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放射線業務から見た大規模災害時救急対応の問題点と対策

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放射線業務から見た大規模災害時救急対応の問題点と対策
放射線業務から見た大規模災害時救急対応の問題点と対策
―異なる2つの大災害を経験した立場から―
兵庫医科大学病院 中央放射線部
源 貴裕
1. はじめに
阪神淡路大震災,JR 福知山線脱線事故と異なる 2 つの大規模災害医療を経験した立場か
ら,災害当日の様相と我々がとった対応,また,災害医療を実際に経験したことにより浮
き彫りになった問題点などを報告するとともに,兵庫医科大学病院中央放射線部としての
災害対策への取り組み等を紹介する.
大規模災害には,災害の規模(範囲)から病院が被災するような広域災害(自然災害)と
病院が被災していない局所災害(人為災害)に大きく分けられる.阪神淡路大震災は,前
者の場合で人材や機材およびライフラインの確保が大きな問題となった.一方,JR 福知
山線脱線事故は,後者の場合で病院の人材や機材を有効に活用できた.大規模災害におけ
る診療については,病院およびスタッフが被災しているか否かが,大きな分かれ目となる
だろう.
2. 阪神淡路大震災の経験
阪神淡路大震災は,1995 年 1 月 17 日に発生した大地震で死者 6 千人,重軽傷者 4 万人を
超す大惨事となった.我々の施設でも電気・ガス・水道などのライフラインが途絶えた中
での診療が行われた.放射線機器をはじめ,多くの電子機器が停電のため使用不可能とな
り,病院機能は完全に麻痺状態となった.
中央放射線部では,装置の転倒などにより,多く装置が使用不可能となった.破損を逃れ
た装置においても,電力や水の供給不足等により使用困難であった.放射線機器の約 50
%は,1 週間程度で復旧したが,完全復旧には約 2 ヶ月を要した.
震災当日は,1 名の技師が当直しており,他のスタッフは,各自の判断により自主的に登
院した.当日は,92 件の一般撮影と 3 件の CT 撮影が行なわれた.一般撮影においては,
半数以上の 56 件がポータブル装置による撮影であり,電力の供給が確保できない場合,
ポータブル撮影は,有効な手段となった.
震災時は,まずスタッフおよび患者の安全確認を行い,その上で撮影室等の被災状況を確
認し,二次災害の防止に努める必要がある.勿論,日頃から固定器具等による撮影機器の
転倒・落下防止措置を行っておくことも忘れてはならない.また,業務時間外は,あわせ
てマンパワーの確保に努める.特に業務時間内と業務時間外に分け,対応を考えておく必
要がある.
また,非常電源の確保,ポータブル装置の管理や設置場所の検討なども日頃から行ってお
くことが重要である.
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3. JR 福知山線脱線事故時の状況と対応
2005 年 4 月 25 日午前 9 時 18 分に発生した JR 福知山線脱線事故(以下,脱線事故)は,
死者 107 名,負傷者 500 名を越す大事故となった.当日,阪神間の多くの医療施設には,
多数の負傷者が搬送された.我々の施設でも 113 名の負傷者が搬送され,91 名の X 線撮
影が行われた.
トリアージポストは,救命救急センター前に設置され,重傷度の高い者は救命救急センタ
ーへ,中傷度の者は時間外外来診察室へ,軽度の者は 1 階ロビーと振り分けられた.
中央放射線部の受け入れ態勢は,ポータブル装置を救命救急センターに 1 台,時間外外来
診察室に 2 台設置し,軽傷者は一般撮影室で撮影を行った.
撮影依頼は,基本的に撮影依頼伝票にて運用し,患者 ID はトリアージナンバを用いた.
ポータブル撮影においては,装置に可能な限りカセッテを載せ,処置室で撮影依頼を受け,
その場で撮影を行った.撮影は,できる限り1部位に対して1方向とし,通常より大きい
サイズのカセッテを使用して短時間で多くの負傷者の情報を提供できるように努めた.
一般撮影は,一般外来撮影用と負傷者の緊急撮影用に分け,緊急業務と日常業務を並行し
て実施した.撮影は,装置に患者情報を入力する者と撮影者に分かれ, 2 人 1 組で行っ
た.
CT 撮影は負傷者の撮影を優先とし,予約検査をその合間に行った.ここでは,放射線科
医により撮影の順番や使用する装置の選択などが行われた.また,放射線科医による CRT
診断も行われた.日常業務に比べ,ポータブル撮影の割合が目立っている.撮影のピーク
は 12 時前後となり,全ての撮影を終えたのは 16 時ごろであった.
4. 大規模災害医療の問題点と対策
4.1 状況把握について
災害の実情を把握できなければ迅速で的確な対応はできない.テレビやラジオ,インター
ネットなど,様々な手段で災害情報を取得する必要がある.また,全体の状況把握と人員
配置の決定など指揮命令系統を確立するためにも,中央放射線部としての災害対策室の設
置を考えなくてはならないだろう.
4.2 トリアージタグについて
重傷度の判定についてトリアージタグが用いられた.予想をはるかに越える負傷者が搬入
されたため、予め番号を記入しておいたトリアージタグが不足し、タグを所持していない
負傷者や,番号が無く氏名のみ書かれたタグが発生する等の問題が生じた.また、負傷者
および一部の医療スタッフにも,トリアージタグについての認識が少なく、タグがゴミ箱
に捨てられるなどのケースも見受けられた.
