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「事故を未然に防ぐための職員の危機管理能力を高める」 1.はじめに 2
「事故を未然に防ぐための職員の危機管理能力を高める」 渋谷区本町第三保育園 1.はじめに 保育所保育指針には、リスクマネジメントに関する項目が明記されている。この点における保育士の 質の向上が重要になっており、学びあいの仕組みを作ることが大切である。平成23年度はプロジェク トチームを結成、園内外及び家庭で起こりうる事故を未然に防ぐ対策を検討した。職員一人一人が自分 の課題としてリスクマネジメントに取り組み、保育の中で活かしていくよう実践しているところである。 2.実践報告と 2.実践報告と考察 実践報告と考察 ① 職員間でヒヤリハット体験を共有 ・過去のヒヤリハット体験を共有することで、若手保育士も共通の意識を持つことができた。また、子 どもの発達と事故の関係について勉強会を行い、特に「手つなぎ散歩」 「手つなぎ散歩」について職員会議で事例を掘 「手つなぎ散歩」 り下げた。「手をつなぐと危ない」という意見の一方で、つないで歩くことで手のぬくもりが伝わる、 相手に合わせて歩くことで思いやりの気持ちも生ま れる、といった多様な内容が出た。 ・3年前から事故報告書 事故報告書を作成しているが、提出の遅 事故報告書 れ、情報の未共有が多かった。昨年度から、事故報 告書は当日中の記載を徹底、報告書は全職員が見る 場所(出勤簿横)に置き、情報をその日のうちに共 有するよう努めた。後日、内容をまとめたデータを 事故報告書の画像入る もとに話し合うことで事故を予測しやすく 事故を予測しやすくなった。 事故を予測しやすく くりかえし起こる怪我や大きな怪我 くりかえし起こる怪我や大きな怪我については職 起こる怪我や大きな怪我 員会議で話し合い、緊急に対策を検討した。たとえ ば、2歳児クラスで夕方の保育時間、友だち同士の トラブルによる怪我が続いた。シフト シフト勤務 シフト勤務の中で夕 勤務 使用している事故報告書(A5):時間・曜日・場 所・部位・年齢・内容・発達段階を記入 方の人員確保、配置を見直したところ、同様のトラ ブルの発生が減少した。 事故報告書は全年齢同書式だが、自爆とそれ以外の事故は紙を色分けしている。また、自爆の報告 書には発達状況もチェック項目に加え、各発達段階でどのような怪我が多いのかを検証した。 ② 安全対策をつくる ・園舎内、屋上、園庭にある危険箇所を 調べ、対策できる点から解決。各ク ラスで危険箇所を出しあい、その後、 プロジェクトチームが危険箇所を確 認、すぐに対応した。 (右写真) ・園庭遊びのマニュアル作り 園庭での子どもの遊ばせ方で「危ない」と思われる点があがったため、職員会議でグループに分かれ、 園庭遊びの中の危険について話し合った。1) 遊びのマニュアル作り(例:ボール遊びと鬼ごっこは同時 にしない、倉庫の中に子どもは入らない等) 、2) 遊びを楽しませながら、怪我防止にも配慮、3) 子ども の活動に合わせた配慮をし、安全に留意した遊びを保 障すること、が話し合われた。 また、4・5 歳児に対しては「安全教育」を行った。 まず、実際に固定遊具を使って遊び、その後、絵(右) を見せて「どんな行動が危険か」を子どもと一緒に考 えた。これは 4・5 歳児対象だが、年少児に対しても、 「どうせわからないから」で終わらせるのではなく、 理解できる言葉でくりかえし話をしていくことが大 切であると思われる。 また、日常の保育の中でも身体的成長や運動能力の発達を促す「目的のある運動遊び」 「目的のある運動遊び」を継続して行 「目的のある運動遊び」 うことで、怪我予防にもつながるのではないかと考えた。子どもたちが楽しみながら行えるよう、 「ごほ うびカード」を用い、毎日くりかえし、運動遊びを行った。 