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オルケストラ シンフォニカ 東京 第53回定期演奏会

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オルケストラ シンフォニカ 東京 第53回定期演奏会
オ ル ケ ス トラ
シ ンフォニ カ
東京
第 53回
定
期
演
奏
会
平成 24年 4月 14日 (土)午 後 2:00開 演
第 一 生 命 ホ ー ル
OSTの 歴 史
1915(大正 4)年 9月
1916(大正 5)年 4月
武井守成 ・1楽団創設
楽団名 をシ ンフォニ ア ・マ ン ドリニ 。オルケス トラと称する
1949(昭和 24)年 11月
楽団名をオルケス トラ ・シンフォニ カ ・タケヰに改称
戦後初めての定期演奏会開催 (第 49回 )
1949(昭和 24)年 12月
武井守成
1953(昭和 28)年 5月
オルケス トラ ・シンフォニ カ ・タケヰ
1954(昭和 29)年
杉並 マ ン ドリンアンサ ンブル創立
1955(昭和 30)年 10月
1958(昭和 33)年 12月
杉並 マ ン ドリンア ンサ ンブル 第 1回 演奏会 (通算 56回 )
オルケス トラ ・シンフォニカ ・タケイに改称 第 57回演奏会開催
オルケス トラ ・シンフォニ カ ・タケイ 解散
1959(昭和 34)年 12月
杉 田村雄 *2オ ルケス トラ ・シンフォニ カ ・タケイを復興
1923(大正 12)年 11月
1956(昭和 31)年 7月
逝去
第 55回 演奏会開催
本楽団第 1回 定期演奏会開催
1986(昭禾口61)年 7月
杉 田村雄
1987(昭和 62)年 5月
楽団名 をオルケス トラ ・シンフォニ カ 。東京に改称
2012(平成 24)年 4月
第 53回 定期演奏会開催
*1)武
逝去
井守成 (たけい もりしげ :1890年 10月 11日 ∼ 1949年 12月 14日 )
男爵。
宮内省楽部長 ・式部官長、
枢密顧問官武井守正 の二男 として鳥取 に生 まれる。
・
ニ
・
マ ン ドリン合奏団『
ル
ス
カ
シンフォ
タケヰ
オ ケ トラ
』(OST)を 主宰 し、マ ン ドリン
マ ン ドリンギ ター研究』を発刊 し、
合奏 曲 ・ギ ター独奏 曲の作 曲家 として活動。また雑誌 『
コン
コン
マ
ン
ン
クール、1927年にはマ ン ドリン
クール、1924年に作
1923年 に
ドリ 合奏
曲
・
コン
マ
ン
ン
ター音楽の発展
に尽力 した。
クールを開催
して
ドリ
ギ
オーケス トラ作 曲
*2)杉
田村雄 (すぎた む らお :1903年 2月 14日 ∼1986年 7月 17日 )
八王子 ・南多摩郡多摩村 の村医杉 田武雄の長男 として生 まれる。
2人 で暁星マ ン ドリン
暁星中学時代、クラスメー トの斉藤秀雄 とともに比留間賢八に師事、
へ
と
を進める。
ら静美社音楽部
音楽活動
倶楽部か
1939年 OSTに 入団。戦時中、武井守成氏 の多摩村東寺方へ の疎開に尽力 し、音楽関係
楽譜 ・資料 も戦火 を免れる。
武井氏逝去後、OSTの 再興 にあた り理事長お よび指揮者 を務める。武井氏 の楽譜出版
に尽力。日伊音楽協会理事長、日本 マ ン ドリン連盟副会長を歴任 し斯界 に貢献 された。
昨年 の第 52回 定期演奏会 にお きまして、 ご来場 の皆様に東 日本大震災 の義援金 をお願 い
とな りましたので、 日本赤十字社 を通 じて義援金口座 に
致 しましたところ、149,181円
被害 を受け られ ました地域 の皆様 の一 日も早 い復興 とご健康 をお祈
