...

全文(PDF形式 514 KB)

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

全文(PDF形式 514 KB)
わが国企業の
M&A活動の円滑な展開に向けて
−M&A 研究会報告−
平成 16 年 9 月
内閣府
経済社会総合研究所
わが国企業の M&A 活動の円滑な展開に向けて
― M&A 研究会報告―
I わが国企業の M&A 活動の現況
1.本格的展開期に入ったわが国企業の M&A 活動
わが国企業の M&A(合併・
買収:Mergers and Acquisitions)は、現在、国内で初めて
の本格的展開期にある。M&A の総取引件数をみると、90 年代後半急増をみた後、2000 年
から03 年にかけて、大体年間 1,600 から1,700 件程度の高原状に推移し、03 年も1,728 件
と前年に比べて同 1.4%減と若干の減少を示したものの高い水準で推移した。04 年上半期の
M&A 取引件数は前年同期に比べて22.4%増加しており、M&A 活動は今年に入って更に活
発化している。(※1 )
【図表 I-1】
ここ数年の国内企業同士の M&A の急拡大の背景には、90 年代に国内経済が低迷してい
たなかで、わが国企業が生き残りをかけた「選択と集中」によってその再編・再生を図ってきた
こと、及び、グローバル化及び IT 等情報化の急速な進展など大きな経済・構造変化が生じた
ことがある。このなかで、97 年の独占禁止法改正による持株会社の設立等の解禁を皮切りに、
99 年以降の商法改正(
株式交換・移転制度や会社分割制度の創設等)
、企業組織再編税制
の整備や産業再生法(産業活力再生特別措置法)
の改正、民事再生法制定等の法制度等の
改革がその活動の大きな推進力となり、また、日本政策投資銀行、整理回収機構及び産業再
生機構等の「
官」
主導の M&A が活発化していることが、M&A 増加の主な要因として挙げら
れる。 【図表 I-2】
わが国企業の M&A 取引を公表金額でみると、2000 年 6.8 兆円、01 年 7.7 兆円と01 年
は過去最高を示し、02 年 4.9 兆円、03 年 5.8 兆円とその後やや低下した。(※2 )
しかし、本年は上半期で 4.4 兆円と増加傾向にある。2000 年に NTT グループが海外に進
出して 2 兆円強の海外への投資が行われ、01 年には本邦銀行の海外からの撤退(外資の買
収)や携帯事業分野への外資の進出拡大という大きな動きがあった。03 年には、預金保険機
構がりそなホールディングスを1 兆 9,600億円で買収した。本年は、UFJ銀行を巡っての銀行
1 本報告の統計データは、基本的に(株)レコフ社データに基づいている。わが国企業が関係する IN-IN(国内
企業同士の M&A)及び IN-OUT(国内企業が海外企業を M&A)の M&A の動向をその全体に対する比率で見ると、
1990 年に IN-OUT の M&A が 60.9%とピークをつけ、一方、IN-IN の M&A は 35.5%のボトムを記録した。これは、
いわゆるバブルの発生に伴って本邦企業の海外への進出があり、先渡しの資金運用のための M&A が活発化した
ことの表れである。90 年代中頃以降は、次第に国内の企業同士の M&A がウェイトを高め、2000 年には、その
比率は 65.2%、2003 年では 78.2%、直近の上半期では 77.9%に達し、現在では、約 8 割は国内企業同士の M&A
になっている。一方、IN-OUT、国内企業が海外企業を買収その他の M&A の占める割合は、2000 年の 22.1%、
2003 年 12.2%、直近の本年上半期は 12.4%と年々低下している。
2
M&A 取引金額の公表率は、1985 年の 23.5%から徐々に上昇し、最近では約 50%程度で推移している。よって、
最近の実際の取引総額は、公表額の倍程度あるいはそれを超えるものと考えられる。
1
間の大型合併が話題になっている。 【図表 I-3】
2.製造業から非製造業・金融業へ
M&A 取引件数の形態別動向を見ると、2000 年では「
資本参加」
が全体の 43.9%を占めて
いたが、03 年には 27.4%に低下し、一方、「買収」
が 2000 年の 27.3%から03 年では 37%
に、「営業譲渡」
が 20.5%から 24.4%にそれぞれ上昇している。これは、企業が、いわゆるア
ライアンス(連携)を組むという動きにかわって、経営資源の再編・再生として、「買切り・売切
り」と「経営資源を切り離す・獲得する」という経営権の獲得・譲渡への動きが本格化させてい
ることを示している。 【
図表 I-4】
産業別の動向を買い手企業側からみると、製造業のシェアは次第に低下し、03 年では
34.1%、本年上半期は 27.8%になり、本年に入って製造業は件数において初めて非製造業
(商業及び金融を除く)に逆転され、また、金融業は投資会社の M&A が増え今までの最高の
シェア(本年上半期 18.5%)を記録した。一方、非製造業(商業・金融を除く)のシェアは、99
年まではほぼ 10%台であったが、2000 年に入ると25.4 と20%台に乗せ、03 年には 27.9%、
本年の上半期には 32.3%となった。これには経済のサービス化の進展に加え、IT・情報部門
の業種の躍進がある。産業別投資額(実質)と同様の動きを示しており、企業の M&A の活動
と投資活動が極めて密接な動きを示すようになりつつあると考えられる。 【図表 I-5】
現在、M&A は、当面、ソフト・情報、流通、金融等非製造業種が主役になっており、製造業
分野においては、展開の活発な電機に加え、展開が遅れている化学、医療、機械等の分野に
おいても今後進捗するとみられる。
3.活発化するクロスボーダーM&A(対外投資と対内投資)
IN-OUT の M&A、すなわち、わが国企業の海外展開は製造業が主役であることに変わり
がないが、全体に占める比率は徐々に低下している。一方、非製造業はその比率を大きくし
(本年上半期 28.9%)、今後、日本企業の海外進出は、非製造業分野でも増えると予想され
る。 【図表 I-6】
地域別動向を見れば、北米関係が 2000 年 45.4%から03 年は 29.4%までその比率が低
下し、一方、欧州向けは 2000 年の 20.5%から03 年は 30.3%に、アジア向けも、中国向けを
中心に 2000 年の 29.9%から03 年 33.2%へ増加傾向にある。【図表 I-7】
ここ数年、諸外国企業のわが国企業に対する M&A 活動は急速に活発になっている。
OUT-IN の M&A、海外企業の本邦製造業への投資は、80 年代は全体の 80%を占めてい
たが、02 年には OUT-IN 全体の 50%、03 年 32.3%、本年上半期 22.2%とその比率が大幅
に低下している。一方、金融部門、特に投資会社を中心としたファンド形式の M&A が急増し、
03 年には OUT-IN 全体の 50%、04 年上半期では 56.6%を占め、海外からの M&A の半数
以上が金融部門(主に投資ファンド)
で占められるようになっている。【図表 I-8】
2
海外企業の日本企業への M&A についてみれば、北米からのものは全体の 50%前後で
推移しており、欧州はやや低下、アジアは増加傾向にある。 【
図表 I-9】
わが国を含め先進国において、OUT-I
Nの M&A 投資のフローはほとんど対内投資のフロ
ーと同規模にあり、また、わが国に投資している外国企業は、本邦企業よりも生産性の高い
企業であるとみられる。 OUT-I
N型 M&A は、キャッシュ取引が大部分を占めていることなど
国内型取引よりも制約が多いことから、今後、株式利用、三角合併の容易化、税制面での検
討などが進むことによって諸外国からの投資が拡大することは、わが国経済の成長力や活力
の向上に大きく資するものと考えられる。
90 年代の国内型 M&A とOUT-I
N型 M&A のパフォーマンスを比較した分析では、OUT-I
N型 M&A は、平均的に国内型よりも大きなリスクをとり、利益面では大きな落ち込みをみせ
たあと速やかな回復をみせ、特に新興企業の買収の際には事後のパフォーマンスが非常に
良好であるが、雇用の確保面では、国内型のそれに比べて劣っているとの結果が得られてい
る。(※3)
4.企業の再編・再生から新たな展開を探るわが国 M&A
株式移転、株式交換活用件数の推移を見ると、99 年から、今年の 1∼6 月までで合計 494
件と急速に増加している。 共同持株会社設立・株式移転活用件数累計は、グループ内とグ
ループ外で 74 件、株式交換の活用件数累計は 415 件となっている。会社分割法制が、2000
年に商法が改正(01 年の 4 月に施行)され、グループ内の再編成や企業再編・再生等のため
会社分割は件数累計で 701 件と多く利用された。
目的別分類でみると、いわゆる「
既存分野の強化」関係が 2002 年に全体の 87%、03 年
78.4%、04 年上半期 66%と多くを占めるが、そのシェアは低下の傾向にある。(※4 ) 一方、新
規参入、多角化を目的とする M&A が、まだそのシェアは低いものの、02年 2.3%、03 年
4.5%、04 年上半期 5.1%と増加の傾向にある。また、バイアウト投資(買収目的投資)も、同
じく6.3%、9.7%、15%と急速な増加傾向にある。わが国企業も、ようやく
、株式価値の創造
の観点から、グループ内再編からグループ外再編、また、成長戦略あるいは拡大戦略に目が
向きつつあり、その手法につき、M&A を積極的に活用しての新たな展開を探る段階に入りつ
つある。 【図表 I-10】
5.M&A の新たな動き(未上場企業の M&A、MBO、TOB、投資会社)
3 参考文献「対日直接投資と日本経済」
(深尾・天野) 参照
4 目的別分類:既存強化(買手による既存分野の強化を主とした M&A)
、周辺拡充(買手による既存事業の周
辺分野の拡充を目的とした M&A)、関係強化(当事者企業間の関係を強化するいわゆる資本提携とか出資拡大)、
バイアウト投資(MBO の経営権の取得や投資を目的とした M&A)、新規参入・多角化、その他の 6 分類。
3
上場・未上場企業の M&A 動向をみると、1996 年に未上場企業関連 M&A は全体の
56.7%であったが、03 年では 75.6%に達した。企業の再生・
再編の進捗及び M&A 手法の
普及によって M&A に対する抵抗感が薄れてきていることや 、ソフト情報業界及び大企業の
子会社の M&A が増加していることによると考えられる。一方、上場企業が関係するM&A は
最近ウェイトを低めているが、新興 3 市場(ジャスダック、マザーズ、ヘラクレス)に上場する企
業数が増えてきていることもあり、関係の M&A が増加して全体の 22. 7%(04 年上半期)を
占めている。 【図表 I-11】
MBO(Management Buyout)件数は 01 年、02 年、03 年と増加している。投資会社が積
極的に MBO を手かげるケースが多くなっている。最近では中小企業の後継のために MBO
を使うケースも増加している。 【図表 I-12】
TOB(Takeover Bid)も増加の傾向が出ている。日本的 TOB、いわゆる友好的な TOB が
今までの主流であった。投資会社が関係した TOB でも、友好的な TOB を行う投資会社が少
なくなく、相手方経営者の合意の下に TOB を完成させるケースがわが国の投資会社の TOB
に多い動きである。しかし、最近、敵対的 TOBが行われるようになり、今後増加していくものと
予想される。 【図表 I-13】
投資会社の M&A が、去年から急増しつつあり、M&A の主役の1つになりつつある。03 年