うびカード」 ジャングルジムの遊び方マニュアルでは、年齢ごとに「登っても安全」とする段数を決めることを考 えたが、その方法で果たして安全に遊びを楽しませることができるか、落下事故を防ぐことができるか、 を職員間で話し合った。結果、段数は決めることが難しいので、遊ばせ方の工夫をすることにした。 ③ 保育の中での立ち位置、見守りを考える ・ジャングルジムの安全な遊ばせ方を皆で考 える中で、 「遊具での遊びにおける『保育士 の立ち位置』の現状は効果的なのか」 「保育 室内の場合、安全な遊びを見守るための立 ち位置はできているのか」という疑問が生 じたことから、2 つの実験を実施した(※) 。 まず、ジャングルジムで人形(3.0kg) を使った「転落キャッチ実験」を行った。 目の前に人形があり、 「必ず、いつか落ちる」 とわかっていても、ほとんどの職員は落下 実験の様子。人形をキャッ チできる距離を計測(上) 。 この近さでもキャッチで きず(右) する人形をキャッチできなかった。キャッ チできたのは、落ちる人形が「手を伸ばし 新しい遊び た距離」の中に入ったケースに限られ、ジ ャングルジムから 25cm(一歩ぶん)以上 離れた場合、人形にはまったく手が届かな かった。ジャングルジムの内側に落ちた場 合、人形には触れることすらできないこと 平行移動遊び(上) 、 くぐり抜け遊び(左) がわかった。 以上の結果をもとに、安全に遊ばせるための方法として本町第三保育園では以下を試みた。1) 保育 者のいる面からのみ登り降りする、2) 保育士数により、遊ばせ方を工夫する。2)はたとえば、迷路の ような「くぐり抜け遊び」や、段を色分けして周りをぐるぐるとまわる「平行移動遊び」、宇宙船に見 立てた「ごっこ遊び」などである(前ページの写真)。 2 つめの実験は、保育室での立ち位置の確 保育室の天井にカメラ 認である。クラス保育士の了承のもと、保育 をつけた様子(左) 室天井にビデオカメラ 4 台を設置し、毎日 ☆が子ども 2 時間(10 時~12 時)で1週間、子ども・ 保育士の動きを記録、保育士の「視野の死角」 範囲を検討した。(カメラは毎日、自動的に 画像に視野範囲 スタート、ストップするため、子どもはカメ をカラーでかぶ ラの存在にまったく気づかなかった。また、 せ、視野に入っ ている子どもの 天井からの距離があるため、子どもの顔の特 数を数える。点 定はできない。 ) 線の中が保育士 ここでの「視野」とは単純に、保育士の顔 の視野 の正面から扇形 100 度の範囲を指し、 「死 25 (人) 100.0 角」とは、その範囲に入っていない場所を意 3 味する(注) 4 20 3 3 3 撮影後、まずカメラを設置した2・4歳児 3 3 15 80.0 60.0 クラスの職員が見ることで、立ち位置を中心 に自己評価に取り組んだ。さらに、他クラス 10 の職員も同じ画像を見、 状況を自分自身に置 この時間、大多数 の子どもが外遊 び。保育士は 1 人 40.0 5 20.0 0 0.0 き換えて評価をすることで、保育の見直しを 行った。 この実験で定義した「見守り」の範囲は非 常に広い。にもかかわらず、見守り(視野) 2 歳児クラス、午前 10 時~12 時(10 分間隔) から漏れている子どもがいるという課題が 子どもの数 折れ線は見守り割合(%)、 明らかになった。また、仮に視野の中には入 数字は保育士の数 見守られている子どもの数 っていても、たとえば、職員と子どもが製作 をしているテーブルの向こう側、2m 先の床で遊んでいる子どもがいた場合、なにかあった時にすぐ 介入することはできない。そうした点を考慮して、どのような立ち位置で子どもとかかわるかについ て保育士が具体的な検討を重ねるうえで、この画像は非常に貴重な材料となっている。 (注) 「見守り」の定義は、怪我予防の専門家の間でも明確ではないということである。そこで、この 実験では、保育室内にいるすべての保育士の視野のどこかに入っていれば、その子どもは「見守られ ている」と、非常にゆるく定義した。また、画像からは保育士が前を向いているのか下を向いている のかわからないため、上下の範囲は定めていない。 