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路線バスにおける車いす乗客の乗車方法に関する検討
JARI Research Journal 20131001 【技術資料】 路線バスにおける車いす乗客の乗車方法に関する検討 -乗車時間と乗車介助作業性の調査- Consideration for Method of Wheelchair Boarding and Securement on Public Bus -Investigation of boarding time and workability of boarding assistance- 石 井 充* 1 Mitsuru ISHII 鮏川 JARI Research Journal 岡野 Yoshihiro SUKEGAWA 1. はじめに 「高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に 関する法律(バリアフリー新法) 」1)および関連す 2),3) るガイドライン 等により,公共交通のバリアフ リー化が促進されている.公共交通の一つである 路線バスにおいては,乗降の利便性を目的に低床 化を実現したノンステップバスの導入が進んでお り,「平成32(2020)年度末には普及率70%」の 目標が掲げられている4). バリアフリー化に伴って,多くの路線バスの車 内には,車いすを利用する乗客(以下, 「車いす乗 客」 という) 用の乗車スペースが設けられており, 乗降車用のスロープ板と床に車いすを固定するた めのベルトが装備されている.車いす乗客が路線 バスに乗降車する際には,バス運転者によるスロ ープ板の設置が必要であり,また,乗車後には車 いすを床に固定する必要がある.このように,車 いす乗客の乗降車には,ある程度時間が必要とさ れるため,公共交通機関の車両等に関する移動等 円滑化整備ガイドライン3)には,より望まれる方 向として,容易に操作できるスロープ板の導入や 車いす固定の迅速化が挙げられている. 以上の背景をもとに,車いす乗客が路線バスに 乗車する際の時間短縮およびバス運転者が行う乗 車介助作業の作業性向上を目的とした車いす乗客 乗降車用スロープ板と車いす固定装置について, 乗車時間と乗車介助作業性の比較調査を実施した. *1 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部 *2 一般社団法人日本自動車工業会 バス分科会長 佳弘*1 俊豪*2 Shungo OKANO 2. 実験方法 介助者がスロープ板および車いす固定装置を用 いて車いす乗客の乗車を介助する際の作業を実験 場内にて模擬し,作業時間を計測した.また,乗 降車介助時に用いる装備の作業性に関する主観評 価調査を行った. なお,本実験は,一般財団法人 日本自動車研究 所内に設置されている研究倫理審査委員会の承認 を得て実施した. 2. 1 実験参加者 実験参加者を本研究所職員の中から募集し,事 前に実験の目的および実験時に行う作業内容につ いて説明のうえ,実験参加の同意を得た.実験参 加者6名の属性をTable 1に示す. Table 1 Characteristics of participants 実験参加者 Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅴ Ⅵ 年齢 27 50 27 33 32 31 性別 男性 男性 男性 女性 男性 男性 身長(cm) 178 172 178 161 176 183 2. 2 実験用車両 二種類の車いす乗客乗降車用スロープ板および 三種類の車いす固定装置(ベルト)を装備した実 験用車両(路線バス)を準備した. 2. 2. 1 車いす乗降用スロープ板 折畳み式スロープ板(Fig. 1)と反転式スロー プ板(Fig. 2)を使用した. 折畳みスロープ板(Fig. 1)は,現在,路線バ - 1 - (2013.10) スにおいて一般的に使用されており,通常時,中 扉付近に設置された専用箱に折り畳まれて収納さ れている.使用時には専用箱から取り出し,中扉 床面に引っ掛けるように設置する. 反転式スロープ板(Fig. 2)は,設置時間の短 縮を目的として床に組み込まれており,使用時に 外側へ折り返して設置する. 