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乳牛はなぜ蹄病になるのか

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乳牛はなぜ蹄病になるのか
乳牛はなぜ蹄病になるのか
角質形成不全について
石井
1
亮一
釧路 NOSAI 音別白糠支所
はじめに
集約的酪農の進展とともに蹄病は乳房炎や繁殖障害に次ぐ第3の疾病であると云われるよう
になっている。Richard Guard はいろいろな疾病が生産者の減益にどれだけ影響するかを試算し
た。彼が来日した際に、日本の乳価、初産牛の価格などを考慮し、死亡、廃用、乳廃棄、乳量の
減少、受胎遅延、労働力、治療費・薬代などを計算し、発症1頭あたり 53.640 円の損失をもた
らすと試算した(2000)
。これは、同様に計算した乳房炎(42.270 円)
、繁殖障害(48.506 円)
よりも高い。彼の試算では、もっとも損失に影響しているのは蹄病発症による淘汰順位の上昇に
伴う淘汰コストであった。筆者も「この牛は足が悪いので授精せず今期限りにする」という生産
者の話をよく聞くが、蹄病がどれほど淘汰順位を押し上げるか、日常の業務の中では実感しにく
く、意外なところで収益性を下げる要因になっているようだ。
また、発病率を加味すると、乳房炎、第四胃変位、ケトーシス、繁殖障害などすべての疾病の
中でもっとも生産者に損害を与える疾病であるという(もっとも、発病率を 38%としているの
は高めの見積もりであり、日本の実情に合っているのかという異論もあろう)
。
生産者の収益に寄与するのが産業動物に携わる獣医師の使命であるとするなら、我々はもっと
腰を据えて蹄病の対策に取り組まなければならないのかもしれない。
乳牛の蹄病(ここでは蹄底潰瘍、白線病、蹄尖潰瘍などの角質形成不全=Claw Horn Disruption=
に関連する疾病に限ることとする)は、
「多くの要因からなる疾病」といわれている。繊維に比
べ炭水化物の多い飼養給与によるルーメン・アシドーシス、妊娠、分娩、泌乳に伴う全身的な
変調に伴うもの(全身的要因)、蹄真皮・表皮に加わる過剰な荷重によるもの(機械的要因)、
その他遺伝的要因、環境的要因、衛生的要因、加齢、蹄病の病歴などが複数関係して発症につ
ながるものと考えられている。
ある牛群で蹄病が問題になっていて何らかの対策をする場合、多くの要因の中で何がどれだけ
疾病に関与しているのかを分析し、処方せんを書かなければならない。
蹄病に関する危険要因はそれぞれ研究されてはいるものの、十分に解明されているわけではな
い。今回は多くの要因の中で、機械的要因を中心に角質形成不全の原因を考えることにした。
演者略歴:
1957 年千葉県生まれ。1981 年北海道大学獣医学部卒、釧路地区 NOSAI で 1 年の本部
勤務を経て「蹄病の多い」標茶支所虹別診療課へ。釧路地区 NOSAI の勉強会である
「原読会」では蹄病関連の文献以外には手を出さない「蹄フェチ」。1990 年、E.
