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株式会社の一考察 ― アジア法との比較 ―

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株式会社の一考察 ― アジア法との比較 ―
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Title
株式会社の一考察 ― アジア法との比較 ―
Author(s)
志津田, 氏治
Citation
研究年報, (21), pp.29-39; 1980
Issue Date
1980-12-20
URL
http://hdl.handle.net/10069/26453
Right
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29
株式会社の一考察
株式会社の一考察
一アジア法との比較一
志、
一 総
津
田
氏
治
説
わが国では,実定商法上の会社の法律的な意義を定めた規定はあるが(商53条・54条1
項),しかし,その一類型である株式会社については別段の定義をおいていない。通常株
式会社とは,社員たる株主の出資による資本団体であって,株主の地位は細分化された均
等の割合的単位の株式の形式をとり,かつ株主はその有する株式の引受価額を限度として,
会社に対する出資義務を負うだけで,会社債権者に対してはなんらの責任を負わない(間
接有限責任)会社であるとされている。この点で,東南アジア諸国の会社法のなかでは明
確な概念定義を置いている国もある。たとえば,タイ会社法では「株式会社は等しい株式
に分割された資本をもって設立され,株主の責任はそれぞれ各人保有の株式につき未払込
額がある場合はその金額に限られる種類の会社である」(1096条)としたり,また台湾の
会社法でも「株式会社(管守有限公司)とは,7人今人の株主によって組織され,全部の
資本を株主に分け,株主がその引受株式について,会社に対してその責任を負う会社であ
る」(2条4項)であると明文を置いている。いずれにせよ株式会社は株主の個性がきわめ
て稀薄であり,その出資を基礎とする一定額の資本が会社債権者に対する唯一の担保であ
る意味で,物的会社(資本会社)の典型である。以上のように株式会社は,①流通証券化
された株式制度,②株式の有限責任の原則,③資本原則の重視などに最もよくその特色が
あらわれている。また,株式会社は営利社団法人であるが,近時所有と経営の分離,株主
の債権者化の著しい現象に着目して,株式会社の本質を他の種類の会社と同じように社員
の結合体と認めることが次第に非現実的となり,営利財団あるいは中間法人ということが
指摘されるにいたっている。しかし現在のわが国の実定法の枠づけのもとでは,これを肯
定することは困難であると解するのが多数説である。
(1)株式 株式会社では,社員(株主)の地位が細分化された割合的単位としての株式
で表現される。このように社員の地位を細分化し単位化することは,もっぱら技術的な配
慮による。すなわち,これによって複雑な利害関係の簡明な処理と地位の円滑な譲渡が可
能となり,地位を証券化して流通させる基礎が与えられることになる。株式会社の資本は
株式を基礎として形成されているが,その資本は必ずしも株式の総和であるとはいえな
い。
30
授権資本制度を採用し,かつ無額面株式を認める立法例(英米法系・昭和25年のわが国改
正法)のもとでは,資本の増減が株式数と無関係に生ずる場合もあるからである(商293
条ノ3・212条1項)。しかし,このような資本と株式との関係の切断は,むしろ例外的な
現象であり,資本の本来的な姿は発行済株式の発行価額の総和(額面株式の額面超過額お
よび無額面株式の払込剰余金を除く)であり(商284条ノ2),株式が資本形成の基礎を
なしていることを妨げるものではない。東南アジア諸国の会社法でも,とくに韓国の会社
法によれば,株式会社の資本は株式に分割され(商329条),発行済株式の株金総合計が
