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Page 1 Page 2 次 校長 櫻井 20号 昭和船年度読書感想文コ ンク ールを

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Page 1 Page 2 次 校長 櫻井 20号 昭和船年度読書感想文コ ンク ールを
奈 良 高 専
だより
特 集
●
20号 特
目
集
〔
巻 頭 言 〕 図書 の今昔
校
昭和60年度読書感想文 コンクールを終えて
発表作品 (五
図書館委員会図書部会
国語科 細 井 誠
科 科
五順理
国 物
委員長
化学工学科
数 学 科
化学工学科
酔 生 夢 死
本 とのつ きあい
無
題
心 に しみる本
書 くことと読む こと
数 学 科
化学工学科
機械工学科
電気工学科
機械工学科
誌
読 書 の 効 用
みえてきた図書館像
歴史書 に親 しもう
口 秀
」ヽ谷
稔
田 中 冨 士男
犬 田
入 江
垣
石
笠
野
越
河
」ヽ 畠
京 兼
宮 本
電気工学科 宮 田
機械工学科 水 嶋
英 語 科 溝 端
題
図書室 か ら
I 図 書館 だよ りの歩 み (抄)
E 「 読書週間」 の催 し、その他
(カッ ト・電気 木 村伊一 )
-2-
夫
幸 巌
正 隆 昭 夫 男 二純
期
修 卓 幹 耕 止 正
病床 に本 を読む
(以下 ABC順 )
本 との出会 い
無
井
櫻
図書館委員 機 械工学科 関
20号によせて
創造 の泉 を備 えるために
雑
長
題)
図書館委員会 この一年 の活動
科 学
次
清
一
熟 巻頭言熟
主日
の
△
千
日
可
校
長
櫻 井
洸
昭和 17、8年 と言 えば太平洋戦争 のさ中、私 は阪大 の学生 であった。指導教官 である上野誠一教授 に、
毎月 1回 請われて書籍店 「
丸善」へ同道 した。毎回10冊近 い洋書 を買 い求 め られ、それを大学 まで持 ち
帰 ったこと も若 い頃 の清 らかな思 い出である。先生 はそれを翌 月までに読破 され、御 自身 も原稿を書 か
れて、我 々が電話帳 とあだ名をつ けた 2千 数百頁 の分厚 い専門書を出版 された。そこで買 って きた洋書
を見せて もらお うと、借 りに行 って も貸 して もらえず、読みたいことが らを説明す ると、 その本をとり
出 して先生が頁 をめくられる。見ようとのぞ きこむ と、つ ばがかかるか らと本を引かれるとい うお、うに、
非常 に本を大事 にされた。著書 の大変 な苦労を思 ってのこともあろうと考えた ことであ った。勿論今 の
ように複写 などは夢 に も考え られない時代 であ った。
戦後大学 へ復帰 して研究をは じめたが、外国 の情報 を知 る手 だて としては、大阪市内 にあ ったアメ リ
カ文化 セ ンターで、 アメ リカが毎月出版 しているアブス トラク ト誌 を詳読す ることであった。 それか ら
必要 な文献を引 き出 し、著者 に別刷 を依頼 して、 2、 3ケ 月後 に送付 されて きたもので ある。昭和27、
8年 になって、大学あるいは学部、研究所 に図書館あるいは図書室 が整備 され、内外 の学術雑誌 をは じ
め専門書 もおかれるようになった。 しか し本 の数 も少 ないので、借 り出 しの出来 ないことが多 か った。
したが って図書館 で関覧す るか、特に必要な ものは写真機を持 ち込んで接写 した ものである。 この接写
装置 に、 ドイツのライカカメラ社 か ら、携帯用 の優 れた ものが 出ていたので、私 はカメラとセ ットで こ
れを求 め、今だにそれを持 っている。今ではカメラ共 々アンティー ク的価値 があるものと自負 している。
その後 ゼロ ックスをはじめ種 々の複写機 が 出 るようになって、図書館 は勿論、各研究室 に もそれ らが置
かれ 、あまり必要でない もの まで も複写 して溜める今 日此 の頃である。ま さに隔世 の感 がある。
情報化 が進む と共 に、学問分野 が細分化 されて専門学術誌 もどんどん増える一方 である。 この学術情
報 について、数年前国際的 に話 し合われた問題 が二つある。その一 つ は、単 にほ しいか らと言 って他国
の学術誌を自由 に購入出来 る今の システムを、各国 が学術誌 を出版 してそれを交換す るようにす べ きで
あるとい うこと、それに これだけ増 えて くると、図書館 における蔵書が大変な ことになるので 、マイク
ロフ ィッシュで貯蔵 しようとい うことにな り、今では世界的に著名な学術誌 はほとんどこの形 になりつ
つ ある。 しか し私個人 を顧 みると、昭和 30年前後までは欧米先進国 か ら出 されて いる専門書 を年 10数冊
は購入 して、敗戦後 のお くれをそれ らで補 っていた感 がある。今 で もそれ らの書物 の内容 が くっきりと
浮 ぶ思 いで、書斎 の書棚 を眺めることが しば しばある。学術雑誌 も日、英、米、独 の ものがず らりと並
んでいる。 これについて 、昭和33年より34年にかけてアメ リカ、 ヨー ロ ッパ を廻 った時、異様 な思 いを
したことがある。 アメ リカでは約 10ケ月間 1ケ 所 に滞在 し、ある教授 の部屋 の隣 に私 の居室 が与え られ
た。 その教授室 には言棚 もな く、家 に蔵書 して居 られるのかなあと、一種 の期待感 を もちなが らお宅を
訪問 して、居室を案内 して もらったが、 ここに も書棚 らしい もの もない。す なわち必要 な専門書 は図書
館 よ り短期借用 して居 られ、個人で購入 している毎月送 られて くる学術雑誌 は、通覧 してか ら必要 な部
分 だけを破 りとって、 ファイルに納 め られるのには驚 いた。最初 に述 べ たよ うな書物 の大切 さを学生時
代 に教 え られた私 にとって、 アメ リカは随分違 うなあと、日をパ チク リさせて思 ったことで ある。滞在
中度 々教授 の部屋 へ行 って、研究 についての討議 を したが、 その時参考文献、すなわち破 りとられた報
文 が、整理 されたファイルか ら容易に引 き出される。なるほど本 の ままで書棚 においていては、 こう簡
単 にはいかないなあと、アメ リカ人 の合理性を感心すると同時 に、さらに小 さい時か ら 「
勿体 ない」 の
言葉 が、頭 にこび りつ くぐらいの育 ち方 を している国民性 の違 いによるものと考えた ことで あ った。 と
-3-
ころが、 ヨー ロ ッパ各国 を訪問す ると、教授室あるいは教授宅 には整然 と蔵書 されて いる。む しろ日本
以上 に祖父 の代 か らの もの等、か な り古 い ものを蔵 してお られる方 々 もあり、ひと安心 したことであ っ
た。私 の恩師等、日本 の諸先生 は、若 い頃 ヨー ロ ッパ で学 ばれた方 が多 く、 これが日米 の違 いを もた ら
一
したとい うまずまず の正解 が得 られた。それ につけ思 うことは、 つの物事 を考えたり、研究 した りす
るのに、広 い視野 に立 って行 わねばな らないとい うことである。国際化社会 の意義、それに各国 の文化
は色んな社会環境、因子 により、長 い年月 を経てつ くられる ことを強 く感 じるものである。
これか らは書籍、学術雑誌 が益 々増 え、す べてを個人 で所有す ることは不可能である。 しか し直 ちに
アメ リカ式 にはゆかず、私 は今 の所、購入 して い る専門学術書並びに学術誌 をは じめ、それ らのアプス
ー
ー
トラク トを通覧 し、 自分 な りに情報整理、すなわち取捨選択 を して、 カ ドな リノ トに分類整理 し、
先 にはパ ソコン利用 も考 えて い るが、 いつで も必要 な もの は索引出来 るように して いる。 しか し家 の書
棚 も飽和状態 に達 してきて いることで もあり、特殊 な もの以外 は本校図書館 を もっと利用 せねばな らな
い。幸 い国立高専 の図書館 の規模、蔵書数 は大学 に準 じるもので あ って、かなり充実 されて い る。さら
ー
には図書館 の電算化 も行 い、蔵書、貸 し出 し業務 の機能化 と共 に、他 の図書館 とのネ ットワ クもつ く
られる ことを期待 して いる。学生諸君 も、 もっと図書館 を利用 して の 自主的 な勉学をはか って もらいた
い。企業 においては、進展す る科学技術 の情報収集 に、図書 による所 が大 きいことで もあ り、どのよ う
な問題 あるいはことが らに対 して、どのよ うに した ら容易 にその情報 が得 られ るかを、学生時代 に知 っ
ておかねばな らない。また必要 な図書 を学生諸君 か ら積極的 に要求す るぐらいになってほしいものであ
る。
昭和 60年度読書感想文 コンクールを終 えて
図書館委員会図書部会
田井 誠 司
国語科 糸
ー
毎年恒例 の、夏休 み課題図書 (4年 生以上 は自由選択)の 読書感想文 コンク ルは、今回 で10回めに
なります。図書館委員会 (8名 )と 国語科 (2名 )の 教官 とで慎重 に審査 した結果、次 に掲 げる 9名 の
諸君 の作品 を、優秀作 として選 出 しま した。氏名 をここに紹介 して、努力をたたえたいと思 います。
4
4
3
2
3
E
C
C
E
C
谷
小
中
佐
岩
3MB
l C
4 C
2MB
口甲二 (中原中也詩集)
川 洋 (ビルマの堅琴)
西三奈 (沈黙)
藤公美 (それか ら)
佐淳一 (それか ら)
-4-
柿
中
西
藤
田佳男 (ど くとるマ ンボ ウ青春記 )
西圭子 (裸の王様)
門孝子 (銀河鉄道 の夜)
原英樹 (裸の王様)
この ほか に 、校 内 コ ンク ―ルで佳作 として選 ばれた諸君 は、次 のとお りです。
lMA 西
垣 勝
l E 小
山良彦
2MA 小
2 C 飯
田原賢 二
田康博
3 E 大
石 明
4 E 藤
田勝 利