Toussaint Raven の名著「牛のフットケアと削蹄」を幡谷正明先生に監訳頂き、翻訳
出版。同年、リバプール(英)で開催された第 6 回国際蹄病シンポジウムに出席、
以降、2年に1回開催される同シンポジウムに 6 回出席。1998 年ルーサン(スイス)、
2000 年パルマ(伊)と講演を経験する。
2
角質形成のプロセス
角質形成不全や低品質角質(Low horn quality)のことを考える際、表皮からできた角質細
胞がその後、それ以上の品質になることは考えられないので、角質細胞の問題は角化のプロセ
スの中にあるといっていい。
表皮は真皮側から、基底層、有棘層、角質層の3層からできている。基底層は真皮との境界
にある1層の好塩基性細胞層で細胞増殖が盛んである。その上層は有棘層で次第に細胞内にケ
ラチンをため込んでいく。基底層と有棘層の細胞をケラチノサイト(角化細胞)といい、基底
層と有棘層を合わせて胚芽層という。ケラチノサイトは核を失い角質細胞となり角質層を形成
する。基底層から角質細胞に至るプロセスを cornification(角化)という。
表皮の深層には真皮がある。表皮が無血管なのに対し、真皮には血管が豊富にある。真皮が
コーンのように表皮内に突出した部分を真皮乳頭という。
ケラチンの形成は真皮の血管から供給された栄養が、表皮では拡散によって供給される。ル
ーメン・アシドーシスを原因とするエンドトキシンやヒスタミンなど血管作動性物質により血
管の健康が阻害されていないか、妊娠末期の浮腫により真皮の健康が阻害されていないかなど
が、ケラチン形成の兵站として問題にされる。
また、ケラチンの強度は含硫アミノ酸のs-s結合によってもたらされてる。角質細胞を結合
させる細胞間セメント物質は糖タンパクや脂質によって作られている。ケラチンを形成するに
あたりビオチンや亜鉛、銅など微量元素が酵素として働く。上記した物質が十分に供給されて
いるかも問題とされる。
角質形成不全や低品質角質が蹄病の原因になっているのだから、角化のプロセスのどこの部
分でどのような問題が生きているのかを再考することは意義があろう。
3
蹄病の機械的要因
筆者は、昨年の北海道獣医師会産業動物学会で「乳牛の蹄真皮病変と蹄真皮への機械的圧迫
の関係」と題した発表をした。簡単に振り返ってみたい。
調査は斃獣処理場で採材した 84 頭の成乳牛の後肢4蹄でおこなった。蹄鞘を分離し、真皮病
変を4段階にスコア化した。末節骨後方辺縁の軸側と反軸側の地面からの高さを測定した。末
節骨の沈下を記録し3段階にスコア化した。それによると末節骨反軸側が高い蹄(反軸側の角
質が厚くなってる蹄)
、末節骨の沈下のある蹄は真皮病変の重篤なものが有意に多かった。
末節骨の傾きも沈下も蹄鞘内で蹄真皮に機械的圧迫を与える要因である。全身的要因を背景
にしている真皮の障害と真皮への機械的圧迫が加わって角質形成を阻害するような真皮病変に
至るものと結論した。
4 末節骨沈下と底抜け仮説
上記の調査の中で、末節骨沈下と蹄真皮病変の関係はとりわけ強い関係にあることがわかっ
た。末節骨沈下は蹄鞘を抜いてみないとわからない現象で臨床の中で体験することはなく、な
じみが薄い。馬の急性蹄葉炎では蹄葉が蹄壁と乖離し、後方の深趾屈腱の牽引により末節骨蹄
尖が下方に回転する。牛の末節骨沈下は馬の末節骨回転とは異なり、多くは末節骨後方辺縁が
下に沈み、時計回りと反時計回りの関係にある。
蹄真皮病変の中で角質の坑道形成(臨床的蹄病)に結びつくような重篤な病変を持つ蹄のほ
とんどが末節骨沈下していた。蹄病の原因を考える際、末節骨沈下がその中心命題のひとつで
あると筆者は考えている。
なぜ末節骨沈下がおこるかについて、いろいろ考えられてきているが、末節骨を蹄鞘の中で
吊り下げている蹄冠真皮などの懸架装置が減弱して末節骨が沈むという懸架装置説が盛んに
研究されている。
しかし、筆者はいくら末節骨を上から吊り下げている懸架装置が減弱しても硬い角質の中に
軟部組織が沈み込んでいくという説明には違和感を持っている。そこでひとつの仮説として
「底抜け」仮説を考えている。
ひとたび末節骨が沈下すると蹄鞘内部で末節骨後方辺縁により過剰な機械的圧迫が加わり
蹄病に至るのではないかと考えている。
なお、本文中、特に参考文献は提示しなかった。
論拠については直接筆者<[email protected]>に問い合わせいただきたい。
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