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物理合唱曲楽譜集
み ん な で 歌 う ぶ つ り Ri た u k o Ky Ga Butsu う SSy o 楽譜集 伊藤 高臣 e-Bookland まえがき 「物理歌謡」と称する物理学を題材にした歌を創り始めて、既に 17、8年は経つ。初めは面白半分に創り始めたのであるが、最近では ‘物理学のエンターテイメント化’、あるいは‘学問と芸術の融合’などと もっともらしい理屈をつけて、「物理歌謡大全集」なるCD付きの本も 出版してしまった。そして、私自身の究極の目標である「物理オペラ」 の創作に向けた準備段階として、「物理合唱曲」の創作にも挑戦した。 合唱曲を作ってみることで、新たな‘音楽の面白さ’を発見することがで きたのは私にとって非常に有意義であったのだが、それと同時に「物理 合唱曲」の新たな可能性を感じ始めたのである。物理歌謡を歌う目的 は、物理の内容や世界観を曲に乗せて表現し、そして、伝えることにあ る。とは言うものの、私一人の歌声ではその表現にも限りがあり、どう しても固定化されてしまう。しかし、皆の魅力ある歌声を結集して出来 上がる合唱となれば、その表現は無限に広がる。声という音波の‘重ね 合わせ’の効果である。今年の5月にオペラ仲間と共に「歌で伝える 日 本の心・物理の心」と題したコンサートを行なう機会に恵まれ、第二部 では物理歌謡、物理合唱曲を披露させて頂いたが、そこでも物理合唱曲 に対する確かな手応えを感じることができた。 そもそも何故、歌によって物理を表現しようとするのか? 人間の五 感の中で、情報を得る上で最も重要なのは視覚と聴覚であろう。視覚か らは大量の情報を正確に得ることが可能である。言葉を尽くして説明さ れても理解し難い内容であっても、図やグラフといった視覚情報を与え られれば一瞬にして理解できるという事は多々ある。一方、聴覚情報に は視覚情報と比べて、より直接的に脳に訴えかけられるという利点があ る。人に何か物事を理解してもらう場合に、以前の私は「メールを使っ てきっちりとした文章を書いて説明すれば一番効果的ではないか」と考 えていた。しかし、文章という視覚情報はたとえそれが正確な表現で あったとしても、読み手を納得させることはなかなか難しい。一方、直 接会って語りかける、説明をするということで、若干正確さに欠く表現 があったとしても意外と簡単に納得してもらえる事が多い。物理を本当 の意味で理解するには、当然、様々な視覚情報も取り入れながら頭の中 を整理していかなければならない。しかし、まず物理というものに興味 を持ってもらい、解かった気になってもらう為の手段としては、歌とい う聴覚情報は非常に有効ではないかと思うのである。そして、聴くだけ でなく自ら歌って頂ければさらに効果的である。 本書は合唱曲として創作した作品と共に、元々は独唱曲として創作し た作品を2パートに分けて楽譜を作り直したもの、計6曲を簡単な解説 を付けてまとめた楽譜集である。是非とも皆さんで物理合唱曲を歌って 頂きたいと願う次第である。 2011年10月 伊藤高臣 曲 目 1.落ちるリンゴに 5 2.春の力学 11 3.音のワルツ 22 4.電子があるから 29 5.超伝導の歌 40 6.彼方からの光 46 落ちるリンゴに 伊藤高臣 作詞・作曲 落ちるリンゴに 伊藤高臣 作詞 1 赤いリンゴが ポトリと落ちる リンゴの落下運動 等加速度 落ちるリンゴに はたらく力 それが重力 重いものには 大きな力 軽いものには 小さな力 地球上の全てのものには 重力がはたらく 3 黒い夜空に 輝く月も 地球と引き合いながら 回っている 月や星にも はたらく力 万有引力 近いものから 大きな力 遠いものから 小さな力 宇宙空間 全てのものには 引力がはたらく 2 青い地球は 大きいけれど リンゴが落ちればあるよ 反作用 地球に対し 等しい力 はたらく筈さ 重いものから 大きな力 軽いものから 小さな力 地球上の 全てのものから 反作用受けてる 【解説】 リンゴの落下運動を題材にして、物体にはたらく「重力」、リンゴと 地球との間の「作用・反作用」を経て、宇宙空間のあらゆる物体の間に はたらく「万有引力」へと発展する過程を明るく歌い上げた作品。 