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いちご病害虫情報第12号(5月) - 日本植物防疫協会 JPP-NET
平成28年5月27日 栃木県農業環境指導センター いちご病害虫情報第12号(5月) <平成28年産いちご主要病害虫の発生経過> 本年作のいちご生産でも様々な病害虫の発生が認められました。また、近年は天候の変動が大きくな る傾向があり、病害虫管理が難しくなっています。気象情報や病害虫発生予察情報に注意を払い、加え てほ場を丁寧に観察し、防除対策が後手に回らないようにしましょう。 1 炭疽病 ・7月下旬以降の高温時より発生が多くなりました。特に、採苗後の多かん水など湿度の高い状況が続くことが要因の一つと考えられ ますが、発生してからの防除は困難なので、発生しにくい環境作り、発生前から定期的な予防散布を行うなどの対策を心がけましょう。 (%) 40 30 本年 株率 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 2 1.5 20 1 10 0.5 0 0 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 図1 炭疽病発生ほ場率・株率 写真1 炭疽病の斑点型病斑 2 萎黄病 ・本ぽ定植後から発生が見られ始め、豪雨などの影響もあり、11月から発生ほ場率が増加しました。1月には発生は落ち着いたもの の,暖冬傾向のため2月から発生ほ場率は増加しました。発生の見られたほ場は発病株残さ等を適切に処分し、土壌消毒をしっかり行 いましょう。また、乾燥等による根痛みしやすい環境下で発生が助長されますので、仮植時のかん水量や回数に注意しましょう。 50 40 本年 株率 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 % 0.8 株 20 0.6 率 0.4 % 10 0.2 ( ) ( ) ほ 場 30 率 1 0 0 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 図2 萎黄病発生ほ場率・株率 写真2 萎黄病発病株(小葉の大きさが不均一になる) 3 うどんこ病 ・7月に発生が見られました。昨年の6月末から7月初旬に降水量が多く,日照時間が少なかったため、うどんこ病発生の一因になった と考えられます。比較的低温性の病害のため、夏期の高温時には発生が減少しますが、この時期にも予防散布を継続することで、秋以 降の発生が抑えられます。 % 本年 株率 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 30 20 株 ( ) ( ) ほ 場 率 60 50 40 30 20 10 0 率 10 % 0 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 図3 うどんこ病発生ほ場率・株率 写真3 うどんこ病が発生した葉と果実 4 灰色かび病 ・晩秋期から冬期にかけての天候不順により、年末から発生が増え始め、2月下旬~3月にかけ多発しました。低温 多湿が発生を助長 しますので、しっかりした温湿度管理と早めの予防散布により発生を防ぎましょう。 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 ( ) ほ 場 率 本年 株率 % 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 5 4 3 2 1 0 株 率 ( ) 25 20 15 10 5 0 % 図4 灰色かび病発生ほ場率・株率 写真4 灰色かび病が発生した果実 5 ハダニ類 ・ほぼ年間を通して発生が見られます。薬剤に対する感受性は低下の傾向にありますが、気門封鎖剤や天敵製剤を上手に活用して被 害を抑制している事例が増えつつあります。しかし、未だに難防除害虫であることは変わりないので、ほ場内の観察を怠らず、状況によ り適切に対応することが重要です。 (%) 100 80 本年 株率 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 60 40 20 0 6月 8月 10月 12月 2月 4月 写真5 ハダニ類による被害葉(左)とナミハダニ雌成虫と卵(右) 図5 ハダニ類発生ほ場率・株率 6 アブラムシ類・アザミウマ類 ・アブラムシ類・アザミウマ類は年内は平年より少ない発生でしたが、暖冬の影響もあり増殖時期も早まったことから3~4月に急増し ました。いずれも早期発見、早期防除により多発を防ぐこと、薬剤が良くかかるように丁寧な散布を心掛けることが重要です。 