。同プログラムには、子供の健康や生活の改善策が盛り込まれ、
そのために 478 億ルーブル(連邦予算から 101 億ルーブル、連邦構成主体予算
から 36 億ルーブル)の支出を行うということが取り決められた。
今後のロシアにおける人口予測
20 歳から 25 歳の女性人口は多い―出産の高齢化 現象が今後予測されるが、
さまざまな人口増加策に より今後 10 年間は効を奏するであろう。
しかし 16 歳以下の女性の人口は極端に低い→ 10 数 年後には深刻な減少状態
になることは目にみえている。人口動態の曲線をみても 2005 年から 2031 年
にかけて緩やかながら右肩下がりのカーヴをえがいていることがわかる。 ロシア統計局では 10 年間は 1 億 4,000 万。10 数年後 再び減少傾向。2031 年
1 億 3,900 万人予測 している。
2006 年 6 月 20 日の安全保障会議で、
「2025 年までのロシア連邦の人口政策構
想」の策定が決められた。その後、メドヴェージェフ首相を中心に作業が進め
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
られ、最終的に 2007 年 10 月 9 日付大統領令第 1351 号により策定された。
「人
口政策構想」では、次の 3 段階での実施が予定されている。
第 1 段階:2007 ∼ 2010 年→人口の自然減少率を低下させ、社会増加(移民
増加)をめざすことが予定される。
第 2 段階:2011 ∼ 2015 年→人口動態の安定化をはかる。2016 年の目標は
次の通りである。
人口を 1 億 4,200 万~ 1 億 4,300 万人で安定化をはかる。
平均寿命を 70 歳にまで引き上げる。
合計特殊出生率を 1.3 倍に引き上げ(1.69 人程度となる)、死亡率を 3 分
の 2 の水準に引き下げる。
第 3 段階:2016 ∼ 2025 年 → 2025 年の目標は次の通りである。
移民の増加も含めて、人口を 1 億 4,500 万人にまで増加させる。
平均寿命を 75 歳にまで引き上げる。
2006 年と比べて合計特殊出生率を 1.5 倍に引き上げ
(1.95 人程度となる)
、
死亡率を 62.5%の水準に引き下げる。しかも 年間 30 万人以上の移民増加
を確保する予定 とあることはおどろきである。というのも図をみればあ
きらかであるが、大体において移民の定着率 はそれほどよくない。
フランスの国立人口問題研究所は、2007 年に出した研究報告の中で公式に移
民が出生率アップに貢献しているのは 0.1 ポイントと算出している。一見移民
でトルコやアフリカから来た母親たちの合計特殊出生率はフランス人のものよ
り高く 3・3 で、フランス国籍の母親より 1・5 倍も高い。しかしこれはあく
まで現象的にそう見えるだけで、出産可能年齢を考慮すると、出産可能年齢に
該当する外国人の女性の数がフランスにいる出産可能年齢のフランス人女性の
わずか 7%にしかならないのである。合計特殊出生率が 1・5 倍でもその超過
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杉 山 秀 子
分も 100 分の一しか効果がないことがわかる。だから全体的に計算すると 0.1
ポイントのかさ上げしか期待できないことになる。単純な計算だけでも容易な
らざるものがあるが、さらに移民の出産行動は受入国の女性の出産行動に大体
同化することが多いらしいのだ。母国が多産国であっても移民は入国した国の
文化的規範や習慣、その他を受け継ぐ傾向が多いそうである。
しかも生活が安定せず、十分な金を稼げない時には抑止行動をとり、出産を避
けることになるケースが多い。
ロシアの場合は CIS からの移民が極めて高いがほとんどが肉体労働の低賃金
者が多く、十分な家庭生活をいとなめないケースが多い。しかも 1991 年のソ
ヴェート政権崩壊後以後に生まれた人々はロシア語もままならぬ人々が出現し
ており、そのためロシア政府は移民労働を志す人々にロシア語の試験も課して
いるようだ。 極東においては北朝鮮からの移民労働者が多いが、彼らは大体
において集団で入国し、集団の寮生活をし、労働は森林伐採などの一次産業の
従事者が多い。彼らの大半は定住するより、季節労働者として働くケースが
多い。CIS 以外で中国からの移民も多いが、定住する数は限定的である。しか
し図表の数は極端に少ないといえる。どこに隠れてしまったのか、あるいは意