振 り込みを致 しました。
り致 します。
誠にあ りが とうござい ました。
オルケス トラ
シンフォニ カ 東京
一同
プ ロ グ ラ ム C泳 騨 0終 汗 診 0米 勁 の 。
愉
第
一
部
指揮 : 嶋
直
樹
1.管 弦楽組曲第3番 より「
Air(エア)」
ツハ ( 嶋 直樹編)
JoS.バ
2.風 鈴屋
武
井
守
成
3.微 風 (そよかぜ)
武
井
守
成
4.小 セレナーデ 「
山吹く風」
A . モル ラ ッキ
5。風 笛 (かぜぶえ)∼あすかのテーマ∼
大島
6.ソ スピーリ(ため息)
E . W . エルガ ー ( 嶋 直樹編)
ア ル ト ・フルー ト独 奏
西村
いづ み
7 . 交響曲第6 番 「
田園」より第一楽章
《 休
第
二
部
ミチル ( 山本 雅 三 編)
憩
L . v . ベー トー ヴ ェ ン ( 蔦谷 悦子編)
( 嶋 直樹 改編)
20分 》
指揮 :山
本
雅
三
1 2
母なる地球
服部 克久 ( 山本 雅 三編)
組曲 幡蜂 ( こおろぎ) の恋
N . アラッショ ( 中野 二郎編)
i)出会 い
i i ) セレナ ー デ
i ) 愛 の告 白
i v ) 結婚 の ガボ ッ ト
3.
自由 な き翼
1 ) ももいろベ リカ ン
i i ) 笑う自フクロウ
i ) 空色ペ ンギ ン
4.バ
加賀城
浩光
レエ 組 曲 「くるみ 割 り人 形 」より 「花 の ワル ツ」 P . I . チャィ コ フス キ ー ( 宮 田 俊 一 郎 編 )
目
解
説
第 一 部
風 の旅」をテーマにして選曲いた しました。
今回の第一部 は「
エ ール 」
管 弦楽 組 曲第 3 番 よ り 「
ヨハ ン 。セバスチャン ・バ ッハ
J.S.バ ツハ (1685年∼ 1750年)は 管弦楽組 曲を4曲 作 曲してお り、 いわゆる 「G線 上のアリア」と
呼ばれ るこの曲は第 3番 の第 2曲 。原題は Air(エア、エ ール)で す。バ ッハ はこの管弦楽組曲をフラ ンス
エ ー ル」はフラ ンス器楽舞曲の一つ です。
様式 で作 曲 してお りますが、「
(伊
(仏
エ ア ロ」が語源の言葉で、
エ
元 々は空気 。大気 ・
アリア )も ール )もエ ア (英)も共 にギ リシャ語の「
歌」を意味する言葉 とな り、フランスでは舞曲の一つ として発達
雰囲気 の意味で した。それがイタリアで「
しました。
風」が誕生するイメージで演奏
風」は空気の流れ、今 日の演奏 は天地 開闘の初め、混沌な状態 の 中か ら「
「
いた します。
武 井 守 成
風 鈴 屋
夏 の組 曲」 の第 2曲 です。
真夏、
当団体 の創始者武井守成 (1890年∼ 1949年)が 1928年に作 曲した 「
炎天下 に風鈴の音 は涼 しげで心 をホ ッとさせ ます。そ のよ うな風鈴 をた くさん天秤棒 に吊る し売 り歩 く
風鈴屋 は夏の風 物詩 であ りました。しか しなが らこれはかな りの重 労働 であったことで しょう。ある時
には真夏特有 の雷雲が発生 し、遠 くで稲妻が光 リゴロゴロ と鳴 っている。それが段 々近づいて来 ようもの
な ら、いつ雨が降 り出すや ら気が気ではなかったに違 いあ りません。やがて雷が遠 くへ去 って しまった時
の「
風鈴屋 の心の動 きが音で表 されてい ます。
助か った」とい う気持 ち。
微
風 ( そよ か ぜ )
武 井 守 成
風鈴屋」と同 じく武井守成 が 1947年に作 曲 しました。
「
木枯 らしが吹 く寒 い冬が終 わ り、やがて春一番が野山や街 を吹 き抜 けると空気 の色 も一変 し、待 ちに
