...

中国映画﹃スケッチーオブ& reKing﹄と﹃上海ルージこ

by user

on
Category: Documents
3

views

Report

Comments

Transcript

中国映画﹃スケッチーオブ& reKing﹄と﹃上海ルージこ
中国映画﹃スケッチーオブ&
reKing﹄と﹃上海ルージこ
阿頼耶 順 宏
一、﹃スケッチーオブ・ Je
fking﹄
−改革開放下の北京市警察ものがたりI
メインータイトルの﹃民警故事﹄︵﹁民警は人民賢察の略。
安体制の改革を行わなければならない。⋮⋮﹂
報告はこのあと延々と続き、みるからに謹厳実直と
いった声の署長が原稿を読みあげていき、署員が熱心に
メモをとっている場面となる。
署長も署員も大真面目であるIのは当然なのだが、
見ているわたしはここでもう吹き出しそうになる。中国
に団体で行って、工場や学校を見学すると、まずこうい
う場面から始まる。従業員や職員の数から、敷地面積、
建物の状況などから将来の展望まで、見学時間の大半を
使って、こうした報告がつづく。薄いパンフレットでも
あれば済む話なのに、と思いながら、こちらもメモをと
とは異なっている。警察官の管理訓練、指導監督から、
﹁警察はハイレペルの専門機関であり、一般の行政職
報告−
議長の出席をとる声がかぶさってくる。そして、署長の
シーンメン︶分署の会議室で、政治学習が始まるところ、
に現われると、一九九四年、北京市警察徳勝門︵ドオ
キャストを紹介するクレジ。ト・タイトルがスクリーン
ずっと移動撮影で追いつづける。自動車やバスの通る大
しながら、自転車を並べて走る二人の姿を、カメラは
がら北京の街を行く。大勢の通行人をかきわけるように
られる勤務について、クオはくわしく後輩に話しかけな
よる日照権の争い、酔っぱらいの連行まで日夜追いまく
ケンカの調停から、夫婦のいさかいの仲裁、家の増築に
自転車を走らせている場面となる。地区警察の実情−
が、警察学校を卒業したばかりの実習生りエンと並んで、
と、画面は変わって、勤続七年のベテラン警官のクオ
る︵ふりをしている。︶
人民の安全確保にいたるまで、機能にふさわしい体制
﹁故事﹂は物語。警察物語の意︶が出たあと、スタッフー
が求められている。大胆かつ慎重に原則に基づき、公
-
39
-
建物で囲んだ北京の伝統的な形の住居︶がとりこわされ、空
に引きこまれていく。古い四合院︵中庭を中心に四棟の
くところまで、知らないうちに見ているわれわれも一緒
地区から、昔ながらの灰色にくすんだ古い家並みのつづ
通りから、狭い胡同︵路地︶まで、高層アパートの並ぶ
群れが、移動撮影で横からとられていた。予算の関係で、
あった。屋台の店も立ち並ぶ商店街を往き交う人びとの
﹃北京好日﹄の最初のシーンも、北京の。雑踏”で
グ上映を飾り、一躍脚光を浴びることになった。
タッチで描いたもの。九三年度香港映画祭のオープニン
愛好クラブに集まる老人たちを、ドキュメンタリー・
の女性監督、寧温︵ニンーイン︶の第三作である。
映画﹃スケッチーオブ・ Pekin巴︵九五年︶は、中国
囲気の中に、突然、新しい外資系の軽食店らしいのも現
いた。屋台や商店、街路樹、看板など昔ながらの街の雰
いうが、画面がやや揺れるのがおもしろい効果をあげて
ろ︶は、マリリンーモンローの﹃お熱いのがお好き﹄の
なんとわたしを愛してしまった、の意﹁愛されて﹂というとこ
帰国後の第一作﹃有人偏偏愛上我﹄︵九一年︶︵ある人が
