...

ロシ`アの経済体制移行と生活水準

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

ロシ`アの経済体制移行と生活水準
ロシアの経 済体 制移行 と生 活水準(小 崎)127
ロ シ ア の経 済 体 制 移 行 と生 活 水 準
小 崎
晃 義
は じめ に
1992年 か ら本 格 化 した ロシ アの市場 経 済 化 は、急 激 な物 価 の上昇 と生 産
の低下 を引 き起 こす と同時 に 国民の生活 水準 を大 き く低下 させ た。
そ の程 度 の大 きさか ら、 ロシア にお い て大 規模 な飢 餓 が発生 し国民 の抗 議
行 動 が激 化す るだ ろ うとい う憶測 が な され たが 、実際 には飢餓 も暴 動 も起 こ
らなか った。 それ は なぜ だ ろ うか。
その問 い に答 え るため には 、生活水 準 の経 済的 変化 を観 察す るとと もに、
ソ連 時代 の社会 システ ムの特殊性 とそ こで培 われ た 国民性 を考慮 しなけれ ば
な らない。
本来 、一 国の生活 水準 の評価 のた め には、貨 幣所 得 の水 準や その平等 さ以
外 に、市 場 メ カニズ ムを通 じて供給 され ない上下 水道 や道 路 な どの社会 資本
の整備度 、社会 的 弱者 の生活 を保障す る社 会保 障 の な どを含 め て議 論 され な
けれ ば な らない。加 えて、余暇 時 間の ような非貨幣 的要 素や環境 汚染 な どの
負 の社会 的環 境 を考 慮 に入れ る必要 もあ る。 しか し、本稿 で は紙幅 の関係 か
ら、主 と して貨 幣的 側面 か ら生活水 準 の低下 にっ い て論 じてい る。
本稿 の 目的 は ロシアの市場 経済化 の過 程 で、 どの よう に生活 水準 が低下 し
たか 、そ してその衝撃 を国民が どのよ うに受 け止 めた か を検証 す ること にあ
る。
128
1.ソ
連 時代 の生 活水準
成長 か ら停滞 ヘ
ロシア は ソ連 邦 の中核 と して、20世 紀 にお い て 国民 の生 活 水 準 を急激 に
(1ラ
向 上 さ せ た 。1930年
代 か ら60年
代 にか け て 、 第2次
世 界大 戦期 を除 き 、 ロ
シ アで は 衣 服 、住 居 、食 料 な ど国 民 の基 本 的 生 活 物 資 の量 的 な拡 充 が 進 ん だ 。
ま た 都 市 部 に お け る集 中 暖 房 や 上 下 水 道 、 公 園 、 幹 線 道 路 網 な どの 生 活 イ ン
フ ラ も整 備 され た 。 教 育 は全 国 に浸 透 し、 文 盲 は ほ とん ど存 在 しな くな った 。
住 居 に は 基 本 的 に 無 料 か 安 い 賃 貸 料 で 入 居 す る こ とが で き 、教 育 や 医 療 に
関 して も個 人 の経 済 的 負 担 は 小 さか った 。 年 金 制 度 は 老 後 の 生 活 を か な りの
程 度 保 証 し、 電 気 、水 道 、 ガス な どの 公 共 料 金 も極 め て安 か った 。
しか し70年 代 以 降 は 、 ソ連 型 経 済 シ ス テ ム の 欠 陥 が 国 民 の 生 活 水 準 の 向
上 を 阻 害 す る よ う に な った 。
ソ連 国 内 で 計 画 的 に生 産 され る商 品 は 、 消 費 者 の細 分 化 し高 度 化 す る ニ ー
ズ に応 え られ な くな った 。 国 民 は し ゃれ た デ ザ イ ン と高 品 質 の外 国製 品 に憧
れ た が 、 政 府 が 西 側 製 品 の輸 入 を実 質 的 に禁 止 して い た た め入 手 は 困難 で あ っ
た 。 日、 米 や 西 欧 諸 国で 起 き た マ イ ク ロ ・エ レク トロ ニ クス 革 命 に乗 り遅 れ
た ソ連 邦 内 で は 、 い わ ゆ る電 子 家 電 製 品 が ほ とん ど生 産 され な か った め 、 ロ
シ ア で の生 活 は 西 側 先 進 国 の それ に 比 べ て 時 代 遅 れ の 様 相 を 呈 した 。
ソ連 の 中 央 計 画 経 済 シ ス テ ム は 生 産 財 の 生 産 と分 配 を厳 格 に統 制 して い た
が 、 国 民 の 生 活 に直 結 す る消 費 財 に つ い て は 、基 本 的 に商 店 や 職 場 の 売 店 な
どで 自 由 に販 売 す る と い う小 売 シ ス テ ム で あ った 。 た だ しそ の場 合 で も商 品
の価 格 は 固 定 され て お り競 争 は存 在 しな か った 。
消 費 者 が 日 々直 面 す る この 小 売 シ ス テ ム は 、金 銭 に替 え られ ない 苦 痛 を 国
民 に もた らす も の で あ った 。 消 費 者 は しば しば 商 店 に 入 る前 に まず 行 列 に並
ば な くて は な らか った 。 ま た 店 に 入 っ て もの 商 品 の 注 文 、 支 払 い 、 商 品 の受
ロシアの経済体 制移 行 と生 活水 準(小 崎)129
け 取 りの た め に そ の都 度 行 列 に並 ぶ 必 要 に迫 られ た 。 そ れ 以 前 に 目的 の 商 品
が 売 られ て い る か ど う か が まず 不 確 か で あ っ た 。 ロ シ ア語 の 「ア ボ ー シ カ
{2)
(aBOCbxa)」
と い う 言 葉 が 当 時 の 消 費 者 の 不 便 さ を物 語 って い る。 これ は
欲 しい 商 品 が 突 然 現 れ た 時 の た め に持 ち歩 く折 りた た み の 買 い物 袋 の こ とで
あ る。
消 費 財 に は 公 然 の 闇 市 場 が あ り、 国 民 は必 要 に応 じて そ れ を利 用 す る こ と
に よ って 、生 活 水 準 を維 持 しな けれ ば な らな か った 。 そ こで は 、価 格 メ カ ニ
ズ ム が働 い て い て お り、 需 要 の 高 い も の に は 高 額 な値 が っ い た 。
平等 と不平等
ソ連 の 計 画 経 済 シ ス テ ム に お い て も 、 賃 金 を受 け 取 り、 上 述 の小 売 シ ス テ
ム を通 じて 消 費 財 を 選 択 し購 入 す る と い う点 にお い て 、 資 本 主 義 シ ス テ ム と
