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肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ

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肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
京都大学医学研究科外科学講座肝胆膵・移植外科学分野
はじめに
上 本 伸
二
細かい脈管を適切に処理しなければ術後の出血,
肝悪性腫瘍には肝細胞癌,肝内胆管癌,転移性
胆汁漏発症の可能性がある.安全な手術および術
肝癌があげられ,小肝細胞癌ではラジオ波焼灼療
後の合併症予防には,適切な脈管処理と肝離断を
法をはじめとする局所療法の適応があるのを除け
行う必要がある.我々が行っている肝切除時の脈
ば,肝悪性腫瘍の根治的治療は外科的切除といえ
管処理と肝離断のコツを述べるとともに最近の技
る.また,肝細胞癌を伴う肝硬変では背景肝に対
術的進歩についても紹介する.
する根治的治療といえる生体肝移植がミラノ基準
内であれば保険適応である.また,胆管癌や胆嚢
1.肝切除時の脈管処理
癌といった胆道癌においても肝切除を伴った拡大
a.脈管解剖の理解
手術が標準的な根治的治療法といえる.これらの
肝切除の手術手技は大きく分けて肝の授動,肝
手術療法において脈管処理と肝離断を安全に行う
門部処理,肝切離,肝静脈の処理である.いずれ
ことが肝要であることに異論はない.というのも
の処置においても解剖の理解は大変重要である.
肝臓には動脈血,門脈血が流入し,肝静脈,胆管
肝切除にあたっては,肝動脈,肝静脈,胆管など
より静脈血,胆汁がそれぞれ肝外へと還流してい
の分岐パターンを理解しておく必要がある(図
る.血流コントロールを行わずに単に肝切離をす
1∼3).さらには大きな脈管の解剖は術前精査お
すめると大出血のおそれがあり,肝内胆管を含む
よび術中の操作で把握することが可能である.
図 1 肝動脈の分岐 1)
肝
・
脾
3
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肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
図 2 肝静脈の分岐 2)
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2008年(平成20年)度前期日本消化器外科学会教育集会
図 3 肝内胆管の合流パターン 3)
肝
・
脾
3
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肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
図 4 MDCTからの動脈の再構築画像
図 6 MDCTからの肝静脈の再構築画像
図 5 MDCTからの門脈の再構築画像
図 7 胆嚢管からのチュービングによる術中胆管
造影
我々は,術前に MD-CT を施行し動脈,門脈,時に
肝静脈の再構築画像を準備している
(図4∼6).肝
動脈や門脈の分岐パターンを術前に理解しておく
と肝門部の脈管処理を手探りで行う必要はなく,
胆管をブルドックかん子でクランプし胆管造影を
ひとつひとつ再構築画像を確認するように進める
行う(図7).時に胆嚢管が膵内で胆管に流入する
ことができる.特に左右門脈分岐部や門脈本幹か
場合はクランプせず,頭低位として造影する.胆
ら分枝する尾状葉枝も再構築画像により確認可能
管の分岐パターンを肝切離前に把握する(図3).
で,門脈のテーピングの際に有用といえる.肝離
右肝管の後区域枝が左枝に流入するパターンや前
断の際,血行遮断を行えば出血するとすれば肝静
区域枝,後区域枝,左枝がほぼ同時に合流する場
脈からの出血である.例えば,肝右葉切除の際に
合など注意が必要である.なお当科では胆管腫瘍
は,中肝静脈に流入する V5,V8を意識しながら
栓合併例など特殊例を除いて術前に DIC-CT,
肝離断をすすめる.遭遇するであろう静脈枝を想
MRCP は施行していない.
定しつつ肝離断をすすめることができれば,出血
術前の CT などから腫瘍と腫瘍血管,胆管との
しても慌てず対応できる.
関係を明らかにしたうえで肝離断を行うが,さら
胆管の走行を確認するには術中胆道造影が有用
に術中超音波検査を用いることにより,離断面を
である.通常,肝切除には胆嚢摘出術を併施する.
