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わが国における「国と地方の協議の場」の新しいカタチ

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わが国における「国と地方の協議の場」の新しいカタチ
第3回懸賞論文 佳作
わが国における「国と地方の協議の場」の新しいカタチ
―「比較政策論」からの検討―
同志社大学大学院 総合政策科学研究科
神田 文
Fumi
Kanda
湯浅 孝康
Takayasu Yuasa
宗髙 有吾
Yugo Munetaka
現在、わが国ではさまざまな形で「政策の失敗」が発生しているが、その背景には地方分権改革に
かかわる政策の手詰まりがあると考えられる。国と地方の新しいカタチを構築する際に重要なことは、
国と地方全体にメリットをもたらすメカニズムを国民的視点で再構築することである。そこでは、政策
学の観点に立った発想が求められる一方で、政策学習としての「比較政策」に注目する必要がある。
本稿は、「比較政策」の観点から見た地方自治体の国政参加についての研究である。具体的には、
各国における分権改革の政策結果や政策パフォーマンスの相違を説明するための独立変数として、
各国固有の「国と地方の協議の場」に焦点を当てていく。
本稿の目的は以下の三つである。第一に、R.ローズの「政策学習」の概念を踏まえて、国家間の
「比較政策」の意義を確認することである。第二に、フランスとスウェーデンの国と地方の協議のあり
方について考察することで、わが国に対する教訓を引き出すことである。第三に、今後のわが国の国
と地方の協議のあり方について検討することである。そして、「国と地方の協議の場」がどういった形
で国と地方の新しいカタチに貢献できるかについて、具体的なアイディアを提示したい。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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第3回懸賞論文 佳作
1.国と地方のあり方を検討する上での前提
はじめに
(1)「国と地方」という概念
「国と地方の新しいカタチ」の再構築が求められ
て久しい。低成長経済と人口減少社会を迎えた今日、
貧困や失業、地域間格差の拡大などによって、国民
まず議論の前提として、
「国と地方」という概念が
国によって異なっている点に触れておきたい。なぜ
なら、一口に「協議の場」と言っても、国と地方と
生活のさまざまな場面で多くの弊害が生じている。
いう概念が多様である以上、その協議のあり方も国
この原因は地方分権の政策的失敗あるいは手詰まり
によって異なってくるからである。
の状況があると思われる。
国と地方の新しいカタチを構築していくこととは、
国と地方のあり方を見直して新しいシステムを構築
たとえば、連邦制を採っているドイツと単一制国
家であるフランスを例に検討してみる。後述するよ
うに、フランスでは公職兼任制度を採用している。
することである。その際に重要なことは、地方の意
見が実質的に反映される仕組みを設けることである。
しかし、現在の道州制の議論や地方分権の議論では、
国と地方でどのように協議し機能分担すればより良
このため、単一制国家であるにもかかわらず「国と
地方」の境界線はきわめて曖昧である。他方、連邦
制のドイツでは州政府の権限が非常に強いことから、
連邦政府よりもむしろ州政府のほうが、わが国で考
い社会ができるかという議論が十分になされていな
えられる中央政府に近い役割を担っている。
い。
この相違は各国の国政参加の方法にも影響を与え
他方、欧州諸国では地方の国政参加のメカニズム
ている。両国は同じく地方代表で構成される上院を
を有効に活用しながら、地方分権を推進し一定の成
持つが、フランスでは州・県・基礎自治体の代表が
果をあげてきた。その結果、欧州諸国では多様な形
上院議員として国政参加しているのに対して、ドイ
で国と地方との間で協議が行われるようになり、し
ツの連邦参議院では基礎自治体の参加はほとんど想
かもその協議結果が国会における法案の修正や一般
定されていない。
交付金の配分などに影響を与えている。ここにわが
このように、国と地方との関係や基礎自治体の位
国と違う長所が存在すると同時に、政策学習として
置づけは各国で大きく異なっている。したがって、
の「比較政策」の可能性が見られる。
「国と地方」の概念を整理するには、各国の政府間
本稿は、こうした「比較政策」の観点から地方自
の事務配分をあわせて概観しておく必要がある。し
治体の国政参加に焦点を当てた研究である。もちろ
かし、限られた紙幅の中での地方政府に関する基本
ん、新しい制度さえ導入すればすべてが解決すると
データ、国と地方の事務および財源配分のすべてに
いうような単純な議論だけは不十分であり、実りの
ついて触れることはできない。このため、以下では