は 147 件と前年の 40 件に比べ 3 倍以上になり、全案件数(昨年 1,728 件)の 8.5%を占めて
いる。今年に入ってもその動きは続いており、本年上半期では 13.1%まで高まっている。現在、
経済が回復段階にあって業績が上がっていることから、投資案件を探しその投資先を求めて
投資することに対するリターンが一般的に高まっており、投資成功事例がかなり出てきている。
【図表 I-14】
6.進捗する企業の破綻処理
企業の破たん処理に M&A 手法を活用する例が非常に増えている。破綻関連 M&A 件数
は、02 年に 142 件と最高を記録した。これは全 M&A 件数の中の 8.1%を占めている。採用
形態としては、営業譲渡、買収、資本参加であり、その中で営業譲渡が非常に増えている。こ
れは、企業の破綻処理において、特に今後有望と思われる部分を売却し残して行こうとする
動きである。破たん企業の業種(
件数累計ベース)
は、製造業が 144 件と全体の 35.8%を占
め、2000 年から施行された民事再生法の利用割合が非常に高まっている。03 年までの累計
で、民事再生法が計 190 件、会社再生法が同 71 件、その他・不明が 141 件、合計で 402 件
に達している。このように、M&A は産業の再編・
再生に大きな役割を果たしている。 【
図表
I-15】
7.わが国企業の M&A 活動の今後の課題
(1) 拡大するわが国の M&A 市場
4
世界の M&A 市場をみると、99 年及び 2000 年には 3 兆ドルを超えていたが、02 年、03
年にはそれぞれ 1.2 兆ドル、1.3 兆ドルとその規模を縮小させている。そのうち概ね3∼4割が
クロスボーダー案件となっている。 【
図表 I-16】
国内の M&A がここ数年急速に増加したとはいえ、世界全体の規模からみれば、国内の規
模(金額ベース)は数%を占めるに過ぎない。また、今後世界の M&A 市場が拡大することが
予想されていることや、わが国においても、本年上半期で M&A 取引件数の前年同期比は
22.4%の増加を示し、毎月過去のその月の最高数字を更新している傾向があることからみて、
今後しばらくはわが国企業が関与する M&A 取引は増加していくと思われる。
(2) わが国の経済・産業に及ぼす影響と今後の課題
わが国企業の M&A は、企業の投資活動はもとより経済の構造改革に大きく影響を与える
ようになっている。この M&A 活動について、03 年度経済財政白書(内閣府)は、「
営業譲渡の
譲受側企業では、営業譲渡の『初年度効果(
譲受1年後の ROA(
総資産利益率)
の譲受前年
度からの変化幅)
』として ROA が上昇する傾向が、また、営業譲渡の初年度効果のプラスが
大きい企業についてみると、譲受1年後から2年後にかけての『
次年度効果』
もプラスとなる傾
向がみられる」と、また、構造改革評価報告書(
内閣府、03 年 11 月)
は、「企業の M&A がわ
が国企業の再生・再編に向けて大きな役割を果たしている」と評価している。さらに、欧米はも
とよりアジア諸国へのわが国企業の海外進出は基本的に M&A 手法に依存するところが大き
く、現在わが国が促進を図っている外国企業の対日投資も M&A の手法に頼るところが大き
い。このように M&A は、欧米企業と同様わが国企業の経営戦略手段として着実に定着しつ
つあり、その効果についても確認されつつある。国境を越えての投資活動を推進し、構造改
革を進め持続的な経済成長を希求するわが国経済社会には、M&A の機能は不可欠なもの
となっている。
しかし、M&A がわが国企業の経営戦略手段の柱となるためには、解決されるべき課題が
少なくない。これらの課題として、1)わが国においては、活動の適切な評価と人材の育成・教
育等のために必要な M&A 活動に関する統計や分析及び関連情報が絶対的に不足している
こと、 2)敵対的 TOB への対応等の企業の合併・
買収の活発化は、経営者のみならず従業
員にも不透明な不安感を与え、「ハゲタカ・
ファンド」に代表されるような M&A 活動一般に対
する誤った理解で捉えられることも依然少なくないこと、 3)
企業・産業の再編・
再生や対外進
出においてもM&A が活用されているとはいえ、まだ、変革の時代に新しい企業活動を創出し
育てる戦略的な投資活動として M&A を積極的に活用しようとする状況には至っていないこと、
4)M&A の機能を十分意識した関連法整備は不十分であること、 5)
急増する M&A に対す
る需要に対して十分な関係サービスを提供できる人材は限られていること等があげられる。
加えて、有力企業は活発なグローバル展開を行い中小企業も生残りをかけて海外展開を目
差す時代にあって、M&A も国境を越えて日常的に実施される時代となっているが、クロスボ
5
ーダー型 M&A の抱える問題については依然多くの課題が残されている。
(3) 中堅中小の M&A の増加と地域活性化における課題
中小企業を中心としての未上場企業の M&A は、件数で全体の 7 割程度を占めるようにな
っており、その割合も着実に上昇しつつある。M&A は、地域の再生・活性化にも大きく関係し
てきている。地域再生ファンドを含む投資ファンドという新たな担い手も登場し、構造的停滞局
面にある地域の活性化や公的セクターの民営化などを含め、様々な目的に応じていろいろな
M&A 手法の利用が可能であると考えられる。しかし、現在の M&Aの機能や人材は、東京を
中心とする大都市部に集中しており、機能面も含めて非常にバランスを欠いた展開状況であ
り、また、増えつつある地域再生ファンドも、全てが本来の「再生」ファンドとしての機能を果た
しているといえるのか、との批判もある。
このなかで、公的な性格を有する機関の活動が活発化しつつあるが、今後、地域の活性化
の課題に対して公的な性格を有する機関と民間事業者の果たすべき役割についても、構造
改革の視点を踏まえ検討を深める必要がある。
6
II M&A の目的と展開及び具体的課題
1.M&A の目的と活動形態
M&A の目的については、米国でも様々な議論が行われてきている。1990 年代からコーポ
レート・ガバナンスの概念が確立されたことに伴い、市場機能を通じての「企業価値の創造・
最大化」にあるということがはっきりしてきた。特に、90 年代に経営戦略視点の M&A の時代
を迎え、「
戦略と集中」による経営の合理化や競争力強化に向けた M&A が行われるようにな
り、技術研究の推進や工場の展開によって利益獲得を図るいわゆる「産業資本主義」型の企
業活動から、既存の企業の「市場(現在)価値」と「利用価値(将来生み出される予想利益)」の
差に注目して利益獲得を図るM&A が盛んになってきた。
M&A の誘因としては、その時期や産業によって様々な指摘がなされているが、一般的に、
1)規模の経済(水平統合)、 2)垂直統合、 3)経営資源の補充、 4)財務効果、 5)余剰資
金の活用、 6)非効率性排除(シナジー効果)、 7)多角化によるリスク分散、 8)EPS(1株あ
たりの純利益)の引上げ等の実現(効果)を期待して実施されている。また、企業経営者の単
なる「大企業指向(欲)
」を指摘する意見もある。 【図表 II-1】
その活動の形態は多様であり、大きく、 1)産業再生型(不良債権処理型)
、 2)リストラ・効
率化型(構造改革対応型、リエンジニアリング型)、 3)多角的展開型(米国型、一般型)、 4)
投資活動の早期展開型(時間節約型、一般型)、 5)新分野進出・開拓型(特に、構造変化・
改革期対応型、積極経営型)
、 6)金融構造改革対応(
「間接金融優位の消滅」
・
「株式持合い
の縮小」
等)
(日本型)、 7)アジアにおける新市場の拡大に対応してのクロスボーダー展開型、
8)IT・
通信革命関連型(90 年代以降型)、 9)シナジー効果追求型 等に分類できる。
2.日米の戦後の M&A の展開について
米国では、1960 年代、収益性のある投資機会を求めたコングロマリット形成のための M&A
が主に行われた。その背景は、業界内での市場の拡大に限界がみえたことと事業ポートフォ
リオを分散して景気変動への耐性を希求したことである。70 年代には、コングロマリット型企
業の業績はフォーカス型企業の業績よりもよくないということで、業績のよくない部分を切り離
す動きが出てきた。80 年代の後半には、マネーゲームとしてのLBO全盛時代になる。90 年
代に入って戦略的 M&A の時代を迎え、「戦略と集中」による経営の合理化や将来生み出す
マネーフローの価値に着目した M&A が行われるようになった。
日本では、1960 年代の不況期に鉄鋼や造船分野等で競争力強化の為の大型合併が進み、
70 年代には米国でフィー・ビジネスとしての M&A アドバイザリーが確立したと同じくして、わ
が国企業に M&A 部門が設置されている。80 年代後半のバブル期には、I
N-OUTの M&A
が活発化し、わが国企業の米国等への大規模な投資活動が行われ、その大部分が失敗に
終わったといわれている。90 年代後半に入って、事業再生・企業再生型の「選択と集中」
の実
7
施と同時に、事業の将来価値に着目した本格的な M&A が行われはじめ、現在、積極型の
M&A 活動が展開されつつある。
よって、ここ数年のわが国のM&A ブームは、内容面での基本的な相違はあるものの、米国
より約 10 年程度遅れているともいえる。
3.課題1−M&A の低い成功率
(1) 高値買い・ポストM&A・
事業部の抵抗
M&A の成否の基準を「株価動向で見る」のか「経営者の意見・判断によるのか」
など様々
議論はあるが、一般的に M&A の成功率は3割から4 割程度といわれている(経営者の判断
ベース)
。米国の経験を見ても、一般的に M&A の活動で利益を得るのは買収された企業の
株主であり、買収側は、買収価格が高いことなどにより、少なくとも短期的には殆ど利益を得
ていないといわれている。「
M&A で利益を得ている企業は2割程度であり、3割から5割程度
のケースは後に損失を出し転売等が行われている」との調査結果も出されている。株価を軸
とした M&A の長期的(1993 年から2002 年)パフォーマンスに関する最近の調査結果では、
「平均してみるとM&A による成長戦略を追求している企業は高い株主価値を創出している」
という結論が得られている。(※5)
【
図表 II-2】
このように、現在の M&A は、米国でもビジネス上の失敗が起こりうる非常にリスクの高い
取引となっている。その実施に際しては、スピ−ドはもとより、1)
M&A の役割を徹底的に把握
し、持続的な競合優位性が確信できること、 2)将来生み出す価値の精度の高いバリュエー
ションと厳格な企業・
事業価値評価、 3)M&A後の統合マネージメント過程においても企業の
文化・風土の違いや従業員とのコミュニケーションの重視に充分注意を払うこと等、然るべき
対応の徹底的な実行が必要とされる。
失敗が多い主な理由の1つが高値で買いすぎることである。買収発表前の株主資本価値と
買収価格のギャップであるバリュー・ギャップとシナジー・バリューとの関係がうまくいっていな
いとも言われている。「シナジー効果」
の計算が難しいことに加え、米国での M&A においては、
買収側企業はおおむね 25%から50%程度の M&A プレミアムを支払っており(1990 年代後
半)、わが国においても、平均 25%程度のプレミアムを支払っているといわれている。よって、
企業経営の中で、M&A の目標と価値についての基準をしっかりと持っていることが重要であ
る。 【図表 II-3】
また、M&A には大きな実行力が必要だが、手がけた M&A 取引から手を引く仕組みが不
十分であることも失敗に終わる要因となっている。わが国においては、M&A 発表後決裂、あ
5 「M&A による成長」
