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神経変性におけるDNA損傷修復障害の解明と治療応用

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神経変性におけるDNA損傷修復障害の解明と治療応用
 上原記念生命科学財団研究報告集, 24(2010)
52. 神経変性における DNA 損傷修復障害の解明と治療応用
岡澤 均
Key words:ポリグルタミン病,ハンチントン病,DNA 損傷
修復,Ku70,ハンチンチン
東京医科歯科大学 難治疾患研究所
神経病理学分野
緒 言
ポリグルタミン病は遺伝子エキソン内部の CAG リピート伸長に基づくタンパク質ポリグルタミン配列伸長が原因となって生じる一群
の神経変性疾患の総称であり,これにはハンチントン病,球脊髄性筋萎縮症,脊髄小脳失調症1型,2型,3型,6型,7
型,17型 (SCA1,2,3,6,7,17),歯状核赤核淡蒼球ルイ体変性症 (DRPLA) などが含まれる.ポリグルタミン病の発
症には核機能異常,異常蛋白凝集,プロテアソーム機能異常,ER ストレス,ミトコンドリアストレス,軸索輸送障害など様々な
細胞病態が関与していることが知られている.一方,ポリグルタミン病に共通する病理所見として核内封入体が知られており,
異常タンパク質の核内沈着過程が病態と深く関連することが推測される.実際,脊髄小脳失調症1型原因タンパク質アタキシ
ン1の核移行シグナルを欠損した変異タンパク質を発現するトランスジェニックマウスは,通常の変異タンパク質を発現するマウ
スに比べて,はるかに軽症であることが知られている 1). また,ハンチントン病タンパク質ハンチンチン (Htt) の核移行を阻害
すると,細胞レベルでの毒性が顕著に減少することも報告されている 2).したがって,核機能障害は種々の病態カスケードの中
で最も主要な影響を与えるものと考えられる.
そこで,著者らは『ポリグルタミン病タンパク質が核移行した後に如何なる機能障害を起こしうるのか?』という疑問にフォーカス
して研究を行って来た.本研究を開始する以前に,ハンチンチンおよびアタキシン1を用いて,プロテオーム解析を行った.そ
の結果,異常ハンチンチン発現および異常アタキシン1発現に共通した結果として,罹患神経細胞における HMGB1/2 (high
mobility group protein B) タンパク質の減少を認めた 3).HMGB1/2 タンパク質は DNA の高次構造変換を制御するタンパ
ク質であり,その減少は転写,DNA 修復を始め広汎な影響を及ぼす.著者らは,ポリグルタミン病異常タンパク質の発現によ
り DNA 損傷が増加していることも確認した 3).以上の結果はポリグルタミン病態における DNA 修復障害を示唆しているが,こ
の仮説をさらに強固なものとするために,本研究において,HMGB 以外の DNA 損傷修復タンパクのポリグルタミン病病態機能
を解析することにした.
方 法
本研究では,著者らがこれまでに報告してきた初代培養神経細胞におけるウィルスベクターによるハンチントン病タンパク発現系
4,5),
ハンチントン病モデル動物(R6/2 マウス, Huntingtin99Q knock-in マウス)ならびにヒトハンチントン病脳組織を用
いて,ハンチントン病態における DNA 損傷修復関連タンパク Ku70 の機能的変化を検証した.ハンチントン病タンパクと Ku70
の結合の検証には,免疫沈降法を行った.免疫組織化学はウサギ Ku70 抗体 (1:200,H-308,Santa Cruz),マウスH2AX
抗体 (1:500,Ser139,Milipore),マウス Htt 抗体 (1:100,EM-48,Milipore),ウサギ Htt 抗体 CAG53b (1:400),
biotin-conjugated マウス NeuN 抗体 (1:100,ilipore) などを用いた.Ku70 と DNA の結合活性は Ku70/86 DNA
Repair Ki (Active Motif, Carlsbad) を用いて解析した.DNA 2重鎖切断は neutral single-cell gel electrophoresis
assay (CometAssay,Trevigen,Gaithersburg,MD) を用いて解析した.また,Ku70 過剰発現マウスは,以下の要領
で作成した.まず,neuron-specific enolase (NSE) ラット遺伝子のエンハンサー/プロモーターとして同定されている 6) 上
流域 1.9 kb 配列 (nucleotide 146320892 to 146318938 of AC_000072) を,Brown Norway and Sprague-Dawley
ラットのゲノムからクローニングして pIRES-hrGFPII (Stratagene) の CMV プロモーターと SpeI/EcoRI で置換する形でサ
ブクローニングした.さらに,RIKEN mouse FANTOM clone,full length of Ku70cDNA (ID: I730069P06) を調
1
節領域の下流に挿入した.また,pIRES-hrGFPII の Ku70 の下流には,internal ribosome entry site (IRES) と
humanized recombinant GFPII が挿入されている.このようにして作成したプラスミドを Asc I /SgrA I で切断し,出来た
5.5-kb 断片を C57BL/6 マウスの受精卵にインジェクションした.Ku70 過剰発現マウスをハンチントン病モデル R6/2 マウス
(異常ハンチンチンexon1 の過剰発現マウス)と掛け合わせて,バックグラウンドを統一したもの同士を比較して,Ku70 過剰発
現がモデル動物の症状改善につながりうるかを検討した.