表 面 的 に は共 通 して い る。 した が って ソ連 時 代 に お い て も貨 幣 所 得 は生 活 水
準 を規 定 す る重 要 な要 素 で あ った 。
労 働 者 は あ る程 度 、 賃 金 と個 人 的 好 み に合 わ せ て 仕 事 を選 択 す る こ とが で
きた 。 一 般 に給 与 体 系 は ホ ワ イ トカ ラ ー よ り も ブ ル ー カ ラ ー の 方 が 高 め に設
定 され て い た 。 ま た 経 済 計 画 に よ って完 全 雇 用 が 保 証 され 、失 業 にっ い て の
不 安 は なか った 。 した が って 労 働 者 は 収 入 を 高 度 に保 証 され て い た し、 一 旦
職 にっ くと解 雇 や 一 時 帰 休 な どの憂 き 目に あ う こ と も なか った 。 反 面 、賃 金
格 差 に よ る労 働 生 産 性 向 上 へ の イ ンセ ンテ ィブ に 欠 け て い た。
貨 幣所 得 の 分 配 は 、 資 本 主 義 国 の そ れ に比 較 して か な り平 等 に行 わ れ て い
た と考 え られ て い る。 ソ連 邦 が 解 体 され た1991年
にお け る所 得 の 「10分 比
率(も
所得 合 計 が 、 も っとも低
っと も所 得 の 高 い 集 団(全
世 帯 の10%)の
(3)
い 集 団(同
じ く10%)の
何 倍 に な るか)」 は 約3倍
で あ った 。
しか し、 ソ連 で は必 ず しも貨 幣 所 得 の平 等 が 生 活水 準 の 平 等 を意 味 しなか っ
た 。 共 産 党 や 国家 の エ リー トた ち は 特 権 的 な給 与 外 所 得 を享 受 して お り、 そ
130
れ が 国 民 の不 平 等 の 大 き な要 因 に な って い た 。 エ リー トた ち に は 特 別 な商 店
が用 意 され 、 そ こで 彼 らは 輸 入 品 を含 む 高 品 質 の 商 品 を 安 価 に入 手 す る こ と
が で き た 。 エ リー ト用 の住 宅 は 特 別 な企 業 に よ っ て建 設 され 、 自動 車 や 「別
荘 」 が 与 え られ た 。 これ らの 一 般 市 民 の 「非 貨 幣 的 」 格 差 へ の 不 満 が ソ連 崩
壊 の 一 つ の エ ネ ル ギ ー に な った と言 え る。
世 界 との 格 差
一 方 こ う した 国 内 の生 活 水 準 の格 差 と は別 に 、80年
代 には 国 民の 間で ロ
シ ア の 生 活 水 準 が 米 国 や 日本 、 西 欧 先 進 諸 国 と比 較 して か な り低 い と い う認
識 が 定 着 して い た 。 ソ連 製 品 の 品 質 が 西 側 よ りは るか に 劣 る と い う こ とは 、
も は や 誰 も 目に も 明 らか で あ った 。 ま た 住 宅 の 狭 さ 、設 備 の貧 弱 さ、 新 規 の
入 居 の 困難 さ 、娯 楽 施 設 の 少 な さや 公 害 対 策 の 遅 れ 、幼 児 死 亡 率 の 高 さ な ど
が 不 満 の対 象 に な った 。
ロ シ ア の 公 式 統 計 に よ る と80年
支 出 の 約30∼40%を
15∼20%で
代 半 ば の 平 均 的 な ソ連 の 家 庭 で は 、 家 計
食 費 に充 て て い た 。 一 方 西 欧 、 米 国 、 日本 な どで は 約
あ った 。 電 子 レン ジ 、 ビデ オ 、 オ ー デ ィオ な どの 現 代 的 家 電 製
品 の 普 及 率 は 低 く、 自家 用 車 は相 当 の 贅 沢 と され て い た 。
ソ連 時 代 の ロ シ ア の 生 活 水 準 を 国際 的 に比 較 す る統 計 的 裏 付 け を得 る こ と
は 困 難 で あ る。 そ の 理 由 は 、 ソ連 で は 物 的 生 産 シ ス テ ム(MPS)が
統計指
標 作 成 の ベ ー ス と して使 用 され て お り、 産 出物 を物 的 生 産 に 限 定 し、 サ ー ビ
ス を 除 外 して い た こ と。 ま た 価 格 が 固定 され て お り、 財 や サ ー ビス の 相 対 的
価 値 を 表 して い なか った こ と。 ま た 外 国為 替 レー トが 商 品 ご と に恣 意 的 に 決
め られ て い た こ と な どで あ る。
そ の た め 所 得 や 消 費 な どの貨 幣 的価 値 で 表 され る指 標 を 国際 的 に 比 較 す る
こ と は 困 難 で あ った が 、 そ れ で も ソ連 の生 活 水 準 を 国際 的 に比 較 す る試 み が
い くっ か 行 わ れ て い る。
ロシアの経済体 制移行 と生 活水準(小 崎)131
ゴ ル ドン(ro似oH,JI.)と
ク ロ ポ フ(K湘noB,∂.)は80年
ソ 連 人 の 賃 金 は 購 買 力 平 価 でi換 算 し て 月 額150ド
代 の平均 的
ル 程 度 と推 計 して い る 。 こ
(4)
れ は ギ リシ ャや ポ ル トガル の ほ ぼ3分
回ICP(国
の1に
あ た る。 また 国 連 統 計 局 の 第6
際 比 較 プ ロ ジ ェ ク ト)で は 購 買 力 平 価 で 換 算 した1990年
の ソ連
(5)
の 一 人 当た り実 質GDPは
一 人 当た りGDPは
米 国 の31.42%と
報 告 され て い る。
国 際 比 較 に お い て 生 活 水 準 を類 推 す るの み 大 き な 意 味
を持 っ 。 マ デ ィ ソ ン(Maddison,A.)はOECD開
発 セ ン ター の 金 融 制 度
と資 源 配 分 と経 済 成 長 に 関 す る研 究 計 画 に 関 連 して ソ連 の 実 質GDPの
推計
を行 った 。 そ れ に よ る と ソ連 が 解 体 され た1991年
購買
力 平 価 に換 算 して6,656ド
の 一 人 当た りGDPは
ル で あ る。 これ は 日本(19,240ド
ル)の34.5%
(6)
が 、 米 国(21,366ド
ル)の31.2%に
レ イ ヤ ー ド(Layard,R.)と
相 当す る。
パ ー カ ー(Parker,J,)は
「ロ シ ア は 常 に
他 の ヨ ー ロ ッパ 地 域 よ り貧 しか った し、 共 産 主 義 政 権 下 で も ず っ と そ う だ っ
