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中学校の理科教育における海辺の生物の教材化

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中学校の理科教育における海辺の生物の教材化
中学校の理科教育における海辺の生物の教材化
―
教師用ガイドブック「瀬戸内の海辺の生物研究」の作成を通して
大柿町立大柿中学校
―
荒本
礼二
【要約】
これからの理科教育は,地域の環境を生かした自然体験など,身近な自然の一層の活用が求めら
れている。そこで,本研究では,所属校周辺の自然を生かし,海辺の自然とそこにすむ生物の教材
化に取り組んだ。
具体的には,海辺の自然とそこにすむ生物を,3年間の指導内容と照らし合わせながら,どうす
れば効果的に活用できるのかを示した教師用ガイドブックを作成した。主な内容は,ねらいや活用
法を明確にした46項目の教材化の事例を示したものである。素材については,入手や取り扱いが容
易で,平易な方法で活用できるものを取り上げた。
その他,所属校周辺で観察することができる海辺の生物の紹介や情報通信ネットワークの積極的
な活用ができるように,海に関連するWebページ等の記載も行った。
【キーワード】
理科,教材開発,地域素材
1 主題設定の理由
中学校学習指導要領解説理科編の内容の指導に
当たっての配慮事項には,「観察,実験,野外観
察を重視するとともに,地域の環境や学校の実態
を生かし,自然を科学的に調べる能力の育成及び
基本的な概念の形成が段階的に無理なく行えるよ
うにすること」(注1)と示している。
所属校周辺は,瀬戸内海に面しており,その海
辺には,多種多様な生物が高密度で見られる。ま
た,瀬戸内地方は好天の日が多く,波が穏やかで
潮間帯が広いため,生物を観察するには極めて好
適である。さらに,そのような海辺では,中学校
の理科で活用できる実験材料を容易に多数得るこ
とができる。
所属校では,身近な自然を生かして,海辺での
観察を行っていたにもかかわらず,生物をただ羅
列して示す指導にとどまり,生徒の探究心を喚起
するまでには至らなかった。適切な教材化ができ
ていなかったことが,その原因の一つと考えられ
る。
そこで,海辺の自然やそこにすむ生物を教材化
し,3年間の指導内容と照らし合わせながら,ど
うすれば効果的に活用できるのかを示した教師用
ガイドブックを作成する必要があると考え,本研
究題目を設定した。
2 研究の基本的な考え方
(1) 身近な自然の教材化の意義
現在の社会は,技術が進歩し多様な情報が行き
交う中で,急速に変化し続けている。また,私た
ちの生活も飛躍的に便利になった。その反面,自
然環境の悪化,人間関係や自然との触れ合いの希
薄化,特に,子どもたちの直接体験の不足など多く
の問題も生じてきている。
このような現状を踏まえて,教育課程審議会答
申(平成10年)では,「子どもたちがもっと社会
体験や自然体験などの様々な活動を体験し,それら
と,学校における教育活動とを更に有機的に関連付
けることによって一層教育効果を高めることができ
る」(注2)と述べており,新学習指導要領にも,地域
や学校の実態を生かすよう示されている。さらに,
秦明徳は,「身近な自然への働きかけを通して,五
感を通して得られる自然の不思議さ,すばらしさ,
美しさへの感動はいつまでもその人の心に深く残っ
ているものである。また,科学的探究への情熱を深
く支える基盤となる。このようなふれあいの積み重
なりが郷土の自然への認識と愛着を深め,郷土愛へ
と発展していくものである」(注3)と述べている。
今後は,地域の環境を生かした自然体験など身
近な自然の一層の活用が求められており,理科教育
の果たす役割も大きいと考えられる。
- 33 -
(2) 野外観察の場としての瀬戸内海
野外観察をするうえで,まず安全性の問題があ
る。これについて瀬戸内海は,太平洋や日本海に
比べ,波が穏やかで,安全面から見ても野外観察
に適した場所が多い。また,生物の多様性の観点
から見ても優れている。
例えば,瀬戸内海は島が多く潮の流れが速く複
雑であるため,流れの速いところは磯浜になり,
流れの緩やかなところは砂浜や泥干潟になる。そ
