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論 文 - 租税資料館

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論 文 - 租税資料館
家族信託を巡る課税関係について
―受益者連続型信託を中心として―
萩生田 宗司
「家族信託を巡る課税関係について」
-受益者連続型信託を中心として-
國學院大學大学院
萩生田
要
宗司
旨
新信託法は、平成18年12月8日に成立し、同月15日に公布され、80余年ぶりに全面
改正されることとなった。これを受けて、信託税制も平成19年に横断的に改正されて
いる。
本論文では、本改正により認められた信託の中で、新信託法第89条(受益者指定権
等の定めのある信託)、同法第90条第1項(遺言代用信託)、同法第91条(後継ぎ遺贈型受
益者連続型信託)の課税関係を検討している。これらの信託は「家族信託」の一類型
と考えられ、残された配偶者および障害者の子の生活保障等において、委託者の意思
に沿った財産承継の手段の一つとして活用が期待されている。しかし、現時点では、
信託税制自体が租税回避行為の防止に重きを置いている結果、課税が重く、家族信託
の利用は活発とはいえない状況である。
本論文では、まず、第1章において、家族信託並びに信託自体の概要を述べる。第1
節では、家族信託の範囲を明らかにし、「資産承継型」における信託税制の課税問題
に着目することを述べる。第2節では、信託自体の構造を確認し、信託の方法(新信託
法第3条)、信託の効力発生時期(同法第4条)、信託の機能について検討した。第3節で
は、信託の当事者となる「委託者」「受託者」「受益者」の新信託法における定義と、
各者が有する権限・義務等を確認した。また「受益者」は新信託法において「受益権
を有する者」(新信託法第2条第6項)と定義されていることから、「受益権」の定義に
ついても確認した。第4節では、新信託法により創設された第89条、第90条1項、第
91条を検討した。
第2章では、第1節および第2節において、大正11年に信託税制が制定されてから平
成19年に信託税制が改正されるまでの変遷を検討している。信託は、従前から租税回
要旨 1
避に用いられやすく、受益者が不特定または未存在の場合に所得等の帰属とその課税
は、委託者か、それとも受託者かという議論があった。また、相続税法においても、
信託受益権の課税時期について、信託設定時に課税されるべきか、それとも信託受益
権の受益を現実に受けた段階で受益権全体について課税すべきか(現実受益時課税)と
いう議論があり、現行法では信託設定時課税を採用しているが、改正が幾度となく行
われていた。信託税制の変遷を辿ることにより、所得税および法人税の場面では導管
理論の下での受益者課税(受益者が不特定または未存在の場合には委託者課税)、相続
税および贈与税の場面では信託設定時課税、という2つの原則に支えられていたこと
が判明した。第3節では、上記2つの原則に対する諸学説をまとめた。
第3章では、現行信託税制を検討している。現行信託税制では、改正前の税務上の
区分を踏まえつつ、新たな概念として、(イ)受益者等課税信託、(ロ)集団投資信託又
は特定公益信託等、(ハ)法人課税信託、の三つに信託を区分している。一般的な信託
は(イ)に含められ、所得税法第13条の適用を受ける。受益者等課税信託では、旧信託
税制と同様、導管理論の下での受益者課税が採用されているが、受益者が不特定また
は未存在の場合に適用されていた委託者課税は廃止されている。その代わりに、受益
者と同等の地位を有する者を「みなし受益者」(相続税法では「特定委託者」という。)
と定めて、信託財産に属する資産および負債を有するとみなし、また、信託財産に帰
属する収益および費用も当該みなし受益者に帰属する、というみなし規定が創設され
た。そして受益者およびみなし受益者から外れたものは「受益者等が存しない信託」
として法人課税信託の一類型となり、受託者に課税される仕組みとなっている。また、
相続税法では、受益者等課税信託については相続税法第9条の2が適用され、受益者等
が存しない信託には、特例として相続税法第9条の4、相続税法第9条の5が適用され
る。それを踏まえて、受益者等課税信託と受益者等が存しない信託の税法規定を整理
し、課税関係を明らかにした。現行信託税制では、各税法規定において、一環として、
租税回避行為の防止に重きを置いていることが判明した。
第4章では、「後継ぎ遺贈」と同様の効果を有する受益者連続型信託の課税問題を
検討した。第1節では、後継ぎ遺贈の学説を整理し、後継ぎ遺贈の有効性が初めて争
われた最判昭和58年3月18日判決を検討し、遺言の解釈として4つの解釈(単純遺贈説、
負担付贈与説、停止条件付遺贈説、不確定期限付遺贈説)を行うことが可能であると
要旨 2
判示したその解釈の課税関係を明らかにした。第2節では、相続税法第9条の3の受益
者連続型信託の規定を検討している。この結果、後続受益者に対する課税と比較して
第一次受益者に対する課税が過剰になるという問題や、受益権を分割し収益受益権の
みしか有さない者に対しても信託元本を有すると擬制され信託財産全体の価額が課
されてしまうという問題が抽出された。また、第二次受益者が委託者と親族であるが、
第一次受益者とは相続人関係でない場合には、第二次受益者は法定相続人外から取得
したとして、相続税法第18条の2割加算の対象となり税負担が増すという問題もあっ
た。加えて、受益者連続型信託の課税関係によると、受益権の移転は、先行受益者か
らそのつど相続等があったものとみなされて後続受益者は課税されるという法律構
成となっており、これは、後続受益者が取得する受益権は先行受益者の受益権が消滅
し委託者から直接相続等により取得するという新信託法の解釈と異なる。
筆者は、私人間が選択した信託契約を含む法律関係に係る課税については、その実
態を踏まえて課税すべきであり、私法上の法律構成に基づき課税関係を構築すべきで
あると考える。したがって、新信託法第91条に規定する後継ぎ遺贈型受益者連続型信
託を相続税法第9条の3の適用対象から除外して、後継ぎ遺贈(そのうち、後継ぎ遺贈
の停止条件付遺贈の解釈)の法律関係に準拠して課税関係を構築すべきことを提言し
た。
具体的には、まず信託設定時には、第一次受益者は受益権を委託者から遺贈により
取得したものとして相続税を課税する。また第一次受益者が有する受益権が分割され
ている場合でも、第一次受益者に対し信託財産全体を課税する。一方、第二次受益者
は信託設定時には受益者としての権利を現に有していないことから、この時点で課税
関係は生じない。そして、第二次受益者は第一次受益者の死亡時に、委託者から直接
信託財産を遺贈により取得したものとして信託財産全体を課税する。また、第一次受
益者が現実に受益しなかった部分の納付済みの相続税については、第一次受益者の死
亡時に更正の請求を認めて還付を可能にさせるという方式である。
相続税法第 9 条の 3 の種々の問題点の結果、委託者が後継ぎ遺贈型受益者連続型信
託を組成しにくいという実態に着目し、委託者の観点から後継ぎ遺贈型受益者連続型
信託を組成する実効性を高めるものとして、上記の方式を提言した。
要旨 3
家族信託を巡る課税関係について
-受益者連続型信託を中心として-
國學院大學大学院
萩生田
目
宗司
次
は じ め に ...................................................................................................... 1
第 1章
家 族 信 託 の 概 要 ............................................................................... 3
第 1節
家 族 信 託 と は ............................................................................... 3
第 1款
信 託 の 起 源 ................................................................................ 3
第 2款
我 が 国 に お け る 信 託 の 発 展 ........................................................ 4
第 3款
本 論 文 が 対 象 と す る 家 族 信 託 と は .............................................. 5
第 2節
信 託 の 構 造 ................................................................................... 9
第 1款
信 託 と は ................................................................................... 9
第 2款
信 託 の 方 法 .............................................................................. 10
第 3款
信 託 の 効 力 発 生 時 期 ................................................................ 13
第4款
信 託 の 機 能 .............................................................................. 14
第3節
新 信 託 法 に お け る 委 託 者 、 受 託 者 、 受 益 者 お よ び 受 益 権 の 定 義 .... 18
第1款
委 託 者 .................................................................................... 18
第2款
受 託 者 .................................................................................... 19
第3款
受 益 者 と 受 益 権 ....................................................................... 20
第4節
新 信 託 法 に よ り 認 め ら れ た 信 託 ................................................... 22
第1款
受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者 の 定 め の あ る 信 託 ............................ 22
第2款
遺 言 代 用 信 託 .......................................................................... 24
第3款
後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 ................................................ 26
第 2章
第1節
信 託 税 制 の 変 遷 ............................................................................. 28
所 得 税 法 に お け る 変 遷 ................................................................ 28
目次 1
第1款
大 正 11 年 改 正 ......................................................................... 28
第2款
昭 和 15 年 改 正 ........................................................................ 32
第2節
相 続 税 法 に お け る 変 遷 ................................................................ 36
第1款
大 正 11 年 改 正 ......................................................................... 36
第2款
大 正 15 年 改 正 ........................................................................ 40
第3款
昭 和 13 年 改 正 ........................................................................ 42
第4款
昭 和 22 年 改 正 ........................................................................ 45
第5款
昭 和 25 年 改 正 ........................................................................ 49
第3節
第 3章
旧 信 託 税 制 に 対 す る 問 題 点 ......................................................... 53
現 行 信 託 税 制 の 検 討 ...................................................................... 56
第1節
所 得 税 法 お よ び 法 人 税 法 に お け る 規 定 ......................................... 56
第1款
現 行 信 託 税 制 の 分 類 ................................................................ 56
第2款
受 益 者 等 課 税 信 託 の 課 税 関 係 ................................................... 58
第3款
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 課 税 関 係 ......................................... 70
第2節
相 続 税 法 に お け る 規 定 ................................................................ 74
第1款
受 益 者 等 課 税 信 託 の 課 税 関 係 ................................................... 74
第2款
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 課 税 関 係 ......................................... 84
第 4章
受 益 者 連 続 型 信 託 の 課 税 問 題 と そ の 提 言 ........................................ 90
第1節
私 法 に お け る 後 継 ぎ 遺 贈 を 巡 る 論 点 整 理 ..................................... 90
第1款
後 継 ぎ 遺 贈 の 学 説 .................................................................... 90
第2款
後 継 ぎ 遺 贈 の 効 力 を 巡 る 判 例 ................................................... 92
第3款
米 倉 論 文 の 登 場 ....................................................................... 95
第4款
後 継 ぎ 遺 贈 の 課 税 関 係 ............................................................. 97
第2節
受 益 者 連 続 型 信 託 の 課 税 問 題 と 提 言 .......................................... 101
第1款
新 信 託 法 に よ り 認 め ら れ た 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 ...... 101
第2款
相 続 税 法 上 の 受 益 者 連 続 型 信 託 の 範 囲 .................................... 103
第3款
受 益 者 連 続 型 信 託 の 課 税 関 係 ................................................. 105
第4款
受 益 者 連 続 型 信 託 の 問 題 点 .................................................... 109
目次 2
第5款
若 干 の 提 言 ............................................................................ 114
参 考 文 献 .................................................................................................. 116
凡例
1. 本 論 文 に お け る 信 託 法 は 以 下 の も の を 指 す 。
旧 信 託 法 … 大 正 11 年 4 月 21 日 公 布 、 大 正 12 年 1 月 1 日 施 行
新 信 託 法 … 平 成 18 年 12 月 15 日 公 布 、 平 成 19 年 9 月 30 日 施 行
2. 本 論 文 で 用 い た 略 語 は 以 下 の と お り で あ る 。
地判…地方裁判所
高判…高等裁判所
最判…最高裁判所
目次 3
はじめに
新 し い 信 託 法( 以 下 、本 論 文 で は「 新 信 託 法 」と い う 。そ れ 以 前 の も の を「 旧
信 託 法 」と い う 。)は 、平 成 18 年 12 月 8 日 に 参 議 院 本 会 議 で 可 決 成 立 し 、同 月
15 日 に 信 託 法 ( 平 成 18 年 法 律 第 108 号 ) お よ び 信 託 の 施 行 に 伴 う 関 係 法 律 の
整 備 等 に 関 す る 法 律 と し て 公 布 さ れ た 。 大 正 11 年 に 制 定 さ れ た 旧 信 託 法 は 、 そ
れ ま で に 実 質 的 な 改 正 が 一 度 も 行 わ れ て お ら ず 、 80 余 年 ぶ り に 全 面 改 正 さ れ る
こととなった。
本 改 正 は 、今 日 の 社 会 経 済 の 発 展 や 社 会 環 境 の 変 化 等 の 観 点 か ら 、多 様 な 信 託
の利用形態に対応するために改正されたものであり、受託者の義務等の明確化、
受 益 者 の 権 利 行 使 の 実 効 性 を 促 す た め の 規 定 の 整 備 が 行 わ れ て い る 。新 信 託 法 改
正 で は 、従 前 で は 認 め ら れ て い な か っ た 、自 己 信 託 、受 益 者 連 続 型 信 託 、受 益 証
券発行信託、限定責任信託、目的信託等を活用することが可能となった。
こ の よ う に 、新 信 託 法 に よ っ て 多 様 な 形 態 の 信 託 が 利 用 で き る よ う に な っ た こ
と を 受 け て 、 信 託 税 制 も ま た 平 成 19 年 に 横 断 的 に 改 正 さ れ た 。 所 得 税 法 第 13
条 、 法 人 税 法 第 12 条 は 、 導 管 理 論 の 下 で の 受 益 者 課 税 は 旧 信 託 税 制 と 変 わ り な
い が 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に 適 用 さ れ て い た 委 託 者 課 税 は 廃 止 さ
れ た 。 そ の 代 わ り に 、 受 益 者 と 同 等 の 地 位 を 有 す る 者 を 「 み な し 受 益 者 」( 相 続
税 法 で は 「 特 定 委 託 者 」 と い う 。) と 定 め て 、 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債
を 有 す る と み な し 、ま た 、信 託 財 産 に 帰 属 す る 収 益 お よ び 費 用 も 当 該 み な し 受 益
者 に 帰 属 す る と み な し て 課 税 す る 、と い う み な し 規 定 が 創 設 さ れ て い る 。そ し て
受 益 者 お よ び み な し 受 益 者 か ら 外 れ た も の は「 法 人 課 税 信 託 」と し て 受 託 者 に 課
税される仕組みが採用されている。
こ の 、み な し 規 定 は 一 般 的 に 委 託 者 が 信 託 を 用 い て 所 得 分 割 を 図 る 租 税 回 避 を
防 止 す る た め に 規 定 さ れ た 概 念 と さ れ る 。従 来 か ら 、信 託 税 制 は 租 税 回 避 に 用 い
ら れ や す く 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に 所 得 等 は 誰 に 帰 属 さ れ る の か 、
委 託 者 か 、そ れ と も 受 託 者 に 課 税 さ れ る べ き か 、と い う 議 論 が あ っ た 。ま た 、相
続 税 法 に お い て も 、信 託 受 益 権 の 課 税 時 期 に つ い て 、信 託 設 定 時 に 課 税 さ れ る べ
き か 、そ れ と も 信 託 受 益 権 の 受 益 を 現 実 に 受 け た 段 階 で 受 益 権 全 体 に つ い て 課 税
1
す べ き か 、と い う 議 論 が あ り 、現 行 法 は 最 終 的 に 信 託 設 定 時 課 税 を 採 用 し て い る
が、改正が幾度となく行われた過去がある。
こ の よ う に 、所 得 税 法 お よ び 法 人 税 法 並 び に 相 続 税 法 に お い て 問 題 が 複 雑 に 絡
み 合 っ て い る が 、一 環 と し て 、現 行 税 制 が 租 税 回 避 行 為 の 防 止 に 重 き を 置 い て い
る こ と が 背 景 に あ る と 推 測 さ れ る 。こ れ ら の 議 論 を 整 理 し た う え で 、現 行 法 で は
どのような手当てがなされているのかを検討する。
加 え て 、本 論 文 で は 、新 信 託 法 で 創 設 さ れ た 信 託 の 中 で も 受 益 者 連 続 型 信 託 に
着 目 す る 。 受 益 者 連 続 型 信 託 は 家 族 信 託 1の 一 類 型 で あ り 、 少 子 高 齢 化 が 問 題 と
な っ て い る 今 日 、残 さ れ た 配 偶 者 お よ び 障 害 者 の 子 の 生 活 保 障 や 、老 い た 経 営 者
に よ る 中 小 企 業 の 事 業 承 継 に お い て 、信 託 の 委 託 者 の 意 思 に 沿 っ た 財 産 承 継 の 手
段 の 一 つ と し て そ の 活 用 が 期 待 さ れ て い る と こ ろ で あ る 。と は い え 、現 時 点 で は
我 が 国 に お け る 信 託 の 利 用 は 商 事 信 託 が 主 だ っ た 背 景 と 、信 託 税 制 自 体 が 租 税 回
避 行 為 の 防 止 に 重 き を 置 い て い る 結 果 、課 税 が 重 く 、財 産 管 理 制 度 と し て の 家 族
信 託 の 利 用 は 活 発 と は い え な い 状 況 に あ る 。も と よ り 、高 齢 社 会 に 対 応 で き る 信
託として従前から後継ぎ遺贈型の受益者連続型信託は着目されたところであり、
信 託 法 に お い て も 後 継 ぎ 遺 贈 の 有 効 性 に つ い て 議 論 が さ れ て い た 。今 日 に お い て
も 、後 継 ぎ 遺 贈 は 民 法 上 否 定 的 な 見 解 が 通 説 で は あ る が 、信 託 法 改 正 に よ り 、新
信 託 法 第 91 条 で 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 の 規 定 が 明 文 化 さ れ た こ と で 、
後 継 ぎ 遺 贈 と 同 様 の 効 果 を 有 す る 信 託 の 活 用 が 認 容 さ れ た こ と に な る 。本 論 文 は
特に、相続税法第 9 条の 3 に規定する受益者連続型信託を検討し、課税上の問
題 点 を 抽 出 す る 。そ し て 、税 制 が 受 益 者 連 続 型 信 託 の 活 用 を 阻 害 す る こ と の な い
ように在るべき課税方法の提言を行う。
1
「家族信託」という用語については民法、信託法、税法においても明確な定義はない。
た だ 、 平 成 18 年 制 定 の 新 信 託 法 で は 、 新 た に 受 益 者 で あ る 親 族 の 生 活 保 障 等 の 福 祉 的 機
能を持つ信託を認めることとなった。そして、多くの学者や実務家はこのような信託を、
明 確 な 定 義 づ け を せ ず 、「 民 事 信 託 」 や 、「 福 祉 型 信 託 」、「 家 族 信 託 」 等 と い っ た 様 々 な 呼
称で紹介している。そこで本論文は、このような福祉的機能を持つ信託を「家族信託」と
呼び、商事信託と対比される民事信託の中核的に位置するものとして考える。すなわち、
私人が自己の死亡や老いることによる判断力の喪失等の事態に備えて、契約または遺言に
よる信託の設定を通じて、残された配偶者その他の親族に対し、生活保障や財産承継等を
達成することを目的として、自己の財産につき自己の希望を反映する形で生存中または死
亡後の財産管理・承継を可能にする信託を「家族信託」として指すこととする。
2
第 1章
家族信託の概要
第 1節
家族信託とは
第 1款
信託の起源
信 託 と は 、財 産 権 を 有 す る 者 が 自 己 ま た は 他 人 の 利 益 の た め に 当 該 財 産 権 を 管
理 者 に 管 理 さ せ る 財 産 管 理 制 度 の ひ と つ で あ る 。 信 託 の 起 源 は 、 13 世 紀 頃 の イ
ギ リ ス に お い て 普 及 し た 法 制 度 で あ る ユ ー ス ( use) 制 度 が 起 源 と さ れ る 。
ユ ー ス 制 度 は 、イ ギ リ ス 十 字 軍 の 出 兵 の 際 に 、兵 士 が 残 さ れ る 妻 子 の 生 活 を 危
惧 し て 、自 己 の 土 地 の 管 理 を 信 頼 で き る 他 人 に 頼 み 、そ し て 委 託 を 受 け た 者 は 当
該 土 地 を 適 切 に 管 理 し 、残 さ れ た 家 族 に 対 し て 収 益 を 給 付 す る と い う 形 式 で 利 用
さ れ た 。 そ の 後 、 14 世 紀 に な る と 、 ユ ー ス は 多 様 な 目 的 で 利 用 さ れ る こ と と な
り 、当 時 の 封 建 的 負 担 に 対 す る 脱 法 的 手 段 や 、課 税 の 潜 脱 的 な 手 段 と し て も 濫 用
さ れ る こ と と な っ た 2 。そ し て 、15 世 紀 に な り バ ラ 戦 争( 1455-1485 年 )が 勃 発
す る と 、戦 争 で 敗 軍 に 付 い て し ま い 領 地・財 産 が 没 収 さ れ る こ と を 恐 れ て 、国 中
の 封 建 貴 族 た ち が 財 産 保 全 に 図 り 、ユ ー ス は 最 盛 を 極 め た の で あ る 。こ の よ う に 、
ユース制度は当時の社会ニーズを解決する財産管理制度としての色彩が強かっ
た。
そ の 後 、ユ ー ス は 、受 託 者 の 約 束 違 反 に よ り 受 益 者 が 損 を 被 る 事 案 が 増 え た こ
と や 、脱 法 的 行 為 が 横 行 し た こ と を 理 由 に 1535 年 に「 ユ ー ス 禁 止 法 」が 公 布 さ
れ 廃 れ て い っ た 。し か し 、そ の 後 次 第 に 旧 来 の 封 建 的 負 担 の 大 部 分 が 廃 止 さ れ た
こ と 、1634 年 に エ ク イ テ ィ 裁 判 所 に お い て「 ダ ブ ル ユ ー ス 3 」の 合 法 性 が 承 認 さ
れ た こ と を 理 由 と し て 、通 常 の ユ ー ス が 再 び 認 め ら れ る こ と と な っ た 。こ れ に よ
り 、ユ ー ス は 復 活 し 、新 た に 人 と 人 の 信 頼 を 示 す ト ラ ス ト( trust)と い う 言 葉 が
確立された。
2
3
新 井 誠 [ 1] p.8
新 井 [ 1] pp.11-13
ダブルユースとは、ユース禁止法を潜脱するために考案された手法であり、委託者が受
益者のためのユース(第一ユース)として受託者に財産を譲渡して、さらにこの受益者
は別の(本命の)受益者のためのユースとして(第二ユース)財産権を保有するという
手法である。
3
イギリスにおいて発展したトラスト制度はやがてアメリカに渡ることとなる
が 、そ こ で 継 承 さ れ た 信 託 は 、イ ギ リ ス で 発 展 し た 財 産 管 理 と い う 民 事 的 色 彩 は
影を潜め、対照的に商事的色彩を強く有することとなった。この背景としては、
アメリカでは開拓のための利益追求手段として信託が活用されたことが挙げら
れ る 。信 託 は 開 発 者( 受 託 者 )側 か ら は 開 発 で 必 要 と な る 膨 大 な 資 金 調 達 の 手 段
と し て 、資 金 提 供 者( 委 託 者・受 益 者 )側 か ら は そ の 開 発 か ら 得 ら れ た 収 益 を 目
的 と し た 投 資 手 段 と し て 定 着 し た 。つ ま り ア メ リ カ で は 信 託 を ビ ジ ネ ス の 一 手 段
と し て 発 展 し た の で あ る 4。
第 2款
我が国における信託の発展
我 が 国 の 信 託 法 制 は 、基 本 的 に は ア メ リ カ に お い て 発 展 し た 商 事 的 色 彩 を 持 つ
信 託 制 度 を 規 範 に し て い る と い わ れ て い る 5。 法 制 度 と し て 信 託 が 導 入 さ れ た の
は 1905 年 の「 担 保 附 社 債 信 託 法 」で あ る 。こ の 当 時 の 我 が 国 は 日 露 戦 争 の 復 興
期 で あ り 、外 貨 を 獲 得 す る 目 的 で 担 保 附 社 債 信 託 が 創 設 さ れ た 。当 時 、社 債 は ロ
ン ド ン 市 場 で 発 行 し な け れ ば な ら な か っ た が 、ロ ン ド ン 市 場 に お け る 担 保 附 社 債
信 託 は 、担 保 権 を 信 託 財 産 、社 債 発 行 会 社 を 委 託 者 、社 債 権 者 を 受 益 者 と す る 信
託 が 利 用 さ れ て お り 、担 保 附 社 債 信 託 法 は こ れ を 我 が 国 で も 導 入 す る た め に 創 設
さ れ た 6。
そ の 後 、大 正 初 期 の 経 済 発 展 に 支 え ら れ 、信 託 ブ ー ム と い う べ き 社 会 現 象 が 起
き た が 、不 動 産 仲 介 、高 利 貸 、投 資 等 と い っ た 法 的 に は 信 託 の 観 念 と は 無 関 係 な
信 託 が 濫 用 さ れ る 事 態 が 生 じ た 。こ の 事 態 を 踏 ま え 、大 蔵 省 は こ の よ う な 不 健 全
な 業 者 を 規 制 あ る い は 取 り 締 ま る こ と を 主 眼 に 1922 年 に 規 制 法 で あ る「 信 託 業
法 」に 加 え て 、実 体 法 で あ る「 信 託 法 」を 創 設 す る に 至 っ た 。す な わ ち 、我 が 国
の信託法制は、英米のように利用者側の社会的ニーズから誕生したのではなく、
取締法規としての側面を出発点として成立したのである。
そ し て 、 1952 年 に は 「 貸 付 信 託 法 」 が 創 設 さ れ 、 金 銭 信 託 が 定 型 的 か つ 小 口
化 さ れ た こ と に よ り 、信 託 は 大 衆 化 さ れ た と 同 時 に 預 金 類 似 の 側 面( 長 期 金 融 機
4
5
6
新 井 誠 [ 1] p.14
新 井 誠 [ 1] p.16
高 橋 研 [ 45] p.4
4
能 ) が 強 く な っ た 。 貸 付 信 託 と は 、 集 団 信 託 7の 一 類 型 で あ り 、 多 数 の 委 託 者 か
ら 信 託 財 産 で あ る 資 金 を 募 り 、そ れ を 第 三 者 に 対 し て 貸 付 け て 運 用 し 、投 機 す る
手 法 で あ る 。貸 付 信 託 で は 、金 融 機 関( 信 託 銀 行 )の み が 受 託 者 の 地 位 を 担 う た
め 、規 制 法 と し て 1943 年 に「 金 融 機 関 の 信 託 業 務 の 兼 営 に 関 す る 法 律 」、い わ ゆ
る、
「 兼 営 法 」が 創 設 さ れ て い る 。1952 年 以 降 、長 い 間 貸 付 信 託 は 我 が 国 に お け
る 信 託 の 主 力 商 品 で あ っ た 。 1980 年 代 に 突 入 す る と 、 土 地 信 託 や 指 定 金 外 信 託
等が登場し、近年でも年金信託、証券信託、資産流動型信託等が新たに登場し、
我が国では商事信託を中心に、信託の種類が多岐に広がったのである。
第 3款
本論文が対象とする家族信託とは
こ の よ う に 、我 が 国 の 信 託 は 、信 託 銀 行 を 受 託 者 と す る 商 事 信 託 を 中 心 と し て
発 展 し た た め 、財 産 管 理 を 目 的 と し た 民 事 的 色 彩 を 持 つ 信 託 、い わ ゆ る 民 事 信 託
の 活 用 は さ れ な か っ た 。し か し 、今 日 の よ う に 少 子 高 齢 化 お よ び 核 家 族 化 の 時 代
が 到 来 し た た め 、い わ ゆ る「 親 亡 き 後 」問 題 や「 配 偶 者 亡 き 後 」問 題 と い っ た 問
題 が 顕 在 化 さ れ 、 財 産 管 理 制 度 と し て の 信 託 へ の ニ ー ズ が 促 さ れ た 8。 実 際 、 信
託 法 改 正 の 審 議 過 程 の 中 で 、平 成 17 年 7 月 15 日 、信 託 法 部 会 で 決 定 さ れ た「 信
託 法 改 正 要 綱 試 案 」 の 中 に は 、「 い わ ゆ る 民 事 信 託 を 主 と し て 念 頭 に 置 い た 規 律
関 係 」 が 盛 り 込 ま れ て い た 9 。 こ う し た 流 れ を 受 け 新 信 託 法 は 、 平 成 18 年 に 可
決 ・ 成 立 し 、 大 正 11 年 に 制 定 さ れ た 旧 信 託 法 が 80 余 年 ぶ り に 全 面 改 正 さ れ る
こ と と な っ た が 、そ の 結 果 、前 述 し た よ う に 、本 改 正 に よ り 、自 己 信 託 、遺 言 代
用 信 託 、受 益 者 連 続 型 信 託 、目 的 信 託 等 と い っ た 財 産 管 理 を 目 的 と す る 民 事 信 託
の活用が明文上可能となった。
そ も そ も 、「 商 事 信 託 」、「 民 事 信 託 」 と い う 概 念 は 民 法 、 信 託 法 、 税 法 、 い ず
新 井 誠 [ 1] p.96
集団信託とは「不特定多数の委託者から拠出された財産を、1 つのまとまった集団とし
て、一括して管理・運用するという形態」である。
8 日 本 弁 護 士 連 合 会 [ 58]
、 p.3( 2012)
日本弁護士連合会は「親亡き後」問題とは、障害のある子について、親が死亡した後の
財 産 管 理 等 の 問 題 を 指 し 、「 配 偶 者 亡 き 後 」 問 題 と は 、 身 体 的 な 障 害 ま た は 認 知 症 等 に よ
り財産管理が不可能または困難な高齢者について、配偶者が死亡した後の財産管理等の
問題である、と説明している。
9 法 務 省 民 事 局 参 事 官 室 [ 66] pp.45-47
7
5
れ を と っ て も 明 確 な 定 義 は 存 在 し な い 10 。神 田 秀 樹 教 授 に よ る と 、商 事 信 託 と は 、
「営業信託において受託者が果たす役割の中心が信託財産の受動的な管理また
は 処 分 を こ え る 場 合 、あ る い は そ れ と は 異 な る 場 合 」と 定 義 し 、他 方 、民 事 信 託
と は 、「 受 託 者 が 果 た す 役 割 が 受 動 的 な 財 産 の 管 理 ま た は 処 分 に と ど ま る 場 合 」
と 定 義 さ れ て い る 11 。同 じ く 、神 田 秀 樹 教 授 は 民 事 信 託 の 本 質 は「 信 託 財 産 の 存
在 」と「 委 託 者 の 意 思 」に あ り 、こ れ に 対 し て 、商 事 信 託 は こ の 二 要 素 の 存 在 が
必 須 条 件 で は な い と 説 明 さ れ て い る 12 。ま た 、信 託 法 の 改 正 法 案 作 成 を 担 当 し た
寺 本 昌 広 氏 は 、民 事 信 託 を「 典 型 的 に は 、私 人 が 、自 己 の 死 亡 や 適 正 な 判 断 力 の
喪 失 等 の 事 態 に 備 え て 、契 約 又 は 遺 言 に よ る 信 託 の 設 定 を も っ て 、自 己 の 財 産 に
つ き 生 存 中 又 は 死 亡 後 の 管 理・承 継 を 図 ろ う と す る 場 合 な ど を 想 定 し て い る 。こ
の よ う な 信 託 の 利 用 は 、自 分 自 身 、配 偶 者 そ の 他 の 親 族 の 生 活 保 障 あ る い は 有 能
な 後 継 者 の 確 保 に よ る 家 業 の 維 持 等 の 目 的 を 達 成 す る 上 で 有 益 で あ る 」と 説 明 さ
れ て い る 13 。
ま た 、実 務 家 の 遠 藤 英 嗣 氏 は 、著 書『 新 し い 家 族 信 託
遺 言 相 続 、後 見 に 代 替
す る 信 託 の 実 際 の 活 用 法 と 文 例 』 の 中 で 、「 寺 本 昌 広 参 事 官 の 説 明 し て い る 民 事
信 託 こ そ が 、 筆 者 が 紹 介 す る 家 族 信 託 な の で あ る 。」 と 説 明 す る と と も に 、 同 じ
く 、「 家 族 信 託 は 民 事 信 託 の 中 核 に 位 置 し 、 さ ら に 家 族 信 託 の 中 心 に あ る の が 福
祉 型 信 託( 福 祉 型 家 族 信 託 )で あ る 。」と 説 明 さ れ て い る 14 。こ れ ら 学 者・実 務 家
の 見 解 を ま と め る と 、「 商 事 信 託 」 と 「 民 事 信 託 」、「 家 族 信 託 」 の 範 囲 は 以 下 の
図 の よ う に 表 す こ と が で き る ( 第 1 図 )。
四 宮 和 夫 [ 36] pp.45-46
四宮和夫教授は、商事信託を営業信託、民事信託を非営業信託と称している。信託の引
受けが営業としてなされる商事信託では、信託会社が受託者となる場合は信託業法の、
また、信託銀行が信託業を兼営する場合には兼営法の全面適用を受ける。一方、民事信
託の場合は原則として信託法および民法の適用を受けるにとどまり、信託業法および兼
営法は適用されない。
11 神 田 秀 樹 「 商 事 信 託 法 の 展 望 」 新 井 誠 ・ 神 田 秀 樹 ・ 木 南 敦 編 [ 2] p.504
12 神 田 秀 樹 「 日 本 の 商 事 信 託 - 序 説 - 」 落 合 誠 一 ・ 江 頭 憲 次 郎 ・ 山 下 友 信 編 [ 14]
pp.587-588
13 寺 本 昌 広 「
「 信 託 法 改 正 要 綱 試 案 」 の 概 要 」 別 冊 NBL 編 集 部 [ 65] p.16
14 遠 藤 英 嗣 [ 10] p.10
10
6
(第 1 図)
「商事信託」と「民事信託」の範囲
営業信託
商事信託
民事信託
家族信託
福祉型信託
そ こ で 、本 論 文 で は 、家 族 信 託 を 、私 人 が 自 己 の 死 亡 や 老 い る こ と に よ る 判 断
力 の 喪 失 等 の 事 態 に 備 え て 、契 約 や 遺 言 等 に よ る 信 託 の 設 定 を 通 じ て 、残 さ れ た
配 偶 者 そ の 他 の 親 族 に 対 し 、生 活 保 障 や 財 産 承 継 等 を 達 成 す る こ と を 目 的 と し て 、
自 己 の 財 産 に つ き 自 己 の 希 望 を 反 映 す る 形 で 生 存 中 ま た は 死 亡 後 の 財 産 管 理・承
継 を 可 能 に す る 信 託 と 考 え 、遠 藤 氏 と 同 じ く 民 事 信 託 の 中 核 的 位 置 に あ る も の と
考 え る 。な お 、家 族 信 託 は 、委 託 者 の 希 望 に 沿 う 形 で 設 定 さ れ る た め 、柔 軟 な 信
託設定を可能とし、同時にこれらのニーズに即した信託が多岐にわたる。
こ の た め 、遠 藤 英 嗣 氏 は 、上 記 の 著 書 の 中 で 、家 族 信 託 で 登 場 す る 信 託 を 実 際
の 相 談 事 例 を 参 考 に し て 以 下 の 様 に ニ ー ズ 別 に 分 別 さ れ て い る 15 。な お 、こ れ ら
の 類 型 は 、信 託 の 設 定 が 柔 軟 性 に 富 む も の で あ る た め 、単 一 に 行 わ れ る だ け で な
く、複合して行われるケースも考えられるとしている。
( a) 福 祉 型 ( 財 産 管 理 給 付 活 用 型 )
15
①
金銭管理処分信託契約
②
株式管理信託契約
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.58
7
③
任意後見支援信託契約(後見支援型信託契約)
④
未成年者養護信託契約
( b) 資 産 承 継 型 ( 家 産 承 継 中 心 型 )
⑤
後添え配偶者のための後継ぎ遺贈型信託契約
⑥
家産承継者選択型裁量信託契約
⑦
遺産分割型信託契約
⑧
遺産分割協議に伴う信託契約
⑨
協議離婚等の離婚給付に伴う信託契約
⑩
事業信託契約
( c) 資 産 運 用 型
⑪
不動産管理信託契約
⑫
金融資産運用処分信託契約
( d) 各 種 事 務 委 任 関 連 型
⑬
死後事務委任型信託契約
⑭
入所保証金金銭信託契約
( e) そ の 他 社 会 貢 献 型
⑮
金銭管理処分裁量信託契約
こ の よ う な 様 々 な 種 類 の 家 族 信 託 を 信 託 税 制 に 照 ら し た 上 で 、問 題 が 著 し く 顕
在 し て い る の は「 資 産 承 継 型 」に お け る 資 産 が 移 転 す る 時 に 行 わ れ る 課 税 だ と 思
われる。そのため、本論文は「資産承継」における信託税制の所得税、法人税、
相 続 税 の 課 税 問 題 に フ ォ ー カ ス を 絞 る こ と と す る 。な お 、事 業 承 継 型 は 、福 祉 型
と も 複 合 的 に 取 扱 わ れ や す い( 例 え ば 、信 託 財 産 の 元 本 部 分 を 健 全 な 長 男 に 、収
益 部 分 を 障 害 の あ る 次 男 に と い う ケ ー ス ) と 考 え 、 必 要 に 応 じ て 、「 福 祉 型 」 に
も着目することとする。
8
第 2節
信託の構造
第 1款
信託とは
信 託 と は 、信 託 を す る 者( 委 託 者 )が 、① 信 託 契 約 、② 遺 言 、③ 公 正 証 書 等 に
よ る 意 思 表 示 、 の い ず れ か の 方 法 ( こ れ ら を ま と め て 「 信 託 行 為 」 と い う 。) に
よ り 特 定 の 者( 受 託 者 )を し て 、一 定 の 目 的( 専 ら そ の 者 の 利 益 を 図 る 目 的 を 除
く 。) に 従 い 、 財 産 の 管 理 又 は 処 分 及 び そ の 他 そ の 目 的 の 達 成 の た め に 必 要 な 行
為 を す べ き も の と す る( 新 信 託 法 第 2 条 第 1 項 、第 3 条 )と さ れ る 制 度 で あ る 。
信 託 は 、受 託 者 を「 信 」じ て 自 己 の 財 産 を「 託 」す こ と か ら 、当 事 者 間 の 信 頼
関 係 が あ っ て は じ め て 成 立 す る も の で あ る 。こ の た め 、信 託 を 設 定 す る 委 託 者 と
信託財産を管理する受託者および信託の利益の受ける受益者との信認関係と信
「信託財産」
認 義 務 こ そ が 信 託 の 本 質 と な っ て い る 16 。な お 、信 託 の 法 律 関 係 は 、
と「 委 託 者 」、「 受 託 者 」、「 受 益 者 」の 三 当 事 者 17 に よ り 構 成 さ れ る が 、自 益 信 託
( 委 託 者 が 受 益 者 と な る 信 託 )や 自 己 信 託( 委 託 者 が 受 託 者 を 兼 ね る 信 託 )も 認
められていることから、三者が常に別人格であることは必要とされ ていない。
信 託 は 、ま ず 信 託 契 約 、遺 言 、公 正 証 書 等 に よ る 意 思 表 示 、の い ず れ か の 信 託
行 為 に よ り 設 定 さ れ ( 新 信 託 法 第 2 条 第 4 項 )、 委 託 者 は 、 信 頼 で き る 者 を 受 託
者 と し て 選 び 、そ の 者 に 財 産 を 移 転 さ せ る 。こ の 時 、信 託 財 産 の 所 有 権 は 移 転 さ
れ た 受 託 者 に 帰 属 さ れ る こ と と な る が 、受 託 者 は 、委 託 者 が 設 定 し た 信 託 の 目 的
に 従 っ て 、受 益 者 の た め に 信 託 財 産 の 管 理・処 分 お よ び そ の 他 の 信 託 目 的 を 達 成
す る た め の 必 要 な 行 為 を す る た め に 、 善 管 注 意 義 務 ( 新 信 託 法 第 29 条 第 2 項 )
や 忠 実 義 務( 新 信 託 法 第 30 条 )、分 別 管 理 義 務( 新 信 託 法 第 34 条 )等 の 義 務 を
負うこととなる。
16
17
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.5
信託関係人とよばれる。
9
第 2款
信託の方法
信 託 は 、前 述 し た よ う に 、① 信 託 契 約 、② 遺 言 、③ 公 正 証 書 等 に よ る 意 思 表 示
の 信 託 行 為 に よ っ て す る こ と が で き る 。旧 信 託 法 で は 、信 託 契 約 、遺 言 に よ る 信
託 は 認 め ら れ て い た が 、公 正 証 書 等 に よ る 意 思 表 示 に よ る 信 託 は 認 め ら れ て い な
かった。
新信託法では、第 3 条第 3 号で委託者が自ら受託者として信託財産を管理・
運 用 す る 、い わ ゆ る「 自 己 信 託 」が 認 め ら れ る こ と と な っ て い る 。新 信 託 法 第 3
条は信託の方法について以下のように定めている。
信託法第 3 条(信託の方法)
信託は、次に掲げる方法のいずれかによってする。
一