ある議論を行うためには政策学の観点からの検討が
あらかじめそれらを整理したという前提に立って議
必要である。そこで、地方分権改革の推進において、
論を進めていく。なお、本稿で用いる「地方」とは
政策結果や政策パフォーマンスの相違が現れる理由
具体的な地方政府、地方団体あるいはそれらの代表
を説明するための独立変数として、本稿では各国固
組織を指す。
有の国と地方の意見調整を図る「国と地方の協議の
(2)「国と地方の協議の場」という概念
場」に着目する。ちなみに、意外にも「比較」の視
次に、「国と地方の協議の場」
(以下、
「協議の場」
座からこうした地方自治体の国政参加に焦点をあて
と略)という場合も、それぞれの団体代表レベルの
た研究は比較的少ない。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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第3回懸賞論文 佳作
協議から、個人レベルの非公式な話し合いまで多様
って画期的な事象があった。それは、地方自治体側
な形態が存在する。ここでは、国と地方の協議を「中
が直接的に意見を表明できる機会、すなわち「協議
央政府と地方団体のそれぞれの構成員が話し合い、
の場」が設置されたことである。この「協議の場」
ある決定(議決)を行うこと、またはそのための話
の設置は、2004 年8月に地方六団体が取りまとめた
1
し合い」と定義する 。したがって、ここでいう「協
国庫補助負担金等に関する改革案を三位一体改革に
議の場」とは、ドイツ連邦参議院のような特定の協
反映させるため地方が設置を要請し、首相が経済財
議機関を指すだけでなく、そうした話し合いや決定
政諮問会議の議論を経てこれを了承したことによる
を行うための具体的な場所や機会を指すことにもな
ものである。
「協議の場」は 2004 年に引き続いて翌
る。
年も開催され、その開催総数は計 14 回に至った 。
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ところが、この「協議の場」では、その企画立案
2.なぜ「国と地方の協議の場」が必要か
をもっぱら政府が行っていたうえに、地方行財政に
(1) わが国の現状での地方分権
関する意思決定の場は中央の関係各省に分散して維
本題を議論する前に、わが国の地方分権の現状に
5
持されてきた 。このため、自治体の提案は十分に反
ついて確認しておく。2006 年 10 月 27 日に成立し
映されないまま、約一年半でその終幕を迎えた。
た地方分権改革推進法をもって、わが国は地方分権
改革の第二期に入った。それまでの第一次地方分権
しかし、こうした「協議の場」を求める潮流が終
改革では、機関委任事務制度を廃止し、国と地方と
わりを迎えたわけではなかった。その後も、地方六
の関係を、従来の上下・主従の関係から対等・協力
団体は各種決議を通じて「地方行財政会議(仮称)
」
の関係に作りかえたと言われる。さらに、2002 年の
の法律による設置を国に要請している。また、現在
三位一体改革では、補助金削減、地方交付税の見直
では「国・地方の定期意見交換会」という会合が開
しとあわせて、国から地方への3兆円の税源移譲が
かれている。国からは主要な閣僚が、地方からは地
方六団体会長が出席し、今後の地方税財政などにつ
2
実現した 。
いて意見交換を行っている。しかし、その協議の決
しかし、こうした分権改革がそのまま地方の自由
定がその後の法案作成にどの程度まで反映されるの
度の向上につながったとは言いがたい。実際、行政
かは不透明である。
面においては国の通達・行政指導などを通じた関与
は減少していない。また、財政面における自由度も
他方、
「協議の場」とは異なる形態ではあるが、地
高まっているとも思えない。この原因は、これまで
方財政については「交付税の算定方法に関する地方
地方交付税や地方財政制度の改革をめぐる議論の中
団体の意見提出制度」という制度がある。また、国
で、国と地方という当事者の対等の立場による協議
の法令による不当な関与については「国地方係争処
が置き去りにされてきたからである。つまり、国と
理委員会」という制度も準備されている。しかし、
地方とが対等な関係で税財政について実質的な議論
いずれの制度も今までのところほぼ休業状態であっ
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をすること、すなわち「地方自治体の国政参加 」そ
たという 。
のものが多くの困難を抱えているのである。
(3) 国際的動向
3
近年、諸外国においても地方自治体の国政参加は
(2)「国と地方の協議の場」の設置
三位一体改革の過程には、わが国の中央政府・地
大きな政治課題となりつつある。とりわけ欧州諸国
方政府(自治体)の関係、すなわち政府間関係にと