の結果,瀬戸内海の自然海岸では短い距離で磯と
浜が交互に現れ,少し歩けば多様な環境を見ること
ができる。また,潮の干満の差が大きく,年間の最
大潮位差が4mを超すところもあるため,大潮の干
潮時には日頃見ることのできない海底をうかがうこ
とができる。
潮の干満によって,潮間帯というきわめて厳しい
環境に生息している生物は,生命力の強いものが
多く,飼育もしやすい。中にはハオコゼやゴンズ
イのように刺される危険があるものもいるが,注
意を図ることで未然に防ぐことができる。
また,どのような環境にどういう生物が生息して
いるかといった,環境と生物を関連付けて考えさせ
ることも可能である。
3 教材開発のねらい
海辺の自然とそこにすむ生物を教材化するため
に,教師用ガイドブック「瀬戸内の海辺の生物研
究」を作成した。このガイドブックの工夫した点
は,海辺の生物の中から,何を素材として,どの
ようなことを考えさせるかについて示したことで
ある。これまでの先行研究においても,教材とし
て指導内容と照らし合わせながら整理したものは
少ない。また,教材化のための基礎資料としても
活用できるよう配慮した。
ガイドブックは四つの章で構成した。図1は,
ガイドブックの目次を示したものである。第1章
「海辺の生物の活用場面」では,身近な自然の教
材化の考え方と,海辺の生物を活用できる場面に
ついて整理した。第2章「教材化の事例」では,
海辺の生物を具体的に教材化した事例を指導内容
に沿って紹介した。第3章「海辺の生物たち」で
は,所属校周辺で観察することのできる海辺の生
物を紹介した。第4章「資料編」では,教材化の
基礎資料として,地域素材マップ,野外観察の仕
方,飼育方法を示し,海に関する問い合わせ施設
や参考になるWebページなども記載した。
瀬戸内の海辺の生物研究
第1章
(1)
(2)
(3)
海辺の生物の活用場面
身近な自然の教材化
教材になる海辺の自然とそこにすむ生物
海辺の生物の活用場面
第2章
教材化の事例
(1)植物の生活と種類
生物の観察①水中の微生物と顕微鏡観察<海洋プランクトン>
②植物の形態の比較<海浜植物>
植物の体のつくりとはたらき
③葉緑体の観察とデンプン検出<海藻>
④光合成<海藻>
⑤呼吸<海藻>
植物の仲間分け
⑥植物の仲間分け<海草>
(2)動物の生活と種類
動物の体のつくりとはたらき
動物の仲間
(3)生物の細胞と生殖
生物と細胞
生物の殖え方
自然と環境
(4)人間と自然
海と文化
海辺は自然の浄化槽
環境問題
(5)選択教科(理科)
第3章
海辺の生物たち
(1)動物の仲間
(3)小さな生物の仲間
第4章
(2)植物の仲間
資料編
(1)海辺の環境
(2)野外観察
瀬戸内海の概要
記録の視点
海辺の形
記録の方法
潮の満ち引きと潮間帯
注意を要する生物
(3)情報
(4)飼育
地域素材マップ
海水水槽をつくろう
生物に関する体験施設
海辺の生物の飼育法
Webページ(おすすめサイト)
図1
ガイドブックの目次
4 開発した教材「教師用ガイドブック」
(1) 第1章「海辺の生物の活用場面」について
第1章では,身近な自然の教材化の考え方と,
海辺の自然やそこにすむ生物が,新学習指導要領
の学習内容と照らし合わせながら,教材としてど
の場面で,どのように活用することができるかを
示した。
表1は,第2分野の各単元での海辺の自然やそ
こにすむ生物を活用できる場面を示したものであ
る。「単元名・項目,海辺の生物教材化の事例」
の欄は,新学習指導要領に沿った単元名を示した
もので,ガイドブックの第2章「教材化の事例」
が,どの単元の項目で活用することができるかを
示している。「素材を用いた活動のねらい」の欄
は,その素材が持っている特質を明らかにし,何
を見つめればよいのかを示している。「身に付け
たい探究の技法」の欄は,それぞれの事例で習得
- 34 -
表1 第2分野の各単元での海辺の自然やそこにすむ生物を活用できる場面
単元名・項目
海辺の生物教材化の事例
素材
素材を用いた活動のねらい
1 水中の微小生物と顕微鏡観察
海洋プランクトン
(植物・動物)
2 植物の形態の比較
海浜植物
・海洋プランクトンは,容易に多くの種を数多く採集することがで