構(図中白丸)付きベルト,車いすの後側を2本 のリトラクター機構付きベルトで固定する.前側 固定用ベルトには,車いすの前側左右に引っ掛け るためのフック付きの2本のベルトが装備されて いる. 車両床面のフックに設置 用箱に畳まれて収納されている 車両後側 車両前側 通常時(未使用時),車内の専 車いす側に設置 Fig. 1 Portable folding ramp Fig. 3 通常時(未使用時),車両床面内に収納されて Portable manualable securement belt 車両床面のフックに設置 車両後側 車両前側 おり,使用時に反転してスロープ板とする 車いす側に設置 Fig. 4 Fig. 2 Built-in inversion ramp (○:retractor) 2. 2. 2 車いす固定装置(ベルト) 手動ロック式固定装置(Fig. 3)と二種類の巻 取り式固定装置を使用した(別ベルト巻取り式 (Fig.4) ,据付巻取り式(Fig. 5) ) . 手動ロック式固定装置(Fig. 3)は,一般的に 多くの車両に装備されている.車いすの前側を一 本のベルト,後側を一本のベルトで固定する.一 本のベルトの端部間に車いすに引っ掛けるための フックが2個装備されており,ベルト両端には車 両固定用のフックが取付けられている.ベルトに 取り付けられているバックルで長さを調整する. 別ベルト巻取り式固定装置(Fig. 4)は,車い す固定時間の短縮と作業性の改善を目的として設 置された.車いすの前側を1本のリトラクター機 JARI Research Journal Portable retractable securement belt - 2 - Fig. 5 Built-in retractable securement belt (○:retractor) (2013.10) 据付巻取り式固定装置(Fig. 5)では,ベルト を持ち運ぶ時間を短縮するため,車いすに引っ掛 けるためのフックが付いたリトラクター機構付き ベルトが車体に設置されている.車いす前側を1 本のベルト,車いす後側を2本のベルトで固定す る. 2. 3 実験条件 実験時の状況をFig. 6に示す.実験車両は停車, 前扉および中扉は開放状態とした.また,車いす スペースに設置されている跳ね上げ式座席は,跳 ね上げられた状態とした.歩道上のバス停留所か らの乗車を想定し,車いす乗客が乗車する中扉付 近に高さ150mmの模擬歩道を設置した.乗客とし てダミー人形(質量78kg)を搭載した車いすを使 用した.乗客の荷物を模擬するため,車いすの背 面に2Lの水入りペットボトルを入れたリュック サックを搭載した. Table 2に使用したスロープ板と車いす固定装 置の組み合わせを示す. 現行の使用状態を想定した条件Aでは,折畳み 式スロープ板および手動ロック式固定装置を使用 した.また,現在,車いす乗客乗車時には人ベル ト(乗用車用シートベルトのように車両と人を固 定するベルト)の装着が求められていることが多 いため,条件Aの場合のみ人ベルトの装着を実施 した. 作業の迅速化を想定した条件Bでは,反転式ス ロープ板および別ベルト巻取り式固定装置を使用 した.更なる作業の迅速化を想定した条件Cでは, 反転式スロープ板および据付巻取り式固定装置を 使用した. Table 2 Experimental condition 条件 スロープ板 車いす固定装置 人ベルト A 折畳み式 手動ロック式 有 B 反転式 別ベルト巻取り式 無 C ↑ 据付巻取り式 ↑ 2. 4 実験手順・計測方法 以下(1)~(6)に示す車いす乗客乗車介助作業を3 回実施し,その後,当該実験条件に対する主観評 価調査を行った.作業開始から作業終了までをビ デオ撮影し,記録した映像の録画時間カウンター をもとに作業時間を計測した. (1) 実験参加者は実験車両(路線バス)の運転者 席に着席 (2) 作業開始の合図とともに,運転席から立ち上 がる.