では、実に多様な形で国と地方団体との間で協議が
行われている。しかも、そうした協議の結果が国会
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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第3回懸賞論文 佳作
における法案の修正や、一般交付金の配分などに実
W.ウィルソンや F.J.グッドナウも、これと同様
質的な影響を与えているのである。
の志向を持っていた 。さらに、政策類型ごとの政策
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過程のパターンが異なると主張した T.J.ローウィ
ただし、ドイツやフランスのように、必ずしも国
の政策類型論も、政策学における共通性志向の典型
の立法府の一院を地方参加のための専門機関として
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例である 。
設ける必要はない。後述するフランスの地方財政委
員会や、スウェーデンの調査委員会制度およびレミ
他方、こうした一般化志向に傾く比較研究とあわ
ス制度などを通じた参画、さらには非公式な交渉の
せて、とりわけ近年の政策研究においては、比較に
ように、地方が適切に国政参画できるような制度設
いくらかの実践的な色合いを持たせようとする動向
計がうまくできれば、目的は十分に達成できる。
が見られる。つまり、有用性を見出すための比較へ
の関心である。それは、なんらかの基準によって遅
本稿では、「協議の場」を有効に活用してきたフ
れている、あるいは劣っているとみなされる政治的
ランスとスウェーデンの例を取り上げる。まず、フ
な現象に対して、現状の改善策を他国の優れている
ランスについては、国と地方の事務配分のあり方が
制度や政策などに求めることである。この場合の比
わが国と同じく「融合型」でありながら、政府間の
役割分担の明確化が進められている点が参考になる。
較とは、
「学習」のための実践的な比較であり、また
他国から教訓を引き出すための比較でもある。
スウェーデンについては、国・県・基礎自治体(市
(2) 「政策学習」の視座
町村)の三層構造であり、また基礎自治体の平均規
こうした実務的な意味合いの比較に着眼し、
「政策
模もわが国と類似していることから、とりわけ基礎
自治体の国政参加のあり方が参考になると思われる。
学習」という概念を最初に提示した学者はR.ロー
ズである。ローズは、政策担当部局の活動に注目し、
3.「比較政策論」の検討を通して
同様の政策問題に直面した他国での政策およびその
(1) 「比較」を通して学ぶ
社会的帰結について考察するという教訓導出
本章では、わが国に対する教訓を引き出すため、
(lesson-drawing)の「政策学習」の概念を提示し
フランスとスウェーデンにおける国と地方の協議の
11
た 。
あり方について検討する。その前提として、まず国
彼によれば、政策担当部局は特定の政策問題に対
家間「比較」の意義について確認しておく。
応する際に、さまざまな情報源から政策アイディア
一 般 的 に 、 社 会 科 学 に お け る 国 家 間
を構築していくが、その際に同様な政策問題に直面
(cross-national)比較を行うことには、大きく分け
した他国において実施された政策をとくに参考にす
7
て二つの意義があると考えられる 。一つは一般化を
るという。そこでは、政策の内容と、その政策によ
志向することであり、もう一つは有用性を見出すこ
ってもたらされる成果に関して、失敗教訓(negative
とである。
lesson)も含んだ考察を行う。そして、担当部局が
自国の国内状況に照らし合わせ、政策を構築してい
前者は社会科学の原理を探求するための手段とし
くのである。
ての比較であり、これは自然科学における「実験」
に相当する。たとえば、1960 年代ごろアメリカ政治
加えて、彼はこの「政策学習」の概念が、とりわ
学から生まれた構造・機能主義的な政治発展論は、
け「比較政策」
(Comparative Policy)という研究分
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そうした一般化志向の典型的な例である 。また、比
野の発展にとってきわめて重要であると示唆してい
較研究が行政の科学化の最適な方法であると考えた
る 。この「比較政策」に与えるインパクトという
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ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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点では、近年、政治学を中心とした他の社会科学に
