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EU における基本権保護システム
─基本権に関する統一的なヨーロッパ法秩序の漸進的実現─
Le système de protection des droits fondamentaux dans lʼUnion Européenne :
La réalisation progressive dʼun ordre juridique européen unique des
droits fondamentaux
ピエール = イヴ・モンジャル* **
訳 兼 頭 ゆ み 子
訳者はしがき 本翻訳は,2011年度第 2 群客員教授として来校されたピエール = イヴ・
モンジャル教授が,2011年10月21日に中央大学法学部で行った講演を基に
している。モンジャル教授は,パリ第13大学において EU 法を専門とする
公法の教授であり,同大学の行政・政治学研究所 Centre dʼétudes et de recherches administratives et politiques の所長も務めている。本稿では,EU
と基本権保護の法的関係に焦点をあて,その歴史的経緯および2009年12月
に発効したリスボン条約が示唆する EU の欧州人権条約への加入を視野
に,ヨーロッパ全体に広がる基本権保護の統合的な法秩序について将来的
な展望について考察している。
* パリ第13大学法学部教授(公法)
・同大学行政・政治学研究所所長
Pierre-Yves Monjal
Professeur de droit public à lʼUniversité Paris 13
** 嘱託研究所員・中央大学通信教育部インストラクター
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比較法雑誌第46巻第 3 号(2012)
は じ め に 基本権の定義
基本権と人権とは適切に区別すべきである。歴史的に,人権理論(17-
18世紀)は基本権理論(19世紀)に先立つといわれる。人権理論はどちら
かというと英仏の哲学的発想を起源とし,基本権思想はドイツを起源とす
る法理論である。
本質的に人権は,どのような実定法制度の下においても,また,民族,
国民性,宗教といったその他の局地的要素に関わらず,すべての人間が有
する普遍的で不可譲の権利という概念として理解されている。この理念に
従い,人はそれ自体として,社会的な条件に関係なく,すべての状況で社
会や権力に対抗しうる「人に固有の,不可譲で,神聖な」権利を有する。よっ
て,人権の概念は,普遍主義的で平等主義的なその定義によって,優劣に
基づく制度や体制,あるいは,カースト制,人種,人民,信仰,階級,何
らかの社会的または個別の集団の「歴史的使命」に基づく制度や体制とは
相いれない。
他方で,基本権(あるいは基本的自由)は,個人にとって最も重要な主
観的権利の総体を法的に表すものであり,法の支配と民主主義の中で確保
される。基本権はその一部として,広義の人権,とりわけいわゆる第一世
代の人権(市民的・政治的諸権利)を含む。
ヨーロッパの法学者は,基本権を,個別のあるいは集団的な主観的権利
の総体であり,
(人間性 humanité を根拠として人に属し,当然のものであっ
て,取り消しえないという)その性質から,憲法や国際条約といった特定
の法文書において定められ,政治権力によってこれが侵害された場合は特
別な司法的保護の対象とされるもの,と考える。基本権は,公権力による
規範的あるいは実際的な不正行為に対して,個人に権利と自由を保障する,
つまり,既存の公権力に対して個人を保護する手段である。
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EU における基本権保護システム
基本権に対する批判
基本権に対する批判は複雑であり,フランスを含めヨーロッパにおいて
は議論を展開したり論証することさえとても困難である。基本権は,国家
に対して個人を保護する制度であることから,全ての批判を超えて生来的
「基本権=善」を問題
に「善」と考えられる1)。基本権を批判することは,
視することになる。しかし,この問題を次の 3 点においては検討すること
ができる。第一に,基本権は第二次大戦の大量殺戮の結果,生まれたもの
である。取り返しのつかない過ちが犯されなければ基本権も存在しなかっ
たのである。第二に,これらの権利は国際的な保護制度の対象とされてい
る。つまり,国家が,自らの国内的な能力によって諸権利を保護すること
に完全に失敗したことを意味する。第三に(とりわけ),これら基本権の
内容と効力を明確にするのは裁判官である。裁判官の決定は国内法に対
し,国内の伝統に対し,よって個人に対し多大な影響をもたらすが,彼ら
裁判官は,基本権のような社会の諸価値を示すための正当性を有している
のだろうか2)。
欧州評議会・欧州人権条約・EU
ヨーロッパでは,欧州評議会(47カ国が加盟する経済的でも軍事的でも
ない諸権限を有する国際機関)の枠組において,1950年11月 4 日,基本権
保護についての最初の国際文書が採択された。これが,「人権及び基本的
自由の保護のためのヨーロッパ条約」
(以下,欧州人権条約)であり,17の
権利の一覧からなる。欧州評議会の加盟国はこれを批准しなければならな
い。さらに,この条約の批准は EU に加盟するための前提条件となってい
る。リスボン条約は明確に欧州人権条約について言及している。27の EU
1) この点の重要な著書として,B.
