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未知、不完全に対応する学際研究の促進

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未知、不完全に対応する学際研究の促進
世界の学術機関の最新動向
特集:学際性
VOL UME 3 ISSUE 2 2013 ISSN 2212-0424
GRAND
ゲノミクス時代の複雑な分野横断
プロジェクト
CHALLENGE
COMPLEX
CROSS+FERTILIZATION
GLOBAL
メアリー・エレン・ペリー(Mary Ellen Perry)
アメリカ国立衛生研究所、
ジョージ・ワインストック(George Weinstock)
ワシントン大学 │ P2
国境を越えた功績:シンガポールの
南洋理工大学がアジアの国境をなくす
バーティル・アンダーソン(Bertil Andersson)、
トニー・メイヤー(Tony Mayer)
南洋理工大学 │ P6
挑戦を受ける - 原子分子材料科学高等研究
機構が数学の導入によって無限の可能性を提供
BREAKING
小谷元子(Motoko Kotani)東北大学 │ P10
BOUNDARIES
大きな挑戦:複雑、未知、不完全に
対応する学際研究の促進
ガブリエレ・バマー(Gabriele Bammer)
オーストラリア国立大学 │ P14
INTER/DISCIPLINARITY/
異文化に対応できる国際チーム責任者の
養成
ノルハヤティ・ザカリア(Norhayati Zakaria)
ウタラマレーシア大学 │ P17
参考資料 │ P19
図で見る影響力 │ P20
CROSS+CUTTING
CENTERS
OF EXCELLENCE
INTERSECTION
CROSS+BORDER
SYSTEM
CROSS+CULTURAL
http://AcademicExecutives.elsevier.com
ゲノミクス時代の
複雑な分野横断プロジェクト
アメリカ国立衛生研究所(NIH)共通基金が共同研究を促進
アメリカ国立衛生研究所(NIH)戦
略調整担当所長室のプログラム責
任者、メアリー・エレン・ペリー氏と、
ワシントン大学のゲノム研究所副所
長でヒトマイクロバイオーム計画の責
ジョージ・ワインストック(George
Weinstock)氏は、米国ミズーリ
州セントルイスのワシントン大学
ゲノム研究所の副所長で遺伝学
教授兼分子微生物学教授です。
ヒトゲノム計画、ヒトマイクロバ
イオーム計画、その他のゲノムプ
ロジェクトにおいて主導的役割
を果たし、感染症や人間遺伝学
における医学的な問題に大規模
なゲノム解析の手法を応用する
ことに関心を持っています。
メアリー・エレン・ペリー(Mary
Ellen Perry)氏は、アメリカ国
立衛生研究所(NIH)戦略調整
担当所長室のプログラム責任者
として、最先端を誇る複数の共
通基金プログラムの企画、運営、
評価を統括しています。ペリー氏
は、アメリカ国立がん研究所の
元プログラム・ディレクターです。
著 者 の 詳 細 な 略 歴 は、http://
AcademicExecutives.elsevier.com
をご覧ください。
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The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
任者を務めるジョージ・ワインストッ
ク氏に対するインタビュー
けていない場合があると考え、共通基金
に関与するようになりました。共通基金の
前は、7年間、国立がん研究所のプログ
ラム・ディレクターを務めていました。私
が関心を持っていた分野の1つは、結節
性硬化症でした。患者はさまざまな器官
に症状を持ち、それがしばしば癌やてん
かんの原因となりますが、この症候群を
専門とする研究所やセンターはありません
ヒトマイクロバイオーム計画(HMP)に
でした。こうした複数の研究所やセンター
は、何百人もの研究者と複数の学術機関、
の領域にまたがる重要な研究を助成する
NIH研究所が参加し、微生物群ゲノムの
ことが、共通基金の狙いです。
配列決定と分析により、リソース・リポジ
トリを作成し、関連の倫理的、法的、社
会的問題を研究しています。アメリカ国立
衛生研究所(NIH)の共通基金は、HMP
そのモデルにHMPが
該当するのですね?
の最初の5年間(第1段階)に1億4,300万ド
ペリー氏:はい。最終的にHMPが行うこ
ル、さらに限定的な第2段階に1,500万ド
とになった共同研究は、複数のミッション
ルを提供しました。
のどれにも該当しなかったでしょう。NIH
共通基金に関与するよう
になったきっかけは
何ですか?
の戦略調整室にとって、HMPはニーズと
可能性の両方を持つ共通基金の理想的
な対象でした。2000年半ばから後半に
かけて、配列決定にかかるコストが下が
り、スループットが増加したため、微生
メアリー・エレン・ペリー氏:共通 基金
物群の研究は突然手の届くものになりま
は、 複数のNIH研究 所&センター(IC)
した。共通基金プロジェクトには時事的
の研究助成を目的として2006年に設立さ
かつ触媒が必要でした。HMPにはそれ
れました。私は、重要で興味深い研究分
があったのです。
野の多くがICのミッションから漏れてしま
い、NIHの制度的にも然るべき助成を受
出版論文数
ジャーナルのカテゴリ
出版論文数
2008∼2012年のCAGR = 69%
ジャーナルのカテゴリ数
2008∼2012年のCAGR = 28%
「ヒトマイクロバイオーム 」
という語 で 検 索した 結 果、
ジ ャ ー ナ ル・カ テ ゴ リ の
2008 ~ 2012年の年平均成
長率(CAGR)は28%、出版
論文数は69%でした。
出典:SciValのカスタム分析
図1:ヒトマイクロバイオーム論文の多様性の成長
やはりHMPにとって
時期が適切だったと
思いますか?