結 果
1.これまでに共同研究者グループが報告したハンチンチンのインタラクトームデータの中に,DNA 2重鎖切断修復タンパク
質 Ku70 が含まれていた 7).このことから,Ku70 タンパクを介した DNA 損傷修復障害が生じる可能性が示唆された.そこ
で,免疫沈降法,Lumier 法など複数の手法によって,実際に Ku70 タンパクがハンチンチンと結合することを確認した.この
際,明らかにポリグルタミン鎖が伸長した異常ハンチンチンに対する結合が正常ハンチンチンよりも顕著であった.また,ポリグ
ルタミン配列を含む exon1 由来のハンチンチンペプチドも全長ハンチンチンタンパク質も共に強く Ku70 に結合した(図1).
図 1. Ku70 と異常ハンチンチンの結合.
A. 共同研究者らによるハンチンチンタンパク質の Y2H インタラクトーム解析 7).ハンチンチンと Ku70 が直接結合する
ことが示唆された.
B. アデノウィルスベクターによって異常ハンチンチンを発現させた初代培養神経細胞(大脳)の免疫染色.封入体に
ハンチンチンと Ku70 が共局在している.
C. ハンチンチン-EGFP と Ku70 の免疫沈降.どちらの抗体によっても相手方が共沈降することが分かる.正常ハンチ
ンチンは共沈降しない.
2
2.免疫組織化学による解析では,変異型ハンチンチンを発現する細胞(R6/2 マウス,Huntingtin99Q knock-in マウ
ス,ヒトハンチントン病患者の線条体神経細胞,および変異型ハンチンチンを発現させたラット初代培養神経細胞)では DNA
二重鎖切断マーカーであるリン酸化 H2AX (γ-H2AX) のシグナルが増加していた.また,初代培養神経細胞にアデノウィル
スベクターを用いて変異型/正常ハンチンチン Exon1 ペプチドを発現させ,中性条件下のコメットアッセイ法で DNA 二重鎖切
断を観察すると,変異型ハンチンチンを発現させた際に有為な DNA 二重鎖切断の増加が見られた.
3.Hela 細胞核抽出液を用いた DNA-PK 活性の測定結果から,変異型ハンチンチンを加えた場合に DNA-PK 活性抑制
が観察された.また,Ku70 と DNA 切断点との結合に関して解析したところ,変異型ハンチンチンを加えた場合にのみ,核抽
出液 Ku70 の切断 DNA への結合が阻害された.同様に Ku70 と Ku80 の結合(ヘテロダイマー形成)も変異型ハンチンチ
ンを加えた場合に阻害された(図2).
図 2. ハンチンチンによる DNA 2重鎖切断 non-homologous end joining の障害.
A.DNA 2重鎖切断の non-homologous end joining における修復タンパクコンプレックス形成と DNA-PK の活性
化.
B.大腸菌に発現させた GST-ハンチンチン融合タンパクの DNA-PK 活性阻害作用.Sup および pellet に分けて阻
害活性を観察した.GST-Htt110Q の Sup にのみ阻害活性が顕著に認められる.平均値と SE を示す.t-検定の有意
差の危険率は図中に示した (n=3).
C.切断2本鎖 DNA と Ku70 の結合に対する GST-ハンチンチン融合タンパクの阻害作用.同じく,GST-Htt110Q
の Sup にのみ阻害活性が顕著に認められる.平均値と SE を示す.t-検定の有意差の危険率は図中に示した (n=3).
D.Ku70 と Ku80 のヘテロダイマー形成に対する GST-ハンチンチン融合タンパクの阻害作用.同じく,GST-Htt110Q
の Sup にのみ阻害活性が顕著に認められる.
3
4.Ku70 の過剰発現によって DNA-PK 活性障害を補正することを目的として,Ku70 と R6/2 の double transgenic (double
Tg) マウスを作製し解析をおこなった.まず,それぞれのマウス脳の核抽出液を用いて DNA-PK 活性および Ku70 の切断
DNA への結合能を測定した結果,R6/2 と比較して double Tg マウスでは DNA-PK 活性および Ku70 の切断 DNA への結
合能は共に改善していた.これに対応してウェスタンブロットでの γ-H2AX 減少と免疫染色での線条体神経細胞における γH2AX のシグナル減少が確認された.また,表現型を検討した結果,R6/2 マウスと比較して double-Tg マウスでは生存期
間の延長と運動機能の改善を認めた(図3).さらに,ショウジョウバエモデルにおいても,同様に Ku70 の強制発現がハンチ
ントン病モデルショウジョウバエの顕著な寿命延長効果をもたらすことを観察した (未発表).