B. Binoche, Bentham contre les droits de l ʼHomme,
Puf, 2007.
2) P.-Y.
P.-Y. Monjal, The Lisbon Treaty : what about European Union after the treaty
draft Constitution ? Intervention à la Faculté de droit de Kobé, mars 2010; « Can
European Fundamental Rights be Contested ? », Kobe Law journal vol. 60, No. 1,
June 2010, Kobe Annals of Law and Politics (In Japanese), p. 35 et s.
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比較法雑誌第46巻第 3 号(2012)
構成国全ては当然に欧州評議会のメンバーであり,この条約を批准してい
る。諸権利の司法的保護については,欧州人権裁判所(フランス・ストラ
スブールにある)が,国家が侵した権利侵害の被害者である個人からの訴
えに対する裁判権を有する。欧州人権裁判所は,国家に対し条約違反の判
決を下す権限を有する。
欧州人権条約および欧州人権裁判所の判例は多大な影響を及ぼしてき
た。後者は,ヨーロッパの憲法的秩序の形成に貢献し,加盟国の国内法,
憲法,議会及び最高裁判所を含む司法において遵守されてきた。それは,
行政,警察権力または国内法による権利侵害に対する我々の究極の指針で
あり擁護者である。国籍に関わらず何人もまず国内裁判所に提訴し,それ
でも基本権侵害により被った損害に対する満足や賠償を得られない場合,
次に欧州人権裁判所を活用することができる。思い切った言い方をする
と,すべてはそこ,つまり欧州人権条約とその裁判所を起点にしている。
よって,これらについてよく知らなければ,基本権の問題と EU によるそ
の適用の問題を理解することはできない3)。
EU は基本権問題を回避しようとしてきたのだろうか。基本権は,単な
る経済的権限を与えられたこの国際機関によって適用される性質を有して
いるのだろうか。その答えは否定的であると考えられてきた。実際,基本
権は経済活動に適用されない,あるいはわずかに付随的に適用されるに過
ぎない。1957年の最初の EC 条約の起草者はこの問題について全くもって
何も定めなかった4)。
しかし,それは 2 つの相乗的な現象を考慮していなかった。その現象と
は,全ての法分野を包含する尽きることのないキャパシティを有する基本
権理論の驚くべき発展と,単なる地域的経済組織から,今日でははるかに
それ以上の問題を扱う真に包括的な政治的構想となった EU の信じがたい
ほどの展開である。このような現象から当然に,基本権は EU の法秩序に
おいても課されざるを得なくなった。問題はそれが「どのように」なされ
3) 欧州人権条約に関して,F.
F. Sudre, Que sais-je, Puf, 2010.
4) 1 番目のアプローチについて,Cl. Blumann, Droit institutionnel, Litec, 2012.
