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高校化学における科学的リテラシーの育成と評価に関する研究
高校化学における科学的リテラシーの育成と評価に関する研究 一体験と言語活動を重視した探究活動愛知教育大学大学院 1 緒言 (1)本研究の目的 本研究の発端は,私か勤務する高等学校(愛知 県立N高等学校,全日制・普通科,以下本校と略 理科教育専攻理科教育学領域 伊藤勝輝 発する。【第4章】 ○ 生徒の理解を適切に捉え形成的に評価する方 法を検討し提案する。【第5章】 本研究は,本校における,理科総合A(第1学 記)に入学してくる生徒の理科学習(特に化学分 年),化学I(第2学年),化学Ⅱ(第3学年)の 野)における理解度が,平成15年度以降大きく 授業実践に基づくものである。 変化した原因を探ろうとしたことにある。具体的 には,原子・分子の概念があいまいでイオンを知 (2)科学的リテラシーとPISA調査 らないため物質の種類がわからない,電子を知ら 科学的リテラシーについては様々な定義が示さ ないため原子の構造がわかりにくいなどである。 れている1),2)。OECDのDeSeCoの報告書(2003) また,多くの化学変化は水素イオンや電子の授受 は,学習の意欲や関心から行動や行為に至るまで で説明できるが,そういった素粒子のイメージが の広く深い能力,人の根源的な特性として3つの わかないため学習困難となりがちである。 キーコンピテンシーを策定しており3)「知識や情 これらの原因を探り解決するため,中学校での 報を相互作用的に用いる能力」の例が科学的リテ 理科学習の内容や,現行カリキュラムにおける高 ラシーとされている。本研究ではPISA2006にお 校理科教育の系統性を分析する必要があると考え ける科学的リテラシーの定義を用いる。 た。そして高等学校で「何を・どこまで・どのよ うに教えるか」を探る中で,高校の理科学習の1 (3)問題の所在 つの到達点として,すべての市民が現象を科学的 PISA調査が示すような枠組みで捉えたリテラ に理解し政策に関与することができる能力として シーの形成を目指して,各国がカリキュラム作成 の科学的リテラシーに注目するに至った。 に取り組んでいる。例えばアメリカでは,プロジ 本研究は1(3)で示す問題点をふまえ,中学校か ェクト2061の成果として『すべてのアメリカ人 ら高等学校に至る理科教育を分析し,科学的リテ のための科学』(1989)を刊行し,全米科学教育 ラシーを育成するとともに生徒の理解を適切に評 基準(1995)を公表して科学教育カリキュラムづ 価する学習指導法を実践的に開発することを目的 くりを展開している。 とした。具体的には次の4つを目標として設定し 日本では2005年に日本語版『すべてのアメリ 【】内に示した章で論じた。 カ人のための科学』2)が刊行された。さらに2008 ○ 年には,科学技術の智プロジェクトにより「すべ ○ 中学における理科学習の変化が高校入学後の 化学の学習にどのような影響を与えているか ての日本人が身に付けてほしい科学・数学・技術 を,生徒の実態や教科書の記述の変化等に注目 に関わる知識・技能・考え方を提案しようとする し明らかにする。【第2章】 試み」として総合報告書(2008)4)がまとめられ 高校理科の理科総合A・化学I・化学Ⅱにつ た。この総合報告書は「次の段階として,これら いて,科目間の内容の関連から生じる問題点を の報告書をもとにして,具体的な教材,教育プロ 理科学習の系統性と補助的知識に基づき明ら グラムの開発がなされていくべきである」として, かにし,対策を示す。【第3章】 科学教育のカリキュラムを示してはいない。 ○体験と言語活動を重視した探究活動を化学の 基礎・基本に導人し,効果的な学習指導法を開 この提案を日本の教育界はどのようにして受け 継ぐのであろうか。現行の高等学校学習指導要領 の理科の目標には,社会参加という観点から理科 た(24.9%)」は「よくわからなかった(44.2%)」よ を学ぶという内容は表現されていない。また教科 り少なく,教師と生徒の意識の間に違いが認めら 書は日ごろから探究活動を展開できるような構成 れる。 とはなっていない。大学進学への対応を中心に据 表1の対話は「化学反応における量的関係を反 えている日本の高校普通科で,社会との関わりを 応式の係数で捉える」という考え方が,「弱酸の電 含めて科学を考える余地はどれだけあるのか。 