資本となることを定めている(商451条)。また台湾の会社法も,株式会社の資本は,株式
(州府)に分割され,各株式の金額は均等であり,しかも定款に定めがあれば,特別種類
の株式を発行することができるものとしている(156条1項)。
② 株主の有限責任 株主は会社に対しその有する株式の引受価額を限度として出資義
務を負うにとどまり,それ以外に社員としてはなんらの義務を負担しない(商200条1項。)
これを株主有限責任の原則という。韓国会社法でも株主の有限責任を宣明にしている(商
331条)。したがって株主の責任は,引受価額を限度とする払込義務のみであるといえる。
台湾会社法でも同じく,株主(股下)の会社に対する責任は,その株主の金額を払い込むこ
とを限度とする有限責任制を明示する(154条1項)。したがって,株主は,会社債権者に
対しては直接なんらの関係をも生じない。この点で株主の有限責任は,合資会社の有限
責任社員の有限責任と異なる。すなわち後者は,社員の会社債権者に対する直接の弁済責
任(直接責任)が一定額を限度とする意味の有限責任(商157条1項)であるのに対して,
前者は会社に対する有限の出資義務のことであり,会社債権者に対する直接の弁済責任
を含むものではない。会社債権者に対する直接の弁済責任を責任といえば,株主は無責任
ということになろう。ただ株主は会社を通じで会社債権者に対して間接責任を負っている
ということにすぎない(間接有限責任)。大資本の糾合という株式会社本来の機能も,この
原則によって遺憾なく発揮されうるために,この原則は株式会社の最も基本的な特質をな
すものである。ゆえに定款の規定または株主総会の決議をもってしても,株主に追加出資
義務を課することができないばかりではなく,その他いかなる種類の社員的義務(株主総
会出席の義務,取締役就任の義務など)も強制することはできない。
(3)資本 株主は有限の出資義務を負うだけであるから,会社債権者に対する担保とな
るのは,会社財産だけである。したがって,会社財産を確保することは会社債権者に対す
る至上命題である。ここでいう資本とは,会社に確保すべき財産の最小限度を示す計算上
の数額であり,現実に変動する会社財産と別個の観念である。資本額は法定基準によって
構成され(商284条ノ2),登記および貸借対照表に公示される(商188条2項6号・283
条2項)。資本の有する会社財産確保の機能は,つぎの資本に関する三原則に具体化されて
いる。
株式会社の一考察 31
(a)株式会社にあっては,つねに資本額に相当する現実の財産(純財産)を保持しなけれ
ばならないとする原則がある。これを「資本充実(維持)の原則」という。この原則には
資本充実と資本維持とを区別して取り扱う見解もあるが,一般的には同一のものと考え
られている。発起人・取締役の資本充実責任(商192条・280条ノ13),株式の額面以下
発行の禁止(商202条3項),利益配当の制限(商290条1項)などは,いずれもこの原則
の具体的なあらわれである。台湾会社法でも,発起人の資本充実の責任(商148条),株式の
発行価額が,額面未満であってはならないこと(商140条),利益配当にさいしては,剰
余金から利益準備金を控除した後でなければ,行うことができない(商232条)。利益準備
金は,毎決算期の利益の10分の1以上を,資本金に達するまで積み立てることを要する(
商237条)。また,タイ会社法も,株式は全額金銭をもって払込むこと(1119条),株式の
払込みについては,会社との相殺を禁止している(1119条)。なお,この点でとくに注目に
値するのは,インドネシアの会社法であろう。そこでは「会社の損失が資本の75パーセン
トに達したことを取締役が知りまたは知りうべかりしときは,以後第三者に対して行った
行為について,各取締役が各自,個人として全責任を負う」(47条3項)と明示し,第三
者保護のために,取締役に厳格責任を課していることである。
(b)いったん確定された資本額は任意に変更(減少)することを許さないとする原則があ
る。これを「資本不変の原則」という。(a)の原則が,実質的な会社財産の面から債権者の