待 った春 がや って きます。時 には寒 い風 が名残惜 しそ う に吹 くこ とが あ って も、時 は春。春 の微風
(そよかぜ )が頬 を優 しく撫 でてい きます。
山吹く風」
小セレナーデ 「
アルマンノ・モルラッキ
ア ルマ ンノ 。モ ル ラ ッキ (1873年∼ 1941年 )は イ タ リア ・ミラノで活躍 した音楽家 で マ ン ドリ ン曲の
作 曲 の他 、様 々 な編 曲 を した こ とで知 られ てい ます。
山の 木 々の 間 をす り抜 け、枝 を揺 さぶ り葉擦 れの音 をたてて風 が 回 って い きます。光合成 の作用 で炭酸
ガス は吸収 され新 鮮 な酸 素 が 山 い っ ぱ い に広 が り、動 物 た ちや 訪 れ た人 々の 体 を リフ レ ッシ ュ して
くれ ます。風 の流 れ、震 え、広 が りが眼前 に見 えて くる よ うな さわやか な曲です。
風
笛 (か ぜ ぶ え )
‐
大 島 ミチ ル
の連続 ドラマ「あすか」(1999年)の テーマ 曲で した。
和菓子
奈良県明 日香村 と京都市が舞台で、
現在尚美学園大学
作 曲した大島 ミチル (1961年∼ )は長崎市出身で、
職人を目指す若 い女性 の物語 で した。
の 客 員教 授。主 に映 画 音 楽 を作 曲す る こ とで知 られ て い ます。原 曲で は オ ー ボ エ が 主体 で 演 奏
NHK朝
されました。
清 々 しい緑
笛 を鳴 らすのは人の息、空気 の流れ、風。とす るとすべ ての笛 が風笛 とい うことで しようか。
の風 を感 じさせる佳曲です。
ソス ピー リ (ため息 )
エドワード ・ウィリアム ・エリ
レガー
イギ リスを代表す る作 曲家 Eo W.エ ルガー (1857年∼ 1934年 )は 第 2の 国歌 とも言われ る行進曲
愛 の挨拶」など幅広 いジ ャ ンルの 曲で知 られてい ます。
「
威風堂 々」第 1番 や「
ハ
今回はハ ープ
原曲は弦楽合奏 に ープとオルガンが入る、悲痛 とも思える深 く沈 んだ雰囲気の曲です。
をギ ター、オルガ ンを ビアノ、そ してメ ロデ イー をアル ト ・フルー トの ソロでお聴 かせ い た します。
おそ らく原曲以上に不思議 な響 きとなるで しよう。アル ト ・フルー トは通常 のフルー トより 4度 低 い音
が 出 ます。低 音 の 音域 はマ ン ドリ ンと同 じですが独特 の 落 ち着 い た音色 が特徴 で す。ソス ピー リは、
レコー ド会社か らの依頼で代表作 「
愛 のため息」
愛 の挨拶」と共に録音 されるために書かれ、 タイ トル も「
となるはず だったのですが、作 曲中のエ ルガーに何が起 こったのか、 曲想が大 きく変わ り深 い悲 しみを
表現す るような曲になって しまい ました。そ のため別 の 曲をセ ッ トにして録音 した とい うエ ピソー ドが
伝 えられてい ます。
交響 曲第 6番 「田園」 よ り第 1楽 章
ルートヴィヒ 。
ヴァン ・ベートーヴェン
L.v.ベ ー トーヴェ ン (1770年∼ 1827年 )は あま りにも偉大 な作 曲家 で あ り様 々 なエ ピソー ドで
知 られてい ます。「田園」は 1808年に作 曲されました。この 曲では小 鳥のさえず りや小川のせせ らぎ、また
嵐 ・雷鳴な どを思わせ る表現があち こちにされて い ますが、ベ ー トーヴェ ン自身 は、 自然描写 を音で
表 した ものではない と言 っていたよ うです。
各楽章 のタイ トル をあげてみ ます と、
交響 曲第 6番 田園交響 曲、あるい は田舎の生活の思 い 出 (音画 よりも感情の表現)
