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家庭医が 英国の医療制度 - 公益社団法人 地域医療振興協会

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家庭医が 英国の医療制度 - 公益社団法人 地域医療振興協会
I N T E RV I E W
英国家庭医学会 会長 Roger Neighbour 先生
家庭医が
国によって認められている
英国の医療制度
英国の家庭医
山田(聞き手)今日は英国家庭医学会会長のロジャー・
ネイバー先生をお迎えしました .
ネイバー先生は日本
196(2)
まず初めに,
ネイバー先生の家庭医としての経歴
についてお聞かせ下さい.
家庭医療学会(JAFM)主催のシンポジウム,
ワーク
ネイバー 私は1971年にケンブリッジ大学で医師の資
ショップのために日本にお出でくださいました.
日本家
格を取得しました.
ずっと家庭医になりたいと思ってい
庭医療学会では,
専門的な家庭医(ジェネラリスト)
ましたが,
家族に医療関係者はいませんので,
私が
を育成するための後期研修プログラムを策定する
子供のころに診てもらっていた優しい家庭医の存在
ワークショップを3回にわたって行ってきましたが,
本日
が影響しているのではないかと思います.
今でも目を閉
は最終的なプログラム案をまとめることのできた画期
じると彼の柔和な声が聞こえてきます.
そして1972年
的な日です.
そのような場に先生にお出でいただき,
に私の住んでいた町でとても影響力のあるピーター・
ご協力いただいたことに感謝します.
またこのように
トムソン先生が家庭医養成プログラムを始め,
私はす
インタビューする機会に恵まれ,
大変光栄です.
今日
ぐに応募し研修プログラムの第1期生となりました.
のインタビューでは先生の家庭医としての経歴,
英国
その後,
診療所でもトムソン先生のパートナーにな
の医療制度,
その中での家庭医の役割と現状,
そし
りました.
当時英国では専門家庭医の養成が始まっ
て家庭医養成の現行のプログラムについてお聞きし
たばかりの時期で,
トムソン先生は,
指導医養成のた
たいと思います.
めの初のトレーニング・プログラムを開設したポール・
月刊地域医学 Vol.20 No.3
2006
INTERVIEW/家庭医が国によって認められている英国の医療制度
フリーリング氏のもとへ私を送りました.
26歳の研修
これによって若い医師達が,
家庭医は患者主体で
医だった私はこの指導医養成クラスに参加した最年
はなく財政主体だという印象を持ち,
その後5年間は
少でした.
そしてここでとても独創的で精力的な人々
家庭医の採用が著しく減少しました.
現在は回復し
に出会ったことによって,
教えるということに興味をも
つつありますが,
いまだにサッチャー政権以前の人気
ちました.
を取り戻すには至っていません.
私は故郷の村でかつての指導医と共に,
30年間,
山田
つまり家庭医を取り巻く医療システムは政治に大
家庭医として診療を行う一方で,
英国で最年少の指
きく左右されるということですね.
一般に日本では,
英
導医兼家庭医養成プログラム責任者となったので
国の医療システムはとても厳しく国から制約を受け,
す.
今思えば偶然の機会に,
仕事における興味分野
政策の影響を受けている.
診療も規制に縛られ,
家庭
を見出すことができ幸運でした.
トムソン先生は,
家庭
医という職業は厳しいものだと思われていますが.
医療においても教育においても心理面に注目し,
医
ネイバー 英国では国民1人1人が医療ケアを受ける権
師と患者のコミュニケーションを大切にした診察方法
利を有しており,
中でも家庭医が最も費用対効果の
をアドバイスしてくれました.
高いケアを提供しているため,
政策に対しても影響力
個人的に心理療法,
禅,
臨床催眠術に興味があっ
を持っています.
通常病気になった場合,
9割は家族
た私は,
1985年に米国のフェニックスにあるミルトン
や隣人の世話などで何とか自分で治してしまうもの
H. エリクソン財団において,
カリフォルニアのティム・ギャ
で,
医療機関に診てもらうのは残りの1割です.
そして
ルウェー氏と共にコミュニケーションを絡めたあるトレー
その1割のうちの9割をわれわれ家庭医が診ます.
ニングを行いました.
その結果,
初めての著作“The
つまり家庭医は,
医療機関による治療を必要とするほ
Inner Consultation”
(「心の診察」)
を1986年に執筆
とんどのケースを診察しているわけで,
他院へ紹介
することになり,
この本が私のキャリアの転機となり,
するのは1割,
つまり全体のたった1%にすぎません.
その後のさまざまな好機に結びついたといえます.
家庭医は英国の医療就労者の約半数にあたり,
この
山田 家庭医として早い段階で,
家庭医の養成に携わる
ようになったのですね.