ベルでの政策の策定や法案の議決などを行っている
見られるパラダイム転換、すなわち「government」
のは地方の代表である 。図 4.1 のように、フラン
から「governance」への潮流による影響は大きい。
ス国会の上院議員は地方議会議員によって選出され
こうしたパラダイム転換が受け入れられる中で、ま
る。また下院では、ほとんどの代議士が地方議員や
た、現実のニーズあるいは実務上の要請に促される
首長を兼任している。こうした独特の公職兼任制度
かたちで、政策結果や政策パフォーマンスへ関心が
によって、フランスの国会は地方団体の代表によっ
集まるようになり、
「比較政策」が知的関心として注
て占められており、そうした人々が国政レベルでの
目されるようになった。
決定を行っているのである。
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② 独立した常設機関
以上の議論を踏まえたうえで、諸外国における「協
議の場」での経験からどのような「政策学習」を引
図 4.1 の右側からもわかるように、行政において
き出すことができるのかについて、以下で検討して
も地方の代表は重要な位置を占めている。フランス
いく。
(3)フランス
−地方財政委員会
では、1980 年代から二次にわたる地方分権改革が進
-常設機関の設置
められており、地方の行財政運営の自由度や自主財
① 立法府を通じた国政参画
源比率は、わが国のそれよりもはるかに高いと言わ
れている。この背景として、
「協議の場」として地方
フランスといえば、わが国では中央集権国家とし
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財政委員会が果たしている役割はきわめて大きい 。
ての印象が強い。しかし、フランスにおいて国政レ
地方財政委員会(Le Comite des Finance Locals)
とは、地方財政に関し助言や協議をする独立した機
関で、国会議員、州、県、市町村およびその連合体
の代表、国の行政機関の代表から構成される。また、
図 4.1
フランス中央政府の政策策定・決定における地方代表
国会
上院
中央行政
下院
地方財政委員会
負担評価諮問委員会
選出
兼任
兼任
選出
地方議会
首長
選出
議員
代表選出
(議会議長)
選出
住民
(出所)財団法人
日本都市センター(2008)
、56 ページをもとに著者作成
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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第3回懸賞論文 佳作
第三は、地方団体間の意見調整機能である。同委
その中の小委員会として負担評価諮問委員会が設置
員会の地方代表間における対立点は、大きく分けて
されている。2009 年現在で委員会の委員の総数は
団体規模間の差異、政党間・イデオロギー対立の調
43 人である。その構成は、地方の代表が 32 人、国
整、自治体間の財政力の格差の存在の三点に集約さ
の代表が 11 人となっており、大半は地方代表であ
れる。こうした自治体間の対立を乗り越えてコンセ
る。この委員会が果たしている役割は大きく分けて
ンサスを形成することが、同委員会の大きな課題で
三つあげられる。
あり役割でもある。
第一は、国から自治体に交付される一般交付金(経
常 費 総 合 交 付 金 : Dotation
Global
(4) スウェーデン
de
-常設機関の非設置
他方、スウェーデンの政府間関係においても、実
Fonctionnement、以下「DGF」と略す)配分の決定
に独特なカタチで地方政府が国政参加を行っている。
および調整である。DGF は総額で約 400 億ユーロに
それはサービスの供給主体である地方政府の意見が
上るが、それは法律によって一定の配分が決められ
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大きく反映されている背景が存在するからである 。
ている。地方財政委員会は、州、県、市町村におけ
加えて、市町村と県の利益を代表する団体である地
る DGF の定額配分の比率の伸び率を決定する権能
がある。実質的な「交付金を配分する意思決定の場」
方 政 府 連 合 ( The Swedish Association of Local
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Authorities)の果たす役割もきわめて大きい 。
である。
① 調査委員会への参加
第二は、DGF 以外の、地方財政についての諮問機
能である。まず、同委員会は DGF 以外の総額決定
まず、地方行財政に関わる制度改正時の地方の関
の法律案に対する意見表明を行う。さらに、国から