図 3. Ku70 補充によるハンチントン病モデルマウスの治療効果.
異常ハンチンチンタンパク質 exon1 断片を発現するハンチントン病モデルマウス R6/2 と,Ku70 過剰発現マウスの交
配によるダブルトランスジェニックマウスの解析.A.ハンチンチン(1C2),Ku70,γ-H2AX のウェスタンブロット解析
を示す.B.A の定量的解析.平均値と SE を示す.t-検定の有意差の危険率は図中に示した.C.クラスピングおよ
び寿命の解析.Ku70 を過剰発現させることで,クラスピングの緩和と寿命の顕著な延長が認められる.寿命の延長巾
(30%)は従来の報告の中で最大レベルである.N:各グループのマウス匹数.クラスピングは t-検定,寿命はカプラ
ンマイヤー解析による.有意差の危険率は図中に示した.
考 察
以上の結果から,変異型ハンチンチンは凝集前に Ku70 と結合し,この結合を介して DNA-PK 活性を抑制し,さらに DNA
損傷修復障害を引き起こすこと,その結果 DNA 二重鎖切断の増加・蓄積につながることが強く示唆された.また,DNA 損傷
修復タンパク質 Ku70 の機能回復がハンチントン病態の個体レベルでの治療につながりうることが示唆された.これらの知見
は,DNA 損傷修復がポリグルタミン病の代表疾患であるハンチントン病において主要な病態の一つであることを示し,さらに他
4
のポリグルタミン病あるいは神経変性疾患においても同様な病態の存在を検索する価値を示唆する意味で,興味深いものと考え
ている.
共同研究者
本研究の共同研究者は,東京医科歯科大学神経病理学分野の榎戸 靖,田村拓也,伊藤日加瑠,および Max-Delbrück
Center for Molecular Medicine,Neurogenetics の Erich E. Wanker である. 文 献
1) Klement, I. A., Skinner, P. J., Kaytor, M. D., Yi, H., Hersch, S. M., Clark, H. B., Zoghbi, H. Y. & Orr,
H. T. : Ataxin-1 nuclear localization and aggregation: role in polyglutamine-induced disease in SCA1
transgenic mice. Cell, 95 : 41-53, 1998.
2) Saudou, F., Finkbeiner, S., Devys, D. & Greenberg, M. E. : Huntingtin acts in the nucleus to induce
apoptosis but death does not correlate with the formation of intranuclear inclusions. Cell, 95 : 55-66,
1998.
3) Qi, M. L., Tagawa, K., Enokido, Y., Yoshimura, N., Wada, Y., Watase, K., Ishiura, S., Kanazawa, I.,
Botas, J., Saitoe, M., Wanker, E. E. & Okazawa, H. : Proteome analysis of soluble nuclear proteins
reveals that HMGB1/2 suppress genotoxic stress in polyglutamine diseases. Nat. Cell Biol., 9 :402-414,
2007.
4) Tagawa, K., Hoshino, M., Okuda, T., Ueda, H., Hayashi, H., Engemann, S., Okado, H., Ichikawa, M.,
Wanker, E. E. & Okazawa, H. : Distinct aggregation and cell death patterns among different types
of primary neurons induced by mutant huntingtin protein. J. Neurochem., 89 : 974-987, 2004.
5) Tagawa, K., Marubuchi, S., Qi, M. L., Enokido, Y., Tamura, T., Inagaki, R., Murata, M., Kanazawa, I.,
Wanker, E. E. & Okazawa, H. : The induction levels of heat shock protein 70 differentiate the
vulnerabilities to mutant huntingtin among neuronal subtypes. J. Neurosci., 27 : 868-880, 2007.
6) Forss-Petter, S., Danielson, P. E., Catsicas, S., Battenberg, E., Price, J., Nerenberg, M. & Sutcliffe, J.
G. : Transgenic mice expressing β-galactosidase in mature neurons under neuron-specific enolase
promoter control. Neuron, 5 : 187-197, 1990.
7) Goehler, H., Lalowski, M., Stelzl, U., Waelter, S., Stroedicke, M., Worm, U., Droege, A., Lindenberg, K.
S., Knoblich, M., Haenig, C., Herbst, M., Suopanki, J., Scherzinger, E., Abraham, C., Bauer, B.,
Hasenbank, R., Fritzsche, A., Ludewig, A. H., Büssow, K., Coleman, S. H., Gutekunst, C. A.,
Landwehrmeyer, B. G., Lehrach, H. & Wanker, E. E. : A protein interaction network links GIT1, an
enhancer of huntingtin aggregation, to Huntington's disease. Mol. Cell, 15 : 853-865, 2004.
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