(BCG:Boston Consulting Group)参照。調査によれば、1993 年∼2002 年
の株式市
場でのパフォーマンスを比較すると、TSR((キャピタルゲイン+配当)/購入時の株価)でみて、積極的 M&A
による成長戦略を追求する企業は、自前の成長戦略をとる企業より、年間1%以上(中央値)上回っており、
株主価値は 10 年間で 29%の開く、としている。
8
るいは成立後の運営等の拙さ等から失敗に終わるケースも近年多くなっている。
さらに、企業内部の阻害要因についてみれば、大企業において M&A 戦略は企画部門ある
いは社長室で意思決定されるが、基本的に現場の事業部の抵抗は大きいということがある。
具体的な売却の時や事業に何かを付けるときには、事業部としての考え方が出てくる。企画
の中枢セクションで調整をする一方、事業部はビジネスをよく知っているので、そこの考え方を
ベースにしないとうまくいかない。その兼ね合いをうまくできる企業が、M&A を成功させる。
(2) 組織文化と利害対立
M&A が失敗する更なる理由として、「
組織文化と利害対立」が大きな要素として存在する。
M&A 実施会社間で、「
役員の数をどうするか、どちらの支店を残すか」といった勢力争いが
行われ、かなり継続的にこの問題を引きずっていく。人事担当さえ自らの雇用に不安を持って
いるが、企業が合併・統合する場合、通常、最初にスタッフ部門が半減に近いくらい必要がな
くなるので、このリストラクチャリングをどうするのかということが大きな課題になる。スタッフ部
門の人員削減は配置転換が主流であるが、「今までの仕事を担当できなくなる」という可能性
が高いスタッフ部門は浮き足立ってしまう。 【図表 II-4】
組織文化の観点の失敗は、主に日本企業と外国企業間の M&A が行われた場合に頻繁
に起こる。「
なぜこの企業は人を『駒』
のように扱うのか、現場の状況を知らないのにいつの間
にかどこかで物事が決まっている」という声が盛んに出てくる。このため、不信感をいだき社員
のモチベーションが下がる。「組織文化の統合のためにどのような 場を作ったらいいか」という
ことが大きな課題である。この問題は、わが国企業の場合、「ビジョンや戦略というものを透明
にして運営する」という考え方が薄いために出てくる。組織文化があると意思決定が非常にス
ピーディに行われる、という良い部分があるが、これがかみ合わないと大変ややこしいことに
なる。
また、「考え方がまったくかみ合わない」ということもある。「M&A を実施したあとにその会
社からどうも組織がぎくしゃくしてうまくいかないので、何かそこのリーダー同士が相談できる
場を作りたいとか、あるいは研修をやったりすることができないだろうか」という課題意識のも
とに、外部からなんかの機会にコンサルティングを受けたいというニーズが出てくる。この問題
は M&A の時に特に強く表出し、最終的に外部のコンサルタントへの依頼という形で問題化し
ている。
米国企業の場合には、「
企業の目的は利益をあげること」という目的が明快であり、統合も
容易である。日本の企業の場合は、その目的がはっきりしない場合が多いので、コミュニティ
対コミュニティ、まさにそれが利益共同体ではなくて運命共同体間の争いになる。
4.課題2−取締役の責任
大部分の M&A は友好的に、すなわち経営者間の話し合いの中で行われているが、それが
9
友好的なものであれ、敵対的なものであれ、M&A では「
取締役の役割」は決定的に重要であ
る。
取締役の一般的な義務としては、「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)
」や「忠実に
職務を遂行する義務(忠実義務)」、「
取締役の行為が法令・定款を遵守し適法かつ適正にな
されている事を監視する義務(監視義務)」、「
リスク管理体制の構築義務」等があるが、M&A
に関しては以下の具体的課題が残されている。
(1)取締役の責任範囲
○ 敵対的 TOB への対応
(※6 )
敵対的 TOB への対応に関して、「
意志決定権が株主総会にあるのか、あるいは取締役会
にあるのか」という会社法上の権限分配の問題がある。EU諸国では、TOB への対応は基本
的な変更であるので取締役会では決定できず、株主総会を開かなければならない。一方、米
国では、州によって異なるが、特に法律がなければ、取締役の固有の権限である(
「経営判断
の原則」)という考え方がある。(※7 )
また、「取締役の責任は株主に対するものなのか、株主を含むステーク・
ホルダーに対する
ものなのか」については、学説を含め議論が分かれており、現在予測可能性のある統一的な
ルールがない。 取締役は、敵対的企業買収(敵対的 TOB)に対して賛成するか反対するか
を評議することになるが、その判断の当否は、取締役の善管注意義務・忠実義務との関係で
責任が問われてくる。理論的には、取締役は会社に対して責任を負っているが、その場合の
会社とは株主を意味するのか、それとも他のステーク・ホルダーをも意味するのかの問題が
あり、現状では、取締役はいかなる範囲のステーク・ホルダーの利益をどのように考慮してよ
いのか法的に困難な問題に直面する。
「取締役は株主のみならず従業員の利益も考慮して行動してよい」と解したとしても、株主
には議決権の行使などで発言の機会が存在するのに比較して、従業員には取締役に責任を
追及する制度が無いため、「取締役が勝手に従業員のためになると判断する」というリスクが
逆に出てくる。また、取締役は、株主以外のステーク・ホルダーの利益も考慮してよいとすると、
取締役が経営政策を決定するに際して、株主以外のステーク・
ホルダーの利益をどの程度考
慮すればよいのかが難しく、かえって経営者の恣意的な意思決定を許すことにもつながりか
6 敵対的企業買収(敵対的 TOB)
:
米国法律協会は、敵対的買収を「対象会社の経営陣が『反対』の意見表
明を行う TOB(公開買付)、また、「賛成」の意見表明を行わない TOB を含む場合もある」と定義している。
7
米国における防衛策の考え方:米国の多くの大企業の設立準拠法であるデラウエア州法では、
「経営判断の
原則」の保護を受けるためには、まず、取締役側で会社の方針や効率性に対する脅威が存在すると信ずる合理
的根拠を立証しなければならず、つぎに、当該防衛策が、取締役会が合理的に認識した脅威との関係で合理的
に関連する範囲に止まることを立証しなければならない(ユノカル判決)。また、取締役は、
「会社の販売を決
めた後は、企業体としての会社の保護ないし維持ではなく、最高価格を提示する買主に会社を売却する義務を
負う」とされている(レブロン判決)。[参考文献「M&A 法大全」(商事法務) 参照]
10
ねない。
取締役が会社に対して義務を負っているのであれば、前記の通りその場合の会社の中身
をいかに解釈するかによっては、取締役は株主の利益だけでなく他のステーク・ホルダーの
利益をも考慮して行動できるという解釈も可能となり、敵対的企業買収に対して、取締役はか
かる観点からの防衛策をとることが許されるということになる。
このように、敵対的 TOB に対する取締役の対抗策をめぐる問題については、学会における
理論的な検討も不十分な状況であり、実務界において進められている検討状況や欧米諸国
の状況を踏まえつつ、社外取締役の役割を含め、わが国でも急ぎ検討が進められるべきであ
る。
○ 友好的 TOB の場合
取締役の責任については、友好的 TOB の場合でも、1)対等合併のときの「企業価値及び
時価と比率の関連性」の責任の所在、2) 支配株主がいる場合、例えば上場子会社の非公
開化に際しては、親会社など支配株主に有利な合併や株式交換比率になりがちになるので
はないか、3)プレミアムの問題について、株を対価とするか、現金を対価とするかという視点
があり、キャッシュであればプレミアムもつきやすいという話がある一方、株式の場合には実
際に取引のあとに株価が大暴落した場合、どのように始末をつけるか、といった問題、4)合
併後のシナジーの評価等の問題が不明確なまま残されている。
また、MBOの場合、現経営陣がマネージメントに加わるので、現株主対経営陣の利害対立
が発生する。その場合、取締役会は、MBO に直接参加する取締役とそうでない客観的取締
役とに分裂する必要がある。わが国の場合は、曖昧な MBO、つまり経営陣は株主から安い
価格で買い取ろうとすることが多いが、このような対応には問題があると思われる。米国では
少なくとも評価の基準を示すことが義務付けられており、わが国としても、最低限の関連情報
の開示を義務付けるなどの対応が必要と考えられる。
「株主の利益とステーク・ホルダーの利益に対する取締役の責任の範囲」についての法律
面からの検討は、会社法だけでなく、労働法、債権法、租税法等の関連も含めて検討が行わ
れる必要がある。
(2) I
R(企業の投資家向広報)の必要性
取締役にとっては、企業価値の最大化やコーポレート・
ガバナンスが理論上一番大事なこと
である。しかし、企業の立場から「
顧客」は誰かとなると、必ずしも株主ではない。敵対的 TOB
のリスクのある企業の株主が一般投資家でもないし海外投資家でもない場合、例えば銀行と
すると、銀行の一番の価値は企業価値の最大化ではなく債権回収である。あるいは、上場会
社でも、もともとのオーナーがいてその親戚が先祖からの遺産のようにして株を持っている場
合は、海外投資家と同じような価値観でいるわけではない。その場合、企業にとって必要なの
11
は IR(インベスター・リレーションズ)
であり、IR の実施によって一般株主の考え方が分かって
くるのではないか。
現実のステーク・
ホルダーは様々なことを考えており、企業から見たときの客とは誰か、とい
う問題はなかなか難しい。大企業であれば、相当透明感がある状況にできるが、上場してい
る会社でも、行動がまだまだオーナー色の強い企業や中堅中小で上場する前のような会社は、
M&A の目的としては「後継者難」等が多くなる。企業価値の最大化が一番大切であることは
一般的には当然のことだが、そうなっていないステーク・ホルダーがたくさんいる状況にどのよ
うに対応するかが大きな課題となっている。
5.課題3−敵対的企業買収(敵対的 TOB)への防衛策
世界の M&A 市場の中で、ここ数年、敵対的 TOB は多いときで2割程度、少ないときで4∼
5%程度である(平均1割程度)。一般的に、敵対的 TOB は株価が大きく下がる経済低迷期
やバブル崩壊といった後に増える傾向がある。現在、わが国では敵対的 TOB が増えつつあ
るが、敵対的 TOB を仕掛けられたときに、仕掛けられた企業にどのような対応策があるかに
ついては、まだわが国の議論は未成熟な状況である。 【図表 II-5】
(1) 欧州の防衛策
欧州は、ポイズン・ピルに対して非常に否定的である。( ※8) 英国では、法律上、ポイズン・
ピル等の防衛策は原則全て禁止になっており、ドイツでも株主価値という考え方が 90 年代後
半から入ってきた関係で防衛策は禁止になりつつあった。また、ゴールデン・シェア(黄金株:
経営権維持のための特別の議決権を有する株)についても否定するような判決が欧州各国で
出てきている。昨年 12 月にEUレベルで採択されたTOB に関するEU指令は、基本的に敵対
的なものも含め買収活動自体を奨励することによって、欧州企業の競争力を向上させようとい
う意図があり、「取締役会は、敵対的 TOB に対する防衛策を講じるためには、事前に(特に、
TOB にさらされているとき講じるのであれば強制的に)株主総会の承認を取らなければならな
い」と定めている。( ※9) しかしながら、現段階では、各国の裁量に委ねられる部分が多くなっ
ており、海外から攻撃を仕掛けられた場合には、当該外国企業が有する防衛策と同じ防衛策
をとることが認められている。 【
図表 II-6】
8 ポイズン・ピル(毒薬条項):敵対的買収の標的となった企業(被買収企業)が、防衛手段として、自社株を