た 。 共 産 主 義 時 代 の 最 後 の 数 年 間 に は ロ シ ア の 生 活 水 準 は ギ リシ ャ と メ キ シ
(7)
コの 中 間 に位 置 して い た 」 と述 べ て い る。 これ らの評 価 は細 部 に お い て差 が
あ る も の の 、 米 国 の3分
の1程
度 とい う点 で 一 致 して い る 。
混 乱 と低 下
実 は ロ シ ア の 生 活 水 準 の 低 下 は 急 進 的 な市 場 経 済 移 行 が 始 ま る以 前 、 っ ま
り ゴル バ チ ョフ政 権 の ペ レス トロ イ カ政 策 を き っか け に始 ま った 。
まず1988年
これ は1988年
か ら1989年
に か け て ロ シ アで は 品 不 足 が 急 激 に 深 刻 化 した 。
の 国 営 企 業 法 の 施 行 に よ っ て企 業 に大 幅 な 自主 裁 量 権 が 与 え
られ 、 そ の結 果 賃 金 が 急 激 に 上 昇 し、 家 計 の 所 得 が 急 速 に増 加 した こ とが 原
因 で あ る。 一 方 生 産 は増 加 せ ず 、 価 格 が 固 定 され て い た た め に 、 売 り惜 しみ
と 買 い だ め が 同 時 に発 生 し、 消 費 財 の 流 通 と小 売 シ ス テ ム が 機 能 障 害 に陥 っ
た の で あ る。
132
生 産 企 業 は過 剰 な需 要 に反 応 して 、 高 価 格 の 商 品 の 生 産 を優 先 し、安 価 な
生 活 必 需 品 の 生 産 を 取 り止 め た 。 消 費 者 は マ ッチ や 石 鹸 な どの あ りふ れ た 商
品 の 入 手 に困 難 を き た す よ う に な った 。
行 列 は ます ます 長 く頻 繁 に な り、 労 働 者 や 職 員 は 買 い物 の た め に しば しば
職 場 を 放 棄 した 。 商 店 の棚 か ら品 物 が 消 え 、 か わ りに 裏 口で 定 価 の 何 倍 も の
値 段 で 公 然 と売 られ る光 景 が い た る と こ ろで で 見 られ た 。
ソ連 時 代 の 末 期 、 生 活 水 準 に っ い て 一 般 の 国 民 と 国 家 ・党 エ リー トの2っ
の 階 層 に は そ れ ぞ れ の不 満 が あ った 。 一 般 の 国 民 は 、 物 不 足 と行 列 の 毎 日に
不 満 を 持 ち 、 エ リー トは 西側 の エ リー トとの 生 活 の 格 差 に不 満 を持 った 。 こ
れ らの 不 満 が ソ連 体 制 の崩 壊 の 大 き な原 動 力 と な った 。
2.市
場 経 済 化 に よ る生 活 水 準 の 低 下
市場 経 済へ移 行 したすべ ての国 と同様 に、 ロシアで も改 革が始 ま ると明 ら
か に生 活水 準が低 下 した。 こ こで は公式 統計 か ら見た その変化 を検 証 してみ
た い。
半 減 した 実 質 所 得
表1は90年
代 の ロ シ ア の 実 質 所 得 と実 質 国 内総 生 産 の 変 化 を表 して い る。
1991年 末 は ソ連 邦 が 解 体 され た 年 で 、1992年
は 新 生 ロ シ ア に お い て物 価 の
自由化 を 中心 とす る 「シ ョ ック療 法 」 が 始 ま った 年 で あ る。
ロシ アの経 済体制 移行 と生活 水準(小 崎)133
表1.実
質 貨幣所 得の 変化
(1991年=100)
X991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
実質貨幣所得
100
52.50
61.11
68.99
58.58
58.17
61.54
50.40
42.79
実質賃金
xoo
67.00
67.27
61.89
44.56
47.23
49.59
43.15
33.14
実質年金
100
52.00
68.12
66.08
53.52
58.34
55.42
52.65
31.91
実質GDP
goo
85.50
78.06
68.15
65.35
63.13
63.70
60.7
62.71
実 質GDP(変
化 率 、%)
消 費 者 物 価(変 化率 、%)
一14
.5
1608.8
一8
.7
839.9
一12
.7
215.1
一4
.1
131.3
一一3
.4
21.8
0.9
11.0
一4
.9
84.8
3.2
36.5
出 所:PoccH黄cKH藺VCTITNCTNgeCKNNe>Kero刀HHI〈1999,p.141,
1999年
1992年
は ロ シ ア経 済 発 展 貿 易 省
に お け る 自 由化 に よ る 消 費 者 物 価 の 急=激 な 上 昇 は 、 実 質 所 得 水 準
を 一 年 で ほ ぼ 半 減 させ た 。 図1は
そ の シ ョ ック の 衝 撃 が 生 産 に対 す る よ りも
消 費 生 活 に 対 す る方 が 急 激 で あ った と い う こ と を 表 して い る。
図1実
質 貨幣 所得 の変化
120
100
80
匡
叢鋼
so
40
20
0
199119921993
出 所:表1か
ら作 成
199419951996199719981999
134
こ こで 実 質 賃 金 と実 質 年 金 の 変 化 に差 が あ る の は 、年 金 が 政 治 的 に調 整 さ
れ る の に対 して 、賃 金 は経 営 者 と労 働 者 の個 々 の 交 渉 に 委 ね られ て い るか ら
で あ る。 ロ シア の企 業 で は 経 済 改 革 に よ る恐 慌 状 態 で 、 披 雇 用 者 に対 す る リ
ス トラ圧 力 が 強 い。 また 労 働 組 合 な どに よ る集 団交 渉 の 手 段 が 確 立 され て い
な い た め 、 賃 金 の 上 方 硬 直 性 が 強 い とい う特 色 が 見 られ る。
実 質 貨 幣 所 得 は92年
に落 ち込 ん だ 後 、94年
に か け て 回復 す る 。 これ は こ
こ に含 まれ て い る事 業 所 得 、 利 子所 得 、 外 貨 の 売 買 に よ る所 得 な どが 増 加 し
て い るた め で あ る。 市 場 経 済 に適 応 で きた 人 々 は 、 様 々 な手 段 で 所 得 を増 加
させ る こ とが で きた の で あ る。
1997年
