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抗PD-1抗体によるがん治療の 基礎と臨床応用
抗PD-1抗体によるがん治療の 基礎と臨床応用 2013台日科学技術フォーラム トランスレーショナル医療とバイオ産業の発展 2013年 9月23日 静岡県公立大学法人 理事長 京都大学大学院医学研究科 客員教授 本庶 佑 話題 • PD-1分子の基礎 • PD-1とがんにおける基礎的な発見 • マウスからヒトへ、臨床応用と展望 PD‐1分子の基礎 免疫応答制御の原則 1. 免疫応答は抗原認識(イグニション)から始まる 2. 正の共刺激(アクセル)がないと十分な活性化 はない 3. 負の共刺激(ブレーキ)がないと暴走する 4. 免疫寛容状態(ブレーキ過剰)でいくらアクセル を入れても応答は起こらない 副シグナルがT細胞の運命を制御する 主シグナル (抗原特異的) T細胞 接着分子 抗原提示細胞 すべての細胞、 がんなど 副シグナル (抗原非特異的、 運命決定に関わる) CD28:増殖 活性化 CTLA‐4: 抑制 ICOS: 分化 PD-1:抑制(ブレーキ) PD-1/PD-1リガンド経路 樹状細胞 PD‐1リガンド (PD‐L1, PD‐L2) ・ 樹状細胞・心臓・肺・胎盤・がん細胞で高発現 ・ PD‐L1 京大とGIの共同研究で発見(2000) ・ PD‐L2 京大とGI、ハーバードの研究で発見(2001) PD‐1 (Programmed cell death ‐1) ・ 京大で同定(1992) ・ 活性化T、B細胞、骨髄系細胞に発現 ・ 末梢性免疫寛容を誘導 PD‐1は、自己免疫寛容を担う分子である C57BL/6 BALB/c WT 腎炎 関節炎 NOD PD‐1 KO 拡張型心筋症 MRL 自己免疫素因を 持つマウス PD‐1 KO 自己免疫性糖尿病の悪化 PD‐1 KO 心筋炎 PD-1ノックアウトマウスにおける自己免疫疾患 Nishimura et al. Immunity(1999年)など PD-1欠損マウスはウイルス感染に抵抗性である LacZ組み換えアデノウイルス感染モデル WT PD-1KO PD-1KO WT Day 7 Day 30 Lac Z染色 HE染色 Iwai et al. J. Exp. Med. (2003年) PD‐1は抗体産生に必要である Maruya et al. Gut Microbes 2013 より引用 PD‐1はCD4陽性T細胞の機能にも重要 PD‐1による免疫応答抑制の分子機構 抗原レセプター 共レセプター ζ ITS M P P SHP-2 (脱リン酸化酵素) P ZAP70 Activation signal N s-s リン酸化酵素 P δ/ε N s-s s-s ζ PD-1 β s-s s-s s-s s-s s-s γ/ε N s-s N α N P P P negative signal Okazaki et al. PNAS(2001年) PD‐1 によるIL‐2の産生抑制が免疫寛容を起 こす 抗原特異的刺激 PD-1-WT PD-1-KO 自己寛容 自己免疫 IL-2 MHC T細胞 レセプター IL-2 PD-1ligands PD-1 IL-2 Chikuma et al. J. Immunol (2009) PD‐1とCTLA‐4経路の違い 発現 PD‐1 CTLA‐4 欠損マウスの表現型 活性化T細胞 (キラー、ヘルパー) FoxP3+T細胞の一部 活性化B細胞 限局的自己免疫 Genetic backgroundに よって重症度に相違 発症が遅い 活性化T細胞 FoxP3+T細胞の一部 劇的全身性自己免疫 5週間で全例が死亡 PD‐1 阻害はCTLA‐4より副作用が少ないことを示唆 基礎研究の流れ 新規分子PD-1の同定 Ishida et al. EMBO Journal(1992年) Shinohara et al. Genomics(1994年) PD-1による免疫寛容制御機構 Nishimura et al. Immunity(1999年)など Okazaki et al. PNAS(2001年) Chikuma et al. J. Immunol (2009年) PD-1によるキラー細胞とヘルパー細胞の制御 Iwai et al. (2003年) Okazaki et al. (2003年) ヒト、マウスPD-1のDNA、タンパク質、PD-1に対する抗体、 PD-1と結合する各種薬剤に関する基本特許 がん免疫におけるPD‐1の役割 抗PD-1抗体によるがん治療の原 理 PD-1の阻害により 抑制シグナル 免疫寛容の成立を 回避する。 PD‐1 PD1リガンド キラーT 活性化 シグナル がん細胞 攻撃 攻撃 免疫寛容の成立 がん細胞 通常のがん免疫応答 免疫応答の誘導は できても、時間が 経つと免疫寛容が 成立する。 