第 1楽 章 田舎 に着 いたと きに人の心 に目覚 める心地 よ く晴 々 とした気分
第 2楽 章 小川 のほと りの情景
第 3楽 章 田舎 の人 々の楽 しい集 い
第 4楽 章
第 5楽 章
雷、
嵐
神へ の感謝 と結 びついた気持ち
羊飼 いの歌。嵐 の あ との、慈 しみに満ちた、
パ ス トラー レ」は伝統的なクリスマス音楽を
ベ ー トーヴェンよ りもっと古 い時代 では「田園」すなわち「
ベ ー トーヴェンはこの曲全体 を通 して単なる田園の描写ではない、自然界その ものを
思わせるもので した。
音画の描写 ではない とい う点 は武井守成
創造 した神へ の感謝 の祈 りを表現 したかつたのか も知れません。
の
の人
としての
で
ではな
る風
が「
く風鈴屋
間
感情描写 を表現 したところと似通っていて
風鈴屋」 単な
鈴 音
興味深 い ところです。
「
風 の旅」をテーマ として きた本 日の第一部ですが、旅 の集大成 としてこの曲を選びました。田園には
皆 さん
様 々 な自然 の風、人 々の ため息、喜 びや悲 しみ、真心や希望、感謝 の気持 ちなどが渦巻 いてい ます。
が`きに思 い描 く田園風景 を重ね合わせてお聴 きください。
(文責 ・嶋)
第 二 部
母なる地球
服 部 克 久
音楽の 自然食」をテーマに作曲した
現在活躍中の作曲家 ・編曲家である服部克久氏 (1936年∼)が 「
シリーズの
音楽畑」
音楽畑」は 1983年から2003年にかけ20作が発表され、 日本
「
第 10作収録曲です。「
レコー ド大賞企画賞 も受賞 したイ ンス トゥルメンタル(器楽曲)集です。
作者の コメントをご紹介 します。
ま会 病言
ん0必 。
地球●
とり′
要いと〃 らないまま)夕 ιデつ身夕のあ ろこ ろををιlざ
まれ ている。
Mが
どのまま放 っ窪 野 と、
生 冷夕のをめないπ のメ』だなってιま 夕のか る知れ ない。
地球tま
ま如性 とい 夕るの″=有る″ヽ
ら、
ダ っ衝 辱 どま力 いo必 〃 で″′ ιて〃い。
勿論人間Lこ′
ノ′″ ″ ヒ寵止 ιオ ク.動植物 のテンクチュ/ダ ー″ ら カ ク、
植林 をιカ ク.
地球環境 をする力め″、
あ ら´ろヂ〃 をつ くそ うとιa%。
勘 獲 拶 か るιれない。ろιかナるとる夕おそいのか る知れ ない。
一つだヽ
す確実 ″言える事は 、鋼 物 カ リ ら〕ば つかの移 淮 滅 ιて″ イ事だ。
今夕な るιか ιた ら、ハ彬 ン な くなるのか る知れ ないι、
ま桜草 のみ 弓 知れ ないのん
来年″ マナテイ4次 のケク
″
′ ιてス〃のヂα ttψ 〃ナ事の出来ない〕
ダヂベまざまさYな 生蛉
働髪議 灌%で ろぅ
ヾ
どのアルノ ム″、そ夕ιた、″かない、
グ テベ き地球 と地球上 のケベ てα 彬 ″ 捧ι
ガる、
なオ マージュ ●存Z。
発のぎぎや″ヽ
服部克久
組曲 「
蟻捧 (こおろぎ)の 恋」
二―ノ 。アラッショ
コオロギが恋人と出会 い、セレナー ドを奏でて愛をはぐくみ、ロマンチックな告白からめでたく結婚へ。
おな じみの コオ ロギ とい う虫を題材 に、その恋 を 4つ の楽章 で描いたユニークで可愛 い組曲です。
コロコロ ?と い う鳴 き声が聞 こえて くる ようです。マ ン ドリンの研究 。作曲編曲の第一人者であった
中野二郎 (1902年∼ 2000年)先 生が、イタリア留学中のマン ドリニス ト石村隆行氏か ら送 られてきた
マン ドリンとピアノの楽譜の中に本曲を見つけ、「
作者の意図の虜 とな り、無我夢中でマン ドリン合奏譜
に編曲」