特 定 の 者 と の 間 で 、当 該 特 定 の 者 に 対 し 財 産 の 譲 渡 、担 保 権 の 設 定 そ の
他の財産の処分する旨並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理
又 は 処 分 そ の 他 の 当 該 目 的 の 達 成 の た め に 必 要 な 行 為 を す べ き 旨 の 契 約( 以
下 「 信 託 契 約 」 と い う 。) を 締 結 す る 方 法
二
特 定 の 者 に 対 し 財 産 の 譲 渡 、担 保 権 の 設 定 そ の 他 の 財 産 の 処 分 を す る 旨
並びに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の
当該目的の達成のために必要な行為すべき旨の遺言をする方法
三
特定の者が一定の目的に従い自己の有する一定の財産の管理又は処分
及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の意思表示を
公 正 証 書 そ の 他 の 書 面 又 は 電 磁 的 記 録( 電 磁 的 方 式 、時 期 的 方 式 そ の 他 人 の
知 覚 に よ っ て は 認 識 す る こ と が で き な い 方 式 で 作 ら れ る 記 録 で あ っ て 、電 子
計算機による情報処理の用に供されるものとして法務省令で定めるものを
い う 。以 下 同 じ 。)で 当 該 目 的 、当 該 財 産 の 特 定 に 必 要 な 事 項 そ の 他 の 法 令 省
令で定める事項を記載し又は記録したものによってする方法
信 託 契 約 と は 、委 託 者 と 特 定 の 者( す な わ ち 、受 託 者 )と の 間 の 信 託 契 約 締 結
を 通 じ て 信 託 を 設 定 す る 契 約 で あ る 。こ れ は 、方 式 自 由 の 原 則 に よ り 、特 別 な 法
律 上 の 方 式 や 書 式 等 は 必 要 と さ れ て い な い 。し た が っ て 、口 頭 上 の 合 意 の み で 信
託の設定が可能であるが、通常は信託証書を作成される。また、信託契約では、
10
受益者の受益の意思を必要とされていない。ただし、受益者に指定された者が、
受 益 者 に な り た く な い ケ ー ス も 考 え ら れ る た め 、受 益 者 が 受 益 権 を 放 棄 す る こ と
が認められている。
上記第 2 号から明らかなように、委託者が遺言書を通じて信託を設定するこ
とが認められている。ただし、遺言は、遺言者(委託者)の単独の意思で行い、
遺 言 自 体 が 民 法 上 有 効 な 方 法 と し て 行 わ な け れ ば な ら な い 。な お 、こ の 遺 言 書 の
作 成 に は 、自 筆 証 書 遺 言 、公 正 証 書 遺 言 、秘 密 証 書 遺 言 の 三 つ の 方 法 が あ る( 第
2 図 )。
(第 2 図)
遺 言 書 の 作 成 方 法 18
自筆証書遺言
公正証書遺言
秘密証書遺言
全文・日付および氏名を自書し、こ 事前に、公証人が遺言者または専門 専門家に作成依頼ができるが、氏名
れに印を押さなければならない。 家から遺言の内容を聞いて遺言書を は自署し、押印が必要となる。作成
作成する。
した遺言書は、遺言書に押印した印
作成当日に、公証人が遺言者および 象で封印する。
証人に読み聞かせ、遺言者および承 遺言者が公証人と証人の前に封書を
作成方法
認が遺言書が正確なことを承認した 提出して自己の遺言書である旨、筆
後、遺言者、公証人、証人がこれに 者の氏名および住所を申述し、公証
署名し、押印する。
人がその旨を封紙に記載した後、公
証人、遺言者、証人が署名、押印す
る。
単独で作成し封印することができ
る。なお、封印した後に、公証人、
証人とともに署名・押印する。
二名以上必要(推定相続人は証人に 二名以上必要(推定相続人は証人に
はなれない)
はなれない)
必要(遺言者が署名することができ
ない場合には、公証人がその事由を
必要
付記し署名に代えることができる)
任印で可
任印で可
単独でできる 遺言者が自筆により単独で作成でき
公証人が作成する。
か
る。
証人
不要
氏名の自書
必要
押印
任印で可
18
笹 島 修 平 [ 30] pp.15-16 参 照 、 筆 者 加 筆 ・ 修 正 。
11
ま た 、上 記 第 3 号 の 自 己 信 託 は 、委 託 者 自 身 が 生 前 に 受 託 者 と な っ て 、自 己 の
財 産 権 を 他 人 の た め に 管 理・処 分 等 を す る 旨 を 宣 言 す る こ と に よ り 信 託 を 設 定 す
る方法である。
自 己 信 託 は 、「 信 託 宣 言 」 と も 呼 ば れ る 。 旧 信 託 法 で は 、 そ の 第 1 条 に お い て
信 託 を「 本 邦 ニ 於 テ 信 託 ヲ 称 ス ル ハ 財 産 権 ノ 移 転 其 ノ 他 ノ 処 分 ヲ 為 シ 他 人 ヲ シ テ
一 定 ノ 行 為 ヲ 為 サ シ ム ル ヲ 謂 フ 」 と 定 義 さ れ て お り 、「 他 人 ヲ シ テ 一 定 ノ 行 為 ヲ
為 サ シ ム ル 」 こ と か ら 、 受 託 者 は 他 人 で あ る こ と が 前 提 で あ っ た 。 ま た 、「 財 産
権 ノ 移 転 其 ノ 他 ノ 処 分 ヲ 為 シ 」と 定 義 し て い る た め 、財 産 権 の 移 転 の 存 在 も 要 求
されていた。
こ の こ と か ら 、受 託 者 が 他 人 で は な く 委 託 者 自 身 で 、信 託 財 産 の 実 体 的 な 移 転
を 見 出 す こ と が で き な い た め 、自 己 信 託 は 旧 信 託 法 で は 認 め ら れ て い な か っ た 19 。
こ れ は 、旧 信 託 法 の 条 文 の 文 言 か ら 導 か れ た 否 定 論 で あ る が 、自 己 信 託 の 不 採 用
の 実 質 的 な 理 由 と し て 、四 宮 和 夫 教 授 は 、自 己 の 財 産 を 目 的 財 産 と す る こ と に よ
っ て 債 権 者 を 害 す る 恐 れ が あ る こ と 、法 律 関 係 が 不 明 確 に な る こ と 、義 務 履 行 が
不 完 全 に な り や す い こ と 、 の 三 点 を 挙 げ て い る 20 。
し か し な が ら 、自 己 信 託 は 英 米 法 で は 一 般 的 な 信 託 と し て 認 め ら れ て お り 、立
法 論 と し て は 自 己 信 託 を 認 め る べ き と す る 見 解 も 有 力 で あ っ た 21 。
そこで新信託法では、新信託法第 3 条第 3 号のように自己信託の設定様式を
厳 格 に し 、債 権 者 詐 害 目 的 に よ る 自 己 信 託 の 乱 用 を 防 止 す る 各 種 規 定 を 創 設 す る
ことで、自己信託を認めている。
具 体 的 に は 、登 記 ま た は 登 録 を し な け れ ば 権 利 の 得 喪 お よ び 変 更 を 第 三 者 に 対
抗 す る こ と が で き な い 財 産 に つ い て 、信 託 の 登 記 ま た は 登 録 を し な け れ ば 、当 該
財 産 が 信 託 財 産 に 属 す る こ と を 第 三 者 に 対 抗 す る こ と が で き な い こ と( 新 信 託 法
第 14 条 )、委 託 者 の 債 権 者 は 、詐 害 信 託 22 の 取 消 訴 訟 を 提 起 す る こ と な く 直 ち に
19
20
21
22
新 井 誠 [ 1] p.136
四 宮 和 夫 [ 36] p.84
寺 本 振 透 [ 52] p.10
詐害信託とは、委託者がその債権者を害することを知って信託をすることをいう。こ
の場合、受託者が債権者を害すべき事実を知っていたか否かにかかわらず、債権者は、
受 託 者 を 被 告 と し て 、 民 法 第 424 条 第 1 項 の 規 定 に よ る 取 消 し を 裁 判 所 に 請 求 す る こ
と が で き る ( 新 信 託 法 第 11 条 )。
12
信 託 財 産 に 対 し て 強 制 執 行 が で き る こ と ( 新 信 託 法 第 23 条 第 2 項 )、 不 法 な 目
的 に 基 づ い て 信 託 が 設 定 さ れ た 場 合 に 、委 託 者 の 債 権 者 の 申 立 て に よ り 裁 判 所 は
信 託 の 終 了 を 命 ず る こ と が で き る こ と( 新 信 託 法 第 166 条 )、受 益 者 の 定 め の な
い 信 託 ( い わ ゆ る 「 目 的 信 託 」) を 自 己 信 託 の 方 法 に よ っ て 設 定 す る こ と が で き
な い ( 新 信 託 法 第 258 条 第 1 項 ) 等 が あ る 。
な お 、自 己 信 託 は 、家 族 信 託 に お け る 利 用 方 法 と し て 、た と え ば 、親 が 障 害 者
の 我 が 子 の 生 活 を 保 障 す る 場 面 に お い て は 、障 害 者 の 我 が 子 に 財 産 を 贈 与 し て も
当 人 に よ る 管 理 は 困 難 で あ る と 考 え ら れ る が 、自 己 信 託 に よ り 親 が 委 託 者 兼 受 託
者 に な る こ と に よ っ て 、親 自 身 の 倒 産 に よ る 財 産 の 消 失 リ ス ク を 避 け つ つ 23 、自
らの財産管理により適切な管理を達成できる という利点がある。
第 3款
信託の効力発生時期
税 法 上 の 観 点 か ら は 、信 託 の 設 定 行 為 は 贈 与 と 同 視 さ れ 、贈 与 税( ま た は 相 続
税 )が 課 税 さ れ る 。し た が っ て 、課 税 要 件 を 判 定 す る に あ た り 、税 法 で は 信 託 の
効 力 発 生 時 期 に つ い て 定 義 づ け が な さ れ て い な い こ と か ら 、新 信 託 法 の 規 定 を 借
用 し て 解 釈 す る こ と と な る た め 、新 信 託 法 に 定 め る 信 託 の 効 力 発 生 時 期 を 把 握 す
ることは極めて重要となる。
信託行為があった場合の原則規定である現行相続税法第 9 条の 2 第 1 項は、
「 信 託( 略 )の 効 力 が 生 じ た 場 合 に お い て 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に 当 該 信 託 の
受 益 者 等( 略 )と な る 者 が あ る と き は 、当 該 信 託 の 効 力 が 生 じ た 時 に お い て 、当
該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 者 は 、当 該 信 託 に 関 す る 権 利 を 当 該 信 託 の 委 託 者 か ら 贈
与( 略 )に よ り 取 得 し た も の と み な す 」と 規 定 さ れ て い る と お り 、課 税 時 期 を「 当
該信託の効力が生じた時において」と規定している。
ま た 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信 託 が 設 定 さ れ た 場 合 の 課 税 規 定 で あ る
現 行 相 続 税 法 第 9 条 の 4 も ま た 同 様 に 、「 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 効 力 が 生 ず
23
民 法 第 424 条 ( 詐 害 行 為 取 消 権 )
1 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に
請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその
行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りで
ない。
信託の倒産隔離機能、後述。
13
る 場 合 に お い て 、当 該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 者( 略 )が 当 該 信 託 の 委 託 者 の 親 族
で あ る と き( 略 )は 、当 該 信 託 の 効 力 が 生 ず る 時 に お い て 、当 該 信 託 の 受 託 者 は 、
当 該 委 託 者 か ら 当 該 信 託 に 関 す る 権 利 を 贈 与( 略 )に よ り 取 得 し た も の と み な す 」
と 規 定 さ れ て い る と お り 、信 託 の 効 力 が 発 生 し た 時 に 課 税 さ れ る 。新 信 託 法 第 4
条では信託の効力発生時期について以下のように定めている。
信託法第 4 条(信託の効力の発生)
前条第 1 号に掲げる方法によってされる信託は、委託者となるべき者と
受託者となるべき者との間の信託契約の締結によってその効力を生ずる。
2
前条第 2 号に掲げる方法によってされる信託は、当該遺言の効力の発生
によってその効力を生ずる
3
前条第 3 号に掲げる方法によってされる信託は、次の各号に掲げる区分
に応じ、当該各号に定めるものによってその効力を生ずる。
一
公 正 証 書 又 は 公 証 人 の 認 証 を 受 け た 書 面 若 し く は 電 磁 的 記 録( 以 下 こ
の 号 及 び 次 号 に お い て 「 公 正 証 書 等 」 と 総 称 す る 。) に よ っ て さ れ る
場合
二
当該公正証書等の作成
公正証書等以外の書面又は電磁的記録によってされる場合
受益者
となるべき者として指定された第三者(当該第三者が 2 人以上ある
場 合 に あ っ て は 、そ の 1 人 )に 対 す る 確 定 日 付 の あ る 証 書 に よ る 当 該
信託された旨及びその通知
4
前 3 項の規定にかかわらず、信託は、信託行為に停止条件又は始期が付
されているときは当該停止条件の成就又は当該始期の到来によってその効
力を生ずる。
第 4款
信託の機能
信 託 の 機 能 24 と し て は 大 き く 区 別 し て 、① 長 期 的 財 産 管 理 機 能 、② 倒 産 隔 離 機
能、③転換機能の三点が挙げられる。
24
信託の機能としては信託法学者によって見解が異なるところである。諸学者の見解を
比 較 検 討 し た も の と し て 、 磯 崎 寿 [ 5] が あ り 、 有 益 で あ る 。
14
①
長期的財産管理機能
長 期 的 財 産 管 理 機 能 と は 、信 託 財 産 を 長 期 間 に 渡 っ て 委 託 者 の 意 思 の 下 に 拘 束
す る 機 能 を い う 25 。受 託 者 は 、信 託 財 産 を 受 益 者 の た め に 、信 託 の 目 的 そ の 他 信
託 行 為 の 定 め に 従 い 処 分・管 理 等 を 行 う が 、こ の 時 、受 託 者 は 善 管 注 意 義 務 や 忠
実 義 務 、分 別 管 理 義 務 等 の 義 務 を 負 う こ と と な る 。こ れ は 、受 益 者 か ら の 観 点 か
ら は 、信 用 や 専 門 的 能 力 の あ る 第 三 者 に 信 託 財 産 の 管 理・運 用 を 頼 む こ と に よ っ
て 、受 託 者 へ 指 図 等 を 行 う こ と を 通 じ て 自 己 の 財 産 を 効 果 的 に 活 用 す る こ と が で
き る 。 さ ら に 、 新 井 誠 教 授 は 、 長 期 的 財 産 管 理 機 能 を ( 1) 意 思 凍 結 機 能 、( 2)
受 益 者 連 続( 承 継 )機 能 、
( 3)受 託 者 裁 量 機 能 、
( 4)利 益 分 配 機 能 の 4 つ の 機 能
に細分化している。
意 思 凍 結 機 能 と は 、信 託 設 定 時 に お け る 委 託 者 の 意 思 を 、委 託 者 の 意 思 能 力 の
喪 失 や 死 亡 と い う 個 人 的 事 情 の 変 化 に 抗 し て 、長 期 間 に わ た り 維 持 す る 機 能 を い
う 26 。こ の 機 能 に よ り 、信 託 は 、委 託 者 が 死 亡 し た 場 合 や 、意 思 能 力 が 喪 失 さ れ
た 場 合 に 直 面 し て も 、委 託 者 が 信 託 設 定 時 に 決 定 し た 信 託 目 的 を 維 持 さ せ 、持 続
的な財産管理を実現することができるようになる。
受 益 者 連 続 機 能 と は 、委 託 者 に よ っ て 設 定 さ れ た 信 託 目 的 を 長 期 的 に 固 定 し つ
つ 、そ の 信 託 目 的 に し た が っ て 、信 託 受 益 権 を 複 数 の 受 益 者 に 連 続 し て 帰 属 さ せ
る 機 能 を い う 27 。ま た 、新 井 誠 教 授 に よ る と「 信 託 法 の 想 定 す る 受 益 権 の 質 的 分
割 と 先 の 意 思 凍 結 機 能 と が 連 携 す る こ と に よ り 、こ の 機 能( 筆 者 注:受 益 者 連 続
機 能 を 指 す 。) が 帰 結 す る の で あ り 、 こ れ に よ り 、 世 代 間 に わ た る 受 益 権 の 継 承
で あ る 『 後 継 ぎ 遺 贈 型 の 財 産 承 継 』 を 可 能 」 に す る 、 と さ れ て い る 28 。
と こ ろ で 、 新 信 託 法 で は 、 新 信 託 法 第 91 条 に よ り 受 益 者 連 続 型 信 託 ( 上 記 の
受 益 者 連 続 機 能 を 活 用 し た 信 託 )が 新 た に 認 め ら れ る こ と と な り 、明 文 化 さ れ て
い る 。こ の 受 益 者 連 続 型 信 託 は 民 法 上 の「 後 継 ぎ 遺 贈 」と 極 め て 類 似 の 効 果 を 有
す る 。こ の 後 継 ぎ 遺 贈 に 関 し て は 、民 法 上 、特 殊 の 遺 贈 形 態 の 一 種 と し て 有 効 と
解 す る 有 効 説 と そ の 効 力 を 否 認 す る 否 定 説 が 対 立 し て お り 、今 日 で は 否 定 説 が 優
25
26
27
28
新 井 誠 [ 1] p.86
新 井 誠 [ 1] p.86
新 井 誠 [ 1] p.88
新 井 誠 [ 1] p.88
15
位 と な っ て い る 。こ の 後 継 ぎ 遺 贈 と 類 似 の 効 果 を 有 す る 受 益 者 連 続 型 信 託 は 果 た
し て 認 め ら れ る べ き か 、ま た 、認 め ら れ る と 解 す る 場 合 に こ れ ら の 課 税 関 係 は ど
う な る の か が 問 題 と な る 。こ の 点 に つ い て は 、本 論 文 の 主 眼 で あ り 、第 4 章 で 詳
しく検討することとする。
受 託 者 裁 量 機 能 と は 、受 託 者 が 幅 広 い 裁 量 権 を 行 使 し て 、信 託 の 事 務 処 理 を 行
う 機 能 を い う 29 。受 託 者 が そ の 裁 量 権 を 保 有 す る こ と に よ り 、委 託 者 が 当 初 指 示
した受益者がその資格について的確であるかを判断し、選定することができる。
こ れ に よ り 、委 託 者 が 信 託 設 定 時 に 顧 慮 し 得 な か っ た そ の 後 の 事 情 を 十 分 に 斟 酌
した上で信託目的に適う受益者の選定できる。家族信託の場面では、たとえば、
委 託 者 が 我 が 子 の 生 活 保 障 の た め に 信 託 を し た い が 、そ の 子 が 無 計 画 で 浪 費 癖 が
あ る 場 合 に は 、受 託 者 の 裁 量 で 、必 要 な 時 期 に 一 定 の 生 活 費 を 給 付 す る ケ ー ス 等
が 考 え ら れ る 。こ の 受 託 者 裁 量 機 能 に よ り 、委 託 者 の 柔 軟 な 信 託 設 定 が 可 能 と な
るのである。
利 益 分 配 機 能 と は 、信 託 の 長 期 的 な 管 理 機 能 か ら 帰 結 す る 意 思 凍 結 機 能 、受 益
者 連 続 機 能 、受 託 者 裁 量 機 能 の 三 つ の 機 能 は 、す べ て 終 局 的 に は 、信 託 の 元 本 な
ら び に 収 益 を 受 益 者 に 対 し て 帰 属 す る こ と を 目 的 と し て い る こ と を 指 す 30 。本 来
なら、信託の利益の分配が一切ないものは信託として認められるものではない。
し か し 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に は 、そ の ま ま 受 益 者 が 特 定 ま た は
存 在 し な い こ と に よ り 、信 託 が 終 了 す る こ と も 考 え ら れ る 。受 益 者 が 不 特 定 ま た
は 未 存 在 の 信 託 は「 受 益 者 が 存 し な い 信 託 」と し て 例 外 と し て 認 め ら れ る こ と に
留意する必要がある。
②
倒産隔離機能
信 託 に お い て 、信 託 財 産 は 委 託 者 か ら 受 託 者 へ 名 義 が 移 転 す る と と も に 、受 託
者 の 固 有 財 産 か ら も 分 別 管 理 さ れ る 。こ れ は 信 託 財 産 の 独 立 性 と 呼 ば れ る 。そ し
て 、こ の 結 果 と し て 、受 託 者 個 人 の 債 権 者 は 信 託 財 産 へ の 強 制 執 行 を 行 う こ と が
で き な い( 新 信 託 法 第 23 条 第 1 項 )の に 加 え て 、仮 に 受 託 者 が 破 産 し た 場 合 で
あ っ て も 、 信 託 財 産 は そ の 破 産 財 団 の 中 に 組 み 込 ま れ な い ( 新 信 託 法 第 25 条 第
29
30
新 井 誠 [ 1] p.90
新 井 誠 [ 1] p.96
16
1 項 )。ま た 、受 託 者 と 同 様 に 、委 託 者 の 債 権 者 と の 関 係 で も 、債 権 者 か ら の 信 託
財 産 へ の 強 制 執 行 は 及 ば ず 、委 託 者 が 破 産 し て も 破 産 財 団 を 構 成 し な い 31 。し た
がって、信託財産は受託者に帰属するが、その受託者の固有財産とは独立して、
受 益 者 の た め に の み 運 用・管 理 さ れ 、信 託 財 産 は 原 則 と し て 、委 託 者 や 受 託 者 の
債 権 者 か ら 独 立 す る 32 。 こ の よ う な 機 能 を 信 託 の 倒 産 隔 離 機 能 と い う 。
③
転換機能
転 換 機 能 と は 、信 託 を 設 定 す る こ と に よ り 、信 託 財 産 が 信 託 受 益 権 と い う 権 利
と な り 、信 託 の 目 的 に 応 じ て 、そ の 財 産 の 属 性 や 数 、財 産 権 の 性 状 等 を 転 換 す る
機 能 を い う 33 。つ ま り 、転 換 機 能 に よ り 信 託 財 産 は 信 託 受 益 権 と い う 権 利 に 転 換
される。
こ の 受 益 権 の 内 容 に つ い て は 、信 託 受 益 権 を 元 本 受 益 権 と 収 益 受 益 権 と に 質 的
に 分 け る こ と が 可 能 と な り 、ま た は 、優 先 受 益 権 と 劣 後 受 益 権 と に 質 的 に 分 け る
こ と も 可 能 と な る 。ま た 、転 換 機 能 に よ り 、受 益 権 を 第 三 者 に 譲 渡 す る こ と も 可
能となった。
31
32
33
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.37
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.37
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.37
17
第 3節
新信託法における委託者、受託者、受益者および受益権の定義
本 節 で は 、新 信 託 法 に お け る 委 託 者 、受 託 者 、受 益 者 の 定 義 を 確 認 す る 。そ し
て、委託者、受託者および受益者に認められる権限・義務等を確認する。
第1款
委託者
委 託 者 は 、信 託 を 設 定 す る 主 体 で あ る 。新 信 託 法 で は 、委 託 者 を「 次 条 各 号 に
掲 げ る 方 法( 筆 者 注:新 信 託 法 第 3 条 各 号 に 掲 げ る 信 託 契 約 、遺 言 お よ び 自 己 信
託 の 方 法 ) に よ り 信 託 す る 者 」 と 定 義 す る ( 新 信 託 法 第 2 条 第 4 項 )。 し た が っ
て 、委 託 者 は 信 託 行 為 の 当 事 者 と し て 、自 ら の 財 産 を 信 託 財 産 と し て 拠 出 す る と
い う「 財 産 出 捐 者 と し て の 地 位 」と 当 該 信 託 の 目 的 設 定 を 行 う と い う「 信 託 目 的
設 定 者 の 地 位 」 を 有 し て い る 34 。
委 託 者 が 、財 産 出 捐 者 と し て の 地 位 を 有 し て い る こ と に よ り 、信 託 終 了 時 に は
委 託 者 は 信 託 財 産 の 帰 属 権 利 者 と な る 。ま た 、委 託 者 は 信 託 目 的 設 定 者 の 地 位 を
有することから、信託目的の維持のために各種の権限が付されている。
旧 信 託 法 で は 、委 託 者 に 、受 託 者 の 信 託 違 反 行 為 に 対 す る 責 任 追 及( 旧 信 託 法
第 27 条 、第 29 条 )、信 託 事 務 の 説 明 請 求 権( 旧 信 託 法 第 40 条 )、信 託 管 理 方 法
変 更 請 求 権( 旧 信 託 法 第 23 条 )、受 託 者 解 任 請 求 権( 旧 信 託 法 第 47 条 )等 、多
く の 権 限 が 付 与 さ れ て い た 35 が 、委 託 者 に 多 く の 権 限 が 認 め ら れ る と 、受 益 者 の
権 利 と 衝 突 す る こ と に よ っ て 、信 託 に 関 す る 法 律 関 係 を 複 雑 に し 、無 用 な 意 見 対
立 を 招 く お そ れ が あ る と 指 摘 さ れ て い た 36 。
ま た 、い っ た ん 信 託 が 成 立 す る と 、委 託 者 は 信 託 に 関 し て 不 可 欠 な 存 在 で は な
く な る 。つ ま り 、信 託 の 利 益 を 直 接 に 享 受 す る の は 受 益 者 で あ り 、受 益 者 こ そ が
信託の監督権限を与えられるべきと考えられている。このため、新信託法では、
委 託 者 と 受 益 者 の 対 立 を 回 避 す る 目 的 で 、受 益 者 の 権 利 保 護 に 重 き を 置 き 、委 託
者の有する権限を若干後退させる形で見直しがされた。
新 信 託 法 に お い て も 、 委 託 者 は 、 新 信 託 法 第 145 条 で 様 々 な 権 限 が 付 与 さ れ
34
35
36
新 井 誠 [ 1] p.202
能 美 善 久 [ 59] p.211
新 井 誠 [ 1] p.203
18
て い る 37 が 、第 1 項 に「 信 託 行 為 に お い て は 、委 託 者 が こ の 法 律 の 規 定 に よ る そ
の 権 利 の 全 部 又 は 一 部 を 有 し な い 旨 を 定 め る こ と が で き る 」と 規 定 し て い る こ と
から、委託者がこれらの権限を制限することができるとしている。
こ の 点 に つ い て は 、家 族 信 託 に お い て 、委 託 者 自 身 が 死 亡 ま た は 意 思 能 力 が 低
下 し た 場 合 に 、そ の 地 位 を 相 続 す る 相 続 人 あ る い は 成 年 後 見 人 が 委 託 者 の 権 利 を
み だ り に 権 利 行 使 さ せ な い 点 で 有 用 と い わ れ て い る 38 。
委 託 者 の 有 す る 権 限 の 具 体 例 と し て は 、信 託 終 了 時 に お い て 信 託 財 産 に つ き 残
余財産受益者や帰属権利者の指定がなかった場合あるいはこれらの者がその権
利 を 放 棄 し た 場 合 に 、委 託 者( ま た は 相 続 人 )を 残 余 財 産 の 帰 属 権 利 者 と し て 指
定 で き る 権 利( 新 信 託 法 第 182 条 第 2 項 )、委 託 者 、受 託 者 お よ び 受 益 者 の 合 意
に よ り 信 託 を 変 更 で き る 権 利( 新 信 託 法 第 149 条 第 1 項 )、信 託 解 除 権( 新 信 託
法 第 164 条 第 1 項 ) 等 が あ る 39 。 ま た 、 委 託 者 が 死 亡 し た 場 合 の 委 託 者 の 地 位
は 、原 則 と し て 相 続 に よ り 相 続 人 に 承 継 さ れ る が 、遺 言 信 託 の 場 合 に お け る 委 託
者の地位は信託行為に別段の定めがない場合には相続により承継しないとして
い る ( 新 信 託 法 第 182 条 第 2 項 )。
第 2款
受託者
新 信 託 法 は 、受 託 者 を「 信 託 行 為 の 定 め に 従 い 、信 託 財 産 に 属 す る 財 産 の 管 理
又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をすべき義務を負
う 者 」 と 定 義 す る ( 新 信 託 法 第 2 条 第 5 項 )。 し た が っ て 、 受 託 者 は 、 委 託 者 か
ら 信 託 財 産 に 関 す る 財 産 権 の 移 転( 所 有 権 と 名 義 の 移 転 )を 受 け 、委 託 者 が 設 定
した信託目的に従って、信託財産の管理または処分をする義務を負い、そして、
受益者に対して信託財産から生ずる利益等の分配を行う 。
ま た 、受 託 者 は 委 託 者 か ら 信 託 財 産 を 管 理 す る 義 務 を 負 っ て い る こ と か ら 、未
成年者または成年被後見人もしくは被保佐人を受託者とすることはできないと
規 定 さ れ て い る ( 新 信 託 法 第 7 条 )。 こ れ は 、 信 託 に お け る 受 託 者 は 唯 一 の 管 理
権 者 お よ び 処 分 権 者 で あ る た め 、信 託 財 産 に 排 他 的 な 権 限 を 持 つ こ と に な る の で 、
37
38
39
寺 本 振 透 [ 52] pp.197-198
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.127
水 野 惠 子 [ 73] p.411
19
受 託 者 適 格 に つ い て 厳 格 な 規 制 が 置 か れ て い る 40 。
第 3款
受益者と受益権
旧 信 託 法 で は 、信 託 が 受 益 者 の た め の 制 度 で あ る こ と が 明 確 に 法 文 化 さ れ て い
な か っ た た め 、受 益 者 が 受 託 者 を 監 督 す る 権 利 に つ い て も 明 確 で は な か っ た 。こ
の た め 、新 信 託 法 で は 信 託 が 受 益 者 の た め の 制 度 で あ る こ と を 前 提 に お い て 、受
益 者 の 権 利 行 使 の 実 効 性 ・ 機 動 性 を 高 め る た め の 規 定 と な っ て い る 41 。
新 信 託 法 で は 、 受 益 者 を 「 受 益 権 を 有 す る 者 」( 新 信 託 法 第 2 条 6 項 ) と 定 義
し 、ま た 、受 益 権 を「 信 託 行 為 に 基 づ い て 受 託 者 が 受 益 者 に 対 し て 負 う 債 務 で あ
っ て 信 託 財 産 の 引 渡 し そ の 他 の 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を す べ き も の に 係 る 債 権( 以
下、
「 受 益 債 権 」と い う 。)及 び こ れ を 確 保 す る た め に こ の 法 律 の 規 定 に 基 づ い て
受 託 者 そ の 他 の 者 に 対 し 一 定 の 行 為 を 求 め る こ と が で き る 権 利 」( 新 信 託 法 第 2
条 7 項)と定義している。
旧 信 託 法 の 下 で「 受 益 者 」は 、信 託 期 間 中 に 利 益 を 受 け る「 受 益 者 」と 信 託 終
了 時 に 利 益 を 受 け る「 帰 属 権 利 者 」の 二 種 類 で あ る と さ れ て き た( 旧 信 託 法 第 62
条 お よ び 旧 信 託 法 第 63 条 ) が 、 新 信 託 法 で は 、 信 託 期 間 中 に 利 益 を 受 け る 「 受
益 者 」 に 加 え て 、 残 余 財 産 を 帰 属 す べ き 者 を 「 帰 属 権 利 者 」、 残 余 財 産 の 給 付 を
内 容 と す る 受 益 債 権 に か か る 受 益 者 を「 残 余 財 産 受 益 者 」と し 、こ れ ら の 者 を 信
託法上の受益者としている。
な お 、受 益 者 お よ び 受 益 権 の 分 類 方 法 と し て 、信 託 法 上 の 分 類 で は な い が 、そ
れ ぞ れ 、「 元 本 受 益 者 」 と 「 収 益 受 益 者 」、「 優 先 受 益 権 」 と 「 劣 後 受 益 権 」 と い
う よ う な 実 務 上 の 分 類 が あ る 。実 際 、信 託 受 益 権 の 評 価 を 定 め て い る 財 産 評 価 基
本 通 達 202 で も 、「 元 本 受 益 権 」、「 収 益 受 益 権 」 と い う 用 語 は 使 わ れ て い る が 、
明 文 上 の 区 分 は な い た め 、そ の 内 容 に つ い て は い く ぶ ん 曖 昧 な も の で あ る 42 と 評
価されている。
新 井 誠 [ 1] p.208
寺 本 昌 広 [ 53] p.13
「たとえば、帳簿等の作成・保存・報告・閲覧等の規定の整備、受益者による差止請求
の制度の導入、複数受益者の意思決定における多数決制度の導入、信託監督人および受
益者代理人の制度の新設など」が挙げられる。
42 新 井 誠 [ 1] p.222
40
41
20
受 益 者 と な る 資 格 に つ い て は 、 信 託 法 上 制 限 は な い が 、「 自 然 人 」 と 「 法 人 」
に 限 ら れ る 。す な わ ち 、民 法 上 の 権 利 主 体 と な り 得 る 者 に 限 る と い う 概 念 に 従 っ
て い る 。こ れ に よ り 、死 者 は 受 益 者 と は な ら な い が 、胎 児 は 受 益 者 と な る( 民 法
第 721 条 、民 法 第 886 条 、民 法 第 965 条 )43 。こ の た め 、受 益 者 に は 、受 益 者 だ
け で な く 、委 託 者( 自 益 信 託 )や 受 託 者 を 受 益 者 と す る こ と は 可 能 で あ る 。後 に
残 さ れ た 者 の 生 活 を 支 援 す る 目 的 の 家 族 信 託 で は 、信 託 か ら 生 じ る 経 済 的 利 益 を
直 接 的 に 享 受 す る こ と と な る 受 益 者 は 、家 族 信 託 を 組 成 す る 上 で 最 も 重 要 な 関 係
人 と さ れ 、た と え ば 、遺 産 承 継 者 や 事 業 承 継 者 と し て の 親 族 、高 齢 配 偶 者 、障 害
を 持 つ 子 、後 添 え 配 偶 者 等 、家 族 信 託 の 目 的 別 に 応 じ て 様 々 な 受 益 者 が 考 え ら れ
ることとなる。
43
遠 藤 英 嗣 [ 10] p.134
21
第 4節
新信託法により認められた信託
第 1款
受益者指定権等を有する者の定めのある信託
新 信 託 法 第 88 条 第 1 項 は 、「 信 託 行 為 の 定 め に よ り 受 益 者 と な る べ き 者 と し
て指定された者(次条第 1 項に規定する受益者指定権等の行使により受益者又
は 変 更 後 の 受 益 者 と し て 指 定 さ れ た 者 を 含 む 。) は 、 当 然 に 受 益 権 を 取 得 す る 。
た だ し 、 信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が あ る と き は 、 そ の 定 め に 従 う 。」 と 規 定 す る 。
こ れ は 、旧 信 託 法 第 7 条 の 規 定 の 趣 旨 を 合 理 的 と 認 め 、そ の 考 え を 踏 襲 す る 規
定 で あ る 。 旧 信 託 法 第 7 条 は 、「 信 託 行 為 ニ 依 リ 受 益 者 ト シ テ 指 定 セ ラ レ タ ル 者
ハ当然信託ノ利益ヲ享受ス
但シ信託行為ニ別段ノ定アルトキハ其ノ定ニ従フ」
と 規 定 し て い た 。し た が っ て 、信 託 行 為 に よ り 受 益 者 と し て 指 定 さ れ た 者 は 、受
益の意思表示なく当然に受益者となり当該信託から生じる利益を享受するため、
原 則 と し て 、信 託 設 定 後 は 委 託 者 が 受 益 者 を 変 更 す る こ と は 認 め ら れ て い な か っ
た 。し か し 、旧 信 託 法 第 7 条 た だ し 書 き に よ り 信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が あ る と き
は そ の 定 め に 従 う と 規 定 さ れ て い た こ と か ら 、信 託 行 為 で 受 益 者 変 更 権 を 自 己 ま
た は 第 三 者 に 与 え て い る 場 合 に は 、当 該 権 利 行 使 に よ り 、受 益 者 の 受 益 権 を 失 わ
せ る こ と が で き る と 解 さ れ 、こ の よ う な 別 段 の 定 め は 遺 言 代 用 信 託 を は じ め 個 人
財 産 管 理・承 継 を 目 的 と す る 民 事 信 託 に お い て 有 効 に 活 用 で き る も の と 考 え ら れ
て い た 44 。
し か し 、旧 信 託 法 で は 受 益 者 の 指 定 や 変 更 を め ぐ る 法 律 関 係 が 不 明 確 で あ っ た
こ と か ら 、 こ れ ら の 法 律 関 係 を 明 確 に す べ く 新 信 託 法 第 89 条 が 新 設 さ れ 、 受 益
者 指 定 権 と 受 益 者 変 更 権 が 認 容 さ れ た 。こ れ ら は あ わ せ て「 受 益 者 指 定 権 等 」と
定 義 さ れ 、受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者 に よ っ て 設 定 さ れ る 信 託 は「 受 益 者 指 定 権
等 を 有 す る 者 の 定 め の あ る 信 託 」と 呼 ば れ る 。な お 、受 益 者 指 定 権 等 は 自 己 で 有
す る こ と も 、受 益 者 や 他 の 第 三 者 に 与 え る こ と も 可 能 で あ る 。受 益 者 指 定 権 等 を
定 め る 新 信 託 法 第 89 条 は 以 下 の と お り で あ る 。
44
新 井 誠 [ 1] p.224
22
信 託 法 第 89 条 ( 受 益 者 指 定 権 等 )
受 益 者 を 指 定 し 、又 は こ れ を 変 更 す る 権 利( 以 下 こ の 条 に お い て「 受 益 者
指 定 権 等 」と い う 。)を 有 す る 者 の 定 め の あ る 信 託 に お い て は 、受 益 者 指 定 権
等は、受託者に対する意思表示によって行使する。
2
前項の規定にかかわらず、受益者指定権等は、遺言によって行使するこ
とができる。
3
前項の規定により遺言によって受益者指定権等が行使された場合におい
て 、受 託 者 が こ れ を 知 ら な い と き は 、こ れ に よ り 受 益 者 と な っ た こ と を も っ
て当該受託者に対抗することができない。
4
受託者は、受益者を変更する権利が行使されたことにより受益者であっ
た 者 が そ の 受 益 権 を 失 っ た と き は 、そ の 者 に 対 し 、遅 滞 な く 、そ の 旨 を 通 知
し な け れ ば な ら な い 。た だ し 、信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が あ る と き は 、そ の 定
めるところによる。
5
受益者指定権等は、相続によって承継されない。ただし、信託行為に別
段の定めがあるときは、その定めるところによる。
6
受益者指定権等を有する者が受託者である場合における第一項の規定の
適 用 に つ い て は 、同 項 中「 受 託 者 」と あ る の は 、
「 受 益 者 と な る べ き 者 」と す
る。
こ の よ う に 、 新 信 託 法 第 89 条 第 1 項 は 、「 受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者 の 定 め
の あ る 信 託 」に お い て 、委 託 者 が 受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 場 合 に は そ の 行 使 は 受
託者に対する意思表示によって行うと規定し、第 6 項は受託者が受益者指定権
等を有する場合にはその行使は受益者となるべき者に対する意思表示によって
行うと規定する。
第 2 項は、受託者以外の者が受益者指定権等を行使する場合には遺言によっ
て 行 う こ と が で き る と 規 定 す る 。そ し て 第 3 項 は 、前 項 に よ り 遺 言 に よ っ て 受 益
者 指 定 権 等 が 行 使 さ れ 、受 託 者 が こ れ を 知 ら な い と き は 、当 該 受 託 者 は 新 た に 受
益者となった者から受益権の主張を対抗されないと規定している。この第 3 項
の 趣 旨 は 、遺 言 は 相 手 方 の な い 単 独 行 為 で あ る か ら 、受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者
が 死 亡 し て か ら 、受 託 者 が 当 該 受 益 者 指 定 権 等 が 行 使 さ れ た こ と を 知 る ま で に 一
23
定 の 期 間 を 要 す る こ と が 予 想 さ れ 、受 託 者 が そ の 事 実 を 知 ら な い ま ま 変 更 前 の 受
益 者 に 対 し て 信 託 か ら 生 ず る 利 益 を 交 付 し て し ま う こ と が あ り 得 る た め 、こ の よ
う な 場 合 に 、遺 言 の 内 容 を 知 ら な い 受 託 者 の 利 益 の 保 護 を 図 っ た も の と 説 明 さ れ
て い る 45 。
第 4 項 は 、受 益 者 指 定 権 等 が 行 使 さ れ た こ と に よ り 、受 益 者 で あ っ た 者 が そ の
受 益 権 を 喪 失 し た 場 合 に は 、受 託 者 が 当 該 受 益 者 で あ っ た 者 に 対 し て 受 益 権 喪 失
の 事 実 を 遅 滞 な く 通 知 し な け れ ば な ら な い と 規 定 す る 。第 4 項 の 趣 旨 は 、受 益 者
と し て の 地 位 を 失 っ た 者 が 不 測 の 損 害 を 被 る こ と を 防 止 す る た め 、受 益 者 と し て
の 地 位 を 失 う 者 に 対 し 、受 益 者 指 定 権 等 が 行 使 さ れ た 事 実 で は な く 、受 益 権 喪 失
の 事 実 を 通 知 す る こ と で あ る と 説 明 さ れ て い る 46 。
第 5 項 は 、受 益 者 指 定 権 等 は 相 続 に よ っ て 承 継 さ れ な い こ と を 定 め る 。第 5 項
の 趣 旨 は 、信 託 行 為 で 受 益 者 指 定 権 者 を 指 名 し た 委 託 者 の 合 理 的 意 思 は 、受 益 者
指 定 権 者 が 死 亡 し た 場 合 に お い て 、そ の 相 続 人 に 受 益 者 指 定 権 を 行 使 さ せ る 意 図
ま で は 有 し て い な い と 考 え ら れ る た め で あ る と 説 明 さ れ て い る 47 。 し た が っ て 、
受 益 者 指 定 権 を 有 す る 者 が 、受 益 者 を 指 名 し な い う ち に 死 亡 し た 場 合 に は 、当 該
信 託 は 受 益 者 が 存 し な い こ と が 確 定 し 信 託 は 終 了 す る こ と と な る 。ま た 、受 益 者
変更権を有する者が受益者を変更しないうちに死亡した場合には、原則として、
そ の 時 点 に お け る 受 益 者 に 受 益 権 が 確 定 的 に 帰 属 し 、そ の ま ま 存 続 す る こ と と な
る 48 。
な お 、受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者 の 定 め の あ る 信 託 に つ い て は 、相 続 税 法 第 9
条の 3 の受益者連続型信託の範囲に含まれて、本条の適用があることとされて
いる。この点については後述する。
第 2款
遺言代用信託
新 信 託 法 第 90 条 が 創 設 さ れ 、第 1 項 各 号 に よ り 遺 言 代 用 信 託 が 認 め ら れ る こ
ととなった。遺言代用信託とは、委託者が生前に自己の財産を他人に信託して、
45
46
47
48
新 井 誠 [ 1] p.225
新 井 誠 [ 1] p.225
新 井 誠 [ 1] p.225
寺 本 昌 広 [ 53] p.255
24
委 託 者 生 存 中 に 委 託 者 自 身 を 受 益 者( 自 益 信 託 )と し 、委 託 者 の 死 亡 後 に 、自 己
の 子 や 配 偶 者 等 を 受 益 者 に す る こ と に よ っ て 、自 己 の 死 亡 後 に お け る 財 産 分 配・
承 継 の 達 成 を 図 る も の で あ る 。つ ま り 、遺 言 代 用 信 託 で は 、第 一 受 益 者 が 委 託 者
自 身 と な る こ と が ポ イ ン ト で あ る 。ま た 、遺 言 代 用 信 託 は 、生 前 行 為 を も っ て 財
産 分 配 を 図 る 点 で 、民 法 の 死 因 贈 与( 民 法 第 554 条 )と 類 似 す る 機 能 を 有 す る と
さ れ る 49 。 新 信 託 法 第 90 条 は 次 の よ う に 定 め て い る 。
信 託 法 第 90 条( 委 託 者 の 死 亡 の 時 に 受 益 権 を 取 得 す る 旨 の 定 め の あ る 信 託 )
次 の 各 号 に 掲 げ る 信 託 に お い て は 、当 該 信 託 の 委 託 者 は 、受 益 者 を 変 更 す
る 権 利 を 有 す る 。た だ し 、信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が あ る と き は 、そ の 定 め る
ところによる。
一
委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益
権を取得する旨の定めのある信託
二
委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の
定めのある信託
2
前 項 第 2 号 の 受 益 者 は 、同 号 の 委 託 者 が 死 亡 す る ま で は 、受 益 者 と し て
の 権 利 を 有 し な い 。た だ し 、信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が あ る と き は 、そ の 定 め
