...

知的財産等の移転価格問題とtime value of money等の移転 立教大学

by user

on
Category: Documents
24

views

Report

Comments

Transcript

知的財産等の移転価格問題とtime value of money等の移転 立教大学
1
租税法研究2013.12.06@日本工業倶楽部
知的財産等の移転価格問題とtime value of money等の移転
立教大学法学部 浅妻章如
1. 実現主義とロックイン効果対策
2. CBITとACE/BEITとの対比
2.1. Hasen: CBIT 2.0提案
2.2. CBIT 1.9
2.3. CBIT 1.9とCBIT 2.1
2.4. Kleinbard: BEIT提案
2.5. BEIT 1.9
2.6. BEIT 1.9とBEIT 2.1
2.7. CBITとBEITの対比
2.8. 補遺:CBIT 1.9とBEIT 1.9のモデル比較
3. Double Irish & Dutch Sandwichの問題の所在
3.1. 仕組み
3.2. 問題の所在:共同開発とdebt-finance
4. R&D投資と所得流出のモデル:通常収益とリスクプレミアム
4.1. 出資モデル、貸付モデル、buy-inモデル
4.2. 移転価格問題――人的帰属(personal attribution):本稿の対象外
4.3. arm’s lengthからの逸脱――地理的割当て(geographical allocation)
5. 今後の課題
arm’s lengthがいかに適用されるべきかが今日の直接の考察の対象ではなく、arm’s lengthについて或る程度
着地点が見えた後に問題とされるであろうと予想している内容(time value of moneyの移転、risk premiumの移
転、economic rentの移転)が今日の考察対象。1
1. 実現主義とロックイン効果対策
第2年度末に10万が支払われるという債権があるとし、これを第0年度末に94,260(=10万/1.032)で購入したと
する(税引前無リスク収益率年3%の想定 2)。単純に実現主義を適用し第2年度末に10万が払われたところで課
税するとすると、第2年度末に5740の所得を認識し、税率が40%であるとすると2296を納税し、税引後で97,704
残る。
第1年度末に97,087(=10万/1.03)で売却した場合、第1年度末に2827の所得を認識し、1131を納税する。第1
年度末に税引後の95,956を年利3%(税引前)で再投資すると、第2年度末に税引前で98,835となり、11.52を納
税し、税引後で97,683残るので、前段落より21(第1年度の税額1131の3%×60%に相当)不利である。第1年度
に実現を回避するようになることをロックイン効果という。例えば第1年度末に年利3.03%(税引前)の投資プラン
に乗り換えたとしても、95,956×(1+0.0303×0.6)=97700が税引後の残額となり、前段落よりも不利であるため、
ロックイン効果が効率的な資源配分を阻害する。
包括的所得概念に適合的な課税を目指すならば、第1年度末に実現がなくとも、第1年度末に2827の所得を
認識し、1131を納税させるべきである。第1年度末に課税をしなくとも、第2年度末の課税において遡及的に、第
1年度末に2827、第2年度末に2913(=10万-97087)の所得が発生したと擬制し、第1年度末に1131、第2年度
末に1165の納税義務が発生したと擬制し、現実には第2年度末に1131×1.03+1165=2330の税を納めさせる、
1
中里実還暦記念・中山信弘古稀記念寄稿予定の内容から。本報告草稿についてトラスト60研究会(中里実、
増井良啓、マーク・ラムザイヤー、渕圭吾、藤谷武史、吉村政穂、神山弘行)及び法の経済分析ワークショップ
(家田崇、小塚荘一郎、田中亘、藤谷武史、森田果)よりご指摘賜った。感謝申し上げる。残念ながら本報告に
残る欠点は浅妻の責任である。
9
230
2
年金払い生命保険金二重課税事件・最判平成22年7月6日民集64巻5号1277頁の ∑
= 2059.88 の割
k
k = 01.0254
引率年2.54%から推測。Thomas J. Brennan, Perils of Partial Mark-to-Market Taxation
(http://ssrn.com/abstract=2313214) at 15-16には、risk-free rateとして3.5%(Treasury billの利率平均)、株式等の
配当込み収益率として11.4%という数字がある。尤も、John R. Brooks II, Taxation, Risk, and Portfolio Choice:
The Treatment of Returns to Risk Under a Normative Income Tax, 66 Tax Law Review 255, at 291-293 (2013)
(http://ssrn.com/abstract=2304193)あたりを見ると無リスク収益率とは何かについて諸説紛糾しており、本稿で深
入りできないblack boxである。
2
という方策が考えられる。ロックイン効果を防ぐことができ、効率的な資源配分が実現税制によって阻害されなく
なる。 3
2. CBITとACE/BEITとの対比
所得課税をめぐる世界共通の謎として、debt/equityの区別がある 4。法人が株主に配当を支払っても法人の所
得計算上控除されない(法人・株主の二重課税)一方、法人が社債権者に利子を支払うと法人の所得計算上控
除される。
近時の学説においては、debt/equityの区別を諦め、time value of money(金銭の時間的価値。以下time value
と略記する。税引前無リスク収益と同視する)部分を(実現の有無を問わず)毎年所得として認識し、所得認識し
た分だけbasisを引上げ、最終的に損益が確定した時にbasisと実際の額との差額をbetに係る損益として認識す
る、というtime value/betの区別が主流といえる 5。
法人税と個人所得税の統合のための一つの考え方として、法人段階で課税し個人段階では課税しないという
方向の提案がある。debtに係る法人段階の控除を認めず、利子・配当の受領者段階での課税をやめる方式とし
てCBIT(comprehensive business income tax)が提唱されている。
他方の考え方として、time value部分を法人段階で課税せず個人段階でのみ課税しようという方向の提案があ
る。equityに係るtime value部分の控除を認める方式としてACE(allowance for corporate equity)が提唱されてい
る 6。debt/equity問わずtime value部分の控除を認め、debtであってもtime value超過部分の控除を認めない方式
としてBEIT(business enterprise income taxation)が提唱されている。
2.1. Hasen: CBIT 2.0提案 7
アメリカ財務省 8が提案したCBITの改良案として次のような提案がある。
事業体税率30%、個人所得税率40%とする。事業体(法人、組合、個人事業者を含む)が第1年度末に税引
前利益14,286を稼いだ。事業体段階で4286を納税する。第1年度末に事業体が所有者 9たる投資家個人に事業
体段階税引後の1万を分配したとすると、投資家段階で1429の追加課税(1-1÷0.7×0.6=14.29%)をする 10。
投資家が投資家段階税引後8571を税引前無リスク収益率年3%の年複利で3年間運用すると、第4年度末に
8571×1.0183=9042となる。
3
橋本慎一朗「OIDルールのデリバティブへの拡張」国家学会雑誌118巻5=6号600頁(2004)参照。毎年度末の
所得認識擬制よりも、毎月、毎週、毎日というように細分化した方がより正確となる。第0年度末に9万で購入した
ものが第5年度末に11万で売れた場合、年複利換算だと4.095%(1.040955≒11/9)である。無限分割無限複利
の発想では、ln(11/9)=0.20067より、税率40%の想定で9万×e0.20067×0.6=101,516が税引後残額となるようにす
ればよい。第5年度末に8484の税を課せばよい。第5年度末に5万で売れた場合、ln(5/9)=-0.5878より、9万×
e-0.5878×0.6=63,253が税引後残額となるように、13,253を還付すればよい。Jeff Strnad, Periodicity and Accretion
Taxation: Norms and Implementation, 99 Yale Law Journal 1817 (1990); Stephen B. Land, Defeating Deferral: A
Proposal for Retrospective Taxation, 52 Tax Law Review 45 (1996)等参照。
4
吉村政穂「出資者課税――「法人税」という課税方式(二)」法学協会雑誌120巻3号508頁、511頁以下(2003)
を読んでも、「法人を自然人になぞらえ」る以外、なぜこのような区別をしてしまったかの理由は見えてこない。
5
註3所掲文献のほか、Reed Shuldiner, General Approach to the Taxation of Financial Instruments, 71 Texas
Law Review 243 (1992); Noël B. Cunningham & Deborah H. Schenk, Taxation Without Realization: A
"Revolutionary" Approach to Ownership, 47 Tax Law Review 725 (1992); David F. Bradford, Fixing Realization
Accounting: Symmetry, Consistency and Correctness in the Taxation of Financial Instruments, 50 Tax Law
Review 731 (1994); 浅妻章如「信託税制研究:英国事例(Astall事件及びMayes事件)の紹介と金融所得課税
モデルの応用」租税研究769号156頁(2013.11)等参照。
6
ACEとCBITの比較としてInstitute for Fiscal Studies, MIRRLEES REVIEW: TAX BY DESIGN (Oxford University
Press, 2011) (http://www.ifs.org.uk/mirrleesReview/design) Chapter 17 Taxing Corporate Income; Ruud A. de