保護をはかろうとしているのに対して,これは形式的な資本額の面からの減少を防止する
ことによって債権者を保護しようとするものである。そこで資本を減少するには一定の厳
重な手続,つまり株主総会の特別決議や会社債権者保護手続をとらなければならない(375
条以下)。ただし資本の増加については,昭和25年の改正法以来この原則を採用していない。
タイの会社法でも,株主総会の特別決議で株式の額面を引き下げるかまたは株式数を減じ
て資本減少を行うことができる(1224条)。ただし,資本金を4分の1未満に減少させるよ
うな資本減少は禁止されている(1225条)。また資本減少にさいしては,減資の公告,知れ
たる債権者に対する通知,異議申立の制度を置くことによって,債権者の保護をはかって
いる(1226条)。
(c)これは会社の設立または資本の増加にさいして,資本総額が定款で確定されるととも
に,かつその資本総額にあたる株式の引受けが確定しなければならないとする原則がある。
これを「資本確定の原則」という。総額引受主義ともいうが,この主義の狙いは無責任な
設立または増資の企画を防止しようとするものである。従来わが商法は,この原則を採用
していたが,昭和25年の改正で著しく緩和された。すなわち資本は定款に確定されないこ
とになり,定款に記載される「会社が発行する株式総数」(商166条1項3号)について
も,その全部を設立に際して発行する必要はないが,少なくともその4分の1にあたる「
会社の設立に際して発行する株式総数」(商166条1項6号)を定款に記載し,かつその
全部について引受けが確定しなければならないことになったのである。この原則は,設立
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の段階においては授権資本(authorized capital)制度のもとでその趣旨が充分発揮され
ているが,設立後の新株発行のさいには資金調達の便宜上,引受けが発行予定株式数の全部
に達しないときにも,その引受けおよび払込のあった部分のみで新株発行の効力が生ずる
ものとし,この原則を放棄している。
ところで一方,韓国においても,日本法と同じように,英米法にならい授権資本制度を
導入している。それによれば,会社定款には,会社が発行する株式総数(授権株式数)を
記載することを要求されているが(商28条1項3号),わが国の場合には,授権株式数の
4分の1以上を,設立のさいに発行しなければならないのに対して,韓国においては,授
権株式数の2分の1以上を,設立のさいに発行しなければならない点に,相違があること
を注目すべきであろう(商289条2項)。したがって,定款に記載された授権株式総数は,
発行済株式総数の二倍以内であることを要する(商437条)。
株式会社は近代的な企業経営に最も適した企業形態である。すなわち持分である株式は
証券化されて取引市場の対象となり,株主はこの取引市場を通じて自由に投下資本を回収
できるために,公衆の各階層から零細な遊資を吸収して巨大資本を形成することが可能と
なる(資本の集中)。このことは同時に企業経営にともなう危険を多数人に分散するのに役
立つことになる(危険の分散)。また,株式会社にあっては,人的会社と異なり,株主の個
性から独立した資本団体として永続性をもつのである(永続性)。修業法により保険・銀行
・信託等の事業形態を株式会社に限定しているのも,このような事情による(保険3条,
銀行3条,信託2条)。また,多数の株主が散在し,企業の所有と経営が分離する結果とし
て,企業者株主は比較的少ない株式で企業の支配が可能となり,コンツェルン・トラスト
の形成に重要な基礎を与えている。そのほかに従業員なり一般消費者にとっても,株式会
社への依存度は著しいものがある。このような観点からすれば,株式会社は大規模化すれ
ばするほど公共性(社会性)を帯びつつあるといわなければならない。しかし,反面に少
数の大株主,取締役の専横と経営の放漫,一般の投機思惑の激化あるいはそれに乗ずる泡
沫会社の濫設などの悪弊があることも指摘されなければならない。