を理解する人だけでなく、代謝、遺伝子
発現の調節、バイオインフォマティクス、
集団遺伝学、進化、比較生物学などを
理解する人たちも必要です。作ったばか
「ゲノム時代の
到来によって
生じているのは、
ジョージ・ワインストック氏:私のような
りのゲノム情報を接点として、これらすべ
NIH外部の人間にとっては、非常に道理
ての分野がつながります。したがって塩
にかなっていると思われます。共通基金
基配列を決定した最初のゲノムから、即
の助成により、すべての研究所がHMP
座に学際プロジェクトが始まっていたので
繰り返されてきた
の情報、リソース、フレームワーク、イン
す。
フラを利用し、それぞれのミッションにか
すばらしいのは、だれもがそれに加わり、
タイプの
なった独自のマイクロバイオーム計画を開
分析を手伝いたいと思っていることです。
始できます。そして実際にそうなりました。
実際、私たちが手がけた当初のゲノムの
今では16の研究所にマイクロバイオーム
多くについて、大規 模な共同体が生ま
計画が存在します。
れ、各自が関与したいという自分の意思
ゲノム時代の到来によって生じているの
によって無償で分析を行っています。今
は、これまで何度も繰り返されてきたタイ
では、それが多様な分野から人を集める
プの学際研究です。塩基配列情報を最
標準的な作業手順のようなものになりま
大限に活用するには、さまざまな専門家
した。
これまで何度も
学際研究です。」
を集める必要があります。生命体の生態
http://AcademicExecutives.elsevier.com
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ゲノミクス時代の複雑な分野横断プロジェクト(続き)
「ヒトマイクロ
バイオーム計画には
明確で有効な
目標があり、
それは非常に
時事性があるとともに、
だれにとっても
重要でした。」
図2:HMPデータ分析&調整センター 出典:http://www.hmpdacc.org/
このような大規模プロジェ
クトはどのように始まった
のですか?
はなく、感染症に携わる医学者や微生物
の生態、特定の器官や細胞組織の専門
家も集まりました。そして力を合わせ、共
を集めるために一連の公開ミーティング
通基金がHMPのプログラム提案書をまと
を開いています。有望な分野が見つかれ
めるためのアイデアを提供しました。
プを行い、可能性を探ります。ミーティン
グに招く人たちの多くは明白なリーダーで
すが、グループのバランスを取るために、
懐疑的と言えるような人にも参加を呼び
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
たように、それらにはゲノム関係者だけで
ペリー氏:共通基金は、毎年、アイデア
ば、
さらにターゲットを絞ったワークショッ
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務めたこともあります。メアリーさんが言っ
このような共通のミッション
を実行する上でHMPはどの
程度成功したと言えますか?
かけます。NIHスタッフがNIHの境界を
ワインストック氏:HMPについて言えば、
越えたプログラムにどれだけ関心を持っ
NIHは健康に関連する多様な分野の人材
ているか、どの程度に拡大する可能性が
を集めることに成功しました。試料収集
あるかを判断する必要もあります。HMP
の先頭に立ったのは、国立歯科・頭蓋顔
を例に挙げれば、プロジェクトの中心で
面研究所の職員でした。国立アレルギー・
ある国立ヒトゲノム研究所以外にも、国
感染症研究所のスタッフは、探すべき微
立歯科・頭蓋顔面研究所、国立アレル
生物とサンプリング・メカニズムの定義に
ギー・感染症研究所、国立糖尿病・消化
重要な役割を果たしました。消化管の研
器・腎疾病研究所などの関与です。
究を重ねている国立糖尿病・消化器・腎
ワインストック氏:私は、そのようなワー
疾病研究所のメンバーは、微生物のリス
クショップのいくつかに参加し、議長を
トを作り、グループがやるべき作業の要
点をまとめ、そのとおりに行われました。
いと研究者に依頼しました。互いに話し
私たちは、他のプロジェクトとは比べも
合い、共通のアプローチを見つけ、デー
のにならないほど人体の多くの部分、多
タを共有してほしいと頼んだにもかかわら
くの微生物を網羅することができました。
ず、彼らは助成金を巡って争うことになり
さまざまなNIH研究所の専門家の協力と
ました。当初の意図に反して彼らを苦境
接点として、
幅広い知識がなければ、とうてい無理
に陥れたことになってしまったのです。1
だったことです。
年は、チームを作り、軌道に乗せるには
これらすべての
この規模の取り組みが成
功するための重要な要素
は何でしたか?
「作ったばかりの
ゲノム情報を
短すぎることもわかりました。それほど厳
分野がつながります。
しく定める必要はなかったと思います。
したがって
ワインストック氏:それらのプロジェクトの
塩基配列を決定した
一部は、ハッピーエンドに終わりました。
最初のゲノムから、
ペリー氏:相談するのが早ければ早いほ
HMPからの資金を打ち切られたプロジェ
ど、取り組みに対する全員の帰属感が高
クトのうち少なくとも2つは、ROI助成金
まります。目標の設定に意見を出してい
を獲得したからです。無駄に終わったわ
れば、その目標を自分のものと感じ、貢
けではありません。研究者の頑張りによっ
献度も大きくなります。目標の明確さも重
て、このようなきっかけがなければ始まら
要です。プロジェクトが始まっても目標が
なかったようなプロジェクトも始まりまし
明確でなければ、人々は混乱し、不満を
た。
即座に
学際プロジェクトが
始まっていたのです。」
抱くようになります。そして離れていって
しまうでしょう。
HMPは非常に大規模で複雑なプロジェク
HMPには明確で有効な目標があり、そ
トで、継続中はずっとリソースが追加され
れは非常に時事的であるとともに、だれ
ました。当初、期待していたよりずっと多
にとっても重要でした。研究所やセンター
くのリソースです。小規模なHMP2もあり
のどのスタッフや研究者も、
「たぶんこれ
ますが、4年が過ぎた今となっては、順調
は自分にとって重要になるだろう。たとえ
なスタートを切っている取り組みもあり、
自分のためにならなくても、研究分野の
もっと大きなビジョンを持ったほうが良
ためには重要だ」と思いました。多くの人
かったかもしれません。大半の研究は何
が価値を認め、乗り気になり、力をつぎ
らかの形でどこかの研究所が担当してい
込みました。
ますが、どこの担当と決めるべきでない
何か変えたほうが良かっ
たと思うことはあります
か?