Mooij & Michael P. Devereux, An applied analysis of ACE and CBIT reforms in the EU, International Tax and
Public Finance (2011) 18: 93-120等参照。
7
David Hasen, CBIT 2.0: A Proposal to Address US Business Taxation, 140 Tax Notes 909 (August 26, 2013)
(http://ssrn.com/abstract=2319326)。紹介にあたり数値を変えた。
8
Treasury Department, Report of the Department of the Treasury on Integration of the Individual and Corporate
Tax Systems: Taxing Business Income Once (1992)
(http://www.treasury.gov/resource-center/tax-policy/Pages/integration-paper.aspx)
9
debt/equityの区別をしないので株主・社債権者を区別しない。
10
利子・配当を問わず分配受領者段階で課税しない元のCBITとは異なる。
3
3
第1年度末に事業体が分配せず、課税繰延戦略をとるとする。第4年度末に事業体段階で1万×1.021 =
10,643となり、これを投資家に分配した際に投資家に14.29%の追加課税をすると、10,643×0.8571=9122となり、
即時分配(前段落)より有利となるという問題が生ずる。
CBIT 2.0は、投資家が1年以内に事業体に再投資した場合、投資家段階の控除を認めることで、課税繰延モ
デルと同じになるという。実質的にtime valueへの課税がなくなり、所得課税ではなく消費課税となるという。
2.2. CBIT 1.9
無制限の投資額控除が消費課税となるところ、CBIT 2.0は控除に1年以内の再投資という制限を付すため、所
得課税と消費課税の折衷と評せる。理念的整理のため、所得課税徹底モデルをCBIT 1.9と呼び、CBIT 2.0より
消費課税に近いモデルをCBIT 2.1と呼ぶ。
time valueとbetに区分する考え方を参照しつつ、個人所得税率40%と、事業体税率30%と、time valueとして
の税引前無リスク収益率(年3%)と、BEIT同様に【初期投資額】と【投資持分処分価格11】の情報だけで課税関
係を考えられるようなモデルを考える。後述の通り、所得課税徹底のためには、分配がなくても第1年度末に投
資家に所得の発生を擬制することが理想であるが 12、事業体から分配されない限り投資家には分からないとし、
CBIT 1.9として第4年度末課税における遡及的調整を考える。
CBIT 1.9即時解散モデル――投資家個人が第0年度末に333,333を投資し、第1年度末に事業体が税引前利
益14286(無リスク収益より4286多い)を稼ぎ、第1年度末に事業体が解散したとする 13。事業体税引後利益1万に
投資家段階14.29%追加課税をした残額は8571となる。第4年度末まで無リスク運用したとすると税引後残額は
(333,333+8571)×1.0183=360,702となる。
CBIT 1.9課税繰延モデル――第1年度末に事業体が解散せず、事業体税引後利益1万を事業体元本に足し
て、343,333を第4年度末まで無リスク運用し、第4年度末に事業体が解散したとする。事業体段階では343,333
×1.0213=365,421となる。事業体が第1年度初から第4年度末まで無リスク運用したと仮定した額333,333×
1.0214=362,227はtime value部分であり、差額+3193はbet部分である。投資家が第1年度初から第4年度末まで
Iを無リスク運用していたならば333,333×1.0184=357,989が税引後残額となっていた筈であり、time value部分
について333,333×(1.0214-1.0184)=4239の追加課税をし、bet部分について3193×14.29%=456の追加課税
をする。投資家段階税引後残額は365,421-4239-456=360,726となる。
即時解散モデルは所得課税の徹底であり、参照点となる。課税繰延モデルは24有利である。個人所得税率が
20%の場合、課税繰延モデルの方が32不利である。
第1年度事業体税引前利益が5714(無リスク収益より4286少ない)である場合、個人所得税率40%ならば課税
繰延の方が24不利となり、20%ならば課税繰延の方が32有利となる。
CBIT 1.9の課税繰延モデルは、所得課税徹底を志向しているものの、完全な所得課税とはいえない。時価主
義が困難という制約下で、事業体段階でbet益が生じたならば課税繰延戦略をとり、bet損が生じたならば即時解
散戦略をとることが、納税者にとって有利となるという歪みは、完全には除去しがたい。完全な所得課税のため
には時価主義(第1年度末に投資家段階で事業体段階の利益を把握する)が要請される 14。時価主義が困難と
いう制約下で、CBIT 1.9は、課税繰延の影響を完全にではないがある程度除去しようとする試みである。
2.3. CBIT 1.9とCBIT 2.1
CBIT 1.9として所得課税徹底モデルを考えると、投資家が以前555,555の賃金を稼ぎ、40%(222,222)の税を
納めており、税引後333,333を事業体に投資したということになる。
CBIT 2.1として消費課税徹底モデルを考えると、無制限の投資額控除を想定するモデルとなり、投資家が以
前333,333の賃金を稼いでも事業体に333,333投資したら課税所得から控除される(もし投資家が以前555,555の
11
CBIT 2.0は分配受領時に14.29%の追加課税をしているが、事業体が事業体段階税引後利益を全て分配し
たか分からないとすると、BEIT同様、投資家にとっては投資持分(やはりdebt/equityの区別をしないので株式も
社債も含む)処分時にbet損益を計算する方が容易であろう。
12
未受領期間経過利子計上として法基通2-1-24のような考え方もありうる。
13
第1年度末に投資家が投資持分を時価で譲渡した、でもよい。
14
タックスヘイヴン対策税制(CFC税制、外国子会社合算税制とも)を、【国内株主・軽課税国法人の関係】の
みならず、国内完結の場合も含め【投資家・事業体の関係】一般に適用することが、理念型ということである。国
際課税・国内課税の対比について渕圭吾「タックス・ヘイブン対策税制と同族会社の留保金課税の共通性」中
里実・太田洋・伊藤剛志・北村導人『タックス・ヘイブン対策税制のフロンティア』203頁(有斐閣、2013)参照。
4
15
賃金を稼いでいたならば投資額を税引前555,555に増やすという考え方もある )、というモデルになる。
2.4. Kleinbard: BEIT提案 16
BEIT提案においては、投資家が事業体(法人、組合、個人事業者を含むことでentity分類問題を回避する)を
通じて得る利益をnormal return(通常収益。time valueに相当)とextraordinary return(超過収益。bet損益に相当)
に区分する 17。BEITは、通常収益を投資家段階課税とし、超過収益を事業体段階課税とする。事業体は、
debt/equityの区別によらずtime value部分を控除する(COCA: cost of capital allowance)。全体としてはtime
valueを課税ベースに含むため所得課税の体系であるが、事業体段階を見るとtime valueを控除するため消費課
税となる 18。また、投資家はdebt/equityを問わず毎年time value部分を所得として認識し、その分basisを毎年引
上げ、金融資産(社債であれ株式であれ)売却時に投資家段階の超過収益としての損益を認識し、益は軽減税
率(10~15%)課税とし、損は他の所得から控除できるものとする。【実現主義の弊害の矯正】及び【法人税・個
人所得税の統合】を同時に達成する課税体系の一つのあり方といえる。
BEITの国際的適用として、外国直接投資とポートフォリオ投資に分けて論じられている。アメリカ企業の外国
直接投資(FDI: foreign direct investment)については、外国関連会社も含んだ全世界的連結納税(worldwide
consolidation)を通じてfull inclusion(外国支店・子会社等を通じて得た収益を全て毎年アメリカの課税所得に含
める)を達成することを志向している 19。外向きポートフォリオ投資家(outbound foreign portfolio investor)たるア
メリカ居住者等(resident and citizen) 20はtime valueについて課税を受ける。他方、内向き(inbound)ポートフォリ
オ投資家たる非居住外国人(non-resident foreigner)は非課税とし、超過収益がアメリカの事業体段階で課税さ
れるにとどまるとする。
2.5. BEIT 1.9
BEITの発想を2.2のCBIT 1.9課税繰延モデルに当てはめる(即時解散モデルは同じなので計算しない)。
BEIT 1.9課税繰延モデル(betなし)――BEITの発想の理念型 21を摑むため、bet損益がないモデルを先に考
える。事業体はbet損益が0なので4年間非課税 22のまま333,333×1.034=375,169まで増やして解散する。投資
家は、第1~第4年度末に順に10000、10180、10363、10550のtime value所得を認識する 23。投資家のbasisは
333,333×1.0184=357,989となっているが、第4年度末解散に伴う受領分配額375,169との差額を所得として認
15
初期投資額Iが、CBIT 2.1ではI/(1-tp)となる。但し、投資家段階で控除を認めても、事業体段階でtime value
の控除ができないまま課税され続けるため、time value部分への課税が全くなくなるわけではない。CBIT 2.1は
2.0より消費課税に近いが消費課税の徹底とはいえない。
16
Edward D. Kleinbard, Designing an Income Tax on Capital, in Aaron, Burman & Steuerle, ed., TAXING
CAPITAL INCOME 165-205 (The Urban Institute Press: Washington DC, 2007); Edward D. Kleinbard,
Rehabilitating the Business Income Tax, 2007
http://www.hamiltonproject.org/papers/rehabilitating_the_business_income_tax1/).