以上のように株式会社は本来大企業に適合した企業形態であるが,それだけに利害関係
者も多数にのぼらざるをえない。経営者,株主,会社債権者,従業員および消費者はそれ
ぞれ利害を異にするだけではなく,企業者株主と投資株主・投機株主,優先株主,後配株
主と普通株主,大口債権者と小口債権者というように多数の利益群の利害が鋭く対立して
いる。そこで株式会社制度にともなう諸種の病弊を防止し,これら多数の利益群の利益を
調整することが,株式会社法の最大の任務となる。東南アジア諸国の会社法でも,そのこ
とは同様である。そこでその具体的な対策として,つぎのような諸法理が考慮されている。
(a)物的会社である株式会社に関する規定は一般に強行法規である(強行法規性)。対外関
係はもちろん,対内関係でも原則として強行法規が多く,定款または株主総会の決議をも
ってしても,任意に変更することを認めない。これは取締役や大株主の専横に対する歯ど
株式会社の一考察 33
めのためにも,また利己的な株主から会社債権者や消費者の利益を保護するためにほかな
らない。資本原則も株主平等の原則もこの意味で理解することができる。
(b)株式会社では,株主・会社債権者等の利害関係者が広範囲に及んでいるために,会社
の財産状態その他重要事項を知悉させる必要が大きい(公示主義・開示主義)。このために
株式会社の登記事項が詳細であること(商188条),定款で公示の方法を定め,かっこれ
を登記すること(商166条1項9号・188条2項),貸借対照表の公告(商283条2項),
少数株主の帳簿閲覧権(商293条ノ6・293条ノ7)等を定め,公示主義の徹底がはから
れている。
(c)株式会社のもつ社会公共性にかんがみて,現代の株式会社法は国家機関とくに裁判所
による広範な関与を認めている(国家機関の関与)。裁判所による検査役の選任(商173
条),株主総会招集に関する裁判所の許可(商237条2項)をはじめ整理・特別清算の手
続などにあらわれている。近時のように株式会社運営の適否が,社会公共の利害に及ぼす
影響が大きくなればなるほどこの要請もますます強化されていく傾向にある。
※ この点で,タイの会社法では,アジア経済研究所より興味深い研究の成果(1970年発刊)が発表さ
れている。その一部を引用してみよう。「株式会社は,資本団体としての永続性,定型的な運営の便
宜,資本調達上の便宜,投下資本の回収の便宜(株式の譲渡)などの面で大規模な資本投下を必要と
する起業に適した企業形態として,タイで広く用いられ,外国人投資家にとって特に親しみやすいも
のであろう。タイ法に基づく株式会社は,近代の諸株式会社立法例に見られる株式会社の基本的な特
性をすべて具えている。すなわち,社団法人性を持ち,杜員の責任はすべて有限責任であり,社員の
地位が均等の割合単位である株式に表象され細分化している点である。このような基本的性格を前提
としつつ,タイの株式会社法の特徴を概括すると,近代の株式会社制度の発達に伴って露呈し来たっ
た種々の病理的な現象についてかなり楽観的な立法であり,強行法的規制,国家機関による監督の度
合が,どちらかといえば緩やかであることが指摘されよう。具体的には,資本充実の原則が徹底して
いないこと(設立に関し現物出資等変態設立事項について公的監督がほとんどないこと,株金払込み
取扱機関の限定あるいは現物出資履行時期の確定など払込みの確実性のための規制がないこと,計算
規定が不備であること等),経営に関しては株主総会中心の自治主義であり,株主による経営参加の
限界の認識に基づく取締役会の権限の拡大と,これに伴う責任の強化,株主による監督作用(取締役
解任請求権,代表訴訟,差止請求権,帳簿の閲覧等)の分権化が行なわれていないこと,少数株主の
利益保護(累積投票請求権,合併反対株主の買取請求権等)の配慮が比較的薄いことなどが挙げられ
る。さらには,会社の資金調達の便宜についての配慮が充分でないこと(授権資本制度がなく,増資
は特別決議による新株発行に限られること,社債の発行は特別決議によること,転換株式,転換社債
