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三菱重工、インドの電力不足緩和のためタービン・ボイラを現地生産

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三菱重工、インドの電力不足緩和のためタービン・ボイラを現地生産
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
ニューデリー駐在員事務所
2012 年 12 月
三菱重工、インドの電力不足緩和のためタービン・ボイラを現地生産
電力不足への対応
2012年7月30日、月曜日の朝6時前。やけに暑く
て目が覚めた。気づくと寝るときには入れっぱなしに
しているエアコンが止まっている。インドでは停電は
珍しくないが、普通は備え付きのディーゼル自家発
電が自動的に動くためエアコンが止まることはない。
チョキダール(各家の前にいるガードマン)に聞いて
みると、昨晩からずっと停電で自家発電が動き続け
燃料がなくなってしまったらしい。インドは、国内が5
つのグリッド(電力系統)に分かれているが(図表1)、
この停電は北グリッド全域に及び、デリー周辺でも地
下鉄が止まり道路は大渋滞。さらに翌31日、北グリッ
ドに加えて、東グリッド、北東グリッドも停電し、6億人
以上が影響を受ける史上最大の停電が発生した。
この大停電は、グリッドコードを守らずに過大に電
力を受け入れていたいくつかの州の行動が直接の
原因といわれているが、背景には、需要に対して電
力供給が全く追いついていないという現状がある。イ
ンドの電力供給は、発電容量で8%、ピーク時電力
で10%以上不足している(図表2)。また、インドは石
炭火力が半分以上を占めるが(図表3)、国内での石
炭生産が伸び悩み燃料も不足気味。インド政府とし
ては、風力、太陽光など再生可能エネルギーにも力
を入れているが、莫大な電力需要の伸びに対応して
いくためには石炭火力発電設備、それも超臨界圧技
術 注1 (図表4)を用いた効率が高く燃費のよい石炭火
力発電設備を増設していくことは、最重要課題となっ
ている。
自家発電とチョキダ―ル
図表1
注1
インドのグリッド(電力地域系統)
超臨界圧技術とは、発電用ボイラからタービンに送る水蒸気の温度・圧力を高めることにより、発電効率を高める
技術のこと。同技術の採用により、通常の石炭火力発電所に比べ、燃料消費量を低減し、さらに二酸化炭素排出量の減
少が見込まれる。
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図表2
最大電力需要と発電容量の推移
出所:JBIC ニューデリー作成
図表3
2011 年1月、開所式でスピーチを行う三菱重工・大宮英明社長
インドの燃料別発電量割合(2011~12 年)
出所:図表2に同じ
図表4
亜臨界と超臨界の比較
出所:三菱重工作成
据付工事中のボイラ
工場内のタービン製造光景
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国産化への対応
インドは、国の方針として、自国産業育成
の 観 点 で 国 営 火 力 発 電 公 社 ( National
Thermal Power Corporation:NTPC)によ
る石炭火力発電設備の入札においては、国
内に製造拠点を有することを入札要件として
いる。そもそも電力不足で今後発電容量の
大幅な拡大が必要なインド市場は、三菱重
タービン製造会社工場全景
工にとり重要な市場であったが、こうしたイン
ドの方針としての現地生産の要請、また、三
菱重工としてもコスト競争力をさらに上げる必
要性から、インド国内に石炭火力発電ボイラ
とタービンの工場を設立することを決定した。
三菱重工にとり、これまで量産品の海外生産
工場はあったが、発電設備のような高度な技
術を要する製品を大規模に海外で生産する
ことは初めてであった。
ボイラ製造会社工場全景
ラーセン・アンド・トウブロ(L&T)
三菱重工は、ボイラ製造会社
( L&T-MHI Boilers Private Ltd. ) を
2007 年 4 月 、 タ ー ビ ン 製 造 会 社
( L&T-MHI Turbine Generators
Private Ltd.)を2007年11月に設立した。
両社ともインド企業L&Tとの合弁会社であ
る。L&Tは、2人のデンマーク人技師が
1938年にムンバイで設立した会社。酪農
機器の輸入・製造からスタートし、1940年
代に建設関連事業に参入。現在はインド
2012 年 3 月、佃和夫会長を囲んだ合弁会社幹部と日本人関係者
日本人による指導風景
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の建設最大手企業である。同社は、発電所の建設・据付なども行っていたところ、発電設備自
体への需要が拡大していることに着目して同分野への進出を企図。高い技術を有する三菱重
工に声をかけた。三菱重工としても、インドで工場を建設するにあたっては、信頼でき営業力
のある現地パートナーが必要と考えていたため両者の思惑が一致、合弁会社を設立し、共に
工場を設立することとなった。
合弁会社の概要および今後のビジネス展開
ボイラ製造会社とタービン製造会社は、ともに2010年6月に稼働を開始した。ボイラ製造会社は
