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妊婦に発症した Streptococcus milleri による急性膿胸の 1 例
日呼吸会誌 ●症 37(1) ,1999. 41 例 妊婦に発症した Streptococcus milleri による急性膿胸の 1 例 治1) 松野 安部 康治1) 坂田 恵子1) 津田 富康1) 田中 康一2) 要旨:症例は喫煙歴のある 40 歳女性.1996 年 11 月下旬,発熱と左季肋部から側胸部の疼痛で発症.胸部 X 線写真上左胸水を認め,胸水穿刺にて膿胸と診断した.胸水の培養では streptococcus intermedius が検 出された.抗生剤投与と左胸腔開窓術の併用により治癒し退院となった.退院後妊娠初期であったことが判 明したため,本例の膿胸発症には,喫煙と妊娠とが関与した可能性が示唆された. キーワード:急性膿胸,ストレプトコッカスミレリグループ,喫煙,リンパ球芽球化反応試験,妊娠 Acute empyema,Streptococcus milleri group,Smoking,Lymphocyte proliferation assay test,Pregnancy はじめに streptococcus milleri group (以下 S. milleri と略す) は, 近年膿胸の起炎菌として注目されている1).また,妊婦 現れたため,12 月 7 日(13 病日)初診医を受診し胸部 X 線写真を撮影したところ左胸水が確認された.胸腔穿 刺を施行され,その結果膿性胸水を認めたたため,12 月 10 日当科に紹介入院となった. は胎児を異物として排除しない為に,様々な免疫機構の 入院時現症:身長 155 cm,体重 40 kg,体温 38.9℃, 変調を来すことが知られているが2)∼4),膿胸を合併する 血圧 116 50 mmHg,脈拍 120 分,呼吸数 25 分,貧血, ことは稀である4).今回我々は,妊婦に生じた S. milleri 黄疸なし.口腔は右第 2 臼歯に齲歯を認めた.表在リン による急性膿胸の一例を経験したので報告する. パ節;左顎下に 1 個,右鼠径部に 2 個,左鼠径部に 1 個 症 例 症例:40 歳,女性. 主訴:左側胸部痛,発熱,全身倦怠感. の小豆大のリンパ節を触れる.心音は清,呼吸音は左下 肺野において減弱していた.腹部では肝を 2 横指触れた. 四肢の浮腫は認めなかった. 入院時検査所見(Table 1) :白血球と血小板の増加と, 家族歴:父が肺結核にて死亡. 血沈,CRP の著明な上昇を認めた.また TTT の上昇と 既往歴:15 歳虫垂切除術.25 歳子宮内膜症,36 歳右 胆道系酵素の上昇を認めた.免疫学的検査では免疫グロ 卵巣腫瘍にて手術. 生活歴:喫煙歴は 10 本×20 年,アルコール歴は機会 飲酒. ブリン,補体の上昇を認めた.細胞性免疫の検査では, リンパ球芽球化試験が低値であった(PHA+16,411,ConA+12,002) .胸水穿刺は,左前胸部及び背部より施行し 職業歴:食堂給仕. た.前者より採取したものは悪臭を伴う膿性胸水が得ら 現病歴:1996 年 11 月 26 日何の前駆症状もなく高熱, れ,後者より施行したものは漿液性胸水であった.膿性 左季肋部痛及び左側胸部痛が出現した.翌日近医を受診 胸水を好気及び嫌気性培養したところ,嫌気性培養にて し,胸部単純 X 線写真,腹部単純 X 線写真,胸部 CT Streptococcus 検査を受けたが異常は指摘されず,投薬等の処置もうけ 胸水中の TP が,0.85 g と著しく低値であったが,その なかった.3 日後高熱及び胸痛が持続する為他病院を受 他の所見は明らかな浸出性の所見であった. intermedius が検出された.また前者の 診し,胸部 X 線写真,腹部 CT 検査を受けたが異常は 画像所見;胸部 X 線写真では,左上肺野は均一に濃 指摘されなかった.11 月 30 日(4 病日)より左側胸部 度上昇が見られたが,肺血管影は透見できたことより, 痛が増悪し,呼吸困難も自覚したため,初診医を再び受 肺実質以外の病変を示唆していた.また左下肺野には鏡 診したが経過観察とされた.12 月始めより咳,喀痰が 面像を伴う胸水貯留が認められた(Fig. 1) .しかしこの 〒879―5593 大分県挾間町医大ケ丘 1―1 1) 大分医科大学第 3 内科 2) 同 第 2 外科 (受付日平成 9 年 11 月 25 日) free-air は,胸水培養にてガス産生菌が認められなかっ たことから,前医の胸腔穿刺によって生じたものと考え られた.胸部造影 CT では,左側胸腔内に胸水を伴う多 房性の嚢胞性病変を認めた.また造影 CT にて壁側及び 42 日呼吸会誌 37(1),1999. Table 1 Laboratory findings Peripheral blood WBC 13,210 /mm3 Neut 92.8 % Lymph 3.9 % Eo 0.1 % Mono 3.3 % Baso 3.3 % RBC 301 × 104 /mm3 Hb 10.4 g/dl Ht 30.1 % PLT 54.2 × 104 /mm3 Blood chemistry TP 7.34 g/dl ALB 3.65 g/dl TTT 10.1 KU T-Bil 0.72 mg/dl GOT (AST) 35.4 IU/L GPT (ALT) 16.2 IU/L ALP 331 IU/L LAP 76 IU/L γ-GTP 48.6 IU/L LDH 386 IU/L CK 53 IU/L BUN 13.6 mg/dl Cr 0.65 mg/dl BS 81 mg/dl Sputum culture α-Streptococcus 107 < Neisseria species 107 < γ-treptococcus 107 Swab tube culture of caries cavity negative