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EU における基本権保護システム
るかである。
この問に対して,基本権はまず,EU の裁判官のおかげで「狭い入口から」
とても遠慮がちに EU に入ってきたと私は答えるだろう。ともかく基本権
の保護は EU に課されることになった( I )。今では,2000年の EU 基本権
憲章(以下,本文では「憲章」と記す)により,基本権は EU において確
立され,リスボン条約はこの憲章の遵守を義務化した(II)。EU 自体に対
するこの憲章の影響は大きなものである。この意味において,本憲章は
EU に固有の特徴を示唆している。しかし,この憲章は同様にヨーロッパ
を包括する人権保護システムに対しても示唆的である。以下に述べるよう
に,このシステムは,自らの性質を変化させるような発展を経験しようと
している。
I EU 司法裁判所による基本権の導入:
EU 市民の権利および自由を保護する過程の第1段階 EU(以前は EC)の中に基本権を含めることは,結局,とても意外な方
法でなされたが,それは論理的で予見可能な方法でもあり,とりわけ構成
国に対する EU の正当性の考慮に寄与した巧妙な法的手法に則っていた。
実際は,欧州人権条約の基本権がその文言通りに EU の裁判官によって移
入された(A)。このような導入の根拠および効果は,しっかりと確立さ
れている(B)。
A EU への基本権の導入手法
EU 諸機関の不正行為に対して個人を保護し,かつ欧州人権条約に挙げ
られている基本権は,相互に補完的であるが明確に区別される 2 つの方法
によって EU の法制度に導入された。
1 法の一般原則を「介する」導入
法の一般原則とは,一般的な効力を有する法規則であり,公には次の 3
基準を充たすものである。①明文化されていなくても適用される。②判例
において裁判官によって導出される。③裁判官がそのすべて創りあげるの
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比較法雑誌第46巻第 3 号(2012)
ではなく,その時々の法や社会の状況から裁判官によって「発見される」。
従って,裁判官は,法の一般原則に関して重要な規範的役割を担っている。
EU への基本権の導入は,裁判所により法の一般原則を介してなされた。
その時期は 3 つに区分される。
拒絶の時期
第一は,EU 諸機関の行動を統制する手段としての法の一般原則の確立
が認められなかった,あるいは拒絶された時期である(1959年 Stork 判決)。
法の一般原則と基本権の関連が認められた時期
第二は,法の一般原則と基本権とを関連付けることによって,委員会の
行動の統制手段として基本権が認められた時期である。1969年 Stauder 判
決の第 7 段には次のように述べられている。「次のように解釈される,す
なわち,係争の対象である規定(委員会の規則)は,裁判所がその尊重を
確保すべき共同体法の一般原則に含まれる人間の基本権,これを問題にす
るいかなる要素も示してはいない」。
法の一般原則と基本権の関連が確立された時期
第三の時期には,1970年の Handelsgeslschaft 事件において司法裁判所
は次のように述べている。「基本権の尊重は,裁判所がその尊重を保障す
べき法の一般原則の不可分な一部をなす。これらの権利の保護は,構成国
に共通する憲法的伝統から発想されるものであり,EC の諸目的及びその
構造の枠内で確保されなければならない。よって,ドイツ行政裁判所が表
明した疑義に照らし,異議を唱えられた委員会規則により設置された制度
が,EC 法秩序においてその尊重が保障されなければならない基本的な性
質の諸権利を侵害したかどうかを検討しなければならない」。
2 欧州人権条約の直接的な参照による導入
70年代から EU 司法裁判所(以下,「裁判所」と記す)は法の一般原則
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EU における基本権保護システム
を参照し,EU 法システムに基本権を導入するに至る。基本条約は,直接
的にも間接的にも基本権の参照元となる規定を有していなかった。そのた
め,裁判所は,法の一般原則という中継を使って,超法規的と解される基
本権を導入したのである。すでに述べたように,裁判官は法の一般原則を
引き出す創造的権限を有している。よって,自らが作り出すこれらの法の
一般原則を盾にして,裁判所は自由に,欧州人権条約に含まれる基本権の
確立を可能にしたのである。このように,法の一般原則は欧州人権条約を
適用する手段とされた。
1974年の Firma Nold 判決で裁判所は,初めて明示的に国際人権保護文
書(ここでは欧州人権条約)を参照する。裁判所はこの判決を利用して,
次のように EU 市民に対し基本権を保護する EU の義務について再び明確
に述べている。「裁判所は,構成国に共通する憲法的伝統から示唆を受け
なければならない。よって,諸国の憲法……および諸国を拘束する条約的
法源(欧州人権条約)によって認められ,保障される基本権と相いれない
措置を許容することはできない」。
70年代から80年代にかけて裁判所は,法の一般原則を介する方法と欧州
人権条約を参照する方法,この両方を脈絡なく使っていた。80年代終わり
に法的に明確化され始め,とりわけ90年代に裁判所は法の一般原則を介す
ることなく,ますます欧州人権条約を直接に参照するようになる(1989年
Wachauf 判決,1991年 ERT 判決)。90年代終わりから2000年代にかけては,
欧 州 人 権 条 約 を 直 接 に 参 照 す る(1998年 Baustahlgewebe 判 決 , 2004年
Omega 判決)だけでなく,裁判所自身の判例も参照するようになった(1989
5)
。
年 Hoescht 判決)
このようにして,裁判所は,所有権,刑罰規定の不遡及,性別に基づく
差別の禁止,防御権,公正な裁判を受ける権利,人の尊厳の保護,私生活
および家族生活の尊重,実効的な救済を求める権利,経済活動の自由を確
立した。
5) この問題全体について,J.-M.