。1993年に日本マ ン ドリン連盟か ら中野二郎編曲マン ドリン合奏曲集⑦ として出版されました。
作者アラッシヨは 1872年ジェノバ生まれ、ビアノ ・作曲の教授を務め、
歌劇を作曲、マン ドリンでは他に
組曲「田園にて」があるとの事ですが、
詳 しくは知 られていません。
組 曲 「自由な き翼」
加 賀 城
浩 光
加賀城浩光 (1961年∼)は マ ン ドリンバ ン ド等 の活動 を経 て、現在、楽団 「プ ロムナー ド」主宰 として
2002年 か らはマ ン ドチェロ奏者 として本格的 に活動 を開始 し、マ ン ドリン音楽 の新 ジャンル
活動中です。
2000年には日本マ ン ドリン
を生み出すべ く、
新たな楽器 の企画や新曲の作曲に意欲的に取 り組 んでいます。
Promenade Ⅲ」が次位入 賞。また、現代 ギター社 よ り
連盟主催 のマ ン ドリ ン合奏 曲作 曲 コンクールで 「
「マ ン ドリンオーケス トラの為のプ ロムナー ド1」を発売中です。
加賀城氏が書かれ たこの組 曲へ の思 い、そ して、それぞれの 曲へ の コメン トを以下に ご紹介 します。
『
私は子供 の頃か ら動物園が大好 きです。しか し大人になった今、なかなか行 くチャンスがあ りません
で した。しか しある日仕 事 で行 った山口県 の徳 山とい う所 で偶然 にも動物園を発見 したんです。
それほ ど大 きな動物園ではないのですが、なぜか懐か しい雰囲気 に誘われ、さっそ く数 日後には
あ らためて訪れることとな りました。
さて、その 日はとて もいい天気 に恵 まれ、親子 づ れや子供達 にまじり、わ くわ く気分 で入園
しました。はた して子供の頃のような感動はあるのだろうか ? 期待でいっぱいだったのですが、
オ リの中の動物達 と目を合わせて い る うちに、子供 の頃には感 じなかったなにか空 しさが 自分
を襲って きます。自分 とオリの中にい る動物 を入れ替 えて考えて しまうんです。
そ して 自分 のいる人 間 の作 った社会が不 自然 に感 じて くるんです。その気持 ちを作 曲とい う
形で表現 したのが この作品です。なぜか動物 は翼 をもった者達 になって しまい ましたが、きっと
大空 を飛 びたい。自由にな りた い とい う気持 ちが一番強 く感 じて きたか らで しょう。この 日は
動物達 に色 々 と教 えられる一 日とな りました。
』
1998.1
加賀城 浩光
ペ
いろ
ン
リカ
もも
オリの中にいる二匹の「ももいろペ リカ ン」
。
外 の世界を夢見ているのだろうか。
仲良 くくっついて
せめて
瞳を閉じている。
私達人間も見えないオリによって自由を奪ゎれているような気がします。
この ももい ろペ リカ ン達だけで も仲良 く大空 を自由に飛ばせてあげたい。
笑 う白 フクロ ウ
どんなに辛 い事 があって も
そう
どんなに悲 しい事 があって も いつ も笑顔 の「白フクロウ」
どんな時で も笑顔 をつ くる事が大切ですね
空色 ペ ンギ ン
ペ ンギ ン」。で も陸に上がるとヨチ ヨチ歩 き。
青 い海 を自由に泳 ぐ「
当然パ タパ タして も空なんか飛べ ない。
人間にもで きる事 とで きない事があ ります。
そ してそんな悩み と戦 い なが らみんな生 きてい るんです。
そ う 人 の心 も空色 なんです。
2011.5.9
バ レ エ 組 曲 「く る み 割 り人 形 」 よ り 「
花 の ワル ツ」
加賀城
浩光
ピヨートル ・イリイチ ・チャイコフスキー
生 きる ことへ の賛歌」をテーマ に選曲をしました。
本 日の演奏会の第二部 では「
時には牙 をむき過酷 に、熾烈に、しか し温か く私達 をは ぐくむ「
