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ヒラリーが挑む「四半期資本主義」
みずほインサイト 米 州 2015 年 8 月 5 日 ヒラリーが挑む「四半期資本主義」 欧米調査部 部長 大統領選に向けキャピタルゲイン課税の改革を提案 03-3591-1307 安井明彦 [email protected] ○ 2016年の米大統領選挙に出馬しているヒラリー・クリントン前国務長官が、経済公約の一環として、 企業経営の短期志向(「四半期資本主義」)を改める必要性を主張している ○ 対策の目玉は、キャピタルゲイン課税の改革である。前長官は、保有期間が短い金融資産に関する キャピタルゲインへの税率を引き上げ、株式等の長期保有を促すことを提案した ○ 前長官のキャピタルゲイン課税改革案には、その実効性に対する疑念等が提示されているが、短期 志向経営への懸念は、経済界からも上がっている。選挙戦の論点の一つになりそうだ 1.「四半期資本主義」を問題視 2016年の米国大統領選挙に出馬している民主党のヒラリー・クリントン前国務長官が、企業経営の 短期志向を改める必要性を主張している。2015年7月24日の演説でクリントン前長官は、米国の企業経 営に関し、「四半期資本主義(Quarterly Capitalism)」という言葉を使い、四半期ごとに発表する 決算で良い数字を出すことにこだわるあまり、研究開発等の長期的な成長につながるような投資をお ろそかにする傾向があると批判した。同日 の演説でクリントン前長官は、「米国企業 図表1 クリントン前長官の経済公約 は、決算に支配されることを止め、発明や ◎ 家 計 の 所 得 を増 や す 投資を行い、明日の繁栄を築けるようにな 1.力 強 い成 長 らなければならない」と述べている。 投資の促進 四半期資本主義の是正は、クリントン前 減税 長官の経済公約の一環に位置づけられてい 就 業 支 援 (とくに女 性 ) る(図表1)。クリントン前長官は、「家計 2.公 正 な 成 長 の所得を増やす」ことを経済公約の主眼と プロフィット・シェアリン グ した上で、インフラ投資の促進等を通じた 格差是正 「力強い成長」、格差是正等による「公正 3.持 続 的 な 成 長 な成長」、そして「持続的な成長」の3つ 短 期 志 向 経 営 か らの 脱 却 の目標を掲げている。四半期資本主義の是 金融規制 正(短期志向経営からの脱却)は、「持続 的な成長」を実現するために必要な措置の (注)2015 年 7 月末までに発表された主な内容。 (資料)クリントン氏 HP(https://www.hillaryclinton.com/)掲載 資料により作成。 一つとされている。 1 2.キャピタルゲイン課税の改革 四半期資本主義の是正に向けて、クリントン前長官が提案している政策の目玉は、キャピタルゲイ ン課税の改革である。金融資産のキャピタルゲインに対し、保有期間が短い場合に課せられる税率を 引き上げ、株式等の長期保有を促す方針である。長期保有株主が増加すれば、それだけ企業も長期的 な視点で経営に取り組みやすくなる、という発想だ。 現在の米国の税制でも、金融資産の長期保有は優遇されている。具体的には、保有1年未満の金融 資産に対するキャピタルゲインには通常の所得税率(及び医療保険に関する付加税1)が課せられる一 方で、保有期間が1年以上の場合には軽減税率が適用される。現在の最高税率を比較すると、保有期間 が1年未満の場合には税率が43.4%(所得税39.6%+付加税3.8%)となるのに対し、1年以上の場合は 23.8%(軽減税率20.0%+付加税3.8%)の税率となっている。 クリントン前長官が問題視するのは、現行制度における軽減税率の適用基準である。クリントン前 長官は、1年以上保有するだけで一気に大幅な軽減税率が適用される現在の仕組みでは、株式の長期保 有を促す効果が見込み難いと考えている。 そこでクリントン前長官は、軽減税率の適用対象となる最低保有期間を2年に引き上げると同時に、 その後の税率については、保有期間に応じて段階的に引き下げる仕組みにするよう提案している(図 表2)。クリントン前長官の提案では、6年以上保有の場合に課せられる最高税率が23.8%(3.8%の付 加税を含む)となり、現在の軽減税率と同率になる。すなわち、保有期間が1年以上・6年未満の金融 資産については、現行制度と比較して、キャピタルゲインに関する最高税率が引き上げられることに なる。 図表 2 キャピタルゲインに対する最高税率 (%) 50 40 30 20 クリントン案 現行 10 1年未満 1~2年 2~3年 3~4年 4~5年 5~6年 6年以上 (保有期間) (注)医療保険に関する付加税(3.8%)を含む。現行は保有期間 1 年以上、クリントン案は同 2 年以上が軽減税率。 (資料)Burman(2015)により作成。 