きる。植物を中心に水中の微小生物の観察を行い生物に対する関
心を高めるとともに,顕微鏡を正しく使えるようにする。
・環境を光・水の観点でとらえ,厳しい環境に適応した海浜植物の
形態(根・葉)を比較することで,環境と形態を関連付けながら
考察する。
・アナアオサは葉緑素を脱色しやすく,ヨウ素液に確実に反応する
点がすぐれている。光合成は葉緑体で行われ,デンプンが合成さ
れることを確認する。
・光合成を行うには,光と二酸化炭素を必要とし,酸素を放出する
ことを海藻を用いて観察する。
・海藻は水中で放置しても枯れにくく,インジコカーミンを用いた
呼吸(酸素吸収)の確認を行いやすい。植物も呼吸を行うことを
観察する。
身に付けたい
探究の技法
(1) 植物の生活と種類
ア 生物の観察
第 イ 植物の体のつくりと働き
1 3 葉緑体の観察とデンプン検出
学
年
アナアオサ
ヒトエグサ
4 光合成
アナアオサ
5 呼吸
アナアオサ
③ ④顕微鏡
⑤
① ② ③比較
⑤スケッチ ⑥
③ ④顕微鏡
③ ⑤
③
ウ 植物の仲間
6 植物の仲間分け
アマモ・コアマモ
・水中と陸上の種子植物を比較し,生息場所や多様な形態を観察す
る。アマモ・コアマモは代表的な水中の種子植物である。
① ② ③比較
⑤スケッチ ⑥
アルテミア,アラ
ムシロガイ,タマ
キビガイなど
様々な海水魚
・簡単に多く入手できる海辺の生物を活用し,様々な動物が,外界
の刺激に反応し行動する様子を観察する。反応も適度な時間をか
けて行われるため観察しやすい。
・容易に入手できる脊椎動物の魚を用い,魚の体のつくりをその働
きや生態と関連付けながら調べる。
③ ⑤
⑥
① ②
③ ⑤
マアジ,サンマ
・これらの魚は安価で手頃な大きさで,解剖も容易である。脳,脊
髄,神経,感覚器官のつくりを解剖を通して観察する。
③解剖
⑤スケッチ
アイナメ,マアジ
チヌ,アイゴなど
・魚は,食性によって,おおまかであるが消化器官の長さや形が異
なる。様々な消化器官(胃・腸)の形や長さを観察し,食性と関
連付けて観察する。
・これらの魚は安価で手頃な大きさで,解剖も容易である。えらの
つくりと心臓のつくりを観察する。
・解剖時などに採血が容易である。血液の働きと,赤血球を観察す
る。
① ②
③解剖
⑤スケッチ
③解剖
⑤スケッチ
③ ④顕微鏡
⑤スケッチ ⑥
③プレパラート作成
(3) 動物の生活と種類
ア 動物の体のつくりと働き
7 刺激と反応
8 魚の解剖①体のつくり
第
2 9 魚の解剖②神経系と感覚器官
学
年
10 魚の解剖③消化器官
11 魚の解剖④呼吸と血液循環
12 血液成分と赤血球の働き
マアジ,ブリ
アイナメ
魚の赤血球
⑥
⑥
③ ④顕微鏡
⑤スケッチ
イ 動物の仲間
(5) 生物の細胞と生殖
ア 生物と細胞
13 いろいろな細胞の観察
海洋プランクトン
14 体細胞分裂の観察
海藻
・細胞のつくりに関して,単細胞と多細胞,動物細胞と植物細胞を
比較する。
・染色体観察と体細胞分裂の過程を観察する。
イ
15
16
17
バフンウニなど
イトマキヒトデ
マガキ
・有性生殖では,受精によって新しい個体が生じ,体細胞分裂を繰
り返しながら複雑な生物体をつくる過程を観察する。特にウニの
発生は,等割で観察が容易である。
③ ④顕微鏡
⑤スケッチ ⑥
アメフラシ,シマ
メノウフネガイ
・生殖の多様性を知る。
① ③
海の生態系
・海洋の生物から,生産者と消費者の食物連鎖によるつながりにつ
いて考察する。
・第2次消費者が第1次消費者を摂食することを,赤色をしたシラ
スの胃から判断する。
・イリコの摂食した胃の内容物を観察することを通して,海の中の
食物連鎖のつながりについて考察する。
・海洋の環境から,炭素や酸素などの元素が自然環境と生物との間
を循環することを考察する。
② ⑥
・ヘテロカプサや夜光虫など,赤潮の原因となる海洋プランクトン
が急激に増加する原因を調べることで,環境問題について総合的
に考察する。
・海洋植物プランクトンの役割をパソコンや資料によって調べるこ
とで,温暖化の原因を考察する。
・海辺に打ち上げられたゴミの回収と分別をすることを通して,人
間生活が自然に与える影響について考える。
・海に関する身近な自然災害による被害や特徴について調べ,対策