アイザック・ニュートン(1642—1727)は物体の加速度と力の関係 を3つの法則としてまとめ、物理学の基礎となる「ニュートン力学」 を作り上げた。ニュートンが‘リンゴが落ちるのを見て気が付いた’と伝 えられる「万有引力の法則」を用いれば、地球上の物体の運動のみな らず、惑星の運動までもが記述できる。天文学者ヨハネス・ケプラー (1571—1630)は望遠鏡を使った‘天体観測’で得た膨大な量のデータ から太陽系の惑星の運行に関する「ケプラーの法則」を発見した。一 方、物理学者ニュートンは、誰もが日常で目にする‘物体の落下運動’か らケプラーの法則を導き出したのである。物理学の面白さ、ニュートン の偉大さがお解り頂けるのではないだろうか。 ◎等加速度運動 質量をもった物体に一定の外力が加わると、物体は一定の加速度で運 動する。その加速度は、 (加速度)=(外力)/(質量) で与えられる。これが「運動の法則」である。つまり、外力が大きけれ ば加速度は大きく、物体の質量が大きければ加速度は小さくなる。 ◎作用と反作用 物体に力を加えると、その力の作用線上に同じ大きさで逆向きの力が 反作用として現れる。これを「作用・反作用の法則」と呼ぶ。我々が 走ったり、飛び跳ねたり、体を動かす時には、常に作用・反作用を利用 しているのである。 ◎運動の3法則 ‘物体に力がはたらかない限り、静止している物体は静止し続け、等 速直線運動している物体はその運動を維持し続ける’という「慣性の法 則」、これに上記の「運動の法則」、「作用・反作用の法則」の3つを 「運動の3法則」と呼ぶ。 ◎万有引力の法則 質量をもった物体間には、それらの質量の積に比例し、距離の2乗に 反比例する引力がはたらく。地球上の物体だけでなく、宇宙に存在する あらゆる物体の間には万有引力がはたらいている。 10 春の力学 伊藤高臣 作詞・作曲 Sop. Alt. Ten. Bas. 11 12 13 14 15 16 17 18 春の力学 伊藤高臣 作詞 1 校庭の脇に 並ぶ桜の木 去年は桜色 今年は涙色 春のそよ風吹いて 枝を離れた花びらが 空気の抵抗 受けながら ひらひらと舞う 林檎が落ちるようには 予測できない 右に左に不規則に 揺れ動く ニュートンにさえも 答えは分からない 花びらの動きと 僕らが進む道 2 公園の池を 囲む桜の木 いつもの通り道 今年も鮮やかに 春のそよ風吹いて 枝を離れた花びらが 水面に落ちて 作り出す かすかなる波 進む波面の各点は 次の瞬間 新たな丸い波面を 生み出して ホイヘンスのいう 波の基本原理 未来へと拡がる 僕らが起こす波 いつまでも 花びらよ舞え 思い出という名の 抵抗受けて 最後には 水の深さ冷たさ知って 夢と未来への 僕らの始状態 19 【解説】 ひらひらと舞いながら水面に落ちて、かすかな波を作り出す桜の花び らを題材にした‘物理学的卒業ソング’である。 1番では、重力と空気抵抗を受けながら舞い落ちる花びらの動きが描 かれている。空気抵抗の問題は球形の物体にはたらく場合でも簡単では ない。さらには花びらのように薄っぺらく、形状も変わりやすい物体が 落下する場合の抵抗力は非常に複雑であり、その運動を予測するのは難 しい。このような問題を解く場合の物理学的な手法は、まずはその現象 の本質的な部分を抜き出し、単純なモデル化を行なう。その上で実際の 現象に近づけるような補正を加えていくのである。 2番では、進行する波の基本原理である「ホイヘンスの原理」が登場 する。ある時点の波面上のあらゆる点から発生する二次波によって次の 瞬間の波面が成り立っている。逆に言えば、ある点の二次波が欠けたと すれば、その後の波面の形は変わっていくのである。 物理学的手法や物理学の基本原理は、時にたいへん教訓的でもある。 物理学の中から‘人生のヒント’が見つかる事もあるかもしれない。 ◎空気抵抗 物体の速度が比較的遅い場合、抵抗力は‘物体の進行方向前後の圧力 差’という描像で考えられ、空気抵抗は物体の速度に比例する。一方、 物体の速度が速い場合、抵抗力は‘空気の塊との衝突’という描像で考え られ、空気抵抗は物体の速度の2乗に比例する。 ◎ホイヘンスの原理 ある時刻の波面S0が与えられると、そこから微小時間経過後の波面S 20 は、波面S0上のあらゆる点を波源として同心円状に拡がる二次波の包絡 面である。 ◎ニュートンとホイヘンス 偉大なるニュートンは「プリズムによる光の分散の発見」など、光の 研究も行なっていた。ニュートンは光を発光体から放射される‘粒子’と 考えていた。これに対し、オランダの物理学者クリスティアーン・ホ イヘンス(1629―1695)は光を‘波’と考えて「偏光現象」を説明しよ うとした。しかし、理論的な説明の不完全さと王立協会会長であった ニュートンの権威のために、「光の波動説」は忘れ去られていった。 時は経ち、19世紀に入って、トーマス・ヤング(1773―1829)やオー ギュスタン・ジャン・フレネル(1788―1827)等が「光の回折現象」 を実験で示し、漸くホイヘンスの波動説が見直されたのであった。 21 音のワルツ 伊藤高臣 作詞・作曲 22 23 24 25 音のワルツ 伊藤高臣 作詞 1 遠く聴こゆる 君の歌声 思いを込めて 伝わる波よ 調べに惹かれ 近づけば 揺れる空気と 我が心 振幅大きく エナジー溢る ああ 音のワルツよ 3 溌剌響く 皆の歌声 希望を乗せて 重なる波よ 十人十色の スペクトル 音色の違い それぞれに 生まれるハーモニー 倍音豊か ああ 音のワルツよ 2 清く流るる 君の歌声 心を癒す 優しき波よ 静かに語る 低い音 澄みてさやけき 高い音 自在に変わる その周波数 ああ 音のワルツよ 26 【解説】 音の三要素(大きさ、高さ、音色)をワルツに乗せて歌い上げた作 品。音は空気の振動が伝わる波(音波)である。1番では音の大きさ (エネルギー)が、2番では音の高さ(周波数)が、そして3番では音 色(音波のスペクトル)が、それぞれ歌われている。音波の性質を体で 感じながら、皆で楽しく歌い上げましょう。 ◎音のエネルギー 波のエネルギーは媒質の運動エネルギーと媒質の位置エネルギーの和 から求めることができる。音波のエネルギーは振幅の2乗に比例し、か つ、周波数の2乗に比例する。 ◎周波数 周波数と波の速さ、波長との間には、 (波の速さ)=(波長)×(周波数) の関係が常に成り立っている。 人が感じる‘高い音’とは周波数の高い音であり、逆に‘低い音’とは周 波数の低い音である。周波数の単位ヘルツ[Hz]は1秒間の振動回数であ る。人が聴くことのできる周波数の範囲は20~20000Hz程度である。 ◎スペクトル 通常、ある音が鳴る場合、そこには様々な周波数の音が混ざり合って いる。このような周波数の分布(あるいは波長の分布)を音のスペクト ルと呼ぶ。規則性のない様々な周波数の音が混ざり合っていると、それ は雑音として認識される。美しいと感じる音のスペクトルには規則性が 27 あり、音のスペクトルの違いが「音色」の違いとして認識される。 ◎倍音 人間の声や楽器などがある音を発する場合、例えば220Hzの‘ラ’の音 を鳴らしていたとしても、実際は220Hzの周波数だけでなく、その2 倍、3倍、4倍…の周波数が混ざり合っている。この時の220Hzを基 本周波数とよび、440Hz、660Hz、880Hz…の周波数の音を「倍音」 と呼ぶ。倍音が多く含まれるほど、‘豊かな音色’となる。 28 電子があるから 伊藤高臣 作詞・作曲 Sop.&Alt. Ten.&Bas. 29 30 31 32 33 34 35 36 電子があるから 伊藤高臣 作詞 1 原子の周りを 電子が回る 隣の原子の 周りも回る 二つ以上の原子が 同じ電子を共有し 互いに引き合い 一つの分子となる 電子がなければ この世のものは 反発し合い バラバラになる 2 金属の中を 電子が動く 電子が動いて 電荷を運ぶ 半導体の中でも バンドギャップを飛び越えて 電子が脱励起 そして…光を放つ 電子がなければ LEDも トランジスタも 幻になる 電子があるから 愛が世界に満ち溢れ 電子があるから 生まれる希望の光 37 【解説】 あらゆる物質は「原子」からできている。原子は「原子核」の周りを 「電子」が漂っているという構造をもつ。つまり、あらゆる物質には電 子が存在する。電子を共有することで原子と原子が結び付き分子を形成 する。電子が動き回ることで金属や半導体の電気的な性質が現れる。 