横断的な研究もあります。
この生物学プロジェクトは非常に大きくな
りつつあるため、少し距離を置いて、過
去に成功したモデルを他に応用できない
ペリー氏:ある分野で複数のデモンスト
か、新しい課題を見つけてもっと大きな
レーション・プロジェクトを立ち上げ、1
プロジェクトに取り組めないかなど、考え
年かけてフィージビリティを実証してほし
てみても良いかもしれません。
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国境を越えた功績:シンガポールの
南洋理工大学がアジアの国境をなくす
バーティル・アンダーソン(Bertil Andersson)、
トニー・メイヤー(Tony Mayer)、南洋理工大学
バーティル・アンダーソン氏は、
南洋理工大学の学長であるとと
もに、国際大学ランキングにお
ける同大学の飛躍的な成長の立
役者です。欧州科学財団の最高
責任者、リンショーピング大学
の学長、ノーベル化学賞委員会、
ノーベル財団の理事などを務め
た経歴があります。また、理工
学分野で影響力の高い論文を発
表し、5つの名誉博士号を取得
しています。
トニー・メイヤー氏は、南洋理
工大学の欧州代表です。ユーロ
サイエンスの会計および運営委
員であり、ユーロサイエンス・オー
プンフォーラム(ESOF)管理委
員会のメンバーでもあります。
著 者 の 詳 細 な 略 歴 は、http://
AcademicExecutives.elsevier.com
をご覧ください。
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The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
境界を越えるというのは、意志と努力を
シンガポールの南洋理工大学は、新しい
要する明確な行為です。これは国、文化、
教育の拠点として著しく成長し、米国や
伝統の境界だけでなく、学術分野の境界
欧州の大学と対等に競合する象徴的なア
についても言えます。境界は、摩擦と衝
ジアの大学です。東南アジアの華人向け
突の場になりがちですが、人類の発展に
施設の跡地に建てられたNTUは、1991
不可欠な相互交流にもつながります。
年に正式に開校しました。そして2005年、
トップクラスの研究を推進し、大学に自
知識について言えば、現在、学際的な(つ
治権を与えようとするシンガポール政府の
まり境界を越える)交流が、科学技術の
決断により、研究重視型の大学へと一変
フロンティア拡大に貢献しています。その
しました。知識ベースの経済モデルを追
実現は容易ではありません。理由の1つは、
求するシンガポールは、研究、そして研
だれもが強固な専門分野を持ち、厳格な
究の大半が行われる大学に大きく投資し
学術的、管理的構造の中で仕事をしてい
ています。NTUはこの政策の恩恵を受け、
るからです。しかし、考え方を変え、交
今では若い大学(設立から50年未満)で
流の場を作り出せば、大学にとって新し
は世界第2位、アジア全般では第8位
(2013
い研究への道を開き、胸躍るような学際
年QS世界大学ランキング)に挙げられて
研究の可能性を生むことになります。
います。
南洋理工大学(NTU)のような歴史の浅
もともと工学系の教育大学であるNTU
い大学は、古い大学ほど構造が固まって
は、現在でもその分野で優位にあります
いないため、この点で有利です。研究と
が、経営学、自然科学、芸術、人文科
教育を両立させるフンボルト理念にかなっ
学、社会科学でも力を伸ばしつつありま
た学際研究を促進することにより、若い
す。最近では、類似点があると言われる
大学は変化の最前線に立つ可能性があり
インペリアル・カレッジ・ロンドンと提携し、
ます。
両大学の工学における強みを医学と組み
合わせ、革新的な医学部づくりを目指し
急速に成長するアジアの
大学:NTUの例
ています。
NTUで実行した変化の1つは、理事会の
国内総生産
国内総生産
1960年 21億6,000万シンガポールドル
2010年 3,037億シンガポールドル
(単位:10億シンガポールドル)
2009年のGDP
現行市場価格一人当たり
1960年 1,310シンガポールドル
2010年 5万9,800シンガポールドル
1990-1999
技術重視型
0.8%減
2000知識/革新経済
14.5%増
1980-1989
資本重視型
1960-1969
労働重視型
2010年のGDP
一人当たり
1970-1979
能力重視型
(単位:千シンガポールドル)
2011年のGDP
予想では4 ~ 6%増
出 典:2010年シン ガポール 経 済 調
査、経済産業省、2011年2月17日
景気後退期間 アジア通貨危機
1997-98
9-11/ドットコム
バブル崩壊2001
世界金融危機
2009
図1:シンガポールの経済発展段階 出典:STEP 2015、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)
設置により、最上層部の管理職に本当に
に拍車をかけるために国外から人材を採
管理する権限を与えたことです。これに
用する必要があります。さらにそれを持
より、すべての採用、昇進、人気につい
続させるため、国内の人材を養成し、高
て高い国際基準に基づく厳しい査定が行
レベルの学際研究に従事するシンガポー
われました。その結果、教職員の4分の1
ル人研究者の増加に真剣に取り組む必要
フンボルト理念に
が終身在職権を取り消されました。制度
があります。
かなった学際研究を
に対する有益で劇的な変更に加え、シン
「研究と教育を
両立させる
ガポールの大学に新しいコンペ形式の助
NTUの成長は、世界的に有名な専門家
促進することにより、
成金が導入されたことにより、NTUは、
をトップに据えた2つの国立リサーチ・セ
上級レベル(学際研究グループを強化し、
ンター・オブ・エクセレンス(RCE)の認
若い大学は
その核となる)から若手の研究職まで、
定に象徴されています。シンガポール地
変化の最前線に立つ
世界中から優秀な人材を採用することが
球観測センター(Earth Observatory of
可能となりました。こうしてNTUは研究
Singapore)は、学際的な地球 科学(地
可能性があります。」
助成金を獲得する競争力を高めるととも
震学、構造地質学、火山学)に重点を
に、シンガポールで最も優れた学生を惹
置き、 シンガポール 環 境ライフサイエ
きつけるようになりました。
ン ス 工 学 センタ ー(Singapore Centre
for Env i ronment a l Li fe S ciences
また、シンガポールは小さな国のため、
Engineering)は、バイオフィルムの研究
シンガポール以外から人材を採用するこ
における工学と基礎ライフサイエンス(ゲ
とが必要でした。それがNTUにとって貴
ノミクスなど)の接点を作っています。ど
重な資産となり、急速な発展を可能にし
ちらも非常に学際的なアプローチを取っ
ました。シンガポールでは、NTUだけで
ています。
なく、国内の他の大学についても、研究
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国境を越えた功績:シンガポールの南洋理工大学がアジアの国境をなくす (続き)
NTUのもう1つの特徴は国際性です。教