3.家庭との連携を図る 2011 年7月から園便りの中に「ヒヤリハッ ヒヤリ・ハット コーナー トコーナー」を設け、怪我や事故に対する予防 の取り組みや家庭での予防策を知らせてきた。 7 月 水の事故 8月 滑り台・ジャングルジム・ブラ ンコなど遊具の事故 9 月 帰り道の危険 10 月 誤飲 11 月 12 月 1月 2月 子どもと一緒に自転車に乗るには やけど 細くて長いもの へアピン・ゴム そして、2 月「ヒヤリハットコーナー」の取り組みについて、保護者にアンケートを実施した。園便 りにはさみこんだアンケートに保護者が自主的に記入・提出したものであるため、回収率は 21%であっ たが、特に広報もしなかったにもかかわらず、園の取り組みに積極的な関心を持ち、期待をしている保 護者が 2 割もいたということは評価すべきと考えた。 ① 「ヒヤリハットコーナーは参考になった」 :提出した保護者の 100% ② 「コーナーに書かれていたことに実際に取り組んだ」 :70% ③ どのような危険について知りたいか(自由記述) ・ストーブ、火など身近にある危険について ・誤飲の対処方法 ・自転車事故、ヘルメット着用の重要性について ・お風呂での危険、食事(魚の小骨等) ・大人との感覚の違いについて ・小学校低学年~高学年期の危険 ・公園の遊具、散歩の仕方、公道の歩き方 ④ 自宅でのヒヤリハット体験 ・ドアや扉、エレベーター、ドラム式洗濯 機のドアなどに指や足をはさまれそうに なった、はさまれた(多数) ・椅子の背もたれに手をかけた時、体重の重 みで椅子がひっくり返りそうになった ・ビー玉を口に入れて遊んでいた ・犬に顔をかまれた ・薬で遊んでいた ・キッチンの収納扉を開け、包丁を取り出 ・化粧品を食べた し、持っていた ・自転車の前に乗せていて、バランスをく ずしそうになった ・壁際に自転車を止めて階段から乗ろうと ・氷を喉につまらせた ・フェイスシェーバーで手を切った ・友だちの乗っていたブランコにぶつかった ・ガス暖房器具を 1 人でつけようとした した時、自転車が倒れ、U字ハンドルに ・茶毒蛾に気付かず、椿を触ってしまった 首がはさまった ・お風呂から 1 人であがっていた ・子ども用の椅子を利用して棚の上の綿棒 をとり、耳に入れて鼓膜に穴があいた ・ママ達同士がおしゃべりをしていて、子ど もから目を離していることが多い ・食べ物を詰め込みすぎて吐いた ⑤ その他 ・ヒヤリハットコーナーは、事故事例が詳しく書かれていて勉強になった。 ・子どもとヒヤリハットについて話ができた。 ・ヒヤリハットをもっと取り上げてほしい。 4.おわりに 日常の保育の中では、保育者がどんなに注意をしていても事故は起こる。しかし、事故を予見し、 環境側の対策をとっておくことで、事故が起きた時の怪我が深刻にならないようにすることはでき る。また、内容もはっきりしない状態で「立ち位置」 「見守り」という言葉を使うのではなく、実際 の立ち位置の効果、見守りの効果を科学的に検討することで、具体的な行動指針ができると考えた。 保育者、保護者、さらには子どもたちも安全に対する意識を持つことで、重大な事故は減っていく ものと思われる。次年度も引き続き、ヒヤリハットに関連した活動、怪我予防の活動を家庭と連携 し行っていきたい。 ・子どもの動きからどのような 環境構成が必要かを考える。 職 員 ・園便りのヒヤリハットコーナ ーで、保護者と安全に関する 若手保育士 コミュニケーションを図る。 ・自己評価を行い、資質向上に 努める。 子どもたち(4 (4・5 歳児) ・安全教育 ・目的を持った運動遊びを計画的に行う。 ・瞬発力・反射神経・平衡感覚を養う。 保護者 ・園便り(ヒヤリハットコーナー)の活用を すすめる。 ・『子育て安心カード』の活用を試みる。 ※この 2 つの実験については、 [独]産業技術総合研究所 デジタルヒューマン工学研究 センター 傷害予防工学研究チームの協力を得た。