や自然との共存の在り方について考える。
・地域の海に密着した漁業や養殖業さらに食文化について聞き取り
調査活動などを行い,自然から受ける恩恵について考える。
②
④パソコン
⑤
②
④パソコン
⑤
生物の殖え方
発生①
発生②
発生③
18 様々な生殖の仕方
(有性生殖・無性生殖)
⑥
(7) 自然と人間
ア 自然と環境
第 19 食物連鎖①(食物連鎖)
3
学 20 食物連鎖②(微小生物)
年
シラス干し
21 食物連鎖③(胃の内容物)
イリコ
22 物質循環
海の生態系
③
④双眼実態顕
② ③解剖
④双眼実態顕
② ⑥
⑤
⑥
イ 自然と人間
23 自然界のつりあいと自然環境
の保全①
赤潮
(夜光虫など)
24 自然界のつりあいと自然環境
の保全②
25 自然界のつりあいと自然環境
の保全③
26 自然がもたらす恩恵と災害①
地球の温暖化
(珪藻類)
海辺に打ち上げら
れたゴミ
津波・高潮
27 自然がもたらす恩恵と災害②
地域の海と人々の
暮らし
② ③
⑤
①
③聞き取り調査
⑤
①
③聞き取り調査
⑤
*「身に付けたい探究の技法」の欄について
①問題(問題の発見) ②仮説(仮説の設定) ③観察実験(観察・実験の計画と実施) ④操作(器具などの適切な操作)
⑤記録(記録・データ処理・スケッチ) ⑥規則性(推論・規則性の発見)
- 35 -
することができる探究活動のための技法を示した
ものである。具体的には,問題の発見,仮説の設
定,観察・実験の計画と実施,器具などの適切な
操作,記録・データ処理,推論・規則性の発見の
6項目で,一度に多くの探究の過程を踏ませるの
ではなく,3年間を通して計画的に徐々に身に付
けさせることができるよう配慮した。
表2
また,表2は,選択教科としての理科において
海辺の生物を活用した学習テーマを示したもので
ある。選択教科としての理科では,各学校の実態
に応じて様々な工夫が求められ,内容の一つとし
て課題研究や野外観察などの学習活動を扱うこと
ができる。学習のテーマは,一貫した探究活動が
行えるようなものを記載した。
選択教科としての理科の海辺の生物を活用した学習テーマ
海辺の生物教材化の事例
素材
具体的な学習のテーマ
28 プランクトン調査
(季節変化・分類)
海洋プランクトン
・季節変化に伴い,プランクトンの種類は変化するか。
・季節変化に伴い,各プランクトンの個体数は変化するか。
・季節によるプランクトンの増減と他の生物との関連はあるか。
・海洋プランクトンの検索と分類を行う。
29 海辺の微小生物の観察
微小生物
・海藻や岩の下などで生活する様々な微小生物を観察する。
30 磯浜の生物の観察
岩場の生物
・磯浜の変化に富んだ環境に適応してすみ分けている様子を観察する。
・様々な生物の形態と生息環境との関係を調べる。
・タイドプールにいる生物を観察する。
・擬態する生物の観察を行う。
31 干潟の生物の観察
干潟の生物
・干潟の環境に適応してすみ分けている様子を観察する。
32 砂浜の生物の観察
砂浜の生物
スナガニ
・生物が砂浜の環境に適応してすみ分ける様子を観察する。
・希少種のスナガニの分布を調べる。
33 垂直分布調査法
・生物のすみ分けを調べる方法を学び,実習を行う。
34 水平分布調査法
・生物のすみ分けを調べる方法を学び,実習を行う。
35 帰化生物
シマメノウフネガイ
ホトトギスガイ
ムラサキイガイ
・海辺に入ってきた帰化生物の種類や分布状況を調べる。
・帰化生物の生態を調べ,なぜ環境に適応できたかを調べる。
36 生態調査①
(カニの行動)
スナガニ科のカニ
・スナガニ科のカニの生活史を調べる。
・巣穴からカニの特徴を比較する。
・なわばりやすみ分けから,カニの行動の特徴を比較する。
37 生態調査②(帰家行動)
カサガイ
・様々なカサガイの仲間がどのような行動をするか,その軌跡を記録し比較す
る。
・帰家行動の特徴をまわりの環境と関連付けながら調べる。
38 生態調査③(捕食行動)
イソギンチャク
巻き貝
フジツボ
・イソギンチャクの捕食の様子を観察する。
・イソギンチャクの刺胞を観察し,形態と行動について調べる。
・巻き貝・八枚貝・笠貝の歯舌の観察を行う。
・蔓脚を用いた捕食の様子や,蔓脚運動と外界の刺激との関係を調べる。