各分野は、異なる分野の専門家をバラン
職員と(特に)博士課程の学生の国籍は
ス良く誘致し、維持するだけの幅広さを
約70か国にわたり、世界で5番目に国際
持ち、研究目標を達成して助成金を獲得
的な大学に挙げられています(QSランキ
する必要があります。NTUは、各テーマ
学生の国籍は
ング)。この国際性が学際研究を行う上
分野に根差し、学際的かつ全学的な多
約70か国にわたり、
での強みです。
数の研究所も設置しました。
世界で5番目に
NTUは、互いの研究に対する敬意と共
最大のテーマである「持 続可能 性 」で
国際的な大学に
通の学術的関心に基づき、世界中の大
は、2つのRCEに加え、NTUエネルギー
学と協力しています。国外で物理的に研
研究所(ERIAN)、南洋環境・水研究所
究を行うことも少なくありません。シンガ
(NEWRI)という2つの全学的研究所が
ポールは、国立研究財団のCampus for
協力しています。これらの大規模な取り
Research Excellence and Technological
組みと構造は、国と地域が直面する重要
Expertise(CREATE)活 動 を 通 じ て、
な課題に対応しています。
「NTUの教職員と
(特に)博士課程の
挙げられています。
この国際性が
学際研究を行う上での
強みです。」
この 傾 向を 奨 励して います。NTUは、
CREATEを通じて多数の共同研究を行っ
2番目のテーマ「未来の医療」は、インペ
ています。ミュンヘン工科大学とのエレク
リアル・カレッジ・ロンドンとNTUが共同
トロモビリティに関する研究もその1つで
で運営する新しい医学部を中核としてい
す。
ます。医療における新しい課題に対応す
るには、両大学の工学と医学における強
最後に、NTUは、 研 究において商 業、
みを生かし、ロボット手術や新しいドラッ
産業界とも緊密に協力しています。その
グ・デリバリー・システムなどの進歩を促
一環として実験スペースを提供するほか、
進する必要があります。目標は、医学と
業界パートナーの関与を得て大学院生を
ライフサイエンスにビジネス、工学、経済
指導しています。
学研究を組み合わせ、公共医療制度に
おいて高まっているニーズを満たすことで
学際戦略の推進
す。
NTUが10年も経たずにトップクラスの大
もう1つの学際性の分野は、東洋と西洋
学に成長したのは驚くべきことです。この
の交差点、そして中国とインドの中間地
経験から、NTUは研究と教育における
点に位置するシンガポールならではの強み
学際性の理念を推進しています。NTUは、
を生かした「東西交流」です。この例とし
学際研究を促進するテーマ別の戦略と構
て、シンガポールを「西」と考える中国の
造的な戦略を持っています。後者は前者
政府職員に研修を提供する「メイヤーズ・
を実現する手段です。
プログラム」、シンガポールを「東」と考え
るアイルランドの学生がビジネスを学ぶた
8 |
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
幅広く検討を重ねた結果、学際性を重視
めの「ファームレイ・プログラム」などがあ
する多数のテーマ分野が決定されました。
ります。
研究分野
出典:Scopusのデータを使用し、SciValで作成した図
図2:南洋理工大学における学際研究
おそらく学際性において最も高度な取り
したがって学際研究は、母体である大学
組みは、複合科学の研究でしょう。NTU
内で、それぞれが忠誠 心を抱く学問分
は、アジアで唯一の複合科学研究所を
野や構造間に緊張感を生み出します。緊
創設しました。これは、米国の有名なサ
張は、例えば兼任によっても生じますし、
ンタフェ研究所と提携しています。シンガ
伝統的な学部と、NTUのテーマ分野のよ
最も顕著なのは、
ポールは、都市研究に重点を置いたこの
うな全学的な取り組みの間にも生じます。
大学の学問分野の
研究において、新しいアイデアを生み出す
「対抗勢力も
強くあります。
理想的なデータソースであり、テストベッ
大学のリーダーや管理者は、特に昇進や
伝統と
ドです。
任期の決定に際して、そのような緊張を
それに伴う
意識する必要があります。教職員が学術
克服すべき課題
的な評価構造に従って研究するのは自然
戦略と構造が、自動的に学際性と寛容性
ではない」と見なされる危険があるからで
につながるわけではありません。対抗勢
す。助成団体の査読プロセスにもそのよ
力も強くあります。最も顕著なのは、大
うな傾向があるため、学際研究は常に、
学の学問分野の伝統とそれに伴う保守主
伝統的で「安全」な研究分野と対抗して
義です。大学のような大規模で複雑な組
評価を勝ち取る必要があります。本質的
織には、常に思想と伝統に基づく緊密な
な保守主義は学際研究にとって最大の壁
(そして閉鎖的な)コミュニティがあり、壊
かもしれませんが、アジアこそ、それを
すのは難しいものです。
保守主義です。」
なことです。そこから離れれば、
「主流
克服する最前線となる可能性があります。
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挑戦を受ける 原子分子材料科学高等研究機構が
数学の導入によって無限の可能性を提供
小谷元子(Motoko Kotani)、東北大学
世界が、科学の理解と発見を通じて対処
このプログラムは、ホスト大学および関連
すべき大きな試練に直面していることは、
研究コミュニティに大きな影響を与えたた
疑いの余地のない事実です。このような
め、政府は2010年に1つの研究所、2012
複雑で多面的な問題は、幅広い専門家
年に3つの研究所を追加しました(図1)。
の協働により、既存の分野や文化の壁を
超えた枠組みの中で明確にし、検討する
必要があります。
AIMRを支える東北大学
日本で3番目に古い帝国大学、東北大学
小 谷 元 子 氏 は、2012年より原
子分子材料科学高等研究機構
(AIMR)長を務め、 東 北 大学
大学院理学 研究科の特別教授
でもあります。幾 何学を専門と
する数学者で、2005年に離散幾
何解析による結晶格子の研究で
第25回猿橋賞を受賞しました。
また、2008年から科 学 技 術 振
興機構(JST)の戦略的創造研
究推進事業(CREST)研究チー
ムの代表者として、日本におけ
る数学と材料科学の協働に先導
的な役割を果たしています。総
合科学 技術会議議員、日本 学
術会議(数理科学委員会)の連
携会員、日本数学会理事として
も日本の科学技術界に貢献して
います。2014年3月から内閣府・
総合科学技術会議議員に就任し
ました。
日本とWPI研究拠点
は、特に材料科学における輝かしい歴史
2007年、日本政府は、世界クラスの研究
の神様」と呼ばれた)は、当時、世界で
拠点をつくるため、世界トップレベル研
最も強い磁性鋼だったKS鋼を発明しまし
究拠点プログラム
(WPI)を開始しました。
た。彼が設立した鉄鋼研究所は、現在、
国際的、学際的なチームにより、これら
金属材料 研究所として知られています。
のセンターは頭 脳の循環を促 進し、科
以来、東北大学は、材料科学の研究で
学技術(S&T)の大幅な進歩を目指して
世界の最先端を走っています。
を誇ります。1917年、本多光 太 郎(「鉄
います。文部科学省(MEXT)は、東北
大学の原子分子材料科学高等研究機構
材料科学は、基本的に経験科学、つまり
(AIMR)を含め、当初、5つのWPI研究