三菱重工49%、L&T51%の合弁会社で、従業員は現在2000人強。タービン製造会社は三菱重
工39%、三菱電機10%、L&T51%の合弁会社で、従業員は1000人強。双方ともに年間4GWの
生産能力をもつ。インドは今後、年間15GW程度の電力設備容量の増加が見込まれるところ、その
4分の1の生産能力を有する。製作拠点はインドの西のグジャラート州ハジラ地区である。この地区
はパートナーであるL&Tがすでに重機械工場を有している地域であり、それが場所選定の決め手
となった。「ボイラ」と「蒸気タービン・発電機」は車の両輪で、密接に関係し相互の協調が必要であ
り、双方が隣接していることはハジラ工場の利点である。その後、ハジラ地区には鍛造鋳造工場、
ボイラ大型補機工場などが建設され、発電関連の一大集積製造拠点となっている。
工場設備、製作ノウハウは、日本の工場からそのまま移植している。品質向上のための不断の
努力を続けており、日本からのトップクラスのテクニカルアドバイザーが直接指導して技術移転に努
めている。また、ボイラ製造会社もタービン製造会社も詳細設計を行う技術・能力を有しており、ここ
では低コストだが優秀なインド人設計技術者を積極的に活用している。
ハジラ工場では、これまで5プロジェクト、ボイラ10缶、タービン12機を受注した。インドの電力市
場は、今後中長期的には確実かつ大幅な発電設備容量の増加が見込まれる。しかし、短期的に
は、①国営石炭公社Coal Indiaの非効率や石炭を輸送する鉄道のキャパシティー不足に由来す
る石炭供給不足の問題、②インドネシアの石炭価格規制による輸入炭価格の高騰がIPP 注2 の進
捗に悪影響を与えている問題、③電力購入者である各州の配電公社の財務内容が大幅に悪化し
ている問題、などさまざまな問題を抱えている。
インドの政府部内では、IPPにおいて燃料コストを原則パススルーとする(発電事業者ではなく
電力購入者が燃料価格の変動を負担する)こと、あるいは、州の配電公社の債務リストラ策などが
検討されており、今後の状況改善が期待されるところである。三菱重工としては、NTPC、各州の電
力会社案件を中心としながら、IPP案件についてもリスクに留意しつつ積極的に営業を行い、イン
ドの電力不足解消に貢献し、インドとともに発展していきたいとのことであった。
Interview
「巨大市場インドに根づき、インド工場を成功・発展させるのが目標」
タービン製造会社の福田壽士COOとボイラ製造会社の相木英鋭COOのお二人に、インタビュ
ーした。
※文中の肩書きは取材当時のもの
注2
独立電力事業者による発電事業。通常、民間企業が発電所を建設し、電力売買契約に基づき電力購入者に電力を販
売する。
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相木 COO(左)と福田 COO(右)
――インドの発電設備市場の成長性をどのように見ているか。
福田COO(以下、福田氏) 現在、インド全体の発電容量は200GW。人口が10分の1の日本の
発電容量が240GW、人口が似たレベルである中国の発電容量が1000GWであり、これらと比較し
ても、発電容量が足りないことがわかる。インド政府の第12次5カ年電力設備計画(2012年4月~
2017年3月)では、76GWの発電容量の追加が見込まれており、これは年間15GWに相当。計画
未達が生ずる可能性はあるものの、それでも、大規模で伸び行くマーケットであることは間違いな
い。
――インドの発電設備市場の特徴は何か。
福田氏 まず、燃料としては石炭が主であり、電力の約7割は石炭焚き火力発電で賄われている。
また電力の需要に対する供給能力は10%以上不足しており、厳しい状況が続いている。そして従
来の石炭焚き火力発電設備は効率の低い250MW以下の小容量のものが多い状況であった。こ
のため、CO 2 排出量を抑制し発電量を確保するために当社のもつ大容量超臨界圧石炭焚き火力
発電プラント技術(亜臨界圧石炭焚き火力発電プラントに比べ、さらに高温・高圧の蒸気を用いて
発電効率を高めた、CO 2 排出量の少ないプラント)が効果的であると判断してインドへ参入した。現
在は、当社、東芝、日立の日本勢に加えて、欧州、中国、韓国メーカーが参入し、価格を含めて競
争の厳しい市場となっているが、伸び行く重要市場である。また、国営の火力発電公社である
NTPCはインドで製造された製品を優先する方針であるが、民間のIPP事業者はそうした方針はな
く、中国からの安価な輸入品を志向する顧客も多い。
――日本からの輸出を超えて、現地生産という判断に至った背景は。
福田氏 もともと、インドの国営企業であるBHEL社が発電設備の製造を独占していたが、発電
容量の不足に対応して追加的な生産能力が必要であり、また、高止まりしていた価格や品質に対
するユーザーの要望に応えるためにも、BHEL社以外にも発電設備市場に参入してほしいという
声が強まった。また、国営の火力発電公社であるNTPCが調達の条件として一定の現地生産を義
務づけ、さらにコスト競争力という観点で勝ち残るためには現地生産が必要と考えた。三菱重工と
しては、量産品などを除いては、石炭火力発電のタービンやボイラといった高度な技術を要する製
品の海外工場は初めてである。インド工場設立を決めたいちばんの理由はやはり、インドという巨