母なる地球」。その地球上 に生 きる生 き物
ペ
ペ
ロ
ン
ン
ン
こおろ
たちか ら、「
ぎ」「 リカ 」「フク ウ」「 ギ 」│こ
登場 してもらい ました。
最後は華やかに花いっぱい
花 の輪舞 で締め くくりたい と思 い ます。
ロシアを代表す る作 曲家チ ャイ コフスキー (1840年∼ 1893年)の 「白鳥 の湖」「眠れる森 の美女」に並 ぶ
三大バ レエ の一つ 「くるみ割 り人形」より有名な「
花 のワルツ」です。
女 の子 の クララはク リスマス イブにプ レゼ ン トされた くるみ割 り人形が とて も気 に入 ります。深夜 に
なってその人形 と共にはつかねずみ と闘った り、人形が美 しく変身 した王子様 と雪 の国を通 り、お菓子の国
へ 行 って金 平糖 の精 に会 い ます。そ こでは色 々 な踊 りが披露 され ・・。と夢 と冒険 のフ ァ ンタジーが
繰 り広 げ られて い きます。花 の ワルツはフィナー レにふ さわ しい明る く躍動感 にあふれた曲です。花 を
モチーフに、いの ちの息吹、
素晴 らしさを生 き生 きと表現 しているよ うに感 じられます。
(文責 ・山本)
出
〓一
樹
コンサートマスター
雅 輝
者
本 間
揮
山 本
指
嶋
金
勝
者
直
樹
渓
子
子 子
明 尊
島 中
田 田
樹 子
輝 渓
原
田
沼
新
美
恵
子
山
本
雅
三
直
樹
子 美
萩
栄 明
諸 井 美 津 江
小 川 真 寿 美
村 嶋
小松崎美奈子
木 高
秋 子
千 順
口 村
大 中
子 明
容 俊
田 藤
冨 後
第 ニ マ ン ドリ ン
間 勝
本 金
第 一 マ ン ドリ ン
演
嶋
マ ンドラテノー ル
滝 田 ふ さ 子
田 中 倭 文 子
ー
行
田 村 美 恵 子
孝
治
宮
正
石 黒 不 二 夫
本
皓
夫
高
嶋
典
子
伊
藤
安
子
新
谷
文
子
阿
形
佳
美
荏
本
妙
子
戸
次
脩
黒 崎 恵 美 子
船
崎
薫
石
田
利
光
木 下 亜 紀 子
澤
田
行
雄
弘
坪
井
秀
介
介 子
ル
泰
梨
靖
勇 孝
フ
高
均
野
賀 樫
藤
浩
子
深
須 富
コ ン ト ラ バ ス: 佐
一
歩 二
城
美 雄
マ ン ド ロ ー ネ: 家
藤 田
崎
伊 門
マ ンドロンチ ェロ: 宮
一
子
尾
陽 紀
田 本
平 宮
一
タ
ギ
リュー トモ デ ルノ: 吉
辺
清
佐 々 木 興 治
渡
洋
永
ト: ★西 村 い づ み
ク ラ リ ネ ッ ト: ★福
嶋
美
香
ピ
ア
ノ: ★浦
畠
晶
子
打
楽
器 : ★橋
本
直
樹
★田 中 恵 利 加
(☆=賛 助奏者)
事 :平
幹
田
陽
一(代
表) 本
諸 井 美 津 江
会
計
監
事 :後
藤
俊
船
間 輝
樹
崎
薫
山 本
雅
三
嶋
直
樹
明
《
第54回 定期演奏会のお知らせ》
ンスクエア)
ト
リト
一生命ホール(晴海・
◎日時:平
成25年 4月 14日 (日
)午後 2:00開演◎会場:第
オ ル ケ ス トラ
シ ンフ ォニ カ 東京 ( O S T )
0 0 1 7 川崎市麻生 区王禅寺西5 - 2 1 - 1
平 田
連絡先 : 〒 2 1 5 ‐
T E L : 0 4 4 - 9 8 9 ‐ 1 9 8 7 E ―M A I L : c h o k o k u @ i C O m . h o m e . n e l p
ホー ムペ ー ジ : h t t p : / / o s t o k y o . i n f o /
陽
一
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