lMA
l E
2MB
3MA
森
横
上
木
3 E 藤
4 E 上
本泰正
井正俊
北弘樹
曽 智
野富美
回博 巳
lMB
l C
2 E
3MA
4MA
田
河
吉
畑
営
中泰宙
野博美
澤 力
尚 治
麻昭夫
lMB 田
2MA 木
中弘文
村高志
2 C 坂
本昌代
3MB Iヒ 嘉盛作
4 E 平
田好充
なお、角川文化振興財団主催 「
読書感想文全国 コンクール」 の 「奈良県 コンクー ル」(奈良新聞社共
催)の 高校部門 で、 2E佐 藤公美 さんが最優秀賞 を、一般部門 で 4C福 山稔章君 が優秀賞 を、それぞれ
受賞 しま した。 さらに、佐藤 さんの作品 は、全国 コンクールで も佳作 に入賞 しま した。その栄誉をたた
えたいと思 います。
学校 の図書室へ は、賞品 として 「スクール ライブラリー愛蔵版」が 2セ ット贈 られて到着 して います。
次 に、校内 コ ンクール上位入賞 4名 の作品 と、佐藤 さんの作品 とを掲載 します。
め'瑠 拶 篭
ギ野雑鮮 瑠箕
「中 原 中也 詩 集 」 を 読 ん で
4E谷
日 甲 二
「きらびやかでもないけれど
この一 本 の手綱 を はな さず
この陰暗 の地域 を過 ぎる !」
(「
寒 い夜 の 自我像」)
詩 との 出逢 い とい うもの は、運 命 的 な ものだ と
よ くい う。ふ と本屋 で見 つ けた一 冊 の詩集 、 その
中 の何編 か の詩 、 ど こか もの悲 しいオ ノマ トペや
心 に強 く響 く リフ レイ ン、 そん な ものが終 生 その
人 の心 の奥底 に投影 されて忘 れ去 られ る ことな く
魂 の基調音 とな って流 れ続 け る。 しか もそ の 出逢
いが 、あ る日、突然 にや って来 る。
や って来 た ものが 、優娩 な言葉 で綴 られ た もの
であ るとか、あ るいはど こまで も浪漫 的 な仮構 で
あ るとかすれば 、 それ はそのまま読 む人 の心 を潤
し、不思議 な安 らぎを さえ与 えて くれ る。 しか し
私 が初 めて手 に した詩 集 、中原 中也詩集 を読 む限
り、そん な優 しくばんや りと した詩 の イメ ー ジは
彼 の詩 の律動 的 に吐 き出 され る、不愉快 、不機嫌
-5-
をも含 め彼 の全生活 の心情 の集約 された言葉 に圧
倒 されて しまう。瓢然 と自己を眺 めお道化 るよう
な、 しか も希望 の失 せた静 か な呟 きのよ うな、汚
れた詩、泌 み込 んだア ンニ ュイの雰囲気― 。けれ
どもそれで も私 の心を魅了 してや まない。美 しい
物 を感 じるのとはまるで違 う共感、そんな ものが
どくどくと私 の心 に流れ込 んで くる。
彼 の心 に一生涯 まとわ りつ き、一生をかけて彼
が見つめて きた ものは彼 の我執 だけだ った。人 は
人 と融合することで 自身 の我執 か ら解 き放 たれ る。
自分 の心 に相手 を浮 ばせ、相手 の心 に自分 を浮 ば
せることがで きる。 しか し彼 は終生他人 との融合
を試みなか った。他人 の中に溶 け込んで 自身 の正
体 を失 くして しまうよりも、周囲 との断絶 の中 に
あ って強 く奮 い立 つ 自分 の姿を理想 とした。自分
が真 に自分 自身 であるため、唯一 無二の存在 であ
るため、そのすべ きことは真 の 自分 の詩を作 るこ
とであった。詩集 の後記 に彼 自身 こ う言 ってい る
「ただ私 は、私 の個性 が詩 に最 も適す ることを、
確実 に確 かめた日か ら詩を本職 としたのであった
ことだけを、 ともか くも云 って お きた い。
」 と。
ここに言 う確実に確か めた 日とは彼 は十五歳 の頃
である。 そ してそれ以前、彼 の最初 の詩作 か ら始
まる詩生活 の起点 は彼 が八歳 の時 であったと自 ら
述べている。恐 るべ き自負である。 その事 の事実
はどうあれ、 こうも自分 の足跡 を確定 したがる中
也の姿 には一種異様 なものが感 じられる。
「
人 には自時 があればよい !/そ の余 はすべて
なるままだ…/自 時 だ、自時 だ、自侍 だ、自時 だ
」 この
/た だそれだけが人 の行 ひを罪 としな い。
強 い語調 か ら彫 り出される彼 の堅 い信条、あ くま
で 自分 を しか頼みに しな い性情、 そ こか らは必
然、他人 との対決、 あるいは衝突 が生 じて くる。
身である。 どこにもや り場 のないやるせない感情。
早熟 な詩人 とは、実 はあまりに早 く自身を限定 し
すぎた悲劇を も意味 して いた。
寒 い夜 の 自我像」)の 一 節 の
冒頭 に掲 げた、(「
一 本 の手綱」 には、一散 に我執 だけを追 い
中の 「
かけた中也 の姿 と、いま一 つ 、 もうひど く弱 って
他 に縫 るもののないままに しがみついた中也 との、
この二 人 の中也 が、 この手綱、つ まり詩作 という
確 かな ものにぶ らさが っている。前向 きに生 きる
にせよ、後をふ り返 り後悔 しなが ら生 きるにせよ、
彼 にとってよりかか られるものは詩 で しかなか っ
「
貴様達 は善 い もの も美 しいもの も求 めてはを ら
ぬのだ !/貴 様達 は自分 の 目的 を知 ってはを らぬ
のだ !」。 ここで は明 らかに詩作 を天職 として与
え られたと確信す る中也 が、高 みに立 って、 ただ
た。そんな率直 な心情 が この詩 に溶れるように表
わされて いるよ うに思 う。詩 は続 けて物語 る。冬
な胸 の中 に
の寒空 の下をそぞろに歩 く中也 の71R独
今、ほのかな心 の灯火 が揺 れる。 その火 はかつて
平凡 に生 き、義理だ の人情 だのにひきず られて い
る人群 をあざけりのの しっている。虚勢 とも偲倣
ともとれる。 しか し自分をその位置 にお くことが
彼 の揺 ぎない信念 だ った。そこに彼 の詩業 が生 ま
の我執 の炎 とは違 って、遠 くで聞 こえる心傷 つい
た人 々の呟 きが彼 の心 に灯 らせて い る。他人 の悲
しみに共 鳴 し、見知 らぬ女 たちの哀 しい歌声 も、
れ、不幸 が生 まれ た。彼 が世界 を眺める姿勢、そ
こには、「強 い独創的 な 自分」、「弱 い雷同的 な他
人」、 という簡明 な哲理が潜んで いる。他人 との
間 にはすでに埋めつ くし難 い深 い溝 がある。 とす
れば頼 れるのは自分 しか いない。 その 自分 が取 り
縫 れるただ一 本 の手綱 は自身 の詩 で しかない。 こ
ちらか ら求 める孤独、 その孤高 な思索 の中で研 ぎ
澄まされる詩。またそのやるせない淋 しさか ら生
まれる詩。「汚 れ つ ちま った悲 しみに/今 日も小
雪 の降 りかかる/汚 れつ ちま った悲 しみに/今 日
も風 さへ吹 きす ぎる」。 こんな平明 に書 かれた詩
の中に、彼 の人生 の癒や しがたい哀傷 が感 じられ
る。
自分 が この世 に存在す る理由、それを彼 は詩 に
めた
。終生詩作 の他 に何 の仕事 ももたなか った
求
彼 の心 には、詩人 こそ私 の天職 だと考 える敬虔 な
気持 ちがあ ったか らだろう。彼 にとって詩人 とし
て生 きる ことは、 もう他 に選択肢 のない一本 の道
だった。その道を彼 は一散 に歩 いて きた。歩 いて
きた道程 の中 に、胸 をはり潤歩 しなが ら回ずさん
だ詩 が残 り、また ともす ると気弱 になりがちな心
が、後を振 り返 る時 に呟 く詩 が残 った。 この二つ
の詩 の混在が彼 の詩集 の基調を成 しているように
思 う。迷 うことな く詩人 として歩んで来 たはずだっ
た。それだか らこそ今 の 自分 がある。 そう堅 く信
じた中也 も心 の奥底 では、孤独 な 自分 の不幸 を感
じている。 その不幸 を招 いたのは他 な らぬ 自分 自
-6-
彼 には自分 に科 せ られた罰 と感 じとっている。 そ
んな偽善 めいた感情 が、今 の怠惰 な 自分 自身 を諌
めている。数少ない自己反省 の詩 の一 つで ある。
死に至 るまで 自分 と他人 との間 に横 たわ る溝 に執
着 した中也 も、心 の深奥 で他人 との譜調 に深 ヽY憧
れを感 じていた のだ ろ うか。 そ う考 え るとこの
「
寒 い夜 の 自我像」 は、や りきれない詩人 が 自分
自身 にたむけた鎮魂 の詩 なのか もしれない。
「どくとるマンボウ青春記」 を読 んで
3MB柿
田
佳
男
滅そ
F書
●
経腰後艦築 裏
品場
春 とは人生 の春 の時期 であるように、自己自身 の
人生を歩む上 での準備 や活動 を開始す る、 いわば
第二の誕生 の時期 だ と思 う③彼 は、学生生活 に人
生 の全精力を使 い果 た したと述 べているように、
熱 く燃焼 しなが ら生 きて いたことがわか る。
作者 の旧制高校時代 は、戦争がまだ続 いていた
が、彼 らは、それを長 い休暇 とみな して一 歩距離
をおいて見て いた。戦争 という異常 な状態 におい
て、彼 らは学徒動員 の勤労 を少 しで も怠 けようと
している。戦争 の緊迫 した当時 としては考え られ
ないことを大胆 に行 っていた。 これは、彼 らが世
に同調 しないで、 自己 の理想を純粋 に生 きて いた
証拠 だと思 う。彼 らの生 き方に関 して言える こと
は、彼 らは何物にも流 されな い情熱 を貫 いたとい
うことだ。
彼 は、なぜ このよ うに情熱を傾 けて青春を燃焼
させたのか。その一 つ として寮 での エネルギーに
れた生活がある。彼 らは、自治によ って
満 ちあおゝ
寮 を管理 していた。当時 は食糧事情 が非常 に悪 く、
自分 たちで買 い出 しに行 き、それぞれが 自炊 して
いた。彼 らの生活 は、蛙を食 べ るほどの苦 しいも
のだったが、相互 の信頼感 によって しっか り結び
ついていた。彼 らは食物だけを求 めていたのでは