監督をつとめている。
ドーベルトリッチ監督の﹃ラストーエンベラー﹄等の助
撮らなければこの尊い素材は荒れ果て、忘れ去られる
前に起こっている北京の現実を描いていない!今誰も
が舞台でも都市から遠く離れた農村ばかり、今、目の
を撮っていたかというと、過去の中国、あるいは今日
張芸謀などいわゆる第五世代と呼ばれる監督たちが何
﹁北京電影学院のがっての同期生−陳凱歌、田壮壮、
市川準氏との対談で次のように述べている。
-
地になっているところもある。
彼女は一九五九年生まれで、。文革”後、再開された
れて、北京のズフの情景が展開されていた。
カメラをのせたリヤカーに自転車をつけて撮影した、と
北京電影学院第一期生、録音科を専攻した。在学中に国
費留学試験に合格し、八一年からローマのチェントロ
中国版で、あまり注目されなかったようだが、第二作の
寧漉は自分のめざしている映画について、映画監督、
﹃北京好日﹄︵九二年、原題の﹃扶楽﹄は楽しみをさがす、慰
と焦りました。ですから私は彼らと違う方向に行こう
︵実験映画センター︶に七年間留学し、その間にベルナル
めを求める意、英語題名はぞ〇吻﹃にy﹄は、北京の京劇
−40
使い、実際の警察署を借りて、比較的事件の少ない旧正
が人びとを驚かせたが、この作品でも本物の警官たちを
ず、京劇の好きな老人たちによって演じられていたこと
また、前作の﹃北京好日﹄でも、俳優をほとんど使わ
たんです。﹂
と。自分の身の周りの、都市のズフを撮ろうと決め
分子も動けず、治安が維持されているのだろう。
隅々にまでこういう人びとの眼が光っているために不穏
人たちの見張りによる罰金が効を奏したらしい。路地の
条例の出たあとあっという開に無くなったのも、退職老
みこんでくるに違いない。北京市での煙草のポイ捨てが、
動は、しかし、人びとのプライバシイの中へも平気で踏
うな笑顔をみせている。こういう人びとの嵯2 丹の行
自転車の二人の警官が最初に行くのは、地区の住民委
子虎がいました。父さん虎は母さん虎の手伝いをしま
﹁昔むかし、お父さん虎がいました。お父さん虎には
-
月の休暇期間中の夜に撮影している。カメラも前作同様、
連行されてきた酔っ払いが、犬に咬まれていたことか
員会事務所。主任から始まって、治安主任、計画出産委
せん。母さん虎は毎日子虎に服を着せます。子虎を幼
-
一台しか使わなかったので、撮影に時間かかかり、﹁役
ら、狂犬病予防のために署員たちが長い棒をもって、自
ところで、とうとう大勢の警官に囲まれるまでをカメラ
者より警察の仕事の方がよっぽどマシだ﹂と文句をいわ
細な動作や仕種が、頭で考えた演出よりずっと重要な
は追う。棒でめった打ちにされているらしい場面はロン
転車で犬退治に出発するシーンもおもしろい。隠れてい
意味を持っているからです。私にとってプロの俳優は
グーショットになっている。
れたという。全くの素人を使う理由については、
プラスティックのようなもの。型にはまって何でもす
野良犬騒動で夜まで出勤していた警官のルオが、日曜
た大きな犬がとび出し、凍りついた川の対岸まで逃げた
るが、首六の生活感は出てこない。⋮⋮﹂
日の昼にベッドで新聞を読んでいる。男の子が母親に話
﹁素人俳優たちが日常の生活の中で身につけてきた些
と述べている。
員会主任、婦人会主任、衛生主任、調停委員会主任が
稚園に送ってから、自分もお仕事に行きます。お仕事
をしてよ、とせがむ。母親は話しはじめる。