電子は我々の生活を豊かにし、電子は我々の人生を楽しくする。電子 によって世界は愛( i )に満ち溢れ、電子があるから世界に希望の光が生 まれる。 ◎クーロン力 2つの電荷の間にはたらく電気力。その大きさは互いの電荷の積に比 例し、距離の2乗に反比例する。互いの電荷の符号が同じ場合は斥力、 符号が異なる場合は引力となる。 ◎半導体 電気を通す物質である「導体」(=金属)と電気を通さない「絶縁 体」の中間的な性質をもった物質。温度が低い時には電気を通さず、温 度が高くなると電気を通す。 ◎バンドギャップ 固体内の電子のエネルギーはバンド構造をもつ。「価電子帯」には原 子核の周りに束縛されているエネルギーの低い電子が、「伝導帯」には 固体内を自由に動き回る事のできるエネルギーの高い電子がそれぞれ存 在する。これら2つのバンドの間には、電子が存在することのできない 38 領域「バンドギャップ」がある。 ◎励起・脱励起 励起とは注目する系がエネルギーの低い状態から高い状態へと移るこ と。逆に、脱励起とはエネルギーの高い状態から低い状態へと移ること である。 ◎LED 発光ダイオード(Light Emitting Diode)の略。p型とn型、2種類の 半導体を接合してできる素子・ダイオードの中には、接合面での伝導電 子の脱励起(電子-正孔の再結合)時に光を出すものがある。 ◎トランジスタ 3つの半導体を接合してできた素子で、電気信号の増幅・制御などを 行なう。p型半導体とn型半導体の接合の仕方によって、pnpトランジ スタとnpnトランジスタとがある。 39 超伝導の歌 伊藤高臣 作詞・作曲 40 41 42 超伝導の歌 伊藤高臣 作詞 1 温度を下げれば 抵抗が消失 磁場をかければ 磁束を排除 夢の物質 超伝導 夢の物質 超伝導 マイスナー効果 表現するは ロンドン方程式 3 銅と酸素を 含む化合物 臨界温度が 非常に高い 謎の物質 超伝導 謎の物質 超伝導 何故起こる いつ解るのか 高温超伝導 2 二つの電子が フォノンを介して 引き合いながら 束縛状態 愛の物質 超伝導 愛の物質 超伝導 クーパーペアを 基にできたは BCS理論 43 【解説】 ある種の金属の温度を下げていった時に、ある温度以下に於いて電気 抵抗が0になる現象を「超伝導現象」と呼ぶ。1番では「電気抵抗の消 失」と「マイスナー効果」、2番では「BCS理論」、そして、3番では 「高温超伝導」と超伝導現象のエッセンスを軽快なリズムで歌い上げた 作品である。 私が大学4年時の卒業研究で超伝導理論のゼミを受けていた時にこの 曲を創作した。当時、高温超伝導が特に注目されており、超伝導研究は 大いに人気があった。時は経ち、さらに研究は進んでいると思うが、現 在も尚、謎多き物質・謎多き現象である事に変わりはない。 ◎電気抵抗の消失 1911年、オランダの物理学者ヘイケ・カマリング-オネス(1853― 1926)は低温物性の研究をしている時に、4.2 K以下で水銀の電気抵抗 が0になることを発見した。 ◎マイスナー効果 超伝導体を磁場中に置いても超伝導体内部には磁束が入り込まない。 つまり、超伝導体は外部磁場を完全に打ち消す「完全反磁性」を示す。 この現象は「マイスナー効果」と呼ばれる。これを数式的に表現したも のが「ロンドン方程式」である。 ◎フェルミ粒子とボーズ粒子 ミクロな領域の粒子はそのスピンの大きさによって2種類に分類され 44 る。一つはスピンが半整数のフェルミ粒子であり、フェルミ粒子は同じ エネルギー状態には1個の粒子しか存在できないという「パウリ禁制」 に従う。もう一つはスピンが整数のボーズ粒子であり、ボーズ粒子は同 じエネルギー状態にいくつでも存在できる。スピンが1/2である電子は フェルミ粒子であるが、超伝導現象とは、電子が‘ボーズ粒子のように 振舞った状態’として説明する事ができる。 ◎クーパーペア フェルミ粒子である電子がボーズ粒子のように振舞うには、全スピン が0または1となるように2個の電子が‘ペア’を形成する必要がある。 ペアを形成するには電子同士のクーロン反発に打ち勝つ引力がはたらか なければならない。その引力を担うのが「電子−フォノン相互作用」で あり、このフォノンを介して形成された電子対を「クーパーペア」と呼 ぶ。