4.3 ポータブル装置の利用
周囲への被ばくに注意する必要があるが,ポータブル装置の可動性は非常に有用である.
また,ポータブル装置は,バッテリにより稼動するものが多く,震災のように電力が供給
されていない場合でも撮影可能であり,災害医療には欠かすことのできない診断装置の 1
つだと言えるだろう.
ポータブル装置の使用にあたっては,装置の整備(充電等)が重要となる.また,ポータ
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ブル装置の使用形態,ポータブル撮影が行われると予測される処置室等でのコンセントの
配置や形状も把握しておく必要がある.ポータブル装置の設置場所も重要であり,地震等
でエレベーターが使用できなくなることも想定して設置場所を決めておく必要がある.
4.4 情報(氏名等)の間違いと修正
脱線事故では患者情報が混乱し,後日,情報整理や患者情報の修正にかなりの時間と労力
が割かれた.このような事例では,裁判等の問題もあり,本人確認や撮影時間など,出来
る限り正確な情報を提供できるシムテムを準備しておくべきだと考える.
また,撮影指示の中にも,間違いや記入もれが多数あった.処置を行う場所が数箇所に分
かれていたため,問い合わせやフィルム搬送時,どの処置室からの撮影指示なのかを確認
するのに苦労した.そのためには,撮影指示等の情報の発信源を明確にしておくことが重
要である.
4.5 IT 化の問題
一般撮影で,デジタル化されている場合には,撮影前に患者情報や撮影情報の入力が必須
となる.特にオーダーリングシステムが使用できない場合,撮影準備の各情報を手入力す
る必要があり,脱線事故ではその入力に手間取った.そのため,予めデフォルトの情報を
作成して置くなど,情報入力の簡素化も考えておく必要がある.また,PACS や電子カル
テも含めたネットワークシステムが,震災などにより停電した場合の対応も重要である.
4.6 撮影室での対応
撮影室に多くの負傷者が集中し,その中で負傷者の状況を判断しながら撮影の優先順位
を決定しなければならない.また,撮影中に負傷者が急変することも考えられる.これら
の対応として,撮影室(一般撮影)にも医師の立会いが必要だと考える.
4.7 訓練・教育
災害対策は,常日頃から災害に対する知識を得ることや災害時に必要とされる機材の準備
・整備を行うこと,各災害を想定したマニュアルの作成とその熟知等が必要となる.特に
マニュアルに即したシミュレーションの実施や人員配置の検討など,定期的な訓練の実施
とスタッフの意識向上が重要となる.
5. 中央放射線部の災害対策
中央放射線部では,独自に災害対策検討班を設け,災害医療に対応したシステム作りの検
討や訓練等を行っている.ここでは,その一部を紹介する.
5.1 携帯メールを使用した緊急連絡方法
通常の電話連絡網以外に緊急時の連絡方法として,技師室のパソコンからスタッフの携
帯電話へメールの一斉配信を行う緊急連絡方法を確立している.技師室のパソコンには,
緊急時の応援要請文とスタッフの携帯メールアドレスが設定してあり,時間外で応援要請
が必要な場合,短時間で簡単に一度に多くのスタッフに連絡がとれる.
携帯メールは,当部署のほぼ全員が使用している上に,電源確保が不要であり,情報を
後からでも確認できるなど有用性が高い.ただ,送信側のパソコンの電源等が確保できな
かったり,受信側が身近に携帯電話を所持していなかったり,マナーモードに設定してあ
るなどの問題で通信できない場合も生じるであろうが,現時点では最も使えるメディアで
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あると考える.
5.2 食料備蓄
当部署では,病院が行っている食料備蓄以外に独自に食料の備蓄を行っている.賞味期
限や保管スペースなどの問題があるため,スタッフ全員の一日分程度の備蓄ではあるが,
非常時に備えている.
5.3 机上シミュレーション
机上シミュレーションは,特別な機材を用いることなく,災害時に発生が予測される多
種多様な状況を迅速かつ的確に判断し,適正な対応が行えるようにシミュレーションする
ことができるシミュレーションのシナリオを作成し,それに基づいて,患者に見立てた「患
者カード(患者情報や負傷の状態などを記載したカード)」を用いて緊急時の対応を机上
で訓練し,その対応における問題点等について検討を行っている.
6. 最後に
病院およびスタッフが被災しているか否か,また災害発生が昼間なのか夜間なのかが,
キーポイントとなるだろう.
局所災害の場合は機材の確保,適正な人材配置ができれば,大きな問題は生じないと考え
る.しかし,広域災害の場合は人材やライフラインの確保が困難であり,これらの被害想
定を念頭において考えることが重要となる.また自施設の人材や機材の確保だけでなく,
地域全体での機材の共有やスタッフの連携も考慮しなければならないと強く感じている.
災害対策については,災害の規模や種類,受け入れ施設の規模や病院の体制が異なること
から,何が正しい方法なのかは,ここでは言及しない.そこで諸先輩方をはじめ会員皆様
には,お伝えした内容を参考にして頂き,それぞれの施設に適した災害対策を検討し,今
後の活動に繋げて頂ければ幸甚である.
稿を終えるにあたり,この 2 つの災害で犠牲になられた方々に深く哀悼の意を表するとと
もに,今回このような機会を与えて頂きました静岡県放射線技師西部地区会会長の山本英
雄先生をはじめ、スタッフの方々、そして会員の皆様に感謝申し上げるとともに,当技師
会の益々のご発展を祈念致します.
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