与について検討する。地方行財政に関する制度改正
地方への権限委譲に伴う補填金額についての諮問も
が行われる際には、地方代表がその原案を作成する
受ける。加えて、事実上は地方財政に関する法律案
調査委員会(kommitte)に参加するのが通例である。
についても、同委員会の諮問を受け、議会にかける
慣習が形成されている。
図 4.2
スウェーデンにおける立法過程の一部
政府
意見聴取(remiss)
(出所)財団法人
国会
日本都市センター(2008)
、93 ページをもとに著者作成
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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対案
法案
調査委員会(kommitté)
国会議員
第3回懸賞論文 佳作
を通じた意見表明の機会である。たとえば、現在の
スウェーデンの省庁は比較的規模が小さいため、一
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レギオン実験 に関わる調査委員会で、2007 年2月
般的に政府が法案を作成する際には、有識者・関係
に最終報告書を提出した責任委員会の事例がある。
省庁の代表・国会議員その他で構成される調査委員
同委員会には1名の委員長と 12 名の国会議員が任
会 を設 置 さ れ 、最 終 的 に 政 府調 査 委 員 会報 告 書
命され、数名の秘書官のほか、2名が地方政府連合
(Statens offentliga utredningar:SOU)の形で政策
から事務方として参加した。とくに、この委員会作
提言を行う。
業を通じて、地方政府連合の意見がよく聞き入れら
同委員会では個々の法案の性質に応じて参加者が
れたことは重要である。その際、実際に報告書を作
決定され、その都度委員会が立ち上げられる。政府
成した秘書官に対する意見表明を行う機会が多く、
は同委員会の報告を踏まえて法案の作成を進めると
彼らを通じた非公式的な交渉の影響力が非常に強か
同時に、報告書をただちに公開し、国民や利害関係
った。
者から意見聴取を行う。
以上に見てきたように、フランスおよびスウェー
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たとえば、1993 年の財政調整制度改革 へ向けた
デンにおいては、地方の代表が国政に参加するため
調査委員会として、1990 年6月に地方財政委員会が
の協議機関が実質的な役割を果たしていることがわ
設けられた。同委員会は 1991 年 12 月に最終報告書
かる。興味深いことは、それらの権限と影響力が法
を提出し、この提案を基礎にして 1993 年に改革が
律に規定されたもの以上に重要であることや、公式
実施された。その政策提言の内容に関しては、コミ
の参加のみならず、非公式な交渉も頻繁に活用され
ューン連合の発表した報告書が非常に尊重され、制
ている点である。
度改革へ向けてコミューン連合がイニシアティブを
4.比較の中の「国と地方の協議の場」
とったと言われている。
以上の議論を踏まえて、本章ではわが国の国と地
② レミス制度を通じた参加
方の協議のあり方について検討する。
スウェーデンでは、政府の政策の準備段階におい
(1)三つの構想
て、関係諸機関または個人からの意見聴取を行うこ
とができる「レミス(remiss)制度」が存在する。
国と地方が対等な立場で政策を協議する重要性が
政府は上記の調査委員会の政策提案を関係諸機関に
認識されつつある今日、それをめぐる議論として主
送付し、意見聴取を行うことで幅広い国民の参加を
に以下の三つがあげられる。
促している。
第一に、「地方行財政会議(仮称)」の法制化が注
また、その回答においては、意見表明を行う各団
目されている。第二期改革の開始後、地方六団体に
体は、委員会の報告書に従いながら、明確に自らの
よって設置された新地方分権構想検討委員会はこの
立場を示すことが求められる。そして、書面によっ
設置を提言してきた 。また、地方六団体が 2008
て収集される意見は、政策のテーマごとに従って要
年 11 月 25 日に提出した「地方財政確立・分権改革
約され、最終的に法案作成に向けて参照される。
推進に関する決議 」においても、一つの大項目と
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20
して「『地方行財政会議(仮称)
』の法律による設置」
③ 非公式的な交渉
を国に要請している。
その他にも、地方の利害を反映させる非公式的な
次に、「自治院(仮称)」創設の提案がある。これ
交渉の経路が存在する。それは調査委員会の事務局
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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は、大阪府が現在構想しているものである。これに
