...

腫瘍内リンパ球 TCR-β 遺伝子再構成を認めた赤芽球癆合併胸腺腫

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

腫瘍内リンパ球 TCR-β 遺伝子再構成を認めた赤芽球癆合併胸腺腫
日呼吸会誌
●原
38(3)
,2000.
181
著
腫瘍内リンパ球 TCR-β 遺伝子再構成を認めた赤芽球癆合併胸腺腫
櫻庭
幹
前
昌宏
吉田 珠子
大貫 恭正
新田 澄郎
要旨:赤芽球癆を合併した胸腺腫症例で腫瘍内 T 細胞抗原レセプター(TCR)
-β 遺伝子の再構成を認めた 2
症例を経験した.症例 1 は 55 歳,男性.症例 2 は 43 歳,女性.ともに高度な貧血と前縦隔腫瘍を主訴と
して来院.骨髄穿刺にて赤芽球癆と診断.胸腺腫に対しては,拡大胸腺全摘術を施行した.術後病理組織で
は,症例 1 は invasive thymoma(Spindle cell type),症例 2 は non-invasive thymoma(Mixed lymphoepithelial type)であった.腫瘍内 T 細胞表面マーカーでは症例 1 では CD 1 42.2,CD 2 95.6,CD 3 62.4,CD
4 50.3,CD 8 80.6,症例 2 では,CD 1 84.8,CD 2 98.7,CD 3 43.7,CD 4 81.9,CD 8 76.6 と CD 1 高値
を示した.2 症例とも Southern blotting により胸腺腫瘍内 T 細胞の TCR-β 遺伝子の解析を行ったところ再
構成が認められた.
キーワード:T 細胞抗原レセプター β 鎖遺伝子再構成,胸腺腫,赤芽球癆,T 細胞表面マーカー
T-cell receptor β-chain gene rearrangement,Thymoma,pure red cell aplasia,T-cell surface
marker
はじめに
胸腺腫に自己免疫性疾患の合併例が報告されている
が,赤芽球癆を合併するのは 5% 程度と報告されている.
Southern blotting により腫瘍内における T 細胞の TCRβ 遺伝子の再構成を認めた 2 症例を経験したので,文献
的考察を加えて報告する.
症例 1
症例:53 歳,男性.
a
主訴:発熱,息切れ.
既往歴:1970 年に十二指腸潰瘍にて広範胃切除術施
行.1990 年胆石を指摘され胆石溶解剤を内服.
現病歴及び経過:1993 年 5 月頃より全身倦怠感,息
切れが出現,次第に増強し 7 月 20 日頃には 38℃ 台の発
熱が出現.前医入院,血液検査では,WBC 15,800 mm3,
(Lym 66%)
,Hb 8.0 g dl,Plt 39.7×104 mm3,Reti. 0‰
であり,骨髄穿刺で赤芽球系の高度低形成を示した.胸
部レントゲン,CT で前縦隔に腫瘍を認めたため,胸腺
腫に合併した赤芽球癆と末梢 T リンパ球増多症と診断
された.1 カ月間ステロイド投与(1 mg kg day)が行
われたが効果認められず,1994 年 4 月 21 日当科入院,
b
Fig. 1 Histology was(a)spindle-cell type thymoma in
Patient 1 and(b)mixed-type thymoma in Patient 2.
5 月 6 日に拡大胸腺全摘術を施行した.病理組織学的検
査では,Spindle cell type の胸腺腫であり周囲脂肪織に
a)
.6 月 1 日に血液内科に転科となった.貧血の改善は
浸潤していることから,正岡分類 II と診断した(Fig. 1
認められず,ステロイド投与(6 mg day)及びサイク
〒162―8666 東京都新宿区河和田町 8―1
東京女子医科大学第 1 外科
(受付日平成 11 年 9 月 1 日)
ロフォスファミド(100 mg day)を行ったが,輸血を
余儀なくされた.1995 年 4 月から Cyclosporin A
(CYA)
を 6 mg kg day 開始し,貧血の改善を見た(Fig. 2)
.
182
日呼吸会誌
38(3)
,2000.
Fig. 2 Clinical course for Patient 1. Solid line represents Hb(g dl)and dotted line, reticulocytes(×10―1
%)
.
Control
Table 1 Results of T-cell surface marker analysis
of thymocytes in thymoma and peripheral blood.
Case 1
Case 2
case 1
case 2
CD 1
42.2
84.8
CD 2
95.6
98.7
CD 3
62.4
43.7
CD 4
50.3
81.9
CD 5
93.5
94.6
CD 7
84.8
93.1
CD 8
80.6
76.6
CD10
11.6
16.2
CD13
1.5
0.5
CD14
2
0.4
CD19
1.2
0.1
CD20
1.6
0.6
CD33
2.5
0.3
より腫瘍内におけるリンパ球の TCR-β 遺伝子の解析を
CD56
2.5
1.6
行ったところ再構成バンドを認めた(Fig. 3 a)
.また,
HLA-DR
8.1
4.1
末梢 T リンパ球増多症のため末梢血リンパ球において
24Kb
12Kb
7Kb
B
E
B
E
B
E
Fig. 3 TCR β-chain gene rearrangement demonstrated
by Southern blotting. Arrows indicate bands of rearrangement.