図的に統計に出さないのか、そこのところは不透明である。政府の移民政策
が一貫性がなくよく政策自体が変えられるとするなら、ロシア人と同様に移民
に母親フォンドを与えたとしてもそれほど出産率がぐんと伸びることにはな
らないのである。しかし政府は移民の数を年間 30 万人ずつ増加させることを
期待しているようだがそれは図表からみても到底その数には及ばないだろう。
その証拠として、註 図表を参照してみると、2011 年のロシア連邦行政管
区沿海州地域別移民の数は極東に来たものは 7035 人で極東を引き揚げたもの
は 6483 人で統計的に残留したものは僅かに 552 人である。それでも 7035 人
という数は、APEC を目指してプーチンの掛け声でルースキー島開発の為に
呼び寄せられた数で引き上げたものより一応プラスになっているが、2010 年
の統計では来たもの 3569 人、引き揚げたもの 3830 人で残留は統計上わずか
261 人になっている。さらに住民として登録した人数を調べると 2011 年で
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
は 3341 人が登録し、そのうち引き揚げたものは 3667 人で滞留者はマイナス
326 人で、2010 年では、登録人数は 3369 人で引き揚げたものは 3830 人で滞
留者はマイナス 469 人にのぼっている。この人口の移動状況をみると、移民
として落ち着いて、余裕のある持続的生活を営み、子供をもうけようとしても
ほとんど望みうすにみられてもいたしかたないのである。今極めて活気のある
極東一つをとってもこうなのだからロシア政府当局が何を根拠に年間 30 万人
ずつの移民の増加を考慮しているか甚だ疑問に思わざるを得ない。
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出所:沿海州人口動態年鑑 2012 より筆者作成
2006 年にロシア連邦統計局は 2025 年までの人口予測をした。すなわち、
2016 年のロシアの人口は 1 億 3,749 万人、2025 年は 1 億 3,429 万人である。
政府目標は、この予測と比べると、2016 年については 450 ~ 550 万人、2025
年については 1,100 万人程度、人口を増やすことである。しかし、政府は移民
の増加を高く見積もっているが筆者の推定ではそれほど爆発的に増加するとい
うことにはないだろう。合計特殊出生率の目標は、相当に高い水準であるが、
人口維持水準である 2.07 人よりは低いのが現実的だ。
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杉 山 秀 子
プーチンの人口増加策と女性
以上プーチンの人口増加策の問題点をみてきたが、実際にはそれを運用しよう
とする女性たちはどのように考えているのかをモスクワ、サンクトペテルブル
グなどの大都会や極東の都市ウラジオストックに住む女性からの聞き取りをし
てみると、意外に人気がないことに驚く。ロシアでも都市と農村の生活費の
格差は相当なもので、大都市では住居費はことのほか高い。それゆえ、この住
居費のことを考慮すると、高々 25 万ルーブリ貰ってもそれほど有り難味がな
いということを異口同音に聴く。さらに別の女性から聞いたことだがその使途
が年金に回したり限定的ではあるが別の使途も可能であるが、都市によって枠
組みはさまざまであり、フォンドの使用目的を子供の養育に関する物品を購買
することに限定されたりする例もあるので意外と人気がないということだ。母
親資金は 2006 年から始まり、この基金の制度が始まって以来人口数は地味で
はあるがそれなりに伸びてきたことは否めない事実であるが、どうも政府が期
待しているほど人口増加のための起爆剤にはなり得ていないということが現状
のようである。このような上っ面の華々しいキャンペーンを展開することより
もっと大切なことがあるのではないかというのが筆者の持論だ。資金援助を
する以前にもっと大切な母体をどうまもるか、ということを次の統計がものが
たっているのではないだろうか。
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
左図に示されているように産
前産後の母親の死亡率はロシ
アは 22.0 で、55.2 のメキシコ、
47.4 のアルゼンチンの次に高
いということは注視すべきこ
とである。ドイツ、フランス、