試行錯誤に基づいています。研究者は、
拠点を指定しました。
大量の組み合わせを試験し、有用な特性
と機能を備えた新しい材料を見つけます。
WPI研究拠点には、以下の4つの目標が
20世紀後半には、コンピュータと電算処
あります。
理の進歩が理論研究に貢献しましたが、
• 世界最高レベルの研究水準
まだ制約がありました。しかし21世紀の
• 国際的な研究環境の実現
材料科学は、転機を迎え、基本原理と
• 既存の研究組織の改革
予測に基づく精密科学へと変貌しつつあ
• 融合領域の創出
るように思えます。AIMRは、さまざまな
経歴を持つ国際的にトップクラスの研究
10 |
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
「科学技術と
数学の協働は、
今や世界的な
トレンドです。」
図1:日本のWPI研究拠点 出典:東北大学
者を集め、支援的な環境で学際研究を
まな分野に枝葉を伸ばした材料科学で
育む重要な役割を果たしています。
顕著でした。従来の経験科学から生ま
れた新しい材料科学の分野をユニバーサ
数学者がAIMRの挑戦を
リード
ルな言語で表現し、知識とアイデアを共
AIMRは、最初の数年間の基礎づくりの
学は、学際研究を促進するきっかけを作
後、2011年、最終目標である「従来の思
ることが可能です。
有、統合する必要が生じました。科学技
術界の共通言語として長い伝統を持つ数
考や手法を超え、社会に貢献する新しい
材料科学の創出」に向けて、第2段階へ
科学技術と数学の協働は、今や世界的な
と飛躍的に成長しました。AIMRは、
「数
トレンドです。数学と材料科学の間の直
学と材料のコラボレーション」という独自
接的な相互作用を促すAIMRの新しいア
の意欲的なアプローチを開始し、数学者
プローチは、まさにこのトレンドに合うも
を機構長に任命するとともに、数学ユニッ
のと言えるでしょう。
トを設置しました。
20世紀、科学は急速に進歩し、多くの
下位分野に枝分かれしました。それぞれ
国や分野の壁を越えて相
互作用を促す
の枝はますます成長しましたが、各分野
学際研究と言うのは簡単ですが、単純な
内で発達した考え方との間にある壁は消
共同研究に終わらないためには、労力と
えません。この状況はとりわけ、さまざ
計画が必要です。
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| 11
挑戦を受ける - 原子分子材料科学高等研究機構が数学の導入によって無限の可能性を提供(続き)
材料物理学
デバイス/
システム
材料科学
インターフェース・ユニット
数学ユニット
軟質材料
バルク
金属ガラス
図2 :AIMRで進展する学際研究の融合 出典:東北大学AIMR
「AIMRの
国際的でオープンな
AIMRには、もともと学際研究を促進す
もあります。このようなオープンな空間で
る制度として「フュージョン・リサーチ・
新しいアイデアを共有し、刺激を受けるこ
プロポーザル・プログラム」があります。
とは研究環境にとって不可欠なことです。
数学の視点を取り入れた共同研究を促進
雰囲気は、
するため、AIMRは2012年に「ターゲッ
世界中の研究者が、AIMRの卓越した研
日本の研究所の
ト・プロジェクト」を定め、インターフェー
究環境に魅力を感じています。2013年3
ス・ユニットと呼ばれる独自の組織を通じ
月31日現在、日本人以外のAIMR研究者
て学際研究チームを促進しました。この
は55%にのぼります。内訳は、アジア出
ユニットは、理論物理学、理論化学、応
身者が61%、ヨーロッパ出身者が29%、
用数学を専門とし、特定の研究室に所属
米国出身者が6%、中東出身者が2%、オ
しない若手の研究者で構成され、新しい
セアニア出身者が2%です。英語を公用語
アイデアに基づく研究に大きな役割を果
とするなど(事務スタッフも90%が英語を
たしています(図2)。
話します)、海外からの研究者を歓迎す
文化も変えつつ
あります。」
る取り組みも数多くあります。事務室や研
数学ユニットとインターフェース・ユニット
究サポート・センターは、研究者、特に
の設立により、完全な融合がさらに加速
新しく加わった研究者向けのサービスを
しました。
用意しています。AIMRは、G13ジョイン
ト・ラボラトリーズ(海外の15の研究所と
12 |
AIMRの国際的でオープンな雰囲気は、
連携)、3大学の提携研究所(ケンブリッ
日本の研究所の文化も変えつつあります。
ジ大学、カリフォルニア大学サンタバーバ
広々とした「コンビネーション・ルーム」で
ラ校、中国科学院化学研究所)、東北大
は、コーヒーやクッキーを楽しみながら、
学のフラウンホーファー・AIMR MEMS
気楽な雰囲気で活発な議論が行われま
プロジェクト・センターなどとの緊密な連
す。ティータイム・トークやミニコンサート
携を通じても、さらなる国際共同研究を
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
AIMR
北米
ヨーロッパ
アジア
カリフォルニア大学サンタバーバラ校(サテライト)
ケンブリッジ大学(サテライト)
中国科学院、化学研究所(サテライト)
ウィスコンシン大学マディソン校
グルノーブル工科大学
清華大学
マサチューセッツ大学アマースト校
ケムニッツ工科大学
香港科学技術大学
カリフォルニア大学ロサンゼルス校
ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン
東京大学
テキサスA&M大学
ポーランド科学アカデミー
AIMR
ハーバード大学
図3 : 世界の提携研究所とAIMRのコラボレーション 出典:東北大学AIMR、Googleマップ
促進しています(図3)。
すが、すでに新しい視点を生み出して
い ま す。
『Science』、
『Physical Review
現在、革新的な学際研究におけるAIMR
Letters』には2つの重要な論文が発表さ
の高い評価は世界中に広がり、意欲的
れました。これらの成果は、物理学と化
な研究者が次々と集まっています。若い
学に基づく従来の理論分析とは異なり、
AIMR研究者の1人は、次のように語って
数学者と材料科学者の直接的な交流が
います。
「通常なら存在するはずの分野
なければ実現しなかったものです。
間の壁がない環境で研究し、私のような
若い研究者が最先端のプロジェクトに携
AIMRは海外のサテライト機関や提携機
われることを非常に幸運に思います。」
関との世界ネットワークをさらに強化し、
数学と材料科学のコラボ
レーションによる新しい
視点
AIMRにおける数学と材料科学のコラボ
数学と材料科学の世界的コラボレーショ
ンの中核として活躍していきたいと考え
ています。日本のAIMRが主導となって、
世界で初めてこの大きな挑戦に立ち向か
い、科学の新境地を切り拓いていくこと
を期待します。
レーションは、1年前に始まったばかりで
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大きな挑戦:複雑、未知、不完全に対
応する学際研究の促進
ガブリエレ・バマー(Gabriele Bammer)、オーストラリア国立大学
現代の大きな挑戦、すなわち世界的な
介入点が考えられる、結果の想像が難
環 境 変 動、 貧 困の蔓 延、 組 織 犯 罪な
しいなどの理由により、変化への抵抗