前扉を経由して車外を通り,中扉付近 へ移動し,スロープ板を設置する (3) スロープ板を利用して車いす乗客の乗車を介 助する(Fig. 7) (4) 実験車両内の車いすスペースに車いすを固定 する(実験条件Aについては人ベルトも装着 する) (Fig. 8) (5) スロープ板を収納する (6) 車外を通り,前扉から車内に戻り,運転者席 に着席する 車いす乗客 Fig. 7 Boarding assistance Fig. 8 Securing a wheelcair 模擬歩道 Fig. 6 Experimental setup JARI Research Journal - 3 - (2013.10) 04:00 03:25 02:51 03:00 01:51 02:00 01:12 01:00 【条件A】 折畳み式 手動ロック式 Fig. 9 ← (人ベルト除く) 【条件B】 反転式 別ベルト巻取り式 【条件C】 反転式 据付巻取り式 00:40 00:30 00:20 00:20 00:10 00:04 00:03 【条件B】 反転式 (別ベルト巻取り式) 【条件C】 反転式 (据付巻取り式) 00:00 Fig. 10 Ramp set up time 3. 1. 3 車いす固定作業時間 車いすの固定にかかる時間(車いすのブレーキ をかけ,車いす固定ベルトの装着が完了するまで の時間.ただし,条件Aにおいては人ベルトの装 着時間を含まない)をFig. 11に示す.図内の時間 は,試行3回目の実験参加者6名の平均値である. 車いす固定時間は,条件Aにおいて最も長く,1分 27秒,最も短い条件Cでは23秒であった.手動で ベルト長さを調整しなければならない手動ロック 式(条件A)から,巻取り式に変更することによ り,およそ30秒短縮され(条件B) ,さらに巻取り 式ベルトを車体に据え付けることにより,およそ 1分短縮された(条件C) . 05:00 Overall boarding time 3. 1. 2 車いす乗降車用スロープ板設置時間 スロープ板設置にかかる時間をFig. 10に示す. 図内の時間は,試行3回目の実験参加者6名の平均 値である.折畳み式スロープ板の作業時間は,実 験参加者がスロープ板収納箱に触れてから設置作 業を終え,スロープ板を離すまでの時間,反転式 スロープ板の作業時間は,実験参加者がスロープ 板の取っ手に触れてからスロープ板を離すまでの 時間である.スロープ板設置に要する時間は,条 件Aの折畳みスロープ板において20秒,条件Bお よび条件Cの反転式スロープ板では,それぞれ,4 秒と3秒であった. 中扉付近の専用箱に収納されている折畳み式ス ロープ板を使用する場合(条件A)と比較して, 車両に据付けられた反転式スロープ板を使用する JARI Research Journal 00:50 【条件A】 折畳み式 (手動ロック式) 車いす固定時間 (分:秒) 全体作業時間 (分:秒) 05:00 場合(条件B) ,設置作業に要する時間は16秒短縮 された. スロープ板設置時間 (分:秒) 3. 実験結果 3. 1 乗車時間 3. 1. 1 全体作業時間 車いす乗客乗車介助に要する時間をFig. 9に示 す.図内の作業時間は,試行3回目の実験参加者6 名の平均値であり,実験参加者が運転者席を離れ てから車いす乗客の乗車を介助し,車いす固定を 終え,再び運転席に戻るまでの時間である.条件 Aについては,人ベルトを設置していない条件B および条件Cと比較するため,全体作業時間から 人ベルトを設置する時間を除いた作業時間を併記 した. 条件Aの全体作業時間は3分25秒,この時間から 人ベルトの設置時間を除くと2分51秒であった. 条件Bの全体作業時間は1分51秒であり,条件Aの 作業時間から1分短縮された.また,条件Cの全体 作業時間は1分12秒であり,条件Aと比較すると作 業時間はおよそ4割に短縮された. 04:00 03:00 02:00 01:27 01:00 01:00 00:23 【条件A】 手動ロック式 【条件B】 別ベルト巻取り式 【条件C】 据付巻取り式 Fig. 11 Wheelchair securing time 3. 2 主観評価 それぞれのスロープ板および車いす固定装置を 使用して車いす乗客の乗車を介助する際の作業性 (作業のしやすさ)について,5段階(非常に作 業しにくい:1 ~ 作業しにくいとは感じない:5) による主観評価調査を実施した.結果をFig. 12お よびFig. 13に示す.なお,条件Bおよび条件Cで - 4 - (2013.10) は,いずれも,同様の反転式スロープ板を用いた ため,条件Bの結果のみを示した.スロープ板の 評価対象は,当該スロープ板の設置作業および当 該スロープ板を使用しての乗車介助作業(登坂) とした. スロープ板の評価(Fig. 12)において,折畳み スロープ板(条件A)では,実験参加者6人中4人 の評価が「2」であり,作業性評価が低かった. 