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動的光散乱

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動的光散乱
ディビジョン番号
1
ディビジョン名
物理化学
大項目
3. 凝縮系の物性と機能
中項目
3-4. 超臨界流体
小項目
3-4-2. 動的ゆらぎ構造(動的光散乱)
概要(200字以内)
超臨界流体のゆらぎ構造は,流体中の分子のブラウ
ン運動により時々刻々と変化する。時間変化するゆ
らぎ構造は動的ゆらぎ構造と呼ばれ,散乱光強度の
時間変化の計測より,時間相関関数として定量化で
きる。動的光散乱の研究には,電子デバイスの進歩
に伴った光子相関計の開発が大きく貢献している。
最近では,臨界点付近における気体・液体・超臨界
流体の測定が行われ,相図上にゆらぎ構造の時間軸
が加えられるようになった。
現状と最前線
液体などの流体中の分子は, kBT 程度の熱エネルギーによりブラウン運動している(kB: ボ
ルツマン定数,T: 絶対温度)
。ブラウン運動している分子に光を照射すると,散乱光の波長は
散乱体の速度に応じ変調する。しかしながらこの変化は,0.0001 cm-1 程度と極めて小さく,ラ
マン散乱での波数変化と比べると 4-7 桁小さい。このような僅かな変化は,高精度な分光器
や干渉計を用いても測定が困難である。そこでフーリエ変換の関係にある時間領域での計測を
行い,マイクロ秒-ナノ秒領域での並進拡散運動-ブラウン運動―を時間相関関数として得よ
う,というのが動的光散乱である。
時間相関関数は,散乱体が動くことにより変化する位置の情報を示し,この関数よりメゾス
コピック構造が過去,現在,未来でどの程度相関しているのか定量化できる。実験的には,散
乱光強度の時間変動の計測より得られる。すなわち,散乱体が速く動く場合は散乱光強度のゆ
らぎの周期が短く,ゆっくり動くときは周期が長くなる。測定では連続発振のレーザーを試料
に照射し,散乱光の強度変動をナノ秒領域のゲート幅で 1 秒間に 108 回程度フォトン数を計測
する。そしてゲートごとのフォトン数を光子相関計で演算処理し時間相関関数を得る。動的光
散乱法は,散乱光の光子計数より時間相関関数を得る手法であるため,光子相関分光法とも呼
ばれる[1]。
筆者らは,動的光散乱法より複数の超臨界流体(CO2, CHF3, C2H4, Xe, CH3OH, C2H5OH)の時
間相関関数を測定し動的ゆらぎ構造を研究した。
得られた時間相関関数は全て単一指数関数の形状を示し,時定数よりゆらぎの相関時間を得
た。なお,動的光散乱法で測定されるゆらぎの相関時間とは,約 1 μm の箱にアボガドロ数個
の分子が存在し,それら全分子の相対位置がブラウン運動により約 60 %変化するのに費やす時
間を表す(集団的運動の観測に相当)
。CHF3 分子の相関時間を気体,液体,超臨界状態で測定
し,相図上にマッピングした結果が上図である(数値は 10-7 秒の単位)[2]。これらの数値より
気液臨界点でダイナミクスが最も遅くなることがわかる。いわゆる臨界減速である。また臨界
点を中心に同心円の等高線が存在し,等高線上では同じ相関時間で流体の構造が変化してゆく
ことがわかる。この地図をアルプス山脈に例えると,山頂が臨界点,アルプス北壁が上側,ア
ルプス南壁が下側に相当し,北壁と南壁を分離する
尾根が気液曲線の延長に位置している。なお,密度
―温度相図上へのマッピングでも同様の結果が観
測された。以上より,分子運動から相図を眺めると,
気液曲線の名残が超臨界領域に尾根として存在し,
その尾根が超臨界流体の気体的―液体的領域の境
界と考えると実験結果を解釈できる。
最近 6 種類の超臨界流体(CO2, CHF3, C2H4, Xe,
CH3OH, C2H5OH)の動的光散乱が測定され,物質依
存性が検討された[2]。結果は図1に示すように CO2,
図1 様々な超臨界流体におけるクラスター
サイの温度依存性。□: CO2, ○: CHF3,+: C2H4,
●: Xe, ◆: CH3OH, ◇: C2H5OH
CHF3, C2H4, Xe は分子構造や極性の違いにかかわらず,換算温度 Tr=T/Tc=1.01-1.06 の範囲で
クラスターサイズが同じになる(Tc: 臨界温度)
。この普遍性は臨界点近傍で発現する対応状
態の原理の観測に相当するといえる。一方,水素結合性流体である CH3OH と C2H5OH は普
遍性からはずれ,臨界温度から離れるにつれさらにずれてゆく。すなわち,水素結合性クラ
スターは非水素結合性クラスターよりサイズが大きく,その程度は臨界温度から離れるにつ
れさらに大きくなる。また,CH3OH は C2H5OH と比べてずれが大きいことから,水素結合能
の強い分子は普遍性から大きくずれることも示された。
参考文献:[1] R. Pecora, Dynamic Light Scattering: Application of Photon Correlation Spectroscopy,
PLENUM (1995), [2] 齋藤健一,高圧力の科学と技術 16, 120-130 (2006).
将来予測と方向性
・5年後までに解決・実現が望まれる課題:広範囲での熱力学状態での動的ゆらぎ構造の計測。
そのためには現在よりも1桁程度の時間分解能の良い光子相関計の開発が望まれる。
・10年後までに解決・実現が望まれる課題:散乱ベクトルの大きな領域での計測。すなわち,
高強度短波長レーザーを用いた広角領域での測定が望まれる。その結果,動的光散乱,小角 X
線散乱,小角中性子散乱の測定を波数ベクトル上で連続的につなぐことが実現化する。
キーワード
動的光散乱、時間相関関数、超臨界流体、ゆらぎ、ブラウン運動
(執筆者:
齋藤 健一
)
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