Control : Human placenta E : EcoRV B : BamHI
も TCR 遺伝子再構成を認めたが,サイクロフォスファ
ミドの投与により末梢血白血球数は正常化し,TCR 遺
リンパ球に関する検討:摘出された胸腺腫瘍からリン
パ球を分離し,各種モノクローナル抗体を用い免疫抗体
伝子再構成は認められなくなった1).
症例 2
法による表面マーカーの検索では,CD 1 42.2%,CD 8
症例:43 歳,女性.
80.6% と高値を示した(Table 1)
.Southern blotting に
主訴:眩暈.
腫瘍内リンパ球 TCR-β 遺伝子再構成を認めた赤芽球癆合併胸腺腫
183
Fig. 4 Clinical course for Patient 2. Solid line represents Hb(g dl)and dotted line, reticulocytes(×10―1
%)
.
Fig. 5 Differentiation of T lymphocytes in thymus.
現病歴及び経過:1996 年 5 月頃より眩暈が出現.近
パ球を分離し,各種モノクローナル抗体を用い免疫抗体
医にて貧血を指摘されていた.胸部レントゲンにて縦隔
法による表面マーカーの検索では(Table 1)
,CD 1 84.8
に異常陰影を指摘され,1996 年 8 月 16 日に当科入院と
%,CD 4 81.9%,CD 8 76.6% と高値を示した.末梢血
4
3
なった.血液検査では,RBC 1.30×10 mm ,Hb 4.6 g
リンパ球表面マーカー(Table 1)には,特に異常を認
dl,Ht 11.7%,Reti.<1‰,MCV 90.1 fl,MCHC 34.9 g
めなかった.Southern
dl と高度な正球性正色素性貧血を認め,骨髄像では赤
リンパ球の TCR-β 遺伝子の解析を行ったところ再構成
芽球系細胞の著明な減少を認めた.胸部レントゲン,胸
バンドを認めた(Fig. 3 b).
部 CT では前縦隔に充実性腫瘤影を認めた.以上より,
赤芽球癆合併胸腺腫と診断した.拡大胸腺全摘術を施行
した.
blotting により腫瘍内における
考
察
胸腺腫に重症筋無力症,赤芽球癆,低 γ グロブリン血
病理組織学的検査では,Mixed lymphoepithelial type
症などの自己免疫性疾患の合併が報告されている.赤芽
の胸腺腫で正岡分類 I と診断した(Fig. 1 b)
.術後 11
球癆合併胸腺腫例は正岡ら2)の報告によると 17 例中,2
日目に退院となったが,網状赤血球の上昇は認められず,
例に重症筋無力症を,3 例に低 γ グロブリン血症を更に
輸血を余儀なくされたことから,1996 年 11 月から CYA
合併していた.これら自己免疫性疾患及び自己免疫性疾
(6 mg kg day)の投与を開始し,網状赤血球の上昇が
患の合併の原因として,本症例のように T 細胞のクロー
認められ貧血は改善した(Fig. 4)
.
リンパ球に関する検討:摘出された胸腺腫瘍からリン
ン性障害が疑われる.Bailey ら3)によれば,重症筋無力
症,赤芽球癆,急性 T リンパ球性白血病の 3 疾患 21 例
184
日呼吸会誌
38(3)
,2000.
中 11 例に胸腺腫が認められ,胸腺腫が産生するサプレ
当するリンパ球が主体である.また,CD 2 は胸腺スト
ッサー T 細胞(Ts 細胞)により赤芽球の主体となる赤
ローマ細胞との接着分子であるため 2 症例とも高値を示
芽球系分化を阻害しているのではないかと考えられてい
しているものと思われる.症例 1 は,CD 4 よりも CD 8
る.
が高値であり,腫瘍内のリンパ球は Ts 細胞,細胞傷害
TCR 遺伝子の再構成は一般的に,悪性リンパ腫,白
性 T 細胞(Tc 細胞)が優位である.症例 2 では CD 4,
血病など血液疾患(単一細胞の腫瘍性増殖)において多
CD 8 共に高値を示し,CD 4+ CD 8+ が混在しているも
く認められ,診断及び治療方針決定のために検査が行わ
のと思われるため,今後 2 color あるいは 3 color による
れているのが現状のようである.TCR-β 遺伝子の再構
リンパ球表面マーカーの多重解析が必要と考えている.