ただ、フランスの国会では公職兼任制度の存在に
よると、自治院は各省庁から独立して内閣に設置さ
よって地方財政委員会の実質的な影響力が担保され
れ、国の政策立案過程に地方が関与することを目的
ている点を考えれば、わが国においてもこうした立
とする。自治院は、内閣法制局のような法案の事前
法府を通じた直接的な国政参加の仕組みを検討する
審査の機能を持ち、各省庁の地域行政にかかわる政
必要があると思われる。しかし、その際、海外の制
策を協議し、それらに対する決定権を持つ。
度を外国からそのまま移転するのではなく、わが国
の文脈に合うように修正し適合させることが肝要で
最後に、これも大阪府の試案であるが、参議院に
あろう。
地域代表として知事が議員を兼務する「地方首長等
(2)新たな仕組み
枠」の設置である。これは、首長と国会議員の兼職
を禁じた地方自治法を改正し、参院議員を「地方の
以下では「地方行財政会議(仮称)
」の法制化とい
代表」と位置づけ、知事との兼務を可能にするもの
う新たな「協議の場」の仕組みについて、その具体
である。
的な制度設計を提示したい。
以上、いずれの構想も「協議の場」の法制化に対
2004 年に設置された「協議の場」が多くの問題点
する要請である。しかし、それぞれの「場」の設置
はらんでいたことは、フランスおよびスウェーデン
場所やその設置に関する法的根拠が異なるため、そ
の事例との比較を通してもよく確認できる。そうし
の期待しうる効果も異なってくる。したがって、諸
た過去の経験に基づいた現実的な制度設計がなされ
外国からの「政策学習」を試みる本稿では、後述す
ない限り、諸外国のような実質的な効果を期待する
る「地方行財政会議(仮称)」の法制化がもっとも妥
ことはできない。そこで、本稿では以下の五点を最
当な試案であると考える。その理由は以下の三点で
低限のルールとして提案する。
ある。
第一に、設置の意義についてである。諸外国の事
第一に、地方行財政に関係する制度改正時の地方
例のように、委員会の議論、提案、調査の質が高く
の国政参加の可能性が、実際にフランスの地方財政
評価されるためには、まず委員会の重要性が認識さ
委員会やスウェーデンの調査委員会において観察さ
れるべきであろう。「地方行財政会議(仮称)」は、
れているからである。第二に、実質的な機能は困難
分権改革の推進を図ることや、国と地方の代表者が
であったとはいえ、わが国にはかつて臨時的に設置
協議し、地方の意見を国の政策立案および執行に反
された「協議の場」での経験が少なからず存在する
映させることを目的として、法律により常設される
からである。これによって、外国からの「政策学習」
ことが望ましい。
のみならず、過去からも教訓を引き出すことができ
第二に、議題設定についてである。
「地方行財政会
ると考える。
議(仮称)」は、主要な交付金の配分についての決定・
最後に、「自治院(仮称)」の創設およびフランス
監督機関である。また、予算法案などの作成・審議
の公職兼任制度の導入については、それらの実質的
過程では諮問機関でもある。さらに、地方財政に関
な機能を担保しうる法的根拠が不透明だからである。
する制度改革にあたっては、協議・発案機関として
とくに自治院については、その「独立性」を実質的
機能する。加えて、地方財政計画の策定や、地方行
に担保できるかについては議論の余地があるし、内
財政に関連する事案の調査・審議も担うこととする。
閣の構成機関として実際に拒否権を行使できるか否
第三に、委員構成についてである。会議の参加者
かも想像しがたい。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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としては、中央政府からは官房長官および関係大臣、
地方政府からは地方六団体の各代表、加えて衆・参
まず、地方財政に関する地方の予見可能性が広が
るだけでなく、国にとっても円滑に事務を遂行でき
議員や民間有識者など、構成が多様であることが望
る。次に、地方の行財政運営に関する当事者意識が
ましい。過去のような「政府一丸」の状態を回避す
向上する。最後に、国に対する地方の不信感が解消
ることが肝心である。
され、中央政府・地方政府(自治体)間の不毛な対
第四に、開催頻度についてである。会議の開催に
立が緩和される。これらの意味においても、この構
ついては、国のみならず地方からの申し出によって
想は国と地方の新しいカタチに十分に貢献できる。
も可能とすべきである。また、スウェーデンのレミ
結論にかえて
ス制度のように、個別の政策提案についての意見表
明を行うだけでなく、国と地方の関係や地方行財政
地方分権改革の目標は、公共サービスを提供する
のあり方について、地方議員が国会議員と継続的に