人数で医療機関を訪れる患者の9割の治療を,
しか
も病院よりもずっと低いコストで行っているのです.
ネイバー そうです.
1970∼80年代の英国の医療政策
医師へ簡単にアクセスできることは患者にとって
は現在とは異なり,
家庭医にとって制約が少なく惜し
プラスであり,
また国も患者が迅速,
効率的かつ安価
みなく患者に時間を割くことができました.
そのため家
に受診できることを歓迎します.
プライマリ・ケアが効
庭医療は進路先として人気の高い分野で,
私の教
果的に受けられることは誰にとってもプラスです.
この
育プログラムには常に60人からの応募があり,
家庭
点で英国と米国のシステムは大きく異なります.
米国
医療には優秀な人材が集まりました.
しかし1980年
の制度は全国民への医療をカバーしていません.
米
代に政権を執った保守党のサッチャー首相は,
家庭
国のプライマリ・ケアは非常に高水準ですが,
医療費
医に対して採算やコスト削減を重要視する政策を打
を払えない者のアクセスは限られており,
約6,000万
ち出しました.
そのこと自体は別に悪いことではありま
人が医療ケアを受けられない状況にあります.
これは
せんが,
それまで100%患者のニーズに注目してい
容認できることではありません.
た診察が,
これを境に「コストはどれくらいなのか?」
英国の国民保健サービス
(NHS)
にも限界や改善
「もっと安くできないか?「
」これは本当に必要なのか?」
点は多々ありますが,
その最大の強みは全国民がア
と全体の1割では問うようになり,
家庭医療の焦点が
クセス可能であり,
かつコストパフォーマンスが高いと
変わってしまったのです.
いう点です.
英国では家庭医の最強かつ最大の支
月刊地域医学 Vol.20 No.3 2006
197(3)
持者は,
家庭医療の価値を実感している患者です.
患者にとって家庭医とは,
いつでも受け入れてくれて,
いかなる問題にも対応してくれて,
何らかの支援をし
てくれるありがたい存在なのです.
それがわれわれの
最大の強みです.
日本においても患者さんが家庭医
の最強の支持者になってくれるでしょう.
それによって
やがて国のシステムも動くでしょう.
聞き手:地域医療研究所所長・
「月刊地域医学」編集長 山田隆司
NHS(National Health Service)
山田
ここで読者のために,
家庭医を取り巻く英国の医
特定の医療分野に関心のある家庭医が,
家庭医
療システム
(NHS)
について簡単にご説明いただけ
療と平行してその分野での研究をすることがこの数
ますか.
年で可能になり
「特定関心分野をもつ家庭医」とい
ネイバー はい.
英国の全国民が自分の家庭医を有し
うグループができました.
例えば心臓病,
糖尿病,
皮膚
ています.そして家庭医がプライマリ・ケアの大部分
科,
リウマチ,
内視鏡学という特定分野に関心を持つ
を担っており,
患者は家庭医を窓口として二次ケア・
家庭医が病院でトレーニングを行い,
病院もしくは診
三次ケアを受けます.
ごく少数の私設医療機関は別
療所で二次ケアを行うことが可能になりました.
それ
として,
英国では家庭医を通してのみ病院にかかる
によって病院が外来医療スタッフ・チームを家庭医の
ことができます.
この制度には,
不適切な紹介や必要
診療所に送り込む一方で,
特定分野で特別なスキル
のない検査による資源の無駄使いを家庭医がある
を持つ家庭医を病院が採用するという双方向の流
程度抑制できるという強みがある反面,
これを選択肢
れが現在起こっています.
通常家庭医が行っている
の制限と考える人もいますので,
一長一短があるとい
一次救急を院内において,
家庭医によって行ってい
えます.
るのです.
この方がコスト面でも効率的です.
専門医のほとんどは,
家庭医が患者のプライマリ・
山田 家庭医と病院の関係は良好だということですね.
ケアを行うことで,
自分たちは専門的な治療のみを行
ネイバー はい.
連携を構築するためには,
専門医と家
えばいいということを評価し,
満足しています.
患者負
庭医の間に不要な溝が存在するのは好ましくありま
担は定額の処方せん料のみということも英国の医療
せんし,
医療全体のイメージ低下につながります.
システムのポイントです.
家庭医は専門医だけでなく,
看護師や医療マネージャーと連携し,
訪問保健士
(Health Visitor)
が小児や高齢者の健康教育と健
康促進に貢献しています.
198(4)
山田 患者にとっては,
病院に直接行くことが制限されて
いるわけですね?
ネイバー 救急時には999番で救急車を呼び,
必要なら
病院に直接搬送されます.