離度は小さい」とすると適用できなくなることを 従って,本研究ではPISA2006で示された科学 示す。適用するには「水素イオンが中和反応によ 的リテラシーに関するいくつかの能力のすべてを り消費されると,平衡の移動により酢酸がさらに 論ずることはせず,「疑問を認識し,新しい知識を 電離する」という平衡の移動に関する知識が必要 獲得し,科学的な事象を説明し,科学が関連する となる。 諸間題について証拠に基づいた結論を導き出すた 表1 めの科学的知識とその活用」に焦点を絞る。 対話(T:教師,S:生徒) 酸・塩基の量的関係についての対話 T:酢酸と水酸化ナトリウムの中和を考えよ 2 中学における理科学習の変化と高校化学の学 う。酢酸1 mol を中和するのに要する水酸 習困難性5,6) 現行学習指導要領以前に高校に入学した生徒は, 物質を構成する基本的粒子である原子(構造も含 化ナトリウムの物質量は? S : 1 mol T:でも酢酸は弱酸で電離度は数パーセント めて)やイオン,電流の本体である電子を中学校 だね?ならば,中和に要Sる水酸化ナト で学んだ。すべての国民が化学反応における考え リウムの量はもっと少なくてもいいんじ 方の基礎・基本となる知識を中学校で得ていたわ やないかな? けである。平成15年度以降の高校入学者は中学 校でイオン・電子を学ばなかったことから,化学 の基礎・基本を知らず高校の理科学習にとまどっ S:そうですね。でも,反応式でそれぞれの ol 係数が1だから,1 と考えたのです が。 ている。 これらの生徒を受け入れる高校としては高校へ すなわち生徒が難しく感じる1つ目の原因は, 移行した内容を補いながら学ばせる必要があるが, 中和の量的関係を適切に理解するために必要な知 科目選択によっては,以前中学校で学んでいた内 識(化学平衡)を,生徒が持っていないことにあ 容が保証されるとは限らない。すなわち生徒によ る。反応式が表す量的関係に関する知識を使える っては,かつてすべての中学生が学んでいた科学 知識とするためには,酸の電離平衡を学ぶ必要が 的知識を持たず高校を卒業することになる。 ある。また電離平衡に関連して水の電離平衡や水 平成24年度から全面実施される中学学習指導 要領では,削減されていた内容の一部が復活した。 国民が共有する科学的知識の基盤がいくらか復活 することは望ましいことである。 のイオン積についての理解があれば,中和に関す る本質的知識も手に入れることができる。 2つ目の原因は,日常生活で使われる中和の意 味と,高校化学における中和の意味が必ずしも一 致しないことにある。すなわち中和とは,日常生 3 高校化学における系統的知識と補助的知識 (1)酸・塩基の学習困難性と系統的知識 活では「酸と塩基を混合して中性にすること」で あるが,高校化学では「酸のH+と塩基のOH-を 平成17年度高等学校教育課程実施状況調査では, 過不足なく反応させることで,中和点は中性とは 化学反応(酸・塩基,中和)について,教師質問 限らない」である。中和点の性質を決める塩の加 紙の回答が「生徒にとって理解しやすい(40.9%)」 水分解も化学平衡と関わるので,結局「酸・塩基 が「生徒にとって理解しにくい(28.0%)」を上回っ とその反応」という単元を適切に理解するために ている。 ところが,生徒質問紙では「よくわかっ は化学平衡を含む体系化された知識が必要である。 積み重ねていった酸・塩基反応の学習内容は中 つながる。 和滴定で総括される。中和滴定における知識の関 連を図1に示した。 された手順に従って「どうしたら・どうなるか」 を確かめるための実験(クッキングブック型)で 酸・塩基の電離と中和反応 塩基 酸 電離平衡 H+ PH 電離度は変化する 陰イオン OH 水 とどまり,理解を深めるための活動とならない。 陽イオン 「なるほどよくわかった」と感じさせ,次の学習 活動への意欲を引き起こし,科学の意義と楽しみ 水の蒸発 又は難溶性 塩の水溶液 中和 は,生徒は「実験がうまくいっか・いかない」に 電離平衡 水のイオン積 中和熱 従来行われていたような,教科書や実験書に示 塩 水' 加水分解 を知ることができるような活動へと変えていくこ とが必要である。 イオン結晶: 効果的な探究活動の方法を提案する。ここでは 量的関係 中和滴定 水溶液の性質 理科の学習論に関しては「予想一観察一説明法」 滴定曲線 中和の指示薬 図1 酸・塩基の電離と中和反応 を,活動の活性化や動機付けなどは学習心理学の 成果を参考にした。 