17
正常利潤と超過利潤に対する課税の効果の違いの解説として鈴木将覚・日経新聞2013年11月14日経済教
室。
18
組織再編税制による課税繰延を廃止し、資産移転時に全て含み損益を認識させるという提案もしている。ロッ
クイン効果の問題が生じそうに一見思えてしまうが、time valueの控除が認められるため事業体段階ではロックイ
ン効果は生じない、と説明される。
19
どこで稼ごうとアメリカでの課税を受けるため移転価格問題が減る、としている。time valueの控除(COCA)を
認めるため、利子費用が国内事業に係るものであるか外国事業に係るものであるかの判定が不要となる、として
いる。
20
アメリカ特有の事情として、アメリカのcitizenは非居住者であってもアメリカの全世界所得課税に服する。国籍
離脱者について一高龍司「悲しみのジェット・プレーン:米国における国籍離脱の課税上の帰結」租税研究769
号190頁(2013.11)(Michael E. Mooney, Leaving on a Jet Plane: The U.S. Tax Consequences of Expatriation, 69
Tax Notes International 1067 (March 18, 2013))等参照。citizenship課税をやめるべきかについて、Michael S.
Kirsch, Revisiting the Tax Treatment of Citizens Abroad: Reconciling Principle and Practice, 14 Florida Tax
Review ___ (2014) (http://ssrn.com/abstract=2346458)等参照。
21
若干Kleinbard提案と異なるところがあるため、一応の区別のためにBEIT 1.9と呼ぶことにする。
22
Kleinbard提案は、事業体段階のCOCA分のbasis upを認めてないが、理念型を摑むため、投資家がtime
value分の擬制所得について課税されるならば事業体段階でのtime value分への課税は要らないという考え方が
当てはまるようにbasis upを認める。
23
Kleinbard提案では第1~第4年度末に順に10000、10300、10609、10927のtime value所得を認識するとして
いるが、理念型を摑むため、参照基準であるべき即時解散モデルに合わせる。
5
識してはいけない。第1~第4年度末の4000、4072、4145、4220の税負担の第4年度末換算の実質的負担は
4000×1.033+4072×1.032+4145×1.03+4220=17,180であり、これをbasisに足してから受領分配額との差額
を求めるべきであり、375,169-(357,989+17,180)=0がbet部分の損益となる。
BEIT 1.9課税繰延モデル(betあり)――第1年度の事業体税引前利益が14,286である場合、COCAとして1万
を控除し、課税所得は4286であり、税額は1286であり、事業体段階税引後利益13000を事業体元本に足し、事
業体段階のbasisに1万を足す 24。第2~第4年度に事業体がtime value同等分を稼いだとすると、第2年度末の税
引前利益は(333,333+13000)×0.03=10390となり、COCAは(333,333+10000)×0.03=10300となり、課税所得
は90となり、税額は27となり、事業体税引後利益10363を事業体元本に足し、basisに10300を足す。第3年度末
の税引前利益は(333,333+13000+10363)×0.03=10701となり、COCAは(333,333+10000+10300)×0.03=
10609となり、課税所得は92となり、税額は28となり、事業体税引後利益10673を事業体元本に足し、basisに
10609を足す。第4年度末の税引前利益は(333,333+13000+10363+10673)×0.03=11021となり、COCAは
(333,333+10000+10300+10609)×0.03=10927となり、課税所得は94となり、税額は28となり、解散して、
(333,333+13000+10363+10673)+11021-28=378,362を分配する。
投資家段階では378,362-(357,989+17,180)=3193がbet損益として認識され、事業体税率と個人税率との差
14.29%の税を課すとすると25、3193×0.1429=456を納税し、第4年度末の経済実質的な税引後残額は378,362
-(17,180+456)=360,726となり、2.2のCBIT 1.9課税繰延モデルと一致する(証明は2.8)。
2.6. BEIT 1.9とBEIT 2.1
2.3におけるのと同様、投資家の投資額の控除を認めないものがBEIT 1.9であって所得課税であり、投資額の
控除を認めるものをBEIT 2.1と呼ぶことができよう。
2.7. CBITとBEITの対比
time value課税の有無で所得課税か消費課税かという軸が形成される 26。また、time valueについて投資家段
階課税を優先するか事業体段階課税を優先するかという軸が形成される。BEITは、事業体段階でtime valueを
控除する点で消費課税的であるが、投資家段階でtime valueに課税するので、所得課税寄りといえよう。なお、
2.4のBEITと比べ2.2で見たCBIT 1.9における事業体段階課税と投資家段階課税との調整はやや複雑に見える
が、2.5で見たようにBEITについても理念型としてのBEIT 1.9を考えると、2.4のBEITはbetに係る益の軽税率課
税・損の控除容認という形で簡素化しているにすぎず、理念型としてCBITがBEITより複雑になるという話ではな
いことが分かる。
投資家段階課税優先
事業体段階課税優先
BEIT 1.9
CBIT 1.9
所得課税
BEIT 2.1
消費課税
CBIT 2.1 (支出税、X-Tax) 27
2.8. 補遺:CBIT 1.9とBEIT 1.9のモデル比較
個人所得税率をt p (40%)とし、事業体税率をt e (30%)とし、time valueとしての税引前無リスク収益率(年3%)
をrとし、time valueとの差としてのbet部分の収益率をbとし、初期投資額をIとする。
24
bet損益の有無に関わりなくbasis upを前段落の計算と揃える。COCAとして1万が控除されているからといって
4286しかbasis upを認めないのでは事業体段階でのその後のCOCAが過小に算出されてしまうし、14286のbasis
upを認めるとその後のCOCAが過大に算出されてしまう。
25
Kleinbard提案_頁ではbet益について10~15%の軽減課税、bet損について通常所得からの控除という簡素
化された仕組みであった。
26
BEITやCBIT 1.9が投資額のtime value部分に課税することは、投資額を所与とした財産税といえる。Irtp=I
∞
Irt p
×0.03×0.4=I×0.012であり、将来永遠にtime valueに課税することは ∑ (
) = It p より投資額Iに対するtp
k
k =1 (1 + r )
での課税と等しい。投資額が所与ならばlump-sum taxであって効率的である。投資額に対する課税が貯蓄と消
費との選択において非効率をもたらすことを重視するか否かが、消費課税か所得課税かの選択の鍵となる。
27
支出税(expenditure tax)やX-Taxも事業体段階で課税し投資家段階で課税しない類型(ただしX-Taxは投資
額控除ではなく受領利子等非課税)といえる(中里実他編著『租税法概説』231-232頁(有斐閣、2011、神山弘
行執筆))。累進的消費課税としてDaniel N. Shaviro, Replacing the Income Tax With a Progressive Consumption
Tax, 103 Tax Notes 91 (April 5, 2004)も参照。
6
CBIT 1.9即時解散モデル――投資家個人が第0年度末にIを投資し、第1年度末に事業体が税引前利益I(r+
b) 28を稼ぎ、第1年度末に事業体が解散したとする。事業体税引後利益I(r+b)(1-t e )に投資家段階追加課税(1
-(1-t p )/(1-t e ))をした残額はI(r+b)(1-t p )となる。第4年度末まで無リスク運用したとすると税引後残額は①と
なる。
① I{1+(r+b)(1-t p )}{1+r(1-t p )}3=I[{1+r(1-t p )}4+b(1-t p ){1+r(1-t p )}3]
CBIT 1.9課税繰延モデル――第1年度末に事業体が解散せず、事業体税引後利益を事業体元本に足して、
第4年度末まで無リスク収益率と同等の稼ぎを得て、第4年度末に事業体が解散したとする。事業体段階ではI{1
+(r+b)(1-t e )}{1+r(1-t e )}3=I[{1+r(1-t e )}4+b(1-t e ){1+r(1-t e )}3]となる。事業体が第1年度初から第4
年度末まで無リスク運用したと仮定したI{1+r(1-t e )}4はtime value部分である。差額②はbet部分である。
② I[{1+r(1-t e )}4+b(1-t e ){1+r(1-t e )}3]-I{1+r(1-t e )}4=Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}3