がん細胞 PD-1阻害による 効果的な がん免疫の成立 PD‐1と、PD‐1リガンドの結合阻害は、 マウスで骨髄腫を抑制する 攻撃 PD-L1阻害抗体を投与 Iwai et al. PNAS(2002年) PD‐1の阻害抗体は メラノーマの転移を抑制する Iwai et al. Int. Immunol. (2005年) PD‐1の阻害は、既存の免疫療法を増強する MC38 腸がん皮下移植 IFNαを投与 IFNαとPD-1阻害抗体を投与 Terawaki et al. J. Immunol. (2011) PD‐1阻害による抗がん作用の臨床応用 ~ マウスからヒトへ ~ がん患者の生存率とPD-1リガンド の発現との逆相関 生存率 PD-L1 low (n=21) PD-L1 high (n=49) P=0.0164 術後年数 Hamanishi et al. PNAS(2006年) ヒト卵巣がんにおけるPD-1リガンドの発現 Low expression High expression 発現レベル強 発現レベル中 発現レベル弱 Clear cell carcinoma 胎盤 (コントロール) Serous adenocarcinoma (×200) Hamanishi et al. PNAS, 2006 PD‐1リガンドの発現は、多くのがんで 予後と逆相関する 腎臓がん PD‐L1 highで予後悪 Thompson et al. PNAS, 2004 食道がん PD‐L1 highで予後悪 Ohigashi et al. Clin Cancer Res, 2005 胃がん PD‐L1 highで予後悪 Wu et al. Acta Histochem., 2006 尿路上皮がん PD‐L1 highで予後悪 Nakanishi et al. Cancer Immunol. Immonother., 2007 すい臓がん PD‐L1 highで予後悪 Nomi et al. Clin. Cancer Res., 2007 黒色腫 PD‐L1 highで予後悪 Hino et al. Cancer, 2010 臨床応用の出発点 PD-1を介する免疫抑制作用を 阻害することにより、免疫応答を賦活し、 腫瘍や感染症の治療を行う用途特許 (2002年7月3日) ヒト化抗PD-1抗体によるがん治療薬の 開発を行うことを企業に提案 完全ヒト型抗PD-1抗体 ヒト免疫グロブリン遺伝子発現マウス (ゼノマウス)を用いて作製。 (特許 小野メダレックス共同出願 2005年5月9日) 抗体プロファイル:IgG4S228P 変異型IgG4(S228P)に改変することにより、 抗体を安定化し,ADCC活性を減弱。 KD = 2.6 nmol/L 一般的な抗体の構造 (イメージ図) IND(Investigation New Drug)申請が米国 FDAにより承認された(2006年8月1日)。 国内外の企業治験状況 米国企業 phase I, II, III 2006年~現在 再発・難治性固形腫瘍患者 (非小細胞肺がん、大腸がん、メラノーマ、腎がん、前立腺がん) 共同研究 国内企業 2009年~現在 国内 第1相試験(phase I,II,III) 再発・難治性固形腫瘍患者 (2011/9/11 BMS press release) 米国 phase Ia 試験 腎細胞がん メラノーマ 39症例 非小細胞肺がん 大腸がん 抗PD‐1抗体投与 0.3, 1 , 3 10 mg/kg 点滴 (6例) (6例) (6例) (21例) ¾ 安全性: 2件の因果関係が否定できない重篤な有害事象 (同一患者で、大腸炎と貧血) ¾ 有効性: 奏効率 7.7% (CR 1 + PR 2 / total 39 ) ¾ 薬物動態 ・ 治験薬の半減期は 12‐20日間 ・ 治験薬の血液中T細胞への70%占拠率は、 2カ月間 (Brahmer et al, JCO, 2010) 米国 phase Ib 試験 ¾ 有効性: 全奏効率 腎がん メラノーマ 非小細胞肺がん 計 28.8 % CR1 + PR 20 / total 73 投与量 (n) CR 1 mg/kg (2) 1 10mg/kg (14) ‐ 4 8 2 ‐ 1 mg/kg (16) ‐ 5 5 3 3 3 mg/kg (14) ‐ 5 4 5 ‐ 10 mg/kg (16) ‐ 5 1 7 3 3 mg/kg (1) ‐ 1 ‐ ‐ ‐ 10 mg/kg (10) ‐ 5 5 (73) 1 26 34 PR SD PD 1 20 NE RR (%) ‐ 5/16 (31.3) 6 15/46 (32.6) 1/11 (9.1) 21/73 (28.8) なお、前立腺がん(n=12)、大腸がん(n=6)については、CR,PR症例なし 腎細胞がんとメラノーマの奏効率は 30%以上と高い (ASCO 2010) (ASCO 2010) Topalian et al. NEJM 2012 より データ要約 296 名の患者に対し実施 CR or PR が、非小細胞性肺がん,メラノーマ,または腎細胞がん に認められた。 