J.-M. Blanquet, Droit général de l ʼUnion européenne,
Sirey, 2011.
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B 基本権導入の根拠とその効力
なぜ EU への基本権の組み込みが望ましいのか。これに対しては裁判所
により考慮された 2 つの主な理由がある。
1 EU 法の優越に関する根拠
EU 法の重要な原則の 1 つが,EU 法優越の原則(1964年 Costa 判決)で
ある。これによって,EU 法に反するすべての国内法は,憲法的な性質の
法も含め,適用され得ない。つまり,すべての EU 法がすべての国内法に
優位する。裁判所は,国内法が EU 法に合致しない場合,国家はその法を
適用できないようにする義務を負うと述べる。このような法的要請の帰結
に対して最初に反発したのはドイツであった。ドイツの裁判官は,自らが
EU 法(規則や指令)の合憲性を解釈し,ドイツが保護する基本権と EU
法に矛盾がある場合は後者を停止する権限を有すると考えたのである6)。
このような解決は,国家が EU 法を無効にすることができる以上,EU
法優越の原則,つまりは EU 法の発想そのものを覆し,また,EU による
諸行為の適法性の統制という領域において EU の裁判所が有する排他的権
限をも問題とした。国内裁判官を「安心させる」ために EU の裁判所がと
り得た唯一の解決策は,基本権に従って EU 法が策定され,裁判の際には
EU の裁判所によって基本権を遵守した司法統制がなされるように,EU
の規範体系に基本権を取り込むことだった。このようにして,裁判所はそ
の統制メカニズムに基本権を導入し,もはや EU 法の基本権違反を疑うこ
とはできなくなった。80年代にドイツは EU の裁判所の判例が基本権の保
護を保障していると認めたのである。
2 EU の正当性に関する根拠
基本権の EU への導入は,個人の権利や自由を侵害する可能性に対して
EU 諸機関を枠づけることが目的である。これらの機関が採択する法行為
は,EU の基本条約だけでなく,裁判所が導き出した基本権にも反しては
6) J.
J. Renucci, Droit européen des droits de lʼHomme, LGDJ, 2010.
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EU における基本権保護システム
ならない。よって,諸機関はこれらの権利を守りつつ法規範を策定しなけ
ればならない。そうでない場合,裁判所の権限により当該行為が取り消さ
れる。
この問題の法的な側面を背景にして,裁判所は EU と EU 法の正当性を
明確に確立することができた。事実,EU の制度的欠陥(とりわけ欧州議
会の権限の弱さ)によって長い間 EU 法は正当だとみなされてこなかった。
それゆえ,裁判所は,基本権を導入し,EU 法が真の議会によって採択さ
れてはいないものの,市民の基本権を侵害するものではないことを,市民
に保障している。フランスの憲法院とコンセイユ・デタは,それぞれ2004
年と2007年に,EU の裁判所が基本権の保護を保障していると公式に認め
た7)。
II 2000年 EU 基本権憲章による基本権の確立:
EU 市民の権利および自由を保護する過程の統合的な第 2 段階 2000年に EU 構成国が憲章の制定を決定した際,EU は決定的に重要な
段階に踏み込んだ。しかし,この基本権憲章が法的に適用されるようにな
るにはリスボン条約の発効を待たなければならなかった。この憲章に対す
る法的拘束力の付与は遅かったが,EU 市民の権利と自由の保護に対する
この憲章の貴重な貢献はそれによって損なわれてはいない(A)。最も興
味深いのは,いまや EU は諸国家のように欧州人権条約に加入することが
できることである。加入が実現すると,ヨーロッパの基本権に関するシス
(B)。
テム全体が再編成されることになる8)
A EU 基本権憲章の遅れた法化
この憲章が必要であった理由は,少なくとも 3 つある。つまり,EU を
7) Cl.
Cl. Blumann, ouv. préc., notamment p. 723 et s.
8) この点の重要な研究として,G.
G. Braibant, La Charte des droits fondamentaux
de lʼUnion européenne, Le Seuil, Paris, 2001. J. Dutheil de la Rochère, « La Charte
des droits fondamentaux de lʼUnion européenne », Jurisclasseur, fasc. 160.