買収者にとって魅力的でなくする戦略的行動。 フリップ・イン条項(買収者以外の自社の全株主に株式を安
く買い増す権利を与える条項)やフリップ・オーバー条項(敵対的買収が成立したら、自社(被買収企業)の
株主に、買収企業の株式を安く入手できる権利を与える条項)等がある。
9 TOB に関するEU指令:Directive
2004/25/EC of the European Parliament and of the Council
of 21 April 2004 on takeover bids)
12
(2) 米国の防衛策
米国ではポイズン・ピルに対する評価が大きく分かれている。現状は、ポイズン・ピルを導
入している企業が非常に多い。米国では敵対的 M&A が多いことがあり、欧州の場合には敵
対的 M&A がそもそもなかったという状況を考えると、米国と欧州を同じように議論できない。
米国で実際にポイズン・ピルが発動された例は 1 件だといわれており、発動されることが必ず
しも目的ではなく、その目的は買収価格を引上げ実際の交渉の場を持つため導入していると
いうことであり、買収を阻止することを目的としていない。買収阻止を目的とするものについて
は既に判例等で否定されているので、現在残っているものはそれほど困ったポイズン・ピルで
はなく、通常、実際に目的を達したら取締役はいつでもポイズン・
ピルを消却できるように設計
されている。それを怠ると、取締役の責任として訴えられることになる。 【
図表 II-7】
米国では、防衛策に反対の声が次第に多くなってきている。特にポイズン・ピルに関しては
様々な株主提案が見られるが、ポイズン・ピルを廃止すべき、あるいは今のポイズン・ピルは
廃止して欲しいが、新たに導入する必要がある時には株主総会決議を経るべきというものも
ある。また、ポイズン・
ピルを入れるのであれば、株主に友好的なものにすべきだという話もあ
る。
(3) わが国の防衛策の考え方
わが国では、効果的な敵対的 TOB 防衛策はあまり考えられないなかで、敵対的買収が実
際に増えつつある。敵対的 TOB を通じて経営者は緊張感を持って経営することになり、経営
の効率性が高まるという評価もある。しかし、敵対的買収の目的は様々で、必ずしも長期的な
株主価値の向上やステーク・ホルダーの利益にはつながらないケース(即ちグリーンメイラー
やアセット・
ストリッパーなどにみられるように、買収者に短期的な利益のみを目的とし中長期
的な企業価値やステーク・ホルダーに損失を与えるケース)のも考えられることや 、買収側と
の交渉機会を確保する観点から、わが国としてポイズン・ピルの導入の考え方について急ぎ
検討するべきである。 【
図表 II-8】
○ ポイズン・ピルの会社法制上の課題(新株発行制度の見直し)
( ※10)、
ポイズン・ピル設計における商法上の問題は、判例上確立している「主要目的ルール」
「株主平等原則との関係」及び「有利発行」の3つの観点からのものである。特に、ポイズン・
ピルの主な設計は、新株発行が資金調達以外の目的で行われるということであり、その場合、
「主要目的ルール」
への対応ができていないことになる。現在、敵対的 M&A のターゲットとし
10 主要目的ルール:
「会社の支配権に争いがある株式会社 では、取締役会が第三者割り当て増資を決定
した種々の動機のうち、自派で議決権の過半数を確保する等の不当な目的を達成しようとの動機が他の
動機に優越する場合には不公正発行であると認める」という、判例上確立した考え方。
13
て話題になっている会社は、資金が潤沢で資金調達の必要性がない会社が多く、新株予約
権にも主要目的ルールが適用されるとすると、新株予約権によるにせよ第三者割当による新
株発行によるにせよ、差止めのリスクが存在する。「主要目的ルール」自体について再検討が
必要であり、「主要目的ルール」が新株予約権に適用されるのかを検討する必要もある。
平事(実際に TOB が起こる前)
に新株予約権を発行することは、第三者に対するものでも
株主割当に対するものでも「ある程度できる」のか、あるいは、「現実的には難しい」のか、明
確にすべきである。
○ ポイズン・ピルの正当化事由(少数株主保護)
株式の二段階強制的公開買付(※1 1 ) や部分買付は、日本でも形式上可能である。少数株主
の権利保護の手段として訴訟があるといわれるが、簡単ではないし現実的でもない。米国で
は、判例等で基本的に二段階買付が難しくなっている模様であり、欧州では少数株主に売渡
請求権があり、実質的に守られる仕組みがある。日本はそのどちらでもなく、ここにポイズン・
ピルを正当化しうる状況があると見られ、制度の導入を図るべきではないか。
(4) 日本企業のポイズン・ピル導入についての海外投資家の見方
欧米の機関投資家は、日本企業のポイズン・ピル導入の是非について現状では非常に懐
疑的である。海外投資家は、基本的にポイズン・
ピルを好まないし、敵対的 TOB への対応に
ついて、「
投資家が決めるのであり会社ではない」と考えている。特に日本の企業の場合に懐
疑的になっている第 1 の理由は、「
日本企業のコーポレート・ガバナンス(企業統治)
の状況を
見れば、ポイズン・ピルを企業価値向上のために使うとは思えない」と考えているからである。
次に、ポイズン・ピルを導入する最低限の条件として挙げてくるのは、1)ポイズン・ピル消
却の基準として、「
株主価値の最大化」の考え方が経営陣にしっかりあること、2)独立取締役
による監視が効果的に行われていること、3)株主還元策やディスクロージャーを適切に行わ
れていることである。わが国の企業は、この面からも今後一層明確なガバナンスが求められ
ている。
6.課題4−商法・会社法、税制及び証券取引法上の課題
( ※12) で、90 年代末以降実施された企業
2005 年度に予定されている「会社法制の現代化」
11 二段階強制的公開買付:第1段階で過半数以上の株式を取得し、第 2 段階で残りの株式を極めて低額の対
価で取得する行為。現行では、わが国の強制買付制度が一定の防波堤機能を果たしているが、現行の TOB 規制
は提示価格の合理性を担保するものでもなく、また、いったん過半数を取得した者は、その後の買付において
TOB を行う義務がない(証券取引法 27 条)。 [参考文献 「企業買収防衛戦略」(商事法務) 参照]
12 「会社法制の現代化」
:法務省法制審議会会社法部会において審議されている「会社法制に関する商法、有
限会社法等の現代化」。会社法制の現代語化、会社に係る諸制度間の規律の不均衡の是正等や最近の経済社会
情勢の変化に対応するための各種制度の見直し等が行われる予定。
14
の再生・再編を推進するための法制度・税制等の一連の改革が完成することとなる。この一
連の改革、即ち、独占禁止法、商法、民事再生法、産業再生法等の企業再生・
再編関連の法
制改革や税制改正は、わが国産業・企業の再生・再編に大きく貢献しつつあり、わが国企業
の今後の M&A 活動の展開にとって重要な一歩であると評価される。(※13 ) よって、05 年度
に予定されている「会社法制の現代化」を急ぎ実現することが求められる。
しかし、今後、クロスボーダーの活動が一層一般的になる M&A には大きな発展の可能性
あること、現在事態が急展開しているM&A 活動や敵対的 TOB を念頭に置いた議論がまだ十
分行われていないこと等を考えると、「取締役の責任」や「敵対的 TOB」
関連以外の分野にお
いても多くの残された検討課題が存在する。
研究会では、以下のような今後検討されるべき課題としての具体的意見が提起された(
順
不同)
。
(1) 商法・
会社法関連
○ 「会社法制の現代化」の検討について
M&A や敵対的 TOB を念頭に置いた議論が不十分ではないかと思われる。
・ 敵対的企業買収を念頭に、取締役の「
善管注意義務」という問題に対して指針を与える、
という考え方が見られない。(「取締役の責任」
関連)
・ 取締役解任決議の要件の引き下げが検討されている。これは、M&A を仕掛ける側にと
って買収しやすくなると評価することも可能であるが、M&A に対する影響を考慮している
とは思われない。
・ 合併対価の柔軟化が検討されているが、現金合併よりも、ドイツ、イギリス等で行われ
ている強制的株式買取制度の方が、日本の制度に馴染むという見解もある。
・ 現金合併、現金分割、現金株式交換の3つが検討されているが、現金株式移転(例え
ば既存の大口株主は株式移転で、小口株主は現金交付のケース)も導入を検討すべき
ではないか。(「敵対的 TOB」関連)
○ 金庫株と現物出資
Exchange Tender Offer(
株式交換を伴うTOB)に金庫株を使えば、検査役調査や株主総会
13 産業再生法(産業活力再生特別措置法)
:産業活力再生法の基本的な目的は、経済の活性化と産業の競争力
の強化を図るため、事業再構築、産業再編を進めながら新事業開拓やスピンアウトを進めることにより、企業
活動の活力・好循環を作り出すことである。事業再構築が必要な企業のグループ内再編を円滑化するコストの
軽減を図る必要があるという考え方に基づき、商法の特例として、1)現物出資や事後設立時の検査役調査の
免除、2)商法での「簡易組織再編成が可能な範囲」の拡大、3)キャッシュアウト・マージャーや国境を越
えた三角合併等を可能にしていること(合併対価の柔軟化)、4)現物配当型のスピンオフの容易化等が、ま
た、税制面での特例として、登録免許税の軽減や資産評価損の損金算入などの措置が講じられている。
15
の特別決議等も不要で、取締役会決議限りでできるという解釈でよいのか。(※1 4 ) 立法上、理
論的には不均衡があるのではないか。
○ 公開会社の非公開化・
100%子会社化
公開会社である子会社のゴーイング・プライベート(非公開化)を行い、100%子会社化)す
る方式として、株式移転・株式交換、営業譲渡と解散・清算手続を組み合わせる株式移転清
算方法がある。しかし、このように現行の制度を組み合わせることで強制的な株式の買取りを
実現することは、現行商法が株式を強制的に買取ることを認めておらず違法とされるリスクが
あり、法律が認める方法でできるようになるのが望ましい。このようなゴーイング・プライベート
に係る開示ルールが必要ではないか。
○ 国際合併・国際株式交換・
国際会社分割
国際株式交換については検討が行われているが、国際合併・国際会社分割(外国会社が
当事者となる合併・会社分割)の可能性についても検討が進められるべきではないか。
○ 債務超過会社の合併・
会社分割
会社分割においては、商法上、「債務の履行の見込み」が要件となっているが、どの程度
のものが必要なのか。分割会社が債務超過となる会社分割はできるのか。また、完全親子会
社間における債務超過会社の合併は、無増資合併をすることで学説上認められている。一
定の条件を満たせば(例えば、完全親子間であれば)
、認められていいのではないか。
(注) 項目の中には、「会社法制の現代化」において予定されている項目も一部含まれている。
(2) 税制関連
○ 商法等の柔軟化(法制度改革)に対応した税制上の措置
一般に、進捗している商法等の柔軟化(法制度改革)に対し、税制上の対応がついてきて
いないのではないか。税制は、M&A の円滑な展開に大きく影響する。あらゆるものを優遇
すべきだということではなく、国際的視点を踏まえて、合理的な手当が検討されるべきでは
ないか。
○組織再編に際しての税制上の措置
・現行の組織再編税制においては、現金交付を伴う場合はすべて非適格組織再編となるが、
現行の産業再生法及び会社法現代化により可能となる対価の柔軟化に伴う新たな組織再
編形態(現金交付合併、三角合併等)に対応した課税繰り延べ制度の導入等の税制改正
を行うべきではないか。
・また、外国株式が対価として利用される三角合併等においても国内と同様の課税繰り延