償還株式などの制度がないこと等)も問題点である」(谷川久監修「アジア諸国の会社法」134頁一
135頁引用)。以上の諸点からみても,いかにタイの会社法が,東南アジア諸国の会社法のなかで,立
法上の不備をもち,かつ後進性を有しているかを理解することができよう。
34
二 各
説
1.定款の目的条項
定款は,会社の根本的な組織と運営に関する規則であって,会社の憲法とも称すべきも
のである。従って株式会社の設立にあたって最も主要な手続は,この定款の作成である。
インド・フィリピンにおいては,わが国と異り基本定款と付属定款の複式構成をとってい
る。インドでは前者をmemorandum of association後者をarticles of associationといい,
フィリピンでは前者を,articles of incorporation後者をby−1awsと称している。まず基
本定款は会社の外部に対する関係における権能の範囲を規定するものである。換言すると
会社と取引を行なう第三者に対して,会社の営業活動の範囲,資本の平ならびに会社の所
属国その他の事項を知らせることのできるものである。これに対して付属定款は基本定款
の補足的説明と,会社の内部における株主との関係および経営に関する事項を定めるので
ある。ところで,インドにおける基本定款の法定記載事項としては,(1)会社の名称,②本
店の所在地,(3)会社の目的,(4)社員の責任の制限(有限責任),(5)会社の資本の5項目と
なっているが,これらとともに,ざらに,その下にassociation clauseとして,株式の引
受人による会社設立の宣言を記載しなければならないことになっている。フィリピンでも
多少の相違はあるが,記載すべき法定記載事項の範囲は,インドの場合とほとんど変りが
ない。すなわち(1)会社の名称,(2)存統期間,(3)本店所在地,(4)発起人の氏名および住所,
(5)取締役の員数・氏名および住所,(6)株式資本の額および発行する株式の総数,(7)引受済
み株式資本の額などを記載すべきことになっている。インドの株式会社は,公序良俗に反
しない営業であるならば,どのような営業をも会社の目的とすることができる。それは営
利を目的とする事業に限られることなく,広く宗教的,学術的,文化的,慈善的,福利厚
生的,医療的な事業を非営利目的をもって行うものでも,株式会社として設立することが
できる。もちろん,この基本定款に記載してある目的条項(objects clause)は,二つの
意義を有するものである。一つは,会社がそれ自身固有の活動範囲を有しているというこ
とである。二つは会社がその活動範囲を超えて行動することは,会社の権限外(ultra
vires)の行為とみなされ,違法であり禁止されているということである。このように基
本定款に目的条項の記載を要求するのは,会社の資本がいかなる種類の営業に使用される
かを社員に知らしめるためであり(取引の静的安全保護),また会社はどのような能力を
有するかを,会社と取引する者に知らせるためである(取引の動的安全保護)。このことか
らも,定款の目的条項は会社法上実に重要な地位を占めるものであるが,とくにその解釈
にさいしては甚だ問題とされるところが多い。けだし,いくつかの目的条項をあげたのち
それに続いて付随するもの(incidenta1)という文句を挿入しているからである。しかし,
インドの会社法は,日本法と違って,目的内の行為について厳格に解釈する立場をとって
いる。従って,附随的な文書がたとえ,付してあっても,なんら目的の範囲を拡大するも
株式会社の一考察 35
めと解釈してはならないとする。一方,フィリピンの会社法でも,アメリカ法の流れを汲
んでいるとはいえ,・日本法よりも目的条項の範囲は,きびしく解されていることを注目す
べきであろう。
※ 定款は会社と社員および社員相互間の契約であると理解されている。Gower, The Principles of
Modern Company Law,2nd.1949. p.252. Palmer’s Company Law,撃20th ed.1955. p.55.