るところによる。
上 記 1 号 と 2 号 の 相 違 点 は 、1 号 の 受 益 者 は 委 託 者 の 死 亡 の 時 に は じ め て 受 益
者 と な る の に 対 し 、2 号 の 受 益 者 は 委 託 者 の 死 亡 前 か ら す で に 受 益 者 と し て 存 在
し て い る 点 で あ る 50 。 す な わ ち 、 1 号 は 委 託 者 の 死 亡 時 ま で 受 益 者 は お ら ず 、 委
託 者 が 存 命 中 に「 受 益 者 と し て 指 定 さ れ た 者 」を 指 定 し て い る の み で あ る 。一 方 、
2 号 は 、委 託 者 の 存 命 中 か ら 受 益 者 は 存 在 し て い る 。し か し 、当 該 受 益 者 は 、委
託 者 存 命 中 は 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る こ と が で き な い 。各 号 の 受 益 者 は 、委
託 者 の 死 亡 後 に 、信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る こ と が で き る 点 で 、ど ち ら の 形 式
であっても最終的な信託の効果は同様である。
49
50
新 井 誠 [ 1] p.169
金 盛 峰 和 「 遺 言 代 用 信 託 の 実 務 と 今 後 の 可 能 性 」 新 井 誠 ・ 神 田 秀 樹 ・ 木 南 敦 編 [ 2]
p.409
25
さ て 、一 般 的 に は 、自 己 の 死 亡 を 見 越 し て 特 定 の 者 に 所 有 財 産 を 帰 属 さ せ る 方
法 と し て 、「 遺 言 」 が あ る 。 ま た 、 前 述 の と お り 、 信 託 法 に お い て は 遺 言 に よ る
方 法 を 通 じ て 信 託 を 設 定 す る こ と が 可 能 で あ る ( 新 信 託 法 第 3 条 第 2 項 )。 こ の
ように、遺言による方法で設定された信託は「遺言信託」と呼ばれている。
遺言信託はあくまで遺言による財産の処分行為にあたるので、民法上の遺贈
( 民 法 第 964 条 ) に 準 じ た も の と し て 、 通 常 の 遺 言 と 同 様 に 公 正 証 書 等 の 一 定
の 方 式 に 従 わ な く て は な ら ず 、 厳 格 性 が 求 め ら れ て い る ( 民 法 第 960 条 以 下 )
51 。ま た 、遺 言 信 託 の 効 力 発 生 は 委 託 者 の 死 亡 時 で あ り( 民 法 第
985 条 第 1 項 )、
信 託 財 産 が 委 託 者 の 死 亡 時 以 後 に 受 託 者 に 移 転 す る こ と か ら 、所 有 権 移 転 登 記 手
続 等 の 執 行 手 続 が 必 要 と な り 、利 害 関 係 人 の 紛 争 に よ り 執 行 手 続 が 円 滑 に 進 め ら
れ な い と い っ た 問 題 が 起 こ り 得 る 52 。こ れ に 対 し て 、遺 言 代 用 信 託 は 契 約 に よ っ
て 設 定 さ れ る 信 託 で あ る た め 、遺 言 の よ う な 厳 格 な 書 式 は 要 求 さ れ な い の に 加 え
て 、遺 言 代 用 信 託 は 生 前 に 所 有 権 移 転 登 記 手 続 等 を 行 う た め 、遺 言 信 託 よ り 比 較
的 円 滑 に 手 続 を 執 行 す る こ と が で き る と い う 利 点 が あ る 53 。
ま た 、遺 言 信 託 で は 、遺 贈 は 自 己 の 死 亡 時 に 受 遺 者 が 存 在 し て 、か つ 、特 定 さ
れ て い な け れ ば な ら な い の で 、そ の 時 点 で 存 在 し て い な い 者 、た と え ば 、将 来 生
ま れ て く る で あ ろ う 孫 等 に 対 し て は 遺 言 信 託 が 適 用 さ れ な い こ と と な る 。そ れ に
対 し て 、遺 言 代 用 信 託 は 、信 託 行 為 や 信 託 の 効 力 発 生 時 に お い て 受 益 者 が 存 在 し
て い る こ と は 必 要 と さ れ な い の で 、上 記 の よ う な 者 を 信 託 の 受 益 者 と す る こ と は
可 能 で あ る 54 。
第 3款
後継ぎ遺贈型受益者連続型信託
新 信 託 法 第 91 条 に よ っ て は 、
「 後 継 ぎ 遺 贈 」の 代 替 的 な 機 能 を 果 た す「 後 継 ぎ
遺贈型受益者連続型信託」が明文化された。
新 井 誠 [ 1] p.169、 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] p.35
なお、遺言の作成方法については本論文(第 2 図)を参照。
52 新 井 誠 [ 1] p.169、 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] p.35
53 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] p.36
54 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] p.35 に お け る 図 を 参 照
51
26
信 託 法 第 91 条 ( 受 益 者 の 死 亡 に よ り 他 の 者 が 新 た に 受 益 権 を 取 得 す る 旨 の
定めのある信託の特例)
受 益 者 の 死 亡 に 因 り 、当 該 受 益 者 の 有 す る 受 益 権 が 消 滅 し 、他 の 者 が 新 た
な 受 益 権 を 取 得 す る 旨 の 定 め( 受 益 者 の 死 亡 に よ り 順 次 他 の 者 が 受 益 権 を 取
得 す る 旨 の 定 め を 含 む 。)の あ る 信 託 は 、当 該 信 託 が さ れ た 30 年 を 経 過 し た
時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であっ
て 当 該 受 益 者 が 死 亡 す る ま で 又 は 当 該 受 益 権 が 消 滅 す る ま で の 間 、そ の 効 力
を有する。
後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 は 、受 益 者 の 受 益 権 の 取 得 が 先 行 受 益 者 の 死 亡
に よ っ て 生 じ る 信 託 で あ る 。ま た 、後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 で は 、第 二 次
以 降 の 受 益 者 は 受 益 権 を 先 行 受 益 者 か ら 承 継 取 得 す る の で は な く 、委 託 者 か ら 直
接 に 受 益 権 を 取 得 す る も の と し て 法 律 構 成 さ れ る の が 特 徴 的 で あ る 。し か し 、税
務 上 で は 、第 二 次 以 降 の 受 益 者 の 受 益 権 の 取 得 は 先 行 受 益 者 か ら 贈 与 さ れ た も の
と し て 取 得 す る と 法 律 構 成 さ れ る 。こ の た め 、新 信 託 法 に お け る 後 継 ぎ 遺 贈 型 受
益者連続型信託と税務上の受益者連続型信託の範囲は異なることとなる。
な お 、こ の よ う な 後 継 ぎ 遺 贈 型 の 受 益 者 連 続 型 信 託 の 取 扱 い は 本 論 文 の 主 眼 で
あ る た め 、第 4 章 に お い て 詳 述 す る 。こ こ で は 、新 信 託 法 に よ り 、後 継 ぎ 遺 贈 型
の 受 益 者 連 続 型 信 託 が 創 設 さ れ た が 、そ の 法 律 構 成 は 税 務 上 の 受 益 者 連 続 型 信 託
とは異なるという点を指摘しておきたい。
27
第 2章
信託税制の変遷
本 章 で は 、ま ず 第 1 節 お よ び 第 2 節 に お い て 、大 正 11 年 に 信 託 税 制 が 制 定 さ
れ て か ら 、 平 成 18 年 に 新 信 託 法 が 制 定 さ れ て 、 翌 年 に 信 託 税 制 が 改 正 さ れ る ま
で の 、従 前 の 信 託 税 制( 第 1 節 に は 所 得 税 法 お よ び 法 人 税 法 を 、第 2 節 に は 相 続
税 法 )を 確 認 す る 。ま た 、第 3 節 で は 旧 信 託 税 制 の 問 題 点 に 対 す る 諸 学 説 を ま と
めることとする。
第 1節
所得税法における変遷
第 1款
大 正 11 年 改 正
大 正 11 年 の 旧 信 託 法 ( 大 正 11 年 法 律 62 号 ) に 伴 い 、 所 得 税 法 に お い て も 、
税制改正により、信託に関する規定が以下の通りに定められた。
【 大 正 11 年 】 所 得 税 法 第 3 條 ノ 2
信託財産ニ付生スル所得ニ關シテハ其ノ所得ヲ信託ノ利益トシテ享受
スヘキ受益者カ信託財産ヲ有スルモノト看做シテ所得税ヲ賦課ス 但シ本
法施行地ニ於テ信託利益ノ支拂ヲ爲ス貸付信託ニ付テハ此ノ限ニ在ラス
前項ノ規定ノ適用ニ付テハ受益者不特定ナルトキ又ハ未タ存在セサル
トキハ受託者ヲ以テ受益者ト看做ス 此ノ場合ニ於テハ受託者カ本法其ノ
法令ニ依リ所得税ヲ課セラレサル者ナルトキト雖尚所得税ヲ賦課ス
受託者法人ナル場合ニ於テ前項ノ規定ニ依リ所得税ヲ課スヘキ所得ハ
之ヲ個人ノ所得ト看做ス
信託會社ノ所得計算ニ付テハ貸付信託ニ因ル収入及支出ハ其ノ總収入
及總損金ヨリ之ヲ控除ス
【 大 正 11 年 】 所 得 税 法 第 16 條 ノ 2
第三条ノ二第二項第三項ノ規定ニ依リ所得税ヲ課スヘキ所得ハ之ヲ受
託者固有ノ所得ト區分シテ所得金額ヲ定ム 二以上ノ信託アル場合ニ於テ
ハ尚各信託毎ニ之ヲ定ム
28
このように、旧所得税法第 3 条の 2 は、信託財産を受益者が有するものとみ
な し て 課 税 す る こ と を 原 則 と し 、ま た 、受 益 者 が 不 特 定 な い し 不 存 在 の 場 合 に は 、
受託者を受益者とみなして課税することを定めていた。
旧 信 託 法 で は 、受 託 者 は 信 託 財 産 の 所 有 者 と な る た め 、そ の 所 得 か ら 生 ず る 所
得 は 受 託 者 の 所 得 と な り 、本 来 で あ れ ば 受 託 者 に 対 し て 課 税 し な け れ ば な ら な い 。
し か し 、経 済 的 に は 、信 託 の 利 益 を 実 質 的 に 享 受 し て い る の は 、受 託 者 で は な く
受 益 者 で あ り 、信 託 の 利 益 を 享 受 す る 受 益 者 に 課 税 す べ き も の で あ る 。こ の た め 、
立 法 者 に お い て も 、何 の 利 益 も 享 受 し な い 受 託 者 へ の 課 税 を 避 け る べ き こ と が 考
え ら れ て い た 55 。 所 得 税 の 改 正 理 由 と し て は 次 の と お り 説 明 さ れ て い た 。
第 1 項については、この特則を設けなければ信託財産に帰属する所得につい
て 、委 託 者 か ら 受 託 者 へ 、受 託 者 か ら 受 益 者 へ 、の 受 託 者 段 階 と 受 益 者 段 階 で の
二 重 課 税 が 生 じ て 不 合 理 と な る 、す な わ ち 、法 人 と 個 人 と の 計 算 方 法 が 異 な る か
ら 受 託 者 課 税 と 受 益 者 課 税 で は 計 算 結 果 が 異 な り 、受 益 者 に 対 す る 累 進 税 率 の 適
用 が 不 完 全 に な る こ と 、ま た 、受 益 者 が 受 託 者 よ り 得 る 収 益 は 受 託 者 に 対 す る 一
種 の 債 権 に よ り 生 ず る か ら 、信 託 財 産 の 内 容 に 応 じ た 課 税 を 可 能 に す る こ と 56 -
た と え ば 、信 託 財 産 が 田 畑 か 、株 式 か 、社 債 か に 応 じ て そ れ ぞ れ の 所 得 に 応 じ た
計算方法を用いることができるようにする-がその立法理由として挙げられて
い た 57 。
こ の 概 念 は 実 質 主 義 的 受 益 者 課 税 と い い 、そ の 後 の 信 託 税 制 の 基 本 的 な 考 え 方
と な っ て お り 58 、い わ ゆ る「 導 管 理 論 」を 前 提 に し た も の で あ る と 評 価 さ れ て い
三 淵 忠 彦 [ 75] p.451
「實質上何の利益をも享受せぬ受託者が、信託財産より生ずる所得について課税せられ
ると云ふ結果は、どうしてもこれを避けねばならぬ。つまりかゝる場合に於ては、受益
者 に 對 し て 課 税 す べ き も の と 爲 し 、 受 託 者 に 對 し て は 課 税 せ ぬ こ と に す る 必 要 が あ る 。」
56 遊 佐 慶 夫 [ 77] p.135
所得税法第 3 条の 2 の規定がなければ、受益者の所得は受益者に対する債権から生ず
るものであるから、信託財産の種類に拘らず、常に第三種所得税を課せられることにな
った。
57 大 蔵 省 編 纂 [ 11] pp.1154-1155
58 佐 藤 英 明 [ 33] p.6
ま た 、 実 質 主 義 的 受 益 者 課 税 の 採 用 に つ い て は 、 渡 邊 善 藏 氏 は 、「 第 一 に 所 得 税 を 問 題
として、委託者課税か、受託者課税か、受益者課税かを考へ、受益者課税を正 當なりと
決 定 し て 、『 受 益 者 が 信 託 財 産 を 有 す る も の と 看 做 し て 所 得 税 を 賦 課 す 』 と 先 づ 一 石 を 下
し た 」 と 説 明 し て い る 。 渡 邊 善 藏 [ 83] p.101
55
29
る。
し た が っ て 、信 託 財 産 に 関 し て 生 ず る 所 得 は 、信 託 の 利 益 を 享 受 す べ き 受 益 者
が 信 託 財 産 を 有 す る も の と み な し て 、所 得 税 が 課 税 さ れ る 。こ の 受 益 者 が 、信 託
財 産 を 保 有 す る も の と み な し て 課 税 さ れ る こ と は 二 つ の 意 味 を 包 有 す る 。一 つ は 、
受 託 者 を 信 託 財 産 の 所 有 者 と し て み な い こ と に よ り 、受 託 者 は 課 税 を 免 れ 、受 益
者 の み に 課 税 さ れ る こ と で あ る 。他 方 は 、受 益 者 が 信 託 財 産 か ら 収 入 を 取 得 す る
の は 受 益 権 か ら 取 得 す る 信 託 の 利 益 と し て 捉 え る の で は な く 、そ の 信 託 財 産 か ら
直 接 に 収 入 を 取 得 す る も の と し て 課 税 す る と い う こ と で あ る 59 。
な お 、旧 所 得 税 法 第 23 条 の 2 の 規 定 は「 生 ス ル 所 得 ニ 關 シ テ ハ 」と い う 文 言
があることから、信託財産の元本を取得する場合にはこの規定が適用されない。
ま た 、 受 益 者 は 、 単 な る 受 益 者 で は な く 、「 其 ノ 所 得 ヲ 信 託 ノ 利 益 ト シ テ 享 受 ス
ヘ キ 受 益 者 」が 所 有 す る も の と み な す た め 、信 託 財 産 の 元 本 の み を 取 得 す る 受 益
者( 元 本 受 益 者 )は 含 ま れ な い 60 。こ の 結 果 、所 得 税 法 で は 収 益 受 益 者 の み を 課
税 対 象 と し て い る こ と が わ か る 。な お 、受 託 者 が そ の 所 得 の 一 部 分 の み を 受 益 者
に引き渡した場合、または、その全部をある時期まで保留した場合においても、
その所得の全部に対して受益者の所得があるものとみなして課税することとさ
れ て い た 。ま た 、受 益 者 が 法 人 で あ る 場 合 に は 、信 託 財 産 か ら 取 得 し た 収 入 は 全
部 こ れ を そ の 法 人 の 総 益 金 に 加 え て 、信 託 財 産 に つ い て の 支 出 は 全 部 こ れ を そ の
法 人 の 総 損 金 に 加 え る と さ れ て い た 61 。
第 2 項は、第 1 項において受益者をもって納税義務者とする原則を定めた結
果 、 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 62 で あ る 場 合 に は 受 益 者 課 税 が 行 え な い た め 、
イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] p.282
渡 邉 幸 則 氏 は 、 こ の 点 に つ い て 、「 受 益 者 の 所 得 は 、 債 権 で あ る 信 託 受 益 権 か ら 生 ず る
のだから、原則として受益権取得のコストがない限り、その全額が課税すべきであると
いう理論が横たわっている。どうしても所得課税上は受益者が直接信託財産を所有して
い る と い う 擬 制 を と ら な い と 、 控 除 や 経 費 が 認 め に く い の で あ る 。」 と 述 べ て い る 。
60 渡 邊 善 藏 [ 82] p.144
61 三 淵 忠 彦 [ 75] pp.453-454
62 「 受 益 者 の 不 特 定 ま た は 未 存 在 」の 文 言 つ い て は 明 確 な 定 義 は な い が 、小 林 長 谷 雄 ・ 岩
本 巖[ 26]pp.124-125 で は 、受 益 者 の 不 特 定 と は 、例 え ば 倶 楽 部 の 部 員 又 は 特 定 の そ の
会員を受益者とする信託で、これらの者はときどき異動するものであるから、あらかじ
め契約によって特定することができない、等と説明している。また、受益者の未存在と
は、例えば特定すべき子が未だ生まれていない場合等、と説明している。
59
30
そ の 代 替 策 と し て 、受 託 者 を 受 益 者 と み な し て 課 税 す る 、い わ ゆ る 受 託 者 課 税 の
原 則 が 採 用 さ れ た 。こ の 規 定 は 、信 託 と は 委 託 者 が 財 産 権 の 完 全 権 を 受 託 者 に 与
え 、受 益 者 の た め に そ の 財 産 の 信 託 目 的 に 従 っ て 管 理・処 分 す べ き 債 務 を 受 託 者
に 負 わ せ る 制 度 で あ る と い う 、 い わ ゆ る 債 権 説 を 前 提 と し て い る 63 。
こ の 受 益 者 課 税 の 例 外 で あ る 規 定 の 趣 旨 と し て は 、受 託 者 に 課 税 す れ ば そ の 負
担は最終的に受益者に転嫁されることになるから受託者に対して不当な負担を
命 じ て い る こ と に は な ら な い こ と が 挙 げ ら れ た 。た だ し 、受 託 者 課 税 は 、受 益 者
の 固 有 所 得 と 合 算 す る こ と は で き な い か ら 、受 託 者 に 対 し て 担 税 力 に 応 じ た 課 税
と は い え な い 64 。し か し 、受 託 者 が 財 産 の 完 全 権 を 取 得 し て い る こ と か ら 、信 託
か ら の 所 得 に つ い て 受 託 者 課 税 は 可 能 で あ り 、そ の よ う な 場 合 の 課 税 関 係 の 複 雑
さ を 解 消 し て い る も の と し て 一 定 の 評 価 が で き る 65 。
第 3 項は、第 2 項の規定により受託者を納税義務者にする場合において、受
託 者 が 法 人 で あ る と き は 、す べ て 個 人 の 所 得 と し て 課 税 さ れ る こ と を 定 め て い る 。
こ の 規 定 の 趣 旨 と し て 、受 託 者 は 信 託 財 産 の 所 得 を 私 用 の た め に 用 い る こ と が で
き な い こ と か ら 、そ の 資 格 に 応 じ て 課 税 さ れ る 理 由 が な い こ と や 、受 託 者 の 課 税
は 受 益 者 課 税 の 代 替 措 置 に 過 ぎ ず 、受 託 者 が 法 人 で あ っ て も 、個 人 で あ っ て も そ
の 課 税 を 区 分 す る 必 要 が な い こ と 、ま た 受 益 者 が 不 特 定 で あ る 場 合 に は 、後 に 特
定 す る 受 益 者 が 法 人 で あ る か 、は た ま た 個 人 で あ る か は 不 明 で あ り 、各 々 の 受 益
者 に よ っ て 所 得 を 区 分 す る こ と は 、第 一 種 所 得 課 税( 法 人 所 得 で 、超 過 所 得 、留
保 所 得 、 配 当 所 得 、 清 算 所 得 に 分 か れ る 。) か 、 第 三 種 所 得 課 税 ( 個 人 所 得 で 、
第 二 種 所 得 税 以 外 の も の を 合 計 し て 超 過 累 進 税 率 の 対 象 と す る 。) を 行 う か 煩 雑
になることが挙げられた。
理 論 上 で は 、第 三 種 で な け れ ば な ら な い と い う こ と は で き な い が 、第 一 種 と す
占 部 裕 典 [ 9] p.7
渡 邊 善 藏 [ 81] p.58
渡邊善藏氏は「只受益者の固有財産と合併することを得ないから、眞の担税力に適應し
たる課税とは云ひ得ないが、受益者に對して直接課税し得ないのであるから、己むを得
ず此の例外を設けたのである」と述べている。
65 占 部 裕 典 [ 9] p.7
佐藤英明教授もまた「受託者課税が受益者の代替課税である認識の下に、かなりの程
度、技術的に洗練された制度であったといえる」と所得税法第3条の2第2項における
受 託 者 課 税 を 評 価 し て い る 。 佐 藤 英 明 [ 32] p.7
63
64
31
る に は そ の 資 本 金 を 計 算 す る 必 要 が あ る 66 。し か し 、信 託 財 産 か ら 生 じ る 所 得 は 、
受託者である法人が自己の資本金を運用することによって生じたものではない
た め 、結 果 的 に 法 人 の 所 得 と し て 算 定 す る こ と が で き な い 67 。こ の 場 合 、所 得 は
受 託 者 の 固 有 資 本 と は 関 係 が な い た め 合 算 せ ず 、別 個 の も の と し て 税 率 を 適 用 す
る こ と と な っ た 。し た が っ て 、受 託 者 が 法 人 で あ る と き は 通 常 第 一 種 の 所 得 計 算
と し て 課 税 さ れ る こ と と な る が 、信 託 財 産 か ら 生 ず る 所 得 に つ い て は 、す べ て 個
人の所得とみなして第三種の所得計算により課税されることとなった。
なお、旧所得税法第 3 条の 2 第 1 項の「但シ本法施行地ニ於テ信託利益ノ支
拂 ヲ 爲 ス 貸 付 信 託 ニ 付 テ ハ 此 ノ 限 ニ 在 ラ ス 」と い う 文 言 よ り 、貸 付 信 託 の 信 託 財
産 は 受 益 者 の 財 産 と は み な さ な い で 、受 託 者 の 財 産 と し て 取 扱 う こ と と し て い る 。
貸 付 信 託 と は 、信 託 会 社 の 引 き 受 け る 金 銭 信 託 で あ っ て 、信 託 財 産 の 運 用 方 法 を
預 入 又 は 貸 付 の み に 限 定 し た も の を い う( 旧 所 得 税 法 第 3 条 の 1)。貸 付 信 託 は 、
受 益 者 の 所 有 と は み な さ な い が 、実 質 的 に は 受 益 者 に 属 す る こ と は 他 の 信 託 の 信
託財産の場合と変わりないので、旧所得税法第 3 条の 2 第 4 項により貸付信託
に よ る 収 入・支 出 は 、信 託 会 社 の 計 算 上 の 総 益 金 、総 損 金 か ら 控 除 す る こ と と さ
れ た 68 。
総 括 と し て 、大 正 11 年 改 正 は 、所 得 税 法 第 3 条 の 2 第 1 項 に お い て 、導 管 理
論 と い う 概 念 を 根 底 に 置 き 、信 託 財 産 か ら 生 ず る 所 得 は 受 益 者 が 有 す る も の と み
な し て 受 益 者 に 課 税 す る 、受 益 者 課 税 を 原 則 と し た こ と 、同 時 に 第 2 項 に お い て
は 、受 託 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 で あ る と き は 受 託 者 課 税 を 採 用 し 、導 管 理 論 の
例外を認めたことが本改正において重要な点である。
第2款
昭 和 15 年 改 正
昭 和 15 年 改 正 で は 、 第 一 種 所 得 は 所 得 税 か ら 分 離 さ れ 、 新 た に 「 法 人 税 法 」
が 創 設 さ れ た 。こ の 改 正 は 、第 一 に 負 担 力 に 応 じ た 税 制 に す る こ と 、第 二 に 歳 入
の増加を図るとともに弾力性のある税制を樹立することが、念頭に置か れてい
66
67
68
渡 邊 善 藏 [ 81] p.59
前 田 吉 太 郎 [ 70] p.5
高 木 文 雄 ・ 小 平 敦 [ 43] p.223
32
た 69 。
こ れ に よ り 、所 得 税( 個 人 所 得 課 税 )は 、不 動 産 所 得・配 当 利 子 所 得・事 業 所
得・勤 労 所 得・山 林 所 得・退 職 所 得 、の 6 種 類 の 所 得 ご と に 課 税 す る 分 類 所 得 課
税 と 、こ れ ら の 所 得 額 を 合 算 し た 金 額 が 5000 円 を 超 え る 場 合 に 累 進 税 率 で 課 税
す る 総 合 所 得 課 税 の 二 本 建 に 独 立 さ れ た 70 。こ の よ う な 大 き な 改 正 を 通 じ て 、所
得 税 法 の 信 託 関 連 規 定 は 以 下 の 通 り に 改 正 さ れ た 。な お 、こ の 規 定 は 、法 人 税 法
においても準用されることとなった。
【 昭 和 15 年 】 所 得 税 法 第 6 条
信託財産ニ付生ズル所得ニ關シテハ其ノ所得ヲ信託ノ利益トシテ享受
スヘキ受益者カ信託財産ヲ有スルモノト看做シテ所得税ヲ賦課ス 但シ本
法施行地ニ於テ信託利益ノ支払ヲ為ス合同運用信託ニ付テハ此ノ限ニ在
ラズ
前項ノ規定ノ適用ニ付テハ受益者不特定ナルトキ又ハ未ダ存在セザル
トキハ委託者又ハ其ノ相続人ヲ以テ受益者ト看做ス
【 昭 和 15 年 】 所 得 税 法 第 7 条
本法ニ於テ合同運用信託トハ信託会社ノ引受ケタル金銭信託ニシテ共
同セサル多数ノ委託者ノ信託財産ヲ合同シテ運用スルモノヲ謂フ
【 昭 和 15 年 】 法 人 税 法 第 5 条
所得税法第 6 条第 7 条ノ規定ハ法人税ノ賦課ニ付之ヲ準用ス
旧所得税法第 6 条は、信託税制の原則を、上述の旧所得税法第 3 条の 2 と同
様 に 、信 託 財 産 か ら 生 ず る 所 得 は 受 益 者 が 有 す る も の と み な し て 受 益 者 に 課 税 す
る、すなわち実質主義的受益者課税が継続して採用されたことには変わりない。
し か し 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信 託 で あ る 場 合 に は 、信 託 の 委 託 者 ま た
は そ の 相 続 人 を も っ て 、受 益 者 と み な し 、課 税 す る こ と と し て い る 、い わ ゆ る 委
69
70
平 田 敬 一 郎 [ 63] p.54
佐 藤 英 明 [ 33] p.14
33
託者課税の原則を採用した点で、旧所得税法第 3 条の 2 で行われていた受託者
課税と比して、信託課税の基本構造を変更した大きな改正点といえる。
こ の よ う に 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信 託 に 対 し て「 委 託 者 課 税 」を 行
う に 至 っ た 理 由 は 二 つ あ る 。一 つ は 、受 益 者 が 不 特 定 又 は 未 存 在 の 信 託 に つ い て
は 、当 時 の 信 託 の 実 情 か ら 照 ら し て 、受 益 権 は そ の 受 益 者 が 特 定 ま た は 存 在 す る
ま で 、実 質 上 は 委 託 者 の 手 中 か ら 分 離 し な い も の と み る こ と が 実 情 に 沿 う と 考 え
ら れ て い た か ら で あ る 71 。
こ の 実 情 の 内 容 に つ い て 、佐 藤 英 明 教 授 は「 委 託 者 が 信 託 設 定 後 も 信 託 財 産 に
対 す る 直 接 的 な 支 配 を 有 し て い る と い う 実 情 を 指 し て い る も の と 推 測 さ れ る 。受
益者が特定している場合等であってもその変更権を委託者が有していることが
一 般 的 だ と さ れ る よ う な 状 況 の 下 で は 、受 益 者 が 不 特 定 の 場 合 等 に は 、な お さ ら 、
委 託 者 の 信 託 財 産 に 対 す る 支 配 が 強 力 に な さ れ た こ と は 想 像 に 難 く な い 」と 述 べ
て い る 72 。
他 方 の 理 由 は 、不 特 定・未 存 在 の 人 格 を 仮 定 し て 分 離 課 税 を す る 従 前 の 受 託 者
課 税 の 原 則 の 下 で は 、不 当 に 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 者 を 受 益 者 と す る 信 託 が 多 く
設 定 さ れ て し ま い 、他 の 所 得 と 総 合 し て 累 進 課 税 に よ る 課 税 を 行 う 改 正 法 の 総 合
課 税 の 制 度 を 回 避 す る と い う よ う な 、所 得 分 割 に よ る 租 税 回 避 を 図 る こ と が 懸 念
さ れ た か ら で あ る 。し た が っ て 、改 正 法 は 、委 託 者 が 信 託 の 利 益 を 自 己 の 所 得 か
ら 切 り 離 し 、累 進 税 率 の 適 用 を 免 れ る と い っ た 租 税 回 避 行 為 を 防 止 す る こ と に 重
き を 置 い て い る 73 。
佐 藤 英 明 教 授 は 、改 正 法 の 特 徴 と し て 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に
片 岡 政 一 [ 15] p.107、 小 林 長 谷 雄 ・ 岩 本 巖 [ 26] p.125
佐 藤 英 明 [ 33] p.15
73 高 橋 諦 [ 47] pp.2-3
高橋諦氏は「然し委託者を以て受益者と看做すとは、委託者をして將来特定し又は存在
に至るべき受益者に代り、受益者の地位に於て納税義務を負擔せしむるだけであつて、
其の信託財産より生ずる所得を、委託者の固有所得と全く同一に合算課税するの趣旨で
はない。信託財産から生ずる所得と委託者の固有所得とは、各資格を異にする別個の納
税主體に歸屬するものであるから、両者を分離獨立せる別個の納税者として各別に課税
すべきであるとの見解があるかもしれぬ」といった 見解を紹介している。自身は、文理
上委託者の固有財産と、信託財産の受益者とみなされる所得とを分離すべきであると解
する理由はないとして、分類所得課税および総合所得課税を通して委託者固有の所得に
合算課税すべきと述べている。
71
72
34
は 受 託 者 に 対 し て 「 代 替 課 税 」 を 行 う 、 と い う 発 想 が 影 を 潜 め た と 指 摘 す る 74 。
ま た 、 佐 藤 英 明 教 授 は 、「 代 替 課 税 と し て の 受 託 者 課 税 を 委 託 者 課 税 に そ の ま ま
あ て は め る な ら ば 、委 託 者 は 信 託 の 所 得 に つ き 、自 ら の 所 得 と は 区 別 し て 課 税 さ
れ る べ き で あ り 、ま た 、複 数 の 信 託 に つ い て 委 託 者 課 税 を 受 け る 場 合 に は 信 託 ご
と に 区 分 し て 課 税 さ れ る べ き だ と い う こ と に な ろ う 。し か し 、改 正 法 は 旧 法 の こ
れ ら の 定 め の 対 応 す る 規 定 を ま っ た く 持 っ て い な い 。『 信 託 の 実 情 』 と 租 税 回 避
否 認 の 考 え 方 に 支 え ら れ た 改 正 法 に お い て は 、『 受 益 者 と み な す 』 委 託 者 へ の 課
税 は も は や 代 替 課 税 と は 考 え ら れ て い な い の で あ る 。」 と 述 べ ら れ て お り 75 、 受
託 者 課 税 か ら 委 託 者 課 税 の 変 更 は 、「 技 術 的 な 代 替 課 税 」 か ら 「 実 質 主 義 的 な 委
託 者 課 税 」 へ の 変 更 で あ る と 指 摘 す る 76 。
こ の よ う な 受 託 者 課 税 か ら 委 託 者 課 税 へ の 変 更 は 、信 託 税 制 の 基 本 構 造 に 対 す
る 重 要 な 変 更 点 で あ り 、 一 般 原 則 と し て の 受 益 者 課 税 と 併 せ て 、 平 成 19 年 に 信
託 税 制 の 改 正 が 行 わ れ る ま で 、 引 き 継 が れ て い く こ と と な っ た 。 平 成 19 年 改 正
前 の 信 託 税 制 を ま と め る と 、原 則 と し て 信 託 財 産 は 受 益 者 に 実 質 的 に 帰 属 す る と
み な す 受 益 者 課 税 が 採 用 さ れ 、例 外 と し て 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に
は委託者またはその相続人をもって受益者とみなす委託者課税が採用されてい
た。
佐 藤 英 明 [ 33] p.16
佐 藤 英 明 [ 33] pp.16-17
佐藤英明教授はこのような委託者課税を「実質主義的委託者課税」と呼んでいる。
76 佐 藤 英 明 [ 33] p.35
74
75
35
第 2節
相続税法における変遷
相 続 税 法 に は 所 得 税 法 、法 人 税 法 に お け る 実 質 取 得 者 課 税 の 原 則 に 相 当 す る 規
定 は 存 在 し な い 。な ぜ な ら 、所 得 税 法 、法 人 税 法 は 信 託 が 成 立 し た 後 の「 信 託 財
産 」に か か わ る 収 入・支 出 の 帰 属 を 問 題 す る の に 対 し 、相 続 税 法 は 信 託 行 為 が あ
った場合(すなわち、信託設定時)のことを規定しているからである。
我 が 国 の 相 続 税 は 、 日 露 戦 争 の 戦 費 捻 出 と し て 明 治 38 年 に 制 定 さ れ た が 、 当
時 は 全 文 26 箇 条 お よ び 附 則 し か な い 簡 単 な 内 容 で あ っ た 77 。 相 続 税 の 課 税 方 式
に は 、遺 産 の 総 額 を 対 象 と す る 遺 産 税 方 式 と 、取 得 者 ご と の 取 得 財 産 を 対 象 と す
る 遺 産 取 得 者 課 税 方 式 の 二 つ が あ り 、 相 続 税 法 の 創 設 当 時 は 、 旧 民 法 ( 明 治 31
年 法 律 第 9 号 )に お け る 相 続 制 度 で あ っ た 家 督 相 続 及 び 遺 産 相 続 に 対 し て 、遺 産
税 方 式 が 採 用 さ れ る こ と と な っ た 78 。こ れ は 、租 税 徴 収 お よ び 財 産 調 査 等 の 便 宜
か ら 遺 産 課 税 方 式 を 採 用 さ れ た よ う で あ る 79 。な お 、遺 産 課 税 方 式 は 、昭 和 25 年
のシャウプ勧告に基づく税制改正により遺産取得者課税方式に変更されるまで
維 持 さ れ る こ と と な っ た 。遺 産 課 税 方 式 の 下 で は 、生 前 の 贈 与 に つ い て は 、推 定
家 督 相 続 人 ま た は 推 定 遺 産 相 続 人 等 特 定 の 者 に 贈 与 し た 場 合 に の み 、遺 産 相 続 が
開 始 し た も の と み な し て 相 続 税 を 課 す る こ と と し 、こ の 時 点 に お い て は 贈 与 税 も
独 立 し た 税 目 で は な か っ た 80 。
第1款
大 正 11 年 改 正
大 正 11 年 に 信 託 法 が 制 定 さ れ た こ と に 伴 い 、 相 続 税 法 も 改 正 ( 大 正 11 年 4
月 法 律 第 48 号 交 付 、大 正 12 年 1 月 1 日 施 行 )さ れ 、相 続 税 法 第 23 条 の 2 の 規
定が新たに設けられたとともに、財産の評価方法を規定する相続税法第 5 条に
改正が加えられた。改正後の条文は次のとおりである。
77
78
79
80
白 崎 浅 吉 [ 40] p.8
岩 下 忠 吾 [ 6] p.21
中 野 伸 也 [ 55] p.8
川 口 幸 彦 [ 18] p.300
36
【 大 正 11 年 】 相 続 税 法 第 5 條
條 件 附 權 利 、存 續 期 間 ノ 不 確 定 ナ ル 權 利 、信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 又
ハ訴訟中ノ權利ニ付テハ政府ノ認メル所ニ依リ其ノ價格ヲ評定ス
第三條ニ依リ控除スヘキ債務金額ハ確實ト認メタルモノニ限ル
【 大 正 11 年 】 相 続 税 法 第 23 條 ノ 2
信託ニ付委託者カ他人ニ信託ノ利益ヲ受クヘキ權利ヲ有セシメタルト
キハ其ノ時ニ於テ信託ノ利益ヲ受クヘキ權利ヲ贈與又ハ遺贈シタルモノ
ト看做シ第三條及第二十條及前條ノ規定ヲ適用ス 但シ不動産又ハ船舶ノ
歸 屬 ス ヘ キ 權 利 ニ 付 テ ハ 前 條 ノ 規 定 ヲ 適 用 セ ス 81
旧 相 続 税 法 第 5 条 の 規 定 は 、本 改 正 で「 信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 」が 追 加 さ
れ て い る 。こ れ は 、被 相 続 人 が 信 託 の 受 益 者 で あ り 、受 益 権 が 受 益 者 の 死 亡 そ の
81
「前條ノ規定」とは以下のとおりである。
相続税法第 3 条
被相続人が、相続開始前一年以内に、自ら委託者となって信託を設定し、他人を受益者
と定めたときは、その受益権の価格はこれを相続財産に加算して、これを課税価格とする
相 続 税 法 第 20 条
相続財産によって相続税を完納できないときは、相続開始前一年以内に、被相続人が自
ら委託者となって信託を設定した場合のその信託の受益者と定められた社が、信託受益権
の限度において、相続税の不足額を納付しなければならない。ただし、相続人が相続税の
延納を許可された場合には、受益者は不足額を納付しなくてもよい
相 続 税 法 第 23 条
被相続人が自ら委託者となって自己の財産で信託を設定し、他人を受益者と定めたとき
に 、 そ の 受 益 者 と 定 め ら れ て 者 が 次 の 者 で あ る 場 合 に は 、 そ の 信 託 受 益 権 の 価 格 が 500
円以上であるときに限り、遺産相続が開始したものとみなして、その信託受益権の価格を
課税価格として受益者に課税する。
一 被相続人が推定家督相続人又は推定遺産相続人を受益者と定めたときの受益者
二 分家をするに際し又は分家をした後に、本家の戸主が分家の戸主を受益者と定めた
ときの受益者
三 分家をするに際し又は分家をした後に、本家の家族が分家の戸主を受益者と定めた
ときの受益者
四 分家をするに際し又は分家をした後に、本家の戸主が分家の家族を受益者と定めた
ときの受益者
五 分家をするに際し又は分家をした後に、本家の家族が分家の家族を受益者として 定
めたときの受益者
37
他 の 理 由 に よ り 、相 続 人 に 承 継 さ れ る 関 係 に あ る と き は 、条 件 付 権 利 、存 続 期 間
の 不 確 実 な 権 利 、訴 訟 中 の 権 利 と 同 じ く 、政 府 の 定 め た 方 法 に し た が っ て 評 価 す
る こ と を 規 定 し て い る 82 。 な ぜ な ら 、 信 託 受 益 権 は 評 価 が 極 め て 困 難 で あ り 83 、
納税者に評価を委ねると政府との対立が予測できたからである。
旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 の 規 定 は 、課 税 要 件 を「 信 託 ニ 付 委 託 者 カ 他 人 ニ 信 託
ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 ヲ 有 セ シ メ タ ル 」場 合 と し 、信 託 に つ い て 委 託 者 が 他 人 に
信 託 の 利 益 を 受 け る べ き 権 利 を 有 せ し め た る と き は 、そ の 時 に お い て 、委 託 者 か
ら 他 人 に「 信 託 の 利 益 を 受 け る べ き 権 利 」を 贈 与 ま た は 遺 贈 し た も の と み な す こ
と と し て 、相 続 税 を 課 す と し て い る 84 。す な わ ち 規 定 は 、信 託 財 産 自 体 を 課 税 物
件 と し て い る で は な く 、「 信 託 の 利 益 を 受 け る べ き 権 利 」 を 課 税 物 件 と し て い る
ことがわかる。
こ れ は 、信 託 財 産 は 、受 託 者 所 有 の 財 産 で は あ る が 、受 託 者 を 被 相 続 人 と し て
相 続 が 開 始 し て も 、 そ の 財 産 は 相 続 財 産 と は な ら な い ( 旧 信 託 法 第 15 条 ) の に
加 え て 、委 託 者 が 受 託 者 を 信 頼 し て そ の 信 託 財 産 の 管 理・処 分 を 委 託 す る の で あ
る か ら 、そ の 相 続 人 に 受 託 者 と し て の 地 位 を 移 す こ と は 不 合 理 で あ り 、信 託 財 産
を 相 続 人 の 所 有 に 移 す こ と が 不 当 と 考 え ら れ た た め で あ る 85 。
信 託 財 産 が 受 託 者 の 相 続 財 産 を 構 成 し な い 結 果 、そ の 財 産 は 信 託 が 終 了 す る ま
で は ま っ た く 相 続 税 が 課 さ れ る こ と の な い 財 産 と な る 。ま た 、委 託 者 お よ び 受 益
者 に つ い て も 信 託 財 産 の 所 有 者 で は な い た め 、こ れ ら の 者 の 相 続 財 産 と は な り 得
ないから、同様に信託財産は信託が終了するまでは相続税の課税がなされない。
し か し 、信 託 行 為 に よ り 、受 益 者 が 有 す る こ と と な っ た 信 託 の 権 利( 信 託 受 益
権 )に つ い て は 、一 種 の 財 産 権 と 考 え ら れ 86 、原 則 と し て そ の 権 利( 受 益 権 )は
相 続 財 産 を 構 成 し 、相 続 税 の 課 税 対 象 と な る 。こ の 信 託 受 益 権 に は 、元 本 受 益 権
占 部 裕 典 [ 9] p.16
渡 邊 善 藏 [ 81] p.68
大 正 11 年 に お い て も 信 託 受 益 権 と い う 無 形 の 権 利 の 価 格 を 評 価 す る こ と は 有 形 財 産 を
評価するよりも困難であると考えられていた。そこで、その価格をいかにして定めるべ
きかを規定する必要があり、これが信託法の制定に伴って、相続税法を改正するに至っ
た理由の一つであった。
84 下 野 博 文 [ 38] pp.2-3
85 渡 邊 善 藏 [ 81] p.67
86 信 託 受 益 権 の 性 質 に つ い て は 本 論 文 第 1 章 第 3 節 第 3 款 を 参 照 。
82
83
38
と 、収 益 受 益 権 の 二 つ の 財 産 権 が あ り 、こ の 二 つ の 権 利 の 一 方 の み を 有 す る 場 合
も あ れ ば 、二 つ を 合 わ せ て 有 す る 受 益 権 も あ る 87 。た と え ば 、あ る 者 が 、あ る 土
地 を 信 託 し た 場 合 に お い て は 、そ の 土 地 か ら 生 ず る 収 益 受 益 権 は 相 続 財 産 を 構 成
し、その土地そのものから生ずる元本受益権においても、相続財産を構成する。
し た が っ て 、土 地 が 信 託 財 産 で あ る 場 合 に は 、土 地 で あ る 実 体 は 相 続 財 産 と は な
ら な い が 、そ の 土 地 が 信 託 受 益 権 と い う 抽 象 的 な 財 産 権 に 変 化 し て 、相 続 税 の 課
税対象となるのである。
な お 、た だ し 書 き に よ り 、受 益 権 の う ち 不 動 産 ま た は 船 舶 の 帰 属 す べ き 権 利 は
課 税 対 象 外 と な っ て い る 。こ れ は 、不 動 産 ま た は 船 舶 に は 登 録 税 が か か り 、そ の
課 税 が 相 続 税 よ り 重 く 賦 課 さ れ て い た た め 、相 続 税 は 課 税 対 象 外 と さ れ た た め で
ある。
さ ら に 、規 定 の「 他 人 ニ 信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 ヲ 有 セ シ メ タ ル 」場 合 と は 、
信 託 の 設 定 行 為 に お い て 有 せ し め た る 場 合 の ほ か 、受 益 権 を 変 更 す る こ と に よ っ
て 有 せ し め た る と き も 含 ま れ る と 解 さ れ る 。こ れ は 、た と え ば 設 定 の 時 に 有 せ し
め た る 場 合 に の み に 限 る と 、設 定 時 に 委 託 者 自 身 が 受 益 者 と な り 、相 続 税 の 課 税
を 避 け た う え で 、後 日 に そ の 受 益 権 を 他 人 に 与 え る と い う 行 為 を 招 く 恐 れ が あ る
た め で あ る 。こ の た め 規 定 は 、こ の よ う な 行 為 を 防 止 す る た め に 両 者 を 含 む 広 い
条文となっている。
課 税 時 期 に つ い て は 、規 定 が「 他 人 ニ 信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 ヲ 有 セ シ メ タ
ル ト キ ハ 其 ノ 時 ニ 於 テ 」贈 与 ま た は 遺 贈 を あ っ た と み な し て い る こ と か ら 、信 託
設 定 時 が 原 則 と し て 課 税 時 期 と な る 。し か し 、例 外 と し て 委 託 者 が 受 益 者 で あ る
場 合 に 、他 に 受 益 者 を 変 更 さ れ た と き は 、委 託 者 か ら 他 人 に 受 益 者 を 変 更 し た 時
が 課 税 時 期 と さ れ る 88 。
大 正 11 年 改 正 は 、 信 託 を 用 い て 委 託 者 自 身 が 受 益 者 と な り 、 相 続 税 の 課 税 を
避 け た う え で 、後 日 に そ の 受 益 権 を 他 人 に 贈 与 す る と い っ た 行 為 を 防 止 す る と い
う租税回避規定の特色を有する。信託を利用して他人に受益権を与える行為は、
結 果 的 に 財 産 を 贈 与 す る こ と と に は 違 い な い の で 、本 条 を 設 け て こ れ を 贈 与 の 場
合と同様に取扱うこととした。
87
88
下 野 博 文 [ 38] p.2、 渡 邊 善 藏 [ 81] p.69
下 野 博 文 [ 38] p.3