14 金庫株の処分は金銭以外を対価とすることを想定していない、という見解もある。
16
べ制度が導入されるべきである。
○ Exchange Tender Offer(
株式交換を伴うTOB)における税制上の措置
Exchange Tender Offer や公開買い付けを伴わない自社株式を対象とする株式買収にお
いて、一定の条件を満たせば課税繰延べができるようにすべきではないか。
○ ESOP(Employee Stock Ownership Plan:
従業員持株制度)への税制上の措置
日本にも従業員持株会があるものの、日本は税務上の措置がなされていないため会社
からの資金的な援助が圧倒的に少ないのではないか。
○ ポイズン・
ピルの税法上の課題
アメリカでは、新株予約権は行使価格を高く設定されているため課税されない。日本では
課税されるのかどうか 不明である。
○ タックスフリー・スピンオフ
世界の M&A でスピンオフ(※15 )は、多い時には 2000 年に約 2、500 億ドル規模(100 円換
算で25 兆円)になる。最近でも300 億ドル程度の規模でタックスフリー・
スピンオフが行われ
ている。日本の会社分割法では 100 %株主割当の分割型分割を可能にしたが、企業組織
再編税制が無税要件をグループ内再編と共同事業権の 2 つしか定めておらず、100 %株
主に割り当てるというのはどちらにも当たらないので有税取引になり、スピンオフはできるが
タックスフリーにはできない。
日本では子会社に価値をつける場合に、子会社をIPO(Initial Public Offering:新規株
式公開)することが一般的である。しかし、これは株主価値を破壊する可能性がある。子会
社を上場して価値をつけ、親会社が子会社の価値を全部実現しようと思い株を売るとキャピ
タルゲイン・タックスがかかり、子会社 IPO はエクイティ・バリューを税金分毀損することにな
る。したがって、タックスフリー・
スピンオフは時として株主価値創造に資するので、スピンオ
フが円滑に行えるように、企業組織再編税制に第 3 の無税要件を加える必要があるのでは
ないか。
○ 法令適用事前確認制度
法令適用事前確認制度は、M&A には非常に重要な制度である。米国の IRS(Internal
Revenue Services: 米 国 内 国 歳 入 庁 )の プライベート・レター ・ルーリング や 、
SEC(Securities Exchange Commission:米国証券取引委員会)のノーアクション・レターを
見習って、わが国でも、2001 年 3 月に本制度の導入についての閣議決定が行われ各省庁
が順次導入したが、十分機能してこなかったように思われる。実際の M&A 案件を実行しよ
うとするときには、課税されるかどうかは決定的に重要な要素である。当局は、本年 3 月、
「特定の納税者の個別事情に係る取引等」についても文書回答手続の対象とすることにし
15 スピンオフ:企業分割の手段の1つ。子会社や企業の特定部門を独立企業にすること。
17
た。今後、このサービスが十分機能することを期待する。
(3) 証券取引法関連
証券取引法に関しては、以下の意見が提起され議論が行われた。
(詳細は、別添(参考) 法制度検討会論点メモ参照)
○ 強制的公開買付制度における企業支配権の扱い(ディスカウントTOB 問題)
わが国の TOB は、以前は半分以上が、最近でも少なからず、ディスカウント価格、即ち
市場価格より低い値段での TOB が行われている。強制公開買付制度の関係で、株式全体
の 3 分の 1 以上買おうとすると公開買付をしなければならない。50.1 %の支配ステークを
持っている人が、それを買いたいという人に相対では売れないので、強制公開買付制度に
従い TOB をかけると、他の株主が応札し手残り株が出る可能性があり、手残り株の出方に
よっては、支配権はないのに 15%とか 20%程度売れ残り、持分法連結が残るという不都合
がある。ディスカウントで TOB をかけると一般株主が応札しないので、TOB という手続きを
しつつ手残り株なく50.1%の支配ステークスを第三者に売れる。
証券取引法では、「市場外で、特定の事業者同士の取引は、透明性や公正性の観点か
ら厳しく対応する」とのことであるが、支配株主が存在する会社の支配権異動に当たって、
支配権プレミアムを、支配権を有さない一般株主に分配することを強制するべきなのか、と
の論点がある。
○ 有価証券報告書提出義務の範囲と強制的公開買付の範囲との関係
「市場の公正性と透明性の確保のため、証券取引法による開示制度の一環として、公開
買付は有価証券報告書の適用対象との整合性を確保する必要がある」とのことであるが、
株式を上場していない有価証券報告書提出会社にも強制的公開買付制度が適用され、強
制的公開買付の適用範囲は広すぎるのではないか、との論点がある。(※1 6 )
7.投資ファンド・公的制度・M&A サービス
(1) 投資ファンド・
地域再生ファンド
投資ファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)とは、一般的に経営権をとり、経営資源を投
入して企業価値を上げるための積極的な取り組みを行うファンドをいう。投資ファンドは、破綻
しかけた会社または破綻した企業のみを対象とするファンド(企業再生ファンドという)もある。
両者ははっきり分かれるのではなく、企業再生ファンドは投資ファンド(プライベート・エクイテ
ィ・ファンド)に含まれる。ヘッジ・
ファンドは、一般的にはアービトラージ(鞘抜き:市場での鞘抜
16 2004年6月の証券取引法改正により、同12月からは、株券等以外の有価証券にかかる有価証券報告書提出会
社には同制度は適用されない。
18
きをして、リスクを少なく利回りを追及するもの)で、このヘッジ・
ファンドをプライベート・エクイテ
ィ・ファンドと称することもある。
投資ファンドは、非効率性の排除を目的として行われるM&A の一例であり、平均的に見て
2 割から3 割のリターンを要求されるため、コスト削減、効率的なマネージメント等に対する感
度が高い。「ファンドは事業に愛着を持たない」といった意見が聞かれるが、このように、「資
金」とともに「M&A のノウハウ」と「
事業のノウハウ」
も持っているのが本来の投資ファンド、「よ
いファンド」である。この点、現状では、売り手サイドの意識改革も必要ではないかと考えられ
る。
地域再生ファンドをはじめ、最近は多くのファンドが設立されているが、なかには、ファンド
本来の専門家による「経営権をしっかりとり、経営資源を投入して事業価値を上げるための積
極的な取り組みを行う」
ことが明確でないまま、つなぎ融資的な性格をもったファンドや、活動
に関する正確な情報の公開もなく不透明な「中立公平性」を標榜するファンドが出現している
のではないか、との強い批判がある。 【図表 II-9】【図表 II-10】
(参考) ハゲタカ・ファンドについて
ハゲタカ・ファンド(Vulture Funds)とは、一般的に、市場や情報等の混乱につけこ
んで本来の事業価値以下で投資対象(株等)を購入し、短期的な清算処分等を「破壊的」
に行うことによって差益を狙う投資ファンドをいう。対象企業に高値での強圧的な買戻し
を要求するグリーンメイラー型や、ステーク・ホルダーの利益に配慮することなく自らの
利益のみの観点から投資対象をばらばらに売り払うアセット・ストリッパー型などがある
といわれている。
敵対的 TOB で、このようなハゲタカ・ファンドの「破壊的」であるとされる行為につい
て、従来の議論の典型例として、「一定のプラスの価値を生み出している企業を解体し、
そこから何らかの利益を得る目的で買収する場合を『破壊的』
」と想定している。しかし、
そのような目的での買収行為は投資判断として必ずしもおかしいとは言えないとも考え
られる。ある事業に対して、
「投資するかしないか」の判断と、
「破壊的性格を有する買収
をするかしないか」の判断は裏表の関係であり、そこには手を加えないというのがマーケ
ット・メカニズムである。しかし、買収者のみに利益が行き、潜在的な受益権者に利益が
行かないというような場合は「破壊的」といえよう。
(2) 公的事業再生(日本政策投資銀行、整理回収機構、産業再生機構)
企業の再編・再生の分野では、日本政策投資銀行(DBJ)、整理回収機構(RCC)
及び産
業再生機構(
I
RCJ)等の公的な性格を有する機関の活動が活発化している。日本政策投資
銀行(
DBJ)は主として事業再生融資(
DIP ファイナンス等)
や民間の事業再生ファンドへの出
資を通じ、整理回収機構(RCC)は基本的に「
破綻懸念先」
以下の相当劣化が進んだ債権の
19
なかから可能な限りの再生案件を発掘しながら、また、産業再生機構(IRCJ)は金融機関間
で再生に向けての調整が困難な有望企業の再生に向けて1 件 1 件の具体的モデルを中立公
正な手続を経て提示しつつ、それぞれ M&A の手法も活用しながら企業の再編・
再生の推進
を図っている。
このような公的な性格を有する機関の活動は、不良債権の処理を急ぎ、企業の再生・再編
を一層促進する必要があるわが国経済産業社会の改革と経済の再生に大きく貢献しつつあ
ると評価される。特に、発展の初期の段階にあるわが国の M&A 事情に鑑みれば、不良債権
処理と事業再生の加速化に加え、いわゆる「私的整理」のなかで資産価値の毀損を可能な限
り避ける具体的モデルの提示、関係市場の育成、関連情報の公開等を通じて、法制度の整
備の推進や専門家の養成に果たす役割等に大きな期待が寄せられよう。
一方、これらの公的な性格の機関による安易な債務免除や再生支援の実施は、市場から
退出すべき企業が支援を受けて残留することにつながり疑問であり、また、民間の事業活動
の発展を妨げるものではないか、との批判があることに留意しなければならない。
(3) M&A サービス
わが国の M&A 関連サービスは、旧来型の事業者同士の M&A に加え、フィナンシャル・
バイヤーが新たにプレゼンスをもってきており、そのサービスが多様化するとともに標準化し
てきている。すなわち、M&A 当事者のプロフェッショナル化であり、大企業の M&A の担当部
門のプロフェショナル化である。特に日本の大企業のコーポレート・ガバナンスに対する認識
は数年前とは全く違ってきている。ガバナンスのために、当事者としてのリスクをヘッジする一
部機能を担って欲しい、といったニーズはかなり出てきている。
M&A のアドバイザーや仲介者が、顧客に対してどのような付加価値を提供できるかにつ
いては 3 つに整理できる。
第1にファインディング・
マッチング部分である。M&A の情報は極めて非対象なもので、基
本的には経営のトップに近い幹部がこっそり言うといった性質のものである。したがって、然る
べき情報を必要とする人に届けるだけで付加価値になる。
第2に専門性の提供である。昔は M&A が極めて珍しいため、大企業の M&A 担当者に対
して、「M&A を実施する場合、商法に照らせばこの辺に気をつけた方がいい」とか、「証券取
引法ではディスクロージャーの問題がこのようにある」とかアドバイスを行うことに付加価値が
あったが、現在は、当事者がプロ化しており、そのようなアドバイスはあまり必要ない。今求め
られているものは、価格の妥当性や経営者としての株主への配慮についてである。このように、
専門性の提供の仕方がかなり様変わりになってきている。
第3に、ディールのマネージメント、スケジュール管理や交渉の土俵作りに関しては、今曲り
角にある。例えば、「仲介者」と「アドバイザー」の区別で、仲介者はいわゆる仲人としてきちん
と両者の目的等を理解させ、具体的な交渉として価格や会社の商号、役員数等の具体的な
20
交渉事項を提示しながら、両者の合意点を見出していく