次々に紹介される。いずれも年輩の女性で、人の好さそ
41
得意とするところである。
さりげなく、庶民生活の哀歓をとりあげるのも、寧温の
べてに追われている妻の欲求不満もわかる。このように
情するが、自分も働きながら、子供の世話から家事のす
犬を追いかけていたクオを見たあとなので、クオにも同
をするかよ/﹂と怒り出す。深夜の酔っ払いの取調べや、
とうとうクオは、﹁バカな作り話はやめろ、虎が当直
れはてていて寝るだけです﹂
して、毎晩当直をしています。たまに帰ってきても疲
でも父さん虎は何も手伝いません。仲間の評判を気に
が終わると買い物をして、家に帰ってご飯を作ります。
賭博犯といっても、トランプのカード三枚のうち一枚
というのもひどくおかしい。
と、﹁映西か。張芸謀の﹃秋菊物語﹄の秋菊と同じ村か﹂
か陳西︵ジャーンシー︶か﹂とたずねる。陳西とわかる
が答える。クオは﹁はっきり言え。山西︵シャンシー︶
出身地を聞かれて、﹁陳西︵シャーンシ士です︶と男
屈辱的な姿なのである。
しゃがむことは、抵抗することを許されない人間の、
待ったのだ﹂
だ。しゃがんで侮辱を受け、しゃがんで救いの星を
人を待ち、地主の旦那が後頭部をなぐるのを待ったの
ねたときのことばを思い出した。
蔡監督に、﹁しゃがむのが好きなのこと玩玲玉がたず
の中で、黄浦江のほとりの建物のそばでしゃがみこんだ
たしはすぐに、香港映画﹃睨玲玉﹄︵ロアンーリンユイ︶
男にいうことばは﹁躊下/・﹂︵し。がめ/・︶である。わ
る。椅子に座ったクオが、服装検査をしたあと、最初に
れのジャンパーを着た男の取り調べも、クオの仕事であ
こりがたまっているのではない。わたしは昔、夏の二か
るところがある。あれは別に何日も机を拭かないからほ
とれない。ほこりで白くなった机に、指で文字を書かせ
なまりがひどくて、男の名前を聞いてもクオには聞き
らないのもおもしろい。
実際にやらせてみて、三回ともクオがごまかされて当た
ると十元払い、はずれると客から五元とるというものだ。
せた一枚かを当てさせるという単純なもので、客が当て
を客に見せ、一枚ずつ裏向けにおいて、どれがさっき見
﹁中国人の三分の二は、しゃがむ癖かおる。好きなの
月を北京で過ごしたことがあるが、朝拭いて出た机が、
賭博の現行犯で連行されてきた、ボサボサ頭でよれよ
ではなく、どうしようもないからだ。しゃがんでお役
-
42
-
ので、取り調べのクオよりも学歴が高いのかもしれない。
やった、というが、机に書く文字もすらすらと達者なも
この男、北京に着くなり財布を落としたので仕方なく
は白くなっていた。指で字もかける。
二重窓の隙間からはいった小さい土のはこりで、夕方に
ワイセツなヌード写真を売っていた男が連行されてく
である。
いることは住民からの通報によるというのも気になる話
警官たちもつらいのだ。胸にしみるシーンである。犬の
ている。警官たちはおし黙っている。⋮⋮職務とはいえ、
女の子のかわいがっていた大が檻に入れられて載せられ
-
腕に入れ墨のあるのは受刑者の印だというから、何か複
下に人が集まり、痴漢だ、痴漢だと騒いでいる。この男
る。男は裸体芸術だと言いはる。出版物新条例では水着
と怒られたりしている。この男の生まれたのが一九四九
を連行するのもクオの仕事だ。
雑な過去を背負っているらしい。取り調べに対しても、
年、中華人民共和国の誕生した年となっているのも、ブ
若い実習生の警官が、市民から侮辱されるという事件