39
総 括 と し て 、旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 は 、課 税 要 件 を「 信 託 ニ 付 委 託 者 カ 他 人
ニ 信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ キ 權 利 ヲ 有 セ シ メ タ ル 」場 合 と し 、
「 信 託 設 定 時 課 税 」と 、
相続財産が「信託受益権」であることの二点が明確となっている。
第 2款
大 正 15 年 改 正
大 正 15 年 改 正 で は 、 旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 に は 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存
在 で あ る 場 合 の 課 税 の 取 扱 い が 規 定 さ れ て い な か っ た こ と か ら 、そ の 場 合 の 取 扱
いを解決すべく新たに第 2 項が追加された。規定は以下のとおりである。
【 大 正 15 年 】 相 続 税 法 第 23 條 ノ 2
信託ニ付委託者カ他人ニ信託ノ利益ヲ受クヘキ權利ヲ有セシメタルト
キハ其ノ時ニ於テ信託ノ利益ヲ受クヘキ權利ヲ贈與又ハ遺贈シタルモノ
ト看做シ第三條及第二十條及前條ノ規定ヲ適用ス 但シ不動産又ハ船舶ノ
歸屬スヘキ權利ニ付テハ前條ノ規定ヲ適用セス
前項ノ場合ニ於テ受益者不特定ナルトキ又ハ未タ存在セサルトキハ委
託者ノ直系卑属ヲ受益者ト為シタルモノト看做シ其ノ受託者ヲ相続財産
管理人ト看做ス
旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 第 2 項 は 、受 益 を 目 的 と す る 契 約 信 託 に お い て 、不 特
定 ま た は 未 存 在 の 第 三 者 に 対 し て 、信 託 の 利 益 を 受 け る べ き 権 利 を 与 え た 場 合 に
適 用 さ れ る 89 。そ の 課 税 方 法 は 、遺 産 相 続 税 の う ち 、最 も 低 い 直 系 卑 属 に 対 す る
税 率 を 適 用 し 、そ し て 、被 相 続 人 を 不 明 で あ る と し て 、受 託 者 を も っ て そ の 相 続
財 産 管 理 人 と み な し 、そ の 遺 産 相 続 人 と み な さ れ る 受 益 者 が 確 定 す る ま で は 、そ
の受託者が相続税の納付その他相続財産の管理を行うと規定している。
旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 は 、課 税 要 件 に つ い て 解 釈 上 の 問 題 と し て 、 ① 委 託 者
が 受 益 者 指 定 権・変 更 権 を 有 し て い る 信 託 で 、委 託 者 が そ の 権 利 を 行 使 し た 場 合
に こ の 規 定 の 適 用 が あ る か 否 か 、② 信 託 行 為 で 受 益 者 が 重 複 し て 指 定 さ れ た 場 合
に こ の 規 定 の 適 用 が あ る か 否 か 、③ 信 託 の 利 益 を 受 け る べ き 権 利 の 中 に 帰 属 権 利
89
細 矢 祐 治 [ 68] p.60
40
者 が 含 ま れ る か 否 か 、 の 3 点 に つ い て 議 論 さ れ て い た 90 。
① の 問 題 つ い て は 、旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 の も と で 、受 益 者 が 変 更 し た 時 を
課 税 時 期 で あ る と 解 し て も 問 題 な い 91 。② の 問 題 点 に つ い て は 、例 え ば「 本 信 託
に つ い て 、収 益 受 益 者 甲( 委 託 者 )が 死 亡 し た 場 合 に は 収 益 受 益 権 は 乙 に 帰 属 す
る 」と い っ た 信 託 契 約 を 設 定 し た 場 合 に 顕 在 し 、第 二 次 受 益 者 乙 に 対 す る 課 税 が
問 題 と さ れ た 92 。
こ れ に よ り 、乙 の 課 税 関 係 に つ い て 、
( 1)死 亡 時 に 効 力 の 発 生 す る 贈 与( 死 因
贈 与 ) と み な し て 、 委 託 者 甲 死 亡 時 に 受 益 権 が 発 生 す る と 解 す る 学 説 93 と 、( 2)
信 託 設 定 の 効 果 と し て 、甲 と 乙 は と も に 重 複 的 な 受 益 権 を 取 得 す る に 過 ぎ な い の
で あ っ て 、両 者 の 権 利 は 互 い に そ の 取 得 す べ き 範 囲 を 異 に す る も の で あ る( よ っ
て 、信 託 設 定 時 を 課 税 時 期 と す る )と 解 す る 学 説 94 が 対 立 し た 。当 時 、課 税 庁 は
下 野 博 文 [ 38] p.4
下 野 博 文 [ 38] p.3、 占 部 裕 典 [ 9] p.19
92 こ の 信 託 は 、 当 初 自 益 信 託 で あ っ た も の が 、 委 託 者 の 死 亡 と い う 条 件 事 実 に よ り 他 益
信託へ変更されるという特殊性に関して問題とされ、後継ぎ遺贈の信託 の問題とは異な
る。
93 奈 良 梵 夫 [ 56] p.25
奈 良 梵 夫 氏 に よ り 提 唱 さ れ た 説 で あ る 。「( … … 中 略 … … ) 若 し 甲 が そ の 死 亡 の 時 に 受 益
權を乙に附與する意思なりと解すべきものであれば-かく解釋することが實情に適する
場合が多いと思ふ-死亡の時に受益權が發生するものと解すべく、從つて税法第二十三
條の二の適用に付いては死亡の時に效力の發生する贈與即ち死因贈与と看做すべきもの
と信ずる。それと何んでもかんでも信託設定の時に發生するものと解すべきだと窮屈に
解 す る 必 要 は 毫 も な い 。」
94 高 橋 諦 [ 46] pp.58-59
高 橋 諦 氏 に よ り 提 唱 さ れ た 説 で あ る 。「 第 二 次 受 益 者 乙 は 第 一 次 受 益 者 甲 の 死 亡 に 因 り
其の權利を承繼取得するものではない。設定行爲の效果として第一次受益者甲第二次受
益者乙は共に、重複的に受益權を取得すべき收益の範圍を異にするに過ぎないのであ
る。即ち第一次受益者甲は其の死亡に至る迄の期間に於ける收益を、第二次受益者乙は
甲の死亡後の期間に於ける收益を取得すべき受益權を同時に併存的に取得するのであ
る。第二次受益者乙の地位は民法の死因贈與に於ける受贈者の地位とは異なるのであ
る、死因贈与に於ては贈與者が死亡しなければ契約が効力を生じない。從つて受贈者は
權 利 を 取 得 し な い の で あ る 。( … 中 略 … ) 即 ち 乙 の 權 利 は 信 託 行 爲 が 效 力 を 生 じ た る 時 に
確定し、甲の死亡したる時初めて確定するものではない。故に民法第五五四條の死因贈
與に相當する效力を有するものではない、最近の課税實例が乙は設定行爲の效力發生の
時權利を取得するものにあらずとの見解を取つたことは誤謬であると言はざるを得な
い。斯様な解釋は個々の收益を取得すべき請求權と、個々の請求權を生ぜしむる基本た
る收益受益權とを、區別せざる誤に出づるものと謂ふべきである。第一次受益者甲も第
二次受益者乙も、ともに設定行爲により一個の受益權を取得するのであつて、兩者は其
の權利の範圍分量に於て、及び個々の請求權發生の時期に於て異るのみである。私は此
の場合、乙の收益受益權に對しても設定行爲が效力を生じたる時に、贈與ありたるもの
90
91
41
前 者 の 説 に 採 用 す る こ と と し た が 、そ の 後 は 後 者 の 説 を 採 用 す る こ と な っ た こ と
が 注 目 点 で あ る 。 こ の 問 題 は 、 昭 和 13 年 の 相 続 税 法 改 正 に よ り 「 現 実 受 益 時 課
税 」が 採 用 さ れ る こ と と な り 、こ の 議 論 は 収 束 し た 。な お 、現 行 法 で は 、上 記 例
の 乙 は 停 止 条 件 が 付 さ れ た 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る 権 利 を 有 す る 者 で あ り 、「 受
益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 」に は 該 当 し な い こ と か ら 、甲 の 死 亡 時 ま で 課
税 さ れ な い 95 。
③ の 問 題 点 に つ い て 、当 時 立 法 者 に お い て は 、信 託 行 為 で 定 め ら れ た 帰 属 権 利
者 は 、元 本 受 益 者 と 同 一 で あ る と 考 え ら れ て い た 。こ の よ う に 考 え る と 、帰 属 権
利 者 は 、委 託 者 が 受 益 者 を 指 定 し た こ と に よ っ て 、受 益 権 を 委 託 者 か ら 取 得 し た
こ と に な っ て 、相 続 税 が 課 税 さ れ る こ と と な る 96 。し か し 、指 定 さ れ た 帰 属 権 利
者 は 、常 に 元 本 受 益 者 と な る わ け で は な く 、加 え て 、信 託 が 終 了 し た 場 合 に は 残
余 財 産 が 常 に あ る と は 限 ら な い こ と か ら 、帰 属 権 利 者 の 権 利 は 、信 託 の 利 益 を 受
け る べ き 権 利 に は 含 ま れ な い と 解 す べ き と さ れ た 。な お 、新 信 託 法 に お い て は 残
余 財 産 受 益 者 と 帰 属 権 利 者 は 明 確 に 定 義 づ け さ れ 、帰 属 権 利 者 に つ い て 課 税 関 係
が 整 理 さ れ て い る こ と か ら 、現 行 法 で は こ の よ う な 問 題 は 生 じ な い こ と と な っ た 。
こ れ ら の 問 題 点 は 、第 3 項 で 述 べ る 昭 和 13 年 改 正 に お い て 、課 税 時 期 が 信 託
設 定 時 か ら 現 実 受 益 時 に 改 め ら れ た こ と に よ り 、解 消 さ れ て い る 。つ ま り 、受 益
者 が 特 定 、存 在 、確 定 し な い 限 り 、ま た 帰 属 権 利 者 に し て も 、実 際 の 受 益 を 開 始
し 、か つ 、そ の 範 囲 内 で の み 課 税 さ れ る か ら 、受 益 し て い な い の に 課 税 さ れ る と
い う 事 態 は 回 避 さ れ る こ と と な っ た の で あ る 97 。
第 3款
昭 和 13 年 改 正
昭 和 13 年 改 正 で は 、 旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 が 全 文 改 正 さ れ 、 課 税 時 期 が 、
従 前 の 信 託 設 定 時 課 税 か ら 現 実 受 益 時 課 税( 最 初 の 現 実 の 受 益 時 に 受 益 権 全 体 に
つ い て 課 税 す る 方 法 )に 根 本 的 に 変 更 さ れ た こ と に 大 き な 特 徴 を 見 い だ せ る 。規
定は次のとおりである。
と看做し、法第二十三條の要件を具備する事實に對しては其の時に於て同條を適用し課
税 す べ き も の と 考 へ る も の で あ る 。」
95 川 口 幸 彦 [ 18] p.307
96 イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] p.284
97 イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] p.286
42
【 昭 和 13 年 】 相 続 税 法 第 5 条
条 件 附 權 利 、存 続 期 間 ノ 不 確 定 ナ ル 権 利 、信 託 ノ 利 益 ヲ 受 ク ヘ 権 利 又 ハ
訴訟中ノ権利ニ付テハ政府ノ認メル所ニ依リ其ノ価格ヲ評定ス
第三條ニ依リ控除スヘキ債務金額ハ確実ト認メタルモノニ限ル
【 昭 和 13 年 】 相 続 税 法 第 23 條 ノ 2
信託ニ付委託者カ他人ニ信託ノ利益ヲ受クヘキ権利ヲ有セシメタルト
キハ左ニ掲クル時ニ於テ信託ノ利益ヲ受クヘキ権利ヲ贈与又ハ遺贈シタ
ルモノト看做ス 此ノ場合ニ於テ不動産又ハ船舶ノ信託ニ因ル所有権取得
ノ登記ハ前条第三項ノ規定ノ適用ニ付テ之ヲ贈与ニ因ル所有権取得ノ登
記ト看做ス
一
元本ノ利益ヲ受クヘキ権利ヲ有セシメタルトキハ受益者カ其ノ
元本ヲ受ケタル時但シ数回ニ之ヲ受クルトキハ最初ニ其ノ一部ヲ受ケ
タル時
二
収益ノ利益ヲ受クヘキ権利ヲ有セシメタルトキハ受益者カ其ノ
元本ヲ受ケタル時但シ数回ニ之ヲ受クルトキハ最初ニ其ノ一部ヲ受ケ
タル時
前項ノ場合ニ於テ受益者不特定ナルトキ又ハ未タ存在セサルトキハ委
託者又ハ其ノ相続人ヲ受益者ト看做シ受益者特定シ又ハ其ノ相続人之ヲ
有スルモノト看做ス
元本ノ利益ノ受益者カ其ノ元本又ハ収益ノ全部又ハ一部ヲ受クル迄ハ
元本ハ収益ノ権利ヲ受クヘキ権利ハ委託者又ハ其ノ相続人之ヲ有スルモ
ノト看做ス
信託ノ利益ヲ受クル時ノ委託者ト受益者トノ身分関係カ信託ノ時ノ身
分関係ト異ナルトキハ其ノ身分関係ハ第一項ノ規定ヲ適用スル場合ニ於
テハ信託ノ利益ヲ受クル時迄存続スルモノト看做ス
改 正 さ れ た 旧 相 続 税 法 第 23 条 の 2 第 1 項 は 、委 託 者 が 元 本 の 利 益 を 受 け る べ
き 権 利 を 有 せ し め た る 場 合 に は 、受 益 者 が そ の 元 本 を 受 け た 時( た だ し 、数 回 に
わ た っ て 受 け る と き は 、最 初 に そ の 一 部 を 受 け た 時 )に 、委 託 者 が 収 益 の 利 益 を
43
受 け る べ き 権 利 を 有 せ し め た る 場 合 に は 、受 益 者 が そ の 収 益 を 受 け た 時( た だ し 、
数 回 に わ た っ て 受 け る と き は 、最 初 に そ の 一 部 を 受 け た 時 )に 、信 託 の 利 益 を 受
け る べ き 権 利 を 贈 与 す る も の と み な す と 規 定 さ れ て い る 。な お 、現 実 受 益 時 課 税
で あ る が 、元 本 ま た は 収 益 の 受 益 を 数 回 に わ た っ て 受 け る 場 合 に は 、各 々 の 時 点
で 課 税 さ れ る わ け で は な く 、最 初 に そ の 一 部 を 受 け た 時 点 で ま と め て 課 税 す る 点
に留意しなければならない。
第 2 項 は 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信 託 に つ い て は 、受 益 者 が 特 定 ま た
は 存 在 す る に 至 っ た 時 に 新 た な 信 託 が 設 定 さ れ る も の と し 、受 益 者 が 特 定 ま た は
存在するに至るまでの信託受益権は委託者またはその相続人が有するものと み
なす、と規定されている。
第 3 項 は 、課 税 時 期 を 受 益 者 が 現 実 に 受 益 し た 時 に 課 税 す る と し た 結 果 、そ の
時 ま で の 信 託 受 益 権 の 帰 属 が 問 題 と な っ た た め 、そ れ ま で の 間 は 、委 託 者 ま た は
その相続人に帰属するものとみなすことを規定している。
第 4 項 は 、信 託 が 長 期 に 及 ぶ 場 合 に は 信 託 行 為 と 課 税 時 期 と の 乖 離 に よ り 、委
託 者 と 受 益 者 と の 身 分 関 係 が 変 動 す る お そ れ が あ る 。こ れ は 、親 疎 別 に よ り 税 率
が 異 な る 相 続 税 に と っ て は 不 都 合 と な る た め 、信 託 の 利 益 を 受 け る 時 ま で 、信 託
行為時の身分関係が存続するものとみなす、と規定している。
昭 和 13 年 改 正 の 改 正 理 由 と し て は 、 大 き く 二 点 挙 げ ら れ る 。 第 一 に 、 旧 信 託
法 7 条 98 に お い て 、同 条 は 受 益 者 の 効 力 発 生 に 関 す る 規 定 で あ る と 解 す る 見 解 が
有 力 と な り 、 旧 相 続 税 法 第 23 条 ( 贈 与 が あ っ た 場 合 に 遺 産 相 続 が あ っ た と み な
し て 課 税 す る 準 相 続 に 関 す る 規 定 )の 取 扱 い と 同 様 に 、効 力 の 発 生 し た と き に 課
税 す べ き で あ る と 解 さ れ る よ う に な っ た か ら で あ る 99 。第 二 に 、信 託 の 実 際 に お
い て み る と 、単 に 受 益 権 を 享 有 す る も 、必 ず し も そ の 時 点 に お い て 担 税 力 の 増 加
の な い も の が あ る に も か か わ ら ず 、 納 税 し な け れ ば な ら な い 場 合 が 生 じ 100 、 ま
旧信託法第 7 条
信託行為ニ依リ受益者トシテ指定セラレタル者ハ当然信託ノ利益ヲ享受ス但シ信託行
為ニ別段ノ定アルトキハ其ノ定ニ従フ
99 占 部 裕 典 [ 9] p.21、 司 法 省 民 事 局 編 [ 35] p.73
100 占 部 裕 典 [ 9] p.22
「信託ノ時ニ於テハ受益者ハ未ダ少シモ財産ヲ取得セズ、実質的ニハアタカモ贈与ノ予
約 ヲ 受 ケ タ ル ト 選 ブ 所 ナ キ モ ノ ナ ル ヲ 以 テ ソ ノ 際 直 ニ 課 税 ス ル コ ト ハ 実 情 ニ 副 ハ 」( 司
法 省 民 事 局 編 [ 35] p.73) な い と し て 信 託 設 定 時 課 税 で あ る 旧 相 続 税 法 23 条 の 2 の 批
98
44
た 、委 託 者 は 受 益 権 変 更 権 を 留 保 し て い る 場 合 が 存 在 す る 。さ ら に 受 益 権 の 価 格
の 評 価 に 困 難 が 伴 い 、 ひ い て は 課 税 の 公 平 を 害 す る と 考 え ら れ た 101 。 し た が っ
て 、課 税 時 期 を 現 実 受 益 時 に す る こ と で 、受 益 者 の 担 税 力 が 生 じ た 段 階 で の 課 税
を可能となった点で現実受益時課税は評価できる。
な お 、渡 邉 幸 則 氏 は 、現 実 受 益 時 課 税 が 担 税 力 の あ る 受 益 者 に 対 し て 税 を 徴 収
す る こ と が で き る 点 は 評 価 し て い る が 、一 方 で 、受 益 者 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信
託 に つ い て 、「 委 託 者 又 は そ の 相 続 人 を 受 益 者 と み な し た こ と は 、 そ の 後 の 受 益
者 確 定 の 際 に は 、受 益 権 の 設 定 で は な く 、そ の 承 継 取 得 で は な い か と の 疑 問 を 生
じ せ し め る 。の み な ら ず 、受 益 者 不 特 定 又 は 未 存 在 の ま ま 委 託 者 が 死 亡 し た 場 合
に は 信 託 受 益 権 は 相 続 財 産 の 中 に 含 ま れ る と み な さ れ て 、相 続 税 が 徴 収 さ れ る こ
と と な っ て い る 。そ の 結 果 、相 続 人 が 複 数 い る 場 合 、ま た は 遺 言 に よ っ て 他 人 が
相 続 人 と し て 入 っ て く る 場 合 等 に は 受 益 権 の 共 有 状 態 が 税 法 上 生 じ 、こ れ ら と 受
益 者 と の 関 係 が 極 め て 複 雑 と な る 。そ れ だ け で な く 、相 続 開 始 以 降 受 益 者 確 定 ま
で の 間 に 生 ず る キ ャ ピ タ ル・ゲ イ ン の い か ん に よ っ て は 、受 益 者 に 対 す る 贈 与 の
税率が相続による財産の分割によって低くなる結果を来すこともあり得たであ
ろ う 。」 と 、 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 信 託 の 場 合 の 委 託 者 課 税 に つ い て 懸
念 を 述 べ て い る 102 。
第 4款
昭 和 22 年 改 正
日本国憲法制定により、民法の相続編の改正が行われ、家督制度が廃止され、
遺 産 相 続 の み が 認 め ら れ る こ と と な っ た 。こ れ を 受 け て 、相 続 税 法 も 全 文 改 正 が
行 わ れ た 。こ の 改 正 に よ り 、遺 産 課 税 方 式 を 採 用 し て い る 点 に は 旧 法 と 変 わ り な
判は多かった。
占 部 裕 典 [ 9] pp.21-22、 窪 田 好 秋 [ 23] p.38
平 田 敬 一 郎 氏 も ま た 同 様 に 、 改 正 理 由 を 、「 從 来 は 信 託 契 約 を 結 ん だ と き に 贈 與 し た も
のと見たのでありますが、改正後は現實に受益する時、即ち受益開始の時に贈與したも
のと看做して課税することとなつたのであります。從来のやうに未だ受益開始しなくて
も、契約さへすれば課税すると云ふことでは、どうも未だ利益を得ない前に税を納めね
ばならなくなる。それから又受益者が中途で變更する場合もありまして受益權の評價に
非常に困難があつたりするので、是は現實に利益を受ける場合に課税することに變つた
次 第 で あ り ま す 。」 と い う よ う に 、 受 益 者 の 地 位 の 不 安 定 さ や 、 担 税 力 の 乏 し さ 、 受 益
権 評 価 の 困 難 性 か ら 改 正 さ れ た と 指 摘 し て い る 。 平 田 敬 一 郎 [ 63] p.67
102 イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] p.287
101
45
い も の の 、相 続 税 課 税 が 遺 産 相 続 課 税 の み と な り 、親 疎 別 に 従 っ て 、三 段 階 税 率
に よ っ て 課 税 さ れ る こ と と な っ た 103 。ま た 、贈 与 が あ っ た 場 合 に 遺 産 相 続 が あ っ
たとみなして課税した準相続の制度を廃止して、相続税の補完税として新たに
「贈与税」が導入された。改正法は以下のとおりである。
【 昭 和 22 年 】 相 続 税 法 第 5 条
信 託 行 為 が あ っ た 場 合 に お い て 、委 託 者 以 外 の 者 が 信 託 の 利 益 の 全 部 又
は 一 部 に つ い て の 受 益 者 で あ る と き は 、当 該 信 託 行 為 が あ っ た 時 に お い て 、
委託者が信託の利益を受ける権利( 受益者が信託の利益の一部を受ける
場 合 に お い て は 、当 該 信 託 の 利 益 を 受 け る 権 利 の う ち 、そ の 受 け る 利 益 に
相当するもの )を受益者に贈与したものとみなす。
委 託 者 が 受 益 者 で あ る 信 託 に つ い て 、あ ら た に 委 託 者 以 外 の 者 が 受 益 者
となった場合においては、委託者以外の者が受益者となった時において、
委託者が信託の利益を受ける権利をあらたに受益者となった者に贈与し
たものとみなす。
【 昭 和 22 年 】 相 続 税 法 第 6 条
相 続 開 始 前 二 年 以 内 に 信 託 行 為 が あ っ た 信 託 に つ い て 、委 託 者 た る 被 相
続人以外の者が信託の利益の全部又は一部についての受益者である場合
又は相続開始前二年以内に委託者たる被相続人が受益者である信託につ
い て 、あ ら た に 委 託 者 以 外 の 者 が 受 益 者 と な っ た 場 合 に お い て 、当 該 信 託
が 左 の 各 号 に 掲 げ る 信 託 の 一 に 該 当 す る と き は 、当 該 信 託 の 利 益 を 受 け る
権 利 に つ い て は 、当 該 信 託 の 受 託 者 を 受 益 者 と み な し て 、前 条 の 規 定 を 適
用する。
一
相続開始の時において信託行為により受益者として指定された者
が受益の意思表示をしていないためまだ受益者が確定していない信託
103
二
相続開始の時において受益者がまだ存在していない信託
三
停止条件付で信託の利益を受ける権利を有せしめた信託において
占 部 裕 典 [ 9] p.22
46
まだ条件が成就していないもの
四
相続開始の時において受益者が不特定である信託
前 項 の 場 合 に お い て 、受 託 者 が 同 項 の 規 定 の 適 用 に よ り 納 付 す べ き 相 続 税 は 、
命 令 の 定 め る と こ ろ に よ り 、当 該 信 託 財 産 の 中 か ら 、こ れ を 納 付 し な け れ ば な
らない。
本 改 正 に よ り 、 昭 和 13 年 で 採 用 さ れ た 現 実 受 益 時 課 税 は 廃 止 さ れ 、 再 び 、 信
託設定時課税に立ち返ることとなった。
旧相続税法第 5 条第 1 項は、委託者以外の者が信託の利益の全部または一部
の 受 益 者 で あ る 信 託( す な わ ち 他 益 信 託 )が あ っ た 場 合 に は 、信 託 行 為 が あ っ た
時において委託者が受益権を受益者に贈与したものとみなす、と規定している。
す な わ ち 、課 税 要 件 を「 信 託 行 為 が あ っ た 場 合 」と し 、課 税 時 期 に つ い て も「 当
該 信 託 行 為 が あ っ た 時 」と 規 定 し て 、信 託 設 定 時 課 税 を 明 確 に し て い る 104 。こ の
よ う に 、課 税 時 期 が 従 前 の 現 実 受 益 時 課 税 か ら 信 託 設 定 時 に 改 め ら れ た 理 由 に つ
い て 、立 法 担 当 者 の 松 井 静 郎 氏 は 、
「( 筆 者 注:現 実 受 益 時 課 税 を 採 用 し た の は 、)
従来の相続税法においては贈与を受けた者を納税義務者とする建前をとってい
た か ら で あ る 。し か る に 贈 与 税 に お い て は 贈 与 者 を 納 税 義 務 者 と し て い る か ら か
か る 場 合 は 受 益 の 発 生 ま で 待 つ 必 要 は な く 、信 託 行 為 が あ っ た 時 直 ち に 贈 与 が あ
っ た も の と し て 課 税 す れ ば よ い わ け で あ る 。」 と 述 べ て い る 105 。
旧 相 続 税 法 第 5 条 第 2 項 は 、委 託 者 が 受 益 者 で あ る 信 託( す な わ ち 自 益 信 託 )
か ら 他 益 信 託 と し た 場 合 に は 、受 益 者 を 変 更 し た 時 に 、委 託 者 が 信 託 受 益 権 を 新
た に 受 益 者 と な っ た 者 に 贈 与 し た も の と み な す 、と 規 定 し て い る 。改 正 前 の 旧 相
続 税 法 第 23 条 の 2 で は 、課 税 要 件 お よ び 課 税 時 期 を「 委 託 者 カ 他 人 ニ 信 託 ノ 利
益 ヲ 受 ク ヘ キ 権 利 ヲ 有 セ シ メ タ ル ト キ ハ 左 ニ 掲 ク ル 時 ニ 於 テ 」と し か 規 定 さ れ な
か っ た こ と に よ り 様 々 な 解 釈 が 生 じ 、自 益 信 託 の み な ら ず 、他 益 信 託 が 行 わ れ た
場 合 で あ っ て も 、そ の 時 に 委 託 者 か ら 新 し い 受 益 者 に 対 し て 贈 与 が 行 わ れ た も の
と し て 課 税 さ れ て い た 。 改 正 法 は 、「 当 該 信 託 行 為 が あ っ た 場 合 」 と 「 委 託 者 以
外 の 者 が 受 益 者 と な っ た 場 合 」に 課 税 要 件 を 区 別 し て 、ま た 、各 課 税 時 期 を「 当
104
105
下 野 博 文 [ 38] p.14
松 井 静 郎 [ 71] p.5
47
該 信 託 行 為 が あ っ た 時 」と「 委 託 者 以 外 の 者 が 受 益 者 と な っ た 時 」に 分 け ら れ る
こ と と な っ た 106 。た と え ば 、当 初 委 託 者 自 身 が 元 本 受 益 者 で 、収 益 受 益 者 が 他 人
で あ る 信 託 を 設 定 し 、数 年 後 に 元 本 受 益 権 を 他 人 に 与 え る よ う な 場 合 に は 、ま ず
第 1 項 の 規 定 に よ り そ の 信 託 行 為 が あ っ た 時 に 、委 託 者 が 他 人( 収 益 受 益 者 )に
収 益 受 益 権 の 贈 与 を し た も の と み な す 。そ し て 数 年 後 、元 本 受 益 権 を 他 人 に 与 え
た 時 に 、第 2 項 の 規 定 に よ り 委 託 者 が 他 人( 元 本 受 益 者 )に 元 本 受 益 権 の 贈 与 を
し た も の と み な す 、こ と と な る 。し た が っ て 改 正 法 に よ り 、従 来 か ら 議 論 と な っ
ていた自益信託から他益信託へ変更した際の課税関係が明確となった。
加 え て 、旧 相 続 税 法 第 6 条 は 、上 記 の 信 託 行 為 が あ っ た 場 合 に 、信 託 行 為 後 二
年 以 内 に 委 託 者 が 亡 く な り 相 続 が 開 始 さ れ た 場 合 の 規 定 で あ る 。相 続 開 始 前 二 年
以 内 に 贈 与 さ れ た 財 産 は 相 続 財 産 を 構 成 す る と み な さ れ 、受 贈 者( 相 続 人 )が 納
税 義 務 者 と し て 相 続 税 が 課 税 さ れ る こ と と な る 。こ の 場 合 に は 、先 に 贈 与 者( 委
託 者 )が 納 付 し た 贈 与 税 を 、受 贈 者 の 納 付 す る 相 続 税 か ら 控 除 す る こ と と さ れ た 。
な お 、贈 与 税 を 控 除 す る こ と を 前 提 と し て 贈 与 税 相 当 額 は 相 続 財 産 に 加 算 さ れ る
こととなる。
ま た 、旧 相 続 税 法 第 6 条 は 、相 続 開 始 時 に お い て 信 託 行 為 に よ り 受 益 者 と し て
指定された者が受益の意思表示をしていないためまだ受益者が確定していない
信 託 ( 1 号 )、 相 続 開 始 時 に お い て 受 益 者 が ま だ 存 在 し て い な い 信 託 ( 2 号 )、 停
止条件付で信託の利益を受ける権利を有せしめた信託においてまだ条件が成就
し て い な い も の ( 3 号 )、 相 続 開 始 時 に お い て 受 益 者 が 不 特 定 な 信 託 ( 4 号 )、 と
い っ た 相 続 開 始 時 に 受 益 者 が 確 定 し て い な い 信 託 に つ い て は 、当 該 信 託 の 受 託 者
を 受 益 者 と み な し て 課 税 す る と い う 受 託 者 課 税 を 規 定 し て い る 。そ し て 受 託 者 は 、
当該信託財産から本来受益者が納付すべき相続税を納付する。
な お 、こ の 場 合 、旧 相 続 税 法 施 行 規 則 第 2 条 に よ っ て 、税 率 の 高 い 第 三 種 が 適
用 さ れ る こ と と な る が 、そ の 後 受 益 者 が 確 定 し た 場 合 に 、そ の 受 益 者 に 第 一 種 ま
た は 第 二 種 の 税 率 が 適 用 さ れ る と き に は 、納 税 額 が 受 益 者 に 還 付 さ れ る こ と と な
っ た 。ま た 、何 ら か の 事 由 で 信 託 の 利 益 を 受 益 者 が 享 受 せ ず に 信 託 が 終 了 し 、委
託 者 の も と に 信 託 財 産 が 戻 っ て き た 場 合 に は 、贈 与 の 実 体 が な い の に も か か わ ら
106
川 口 幸 彦 [ 18] p.314 、 下 野 博 文 [ 38] pp.14-15
48
ず 課 税 さ れ て し ま う こ と か ら 、 旧 相 続 税 法 第 62 条 は こ れ を 避 け る べ く 、 こ の よ
う な 場 合 に は そ の 信 託 は 初 め か ら な か っ た も の と み な さ れ 、納 付 税 額 は 還 付 さ れ
る こ と と な っ た 107 。
第 5款
昭 和 25 年 改 正
シ ャ ウ プ 勧 告 を 受 け た 昭 和 25 年 の 相 続 税 法 の 改 正 は 、そ れ ま で の 遺 産 課 税 方
式 を 遺 産 取 得 課 税 方 式 に 改 め ら れ 、贈 与 税 の 納 税 義 務 者 が 従 来 の 贈 与 者 か ら 受 贈
者 に 変 更 さ れ て い る 。こ れ に よ り 、従 来 の 相 続 税 と 贈 与 税 は「 相 続 税 」と し て 一
本 化 さ れ 、受 贈 者 は 、取 得 し た ご と に そ の 取 得 額 に 応 じ て 課 税 さ れ る こ と と な っ
た 。 し か し 、 信 託 課 税 の 原 則 に つ い て は 改 正 が な い 。 こ れ は 、 昭 和 22 年 改 正 で
再 び 採 用 さ れ た 信 託 設 定 時 課 税 が 、納 税 義 務 者 を 受 贈 者 に 変 更 さ れ て も 維 持 さ れ
たことを意味する。
本 改 正 に よ り 、昭 和 22 年 法 の 下 で の 旧 相 続 税 法 第 5 条 お よ び 第 6 条 は 解 体 さ
れ、代わりに旧相続税法第 4 条にみなし相続財産として信託の規定が設けられ
た。改正法は以下のとおりである。
【 昭 和 25 年 】 相 続 税 法 第 4 条
信託行為があった場合において、委託者以外の者が信託( 退職年金の
支 給 を 目 的 と す る 信 託 で 政 令 で 定 め の あ る も の を 除 く 。 以 下 同 じ 。) の 利
益 の 全 部 又 は 一 部 に つ い て の 受 益 者 で あ る と き は 、当 該 信 託 行 為 が あ っ た
時 に お い て 、 当 該 受 益 者 が 、そ の 信 託 の 利 益 を 受 け る 権 利( 受 益 者 が 信
託 の 利 益 の 一 部 を 受 け る 場 合 に は 、当 該 信 託 の 利 益 に 相 当 す る 部 分 。以 下
本 条 に お い て 同 じ 。) を 当 該 委 託 者 か ら 贈 与 ( 当 該 信 託 行 為 が 遺 言 に よ り
なされた場合には、遺贈)に因り取得したものとみなす。
2
次 の 各 号 に 掲 げ る 信 託 に つ い て 、当 該 各 号 に 掲 げ る 事 由 が 生 じ た た め 、
委託者以外の者が信託の利益の全部又は一部についての受益者となった
場 合 に お い て は 、そ の 事 由 が 生 じ た 時 に お い て 、当 該 受 益 者 と な っ た 者 が 、
その信託の利益を受ける権利を当該委託者からの贈与( 第一号の受益者
107
占 部 裕 典 [ 9] p.24、 下 野 博 文 [ 38] pp.16-17
49
の変更が遺言によりなされた場合又は第四号の条件が委託者の死亡であ
る場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
一
委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと
二
信託行為により受益者として指定された者が受益の意思表示をし
て い な い た め 受 益 者 が 確 定 し て い な い 信 託 に つ い て 、受 益 者 が 確 定 し た
こと
三
受 益 者 が 確 定 し て い な い 又 は 存 在 し て い な い 信 託 に つ い て 、受 益 者
が特定又は存在するに至ったこと
四
停止条件付で信託の利益を受ける権利を与えることとしている信
託について、その条件が成就したこと
3
前項第二号から四号までに掲げる信託について、当該各号に掲げる事
由 が 生 ず る 前 に 信 託 が 終 了 し た 場 合 に お い て 、当 該 信 託 財 産 の 帰 属 権 利 者
が 当 該 信 託 の 委 託 者 以 外 の 者 で あ る と き は 、当 該 信 託 が 終 了 し た 時 に お い
て 、当 該 信 託 財 産 の 帰 属 権 利 者 が 、当 該 財 産 を 当 該 信 託 の 委 託 者 か ら 贈 与
に因り取得したものとみなす。
旧相続税法第 4 条第 1 項もまた、委託者以外の者が信託の利益の全部または
一部の受益者である信託があった場合には、信託設定時において委託者から受
益権を受益者に贈与したものとみなす、と規定されていることから、原則とし
て、課税時期が信託設定時である信託設定時課税が採用されていることは従前
法と変わりはない。
課税時期の例外については、旧相続税法第 4 条第 2 項において、自益信託か
ら他益信託に変更された場合(1 号)のみならず、信託行為により受益者とし
て指定された者が受益の意思表示をしていないためまだ受益者が確定していな
い 信 託 ( 2 号 )、 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 で あ る 信 託 ( 3 号 )、 停 止 条 件 付
で信託の利益を受ける権利を有せしめた信託においてまだ条件が成就していな
いもの(4 号)が加えられた。これは、従前法であった旧相続税法第 6 条にな
らった形としての条文構成であると推測される。これらの信託 の課税時期につ
いては、それぞれ自益信託から他益信託に変更された時、受益者の受益の意思
表示があった時、受益者が特定または存在するに至った時、条件が成就した
50
時、に課税されることとなった。
そして、上記 2 号から 4 号に該当する信託が設定され、それぞれの事由が生
じず、相続税が課税されないうちに信託課税が終了した場合については、旧相
続税法第 4 条第 3 項が適用されて、信託財産の帰属権利者が委託者以外の者で
あるときは、信託終了時にその帰属権利者が信託財産を委託者から受贈したも
のとみなして課税される。したがって、旧相続税法第 6 条では、受益者が確定
するまでは受託者を受益者としてみなして課税するという受託者課税が規定さ
れていたのに対し、改正法では当該信託財産の帰属権利者に課税すると変更さ
れたこととなる。また、改正法では、委託者の相続財産の中に受益権が含まれ
る と い う 考 え 方 も 取 ら れ て い な い 。 こ の 点 に つ い て は 、 昭 和 34 年 に 通 達 に よ
っ て 改 め ら れ 、「 受 益 者 が 確 定 し 、 又 は 存 在 し て い な い 信 託 の 委 託 者 に つ い て 相
続の開始があった場合には、その信託に関する権利は、委託者の相続人が相続
によって取得する財産として取り扱うものとする」と補われることとなった
( 旧 相 続 税 法 基 本 通 達 42 条 ) 108 。
昭 和 25 年 改 正 に よ り 、納 税 義 務 者 が 従 来 の 贈 与 者 か ら 受 贈 者 に 変 更 さ れ て い
る こ と か ら 、前 述 の 松 井 静 郎 氏 が 説 明 さ れ る「 従 来 の 相 続 税 法 に お い て は 贈 与 を
受 け た 者 を 納 税 義 務 者 と す る 建 前 を と っ て い た か ら で あ る 。し か る に 贈 与 税 に お
いては贈与者を納税義務者としているからかかる場合は受益の発生まで待つ必
要 は な く 、信 託 行 為 が あ っ た 時 直 ち に 贈 与 が あ っ た も の と し て 課 税 す れ ば よ い わ
け で あ る 。」と い う 昭 和 22 年 改 正 の 改 正 理 由 を 鑑 み れ ば 、昭 和 25 年 改 正 は 受 贈
者 を 納 税 義 務 者 と し て 現 実 受 益 時 課 税 を 採 用 す る と い う 考 え も 可 能 で あ る 。し か
し 、 昭 和 25 年 改 正 に お い て も 、 課 税 時 期 に つ い て 信 託 設 定 時 課 税 が 貫 か れ た 。
当 時 に お い て こ の 経 緯 を 詳 細 に す る 文 献 は 見 い だ せ な い 109 が 、こ の 点 に つ い て 、
渡邉幸則氏は、
「 昭 和 13 年 改 正 ま で の 税 制 は 、受 益 者 が 不 存 在 又 は 未 存 在 の 信 託
に つ い て 課 税 の 時 期 、受 益 権 の 帰 属 先 を め ぐ っ て 苦 心 し て 、あ る い は 受 託 者 課 税 、
あ る い は 委 託 者 課 税 と い ろ い ろ 工 夫 を 凝 ら し た の で あ る 。 し か る に 、 昭 和 22 年
改 正 に よ っ て 、新 た に 贈 与 税 が 導 入 さ れ た 際 に 、そ れ ま で の 受 益 者 不 特 定 又 は 未
イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] pp.290-291
昭 和 25 年 改 正 の 解 説 と し て 、 櫻 井 四 郎 [ 28] p.48 が あ る が 、 第 4 条 第 2 項 の み な し
贈与の解説にとどまり、第 1 項の原則規定の解説はない。
108
109
51
存 在 の 信 託 に つ い て 問 題 が 一 掃 さ れ た こ と と な り 、昭 和 25 年 シ ャ ウ プ 税 制 に よ
っ て 再 び 取 得 税 の 立 場 か ら 受 益 者 課 税 に 戻 っ た 際 に は 、こ れ ら の 問 題 が 置 き 去 ら
れ て し ま っ た か の 感 が あ る 。( … 中 略 … ) い ず れ に し て も 、 終 戦 後 の 混 乱 し た 状
態 に あ っ て 、ま た 、そ れ ま で の 個 人 信 託 の 利 用 状 況 は 極 め て 寂 し い も の で あ っ た
点 か ら み て 、高 度 に 緻 密 な 規 定 を わ ざ わ ざ 設 け る 必 要 も な か っ た こ と も 事 実 で あ
ろ う 。」 と 述 べ て い る 110 。
110
イ ギ リ ス 信 託 ・ 税 制 研 究 会 編 [ 4] p.291
52
第 3節
旧信託税制に対する問題点
前 節 で 確 認 し て き た 通 り 、旧 信 託 税 制 は 、所 得 税 お よ び 法 人 税 の 場 面 で は 導 管
理 論 の 下 で の 受 益 者 課 税( 受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に は 委 託 者 課 税 )、
相 続 税 お よ び 贈 与 税 の 場 面 で は 設 定 時 課 税 を 、と い う 二 つ の 原 則 に 支 え ら れ て い
た 。つ ま り 、前 者 は 、信 託 財 産 や 帰 属 す る 所 得 お よ び 費 用 が 信 託 と い う 導 管 を 伝
わ っ て 、受 益 者 が 有 す る と み な し 課 税 さ れ 、こ の 導 管 を 通 ら な い も の は 、未 だ 委
託者の手中にあるとして委託者に所得税等が課税される。
こ の 導 管 理 論 の 下 で の 委 託 者 課 税 に 対 し 、佐 藤 英 明 教 授 は「 委 託 者 が 信 託 財 産
に 対 し て 何 ら か の 権 利 を 有 し て い た り 、ま た は 受 益 者 の 受 益 か ら 間 接 的 な 利 益 を
受 け て い た り し て も 、受 益 者 が 特 定 さ れ て い る 限 り は 当 該 受 益 者 の み が 信 託 所 得
の 納 税 義 務 者 と な る 点 で あ る 。こ の 仕 組 み を 利 用 す れ ば 、信 託 財 産 に 対 す る 実 質
的 な 権 利 や 利 益 を 委 託 者 が 保 持 し た ま ま 、信 託 財 産 に 帰 属 す る 所 得 を 受 益 者 に 与
え 、所 得 分 割 に よ る 租 税 回 避 を 行 う こ と が 可 能 に な る 。」こ と を 指 摘 し て お り 111 、
委 託 者 に 信 託 財 産 に 対 す る 権 限 が 留 保 さ れ て い る 撤 回 可 能 信 託 112 の 場 合 に は 租
税 回 避 の 恐 れ が あ る こ と を 指 摘 し て い る 113 。ま た 、佐 藤 英 明 教 授 は「 撤 回 不 能 信
託 で 、か つ 、信 託 損 益 が す べ て 受 益 者 に 対 す る 将 来 の 分 配 の た め に 信 託 収 益 が す
べ て 留 保 さ れ る 場 合 を 典 型 と す る よ う に 、す で に 委 託 者 が 信 託 財 産 に つ い て 何 ら
利 益 も 権 限 も 有 し て い な い 場 合 が あ り 、そ の よ う な 場 合 に ま で 信 託 収 益 に か か る
所 得 税 納 付 義 務 を 委 託 者 に 負 わ せ る べ き 理 論 的 根 拠 は 存 在 し な い 。」 と 指 摘 し 、
撤 回 不 能 信 託 で あ る 場 合 の 委 託 者 に 対 す る 過 剰 な 課 税 を 指 摘 し て い る 114 。
佐 藤 英 明 [ 31] p.44
下 野 博 文 [ 38] p.34
撤回可能信託とは「委託者または委託者によって特に定められた者が単独ないし他の
者と共同して信託の解除ができる権利」をいい、信託の解除権だけでなく、受益者指
定・変更権、信託条項変更権を委託者側に留保した信託も、撤回可能信託とされる。
113 飯 塚 孝 子 [ 3] p.24 も 同 旨 。
「受益者特定の場合に受益者課税の原則を貫くと、委託者は実質上信託財産を自己の支
配下に留めつつ、信託財産から生じる所得の帰属主体を転換して適用税率を引き下げる
ような租税回避を行う可能性がある。たとえば、高税率で所得課税される委託者が撤回
可能信託を設定して適用税率の低い配偶者を受益者とした場合、信託の所得に適用され
る 税 率 は 配 偶 者 の 税 率 と な り 、 委 託 者 は 税 率 の 引 下 げ に 成 功 す る 。」
114 佐 藤 英 明 [ 32] p.154
111
112
53
な お 、 現 行 所 得 税 法 第 13 条 で は 、 受 益 者 の 範 囲 が 「 受 益 者 等 」 へ 見 直 さ れ 、
「 受 益 者 」に 加 え て「 み な し 受 益 者 」を 課 税 対 象 と し て い る 。こ の み な し 受 益 者
に な る 一 要 件 と し て「 信 託 の 変 更 権 限 を 現 に 有 す る 」こ と を 要 件 と さ れ て い る た
め 、委 託 者 が 何 ら 権 限 を 有 し て い な い 場 合 に は 課 税 対 象 外 と な る 。こ の 点 、撤 回
不能信託の問題点については図られたというべきであろう。
後 者 の 設 定 時 課 税 は 、他 益 信 託 の 設 定 時 に 、受 益 者 が 信 託 に 関 す る 利 益 を 受 け
る 権 利 は 委 託 者 か ら 贈 与 等 が さ れ る も の と し て 課 税 さ れ る と い う こ と で あ る( 旧
相 続 税 法 第 4 条 第 1 項 )。 ま ず 、 こ の 規 定 は 自 益 信 託 か ら 他 益 信 託 へ 変 更 す る 場
合 を 想 定 し て お り 、他 益 信 託 か ら 他 益 信 託 へ 変 更 し た 場 合 の 課 税 関 係 が 明 確 で な
か っ た と い え る 。こ の 点 に つ い て 、実 務 家 の 西 邑 愛 氏 は「 受 益 者 変 更 権 を 留 保 し
て置いた場合に既に存在している受益者を他の者に変更したときの課税は明確
で な い 。す な わ ち 信 託 設 定 の 時 点 に お い て 受 益 者 は 委 託 者 か ら 贈 与 を 受 け た も の