39 生態調査④(行動)
アサリ・マテガイ
イトマキヒトデ
イソギンチャク
ミジンコ
ハマダンゴムシ
無脊椎動物・魚
・様々な生物の行動の特徴と体のつくりとの関係を調べる。
・様々な刺激に対する反応を,生活や周りの環境と関連付けて調べる。
・潮の干満による活動の変化を調べる。
・様々な外界の変化によりミジンコの走光性も変化することを調べ,生態と環
境との関連を考察する。
・ハマダンゴムシの行動の規則性(刺激と反応)を調べる。
・飼育を通して,海辺の生物の生態を観察する。
40 生態調査⑤
(酷環境適応)
フジツボ
タマキビガイ
・岩の表面に着床するフジツボが,高熱にも耐える体の仕組みを調べる。
・タマキビガイなど巻き貝が酷環境に耐える仕組みを観察する。
41 環境調査①(水質調査)
海水
・様々な試験紙等を用い,水質を調べる基本的な方法を習得する。
42 環境調査②(自然海岸と
護岸の生物群集の比較)
自然海岸と護岸
・自然海岸と護岸に付着する生物の種類や個体数を調べ,環境の違いによる生
物への影響について考える。
43 環境調査③(指標生物)
ケガキ・カメノテ
オオヘビガイ
・環境指標生物の分布から,海辺の環境について考察する。
44 環境調査④
(環境ホルモン)
イボニシ
・イボニシの生殖器の観察を通して,環境ホルモンの影響を調べる。
45 環境調査⑤(水質浄化)
アサリ
ムラサキイガイ
・ムラサキイガイやアサリのろ過による水質の浄化について調べる。
46 解剖
アサリ・カニ・ヒトデ
ホヤ
・無脊椎動物の解剖を通して,体のつくりを観察するとともに,脊椎動物の体
のつくりと比較する。
- 36 -
(2) 第2章「教材化の事例」について
第2章では,46項目の海辺の自然やそこにすむ
生物の具体的な活用例を示した。その事例の一部
を,図2に示す。教材になる素材を選ぶ観点とし
て○つかまえることが簡単であり,容易に入手で
きるもの,○同種の個体数が多いもの,○手頃な
大きさで,生徒たちにとっても実験が容易である
こと,○結果が分かりやすいこと,○危険な生物
ではないこと,○維持管理が容易に行えることに
配慮した。(3)の「方法」では,手順に従って
①,②,③…とし,できる限り簡潔にまとめた。
また,「結果」については,写真や図を多く活用
しながら解説した。そして,最後に「引用・参考
文献」をあげ,参考にした出典を明らかにし,さ
らに詳しく調べることができるよう配慮した。
第2章
教材化の事例
3 葉緑体の観察とデンプンの検出<アナアオサ・ヒトエグサ> 1年「植物の生活と種類」
身に付けたい探究の技法
(1) ねらい
・光合成が行われる細胞中の葉緑体を観察する。
・葉緑体でデンプンが合成されることを確認する 。
③観察・実験の実施
⑤結果の記録
<アナアオサ・ヒトエグサを活用する長所>
・ほぼ通年採集でき,容易に多数入手できる。
・葉緑素の脱色が短時間で確実にできる。
・ヨウ素液に確実に反応し,葉緑体が青紫色に染まる。
(2) 準備
○葉緑体の観察
海藻(アナアオサまたはヒトエグサ),ピンセット,えつき針
スライドガラス,カバーガラス,スポイド,カミソリ,顕微鏡
(図1)
○デンプンの検出
熱湯,ビーカー,試験管,エタノール,ピンセット,トレイ,ヨウ素液
(3) 方法
○葉緑体の観察
①海藻の葉状体からカミソリを用いて,数mm角の葉片をつくる。
②葉片をスライドガラスにのせ,スポイドで水を一滴かけ,カバーガラスを
かけて,顕微鏡にセットする。
③葉状体の表面細胞の形や,細胞内の葉緑体を観察する。倍率は約400倍程度とする。
(日光に当てた状態にしておくと細胞内の原形質流動が盛んになり,細胞がぼんやり
とみえ葉緑体を観察しにくいため,1日暗所に置いた後に観察するとはっきりと観
察することができる)
○デンプンの検出
同様に,海藻を1日暗所に入れておくと観察しやすい。
①海藻を熱湯(90℃)に浸したあと,図1のようにして,あたためたエタノールで葉
の緑色が抜けるまで葉緑素を脱色し(約5分)軽く水洗いをして,顕微鏡にセット
する。
②葉緑素が抜けた無色の葉緑体を観察する。(図2)
③ヨウ素液を一滴加え青紫色に染まったら,再度顕微鏡で観察する。
④ヨウ素液が細胞の中のどの部分でよく染まっているかを観察し,デンプンが葉緑体