投資家が第1年度初から第4年度末まで無リスク運用していたならばI{1+r(1-t p )}4が税引後残額となってい
た筈であり、time value部分について投資家段階追加課税(I[{1+r(1-t e )}4-{1+r(1-t p )}4])をした後の残額
は③となり、bet部分について投資家段階追加課税をした後の残額は④となる。
③ I{1+r(1-t p )}4-I[{1+r(1-t e )}4-{1+r(1-t p )}4]=I{1+r(1-t p )}3
④ Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}3[1-{1-(1-t p )/(1-t e )}]=Ib(1-t p ){1+r(1-t e )}3
比較――即時解散モデルは所得課税の徹底であり、参照点となる。
課税繰延と即時解散との差は③+④-①=⑤となる。
⑤ Ib(1-t p )[{1+r(1-t e )}3-{1+r(1-t p )}3]
数値を代入すると課税繰延モデルが24有利である。
t p =20%の場合、課税繰延は32不利である。
b=-1.2858%、t p =40%を代入すると、課税繰延が24不利である。
b=-1.2858%、t p =20%を代入すると、課税繰延が32有利である。
BEITの発想をCBIT 1.9課税繰延モデルに当てはめる(即時解散モデルはCBIT 1.9と同じである)。
BEIT 1.9課税繰延モデル(b=0)――bet損益がない(b=0)モデルを先に考える。事業体はbet損益が0なの
で4年間非課税のまま⑥まで増やして解散する。
⑥ I(1+r)4
投資家は、第1~第4年度末の第n年度末にI{1+r(1-t p )}(n-1)rのtime value所得を認識する。第4年度末の投
資家のbasisはCBIT 1.9即時解散モデル同様にI{1+r(1-t p )}4(=③)となっているが、⑥-③がbet損益ではな
い。第1~第4年度末の税負担の第4年度末換算の実質的負担は⑦である。
⑦ Irt p (1+r)3+I{1+r(1-t p )}rt p (1+r)2+I{1+r(1-t p )}2rt p (1+r)+I{1+r(1-t p )}3rt p
=Irt p [(1+r)3+{1+r(1-t p )}(1+r)2+{1+r(1-t p )}2(1+r)+{1+r(1-t p )}3]
bet損益は⑥-(③+⑦)として求める。⑥-③=⑦であり、当然bet損益は0である。
⑥-③ I(1+r)4-I{1+r(1-t p )}4=I(1+r)4-I[1+4r(1-t p )+6r2(1-t p )2+4r3(1-t p )3+r4(1-t p )4]
=I(1+r)4-I[(1+r)4+4r{(1-t p )-1}+6r2{(1-t p )2-1}+4r3{(1-t p )3-1}+r4{(1-t p )4-1}]
=Ir[4t p +6r{1-(1-t p )2}+4r2{1-(1-t p )3}+r3{1-(1-t p )4}]
=Irt p [4+6r(2-t p )+4r2(3-3t p +t p 2)+r3(4-6t p +4t p 2-t p 3)]
=Irt p [(1+3r+3r2+r3)+{1+(2+1-t p )r+(1+2-2t p )r2+(1-t p )r3}+{1+(1+2-2t p )r+(2-2t p +1-2t p +t p 2)r2
+(1-2t p +t p 2)r3}+{1+3(1-t p )r+3(1-2t p +t p 2)r2+(1-3t p +3t p 2-t p 3)r3}]
=Irt p [(1+r)3+{1+r(1-t p )}(1+r)2+{1+r(1-t p )}2(1+r)+{1+r(1-t p )}3]=⑦
BEIT 1.9課税繰延モデル(b≠0)――第1年度末の事業体税引前利益がI(r+b)であり、第2~第4年度に事業
体がtime value同等分を稼いだとする。
第1年度末、事業体段階でCOCAとしてIrを控除し、課税所得はIbであり、税額はIbt e であり、事業体段階税引
後利益(I{r+b(1-t e )})を事業体元本に足し、Irを事業体basisに足す。
第2年度末の税引前利益はI{1+r+b(1-t e )}rとなり、COCAはI(1+r)rとなり、税額はIb(1-t e )rt e となり、事業
体元本はI{1+r+b(1-t e )}(1+r)-Ib(1-t e )rt e =I[(1+r)2+b(1-t e ){1+r(1-t e )}]となり、事業体basisはI(1+
r)2となる。
第3年度末の税額はI[(1+r)2+b(1-t e ){1+r(1-t e )}-(1+r)2]rt e =Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}rt e となり、事業体
元本はI[(1+r)2+b(1-t e ){1+r(1-t e )}](1+r)-Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}rt e =I[(1+r)3+b(1-t e ){1+r(1-t e )}2]
28
Ir(1+b)という表現の方がよいかもしれない。後日要考察。
7
3
となり、事業体basisはI(1+r) となる。
第4年度末の税額はI[(1+r)3+b(1-t e ){1+r(1-t e )}2-(1+r)3]rt e =Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}2rt e となり、解散し
て⑧を分配する。
⑧ I[(1+r)3+b(1-t e ){1+r(1-t e )}2](1+r)-Ib(1-t e ){1+r(1-t e )}2rt e
=I[(1+r)4+b(1-t e ){1+r(1-t e )}3]
投資家段階では③+⑦=⑥がtime value部分である。bet損益は⑧-(③+⑦)=⑧-⑥=Ib(1-t e ){1+r(1-
t e )}3=②となり、CBIT 1.9のbet損益と一致し、投資家段階追加課税後のbet損益は④となる。第4年度末換算の
経済実質的な投資家段階租税負担は⑦+(②-④)であるから、経済実質的な残額は⑧-{⑦+(②-④)}であ
り、⑧-(③+⑦)=②より⑧-⑦-②=③に留意すると、⑧-{⑦+(②-④)}=③+④となり、CBIT 1.9課税繰
延モデルと一致する。
3. Double Irish & Dutch Sandwichの問題の所在
3.1. 仕組み
アメリカ
Bermuda/Ireland
Ireland
欧州各国(独西仏等)
┏━━┓ buy-in ┏━━┓
┏━━┓100
┃G社┃←───┃M社┃
┃C社┃←──D社、E社、F社…
┗━━┛Cost Sha┗━━┛
┗━━┛business profits
ring Agreement↑ 98 ┏━━┓ 99 │
└──┃N社┃←─┘royalty
royalty┗━━┛Nederland
アメリカ所在の本社であるG社(例:Google、Apple等)で実際の研究開発をしている。知的財産は世界中(上
図では独西仏等の欧州各国)で利用される。M社 (money) は、G社と研究開発について費用分担契約 29を締結し、
欧州各国で利用される知的財産についてM社が権利者となる。なお、M社はアイルランド法を設立準拠法とし
ているのでアメリカ政府から見るとアイルランド法人として扱われるが、管理支配はバミューダでなされているので
アイルランド政府から見るとバミューダ法人として扱われる。欧州各国で利用される知的財産についてM社がオ
ランダ法人たるN社にライセンスを提供し、N社がアイルランド法人たるC社 (control) にサブライセンスを提供し、C
社が欧州各国の企業(D社、E社、F社…)にサブサブライセンスを提供する。
欧州各国の企業から知的財産使用料(royalty)等の事業収益が一旦C社に集められる。しかしC社はN社に使
用料を支払うので、C社に利益は殆ど残らない。N社もM社に使用料を支払うので、N社に利益は殆ど残らず、
欧州各国の知的財産利用による収益はM社に溜められる。国際的な使用料支払については源泉徴収税が課
せられることがあるが 30、アイルランド・オランダ間の租税条約により源泉徴収税が免除されており、ここにDutch
Sandwichつまりオランダ法人を間に挟む旨みがある。アイルランド政府から見るとM社はバミューダ法人でありア
イルランドは課税しない 31。バミューダはもともと課税しない。
M社に溜められた所得についてアメリカのCFC税制(タックスヘイヴン対策税制・外国子会社合算税制)の適
用が問題となりうるが、アメリカから見るとC社が透明(transparent)として扱われ(check-the-box)、M社がC社・N
社を経由せずDEF社から直接に真っ当な事業収益を稼いでいるという扱いとなり、アメリカも課税できない 32。こ
29
アメリカCSA: cost sharing agreement。OECD CCA: cost contribution arrangement。
例えば日独租税条約12条2項。
31
アイルランドはタックスヘイヴン(tax haven)ではありません、きちんと課税しますとアイルランド政府はアピール
し始めているらしい(David D. Stewart, Ireland Acts against Apple’s Tax Arrangement but Leaves Google’s