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特徴づけ,その適法性を強化し,EU と欧州人権条約との関連を断ち切る
ことが可能だったからである。最後の点に関して,実際,裁判所が,EU
が法的に拘束されない欧州人権条約を適用することは少なくとも奇妙であ
り,この状況を明確化することが急がれていた。本節では,憲章の内容( 1 )
とその効力( 2 )について簡単に述べる。
1 EU 基本権憲章の内容
2000年,EU は基本権の問題を明らかにし,それらを単一の文書に統合
する意思を示した。憲章は2000年12月 7 日,構成国と EU 諸機関によって
公的に宣言されたが,その時点では法的拘束力を有していなかった。2007
年12月12日,憲章は現行の形で委員会委員長,理事会議長及び欧州議会議
長により採択された。この文書には次が含まれている。
・裁判所の判例において認められたすべての権利
・欧州人権条約において確立されたすべての権利と自由
・すべての構成国に共通する憲法的伝統から生じ,他の国際文書に由来
するその他の権利と原則
憲章はとても現代的な法典であり,欧州人権条約との整合性を確保して
いる。そして,情報の保護,生命倫理に関する保障,行政の透明性といっ
た「第 3 世代」の基本権を包摂している。
より正確には,この憲章は 3 つの基本軸と 6 つの章から構成されている。
3 つの基本軸
・市民的権利:欧州人権条約によって保障されている人権および適正手
続の権利
・政治的権利:基本条約によって確立された EU 市民権に特有の権利
・経済的・社会的権利:1989年に採択された「労働者の社会的権利につ
いての共同体憲章」で言明されたものを再録している
6 章+ 1
この憲章は諸権利を 6 章に分類している。第 7 章には憲章の適用要件が
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EU における基本権保護システム
定められている。
・尊厳:人間の尊厳,生存権,身体の不可侵性,拷問の禁止と非人道的
で品位を傷つける刑罰あるいは処遇の禁止,奴隷制および強制
労働の禁止
・自由:自由および安全に対する権利,私生活と家族生活の尊重,個人
情報の保護,婚姻する権利と家族をつくる権利,思想,良心お
よび宗教の自由,表現と情報の自由,集会および結社の自由,
芸術と学問の自由,教育を求める権利,職業選択の自由と働く
権利,営業の自由,財産権,庇護権,退去,追放(強制退去)
および引渡しの際の保護
・平等:法の下の平等,差別の禁止,文化的,宗教的および言語的多様
性,男女間の平等,子どもの権利,高齢者の権利,障害者の同
化
・連帯:企業内での情報と協議を求める労働者の権利,団体交渉権と団
体行動権,就職斡旋サービスを受ける権利,不当解雇の場合の
保護,適正で公平な労働条件,児童労働の禁止と若年労働者の
保護,家庭生活と職業生活の保護,社会保障と社会的扶助,健
康保護,一般的経済利益事業へのアクセス,環境保護,消費者
保護
・市民権:欧州議会選挙の選挙権と被選挙権,地方議会選挙の選挙権と
被選挙権,適正な行政運営を求める権利,文書アクセス権,欧
州オンブズマン,請願権,移動および滞在の自由,外交的保護
および領事当局による保護
・司法:実効的な法的救済と衡平な裁判を求める権利,無罪の推定,防
御権,刑罰の適法性と比例性,一事不再理
2 EU 基本権憲章の効力
リスボン条約が発効するまでの基本権憲章は,実際,関係諸機関(欧州
議会,委員会,理事会)を法的にではなく政治的に拘束する機構間の合意
でしかなかった。たとえこの憲章が法的な拘束力を付与する見通しで起草
171
比較法雑誌第46巻第 3 号(2012)
されたとしても,実際にそのような効力は与えられなかった。しかし,と
りわけ裁判所の判例9)を通じて,この憲章は重要な影響力を及ぼした。
リスボン条約の発効に伴い,憲章は構成国に対する法的拘束力を得たが,
イギリス及びポーランドは憲章の適用を除外されている。この適用除外
は,リスボン条約に定められてはいないが,第30議定書として条約に属し
ている。この付属議定書により,裁判所及びこれらの国の国内裁判所によ
る憲章―とりわけ第 4 章の連帯に関する諸権利に関して―の解釈が制
限されている。
いまや憲章は,EU の主要機関およびその他諸機関によって遵守され,
同様に,構成国が EU 法を実施する際に国家によっても守られる。ある構
成国による憲章違反がある場合,委員会または他の構成国によってこの憲
章が裁判所において援用される。
しかしながら,この憲章は,基本権に関する EU の唯一の法源ではない。
リスボン条約によって EU の加入が予定されている欧州人権条約や構成国
の古典的な憲法的法源の役割もまた以前と変わらず重要である。法の一般
原則のほとんどがいまでは基本権憲章に収められているとしても,裁判所
はいまだに法の一般原則を発見することができる。
B ヨーロッパにおける人権保護システムの統合の可能性
1 欧州人権条約への EU の加入
リスボン条約は,欧州人権条約への EU の加入について定めている。
EU のような国際機関による訴え又はそれに対する訴えを欧州人権裁判所
の下で法的に認めるためには欧州人権裁判所規程を修正しなければならな
い(第14議定書)。この議定書は欧州人権条約の47全加盟国によって批准
される。次に,EU の欧州人権条約への加入条約が交渉され,批准される
ことになる。これらの作業は長く複雑なものになるだろう。加盟条約は,
欧州人権条約の全加盟国,EU の27全構成国,同様に EU 自身によっても
9) Voir
Voir la décision de la CJUE du 9 janv. 2010 rendue dans lʼaffaire Mme Kücükdeveci.