に各 実 質 所 得 が わ ず か に 上 昇 した 。 これ は 、 イ ン フ レが 沈 静 化 し
た 上 に ロ シ アへ の 外 国 投 資 が 活 発 に な り、 ロ シ ア経 済 が 改 革 後 初 め て プ ラ ス
成 長 を記 録 した 影 響 に よ る も の と考 え られ る。 しか し、 翌98年8月
の通 貨 ・
金 融 危 機 に よ って 、 ル ー ブ ル が 暴 落 し、輸 入 物 価 の 上 昇 に よ って実 質 所 得 水
準 が さ らに 低 下 す る結 果 と な った 。
これ らの デ ー タか ら言 え る こ と は 、92年 以 降 エ リ ツ ィ ン大 統 領 の 下 、 多
くの 内 閣 が 様 々 な社 会 ・経 済 政 策 を 実 施 した が 、結 果 的 に 国 民 の実 質 所 得 水
準 を 上 昇 させ る こ とは で き なか った とい う こ とで あ る。
所得源 泉 の多様 化
実 質 所 得 の 低 下 と と も に所 得 に 関 して の も う一 つ の大 き な変 化 は 、 国 民 の
所 得 の 源 泉 が 多 様 化 した こ とで あ る。 表2は
貨 幣 所 得 に お け る所 得 源 泉 の 構
成 の 変 化 を表 して い る。70年 代 か ら80年 代 に か け て平 均 的 ロ シ ア 人 の 所 得
の 主 た る源 泉 は 賃 金 で あ り、 そ れ は70∼80%を
経 済 化 以 後 の 名 目賃 金 の 鈍 い 上 昇 の 結 果 、1998年
る割 合 は38.7%ま
で 落 ち込 ん で い る。
占 め て い た 。 しか し、 市 場
に は そ の 貨 幣 所 得 に対 す
ロシアの経済体 制移 行 と生 活水 準(小 崎)135
表2.所
(%)
得 構成 の変 化
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
100
goo
100
100
100
100
goo
100
100
100
労働への対価
74.8
74.1
59.7
69.9
58.0
46.4
37.8
40.7
38.2
38.7
社会的移転
16.4
14.7
16.3
14.3
15.0
13.5
13.1
14.2
15.0
14.1
所有権か らの所得
1.5
2.5
12.8
1.0
3.0
4.5
6.5
5.4
5.8
5.9
事業活動か らの所得
2.7
3.8
4.1
8.4
18.6
15.9
16.4
13.7
13.0
i・
その他の所得
4.6
4.9
7.1
6.4
5.4
19.7
26.2
26.0
・
26.5
貨幣所得全体
・
出 所:POCCHHCKHHcTaTHcTHqecK磁exceroRxHx1999,p.149
そ れ に 対 して 、 ゴ ルバ チ ョフ政 権 の 末期 に 導 入 され た経 済 の 自 由化 と市 場
メ カ ニ ズ ム の導 入 政 策 に よ っ て 、91年
か ら所 得 に源 泉 に お け る事 業 活 動 か
らの所 得 や 外 貨 や 有 価 証 券 か らの 所 得 の 占 め る割 合 が 徐 々 に増 加 した 。92
年 の 市 場 経 済 化 以 降 もそ の 傾 向 は 変 わ らず98年
に は所 有 権 か らの所 得 、 事
業 活 動 か ら の所 得 、 そ の 他 の 所 得 が そ れ ぞ れ5.9%、14.8%、26.5%を
占
め る に至 った 。
表2の
「そ の 他 の所 得 」 に は 、 「左 手 」 と 呼 ば れ る副 業 収 入 が 含 まれ て い
る。 本 業 の賃 金 の不 足 や 度 重 な る遅 配 に対 して 、 国 民 は 副 業 か らの収 入 を頼
りに す る必 要 にせ ま られ た 。 中 に は 副 業 収 入 が 本 業 を上 回 る こ と もあ る 。
多 くの 国民 は 正 規 の賃 金 以 外 に い わ ゆ る闇 所 得 に よ って 生 活 を維 持 して い
る。 闇 所 得 と は 、 単 な る 副 業 収 入 よ りも 非 合 法 の 色合 い の 強 い所 得 で あ る。
こ の よ う な所 得 は 「正 直 な賃 金 」 の ほ ぼ50%に
相 当す る金 額 に な るだ ろ う
(8)
と考 え られ て い る。 も ち ろん これ らの 所 得 は統 計 上 に は現 れ な い 。
一 般 的 に徴 税 制 度 が 不 備 な上 に
、 国 民 の 納 税 意 識 も希 薄 な ロ シ ア で は 、所
得 の 実 態 を 正 確 に把 握 す る こ と は 困難 で あ る。 した が って 、 これ らの 点 を考
慮 す る と 、所 得 に 関す る デ ー タ は実 態 を過 小 評 価 して い る と 思 わ れ る。
しか しなが ら、 実 際 の所 得 水 準 が 公 式 統 計 で 見 る よ り も高 い と して も 、 多
くの 普 通 の 労 働 者 が 本 業 の 賃 金 で 生 活 が 維 持 で き な い よ う な現 状 は極 め て異
136
常 で あ るこ とには違 い ない。
労働へ の イ ンセ ンテ ィブを高め る ことで生産性 を引 き上 げ 、 ロシアの 国際
競争 力 を 向上 させ ると ともに、 国内の消費 需要 を活発化 し経 済成 長 の牽 引 力
を強 め るため には 、早急 に正規 の賃金 を正 常化 し、実 質所得 水準 を金融 危機
前 の水準 へ回復 させ る ことが必 要で あ る。
消費 の変 化
実 質 貨 幣 所 得 の 低 下 や 頻 発 す る賃 金 、 年 金 の遅 配 は 、 家 計 や 個 人 の 消 費 支
出 に も大 き な変 化 を もた ら した 。
表3は
家 計 の 支 出構 成 の 変 化 を表 して い る。 家 計 の支 出 に お け る食 費 の 割
合 、 い わ ゆ る エ ンゲ ル係 数 は 大 き く上 昇 した 。 食 料 品 購 入 費(ア
除 く)の 全 消 費 支 出 に 対 す る割 合 は 、90年
の31.5%か
ら98年
ル コー ル を
の51.3%へ
と大 幅 に増 加 して い る。
表3.家
計 の 支 出構 成
{/}
1980
1985
1990
1991
1992
1993
1994
1995
Y996
1997
1998
消費支出全体
100
100
goo
100
100
goo
100