定款をconstitution of companyとしてとらえる。また韓国会社法では,定款の目的条項を日本法と同
様に広く弾力的にゆるやかに解釈していることを注意すべきであろう。
2.発起人の責任
インド・オーストラリア・マレーシアなどは,会社の設立を計画し,必要な手続をとっ
てこれを設立せしめ,株式公募の場合に発行する目論見書(prospectus)に署名し,設立
に関し一定の責任を負うものを発起人(promoter)という。もとより,この発起人の意
義については会社法上,明確な定義があるわけではない。ただ判例なり学説の上でそのよ
うに確認されているに過ぎない。およそ公募会社の場合には,その設立の場合に,少なくと
も7人の構成員を必要とし,各自が最低一株の引受をしなければならない。設立にさいし
て,このような株式の引受をなすものを設立者(founder)といい, promoterとfounder
とは,現実的には同一人であるにせよ,法律上の立場は異るものであることを注意しなけ
ればならない。発起人は会社創設の中心人物であり,つぎのような行為をおこなう。すな
わち発起人は,社名を選び,会社登記官吏がこれを承認するかどうかを確認し,会社の基
本定款および付属定款を作成することはもちろん会社の設立登記手続をなすのである。ま
た株式募集の目論見書を発行したり,開業準備行為をするなど,会社の設立に必要な一切
の処理をおこなうのである。発起人の資格については別段の制限がない。発起人と設
立せられる会社との関係は,代理人ではなく,信託関係(fiduciary relationship)であ
ると解されている。そこで発起人は,会社の設立事務を推進させるさいに,誠実にそ
の任務を遂行する義務を負わなければならない。かくて発起人は,利益の開示義務(
duty of disclosure)を負担しているものであるから,発起人は,発起事務より生じ
た利益を,取締役会に開示するか,株式引受人に対して目論見書によって開示する義
務がある。もしも発起人が会社の設立にあたり,その地位を利用して,会社に損害
を加えたときには,発起人は解釈上の受託者としての取り扱いをうけることになり,連帯
責任を負わなければならない。また会社が解散した場合にも,もし会社が債務超過の状態
にあるならば,清算人は発起人に対して,簡易手続の方法で損害の賠償を請求できる。さ
らに,発起人は,目論見書に不実または曖昧な記載をすることによって,株式引受人に損
害を加えたるときは,その加えた損害を賠償しなければならない。もちろん,そのような
場合でも,発起人が目論見書の信用性を立証した場合には,その責任を免れることができ
るものとする。
※ 小松谷操三「イギリス会社法概説」36頁,発起人の意義を定めなかったのは,立法者の深い注意に
36
よるものであるといわれる。米沢明「株式会社発起人の法律的概念について一英米会社法に関連し
て」(法と政治一の巻三号)505頁以下,Gower, p.257.台湾会社法では,設立に7人以上の発起
人を要求する(128条1項)。韓国会社法でも同様である(288条)。しかも発起人の概念を,定款の
署名者という形式的な面で,とらえている。
3.取 締 役
会社は,自然人のように,それ自身で企業活動を営むことができない。従って会社は,
取締役(director)と称する一定の権限を有する代理人(agent)によって,企業活動を
営まなければならない。この点で,インド・マレーシアなどのイギリス法系のもとでは,
大陸法系のように機関の観念が認められないために,取締役を代理人として把握している
ところに特色がある。また取締役は,たんに会社の代理人であるというだけではなく,あ
る意味において,会社に対して信託者(trustee)的な地位にあるから,公正にかつ相当の
注意(fair and reasonable diligence)をもって,誠実に会社の利益をはかるべき義務を負
うものである。取締役の選任については,二つの場合が考えられる。一つは,最初の取締
役の選任であるが,付属定款に取締役となる者の氏名を記載してあるのが通常である。他
は,それ以後の取締役の選任であるが,株主総会でなされる。数人の取締役を選任するよ
うなときは,各別の決議でなされることを要し,一括選任の決議はなしえない。もっとも
株主全員が賛成した場合はこの限りではない。なお,イギリス法系の会社法の特色として,
指摘しなければならないことは,取締役の選任を株主だけに限定しないで,付属定款の規
定によって,会社の外部の第三者(たとえば,会社に貸付をなしている銀行などの金融機
関)にも,その選任権を賦与していることであろう。ところで,三人以上の取締役が,株
式会社には要求されているが,ただ私会社だけは三人の取締役で足りる(インド会社法252
条)。通常会社は,付属定款で「3人以上7人以下」というように,法定の員数を下らない
範囲で,その最小限を枠づけると同時に,その最大限も定めている。なお,取締役の資格