姿も禁止とは驚くが、結局、無許可営業は違法というこ
ラックーユーモアなのかもしれない。
が起こる。四十歳の食品工場の工場長の家の大が、町で
おどおどした様子もみせない。それどころか、夜に分署
音楽家夫婦の住むアパートへ、飼い大がいるのではな
人を咬んだというので取り調べに行ったところ、犬のこ
とできりをつける。
いかと、クオが同僚のチェンだちと調べに行く。夫婦は、
となら罰金を払えばいいんだろうとうそぶいている。分
の署員たちが、テレビでアメリカのアクション映画を見
前には飼っていたが、禁止になってすぐ処分したと言い
署での調べでもふてぶてしく自分の非を認めようとしな
ケンカもある。若い男がバスの女車掌のあとをつけ、
はる。女の子にもたずねるクオ。チェンがベッドの下の
い。あげくの果てに﹁大畜生め/﹂と罵ったので、クオ
ていて、男女が抱き合うシーンになると、この男、思わ
引出しを叩いてみると、中から犬の声が聞こえる。女の
はたまりかねてとびかかり、三度平手打ちをする。
家までついて来たので、彼女の兄が殴ったのだ。街灯の
子の目にみるみる涙があふれる。
映画の最後は、はじめと同じ徳勝門分署の会議室−
ず身をのりだして、﹁テレビを見るな。頭を下げてろ﹂
ドシヤ降りの中を、ジープで警官たちが引きあげる。
-
43
署長がクォの職務中暴行傷害の処分を発表している。賞
その場面のひとつひとつがいとしく、登場人物のひと
と、静かに移りゆく日々が描かれていくだけなのだが、
寧直について、数年来、北京をペースにして生活して
うかという期待で、胸ふくらむ思いであった。
この人が、次にはどういう作品を見せてくれるだろ
と書き、
の民主運動と天安門事件報道で、九〇年度のピュリツ
地に足を運び、多くの中国レポートを発信した。八九年
-
与三か月分の減給と停職。署長と政治委員および副処長
りひとりの気持が静かにこちらに伝わってくるように
いるという茅野裕城子氏は次のように述べている。
と書いているが、その期待以上の見事な作品が、この
シェリルーウーダン ︵Sheryl Wudun已はニューヨー
わたしも、寧温の前作﹃北京好日﹄について、
-
は一か月五十元の減俸処分。
寧漉の映像に流れるノスタルジーは、消えていって
﹃スケッチーオブ・ Pekin巴なのである。
感じられたのである。
しまうものを留めよう、とか惜しむのではなく、その
の中国では、美しいものでも貴いものでも、だからと
ク生まれの中国系アメリカ人。八八年ニューヨーク・タ
−三〇年代の上海、その。光”と。影”−
二、﹃上海ルージュ﹄
混沌を愛し同時に疎ましくもおもいながら、変化して
いくことを受け入れる眼差しに支えられています。そ
れは、私自身が北京に住みはじめてから、試行錯誤の
いって保存したりすることは不可能に近い。寧漉はそ
イムス北京支局員となり、夫のニコラス・D・クリスト
結果得た中国での処世術にも共通するものです。いま
このところをよくわかっている数少ない監督なのです。
寧漉監督の﹃北京好日﹄を見たあと、わたしは、侯
アー賞を夫妻で受賞している。
フ︵K呂OF戸回耳O’︶とコンビで、激動する中国の各
孝賢監督の作品を見たあとに似た気分を味わい、しみ
九六年五月、日本で翻訳出版された。﹃新中国人﹄
︵”China Wakes”︶の中で、彼女は中国の文学芸術界の現
じみとした思いにひたされていた。そこには激しい主
張や抗議といったものはなく、人びとの普通の暮らし