成の報告は Mederios ら4)が,浸潤型胸腺腫に末梢リン
謝辞:本症例の TCR 遺伝子再構成に関して御教示頂きま
パ球増多症の症例において末梢血における遺伝子再構成
した東京女子医科大学血液内科学泉二登志子先生に深謝いた
を報告している.今回われわれは,腫瘍内におけるリン
します.
パ球を,BamH 1,EcoRV の制限酵素を用い TCR-cβ 1
文
の Southern blot 解析を行ったところ再構成バンドを 2
献
症例で認めた.正常のリンパ球の分化段階からすると,
1)Masuda M, Arai Y, Okamura T, et al : Pure red cell
胸腺内リンパ球の TCR-β 遺伝子の再構成バンドは認め
aplasia with thymoma : Evidence of T-cell clonal dis-
−
−
られることであり,CD 4 CD 8 double negative(DN)
order. Am J Hemat 1997 ; 54 : 324―328.
positive(DP)に分化する間
2)Masaoka A, Hashimoto T, Shibata K, et al : Thy-
.Pizer
に TCR-β V-DJ 再構成が行われている5)(Fig. 5)
moma associated with pure red cell anemia. Cancer
+
+
から CD 4 CD 8 double
6)
ら の報告では,胸腺腫のみの 9 例のうち 6 例で再構成
を,浸潤型胸腺腫のみの 6 例のうち 5 例に再構成を認め
たとしている.このことは,本症例を含め,胸腺腫内に
おいてリンパ球は正常胸腺組織内のリンパ球と同様,分
1989 ; 64 : 1872―1878.
3)Bailey RO, Dunn HG, Rubin AM, et al : Myasthenia
gravis with thymoma and pure red blood cell aplasia. Am J Clin Pathol 1988 ; 89 : 687―693.
4)Medeiros LJ, Bhagat SKM, Naylor P, et al : Malig-
化していると考えられ,正常胸腺上皮細胞と同様に胸腺
nant thymoma assosiated with T-cell lymphocytosis.
腫瘍内の上皮細胞はリンパ球の分化を誘導する能力を保
A case report with immunophenotypic and gene re-
持していると考えられる.
arrangement analysis. Arch Pathol Lab Med 1993 ;
症例 1 は,末梢血白血球増加,リンパ球増加が認めら
117 : 279―283.
れ,末梢リンパ球増多症と診断された.末梢血リンパ球
5)高 浜 洋 介:胸 腺 内 で の T 細 胞 の 分 化 と レ パ ー ト
の TCR 遺伝子の再構成を認めたが,化学療法により寛
リー形成.藤原大美編.T 細胞系の免疫学.中外医
解し,この時点で TCR 遺伝子再構成は消失した.症例
学社,東京,1997 ; 36.
2 は末梢血に異常は認められなかったことから末梢リン
6)Pizer ES, McGrath SD, Hruban RH, et al : Partial T-
パ球の異常増殖は否定的であり,TCR 遺伝子再構成認
cell receptor gene rearrangement. A source of
められないことが明白であったため実施しなかった.
胸腺腫内リンパ球表面マーカーでは,胸腺皮質マー
カーである CD 1 は,症例 1 42.2%,症例 2 84.8% と比
較的高値を示した.2 症例とも正常胸腺の皮質部分に相
pseudo-clonal population in thymomas and other
thymic tissue. Hematopathology 1996 ; 105 : 262―
267.
腫瘍内リンパ球 TCR-β 遺伝子再構成を認めた赤芽球癆合併胸腺腫
185
Abstract
Clonal Rearrangement of Intratumoral T-Cell Receptor beta-chain Gene in
Two Patients with Thymoma Accompanied by Pure Red Cell Aplasia
Motoki Sakuraba, Masahiro Mae, Tamami Yoshida, Takamasa Ohnuki and Sumio Nitta
Department of Surgery I, Tokyo Women’
s Medical University
We encountered two cases of thymoma accompanied by pure red cell aplasia and demonstrating clonal rearrangement of the T-cell receptor beta-chain gene(TCR-β)in lymphocytes. Patient 1 was a 55-year-old man and
Patient 2 was a 43-year-old woman. Both had severe anemia and mediastinal tumors. Bone marrow aspiration was
performed and pure red cell aplasia diagnosed. Thymoma was the presumptive diagnosis for the mediastinal tumors, and extended thymectomy was performed. The post-operative diagnosis was invasive thymoma(spindlecell type)in Patient 1 and non-invasive thymoma(mixed lympho-epithelial type)in Patient 2. The cell compositions
(%)obtained with T-cell surface marker analysis were as follows :
Patient 1
Patient 2
CD 1
42.2
84.6
CD 2
95.6
98.7
CD 3
62.4
43.7
CD 4
50.3
81.9
CD 8
80.6
76.6
Southern blot analysis disclosed clonal rearrangement of TCR-β genes in thymoma thymocytes from both patients.
Fly UP