goo
goo
100
100
家庭での食料費
36.1 35.0
31.5
34.1
44.1
43.5
43.9
49.0
47.0
43.0
51.3
家庭外での食料費
6.4
5.8
4.6
4.3
3.0
2.8
2.9
3.0
3.0
2.8
2.0
アル コー ル飲 料 へ の 支 出
5.4
4.6
5.0
4.2
4.0
3.1
2.9
2.5
2.5
2.8
2.6
食料品以外への支出
37.8
40.2
i・
47.7
41.2
40.2
31.8
31.3
36.5
30.2
サ ー ビス へ の 支 出
14.3
14.4
13.1
10.1
13.7
16.0
14.9
13.9
9.7
7.7
42.4
8.2
出 所:POCCKHCKHHcTaTHcTHqecK曲exceroAxHx1999,p.166
また 表4は
消 費 水 準 の低 下 と と も に食 料 品 の 消 費 量 が 変 化 した こ と を示 し
て い る。 ロ シ ア 人 の 食 習 慣 に と って 「ご馳 走 」 で あ る 肉 、 た ま ご、 乳 製 品 の
消 費 が 抑 え られ る よ う に な った 。
ロシアの経 済体制 移行 と生 活水準(小 崎)137
表4.家
庭 にお け る食 料品 消費(家
族平 均の年 間消費 量 、kg)
・'1
1985
1990
1991
1992
1993
1994
2995
1996
1997
1998
112
105
97
101
104
107
101
102
97
108
120
117
108
94
98
107
112
113
112
108
109
111
野菜 とス イカ類
92
91
85
87
78
76
71
83
78
93
83
果物 とイチ ゴ類
35
41
37
35
29
31
30
30
31
32
27
肉 と肉製 品
70
70
70
65
58
57
58
53
48
57
58
た ま ご({固)
286
265
231
229
243
236
210
191
173
177
198
牛乳 と乳製品
390
378
378
348
294
305
305
249
235
257
245
魚 と魚製 品
17
17
15
14
12
11
9
9
9
13
15
砂糖 と菓子類
35
33
32
29
26
29
28
27
26
39
44
パ ン製 品
じゃが い も
出所:POCCHNCKHHcTaTHcTHqecK曲e}Kero朋HK1999,p.149
さ ら に 表5か
らは 所 得 に 余 裕 が な く、 将 来 の 生 活 不 安 が 高 ま っ た た め に 、 国
民 が 耐 久 消 費 財 の 購 入 を 減 ら し て い る こ と が わ か る 。 特 に テ レ ビ、 冷 蔵 庫 、
洗 濯 機 な ど の 家 庭 電 化 製 品 の 買 い 替 え が 見 送 られ た 。
表5.耐
久 消 費 財 の 販 売(1000個)
1985
1990
199
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
テ レビ
4531
4968
5126
5527
5563
5628
4352
3250
3296
2812
ラジオ
3529
4969
5016
5116
5168
5246
3045
2790
2595
2639
テ ー プ レ コー ダ ー
2538
4032
4113
4189
4327
4370
3087
1950
1977
862
冷蔵 ・冷凍庫
2334
2842
2859
2888
2975
3035
2496
1904
1961
1761
洗濯機
2400
3741
3815
3864
3908
3869
330
2510
2558
1752
電気掃除機
1929
2891
2949
3017
3108
3170
2043
1811
1780
1292
38
39
39
39
40
40
35
32
時計
26
乗用車
743
971
788
810
867
1176
1279
969
1550
オ ー トバ イ
661
810
851
861
904
913
889
702
597
2465
2976
3036
2983
2386
1789
1485
自転車と原動機付自転車
出 所:POCCNHCKHHcTaTHcTHqecK曲exteroAxHx1999,p.149
3142
3173
27
1156
312
1393
138
しか しな が ら、0方
で は 、 ロ シ ア独 特 の 貨 幣 にi換算 で き な い好 ま しい 変 化
もあ った 。 そ れ は第 一に 商 店 で の行 列 と,基本 的 な生 活 必 需 品 の 品 不 足 が 解 消
さ れ た こ と。 老 して 第 二 に 国 内 企 業 間 ま た は 輸 入 品 との 競 争 に よ って 、 商 品
や サ ー ビス の 質 が 向 上 した こ とで あ る。
これ らの 消 費 生 活 を め ぐ る環 境 の好 ま しい変 化 は 、 ロ シ ア で これ ほ ど貨 幣
所 得 水 準 が 低 下 しなが らも大 規 模 な抗 議 行 動 が 起 き なか った 理 由の 一 つ で あ
る と考 え られ る。
3.富
と貧 困 の 格 差
所得 と消費 水準 の平均 的 な低 下 とともに、新 た な問題 と浮 上 した のが所得
格差 の拡大 で あ る。
所得格 差 の拡 大
表6は
貨 幣 所 得 の 分 布 と ジ ニ係 数(0に
近 い ほ ど所 得 分 布 が 公 平)の
推移
を表 して い る 。 各 行 の ロー マ数 字 は世 帯 を 収 入 の 少 ない 方 か ら並 べ 、5分
の
1つ っ に 区 切 った と き の グ ル ー プ の番 号 で あ る。
表6.貨
所得全体
幣所 得の 分布 の推 移
1985
1990
X991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
100
goo
100
100
100
goo
100
100
goo
100
1
10.0
9.8
11.9
II
14.6
14.9
X5.8
III
18.3
18.8
N
23.1
V
ジニ係数
C%)
s.o
5.8
5.3
5.5
11.6
11.1
10.2
10.2
18.8
17.6
16.7
15.2
23.8
22.8
26.5
24.8
34.0
32.7
30.7
38.3
na.