44
ジュ﹄︵九五年︶である。
映画は、中国でも人々の心に訴える影響力かおる。
﹃紅夢︵大紅燈頷局高掛︶﹄︵九一年︶
﹃菊豆︵チュイトウ︶﹄︵九〇年︶
-
状をレポートしているが、その中で、中国の映画監督、
これまでこの二人が組んで作った映画は、
だから、政府は精力的に綿密な審査をして、厳しく規
﹃秋菊の物語︵秋菊打官司︶﹄︵九二年︶
-
張芸謀︵チャンーイーモウ︶について、次のようにいう。
制する。しかし最近では、足伽に苦心を重ねながら、
﹃活着﹄︵九四年︶−日本未公開−
﹃紅いコーリャン︵紅局梁︶﹄︵八七年︶
逼塞状態の映画産業を解放し始めている芸術家も少し
などかおり、国際的にも高い評価を得てきた。今回の
﹃上海ルージュ﹄でも、九五年度のカンヌ国際映画祭高
はいる。こうした変化の裏で、最も成功している人物
の一人が、張芸謀という四十三歳の男だ。︵中略︶
賞を獲得している。
等技術賞、アカデミー賞ノミネート、撮影賞、ゴールデ
見いだした。彼女は当時、学院演技科の二年生で、そ
これらすべての張芸謀作品に出演している常俐は、
﹁赤いコーリャン︵紅高梁︶﹂ の主演女優を探してい
の美しさは一際目立った。これを機に、常俐は張とも
﹃上海ルージュ﹄撮影中に張芸謀との私的関係の解消を
ンーグローブ賞ノミネート、外国語映画賞その他多くの
ども急速に名声をがち取って行く。彼女は今や、中国
た時、張芸謀は北京の中央戯劇学院を訪れ、常俐を
のマリリンーモンローと言われるほどの人気女優だ。
いといわれているようだ。
発表し、この映画が最後のコンビ作品となるかもしれな
原作は李暁︵リー・シャオ︶の﹁門限﹂であるが、数
張芸謀と翠俐はずっと行動を共にしてきており、二人
は恋人同士だとか、張の妻︵夫妻の間に九歳の娘がいる︶
人の脚本家の手に委ねられ、最終的に畢飛宇︵ピー・
の情婦となったナイトクラブの歌手小金宝︵シャオーチ
一九三〇年代の上海で、ギャングのボス、唐︵タン︶
フェイユイ︶がまとめている。
が、離婚を拒んでいるとか、ひそかにささやかれてい
る。
この張芸謀が翠俐主演で撮った近作が、﹃上海ルー
45
て作り上げたキャラクターです。金宝はマフィア社会
というわけではなく、何人かの実在の人物を合体させ
のだ。当時の上海にうごめいていた人間どもの、生きざ
上海の風景そのものを復元する気持を全くもっていない
なので驚いた。張芸謀監督は、この映画で三十年当時の
所︶のビル街が映るが、明らかに書き割りとみえるもの
-
ることを拒否した張芸謀の、心にくいばかりのキャスト
のなかに生きる女性で、贅沢ではあるが、束縛された
まを描くことが中心であって、贅沢な暮らしの中で孤独
-
金宝が送られた小さな島に住んでいた子で、阿嬌︵ア
子が登場する。ギャング間の抗争から身を守るために小
チャオ︶と呼ばれる。素朴で素直なかわいい女の子で、
ンパオ︶の悲しい運命を描いたもの。叔父のつてで、小
の少年、水生︵ショエション︶の眼からみたものがたり
島での日々にさわやかな安らぎを運んでくれる役柄であ
金宝の世話をすることになり、田舎から出てきた十四歳
として構成されている。﹃禁じられた遊び﹄や
選びである。
る。この映画を単なるギャング団の抗争を描くものとす
れた手法だが、この水生役の少年は、十万人の子供の中
﹃ニュー・シネマーパラダイス﹄といった映画でも使わ
から選ばれたといわれ、見事に大役を演じきっている。
張芸謀自身が、あるインタビューの中で、この映画に