Untouched, 2013 WTD 211-1; An Bille Airgeadais (Uimh. 2), 2013: Finance (No. 2) Bill 2013
(http://www.finance.gov.ie/documents/publications/finnacebillno.22013/financebillno22013.pdf); Explanatory
Memorandum (http://www.finance.gov.ie/documents/publications/finnacebillno.22013/explanatorymemo.pdf))一
方で、アイルランドがタックスヘイヴンじゃなかったら何だというのだという突っ込みもある
(http://www.forbes.com/sites/taxanalysts/2013/11/06/if-ireland-is-not-a-tax-haven-what-is-it/ Martin A. Sullivan,
If Ireland is not a tax haven, what is it? (Forbes, November 06, 2013))。
32
現行法上課税できないというだけで、その気になればアメリカ連邦議会が法改正して、CFC税制の適用範囲
を拡張することは、国際法上可能な筈である。またOECD, Action Plan on Base Erosion and Profit Shifting (19
July 2013 http://www.oecd.org/ctp/BEPSActionPlan.pdf)のAction 3がCFC税制の強化(Strengthen CFC rules)
を謳っている。尤も、CFC税制については未導入の国も少なくなく、CFC税制の適用が租税条約に違反しない
というOECDの声明に対しても異論が少なくない、という状況にある。浅妻章如「タックス・ヘイヴン対策税制
(CFC税制)の租税条約適合性――技術的な勘違いと議論の余地のある領域との整理――」立教法学73号
329-396頁(2007.3 http://www.rikkyo.ac.jp/law/output/rituhou/73/19.pdf)等参照。
更に、伝統的にアメリカはCFC税制の適用に積極的なお国柄であったが、子Bush政権以降、アメリカに本拠
30
8
こにDouble Irishつまり二つのアイルランド法人を使う旨みがある。
G社がアメリカで研究開発し独西仏等で利用されているのに、アイルランド/バミューダのM社に利益が溜め
こまれるのはおかしい、と感じられる。しかし、M社がお金を出して知的財産の権利者となることは、否認できな
い。そうすると、アメリカ政府から見て鍵となるのはG社・M社の費用分担契約でM社がG社に支払った金員
(buy-in price)がarm’s length(独立当事者間原則)に照らして少なすぎるかどうかだけということになる 3334。従来
租税回避対策の切り札とされてきたarm’s length原則すら、租税回避防止には不充分 35という状況である。
を置く多国籍企業グループの全世界所得をアメリカの課税に服さしめるべきか(full inclusion)、欧州各国(及び
2009年以後の英日)に倣い外国での事業収益についてアメリカの課税を免除するべきか(territorial)で激しい論
争がある。このあたりの事情について浅妻章如「全世界所得課税+外国税額控除の再検討」ファイナンス475号
75-79頁(2005.6)、浅妻章如「国外所得免税(又は仕向地主義課税)移行論についてのアメリカの議論の紹介と
考察」フィナンシャル・レビュー84号152-164頁(2006.7
http://www.mof.go.jp/pri/publication/financial_review/fr_list5/fr84.htm)、Joint Committee on Taxation, Economic
Efficiency and Structural Analyses of Alternative U.S. Tax Policies for Foreign Direct Investment, June 25, 2008,
JCX-55-08 http://www.house.gov/jct/x-55-08.pdf、増井良啓「米国両議院税制委員会の対外直接投資報告書を
読む」租税研究2008年10月203頁等参照。共和党・子Bush政権下でterritorial派が盛り上がりかけたものの、民
主党・Obama政権下で沈静化したかに見えたが、共和党Camp議員を議長とするWays and Means Committeeが
territorialへの移行を含む国際課税制度改革案(To amend the Internal Revenue Code of 1986 to provide for
comprehensive income tax reform, October 26, 2011
http://waysandmeans.house.gov/news/documentsingle.aspx?DocumentID=266168)を出し、更に民主党Baucus議
員のJoint Committee on Taxation, Technical Explanation of the Senate Committee on Finance Chairman’s Staff
Discussion Draft of Provisions to Reform International Business Taxation (November 19, 2013, JCX-15-13
http://www.finance.senate.gov/newsroom/chairman/release/?id=f946a9f3-d296-42ad-bae4-bcf451b34b14)が公表
されるなど、この議論の着地点も見えない状況にある。
33
IRSが事前確認(APA: advance pricing agreement)でOKを出してしまっている以上、アメリカの課税ベース侵
食に対して手が出せない、という状況である。buy-in priceの決め方に関するルールを変えなければ課税ベース
侵食に対抗できず、そのためのルール変更も進められてはいる。
Treasury Regulation § 1.482-7 (Methods to Determine Taxable Income in Connection With a Cost Sharing
Arrangement)に関するTD 9568 (March 19, 2012 http://www.irs.gov/irb/2012-12_IRB/ar06.html)は、platform
contributions(プラットフォーム貢献)という考え方で、図のM社のような金銭の出し手を、知的財産等の権利者と
してではなく投資家であるかのように扱おう(investor modelという)と考えている。
OECDでは、前述のBEPS対策が始まる前から、そしてBEPS対策と連動して、無形資産に係る移転価格問
題についての検討が従来から進んでおり、パブコメも募集している。直近ではOECD publishes comments
received on the Revised Discussion Draft on Transfer Pricing Aspects of Intangibles 22 October 2013
http://www.oecd.org/ctp/transfer-pricing/comments-intangibles-discussion-draft.htm参照。
34
http://taxprof.typepad.com/taxprof_blog/2013/11/blair-stanek.htmlの紹介によると、Andrew Blair-Stanek, IP
Law as a New Front to Battle Tax Avoidance[未公刊]は、Apple[仮称]アメリカ法人がAppleアイルランド法人に安
い値段で特許権等を譲渡することがarm’s length基準にかなっていると主張するならば、第三者がAppleの特許
を侵害した(かもしれない)場合に、当該安い値段を根拠として、損害賠償額を軽減させる(或いは特許侵害の
範囲を狭めるなど)べきである、と主張しているようであり、興味深い。
35
上の図の独西仏等の位置に日本があり、アイルランド関連会社に利益を吸い取られたことについて課税庁が
手出しできなかった事例として、アドビ移転価格事件・東京高判平成20年10月30日税資258号順号11061が知ら
れる。居波邦泰「アドビ事案に係る国際的事業再編の観点からの移転価格課税の検討(上下)」税大ジャーナル
14号119頁、15号117頁(2010.6、10);平川雄士「国際課税における最新の実務上の諸問題――租税法曹実務
家の視点から」租税研究2010年11月232頁;太田洋・手塚崇史「アドビシステムズ事件東京高裁判決」中里実・
太田洋・弘中聡浩・宮塚久『移転価格税制のフロンティア』44頁(有斐閣、2011)等解説多数。
アメリカにおける移転価格税制の限界を露呈した事件として、Veritas Software Corp. v. Commissioner, 133 T.C.