の中にあることを確認する。(図3)
(4) 結果 (例 アナアオサ)
表面細胞と葉緑体×400
図2
葉緑素を脱色したとき×400
図3
ヨウ素液で染色したとき×400
【参考文献】
有賀祐勝・井上勲・田中次郎・横濱康繼・吉田忠生編 『藻類学 実験・実習』
田中博・田中貞子 『ひろしまの海藻』 佐々木印刷株式会社 1999
図2
講談社
2000
教材化の事例「葉緑体の観察とデンプン検出実験(一部省略)」
- 37 -
(3) 第3章「海辺の生物たち」について
第3章では,教材化の事例で用いた素材の解説
や,所属校のある大柿町周辺の海辺で見ることの
できる生物を紹介した。これらの生物は,瀬戸内
海全域においてもおおむね生息しているため,図
鑑としても活用できる。原生動物から脊椎動物,
さらに海藻・海草や海浜植物を含め約200種を紹
介した。第3章の一部を,図3に示す。
特徴として,身近な生物の仲間から配列(巻貝
と二枚貝の仲間,カニの仲間,エビ・ヤドカリの
仲間,魚の仲間,ヒトデ・ナマコの仲間,その他
の生物,海藻・海草,海浜植物,プランクトン)
した。また,話題性のある生物や日常的に見るこ
とのできる生物を中心に記載し,さらに,生物の
自然の造形美に興味を引く生物も取り上げた。
この生物の紹介は,「大柿町海辺の生き物調査
団」による活動の成果をまとめた記念誌の内容か
ら主に引用したものである。(注4)この「大柿町海
辺の生き物調査団」は,所属校のある大柿町の記
念事業として発足したもので,町内の学校関係者
や地域の住民をはじめ,町外からも多くの方がボ
ランティアとして参加した。私も調査団の一員と
して活動し,記念誌の編集に関わってきた。この
生物紹介は,255名にものぼるボランティアの活
動の成果の一部である。
● カメノテ
● イタボヤ
体は頭状部と柄部に分かれている。潮間帯
一見してカイメンのように見えるが,2∼3mm の小さな個虫が寒
上部の岩の割れ目に群がって生息。波に運ば
天質の共同の外皮に多数並んでいる群体ボヤ。全体がやわらかくぬ
れてくるプランクトンなどを,殻板の間から
るぬるしている。岩の表面や海そうに平たく集合している。
蔓脚という足を広げて受けとめる。和名のと
群体の厚さ:4mm
おり「亀の手」に似ている。きれいな海の指
分布:日本各地
標種にもなっている。
体長:5cm
分布:本州以南
● シロスジフジツボ
● エボヤ
● シロボヤ
体はこん棒状で根に当たる部分で岩や海そうに
体は白色でほぼ卵形。表面は革のように固く凹
付着しゆらゆら揺れている。かたい表面には不規
凸が多い。内湾性で養殖のいかだや桟橋,船底に
則な突起やしわがある。汚染にも耐えうる。
つき,かなりの汚染にも耐えることができる。
体長:15cm
体長:5cm
分布:西南諸島をのぞく日本各地
分布:北海道・南西諸島をのぞく日本各地
濃い灰色をした大型のフジツボで,殻
殻口は五角形をしている。内湾の潮間帯
表は隆起線が密に縦走している。外洋に
の岩や桟橋に群がって付着している。長
面した潮間帯の岩礁で,特に波がよく当
時間海から出ていても耐えることができ
たるところに群生する。大柿町では,釣
る。
附海岸や長島で見ることができる。
殻径:2cm
その他の動物
●イタボヤ科
図3
分布:本州以南
●ミョウガガイ科
●シロボヤ科
第3章「海辺の生物たち
● クロフジツボ
殻表は青紫色で白色の縦走肋が強い。
殻径:4cm 分布:本州北部以南
●フジツボ科
−その他の動物編−」の抜粋
- 38 -
その他の動物
(4) 第4章「資料編」について
第4章では,基礎的な資料や情報を紹介した。
特に,指導計画の作成では,観察・採集時期など
①大附海岸
(砂浜・干潟)
②島戸川河口
(干潟)
⑩江田島湾(干潟)
を考慮し,適当な時期に野外観察や探究的な活動
などを,ゆとりをもって計画的に実施できるよう
行う必要があり,そのための基礎資料としての活
④釣附海岸(磯浜・砂浜)
分類
海綿動物
刺胞動物
扁形動物
紐形動物
環形動物
⑧早瀬大橋付近
(砂浜・磯浜)
星口動物
軟体動物
ヒザラガイ
③沖野島海岸
(砂浜・磯浜)
巻き貝
⑨引島
(磯浜・砂浜)
⑦王泊岬
(磯浜・干潟)
④釣附海岸(磯浜・砂浜)
⑤長島
(磯浜・砂浜・干潟)