と し て 贈 与 税 が 課 さ れ る の は 上 述 の と お り で あ る が 、そ の 後 受 益 者 が 他 の 者 に 変
更された場合、贈与税が課されるのかどうか。相続税法第 4 条 2 項の各号のい
ず れ に も 該 当 し な い こ と か ら 、租 税 法 律 主 義 に 基 づ い て 新 受 益 者 は 非 課 税 で あ る
と い う こ と も で き る 。あ る い は 税 法 は 受 益 者 変 更 権 の 留 保 を 考 慮 し な い で 規 定 し
て お り 、受 益 者 変 更 権 の 行 使 が 、実 質 的 に 同 項 の 定 め る 場 合 に 異 な ら な い の で 新
受 益 者 に 課 税 さ れ る べ き で あ る と い う 意 見 も あ ろ う 。」 と 指 摘 し て い る 115 。
ま た 、信 託 設 定 時 課 税 は 、受 益 者 に 実 質 的 な 担 税 力 を 生 じ な い 段 階 で 課 税 さ れ
る た め 、担 税 力 の 観 点 か ら 批 判 が あ る 116 。こ の 点 に つ い て 小 林 一 夫 氏 は「 想 像 す
るに、相続税法第 4 条の規定は信託行為により受益者として指定された者は当
然 に 信 託 の 利 益 を 享 受 す る こ と が で き 、受 益 者 は 受 益 の 意 思 表 示 そ の 他 何 等 の 行
為をも必要としないとする信託法第 7 条に課税の根拠を求めているのではなか
ろ う か 。」 と 述 べ 、 受 益 者 と し て 指 定 さ れ た 者 は 当 然 に 信 託 の 利 益 を 享 受 す る こ
とを定めている旧信託法第 7 条に立法者は課税の根拠を求めていたのではない
西 邑 愛 [ 57] p.53
西 邑 愛 [ 57] p.53、 下 野 博 文 [ 38] p.36 等
西 邑 愛 氏 は 、「 旧 受 益 者 は 、 課 税 価 格 の 計 算 基 礎 と な っ た 元 本 あ る い は 収 益 の す べ て を
受益していないのであるから課題の贈与税を支払ったことになる」ことを指摘したうえ
で 、「 実 質 的 な 担 税 力 を 考 慮 し 、 他 益 信 託 設 定 の 場 合 は 、 そ の 設 定 時 点 で は な く 受 益 の
時期を以て課税することに法の規定が改正されることを希望する」と述べ、現実受益時
課税を支持されている。
115
116
54
か と 指 摘 し て い る 117 。一 方 で 、佐 藤 英 明 教 授 は 、「 個 々 の 受 益 に 着 目 す る と 元 本
に当たる受益権に着目すると元本にあたる受益権に着目する場合に比べて受益
額 が 分 割 さ れ 、累 進 度 の 厳 し い 相 続 税・贈 与 税 に お い て は 租 税 の 総 負 担 額 が 大 き
く 変 動 す る 」か ら 設 定 時 課 税 は 現 実 受 益 時 課 税 よ り も 課 税 の 公 平 と い う 観 点 か ら
見 て 優 れ て い る と 信 託 設 定 時 課 税 の 利 点 を 述 べ ら れ て い る が 、信 託 設 定 時 課 税 を
可能にするためには受益権の価値が信託設定時に評価可能でなければならない
と 併 せ て 指 摘 し て い る 118 。
小 林 一 夫 [ 25] p.118
佐 藤 英 明 [ 31] pp.46-47
加えて、佐藤英明教授は、この受益権評価について、受益者の死亡によって終了する
信託の存続期間はその者の統計上の平均余命とする統計的な推計を用いる手法が確立さ
れる必要があると述べている。
117
118
55
第 3章
現行信託税制の検討
第 1節
所得税法および法人税法における規定
第 1款
現行信託税制の分類
平 成 19 年 度 税 制 改 正 に よ る 信 託 税 制 の 特 徴 と し て 、 ① ビ ー ク ル で あ る 信 託 自
体 へ の 課 税 の 態 様 は 、改 正 前 の 税 務 上 の 取 扱 い が 踏 襲 さ れ つ つ 、緻 密 化 さ れ て い
る 点 と 、② 信 託 税 制 が 法 人 税 法・所 得 税 法 、相 続 税 法( お よ び 消 費 税 法 )を ま た
ぐ税目横断的な規律として整備されている点が挙げられる。
改 正 後 の 新 た な 概 念 整 理 と し て 、改 正 前 の 税 務 上 の 区 分 を 踏 ま え つ つ 、新 た に
三 つ の 信 託 区 分 が 創 設 さ れ た 。 す な わ ち 、 新 た な 概 念 と し て 、( イ ) 受 益 者 等 課
税信託
( ロ ) 集 団 投 資 信 託 又 は 特 定 公 益 信 託 等 、( ハ ) 法 人 課 税 信 託 の 三 つ に
区分されている。
一般的な信託は、
( イ )受 益 者 等 課 税 信 託 に 含 め ら れ 、所 得 税 法 第 13 条 第 1 項
お よ び 第 2 項 ま た は 法 人 税 法 第 12 条 第 1 項 お よ び 第 2 項 が 適 用 さ れ 、信 託 の 受
益 者 は 信 託 財 産 を 有 す る 者 と み な さ れ て 課 税 さ れ る 。( ロ ) 集 団 投 資 信 託 又 は 特
定 公 益 信 託 等 と( ハ )法 人 課 税 信 託 は 、信 託 導 管 理 論 の 観 点 か ら 信 託 の 受 益 者 は
信託財産を有する者としてみなされず、それぞれ受益者段階課税(受領時課税)
と 受 託 者 段 階 法 人 課 税 が な さ れ る 。な お 、受 益 者 等 課 税 信 託 で も 、受 益 者 等 が 存
しない信託に該当する場合には、この法人課税信託に分類されることになった。
以 上 を 踏 ま え て 、 税 務 上 の 信 託 区 分 は 次 の と お り と な る ( 第 3 図 )。
56
(第 3 図)
税務上の信託区分
区分
原
則
名称
(受
発益
生者
時段
課階
税課
)税
具体例
受益者等課税信託 以下に示すもの以外の一般の信託
合同運用信託
公社債投資信託
集団投資信託
例
外
受
益
者
段
階
課
税
(
受
領
時
課
税
)
証券投資信託
国内公募投資信託
特定受益証券発行信託
厚生年金基金信託
確定給付企業年金信託
確定給付企業年金基金信託
退職年金信託
確定拠出年金信託
国民年金基金信託
適格退職年金信託
特定公益信託
特定公益信託等
加入者保護信託
受
託
者
段
階
法
人
課
税
特定受益証券発行信託以外の受益証券発行信託
受益者等が存しない信託
法人課税信託
法人が委託者となる一定の信託
国内公募投資信託以外の投資信託
特定目的信託
57
第 2款
受益者等課税信託の課税関係
第 1項
受益者等課税信託の概要
所 得 税 法 に お い て 、信 託 財 産 に 属 ず る 資 産 及 び 負 債 並 び に 信 託 財 産 に 帰 せ ら れ
る 収 益 及 び 費 用 の 帰 属 に つ い て 所 得 税 法 第 13 条 は 、そ の 第 1 項 に お い て 次 の と
お り 規 定 し て い る 119 。
【 現 行 】 所 得 税 法 第 13 条 ( 法 人 税 法 第 12 条 )
1
信 託 の 受 益 者( 受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る も の に 限 る 。)は 当 該
信 託 の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 及 び 負 債 を 有 す る も の と み な し 、か つ 、当 該
信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみな
し て 、こ の 法 律 の 規 定 を 適 用 す る 。た だ し 、集 団 投 資 信 託 、 退 職 年 金 等 信
託、
( 特 定 公 益 信 託 等 )又 は 法 人 課 税 信 託 の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 及 び 負 債
並 び に 当 該 信 託 財 産 に 帰 せ ら れ る 収 益 及 び 費 用 に つ い て は 、こ の 限 り で な
い。
受 益 者 等 課 税 信 託 の 課 税 関 係 に つ い て は 信 託 導 管 理 論 が 採 用 さ れ て い る 。こ れ
は 従 前 の 信 託 税 制 と 変 動 な い 。つ ま り 、信 託 導 管 理 論 は 、私 法 上 は 、信 託 財 産 の
領 有 者 で あ る 受 託 者 が 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 を 有 し 、信 託 財 産 に 帰 せ
ら れ る 収 益 お よ び 費 用 が 帰 属 さ れ る と 考 え ら れ る が 、税 務 上 に お い て は 、そ の 経
済 的 実 体 に 着 目 し 、受 託 者 で は な く 、受 益 者 が 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債
を 有 す る も の み な し 、信 託 財 産 に 帰 せ ら れ る 収 益 お よ び 費 用 も ま た 受 益 者 に 帰 属
さ れ る 、と い う 概 念 で あ る 120 。こ の「 み な し 概 念 」を 用 い る こ と で 、信 託 財 産 に
119
なお、法人税法も同様の規定となっている。このため、本論文では以降、法人税法の
規 定 ( 通 達 を 含 む 。) 条 文 は 省 略 し 、 条 文 番 号 の み を 併 記 す る も の と す る 。
120 所 得 税 法 第 12 条 は 、 実 質 取 得 者 課 税 の 原 則 を 定 め て お り 、 そ の 意 義 に つ い て は 2 つ
の見解がある。1 つは、課税物件の法律上(私法上)の帰属と経済上の帰属が相違して
いる場合に、実質に即して課税物件の帰属を判定すべきという見解(法律的帰属説)
と、経済上の帰属に即して課税物件の帰属を判定すべきという見解(経済的帰属説)が
ある。文理的には、どちらの見解も解釈が可能となるが、経済的帰属説をとると、所得
の分割ないし移転を認めることになりやすいのみでなく、納税者の立場からは、法的安
定性が害されるとの批判があり、税務行政の見地からも経済的に帰属を決定することは
実務上多くの困難を伴うとの批判があるので、法律的帰属説が通説となっている 。金
58
帰 属 す る 所 得 に つ い て 、委 託 者 か ら 受 託 者 へ 、受 託 者 か ら 受 益 者 へ 、と い っ た 受
託 者 段 階 と 受 益 者 段 階 で の 同 一 の 所 得 に 対 す る 二 重 課 税 を 防 い で い る 。し た が っ
て 、税 務 上 は 、信 託 収 益 が 発 生 す れ ば 、現 実 の 分 配 が な く と も 、受 益 者 に 収 益 が
生じたものとみなして課税される。
平 成 19 年 改 正 前 の 信 託 税 制 は 、 信 託 導 管 理 論 に 基 づ き 、 信 託 財 産 に 帰 せ ら れ
る 収 入 お よ び 支 出 に つ い て は 、受 益 者 が 信 託 財 産 を 有 す る も の と み な し て 、所 得
税 ま た は 法 人 税 が 課 さ れ て い た 。一 方 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に は 、
そ の 所 得 は 導 管 を 伝 わ ら ず 、依 然 と し て 委 託 者 の 手 中 に あ る も の と 考 え ら れ 、委
託 者 が 信 託 財 産 を 有 す る も の と み な し て 所 得 税 ま た は 法 人 税 が 課 さ れ て い た 。つ
ま り 、従 前 の 信 託 税 制 で は 、原 則 と し て 受 益 者 課 税 が 採 用 さ れ 、例 外 と し て 委 託
者課税が採用されていたのである。
こ れ に 対 し 、現 行 法 で は 、受 益 者 課 税 の 原 則 は 維 持 さ れ て い る も の の 、そ の 受
益 者 の 範 囲 は 見 直 さ れ 、受 益 者 の 範 囲 を「 受 益 者 」と「 み な し 受 益 者 」を 構 成 す
る「 受 益 者 等 」に 改 め ら れ た 。加 え て 、受 益 者 が 不 特 定 ま た は 未 存 在 の 場 合 に は 、
上 記「 受 益 者 等( 受 益 者 と み な し 受 益 者 )」が 不 特 定 ま た は 未 存 在 で あ る と し て 、
新 た に「 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 」と い う 税 務 上 の 区 分 を 設 け 、
「法人課税信託」
の一類型として取扱うこととなった。
第 2項
受益者等の意義
①受益者
受 益 者 等 課 税 信 託 に 係 る 信 託 課 税 の 原 則 規 定 が 適 用 さ れ る「 受 益 者 」に つ い て 、
旧 法 の 所 得 税 お よ び 法 人 税 法 で は 、受 益 者 を 受 益 者 の 存 在 ま た は 特 定 の 有 無 で 判
子 宏 [ 17] p.170
このため、法律的帰属説という概念に従えば、法律上の権利の所在するところに所得
の帰属を求め、信託に係る信託財産の所有権が受託者に移転していることからす れば、
受託者に課税するのが本来の課税物件の帰属の考え方となる。このような信託の場合、
信託から生ずる収益及び費用は、信託に帰せられる収益及び費用であり、信託財産がそ
の収益の起因となる資産に該当することとなる。このことからも、法律的には受託者に
課税するべきである。
しかしながら、信託では受益者こそが信託財産の利益を享受している者であることを
鑑み、所得税法や法人税法では、収益が経済的に帰属する受益者に課税ができないこと
と な っ て い る と こ ろ を 、「 み な し 」 課 税 制 度 を 設 け る こ と に よ っ て 、 受 益 者 に 課 税 す る
仕組みを設けることとなった。
59
断 し て い た が 、現 行 法 所 得 税 第 12 条 第 1 項 で は「 受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有
す る 者 」と 表 現 し 、受 益 者 の 範 囲 は 限 定 さ れ て い る 。こ の 受 益 者 の 範 囲 に つ い て
は、基本通達において次のように定めている。
【 現 行 】 所 得 税 基 本 通 達 13- 7( 法 人 税 基 本 通 達 14- 4- 7)
(受益者等課税信託に係る受益者の範囲)
法 第 13 条 第 1 項 に 規 定 す る 「 信 託 の 受 益 者 ( 受 益 者 と し て の 権 利 を 現
に 有 す る も の に 限 る 。)」 に は 、 原 則 と し て 、 例 え ば 、 信 託 法 第 182 条 第 1
項 第 1 号 ⦅ 残 余 財 産 の 帰 属 ⦆に 規 定 す る 残 余 財 産 受 益 者 に 含 ま れ る が 、次
に掲げる者は含まれないことに留意する。
( 1) 同 項 第 2 号 に 規 定 す る 帰 属 権 利 者 ( 以 下 13- 8 に お い て 「 帰 属 権
利 者 」 と い う 。)( そ の 信 託 の 終 了 前 の 期 間 に 限 る 。)
( 2) 委 託 者 の 死 亡 の 時 に 受 益 権 を 取 得 す る 同 法 第 90 条 第 1 項 第 1 号
⦅委託者の死亡の時に受益権を取得する旨の定めのある信託等の特例
⦆に 掲 げ る 受 益 者 と な る べ き 者 と し て 指 定 さ れ た 者 ( 委 託 者 の 死 亡 前
の 期 間 に 限 る 。)
( 3) 委 託 者 の 死 亡 の 時 以 後 に 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る 同 項 第 2 号
に 掲 げ る 受 益 者 ( 委 託 者 の 死 亡 前 の 期 間 に 限 る 。)
新 信 託 法 に お い て は 、 信 託 の 残 余 財 産 の 帰 属 に つ い て 、 新 信 託 法 第 182 条 121
で 「 残 余 財 産 受 益 者 」( 同 条 1 号 ) と 「 帰 属 権 利 者 」( 同 条 2 号 ) と を 定 め て い
る 。信 託 は 、信 託 が 終 了 し た 場 合 に は 、清 算 す る こ と と さ れ て お り( 新 信 託 法 第
175 条 )122 、そ の 信 託 を 清 算 す る 際 に 、そ の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ
信 託 法 第 182 条 ( 残 余 財 産 の 帰 属 )
残余財産は、次に掲げる者に帰属する。
一 信託行為において残余財産の給付を内容とする受益債権にかかる受益者(略)と
なるべき者と指定された者
二 信託行為において残余財産の帰属すべき者(略)となるべき者として指定された
者
122 信 託 法 第 175 条 ( 清 算 の 開 始 原 因 )
信託は、当該信託が終了した場合(略)には、この節の定めるところにより、清算を
しなければならない。
121
60
ている者が残余財産受益者と帰属権利者である。
残 余 財 産 受 益 者 は 、信 託 行 為 に お い て 残 余 財 産 の 給 付 を 内 容 と す る 受 益 債 権 に
係る受益者として指定された者をいい、信託行為に別段の定めがない場合には、
受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 に 該 当 す る た め 、税 法 上 の「 受 益 者 」に 該 当
する。
他 方 、帰 属 権 利 者 は 、信 託 行 為 に お け る 受 益 者 で は な く 、残 余 財 産 に 帰 属 す べ
き も の と し て 指 定 さ れ た 者 に 過 ぎ な い 。帰 属 権 利 者 は 、残 余 財 産 の 給 付 を す べ き
債 務 に 係 る 債 権 を 取 得 し( 新 信 託 法 第 183 条 第 1 項 )、信 託 の 清 算 中 は 受 益 者 と
み な す こ と と さ れ て い る ( 新 信 託 法 第 183 条 第 6 項 ) 123 。
こ れ ら の 規 定 か ら 、帰 属 権 利 者 は 、信 託 の 終 了 事 由 が 発 生 す る 前 は 信 託 法 に お
い て 受 益 者 で は な く 、信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が な い 場 合 に は 、受 益 者 と し て の 権
利 を 現 に 有 し な い 。し た が っ て 、原 則 と し て 、残 余 財 産 受 益 者 は 税 法 上 の 受 益 者
等 課 税 信 託 に お け る 受 益 者 と な る が 、そ の 信 託 の 終 了 前 の 期 間 に お け る 帰 属 権 利
者は受益者とはならないこととなる。
ま た 、 新 信 託 法 に お い て は 、 第 90 条 が 創 設 さ れ 、 委 託 者 が 生 前 に 自 己 の 財 産
を 受 託 者 に 信 託 し て 、自 己 生 存 中 に 委 託 者 自 身 を 受 益 者 と し 、自 己 の 子 、配 偶 者
等 を 委 託 者 死 亡 後 の 受 益 者 に す る こ と に よ っ て 、委 託 者 の 死 亡 後 に お け る 財 産 分
配 を 信 託 に よ っ て 達 成 を 図 る 信 託 、い わ ゆ る 遺 言 代 用 信 託 が 認 め ら れ た 124 。遺 言
代 用 信 託 は 、 新 信 託 法 第 90 条 第 1 項 に 規 定 さ れ 、 1 号 「 委 託 者 の 死 亡 の 時 に 受
益 者 と な る べ き 者 と し て 指 定 さ れ た 者 が 受 益 権 を 取 得 す る 旨 の 定 め の あ る 信 託 」、
2 号「 委 託 者 の 死 亡 の 時 以 後 に 受 益 者 が 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る 旨 の 定 め の
あ る 信 託 」( 当 該 受 益 者 は 、 信 託 行 為 の 別 段 の 定 め が な い 場 合 、 そ の 委 託 者 が 死
亡 す る ま で は 、 受 益 者 と し て の 権 利 を 有 し な い 。) を い う 。
1 号の「委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者」とは、
信 託 法 上 の 受 益 者 で は な く 、ま た 、委 託 者 の 死 亡 事 由 を 始 期 と し て 受 益 権 を 取 得
信 託 法 第 183 条 ( 帰 属 権 利 者 )
信託行為の定めにより帰属権利者となるべき者として指定された者は、当然に残余財
産の給付をすべき債務に係る債権を取得する。ただし、信託行為に別段の定めがあると
きは、その定めるところによる。
6 帰属権利者は、信託の清算中は受益者とみなす。
124 本 論 文 、 第 1 章 第 4 節 第 2 款 参 照 。
123
61
す る こ と と さ れ て い る 者 に 過 ぎ な い 。こ の よ う に 、信 託 行 為 に 停 止 条 件 ま た は 始
期 が 付 さ れ て い る と き に は 、停 止 条 件 ま た は 始 期 が 到 来 す る こ と に よ っ て 信 託 の
効 力 が 生 ず る と 規 定 さ れ て い る こ と か ら ( 新 信 託 法 第 4 条 第 4 項 )、 こ の 指 定 さ
れ た 者 は 委 託 者 の 死 亡 前 に お い て は 、受 益 者 と し て の 地 位 を 現 に 有 し て い な い と
解され、受益者等課税信託における受益者に該当しない。
ま た 、2 号 の「 委 託 者 の 死 亡 の 時 以 後 に 受 益 者 が 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る
旨 の 定 め の あ る 信 託 の 受 益 者 」 も 、 信 託 法 上 は 受 益 者 で あ る が 、 信 託 法 第 90 条
第 2 項 に お い て 、こ の 場 合 の 受 益 者 は 信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が な い 場 合 、そ の 委
託 者 が 死 亡 し て 初 め て 信 託 財 産 に 係 る 給 付 を 受 け る こ と が で き る た め 、同 じ く 当
該 受 益 者 は 委 託 者 の 死 亡 前 に お い て は 、受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 し て い な い
と考えられ、受益者等課税信託における受益者に該当しない。
②みなし受益者
所 得 税 法 第 13 条 第 2 項 は 、み な し 受 益 者 に つ い て の 規 定 で あ る 。規 定 は 以 下
のとおりである。
【 現 行 】 所 得 税 法 第 13 条 ( 法 人 税 法 第 12 条 )
2
信託の変更をする権限(軽微な変更をする権限として政令で定めるも
の を 除 く 。)を 現 に 有 し 、か つ 、当 該 信 託 の 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と
さ れ て い る 者( 受 益 者 を 除 く 。)は 前 項 に 規 定 す る 受 益 者 と み な し て 、同 項
の規定を適用する。
こ の み な し 受 益 者 の 規 定 は 、主 と し て 委 託 者 を 想 定 し て お り 、委 託 者 が 受 益 者
を 変 更 す る 権 限 等 を 自 分 に 留 保 し 、か つ 、信 託 財 産 を 自 分 に 戻 す こ と を 予 定 し て
い る よ う な 租 税 回 避 を 行 う こ と を 防 止 す る 規 定 で あ る と さ れ て い る 125 。
岡 正 晶 [ 12] p.38
佐 藤 英 明 教 授 も ま た 、「 新 信 託 税 制 に お け る み な し 受 益 者 課 税 の 制 度 は 、 実 質 的 に 信 託
財産に支配等の可能性を起こした委託者への課税の制度であり、従来の導管理論の下で
の委託者課税から新たな姿の委託者課税に変わったものと理解することができる。そし
て、ここで期待される役割は、信託を用いた所得分割などによる租税回避への対処であ
ろ う 」 と 述 べ て い る 。 佐 藤 英 明 [ 34] p.51
125
62
新信託法では、旧信託法に比べて委託者に与えられた権限は縮小されており、
従前の信託税制で採用されていた受益者が不特定または未存在の場合における
委 託 者 課 税 を 維 持 す る こ と は 適 正 で な い と 考 え ら れ た 126 。そ こ で 、現 行 税 制 は 、
受 益 者 と 同 等 の 地 位 を 有 す る 者 を 受 益 者 と み な し て 課 税 す る こ と と し て お り 、従
前の委託者課税は廃止されることとなった。
し た が っ て 、ま ず 、所 得 税 法 第 13 条 第 1 項 に お い て 、信 託 行 為 に よ っ て 受 益
者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 を 課 税 対 象 と し 、受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 さ
な い 者 を 課 税 対 象 外 と し た 上 で 、第 2 項 に お い て 、受 益 者 と 同 等 の 地 位 を 有 す る
者 は み な し 受 益 者 と し て 課 税 さ れ る 。こ の み な し 受 益 者 の 判 定 は 、信 託 の 変 更 を
する権限を現に有しており(軽微な変更する権限として政令で定めるものを除
く 。)、信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る と さ れ て い る 、の 二 要 件 を 満 た す こ と に よ っ て 判
定される。
み な し 受 益 者 の 第 一 要 件 で あ る 信 託 の 変 更 を す る 権 限 を 現 に 有 す る 者 と は 、信
託 法 に お い て 、信 託 の 変 更 が 信 託 行 為 に 別 段 の 定 め が な い 場 合 に 、委 託 者 、受 益
者 お よ び 受 託 者 の 合 意 に す る こ と と さ れ て い る こ と か ら 、委 託 者 、受 託 者 お よ び
受 益 者 が 当 該 権 限 を 現 に 有 す る こ と と な る ( 新 信 託 法 第 149 条 第 1 項 )。
ま た 、「 信 託 の 変 更 を す る 権 限 」 か ら 除 外 さ れ る 「 軽 微 な 変 更 を す る 権 限 と し
て 政 令 で 定 め る も の 」と は 、 所 得 税 法 施 行 令 第 52 条 第 1 項 に お い て 、信 託 の 目
的 に 反 し な い こ と が 明 ら か な 場 合 に 限 り 、 信 託 の 変 更 ( 新 信 託 法 第 149 条 第 2
項、第 3 項)をすることができる権限と定めている。このような信託の変更は、
軽 微 な も の に す ぎ ず 、実 質 的 に 変 更 し な い も の と 同 様 で あ る と 解 さ れ る た め 、税
法 上 、信 託 を コ ン ト ロ ー ル す る こ と が で き る 者 に 該 当 す る か 否 か を 判 定 す る 上 で
の信託の変更には含まれないとしている。
こ れ に 対 し て 、「 信 託 の 変 更 を す る 権 限 」 に 含 ま れ る も の と し て 、 所 得 税 法 施
行 令 第 52 条 第 2 項 は 、「 他 の 者 と の 合 意 に よ り 信 託 の 変 更 を す る こ と が で き る
権 限 」が 含 ま れ る と 定 め て い る 。こ れ は 、信 託 の 変 更 が 、信 託 法 上 、信 託 行 為 に
別 段 の 定 め が な い 場 合 に 、委 託 者 、受 益 者 お よ び 受 託 者 の 合 意 に よ り 行 う こ と と
さ れ て い る よ う に 、信 託 行 為 に お い て 受 益 者 と さ れ た 者 で あ っ て も 単 独 で 信 託 の
126
喜 多 綾 子 [ 21] p.45
63
変 更 を す る こ と は で き な い こ と か ら 、み な し 受 益 者 の 判 定 す る 場 合 に お け る 信 託
の 変 更 の 権 限 に つ い て も 同 様 に 、他 の 者 と の 合 意 に よ り 信 託 の 変 更 を す る こ と が
できる権限を含むとされた。
次 に 、 信 託 の 変 更 を す る 権 限 を 現 に 有 す る 者 の う ち 、「 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け
る こ と と さ れ て い る 者 」が み な し 受 益 者 に 該 当 す る 。信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ
と と さ れ て い る 者 に は 、 前 述 の と お り 残 余 財 産 受 益 者 と 帰 属 権 利 者 127 が 該 当 す
る が 、残 余 財 産 受 益 者 は 、す で に 所 得 税 法 第 13 条 第 1 項 の 「 受 益 者 」 の 範 囲 に
含 ま れ る た め 、第 2 項 の「 み な し 受 益 者 」の 適 用 を 受 け な い 。す な わ ち 、信 託 財
産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る「 み な し 受 益 者 」は 、受 益 者 の 範 囲 か ら 外 れ
た 帰 属 権 利 者 を 対 象 と し て い る 。し た が っ て 、変 更 権 限 を 現 に 有 す る 者 で 、か つ 、
信 託 の 定 め に よ り 帰 属 権 利 者 と し て 指 定 さ れ て い る 場 合 に は 、み な し 受 益 者 に 該
当 す る こ と と な る 。こ の み な し 受 益 者 の 範 囲 に つ い て は 、通 達 で 明 ら か に さ れ て
いる。以下のとおりである。
【 現 行 】 所 得 税 基 本 通 達 13- 8( 法 人 税 基 本 通 達 14- 4- 8)
(受益者とみなされる委託者)
法 第 13 条 第 2 項 の 規 定 に よ り 受 益 者 と み な さ れ る 者 に は 、 同 項 に 規 定
する信託の変更をする権限を現に有している委託者が次に掲げる場合で
あるものが含まれることに留意する。
(1) 当 該 委 託 者 が 信 託 行 為 の 定 め に よ り 帰 属 権 利 者 と し て 指 定 さ れ て
いる場合
(2) 信 託 法 第 182 条 第 2 項 に 掲 げ る 信 託 行 為 に 残 余 財 産 受 益 者 若 し く は
帰 属 権 利 者( 以 下 こ の 項 に お い て「 残 余 財 産 受 益 者 等 」と い う 。)の 指 定
に関する定めがない場合又は信託行為の定めにより残余財産受益者等と
して指定を受けた者の全てがその権利を放棄した場合
帰 属 権 利 者 は 、 信 託 の 清 算 中 は 受 益 者 と み な さ れ ( 新 信 託 法 第 183 条 第 6 項 )、 信 託
の清算にあたって当然に残余財産の給付をすべき債務に係る債権を取得する(新信託法
第 183 条 第 1 項 ) か ら 、 帰 属 権 利 者 は 、「 信 託 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 」 に
該当する。
127
64
信託行為に残余財産受益者若しくは帰属権利者の指定に関する定めがない場
合または残余財産受益者若しくは帰属権利者の指定を受けた者のす べてがその
権 利 を 放 棄 し た 場 合 に は 、信 託 法 上 、信 託 行 為 に 委 託 者 ま た は そ の 相 続 人 そ の 他
の 一 般 承 継 人 を「 帰 属 権 利 者 」と し て 指 定 す る 旨 の 定 め が あ っ た も の と み な さ れ
る( 新 信 託 法 第 182 条 第 2 項 )。し た が っ て 、委 託 者 は 、帰 属 権 利 者 と し て 信 託
財産の給付を受けることとされている者に該当することとなる。
こ の こ と か ら 、信 託 の 変 更 を す る 権 限 を 現 に 有 す る 委 託 者 で 、当 該 委 託 者 が 信
託 行 為 の 定 め に よ り 帰 属 権 利 者 と し て 指 定 さ れ て い る 場 合 、ま た は 、信 託 行 為 に
残余財産受益者若しくは帰属権利者の指定に関する定めがない場合または 残余
財産受益者若しくは帰属権利者の指定を受けた者のすべてがその権利を放棄し
た 場 合 の い ず れ か に 該 当 す る 場 合 に は 、そ の 委 託 者 は み な し 受 益 者 に 該 当 す る こ
ととなる。
ま た 、所 得 税 法 施 行 令 第 52 条 第 3 項 は 、停 止 条 件 が 付 さ れ た 信 託 財 産 の 給 付
を 受 け る 権 利 を 有 す る 者 は 、「 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 」 に
該 当 す る も の と 規 定 し て い る 。し た が っ て 、受 益 者 と な る こ と に 停 止 条 件 ま た は
始 期 が 付 さ れ た 者 は 、受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 に 該 当 せ ず 、第 1 項 の
受 益 者 の 範 囲 か ら 外 さ れ る が 、信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 に 該
当 す る た め 、信 託 の 変 更 権 限 を 現 に 有 す る 場 合 に は 、み な し 受 益 者 に 該 当 す る こ
ととなる。
第 3項
信託財産に属する資産および負債並びに信託財産に帰せられる収益
および費用の帰属について
受 益 者 等 課 税 信 託 の 受 益 者 は 、当 該 信 託 の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 を
有 す る も の と み な し 、か つ 、当 該 信 託 財 産 に 帰 せ ら れ る 収 益 お よ び 負 債 は 当 該 受
益 者 の 収 益 お よ び 負 債 と み な さ れ て 、 所 得 税 法 第 13 条 ( 法 人 税 法 第 12 条 ) が
適用されるのは前述したとおりである。
し か し 、た と え ば 、当 該 信 託 が 一 部 の 受 益 者 し か 特 定 さ れ て い な い 場 合 の 受 益
権 の 所 在 は ど う な る で あ ろ う か 。こ の 点 に つ い て 、通 達 は 、受 益 者 等 課 税 信 託 の
受 益 者 は 、受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 に 限 ら れ る た め 、受 益 者 が 有 す る
権利がその信託財産に係る受益者としての権利の一部にとどまる場合であって
65
も 、残 余 の 権 利 を 有 す る 者 が 存 し な い ま た は 特 定 さ れ て い な い と き は 、当 該 受 益
者 が 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 の 全 部 を 有 る も の と み な し 、か つ 、信 託 財
産に帰せられる収益および費用の全体を帰属するとみなすことを規定している
( 所 得 税 基 本 通 達 13- 1、 法 人 税 基 本 通 達 14- 4- 1)。
す な わ ち 、た と え ば 、受 益 者 の 有 す る 権 利 が 、そ の 信 託 財 産 に 係 る 受 益 者 と し
て の 権 利 全 体 の 70% だ と す れ ば 、 残 余 の 30%部 分 の 権 利 を 有 す る 者 が 存 し な い
場 合 に は 、当 該 受 益 者 は 受 益 者 と し て の 権 利 全 体 100%を 有 す る も の と み な さ れ 、
信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 の 全 部 、収 益 お よ び 費 用 の 全 体 を 帰 属 さ れ る こ
ととなる。
ま た 、た と え ば 、受 益 者 と し て の 権 利 を 有 す る 受 益 者 が 複 数 人 い る 場 合 に お い
て は 、所 得 税 法 施 行 令 は 、当 該 信 託 の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 の 全 部 を
そ れ ぞ れ の 受 益 者 が そ の 有 す る 権 利 の 内 容 に 応 じ て 有 す る も の と し 、当 該 信 託 財
産に帰せられる収益および費用の全部がそれぞれの受益者にその有する権利の
内 容 に 応 じ て 帰 せ ら れ る も の と す る 、 と 規 定 し て い る ( 所 得 税 法 施 行 令 第 52 条
4 項 ,法 人 税 法 施 行 令 第 15 条 第 4 項 )。こ れ を 受 け て 通 達 は 、こ の「 権 利 の 内 容
に 応 じ て 」の 例 示 と し て 、そ の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 が 、そ の 構 造 上 区 分 さ れ た
数 個 の 部 分 を 独 立 し て 、住 居 、店 舗 、事 務 所 ま た は 倉 庫 そ の 他 建 物 と し て の 用 途
に 供 す る こ と が で き る も の で あ る 場 合 に お い て 、そ の 各 部 分 の 全 部 又 は 一 部 が 2
以 上 の 受 益 者 の 有 す る 権 利 の 目 的 と な っ て い る と き を 挙 げ 、当 該 目 的 と な っ て い
る 部 分 に つ い て は 、当 該 各 受 益 者 が 各 自 の 有 す る 権 利 の 割 合 に 応 じ て 有 し て い る
も の と し て 取 扱 わ れ る( 所 得 税 基 本 通 達 13- 4、法 人 税 基 本 通 達 14- 4- 4)。つ
ま り 、土 地 の 区 分 所 有 の 様 に 、受 益 者 等 の 有 す る 権 利 に 応 じ て そ の 信 託 財 産 が 特
定 さ れ る も の は 、各 受 益 者 が そ の 有 す る 権 利 の 内 容 に 応 じ て 有 し て い る も の と し
て取扱うこととしている。
し か し 、こ の 点 に つ い て 、受 益 権 が 分 割 さ れ た と き に そ の 課 税 関 係 が 不 明 確 で
あ る と い う 指 摘 が あ る 128 。受 益 権 の 分 割 と は 、た と え ば 受 益 権 が 収 益 受 益 権 と 元
本 受 益 権 に 、ま た は 優 先 受 益 権 と 劣 後 受 益 権 な ど に 分 か れ る 場 合 を 指 し 、こ の よ
うな受益権の権利の内容に応じて按分する場合とはどうなるのかという問題が
128
受 益 権 評 価 の 問 題 の 検 討 と し て 、 喜 多 綾 子 [ 20] が 有 益 で あ る 。
66
あ る 。 収 益 受 益 権 と 元 本 受 益 権 の 評 価 方 法 は 、 財 産 評 価 基 本 通 達 202 に よ っ て
定 め ら れ て い る が 、優 先 受 益 権 と 劣 後 受 益 権 と に 分 割 さ れ た 場 合 の 手 当 て は 現 行
税 制 に は な い 。い ず れ に し て も 、通 達 で は な く 、本 条 で 規 定 さ れ る べ き で あ ろ う 。
【 現 行 】 財 産 評 価 基 本 通 達 202
信 託 の 利 益 を 受 け る 権 利 の 評 価 は 、次 に 掲 げ る 区 分 に 従 い 、そ れ ぞ れ 次
に掲げるところによる。
( 1)元 本 と 収 益 と の 受 益 者 が 同 一 人 で あ る 場 合 に お い て は 、こ の 通 達 に
定めるところにより評価した課税時期における信託財産の価額によって
評価する。
( 2) 元 本 と 収 益 と の 受 益 者 が 元 本 及 び 収 益 の 一 部 を 受 け る 場 合 に お い
ては、この通達に定めるところにより評価した課税時期における信託財
産の価額にその受益割合を乗じて計算した価額によって評価する。
( 3)元 本 の 受 益 者 と 収 益 の 受 益 者 と が 異 な る 場 合 に お い て は 、次 に 掲 げ
る価額によって評価する。
イ
元本を受益する場合は、この通達に定めるところにより評価
した課税時期における信託財産の価額から、ロにより評価した収
益受益者に帰属する信託の利益を受ける権利の価額を控除した価
額
ロ
収益を受益する場合は、課税時期の現況において推算した受
益者が将来受けるべき利益の価額ごとに課税時期からそれぞれの
受益の時期までの期間に応ずる基準年利率による複利現価率を乗
じて計算した金額の合計額
第 4項
受益者等課税信託の課税関係
受 益 者 等 課 税 信 託 に 係 る 課 税 関 係 は 、① 信 託 設 定 時 の 課 税 、② 信 託 期 間 中 の 課
税 、 ③ 信 託 終 了 時 の 課 税 に 大 別 さ れ る 129 。
な お 、 受 益 者 等 課 税 信 託 の 課 税 関 係 に つ い て は 、 岸 田 貞 夫 [ 19] pp.91-92、 笹 島 修 平
[ 30] pp.254-267、 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] pp.16-29、 を 参 考 と し て い
る。
129
67
①信託設定時の課税
委 託 者 が 自 益 信 託( 委 託 者 = 受 益 者 )を 設 定 し た 場 合 に は 、そ の 設 定 時 に お い
て 、委 託 者 お よ び 受 託 者 に は 課 税 関 係 は 生 じ な い 。一 方 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず
に 他 益 信 託 ( 委 託 者 ≠受 益 者 ) を 設 定 し た 場 合 に は 、 信 託 設 定 時 に 受 益 者 等 ( 受
益 者 と み な し 受 益 者 )に 贈 与 税( 当 該 委 託 者 の 死 亡 に 起 因 し て 信 託 の 効 力 が 生 じ
た 場 合 に は 相 続 税 )が 課 さ れ る こ と に な る( 相 続 税 法 第 9 条 の 2 第 1 項 )。 受 託
者 は 、信 託 財 産 を 管 理 ま た は 処 分 等 す る た め に 財 産 の 名 義 人 と な っ て 預 か る の み
な の で 課 税 関 係 は 生 じ な い 。委 託 者 に お い て も 適 正 な 対 価 を 負 担 し て い な い の で
課税関係は生じない。
上 記 の ケ ー ス は 、単 純 に 、委 託 者 が 個 人 、受 益 者 等 も 個 人 で あ る 他 益 信 託 を 設
定 し た 場 合 で あ る 。し か し 、他 益 信 託 で あ っ て も 、① 委 託 者 が 個 人 で 、受 益 者 等
が法人の場合、②委託者が法人で、受益者等が個人の場合、③委託者が法人で、
受益者等が法人の場合が考えられる。
そ れ ぞ れ の 課 税 関 係 を 示 す と 、① の 他 益 信 託 を 設 定 し た 場 合 に は 、委 託 者 に は
信託財産を法人に譲渡したものとしてその時価と設定額の差にみなし譲渡課税
( 所 得 税 法 第 59 条 ) が 課 さ れ 、 受 益 者 等 で あ る 法 人 に は 通 常 の 取 引 価 額 で 信 託
さ れ た 財 産 130 に 対 し 、受 贈 益 課 税( 法 人 税 法 第 22 条 第 2 項 )が 課 さ れ る 。次 に 、
② の 他 益 信 託 を 設 定 し た 場 合 に は 、法 人 で あ る 委 託 者 に は 、通 常 の 取 引 価 格 で 信
託 さ れ た 財 産 を 、個 人 と 法 人 と の 関 係 に 応 じ て 寄 付 金( 法 人 税 法 第 37 条 第 8 項 )
と し て 、ま た は 役 員 賞 与 、退 職 金 等 を 支 払 っ た と し て 法 人 税 等 が 課 さ れ る 131 。そ
の上、個人である受益者等には、受贈益に対し、個人と法人との関係に応じて、
一 時 所 得 ま た は 給 与 所 得 が 課 さ れ る 。③ の 他 益 信 託 を 設 定 し た 場 合 に は 、法 人 で
あ る 委 託 者 に は 通 常 の 取 引 価 格 で 信 託 さ れ た 財 産 の 価 格 は 寄 付 金 課 税 が 、法 人 で
ある受益者等に対しては受贈益課税が課される。
②信託期間中の課税
信 託 期 間 中 に 発 生 す る 収 益 お よ び 費 用 は 、受 益 者 等 の 費 用 お よ び 収 益 と み な し
て 所 得 税 が 課 さ れ る ( 所 得 税 法 第 13 条 第 1 項 、 第 2 項 )。
130
131
資産から債務を控除したもの。
賞与・退職金と認識される場合には、源泉徴収義務を負う。
68
受益者等は、その信託から生じる所得の種類(つまり受託者の運用)により、
利 子 所 得( 所 得 税 法 第 23 条 )、配 当 所 得( 所 得 税 法 第 26 条 )、不 動 産 所 得( 所 得
税 法 第 26 条 )、 譲 渡 所 得 ( 所 得 税 法 第 33 条 )、 一 時 所 得 ( 所 得 税 法 第 34 条 )、
雑 所 得( 所 得 税 法 第 35 条 ) 132 の い ず れ か が 課 さ れ る 。な お 、給 与 所 得 お よ び 退
職 所 得 は 、信 託 の 性 質 上 、受 託 者 が 運 用 を 行 っ て い る こ と を 鑑 み る と 考 え に く い
ので該当しない。また、信託から生ずる所得が不動産所得に該当する場合には、
そ の 信 託 か ら 生 じ た 損 失 の 額 は 生 じ な か っ た も の と み な さ れ 損 益 通 算 133 が で き
な い ( 租 税 特 別 措 置 法 第 41 条 の 4 の 2)。
③信託終了時の課税関係
委 託 者 は 、信 託 設 定 時 に 、信 託 財 産 を 受 益 者 等 に 移 転 し た も の と み な さ れ る の
で 、信 託 終 了 時 に は 課 税 さ れ な い 。ま た 、信 託 設 定 時 に 受 益 者 等 が 残 余 財 産 受 益
者 等( 残 余 財 産 受 益 者 お よ び 帰 属 権 利 者 )と し て 定 め ら れ て い る 場 合 に は 、受 益
者 等 に は 信 託 設 定 時 に 贈 与 税 等 が 既 に 課 税 さ れ て い る( 相 続 税 法 第 9 条 の 4 第 1
項)ため、信託終了時には新たな課税関係が生じない。
し か し 、信 託 終 了 前( 信 託 設 定 時 )の 受 益 者 等 が 残 余 財 産 受 益 者 等 と 異 な る 場