自由のない生活を送っています。当初から輦俐を想定
地獄に苦しむ人間がテーマなのである。
映画は、田舎から初めて上海という大都会に出てきた
して脚本を書き進めました。
それにしても、水生の連れて行かれた唐家の屋敷、室
水生が、人波にもまれながら不安げに立っているところ
水生は、田舎から上海に出てきた十四歳の少年で、
内の装飾の豪華なこと、そして小金宝のうたうナイトク
ついて、
映画は彼の純粋な目を通して上海を見つめています。
から始まる。バックに上海の外灘︵バンドといわれていた
彼の視点を、証人・目撃者として用いています。
ラブのきらびやかなショーと、ダンス音楽。三十年代の
唐はまさに中国版Jツドファーザー”で、目的の
と、語っている。
上海の華やかな夜は光り輝き、赤や黄の原色にあふれる。
ためには手段を選ばない男です。まったく想像の産物
この映画には少年水生のほかにもう一人、九歳の女の
46
が、やがて人が変わったように、阿嬌の母の翠花︵ツウ
た島の隠れ家に移り住むようになり、日々無聊に苦しむ
ある。ギャング団の争いのために、無理に連れて行かれ
小金宝自身も、田舎に生まれ育って苦労してきた人間で
うとする少年に、やさしい心づかいをみせるようになる。
当たり散らしていた小金宝も、やがてこの誠実に仕えよ
慣れない仕事におろおろする田舎者の水生に、初めは
現されているのである。
﹁色彩の魔術師﹂ともいわれる張芸謀によって見事に再
る。
金宝の性格の二面性を表現する円熟した演技を見せてい
アル︶役から八年、彼女は人間的にも大きく成長し、小
彼女のデビュー作﹃紅いコーリャン﹄の九児︵チュウ
じることに気を使いました﹂
出ています。それを不自然な感じにならないように演
あの場面には、彼女の性格のなかにある可愛い一面が
舎の村とそこにあった樹の話をするシーンがあります。
てくる。例えば彼女が水生を相手に、自分が育った田
思い出したかのように、以前の優しい心が表に現われ
﹁小金宝を演じるに当たっては張芸謀と多くのことを
まる歌で、実はこの映画の中国語の原題は、この歌詞
﹁ゆらりゆら、ばあちゃんの橋まで揺れて行こ﹂で始
-
ェホワ︶にも心を開いて語り合うようになり、水生や阿
嬌にもやさしい笑顔を見せるようになる。
鈴木布美子氏とのインタヴューで、
されたのは、島の水辺で水生と阿嬌が洗濯している所に、
小金宝がやってきて、阿嬌に歌をうたわせ、それに小金
忘れられないシーンも多いが、とりわけわたしが魅了
な面と、田舎から出てきた純朴で心優しい面のふたつ
宝と水生も声をそろえてうたう場面がそうである。その
﹁小金宝の性格には、他人に冷淡でエゴイスティック
があります。あなたはこの二面性について、どのよう
に理解したのですか﹂
話し合いました。もともと彼女はとても心の優しい純
ちゃんに教えてもらった、という。
歌は素朴な童うたで、小金宝も子どものとき、おばあ
朴な娘なのですが、その後の環境によって、ああした
朴な民歌︵民間歌謡︶を使って効果をあげるのも張芸謀
﹁揺呵揺、揺到外婆橋﹂なのである。映画にこうした素
と問われて、翠俐はこう答えている。
難しい性格の女性になってしまった。けれども時々、
47−
にすわって、二人でI緒にうたう歌もそうであった。し
と愛し合うようになった菊豆が、人気のない畠の草の上
うであった。﹃菊豆﹄で、夫の甥の天青︵ティエンチン︶
に捧げて酒造りの男たちが声をそろえてうたう祝歌もそ