ない。心 の糧 も同様 に激 しく求 めていた。彼 らの
心 の底 には、青春 の悩 み、孤独、疑惑などが常に
つ きまとっていた。 このよ うな心境を、彼 は歌に
して いた。 こうした若者 としての悩 みは、彼 と私
との間 にある四十年 という長 い時代 の隔 た りを全
く感 じさせない。
彼 の文学 に対す る最初 の衝撃 は、父 ・茂吉 の短
歌 か ら受 けた。彼 は度 々、茂吉 の歌を こっそ り筆
写 し、 ことさ ら感傷的な作を好 んでいた。 このよ
うに、父が彼 に与 えた文学的影響 は計 り知れない。
また彼は、茂吉が彫像 のよ うに動 きもせず苦吟 し、
全身をふ りしばるように考え こんでいる姿を見 た
とき、深 い感銘を受 けた。彼 は、高校時代物理 な
どの答案 に短歌や詩を書 くなどの若者 らしい茶目っ
気があった し、友人 と同 じような自由奔放な生活
を したが、 しか し自分 の内面 を充実す ること、孤
独 に言葉 を綴 ることを忘れず 、徐 々に文学的才能
を蓄積 して いた。大学 は、父 の強 い勧 めで医学部
に入学 したのに もかかわ らず、物書 きになろうと
に対 して抱 いていた愛情 に気 づ き、彼 自身 も父 に
対 して強 い愛 と尊敬 を持 って いたことを改 めて反
第 したのだ。
このよ うに父子 の強 い心 の絆 があったか らこそ
は
彼 作家 にな りえたと思 う。
彼 が、 このように人間味あふれ、 しか も自己の
道を真剣 に探 る青春 を送 ることがで きたのは、人
間性豊 かな旧制高校生活、寮生活 での友情 と自由、
そして父 の愛 か ら出た厳 しい束縛 を受 けたためだ
と思 う。自由奔放 と束縛、 この相反す る二 つの も
のに磨 かれ鍛え られ ることによ って、彼 は青春 の
日々、自分 の人間性を一層幅広 くはぐくんで行 っ
たのだと思 う。
「ビルマの竪琴」を読 んで
4
C
′
Jヽ)││
洋
隊 を捨 て、友人を捨 て、祖国を捨 てた青年兵水
島が、遠 い異郷 の地 ビルマで僧 としての生活 を始
めた。戦友 のい る街 に来 て も、私情を抑え、身分
を隠 しなが ら、 ビルマ中をひたす らに戦没者を葬
るために、来 る日も来 る日も歩 き続 けた。
この ビルマ という国 は僧 になれば生活 に困 るこ
とがないので僧 になった日本兵 が多 くいるとい う
が、そのほとんどが捕虜 にな り働 くのがいやで脱
走 し、そ して生計をたてるために仕方な くな った
のである。 しか し水島 の場合 は違 う。彼 は終戦 を
知 らず に戦 う同胞 の無駄死にを防 ぐとい う任務を
力 いしていた。彼 は、作家 になるために大学 では
あまり勉強 しなか ったよ うだが、人生 の 目標を常
に忘れることな く、人生 の本質 を見 る努力 は真剣
であった。 このように、筋を通 して生 きて いたこ
実行 した帰路 で、至 る所 に無惨 に散 らば っている
多 くの戦没者 を見 て、痛切 な悲 しみに動 かされて
とに感心する。私 たち現在 の若者 にも大切 なこと
だろうと思 う。
こうして成長 しつつ ある彼に、父茂吉が手紙を
書 いた。それは 「
宗吉 は詩を書 いているそ うだが、
一度父 にも見せて下 さい」 と気弱 な丁寧 な文句だっ
てまで僧 になったのである。
彼 の決心 は非常 に堅か った。隊長 の必死 の試み
にもかかわ らず、彼 は心を変 えなか った。 うわベ
だけでな く心 の底 か ら決心 して、 この地 に骨 を埋
た。彼 は、かつての怖 い父 の言葉 に比 べて茂吉 も
老 いた、 もう長 くはな いと心 に言 い きかせた。茂
吉 は文学 と生 活 を両立 させ る苦労を知 っていたの
で、子 に文学をや らす ことに猛反対 してきた。 し
か し茂吉 も、自分 の若 いころの歌 を 「いのちのあ
らわれ」 として作 った衝動 のよ うなものを息子に
見 たに違いない。彼 もそれを感 じ取 ったのであろ
う。だか ら、父が亡 くな ったとき彼 は、父が 自分
-7-
彼 らを家族 の代わ りに弔お うとした。隊 に戻 って
皆 と一緒 に帰国す るとい う自分個人 の幸 せを捨 て
める覚悟 であった。だか らもし、父母達 の生存が
確認 されたとして も、また 「
帰れ」 との催促 の手
紙を貰 ったとしても、彼 は決 して日本 に戻 らなか っ
ただろう。彼 が身 を もって戦 った戦争 は彼 をこの
ように変 えたのである。そ して彼 はほとんどす べ
ての宗教、 いな全人類 の願望 に共通す る隣人愛 と
い うものの本質を悟 ったので ある。
ある人が 「
私 は隣人愛 を持 っています」 とい くら
言 って も、所詮 それは 「自分あ っての隣人愛」 と
い う立場 に立 っている。 したが って 「隣人愛 あ っ
ての 自分」 という立場 に立 っていないのがほとん
どである。 しか し、水島 の場合 は隣人愛 のために
自分 を犠牲 に したので 「隣人愛 あ っての 自分」 と
い う立場 に立 って行動 して いるといえる。三角山
へ犠牲者 を少 しで も減 らすために ビルマに日本兵
を説得 に行 ったの も、戦没者を弔 うために ビルマ
中を駆 け巡 ったの も、まさに 「隣人愛 あ っての 自
分」 とい う精神 があったか らこそ出来 た行為 であ
金 して もたい した額にはならない廃物利用 の竪琴、
それで も彼 の生活 に欠かす ことの出来 ないもので
あ った。通信 に利用 して隊 を先導 した り、宴会 で
人を楽 しませたりした。
多額 の金をかけて も無駄 な もの もあれば、 ほと
んど金を使わ ないが非常 に役立 つ もの もある。 こ
の食 い違 い③我 々は物事 を見直す と共に、世 界平
和 について新 たな認識 を持 つ必要 があると思 った。
「裸 の 王 様 」 を 読 ん で
る。
また、彼 は自分 を狙 ったイギ リス兵 の葬式 にも
参列 して いる。つ まり彼 にとって、弔 う人 々が 日
本人 であろうが、イギ リス人であろうが関係 な く、
すべての戦没者 に平等 に祈 りを捧げて いるので あ
る。とい うことは、彼 にとって の戦争 が上 か らの
命令 だけであ って、相手 に憎 しみを持 った もので
はないとい うことが言 える。
このことは水島だけではな く隊全体 に、またイ
ギ リス兵、 イ ン ド兵 そ して グルカ兵 にも言 えるだ
ろう。だか ら隊 が戦闘寸前 に追 い込 まれた時にも
歌 によってお互 いの心 が鎮まり、戦闘が起 こらず、
遂 には敵味方 が混 じり合 って同 じ火を囲 み、合唱
が始 ま ったので ある。
異国 の人 が、それ も少 し前 まで敵 と信 じ込 んで
いた兵士達 が互 いに言葉 を交わ し、歌を歌 い始 め
た。つ まり彼 らも多少 な りとも隣人愛 を持 ってい
たのであるが、それが戦争 という狂暴 なものによっ
て消 されて しまったので ある。そ して憎 しみを持
たない相手 を殺す ために駆 り出され、捨 て駒 のよ
うに使われ、散 ってい くので ある。
このよ うな愚 かなことが、歴史上最 も安定 して
いる現在にも存在 して いるので ある。軍備を競 い
核兵器 を保有す る。そんな国が至る所 に存在す る。
一触即発の危険をはらんだ世界、どこか歯車 が狂 っ
て しまえば終 わ りであるのに、それぞれの国 は構
わず軍備を増強 している。
そのために今、世界 はどうな っているのだ ろう
か。平和 を維持す るとい う名 目で軍備 を雪だるま
式 に増強 させているが、 これは平和 を維持 す ると
い うよりも、む しろ国家間 の緊張 を高 め、世界 を
崖縁に追 いや ってい るようなもので ある。 もちろ
ん、軍備が役 に立 つ面 もあるだろう。 しか し今 は、
それ以上 に無駄 が多過 ぎる。地球を何千回 も焼 き
尽 くす程 の核兵器 は必要 ないはず である。
それに比 べて水島 はま った く無駄 なものを持 た
ず、持 っていたのはただ一 つの竪琴 であった。換
-8-
l C中
西 圭 子
「ぼ く」 は、太郎君 のよろいに覆われたような
心を初 めの うちどうす ることもできませんで した。
それを堤防 の一角 に穴が開 いたことを きっか けと
して、それか ら手 さぐりで太郎君 の本当 の心 に触
●
れていきま した。その時 の太郎君 の気持 ちはどう
だったのだろ う。「ぼ く」 の心 と触 れ合 ってい く
うちに、今まで感 じた ことのない何 かを太郎君 は
感 じ取 ったのではないだろうか。
この何 か とは、きっと人 の優 しさにちが いない
と思 う。それ ともう一 つ は、「tごく」 のや って い
る画塾 のア トリエの中で太郎君 は初 めて 自分 の存
在感 を知 った ことだ と思 う。「ぼ く」 に とって も
これまで画塾 で接 して きた他 の生徒たちとの間 に
は、生 じたことのない心 のつなが りを見 つ けたの
ではないだろうか。太郎君 は初 めの うちは、や っ
かいな生徒 だ ったにちがいない。けれども、ダメ
な子 ほどかわ いいとい う親 のよ うな気持 ちを 「ぼ
く」 は感 じたのではないだ ろうか。
太郎君 が 「ぼ く」を慕 う心 と 「ぼ く」が太郎君
をかわ いい、 いとしいと思 う心 が微妙 なバ ラ ンス
で絡 み合い、最後には太郎君 が 自分 でよろいを脱
ぎ捨てるまでに至 ったのだ ろう。
裸 の王様」 というのは、太郎君 が心 の
書名 の 「
よろいを脱 ぎ捨 てたことによ って無防備 の裸 にな
り、本来 の子 どもにな ったとい う意味 も含まれて
いるのだ ろう。 もうそんなよろいなんか着 な くて
君 の心 の
も立派 にや っていけるよ うにな った太良円
成長 を示 しているのだ と思 う。
私 は、 この作品 で 自分 を脱皮 して思 ったままの
「
裸 の王様」 の絵をかいた太郎君 と、 コンクール