Swab tube culture of pharynx negative Bloob culture negative Serum immunology ESR 105 /hr CRP 46.34 mg/dl RA test (−) ANA <× 20 IgG 2,030 mg/dl IgA 527.1 mg/dl IgM 191.0 mg/dl C3 128 mg/dl C4 46.5 mg/dl CH50 52.7 U/ml Endotoxin (−) Pleural effusion TP 0.85 g/dl LDH 167,85 IU/L Specific gravity 1.025 pH 7.0 Amy 38 U/L T-cho 10.0 mg/dl Sugar 10 mg/dl CEA 0.5 ng/dl Culture Streptococcus intermedius Cellular immunity PPD test negative Peripheral blood lymphocyte subsets Tcell 86% (CD4/8 1.32) Bcell 10% Lymphocyte prolferative assay test PHA test control 145 cpm(70―700) PHA+ 16,411 cpm (26 − 53 × 103) Con-A test control 145 cpm (70―700) Con-A + 12,002 cpm (20 − 48 × 103) 臓側胸膜の造影効果が認められ,その嚢胞腔内に鏡面像 Fig. 1 Chest radiograph reveals increase in density over the upper left lung field and air-fluid level in lower left lung field. Fig. 2 Computed tomograpm with enhanced contrast shows cysts with septal wall, enhanced visceral and parietal pleura, and air-fluid level in the left pleural space. も見られた(Fig. 2) . 入院後経過;入院後左側胸腔穿刺を施行し,直ちにト 窓術を行った.術中に,左下葉に小指頭大の膿瘍が指摘 ロッカーカテーテルの挿入を試みたが,胸壁を穿通でき され,この部位より炎症が波及し膿胸となったものと思 ず挿入出来なかった.当初はドレナージせず,抗生剤 われた.その後の経過は順調で,約 1 カ月後に退院となっ (imipenem cilastatin,clindamicyn)の全身投与で治療を た.退院後少量の不正出血が 2 週間の間隔で見られたた 行った.また,治療に並行して急性膿胸の感染源検索を め,当院産婦人科を受診させ,妊娠 6 週であることが判 おこなったが,明らかな他臓器における感染源は見つか 明した.1 月 29 日人工流産が施行され,当科退院 2 カ らなかった.しかし,右第 2 臼歯齲歯は,当院歯科口腔 月後再度リンパ球芽球化試験を行ったところ,正常化し 外科より,膿瘍形成はないが感染源に成りうるとの診断 ていた(PHA+30,230,Con-A+32,294). を受けた.入院 2 日後に下熱し,炎症反応も低下したが, 胸水の減少は認められなかった.胸水の被胞化や器質化 による肺機能障害の予防のため,12 月 12 日に左胸腔開 考 察 S. milleri は,口腔内常在細菌であり以前は病原性は 妊婦に発症した急性膿胸の 1 例 無いと考えられていた.しかし,近年肺炎や膿胸などの 1) 5) 43 T 細胞数減少等である. 重要な起炎菌として注目されている .Hocken らによ 本例では,リンパ球芽球化試験が低値であった.人工 れば,膿胸において,S. milleri の起炎菌としての検出 流産後,正常に回復したことから妊娠初期のリンパ球機 頻度は,24% で最も多く,臨床的に重要であると報告 能異常は妊娠が原因であったと推測される.Ellis ら8)に している5).また,現在,S. milleri は,S. anginosus,S. よると,ヘルパー T 細胞数の低下やリンパ球芽球化能 constellatus,S. intermedius の 3 種に分類されている. の低下する HIV 感染者では好中球機能障害が認められ, 6) 山根ら は,これらの細菌により引き起こされる膿胸に これが易感染性に繋がると報告している.この様に,細 おいて,今回検出された S. intermedius は,14.3%(14 胞性免疫異常が好中球機能障害に関与する可能性が示唆 例中 2 例)であると報告しており,S. intermedius によ されている.本例においてもリンパ球機能異常が好中球 る膿胸は,決して少ない頻度ではなく,重要な起炎菌と の機能障害を引き起こし膿胸発症に関与している可能性 して考えられている. も考えられた.以上より我々は,本症例の膿胸発症には, 膿胸発症の原因として,(1)誤嚥,(2)外傷または手 喫煙と妊娠が関与していた可能性を推測している. 術,(3)胸膜直下の肺膿瘍からの波及,(4)血行性感染 治療としては,抗生剤(penicilin 等)と胸腔ドレナー の 4 つが考えられるが5),今回の症例は,手術時に確認 ジの併用が有効とされる1)が,本例も抗生剤と胸腔開窓 された左下葉の肺膿瘍から波及したものと考えられた. 術及び胸腔ドレナージにて治癒した. しかし,喀痰及び口腔内(齲歯部,咽頭部)細菌の検索 文 では,S. milleri は検出されず,肺化膿症を引き起こし た細菌の由来は特定できなかった. 膿胸患者では何らかの基礎疾患が関係している可能性 が指摘されているが,本例では明らかな基礎疾患は認め 5) なかった .