腫瘍と主要血管,胆管を意識したうえで設定でき
胆嚢管よりアトムチューブを留置し十二指腸側の
る.また,亜区域切除において術中超音波下に区
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2008年(平成20年)度前期日本消化器外科学会教育集会
域門脈枝に dye を注入し離断面を明らかにして
図 8 肝前区域切除における肝門部処理―グリソ
ン後区域枝のテーピング(Me
t
z
e
nba
um を用い
て前,後区域枝の間にはいり後区域枝をテーピ
ングする)
4)
切離する方法もある .
b.肝動脈の切離
肝門部胆管癌に対する肝切除においては肝十二
指腸靭帯の脈管を「バラバラ」にする.動脈周囲
のリンパ節郭清においては出来るだけ動脈を愛護
的に扱い内膜はくりなどの血管損傷に注意する.
動脈処理に肝要なのは残す血管を常に意識するこ
とである.肝右葉切除においては胆嚢摘出後の胆
嚢管を助手に把持させ左腹側に挙上する.通常は
総肝管の背側に右肝動脈を確認できる.右肝動脈
をクランプしそれでも残肝への動脈血流(左肝動
脈)が温存されていることを確認したうえで右肝
動脈を結さつ切離する.左葉切除においては小網
を切開し,動脈の拍動を確認しながら左から肝十
二指腸靭帯を剥離していくと左肝動脈を確認でき
る.胆嚢摘出術や肝切除術などの手術既往がある
場合肝十二指腸靭帯が癒着により変形しているこ
とがあり,通常の解剖と異なる位置関係で動脈,
門脈,胆管が存在することがあり注意を要する.
我々は,肝動脈は3―0もしくは4―0絹糸の二重結さ
つで処理し刺通結さつは行っていない.
c.門脈の切離
大量出血は通常静脈からである.肝臓の脱転の際
通常肝動脈を剥離し処理した後に門脈を露出す
に短肝静脈を処理する.下大静脈側は二重結さつ
る.門脈左右分岐部に存在する尾状葉枝に注意す
か刺通結さつで,肝臓側は血管クリップを用いる.
る.特に肝硬変症例では発達した尾状葉枝が確認
conventional な右葉切除では先に IVC 前面の短
できる.左右の門脈を処理する際には尾状葉枝を
肝静脈を言わば 2 時方向まで処理し右肝静脈に
先に処理しておいた方が後の操作を行いやすい.
テーピングする.下大静脈靭帯は小 potz にてクラ
処理する門脈枝(例えば門脈右枝)を小 Potz にて
ンプし Prolene の連続縫合にて処理する.右肝静
クランプしたうえで切離し,断端を6―0 Prolene
脈の切離は肝切離の最後に行うことが多いが,
にて連続縫合にて閉鎖する.単結さつは糸がス
IVC 側を血管かん子で確実に把持したうえで切
リップする可能性があり危険である.断端に余裕
離する.断端は5―0 Prolene の連続縫合で処理す
があるときは結さつおよび刺通結さつで構わない
る.
のかもしれないが,門脈本幹の狭窄や捻れを来す
e.胆管
可能性があり,すすめられない.
胆管を処理する際は,胆管の中枢側を損傷しな
いように注意する.胆管を結さつし,さらにその
d.肝静脈
末梢レベルで刺通結さつを加えて切離する.胆管
肝静脈の処理には一層の注意が必要で,思わぬ
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肝
・
脾
3
肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
図 9 肝前区域切除における肝門部処理―グリソ
ン前区域枝のテーピング(後区域枝に通した
テープを左右分岐部から抜いて前区域枝を
テーピングし血流遮断)
図 10 肝前区域切除における肝離断
得られた de
ma
r
c
a
t
i
o
nl
i
neに沿って切離ライン
を設定し,術者は CUSA,第 1助手が水流滴下
式バイポーラを用い肝切離をすすめる.
を本幹近くで処理する場合(肝門部付近の腫瘍の
前区域切除やドナー右葉切除など)
,断端は5―0も
引装置によるものである.例えば Kelly かん子を
しくは6―0 PDS にて連続縫合し残った胆管に狭窄
用いて肝実質を clamp し残った脈管を結さつし
をきたさないよう注意する.肝切離後再度胆管造
て肝離断をすすめるのが Clamp crushing 法であ
影を行い,胆管の狭窄や胆汁漏のないことを確認
る.Clamp crushing の最大の長所は高価の装置を
する.