でいい成績 を もらお うと見せかけの絵 をか いた多
くの子 どもたちが対照的に描かれて いると思 った。
親や教師 たちに気 に入 られようとして、自分 の心
●
を偽 り、大人の世界 のどろどろした醜 い ものにす っ
か り染 ま っている子 どもたちがかわ いそ うに思え
ます。そんな子 どもたちの描 いた絵 の表面 だけの
美 しさに高 い評価 を与 えた審査員たちもあわれだ
と思 う。 もし私 が絵 をかかされる立場 だ った らど
うだったろう。きっと大人 の気 に入 るような絵、
つ まり自分 の心を偽 った絵 をか いただ ろう。私 が
審査す る立場にな って も同 じように偽 りの審査 を
しただろう。絵をか くということだけでな く、読
書感想文 を書 くということについて も、素直 に自
分 の思 ったこと、感 じたことを書 くのでな く、提
出す るために、人 に好 かれるようなことを書 いて
これ まで提出 して きた。私 もこの作品 の大人 に気
に入 られるように絵 を描 いた子 どもたちの一 人 な
のだとい うことが分 か りま した。人には知 らず知
らずの うちに他人 に自分 をよ く見せようとす る心
があることも今 さらなが ら思 い知 らされたような
気持 ちである。
この作品を読 んで 「ぼ く」 との心 の触 れ合 いに
より自分 の心 のよろいを脱 いだ太郎君、その汚 れ
ていない澄 んだ心 と、子 どもたちの 自分 を偽 る心
とを対照 させることによ って、子 どもたちの醜 さ
が強調 されているよ うな気が したが、そのよ うに、
まだ小 さな子 どもたちを醜 くゆがめた今 の社会 に
角川 文 化 財 団主 催 「読 書 感 想 文
コ ンク ー ルJ入 賞 作 品
公
をきっか けに仲 が うま く行 かな くなって三年 ぶ り
に代助 の前 に舞戻 って来 ま した。三千代 の不幸 せ
を知 って代助 は、三千代 へ の愛 を急速 に深 めて行
きます。親友 の妻 である女性 を好 きになるなどと
い うことは、それまでの代助 には考え られなか っ
たことです。 しか し、今 の代助 は、過去の自分を
偽善的であったと反省 し、自己 の 自然 に、素直 に
従 って生 きようと考え始 めるのです 。
彼 は、三千代 との愛 を買 くために、父 か ら押 し
つけられた結婚話をきっぱりと断 って しまいます。
生活費を打 ち切 られるの も覚悟 の上 の ことです。
自分 の運命を、自分 の力 で初 めて変 えようとした
のです。家族や社会か ら見放 されて も、今 こそ真
実 の道を歩 み出 したのだとい う自負 の念 が、彼 を
満足 させます。代助 は、自分 の生を自然 の ままに
愛す るとい うことに激 しく感動 し、それを正 しい
こととして見 つめ出 したのです。
これまでの彼 は、家族 や社会 の人間関係 のすべ
てにおいて従順 に生 き、それが一 番良 い方法 だと
たのです 。
その彼 が一変 します。女 の強 さが、彼に 「
職業
って
せたので
しょう。
を探 しに行
くる」とまで言わ
三千代 の断国 とした決意 や勇気 には、驚 かされ感
「それか ら」を読 んで
藤
めに譲 ってや り、自分 が犠牲 になったことを誇 り
に思 う、輝か しい過去 があったのです。 しか し、
その平岡 ・三千代夫婦 は、子供 の死や平岡 の放蕩
信 じて いま した。生活 のために働 くことは、自己
の理想や信念 に もとる ことで あり、彼 はただ、美
的 に生活 を楽 しみ観念 の世界 に遊 んでいればよか っ
ついて も考えな くてはいけないと思 った。
2M佐
たの は、三千代 の出現 で した。代助 には、かつて
=千 代 に好意 を抱 いてお りなが ら、親友平岡 のた
美
愛 し愛 されることは、幸せですば らしいことだ
と普通 は思 いがちです。 しか し、愛が深ければ深
いだ け、悩み も苦 しみ も深 く大 きくな らぎるを得
ません。 この小説 を読んで私 は、人間 として真実
の愛 を貫 きとおす ことがいかに辛 く、厳 しくしか
しすばらしいことであるかを考えさせ られました。
主人公 の代助 は、学校 を優秀 な成績 で卒業 し、
=十 に もなるとい うのに、親 か ら生活費を貢 いで
もらって、の うの うと遊 び暮 らして います。「
食
い
めの
に
とか
は、誠実には
「
自
うた
職業
出来 く 」
分 の技芸 のために働 くことこそが真 の労働である」
などという独特 の職業観 を抱 いているか らです。
そうした彼 の考え方 が変化す るきっか けにな っ
-9-
心 させ られます。愛す ることは、こんなにも強 く
雄 々 しい ものなので しょうか。二人 は、互 いの存
在 に支 え られて、は っきりと自己を表明 し、勇気
をもって強 く生 きようと精神を燃え立たせます 。
それに対 して、周囲 の人 たちはあまりにも冷た
す ぎます。平岡 に して も、ただ自分 の名誉 を気遣
うだけです。三千代を心か ら愛 しての結婚生活 で
あ ったのかど うか疑わ しいほどです。代助 の父や
兄 に して も、たとえ代助 の行為 が反道徳的 なもの
であったにせよ、彼 の人間的 な成長 を喜 んで援助
を してやるだけの雅量 があってほ しか ったと私 は
思 います。
=千 代 の病気 が悪化 したことは、代助 の気持 ち
をさらに追 いつめて行 きます。 しか し、それで も
彼は、三千代 と生死をともにしようと決心 します。
赤 い物体 が彼 の頭 の中 に次 々と飛 びこんで きて、
ぐるぐると回転 し始 めます。彼 の精神 は、それま
での静穏 な状態 か ら、激動 の状態 へ と移動 し始 め
ました。それは、彼 の新 しい出発 を も意味 して い
るので しょう。敏感な精神 の持 ち主 には、赤 は激
しす ぎて不安感を抱 かせる色だと感 じて いた二人
公だか らです。
代助 と二千代 の愛 は、周囲 の人 々を不幸 に した
か も知れません。二人 の苦悩 も深 いのです。 しか
社会 を安定 させ維持 させ ることだけを目的 に した
偽善的 な愛 こそ、名誉欲 や 出世欲 がか らんで くる
だけに、かえ って ゆがんだ人間関係を作 り出 し不
幸をもた らす のではないで しょうか。真実を全 う
するまで の二人公 の心 の中 の葛藤 は、まさに この
しそれだか らこそ、 この小説 は、真実 の愛 とは何
かが深 く追求 されて いるのだ と思 います。世間や
矛盾 を乗 り越える ことにあったのだと思 います。
これか ら先、三千代 は病死す るのではないか、
代助 は零落す るのではないかと考えると哀 しくな っ
てきます 。 しか し、二人 の美 しい愛 は、私 に強 い
印象を残 して、 いつ まで も忘れ られな い作品 とな
りました。
図書館委員会 この一年 の活動
学生諸君 は担任 の先生や教科担当 の先生方 とは日頃 な じみ深 い ものの、図書館委員会 の先生方 のこと
はあまり知 らないと思 います。 この機会 に何 をす る委員会 なのか、 これか ら何 を しようとして いるのか
を中心 に、 この一年間 の活動状況 を報告 させて頂 きます。
≪図書館委員会>
各教科選出の委員 8名 と庶務課長 によって構成 されて います。60年度 は田中冨士男先生が委員長 で し
た。 もちろん、図書係長 の山 口さん も幹事役 として参力Bされています。 そ して、
5 読 書指導 に関す ること
1 図 書館 の業務計画 に関す ること
6 研 究紀要 の刊行 に関す ること
2 図 書館 の保守整備 に関す ること
7 そ の他委員会 が必要 と認 めた事項
の
3.図 書 選定 に関す ること
4.視 聴覚教育関係施設、設備 に関す ること
を審議 し、実行 して い くことが委員会 の任務 です。 このため、図書部会、視聴覚部会、研究紀要部会 が
設 けられ、委員 はどれかの部会 に所属 して活躍 して います。重要な問題 は毎月 1回 開 かれる定 例委員会
で審議 され、決定事項 は教官会議 に必ず報告 されます。
ー
本年度 もいろんなことに取組 んで きま した。学生諸君に もっとサ ビスがで きるよ うにと考えて、図
書室 にパ ソコンを購入 し、図書 の管理、貸出 し、検索 などの作業 を合理化す ることを始めま した。例年
のごと く、国語科 の先生 と協力 して、読書感想文 ヨンクールを開 きま した し、秋 の読書週間 には 「ハ レー
ー
彗星」 というテーマで、本 の収集展示 などを行 いま した。「コンク ル」 の方 は学生諸君 の努力 のおか
げで、優秀な作品 が沢山あつ まりま した。最優秀 の谷 口甲二君 をは じめ入選者 は 1月 の始業式 で表彰 さ
れましたが、惜 しくも選にもれた諸君 の中には来年 を期 して い る人 も多 いのではないか と思 っています。
教養不足 な (?)専 門家 の先生か らも、 こうした催 しは有難 いとい う声 をよ く聞 きます。読書を通 じて
自分 を高 めてい く努力 や豊かな表現力を養 うことは、 5年 生 の就職試験 に最 も役立 つ ことです し、(ち
-10-一
なみに最近 の入社試験 では面接 と作文 の比重が大 きいそ うです)、何 よりも読書 を通 して 「自己の確立」
を図 ることが大切です。ただ し、最近 は応募数 がやや低落気味 なので、来年 は全員参加 を是非実現 して
欲 しいと願 っています。
こうした背景 もあ って、「
読書週間」 のテーマ は従来 とは違 った観点 か ら設定 してみま した。 いかが
で したで しょうか。最近 の トピックスをもとに、 1人 で も多 くの人 に読書 に興味 をもって もらお うとい
う趣 旨 はよか ったよ うですが、準備不足 もあ って大成功 とまではい きませんで した。乞 うご期待、来年
に!