【効果的な探究活動の方法】 (2)系統的知識と補助的知識について ① 現行の高等学校学習指導要領理科ではそれぞれ 探究活動を理科学習の基礎・基本に導入する。 課題を与えるときはできるだけ身近な物質を の選択科日はI,Ⅱに分割されており,Iを履修 教材として使用し,生活との関わりを考えさせ した後Ⅱを履修することと定められている。すな る。 わち学習内容の順序はある程度定められているこ ② 現象を予想するために必要な知識は,できる とになる。その学習の順序が系統的でない場合は, だけ実験・観察などの体験や言語活動を通して 生徒は学習困難に陥る可能性がある。 与える。また単元や科日の枠にとらわれず与え 従って教師は生徒の実態をふまえて適切に到達 ることで,現象を多面的に捉えさせる。特に物 目標を設定し,次に設定されている学習内容の順 序が目的を達成するための系統性を満たしている 理変化と化学変化の両面から考えさせる。 ③ 適切な発間により生徒一人一人の活動を促し, かどうかを見極めて指導計画を立てるべきである 教師と生徒及び生徒同士の相互作用(社会的活 内容の配列を変更する,必要な知識を補助的知識 動)により授業を活性化する。また生徒の提案 として与え後に体系化するという2つの方法が考 を積極的に取り入れるなど,生徒の活動が主体 えられる。ここで論じた平衡に関する概念は化学 となるよう工夫する。 変化だけでなく物理変化でも重要であるので,私 ④ 予想させ,実験で何を見るかを意識させた上 は授業プリントの中で補助的知識として与えてい で検証実験を行う。さらに結果を的確に捉えさ る。 せるため正確に記録させる。 ⑤ 4 体験と言語活動を重視した探究活動7) 考察をとおして知識を体系化させる。そのと き知識を構成するための時間を確保する。また (1)探究活動の位置づけと方法 改善点を考えさせることで新たな課題を生じ 基礎基本にこそ探究的な活動を導人し,科学概 させ,次の探究活動への発展を図る。 念の形成や概念の転換をはかるものとして展開す べきと考える。 探究活動というと内容が高度で複雑であると捉 えられがちであるが,身近な現象を基礎的な科学 ⑥ 結果を単に暗記するに止まり,学習の転移が 生じない生徒もいる。生徒の捉え方が適切なも のかどうかを試す実験を行い,変容を促す。 ⑦「-…がわかった」という自己評価によりメタ 理論の組み合わせにより総合的に理解し説明でき 認知を促すとともに,「なんとかできそうだ。 るようにすることが,科学的リテラシーの育成に できる」という自己効力感を持たせる。 ⑧ 発展課題を与えることで次の探究活動を促す とともに,化学の価値を考えさせる。 ⑨ ⑧検証実験とまとめ(わかったこと) c 探究活動の系統性をふまえ,基礎から応用へ 結果:生徒の記述例を表2に示した。 表2 と活動を積み上げる。実験・観察はできるだけ 水分子の極性に関する生徒の記述例 ・水分子は流動性があり,極性分子のため(ア 単純なものから始め,レベルを上げていく。 クリル棒に)酸素原子側かひきつけられる。 ・水分子に流動性があることから正に帯電し (2)探究活動の展開 たものも負に帯電したものも水を引きつける 実践を例示し指導計画を示したが,生徒の活動 ことがわかった。 が主体となるよう,生徒からの提案を適宜取り入 れる自由度を持たせた。また教科書を利用して単 元順に学習を進めているが,先に示したように必 d 考察 水は身近ではあるが,融点・沸点や溶解性など 要に応じて単元や科日の枠を越え,補助的知識を からみるとかなり特殊な物質である。その性質は 取り入れ現象を総合的に扱った。例えば静電気力 水分子の極性から説明することができる。従って の実験を行うなど,物理の知識も積極的に取り入 「極性」については化学Ⅱで履修するが,科学的 れている点にも留意されたい。 リテラシー育成の観点から化学Iの学習で取り上 本研究で示した探究活動は次の通りであるが, ここでは実践例を1つ示した。 げておくべき内容である。 「分子の極性」は理解しにくい概念であるが, ・混合物の分離【理科総合A】 身近な物質である水分子が静電気に引きつけられ ・物質0.1モルをはかりとる【理科総合A】 ることを示すことによって簡単に理解させること ・水の性質を調べる(1,2)【化学I】 ができる。ただし生徒は静電気に関する知識が曖 ・状態の変化と熱の出人り【化学I】 昧なので,あらかじめ箔検電器で静電気の性質を ・酸・塩基反応【化学I】 知らせておく必要がある。 ・酸化還元反応(電気分解1,2)【イヒ学I】 「極性」に関する知識を与えた後,対話をとお 【実践例:水の性質を調べる(1)】 して予想させてから検証実験を行った。 a 果を確認させ科学用語で記述させた。この一連の 目的:水流に負または正に帯電させた棒を近 づける実験から水分子の極性を理解する。 b 指導計画 ①事前準備:箔検電器を使用して静電気の性 質を理解させる。 さらに結 活動が科学用語に対する理解を深め科学的概念を 獲得する上で重要である。 次に,生徒の理解を確認するための課題として 「では正に帯電させたアクリル棒を水流に近づけ ②課題提示:「負に帯電したポリ塩化ビニル たらどうなるか?」と発問した。液体の水分子の (PVC)棒を水流に近づけたらどうなる 流動性と静電気力の関係が理解できているかどう か?」 ③基礎知識:水分子の極性について知識を与 える。 ④意見交換:対話をとおし科学的推論をすす かを確かめるものである。ここでは「液体の状態 では分子は自由に向きを変えることができる」と 「静電気力により引きつけられる」ことが要点で ある。検証実験の後「わかったこと」を書かせ, めて予想させ,「引き合う・反発し合う・変 知識の理解・体系化を促すことができた。 わらない」に挙手させる。 (3)探究活動についてのアンケートから ⑤実験による検証:演示実験を行う。 ⑥結果の整理と考察:結果を記述させ,科学 的説明を書かせる。 ⑦確認課題提示:「では正に帯電させたアクリ ル棒を水流に近づけたらどうなるか?」 高校2年生の4月に化学I選択した生徒に対し, 1学期末にアンケート調査を行った。生徒は活動 を通して「たくさん疑間に思う気持ちが得られた」 と科学的な疑問を認識し,「なんでこうなったか? 何か関わっているのかというのが少し予想できる ようになった」「少し説明できるようになったと思 う」と現象を科学的に説明することができつつあ 図示しながら説明する)を与えた。 自由記述課題に際しては実際にビーカーの中に ることを自覚し,「結果だけでなく過程に注目する 水を入れて置くなどして現象を示し「日の当たり ことや,少しでも疑問なところがあれば,すぐに にした現象を科学的に説明すること」を強調した。 実験を行って解決すべきだということがわかっ d「わかったこと」の記述とインタビュー た」と科学的証拠を用いることに注目するように なった。「疑問を認識し,新しい知識を獲得し,科 cの後,わかったことを書かせ,さらに生徒の 理解を探るため,聞き取り調査を行った。 学的な事象を説明し,科学が関連する諸問題につ (2)結果:表3,4に,実施した自己評価問題・ いて証拠に基づいた結論を導き出すための科学的 自由記述課題における生徒の記述例を示した。 知識とその活用」する能力の育成に寄与すること 表3 ができたと考える。 自己評価問題と生徒の記述例 (1)コップに水を入れ,そこヘインクを落と 5 理解をどのようにして捉え評価するか8) (1)方法 すとインクが広がっていく。このような現象 を(拡散)という。これは,物質を構成する 生徒の現象に対する理解が適切であるかどうか を捉え評価するため,生徒自身が基礎知識を確認 する自己評価問題を与え,その後自由記述させる ことで生徒の記述を促すという方法をとった。さ らに生徒の記述や聞き取り調査から「生徒は現象 をどのように理解しているか」を探った。ここで は,生徒自身が自己評価問題を解く過程で知識を 体系化し,自由記述問題の記述を可能にすること 粒子が絶えず運動しているためで,この運動 を(熱)運動という。 納得度〔◎〕 物質を構成する粒子の(熱)運動は一様で はなく,激しく運動している粒子とおだやか に運動している粒子が共存する。物質を加熱 すると粒子の熱運動は激しくなり,粒子のエ ネルギー分布は(高)エネルギー側にずれる。 この熱運動の平均値の目安として私たちが測 を促す。その意味では形成的評価といえよう。 定しているのが(温度)であり,加熱すればそ a の値は(高)くなる。 対象・調査内容・時期 高校3年生の理型クラスの生徒68名が対象で ある。調査内容は化学Ⅱ「熱と状態変化」におい て,「構成粒子の熱運動と粒子間の引力の関係で状 態の変化を理解できているか」,「現象を科学的に 〔◎〕 (2)コップに水を入れておくと,液体表面か ら水分子は(蒸発)していく。 これは,液体 中にエネルギーの(大き)な分子が存在する ためである。その結果,分子全体のエネルギ 説明できるか」を間うものである。調査時期はこ ーは小さくなるので,外部からエネルギーが の単元の学習後である。 