どにおける学際研究の重要性は、米国
がある(Horn and Weber, 2007)
科 学アカデミーの 報 告 書『Facilitating
Interdisciplinary Research(学際研究の
促進)』で強く提唱されました。報告書に
は以下のように書かれています。
学際的なアプローチの
定義
学際研究は、そのような問題に対処する
ガブリエレ・バマー氏は、オース
トラリア国立大学医学・生物学・
環境学部の集団保健研究所長
です。オーストラリア国立大学公
共政策研究員、ハーバード大学
ジョン・F・ケネディ行政大学院
の刑事政策・管理プログラム研
究員、警備と保安に関するARC
センターズ・オブ・エクセレンス
の統合実践研究プログラムの招
集権者も務めています。
バマー博士の研究テーマは、複
雑な実世界の問題に対処する研
究の力を強化することです。こ
のため、学者と利害関係者の知
識や理解を融合させ、多様な未
知要素を管理するとともに、政
策や実践の変更をサポートする
総合的な研究に取り組んでいま
す(i2s.anu.edu.au参照)。
学際的な考え方は、研究の必須要素とし
ために必要ですが、それで十分ではあり
て急速に普及しつつあります。これには、
ません。単に異なる分野を合わせるだけ
自然と社会の本質的な複雑性、分野の枠
でなく、以下のようなアプローチもさらに
にしばられずに問題や疑問を追求したい
必要です。
という欲望、社会的な問題を解決する必
要性、新しいテクノロジーの力、という4
つの強力な「推進要因」があります。
はなく、問題の複雑性に取り組む
◦知っていること以外も考慮に入れて未
最も大きな挑戦
現在、最大の挑戦は、
「厄介な問題
(wicked
知の要素に対処する
◦前途にある避けられない不完全性に対
処する
problem)」とも呼ばれています。このよう
な挑戦の特徴は以下のとおりです。
これらは、学際研究の必然的な部分でも
◦他の問題と高度に結び付き、分離する
なければ、すべての学際研究に該当する
ことが事実上不可能
わけでもありません。
◦問題と解決策にかなりの不確定性と曖
昧性がある(データの質の低さ、不足
実は、複雑な実世界の問題を解決するた
など)
めに必要な学際研究を検討してみると、
◦複数の価値が競合し、思想的、文化的、
現在の学際研究に対する考え方に限界が
政治的、経済的、その他の制約があ
あることが明白になります。学際研究と
る
いう用語には、2つの分野で得られた理
◦複数の矛盾する解決策がある、多数の
14 |
◦解 決可能な一部にだけ目を向けるので
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
解を1人の研究者が組み合わせることか
「チームによる
実世界の
複雑な問題の
主要要素
私たちが
得意なこと
他の問題との結び付き
還元主義的思考
システム思考
不確定性と曖昧性
未知の問題を
解決したり無視
したりすること
未知の要素を
受け入れる
価値の競合、および思想的、
文化的、政治的、経済的、
その他の制約
私たちが
改善すべきこと
学際研究で、
実世界の複雑な
価値判断または
コンテキストを
伴わないアプローチ
変化の制御と明確で
「完全な」解決策
変化に対する抵抗と
矛盾する解決策
競合する価値、
コンテキスト
に依存するアプローチに
対処する
挑戦に立ち向かうには、
問題解決スキルを
高める必要が
あります。」
制御できない変化と
「可能な限り良い」または
「最も悪くない」
解決策に対処する
図1:新しいアプローチ 出典:ガブリエレ・バマー
ら、1つの分野の研究チームとビジネス・
的要素を詳細に理解する還元主義的思考
グループが提携して新しい商品を開発し
に加え、システムとして問題を理解する能
たり、複数の分野の研究者で構成される
力を向上させなければなりません。これ
チームが1つの問題に取り組んだり、さま
には、相互のつながり、考えられる悪循
ざまな研究方法が含まれます(Bammer,
環や安定化循環、複雑な行動を裏付ける
2012)。どの研究アプローチにも価値が
単純な規則、階層の1段階から別の段階
ありますが、複雑な問題の解決に最も力
に重点が移ったときに生じる特性などを
を発揮しそうなのは、多人数のチームに
理解することも含まれます。
よる取り組みです。
複雑な実世界の問題に
対応する能力を高める
チームによる学際研究で、実世界の複雑
な挑戦に立ち向かうには、問題解決スキ
ルを高める必要があります。問題の具体
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大きな挑戦:複雑、未知、不完全に対応する学際研究の促進 (続き)
未知に対するアプローチも拡大する必要
方法、すなわち還元主義的思考で、未知
があります。学術分野における未知の要
を既知に変えることを重視し、価値判断
素を扱う際、私たちはそれがその分野の
とコンテキストを伴わない理解を中心とし
「領域内」にあることを見極め、分野の理
た方法は、変化の制御された環境で明快
還元主義的思考に
論と方法によって対処することを知ってい
な解決策を提供することを目的としていま
加え、システムとして
ます。次は、未知の要素を既知の要素に
す。しかし、それは大きな挑戦に対して
変えることです。そして分野の領域内に
現実的に期待できることではありません。
ない未知の要素はすべて、事実上無視さ
私たちは制御できない変化に対処し、
「可
れます。このアプローチだけでは複雑な
能な限り良い」または「最も悪くない」対
問題に対処できません。
策を見つける能力を高める必要がありま
「問題の具体的要素を
詳細に理解する
問題を理解する
能力も重要です。」
す。
まず、問題をシステムとして捉えると、現
在教えられている方法で対処できる以上
私の提案は新しいものではありませんが、
の幅広い未知の要素が見つかります。第
この線に沿った従来の考え方は断片化し
2に、解決できる可能性のある未知の要
ています。新しいのは、それらの思考の
素でも、それに対応する研究者の人手が
糸を1本に合わせる試みです。そのため
ありません。第3に、未知の要素を「難
には、学際研究だけでなく、向上させる
しすぎる」といって無視することは、意図
必要のある1つ以上のアプローチへの幅
しない悪い結果につながる可能性が大で
広い取り組みを重視する必要があります。
す。私たちは、未知に対処する他の方法
例えば、システム思考、アクション・リサー
を見つけ、未知を既知に変えることがで
チ、決定科学、適応管理、実践科学な
きない場合があることを受け入れつつ、
どです。
何らかの方法でそれらを考慮に入れるこ
とにより、うれしくない驚きに出会うリス
私たちは、これらの取り組みで得た理解
クを減らす必要があります。
を体系的に発展させ、必要な新しいスキ
ルを養う必要があるでしょう。これらのス
価値は中立であり、コンテキストは無関係
キルの認識と実施は容易でなければなり
または制御可能であるという前提を土台
ません。私は、そのような能力開発を「統
とした強力な研究アプローチがあります。
合実施科学(I2S)」と名付け、新しい分
ランダム化比較試験と統一理論の探究が
野の基礎にさえなるのではないかと考え
その好例です。しかし、それらも十分で
ています(Bammer, 2013)。しかし、そ
はありません。価値の衝突やコンテキスト
れはまた別の機会にお話ししましょう!