反転式スロープ板(条件B)では,6人中4人の評 価が「4」であり,作業性評価が高かった.折畳 みスロープ板は専用箱に格納されているため,取 り出す作業が必要であり,また,距離はわずかで あるがスロープ板を持ち上げて運ぶ作業も必要で あるため,評価が低くなったと考えられる. 車いす固定装置の評価(Fig. 13)では,手動ロ ック式(条件A)の評価が最も低く,実験参加者6 人中4人の評価が「1」であった.据付巻取り式(条 件C)の評価が最も高く,6人中3人の評価が「5」 であった.手動ロック式を使用する際は,車いす および車両床の両方にフックを設置した後,腰を 下ろした体勢や腰を曲げた体勢のまま,ベルトの 長さを調整する作業が必要であるため,評価が低 くなったと考えられる. 折畳み式スロープ板 作業 しにくいとは感 じない 5 反転式スロープ板 | 4 | 3 | 2 非常に作業しにくい 1 0 1 2 3 4 5 (人) Fig. 12 Workability evaluation of bording ramp 作業 しにくいとは感じない 5 | 4 | 3 | 2 非常に作業しにくい 1 手動ロック式 別ベルト巻取り式 4. まとめ 本調査において,路線バスに車いす乗客が乗降 する際の時間短縮および乗降車介助作業性の改善 を目的とした反転式スロープ板および巻取り式車 いす固定装置の有効性が示された. 本検討では,スロープ板や固定装置の比較を目 的としたため,実験場内の停車車両内にて評価を 実施した.実際の路線バス運転者は,これらの作 業を運行業務の一環として,実施することとなる. 路面状況やバス停留所の状況が,本調査と同様の 条件であれば,実際の運行においても同様の効果 が期待できる.しかしながら,歩道上にないバス 停留所からの乗車では,反転式スロープ板の傾斜 角度が急峻になり,車いすを押し上げる際のバス 運転者の負担増が予想される.様々なバス停留所 環境に対応したスロープ板実現のため,車両構造 や車両床面形状と併せて更なる検討が必要な状況 である. 5. おわりに 少子化ならびに生産年齢(15歳~64歳)人口の 減少等により,路線バスの輸送人員は減少してい る.昭和40年代に100億人であった輸送人員は, 平成元年度には60億人に,平成22年度には41億6 千万人となった5).路線バスは,生活にかかせな い公共交通としての役割を担っており,国や地方 自治体も補助金等の施策により,運行路線の維持 を図っている6).高齢化が進む社会において,自 家用車に過度に依存しない移動手段確保の重要性 はますます高まることが予想され,公共交通の運 行方法や運行経路等に関する検討と併せ,誰もが 利用しやすい公共交通車両の検討を進めていく必 要があると考えられる. なお,本調査は,一般社団法人 日本自動車工業 会 バス分科会からの受託業務の一部として実施 された.調査の実施にあたっては,バス分科会委 員の方々のご協力,ご助言をいただきました.こ こに記して感謝いたします. 据付巻取り式 参考文献 0 1 2 3 4 1) 高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法 5 (人) Fig. 13 Workability evaluation of 律,平成18年6月21日法律第91号 2) 国土交通省,公共交通機関の旅客施設に関する移動等 円滑化整備ガイドライン(改訂版) バリアフリー整備 wheelchair securement belt JARI Research Journal - 5 - (2013.10) 5) 公益社団法人日本バス協会,2012年版(平成24年)日 ガイドライン 旅客施設編,2013年6月 3) 国土交通省,公共交通機関の車両等に関する移動等円 滑化整備ガイドライン(改訂版) バリアフリー整備ガ 本のバス事業,2012年7月 6) 山崎治,乗合バス路線維持のための方策 -国の補助制 イドライン 車両等編,2013年6月 度を中心とした課題-,レファレンス,2008年9月, 4) 国家公安委員会,総務省,国土交通省 告示第1号,移 国立国会図書館 調査及び立法考査局 動等円滑化の促進に関する基本方針,平成23年3月31 日 改正 JARI Research Journal - 6 - (2013.10)