与えられなければ,液体の温度は(下が)る。 b 評価のための仮説と自己評価問題 「科学用語を適切に使用して 〔◎〕 (括弧内が生徒の記述) 現象を説明する いくつかの文を矛盾なく完成することができれば 科学概念が形成されているとみなすことができ 表4 自由記述課題における生徒の記述例 ビーカーの中に存在する水分子の持ってい る」と考え,空欄を埋めていくことで基礎事項を るエネルギーは均一ではないので大きなエネ 確認するという自己評価問題を与えた。キーワー ルギーをもった水分子が水面に来ると,激し ドを間う単なる穴埋め間題ではなく,科学概念を い運動によって周りの水分子との分子間力を 現象に適用できるかどうかを問うものである。 振り切って飛び出していく。これが蒸発であ c る。 自由記述課題 bで与えた評価問題を説明して納得度(生徒自 身がどの程度納得しているか)を記号(◎,○, △,x)で記録させた後,自由記述課題(現象を 水分子が蒸発すると全体の平均エネルギー が下がるため水の温度は下がる。 (3)考察 自己評価問題により知識を確認した生徒の多く は,それを利用して自由記述を行うことができた。 今後の課題 化学の基礎基本から発展課題に関する効果的探 また生徒の記述やインタビューの結果から,理解 究活動をさらに開発し系統的探究学習プログラム が深まるとともに知識が利用できる形でつながっ を作成すること,及び科学と社会の関わりについ ていった様子が伺えた。従ってここで提示した自 ての探究活動を開発することである。 己評価問題から自由記述問題までの一連の作業が 知識の体系化と現象の説明のための記述に有効で 参考文献 あると考える。 1)研究代表者北原和夫 一方,空欄が残ったり適切な語句が入れられな かった生徒については,知識が曖昧であったり誤 った知識を持っていると捉えることができた。こ 2006 ラシー構築のための調査研究』平成17年度科 学技術振興調整費調査研究報告書 2)日米理数教育比較研究会編訳 のような生徒には,対話により考えを引き出し, てのアメリカ人のための科学』 具体的な現象を例示しながら,さらにわかりやす 所 3)文部科学省 く説明することが必要である。 自己評価問題では,生徒は空欄を埋めながら関 テンシー」について 『すべ 三菱総合研究 文部科学省HPより 4)科学の智プロジェクト ながら知識を体系化していく。この作業は次の自 学技術リテラシー像 由記述課題で説明に必要ないくつかの命題を準備 ∼プロジェクト研究報告書』 5)伊藤・吉日 2005 OECDにおける「キー・コンピ 連する言葉とそのつながりを整理し,理解を深め するという意味がある。すなわち自己評価問題が 『科学技術リテ 2007 2008『21世紀の科 豊かに生きるための智 「高校生の学びの実態と 理科学習の系統性を踏まえた探究活動」日本理 自由記述を促すのである。 また自己評価問題における記述から,教師(評 価者)は生徒が持っている知識や理解の程度を知 科教育学会全国大会発表論文集第5号 6)伊藤・吉田 2007 190 「高校生の学びの実態と ることができる。すなわち空欄の記入状況から欠 理科学習の系統性をふまえた化学の学習困難 けている知識を知るとともに,全体の整合性や矛 性に対する方策」日本科学教育学会年会論文集 盾から生徒の理解を捉え,形成的評価として活用 31 することができる。これを総括的評価のための問 51-52 7)伊藤・古田 2008 「体験と言葉による表現 題として使用するときは,個々の知識の評価だけ を重視した高校化学一現象のとらえ方はどの ではなく体系的知識がどの程度形成されているか ように変わるかー」日本理科教育学会全国大会 もみることができる。 発表論文集第6号 それに対して自由記述課題では 生徒は現象を 8)伊藤・吉田 2009 292 「体験と言葉による表現 イメージしながら知識をつなぐという作業を通し を重視した高校化学一生徒の理解をどのよう 知識を再構成していく。この過程は知的技能,認 にしてとらえるかー」日本理科教育学会全国大 知的方略の育成につながると考える。教師は,生 会発表論文集第7号 徒の科学用語の使い方や生成した命題から,保有 する知識や理解の程度を捉えることができる。ま た全体の構成からは,生徒の知的技能や認知能力 を捉えることができる。 以上のことから「身近な現象を科学的に理解し 説明できる能力を評価する」という意味において, 科学的リテラシーの評価に関する成果が得られた と考える。 282