40 本年 株率 平年 株率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 20 30 15 株 10 率 % 10 5 ( ) ( ) ほ 場 20 率 % 0 0 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 図6 アブラムシ類発生ほ場率・株率 本年 花率 平年 花率 本年 ほ場率 平年 ほ場率 30 % 10月 11月 12月 1月 2月 3月 4月 図7 果実加害性アザミウマ類発生ほ場率・花率 20 花 率 10 % ( ) ( ) ほ 場 率 60 50 40 30 20 10 0 写真6 ワタアブラムシによる被害の様子 0 写真7 ヒラズハナアザミウマ雌成虫(左) とアザミウマ類による重症被害果(右) ○いちご本ぽで発生する病害虫は、育苗床からの持ち込みが多いようです。このことから、育苗期の病害虫管理が、 本ぽでの病害虫発生に大きく影響すると言えます。今後は親株~育苗の時期に入り ますが、親株の定植直後から 発生しにくい環境整備及び防除を徹底し、育苗床・本ぽに病害虫を持ち込ま ないように心掛けましょう。 (技術指導班情報提供) ◎いちご栽培での利用が期待される天敵について 近年、県内各地で薬剤抵抗性を獲得し、化学農薬の防除効果が低下したハダニ類が、いちご栽培の中で大きな 問題となっていました(写真1)。その対策として、 「天敵カブリダニ類(チリカブリダニ、ミヤコカブリダニ)」 (写真2)の利用が普及し、効果を上げています。 写真1 ハダニ類寄生葉(左)と吐いた糸をつたうナミハダニ(右) 写真2 チリカブリダニ(左)とミヤコカブリダニ(右) 一方、当センターの発生予察調査ほ場においては、過去 10 年間の1~3月期のアブラムシ類の発生ほ場率が 増加傾向にあります(図1)。これは、カブリダニ類放飼後に、病害虫に対する防除薬剤の使用が制限されるこ とが一因として考えられます。この場合、アブラムシ類に対して殺虫剤を散布すれば防除は可能ですが、ワタア ブラムシなどはネオニコチノイド系殺虫剤に対する感受性低下の報告事例もあり、将来、アブラムシ類防除の主 力である薬剤に抵抗性を獲得する懸念もあります。このため、今後は、アブラムシ類に対しても天敵の利用など、 薬剤防除のみに頼らない IPM 防除技術が必要と考えられます。 また、いちごは海外輸出向け農産物の候補として注目されています。しかし、相手輸出国によって残留農薬基 準値が異なり、日本の基準よりもかなり低く設定されている国もあります。従って、従来の国内向け生産の防除 体系では海外輸出に適した生産は困難で、さらなる減化学農薬を目指した IPM 防除の実践が必要となってきます。 そこで、現在はカブリダニ類に比べて普及が進んでいませんが、今後、アブラムシ類やアザミウマ類の防除対 策で利用が想定される、いくつかの市販天敵を取り上げ、特徴と課題などについてご紹介いたします。 ◎ワタアブラムシの天敵 ○コレマンアブラバチ アブラムシ類の寄生蜂であるコレマンアブラバチ(以下、コレマ ン)成虫(写真3・上)の体長は2mm 前後で、体色は雌雄ともに褐 色〜黒褐色です。卵〜成虫までの発育期間は、20℃で約 15 日、成虫 寿命は5~6日です。総産卵数は 25℃で約 300~400 卵で、アブラ ムシに産卵管を刺し、体内に 1 個、卵を産みつけます。 卵から蛹の期間までアブラムシの体内で育ちます。4齢を経過し て蛹になりますが、蛹の時期はマミー(写真3・下)と呼ばれ、寄生 されたアブラムシの体がミイラ化して球状に膨張して光沢のある薄 茶色になります。成虫はマミーに丸い穴をあけて出てきます。 イチゴで発生するアブラムシ類のうち、寄生できる種類は、主に ワタアブラムシ(写真4,以下ワタ)になります。 使用方法は、マミーの状態で封入された製品の容器をワタが低密 度時に開封して放飼します。ただし、ワタの発生初期を見逃して多 発させてしまうと、十分な効果を発揮できません。 コレマンは、時折発生するチューリップヒゲナガアブラムシ(写 写真3 産卵中のコレマンアブラバチ成虫(上) とそのマミー(下) 真5)などには寄生できないので注意が必要です。また、春先にな るとハウスを開けることが多くなり、コレマンに寄生する2次寄生 蜂に寄生され、効果が低下する場合があります。この場合は、コレ マンの使用をあきらめ、薬剤防除に切り替える必要があります。 近年は、バンカー*法という技術と組み合わせての導入が主流とな っています。本法は、いちごを加害しないコレマンのエサであるム ギクビレアブラムシ(以下、ムギクビレ)を維持するバンカー植物 (ムギ)を導入し、害虫のワタアブラムシが侵入する前にコレマン を増殖・維持する方法です。ワタアブラムシが侵入して部分的に発 写真4 ワタアブラムシ 生しても、コレマンがすでに待ち構えているので、被害を最小限に 抑えられるという技術です。 ただし、バンカー植物とムギクビレの維持・管理と言う手間が増 えるので、カブリダニ類の利用よりも技術のレベルとしては難しく なります。 