n.a.
0.26
i'・
出 所:POCCHHCKHHcTaTHcTHqecK舩e>Kero丑HHK1999,p.155
6.0
6.2
10.7
xO.2
10.5
15.0
15.2
14.8
14.9
23.0
22.4
21.5
21.6
21.0
41.6
46.3
46.9
46.4
47.4
47.0
0,398
0,409
o.391
0,375
o.3sz
0,379
6.2
ロシアの経 済体制移 行 と生活 水準(小 崎)139
ジ ニ 係 数 の 変 化 か らは ロ シ ア に お い て シ ョ ッ ク療 法 が 始 った1992年
所 得 格 差 が 急 激 に 拡 大 し、94年
か ら
に そ の ピー ク を迎 え た こ とが わ か る。 そ し
て そ の 後 にお い て もそ の 各 差 は 縮 ま って い な い 。
所 得 階 層 の デ ー タ に よ る と 、 中 間所 得 層 グ ル ー プ(II、III、IV)の
大 き な変 化 を示 して い な い の に 対 して 、 所 得 の 少 な い1グ
貧 し く な り、所 得 の 多 いVグ
所得 が
ル ー プ は ます ます
ル ー プ が ます ます 豊 か に な りっ っ あ る傾 向が 見
られ る。
1998年
の 通 貨 ・金 融 危 機 に よ って さ所 得 格 差 は さ ら に拡 大 し、1999年
に
{g)
お け る所 得 の 上 位10%と
下 位10%の
の平 均 的 基 準 と され て い る10対1を
比 率 は15対1で
あ る。 これ は 先 進 国
大 き く上 回 って い る。
所 得 の 格 差 が 大 き くな る につ れ て 、 ソ連 時 代 に は なか った 新 た な階 層 が 形
成 され っ っ あ る。
富 裕 層 の 出現
市 場 経 済 化 に よ って平 均 的 な家 庭 の実 質 所 得 水 準 が 大 き く低 下 した 一 方 で 、
市 場 経 済 化 の 恩 恵 を 受 け て 裕 福 に な った 人 々 が い る。
1992年
の 価 格 自 由化 と そ の 後 の イ ン フ レ ・ス パ イ ラ ル の 経 済 環 境 下 で 資
源 輸 出や 金 融 に関 わ る人 々が 急 速 に 富 裕 化 した 。 これ らの 人 々 の多 くは 、 ソ
連 時 代 の いわ ゆ る 「ノ ー メ ン ・ク ラ トゥー ラ」 と呼 ば れ た 国家 ・党 エ リー ト
た ちで 、 旧 国 家 資 産 と コネ ク シ ョ ンを利 用 して莫 大 な利 益 を あ げ た 。 彼 らは
通 称 「新 ロ シ ア 人 」 と呼 ば れ て い る。
ロシア にお け る富 裕層 の 明確 な定義 は ないが 、著 名 な歴 史家 で あ るメ ドヴ ェー
ジ ェフ(巫e双Be双eB,P.)は
、 「普 通 の モ ス ク ワ市 民 は 月 に1000ド
とは か な り裕 福 だ と思 っ て い る。 一 方 、 実 業 家 は 月 に2万
か ら3万
人 々 を裕 福 と考 え て い る と。 そ して これ らの 人 々 の 人 数 は1万
ル稼 ぐひ
ドル稼 ぐ
か ら1万5千
くユゆ
人 を超 え な い だ ろ う」 と述 べ て い る。 い ず れ に して も富 裕 層 は ご く少 数 で あ
140
ると考 え られ る。
これ らの富裕 層 の正確 な所得 と資産 の額 は不 明で あ る。 それ らの多 くは納
税 申告 され てい ないか らで あ る。 しか し、 よ り重 大 な問題 は富裕 層 の所 得 の
大部 分が 国外 に逃避 してい るであ ろ うとい う ことで あ る。富 が一部 の人 々に
偏 り、 そ してそれが 国内で循環せ ず再 分配 され ない ことが所 得格差 の拡 大 に
拍 車 をか け てい る。
貧 困の境 界
一 方 ロ シ ア に お け る貧 困 層 に属 す る人 々は どれ く らい の数 に な る の で あ ろ
うか。
そ の 一 つ の 基 準 と して 、1992年
か ら ロ シ ア 労 働 省 が 毎 年 発 表 して い る最
低 生 活 費(npo㎜ToqHH首MHHHMyM)カ
ミあ る。 これ は 、 最 低 の 生 活 水 準 を維
持 で き る食 料 品 、 非 食 料 品 、 サ ー ビス 、 税 金 、 そ の 他 の 義 務 的 な支 払 い な ど
の合 計 費 用 の こ とで 、 いわ ゆ る公 的 な貧 困 ラ イ ン に あ た る。
所 得 が 最 低 生 活 費 を 下 回 る 人hの
した 後 、年 々減 少 し97年
割 合 は1992年
に は20.8%ま
に33.5%の
で 低 下 した が 、1998年
ピー ク を 記 録
に は 通 貨 ・金
(11)
融 危 機 の影 響 で 再 び23.8%に
上 昇 した 。
しか し、 この よ う な政 府 の公 式 な貧 困 層 の 推 計 に対 して は 様 々 な異 論 が あ
る。 例 え ば 、1994年
の公 式 統 計 上 の 貧 困 層 の 人 口に対 す る割 合 は22.4%で
あ るが 、 著 名 な全 国 紙 で あ る 『論 拠 と事 実(ApryMeHTHHΦaKTbl)』
62%と
は60-
発 表 して い る し、 ロ シ ア世 論 調 査 セ ン ター(BLMOM)は50-58%と
(12)
主張 してい る。 これ らの差 が生 じる最 も大 きな原 因 はサー ビス分 野で の推計