種
名
クロイソカイメン・ダイダイイソカイメン・ムラサキカイメン・ナミイソカイメン
ウミサボテン・ミドリイソギンチャク・ヨロイイソギンチャク
ミズクラゲ・イボヤギ・ムツサンゴ
ツノヒラムシ・オオツノヒラムシ
ミドリヒモムシ
タマシキゴカイ・ツバサゴカイ・ミズヒキゴカイ・クマノアシツキ
ケヤリムシ・サンハチウロコムシ・ヤッコカンザシ・イソゴカイ・オニイソメ
クロムシ
サメハダホシムシ・スジホシムシモドキ・スジホシムシ
ウスヒザラガイ・ケムシヒザラガイ・ババガセ・ヒザラガイ
ヒメケハダヒザラガイ・ケハダヒザラガイ
アカニシ・アマガイ・エビスガイ・オオヘビガイ・オトメガサガイ
アシヤガマガイ・ヨフバイ・イシダタミガイ・イボニシ
カイドウチグサガイ・チグサガイ・ハナチグサガイ
カラマツガイ・サザエ・クロアワビ・トコブシ・コシダカガンガラ
ツメタガイ・メダカラガイ・レイシガイ・タマキビガイ
アラレタマキビガイ・マルウズラタマキビガイ・ウノアシガイ
クボガイ・フトヘナタリ・コウダカマツムシガイ・ヨメガカサガイ
フネガイ・スカシガイ・スガイ・シマメノウフネガイ
コウダカアオガイ・オトメガサガイ・アワブネガイ
*下線:素材となる生物
枠囲み:珍しい生物
⑥親休鼻(磯浜)
図4−a
大柿町の主な野外観察・採集場所
バフンウニ
オオヘビガイ
ケガキ
カメノテ
季節:通年
採集:潮間帯付近の岩の
表面に着生。ドライバー
などを使うと便利。
観察:クモの巣のような
粘液をだしエサを捕らえ
る様子の観察。生食用に
できる。きれいな海の指
標生物。
季節:通年
採集:潮間帯の岩肌に着
生。ドライバーなどで,
採集するが,個体数が少
ないため採集は控える。
観察:きれいな海の指標
生物。
季節:通年
採集:潮間帯の岩の隙間に
数個体が固まって生息。基
部からちぎり取る。
観察:きれいな海の指標生
物になるため,生息分布を
調べる。蔓脚運動観察。
季節:産卵期は
12月∼2月頃
採集:潮間帯下部の岩の下に
密集してへばりついている。
狭い隙間にいるので,ドライ
バーなどを使うと採集しや
すい。
観察:発生実験。
管足の観察。
図4−b
太字:多く採集できる生物
釣附海岸主な生物リスト(一部抜粋)
タマキビガイ
アラレタマキビガイ
ミドリイソギンチャク
ホトトギスガイ
アマモ・コアマモ
季節:通年
採集:砂礫の石をめくる
と数個体が群がってい
る。
観察:帰化生物なので,
生息分布を調べる。
図4−c
季節:通年
採集:潮間帯の岩の隙間や
岩と砂の間。基部が砂の中
の石に張り付いているこ
とが多いので,石ごと採集
する。
観察:捕食活動の観察。
釣附海岸マップ(一部抜粋)
図4
季節:4∼6月に花期
採集:スコップで根から
掘りおこす。採集は最低
限度にする。
観察:形態観察。
季節:通年
採集:潮間帯上部の波の
ほとんどかからない岩肌
やそのすき間に生息。
観察:乾燥と太陽の照り
返しの熱から身を守るた
めの工夫点を観察。垂直
分布調査。
*地図は広島県呉地域事務所建設局大柿支局管内図(平成13年)から転載
地域素材マップの一例
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用を目的とした。
図4は,所属校近郊の海辺の野外観察場所や生
物生息分布を載せた「地域素材マップ」の一部を
表したものである。図4−aには,大柿町内の主
な10地点の野外観察や採集に適した場所を示して
いる。図4−bは,それぞれの海岸で,素材にな
る生物や多数採集できる生物,また,珍しい生物
を示した表の一部である。図4−cは,海岸で,
生物をどの季節に,どのようにして採集すればよ
いかを示したもので,生物の観察の視点も記載し
た。このことによって,短時間で効果的に教材化
できるようになった。
図5は,海辺の生物に関する問い合わせや体験
施設とWebページのアドレス情報を示した表の
一部である。コンピュータや情報通信ネットワー
クなどを積極的に活用できるようにした。その他
の情報として,瀬戸内海の概要,野外観察の仕方
飼育方法なども記載し,生徒が自ら追究できるよ
うに様々な情報を示した。
<第4章
情報>
ホームページアドレス集
No 分類 タイトル
1 発生 サンショウウニの
発生にようこそ!