現在は、上記に述べたコレマンとバンカー法の問題点を解決する ために、技術開発研究が取り組まれており、さらに使いやすい技術 になっていくと考えられます。 写真5 チューリップヒゲナガアブラムシ *「バンカー(banker)」という言葉は 直訳すると銀行家という意味ですが、こ の場合は、施設内に天敵を蓄え、維持す る「天敵銀行」と言う解釈となります。 写真6 バンカー植物の導入例 左:地植えのタイプ 中:プランター利用 右:バンカー上のムギクビレ ◎アザミウマ類の天敵 ○アカメガシワクダアザミウマ アカメガシワクダアザミウマ(以下、アカメ)は、2015 年 6 月に農薬登録を取得し、2016 年の秋頃に商品化 が予定されています。 アカメは、もともと日本国内全域に分布する土着の捕食性天敵です。成虫(写真7)の大きさは 1.5~2mm 程 度ありアザミウマの仲間では大型の部類になります。幼虫(写真8)は紅白のストライプ模様が特徴です。イチ ゴが花盛りの時期に目にされた方もいらっしゃるのではないでしょうか。 アカメは、植物寄生性のアザミウマ類をはじめとする微小昆虫を捕食し、その量は雌成虫の場合、1日あたり ヒラズハナアザミウマ2齢幼虫で約6頭前後です。また、花粉などでも発育できるため、エサとなるアザミウマ 類が少ない状況でも定着性が良いという利点があります。イチゴでの試験事例によると 1 月中旬の秋放飼のみの 利用では次世代の発生が少なく、実用性は低いようですが、害虫のアザミウマ類が増殖し始める前の春先の放飼 では実用性が認められています。ただし、アザミウマの仲間ですので、害虫のアザミウマ類に効果の高い IGR 剤やスピノシン系の薬剤に弱く、利用の際は薬剤の選択に注意が必要となります。 写真7 アカメガシワクダアザミウマ成虫 写真8 アカメガシワクダアザミウマ幼虫 ○リモニカスカブリダニ リモニカスカブリダニ(写真9、以下、リモニカス)は、雌成虫の体長が約 0.2~0.3mm で体色は白色です。 食性は雑食性でアザミウマ類をはじめとしてコナジラミ類、ホコリダニ類や花粉なども捕食します。卵から成虫 までの発育期間は 25℃で 6 日、1日あたりの捕食量はミカンキイロアザミウマ 1 齢幼虫で約7頭と報告されて おり、アザミウマ類を捕食するカブリダニ類の中では捕食能力は高く、魅力的な天敵と考えられます。 現在のところ、春期から秋期でのピーマン、ナス、キュウリでの試験事例が多く、これらの試験ではアザミウ マ類に高い効果が認められています。 いちごにおいては試験事例が少なく、現時点で防除資材として の良否の判断は難しいですが、夏秋いちごの事例では、花でのリ モニカスの目視での確認数の少なさに反して被害果率の軽減が認 められるとの報告があります。これは、リモニカスが狭い隙間な どを好み、姿を確認しにくい花弁と萼などの隙間に生息してアザ ミウマ類幼虫を捕食しているためと考えられます。 利用にあたっては、 「秋期防除で打ちもらしたアザミウマ類の増 殖を春まで抑制する。 」といった位置づけと、成虫を捕食できない ことから、アザミウマ類成虫の飛来が増加する時期には、スピノ シン系薬剤による防除へ切り替えるのが望ましいと考えられます。 また、資材の値段が比較的高価であるため、コストに見合う利用 を目指した技術開発が必要になると考えられます。 写真9 アザミウマ幼虫を補食中のリモニカス カブリダニ ○写真提供 写真3(上) :国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業研究センター 虫・鳥獣害研 究領域 写真9:アリスタライフサイエンス ○参考にした文献及び資料 農林水産省・安全局 植物防疫課,国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所 (2015 年). 「輸出相手国の残留農薬基準値に対応した生果実(いちご)の病害虫防除マニュアル(詳細版) 」 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター(2009 年).「生物機能を活用 した病害虫・雑草管理と肥料削減:最新技術集」 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 中央農業総合研究センター 病害虫研究領域(2014 年) . 「アブラムシ対策用「バンカー法」技術マニュアル」 森光太郎(2013),現代農業 6月号:農山村文化協会. 大朝真喜子(2015) ,第 59 回日本応用動物昆虫学会大会講演要旨. 「新規生物農薬アカメガシワクダアザミウ マの開発と生物学的特性」 安達鉄矢ら(2015),第 59 回日本応用動物昆虫学会大会講演要旨.「冬春イチゴ栽培でのアカメガシワクダア ザミウマの利用法(高知県)」 山中聡・後藤哲雄(2014),植物防疫 第 68 巻 第 9 号:日本植物防疫協会.「リモニカスカブリダニの特長 とその開発」 新農薬実用化試験(生物農薬)成績(2013),日本植物防疫協会.