読 みた い本 が少 な い」etc の 不満
さて、蔵書数 はともか く 「
図書室 が狭 い」「もっと利用 しやす く」「
は沢山あ るだろうと思 います。根本的 な解決 までにはいろいろ問題 もあるで しょうし、時間 もかか りそ
うですが、来年度以降 の大 きな取組み として次 の 2つ があげ られます。
(1)図 書室 の改修整備
毎年 2,500∼3,000冊の書籍 が増加 して いる中で、昭和 50年に建 て られた本校 の図書館 は手狭 まにな っ
て きま した。 とくに関覧席 は今で も不足気味 で、新学科 が増設 される来年度以降 はますます不 自白にな
りそ うです。そ こで 、現在 の図書室 (440ぱ)を せめて700ポ以上 に拡 げた いと考え ています。
また、フィルム ライブラリーの充実や種 々のサー ビス向上 などの具体案 も今後検討 して い く必要 があ
ります。
(2)図 書室 の積極利用
七りを多 くの先生 か ら頂 いていま
「
最近 の学生 は本 を読 まない」、「図書室 の利用 が少 ない」 などのお「
ー
す。貸出 し冊数 などの統計 をとってみ ます と、決 して全国高専 の平均値 に負けてはいませんが、 レポ
ト、宿題 などで専門書 を利用す る以外 は、やや もす ると軽 い本、楽 しい本 …… に読書傾向がかたむいて
ぃるょ ぅです。 いずれ にせよ図書室 をもっと利用 しやす くて、読書 の質 と量 を高 めてい く努力 が大切 だ
と思われます。そのため、今後 は学生会 の図書委員会 (君 のクラスの委員 は誰 だった ?)と 力を合わせ
て、 いろいろ工夫 していきたいと考えています。昨年 は 1年 生委員 にはカウ ンター業務 などを手伝 って
もらいましたが、単なる手伝 いだけでなくて、学生諸君 のアイデ ィアと実行力 を大 いに期待 して います。
なお本校 では 「
学生必読図書 100選」 を定めてあります。 この うち何冊読 んだか友達 どうしで是非競 い
い
って
あ
新 100選」 も検討中です。
下 さ 。委員会 では目下 「
<図 書部会>
図書室関係 の予算 をたてたり、購入図書 の選定 などを行 いま した。読書指導 に も力を入れ たいと思 っ
て 、委員 が毎 日昼休みには交替で図書室 に詰 めることを約束 しま した。さて、実行 の方 はどうだ ったで
しょうか。「あまり先生方 の顔 は見なか った」、「目障 りだ った」「もっと話 しかけて欲 しい」、「あま り
話 しかけるナ」等 々の声を聞かせて下 さい 1
9月 には新 しい試み として、「
赤西蛎太一 見 る、読む― 」を実施 しま した。国語科 の細井先生 のお力
今まで高事 には教育 と
添 え もあ って、参加 して下 さった方か らは好評を博 しま した。ある先生か らは 「
い
という
大層な励 ま しを頂 きま
研究 はあって も文化活動 が皆無 であった。新 しい芽 を是非育 てて欲 し 」
した。そ こまで うぬぼれてはいませんが、来年度 もいろいろ計画 して い きた い と思 っています。
<視 聴覚部会>
ー
今までは視聴覚教育関係 の器材 の購入整備 に力を入 れて きま した。今後はフィルム ライブラリ の充
実、独自のテープ、 フィルムの製作 などにも取組 む予定 であ り、種 々の観点 か らの計画案 を検討中です。
<研 究紀要部会>
図書室 の入 り回近 くに沢山 の大学 の研究報告書 が並 べ られているのはご存 じで しょう。本校 の先生方
の研究成果 も専門 の学術雑誌 に掲載 される以外に、「
奈良高専研究紀要」 にまとめ られ、全国 の大学、
の
い
し難 しい内容 か も知れませんが 、多忙 な先生方 が
さんには少
高専、研究所 に送 られて ます。学生 皆
研究活動をおろそかにすることなく、立派な研究論文を産 み出 してお られることを誇 りに思 って下 さい。
本年 3月 に発行 される第21号には、21名の先生方 の論文 がのっています。
なお、奈良高専 の PRに もっと役立 たせ るために、今年 か らは県下 の図書館 などに も贈呈す る予定 で
一-11 -一
す。 もし君 が住 んでいる街 の図書館 で見かけなければ このことを教 えて下 さい。す ぐに送 る手筈をとら
本校 の研究紹介」 とい うパ ンフレット
せて頂 きます。また、先生方 の研究内容 をわか り易 く解読 した 「
をすでに作成 して います。興味 のある方 は、図書室 カウ ンターで もらって下 さい。
最後 に委員 の先生方 を紹介 してお きます :田 中 (物理)、溝端 (英語 )、関 口 (機械 )、宮本 (応物 )、
宮 田 (電気)、京兼 (電気)、河越 (化工 )、大植 (化工 )。
一
図書係 の山口さん、福井 さん、桑原 さんの熱心 なご協力 には委員 同深 く感謝 して います。
この報告文 は委員会全体 の まとめではな くて、図書館 だより第20号の原稿〆切 に追われて、委員 の一
人 が走 り書 きした ものです。資料を見ず に書 いたので間違 ってい る部分 もあると思 いますが、学生諸君
図書館委員 機 械工学科 関 口秀夫
と図書館 を結びつ ける一助 になれば幸 です。
20号
〔
に 寄 せ て〕
創 造 の泉 を備 え るた め に
国語科 /Jヽ谷
稔
奈良高専 には文化 がない、 とある教官 が言 ったことが あ った。 もう10年 くらい前 のことであ ったがな
ぜか忘 れ られな い。文化 とは何 か とい うことになればことはめんどうである。縄文文化 などというよう
に、まだ単純 なもの もあれば現代文化 のよ うに複雑な もの もある。 ここでは狭義 に解釈 して高専 という
一 つの集団 としての文化活動 がないと言 えようか。 もっとひ らた く言 えば、学校 の中で相互 に人間性 を
豊 かに して い く活動 がないとい うことになろうか。動物 が文化 を持 たないよ うに私 たち人間 もパ ンのた
めだ けの仕事や勉強 では 「
文化的生活」 というわけにはいかない。 この教官 の言葉 の真意 はとらえがた
いが大体 こんな意味 ではなかろうか。そ う解 して私 もこの言葉 に同感す るのである。
縄文期 の人 々が実用 のための上器 に非実用 の縄 目を印 したように人間は実用だけで満足す るものでは
ない。 この心 はいわば無駄 なものに価値を認 めている。現代 の若者 がTシ ャツを小 さなヮ ンポイ ン トに
よって選択す る心 と同 じである。そのワ ンポイ ン トに大部分 の金を支払 うので ある。 このよ うに人間 は、
実用 だけでは満足 で きない もので あるか ら学校生活 にお いて も義務 としての勉学 の うえに、何か の うる
文化」であると言 ってよい。
お いが必要であろう。 その うるお いが 「
い
の
か
の
に
らかな
し
り無理を して立派な公民館や体育館 などの施設 が造 られて
も
財源 中
苦
諸君 市町村
いるで あろう。 これは現在 の豊 かな社会 にあ って地域 の人 々が 、それまでの物的 な ものの欲求 が一応満
を
多
字
増
下
そ
盤
ふ
岩
見
を
撞
争
歴
豊
窒
要●
香
岳
を
魯
畠
合
釜
R沓
筈
橘
?雪
翫
石
唱
を
岳
忍
号
伝
揚
種
魯
F密
夢
景
亀
学講座、また書画や写真、手芸展 ほかさまざまの文化的行事 がある。本校 の施設 で言 えば、読み、調 べ
るための図書室 と新 しい凌雲館がゆとりく うるお いのための文化的施設 ということになる。市町村 の公
民館 が女性 を主力 とす る中高年 の人 たちによ ってに ぎわ っている様 は目を見張 るものが ある。 それに比
べて確かに 「
奈良高専 には文化がない」 と言 うのは当たっている。学校 というところはプ ログラムがが っ
ちりして い るので、ゆ とりの生み出す文化 が育 たな いとい う面がある。 しか しそれは差 し引 いて も現状
課程 の時間数 を減 じたものなので ある。
は寂 しい。現在 のカ リキュラムはゆとりを生むために1日
黄金 の60年」 と呼ばれるように日本 は経済成長 が 目覚 ま し
奈良高専創立 の1964年、つ まり60年代 は 「
い
つつ
に
かな生
を目
し
働 き 働 た。 このころは学校 も活気 があって勉強 もよくしたが学校 へ の
く、豊
活
指
ー
一
不満 も多か った。 その 方 で学生会 が映画会 をやれば多 くの学生が集 まり、教官を囲む ゼ ミナ ル会 が
何回 も開かれた。個人的 にも印象的 な学生 がいた。彼 は間 を置 いて 2回 留年 したが卒業 の時 には首席 で
あ った。朝早 く登校 して 1人 で教室 の掃除 を しく学生服で通 した。また別 のある学生 は私 が家庭教師 の
アルバ イ トを紹介 した ら 「
夏 目漱石全集」 を学生時代 の記念 に買 う資金にす ると言 っていた。 そ うい う
情報化社会」 は急速 に
黄金 の60年」代 で 目指 された 「
意志的 に 目標 に生 きる学生 がいたものである。「
一-12-
猛烈」 よ りも 「ゆ とり」 が求
質」が問題 にされ 、「
量」ではな く 「
進 んで現在 は60年代に求 め られた 「
め られて いる。人 々は個人 の好 みを優先 して60年代 のよ うな共通 の 目標 が見失われ、個人 の生 き甲斐 も
つかみに くい時代 だ といわれる。学校生活で も個人 を超えた学校、学級、 クラブとい う集団 に帰属献身
す るとい う傾向が低下 して きて いるよ うである。では反対 に個人 として生活 をどう充実 させて いるか、
「ゆとり」をどう生か して い るか、それを自分にきび しく問わ なければな らない。
高専」 は、民間 の専修学校 と混同 されやす いとい う。それが名称 だけの混
諸君 も知 ってい るように 「
同であるうちはまだよい。学生 の もつ情報 の量 や質まで混同 されるとした ら諸君 はどう答 えるであろう
か。学校 のプ ログラムの消化 とその発展深化に もっと意欲的 でなければな らな い。また非 プ ログラム と
しての文化的活動 つ まり教養 の拡充 は、今す ぐ役 に立 たな くとも将来 の創造 のひ らめ きを生み出す豊 か
な泉 を備 えることになるので ある。無気力 なその 日暮 らしは無為 の老人 の ものであ って青年 の ものでは
ない。
病床 に本 を読 む
図書委員長 物 理科 田
中
富 士男
思わ ぬことで入院 して学生諸君や同僚 の皆様 に御迷惑 をかけることにな った。昨年 11月26日の入院 か
ら2ケ 月 も経 った。全 く自覚症状 がない病気 だか ら (少し疲 れ過 ぎかなとい う程度 は自覚 して いたが )
病院生活 もそれほど苦痛 ではない。健康 なときに 1月 位休養 のために入院 で きた らよかろうなどと、考