さってくる歌がそうであり、また、できあがった酒を神
き残った父と子が、紅い夕日を浴びて立つシーンにかぶ
作品の特徴で、﹃紅いコーリャン﹄の最後の場面で、生
夢・想像の中の美を求めたのです。
した。私はこの映画で写実的な映像を撮ろうとはせず、
た孤島では、自然が作り出すピュアなものを強調しま
で上海を描き出したかったのです。一方、上海を離れ
存在するのです。リアルな映像より、現代のイメージ
不可能ですし、神話となったがゆえにそれは夢の中に
い都市を背景にしてリアリスティックに撮ることなど
海は姿を消し、もはや神話と化しています。存在しな
私は映像にとても注意を払いました。三十年代の上
-
かも、これらのうたは、実際に民間に伝わっているもの
-
ではないらしく、それらしく新しく作ったものらしい。
才人、張芸謀のやりそうなことだが、こちらは、まんま
北京電影学院の撮影科に学び、カメラマンとして出発
一色に統一し、﹃菊豆﹄では紅や黄や青の原色を多用し
した張芸謀は、﹃紅いコーリャン﹄ では燃えるような赤
とのせられてしまう。
それにしても、この水辺のシーンの、夢みるような美
それは同時に、都会の華やかさの中の倦怠と、素朴な田
て、人間の生の原点に迫る作品を完成させたが、この映
舎の暮しの中の安らぎを描くことでもあった。
統一し、そこに影のような三人の姿が浮かぶ。そこに先
しさには、思わず息をのんだ。全体を大胆にセピア色に
ほしいと願っていた。よい映画とは要するにこれなのだ。
離れ島に、ギャングのボスの座をねらう男、宋︵ス。
草や、水や、土や、空の、自然界の色彩とを対比させた。
終らないでほしいと思わせ、見終ったあとにもしみじみ
ン︶が手下の十八人を連れて、ひそかに上陸するが発見
画では大都会の人工的な光と色の世界と、田舎の樹や、
とした物思いにふけらせ、もう一度見たいと思わせる映
される。手下は殺され、激しい雨の中で、末も捕えられ
の歌声が流れてくると、これはもう現実の世界ではない。
画なのだ。
正直なところ、わたしはこのままいつまでも終らないで
先のインタビューで、張芸謀自身がこう語っている。
48
﹁末と親しくなった日から、覚悟は決めてるはずだ。
知っていた。唐はいう、
と通じていたことは、水生は知っていたが、ボスの唐も
後ろ手に縛られて、生き埋めにされる。小金宝がこの男
水生を降ろしてやって、と阿嬌が頼むと、唐は、﹁い
と信じこんでいる。
行く阿嬌は知らない。小金宝にも上海に着いたら会える
しまったため殺されたことを、水生と一緒に連れられて
の所へ忍んで来ていた男は、ギャング団の秘密を知って
-
自業自得というものだ。汚いやり口はあげつらわない。
い犬は調教しないと。あれは調教なんだ﹂と答える。
﹁あるさ、首飾りも指輪もある﹂
私もメンツがある。誰にも知らせないから、きれいな
﹁お姉さんのようになりたいわ﹂
﹁私も上海へ行くのよ
のひとりが、現場をおさえられ、楼上の小部屋までぐる
﹁お姉さんのようにな。そうなるといい﹂
ままで死ぬがよい。﹂
ぐる巻きにされて運ばれて行く雪の降る深夜のシーンを
このラストの何でもないようなせりふも、衝撃的だ。
﹁そうだ、上海へ行くところなのさ﹂
思い出させた。さるぐつわをされた女は声も立てられず、
調教された水生のこれからの人生はどうなっていくのか。
小金宝が殺される場面は出ない。そうした修羅場は張
男たちも黙ったままで女を運んでゆく。雪の上を歩く足
お姉さんに憧れる阿嬌を待ち受けるのは何か。