大で伸び行く市場がそこにあったからである。
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――L&Tとのジョイントベンチャーを組んだが、この狙い、背景は何か。
福田氏 L&Tは、もともと発電所建設の経験はあったが、タービン、ボイラ機器製造についても
ビジネスチャンスとして技術をもつ提携先を探しており、三菱重工にも声がかかった。三菱重工とし
ても、もともとインドでの工場設立に関心があったが、政府からの許認可取得、労務管理、販売先と
のつながりなどを考えると、単独よりも地場の有力企業とのジョイントベンチャーのほうが望ましいと
いう結論に至った。実際に、これほど早く順調な工場の立ち上げは、L&Tの協力がなければ不可
能であったろう。
――工場の立ち上げ、生産でご苦労されたことは何か。
福田氏 三菱重工としても新工場の建設は数十年ぶり。土地は地権者が入り組んでいて買収に
は苦労した。レイアウト、電力、水などいろいろな調整が必要だった。ワーカーの教育、育成につい
ては、ものづくり経験の全くない人たちに組み立て、溶接技術を根気よく指導し、工場の稼働にこ
ぎ着けた。また、品質への意識が当初は低かったので、この意識改革には、日本の考え方を英語
に直して繰り返し説明するなど相当力を入れた。これは不断の努力が必要であり、今でも日本から
の技術アドバイザーが品質向上のために教育を継続している。労務管理はパートナーであるL&T
が中心だが、ワーカーは採用後3年間はトレーニーとして雇い、その後初めて正社員にしている。
相木COO(以下、相木氏) インドと日本の異なる価値観を一つにするにはどうしたらよいか議論
を重ね、Lamba GCE(General Chief Executive)などManagement Committeeメンバーで、
L&Tと三菱重工の社是を融合して、社員誰もが理解できる共通の価値をまとめたミッションとビジョ
ンをつくった。
――生活面でのご苦労は。
福田氏 2011年はデング熱が出た。マラリヤも心配であり、日本から殺虫剤を持ってきて、とに
かく蚊にさされないように注意している。水あたり、食あたりにも気を使っている。インド料理もおいし
いがやはり日本食は食べたくなる。食事がおいしくないと元気がでないので、チェンナイから肉を
運んだり、デリーで味噌、醤油を買ったりし、日本からも日本食を送付するなどしている。
――インドで働くに当たって何かモットーや気をつけていることは。
福田氏 「郷に入れば郷に従え」という気持ちは大事。技術については日本のものを導入してい
るが、それ以外の点については、あまり日本流を押し付けるのではなく、インド人の話をよく聞きな
がら進めることが大事だ。また、インドはリスクはあるが巨大な伸びる市場であり「虎穴に入らずんば
虎子を得ず」という心持ちも必要。ただ、やりすぎると痛い目にあうのでバランスが大事である。
相木氏 インド人は議論好きであり、こちらも「にこやかに明るく話し合う」ことが大事だ。厳しい話
をしても、議論で口角泡を飛ばしてやりあっても、30分後には一緒にランチで気分転換する。相手
をネガティブにとらえると、相手もこちらをネガティブにとらえてしまうことになる。
――インド人やインドという国への思いは。
福田氏 インドの生活環境は厳しいと思われるが、インドは悪い国ではない。もともと農耕民族で
あり日本人に近いと思うこともよくある。娯楽は少ないが、想像していたよりは住みやすい。12億の
人口がいて、まだまだ発展する国。三菱重工のボイラ・タービン製造工場はインドのインフラに貢献
する事業であり、インドの発展に少しでも役立てればと思っている。
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相木氏 インドは今、日本でいえば1960年代の高度成長期。皆必死で働き、必死に生きている。
年間1000万人以上のミドル層が誕生し、経済は大きく成長している。ただ電力などのインフラはま
だまだ不足。われわれにとっては世界で最大の市場のひとつであり、ここに根づき、インドの発展を
しっかりサポートしていきたい。
――厳しい国際競争の中で頑張る気持ちを支えるものは何か。
福田氏 自分は三菱重工の蒸気タービンに入り、そこに育ててもらった。その間に状況が変わり、
輸出が増加し、輸出比率が高まってきている。常に思うのは、自分を育ててくれたこの事業を何と
か残して発展させていかなければ、先輩や後輩に申し訳ないということ。厳しい国際競争の中では
あるが、そんな思いで何とかインド工場を成功・発展させたいと頑張っている。
――今後の抱負、目標は。
福田氏 この工場をしっかり軌道に乗せたい。注文ももっと取っていく。われわれの製品がインド
の電力供給という社会貢献となり、それが同時にビジネスの成功にもつながっていく。
相木氏 高性能で環境にもよい製品をしっかりとお客さまに届けていきたい。10年、20年を見据
えてつくった会社だが、会社設立から5年。今後1、2年はとても大事となるだろう。
※この記事は、JOI機関誌「海外投融資」の『ワールドレポート(JBIC海外駐首席が紹介する日系企業の現地での取り組み)』コ
ーナーに掲載されたものです。
(国際協力銀行 ニューデリー首席駐在員 大矢 伸)
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