えて いたのだか ら、こんな結構 なことはないと、強が りもいいたいのだが、 そ うで もな い。
苦痛 の第一 は、好 きな時 に好 きな所 へ行 けな いことだ。 みたい映画 の試写状を もらっていて も、どう
に もな らない。例年 な ら年末 12月の中頃 には正 月映画 はほとんど見て い るのだが、今年 は相当見落 して
いる。毎 日、新聞や映画雑誌を見なが らい らい らして いる。 これでは体 にもよ くはなかろうと思 った り
もす る。
しか しメ リットもないことはない。あ る程度本 を読 めるのがそれである。 ベ ッ ドに寝 ているのだか ら
書 くことはで きないが、読むの は読 めるわけだ。入院以来読 んだのはい くらもあ るが、まとま った もの
は、岩波新書 を何冊かと伊丹万作関係 の本 であろう。
学生時代、京都 ・国鉄二 条駅前 の下宿 か ら大学 まで の市電 での行 き帰 り、下宿 の二人 の持 っている岩
波新書 (下宿 の二人 は岩波新書を全部発行 の都度購読 して いた)を 片端 か ら読 んだ もので ある。今回は
そこまでは行 かない けれ ど、一 例 をあげると 「西部開拓史」「モスクヮ特派員報告」 「虫歯 はどうして
・
…。
と、わが雑学 の基礎 は岩波新書 であるといえる。ま ことに岩波新書 は本
で きるか」「日本 の国鉄」 ・
ー
マ
の題 目になっているテ
を、要領 よ くしか もその時代 の関心 にこたえた深 さでまとめ上 げてお り、 そ
の本 の著者 の学識 と岩波 のプ ロデュースの能力 が一体 となって、ついつい読 みさ、け って しまうので ある。
赤西蛎太」 を
伊丹万作 は昭和初年 か ら戦後す ぐの頃まで活躍 した映画監督 であるが、私 はこの人 の 「
みて以来 そのとりこになった感がある。 この作品 は昨年学生諸君 に もビデオでおみせ したのだが、日本
映画 の歴史 にのこる秀 れた映画 であり、この伊丹万作 の子息 が 「お葬式」や 「タ ンポポ」を監督 した映
伊丹万作全集」(全 3巻 )を 購 い
画俳優 の伊丹十三であることは、ご承知 の通 りである。昨年春私 は 「
棚 にかざっていたのを、 この機会 に読んで この人 のとぎすまされた文明観、映画 へ の情熱 に感動 を覚 え
た もので、それか らさらに最近出版 された 「
映画作家伊丹万作」(富士 田元彦 )を 読 もうとして いる。
一方 では広 く浅 く岩波新書か ら知識を得、他方では一人 の過去 の映画人 のす べてを知 りた いとい う欲
望、 これが とりあえず入院中の私 の読書 の傾向であろうか。何 れ も専門 の物理学 に関係 はな いけれど、
何 かの役 に立 つ こと もあろうか。学生時代 の読書 が 、今 の私 の知性 (ありとすればの話 であるが)の 基
礎を形成す るのに役立 ったよ うに。
-13-
本 との 出会 い (そ の一 )
化学工学科
犬
田
修
正
これまでに読 んだ ものの中で、未 だに頭 のどこかに生 き続 けて い るの は、小学校 の頃、気ま ぐれ に父
`
〃
が買 って来 て くれた 子供 の科学 の中の 「山は生 きている (動 いている)」とい う記事で、山は動 か
ないとばか り信 じ切 っていた子供心 には驚異 であった。
`
″
(著者 は思い出せない)と い う本をプ レゼ ン トし
また、たまたまわが家を訪れた叔父 が 火 の科学
て くれたのであるが、 この本 はとて も面白か ったので くりかえ し読 んだ。 もし、複刻版 がでれば、 もう
一度買 って子供達 にも読 ませた い本 である。 ファラデーの `ロウソクの科学〃 などは名著 だ と多 くの人
がすすめて くれるし、僕 もそ う思 うが、前者 の方 が火 (熱 と光)に 関す る話題が豊かで幅広 く、その中
には 「冷光」や 「不知火」 のことまで書 いて あり、わか りやす く読みやすか った。
〃
`
こつ こつ貯 めた小遣 いで初 めて手 に入れたのは ロビンソンクルー ソー であった。 これ も夢多 く、
好奇心 の強 い子供心を楽 しませて くれた。
麓
塚
挺羅豚繁縫慾点揮踏桑動晶取●
密
寮蟹縄 ご
〆塚軽嬰│、
れたが心底 か ら好 きになれ なか った。 ところがである ! 徹 頭徹尾暗記す る教科 という、 それまでの 自
分 の生物学 に対す る偏見 を見事 に根底 か らゆさぶ り、打ち砕 いて くれたのが、何 とそれ も友人か ら1週
`
″
間 ばか りの期限付 きで借 りで読破 した受験参考書 生物 の研究 (旺文社 )で あ った。 この本 を読んで
生物学 というものはこうであ らねばと思 った し、 これな ら自分 も好 きになれそ うだ と思 った。 ここで 自
分 に関わ る秘密を打 ち明け ると、実 はこの本 の著者 は昭和20年前後文部省初等中等教育局 の理科部門 の
要職 にあ り、当時 の 日本 の理科教育を リー ドした佐藤和韓発 という、当地旧制郡山中学 出身 の生物学者
であ り、縁 というものはまことに不思議 なもので、今 の自分 にとっては義理 の叔父 なのである。後 で知 っ
たのだが この著者 は植物学 の専攻 で、第二次大戦前 に発行 して い る著書 の中で、科学 (理科)教 育 の う
ちでは物理、化学 に くらべて生物学 の教授法 はまだまだ未開拓であ り、未完成 であると述 べ、 その当時
の生物学 の状況 は、素朴 なる博物学時代 か ら、分類学中心 の時代 を経て形態学流行時代に到達 し、さら
に生態学時代 に移行 して いると述 べて い る。そ して日本では形態学万能時代 の残骸 が未 だに香 り豊 かに
残 ってい るのは果 してよいことと言 えるか と疑間を投 げかけて い る。 さらに欧米 の理科教育 の思潮を比
較検討 し、特に現実 と理想 の調和 に立たん とす るアメ リカにおける生物学教授 の方法論 に注 目 し、多大
の興味 と陶 いを示 し研究 している。生 きた自然 の具体的 な場 にあって教育 される者 の 自発性 と興味 とを教
育的 に充分 に考慮 しつつ行 わるべ きであると主張 して いる。 これは正に戦後 の 日本 の理科教育 の先駆 け的
や
鵜 獣 奄 湛 嬰 そ後 が 続 彗 繁 菫 贔 経 寵 鑓 努 詔 臀 献 .輸 翻 黒
絶版 であったが、昭5210.15に 複刻版 がだされ、今 もその方面 の研究者 に利用 されて い るようである。
今か ら思えば、当時の僕 は生意気 にも staticな生物学 に納得できず、dynamicな 生物学を求 めていた
楢
ようである。 (未完)
酔
生
夢
死
数学科 入
江
隆
何年 か前、誰 であったか残念 なことに名を忘れて しまったが、有名 なプ ロ野球選手 が、座右 の書 を問
われて 「
菜根諄」 とこたえているのを、新聞 か雑誌 かで見た。 そういう本 があるのかと思 って書店 で探
したが見 つか らず、代 りに目につ きく これでよいと買 って帰 ったのが、音野俊彦著 「
菜根諄 の読み方」
パ
パ
(徳間書店)で ある。「
菜根諄」か らの抜粋 に註釈を付けた本 である。 ラ ラと目を通 して本棚 に し
まい込 んでいた。原著 は中国 の明 の時代 の終 り頃、洪自誠 という人 の書 いた もので あるとい う。 しか し
-14-
●
彼 については詳 しいことはわかっていないで、本名か否か も不確かであるけれども、相当な学者 で官僚
であった らしいとい う。そ して この本 を吉野氏 の敬愛す る森鴎外 も読 んでいたに違 いないということで
ある。そ うして鴎外 は、酔生夢死 の人生 は絶対 にいやだ と役所 か ら帰宅後、寸暇 を惜 しんで書 を読み、
文 を書 いたそ うである。陸軍軍医 として最高 の地位 にのぼ り、また明治、大正 を通 じての 日本有数 の文
一
一
酔生夢死」 とは 「何 ら為す所 もな く 生 を
豪 といわれる鴎外 がである。念 のために 言説明す ると、「
天地万古有 れ
徒 らに終 ること」である。 この冬休 みに本棚 か ら引 っぱり出 してまた頁 を くってみた。「
ども、此 の身 は再 び得 られず。人生 は只だ百年、此 の 日最 も過 ぎ易 し。幸 に其 の間 に生 まれたる者 は永
遠であるが、自分 が一度死 んで しま った ら再 び生 きる ことはあ り得 ない。人生 は長生 きす るとして もせ
いぜい百年 であり、月 日の経 つのはあっという間 である。 この世 に生を受 けた者 は生 きてよか ったと言
えるだけの一生を送 るべ きであり、無為 に一生を終 ってはな らないと、絶えず心 を引 き締 める必要 があ
る。
」 ということである。新 しい年 の初 めにあた り、私 も鴎外 や洪 自誠 の生 きる姿勢 を忘れな いでいよ
うと思 ったことである。広 い構内 に立派な建物 が並 び、学生諸君 はこれまた立派な設備を使 うことがで
き、すば らしい先生方 の指導 を受 ける ことがで きる。 ここに生 活 で きる間にや っておかな くてはな らな
いこと、身 につけておかな くてはな らないことを常 に忘れ ないでは しい。卒業 して仕事 についてか らも、
「
酔生夢死」 という言葉 を思 い出 してほしいと思 います。皆 さん の人生 が 、生 きてよか ったと言え るよ
うな もので あることを祈 ります。
本
と
の
つ
き
あ
い
化学工学科 石
垣
昭
近頃、本を読 みかけて も最後 まで読み通す根気 が少 な くな り、再度読 みかけては何処 まで読んだかを
忘れ、最初 か ら読み直 しては中途挫折す るとい うことを繰 り返 して い る。そこで昨年 8月 か ら、どこま
ー
で読んだか、 これはと思 ったことは何 ペー ジに書 いてあ ったか等をその都度 カ ドにメモす る ことに し
一
た。効果て きめん、年末 までに20冊近 い本 を読み通す ことがで き、何を、何時、読 んだか も 目瞭然 と
なった。
その内容 は私 の研究 に関す るX線 写真 に関す るものか ら、中国 の考古学 に関す るものまで、極 めて雑
`
ー〃 のよ うに途中で
ー
多 で、やせ我慢 で読み通 した本 もある。なか にはゲ テの ウイルヘ ルムマイス タ
`
〃
ほうりだ したままの もの もあるが、西堀栄二郎 さん の 南極越冬記 等大変感銘 を受 けた本 もある。
`
〃
一
だが、新年早 々ショーペ ンハ ウエルの 読書 について を読んで反省 もした。 このなかの つに重要
一
な本 は続 けて 2回 読むべ きであると書 いてあ ったが 、残念 なが ら昨年読 んだ20冊のなかで、 もう 度、
繰 り返 し読 んでみたいほどの重要 な本 はそれほど多 くはない。本当 に自分 にとって大切 な本 とは長 い年
月 をかけて も、繰 り返 し読 める本 なのであろう。
――良書 を読むための条件 は、悪書を読まぬことである。人生 は短 く、時間 と力 には限 りがあるか ら一―
ショーペ ンハ ウエル