合 に は 、残 余 財 産 は 受 益 者 等 か ら 残 余 財 産 受 益 者 等 に 贈 与 等 が さ れ た も の と み な
し 、適 正 な 対 価 を 負 担 し な い と き は 贈 与 税 等 が 課 さ れ る( 相 続 税 法 第 9 条 の 4)。
上 記 の ケ ー ス は 受 益 者 等 が 個 人 、残 余 財 産 受 益 者 等 が 個 人 の 場 合 で あ り 、他 に は
① 受 益 者 等 が 個 人 で 、残 余 財 産 受 益 者 等 が 法 人 の 場 合 、② 受 益 者 等 が 法 人 で 、残
余 財 産 受 益 者 等 が 個 人 の 場 合 、③ 受 益 者 等 が 法 人 で 、残 余 財 産 受 益 者 等 が 法 人 の
喜 多 綾 子 [ 20] pp.770-771
個人事業者である委託者が受託者にその委託者が行っている事業を信託した場合に
は、その事業から生ずる所得は事業所得と考えられるが、受益者との関係が希薄である
ため、雑所得とされる。
133 損 益 通 算 と は 、 総 所 得 金 額 、 退 職 所 得 金 額 又 は 山 林 所 得 金 額 を 計 算 す る 場 合 に お い
て、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上
生じた損失の金額があるときは、政令で定める順序により、これを 各種所得の金額から
控 除 す る こ と を い う ( 所 得 税 法 第 69 条 )。
信託においては、不動産所得による損失に限定して損益通算を認めていない。これ
は、信託を利用した組合契約類似の租税回避行為(航空機リース事件(申告所得税更正
処 分 取 消 等 請 求 各 事 件 : 名 古 屋 高 等 裁 判 所 平 成 17 年 10 月 27 日 判 決 ) に お い て 組 合 損
失 の 損 益 通 算 の 可 否 が 争 わ れ た 。) が 行 わ れ る 可 能 性 が あ る と し て 、 課 税 中 立 性 ・ 公 平
性を確保する観点から信託から生じた不動産所得の損益通算は認められていない。
132
69
場合がある。
そ れ ぞ れ の 課 税 関 係 は 、① の 場 合 に は 、法 人 で あ る 残 余 財 産 受 益 者 等 に は 、通
常 の 取 引 価 額 で 信 託 さ れ た 財 産 に 対 し 、 受 贈 益 課 税 ( 法 人 税 法 第 22 条 第 2 項 )
が 課 さ れ る 。② の 場 合 に は 、法 人 で あ る 受 益 者 等 に は 、通 常 の 取 引 価 格 で 信 託 さ
れ た 財 産 を 、個 人 と 法 人 と の 関 係 に 応 じ て 寄 付 金( 法 人 税 法 第 37 条 第 8 項 )ま
たは役員賞与、退職金等として法人税が課される 。個人である残余財産受益者
等 に は 、受 贈 益 に 対 し 、個 人 と 法 人 と の 関 係 に 応 じ て 、一 時 所 得 ま た は 給 与 所 得
が 課 さ れ る 。③ の 場 合 に は 、法 人 で あ る 受 益 者 等 に は 通 常 の 取 引 価 格 で 信 託 さ れ
た 財 産 の 価 額 は 寄 付 金 と し て 法 人 税 が 課 さ れ 、法 人 で あ る 残 余 財 産 受 益 者 等 に 対
しては受贈益課税が課される。
第 3款
受益者等が存しない信託の課税関係
第 1項
受益者等が存しない信託の概要
受 益 者 に な る こ と に 条 件 や 始 期 が 付 さ れ て い る 受 益 者 や 、未 だ 生 ま れ て い な い
受 益 者 な ど は 、受 益 者 等 に 該 当 せ ず「 受 益 者 等 課 税 信 託 」か ら は 除 外 さ れ て 、
「受
益 者 等 が 存 し な い 信 託 」 と し て 、「 法 人 課 税 信 託 」 の 課 税 の 適 用 を 受 け る 。
法 人 課 税 信 託 と は 、法 人 税 法 第 2 条 第 29 号 の 2 に 掲 げ る 信 託 を い い 、具 体 的
には、
( イ )受 益 権 を 表 示 す る 証 券 を 発 行 す る 旨 の 定 め の あ る 信 託 、
( ロ )受 益 者
等の存しない信託、
( ハ )法 人( 公 共 法 人 お よ び 公 益 法 人 を 除 く 。)が 委 託 者 と な
る 信 託( 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 の み を 信 託 す る も の を 除 く )で 、法 人 の 事 業 の 重
要 部 分 の 信 託 で 委 託 者 の 株 主 等 を そ の 受 益 者 と す る も の 、そ の 法 人 の 自 己 信 託 等
で 信 託 の 存 続 期 間 が 20 年 を 超 え る も の 、そ の 法 人 の 自 己 信 託 等 で 信 託 の 損 益 分
配 が 変 更 可 能 で あ る も の 、の い ず れ か に 該 当 す る 信 託 、
( ニ )投 資 信 託 、
( ホ )特
定 目 的 信 託 、 を 指 す 134 。 こ の よ う に 、「 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 」 は あ く ま で 、
法 人 課 税 信 託 の 一 類 型 で あ る 。法 人 課 税 信 託 で は 、そ の 信 託 財 産 に 係 る 所 得 に つ
い て 、信 託 の 受 託 者 の 段 階 で 課 税 す る こ と が 適 当 と 考 え ら れ 、受 託 者 を 納 税 義 務
者 と し て 、個 人 で あ っ て も 法 人 で あ っ て も「 受 託 法 人 」と み な し 、法 人 税 お よ び
134
国 税 庁 [ 24] p.76
齋地義孝氏執筆部分。
70
所得税が課税される。
し た が っ て 、法 人 課 税 信 託 の 一 類 型 で あ る 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 は 、信 託 期
間中の信託財産に係る所得については、受託者に法人税等が課される。しかし、
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 で は 、受 益 者 等 が 特 定 ま た は 存 在 し な い ま ま 終 了 し た 場
合 ま た は 受 益 者 等 が 特 定 ま た は 存 在 す る に 至 っ た 場 合 に は 、そ れ を「 法 人 の 解 散 」
と し て 取 り 扱 う 。こ の 点 で 、受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 課 税 関 係 は 他 の 法 人 課 税
信託の課税関係と大きく異なっている。
第 2項
受益者等が存しない信託の課税関係
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 に 係 る 課 税 関 係 は 、① 信 託 設 定 時 の 課 税 、② 信 託 期 間
中 の 課 税 、 ③ 信 託 終 了 時 の 課 税 に 大 別 さ れ る 135 。
①信託設定時の課税
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 設 定 時 に は 、受 託 者 に 対 し て 、そ の 信 託 財 産 の 価 額
に 相 当 す る 金 額 に つ い て 受 贈 益 と し て 法 人 税 等 が 課 さ れ る 。ま た 、委 託 者 が 個 人
の 場 合 に は 、個 人 か ら の 法 人 へ の 贈 与 と し て 、委 託 者 に 対 し み な し 譲 渡 課 税 が 行
わ れ 、委 託 者 が 法 人 の 場 合 に は 、法 人 か ら 法 人 へ の 贈 与 と し て 、委 託 者 に 対 し 寄
付 金 課 税 が 行 わ れ る 。こ の 場 合 、委 託 者 は 、受 託 者 へ の 信 託 財 産 の 移 転 は 、法 人
に 対 す る 贈 与 と み な さ れ る( 所 得 税 法 第 6 条 の 3 第 7 項 )。な お 、 受 益 者 等 が 存
し な い 信 託 以 外 の 法 人 課 税 信 託 で は 、信 託 の 設 定 が 、法 人 に 対 す る 贈 与 で は な く 、
法 人 に 対 す る 出 資 と み な さ れ る 。こ の 点 で 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 と は 区 別 さ れ
る。
ま た 、受 益 者 等 が 委 託 者 の 親 族 で あ る 場 合 に は 、そ の 受 託 者 を 個 人 と み な し て
相 続 税 等( 贈 与 税 ま た は 相 続 税 )が 課 税 さ れ る( 相 続 税 法 第 9 条 の 4 第 1 項 、第
3 項 )。こ の と き 、先 に 課 さ れ た 法 人 税 等 は 、相 続 税 等 か ら 控 除 さ れ る 。な お 、先
に 支 払 う 法 人 税 等 が 相 続 税 等 の 税 額 よ り も 超 過 し て い る 場 合 で も 、控 除 額 は 相 続
税等を限度とされ、超過分に対する還付の手当てはない 。
な お 、 受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 課 税 関 係 に つ い て は 、 植 松 香 一 [ 7] p.113、 岸 田 貞
夫 [ 19] pp.92-93、 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] pp.109-121 を 参 考 と し て い
る。
135
71
②信託期間中の課税
委 託 者 は つ い て は 、信 託 設 定 時 に 課 税 関 係 が 終 了 し て い る た め 、信 託 終 了 時 に
課税関係は生じない。
信 託 財 産 か ら 生 ず る 所 得 に つ い て 、受 託 者 は 個 人 で あ っ て も 税 法 上「 受 託 法 人 」
と み な さ れ( 所 得 税 法 第 6 条 の 3 第 1 項 、法 人 税 法 第 4 条 の 7 第 1 項 )、受 託 者
に信託財産から発生する所得に対して法人税等が課される(所得税法第 6 条の
2、法 人 税 法 第 4 条 の 6)。こ の と き 、受 託 者 は 、法 人 課 税 信 託 の 信 託 財 産 と 、受
託者自身の固有資産はそれぞれ別の者が有するとみなされる(法人税法第 4 条
の 6 第 1 項 、 第 2 項 )。 し た が っ て 、 信 託 財 産 は 、 受 託 者 の 固 有 財 産 と は 明 確 に
区別されることとなる。
③信託終了時の課税
委 託 者 は つ い て は 、信 託 設 定 時 に 課 税 関 係 が 終 了 し て い る た め 、信 託 終 了 時 に
課税関係は生じない。
受 益 者 等 が 特 定 ま た は 存 在 し な い ま ま 、受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 が 終 了 し た 場
合には、法人の解散として取り扱われる(所得税法第 6 条の 3 第 5 項、法人税
法 第 4 条 の 7 第 8 項 )。 ま た 、受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 が 、 受 益 者 等 が 特 定 ま た
は 存 在 す る に 至 っ た と き は 、法 人 課 税 信 託 か ら 受 益 者 等 課 税 信 託 に 変 更 し た こ と
になり、受託法人は解散として取り扱われる(所得税法第 6 条の 3 第 5 項、法
人 税 法 第 4 条 の 7 第 8 項 ) 136 。
こ の 場 合 、当 該 法 人 課 税 信 託 に 係 る 受 託 法 人 は 、当 該 受 益 者 等 に 対 し そ の 信 託
財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 の 法 人 課 税 信 託 に 該 当 し な い こ と と な っ た 時( 受 益
者 等 が 存 す る こ と と な っ た 時 )の 直 前 の 帳 簿 価 額 に よ る 引 継 ぎ を し た も の と し て 、
当 該 受 託 法 人 の 各 事 業 年 度 の 所 得 の 金 額 を 計 算 す る ( 法 人 税 法 第 64 条 の 3 第 2
な お 、 平 成 22 年 法 人 税 法 改 正 の 前 に お い て は 、 受 益 者 等 が 特 定 ま た は 存 在 し な い ま
ま、受益者等が存しない信託が終了した場合には、受託法人の解散と取り扱われ、受託者
に対し清算所得課税がなされていた。また、受益者等が特定または存在するに至り、受益
者等が存しない信託が終了した場合においても、受託法人の解散と取り扱われた。しか
し、この場合には、信託特定解散として、受託者に対する清算所得課税は行われなかった
( 旧 法 人 税 法 第 92 条 第 1 項 )。 平 成 22 年 法 人 税 法 改 正 に よ り 、 清 算 所 得 課 税 は 廃 止 さ れ
ている。
136
72
項 )。
ま た 、受 益 者 等 は 受 託 法 人 か ら そ の 信 託 財 産 に 属 す る 資 産 お よ び 負 債 を 帳 簿 価
額 に よ る 引 継 ぎ を 受 け た も の と し て 、 各 事 業 年 度 の 所 得 の 金 額 を 計 算 す る 。( 所
得 税 法 第 67 条 の 3 第 1 項 、 法 人 税 法 第 64 条 の 3 第 3 項 ) 加 え て 、 引 継 ぎ に よ
り 生 じ た 収 益 の 額 ま た は 損 失 の 額 は 生 じ な か っ た も の と し て 取 り 扱 わ れ る( 所 得
税 法 第 67 条 の 3 第 2 項 、 第 8 項 )。 し た が っ て 、 原 則 と し て 、 受 益 者 等 は 信 託
財産を簿価により引き継ぐことになるため、受贈益課税 は生じない。
例 外 と し て 、受 益 者 等 が 委 託 者 の 親 族 で あ り 、特 定 ま た は 存 在 す る に 至 っ た と
き は 、 受 益 者 等 に 対 し 贈 与 税 が 課 さ れ る ( 相 続 税 法 第 9 条 の 5)。
73
第 2節
相続税法における規定
改正前の相続税法では信託に係る規定は旧相続税法第 4 条のみであったが、
改正後相続税法第 9 条の 2 ないし第 9 条の 5 が新設され、信託課税全般につい
ての整備が行われた。このうち、相続税法第 9 条の 2 は旧相続税法第 4 条にお
か れ て い た 信 託 課 税 の 原 則 規 定 を 踏 襲 し た も の で あ る 。本 節 で は 、相 続 税 法 第 9
条の 2 から第 9 条の 5 の規定を確認し、課税関係を明らかにする。これらの課
税 規 定 は 、租 税 回 避 行 為 を 防 止 す る こ と に 重 き を 置 い た 規 定 と な っ て お り 、そ の
点を明らかにする。なお、相続税法第 9 条の 3 の規定である受益者連続型信託
の 規 定 に つ い て は 、本 論 文 の 主 要 な 検 討 論 点 と 考 え ら れ る た め 、次 章 に て 中 心 的
に検討を行うこととする。
第 1款
受益者等課税信託の課税関係
相続税法第 9 条の 2 は、贈与または遺贈により取得したものとみなす信託に
関する権利について規定しているが、以下各項ごとにみていくこととする。
①
相続税法第 9 条の 2 第 1 項
(信託の効力が生じたときに贈与又は遺贈により取得したものとみなす場
合)
【現行】相続税法第 9 条の 2 第 1 項、第 5 項
信 託( 退 職 年 金 の 支 給 を 目 的 と す る 信 託 そ の 他 の 信 託 で 政 令 に 定 め る も
の を 除 く 。以 下 同 じ 。)の 効 力 が 生 じ た 場 合 に お い て 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ
ず に 当 該 信 託 の 受 益 者 等( 受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 及 び 特 定 委
託 者 を い う 。以 下 こ の 節 に お い て 同 じ 。)と な る 者 が あ る と き は 、当 該 信 託
の 効 力 が 生 じ た 時 に お い て 、当 該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 者 は 、当 該 信 託 に
関 す る 権 利 を 当 該 信 託 の 委 託 者 か ら 贈 与( 当 該 委 託 者 の 死 亡 に 起 因 し て 当
該信託の効力が生じた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
5
第 1 項 の「 特 定 委 託 者 」と は 、信 託 の 変 更 を す る 権 限( 軽 微 な 変 更 を す
る 権 限 と し て 政 令 で 定 め る も の を 除 く 。)を 現 に 有 し 、か つ 、当 該 信 託 の 信
74
託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 ( 受 益 者 を 除 く 。) を い う 。
(第 4 図)相続税法第 9 条の 2 第 1 項の課税関係
委託者
信託財産
受託者
受益権
受益者
贈与または遺贈
相続税法第 9 条の 2 第 1 項は、適正な対価を負担せずに信託の受益者等とな
る 者 が あ る 場 合 に は 、そ の 信 託 、そ の 信 託 の 効 力 が 生 じ た と き に お い て 、そ の 信
託 の 受 益 者 等 と な る 者 は 、そ の 信 託 に 関 す る 権 利 を そ の 信 託 の 委 託 者 か ら 贈 与 に
よ り 取 得 し た も の と み な さ れ 、贈 与 税( た だ し 、委 託 者 の 死 亡 に 起 因 し て そ の 信
託 の 効 力 が 生 じ た 場 合 に は 、遺 贈 に よ っ て 取 得 し た も の と み な さ れ 相 続 税 )が 課
されることを定めている。
ま ず 、現 行 規 定 は 、課 税 時 期 を 旧 相 続 税 法 第 4 条 の「 信 託 行 為 が あ っ た 時 」か
ら 、「 信 託 の 効 力 が 生 じ た 時 」 と 改 め ら れ て い る こ と が わ か る 。 第 1 章 で 確 認 し
た 通 り 、信 託 行 為 は 、信 託 契 約 に よ る 方 法 、遺 言 に よ る 方 法 、自 己 信 託 に よ る 方
法 、そ れ ぞ れ の 方 法 を い う 。そ し て 、信 託 行 為 の 効 力 発 生 時 期 は 、信 託 契 約 に よ
ってされる信託の場合には委託者となるべき者と受託者となるべき者との間の
信 託 契 約 の 締 結 に よ っ て 効 力 が 生 じ 、遺 言 に よ っ て さ れ る 信 託 の 場 合 に は 当 該 遺
言 の 効 力 の 発 生 よ っ て 効 力 が 生 じ 、自 己 信 託 に よ っ て さ れ る 信 託 の 場 合 は 書 面 ま
たは電磁的記録によって受益者となるべき第三者に通知した時に効力が生ずる
( 新 信 託 法 第 4 条 ) と さ れ て い る た め 、「 信 託 行 為 が あ っ た 時 」 と 「 信 託 の 効 力
が生じた時」の差異はないと考えられる。
旧 相 続 税 法 第 4 条 に は「 適 正 な 対 価 は 負 担 せ ず 」と い う 文 言 は な か っ た の に 対
し 、 現 行 規 定 で は 「 適 正 な 対 価 は 負 担 せ ず 」 と い う 要 件 が 付 さ れ て い る 。「 適 正
な 対 価 を 負 担 せ ず に 」の 趣 旨 は 、信 託 に 関 す る 権 利 を 売 買 等 で 取 得 し た 場 合 に は 、
この規定の適用を受けないことを条文上明らかにしたものであるとされている。
し た が っ て 、信 託 設 定 時 に 受 益 者 が 信 託 に 関 す る 権 利 を 売 買 等 で 取 得 し た 場 合 に
は 、受 益 者 に 対 し て は 課 税 さ れ ず 、委 託 者 に 対 し て 収 受 す る 対 価 に つ い て 譲 渡 所
75
得 課 税( 所 得 税 法 第 33 条 )が 課 さ れ る こ と に な り 相 続 税 法 第 9 条 の 2 の 適 用 は
な い 137 。
「 受 益 者 等 」 と は 、「 受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 」 お よ び 「 特 定 委 託
者 」の 両 者 を 指 す 。こ の「 受 益 者 と し て の 権 利 を 現 に 有 す る 者 」と は 、信 託 行 為
において、
「 受 益 者 」と 位 置 付 け ら れ る も の の う ち 、現 に 権 利 を 有 す る も の い う 。
し た が っ て 、委 託 者 が 死 亡 す る ま で は 受 益 者 と し て の 権 利 を 有 さ な い こ と と さ れ
て い る 者 は 、委 託 者 が 死 亡 す る ま で は 現 に 権 利 を 有 す る 者 と は い え な い こ と か ら 、
委託者が死亡するまでは「受益者等」に含まれないこととなる。
「 特 定 委 託 者 」と は 、本 条 第 5 項 が 規 定 す る よ う に 、信 託 の 変 更 す る 権 限 を 現
に 有 し 、 か つ 、 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 ( 受 益 者 を 除 く 。)
を い う 。信 託 の 変 更 す る 権 限 に は 、軽 微 な 変 更 を す る 権 限 と し て 信 託 の 目 的 に 反
しないことが明らかである場合に限り信託の変更をすることができる権限は除
外 さ れ て 、他 の 者 と の 合 意 に よ り 信 託 の 変 更 を す る 権 限 は 含 む と さ れ て い る( 相
続 税 法 施 行 令 第 1 条 の 7)。 ま た 、 こ の 信 託 の 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ
れ て い る 者 に は 、停 止 条 件 が 付 さ れ た 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る 権 利 を 有 す る 者 を
137
信託設定時に、受益者が適正な対価を負担して信託に関する権利の売買等をした場合
の 課 税 関 係 は 次 の と お り と な る 。 な お 、 税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] pp.18-22
を参考としている。
①委託者が個人、受益者が個人の場合
受益者には課税されず、委託者に対しその収受に対する対価について譲渡所得課税
( 所 得 税 第 33 条 ) を 課 す る 。
②委託者が個人、受益者が法人の場合
委託者は①と同様にその収受した対価について譲渡所得課税が課される。しかし、委
託者がその有する譲渡所得の起因となる資産を信託し、受益者から収受した対価が、
時価の 2 分の 1 未満である場合には、委託者に対しみなし譲渡課税が発生し、時価で
取 得 し た も の と し て 課 税 さ れ る ( 所 得 税 法 第 67 条 の 3 第 3 項 , 所 得 税 法 第 59 条 第 1
項 , 所 得 税 基 本 通 達 67 の 3- 1)。 こ の と き 受 益 者 は 、 時 価 と 実 際 に 支 払 っ た 対 価 の 額
の 差 額 に つ い て 受 贈 益 課 税 ( 法 人 税 法 第 22 条 ) が 課 さ れ る 。
③委託者が法人、受益者が個人の場合
受益者には課税されず、委託者に譲渡課税が課される。また、受益者が委託者に対し
時価より低い対価を支払って、信託を設定した場合には、当該差額について法人から
贈 与 が あ っ た も の と し て 受 益 者 に 所 得 税 ( 一 時 所 得 ) が 課 さ れ る ( 所 得 税 基 本 通 達 34
- 1 第 5 項 )。
④委託者が法人、受益者が法人の場合
受益者には課税されず、委託者に譲渡課税が課される。また、受益者が委託者に対し
時価より低い対価を支払って、信託を設定した場合には、 受益者に対し受贈益課税が
発 生 す る ( 法 人 税 法 第 22 条 )。
76
含 む こ と と さ れ て い る ( 相 続 税 法 施 行 令 第 1 条 の 12 第 4 項 )。 具 体 的 に は 、 信
託が終了した場合における信託財産の給付を受ける権利を有する者が該当する。
この特定委託者の範囲については通達によって次のとおり定めている。
【 現 行 】 相 続 税 法 基 本 通 達 9 の 2- 2( 特 定 委 託 者 )
法第 9 条の 2 第 1 項に規定する特定委託者(以下「特定委託者」とい
う 。)と は 、公 益 信 託 ニ 関 ス ル 法 律 (大 正 11 年 法 律 第 62 号 )第 1 条 ((公 益 信
託 ))に 規 定 す る 公 益 信 託 ( 以 下 9 の 2- 6 に お い て 「 公 益 信 託 」 と い う 。)
の 委 託 者 (そ の 相 続 人 そ の 他 の 一 般 承 継 人 を 含 む 。 以 下 同 じ 。 )を 除 き 、 原
則として次に掲げる者をいうことに留意する。
( 1) 委 託 者 ( 当 該 委 託 者 が 信 託 行 為 の 定 め に よ り 帰 属 権 利 者 と し て
指 定 さ れ て い る 場 合 、信 託 行 為 に 信 託 法 第 182 条 第 2 項 に 規 定 す る
残 余 財 産 受 益 者 等 ( 以 下 9 の 2- 5 ま で に お い て 「 残 余 財 産 受 益 者
等 」と い う 。)の 指 定 に 関 す る 定 め が な い 場 合 又 は 信 託 行 為 の 定 め に
より残余財産受益者等として指定を受けた者のすべてがその権利を
放 棄 し た 場 合 に 限 る 。)
( 2) 停 止 条 件 が 付 さ れ た 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る 権 利 を 有 す る 者
(法第 9 条の 2 第 5 項に規定する信託の変更をする権限を有する者
に 限 る 。)
こ の よ う に 、相 続 税 法 で 定 め る 特 定 委 託 者 は 、先 に 確 認 し た 所 得 税 法 お よ び 法
人 税 法 に お け る「 み な し 受 益 者 」の 範 囲 と 同 様 で あ る 。し た が っ て 、特 定 委 託 者
は 、主 と し て 委 託 者 を 想 定 し て お り 、信 託 を 変 更 す る 権 限 を 現 に 有 し 、か つ 、そ
の 信 託 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と さ れ て い る 者 は「 受 益 者 等 」と し て 相 続 税 法 9
条 の 2 の 適 用 を 受 け る こ と と な る 。そ の た め 、相 続 税 法 に お け る 特 定 委 託 者 は み
な し 受 益 者 と 同 様 、委 託 者 の 租 税 回 避 行 為 を 防 止 す る 効 果 を 有 す る と 期 待 さ れ て
いる。
②
相続税法第 9 条の 2 第 2 項
(贈与または遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利 )
77
【現行】相続税法第 9 条の 2 第 2 項
受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該
信 託 の 受 益 者 等 が 存 す る に 至 っ た 場 合( 第 4 項 の 規 定 が あ る 場 合 を 除 く 。)
には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等
となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者か
ら贈与(当該受益者等であつた者の死亡に起因して受益者等が存するに
至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。
(第 5 図)
委託者
相続税法第 9 条の 2 第 2 項の課税関係
信託財産
受益権
受託者
受益者X
贈与または遺贈
受益権
受益者Y
上 記 第 2 項 は 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず 、新 た に 受 益 者 等 が 存 す る に 至 っ た と き
は 、 そ の 時 に お い て 、当 該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 者( Y) は 、当 該 信 託 に 関 す る
権 利 を 当 該 信 託 の 受 益 者 等 で あ っ た 者( X)か ら 贈 与 に よ り 取 得 し た も の と し て 、
贈与税(当該受益者等であった者の死亡に起因して当該利益を受けた場合には、
相続税)が課される。
第 1 項が信託の信託設定時における課税規定であるのに対し、第 2 項は信託
設定時後に権利移転が生じた場合の課税規定である。旧相続税法第 4 条では自
益 信 託 か ら 他 益 信 託 へ の 変 更 が 主 と し て 想 定 さ れ て お り 、こ の よ う な 他 益 信 託 か
ら他益信託へ変更した場合の権利移転に対する規定はなかった。第 2 項は自益
信 託 と し て 設 定 さ れ た も の に つ い て 受 益 権 の 帰 属 が 確 定 し た 場 合 、受 益 権 の 帰 属
が定まらず特定委託者に帰属するものとされたものについて受益権の帰属が確
定 し た 場 合 、ま た は 他 益 信 託 と し て 設 定 さ れ て い る も の に つ い て 受 益 権 が 移 転 し
た場合ついて適用される。
こ の 規 定 の 趣 旨 は 、遺 言 代 用 信 託 に よ り 契 約 当 初 は 委 託 者 が 受 益 者 で あ る よ う
78
な 場 合 に 、後 に 、受 益 者 を 変 更 し た 場 合 や 受 益 者 が 確 定 し た 場 合 で も 、受 益 者 と
な っ た 者 か ら 見 れ ば 、そ の 受 益 権 を 贈 与 に よ っ て 取 得 し た も の と 異 な ら な い と し
て 、課 税 し な い 場 合 に お け る 当 初 自 益 信 託 を 設 定 し た 後 に 受 益 者 を 変 更 す る こ と
によって課税を免れるような租税回避に対応している。
本 項 が 規 定 す る「 信 託 の 受 益 者 等 が 存 す る に 至 っ た 場 合 」と は 、通 達 で は 、次
の よ う な ケ ー ス を 指 す こ と を 明 ら か に し て い る ( 相 続 税 法 基 本 通 達 9 の 2- 3)
138 。
( 1)信 託 の 受 益 者 等 と し て 受 益 者 X の み が 存 す る 信 託 に つ い て 受 益 者 Y が 存 す
る こ と と な っ た 場 合 ( 受 益 者 X が 並 存 す る 場 合 も 含 む 。)
( 2) 信 託 の 受 益 者 等 と し て 特 定 委 託 者 Z の み が 存 す る 信 託 に つ い て 受 益 者 X
が 存 す る こ と と な っ た 場 合 ( 特 定 委 託 者 Z が 並 存 す る 場 合 も 含 む 。)
( 3)信 託 の 受 益 者 等 と し て 信 託 に 関 す る 権 利 を 各 々 半 分 ず つ 有 す る 受 益 者 X 及
び Y が存する信託についてその有する権利の割合が変更された場合
上 記 ( 1) の ケ ー ス は 、 信 託 受 益 権 を 有 す る X が Y に 受 益 権 を 贈 与 し た 場 合
や 、 X の 持 つ 受 益 権 の 一 部 を Y へ 贈 与 す る 場 合 が 該 当 す る 。 上 記 ( 2) の ケ ー ス
は 、信 託 行 為 に よ り 受 益 者 と し て 指 定 さ れ た 者 が 受 益 の 意 思 表 示 を し て い な い た
め 受 益 者 が 確 定 し て い な か っ た 信 託 に つ い て 受 益 者 が 確 定 し た 場 合 、受 益 者 が 不
特定または未存在の信託について受益者が特定し若しくは存在するに至った場
合 、停 止 条 件 付 き で 信 託 の 利 益 を 受 け る 権 利 を 与 え て い る 信 託 に つ い て そ の 条 件
が 成 就 し た 場 合 、 が 該 当 さ れ る 。 上 記 ( 3) の ケ ー ス は 、 た と え ば 、 あ る 信 託 の
受 益 権 全 体 の 10 分 の 6 を 有 す る X と 10 分 の 4 を 有 す る Y が い る 場 合 に 、 X と
Y の 受 益 権 の 割 合 が お 互 い 10 分 の 5 ず つ と な っ た と き に は 、 受 益 権 の 10 分 1
が X から Y へ贈与等により移転する場合が該当する。すなわち、受益者間の贈
与 と し て み な さ れ る 。こ の よ う に 、本 項 の 課 税 対 象 は 幅 広 く 、そ の 課 税 時 期 は 新
しい受益者が現に受益権を有することとなった時である。
こ の 規 定 に つ い て 、橋 本 守 次 教 授 は「 こ の 規 定 の 奇 妙 さ は 、新 し い 受 益 者 等 が
相 続 税 法 基 本 通 達 9 の 2- 3 で は 、 受 益 者 を 「 A」「 B」、 特 定 委 託 者 を 「 C」 と し て 置
い て い る が 、 本 論 文 で は 図 表 と 整 合 性 を 保 つ た め 、 受 益 者 を 「 X」「 Y」、 特 定 委 託 者 を
「 Z」 と 置 き 換 え る こ と と す る 。
138
79
そ の 信 託 に 関 す る 権 利 を『 そ の 信 託 の 受 益 者 等 で あ っ た 者 』か ら『 贈 与 』に よ っ
て 取 得 し た も の と み な す 点 に あ る 。い く ら『 み な し 規 定 』で あ る と い っ て も 全 く
新しい受益者等の権利の取得に何らの行為もしなかった前受益者からの贈与と
み な す と い う の は 、法 理 か ら み て あ ま り に も 強 引 す ぎ る と 思 わ れ る 。新 し い 受 益
者 が 信 託 に 関 す る 権 利 を 取 得 す る の は 、前 受 益 者 か ら で は な く 、委 託 者 等 が 受 益
者 指 定 権 等 を 行 使 し て 、受 益 者 を 変 更 し た か ら 、と 考 え る の が 妥 当 で は な い か 。」
と い う 指 摘 を さ れ て い る 139 。
③
相続税法第 9 条の 2 第 3 項
(一部の受益者等が存しなくなった時に贈与又は遺贈により取得したもの
とみなす場合)
【現行】相続税法第 9 条の 2 第 3 項
受 益 者 等 の 存 す る 信 託 に つ い て 、当 該 信 託 の 一 部 の 受 益 者 等 が 存 し な く
な つ た 場 合 に お い て 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に す で に 当 該 信 託 の 受 益 者 等
である者が当該信託に関する権利について新たに利益を受けることとな
る と き は 、当 該 信 託 の 一 部 の 受 益 者 等 が 存 し な く な つ た 時 に お い て 、当 該
利 益 を 受 け る 者 は 、当 該 利 益 を 当 該 信 託 の 一 部 の 受 益 者 等 で あ つ た 者 か ら
贈 与( 当 該 受 益 者 等 で あ つ た 者 の 死 亡 に 起 因 し て 当 該 利 益 を 受 け た 場 合 に
は、遺贈)により取得したものとみなす。
(第 6 図)相続税法第 9 条の 2 第 3 項の課税関係
委託者
信託財産
受益権
受託者
受益者X・Y
贈与または遺贈
受益者X
139
橋 本 守 次 [ 62] p.664
80
上 記 第 3 項 は 、 適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず 、 す で に 信 託 の 受 益 者 等 で あ る 者 ( X)
は 他 の 受 益 者 等( Y)が 存 し な く な っ た 時 に 、当 該 信 託 に 関 す る 権 利 に つ い て 新
た に 利 益 を 受 け る こ と に な り 、こ の 場 合 信 託 の 利 益 を 受 け る 者( X)は 、そ の 利
益 を 受 益 者 等 で あ っ た 者( Y)か ら 贈 与 に よ り 取 得 さ れ た も の と し て 贈 与 税( 当
該 受 益 者 等 で あ っ た 者 の 死 亡 に 起 因 し て 当 該 利 益 を 受 け た 場 合 に は 相 続 税 )が 課
される。
第 1 項が信託の効力発生時における課税規定であるのに対し、 本項は第 2 項
と 同 じ く 信 託 の 効 力 発 生 後 に お け る 権 利 移 転 に 対 す る 課 税 規 定 で あ る 。ま た 、第
2 項 と 課 税 時 点 は 同 一 だ が 、第 2 項 の 規 定 で は と ら え ら れ な い 権 利 の 移 転 を と ら
え て 課 税 す る 規 定 で あ る 。す な わ ち 、第 2 項 は 新 た に 権 利 を 取 得 す る 観 点 で の 課
税 の 有 無 を 問 い て い る が 、第 3 項 は 、特 定 委 託 者 お よ び 受 益 者 が 存 し て い た 場 合
に 、受 益 者 等 が 存 し な く な っ た こ と に よ り 特 定 委 託 者 に 実 質 的 に 信 託 に 関 す る 権
利が移転してしまうような場合についてとらえる規定である。
この場合において特定委託者は、従前と変わりないことから第 2 項ではとら
え ら れ な い が 、本 項 に お い て 課 税 対 象 と さ れ る 。ま た 、受 益 者 は 自 益 信 託 で あ る
場 合 を 除 き 、受 託 者 に 対 し 受 益 権 を 放 棄 す る 旨 を 意 思 表 示 す る こ と が 可 能 で あ り
140 、こ の よ う に 受 益 権 を 放 棄 し た 場 合 に は 、当 該 受 益 者 は 受 益 権 を 失 う こ と に な
る。
ま た 、信 託 行 為 で 受 益 者 指 定 権 等 を 委 託 者 ま た は 第 三 者 に 与 え た と き は 、当 該
受益者指定権の行使により受益者を指定または変更することが可能であるため
( 新 信 託 法 第 89 条 第 1 項 )、 委 託 者 ま た は 第 三 者 が 受 益 者 指 定 権 等 の 行 使 し た
場合にも当該受益者は受益権を失うことになる。
こ れ ら の 結 果 と し て 、受 益 者 等 の 存 す る 信 託 に 関 す る 権 利 の 一 部 は 移 転 し 、受
益者等が存しない場合が生じることとなる。
信 託 法 第 99 条 第 1 項 ( 受 益 権 の 放 棄 )
受益者は、受託者に対し、受益権を放棄する旨の意思表示をすることができる。ただ
し、受益者が信託行為の当事者である場合は、この限りでない。
140
81
④
相続税法第 9 条の 2 第 4 項
(受益者等の存する信託が終了した時に贈与または遺贈により取得したも
のとみなす場合)
【現行】相続税法第 9 条の 2 第 4 項
受 益 者 等 の 存 す る 信 託 が 終 了 し た 場 合 に お い て 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず
に 当 該 信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る べ き 、又 は 帰 属 す べ き 者 と な る 者 が
あ る と き は 、当 該 給 付 を 受 け る べ き 、又 は 帰 属 す べ き 者 と な つ た 時 に お い
て 、当 該 信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る べ き 、又 は 帰 属 す べ き 者 と な つ た
者 は 、当 該 信 託 の 残 余 財 産( 当 該 信 託 の 終 了 の 直 前 に お い て 其 の 者 が 当 該
信 託 の 受 益 者 等 で あ っ た 場 合 に は 、当 該 受 益 者 等 と し て 有 し て い た 当 該 信
託 に 関 す る 権 利 に 相 当 す る も の を 除 く 。) を 当 該 信 託 の 受 益 者 等 か ら 贈 与
( 当 該 受 益 者 等 の 死 亡 に 起 因 し て 当 該 信 託 が 終 了 し た 場 合 に は 、遺 贈 )に
より取得したものとみなす。
(第 7 図)相続税法第 9 条の 2 第 4 項の課税関係
委託者
信託財産
受益権
受託者
受益者X
贈与または遺贈
信託財産
残余財産受益者等
上 記 第 4 項 は 、 信 託 が 終 了 141 し た 場 合 に 適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に 、 そ の 信 託
141
信 託 法 第 163 条 ( 信 託 の 終 了 事 由 )
信託は、次条の規定によるほか、次に掲げる場合に終了する。
一 信託の目的を達成したとき、又は信託の目的を達成することができなくなったと
き。
二 受託者が受益権の全部を固有財産で有する状態が一年間継続したとき。
三 受託者が欠けた場合であって、新受託者が就任しない状態が一年間継続したと
き。
四 受託者が第五十二条(第五十三条第二項及び第五十四条第四項において準用する
82
の 残 余 財 産 受 益 者 等( 残 余 財 産 受 益 者 ま た は 帰 属 権 利 者 )と な っ た 場 合 に 、そ の
信 託 の 残 余 財 産 受 益 者 等 と な っ た 時 に お い て 、そ の 残 余 財 産 受 益 者 等 は 、そ の 信
託 の 残 余 財 産 を 信 託 の 受 益 者 等( X)か ら 贈 与 に よ り 取 得 し た も の と み な さ れ て
贈 与 税( 当 該 受 益 者 等 で あ っ た 者 の 死 亡 に 起 因 し て 信 託 が 終 了 し た 場 合 に は 、相
続税)が課される。
本項で課税対象とされるのは信託が終了した時における残余財産そのもので
あ り 、そ の 課 税 時 期 は 、現 実 に 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る 必 要 は な く 残 余 財 産 受 益
者 等 と し て の 権 利 を 取 得 し た 時 で あ る 。 ま た 、「 受 益 者 等 の 存 す る 信 託 が 終 了 し
た 場 合 に お い て 、適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に 当 該 信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る べ
き 、又 は 帰 属 す べ き 者 と な る 者 が あ る 時 に 」と 規 定 し て い る こ と か ら 、信 託 設 定
時 に お い て 受 益 者 等 が 残 余 財 産 受 益 者 と し て 定 め ら れ て い る 場 合 に は 、相 続 税 法
第 9 条の 2 第 1 項が適用され当該受益者等はすでに課税されているため、信託
終 了 時 に 再 び 課 税 さ れ る こ と は な い 。本 項 が 適 用 さ れ る の は 、信 託 設 定 時 の 受 益
者等と残余財産受益者等が異なる場合である。
旧相続税法第 4 条第 3 項では、受益者が確定する前に信託が終了した場合に
は 、そ の 信 託 財 産 の 帰 属 権 利 者 が 信 託 の 委 託 者 以 外 の 者 で あ る と き は 、信 託 終 了
場 合 を 含 む 。) の 規 定 に よ り 信 託 を 終 了 さ せ た と き 。
五 信託の併合がされたとき。
六 第百六十五条又は第百六十六条の規定により信託の終了を命ずる裁判があったと
き。
七 信託財産についての破産手続開始の決定があったとき。
八 委託者が破産手続開始の決定、再生手続開始の決定又は更生手続開始の決定を受
けた場合において、破産法第五十三条第一項 、民事再生法第四十九条第一項 又
は会社更生法第六十一条第一項 (金融機関等の更生手続の特例等に関する法律第
四 十 一 条 第 一 項 及 び 第 二 百 六 条 第 一 項 に お い て 準 用 す る 場 合 を 含 む 。) の 規 定 に
よる信託契約の解除がされたとき。
九 信託行為において定めた事由が生じたとき。
信 託 法 第 164 条 ( 委 託 者 及 び 受 益 者 の 合 意 等 に よ る 信 託 の 終 了 )
委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。
2 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に信託を終了したときは、委託者及び受益
者は、受託者の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があった
ときは、この限りでない。
3 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるとこ
ろによる。
4 委託者が現に存しない場合には、第一項及び第二項の規定は、適用しない。
83
時 、当 該 帰 属 権 利 者 は 、信 託 財 産 を 委 託 者 か ら 贈 与 に よ り 取 得 す る も の と み な し
て い た 。現 行 規 定 で は 、信 託 設 定 時 の 受 益 者 等 か ら 贈 与 に よ り 取 得 し た も の と み
なされて贈与税等が課されることとなった。
ま た 、本 項 の 規 定 の 適 用 を 受 け る 者 に は 、信 託 の 残 余 財 産 受 益 者 等 に 限 定 し て
おらず、例えば、受益権が複層化された信託(受益者連続型信託以外の信託で、
収 益 受 益 者 と 元 本 受 益 者 が 異 な る 信 託 )の 元 本 受 益 者 が 、信 託 の 終 了 に よ り 、当
該信託終了直前に収益受益者が有していた当該収益受益権の価額に相当する利
益 を 得 た 場 合 に は 、元 本 受 益 者 は 当 該 利 益 を 収 益 受 益 者 か ら 贈 与 に よ っ て 取 得 し
た も の と 取 扱 う こ と と な る ( 相 続 税 法 基 本 通 達 9- 13)。
第 2款
受益者等が存しない信託の課税関係
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 に 関 す る 課 税 関 係 に つ い て は 、相 続 税 法 第 9 条 の 4 お
よび第 9 条の 5 に規定される。以下、各条をみていくこととする。
①相続税法第 9 条の 4
受益者等が存しない信託等の特例
【現行】相続税法第 9 条の4
受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 効 力 が 生 ず る 場 合 に お い て 、当 該 信 託 の 受 益