この考えを基に、バーディーン、クーパー、シュリーファーの3人 によって作られたのがBCS理論である。 ◎高温超伝導 物質の温度を下げていった時に、超伝導現象を示し始める温度を臨 界温度と呼ぶ。BCS理論によって超伝導現象が説明され、超伝導の理論 的研究は大いに進展したが、その後、BCS理論だけでは説明のつかない ような臨界温度の高い超伝導物質が見つかった。銅と酸素を含んだLaBa-Cu-O系の化合物に始まり、ランタン(La)をイットリウムで置き 換えたY系、ビスマスで置き換えたBi系、タリウムで置き換えたTl系と 様々な高温超伝導体が発見された。これまでに高圧下における超伝導現 象としては、臨界温度164Kが記録されている。 45 彼方からの光 伊藤高臣 作詞・作曲 Sop. Alt. Ten. Bas. 46 47 48 49 50 彼方からの光 伊藤高臣 作詞 1 夜空に散らばる 数多の星 はるか彼方に 光り輝く 幾千年もの 遠い昔に 放たれた光が今 この地球に辿り着いた あの星のはるか昔の姿を 僕らは知ってる あの星の現在(いま)を知るのは 遠い未来の誰か 2 拡がり続ける 宇宙空間 はるか彼方の 銀河の果てに 遠ざかる星の 表面から 放たれた光の色 赤方偏移 波長伸びる 光源が動くために起こるのは ドップラー効果 果てしない宇宙(そら)の息吹を 強く感じているよ 51 【解説】 我々は日常生活において、‘光の速度’を意識することはない。部屋 の照明を点けた瞬間にその光は目に入る。しかしながら、光の速度も 2.99792×108m/sという有限の値をもつ。もし、100万光年の彼方にあ る星で起こった出来事の情報が光として発信された場合、地球に到達す るまでには100万年という気の遠くなるような時間が経過しているので ある。という事は、現時点でのその星の状況を知ることができるのは、 100万年後の地球人ということになる。 そんな途方もなく大きな宇宙であるが、我々はその宇宙が膨張してい るという事を知っている。宇宙の果てまで行って見てきた訳でもないの に、何故そのような事が言えるのか? それは光のドップラー効果とい う現象から宇宙の果ての星が皆、遠ざかっていることが説明できるから である。 ◎ドップラー効果 音波のドップラー効果は、目の前を通り過ぎる救急車のサイレンの音 の変化として経験したことがあるだろう。救急車(音源)が音波を追っ かけるようにやってくる場合、波長は圧縮され短くなる。(速度)= (波長)×(周波数)の関係は常に成り立ち、また、波が伝わる速度は 媒質の条件(温度など)が変わらなければ変わることはないので、波長 が短くなった分、周波数が高くなり音が高く聴こえる。逆に救急車が走 り去っていく場合は、波長が引き伸ばされた分、周波数が低くなり音が 低く聴こえる。音波と同様に光波でもドップラー効果は起きる。光の場 合、波長が変われば光の色が変わることになる。 52 ◎赤方偏移 遠い宇宙の果ての星の表面にある元素から発せられた光のスペクトル を地球上の同じ元素から発せられた光のスペクトルと比較すると、遠い 星からの光はドップラー効果により、その波長が長い方向に少しずれて 観測される。可視光の場合、長波長側は赤い光であるから、これを「赤 方偏移」と呼ぶ。宇宙の果ての星が全て遠ざかっているという観測結果 が、宇宙が膨張しているという事の根拠となっている。 53 ◉プロフィール 伊藤 高臣(いとう たかおみ) 1973年、愛知県生まれ。東京理科大学理学部 応用物理学科を卒業。東京大学大学院総合文化 研究科広域科学専攻 修士・博士課程を修了。 専門は放射線物理、原子物理。現在、理科学機 器メーカー・株式会社エリオニクスに勤務。 好きな音楽は昭和の流行歌とイタリアオペラ。 物理合唱曲 楽譜集 ~みんなで歌うぶつりうた~ 伊藤 高臣 発 行 2011年10月30日 発行者 横山三四郎 出版社 eブックランド社 東京都杉並区久我山4-3-2 〒168-0082 http://www.e-bookland.net/ ⒸTakaomi ITO 2011 本電子書籍は、購入者個人の閲覧の目的のためのみ、ファイルのダウンロードが 許諾されています。複製・転送・譲渡は、禁止します。