No. 14 (December 10, 2009); Xilinx v. Commissioner, 125 T.C. 37 (2005); reversed by 567 F.3d 482 (9th Cir.,
May 27, 2009), withdrawn by 592 F.3d 1017 (9th Cir., January 13, 2010); affirmed by 598 F.3d 1191 (9th Cir.,
March 22, 2010)が知られる。Reuven S. Avi-Yonah, Xilink and the Arm’s-Length Standard, 54 Tax Notes
International 859 (June 8, 2009)(紹介:岡田至康・租税研究2010年3月号332頁)はIRS側を擁護しようとしている
が、arm’s lengthを前提とする限りは無理筋の主張であろうと私は思う。居波邦泰「米国のコスト・シェアリング契約
に係る移転価格訴訟への考察──ザイリンクス事案及びベリタス事案」租税研究2010年12月266-329頁;神山
弘行「ザイリンクス事件米国連邦第9巡回控訴裁判所判決」『移転価格税制のフロンティア』308頁;渕圭吾「ヴェ
9
3.2. 問題の所在:共同開発とdebt-finance
図ではI社が無形資産の権利者(owner)であるため、無形資産との関係ではequity holderである。I社が金銭
出資組合員、A社が役務出資の業務執行組合員、という一種の組合関係(または合弁事業)と見てもよいが、何
れにせよ従来の租税法上の用語ではI社はequity holderである。
しかし、I社がA社に金銭貸付をし、A社が研究開発等の事業活動をして収益を稼ぎ、その収益を原資としてA
社がI社に利子を支払うというdebt-financeの構造と、経済的な実態は似ている 36。
debt-financeによる事業体所在地国(上図ではアメリカ)の課税ベース侵食に対しては、従来から過小資本税
制(thin capitalization)(日本では租税特別措置法66条の5)が存在している。外国法人がアメリカ子会社に出資
している場合に、出資(equity)に対応する配当支払についてはアメリカ子会社の課税所得計算上控除がないの
に対し、外国親会社がアメリカ子会社に対する出資割合を下げ(thin capitalization)、貸付(debt)という形で資金
を提供し、配当支払ではなく利子支払という形でアメリカ子会社の課税所得計算上控除してもらう、という租税回
避手法への対策である。更に、過小資本税制以外にも利子控除制限(日本では租税特別措置法66条の5の2)
規定が各国で導入されている。
しかし上の図ではG社からM社に利子等が支払われるという構図ではない。M社のG社への支払額が少なす
ぎる(かもしれない) 37、という構図である。
また、図のような仕組みを見ると租税回避っぽく見えてしまうが、研究開発拠点所在地国(アメリカ)と資金提供
者所在地国(アイルランド)とが食い違うことが常に租税回避的ということではない。arm’s lengthに照らせば資金
提供者(関連企業たるM社であれ独立の投資家であれ)に収益が帰属することは所得の人的帰属(personal
attribution)としてはおかしなことではない 38。
personal attributionの問題とは別の視点で、アメリカなど研究開発拠点所在地国の課税ベースが侵食されてい
ると評価するに値するかどうかが問題になる、と私は見込んでいる。そこで、殆どの費用分担契約が関連者間で
なされているであろうということを忘れ、debt equityの区別に惑わされない課税ベース(侵食)の観念の仕方を探
るべきである 39。
リタス事件米国租税裁判所判決」『移転価格税制のフロンティア』341頁等解説多数。
だからarm’s lengthなんて終わっていますねという議論も盛り上がりつつあるが(Susan C. Morse, Revisiting
Global Formulary Apportionment, 29 Virginia Tax Review 593 (2010 http://ssrn.com/abstract=1617461))、arm’s
lengthの対抗馬としての定式配賦(formulary apportionment)に対しても、定式なぞ無理に決まってますねという
反論もあり(Harry Grubert & Rosanne Altshuler, Fixing the System: An Analysis of Alternative Proposals for the
Reform of International Tax, at. 44 (http://ssrn.com/abstract=2245128))、なかなか議論の着地点が見えてこな
い。
36
平川雄士「国際課税における実務上の最新の諸問題について」租税研究757号186頁(2012.11)が「Debt
Pushdown」取引について解説しているところ(組織再編における借入に係る利子控除の可否)、Lee A.
Sheppard, Interest Barriers Rise in Europe, 2013 WTD 203-1は「equity push-down」(投資ファンドがレバレッジを
効かせて不良資産等を買い取る場合の利子控除の可否)を扱っている。
37
註33、岡村忠生「無形資産の課税繰延べ取引と内国歳入法典四八二条(1~2完)」民商法雑誌118巻4・5号
610頁、6号803頁(1998)等
38
神山弘行「無形資産と課税」租税研究761号79頁以下、87頁(2013.3)の「エンジェル投資家」の指摘。また、
雇用主たる会社と、従業員たる研究開発員との関係は、正に資金提供者と役務提供者との関係であり、役務提
供者が事業リスクから遠ざけられる(もちろん完全にリスクから遮断されるわけではなく会社が倒産すれば転職せ
ざるをえないが)一方で、事業リスクを負担する雇用主(最終的には株主等)に収益が帰属するという関係である。
中村修二青色発光ダイオード事件・東京地判平成16年1月30日判時1852号36頁・東京高裁和解平成17年1月
11日判時1879号141頁において、特許法35条の「相当の対価」(アメリカにはかような規定が無いそうであるが)
が注目を浴びたが、「相当の対価」をめぐる幾つかの裁判例を見ると、従業員側の取り分はせいぜい5%程度と
されているようである。裁判所は雇用主のリスク負担を重要な貢献と見ているものと推測できる。
39
増井良啓「組織形態の多様化と所得課税」租税法研究30号1頁以下、12頁(2002)は法人等entity段階での課
税の要請と時価主義の要請とは共通する面があると指摘する。実現主義の弊害の矯正方法が、法人税と個人
所得税の統合に示唆を与えるという議論が、MがG社の知的財産の権利を買う(buy-in)場面にも応用できるの
ではないかというのが本稿の視点である。
10
4. R&D投資と所得流出のモデル
4.1. 出資モデル、貸付モデル、buy-inモデル
A国(税率30%)のG社が実際のR&Dを遂行し、B国(税率40%)の投資家M(G社の関連者か独立かとりあえ
ず考えない)が資金提供をする。R&D成功確率は1/840、4年後、成功時の回収額は1万、失敗時は0とする。
出資モデル
第0年度末に投資家Mが、G社に出資し、G社が100本のR&DをG社が遂行する。risk neutralならば、100万
×1/8×1/1.034=111,061を出資するであろうところ、risk averseの想定から割り引かれるとする。(計算の便宜とし
て)適正価格(arm’s length price=fair price)が10万であったとする 41。
13本成功して解散した場合、現行法下では、第4年度末にG社が3万の税引前利益を計上し、A国に9000納
税する。税引後の121,000万がMに分配される。Mが間接外税控除の恩恵にあずかるならば、(21,000/0.7)×0.4
=12,000の納税義務から9000を外税を控除し、3000を納税し、税引後残額は118,000となる 42。
12本成功して解散した場合、第4年度末にG社が2万の税引前利益を計上し、A国に6000納税する。税引後の
114,000がMに分配される。Mは(間接外税控除ありとすると)2000を納税し、税引後残額は112,000となる。
A国の税額は成功本数s本とすると(s万-10万)×0.3となる。(s<10還付ありならば)
B国の税額は(s万-10万)×0.1となる。(s<10還付ありならば)
貸付モデル
第0年度末にG社が利益連動債を発行し、Mが10万を貸し付けたとする。
成功して解散した場合、現行法下では43G社が第4年度末に90万の税引前収益を稼ぐが、G社がMに100万を
返済するとすると130,000を返済し、課税所得が0となる。Mは第4年度末に3万の税引前利益を計上し、12000の
税を納める。
12本成功した場合、Mは第4年度末に2万の税引前利益を計上し、8000の税を納める。
A国の税額は成功本数s本にかかわらず0となる。
B国の税額は(s万-10万)×0.4となる。(s<10還付ありならば)
権利を買う(buy-in)モデル
第0年度末に投資家MがG社のR&Dを10万で買う。現行法下では、第0年度末にG社が10万の収益を計上
するが、R&D費用が同額かかるとすれば、G社の課税所得は0となる。
13本成功した場合、第4年度末にMは3万の税引前利益を稼ぎ、12000を納税する。
12本成功した場合、第4年度末にMは2万の税引前利益を稼ぎ、8000を納税する。
A国の税額は成功本数s本にかかわらず0となる。
B国の税額は(s万-10万)×0.4となる。(s<10還付ありならば)
比較
buy-inと利益連動債は、かようにA国・B国に同じ税収をもたらす。buy-inがA国の課税ベースを侵食していると
いう印象は、出資モデルと比べてのものと考えられる。
buy-inはequity、利益連動債はdebtという区別は、経済実質を反映してない。
利益連動債が利益連動であるからdebtという性質決定はおかしい、という批判はありうる。しかし、貸付モデル
でMの返済額を例えば20万に設定した場合、20本以上成功することが稀であるとすれば44、利益非連動でも実
質的には利益連動に近い。
CBIT・BEITが現実に採用されると思っているわけではないが、所得流出を理念的に把握するため、CBIT・
BEITの発想を当てはめてみる。
40
venture capitalで千みっつ(3/1000)と言われることからすると、確率が高すぎるかもしれない。
100本のソフトウェア開発が行なわれるでもよいし、100本の医薬品開発が行なわれるでもよい。100本のR&D
に相関関係の有無及び程度によりリスクは変わるが、本稿ではこの変わり具合を考察に取り込んでいない。
42
Mが法人である場合は資本参加免税・子会社配当益金不算入により課税されないかもしれない。
43
第1~第3年度末の未払い・未受領の期間経過利子の計上の可能性はとりあえず無視する。
44