者 等 と な る 者 が 当 該 信 託 の 委 託 者 の 親 族 と し て 政 令 で 定 め る 者( 以 下 こ の
条 及 び 次 条 に お い て「 親 族 」と い う 。)で あ る と き( 当 該 信 託 の 受 益 者 等 と
な る 者 が 明 ら か で な い 場 合 に あ つ て は 、当 該 信 託 が 終 了 し た 場 合 に 当 該 委
託 者 の 親 族 が 当 該 信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と な る と き )は 、当
該 信 託 の 効 力 が 生 ず る 時 に お い て 、当 該 信 託 の 受 託 者 は 、当 該 委 託 者 か ら
当 該 信 託 に 関 す る 権 利 を 贈 与( 当 該 委 託 者 の 死 亡 に 基 因 し て 当 該 信 託 の 効
力が生ずる場合にあつては、遺贈)により取得したものとみなす。
2
受益者等の存する信託について、当該信託の受益者等が存しないこと
と な つ た 場 合( 以 下 こ の 項 に お い て「 受 益 者 等 が 不 存 在 と な つ た 場 合 」と
い う 。)に お い て 、当 該 受 益 者 等 の 次 に 受 益 者 等 と な る 者 が 当 該 信 託 の 効 力
が生じた時の委託者又は当該次に受益者等となる者の前の受益者等の親
族 で あ る と き( 当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者 が 明 ら か で な い 場 合 に あ つ て は 、
84
当該信託が終了した場合に当該委託者又は当該次に受益者等となる者の
前の受益者等の親族が当該信託の残余財産の給付を受けることとなると
き )は 、当 該 受 益 者 等 が 不 存 在 と な つ た 場 合 に 該 当 す る こ と と な つ た 時 に
お い て 、当 該 信 託 の 受 託 者 は 、当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者 の 前 の 受 益 者 等
か ら 当 該 信 託 に 関 す る 権 利 を 贈 与( 当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者 の 前 の 受 益
者等の死亡に基因して当該次に受益者等となる者の前の受益者等が存し
ないこととなつた場合にあつては、遺贈)により取得したものとみなす。
3
前2項の規定の適用がある場合において、これらの信託の受託者が個
人 以 外 で あ る と き は 、当 該 受 託 者 を 個 人 と み な し て 、こ の 法 律 そ の 他 相 続
税又は贈与税に関する法令の規定を適用する。
4
前3項の規定の適用がある場合において、これらの規定により第1項
又 は 第 2 項 の 受 託 者 に 課 さ れ る 贈 与 税 又 は 相 続 税 の 額 に つ い て は 、政 令 で
定 め る と こ ろ に よ り 、当 該 受 託 者 に 課 さ れ る べ き 法 人 税 そ の 他 の 税 の 額 に
相当する額を控除する。
委 託 者 を A、受 託 者 を T、最 初 の 受 益 者 等 を X、次 の 受 益 者 等 を Y と 置 き 、条
文 の 整 理 を 行 う 。す な わ ち 第 1 項 は 、受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 の 効 力 が 生 ず る 場
合 に 、 受 益 者 等 と な る 者 ( X) が 、 委 託 者 ( A) の 親 族 等 142 で あ る と き は 、 当 該
信 託 の 効 力 が 生 ず る 時 に お い て 、信 託 の 受 託 者( T)は 、委 託 者( A)か ら 信 託 に
関 す る 権 利 を 贈 与 し た も の と み な さ れ 、 受 託 者 ( T) に 贈 与 税 ( 委 託 者 の 死 因 に
相続税法施行令第 1 条の 9
親族等とは、次の者をいう
一 6 親等内の血族
二 配偶者
三 3 親等内の姻族
四 当該信託の受益者等となる者(法第九条の四第一項又は第二項の信託の残余財産
の 給 付 を 受 け る こ と と な る 者 及 び 同 項 の 次 に 受 益 者 等 と な る 者 を 含 む 。) が 信 託
の効力が生じた時(同項 に規定する受益者等が不存在となつた場合に該当するこ
ととなつた時及び法第九条の五に規定する契約締結時等を含む。次号において同
じ 。) に お い て 存 し な い 場 合 に は 、 そ の 者 が 存 す る も の と し た と き に お い て 前 三 号
に掲げる者に該当する者
五 当該信託の委託者(法第九条の四第二項の次に受益者等となる者の前の受益者等
を 含 む 。) が 信 託 の 効 力 が 生 じ た 時 に お い て 存 し な い 場 合 に は 、 そ の 者 が 存 す る も
のとしたときにおいて第一号から第三号までに掲げる者に該当する者
142
85
起 因 し て 当 該 信 託 の 効 力 が 生 ず る 場 合 に は 相 続 税 )が 課 さ れ る 、と 規 定 し て い る 。
な お 、信 託 の 受 益 者 等 と な る 者 ( X)が 明 ら か で な い 場 合 に は 、当 該 信 託 が 終 了
し た と き に 、委 託 者( A)の 親 族 が 信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と な る と
き に 、信 託 の 受 託 者( T)は 委 託 者( A)か ら 信 託 に 関 す る 権 利 を 贈 与 に よ り 取 得
し た も の と み な さ れ 、 受 託 者 ( T) に 贈 与 税 ( 委 託 者 の 死 因 に 起 因 し て 当 該 信 託
の効力が生ずる場合には相続税)が課される。
第 2 項 は 、受 益 者 等 の 存 す る 信 託 に つ い て 、信 託 の 受 益 者 等( X)が 存 し な い
こ と と な っ た 場 合 に お い て 、当 該 受 益 者 等 の 次 に 受 益 者 等 と な る 者( Y)が 当 該
信 託 の 効 力 が 生 じ た と き の 委 託 者 ( A) ま た は 当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者 ( Y)
の 前 の 受 益 者 等( X)の 親 族 で あ る と き は 、受 益 者 等( X)が 不 存 在 と な っ た 場 合
に 該 当 す る こ と と な っ た 時 に お い て 、 信 託 の 受 託 者( T) は 、 当 該 次 に 受 益 者 等
と な る 者 ( Y) の 前 の 受 益 者 等 ( X) か ら 当 該 信 託 に 関 す る 権 利 を 贈 与 に よ り 取
得 し た も の と み な さ れ 、 受 託 者 ( T) に 贈 与 税( 委 託 者 の 死 因 に 起 因 し て 当 該 信
託の効力が生ずる場合には相続税)が課される、と規定している。
次 に 受 益 者 等 と な る 者 が 明 ら か で な い 場 合 に は 、信 託 が 終 了 し た 場 合 に 当 該 委
託 者 ( A) ま た は 当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者 の 前 の 受 益 者 等 ( X) の 親 族 が 当 該
信 託 の 残 余 財 産 の 給 付 を 受 け る こ と と な る と き も ま た 同 様 に 、信 託 の 受 託 者( T)
は 、当 該 次 に 受 益 者 等 と な る 者( Y)の 前 の 受 益 者 等( X)か ら 当 該 信 託 に 関 す る
権 利 を 贈 与 に よ り 取 得 し た と し て 贈 与 税( 委 託 者 の 死 因 に 起 因 し て 当 該 信 託 の 効
力が生ずる場合には相続税)が課される。
第 4 項は、前記 2 項に該当する場合に、受益者等が存しない信託の設定時に
は 、受 託 者 は 先 に 法 人 税 等 が 課 税 さ れ て い る た め 、二 重 課 税 を 避 け る べ く 、受 託
者 に 課 さ れ る 贈 与 税 ま た は 相 続 税( 相 続 税 法 第 9 条 の 4)か ら 、そ の 法 人 税 相 当
額 が 控 除 さ れ る こ と と な る 。な お 、先 に 支 払 う 法 人 税 等 が 贈 与 税 ま た は 相 続 税 法
の 税 額 よ り も 超 過 し て い る 場 合 で も 、控 除 額 は 贈 与 税 ま た は 相 続 税 の 税 額 を 限 度
とされ、超過分に対する還付の手当てはない。なお、受託者が法人の場合には、
そ の 受 託 者 を 個 人 と み な し て 相 続 税 法 を 適 用 す る こ と と な る ( 第 3 項 )。
相 続 税 法 第 9 条 の 4 の 趣 旨 と し て 、「 こ の よ う な 仕 組 み を 使 っ た 相 続 税 の 回 避
策としては、例えば、相続人 A に半年後に受益権が生ずる停止条件を付した信
託 を す る こ と に よ り 、相 続 税 法( 最 高 税 率: 50% )で は 、法 人 税( 実 効 税 率:約
86
40%)の 負 担 に 済 ま せ て し ま う こ と が 考 え ら れ ま す 。課 税 の 公 平 性 を 確 保 す る 観
点 か ら こ の よ う な 租 税 回 避 に 対 応 す る た め 、受 託 者 へ の 受 贈 益 が 生 じ る 段 階 に お
い て 、将 来 、受 益 者 と な る 者 が 委 託 者 の 親 族 で あ る こ と が 判 明 し て い る 場 合 等 に
お い て 、受 託 者 に 課 さ れ る 法 人 税 等 に 加 え て 相 続 税 等 を 課 す こ と と さ れ ま し た 。」
と 説 明 さ れ て い る 143 。
こ の 点 に つ い て 、橋 本 守 次 教 授 は「 こ の よ う な 信 託 も 従 来 か ら 設 定 が 可 能 で 信
託 法 の 改 正 で は じ め て 認 め ら れ た も の で は な い の に 、従 来 の 確 定 段 階 で の 課 税 で
なく、設定の段階で下記のように法人税・贈与税を課税しようというのである。
こ れ で は 、受 益 者 不 存 在 の 信 託 な ど 怖 く て 使 え な い と い う 声 が 出 る の も 当 然 で あ
る 。」 と 指 摘 し て い る 144 。
相 続 税 法 第 9 条 の 4 の 課 税 関 係 は 以 下 の 図 の と お り で あ る 145 。
(第 8 図)
相続税法第 9 条の 4 の課税関係
受益者となる者が委託者の親族等で、停止条件等により現に権利を有していない信託の設定
委託者
信託財産の移転
受託者
受益権の取得
受益者
条件成就または始期到来により
現に有することとなった時
受贈益に法人税等を課税
+相続税法第9条の4により、
相続税・贈与税を課税(法人
税等は控除)
143
144
145
国 税 庁 [ 24] pp.478-479 松 田 淳 氏 執 筆 部 分
橋 本 守 次 [ 62] p.686
国 税 庁 [ 24] p.480 の 図 よ り 、 筆 者 加 筆 ・ 修 正 。
87
所得税・法人税
は非課税
②相続税法第 9 条の 5
受益者等が存しない信託等の特例
【現行】相続税法第 9 条の 5
受益者等が存しない信託について、当該信託の契約が締結された時その
他の時として政令で定める時(以下この条において「契約締結時等」とい
う 。)に お い て 存 し な い 者 が 当 該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 場 合 に お い て 、当 該
信託の受益者等となる者が当該信託の契約締結時等における委託者の親族
で あ る と き は 、当 該 存 し な い 者 が 当 該 信 託 の 受 益 者 等 と な る 時 に お い て 、当
該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を個人から贈与によ
り取得したものとみなす。
相続税法第 9 条の 5 は、受益者等が存しない信託について、当該信託の契約
締 結 時 に 存 し な い 者 が 、そ の 信 託 の 受 益 者 等 と な る 場 合 に お い て 、当 該 受 益 者 等
と な る 者 が 契 約 締 結 時 の 委 託 者 の 親 族 で あ る と き は 、受 益 者 等 と な る 時 に 、そ の
信託に関する権利を個人から贈与されたものと みなされて贈与税が課される。
本 条 に お け る 、契 約 締 結 時 に お け る「 存 し な い 者 」と は 、契 約 締 結 時 に 出 生 し
て い な い 者 の ほ か 、養 子 縁 組 前 の 者 、受 益 者 と し て 指 定 さ れ て い な い 者 な ど が 含
ま れ 、単 に 条 件 が 成 就 し て い な い た め 受 益 者 と し て の 地 位 を 有 し て い な い も の は
除 か れ る 146 。具 体 例 を 挙 げ る と 、受 益 者 と な る 者 が ま だ 生 ま れ て い な い 段 階 に お
いて、信託を設定した場合には、まず受託者に相続税法 第 9 条の 4 の規定によ
り 法 人 税 等 が 課 さ れ る 。こ の 時 、受 益 者 と な る 者 が 委 託 者 の 親 族 等 で あ る 場 合 に
は 法 人 税 等 に 加 え 、相 続 税 等( 先 に 課 さ れ た 法 人 税 等 は 控 除 )が 課 さ れ る 。そ し
て相続税法第 9 条の 5 の規定により、受益者となる者が生まれ、委託者の親族
と な る 場 合 等 に お い て 、そ の 受 益 者 に 贈 与 税 が 課 税 さ れ る 。つ ま り 、こ の よ う な
場 合 に は 、受 託 者 の 段 階 と 受 益 者 の 段 階 で 同 一 の 信 託 財 産 に 二 度 課 税 さ れ る こ と
となる。
こ の 規 定 は 、い わ ゆ る「 世 代 飛 ば し 」を 封 じ る た め に 、将 来 出 生 す る 孫 等 が 受
益 者 等 と な っ た 時 に 贈 与 税 が 課 税 さ れ る 仕 組 み で あ る 。世 代 飛 ば し と は 、通 常 の
146
国 税 庁 [ 24] p.481
88
相続手続であれば 2 回相続税等が課税されるところ、信託を利用して 1 回で済
ま せ る こ と を い う 。こ の と き 、た と え ば 、遺 言 に よ り 条 件 付 遺 贈 ま た は 負 担 付 贈
与が行われた場合には 1 回の相続税のみが課されることとなるが、遺贈により
孫に直接相続財産を移転すること自体は民法上認められている行為であるため、
条 件 付 遺 贈 ま た は 負 担 付 遺 贈 を 行 う 場 合 と 、信 託 を 設 定 す る 場 合 と で 、納 税 負 担
が 異 な る と い う 問 題 点 が あ る 。つ ま り 、受 益 者 等 が 存 し な い 信 託 を 設 定 し た 場 合
に は 、信 託 を 設 定 す る こ と に よ り 非 常 に 重 い 納 税 負 担 を 強 い て し ま う こ と と な る 。
し か し 、相 続 税 法 第 9 条 の 4、相 続 税 法 第 9 条 の 5 が な け れ ば 、受 益 者 等 が 存 し
ない信託を利用した租税回避行為が横行するものと思われる。相続税法第 9 条
の 5 の 課 税 関 係 は 以 下 の 図 の と お り で あ る 147 。
(第 9 図)相続税法第 9 条の 5 の課税関係
受益者となる者が委託者の親族等で、受益者となる者が未だ存在していない信託の設定
委託者
信託財産の移転
受託者
受益権の取得
受益者
受益者となった者が生まれて、
委託者の親族となった時
受贈益に法人税等を課税
+相続税法第9条の4により相
続税・贈与税を課税
(法人税等は控除)
147
国 税 庁 [ 24] p.481 の 図 よ り 、 筆 者 加 筆 ・ 修 正 。
89
相続税法第9条の
5により贈与税が
課税される
第 4章
受益者連続型信託の課税問題とその提言
第 1節
私法における後継ぎ遺贈を巡る論点整理
第 1款
後継ぎ遺贈の学説
新 信 託 法 第 91 条 に お い て 、 後 継 ぎ 遺 贈 と 同 様 の 経 済 効 果 が 得 ら れ る 「 受 益
者連続型信託」が新たに認められた。受益者連続型信託が求められた背景とし
て、遺産相続の場面において、①自らまたは妻である配偶者死亡後の障害を持
つ子の生活保障を確実なものとしておきたい、 ②妻である配偶者を亡くしその
後血縁関係にある女性を有する男性がまず内縁配偶者の生活を保障し、内縁配
偶者の死亡後は亡妻との子に相続させたい、 ③まず妻の生活を保障し、妻死亡
後は自らの血族に相続させたい等のニーズがあった。これらは、第一次受遺者
の死亡により第二次受遺者が所有権を取得する、第三次受遺者は第二次受遺者
の死亡により所有権を取得するといった、いわゆる「後継ぎ遺贈」により達成
が図られる。
この後継ぎ遺贈には、画一的な定義はなく論者によって異なるところである
が、中川善之助・泉久雄両教授は後継ぎ遺贈を「受遺者 A の受ける遺贈利益
を、ある条件の成就または期限の到来によって、 B に移転させるという遺贈」
と 定 義 さ れ て い る 148 。
我が国において、後継ぎ遺贈はその有効性について従来から議論があった。
ま ず 、 後 継 ぎ 遺 贈 の 有 効 性 が 初 め て 争 わ れ 、 第 2 款 で 紹 介 す る 最 判 昭 和 58 年 3
月 18 日 判 決 前 の 後 継 ぎ 遺 贈 に 関 す る 代 表 的 な 学 説 と し て 次 の よ う な も の が あ
る。近藤英吉教授は「遺贈には解除條件を附し又は終期を附すことを得るので
あ る 」 149 と し て 、 和 田 宇 一 教 授 は 「 後 繼 遺 贈 と は 異 な る 受 遺 者 の 受 く る 利 益 が
或る條件の成就又は或る期限の到来したる時より乙に移轉すべき旨を定むる遺
贈 を い ふ 。」 150 と 後 継 ぎ 遺 贈 を 定 義 し 、 そ れ ぞ れ 後 継 ぎ 遺 贈 の 有 効 性 を 認 め て
中 川 善 之 助 ・ 泉 久 雄 [ 54] p.528
このとき A だけでなく B もまた受遺者であるとされる。
149 近 藤 英 吉 [ 28] p.160
150 和 田 宇 一 [ 80] p.237
148
90
いる。また、穂積重遠教授は通常の遺贈とは異なる遺贈の形態として「補充遺
贈 」 151 、「 裾 分 け 遺 贈 」 152 、「 後 継 ぎ 遺 贈 」 を 挙 げ て お り 、 後 継 ぎ 遺 贈 を 「 受 遺
者甲の受ける財産上の利益が或條件が成就し又或時期が到来した時から乙に移
轉 す る 」 と 定 義 さ れ 、 第 二 次 受 遺 者 で あ る 「 乙 も 亦 受 遺 者 で あ る 。」 と 、 後 継 ぎ
遺 贈 の 効 力 を 認 め て い る 153 。
そ の 後 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 が 登 場 す る ま で 、 後 継 ぎ 遺 贈 に つ い て
は 詳 細 な 検 討 は さ れ な か っ た 154 が 、 中 川 善 之 助 ・ 泉 久 雄 両 教 授 は 、 補 充 遺 贈 と
裾分け遺贈については有効である解しながら、後継ぎ遺贈について は「B は、
遺言者死亡の時に存在を要することを要するか、条件成就時または期限到来の
時に存在するを持って足りるかは、一個の問題であろう。穂積・前掲四〇四頁
は、遺言者死亡の時に存在するを要せずとなす。おそらくそれが妥当であろう
と思うが、さらにさかのぼって、後継ぎ遺贈そのものが許されるかどうかに
も、一抹の疑問をもつ。例えば A 死亡の際は、A の相続人ではない B に移ると
したとすれば、A の相続人は、どうなるのか。もし A の死亡前に、A の相続人
がその財産を処分したらどうなるのか。相続人の債権者が相続開始と同時にこ
の財産を差し押えたら、B は受遺者として、この債権者に対抗できるかどう
か 。」 と 、 第 一 次 受 遺 者 の 相 続 人 と 第 二 次 受 遺 者 と の 間 の 法 律 関 係 が 不 明 確 で あ
る こ と を 説 い て 、 後 継 ぎ 遺 贈 の 効 力 を 否 定 さ れ て い る 155 。 そ の 後 、 今 日 に お い
ても民法上、この否定説が通説となっている。
穂 積 重 遠 [ 69] p.403
「補充遺贈」は、受遺者甲が遺贈の効力発生前に死亡し、または遺贈の効力発生後にそ
れを放棄したならば、その受くべかりし利益を乙に与えるという遺言をいう。このと
き、愛二次受遺者乙もまた受遺者である。
152 穂 積 重 遠 [ 69] p.403
「裾分け遺贈」は、受遺者甲がその受ける財産上の利益の一部を割いて乙に与えるとい
う負担付遺贈をいう。この場合も、第二次受遺者乙は受遺者である。
153 穂 積 重 遠 [ 69] p.404
また、この第二次受遺者乙は遺言の効力発生時に存在することを要せず、条件の成就
時または期限の到来時に存在してればよいとされる。
154 久 木 忠 彦 [ 22] p.376
155 中 川 善 之 助 ・ 泉 久 雄 [ 54] p.536
151
91
第 2款
後継ぎ遺贈の効力を巡る判例
後 継 ぎ 遺 贈 の 効 力 を 巡 る 判 例 は 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 156 ( 家 裁 報 36 巻
3 号 p.143・ 判 例 タ イ ム ズ 1075 号 p.115) が 代 表 的 で あ る 。
本 件 事 案 の 概 要 を 説 明 す る と 、 遺 贈 者 ( A) は 、 昭 和 51 年 12 月 24 日 に 亡 く
な っ た が 、 生 前 の 昭 和 49 年 3 月 7 日 に 自 筆 証 書 遺 言 を 作 成 し て い た 。 そ の 内
容 は 11 項 目 に わ た る が 、 第 7 項 に お い て 、 妻 ( X) に A 所 有 の 土 地 建 物 を 遺 贈
し 、 妻 ( X) の 死 後 は A の 弟 妹 ら ( Y) に 一 定 の 割 合 で 与 え る 旨 が 記 載 さ れ て い
た。この遺言に基づいて、A の死亡後、X は A から当該不動産を単純遺贈で受
けたものとして自己単独名義の所有権移転手続登記を経由した。これに対し Y
は、本件不動産は X に遺贈されたものではなく Y に遺贈されたものであり、X
の遺言条項は不明確であるとして、X 単独名義の移転登記の抹消を求める旨の
訴えを提起した、という事案である。本件事案の事実関係を図に表すと以下の
と お り と な る ( 第 10 図 )。
( 第 10 図 ) 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 の 事 実 関 係
遺贈者
A
昭和51年12月24日
死亡
妻
X
自己単独名義の所有権移転手続登記を行う
土地建物
後継ぎ遺贈の解釈(負
担付贈与説、停止条
件付遺贈説、不確定
期限付遺贈説)
X死亡後に土地建物がYに移
転する旨の遺言
Aの弟妹ら
Y
X単独名義の移転登記の抹消を求める
原 審 157 は 、 A は 本 件 遺 言 書 に よ り 遺 言 を し た こ と 、 A が 昭 和 51 年 12 月 24
日に死亡したこと、A の遺産の一部である本件不動産について X に遺贈する旨
が記載していたこと、続いて、X の死亡後は Y に分割所有させること(Y が死
亡 し た と き は そ の 相 続 人 が 承 継 す る 。) 旨 が 記 載 さ れ て い た こ と 、 の 事 実 に 照 ら
156
157
最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 、 事 件 番 号 昭 和 55 年 ( オ ) 第 973 号
福 岡 高 裁 昭 和 55 年 6 月 26 日 判 決 、 事 件 番 号 昭 和 54 年 ( ネ ) 第 770 号
92
し て 、「 本 件 遺 贈 は 、 一 般 に 『 後 継 ぎ 遺 贈 』 と い わ れ る も の で あ り 、 第 一 次 受 贈
者である被控訴人の受ける遺贈利益が、第二次受贈者である被控訴人らの生存
中に第一次受贈者が死亡することを停止条件として第二次受遺者に移転すると
いう内容の特殊な遺贈形態であるが、この種の遺贈については、受贈者に一定
の債務を負担させる負担付遺贈と異なり、現行法上これを律すべき明文の規定
がない。そのため、この種の遺贈を有効とした場合、第一次受遺者の受ける遺
贈利益の内容が定かでないうえ、第一次、第二次受贈者及び第三者の相互間に
おける法律関係を明確でなく、殊に、第二次受贈者において自己の取得すべき
遺贈利益を有効に確保する方法がないため、第二次受贈者の立場 は極めて不安
定であるばかりか、第一次受贈者が遺贈利益を他に処分したり、第一次受贈者
の債権者がこれを差押さえたような場合、実際上の問題として複雑な紛争を生
ずる虞がある。従って、以上のような観点に立って考えると、 関係者相互間の
法律関係が明確を欠く現行法のもとでは、第二次受贈者の遺贈利益に法的保護
を与えるのは相当でなく、被控訴人らに対する第二次遺贈の部分は、与作(筆
者注:遺贈者)の希望を述べたにすぎないと解するのが相当 」とし、原審は Y
に対する第二次遺贈の条項は A の希望を述べたのに過ぎず、X に対する第一次
遺贈の条項のみが有効であるとの判断を示した。
し か し 、 最 高 裁 は 、 遺 言 の 解 釈 に つ い て 、「 遺 言 の 解 釈 に あ た つ て は 、 遺 言 書
の文言を形式的に判断するだけでなはなく、遺言者の真意を探求すべきもので
あり、遺言書が多数の条項からなる場合にそのうちの特定の条項を解釈するに
あたつても、単に遺言書の中から当該条項のみを他から切り離して抽出しそ の
文言を形式的に解釈するだけでは十分ではなく、遺言書の 全記載の関連、遺言
書作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して 遺言書の真意
を 探 求 し 当 該 条 項 の 趣 旨 を 確 定 す べ き も の で あ る と 解 す る の が 相 当 で あ る 。」
と、遺言の解釈は遺言者の事情を斟酌して遺言者の真意を探求すべきと判断し
た上で、本件遺言書は四通りの解釈が可能であるとした。これにより、X に対
する条項のみを法的に有効とし、Y に対する条項は A の希望条項に過ぎないも
のであるとした原審の判断を破棄し、差し戻 した。また最高裁は、遺言の解釈
について、以下の 4 つの解釈を行うことが可能であるとしているが、このうち
いずれの解釈が有効であるかという明確な判示はされていない。
93
①第一次受遺者 X に対する単純遺贈であり、第二次受遺者 Y に対する遺贈は A
の単なる希望条項に過ぎない(単純遺贈説)
②Y へ所有権移転すべき債務を X に負担させた、第一次受遺者 X に対する負担
付贈与(負担付贈与説)
③X の死亡時に X に本件不動産の所有権が存することを停止条件とし、その時
点において所有権が X から Y に移転するという、第二次受遺者 Y に対する停
止条件付遺贈(停止条件付遺贈説)
④X は本件不動産の処分を禁止されており、実質的には本件不動産の収益受益
権を付与されたにすぎない、X の死亡を不確定期限とした第二次受遺者 Y に
対する不確定期限付遺贈(不確定期限付遺贈説)
ま た 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 と は 別 の 事 案 で あ る が 、 岡 山 地 裁 平 成 13
年 2 月 22 日 判 決 158 に お い て も 後 継 ぎ 遺 贈 の 効 力 に つ い て 争 わ れ て い る 。本 件 事
案 の 概 要 を 説 明 す る と 、 遺 言 者 ( A) は 平 成 9 年 4 月 20 日 に 亡 く な っ た が 、 生
前 の 平 成 7 年 10 月 3 日 に 、配 偶 者( X)と 次 男( Y)ら 子 息 に 向 け て 自 筆 証 書 遺
言 を 作 成 し て い た 。遺 言 の 中 身 に は 、A の 不 動 産 お よ び 経 営 す る 自 社 株 に つ い て
「 両 親( A と X)死 亡 の 後 、Y の 所 有 と す る 」旨 が 記 載 さ れ て い た 。Y は X に 対
し、この条項は X の死亡を始期とする遺贈であると主張し、本件土地について
は 始 期 付 遺 贈 を 原 因 と す る 所 有 権 移 転 請 求 権 保 全 の 仮 登 記 を 、本 件 株 式 に つ い て
は譲渡その他の処分の禁止を求めて提訴した、という事案である。
本 判 決 は 、認 定 事 実 159 を 踏 ま え た 上 で 、本 件 遺 言 の う ち 本 件 土 地 お よ び 本 件 株
式は A と X が死亡したら Y の所有とするとの部分は、文言上、本件土地を終局
的に Y に帰属させることは明白であって、Y の本件土地および本件株式の取得
が X の死亡の事実にかかっていることからすれば、X の死亡を不確定期限とし
て 本 件 土 地 お よ び 本 件 株 式 を 原 告 に 遺 贈 し た 趣 旨 と 解 す る こ と が で き る 、と 判 示
な お 、 本 判 決 は 判 例 登 載 誌 に 載 っ て い な い 事 案 で あ る 。 辻 上 佳 輝 [ 51] pp.65-74 を 参
照している。
159 A は 生 前 、 乙 株 式 会 社 を 経 営 し て い た が 、 長 男 と は 不 仲 で あ っ た こ と に 加 え て 、 長 女
たちは他家に嫁いでいたことの理由から、次男である原告 Y を自らの後継者として考
え て い た 。 こ の こ と は 、 実 際 、 乙 株 式 会 社 が 昭 和 44 年 6 月 16 日 に 甲 株 式 会 社 に 吸 収
合併された際に作成された合併契約書に将来 Y を甲株式会社の取締役とする旨の約定
がなされていたことからも明らかであった。
158
94
し た 。 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 が 遺 言 の 解 釈 に つ い て 4 つ の 解 釈 を 提 示 し
たのに対して、本判決は、X の死亡を不確定期限とした Y に対する不確定期限
付 遺 贈 ( す な わ ち 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 の ④ の 解 釈 ) で あ る と 解 釈 し
て い る の が 特 徴 的 で あ る 。こ の 一 定 の 解 釈 は 、遺 言 者 の 事 情 160 を 斟 酌 し て 真 意 を
探求したことによって、判定できたものと推測される。
第 3款
米倉論文の登場
最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 後 、 後 継 ぎ 遺 贈 が 信 託 法 に お い て 取 り 上 げ ら れ
た の は 、 四 宮 和 夫 教 授 の 著 書 『 信 託 法 ( 新 版 )』 か ら で あ る 161 。 四 宮 和 夫 教 授 は
「 後 継 ぎ 遺 贈 」の 無 効 説 の 論 拠 162 を あ げ て 検 討 さ れ て お り 、結 果 と し て「( 筆 者
注:後 継 ぎ 遺 贈 の 効 果 を )信 託 に よ っ て 実 現 す る こ と は 、世 襲 財 産 を 創 出 す る こ
と に な る の で な け れ ば 、承 認 し て よ い の で は な か ろ う か 。」 163 と の 結 論 を 導 い て
い る が 、民 法 上 、後 継 ぎ 遺 贈 が 無 効 な 場 合 に 信 託 法 の 取 扱 い が ど の よ う に な る の
か 、 四 宮 和 夫 教 授 か ら の 言 及 は な か っ た 164 。
こ の よ う な 状 況 下 で 、 米 倉 明 教 授 の「 後 継 ぎ 遺 贈 の 効 力 に つ い て 」 165 と 、「 信
託 に よ る 後 継 ぎ 遺 贈 の 可 能 性 - 受 益 者 連 続 の 解 釈 論 的 根 拠 づ け - 」 166 と 題 す る
論 文 が 発 表 さ れ る 。米 倉 明 教 授 は 、
「 後 継 ぎ 遺 贈 」の 民 法 上 の 法 的 効 果 と 、
「信託
に よ る 後 継 ぎ 遺 贈 」 の 信 託 法 上 の 法 的 効 果 と の 関 係 に 着 目 し て 、「 信 託 に よ る 後
継 ぎ 遺 贈 」の 法 的 効 果 を 検 討 さ れ て い る 167 。米 倉 明 教 授 は 、通 説 の 後 継 ぎ 遺 贈 無
効 説 を 批 判 し 、 有 効 説 を 説 い て い る が 、「 既 存 学 説 は 、 信 託 を 用 い る こ と に よ っ
て 、後 継 ぎ 遺 贈 を 実 質 上 実 現 し 得 る と 論 ず る け れ ど も 、そ の 場 合 の 後 継 ぎ 遺 贈 と
し て 、 ど の よ う な 類 型 の も の を 想 定 し て い る の か 、 は っ き り し て 」 お ら ず 、「 仮
に 信 託 を 用 い た そ の 信 託 行 為 が 信 託 法 上 有 効 視 で き る と し て も 、民 法 と の 関 係 に
160
上記注釈参照。
四 宮 和 夫 [ 36] pp.128-130
162 四 宮 和 夫 [ 36] p.128
無効説の論拠は、後継ぎ遺贈を認めると法律関係が不明確となり法的安定性を害する
点、また、後継ぎ遺贈は世襲財産を作ることになる等である。
163 四 宮 和 夫 [ 36] pp.129-130
164 占 部 裕 典 [ 9] p.118
165 米 倉 明 [ 78] pp.1-42
166 米 倉 明 [ 79] pp.87-98
167 占 部 裕 典 [ 9] p.118
161
95
おいてまでも、そのことは維持できるのかどうかについての吟味を欠いている」
と民法上の有効性と信託法上の有効性を整理されていない既存学説を批判され
て お り 168 、自 身 は 無 効 説 の 論 拠 を 14 項 目 に わ け て 検 討 さ れ 169 、部 分 的 有 効 説 を
説いている。
米 倉 明 教 授 は 、後 継 ぎ 遺 贈 を「 A か ら X へ の 第 一 次 遺 贈( X の 死 亡 を 終 期 と す
る遺贈)がされ、次いで X の死亡時に Y が存在しているならば、第一次遺贈は
将来に向って失効し、それと同時に、X からではなく A から Y に遺贈されると
構 成 さ れ る 。Y か ら み て 、X の 死 亡 を 不 確 定 期 限 と す る 遺 贈 を 、Y は A か ら 受 け
る わ け で あ る 170 」 と 、 X の 死 亡 を 不 確 定 期 限 と し た 第 二 次 受 遺 者 Y に 対 す る 不
確 定 期 限 付 遺 贈 と 解 釈 さ れ て お り ( つ ま り 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 の ④
の 解 釈 に あ た る 。)、「 継 伝 処 分 型 」 171 で は な い と し て い る 。 後 継 ぎ 遺 贈 は 、 X の
死亡により本来は X の相続人に相続されるべきであるが、A の意思によってそ
れを曲げることになるという点については「後継ぎ遺贈は不確定付遺贈であり、
そ し て 遺 贈 に 条 件・期 限 を 付 す る こ と は 民 法 自 身 が 許 す と こ ろ で あ る 」と 主 張 さ
れ て い る 172 。
さ ら に 、米 倉 明 教 授 は 、後 継 ぎ 遺 贈 の 類 型 を「 生 活 保 障 専 一 型 」と「 生 活 保 障・
家 業 維 持 型 」の 2 つ に 分 類 さ れ て い る 173 。
「 生 活 保 障 専 一 型 」と は 、遺 贈 者 A が
受遺者 X と Y 両者の生活能力を考慮して設定される遺贈を指す。
「 生 活 保 障・家
業維持型」とは、遺贈者 A が X の生活保障をするとともに、Y に対しては A の
家業を継がせることを目的とした遺贈を指す。具体的には、経営者 A が自宅兼
事 務 所 の 不 動 産 を 有 し て お り 、X に は 老 後 の 生 活 保 障 の た め 使 用 収 益 を 、Y に は
米 倉 明 [ 79] pp.89-90
米 倉 明 [ 78] pp.20-36
170 米 倉 明 [ 78] p.17
米 倉 明 教 授 の 論 文 と 登 場 人 物 の 呼 称 が 異 な る が 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 と 統 一
的 に 問 題 を 考 え る た め に 、 筆 者 が 遺 贈 者 を A、 第 一 次 受 遺 者 を X、 第 二 次 受 遺 者 を Y
と置き換えていることを留意されたい。
171 米 倉 明 [ 78] p.15
A から遺贈を受けた X が死亡した時点において、A からでなく X から、A が予め指定
していた Y に所有権が移転するという遺贈を指す。
172 米 倉 明 [ 79] p.97
根 拠 条 文 は 民 法 第 985 条 第 2 項 で あ る 。
173 米 倉 明 [ 79] pp.87-88
168
169
96
A の 家 業 を 継 が せ る た め 当 該 不 動 産 を 与 え る と い っ た ケ ー ス が 考 え ら れ る 。米 倉
教 授 は 、 信 託 の 受 益 者 連 続 機 能 が 信 託 法 上 有 効 と 解 さ れ る な ら ば 、「 生 活 保 障 専
一 型 」 は 信 託 の 利 用 が 可 能 で あ る と し て い る が 、「 生 活 保 障 ・ 家 業 維 持 型 」 は 、
受託者が存在している場合に Y が経営の采配を振るのに支障が生じるとの理由
で 不 可 能 で あ る と し て い る 。 こ の 点 に つ い て 実 務 家 の 松 崎 為 久 氏 は 、「 不 動 産 か
ら の 収 益 を 第 一 次 受 遺 者 の 生 活 保 障 の た め に 確 保 す る こ と が 目 的 で あ り 、将 来 的
な 不 動 産 管 理 を 第 二 次 受 遺 者 に 相 続 さ せ た い 趣 旨 で あ れ ば 、相 続 と 同 時 に 不 動 産
を 信 託 し 、受 託 者 が 質 的 分 割 と を 行 っ て 元 本 受 益 権 と 収 益 受 益 権 に 分 割 す る こ と
で 、生 活 保 障・家 業 維 持 型( 不 動 産 )に つ い て は 信 託 の 利 用 の 可 能 性 が な い と は
言 え な い 。」 と 指 摘 し て い る 174 。
また、米倉明教授は、第一次受遺者 X と第二次受遺者 Y が本来の相続人でな
い場合を「一般ケース」と、第一次受遺者 X と第二次受遺者 Y が本来の相続人
で あ る 場 合 に は 「 特 殊 ケ ー ス 」 と に 分 類 し 、 生 前 信 託 を 用 い た 場 合 、「 一 般 ケ ー
ス 」に お い て は 、民 法 上 も 有 効・信 託 法 上 も 有 効 で あ れ ば 、最 終 的 帰 結 も 有 効 と
な る と さ れ る が 、特 殊 ケ ー ス に お い て は「 生 前 信 託 に よ り 受 益 者 連 続 を す る こ と
は 、あ た か も 相 続 分 指 定( 902 条 )遺 産 分 割 方 法 指 定( 908 条 )を す る に 等 し い 」
と 解 さ れ 、「 こ れ ら の 指 定 は 本 来 な ら 遺 言 で す べ き も の な の に 、 そ れ を 回 避 し た
も の と し て 、受 益 者 連 続 は 最 終 的 に 無 効 と さ れ る の で は な い か 」と 最 終 的 に 無 効
と 解 さ れ る こ と を 指 摘 し て い る 175 。な お 、遺 言 信 託 を 用 い た 場 合 に は 、「 一 般 ケ
ー ス 」 の 場 合 に は 最 終 的 帰 結 は 生 前 信 託 と 変 わ り な い ( 有 効 ) と さ れ る が 、「 特
殊 ケ ー ス 」 の 場 合 に は 上 記 問 題 を 解 決 し た も の と し て 有 効 と な る と さ れ る 176 。
第 4款
後継ぎ遺贈の課税関係
さ て 、 第 2 款 で 述 べ た 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 が 示 し た 遺 言 の 解 釈 で あ
る②から④の解釈は後継ぎ遺贈の一類型とされる。後継ぎ遺贈は民法上否定説
が 通 説 で あ る が 、 後 継 ぎ 遺 贈 が 有 効 で あ る と す る な ら ば 、 昭 和 58 年 3 月 18 日
松 崎 為 久 [ 72] p.7
松崎為久氏は、米倉明教授が想定する信託は「有価証券管理信託」であると思われる
と指摘している。
175 米 倉 明 [ 79] p.96
176 米 倉 明 [ 79] p.97
174
97
判 決 が 示 し た 4 つ の 解 釈 に つ い て 課 税 関 係 を 検 討 す る 。 以 下 で は 、 上 記 昭 和 58
年 3 月 18 日 判 決 で 示 し た よ う に 、 遺 贈 者 を A、 第 一 次 受 遺 者 を X、 第 二 次 受 遺
者を Y と置く。
①単純遺贈説
A から X への遺贈については、遺贈の効力発生時(A の死亡時)に X に相続
税が課される。その後、所有権が X から Y に遺贈された場合には、X の死亡時
に Y に相続税が課される。
②負担付遺贈説
A の死亡により X は自己の死亡を条件または期限として、Y に対して遺贈財
産の所有権移転手続を行う義務を負う。このため、A の死亡時に、X に対し
て、負担がないものとした場合における遺贈財産の価額から その負担が確実で
あると認められる範囲の負担額を控除したものが遺贈により取得した価額とし
て 相 続 税 が 課 さ れ る ( 相 続 税 基 本 通 達 11 の 2- 7) 177 。 一 方 、 Y に お い て は A
から当該負担額を遺贈により取得したものとして相続税が課される(相続税基
本 通 達 9- 11) 178 。 こ れ ら は A の 死 亡 時 に 課 税 関 係 が 決 定 す る た め 、 負 担 額 の
評 価 が 困 難 で あ る と い う 問 題 が あ る 179 。
③停止条件付遺贈説
条件成就時までは、Y は所有権を有しておらず、A の死亡時に相続税は課さ
れない。遺贈財産の収益の帰属は、停止条件付遺贈の効力が条件成就時に生じ
る こ と ( 民 法 第 985 条 第 2 項 )、 受 遺 者 は 遺 贈 の 履 行 を 請 求 で き る 時 か ら 果 実
を 取 得 す る こ と ( 民 法 第 992 条 ) か ら 、 条 件 成 就 時 ま で は X に 、 条 件 成 就 後 は
Y に 収 益 が 帰 属 す る 180 。
相 続 税 法 基 本 通 達 11 の 2- 7( 負 担 付 遺 贈 が あ っ た 場 合 の 課 税 価 格 の 計 算 )
負担付遺贈により取得した財産の価額は、負担がないものとした場合における当該財
産の価額から当該負担額(当該遺贈のあった時において確実と認められる金額に限
る 。) を 控 除 し た 価 額 に よ る も の と す る
178 高 沢 修 一 [ 44] p.881
179 橋 本 康 平 [ 61] p.118
180 藤 谷 武 史 [ 64] p.117
177
98
したがって、X は A の死亡時に財産の全額につき相続税が課されて(相続税
基 本 通 達 11 の 2- 8) 181 、 そ の 後 、 停 止 条 件 が 成 就 す る と 、 Y は 成 就 時 に 財 産
全 額 を A か ら 取 得 し た も の と し て 相 続 税 が 課 さ れ る ( 相 続 税 基 本 通 達 1 の 3・
1 の 4 共 - 9) 182 。 こ の と き 、 X の 財 産 に 対 す る 所 有 権 が 消 滅 す る た め 、 X は 遺
贈 財 産 の 納 付 済 み の 相 続 税 に つ い て 更 正 の 請 求 ( 相 続 税 法 第 32 条 第 6 項 、 相
続税法施行令第 8 条第 2 項第 3 号)を行い、還付を受けることができる。この
場合、X の受けた遺贈利益(X が条件成就するまで受ける収益)は A の相続に
起 因 し て 生 じ た の に も か か わ ら ず 、 課 税 が な さ れ な い と い う 問 題 が 生 じ る 183 。
④不確定期限付遺贈説
相 続 税 法 は 、 不 確 定 期 限 付 遺 贈 に つ い て 課 税 規 定 を 置 い て い な い 184 。 不 確 定
期限付遺贈は、事例によって、X の死亡を期限とした Y に対する始期付遺贈
と 、 X の 死 亡 を 期 限 と し た 終 期 付 遺 贈 お よ び Y へ の 始 期 付 遺 贈 185 、 が 考 え ら
相 続 税 法 基 本 通 達 11 の 2- 8( 停 止 条 件 付 遺 贈 が あ っ た 場 合 の 課 税 価 格 の 計 算 )
停止条件付の遺贈があった場合において当該条件の成就前に相続税の申告書を提出す
るとき又は更正若しくは決定をするときは、当該遺贈の目的となった財産については、
相 続 人 が 民 法 第 900 条 (( 法 定 相 続 分 )) か ら 第 903 条 (( 特 別 受 益 者 の 相 続 分 )) ま で
の規定による相続分によって当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するも
のとする。ただし、当該財産の分割があり、その分割が当該相続分の割合に従ってされ
なかった場合において当該分割により取得した財産を基礎として申告があった場合にお
いては、その申告を認めても差し支えないものとする。
182 相 続 税 法 基 本 通 達 1 の 3・ 1 の 4 共 - 9( 停 止 条 件 付 の 遺 贈 又 は 贈 与 に よ る 財 産 取 得 の
時期)
次 に 掲 げ る 停 止 条 件 付 の 遺 贈 又 は 贈 与 に よ る 財 産 取 得 の 時 期 は 、 1 の 3・ 1 の 4 共 - 8
にかかわらず、次に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ次によるものとする。
( 1) 停 止 条 件 付 の 遺 贈 で そ の 条 件 が 遺 贈 を し た 者 の 死 亡 後 に 成 就 す る も の で あ る 場
合 その条件が成就した時
( 2) 停 止 条 件 付 の 贈 与 で あ る 場 合 そ の 条 件 が 成 就 し た 時
183 香 取 稔 [ 16] p.334
加えて、香取稔氏は「課税の在り方として、例えば、相続人と受遺者の間で享受した
遺 贈 利 益 に 基 づ き 按 分 し て 行 う 等 の 検 討 の 余 地 が あ る と 考 え ら れ る 。」 と 述 べ て い る 。
184 香 取 稔 [ 16] p.336
185 香 取 稔 [ 16] pp.323-325
期 限 付 遺 贈 と は 、「 遺 贈 に 期 限 を 付 し 、 そ の 履 行 の 請 求 を 将 来 の 確 実 な 事 実 の 発 生 に か
からしめたもの及び遺贈の効力及び遺贈の効力の発生又は消滅を将来確実な事実の発生
