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英国における言語政策 -移民と言語的多様性をめぐって一
人間科学研究 Vol. 19, Supplement (2006) 修士論文要旨 英国における言語政策 一移民と言語的多様性をめぐってLanguage Policy in the United Kingdom-Ethnic Minorities and Language Diversity- 荒木 序章 美恵子(MiekoAraki) 指導:森本 豊富教授 況を調査した結果、次のようなことがわかった。 近年、日本を取り巻く社会状況は、少子高齢化や経済・雇用 英国-は、紀元前から様々な人々が移住してきたが、政府の 情勢の低迷等による労働力不足、フィリピンとのFTA締結によ 対応は総じて移民規制の歴史であった。また、 EUの政策も「多 る看護士の受け入れ、東アジア共同体の構築など、将来的に移 様性」を基調とし、言語の多様性も尊重しているものの、その 民の需要は増していくことが予測される。 2004年4月には、日 多くがヨーロッパ内の地域的少数言語やEU公用語などに重き 本経済団体連合会が「外国人受け入れ問題に関する提言」をま を置いている。 EU各国の言語政策においても同様で、主要な言 とめ、移民の受け入れを提案している。 語だけが強化されている。たとえEU域外の言語に焦点を置いて Miyajima (1998)が、ヨーロッパ社会は日本社会が実際に も、両政策とも法的な拘束力を持たないのが実情である。英国 経験し、抱える移民問題と類似するためモデルとして考慮する 内においても、多様な言語が混在するものの、移民のコミュニ ことができると指摘するように、本稿ではヨーロッパ社会、中 ティー言語は重要視されておらず、その実情についても十分に でも英国を取り上げることとした。 把握していないことを指摘されている。したがって、移民コミュ 英国を取り上げた理由としては、 2002年の外国人人口割合 ニティーの言語教育2に関してはコミュニティー自身に責任が (National Statistical Offices)が日本の場合と近い数値を表し 委ねられ、政府の支援はほとんどないのが現状である。しかし ていること、過去10年間に労働力に占める外国人の割合が5% 一方で、エスニック・マイノリティー児童の学力低下が国家全 未満(OECD2001)と類似している点、また、新規に受け入れ 体の教育水準を下げることを政府は懸念している30最近導入さ る移民の選別を強化(OECD,TrendsinInternational れた英語試験も、つまるところ、英語のみの強化で、英語至上 Migration 2003)する傾向、島国であるといった地理的条件な 主義的な風潮を感じ取らざるを得ない。英語の能力だけでなく、 どが挙げられる。 コミュニティー言語の能力向上も図った上で、総合的な基礎学 岡部 2004 が指摘するように、欧州諸国の移民政策は、政 力の伸長を目指す必要性があると患われる4。英国政府による 策の実行と実行後の状態とがいわば運転している。つまり、本 コミュニティー言語の軽視や、英語試験導入などに顕在化する 来であれば、政策形成側が期待するような移民の導入(または 言語政策の流れは、移民を規制するための一つの手段ではない 制限)が政策方針として呈示され、それに基づいて実際の移民 かと考えられる。 受け入れが行われるべきであるのに対して、現実には、もう既 結論 に住み続けてしまっている「(事実上の)移民」をどのように法 以上の英国の言語政策事情をもとに、日本への示唆は次のよ 的・社会的・文化的に規定していくかという点が模索されてい うなことが言えるであろう。すなわち、移民の受け入れに関し る。その意味で、英国の移民政策を検討することで、後付けで ては、後追いの政策になることを極力避け、コミュニティー言 はない形で日本の移民政策を立案することが可能になるのでは 語教育を認めるだけでなく、すすんで支援を行った上で日本語 ないかと考える。 能力向上のための教育施策も実行する。そのことによって、消 研究目的 極的な意味では住民と新来移民との問題の芽を事前に摘むこと 移民研究においては、政治経済的なアプローチが多いが、本 につながるであろうし、積極的な意味では単に言語政策的な側 論文では言語政策の側面から移民を概観した 2000年、言語を 面にとどまらず社会全体の融和、移民送出国との友好的な外交 含めた無差別の原則がEU首脳理事会によって宣言され、あらゆ 関係に貢献することになるであろう。 る人々の平等、そして言語の多様性の尊重などが規定された1。 このことを踏まえ、移民と言語の関係についてEUレベル、英国 1 しかしながら本憲章は政治宣言であり、公式には法的拘束力はな の国内レベル、英国の移民レベルの3つの側面から歴史的に概 観した。 い(中村2003) 2 外国語学習のカリキュラムとしてコミュニティー言語があって 考察 も、その話者が多く住む地域のみの提供が実際である。 英国における移民政策の歴史的変遷、 EUの言語政策の流れ、 3 人間開発報告書(2004)にも低い達成度の報告がある。 英国内における少数言語の情勢や言語教育政策、そして永住を 4 人間開発報告書(2004)では多言語主義社会では多言語政策こそ 希望する移民に対する英語試験や移民のコミュニティー言語状 が完全な民主的参加を確保する唯一の手段である、としている。 -18-