役割を持つ。一方、アドバイザーは買
い手または売り手それぞれの利益の観点からのアドバイザーとしての役割を持つ。
大企業ではアドバイザーの方が分かりやすい。専門家として、当事者企業の株主に迷惑が
かからないようにしっかりと交渉することになるからである。売り手と買い手両社の交渉をアド
バイザー同士でやった場合、失敗する可能性が一般的に高くなる。それは、アドバイスをする
内容は、「相手の土俵には乗るな、こっちで土俵を設定して相手の土俵には絶対乗るな」とい
うところから話が始まる場合が多く、仲介の場合のように、相互の利益を測りながら大局観で
決めた後は、スケジュールの中で具体的な合意事項を落とし込んでいくようにはできないから
である。
8.M&A 活動の経済・社会への効果
現在、わが国の M&A は年間10兆円を超える取引規模で行われていると考えられる。 こ
れらの活動が、対象企業の市場価値の上昇、企業収益の増加、雇用の調整とその後の増加、
投資の活性化及びマクロ経済に与える総合的な影響等については、わが国では関連統計や
公開情報が極めて少ないこともあって、調査・分析はあまり行われていない。一般に M&A に
よって資産の市場価値が仮に 2 割から 3 割上昇し、それに伴って新規投資も発生することを
考慮すれば、それだけでも相当程度の需要創出効果が生まれると考えられる。( ※ 17) M&A
によって、企業の利益率も上昇することやその投資や雇用・消費への波及効果を考えれば、
マクロ経済への影響は相当大きなものとなると予想できる。
M&A 活動の実態とその経済や産業に及ぼす影響を具体的に把握することは 、企業の
M&A 活動の正確な理解と今後の経済政策や税政策等の政策展開を考える上で非常に重要
である。よって、今後、M&Aの統計・関連情報の整備を行うと共に、グローバルな観点を含め
た関係の調査・分析を進める必要がある。
9.クロスボーダーM&A
1980 年代後半から 90 年代にかけて急増した諸外国に対するわが国の投資は、M&A に
よるところが大きいものがあったが、そのかなりの 部分は成果を上げたとはいえないものに終
わっている。また、最近では、アジア諸国を中心に、多くのわが国企業が投資を拡大しつつあ
るが、現地での企業経営や雇用者への対応はもとより現地における投資の基礎条件や十分
なリスク管理が行われないままの進出が少なからず存在するといわれている。本格的な
M&A 時代を迎え、企業のクロスボーダー投資活動が日常化している現在、国内での M&A
17 わが国全体で、03 年の公表ベース M&A 取引金額が 5.8 兆円、公表率約 5 割であるので、単純に考えて、全
体の取引金額は 10 兆円を超えるものと考えられる。M&A で平均約2∼3割の資産価値の増加があり、それに伴
って新規投資も実行される。
21
が海外子会社の M&A 問題に波及し、独占禁止法、異なる会計基準、従業員の処遇、工場
の統合・分割・配置換え等の側面において、活動上の大きなトラブルが発生する可能性が大
きくなっている。投資問題は、貿易の問題以上にトラブルにおいて非経済的要素が絡む可能
性が大きく、企業もそのリスクを十分理解し活動することが求められている。
今後、わが国として M&A 関連のルール・考え方を明確にしていくことは、わが国の対内外
投資の基本姿勢を一層明確にすることにもなり、わが国経済の活力の維持はもとよりクロス
ボーダー投資のリスク低減に向けての重要な要素であると考えられる。
諸外国からの対内直接投資(
その殆どは M&A である)
については、わが国も国策としてそ
の促進を図っており、その重要性は現在ではかなり認識されている。最近、アジア諸国からの
投資も増えつつあること等をみると、今後、わが国の事情に詳しくない企業の進出が増えてく
る事が予想される。このような事態に対応するためにも、わが国として、M&A 関連のルール
や考え方を明確にしておく事が求められている。
10.その他
(1) M&A 関連統計の整備と分析・
評価
M&A の活動とその影響については、今後わが国としても国内はもとより国外の情勢を十
分注視・検討を続けることが求められる。そのためには M&A 関連の統計や情報を整備する
とともに、その評価・
分析を進める必要がある。
また、M&A の活動が、企業収益や企業活動はもとより雇用確保、中小企業の活性化及び
経済成長や経済・社会の活力に及ぼす影響等についての多面的な調査・研究や、さらに、
M&A は企業のグローバルな展開が前提であるので、諸外国との関わりにおいて生ずる課題
について検討を進める必要がある。
(2) 情報公開
日本では M&A 関係のデータはほとんど取れない。教育用の M&A 関係資料にしても、
IN-OUT 関連も含めて米国の情報が主に利用されている。米国では、日本関係するTOB 行
った場合には、双方から分厚いデータが提供される。その中には M&A そのものの交渉だけ
ではなく、何故そうなっているかが具体的に分かる。このように、情報公開を米国並みに行え
ば、プロフェッショナルの能力の向上はもとより企業関係者や一般の人の理解と評価が一層
進むと考えられる。クロスボーダー案件はもとより、国内案件でもM&A の機能を評価し、それ
を積極的に利用しようとするのであれば、米国のように情報公開を要求するべき時期に来て
いる。
特に、「中立公平な活動を行っている」と標榜する機関や公的な性格を帯びる機関は、その
姿勢や責務を担保するためにも、その活動実績についての具体的な情報を一層公開するべ
きではないか。また、わが国の公開買付制度のディスクロージャーを、より適切な評価ができ
22
るような内容にすべきではないか。事業の継続が不安視されている企業はもとより、M&A の
対象となっている、あるいは現に支援を受けている企業の経営者は、経営継続のためにも積
極的に情報を公開し、株主あるいはステーク・ホルダー等に説明を行う責任があるのではな
いか。
(3) 中堅中小の M&A の課題
中堅中小企業は、M&A が経営戦略上有効な手段であり、事業承継を考える上でも有効な
手段であるということを基本的には理解している。未上場の会社が絡む取引は実績を見ても
大体 7 割程度を占め、このところ増加しつつある。よって、M&A を考えている企業は、未上場
とはいえきちんとパイプを持ち、情報が整理できなくても様々な方法で M&A を実現している。
その要因としては、後継者難や事業拡大に向けての買収ニーズがある。
しかし、M&A をツールとして使っているかについては、一般的に企業情報が不足し、企業
価値の評価についても十分知らないという状況にある。オーナー企業が多く、株主を意識した
財務面のディスクロージャーもなされておらず、コンプライアンスも確保されていないため、ア
ドバイザーにとって、十分な M&A 提案を行うにはコストとリスクが高過ぎる状況にある。また、
M&A を実行できる人材も十分いない。よって、人材の育成等 M&A を行うためのインフラ整
備を急ぐ必要がある。 【図表 II-11】【
図表 II-12】
(4) 地域活性化への応用
M&A 機能の地方への応用は、M&A に携わる企業の課題である。中堅中小の個々の
M&A 以外では投資銀行や投資ファンドなどのディールが考えられるが、これはかなりの規模
を必要とする。地方のディールは個別の規模が小さすぎて、出口の問題で投資ファンドが投
資できないというケースが非常に多くなる。この問題を解決できれば、地方再生に投資ファン
ドや投資銀行は大きな役割を担える。
(5) 官製市場の民営化
政府の事業を民間が買い取る形、つまり官製市場の民営化に M&A を活用することも考え
られる。第 3 セクターや各種公益法人も対象になりうるのではないか。
(6) M&A 市場形成に向けて
米国でダイナミックな M&A が行われている理由として、1)M&A がしっかりとしたロジック
に基づいた活動であること、2)ビジネス・
スクールやロー・
スクールで学んだ知識がそのまま
実践で役立ち、3)人材が育つとそれを受け入れる経営陣やマーケットも出来ていることがあ
げられる。わが国においては、まだ、M&A 活動は依然アートによる側面が強いところがある
が、その傾向も徐々に変化しつつあり、米国を参考にしつつ社会・制度のインフラを整備し、
23
M&A 市場の形成に向けてこの流れを加速する必要がある。
24
III 経営者・従業員・
M&A プロフェッショナル及び人材育成・
教育
1.企業経営・経営者とM&A
(1) 「所有と経営」
及び「経営者と社員」の非分離
わが国企業の抱える課題として、株主と経営者と社員という観点から 2 つの「
非分離」問題
がある。一つは「所有と経営の非分離」、即ち、オーナー企業において株主であると同時に事
業経営者である場合、その経営者としての価値観は必ずしも株主価値の最大化に向かって
いない。この問題は、自分で所有している限り顕在化しないが、株式公開とか M&A とか、他
人に所有してもらう時点で表面化してくる。
M&A は、案件数でみるとミドルマーケットの中小企業案件が圧倒的に多い。その中での大
きな M&A ニーズとして「後継者難」がある。昔であれば子供が継いでくれたが、今日では継
いでくれなくなっている。また、「事業拡大のための安易な買収」がある。経営者が、単なる投
資と同じように考えて事業拡大に向けて M&A を使う、あるいは、業務提携とM&A の区別が
ついていない。地域における中小企業再生案件において、しっかりした「再生」プロセスを実施
するだけで比較的容易に立ち直る例が多く見られるが、こうした安易な経営が行われている
からである。この問題はミドルマーケットにおいて一番大きく顕在化しているので、今後、ミドル
マーケットのニーズに、「M&A 手法」がいかに対応できるかというのが課題といえよう。
もう一つの非分離問題は、「経営者と社員の非分離」、即ち、大企業におけるサラリーマン
社長の問題である。サラリーマン経営者として、「業務執行と経営をどのように兼ね合いをつ
けるか」、あるいは、「終身雇用制と年功序列の中で、大きな責任を負う社長あるいは取締役
というポジションを勤め上げ、いかにして給料と権限の最大化を行うか」ということがある。今
後、株主やステーク・ホルダーの声が大きくなってくい中で、順送り人事の中で自らの責任の
範囲や業績の評価システムも十分でなく、また、経営者が退職金をあてにしなければならない
ような状況では、リスクに対する責任を負った経営はできないであろう。いわゆるエージェンシ
ィ問題とは別に、わが国においては、「
サラリーマン」経営者としての限界があるのではないか。
このため、M&A 時代の財務マネージメントやヒューマン・リソース・
マネージメントに通じた経
営者の育成とその人材市場の形成を図る必要がある。 【
図表 III-1】
(2) コーポレート・ガバナンスとM&A
コーポレート・ガバナンスとM&A との関係については、M&A が経営者に対してしっかりし
た経営を行うことの緊張感を与える効果があること(いわゆる会社支配をめぐる市場の規律)
が重要であるが、M&A には、コーポレート・
ガバナンスを強く意識したプレイヤーとあまり意
識していないプレイヤーがいる。意識しているプレイヤーには大企業型とオーナー企業型が
ある。
伝統的な大企業は組織的対応をする。M&A 担当役員がいて担当部署があり、これはいわ
25
ゆる企画セクションに非常に近いか企画セクションそのものであって、かつ IR や株主を強く意
識した社長室といったファンクションで存在する。日本の企業の意識として、あるいは体制とし
て、「選択と集中」とか「リストラ対応」とかいうものがいわゆる一過性ではなく恒常的な活動と
して起こっている。
新興公開企業でカリスマ的なオーナー経営者のパーソナリティーで物事が進められるよう
な場合は、社長は実力社長でかつ創業者であることが多い。あるいは、2代目で公開とかとい