﹁きれいな洋服があるかしら﹂
音だけがひたひたと聞こえるだけだった。翌日の早朝、
逆さづりにされた水生が、激しく身をよじると、ポ
芸謀は撮ろうとしない。暗い夜の雨の中で男たちが黙々
上の小部屋をのぞいた女の、﹁人殺し/・﹂と叫ぶ声で、
ケットから金宝にもらったコインが何枚か音を立てて落
﹁あるとも﹂
すべてが語られる。
ち、ころかって水中に沈んでゆく。小金宝と水生を結ん
と穴を掘るシーンだけで、十分であり、その方が怖ろし
﹃上海ルージュ﹄のラストーシーンは天地が逆になっ
﹁きれいな飾りもよ
た水面と対岸が映る。上海に帰る船の甲板で、水生が縛
でいたきずなはこれで断たれた。金が支配する社会に連
いのである。これは﹃紅夢﹄で、医者と関係をもった妾
られ逆さ吊りにされているからだ。阿嬌の母と、その母
49 −
THE STRUG-
-
方についてI﹂︵﹃東洋文化学科年報﹄第9号、九四
年十一月刊︶参照。
ブ・ Feking﹄東光徳間事業部、九六年四月刊。
︵4︶ 対談﹁北京・東京の消えゆくもの﹂︵﹃スケッチーオ
︵5︶ 注︵I︶と同じ。
︵人のうわさは恐ろしいI︶︵雑誌﹃東亜﹄九二年十
︵6︶ 阿頼耶順宏﹁香港映画﹃院玲玉のことI人言可畏
月号︶参照。
﹁乱七八糟﹂は、めちゃくちゃに乱れていること︶
︵7︶ 茅野裕城子﹃乱七八糟﹄な北京で﹂︵注︵4︶と同じ。
︵8︶ 注︵3︶と同じ。
訳﹃新中国人﹄︵”China Wakes
︵9︶ N・クリストフ&s・ウーダン 伊藤正、伊藤由紀子
GLE FOR THE SOUL OE A RISING P〇或吻﹃﹄九
六年五月、新潮社刊。
︵10︶ 同右書、三一九ページ∼三二〇ページ。
六年五月刊、解説による。
︵H︶ スタジオージャンプ編﹃上海ルージュ﹄東宝㈱、九
︵19一︶ 同右、﹁テーマは”愛と寛容﹂張芸謀インタビューか
わける﹂から。
︵13︶ 同右、常俐インタビュー﹁金宝の二面性を適格に演じ
阿頼耶順宏﹁張芸謀−人と作品−﹂﹃東洋文化学
︵14︶ 張芸謀とその作品については、
科年報﹄第4号、八九年十一月刊︶
同 ﹁張芸謀﹃紅夢﹄をめぐってI激情から沈潜
-
れこまれるのを、水生が懸命に拒絶しようとしているこ
とを象徴するこのシーンは、張芸謀自身の、現代中国に
横行する拝金主義への厳しい抗議でもあろう。
逆さまの水面に、阿嬌のあどけないあの歌が流れ、途
中から小金宝のハミングが加わり、この映画は終る。
﹃スケッチーオブ・ feKing﹄と﹃上海ルージュ﹄−
現代の北京と、昔の上海を舞台にした映画を、わたしは
同じ日に、大阪と京都で見た。どちらの映画館でも上映
前には長い列ができていた。中国映画はその質の高さで、
日本でも確実に動員数をぶやしている。そしていま、寧
温と張芸謀という北京電影学院同期の監督によって、中
国映画はまた珠玉のような二本の作品を加えたことにな
る。
︵九六、七、一五︶
注
︵I︶ ﹃スケッチーオブ・ rekmg﹄︵東光徳間事業部、九六
年四月刊︶採録シナリオによる。
︵2︶ ﹃中華電影人物・作品データブック﹄︵﹃キネマ旬報臨
時増刊﹄九四年十月十九日号︶による。
︵3︶ 阿頼耶順宏﹁寧温﹃北京好日﹄−あるいは映画の見
50
ヘー﹂︵﹃東洋文化学科年報﹄第7号、九二年十一月
同 ﹁中国映画の 。性” と 。生”|売られた女た
刊︶
ちの系譜−﹂︵追手門学院大学東洋文化研究会編
を参照されたい。
﹃エロスの文化史﹄勁草書房、九四年五月刊︶
−
一51
Fly UP