しかし,入院時に妊娠 4 週目であることが 判明し,妊娠が膿胸の発症に関与していた可能性は否定 出来ない.Rigby ら3)によると,近年欧米では,妊婦の 肺炎の頻度が増加しており,その誘因として,慢性呼吸 器疾患,免疫不全,薬物乱用,喫煙,心疾患,免疫抑制 剤,貧血や HIV 感染等が考えられると報告している. また Ritchy7)らによると,妊婦に肺炎を生じる頻度は 0.12% で,71 例を報告している.起炎菌が判明した例 は 19 例 あ り,streptococcus pneumoniae,varicella- zoster が各々 5 例と一番多い.症例の大部分は基礎疾患 献 1)新 里 敬,上 間 一,稲 留 潤,他:膿 胸 23 例 の 臨床的・細菌学的検討,特に口腔内常在菌の重要性 に関する検討.日胸疾会誌 1993 ; 31 : 486―491. 2)Lederman M : Cell-mediated immunity and pregnancy. Chest 1984 ; 86 ; 6 s―9 s. 3)Rigby FB, Pastorek JG : Pneumonia during pregnancy. Clin Obstet Gynecol 1996 ; 39 ; 107―109. 4)Mardinger NE, Greenspoon JS, Eilrodt AG : Pneumonia during pregnancy : has modern technology improved maternal and fetal outcome? Am J Obstet Gynecol 1989 ; 161 ; 657―662. 5)Hocken DB, Dussek JE : Streptococcus milleri as a cause of pleural empyema. Thorax 1985 ; 40 : 626― 628. を認めており,25 例に喫煙歴(10 本 日以上) があった. 6)山根誠久,永田邦昭,宮川静代,他:“Streptococcus 喫煙歴を有する群は明らかに,肺炎が重症化する傾向が milleri” 群に属する臨床分離株の比較同定試験―蛍 見られている.この様に妊娠中の喫煙は,肺炎の危険因 光基質を用いた参照同定法との比較―.臨床と微生 子となり,また肺炎重症化に関与すると考えられている. 物 1995 ; 22 : 715―725. 本症例においても,喫煙が発症に関係していた可能性を 否定出来ない. また一方,妊婦は胎児を異物として排除しないために, 様々な免疫学的変調をきたすことが知られている.特に 細胞性免疫に変化が見られるが,それはリンパ球芽球化 試験低値,ナチュラルキラー細胞活性の低下,ヘルパー 7)Richey SD, Roberts SW, Ramin KD, et al : Pneumonia complicating pregnancy. Obstet Gynecol 1994 ; 84 ; 525―528. 8)Ellis M, Gupta S, Galant S, et al : Impaired neutrophil function in patients with AIDS or AIDS-related complex : a comprehensive evaluation. J Infect Dis 1988 ; 158 ; 1268―1272. 44 日呼吸会誌 37(1),1999. Abstract Acute Empyema Caused by Streptococcus milleri in Early Pregnancy Osamu Matsuno1), Yasuharu Abe1), Keiko Sakata1), Tomiyasu Tsuda1)and Kouichi Tanaka2) 1) Third Department of Internal Medicine 2) Second Department of Surgery, Oita Medical Univesity, Idaigaoka 1―1, Hasama-machi, Oita, Japan A 40-year-old woman was admitted to our department complaining of left lateral chest pain and fever. She smoked 10 cigarettes per day. Chest radiographs revealed increased density in the upper left lung field and airfluid level in the lower left lung field. Adiagnosis of acute empyema was made, because pus was aspirated by thoracentesis. Streptococcus intermedius (Streptococcus milleri group) was isolated from samples of pleural effusion. The patient was successfully treated with a combination of antibiotics and surgical drainage. It became clear after discharge that she was in her 6 th week of pregnancy. Laboratory findings showed decreased lymphocyte transformation in the PHA and Con-A tests. We reasoned, therefore, that smoking and decreased cellular immunity due to pregnancy might be causes of bacterial infections such as empyema.