にかからしめたもの」をいう。期限付遺贈には、相続開始の時に遺贈そのものの効力が
生じる「始期付遺贈」と終期到来の時に遺贈の効力が消滅させられる「終期付遺贈」が
ある。さらに始期付遺贈には、履行期限でなされたもの(始期が到来するまでその履行
181
99
れ 、 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決 の 事 例 は 後 者 と さ れ る 186 。
したがって、当該不確定期限付遺贈を、X の死亡を不確定期限とする A から
X への終期付遺贈と、X の死亡を不確定期限とする A から Y への始期付遺贈の
2 つから構成されると考えると、それぞれについて遺贈の効力発生時(A の死
亡時)に X と Y に対する課税がなされ、遺贈財産は割引現在価値で評価がされ
る 187 。 こ の 場 合 、 X が 相 続 す る の は 遺 贈 財 産 の 使 用 収 益 権 の み で あ り 、 こ の 使
用権が相続財産として評価がなされることになれば、この使用権につき X は相
続税負担が発生し、Y の相続財産の評価額から、当該使用収益権の評価額が控
除 さ れ る こ と と な る 188 。 し か し 、 こ の 使 用 収 益 権 は 、 実 務 上 ゼ ロ と 評 価 さ れ 、
Y の 遺 贈 財 産 に つ い て の み 相 続 税 が 課 さ れ る こ と と な る 189 。
を請求し得ない遺贈)と、停止期限でなされたもの(始期到来の時まで遺贈の効力が停
止させられる遺贈)がある。一般的には、それは履行期限でなされたものと解すべき
( 民 法 第 135 条 第 1 項 ) だ が 、 遺 言 者 の 意 思 が そ の 始 期 ま で 遺 言 の 効 力 発 生 を 停 止 す
るつもりであることが明白な場合には、遺言は始期到来の時から効力が生じると解する
ことができる。
186 占 部 裕 典 [ 8] p.28
187 藤 谷 武 史 [ 64] p.117、 香 取 稔 [ 16] p.336
188 首 藤 重 幸 [ 41] p.69
189 水 野 忠 恒 [ 74] p.78
通 達 「 使 用 貸 借 に 係 る 土 地 に つ い て の 相 続 税 及 び 贈 与 税 の 取 扱 い に つ い て 」( 昭 和 48
年 11 月 1 日 月 直 資 2- 189) 参 照 。
占 部 裕 典 教 授 は 「 Y1( 筆 者 注 : 本 論 文 で は X を 指 す ) に 対 し て 遺 贈 に よ り 使 用 収 益 権
を遺贈により取得したとして相続税が課されるとの見解もあろうが、この場合において
は 収 益 に つ い て 所 得 税 が 課 さ れ る の み と 解 す る べ き で あ ろ う 。」 と 述 べ て い る 。 占 部 裕
典 [ 8] p.29
100
第 2節
受益者連続型信託の課税問題と提言
第 1款
新信託法により認められた後継ぎ遺贈型受益者連続型信託
受 益 者 連 続 型 信 託 は 、「 後 継 ぎ 遺 贈 」 と 同 様 の 効 果 を 有 す る 制 度 で あ る 。 後 継
ぎ 遺 贈 は 第 1 節 で 述 べ た と お り 、 民 法 上 無 効 説 が 通 説 で あ っ た が 190 、 受 益 者 連
続型信託については、個人企業経営・農業経営における有能な後継者の確保
や、生存配偶者の生活保障等の観点から、共同均等相続とは異なる財産承継を
可 能 に す る 手 段 と し て の ニ ー ズ と し て 考 え ら れ た 191 の に 加 え て 、 そ の 対 象 と な
るのは信託財産の所有権ではなく信託の受益権であること等の理由から、 一定
の期間制限を設けることで後継ぎ遺贈型受益者連続信託は法律上有効であると
の 結 論 に 至 り 、 新 信 託 法 第 91 条 に よ っ て 「 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 信 託 」 が
明文化された。後継ぎ遺贈と、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託の相違は、遺贈
か信託かという法形式にあり、後継ぎ遺贈は受遺者に相続財産の所有権が移転
するのに対し、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託は受益者が受益権を取得すると
い う 点 で 異 な る 192 。
後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 を 定 め た 新 信 託 法 第 91 条 は 以 下 の と お り で
ある。
信 託 法 第 91 条 ( 受 益 者 の 死 亡 に よ り 他 の 者 が 新 た に 受 益 権 を 取 得 す る 旨
の定めのある信託の特例)
受益者の死亡に因り、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新
たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権
を 取 得 す る 旨 の 定 め を 含 む 。) の あ る 信 託 は 、 当 該 信 託 が さ れ た 30 年 を 経
過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合
であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、
その効力を有する。
190
191
192
別 冊 NBL 編 集 部 [ 65] p.222
寺 本 昌 広 [ 53] p.258
遺 言 信 託 研 究 部 [ 76] p.260
101
このように、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託とは、受益者の死亡により、そ
の者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定めのあ
る信託をいう。具体的には、委託者が死亡したら 第一次受益者に、第一次受益
者が死亡したら第二次受益者に、第二次受益者が死亡したら第三次受益者に、
と受益権の有する者の死亡を契機に受益権が順次移転する信託である。
また、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託は、委託者が遺言信託の設定時に、信
託契約の特約として定められ、委託者の意思で自己死亡後の信託財産の帰属先
を指定することができる。委託者の決める帰属先に制限はないため、受益者連
続型信託を用いて自らの血族に相続させることが可能であり 、妻との間に子が
いない場合に委託者の財産が妻の血族に順次相続されてしまうという従来の相
続 法 制 の 問 題 を 解 決 で き る 193 。
しかし、長期に及ぶ受益者連続型信託の認容は、委託者に よる処分禁止財産
194 を 作 る こ と と 同 様 に な る こ と か ら 、 期 間 制 限 が 設 け ら れ て お り 、 設 定 か ら
30
年を経過した時以後に、現に存する受益者が死亡するまで、または、当該受益
権が消滅するまでの間は有効とされる。
たとえば、第一次受益者の死亡により第二次受益者が受益権を取得するのが
30 年 を 経 過 す る 前 で あ れ ば 、 第 二 次 受 益 者 が 死 亡 さ れ て も 第 三 次 受 益 者 に 信 託
受 益 権 は 移 転 す る 。 し か し 、 第 二 次 受 益 者 が 受 益 権 を 取 得 す る の が 30 年 経 過
後であれば、第二次受益者が死亡した時点で信託は終了となり、第三次受益者
は受益権を取得できない。
また、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託は、遺言信託だけでなく、遺言代用信
託(生前信託)で組成することも可能である。両者は信託の終了時期に違いが
あり、遺言代用信託を用いて設定した場合には当初は自益信託となるため、遺
遺 言 信 託 研 究 部 [ 76] p.260 で は 、 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 の 具 体 的 な ニ ー ズ
として、他にも①配偶者および配偶者の死亡後の障害を持つ子の生活保障を確実なもの
にしたい②妻を亡くし、その後内縁関係にある女性を有する男性がまず内縁配偶者の生
活を保障し、内縁配偶者の死亡後は亡妻との相続させたい、といったニーズを挙げてい
る 。 こ の よ う に 、 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 の ニ ー ズ は 広 く 、 筆 者 は 新 信 託 法 第 91
条の創設は家族信託における重要なトピックスであったと考える。
194 四 宮 和 夫 [ 36] p.152
永久に信託財産の処分を禁止してその収益だけを受益者に与える信託を認めると、物
資 の 融 通 を 害 し 国 民 経 済 上 の 利 益 に 反 す る と さ れ る ( 公 序 良 俗 違 反 、 民 法 第 90 条 )。
193
102
言 信 託 を 用 い て 設 定 し た 場 合 と 比 べ て 、「 30 年 を 経 過 し た 時 」 が 早 く 到 来 す る
こ と と な る 195 。
第 2款
相続税法上の受益者連続型信託の範囲
相続税法においても信託法改正を受けて受益者連続型信託の特例が規定され
た ( 相 続 税 法 第 9 条 の 3)。 し か し 、 相 続 税 法 に お け る 受 益 者 連 続 型 信 託 と は 、
新信託法における後継ぎ遺贈型受益者連続型信託を包含する、より広い概念で
ある。つまり、新信託法における後継ぎ遺贈型受益者連続型信託は、委託者ま
たは先行受益者の死亡を契機として順次受益権の移転が行われる信託が該当さ
れ る が 、 相 続 税 法 に お け る 受 益 者 連 続 型 信 託 は 、「 受 益 者 指 定 権 等 を 有 す る 者 の
定 め の あ る 信 託 ( 新 信 託 法 第 89 条 第 1 項 )」 の よ う に 、 委 託 者 が 受 益 者 指 定 権
等を行使することにより受益権が次の受益者に移転するような信託も含まれ
る。
相続税法における受益者連続型信託には、具体的に次のような信託が含まれ
る ( 相 続 税 法 第 9 条 の 3 第 1 項 、 相 続 税 法 施 行 令 第 1 条 の 8) 196 。
① 新 信 託 法 第 91 条 に 規 定 す る 信 託
…相続税法第 9 条の 3 第 1 項本文かっこ書き
受益者の死亡により、その受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新た
な受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取
得 す る 旨 の 定 め を 含 む 。) の あ る 信 託
② 新 信 託 法 第 89 条 第 1 項 に 規 定 す る 信 託
…相続税法第 9 条の 3 第 1 項本文かっこ書き
受益者を指定し、またはこれを変更する権利(受益者指定権等)を有する
者の定めのある信託
③相続税法施行令第 1 条の 8 第 1 号の信託
受益者等(相続税法第 9 条の 2 第 1 項に規定する受益者等)の死亡その他
の事由により、その受益者等の有する信託に関する権利が消滅し、他の者が
195
196
白 井 一 馬 他 [ 39] p.194
相続税法第 9 条の 3 第 1 項、相続税法施行令第 1 条の 8 の要旨を筆者がまとめる。
103
新 た な 信 託 に 関 す る 権 利 ( そ の 信 託 の 信 託 財 産 を 含 む 。) を 取 得 す る 旨 の 定 め
(受益者等の死亡その他の事由により順次他の者が受益権を取得する旨の定
め を 含 む 。) の あ る 信 託 ( 新 信 託 法 第 91 条 を 除 く 。)
④相続税法施行令第 1 条の 8 第 2 号の信託
受益者等の死亡その他の事由により、その受益者等の有する信託に関する
権利が他の者に移転する旨の定め(受益者等の死亡その他の事由により順次
他 の 者 に 信 託 に 関 す る 権 利 が 移 転 す る 旨 の 定 め を 含 む 。) の あ る 信 託
⑤相続税法施行令第 1 条の 8 第 3 号の信託
上記①から④に掲げる信託以外の信託でこれらの信託に類するもの
し た が っ て 、 相 続 税 法 上 の 受 益 者 連 続 型 信 託 は 、 新 信 託 法 第 91 条 に 規 定 す
る後継ぎ遺贈型受益者連続型信託を包含する、より広い概念であり、死亡を契
機として受益権が移転する信託と、死亡以外の事由により受益権が移転する信
託の双方を範囲と捉えているのが特徴である。
なお、⑤の「類する」信託が具体的にどのような信託を指しているかは通達
で 明 ら か に さ れ て い な い が 、 筆 者 は 新 信 託 法 第 90 条 遺 言 代 用 信 託 に よ り 、 設
定された後継ぎ遺贈型の受益者連続型信託を指しているのではないかと推測す
る。
相 続 税 法 上 の 受 益 者 連 続 型 信 託 の 範 囲 を 示 す と 以 下 の と お り と な る ( 第 11
図 )。
104
( 第 11 図 )
相 続 税 法 上 の 受 益 者 連 続 型 信 託 の 範 囲 197
受益者連続型信託
新信託法第91条
(後継ぎ遺贈型受益者連
続型信託)
新信託法第89条第1項・
第2項の信託
(受益者指定権等の定め
のある信託)
新信託法第91条、第89条の信託ではない信託で、
新信託法第91条、第89条の信託に類する信託
第 3款
受益者連続型信託の課税関係
①信託法改正前における受益者連続型信託の課税関係
信 託 法 改 正 前 の 旧 相 続 税 法 198 に お い て も 、 受 益 者 連 続 型 信 託 の 課 税 関 係 に つ
い て の 議 論 は 存 在 し て い た 。前 節 で 取 り 上 げ た 最 判 昭 和 58 年 3 月 18 日 判 決( 委
託 者 を A、 第 一 次 受 遺 者 を X、 第 二 次 受 遺 者 を Y と 置 く 。) を 受 益 者 連 続 型 信 託
の効果によって実現した場合の課税関係は次のとおりとなる 。
まず、第一次受益者 X の課税関係については、旧相続税法第 4 条第 1 項の解
釈 と し て 、信 託 設 定 時 に 、第 一 次 受 益 者 X が 信 託 に 関 す る 権 利( 受 益 権 )を 委 託
者 A か ら 遺 贈 に よ り 取 得 し た も の と み な さ れ 、 相 続 税 が 課 さ れ る 199 。 こ の 課 税
関係については議論がなかった。他方、第二次受益者 Y の課税関係については
X の 死 亡 が「 条 件 」で あ る か「 期 限 」で あ る か に よ っ て Y の 課 税 時 期 が 異 な る と
税 理 士 法 人 山 田 &パ ー ト ナ ー ズ [ 42] p.65 よ り 参 照 、 筆 者 加 筆 ・ 修 正 。
昭 和 25 年 改 正 相 続 税 法 を 指 す 。 本 論 文 第 2 章 第 2 節 第 5 款 参 照 。
199 本 件 受 益 者 連 続 型 信 託 が 遺 言 代 用 信 託 に よ り 設 定 ( す な わ ち 委 託 者 A の 生 存 中 は 委 託
者 A が当初の受益者となる)されたとするならば、X は旧相続税法第 4 条第 2 項第 1
号の規定(委託者が受益者である信託について、受益者が変更されたこと)に該当し、
相続税等が課されることとなる。
197
198
105
され、解釈が分かれていた。
X の死亡を条件に Y は信託の利益を享受するとみれば、旧相続税法第 4 条第
2 項第 4 号を適用して、Y は X の死亡時(条件成就時)に委託者 A から遺贈さ
れ た も の と し て 相 続 税 が 課 さ れ る 。そ し て 、X の 死 亡 時 に 旧 相 続 税 法 施 行 令 第 8
条第 2 項第 3 号により X の相続税は減額されて、X の相続人は更正の請求がで
き る と 考 え ら れ る 200 。 し か し 、 旧 相 続 税 法 第 4 条 第 2 項 第 4 号 は 、 同 条 第 2 項
本 文 の か っ こ 書 き で 、「 第 四 号 の 条 件 が 委 託 者 の 死 亡 で あ る 場 合 に は 、 遺 贈 」 と
委託者の死亡を条件としているため、受益者である X の死亡が旧相続税法第 4
条第 2 項第 4 号の条件に該当されるか否かについて疑問が残った。
一 方 、人 の 死 亡 は 確 実 に 起 こ る こ と と 解 し て 、X の 死 亡 を 不 確 定 期 限 と す る Y
に 対 す る 遺 贈 と み る な ら ば 、Y は 、始 期 が 受 益 の 履 行 の み を 制 限 し て い る と 解 さ
れ 、そ の 結 果 、受 益 権 は 当 初 か ら 効 力 が 生 じ て い る と し て 、信 託 設 定 時 の 受 益 者
と 解 さ れ る 201 。 そ し て 、 Y は 旧 相 続 税 法 第 4 条 第 1 項 の 適 用 に よ り 、 信 託 設 定
時 に 相 続 税 が 課 さ れ る 202 。こ の と き 、受 益 権 は 未 確 定 で あ る か ら 不 確 実 性 を 織 り
込 ん だ 現 在 価 値 で 評 価 さ れ る こ と と な る 203 。
し か し 、ど ち ら の 解 釈 に よ っ て も 、旧 相 続 税 法 が 受 益 者 連 続 型 信 託 を 想 定 し て
い な か っ た た め 、条 文 の 解 釈 上 、不 都 合 な 結 果 を 完 全 に 除 去 で き な か っ た と さ れ
る 204 。
②現行における受益者連続型信託の課税関係
【 現 行 】 相 続 税 法 第 9 条 の 3( 受 益 者 連 続 型 信 託 の 特 例 )
1
受 益 者 連 続 型 信 託 ( 信 託 法 ( 平 成 18 年 法 律 第 108 号 ) 第 91 条 ( 受 益
者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の
特 例 ) に 規 定 す る 信 託 、 同 法 89 条 第 1 項 ( 受 益 者 指 定 権 等 ) に 規 定 す る
野 島 喜 一 郎 [ 60] p.44
財 産 の 評 価 時 期 は 、 X、 Y 共 に A の 相 続 開 始 時 と な る 。
201 占 部 裕 典 [ 9] p.129
202 「 網 打 ち 効 果 」 と 呼 ば れ る 。 占 部 裕 典 [ 9] p.72、 p.129
203 藤 谷 武 史 [ 64] p.117
204 藤 谷 武 史 [ 64] p.117
200
106
受益者指定権等を有する者の定めのある信託その他これらの信託に類す
る も の と し て 政 令 で 定 め る も の を い う 。以 下 こ の 項 に お い て 同 じ 。)に 関 す
る 権 利 を 受 益 者( 受 益 者 等 が 存 し な い 場 合 に あ つ て は 、前 条 第 5 項 に 規 定
す る 特 定 委 託 者 )が 適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に 取 得 し た 場 合 に お い て 、当 該
受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利( 異 な る 受 益 者 が 性 質 の 異 な る 受 益 者 連 続
型 信 託 に 係 る 権 利( 当 該 権 利 の い ず れ か に 収 益 に 関 す る 権 利 が 含 ま れ る も
の に 限 る 。)を そ れ ぞ れ 有 し て い る 場 合 に あ つ て は 、収 益 に 関 す る 権 利 が 含
ま れ る も の に 限 る 。) で 当 該 受 益 者 連 続 型 信 託 の 利 益 を 受 け る 期 間 の 制 限
その他の当該受益者連続型信託に関する権利の価値に作用する要因とし
て の 制 約 が 付 さ れ て い る も の に つ い て は 、当 該 制 約 は 、付 さ れ て い な い も
の と み な す 。た だ し 、当 該 受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 を 有 す る 者 が 法
人( 代 表 者 又 は 管 理 者 の 定 め の あ る 人 格 の な い 社 団 又 は 財 団 を 含 む 。以 下
第 64 条 ま で 同 じ 。) で あ る 場 合 は 、 こ の 限 り で な い 。
2
前項の「受益者」とは、受益者との権利を現に有する者をいう。
この相続税法第 9 条の 3 は、受益者連続型信託に関する権利を受益者が適正
な 対 価 を 負 担 せ ず に 取 得 し た 場 合 に は 、当 該 受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 の 価
値 に 作 用 す る 要 因 と し て の 制 約 が 付 さ れ て い る も の に つ い て は 、当 該 制 約 は 付 さ
れ て い な い も の と み な し て 、相 続 税 等 が 課 さ れ る こ と を 規 定 し て い る 。受 益 者 連
続 型 信 託 の 課 税 関 係 は 原 則 と し て 受 益 者 等 課 税 信 託( 相 続 税 法 第 9 条 の 2)と 同
様 で あ る が 、受 益 権 の 価 値 に 作 用 す る 制 約 が 付 さ れ て い る 場 合 に 、こ の 特 例 が 適
用される。したがって、相続税法第 9 条の 3 自体は課税関係について言及して
い る わ け で は な く 、そ の 受 益 権 の 評 価 方 法 を 定 め て い る 。受 益 者 連 続 型 信 託 の 課
税関係は次のとおりである。
ま ず 、受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 を 取 得 し た 第 一 次 受 益 者 は 、そ の 受 益 者
連続信託に関する権利をその受益者連続型信託の委託者から贈与 により取得し
た も の と み な さ れ 、贈 与 税( 委 託 者 の 死 亡 に 起 因 し て 第 一 次 受 益 者 が 存 す る に 至
っ た 場 合 に は 相 続 税 ) が 課 さ れ る ( 相 続 税 法 第 9 条 の 2 第 1 項 ) 205 。
205
遺言代用信託により設定された受益者連続型信託の場合には、委託者が第一次受益者
となるため課税関係は生じない
107
次 に 、第 二 次 受 益 者 は 、そ の 受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 を 、第 一 次 受 益 者
か ら 贈 与 に よ り 取 得 し た も の と み な さ れ 、贈 与 税( 第 一 次 受 益 者 の 死 亡 に 起 因 し
て 第 二 次 受 益 者 が 存 す る に 至 っ た 場 合 に は 相 続 税 )が 課 税 さ れ る( 相 続 税 法 第 9
条 の 2 第 2 項 )。 第 三 次 以 降 の 受 益 者 は 第 二 次 受 益 者 と 同 様 の 形 式 で 、 相 続 税 等
が課される。
し た が っ て 、相 続 税 法 第 9 条 の 3 は 、受 益 権 が 移 転 す る 場 合 、先 行 受 益 者 か ら
そ の つ ど 相 続 等 が あ っ た も の と み な さ れ て 後 続 受 益 者 は 課 税 さ れ る 。こ の 点 、後
続受益者が取得する受益権は先行受益者の受益権が消滅し委託者から直接相続
に よ り 取 得 し た も の 、と 構 成 さ れ る 新 信 託 法 第 91 条 の 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続
型 信 託 の 解 釈 と は 異 な っ て い る 206 ( 第 12 図 )。
( 第 12 図 )
受益者連続型信託(相続税法と新信託法、移転の解釈の差異)
委託者A
受託者
第一次受益者X
信託財産
信託財産
受益権
相続税法:XからYへ贈与・遺贈
第二次受益者Y
新信託法:委託者AからYへ贈与・遺贈
受益権
相続税法:YからZへ贈与・遺贈
第三次受益者Z
新信託法:委託者AからZへ贈与・遺贈
受益権
ま た 、受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 の 価 額 は 、通 達 に よ っ て 取 扱 わ れ る( 相
続 税 法 基 本 通 達 第 9 条 の 3- 1)。 要 旨 は 次 の と お り で あ る 。
①
206
受益者連続型信託に関する権利の全部を適正な対価を負担せずに取得した
星 田 寛 [ 67] p.53
108
場合…信託財産全部の価額
②
受 益 者 連 続 型 信 託 で 、か つ 、受 益 権 が 複 層 化 さ れ た 信 託( 受 益 権 が 複 層 化 さ
れ た 受 益 者 連 続 型 信 託 )に 関 す る 収 益 受 益 権 の 全 部 を 適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に
取得した場合…信託財産全部の価額
③
受益権が複層化された受益者連続型信託に関する元本受益権の全部を適正
な 対 価 を 負 担 せ ず に 取 得 し た 場 合( 元 本 受 益 権 に 対 応 す る 収 益 受 益 権 に つ い て
相続税法 9 条の 3 第 1 項ただし書きの適用がある場合又はその収益受益権の
全 部 も し く は 一 部 の 受 益 者 等 が 存 し な い 場 合 を 除 く 。) … 零
(注) 法第 9 条の 3 の規定の適用により、上記②または③の受益権が複層化
さ れ た 受 益 者 連 続 型 信 託 の 元 本 受 益 権 は 、価 値 を 有 し な い と み な さ れ る こ
と か ら 、相 続 税 又 は 贈 与 税 の 課 税 関 係 は 生 じ な い 。た だ し 、当 該 信 託 が 終
了 し た 場 合 に お い て 、当 該 元 本 受 益 権 を 有 す る 者 が 、当 該 信 託 の 残 余 財 産
を取得したときは、法第 9 条の 2 第 4 項の規定の適用があることに留意
する。
し た が っ て 、受 益 者 連 続 型 信 託 に 関 す る 権 利 の 全 部 を 適 正 な 対 価 を 負 担 せ ず に
取 得 し た 場 合 に は 、信 託 財 産 全 体 の 価 額 と 評 価 さ れ る 。ま た 、異 な る 受 益 者 が 収
益 受 益 権 と 元 本 受 益 権 と い う よ う に 性 質 の 異 な る 受 益 権 を 有 す る 場 合( 受 益 権 の
複 層 化 )に は 、収 益 受 益 者 は 、そ の 利 益 を 受 け る 期 間 の 制 限 そ の 他 の 権 利 の 価 値
に 作 用 す る 要 因 と し て の 制 約 が 付 さ れ て い な い も の と み な さ れ 、そ し て 信 託 元 本
全 部 を 取 得 し た と 擬 制 し 、結 果 と し て 信 託 財 産 全 体 の 価 額 が 課 税 価 格 と し て 評 価
さ れ る 。他 方 、元 本 受 益 者 の 受 益 権 は 、価 値 を 有 し な い と み な さ れ て 零 と し て 評
価 さ れ 、相 続 税 等 の 課 税 関 係 は 生 じ な い 。し か し 、そ の 信 託 が 終 了 し た 場 合 に お
い て 、元 本 受 益 者 が 、信 託 の 残 余 財 産 を 取 得 し た と き は 相 続 税 法 第 9 条 の 2 第 4
項が適用されることとなる。
第 4款
受益者連続型信託の問題点
相 続 税 法 第 9 条 の 3 の 趣 旨 に つ い て 、平 成 19 年「 税 制 改 正 の 解 説 」で は 、
「受
益 者 連 続 型 信 託 と は 、い わ ゆ る 後 継 ぎ 遺 贈 型 信 託 の こ と で あ り 、代 表 例 と し て は
委 託 者 A の 相 続 人 で あ る 受 益 者 B、C、D が 順 番 に 受 益 権 を 取 得 す る 信 託 を い い
109
ま す 。こ の 場 合 に お い て 、信 託 の 受 益 権 で な く 他 の 財 産( 100)を 相 続 人 B、C、
D が 順 番 に 相 続 し た と す る と 、先 ず B は 100 の 財 産 を 相 続 し 、そ の 後 C は B が
費 消 し な か っ た 50 を 相 続 し 、最 後 に D は C が 費 消 し な か っ た 20 を 相 続 す る こ
と に な り ま す 。同 様 の こ と を 信 託 法 第 91 条 に 規 定 す る 信 託 に よ り 行 う こ と と す
る と 受 益 者 B は 一 旦 は 100 の 受 益 権 を 取 得 し ま す が 、 そ の 死 亡 と と も に 受 益 権
は 消 滅 し て し ま う こ と か ら 受 益 者 B が 取 得 し た 受 益 権 の 価 額 が 100 と な る か が
問 題 と な り ま す ( 受 益 者 C に つ い て も 同 様 で す 。)。 相 続 税 で は 、 受 益 者 B が 相
続 し た 財 産 の 価 額 に 基 づ き 相 続 税 課 税 が 行 わ れ て お り 、そ の 後 受 益 者 が 財 産 を い
く ら 残 そ う と 相 続 税 の 負 担 は 変 わ り ま せ ん 。そ こ で 、こ の 受 益 者 連 続 型 信 託 に つ
い て も 他 の 相 続 財 産 と 同 様 の 課 税 と す る た め に は 、受 益 者 B、C が 取 得 す る 信 託
の受益権を消滅リスクを加味しない価額で課税する必要があることから本特例
が措置されました。これにより、上記の例から言えば委託者 A から受益者 B に
50、 受 益 者 C に 30、 受 益 者 D に 20 の 受 益 権 を そ れ ぞ れ 取 得 し た も の と し て 相
続 税 が 課 さ れ る の で は な く 、 受 益 者 B が 100、 受 益 者 C が 50、 受 益 者 D が 20
の 受 益 権 を 取 得 し た も の と し て 課 税 さ れ る こ と と な り ま す 。」 と 説 明 さ れ て い る
207 。
し た が っ て 、相 続 税 法 第 9 条 の 3 は 、受 益 権 に 期 間 が 付 さ れ て い て も 、そ の よ
う な 制 約 が な い も の と み な さ れ て 、ま ず 、第 一 次 受 益 者 が 信 託 財 産 全 体 の 課 税 を
受 け る 。ま た 、第 二 次 受 益 者 は 第 一 次 受 益 者 が 費 消 し な か っ た 信 託 財 産 全 体 の 課
税 を 受 け る 。こ の よ う な 場 合 に 、受 益 者 が 当 初 取 得 し た 受 益 権 の う ち 実 際 に 享 受
し た 部 分 だ け 課 税 さ れ る べ き と い う 解 釈( 現 実 受 益 時 課 税 )も 可 能 で あ る が 、一
般 の 相 続 財 産 を 相 続 し た 場 合 と を 鑑 み て 、一 般 の 相 続 財 産 で は 相 続 後 に 税 額 が 減
額 さ れ て も 当 初 の 相 続 税 額 は 減 額 さ れ な い か ら 、受 益 者 連 続 型 信 託 に お い て も 信
託 受 益 権 の 減 額 は さ れ な い と し て 、一 般 の 相 続 と の 平 仄 を 合 わ せ た 規 定 ぶ り と な
っている。
し か し 、上 記 国 税 庁 の 説 明 に つ い て 、川 口 幸 彦 氏 は「 一 般 の 相 続 の 場 合 で あ れ
ば 、 100 の 現 金 を 取 得 す れ ば 、 取 得 し た 相 続 人 は 100 を 使 い 切 っ て し ま お う が 、
10 だ け 使 っ て 90 を 残 そ う が 、 そ れ は 相 続 人 の 自 由 な 意 思 で 可 能 で あ る 。 し か
207
国 税 庁 [ 24] p.477
松田淳氏執筆部分。
110
し 、信 託 の 場 合 に は 、100 の 信 託 財 産 が あ っ て も 、受 益 者 が 得 ら れ る 収 益 等 の 総
額 が 、 例 え ば 20 と か 30 と い う よ う に 元 々 決 め ら れ て い る 場 合 が 多 く 、 受 益 者
で あ る 相 続 人 の 意 思 だ け で は 、100 を 使 い き っ て し ま う こ と は 困 難 で あ る と 考 え
ら れ る 。ま し て 受 益 者 連 続 型 信 託 の 場 合 で あ る こ と か ら 、第 2 の 受 益 者 、第 3 の
受 益 者 へ 受 益 権 が 移 行 さ れ る こ と が 前 提 と な っ て い る こ と か ら 、第 1 の 受 益 者 で
信託財産がなくなり、信託が終了するようなことは予定されていないはずであ
る 。」 と 指 摘 さ れ て い る 208 。
つ ま り 、一 般 の 相 続 の 場 合 に は 相 続 人 は 相 続 財 産 を 自 由 な 意 思 で 処 分 等 が で き
る の に 対 し 、後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 の 場 合 に は 、後 続 受 益 者 の 存 在 に よ
り 受 益 権 が 移 転 す る こ と が 前 提 で あ り 、先 行 受 益 者 は 信 託 財 産 を 使 い 切 る こ と は
想 定 さ れ て い な い の に も 関 わ ら ず 、各 先 行 受 益 者 に 対 し 信 託 財 産 全 体 を 取 得 し た
も の と 擬 制 さ れ て 課 税 さ れ る 。こ の 場 合 、第 一 次 受 益 者 の 負 担 す る 税 額 が 特 に 過
剰 と な り 、担 税 力 の 観 点 か ら 問 題 点 が あ る 。ま た 後 続 受 益 者 と の 租 税 の 公 平 性 が
保 た れ て い な い の で は な か ろ う か 209 。
こ の 上 で 、川 口 幸 彦 氏 は 、受 益 者 に 対 し て 信 託 財 産 全 体 を 課 税 す る の で は な く 、
第 一 次 受 益 者 が 実 際 に 受 益 し な い 部 分 に つ い て は 、信 託 財 産 ま た は 受 託 者 に 対 し
て 課 税 を 行 い 、信 託 財 産 の そ の も の を 減 少 さ せ る 方 法 を 採 用 す る べ き と 提 案 な さ
れ て い る 。ま た 同 時 に 、上 記 の 方 法 が 受 益 者 等 に 対 す る 課 税 と 法 人 等 に 対 す る 課
税 が 併 存 す る こ と に 懸 念 を 述 べ 、別 案 と し て 受 益 者 課 税 で は な く 、す べ て 信 託 財
産 ま た は 受 託 者 に 対 す る 課 税 を す る 方 法 も 併 せ て 提 案 な さ れ て い る 210 。し か し 、
こ の「 第 一 次 受 益 者 が 実 際 に 受 益 し な い 部 分 」は 具 体 的 に ど の よ う に 算 定 で き る
の か 解 釈 の 余 地 が 残 る と 言 え る だ ろ う 211 。
川 口 幸 彦 [ 18] p.391
星 田 寛 [ 67] p.53
実 務 家 の 星 田 寛 氏 も ま た 、「 他 の 相 続 財 産 と 同 様 の 課 税 と す る た め と し て 、 一 部 し か 享
受しないのに、所得の全てをその収益受益者に課税する定めとしている。信託財産の資
産・負債を受益者が有するとみなされ、全財産、全所得がその受益者に課税される。担
税力はあるのであろうか、差し押さえできる範囲はどこまでか、特例の定めは取得者課
税としての課税のあるべき姿として適切といえるだろうか」との指摘をなされている。
210 川 口 幸 彦 [ 18] pp.392-393
211 受 益 者 連 続 型 信 託 の 問 題 を 解 決 す る 方 式 と し て 、 受 益 者 が 信 託 か ら の 収 益 等 を 現 実 に
受益した段階で課税する方式、すなわち現実受益時課税の採用も考えられる(日本弁護
士 連 合 会 [ 58] pp.26-27)。 現 実 受 益 時 課 税 に よ れ ば 、 各 受 益 者 の 担 税 力 に 応 じ た 課 税
208
209
111
ま た 、上 記 国 税 庁 の 説 明 に 対 し 、岡 村 忠 生 教 授 も「 相 続 に よ る 財 産 取 得 と 信 託
受 益 権 の 財 産 取 得 と は 異 な る 。特 に 受 益 者 連 続 の 信 託 で は 、受 益 権 が 収 益 受 益 権
に 限 定 さ れ 、信 託 元 本 を 侵 害 す る こ と が で き な い 場 合 も 多 い 。そ の 場 合 、前 述 の
様 に 中 間 受 益 者 は 納 税 資 金 を 別 に 求 め な け れ ば な ら な い こ と に な り 、そ の よ う な
受 益 者 と な る 者 は 現 れ な い で あ ろ う 。し か し 、中 間 受 益 者 の 財 産 取 得 を た と え ば
収 益 の み の よ う に 制 限 す る こ と は 、新 し い 信 託 法 で 受 益 者 連 続 の 信 託 が 認 め ら れ
た 目 的 の ひ と つ で あ る 。( … 中 略 … ) 課 税 に お い て も 、 こ の よ う な 信 託 の 本 質 が
等 監 視 さ れ て は な ら な い と 思 わ れ る 。」 と 指 摘 さ れ て い る 212 。
家 族 信 託 の 場 面 で は 、委 託 者 が 残 さ れ た 配 偶 者 お よ び 配 偶 者 の 死 亡 後 の 障 害 を
持 つ 我 が 子 の 生 活 保 障 を 案 じ て 受 益 者 連 続 型 信 託 を 設 定 し 、受 益 権 を 分 割 さ せ て
収 益 受 益 権 の み を こ れ ら の 者( 配 偶 者 ま た は 障 害 を 持 つ 我 が 子 )に 対 し 付 与 す る
ケ ー ス が 考 え ら れ る 。こ の 場 合 、信 託 設 定 時 に 、第 一 次 受 益 者 は 享 受 で き る 利 益
が 収 益 部 分 で あ る の に も か か わ ら ず 、信 託 財 産 全 部 を 有 し て い る と み な さ れ て 課
税されてしまう。このため、受益者連続型信託を組成する上で第一次受益者は、
信 託 財 産 全 体 の 部 分 の 納 税 資 金 を 事 前 に 準 備 す る こ と に な り 、結 果 と し て 、受 益
者連続型信託の組成を断念しなければならないケースも少なくないのではなか
ろ う か 。か か る よ う な 税 制 で は 、残 さ れ た 配 偶 者 等 の 生 活 保 障 を 目 的 と す る 後 継
ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 型 信 託 の 設 定 を 阻 害 す る こ と に な り 、私 法 と の 親 和 性 が な い
といえるだろう。
加 え て 、委 託 者 と は 親 族 関 係 に あ る が 先 行 受 益 者 と は 親 族 関 係 に な い よ う な 者
を 第 二 次 受 益 者 と 定 め て 、後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続 信 託 を 設 定 し た 場 合( た と え
ば 、第 一 次 受 益 者 を 妻 と し て 第 二 次 受 益 者 を 委 託 者 の 弟 に す る 場 合 や 、第 一 次 受
益 者 を 内 縁 の 妻 と し て 第 二 次 受 益 者 を 先 妻 と の 子 と す る 場 合 等 が 考 え ら れ る )に
は 、第 一 次 受 益 者 の 死 亡 時 に 、第 二 次 受 益 者 は 信 託 財 産 を 第 一 次 受 益 者 か ら の 完
全な法定相続人外からの遺贈により取得したということになり、相続税の 2 割
を可能とし、信託設定時課税の問題点であった受益権評価の問題も解決される。しか
し、渋谷雅弘教授は、この方式では相続税における法定相続分課税方式に合わない結果
となり、また、贈与税についても累進税率の適用が回避されることを指摘されている。
渋 谷 雅 弘 [ 37] p.217
212 岡 村 忠 生 [ 13] p.157
112
加 算( 相 続 税 法 第 18 条 ) 213 の 規 定 が 適 用 さ れ 、第 二 次 受 益 者 の 納 税 負 担 が 増 大
してしまうという問題もある。
また、相続税法第 9 条の 3 について、財務省主税局主税調査官の佐々木浩氏
は「 受 益 者 連 続 型 信 託 に す る と 相 続 税 回 避 に 使 え る の で は な い か 、あ る い は 収 益 、
元 本 に 分 け ら れ る と 、相 続 税 回 避 に つ な が る の で は な い か と い う こ と で 、そ れ ぞ
れごとに相続があったというようにみなして課税したり、収益が発生する人に、
信 託 財 産 全 体 を 持 っ て い る と 観 念 す る よ う な 手 当 て が 講 じ ら れ て い ま す 。」 と 説
明 し て い る 214 。し た が っ て 、受 益 者 連 続 型 信 託 の 一 連 の 問 題 点 は 、現 行 税 制 が 租
税 回 避 の 防 止 と い う 側 面 に 傾 斜 し て 、課 税 を 強 化 し て い る た め 生 じ て い る と い え
るだろう。
相 続 税 法 第 18 条 ( 相 続 税 額 の 加 算 )
相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続又は遺贈に係る被相続人の一親等の
血族(当該被相続人の直系卑属が相続開始以前に死亡し、又は相続権を失つたため、代
襲 し て 相 続 人 と な つ た 当 該 被 相 続 人 の 直 系 卑 属 を 含 む 。) 及 び 配 偶 者 以 外 の 者 で あ る 場
合においては、その者に係る相続税額は、前条の規定にかかわらず、同条の規定により
算 出 し た 金 額 に そ の 100 分 の 20 に 相 当 す る 金 額 を 加 算 し た 金 額 と す る 。
2 前項の一親等の血族には、同項の被相続人の直系卑属が当該被相続人の養子となつ
ている場合を含まないものとする。ただし、当該被相続人の直系卑属が相続開始以前に
死亡し、又は相続権を失つたため、代襲して相続人となつている場合は、この限りでな
い。
214 佐 々 木 浩 [ 29] p.116
213
113
第 5款
若干の提言
後継ぎ遺贈型受益者連続型信託は、個人企業経営・農業経営における有能な
後継者の確保や、生存配偶者の生活保障等の観点から、共同均等相続とは異な
る財産承継を可能にする手段としてのニーズがあり、信託法改正により、一定
の期間制限を設けることで認容されたものである。
しかし、受益者連続型信託を定める現行相続税法第 9 条の 3 は、租税回避の
防止の観点から、受益者に対し、当該受益者が取得する受益者連続型信託に関
する権利について、当該権利の価値に作用する要因としての制約は付されてい
ないものとみなして相続税等が課されると規定されて いる。この規定の検討の
結果、後続受益者に対する課税と比較して第一次受益者に対する課税が過剰に
なるという問題や、受益権を分割し収益受益権のみしか有さない者に対しても
信託元本を有すると擬制され信託財産全体の価額が課されてしまうという問題
が抽出された。また、第二次受益者が委託者とは親族であるが、第一次受益者
とは相続人関係でない場合には、第二次受益者は法定相続人外から取得したと
し て 、 相 続 税 法 第 18 条 の 2 割 加 算 の 対 象 と な り 、 税 負 担 が 増 す と い う 問 題 も
あった。これらの課税上の問題点から、現行税制が新信託法で認められたはず
の後継ぎ遺贈型受益者連続型信託の組成を阻んでいるといえるだろう。
加えて、受益者連続型信託の課税関係によると、受益権の移転は、先行受益
者からそのつど相続等があったものとみなされて後続受益者は課税されるとい
う法律構成となっている。これは、新信託法の後続受益者が取得する受益権は
先行受益者の受益権が消滅し委託者から直接相続等により取得するという解釈
と異なる。この点について、筆者は、私人間が選択した信託契約を含む法律関
係に係る課税については慎重でなければならないし、その実態を踏まえて課税
しなければならないと考える。すなわち、私法上の法律構成に基づき課税関係
を構築すべきであると考える。
し た が っ て 、 筆 者 は 、 新 信 託 法 第 91 条 に 規 定 す る 後 継 ぎ 遺 贈 型 受 益 者 連 続
型信託を相続税法第 9 条の 3 の適用対象から除外して、後継ぎ遺贈(そのう
ち、後継ぎ遺贈の停止条件付遺贈の解釈)の 法律関係に準拠して課税関係を構
築することを提言したい。
114
具体的には、第一次受益者は信託設定時に委託者から受益権を取得するもの
とし、第二次受益者以降は先行受益者の死亡を条件に 委託者から受益権を取得
したものとして解釈する。すなわち、まず、信託設定時には、第一次受益者は
受益権を委託者から遺贈により取得したものとして相続税を課税する。また、
第一次受益者が有する受益権が分割されている場合でも、第一次受益者に対
し、信託財産全体を課税する。一方、第二次受益者は、信託設定時には受益者
と し て の 権 利 を 現 に 有 し て い な い 215 こ と か ら 、 こ の 時 点 で 課 税 関 係 は 生 じ な
い。そして、第二次受益者は、第一次受益者の死亡時に、委託者から直接信託
財産を遺贈により取得したものとして信託財産全体を課税する。また、第一次
受益者が現実に受益しなかった部分の納付済みの相続税については、第一次受
益者の死亡時に、更正の請求を認めて還付を可能にさせるという方式である。
この還付措置により、後続受益者に対する課税と比較して第一次受益者に対
する課税が過剰になるという問題を解決できる。還付措置は事後的な救済措置
であるため、租税回避を目的に、後継ぎ遺贈型受益者連続型信託が利用される
恐れは少ないと考える。また、この方式によれば、第二次受益者以降は、先行
受益者からではなく、委託者から信託財産を遺贈により取得した ものと解釈し
て 課 税 す る の で 、 法 定 相 続 人 か ら の 遺 贈 と な り 、 相 続 税 法 第 18 条 の 2 割 加 算
は適用されないこととなる。
しかし、筆者の方式では、第一次受益者は、信託設定時に信託財産全体を有
するとみなされて課税されることとなり、更正の請求が認められたとしても、
第一次受益者の生前時には、第一次受益者が現実に受益しなかった部分 につい
て、納付済みの相続税の還付を受けることはできないという問題点が挙げられ
る 216 。 し た が っ て 、 第 一 次 受 益 者 の 観 点 か ら は 、 実 質 的 な 納 税 負 担 は 現 行 税 制
と変わりないと考えられる。しかし、筆者は、相続税法第 9 条の 3 の種々の問
題点の結果、委託者が後継ぎ遺贈型受益者連続型信託を組成しにくいという実
態に着目し、委託者の観点から後継ぎ遺贈型受益者連続型信託を組成する実効
性を高めるものとして、上記の方式を提言する。
215
216
第二次受益者が有する受益権は期待権ないし停止条件付権利に過ぎないと考える。
代わりに、第一次受益者の相続人が還付を受ける。
115
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