全く必要としないことである.一方,我々は超音
波破砕吸引装置を用いて肝実質切離を行ってい
f.グリソン一括
る.各社の超音波外科用吸引装置があるなかで
区域切除以上の肝切除においてはグリソンしょ
Cavitron
Ultrasonic
SUrgical
Aspirator
5)
うの一括テーピングの手技を用いることが多い.
(CUSA)が最も汎用されている .原理は血管の
前区域切除,後区域切除,右葉切除ではグリソン
ような弾性のある組織が破砕されずに残しつつ,
一括処理で脈管処理を行うことが多い.肝前区域
肝実質を破砕吸引する装置である.凝固,止血機
切除の手技を示す(図8∼11)
.
能を持たないことより凝固装置を併用する必要が
ある.Clamp crushing 法と超音波破砕吸引装置を
2.肝離断の方法
用いた肝離断法を比較した RCT では出血量,離
肝切除における肝離断の方法として最も汎用さ
断のスピード,離断面での腫瘍の露出の頻度,術
れているのは,Clamp crushing 法と超音波破砕吸
後合併症の頻度は同等であったが,肝離断の質が
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2008年(平成20年)度前期日本消化器外科学会教育集会
我々は以前より水流滴下式バイポーラを脈管の
図 11 肝前区域切除におけるグリソン処理
胆管損傷を防ぐために,肝切離を肝門部まです
すめ,前区域グリソンの末梢側を明らかにした
うえで刺通結さつのうえ切離する.
焼灼,止血に用いている11).バイポーラはそのま
ま使用すると凝血塊が先に付着して,組織から離
すときに組織が離れず再出血することがあること
から,バイポーラの先端部分から生理食塩水を滴
下できるようにしている.出力を50W に設定して
バイポーラの先で水滴をボイルさせながら止血に
用いる.
様々な肝切離の装置が応用されているが,各施
設で習熟した得意な方法を用いれば出血量などの
アウトカムはさほど変わらないかもしれない.今
後はコストパフォーマンスも考慮すべき要素であ
る.
3.切離面の展開
肝離断の際に Belghiti の hanging maneuver の
手技を用いると肝離断に有用であるとされる12).
肝離断面を設定するうえで目標となることから
様々な肝切除に応用可能である13).但し,242症例
で14症例(6%)は腫瘍の浸潤のため禁忌と考えら
れ,さらに同手技が施行可能であったのは201例
(88%)とされる14).つまり最も習熟した施設でも
全例施行可能ではないので,無理やり Kelly を
6)
突っ込んではいけない.また,超音波をガイドに
clamp crushing 法が優れていたとされる .
さ ら に,Water jet,Harmonic Scalpel,Ligas-
すれば安全に施行できるとされる15).Belghiti の
ure を用いた肝離断が報告されている.Water jet
hanging maneuver の原法は別稿を参考にしてい
法を用いると出血量が減少し,肝離断時間が短縮
ただくとして,肝右葉の授動を行い右肝静脈に通
7)
されるという .Harmonic scalpel により径2∼3
したテープを持ち上げれば同様の効果が期待でき
mm までの血管を凝固しながら離断できるとされ
る.
8)
るが,
胆汁漏の頻度が増加すると報告もある .し
おわりに
かしながら,腹腔鏡下肝切除における比較的表面
の肝離断には有用な装置といえる.Ligasure は径
近年,肝切除時の脈管処理と肝離断に様々な手
7mm までの脈管をシールできることから,電気メ
技が応用されつつある.基本手技をマスターした
スを用いた肝切離に比べ出血量が減少し,離断時
うえで,安全性,効率,低侵襲性,コストなどを
間が短縮するとされる9).最近では saline-linked
考慮するべきである.
RF energy である TissueLink が汎用されてきて
い る.そ の 凝 固 能 は 強 力 で 出 血 量 を 減 ら し,
文
献
「焼けす
“bloodless”の肝切除が可能であるが10),
1)Michels NA. Newer anatomy of the liver and
ぎ」て術後の AST!ALT が著明に上昇する場合が
its variant blood supply and collateral circu-
あり注意を要する.
lation. Am J Surg 112:337―346, 1966
51
肝
・
脾
3
肝切除時の脈管処理と肝離断のコツ
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Fly UP