う経験を経てきて個人として牛耳っているような方も非常に多い。この場合は一般的に成長企
業が非常に多いので、どちらかというと買い一辺倒になる。買いながら会社を大きくし公開し
て大きく、かつ株主、それも外国人株主とかいうものも含めて、価値観をある意味自然に共有
しているような経営者が M&A の強力なプレイヤーとなっている。
株主利益を最大化するに至らない企業はミドルマーケットに存在する。お金を持っており、
そのお金をどう使うかということが関心事である企業である。これには、冷静に事業戦略を考
えて大きくしたい企業と、比較的お金が富むので何か買いたいので相談に乗ってくれという企
業の両方がある。一方、売却ニーズは後継者難ということである。企業にとって最も大事なこ
との一つは経営リソースであり、これを求める手段として売却を考える。現実問題、長年にわ
たって事業を運営してきたので強い思い入れがある。「自分の事業が判る人に任せたい」、
「お金も大事だけれども、大きい企業に売りたい」、「
ファンドはいやだ」
等、理屈ではないところ
がある。
(3) I
N-OUTの M&A におけるわが国企業のマネージメント
外国企業を買収する場合、上場会社を買収するということと非上場会社を買収するというこ
ととでは大きな違いがある。特に外国のホワイトカラーは、特に上場会社の場合、その意識が
ストック・オプションと結びついている。日本企業が買収する場合、何のために買収したのかと
いうのが曖昧になってしまっている場合が非常に多い。「自分の持っている経営資源の何が
強みで、相手の何が弱くて結局買収したのか」ということを十分意識しなければいけないとき
に、日本から派遣されたトップは大部分が工場経験者で、マーケティングは初めて、人事管理
も初めて、また、それらの研修がほとんどないまま、工場の管理には物凄く強いエキスパート
が送られる。それで本人は悩みに悩み、「どうしたらいいか」という話になることが多い。実務
的には、「外国に派遣するトップはいかにあるべきか」について、しっかり整理することが求め
られる。日本企業は、人材面でこの問題を真剣に考えないと、向こうに派遣されて苦しむ経営
者、工場長が絶えないのではないか、と思われる。
例えば、中国との関係では、10 年前に日本企業が行った失敗を現在も繰り返しているので
はないかと思われる。本社サイドが考えているM&A と、現実に派遣されるトップに付く人の能
力が必ずしもかみ合っていない。例えば、中国の人たちには、昔と変わらない大きな不満が2
つある。第 1 に、日本企業は処遇を含めて人材マネージメントをしっかりとしない。日本企業は
26
シニア・マネージメントのノウハウを蓄積していない。しかも、送り込まれてくる人材もそのノウ
ハウを持った人でない。第 2 に、意思決定に関する信頼性が非常に低い。意思決定された内
容に関する信頼性や意思決定の仕組みに関する信頼性も低い。日本から送り込まれる人材
は中間管理職が体に染付いた人たちが多く、自分自身で状況を見ながら決断していくことが
あまりできず、本社の意向を見ながらやるケースが大変多い。現場のコミュニケーションでいう
と、「この人と話しても意味がないではないか」という形で現場に送り込まれていることから、現
地でトップに対する信頼を獲得することが困難になっている。これは、10 年、20 年前からと続
いている課題ではないかと思われる。
(4) MBOの利用
経営者あるいは従業員の中に経営能力のある人材がいる場合、MBOの利用ということが
考えられる。MBO は非常に有効な手段ではあるが、実際に経営手腕が本当にあるかどうかを
見極め、かつそれを多数の関係者の中で合意をしていくことは難しい。企業再生は、状況が
ある程度切羽つまっている中で決まる。オーナー企業の事業継承型であれば、オーナーの影
響力のようなことで決まっていくということはあるが、コンセンサスで決めていく中で MBO をや
るというのはかなり難しい。
2.従業員とM&A
(1) 従業員とM&A
M&A の実行には従業員への配慮が重要である。合併の場合には、労働者の権利義務は
包括継承されることが原則であり、営業譲渡の場合には、契約の承継については個別の同意
が必要(特定承継)となる。法理では、労働条件の変更については、「総合的枠組みでの合理
性の有無の判断」が下されることになっている。一方、少なからぬ企業が、「雇用を維持する
必要性が企業再構築を困難にしている」と指摘している。また、労働条件が異なる場合や退
職年金の移管ができない場合では組織統合が難しくなるとの 指摘もある。
企業が、買収活動を行い効率的な経営を指向すれば、殆どの場合、人を減らすことになる。
その場合、買収された側は立場が弱くなり、また、平等な企業間や大きな規模の会社の合併
であれば、いわゆる「組織文化と利害対立の問題」
が起こる。我が国の場合、コーポレート・
ガ
バナンスとはいっても、大企業も含めて従業員あっての会社という考え方が多くあり、企業の
再編・
再生を含め M&A に際して、労働市場がもう少し流動的になれば、従業員や組合の考え
方もかなり変わると考えられる。いずれにしても、M&A が活発に行われる社会を考えれば、
雇用の流動化は不可欠な要素であり、その場合、雇用の問題については、従業員の就社意
識、即ち、企業に残る、あるいは去るという考え方を離れ、個人としての幸福に着目して対応
を考える必要がある。
合併・買収の計画が労働組合に話されるタイミングは一般的にかなり後になる。即ち、合
27
併・買収が実質的に決まった後、労働組合に対して話が行われる。従業員の了解が得られず
話が終わる、というようなことも時々生ずる。雇用問題との関係では、買収される側の経営者
側は、従業員とか組合に対して提示できるオプションはほとんどないのが実情であろう。組織
を売却した時に、従業員に対してそこに異動するといった以外の選択肢があまりない。説得す
るというフェーズとして労働組合は出てくる、というのが実態と考えられる。問題は、「それはい
わゆる一律解雇に該当するのか」ということである。製造現場の会社に工場を売却するとか、
組織的なアウトソーシングを伴うような場合があるが、この場合のルールは、わが国ではあま
り整備されていない。通常、一律解雇ではないかと組合の抵抗に会う、という状態に終わる。
【図表 III-2】
(2) 従業員への出口支援
わが国では、M&A の「出口」における従業員への支援が体系的に組み込まれていない。買
収された時に新しい会社にそのままついていく状態ではなく、辞める時には、この従業員はか
なりの比率で長期失業者になる可能性が高い。
米国では、かなり大規模に事業再編が行われる場合、あらかじめ組織の中にハローワーク
的なものを作るというようなことが頻繁に行われる。また、企業ごとに専門の人材会社ができ
る傾向もある。例えば、大規模に事業売却する時、そこの従業員に、「売却先に行くか、ある
いは専門の斡旋会社を1つ新たに一時的に作り、そこに登録をして異動する道を選ぶか、ど
ちらかを選びなさい」という。これは、人材市場として人気になっている。例えばエンロンのよう
な会社は、元エンロンだけの専門の人材斡旋 NPO があり、そこからノウハウと経験のある人
がまとまった人数で採用されるという形式がある。1人1人が労働市場に放り出されるというこ
とではなく、経験を積んだ会社の出身者はまとまった形でいくつかのところに移管できるような、
こういう人材斡旋的な支援をわが国でも考えるべきではないか。
わが国企業でも、外国ではポスティングをやっている例がある。例えば、「新会社において
こういうポストがあります」と、インタビューをやって決めている。あぶれた人はアウトプレイスメ
ント会社に実際斡旋を行い、そこで就職活動をする。教育に関しては、人事部が 6 ヵ月とか 1
年とか担当する。欧米では、一般的に比較的ごく小さな外国企業でもそういうシステムを使え
る状況にある。このように、雇用については、それぞれの領域で流動的な雇用環境(人材市
場)を形成していくことが、結局は従業員にとっては良い結果になるということではないか。
(3) 組織文化とM&A
M&A は、コミュニティとコミュニティをくっつけるようなものである。コミュニティは人によって
成り立っており、コミュニティの中核は従業員である。わが国企業の場合、コミュニティが変化
することに慣れていないこともあり、その従業員の持っている買収への抵抗感というものをオ
ブラードに包んで、何とか M&A を達成させようという傾向が感じられる。このような手法は、株
28
主の利益からみると、本当の利益の最大化に本当につながっているのかどうか 、やや疑問の
部分もある。例えば合併で生まれた某社のケースを考えてみると、名前自体が我々のなじみ
のないような 名前に実際変わってしまっている。ブランドという非常に大きなものを犠牲にして、
統合しやすい形で両者のメンツを立てている。その辺りに、株主利益の最大化というものと、
そういったコミュニティを形成している従業員の利益というものが何らかの形で調整されている
実態がある。
(4) ヒューマン・キャピタルの視点の重要性
企業価値を考える時、従業員が持っている能力、即ち、ヒューマン・キャピタルの部分がど
の程度企業価値の中で重大なウェイトを占めているか、ということが重要となる。ある程度期
待値のあるものだとすれば、対応を少し失敗しただけで、能力の高い人間だけが外に出てし
まうという非常によくない結果になる。買収側の企業にとっては、「買収したにも関わらず、株
主利益がまったく合わない」という方向になる。この問題への対応が非常に不透明になってい
る。ヒューマン・キャピタルに期待して買収した場合に、対応として、「どういう方法が理にかな
ったやり方なのか」というところについても、現在のところあまりはっきりしてない。
3.M&A プロフェッショナル
(1)M&A 関連の人材ニーズ
わが国企業で、企業買収、営業譲渡・事業売却、事業統合・合併等 M&A に関する機能を
果たせる人材が非常に必要だと考えている企業は、現在それほど多くない。概ね 1 割程度の
企業が、スタッフとして持っていることは大事と認識している程度である。また、30 数パーセン
トの人材斡旋会社が、労働市場で M&A 関連の能力を企業が求めている。
企業の中における M&A に関わる人材のニーズの動機をみると、業種別にみても重要度
はそれほど高くない。社内にそういった人材がいるか、外部のそうしたノウハウを持つ人材を
活用しているかについては、建設、製造、あるいは卸・小売・飲食といった業種では外部の
M&A のノウハウを持った人材を活用しており、運輸・通信では社内にいるという割合が高い
傾向がある。そして、金融・保険はどちらも活用度は低い。サービスの方は両方に分散してい
る。 【図表 III-3】
ヘッドハンターに、「どんな要求、ニーズが市場で出ているか」と聞くと、OUT-IN のケースで
は、人材マネージメントやマーケットが日本はかなり特殊である、という認識があるため、「日
本のマーケットに合わせた経営ができる人材」が欲しいとのことである。必ず言われる人材の
資質は、専門性というよりはむしろマネージメントとしてのスキルをしっかりやる、さらに「方向
性を示し」て「オペレーションを変革し」、「新しいマーケットのシーズを植えられる」人材、つまり、
率先して現場の先頭に立って引っ張っていくような、そういうリーダーを送り込みたい、という
のが主なニーズになっている。「
汗のかける人」とか、「理屈先行ではない人」ということである。
29
また、最近の傾向として、日本人のマネージメントと外国人のマネージメントはそれぞれリーダ
ーを置いて、並列的に分ける傾向が見られる。
次に、IN-IN や IN-OUT で言えば、M&A 開始当初には人材ニーズがあまり出ていない。
これは、例えば IN-IN では、ポストをどっちが取るかということが非常に重要なので、外から