数学科 笠
野
卓
夫
「図書館 だより」 も20号とな って、ますます の発展、よろ こば しいことです。昭和54年度に、図書館
図書館 だより」 も、発刊間 もない頃で 、第 6号 に、
委員長 をつ とめさせて頂 いたころは、まだ、 この 「
一
つたない 文を書 いたことが、なつか しく思 い出 されます。
当時 の図書館 は、新館 へ移 って 4年 目、充実 とともに、新 しい問題点 が次 々と出て きた もので した。
発展 は、問題 の克服 の上 にあるものです。歴代 の委員長 ・委員 の方 々の御努力 で解決をみて い きま した
が、 さらに次の諸問題 も出てきて いることで しょう。今後 の御尽力 をお願 い します。
早 い もので、あれか らもう7年 もた っているのですね。 この春、定年 で、 この学校 を去 ります が、在
図書館
任中の図書館 へ の思 い出 は、 いつ まで もなつか しく残 ることと思 います。奈良高専図書館 の 、「
だより」 のいま一層 の充実 。発展をお祈 りします。
一-15-―
心 に しみ る本
化学工学科 河
越
幹
男
「
感動 した本」 とか 「ためになる本」 とか本 には色 々な類 の本 がある。 この中 に 吊きに しみた本」を
れ目か らに じみ出
加えて もよいと思 う。心 に しみた本 の エキスは心 の奥深 くに しみこみ、時折、岩 の害」
た岩清水 が岩肌を湿す ように、か らっか らに子か らびた心を湿 らせて くれる。本を読む ことの喜 びの一
つはこんな所 に もあるように感 じる。
心になければな らない。 これ らは何れ も
本 が心 に しむためには、 しみこませるだけの弾力 と包容力 がブ
20前後 の若 い年代 でなければ難 しい要素 である。「
感動す る本」 とか 「ためになる本」 は、ある程度 歳
を取 って も出会 うことがで きるが、「いに しむ本」 は青春時代 に出会わ なければ、 その後 で 出会 うこと
は難 しい。乏 しい私 の経験 か らして もこの事 は言 える。学生諸君 も、どうか一冊 で も多 くの 「
心 に しみ
る本」 に出会 って下 さい。それは、 きっと、長 い人生 において乾 いた喉を潤す一杯 の水 となって くれ る
で しょう。
書 くことと読 む こと
機械工学科
畠 耕
二
みなさん !! 自 分 の文章 をどう思われますか。読みやす い文章 ? わ か りやす い文章 ? 1度 友達 に
読んで もらって感想 を聞 いてみて下 さい① これまで作文 や報告書 など多 くの文章を読 ませて もらってい
ますが、何 が言 いたいのかよ くわか らず、頭をかかえることがあ ります。文章 の構成 のまずさや文法上
の間違 い。また誤字 や脱字 も気にな ります。悪文を読み返 し、文章 に対す る疑間や不 自然 さを感 じない
とすれば、それは読む ことの機会 があまりにも少 なす ぎるか らだと思 います。
良 い文章 を書 くための手始 めとして、まず本 を読みま しょう③ 自分 も文章 を書 くのが苦手、大 いに本
を読みます。
科
学
雑
誌
電気工学科 京 兼
屯
者
昨今 の映像時代 を反映 してか、目で見 る科学雑誌 が巷間 に溢れて久 しい感がす る。なかで も高名 な地
球物理学者 T氏が編集 して い るN誌 などは、Timelyな 話題を全 ペ ー ジ少女趣味 とも思え るよ うな絵 や
iF盟
●
3羽
離議tiF鑑
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総騒監嬬転ど
需賊経済推懸縫!iき
学雑誌 が引 き起 こした Epoch一 makingは 計 り知れない ものがあるが、とりわけ若 いOLを 中心 に大衆
受 けす るのは少 し前 に流行 った、科学 の分野 における 「
軽 ・薄 ・短 ・小」 と言 って しまうと言 い過 ぎに
なるであろうか。 それ とも最近 とみに言 われて いるよ うにな った 「
美 ・感 ・遊 ・創」 の魁 (さきがけ)
一
なのであろうか。また 方 では総合雑誌 のC誌 には 『熱 い科学 の時代 がや って きた』 のなかで 「科学 の
タオイス トは揚子江を泳 ぎきるか」などとい う高遇な題を掲 げると同時に、種 々の ところで最近 の科学
の面 白 さを特集 して い る。
このよ うに、今 では軟 か ら硬 と話題 に事欠 かな くなって くるものの、 ほんの10数年前まではこうでは
なか った。本来科学雑誌 は、解説 と啓蒙 という両面 を担 っているのであるが、 これまでは功 な し遂 げた
大先生が執筆 し、対象者 はその道のスペ シャリス トと呼ばれて いる人達であ った。当然内容 も解説 とは
い うものの難解 な事柄 を学術的用語 というよりも、む しろ哲学的 な用語 に近 い ものを用 いてよ り難 しく、
理解で きるもの は理解 せよという態度 で、不親切極 まりない もので あ った。 それで も読書 100遍 自 (お
のず)か ら見 (あ らわ る)と い う勢 いで読み進む と、なるほどこういうことが言 いたか ったのか という
程度 の もので あ り、読書後 『ああやはり科学 は ロマ ンだな』 という感慨 の片鱗 とてな く、鬱 々とす るだ
一-16 -一
けだ った。 その点上記 のN誌 などは、深 い学識 を持 ったT氏 が透徹 した分析 で編集 して いる関係上 、最
新 の科学 とい うものが 目の上 の鱗 が落 ちるように分かる仕組みにな っている。
こ うして硬軟取 り合わせてあ らゆる種類 の雑誌 が 出回 り、現代 の コンピュー タエイ ジにとっては、自
分 の能力 に合 った ものが選択できるようにな った。非常 に有 り難 い時代 である。また逆 に、選択 の範囲
が広す ぎるためどれを選 べば良 いかと、戸惑 うことがあるか もしれないが、その時 その年代 にあった も
のは絶 えず本 を読んで いると自ず と分 かるもので ある。科学現象 に しろ数学 に しろ、色 々なことを理 解
す るとい うのは何 も背伸びをす る必要 はな く、自分 の レベルに合 った ものを じっ くり読 んでい くことな
ので ある。 ただそれだけである。
高専 は15才か ら20才までの多感 な世代 を収容 し、科学技術 を教授す る学校 である。 こう書 き進 めてい
くと、 さて彼等 を満足 させるような図書を収納 し得 るに充分 な場所 を確保 して いるので あろうかと考え
た場合、本校 はあまりにも寒す ぎるのではなかろうか。一 図書委員 としては、この20号記念誌 を契機 に
教育 ・研究 の中心 で もある図書館 の抱 えて いる問題 を、真摯 に見 つめて戴 ければ と思 っている次第 であ
る。
読書 の効用
機械工学科 宮 本
止 え雄
私達 はいろんな事 を知 るのに、テ レビや新聞、雑誌等 をよ く見 る。 しか し、知 りたい事 と同時 に 自分
にとってはどうで もよい事 も雑然 として受 け入れて しまう事 も多 い。 その点 1冊 の本 はある主題につい
て書 かれて い るので、それについて集中 し深 く考える事 がで きる。本を読む と、 ただ書 かれて いる事 を
そのまま受け入れるだけでなく自分はどう思 うとかどうするとか いろいろ考える。今までただ漠然 と思 っ
ていた事 を意識 の中 にはっきりと引 き出 して私達 の考え方 をまとめて くれる。著者 が長 い時間 をかけて
見 い出 した考えを、私達 の考え と対比 させ、その考えを受 け入れるにせよ、それ と対立 す る場合 に も自
一
分 の考えを はっきりさせる ことで 自分 の思考 の世界 を 挙 に広げ ることがで きる。 こ うして私達 の世界
観 や人生論が形成 されてい くのだと思 う。皆 さん も若 い間 にできるだけ読書 に励 んでは しいと思 います。
新 しく開けた世界に喜びを感 じ励 みになると思 います。
みえて きた図書館像
電気工学科 宮
田
正
幸
日本では現在、毎年 6∼ 7万 点 の図書類 が発行 されて いるそ うです。 しか もそれ ら全て国立国会図書
館 に保存 され、現在 の蔵書 は既 に400万冊以上 に達 していると言 われて い ます。勿論比較 にな りません
が、私達奈良高専 の図書館 も年 2千 ∼ 3千 冊ずつ増 え続 け、現在 5万 冊あ るそ うです。 しか もこれ らを
ー
管理す る人 は昔 のままですか ら今まで通 りのサ ビスを しようとす ると年 々労 が増 えるのは自明 のこと
ー
です。学校全体 をみると図書館 の電算化が 1番遅れている気が します。合理化を行 うためには コンピュ
ー
タ化す る必要があ ります。 1番 のメ リットはその検索能力 で、蔵書点検 がスキ ャナ を利用 してどんど
ん 出来 るということと、貸出、返却 について もカー ドによるスキ ャンが 出来 ます。各研究室 にはパ ソコ
ンが必ずあ ります ので これ らを使 って学校全体 をネットワー ク化す る。 ホス トコンピュー タとしては事
ー
ー
務用又 は教育用 の電算機 が考え られて います。 このネッ トワ クに図書館 も組み入れデ タの共用化が
図 られれば、かなりの合理化 が達成出来 るものと思われます。本や物品 の購入 はこれ らの端末を利用す
る。又非常 に手間 のかか る図書 デ ー タの入力 は業者 のMARC(Machine Readable Cataloging)等
デー タベースが利用出来 る。 こうなると私達利用者 は大変便利にな ります。 しか し蔵書 の整理 、 ソフ ト
の開発、 テープ、 ディス ク等 の保管等 が新 たな問題 となって来 ます。私達が便利なサー ビスを受 けよう
と思えば、やはりそれ相当 のお金 と現在以上 の人員 は必要 ではないで しょうか。
―-17-一
歴史書 に も親 しもう
機械工学科 水 嶋
巌
昨年、奈良高専 の隣 の地で藤 の木古墳 が発掘 されて、馬具 の装飾模様 に関 して注 目をあび、今後 の発
掘調査 に大 きな期待 がかけ られて います。また、その近 くには法隆寺 があ り、学校 か らは大津皇子 の悲
劇 を思 い出す二上山 も見えます。 このように本校 の近 くには多 くの史跡や古寺 があ り、本校 の学生 は考
古学、歴史学、民俗学あ るいは美術 など幅広 い教養 を修 めるのに恵 まれて います。そこで、単 に工学 の
専門知識 の学習 だけに終 らず、休 日を利用 して神社、仏閣、史跡 などを訪 れ、またそれ らの手引書 を読
み、さらには歴史書、考古学 の入門書 などにも親 しくなり、日本人 の思想や生活 の歴史 も学 んでほ しい。
英語科 溝
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清
一
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鰈継野品温亀