の複雑性に対処するためのコンセプトや
方法はあまり発達していませんが、複雑
な実世界の問題の解決に向けて前進する
には必要です。
最後に、現在、私たちが問題に対処する
16 |
The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
参考資料:http://AcademicExecutives.elsevier.
com/Bammer
異文化に対応できる
国際チーム責任者の養成
ノルハヤティ・ザカリア(Norhayati Zakaria)、ウタラマレーシア大学
ドイツにある研究所が、エンジニア、医師、
何が必要か?
研究者を集めてチームを結成し、大都市
◦研究責任者は、多様な専門性やアイデ
における呼吸器病について共同研究を行
アを持つチームをどのように管理すれ
うとしましょう。そして最も優秀なメンバー
ば良いか?
が、偶然にも世界各地に散らばっている
ノルハヤティ・ザカリア氏は、ウ
タラマレーシア大学国際経営学
部、法律・行政・国際学大学院
の上級講師です。専門とする研
究では、異文化 管理、国際 経
営、コンピュータ媒 介コミュニ
ケーション・テクノロジーなど複
数の学際 領域を組み合わせて
います。リヤドのサウジ電子大
学、ウーロンゴン大学ドバイ校
に所属し、助教授に昇格しまし
た。ウタラマレーシア大学で人
事管理を学び、経営学士号を取
得した後、レンセラー工科大学
でテクノロジー管理の理学修士
号、シラキュース大学で情報転
送の物理学修士号および情報科
学技術の博士号を取得していま
す。西洋の大学で学び、中東の
教育学習文化に接しているザカ
リア氏は、卓越した異文化理解
能力を持っています。
とします。今日のグローバルな研究環境
研究責任者と研究機関は、自分たちのビ
では、学会の人脈や検索ツールを使って
ジョンとミッション、組織の文化や価値観、
チームの候補を探すことが多く、このよう
習慣や手続きを再考する必要があります。
なシナリオが増えています。
文化的な対立、責任者とメンバー間ある
いはメンバー同士の人間関係、時間と空
メンバーを物理的に1つの場所に集める
間のギャップ、研究に対する姿勢とスタイ
にしても、仮想環境で作業するにしても、
ルによっては、何倍も難しい課題が生じ
文化、管理、運営、効率、有効性など、
る場合もあります。
多くの面で問題が生じる可能性がありま
す。こうして多くの研究機関が、管理能
力と文化の相互関係、特に、チームのメ
異文化能力を高める
ンバーに対して、適切な状況で適切な文
異文化に対応できる研究責任者を養成す
化的オリエンテーションを行う必要がある
るには、そのようなグローバル・リーダー
ことに注目しています。
に必要な能力、特性、行動を調査する必
要があります。Zakaria(2008)によれば、
国際的な研究チームが直
面する課題
研究チームのグローバル化には、以下の
ような課題があります。
◦メンバーが、研究習慣、価値観、考え
方の異なる人たちと協力するには、どう
すれば良いか?