(qualification)として,自然人であることを要求する(インド会社法253条)。ただし免責
をえない破産者,受刑者,心神耗弱者および老令者は,原則として取締役となる資格がな
いのである。なかでも,経営者の若さに大きな期待をかけるオーストラリアでは,72歳以
上の者を取締役不適格者として,定款に別段の定めがない限り,退陣を要求していること
は,目をひくものがある。また取締役の選任にあたっては,必ずしも株主である必要はな
く,ただ付属定款に定めがあるときは,所定の資格株(gualification shares)を所有しな
ければならない(インド会社法270条1項)。定款で資格株を要求しているのは,各取締役
に会社事業について密接な利害関係をもたせて,取締役の熱心な業務執行を狙ったものに
ほかならない。もしも資格株を有しない者が,取締役に選任された場合には,付属定款に
定めてある期間内に,またその定めがないときは,選任後2ヶ月以内に,所定の記名株式
を取得することを要求されている。右の期問内に,所定の株式を取得しないならば,取締
役はその地位を退かなければならないことになる(オーストラリア会社法116条)。つぎ
株式会社の一考察 37
に取締役の任期であるが,付属定款をもって任意に定めることが可能である。私会社では,
これを終身とするものもあるが,公募会社にあっては,一般的に5年もしくはそれ以内で
ある。設立のさいの取締役は,第1回の株主総会をもって全員退任することになる。その
後の取締役は,原則として一定の割合(全体の3分の1とするのが多い)つつ営業年度の
終りに退職する。これを取締役の順番退職(retirement by rotation)と称するが,もち
ろん,この場合にも再選を妨げるものではない。なお取締役が会社との間にいかなる特約
があろうと,株主総会は通常決議により,任期前に取締役の解任ができる旨を定めている
ことも注目を要する点であろう。そのほかに取締役は,辞任(resignation)あるいは資格
喪失の事由(取締役の職務と抵触する他の職務への就任,破産,心神喪失,資格株の喪失,
長期にわたる取締役会の欠席)などによってもその地位を失う場合がある。ではイギリス
法系の会社法のもとで,取締役にはどのような義務が課されているだろうか。まず取締役
は,会社の利益のために善意(good faith)に行動する義務を負う。そのことから必然的
に生ずる現象であるが,会社の承諾がない限り,自己自身の保有する義務と,自己自身の
個人的利益とが抵触する地位においてはならないということである。つまり取締役の忠実
な行動を期待しているのである。そこで第一に,付属定款に明らかな規定がない限り,取
締役が会社と取引することは厳格に制限されていることである。このことで特殊な取り扱
いをしているものに,会社の取締役に対する金銭の貸付を禁止していることであろう。換
言すると,会社がその取締役にまたはその会社の特殊会社の取締役に,金銭の貸付をする
こと、およびこの者に金銭の貸付をなした第三者に対して,保証その他の担保を提供する
ことは原則として違法(unlawful)である(オーストラリア会社法125条)。つぎに第二の
問題として,代理人は本人の同意(consent)がなければ,正当に請求できる報酬のほか
は,代理に関連して,いかなる利益も取得しえないという法則が確立している。このこと
から代理人としての取締役は,その地位を利用して,会社の知らない隠れた利益(secret
profit)を得たならば,その利益の形式のいかんを問わず賄賂(bribe)とみなされる。ゆえ
に取締役は,会社の請求があれば,その取得した利益の価格を会社に引渡すべき責任を負
うのである。そこで第三の問題として,各会社の取締役は,隠れた利益を得たといわれな
いために,会社の締結する契約で,取締役が直接または間接に利害関係を有するものにつ
いて,その取締役が有する利益の性質を取締役会に開示しなければならない。これを利益
の開示(disclosure of interest)義務と称する。なお第四の問題として,取締役はその信
頼を濫用してはならないのであって,株式の思惑買をすることなどは固く禁じられている。
最後に信託上の原則からして,受託者はその地位に関係している限り,受益者と競業の関
係にたつことを厳重に禁止していることを注目すべきであろう。
※ 取締役の義務の態様はさまざまである。(1)普通法上の義務,(2)制定法上の義務(取締役は会社に対
し常に誠実に義務を履行しなければならない。オーストラリア会社法124条),(3)受託者としての義
務である。谷川久編「アジア諸国の会社法」351頁,小町谷操三「イ・ギリス会社法概説」268頁,イギ
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リスでは,会社財産の信託をうけた点に着目して,取締役は受託者であると解されている。またイギ
