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『コーポレート・レピテーション』

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『コーポレート・レピテーション』
21 世紀社会デザイン研究 2005
No.4
『コーポレート・レピテーション』
チャールズ・ J ・フォンブラン セス・ B ・ M ・ファン・リール著
花堂 靖仁 監訳 電通 レピュテーション・プロジェクトチーム訳
東洋経済新報社 2005 年
笠原 清志
KASAHARA Kiyoshi
1.目に見えない企業価値の分析
日本企業がバブル崩壊以降、規制緩和や「リストラ」といった当面する諸問題の議論に終
始していた頃、欧米社会では企業の持続的発展の可能性のための手段であり、企業の行動基
準としての CSR(企業の社会的責任)や CR(コーポレート・レピュテーション)といった
考え方が広く受け入れられるようになってきた。つまり、グローバル経済が進行しつつある
今日、株主だけでなく、あらゆるステークホルダーと情報を共有し、彼らの利害や理念に耳
をかたむけながら、企業としてどうあるべきかを考え、行動しながら自己革新していくこと
が企業の中、長期的発展につながるという考え方である。
ところで、目に見えない企業価値については、ドラッカーが「知識が唯一意味のある資源
になる」と指摘して以降、多くの人たちの関心を呼んできた。このように、目に見えない企
業価値は、無形資産という形で理解され、一般的には知的資本とブランドという二種から構
成されている。知的資本は独創的な知識や技術であり、ブランドは特定の製品に対する顧客
が抱くイメージの集積である。今日では、知的資本は、これら技術や知識を創造する組織の
リーダーシップや文化や組織特性までその対象となりつつある。
2.本書の構成
本書は、その副題「成功する企業は、人々を魅了する評判をいかに構築するか」に示され
ているように、
「レピュテーション(Reputation)
」は企業が事業活動を遂行する過程で様々
なステークホルダーと関わりを持つことを通して形成されてくる。企業が長年にわたって積
み重ねてきたブランドが瞬く間に毀損され、経営破綻にいたるケースを目の当たりにし、誰
もがレピュテーションの力と怖さを経験している。
本書は、監訳者まえがきで整理されているように全 8 章から構成されている。1 章から5 章
は、レピュテーションが企業価値に及ぼす影響について経営学の視点から豊富な調査データ
によって理論的に分析し、レピュテーションを形成する「顕示性」「独自性」「真実性」「透
明性」「一貫性」という 5 つの原則を導出することに当てられている。続く 6 章から 10 章で
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は、5 つの原則を順次取り上げ「好ましくない風評」を避け、
「人々を魅了する評判」を高め
るために、企業が何を行い、何をしてはならないかの実務上のポイントについて、米国のみ
ならず欧州さらにはオーストラリアにわたる豊富な事例を引きながら具体的に説明している。
最後の 11 章では、グローバルな宅配事業ネットワークを築いたフェデックス社を取り上げ、
どのようにして人々を魅了するトップ企業となったかのケーススタディをもって結論に代え
ている。
EU では、欧州委員会が 2002 年に CSR(企業の社会的責任)の定義を発表し、その中で
「企業の責任ある行動が持続可能なビジネスの成功につながる」点を強調している。
「企業の
責任ある行動」とは、「ステークホルダーの立場から経済的価値だけでなく、社会、環境業
績を高めることで、企業価値を増大させる活動」と理解すべきである。また、「持続可能な
ビジネスの成功」とは、企業自らのコア・コンピタンスを明確に認識し、それを戦略、商品
化し市場における主導権を確保しながら、目に見えない企業の価値、つまり CSR(企業の社
会的責任)を運動、制度化し、他方で CR(コーポレートリピュテーション)を不断に高め
ながら市民社会における企業として存在することである。
3.市民社会の下での企業とは
本書の特徴は、企業の具体的ケースを通じてレピュテーションと企業価値の問題を整理し、
具体的な対応を提案していることである。その中で、
「真実性−誠実に自らを提示せよ」
、
「透
明性−適切に情報開示せよ」、「一貫性−『対話』を確立せよ」、そして「トップ企業になる
には:フェデックスの事例研究」では、著者の政策的提言能力を十分に発揮していると言え
る。しかし、本書はミクロ的視点、つまりレピュテーションの定量化とマーケティング視点
からの考察が中心で、マクロ的視点からレピュテーションを CSR(企業の社会的責任)や市
民社会の下での企業のあり方への言及、考察が不十分である。しかし、この事は、本書の価
値を否定するものではなく、むしろテーマと焦点を限定して論じているという点で全体的に
抑制のきいた論述となっている。
企業のメセナ活動が芸術、文化その他の活動の単なる寄付やスポンサー行為として存在す
るなら、企業としてステークホルダーへの説明が十分に果たせないことになる。むしろ、企
業はこの種の活動を通じて、CR(コーポレートリピュテーション)の向上、企業文化の醸
成、顧客とのコミュニケーション構築といった面において、企業内の文化資本蓄積のプロセ
スと位置づけることによって、企業活動に沿った長期的かつ間接的意味が付与されてきてい
る。そして、このことは、「パトロンからパートナーへ」という形で、企業のメセナ活動を
NPO や市民との連携を志向し、それを企業の社会関係資本の充実、拡大として位置づけるよ
うになってきていることを意味する。このような企業の文化資本がイノベーションを準備し、
NPO や様々なステークホルダーとの「関係としての場」や「共有化された場」こそが、21
世紀における新たな知識が創造される場であると思われる。
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