スイス、などの先進国は皆一
桁の死亡率で、ロシアは二桁
になっている。
この論文のはじめに紹介した
ロシアの丸太生産の増大と中
国への輸出、また輸出数の増
大と自然保護とのバランスを
考え、大幅な関税をかけて輸
出数を調整するようには子供
の数を増やしたり、調整する
ことはできないのである。子
供は生き物で帳簿上の数字を
動かすのと同じ考えでは駄目
だ。女性も同じく、丸太と違
出所:ロシアの男と女 図表 2010 年版より筆者作成
うのだ。不幸にも女性の側は
自分の体を苛むことにより、調節を試みているようだが最後に帳尻が来るのは
ほかならぬ女性の体なのである。丸太の数と同じく、子供の数を増やすことば
かり考え、母体保護をなおざりにしているとするなら、その考えの背後にはや
はり女性が大事にあつかわれていないということが暗黙のうちにわかってしま
う。母体保護という至極当たり前な、しかし大変重要な保健衛生の視点をロシ
ア政府には是非もってもらいたいものだ。
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杉 山 秀 子
さて母体保護の観点からさ
らに踏み込んで妊娠、中絶
の事例ではロシア人女性は
どのような行動をとってい
るかを「ロシア NOW」のス
ベトラーナ・スメタニナ氏
の話を参考にしてみると、
その中で、かなりショッキ
ングな事実にぶつかる。す
なわち、ロシアでは依然と
して妊娠中絶が、避妊の主
な手段の一つとなってい
る。これは裏を返せば、リ
ング、避妊薬などの事前の
手段をあまり講じておらず
成り行き任せだということ
で、その結果、ロシアの中
絶数は先進国に比べると数
倍にのぼっている。このこ
出所:続・ロシアの男と女 2010 年版 図表より筆者作成
とはとりもなおさず、女性
の母体保護がなおざりにされていることである。このような憂慮されるべき事
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実をロシアの保健省は精査し、そくせんして母性保護のために政策を早期にた
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
参考図
出所:ロシアの男と女 図表 2010 年版より筆者作成
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出所:ロシアの男と女 図表 2010 年版より筆者作成
しかしながら、現実には、ロシア人女性の
80%は、何らかの避妊をしている
と答えている。しかし避妊リングと避妊薬のような確度の高い方法を使ってい
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杉 山 秀 子
るのは、それぞれ 20%と 14%と少ない。 ロシアの妊娠中絶に関する法律は
極めて規制がなさすぎる。ロシアは妊娠中絶数で際立っており、先進国のみな
らず CIS 諸国の数をも数倍上回っている。
中絶がこれほど多いのは、避妊の知識が不十分であることが伺える。避妊薬
の錠剤を服用しているのは、ロシア人女性のわずか 14%だけだ。
社会団体「ジェラバヤ・ロシア」の顧問、アレクセイ・ウリヤーノフ氏は、あ
まりにも制約のない法律が原因だと主張するが、それは安易な男性の論理だろ
う。まず、女性が制約のない(一見制約のないように見える)法律に翻弄され
るのではなく、自分の母体を自分でまず守るということを徹底的に教え込む啓
蒙活動こそが必要になってくる。
実際、ロシアで中絶するのは簡単で、現在ドイツに住むロシア人女性がこん
なことをネットに書いているそうだ。
「私の女友達はほとんど毎年中絶してい
ます。病院に行ってお金を払いさえすれば、その場で中絶してくれるので、次
から次にやって来るんです」。
ロシアでは妊娠 12 週目までは無料で中絶できる。その後は、医師の所見と
女性の社会的立場次第(年齢、境遇など)となるが、これも抜け穴がある。私
立病院に行けば、
「お金さえ払えば、どんなわがままでもかなえてくれる」のだ。
しかも、こうした場合の医師の責任に関しては、一切法的規定がない。もっと
も 1990 年の時点と比べると、図表でみられるように中絶数は年間 410 万から
120 万に下がり、約 3 分の 1 になっている。とはいえ、数字は依然高く、当該
年齢の女性 1000 人につき、毎年 50 回中絶している勘定になる。アメリカで
は 20 回、イギリスでは 18 回、ドイツでは 10 回以下にすぎない。