Cumulative response rates (全ての容量で): 18% (14 of 76 patients) among 非小細胞性肺がん, 28% (26 of 94 patients) among メラノーマ, 27% (9 of 33 patients) among 腎細胞がん Grade 3 or 4 の、治療関連副作用 が 14% に認められた (免疫関連肺病変による死(3名)を含む)。 Topalian et al. NEJM 2012 より PD‐1阻害剤の効果は持続的である “Responses were durable; 20 of 31 responses lasted 1 year or more in patients with 1 year or more of follow‐ up.” From Topalian et al. NEJM 2012 より 他の免疫療法(抗CTLA‐4抗体)との併用 PD‐1 抗体 第一層試験 CTLA‐4 抗体 Wolchok et al. NEJM Jun 2, 2013 より nivolumab and ipilimumabの併用効果 53名に対し、 nivolumab and ipilimumabの同時投与 33名に対し、順次投与. 同時投与における ORR (CR&PR) :40%. Evidence of clinical activity (conventional, unconfirmed, or immune‐related response or stable disease for ≥24 weeks:65% 同時投与において、Grade 3 or 4治療に関連した副作 用は53% だが、以前に報告された単独投与と質的に差 はなく、症状は 可逆的。 順次投与ではORR (CR&PR) :40%および、18% にgrade 3 or 4の治療に関連した副作用。 Wolchok et al. NEJM Jun 2, 2013 より nivolumab and ipilimumabの併用効果 (メラノーマ) 許容できる副作用レベルにおける最大容量 (nivolumab:1 mg/kg, ipilimumab 3 mg/kg) でのORR (CR&PR) :53% (全例において、80%以上のがん病変が消失) 治療前 治療後 Wolchok et al. NEJM Jun 2, 2013 より 新規のがんへの可能性を開発 ~再発卵巣がんにおける医師主導治験~ 卵巣がん • 卵巣がんの半数以上が進行がん (stage III、IV期) • 進行卵巣がんの再発率は約80%と高く、 いずれ化学療法抵抗性となり、予後不良 – 5年生存率は約30% – 10年生存率は約10% 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 • 薬剤感受性に考慮した化学療法 – 第1選択薬は、プラチナ製剤とタキサン製剤の併用療法 – 第2選択薬は、単剤あるいは併用 トポイソメラーゼ阻害薬、アルキル化剤、抗癌性抗生 物質など – 第3選択薬以降には有効な治療法がない 新しい治療戦略が求められている 抗癌剤治療 京大における医師主導治験の開始 2011年~ 京大産科婦人科学教室との共同研究 がん治療シーズとしてのPD-1 開発の歴史 1992年 PD-1分子の発見 1999年 免疫抑制レセプターとしての機能解明 2002年 がん治療のシーズとなりうることを発見 2003年 用途特許出願承認 2006年 ヒト型抗体の特許出願 2006年〜 企業での治験 2011年〜 京都大学における医師主導第II相治験 2012年 FDAによるFast Track 指定(肺、腎、メラノーマ) 2013年1月(米国)、6月(日本) オーファン指定 Stage III, IV メラノーマ PD‐1抗体治療の有効性で 明らかになったこと 1. がんの患者は免疫寛容に陥っている (ブレーキが強く入っている) 2. 従って免疫寛容を阻止すれば、自然の免疫監視 機構が働きすべてのがんに効く可能性がある 3. 免疫監視機構は有効に機能する PD‐1抗体治療の有利な点 1. 副作用が少ない 2. 巾広いがんに有効 3. 他の抗がん治療との併用で有効性が 拡大、増強する 生命科学におけるイノベーションと は何か? 偶然のPD‐1発見から20余年で抗がん薬が 開発された。 基礎研究の重要性 まとめ PD‐1 分子とPD‐1リガンドの会合はT細胞免疫 を負に制御する。 抗体薬によって、この会合をブロックすると 「免疫のブレーキ」が解除され、効果的な腫瘍 免疫が活性化される。 非感受性の患者に対して、今後他の抗がん 治療との併用治験が行われつつある。 謝辞 本庶 研究室 (過去の在籍者を含む) 石田 靖雅 縣 保年 篠原 隆司 西村 泰行 岡崎 拓 岩井 佳子 寺脇 正剛 竹馬 俊介 加藤 悠 吉田 拓 江 芳 王 鍵 Sidonia Fagarasan 京都大学医学部 産科婦人科 小西 郁生 万代 昌紀 濵西 潤三 京都大学医学部 免疫学教室 湊 長博 石田 昌義 田中 義正 京都大学医学部付属病院 (探索医療センター) 清水 章 川上 浩司 横出 正之