稀かどうかは100本のR&Dの相関関係の程度次第。
41
11
45
出資/貸付CBITモデル
G社は10万の元本について第4年度末までtime value同等の3%の税引前利益を得たものと想定し、第4年度
末にbasisを100,000×1.034=112,551とする。第4年度末にtime value所得擬制に係る租税負担として100,000×
(1.034-1.0214)=3883の税を課す。
13本成功して解散したならば、bet損益は130,000-112,551=17,449であり、×0.3=5235を納税し、130,000-
(3883+5235)=120,882を分配する。
投資家Mはbasisを第4年度末に100,000×1.0184=107,397に増やす。time value部分について100,000×
(1.0214-1.0184)=1272の追加課税をする 46。basisは107,397+1272=108,668(=100,000×1.0214)となる。受
領分配額とbasisとの差額120,882-108,668=12,214が投資家段階のbet益であり、12,214×(1-0.6/0.7)=1745
の追加課税を受ける。税引後残額は120,882-(1272+1745)=117,865となる。
成功本数s本の場合、bet損益は10,000s-100,000×1.034と表現される。
A国の課税(第4年度末換算)
time value部分の100,000(1.034-1.0214)=3883
bet部分の(10,000s-100,000×1.034)×0.3
B国の課税(第4年度末換算)
time value部分の100,000(1.0214-1.0184)=1272
bet部分の(10,000s-100,000×1.034)×(0.4-0.3)
出資/貸付BEITモデル
G社はtime value部分をCOCAとして控除し、第4年度末のbasisは100,000×1.034=112,551となり、time value
部分は非課税。
13本成功して解散した場合、G社の課税所得は130,000-112,551=17,449となり、×0.3=5235を納税する。
130,000-5235=124,765がMに分配される。
投資家Mは第1~第4年度末に順に3000、3054、3109、3165のtime value所得を擬制的に認識し、順に1200、
1222、1244、1266納税する。time value部分の納税額の第4年度末換算の経済実質的な負担は1200×1.033+
1222×1.032+1244×1.03+1266=5154(=100,000×(1.034-1.0184)と計算しても同じ)である。bet損益は、
124,765-{100,000×1.0184+(1200×1.033+1222×1.032+1244×1.03+1266)}=124,765-100,000×1.034
=12,214であり、12,214×(1-0.6/0.7)=1745(=(130,000-100,000×1.034)×(0.4-0.3)と計算しても同じ)の追
加課税を受ける。経済実質的な税引後残額は124,765-(5154+1745)=117,866となる。
A国の課税(第4年度末換算)
B国の課税(第4年度末換算)
time value部分について0
bet部分の(s×10,000-100,000×1.034)×0.3
time value部分の100,000×(1.034-1.0184)=5154
bet部分の(s×10,000-100,000×1.034)×(0.4-0.3)
time valueとrisk premiumとeconomic rent (difference)
100,000×1.034=112,551がtime value部分であるとすると、それを超過する部分がbet損益ということとなる。bet
損益はrisk premium部分と期待値からの乖離(differenceまたはeconomic rent部分と呼んでおく)からなる。
期待値はs=12.5であるから、125,000-112,551=12,449が期待bet損益(risk premium部分)といえる。
s=13ならば、期待値からの差+5000(economic rent部分)が生じる。
s=12ならば、期待値からの差-5000(economic rent部分)が生じる。
権利を買う(buy-in)場合もCBITの発想で課税すれば、time value部分の課税をA国は確保できる。
権利を買う(buy-in)場合もBEITの発想で課税すれば、time value部分の課税をA国は諦めることになる。
CBITでもBEITでも、bet部分はA国の課税に服している。
しかし権利を買う(buy-in)場合に、CBITまたはBEITの発想の課税と比べ、現行法下ではbet部分の課税ベー
スがA国から失われている。平均的には、期待bet損益(risk premium部分)の課税ベースがA国から失われてい
る(超過収益がA国からB国に移転していると表現される)。
45
CBIT 1.9モデルと計算方法が違っているので、CBIT 1.9モデルの方を書き換えるか、こちらの方を書き換える
か後で考察。
46
B国がアイルランドのように低税率(例えば10%)であれば、100,000×(1.0214-1.0274)=-2577より2577の還
付ということになる。還付付き間接外税控除は実際には採用されないと思われるが、ここでは思考の便宜のため
+と-の扱いを対称的にしておく。
12
MがG社の関係者である場合は、buy-inの場合であっても、CBITまたはBEITの発想で課税しようという提案が
受け容れられるかもしれない。MがG社と独立の投資家である場合にも、CBITまたはBEITの発想でbet部分のA
国の課税ベースを守るべきではないか、と私は考える。しかし、拒否反応が強いであろうと想像する。
私の主張は、所得の人的帰属(personal attribution)の適正さと、所得の地理的割当て(geographical allocation)
とを区別しようというものである。
4.2. 移転価格問題――人的帰属(personal attribution)
:本稿の対象外
(1) 交渉力
投資家Mがbuy-in契約を締結することができる相手がG社だけで、G社が自ら10万を借り入れる選択肢もある
ならば、Mは足元見られるはずではなかろうか、といった疑問が提起されうる 47。1/8の成功確率の100本のプロジ
ェクトについて、125,000÷1.034=111,061或いはそれよりは少し安い程度の価格が適正なbuy-in priceであると
の議論が出てきうる。
(2) 後知恵(hindsight)
投資家MがG社の関係者である場合、真の成功確率が1/8ではなく1/5だと知っているのではないと、といった
疑問が提起されうる。例えば、20本成功という事態があったとして、1/8の前提での契約はおかしいのではないか、
というhindsight 48の議論が出てきうる。但し実務家からは、hindsightは独立当事者間取引で滅多にないことなの
で、arm’s lengthの名の下にhindsightを用いることはおかしい、などと批判される。
移転価格問題において、【arm’s lengthに近づけること】が目標なのか、arm’s lengthに近づけるのは方便にす
ぎず 49【両国間で合意できるような所得配分基準を作ること】が目標なのか、で話が変わってくる。現行法下で後
者の議論は筋が悪い 50が、条約改正を含む立法論として後者の議論が持ちだされた場合、arm’s lengthからの
逸脱は許されないという批判は空振りとなる 51。
(1)の交渉力の問題、(2)のhindsightの問題は、重要と思うが、今日は焦点を当てる余裕がない。
4.3. arm’s lengthからの逸脱――地理的割当て(geographical allocation)
(3) time value部分について
仮に投資家Mが自己資本で10万の資金提供をしていたならば、A国でのR&Dに由来する(from whatの発
想)所得のうち通常収益(資本コスト3000)がMに帰属する。
BEITの発想でも、投資家と称すMの背後にA国居住投資家が居る場合、通常収益に対する居住課税管轄を
A国が有しているので課税漏れは生じない。BEIT提案は事業体レベルについて全世界連結納税を提唱する
が、投資家についてはCFC税制をpassive/activeの区別なく適用する発想に近いといえよう。
事業(production)がincome source (from where)であるとの発想ならば 52、G社がA国で生み出した付加価値が
Mに流出しているとし、A国が源泉課税管轄を行使する、ということが考えられる。ただし、外国投資家の対A国
投資資本にA国が課税すると、資本がA国に投資されなくなり、A国の資本が不足する、という恐れがある。この
恐れが深刻ならば、BEITに従い、A国はtime value部分に対する課税を諦めるべきである、という議論が説得力
を持ちうる 53。
事業を実際に遂行している場所(place of production)に課税権を割り当てると、租税競争(tax competition)の
圧力に晒される恐れがある 54。投資家MがA国から見て真に非居住者である(背後にA国居住投資家が居るわ
けでもない)という場合、通常収益(資本コスト部分)を非課税にすべしとの議論は説得力を持ちうる。4.1のモデ
47
註33のinvestor modelの発想。
1986年改正(super royalty条項)について中里実『金融取引と課税』_頁、金子宏「第1章 序説―意義と内
容」日税研論集64巻『移転価格税制の研究』3頁以下、5頁(2013.11)等参照。
49
岡村忠生「国際課税」『岩波講座 現代の法8』287頁以下、_頁(1997)。
50
註35のAvi-Yonahの議論に対する違和感。
51
国家間で合意できる所得配分基準はarm’s length以外に存在しない、といった批判となるであろう。
52
浅妻章如「所得源泉の基準、及びnetとgrossとの関係(3)」法学協会雑誌121巻10号1507頁以下、_頁(2004)
53
国際連盟時代の経済学者レポート(League of Nations: Economic and Financial Commission (Professors
Bruins, Einaudi, Seligman and Sir Josiah Stamp), REPORT ON DOUBLE TAXATION SUBMITTED TO THE FINANCIAL
COMMITTEE (Geneva, 1923))の提言に類似する発想。谷口勢津夫「モデル租税条約の展開(一)~租税条約に
おける「国家間の公平」の考察~」甲南法学25巻3・4号77頁以下、_頁(1985)参照。
54
浅妻章如「恒久的施設を始めとする課税権配分基準の考察―所謂電子商取引課税を見据えて―」国家学
会雑誌115巻3・4号321頁以下、_頁(2002)
48
13