地方の権限や役割をより拡大し、住民が安心に暮ら
協議ができるようなシステムが望ましい。
せる社会を実現することにある。そのためには、国
によって自主的な地域課題の解決が規律されている
第五に、協議結果の取り扱い方についてである。
現状を打破することが必要である。国と地方が対等
これについては、国と地方が共同で独自の事務局を
なパートナーシップを結び、公共空間に対する信頼
設置することが望ましいと思われる。また、フラン
を回復させようとするならば、両者が協議する手段
スやスウェーデンのように、政府は会議結果を公開
を充実させていく必要があるのではないだろうか。
し、それを尊重するシステムにする必要がある。
こうした意味においても、本稿を通して確認して
以上のような、事前に調整・協議を行い、明確な
きた「協議の場」の意義と、諸外国から教訓を得る
役割分担・費用分担を担保するシステムは、実は諸
という意味での「政策学習」は、今後の新しい社会
外国ではきわめて当然に存在する。最後に、こうし
状況にふさわしい国と地方のカタチを構築する際に
たシステムの配置による効果として、次の三点をあ
重要な視点を与えてくれるであろう。
げておきたい。
【注】
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「国と地方の協議の場」の定義については、金井利之(2008)および財団法人日本都市センター(2008)を参考にした。
以上の記述は、新地方分権構想検討委員会(2006)を参考にした。
成田頼明(1983)、227 ページ。成田は、地方自治体の国政参加の意味を「地方公共団体およびその連合組織が、地方公共団体の利
害に関係のある国の法令の制定改廃、個別地方公共団体の利害に密接に関係する国の計画の策定・実施、国の一定の行政施策等に
対して直接に参加・参画・共働し、または意見を述べる等、国政(国の立法・行政)の決定過程にその意向を反映させること、ま
たはそのためのシステムを意味する」と定義している。
原田久(2006)、28 ページ。
木村佳弘・宮崎雅人(2006)、77 ページ。
原田久(2006)、29 ページ、および金井利之(2008)、98 ページ。
岩崎美紀子(2005)、113-117 ページ。
Almond, Gabriel A. and G. Bingham Powell, Jr. (1966).
Heady, Ferrel (1991), p.4.
Lowi, Theodore J. (1966).
Rose, Richard (2005), pp.1-11.
Ibid, pp.1-4.
なお、フランスの地方行政制度は、基礎自治体としての市町村(Commune:コミューン)
、その上に県(Departement:デパルトマン)
があり、さらにその上に州(Region:レジオン)の 3 層構造によって構成されている(庄司清彦(2005)、57-59 ページ、を参照)
。
ご利用に際しての留意事項を最後に記載していますので、ご参照ください。
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第3回懸賞論文 佳作
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本稿におけるフランスについての記述は、青木宗明(2007)、自治・分権ジャーナリストの会(2005)、財団法人日本都市センター
(2008)をおもに参考にした。
本稿におけるスウェーデンについての記述は、アグネ・グスタフソン著(穴見明訳)(2000)、自治体国際化協会(2004)をおもに
参考にした。
スウェーデンでは現在、地方政府として 290 のコミューン(kommun=市町村)と 21 のランスティング(landsting=県)が存在す
る。また、国の事務を地方レベルで所掌する地方支分部局として、レーン(län:英語表記は County Administrative Board)が存
在する。レーンの地理的範囲は県と同じであり、全国で計 21 存在する。
1993 年の財政調整制度改革に関する詳述は、財団法人日本都市センター(2008)、96-98 ページを参照されたい。
レギオン実験は、わが国における道州制に関する議論と重なる内容であり、地域開発の権限を地域レベルで強化するこいとを目的
として、ランスティング(県)を廃止し新たにレギオンという行政単位を設置することを試みている。
新地方分権構想検討委員会(2006)「分権型社会のビジョン(最終報告)
」。
地方六団体(2008)
『地方財政確立・分権改革推進に関する決議』、
(http://www.nga.gr.jp/news/ketugi%20honnmono.pdf、2009 年
8月 23 日閲覧)
。
【参考文献】(五十音順)
・ 青木宗明 (2007)「フランスの地方財政調整;財源保障と財源調整」、CLAIR REPORT 自治体国際化協会。