の違 いにあ る。 政府 の推計 値 は貧困層 に大 きさの下 限 と考 え るのが妥 当で あ
ろ う。
ロシアの経済体 制移 行 と生 活水準(小 崎)141
結 語 にか えて
公 式 統 計 か ら導 か れ る帰 結 は 、 ロ シ ア の 生 活 水 準 が 市 場 経 済 化 に よ って 大
き く低 下 し、 大 部 分 の ロシ ア 人 は 貧 困 に あ え い で い る と い う こ とで あ る。
しか し、 ロ シ ア を訪 問 した 多 くの 人 々は 経 済 の 専 門 家 も含 め て 、 こ の10
年 で ロ シ ア 人 は 豊 か に な った と 言 う。 例 え ば 小 川 和 男 ロ シ ア 東 欧 経 済 研 究 所
(13)
所 長 は、 自家 用 車、海外 旅行 者数 の増 加 な どか ら、 ロシアで は着実 に中間所
{14)
得 層 が形 成 され て お り 「貧 しい ロ シ ア 人 は虚 像 」 で あ る と述 べ て い る。 こ の
ギ ャ ップ は どう 説 明 され るだ ろ うか 。
こ の問 題 を解 く第 一 の 鍵 は ロ シ ア の公 式 統 計 デ ー タの 持 っ バ イ ア ス に あ る。
ロ シ ア の 経 済 統 計 が 実 態 を過 小 評 価 して い る こ とは 多 くの識 者 が 指 摘 して い
る。
国 民 の 税 に 対 す る意 識 が 極 め て 低 い ロ シ ア で は 、 所 得 や 収 入 は 正 し く申 告
され て い ない か 、 少 な く と も過 小 申告 され て い る と考 え られ る。 また 、 多 く
の ロ シ ア人 は 副 業 や 非合 法 ビジ ネ ス か ら収 入 を得 て い るが 、 これ らの 所 得 は
統 計 に表 れ な い 。 した が って 貨 幣 所 得 は 現 実 に は 公 式 統 計 ほ どに は 低 下 して
い な い と考 え る こ とが で き る。 た と え ば エ ル マ ン(Ellman,M.)は
、 ロシ
ア の統 計 デ ー タの 信 頼 性 は低 く、 ロ シ ア に お け る実 質 所 得 の 低 下 は 公 式 デ ー
(15)
タが 示 す ほ ど急 激 で は な か った と主 張 す る。
さ らに貨 幣 面 で の生 活 水 準 の低 下 を 和 らげ る 、 ロ シ ア 的 な特 色 が 家 族 や 親
族 に よ る相 互 扶 助 と 「ダー チ ャ(πaqa)」
と呼 ばれ る家 庭 農 園 の存 在 で あ る。
経 済 的 に 困 窮 した 時 に 、 家 族 や 親 族 同士 で 助 け 合 う こ と は ロ シ ア 特 有 の こ
とで は な い が 、 ロ シ ア で は ソ連 時 代 の 物 不 足 の経 験 か ら、 そ れ らの 行 為 が 当
然 の こ と とい う風 潮 が あ る。 ノー ス カ ロ ラ イ ナ大 学 と ロ シ ア統 計 国 家 委 員 会
が 合 同 で 行 った 家 計 調 査 で は 、1998年
の 平 均 的 家 庭 の 月 収 の 約8.5%が
家
(ls)
族 な どか らの 援 助 で あ る とい う結 果 が 報 告 され て い る。
ダー チ ャは 「別 荘 」 と訳 され るが 、 日本 で も っぱ ら余 暇 を過 ごす た め に用
142
い られ る別 荘 とは 少 し意 味 が 違 う。 ロ シ ア で は多 くの場 合 そ れ は 自家 用 の 作
物 を栽 培 す る家 庭 農 園 と して利 用 され て い る。 ロ シ ア の ほぼ す べ て の 平 均 的
な家 庭 は ダー チ ャ を所 有 して お り、1993年
に は ジ ャ ガ イ モ の 全 生 産 量 の83
(17)
%、 食 肉 の40%が
1992年
家 庭 農 園 で 収 穫 され た 。
の 「シ ョ ック療 法 」 に よ って 多 くの 国 民 の 生 活 水 準 が 低 下 し、 貧
困 が 広 が った こ と は 間 違 い が な い 。 そ の シ ョ ック を緩 和 して い る の は 、 ソ連
時 代 の 蓄 積 され た 住 居 や 上下 水 道 、 公 園 、道 路 な どの社 会 資 本 と 、 市 場 経 済
化 に よ って 得 られ た 行 列 の解 消 、 経 済 活 動 の 自 由化 、商 品 の 高 品 質 化 な どの
非 貨 幣 的 側 面 で の 「生 活 の 向上 感 」 で あ る。 いわ ば 、 ロ シ ア 国民 に と って 、
皮 肉 に も ソ連 時 代 に 蓄 え られ た社 会 資 本 の遺 産 が 、 市 場 経 済 化 に よ る生 活 水
準 の 急 激 な低 下 の衝 撃 を 受 け止 め る 「緩 衝 装 置 」 に な った 。
しか し、 そ れ らの社 会 資 本 は老 朽 化 の 限 界 を迎 え よ う と してお り、住 宅 、
上 下 水 道 、 電 気 、 ガ ス な どの生 活 関 連 の 資 本 設 備 は早 急 に 更 新 を 迫 られ て い
る。 最 近 、 極 東 地 方 で 寒 波 の た め に老 朽 化 した集 中 暖 房 設 備 が 停 止 し、 多 く
の被 害 者 が で た 。 また モ ス ク ワ な ど都 市 部 の水 道 水 の 水 質 悪 化 が 大 き な 問題
と な って い る 。 それ らの 設 備 の 更 新 に は莫 大 な投 資 が 必 要 と され るが 、 中央