人をとっている場合ではないということである。2 年くらい経つと、実はいろいろな人が足りない
という話が出てくる。本来ならば、最初の M&A の時に外から人を入れて機能させたほうがい
いにもかかわらず、わが国ではなかなかそうならない。
また、日本企業が外国企業に M&A を行う場合は、最初のスタート段階で、これもあまり人
材ニーズに出てこないケースが多い。「遠慮のマネージメント」、即ち、相手側に遠慮したよう
なマネージメントをしばらく取り続けてうまくいかず、一定期間が過ぎたあとに、外国企業でマ
ネージメントの経験がある人材が欲しいというオーダーが出てくるパターンが多い。
M&A の支援コンサルタントが共通してよく指摘することは、その両社の企業に対して、その
M&A 後の「成功イメージをイメージングさせられるようなコミュニケーション力を持った人材」
が欲しい、あるいは「ファイナンスに寄り過ぎない視界の広い人材が欲しい」というようなことが
頻繁に出てくる。 【図表 III-4】
(2)コンサルティングの活用
M&A ではポストM&A が一番難しい。インテグレーション・
マネージャーを選択するとき、実
際に組織文化上の統合障害要因があるかどうかを分析することが一番大切だが、ここに外部
のコンサルタントを入れることは、秘密等の問題があり非常に困難である。M&A を行ってい
る実務家からすると、「コンサルティング会社は一緒にやりたいと言ってくるが、情報を漏らす
わけはいかない」という。よって、コンサルティングが入るのは開始後、しかもかなり後になる。
コンサルティングを入れる前に必ず社内のしかるべき方々とご了解を取る必要があり、そもそ
もコンサルタントがあまりいないということと、あったとしても入ってくるのが非常に遅いというこ
とになる。よって、この部分を担当する人間は、社内の人間になる。M&A を活用する米国企
業は、通常、担当者を相当数社員として抱え育て続けている。
外のコンサルタントをタイミングよく入れるのは非常に難しい。本来は、ある程度企業が戦
略的に M&A に取り組もうと思った時、そういう経験とかこういうことができそうな人間をあらか
じめヘッド・ハンティング等で社員として採用し、それからスタートさせるということをヘッド・
ハン
ティング会社は勧める。しかし、なかなか受け入れてもらえず、後で問題が大きくなり、ややこ
しくなってきてから話が出てくることが多い。現在、労働の流動化が進んでおり、コンサルタン
トがどんどんこういう会社に入っていく動きにある。
(3)プロフェッショナルの処遇
M&A のように高度な専門性が要求される業務では、プロフェッショナルの果たす役割が非
30
常に大きい。わが国企業の場合、一般的にプロフェッショナルの処遇が得意でない。プロフェ
ッショナルとしてのインテグレーション・マネージャーを社内で育てようとした時に、その待遇、
処遇を企業は変えていかなければいけない。
プロフェッショナルをうまく活用している企業は、通常、標準的な人事給与の規定ではなく、
非公式に個別の年俸設定をして採ってくるという形をとる。それが徐々に個別人事管理に広
がり、訳が分からなくなってくる企業もある。こういう業務は一定期間必要な能力であるものの、
それで終わるわけではない。日本の人事制度、労働法の中でも契約社員制度が改定されて5
年程度に延びているが、そういう中で比較的高い年俸を払いながら、その代わり5 年とか 3 年
の有期という形でこういうプロフェッショナルを処遇・活用していく方向に今後変わっていくので
はないかと考えられる。
4.国際競争力のある人材育成・教育について
M&A という言葉が講座名に表示させて出ている大学院は、現在のところ、一橋大学大学
院の経営組織法の「M&A の法務」
・「
M&A と企業評価」
・
「企業合併・買収」、九州大学の「企
業価値創造と M&A」、名古屋商科大学の「経営戦略 M&A」等といった程度である。本年 4
月に発足した法科大学院・公共政策大学院においても、徐々にではあるが、M&A に関する
科目開設が行われつつある。また、産業界においても企業の再編・再生に向けての実務者の
養成も行われつつある。しかし、その実態は、M&A が将来生み出す価値を評価しながらリス
クをとりつつ事業活動を展開することであり、クロスボーダーの活動等では不可欠機能である
ことを認識した上での、体系的な国際競争力のある人材育成・教育というにはまだ程遠いもの
がある。 【図表 III-5】
実際、M&A 分野で本格的に活躍をしているプロフェッショナルを見れば、現在のところ、外
資系の金融機関あるいはコンサルタント、あるいはわが国の高等教育を受けた後、欧米の法
律あるいはMBAコースを終了した決して多くない人材や非常に限定された分野で M&A 活動
に長く携わっている少数の専門家である。
31
IV 今後の考え方−構造改革とM&A の円滑な展開に向けて
M&A は、社会的厚生を最大化する一重要手段としての企業の市場価値最大化を目的に、
市場機能を通じて、生産性の劣る既存の資本・企業経営を整理・利用・
再生し、将来価値の創
造に向けて資本・企業経営改革を推進する重要な手段である。成熟した経済社会においては、
活力ある持続的な経済成長を実現するためには、常に将来を見据えた投資機会の発掘・創
出や技術の革新等が継続的に必要であるが、そのために、企業支配権の市場である M&A
は不可欠である。また、国内では M&A に消極的であったわが国企業も、海外展開において
は積極的に M&A を展開していることから分かるように、今後、国境を越えた経済活動の活発
化や国際的競争下での早期の企業展開のためにも、M&A は不可欠な手段となっている。
しかしながら、戦後、長期にわたり、間接金融主体で株の持合構造や終身雇用慣行が定着
していたわが国企業社会においては、ダイナミックな事業活動の組替えが要求される M&A
は発展が遅れ、それを取り巻く環境面、例えば、法制度、企業・経営者のガバナンス、プロフェ
ッショナルの育成・教育、市場、雇用制度等の分野において多くの課題が残されている。また、
国際的展開面において M&A を活用しているとはいえ、わが国企業・組織のマネージメント能
力は一般的に発展途上であると考えられ、クロスボーダー型投資は多くのリスクを抱えながら
実施されている。さらに、M&A 関連サービスに従事するプロフェッショナルは少なく、総じてそ
のサービス水準は決して高いとはいえない。
本研究会は、わが国の M&A の円滑な展開を図る観点から、対応されるべき課題について
検討をした。既に記したように、対応すべき課題は多くの分野にわたるが、当面、以下の諸課
題について対応を急ぐ必要があると考える。
1.M&A 時代の企業経営と企業の従業員対応
成熟した経済社会を持続的な発展に向けて活性化するためには、企業の円滑な M&A 活
動は不可欠である。このためには、将来を見据えた株式価値の向上やI
R等の重要性を十分
認識した経営者によるコーポレート・ガバナンスの確立が必要とされ、新しい時代の経営者の
育成、組織文化の醸成やグローバルな競争環境に耐えうる企業運営等に向け、更なる検討
が求められている。
また、M&A 実施時における雇用ルールや制度の整備や流動的な雇用環境の形成や継続
的な人材の育成等についても検討が進められる必要がある。
2.M&A 分野のプロフェッショナル及び人材育成と市場の形成
わが国における高等教育機関(法科大学院や経営大学院(MBA)等)におけるM&A プロフ
ェッショナルや新しい時代に向けた経営者の育成に向けた動きは、今後の M&A 活動の展開
を考えれば不十分な状況であり、現在、その先端分野は欧米の人材やノウハウや情報に負っ
32
ているところが大きい。
M&A プロフェッショナルの育成には、法律、経営、会計、経済、企業経営、数学、統計、国
際事情等の幅広い分野の知識のみならず、具体的なケースに応じた実務的訓練など体系的
な育成・教育システムが要求される。M&A に必要とされる専門性は様々であり、コスト感覚も
重要である。例えば、地域活性化あるいは中小企業案件向けの M&A については、クロスボ
ーダー案件に要するような高いコストをかけなくても推進できる分野も多いと考えられる。よっ
て、人材育成については、初級レベルから大学院レベル以上に至るまで、知識、分野、経験
などに対応して、育成コストも勘案した幅の広いシステムを検討する必要がある。学識経験者、
経営者、実務家、M&A プロフェッショナル等各分野の専門家が集まる場が、M&A を支える
様々な人材マーケットの形成や具体的なルール形成等わが国の M&A ノウハウの進歩に繋
がると考えられる。
3.法制度改革及び税制改革
本格的なクロスボーダー型 M&A 時代を迎え、国際的にも通用するM&A 関連での明確な
ルールの確立は、企業の活力・競争力を維持しわが国の持続的な成長を確保するために基
本的に不可欠のインフラ整備である。M&A ルールの確立、取締役の責任の明確化、敵対的
TOB への対応等において、国際的視点を含めたルールの確立を急ぐ必要がある。また、税
制は、わが国の企業の活力・
競争力の維持・強化に大きな役割を担う重要な政策手段であり、
政策的観点を含めその検討が急がれるべきである。
4.M&A 関連統計の整備と情報集積
M&A の活動とその評価に関し、M&A 関連統計や情報の整備を図り、経済・
企業活動・
雇
用などに及ぼす影響について定期的に評価・分析を行っていくことが求められている。また、
クロスボーダーや海外案件についても注視し情報を集め、その課題について調査・分析を行
い、わが国のルールの確立に反映させるとともに、今後の国際的課題への対応に備える必要
がある。
また、公的な性格を有する機関はもとより、「中立・
公平性」を標榜して M&A を扱う組織に
は最低限の関係情報の公開に向けての協力を求めるべきではないか。各分野の法理や経
済・経営理論に加え、これらの様々な具体的事例の個別情報や多くの具体的課題の蓄積が
あって、適切なルールの整備の進捗が図られ、各分野のプロフェッショナル育成システムが確
立される。
M&A 研究会としても、今後、上記1から4の課題を中心に更に今後検討を深める。
33
V 図 表 編
図表タイトル
本文該当箇所
頁
図表 I
図表 II
図表 III
行
1
件数推移(全体)
1
12
2
法制度改革の主な流れ
1
21
3
公表金額推移
2
1
4
形態別シェア推移
2
9
5
産業別シェア推移−買い手
2
18
6
産業別 IN-OUT シェア推移
2
27
7
地域別 IN-OUT シェア推移
2
30
8
産業別 OUT-IN シェア推移
3
1
9
地域別 OUT-IN シェア推移
3
3
10
目的別分類
3
33
11
上場未上場企業別動向
4
8
12
MBO の動向
4
11
13
TOB 件数推移
4
16
14
投資会社の M&A
4
22
15
破綻関連の M&A
4
33
16
世界の M&A 市場
5
4
1
M&A の目的(誘因)
7
15
2
低い M&A の成功率
8
16
3
M&A が失敗する理由
8
29
4
組織文化と利害対立
9
15
5
対抗策の類型
12
15
6
欧州におけるポイズンピルの状況
12
28
7
米国におけるポイズンピルの状況
13
10
8
日本にポイズンピルを導入する意義
13
25
9
投資ファンドの概要
19
13
10
投資ファンドによる買収の特徴
19
13
11
中堅・中小規模 M&A の課題1
23
17
12
中堅・中小規模 M&A の課題2
23
17
1
経営者と M&A
25
27
2
従業員と M&A
28
9
3
業界別 M&A 人材ニーズ
29
28
4
人材サーチ市場に表出している人材ニーズ
30
15
5
M&A 推進力に関する講座を持っている大学院
31
21
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
Fly UP