・ アグネ・グスタフソン著(穴見明訳) (2000)『スウェーデンの地方自治』、早稲田大学出版部。
・ 磯部力 (2002)「自治体の国政参加」、松下圭一・西尾勝・新藤宗幸『制度』(岩波講座自治体の構想 2)、岩波書店、37-55 ペー
ジ。
・ 岩崎美紀子 (2005)『岩波テキストブック 比較政治学』、岩波書店。
・ 金井利之 (2008)「『国と地方の協議の場』の成立と蹉跌」、森田朗・田口一博・金井利之編 (2008)『空間の変容と政策革新シリー
ズ 3;分権改革の動態』、東京大学出版会。
・ 国と地方の協議の場(第1~14 回)議事要旨(首相官邸のウェブサイトによる)。
・ 木村佳弘・宮崎雅人 (2006)「地方分権改革の道程」、神野直彦・井出栄作編『希望の構想:分権・社会保障・財政改革のトータル
プラン』、岩波書店。
・ 財団法人 日本都市センター (2008)『国と地方の協議の場(協議機関)の国際動向』、㈶日本都市センター。
・ 在日フランス大使館 (2009)「フランスの概要:地方政治行政制度」、(http://www.ambafrance-jp.org/IMG/pdf/territoire.pdf、
2009 年8月 23 日閲覧)。
・ 在日スウェーデン大使館 (2009)「スウェーデンの基本情報:政治制度」、(http://www.swedenabroad.com/Page____34064.aspx、
2009 年8月 23 日閲覧)。
・ 庄司清彦 (2005)「道州制へのアプローチ」、自治・分権ジャーナリストの会自治・分権ジャーナリストの会 『フランスの地方分
権改革』、日本評論社。
・ 自治体国際化協会 (2004)『スウェーデンの地方自治』、自治体国際化協会。
・ 新地方分権構想検討委員会 (2006)「分権型社会のビジョン(最終報告);『豊かな自治と新しい国のかたちを求めて』~「このま
ちに住んでよかった」と思えるように~第二期地方分権改革とその後の改革の方向」。
・ 建林正彦 (2008)「中央・地方関係制度」、建林正彦・曽我謙悟・待鳥聡史著『比較政治制度論』、有斐閣。
・ 地方六団体 (2008)「地方財政確立・分権改革推進に関する決議-地方財政の確立による住民本位の豊かな地域づくりの実現-」、
(http://www.nga.gr.jp/news/ketugi%20honnmono.pdf、2009 年8月 23 日閲覧)。
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成田頼明 (1983)「地方公共団体の国政参加」
、ジュリスト増刊『総合特集 行政の転換期』所収。
西尾勝 (1999)『未完の分権改革 : 霞が関官僚と格闘した 1300 日』
、岩波書店。
NIRA 研究報告書 (2005)『広域地方政府システムの提言』、総合研究開発機構。
原田久 (2006)「地方自治リレーエッセイ 地方自治体の国政参加」、市町村アカデミー『アカデミア』vol.74 所収。
藤岡純一 (2001)『分権型社会 スウェーデンの財政』、有斐閣選書。
村松岐夫編 (2006)『テキストブック地方自治』、東洋経済新報社。
持田信樹編 (2006)『地方分権と財政調整制度:改革の国際的潮流』、東京大学出版会。
山崎榮一 (2006)『フランスの憲法改正と地方分権 : ジロンダンの復権』、日本評論社。
Almond, Gabriel A., and G. Bingham Powell, Jr. (1966) Comparative Politics: A Developmental Approach, Boston: Little
Brown.
・ Heady, Ferrel (1991) Public Administration: A Comparative Perspective, 4th ed., Marcel Dekker.
・ Lowi, Theodore J. (1966) “Distribution, Regulation and Redistribution: The Function of Government,” in Randall B. Ripley
ed., Public Policies and Their Politics, New York: W. W. Norton & Company Inc.
・ Rose, Richard (2005) Learning from comparative public policy: a practical guide, London; Abingdon, Oxon; New York, N.Y.:
Routledge.
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第3回懸賞論文 佳作
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