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時間分解ヘテロダイン検出和周波発生分光法の開発と界面水の 超高速
時間分解ヘテロダイン検出和周波発生分光法の開発と界面水の 超高速振動ダイナミクスの追跡 二本柳聡史、Singh, Prashant Chandra、山口祥一、田原太平 田原分子分光研究室 界面の水の構造とそのダイナミクスを理解することは科学の広い範囲において本質的に重要な 課題である。界面選択的な振動分光法である赤外可視振動和周波発生(VSFG)分光法は表面分子種 の同定および分子の配向角を決定する目的で広く用いられている。しかしながら、従来の VSFG 分光法ではホモダイン検出により 2 次非線形感受率(χ(2))の二乗を計測するため、符号の情報が失 われ、さらに二乗によりスペクトル形状が変形するといった問題が生じる。このため、ブロード で複雑な水の VSFG (|χ(2)|2)スペクトルを正しく解釈することは非常に困難である。我々が開発 したマルチプレックスヘテロダイン検出 VSFG (HD-VSFG)分光法を用いると、比較的短時間でχ(2) に対して線形なスペクトルを直接測定することができる χ χ 1,2。 (2)スペクトルの虚部(Im (2))は界面 分子の振動共鳴を直接反映し、バルクの吸収スペクトル(線形感受率(χ(1))の虚部)と直接比較する ことが可能である。我々はこれまで、帯電した界面 2-5 および純水/空気界面 6 における“静的”な 水分子の極性配向と水素結合構造について研究を行ってきた。一方、界面水分子のダイナミクス についてはホモダイン検出の赤外ポンプ-VSFG プローブ測定がいくつか報告されているもの の、本質的な理解には程遠いのが現状である。その最大の原因はホモダイン検出によるスペクト ルの複雑化にある。一般に過渡スペクトルは定常状態スペクトルよりもさらに複雑であるため、 水界面のダイナミクスを正しく理解するためには、虚部のスペクトルを測定することが必須とな る。そこで我々は HD-VSFG 分光法を拡張して、フェムト秒時間分解 HD-VSFG (TR-HD- VSFG) 分光法を開発した 7。これにより水界面の超高速振動ダイナミクスを追跡することが可能となっ た。時間分解した Imχ(2)の差スペクトル(∆Imχ(2))はバルクの過渡吸収(∆Abs = ∆Imχ(1))に対応する 量である。 実験ではチタンサファイア再生増幅器(800 nm, 110 fs, 3.5 mJ, 1 kHz)を光源として用い、その 2/3 の出力で光パラメトリック増幅器と差周波発生を励起し赤外光(ω2、中心波数 3400 cm−1、線 幅およそ 300 cm−1)を発生させた。残る 1/3 の出力をバンドパスフィルターにより侠 帯域化し可視光(ω1)として用いた。図 1 に 示すように、ω1とω2を試料表面に入射し試 料の和周波ωSFG を生成する。試料から反射 したωSFG, ω1, ω2は球面鏡で GaAs 表面に 再集光され第 2 のωSFG(LO)を生成する。シ リカ板(厚さ 2mm)によって時間的に分離 された 2 つのωSFG 光は分光器の中で干渉 し、その干渉パターンが CCD によって検 出される。試料のχ(2)は全て水晶のχ(2)で強 度と位相を規格化した。時間分解測定のた めには、ω2 の約 80%をビームスプリッタ 図 1.TR-HD-VSFG の光学配置図(a)とダイヤグラム(b)。 ーによって分岐し、バンドパスフィルターにより 100 cm−1 程度に狭めてポンプ光ωpump (中心波数 3400 cm−1, 幅 110 cm−1)として使用する。ωpump の光学遅延を変えて HD-VSFG 測定を行うことで 時間分解のχ(2)スペクトルを計測する。時間分解の装置関数は半値全幅で 170 fs である。各パルス の偏光は SF, ω1, ω2, ωpump 光の順に、s-, s-, p-, p-偏光である。試料はカチオン性界面活性剤であ る cetyltrimethylammonium bromide (CTAB)により正に帯電した空気/水溶液界面である。実験は 純水(mili-Q 水、H2O)を用いて行った。 図 2(上部)に示すように CTAB/水(H2O)界面の OH 伸縮領域の定常状態 Imχ(2)スペクトルは 3000 から 3600 cm−1 の広範囲に渡って負のブロードな“ふたこぶ”の OH バンドを示す。OH バンドの 負符号はこの界面の水分子が平均して水素が下(バルク側)を向いて配向していることに由来して いる。このような Imχ(2)スペクトルを示す水界面をωpump(図 1 下部)で振動励起すると 3100 から 3600 cm−1 に渡って正のブロードなブリーチバンドが観測された。ブリーチが正符号を持つのは 定常スペクトルが負のバンドを示すためであ る。励起直後(t=0 付近)のブリーチバンドは 3200 cm−1 および 3450 cm−1 にピークを持ち、 その強度比も定常スペクトルで見られるもの に酷似している。このことは定常状態のスペク トルに見られるふたつの OH バンドが非常に強 くカップルしていることを示唆している。つま り、これらふたつの OH バンドは静的な 2 つの 構造を意味しないことを示している。このダイ ナミクス測定の結果は H2O の VSFG スペクトル が分子内カップリングに支配されているとい う定常状態における我々の研究結果とよく一 致している。さらに、ブロードなブリーチバン ドの低波数側、3000 cm−1 付近には負のバンド が観測される。これは v=1→2 のホットバンド に帰属される。ブリーチとホットバンドはおよ そ 0.4 ps で消失し、引き続いて系の温度上昇に よるスペクトル変化が 1 ps 以内に起こる。こ のように TR-HD-VSFG 分光を用い、水界面の 超高速振動ダイナミクスについてバルクの時 間分解赤外分光と同等の情報を得ることが可 図 2.空気/CTAB 水溶液(H2O)界面の OH 伸縮領域の時間 0 における∆Imχ(2)スペクトル。上部は定常状態の Imχ(2) スペクトル、下部は赤外励起光のスペクトルを示す。 能となった。 References; (1) Yamaguchi, S.; Tahara, T. J. Chem. Phys. 2008, 129, 101102. (2) Nihonyanagi, S.; Yamaguchi, S.; Tahara, T. J. Chem. Phys. 2009, 130, 204704. (3) Nihonyanagi, S.; Yamaguchi, S.; Tahara, T. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 6867. (4) Mondal, J. A.; Nihonyanagi, S.; Yamaguchi, S.; Tahara, T. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 10656. (5) Mondal, J. A.; Nihonyanagi, S.; Yamaguchi, S.; Tahara, T. J. Am. Chem. Soc. 2012, in press. (6) Nihonyanagi, S.et al., T. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 16875. (7) Nihonyanagi, S.; Singh, P. C.; Yamaguchi, S.; Tahara, T. Bull. Chem. Soc. Jpn. 2012, in press.