リスの判例で,取締役が株主全体のためにということは,取締役が会社のために,受託者的地位にお
いてということを意味する。Gower, p.471. Ballantine, On Corporation, p.156.高柳賢三「不在
株主の保護と受託者倫理」(法曹時報2巻1号)1頁以下。
4.株式資本
インド・マレーシアなどのイギリス法系の会社法では,株式資本が株式会社にとって,
その担保能力をはかる重要な指標となっている。そこで,設立のさいに作成する基本定款
に,その会社が登記申請する資本の金額および一定の金額の株式への分割を記載しなけれ
ばならないので,この株式資本(share capital)が法律でいう会社資本である。この資本
の額については法律上なんらの制限もない。ところで会社の設立にさいしては,この資本
の総額に対する株式を発行してこの全株式の引受を必要とするものではなく,また全額
の資本を調達する要もなく,最小7人の設立者が,各自一株の引受と払込とをすれば定ま
るのである。ゆえに会社設立のさいにおける資本はごく小額で足りる。この点に着目して
会社資本つまり株式資本は,名目資本(nominal capital)とも称されるのである。なお,
ここでいう資本は,設立にさいして登記されるものであるところがら,別名登記済資本
(registered capital)ともいわれ,設立のときに納付すべき手数料・課税の算出基準となっ
ている。また登記した資本の総額に達するまでは,取締役会が株主総会の決議を必要とし
ないで,株式を発行して資本を調達できる授権の限界を示すものであるから,これはさら
に授権資本(authorized capital)ともよばれる。わが国なり,アメリカの授権資本とは,
その性格を異にするものであることを看過することができない。株式資本つまり授権資本
のうちで,株式を発行した部分を発行済資本(issued capital)または引受資本(sub−
scribed capita1)という。この発行済資本のうちで,払込が終了している部分は,これを払
込済資本(paid−up capital)といい,一部門払込がなされただけで,未払込の部分があ
るときは,その未払込の部分を未払込資本(uncalled or unpaid capital)という。未払込
資本のうちで,株主総会の特別決議をもって,その全部または一部を,会社解散の場合も
しくは特別の事故の生じた場合のほかは,払込を徴収しないことを定めた部分を,留保資
本(reserve capital)と称するのである。この留保資本の払込徴収は,取締役会の権限外で
あって,もしもこれを徴収しようとする場合には,裁判所の許可をうけるか,あるいは会
社の解散の場合もしくは特別の事故が発生した場合に限定される。
※ 会社の株式資本は,普通株式資本(equity share capital)と優先株式資本(preference share
capital)に分かれる。インド会社法においては,株式は額面(nominal amount)によって発行され
るのが通例であるが,それ以外に額面超過発行(issue of shares at premium)があることは,わが
国と同じである。しかし,インド会社法では,日本法にない割引発行(issue of shares at discount)
が,一定の条件のもとに採用されていることは異色である。また台湾会社法では,株式会社の最低資
本金額が諸事情を考慮して中央政府が決定する(156条3項)。
株式会社の一考察
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三 お わ り に
以上アジア諸国における株式会社の法規制の仕組みについて,総説と各説(定款の目的
条項・発起人の責任・取締役・株式資本)とに分けて概略的な考察を試みてきたが,アジア
諸国の会社法(とくに株式会社)を研究することは,つぎの二つの点で大きな意義があるも
のと思う。まず第一には,アジア諸国の会社法の研究は,夙に谷川久編「アジア諸国の会社
法」(アジア経済研究所刊)でも指摘されているように。比較法的に興味深いということで
あろう。つまり,同じアジア諸国の会社法にしても,大陸法系(韓国・台湾・タイ・インド
ネシア)か英米法系(インド・オーストラリア・フィリピン)の流れを汲んで立法化されて
いるからである。従って,その継受法的な研究(母法と子法との諸関係の把握)は,今後
の重要な課題であるといえよう。それから第二の問題としては,東南アジア諸地域での,
日本企業の活発な行動であろう。現地法人をつくるにせよ,合弁会社組織を採用するにせ
よ,企業をめぐる諸紛争を未然に予防することは,経営法学の観点から必要なことであり,
そのためには現地の会社法を充分に調査・研究しておくことが何よりも緊要である。
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