こういう状況を踏まえてウリヤーノフ氏は一連の措置を提言する。これが実
現すれば、ロシアの中絶数は 3 分の 1 か 4 分の 1 になるだろうという。同氏
はその措置として、例えば、以下のようなものを挙げている。① 病院に行っ
たその日に中絶するのではなく、一週間間をおく。② 女性に対し、心理学者
や社会問題の専門家などとの面談を義務付ける。③ 不法な中絶を行ったか強
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極東における人口動態とジェンダーから見たプーチンの少子化政策
制した医師・看護師の責任を問う。最後に④として中絶数を減らす方法として、
避妊の知識を広める啓蒙活動がある。この点でロシアはヨーロッパから遅れを
とっている。
モスクワ大学経済学部と人口学研究所の共同調査によると、ロシアでは
10%のカップルがまったく避妊をしていないという。ハンガリーでは、そう
したカップルは 4%、フランスでは 3%、ベルギーでは 2%にすぎない。
もっともロシア人女性の 80%は、何らかの避妊をしていると答えているも
のの、良く聞いてみると、避妊リングと避妊薬のような確度の高い方法を使っ
ているのは、それぞれ 20%と 14%と少なく、他の女性は、月経周期を計算す
るか、性行為を“中断”するといった昔ながらの方法に頼っているのが現状だ。
こうした数字にはあまり地域差がないということで、モスクワやサンクトペ
テルブルクのような大都市は、現代的な避妊についてより啓蒙されていそうな
ものだが、これらの都市も 1 位はコンドーム(44%の女性がこれが主な避妊手
段だとしている)
、2 位が避妊薬(16%)だ。その理由は、一つには根強い医薬
品への不信感もあるかもしれないが、生命を生み出す女性の体の負担をすこし
でも軽くしようとする根本的思考がないと先進的知見も啓蒙され、普及されに
くい状況にされてしまうであろう。ネットの書き込みでは多くの女性が相変わ
らず、ホルモン系の薬は健康に悪影響を与えると断言している。要するに母体
保護の観点が弱いので先進的知見を多くの女性に啓蒙する活動がぬけ落ちてい
るということがいえる。しかしながら、
図でみられるように徐徐にではあるが、
体制崩壊の直後から比較するとしばしば副作用もあるような子宮内避妊具の装
着よりもホルモン避妊薬の服用が多くなってきていることも事実であり若干の
進歩もみることができる。
おわりに
プーチンの 2025 年までの発展戦略プランが立てられたことはすでに記述した。
その三点にしぼられた三つのプランのうち、
(①インフラ、交通網の整備、資
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杉 山 秀 子
源開発により北東との結びつきを強化。② 極東地域に新しい産業を発展させ
る。 Etc.,)第三番目の極東に人口を定着させる。流出の防止。そのために良い
居住環境をつくる。ということは説得性のある言葉ではあるが、母親フォンド
を設け、人口増加のための金銭的援助に関しては、その積極的意義は買うが、
次に繋がる言葉、そのために良い居住環境をつくるとする言葉には違和感があ
る。まず居住環境も大切だが、何よりも先に母体を守り、女性が生きやすい社
会を創ることが先決ではなかろうかというのがこの稿での筆者の結論である。
問題はこれだけではない。この稿ではこの点に絞ったが、これに関連したこと
では枚挙に暇がないほど問題山積みであることを忘れないうちにここに記して
おく。
参考文献:
ДЕМОГРАФИЧЕСКИЙ ЕЖЕГОДНИК ПРИМОРСКОГО КПАЯ 2012
ЖННЩИНЫ И МУЖЧИНЫ РОССИИ
2010 ИНФОРМАЦИОННО-ИЗДАТЕЛЬСКИЙ
ЦЕНТР》СТАТИСТКА РОССИИ》
МАТЕРИНСКИЙ КАПИТАЛ А.ГУСЕВ идз.ФЕНИКС
ВСЕ О МАТНРИНСКОМ КАПИТАЛЕ: КАК
ЕГО ПОЛУЧИТЬ И ИСПОЛЬЗОВАТЬ
РОССИЙСКАЯ ГАЗЕТА Т.А.МАСЛОВАЯ
最後に人口学者田畑氏の下記論文を参照させて頂き、大きな示唆を得たことを
ここに謝する。ロシアの人口問題 昭和女子大学女性文化研究所紀要題 37 号
(2010 年 3 月) 田畑朋子著
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