最近 では中規模程度 の書店が結構増 え、期待感を抱 いてよ く立ち寄 ります。店頭 に並ぶ流行雑誌類 の
一
何 とか して鋼み取 りた い とい う焦燥感 にか られて書店 に立 ち寄 ったのに、 そのあまりの画 性 と偏 りに
裏切 られた気持 ちがす るか らだと思 います。バ ラ ンスの とれた知 的満足感 を与 えて くれるとい う意味で
は、巷 の書店 はとて も図書館 にはかなわないで しょう。特 に、青年期 にはさまざまな知的分野 に 目を開
く機会 が与 え られねばな らないことは言 うまで もあ りません。 そういったことを考 えるにつ け、高専図
書館 の果す役害Jの重要 さを今 さらなが らに痛感す る今 日 この頃です 。
図書 あれ これ
化学工学科 大
植
正
敏
昔、国合 の小学校 では充分な図書 の施設 もな く、本 1冊 購入す るに も町に買 いに出かけなければな ら
なか った。だか ら、あまり本 との接触 がなか ったけれどもわ りに弱 か った小学校時代、風邪 をひいては
見舞 のつ もりか父 が本 を買 い与 えて くれたもまた、何 か事あればその都度本を買 って くれた。国舎では
あ ったが害1に本 にはめ ぐまれていたか も知れない。厚手 のあまりいいカラー印刷 でない表紙 で、中 のペー
ジもわ ら半紙程度 に黄 ばんだ紙 の上 の文字 の本 を見 るとなつか しい臭 いがす る。身近 に本 が少 なか った
だ
べ
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の
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奮
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書
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本
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学
喬
響
揚
誓
患
暴
│1奮
よりもむ しろ、偉人伝記などを友人 の回こみで借 りたりす るのである。多少 の読書指導 はあ った ものの、
図書館 をフルに利用 はしていなか った。高校 になって、空調 の部屋 でただひたす ら勉学出来 ること、わ
か らなければ書物を使 って調 べ るとい うことの場所 が私 にとっての図書館 であった。
雑学 で も…」 とゆっくり読書 の機会 がな く、せいぜ い読書 を し
最近、連 日仕事 に追われる身 では、「
たいのだが という思 いで ある。それで も気に入 った本 があれ ば週 1回 の図書館 へ の図書指導 の際 に、借
用 し、期 日までに流 し読み した り、十分読 んだ りして消化 して い る。家族 は小説、偉人伝記 などを、学
校、 もしくは公共図書館で借 り読 んでいる。本 が氾濫する現在、書店 で見 る興味あ る本 を 1冊 残 らず買
うことは困難 であ り、 このような場合 に図書館 を利用できることはうれ しいことであり、また読めばそ
れで終 りとい う本を買わず にすむ こともよい。
公共的な一般 の図書館 は利用年令幅 も広 く、購入図書 もよほど考慮 されて いると思われる。けれども
個性的 な要求 の書物 には不充分 さがあるのではなか ろうか。 このよ うな思 いは本校 の図書館 にもあては
まるか も知れな い。例えば、高校生年齢 の二般教養 の図書 があるが、専門書 が少 ないなどというのと似
ている。反対 も勿論ある。 しか し、年 々、図書 の冊数 は増 え、より利用価値 のある図書館 へ近 づ きつつ
-18-
あると思 う。今後ふえる図書 のため図書館 が小 さくなり、閲覧 スペースなど狭 くな らないよ うに、また、
図書館 が単 なる書物 の貯蔵庫 にな らな いよ うに利用 されることを期待 している。
あ る本 を読 ん で 思 う
電気工学科 谷 本 忠 則
「この愛 いつまで も」何か歌 の中 に出て くる様な言葉ですが、俳優 で歌手 で もある加山雄二 の書 いた
カッパ本 の題名です。確か 5年 程前 に妻 が買 って来 て、私 にも読む ことを勧 めていましたが 、私 は会社
の事 に追われて読 んでいなかったのですが、その中妻 は近所 の奥 さん方 に廻 して いた様 で、見かけな く
な りま した。最近本ISSの
中 にその本 を見 つ け、そんな事 を思 い出 して読み初 め ま した。
ってい
の
るの は彼 の 4人 の子供 (8・ 5・ 4・ 2歳 )の 子育 て奮戦記 で、項 目別 に彼 の
内容 主体 とな
考 えと実践 の模様 を書 かれた ものですが、随所で感動 しなが ら読みま した。 その中の私 の心に強 く感 じ
た幾 つかの項 目をあげます と、
1.就 寝前 に感謝 の気持 で祈 らせる。
2 素 晴 らしい家庭 はスポー ツか ら生れる。
3 「 物」 に謙虚 な子供 に育 てる。
4.子 供 との遊 びはどんな他愛 な くて も夢中 になる。
5.少 年時代 に夢中 になるものがあれば、無気力 に育 たない。
6.無 遅刻 ・無欠席を目標 にもたせ る。
7 時 には子供 と寝 るの は、最高 のスキ ンシ ップ。
8.子 供 の立場 にたって考えていると、子 も親 の立場 に立 つ。
9,親 子 はきれいな言葉 で、つ き合 う。
10.今 君 がいるのは、先祖 のおかげであると教える。
以上 の事柄 に対 して彼 はその方法 を考え、子供 の中 に入 って実践 し、少 しずつ変化 して行 く子供達 を見
つめて、一層心 を励ま して行 く。 その模様 が温か く書 かれていて、丁度彼 の演ず る連続 ドラマを見 てい
る様 で、その情景 が浮 んで来 る様 で した。 この本 を読んで我 が身 を思 う時、仕事 に懸命 で子供 と一 緒 に
なって感激す る事 の少 なか った事 が、 なにかたま らな く淋 しい気が します。
嫁 いだ娘 が時 々孫 をつれて我 が家 に来 ます。孫 はす ぐに外 につれて行 けと言 って、出れば大喜 びで走
り廻 る。 この孫 が、 い じめに打 ち勝 つ男子 に育 って欲 しいと思 うだけでは、大 いに不足す るものがある
と思 います。彼が書 いている様 に子供 と一緒 になって遊 び、その中で色々と徳性を植 えつ けて育てて行
く事 は、家庭教育 の理想であり現在騒 がれている教育問題 の基本 となるものと思 います。
幼 い時 に親 と共 に味 わ った感激 は、きっと少年時代、青年時代 へ と道を誤 らず、大 きく成長 して行 っ
て くれるものと信 じます 。
この本 は終 りに、父親 は若 くあれ、父親 は大志を抱 けと結んで います。唯 々頭 の下 がる思 いです。
彼 の後 を若 い父親 が多 く続 く事 を願 うのみです。
〔
図書室から〕
I 図 書館 だよりの歩 み (抄)
全国高専図書館が、独立 したPR誌 としての印刷物 を余 り出 して いなか った昭和 54年 1月 、当時 の
野田尚武係長 (現筑波大学図書館)の 発案で第 1号 を発刊 してか ら7年 、どうや ら消え もしないで続
けて来 たことにある種 の感慨 があ ります。何時 も中々原稿 が集 ま らな くて困 ったこと、仕事 の合間を
利用 してす ることですか ら十分 なことが出来 なかったことなど。今回 は20号として特別 に溝端先生 が
御覧 のよ うに沢山 の原稿を集 めて下 さいま した。学生諸君 が図書室 を利用 し、読書に親 しみを覚 え、
人間 としての成長 にお役 に立てばと願 って、 これか らも絶 やさず、少 しで も充実 したおたよりが 出せ
るようにと念願 して います。学生諸君 の投稿 を歓迎 します。僕、私 の意見 もどうぞ !
-19-
書週間」 の催 し、その他
ー
昭和 60年度 の読書週間 は、前号 でお約束 したように 「ハ レ 彗星」 について展示 いた しま した。 こ
れまでの天文関係 の書籍 に、新 たに出版 された最新情報などを加え、かなり補充 いた しま した。 この
4月 最接近す る時 までハ レー彗星 と仲良 くな りま しょう。 この次 は76年後 の2061年です。それまで元
気 で生 きて いる人 はい るかナ ?
ー
生涯学習 の時代 に
昭和 60年度全国図書館大会 へ は福井洋子氏 が 出張 しま した。今年度 のテ マ は 「
I F読
高専
高専図書館基準」 「
応える図書館 づ くりをすす めよ う」です。高専分科会 は前年度 に引続 いて 「
っ
づ
の
に
しています。
の
お
て
れると期
について
です
くり
上で将来
立
く
役
待
り
」
。当校図書館
分科会 在 方
閲覧室 の低書架 を利用 して、 1月 はNHKテ レビで放映 されているル ー ブル関係 の書籍 、 2月 は節
分等 の年中行事関係 の本を並 べ ま した。興味 のある人は私達 の故里 を見直 してみて下 さい。
バ ック 図 書館 だよ り
1
1
1979
4
2
7
3
0
1
4
2
5
1980
5
6
0
1
7
0
1
8
4
9
1981
10
1
〃
4
〃
0
1
8
9
1
〃
5
8
9
1
〃
5
8
9
2
〃
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1982
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化工 山 本 績 :汗牛充棟 (など)
国語 細 井誠司 :劇画 と読書
化工 石 垣 昭 :一冊 の本 との出会 い
機械 島 内一郎 :私の読書感
読書感想文 コンクール作品
数学 笠 野卓夫 :私 の読書歴
化(→石 川光二 :偉 人 の伝記 を読め
昭和55年読書感想文 コンクール
独語 田 Jヒ
寛剛 :ド イツの思 い出
″
化ll 石 川光二 : `
習 ・理 ・破 と読書
国語 小 谷 稔 :100冊読破 のすす め
倫哲 木 村倫幸 :本 を買 うとい うことについて
電気 上 回勝彦 i視聴覚教育 について思 うこと
昭和56年読書感想文 コンクール
国語 小 谷 稔 i読書計画 の一助 として
機械 中 谷 洵 :視聴覚教育 のすす めとライフ
校長 櫻 井 洸 :奈良高専図書館 に想 う
昭和57年読書感想文 コンクール
機械 田 中義雄 :読書雑感
昭和58年読書感想文 コンクール
国語 小 谷 稔 :図書室20年史余録
〃 小 谷 稔 :福井博士 の講義 を聞 いて
〃 小 谷 稔 :本を読 んでおけばよか った
奈良高専図書館 だ よ り
20号 特
集
昭和61年2月 発 行
編集 。発行 図 書室
―-20-一
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