政 府 に も地 方 自治 体 に もそ の財 源 は な い。
した が って 、 これ らの 社 会 資 本 の老 朽 化 が さ らに進 み 、 そ の機 能 不 全 が 本
格 化 した と き が ロ シ ア に と って 真 の 生 活 水 準 低 下 に 直 面 す る試 練 で あ る言 え
よ う。
【参 考 文 献 ・注 】
[日 本 語]
・マ デ ィ ソ ン、 ア ン ガ ス 『世 界 経 済 の成 長 史1820∼1992年
』東 洋経 済新報 社 、
2000年 。
・小 川 和 男 『ロ シ ア経 済 事 情 』 岩 波 新 書 、1998年
。
・メ ドベ ー ジ ェ フ 、 ロ イ 『ロ シ ア は 資 本 主 義 に なれ る か?』
現 代 思 潮 社 、1999
ロシアの経 済体制移 行 と生活水 準(小 崎)143
年 。
・ レ イ ヤ ー
1997年
[英
ド
、
リ チ
ャ ー
ド ・パ ー
カ ー 、 ジ
ョ ン
『ロ シ ア は 甦
る 』 三
田 出 版 会
、
。
語]
・Ellman
,Michael"LivingStandardsandSocialWelfare",
http://www.nato.int/docu/collq/1995/95‐05.htm
・Klugman
,Jeni.,PovertyinRussia,EconomicDevelopmentInstituteof
TheWorldBank.
MonitoringEconomicConditionsintheRussianFederation,TheRussia
LongitudinalMonitoringSurvey{RLMS)1992‐98,March1999,University
ofNorthCarolinaatChapelHill,httt://www.cpc.unc.edu/rlms
・Ruvinsky
,Ludmila"StandardsofLivinginRussia(1985‐98);Changes
duringtransitiontothemarketeconomy",TheUniversityofMelbourne,
UnimelbFacultyArtsCentreCERC,http://www.cerc.unimelb.edu.au/
bulletin/sept98.htm
・Silverman
,Bertram,.Yanowitch,Murray,Newrich,newpoor,new
Russia‐WinnersandLosersontheRussianRoadtoCapitalism,
1997,M.E.Sharpe,Inc.,London.
[ロ
シ ア 語]
・1'opAox
,JleoxHA.,KハonoB,3城yap双.《
八HHaMHKaycJloBH益HypoBxA)KH3HH
HaceπeHHH(pa3HoHanpaBJIeHHbleTexAexuHx90-xro∠
【oB)》,MoxHTOpHxr
O6田;ecTBexxoroMHeHHA,BUI/10砥No.5,2000.
・06qapoBa
,JIH刀HH.,npoKoΦbeBaJIH丑HH.《Be丑HocTbHVMexcceMeHxax
co,πH以aPHocTbBPoccxHBnePexo云HblHnePHo吸
》,ハ
愈)HHToPHHro6蝋ecTBeHHoro
MxexHA,Buレ101>㌧No.4,2000.
・Pxcaxxubixa
.《JI.no,πHTHKaAOXOAOB:∂TanbIHpe3epBbI》3KoHoMHcT,1999.9.,
、MHHHcTepcTBo∂KoHoMHKHPΦ
・POCCKHCKHH∂KoHoMHqecKH負E)Kero丑HHK1999
・CouHaハbHoeno顕o)KeHHeHypoBeHb)KH3HHHace∬eHH∬PoccHx1999
rOCKOMCTaTPOCCNH
,IOCKOMCTaTPOCCHH
,
144
注
(1)も
ち ろ ん 国 家 や 共 産 党 の 方 針 に 従 順 で あ れ ば と い う 条 件 が 付 く。
(2)日
本 語 で は
(3)レ
イ ヤ ー
「も し か 袋 」 な ど と 訳 さ れ た 。
ド ・ パ ー カ ー(1997年)p.202
(4)FoP双oH,KπonoB(2000)P.25
(5)マ
デ ィ ソ ン(2000年)p.271
(6)マ
デ ィ ソ ン(2000年)p.207
(7)レ
イヤ ー
ド ・パ ー カ ー(1997年)p.188
(8)《3KoHoMHKaH>KH3Hb》No.51,ノ
【eKa6pb2000.cT.2
{9)PxtaxHubixa(1999.9),p.62
(10)メ
ドベ ー ジ ェ フ(1999年)p.138
(11)《CoHHoπbHoenoπo)KeHHeHypoBeHb)KH3HHHace,πeHHHPoccHH
1999≫,p.1.56
(12}Silverman,Yanowitch(997},p.48.
(13)表6の
中 で も 最 も 高 額 な 自家 用 車 だ け が 販 売 を 伸 ば し て い る 。 こ れ は 、 中
間所 得 層 が 形 成 され っ っ あ る こ と の一 つ の 証 左 で あ る と推 察 され る。
(14)小
川(1998年),p.14
{15)Ellman{1995),p.4
(16)MonitoringEconomicConditionsintheRussianFederation,
RLMS1992-98,p.5
(17)レ
イ ヤ ー
ド ・ パ ー カ ー(1997年)p.195
Fly UP