◦デジタル時代およびグローバルな研究
以下の3つが特に重要です。
1.異文化理解:一般的な、あるいは特
定の文化に関するトレーニングを行い、
やって良いこと、いけないことを学ぶ。
2.文化的感受性:他人や多様性に対する
感受性、理解、許容性、敬意を養う。
3.文化的機敏性:責任者や管理者に対
する文化的に適切な行動をモデル化す
る。
環境でチームの有効性を高めるには、
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異文化に対応できる国際チーム責任者の養成 (続き)
行動スキル
知識スキル
異文化能力
責任者が適切な行動をとれば、他のチ
ームメンバーはそれを学ぶことができ
文化に関する知識や情報を持つことで
、文化的価値観や考え方、信念の違い
に対する感受性や寛容性を高めること
る。同じように個々が適切に行動するこ
ができる。
とで他のメンバーを教育することがで
き、知識や異文化を理解する力が育成
される。
異文化理解
文化的機敏性
文化的感受性
感情スキル
チームメンバーが文化の違いに敏感になり、それを正しく
理解することで、適切な行動をとることができ、文化間の
誤解や文化的相違から生じる重大な誤解を回避できる。
図1 :異文化能力の概念的フレームワーク 出典:ノルハヤティ・ザカリア
英国で28の国籍を持つ学生を教えた経
「国際的な
験を持ち、行動心理学者、教授として知
まとめ
られるエイドリアン・ファーナム(Adrian
国際的な研究機関やチームは、思考、心、
Furnham)氏は、責任者のトレーニング
行動のいずれにおいても寛容な責任者を
有能であると同時に、
や養成が可能であり、必ずしも「生まれ
育てる必要があります。彼らは、文化的
思考、心、行動の
ながらのリーダー」である必要はないと主
な複雑性に内在するすべての可能性を喜
張しています。責任者になる意欲、ニー
んで受け入れる必要があります。国際的
ズ、資質は誰にでもあり、文化の違いが
なチームのメンバーは、知識、感情、行
有能な責任者の壁となることはありませ
動の違いを十分に理解してくれる責任者
ん。彼は、異文化交流に長けた国際的な
の指導を必要としているのです。
研究機関やチームは、
いずれにおいても
寛容な責任者を育てる
必要があります。」
リーダーの養成に利用可能な7つの分野と
して、異文化体験、能力、配慮、連携、
この記事は要約です。
意識、文脈、対比を挙げています。
フルバージョンと参考文献は、以下をご覧く
ださい:
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The Academic Executive Brief - Volume 3, Issue 2 | 2013
編集後記
ガブリエレ・バマー氏は、その記事の中で、
学際研究の複数の定義を挙げ、複雑な問題
には大規模なチームによる取り組みが最も
有効だと結論づけています。このような取り
組みでは、無限の可能性だけでなく固有の
問題も生じる可能性があります。
ジョージ・ワインストック氏とメアリー・エレ
ン・ペリー氏は、何百人もの研究者が参加し、
国際的な研究界にリソースを提供したヒトマ
イクロバイオーム計画の成功を紹介していま
す。しかし、将来についてワインストック氏は、
このようなプロジェクトの実施方法に根本的
参考資料
Comparative Benchmarking of European
and US Research Collaboration and
Researcher Mobility
欧州と米国の共同研究と研究者の移動に関す
る比較ベンチマーキング
http://info.scival.com/research-initiatives/science-europe
Science EuropeとエルゼビアのSciVal Analyticsチーム
が共同で作成した報告書。欧州と米国の共同研究と研究
者の移動パターンをScopusのデータを利用して分析して
います。欧州諸国はひとまとめにされがちですが、国によっ
て大きな違いがあります。欧州の研究における重要な点
は、欧州内で行われる共同研究の量です。この報告書で
は、著者の所属機関を軸に、共同論文発表の程度と欧州
内外の研究者の移動量を検討しています。
な変化が必要ではないかと述べています。
Improving Your Research Management:
A Guide for Senior University
Research Managers
バーティル・アンダーソン氏、トニー・メイヤー
研究管理の改善:
大学研究管理者のためのガイド
氏、小谷元子氏は、文化や学術分野の境界
を越えた学際チームの影響力について論じ
ています。国際的で多様な分野にわたる人
材をうまく統合させたことで、南洋理工大学
は大学ランキングの上位に躍り出ました。小
谷氏の原子分子材料科学高等研究機構は、
数学者と材料科学者の壁を壊すことで新た
な境地を拓いています。
ノルハヤティ・ザカリア氏は、異文化に対応
する研究責任者の養成に注目して問題を締
めくくりました。
これらの例は、皆さんの組織にとって、単
に参考になるだけでなく、実行可能なアイデ
アを生み出すきっかけとなるでしょう。AEB
次号では、
学術研究と経済開発にわたるテー
マで世界中の著者の見解を共有することを
楽しみにしています。
コリーン・デローリ(Colleen DeLory)
http://academicexecutives.elsevier.com/resources/
research-mgmt-guide
アラン・M・ジョンソン(Alan M. Johnson)教授が著した
ガイドブック。大学の上級研究管理者が、大学や教員を導
き、優秀な業績を達成・維持するために必要な管理ツール、
スキル、専門知識を紹介します。本ガイドでは、ガバナンス、
プロジェクト管理、リーダーシップ、戦略計画、倫理、リ
スク管理などのトピックを網羅します。
Case Study: Uncovering the winning
factors and identifying new project leaders
at Kanazawa University, Japan
ケーススタディ:金沢大学における勝因と
新しいプロジェクトリーダーの明確化
http://ow.ly/oXRAA
金沢大学は、日本で初めてリサーチ・アドミニストレーション
(URA)オフィスを設けた先駆的な研究大学です。同大学
がエルゼビアと提携し、大規模な研究助成金を獲得するた
めの有効な戦略をまとめました。同大学がSciVal® Experts
とScopusを利用し、助成金獲得者の勝因を明確にするとと
もに、プロジェクトリーダーとして成功する可能性の最も高
い研究者を見出した方法を紹介します。
Research Trends
www.researchtrends.com
『リサーチトレンズ』は、計量書誌学的な分析に基づいて
客観的かつ最新の科学トレンド情報をお届けする隔月刊の
ニュースレターです。2か月に1回オンラインで発行され、ど
なたも無料でアクセス可能です。
The Academic Executive Brief編集者
http://AcademicExecutives.elsevier.com
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図で見る影響力
FWCI
研究分野別ジャーナルと一般ジャーナルの比較
分野補正後の相対被引用度(FWCI)とは
FWCIの値が:
分野による研究活動の違いを考慮に入れたもので
◦ちょうど1の場合、論文の被引用度は世界平均から予想
す*。多くの分野の研究論文を集めた一般ジャーナ
ルのほうが、FWCIが明らかに高くなっています。
される値と同じ。
◦1より大きい場合、論文は世界平均から予想されるより多
く引用されている。例えば1.48の場合、予想より48%
多く引用されている。
◦1未満の場合、論文の被引用数が世界平均から予想され
るより少ない。
出典:Scopus *FWCIとは、論文が実際に引用された回数と、その分野の平均値から予想される被引用数の比率。
http://info.scival.com/UserFiles/Snowball_Metrics_Recipe_Book.pdf 55ページ参照
THE Academic
Executive Brief
The Academic Executive Briefは、高等教育機関の経営層の意思決定を容易にし、地域、全国、国際
レベルでの成功を導くための分析、解説、情報を掲載しています。本誌では、世界中の研究機関の幹部の方々
が、戦略、経験、視点について解説します。提起された問題について、議論を促進する記事を書いてくだ
さる方も募集しています。The Academic Executive Briefは、エルゼビアが年に2回発行しています。
エルゼビア・ジャパン株式会社 サイエンス&テクノロジー
〒106-0044 東京都港区東麻布1-9-15 東麻布一丁目ビル4階
TEL: 03-5561-5034 FAX: 03-5561-0451 E-mail: [email protected]
日本語ホームページ: http://www.elsevier.com/jp/aeb
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