ルでは所得の人的帰属に焦点を当てるため投資家Mが関連者であるか独立であるかの区別をしなかったが、
関連者か独立かで線引することは、今後もそれなりの意味を有し続ける可能性がある。
しかし、前二段落のような【事業場所に課税権を認めてもいいことない】という発想の下でも、A国が源泉課税
管轄として低率で課税し、投資家Mの居住課税管轄において外税控除で調整するという方策は考えられるとこ
ろである。それは現在までの租税条約の通例でもある。また、BEITの発想が投資呼び込みなどの観点から支持
されるとしても、BEITの発想に基づくと大富豪等がアメリカからモナコ等に本当に出国してしまった場合にはアメ
リカが課税できなくなるということであり、そこに私は懸念を抱く。
需要(demand)がsource (from where)であるとの発想によるならば 55、冒頭の図のような独西仏の需要に由来す
る事業利益にA国(アメリカ)は課税すべきでなく、逆に、アメリカ内での需要に由来する事業利益については投
資家が非居住者であろうともアメリカは課税して構わないという議論になる。
(4) risk premium部分(bet部分のうちs=12.5の部分)について
平均してrisk premium部分のG社からMへの移転が所得の人的帰属(personal attribution)として適切であると
いえるとしても、geographical allocationはA国にあるとの主張が考えられる 56。BEIT・CBITの発想は、超過収益
の関連者間配分基準について示唆をもたらさない。国際課税独特の議論となる。
personal attributionの観点からは、たといMがpaper companyであったとしても、超過収益がMに帰属するような
取引を直ちに否認できるとは限らない。
事業(production)がincome source (from where)であるとの発想ならば、risk premiumは人的配分基準にすぎ
ず事業ではないとして、(Mに帰属するとしても)B国での事業ではなくA国での事業に由来するA国源泉所得
であるとすることの正当化可能性が拓かれ、A国ががrisk premium部分について源泉徴収課税の網をかけること
も正当化されえよう。
但し、正当・不当ではなく、risk premium部分にA国が課税することで対内投資が過少になるとの恐れは存在
しうる。過小投資を恐れるならば、やはりA国は自発的に源泉課税管轄を諦めた方がいいかもしれない。しかし、
Mが関連者であるならば、課税しても対内投資は過小にならないであろう。57
需要(demand)こそがincome source (from where)であるとの発想によれば図ではgeographical allocationは独
西仏にあるということになる。
(5) economic rent (またはdifference)部分(bet部分のうちs=12.5からの差の部分)について
A国が課税してもA国への投資が過少となる恐れはない。
1/8の成功確率が真正なものであれば、s=12.5からの乖離の部分は正負両方に同様に出てくる可能性がある
ため、economic rent部分について課税してもA国の税収は増えない。
G社とMが共謀して成功確率についてA国課税庁に嘘をついてMに所得移転しようと企んでいる場合、
economic rent部分は全体としてはプラスとなり、A国がeconomic rent部分に課税することはA国の税収を増やす
可能性がある。(3)のhindsightが許されないとしても、期待値からの逸脱についてA国が課税すると宣言しておけ
ば、G社からMへの所得移転の企みに対する牽制として機能しえまいか。
5. 今後の課題
移転価格問題におけるOECD・IRS等における従来の議論は、超過収益力の(3の図で言えば)アメリカへの
取り戻し58である。これはpersonal attributionを念頭に置いた議論である。
本稿の主たる問題提起は、time value部分やrisk premium部分が(図で言えば)アメリカからアイルランドへ流
出することは許容されるのか、というものである。arm’s lengthとは別筋の議論であり、所得の地理的割当て
55
浅妻・註52、_頁、浅妻・註54、_頁。
OECDは、internal insurance(関連会社間ではなく本支店間・支店支店間)について、risk managing function
はeconomic ownership of insuranceではなくprovision of servicesとなることがあろう、と述べていた。OECD, 2010
Report on the Attribution of Profits to Permanent Establishments (22 July 2010)
(http://www.oecd.org/dataoecd/23/41/45689524.pdf), Part IV, paragraph 179 (p. 210). [Part I(一般事業会社に
ついて)のinternal insurance dealingの記述後日要検索]。
57
関連者間保険料控除は認めず、非関連者間保険料控除を認める、という発想が正当化されるかもしれない
が、非関連者間でも租税回避行為が仕組まれる(フィルムリース事件・最判平成18年1月24日民集60巻1号252
頁)ことを考えると、非関連者間保険料であっても控除を認めない(または源泉徴収課税の網をかける)べき取引
類型がありそうな気がする。
58
Action Plan註32では、arm’s length再考という課題のみならず、arm’s lengthからの逸脱の可能性も検討課題
として挙げており、arm’s lengthからの逸脱の考え方次第では本稿のようなモデルが有用となるかもしれない。
56
14
(geographical allocation)について国家間で合意が形成されることが望まれる(合意形成が可能であるとの見通
しを持っているわけではないものの)。
本稿では焦点を当てていないが、R&D等実際の事業活動地にtime value部分やrisk premium部分を含めた
課税権を配分しても、租税競争の圧力の下で資本逃避を恐れて課税できなくなる(自発的に課税を諦める)恐
れがある。図でいえば独西仏などの需要・消費・仕向地国(demand, consumption, destination)に課税権を配分
すべきではないか 5960という議論に繋がる。ただし、付加価値税が既に仕向地主義で課されている(デジタル取
引については課題が残るが)中で、法人税の世界でも仕向地主義に揃えよとしてしまうと、法人税って要らない
よねという話にもなりかねないし、仕向地主義に揃えるということへの世界的が合意が達成できるとも想像しにく
い、等の難点はある。
59
浅妻章如「恒久的施設を始めとする課税権配分基準の考察―所謂電子商取引課税を見据えて―」国家学
会雑誌115巻3・4号321頁以下、_頁(2002)でこういう主張を書いた当時、目立つ論客はAvi-Yonahくらいであっ
たと記憶している(Reuven S. Avi-Yonah, Globalization, Tax Competition, and the Fiscal Crisis of the Welfare
State, 113 Harvard Law Review 1573 (2000))。尤も、Avi-Yonahの意見と私の意見はかぶる部分も少なくないも
のの、今ひとつAvi-Yonahの言わんとする事を掴みきれてはいない。例えば、Reuven S. Avi-Yonah, Commentary,
53 Tax Law Review 167 (2000)では事業所得-源泉地課税、投資所得-居住地課税を基本と考えており、説修論
とは異なる。
ところが、近年アメリカの学界では、full inclusionかterritorialかの論争の裏で、需要に基づく課税権配分へ向
けた議論も盛り上がりつつあり、とりわけ、Michael J. Graetz & Rachael Doud, Technological Innovation,
International Competition, and the Challenges of International Income Taxation, 113 Columbia Law Review
347-445 (2013) (http://www.columbialawreview.org/wp-content/uploads/2013/03/Graetz-Doud.pdf)(紹介:増井
良啓「【海外論文紹介】Graetz教授らによる技術革新と国際課税に関する論文を読む」租税研究762号272頁
(2013.4))の影響が強いように見受けられ、更にDaniel N. Shaviro, Fixing U.S. International Taxation (NYU)
(http://web.law.columbia.edu/sites/default/files/microsites/law-theory-workshop/files/DShaviro.pdf 第1章)も最
終章で仕向地主義課税を提唱する(元ネタはおそらくDaniel N. Shaviro, Replacing the Income Tax With a
Progressive Consumption Tax, 103 Tax Notes 91 (April 5, 2004))ようである。
60
CEN, CIN, CONについて長戸貴之書評・国家学会雑誌2013年12月予定、Michael J. Graetz & Alvin C.
Warren, Jr., Income Tax Discrimination and the Political and Economic Integration of Europe, 115 Yale L. J. 1186
(2006) (増井良啓紹介・租税研究684号117頁2006年); Ruth Mason & Michael S. Knoll, What Is Tax
Discrimination? , 121 Yale Law Journal 1014 (2012) (http://ssrn.com/abstract=1647014); Michael J. Graetz &
Alvin C. Warren, Jr., Income Tax Discrimination: Still Stuck in the Labyrinth of Impossibility, 121 Yale Law
Journal 1118 (2012) (http://ssrn.com/abstract=1923809); Ruth Mason & Michael S. Knoll, Waiting for Perseus:
A Sur-Reply to Professors Graetz and Warren, 66 Tax Law Review __ (forthcoming 2014)
(http://ssrn.com/abstract=2354004)参照。
Fly UP