2 3.企業経営への対応が大統領選挙の論点に 企業経営の短期志向については、経済界からも懸念する声が上がっている。今回のクリントン前長 官の提案に関しては、「左傾化が指摘される民主党において、経済界の意見を取り入れた巧みな提案」 と評価する向きもあるようだ2。 四半期資本主義という言葉やキャピタルゲイン課税の改革は、クリントン前長官が提示する以前に、 経済界から提案されていた。四半期資本主義は、2011年に米マッキンゼー・アンド・カンパニーのマ ネージング・ディレクターであるドミニク・バートン氏が、長期的な視点での企業経営の必要性を説 いたハーバード・ビジネス・レビューへの寄稿で使った言葉である3。キャピタルゲイン課税の改革に ついては、米ブラックロックのローレンス・フィンク最高経営責任者(CEO)が、企業経営の短期 志向を危惧する文脈の中で、クリントン前長官と同様に、軽減税率が適用されるまでの保有期間の引 き上げと、保有期間の長期化に応じて段階的に税率を引き下げることを提案していた4。 一方で、クリントン前長官が提案したキャピタルゲイン課税の改革に対しては、その実効性に対す る疑問が提示されている。①キャピタルゲインに対する税率は、株式の売買を判断する材料としては、 それほど重要視されていない、②年金ファンドなど、キャピタルゲイン課税を免除されている株式売 買主体が多い、③1年以上保有することによる税制面でのメリットが大幅に低下するために、却って1 年未満の保有が増えかねない、といった点である5。 クリントン前長官の提案が税率の引き上げで構成されており、全体として富裕層に対する増税とな っている点も論点である。クリントン案が実現すれば、キャピタルゲインに対する軽減税率は、これ までの水準から一気に上昇する(図表3)。クリントン陣営は、税率引き上げの対象は所得税の最高税 率が適用される富裕層のみであり、 「99%の米国民には影響がない」としているが、前述のフィンクC EOの提案では、保有期間が10年以上の場合には税率をゼロにすることが提案されている等、経済界 には減税を期待する声がある6。 図表 3 キャピタルゲインに対する軽減税率の推移 (%) 45 40 35 30 25 20 15 10 最高税率 クリントン案 5 0 1980 85 90 95 2000 05 10 15 (年) (注)軽減税率の最高税率(クリントン案については、保有期間 2 年以上・3 年未満に相当) 。 (資料)Tax Foundation、Tax Policy Center 資料により作成。 3 クリントン前長官は、キャピタルゲイン課税の改革以外にも、自社株買いに関する規制の見直しや、 「物言う株主」に関する規制のレビュー等、多方面の取り組みを通じて、短期志向経営からの脱却を 目指す姿勢を示している。必ずしも詳細は明らかにされていないが、役員報酬に関する改革のように、 経済界からの反発が予想される提案も含まれている。 それでなくても最近の米国では、企業による投資不足が、潜在成長率の低下をもたらす要因として 意識されている。伝統的に成長を重視する共和党の候補者にとっても、軽視することは難しい問題か もしれない。 クリントン前長官の提案によって、企業経営への対応が、来る大統領選挙の論点の一つになりそう だ。 1 2013 年より The Patient Protection and Affordable Care Act(いわゆるオバマケア)によって導入。 White, Ben and Annie Karni(2015), “Hillary Clinton's Wall Street Hedge”, POLITICO, July 23 3 Barton, Dominic(2011), “Capitalism for the Long Term”, Harvard Business Review, March 4 Sorkin, Andrew Ross(2015), “BlackRock's Chief, Laurence Fink, Urges Other C.E.O.s to Stop Being So Nice to Investors”, New York Times, April 13 5 Burman, Len(2015), “Hillary Clinton's Off-the-Mark Proposal to Encourage More Patient Investors”, Tax Policy Center, July 28 6 そもそもキャピタルゲイン課税については、軽減税率の恩恵が富裕層に集まり易いという論点がある。クリントン前 長官の提案は、財政による所得再配分のあり方(富裕層増税の是非)といった、企業経営とは異なる論点で議論されて いく可能性も指摘できよう。 2 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 4