172
EU における基本権保護システム
批准されなければならない。これには数年かかるであろう。委員会は既に
いわゆる交渉指針を作成している。この指針についての理事会の合意を得
た後,委員会はこれに従って条約加入の交渉を行う10)。
2 欧州人権条約と EU の結合による統合的な効力
現在,裁判所は,EU の基本権憲章を参照し,EU の諸行為における基
本権の尊重を統制するようになった。重要なことは,裁判所が,憲章に欧
州人権条約と同様の権利がある場合に,後者の内容と同じ意味において前
者を解釈することである。よって,この観点において,ヨーロッパの異な
る 2 人の裁判官による判例の統合がみられ,判例の乖離が避けられるよう
になる。
将来を仮定してみると,EU が欧州人権条約に加入した場合,EU 法(規
則や指令)は諸国の法と同様に,欧州人権裁判所によって統制されること
になる。この点について,興味深い議論がある。例えば,裁判所が基本権
憲章に照らせば憲章に反しないと判断すると考えられる指令があると仮定
しよう。しかし,その後,ある構成国の最高裁判所がこの指令と基本権憲
章の両立性に疑義を抱き,裁判所とは反対の結論を下したとする(他にも
このような多くの例が考えられる)。この場合,常に欧州人権裁判所に最
終判断を求めることができる(この判断は,EU の裁判所にとっても,国
内裁判所にとっても,又はその他の意味においても最終的である)。その
結果,このような仕組みによって,欧州人権裁判所とその裁判官こそが,
他の諸裁判官が従うべき終局的な判例を生み出すことになる。従って,国
内裁判官,EU の裁判官等から構成される,大規模なヨーロッパ基本権シ
ステムが形成されようとしている。しかし,そこにおける基本権は欧州人
権裁判所の司法的作用により統合される。つまり,欧州人権裁判所がその
仕組みの中で最も重要な責任を担うのである。EU の基本権憲章,とりわ
10) G. Cohen-Jonathan, « Problématique de lʼadhésion de lʼUnion à la CEDH », in
Mélanges offerts à Pierre-Henri Teitgen, Pedone, 1984,これは,欧州人権条約
への EU の将来的な加入という全くもって今日的なテーマを扱っている。
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比較法雑誌第46巻第 3 号(2012)
けその社会権や第三世代の人権は EU の諸国にとって付加的な価値を有す
るが,市民的権利および政治的権利については,やはり欧州人権裁判所の
統制の下におかれることになるだろう。
結 論 ヨーロッパにおける人権システムは,高度に精緻化したレベルに達して
いる。40年におよび,基本権は,EU,その裁判官及びその諸機関の正当
性の確立に力強く貢献してきた。よって,基本権なしの EU 法,EU およ
び諸機関は考えられなくなった。しかしだからといって,基本権について
思考し,疑問をもち,評価し,異議を唱えることが排除されるわけではな
い。今後数年のうちに行われるのは,ヨーロッパ(世界)で最も強力な裁
判官,つまり欧州人権裁判所による人権の統合である。欧州人権条約へ
EU が加入する以上,このような転換は必ず生じることになるであろう。
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