広島大学教育学部
理科内容学研究室
2 環境 広島県庁
環境局環境対策室
アドレス・コメント
http://scied123.ed.hiroshimaa.ac.jp/seaurchin/
ウニを活用した発生実験の手順
や発生段階の画像を紹介。
http://www.pref.hiroshima.jp/
kenmin/mizutaiki/iso/index.ht
ml
広島県庁環境局環境対策室によ
る磯の生物調査要領・環境調査
法を紹介。
3 情報 日本の水族館
http://www.mr-to.com/aquarium
/
日本各地の水族館や関連施設を
紹介。県内を代表する宮島水族
館にリンクする。
4 情報 広島県水産試験場 http://www2.ocn.ne.jp/ hfes/
広島カキや県内の赤潮情報など
紹介。海に関する質問も受け付
けている。
「海辺の生物にかかわる学習」に関係する体験・宿泊施設
施設・機関等
所在地
連絡先/URL
レンタル・体験
広 島 市 似 島 臨 〒734-0017 Tel:082-259-2 海洋関係の指導
海 少 年 自 然 の 広島県広島 766
機材の貸出し
家
市南区似島 Fax:082-259-7 ローボート,カッ
町字東大谷 67
ターの操船指導。
182
利用時間 = 9時 魚つり道具・自然
∼16時(定休日 観察用プランンク
月曜,8月6日 トンネットの貸出
,12月28日∼1 し
月4日)
国 立 江 田 島 青 〒737-2126 Tel:0823-42-0 海洋関係の指導
年の家
広島県安芸 660
郡江田島町 Fax:0823-42-0
津久茂1-1- 664
1
http://www.ur
ban.ne.jp/hom
e/etajimay/
図5
5 研究のまとめと今後の課題
(1) 研究のまとめ
○ 海辺の生物を活用した教材例を収集・開発し
3年間の指導計画に沿って配列し,どう効果的
に活用できるかを示した教師用ガイドブックを
作成した。
○ 地域の環境を生かした自然体験など身近な自
然を一層活用する必要があることを認識し,そ
の方策についてもガイドブックに盛り込んだ。
(2) 今後の課題
○ 本研究では,新学習指導要領のねらいに合っ
た海辺の生物を活用した教材例を精選し,まと
めたことが中心であり,授業実践は行っていな
い。今後は,所属校でこれらの教材を活用した
授業を実践し,有効性を検証したい。また,自
然認識を深め,探究活動へ導く研究もしたい。
○ さらに効果的な教材になるよう工夫を重ねる
とともに,新たな教材の開発も行いたい。
○ 環境教育の視点からも,海辺の自然やそこに
すむ生物について教材化を行いたい。
【引用文献】
(注1) 文部省『中学校学習指導要領解説理科編』
大日本図書 平成11年 p.101
(注2) 文部省「教育課程審議会答申」http://www.
monbu.go.jp/singi/katei/00000216/ 平成
10年
(注3) 秦明徳「理科において『郷土の自然』の学
習をどう進めるか」理科の教育 11月号
東洋館出版社 1992 p.21
(注4) 大柿町海辺の生き物調査団『大柿町の海辺
の生き物 町制45周年記念誌』大柿町 平
成14年
【主な参考文献】
(1) 国立教育研究所 科学教育研究センター
「理科カリキュラムの改善に関する研究」
平成9年
(2) 愛知県教育センター「地域素材を生かした
特色ある学校づくり事例集」研修報告書
第148号 平成10年
(3) 広島県立教育センター『教材生物ガイドブ
ック』広島県立教育センター 1999
(4) 鳥海衷『生態と観察シリーズ 海岸動物の
生態と観察』築地書館 1975
県内の体験・宿泊施設やWebページ
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