これはいつでも利用可能
月刊地域医学 Vol.20 No.3
2006
INTERVIEW/家庭医が国によって認められている英国の医療制度
なサービスです.
しかし,
消化不良で内視鏡検査を受
ネイバー 方向づけをする「監督」と言ったほうが適切
けたいと思って病院へ行っても受診することはできま
かもしれません.
家庭医は患者に「こうしたほうがい
せん.
家庭医を通す必要があります.
いですよ」とか「それはお勧めできません」と穏やか
山田 これに違和感を覚える人はいないのですか?
ネイバー いないのではないでしょうか.
いたとしてもごく
に伝えます.
山田
例えばテレビでは頭痛に苛まされる患者に対して
少数です.
家庭医を飛び越えて,
個人的に自費で専
脳神経外科医が「大学病院の専門外来を受診して
門医を受診することも実際には可能ですが,
この場
ください」と答えるシーンがあったりします.メディア
合でも専門医のほとんどは家庭医からの紹介状を要
さえも質の高いケア イコール ハイテク医療だととらえ
求します.
アクセスを制限するという理由ではなく,
家
ています.
家庭医療や家庭医が質の高いケアを提供
庭医は情報を持っているからです.
飲酒の問題があ
しているということを一般の人々に納得してもらうに
れば伝え,
これまでに試した薬や,
祖父が胃癌で死亡
はどのようにしていったらよいと考えられますか.
したことなども伝えます.
専門医は家庭医の持ってい
ネイバー それは常についてまわる問題です.
ほとんど
る情報が欲しいのです.
山田
の政策は病人ではなく健康な人々によって策定され
英国式の制度が日本に導入された場合,
病院へ
ているため,
健康な人の視点に立ったヘルス・ケア政
のアクセスが制限されることに不安を感じる人が多
策が打ち出されます.
「どのようにして健康な人々に
いと思われます.
日本では大病院や大学病院へ自
現状を分からせるか」というのは,
日本と同様,
英国
由にアクセスでき,風邪や頭痛でも病院に行ける.
においても大きな課題です.
そのためにはわれわれが
CTやMRIを希望すれば受けることができ,
それらす
積極的に人々に説明していくことが重要です.
私が
べてを保険がカバーしています.
経験した一例をあげましょう.
サッチャー政権の改革
ネイバー そうですね.
しかし頭痛患者が腫瘍を疑って
期であった1987年に,
保守党政権の院内総務をし
「CTスキャンを撮ってください.
一度で分からなけれ
ていた地元議員を私の診療所に招待しました.
その
ば再度撮ってください」
と希望したとすると貴重な時
ときに婦人科の疾患で来院したひとりの患者に,
当
間とお金を浪費することになります.
患者自身の「自分
時政策として9割の女性に子宮頸部の細胞診を行
は病気なのだ」
という思い込みが心理的に患者を病
うよう勧告されていましたので,
「細胞診の検査を受
気に追い込む例もありますし,
不必要な治療や手術
けたらいかがですか?」
と勧めたところ「受けたくあり
が死につながることもあります.
この点を専門医に再
ません」
との返事でした.
私は議員が同席しているこ
認識してもらう必要がありますね.
NHSが導入された
とを意識して「検査を受けてもらわなければ困るの
当初,
専門医は患者数が減少することを憂慮したも
です」と繰り返し,
理由を質す患者に「目標である9
のです.
しかしそうはなりませんでした.
つまりそれま
割の女性に検査をしてもらわないと医療保険の支払
では必要のない患者まで専門医に来ていたのです.
いを受けることができないのです」
と話しました.
議員
唯一起こった変化は,
専門医を受診するのが,
本当
はメモを取っていましたが,
後にこれを蔵相に伝え,
例
に専門医療を必要としている患者のみになったとい
外が認められることになりました.
ほとんどの場合に政
うことです.
つまり効率的なプライマリ・ケアの提供によ
策は満足な情報を持たない政治家によって立案され
り,
専門医を受診する患者が減るというのは誤りです.
るので,
関係者を呼んで現状を伝えていくことが大切
山田
ということは家庭医が医療システムの中で重要
です.
な,
いわばゲートキーパーの役目を果たしているとい
うことですか?
月刊地域医学 Vol.20 No.3 2006
199(5)
英国のへき地医療 ―日本と異なる問題点
山田 私自身これまでへき地医療に取り組んできました
すが,
へき地医療に従事する医師の確保が難しい
が,
英国のへき地医療について教えていただけま
のが現状です.
若い医師は大都市に集中しがちで,
すか.
へき地医療に支障を来しています.
私自身は20年に
ネイバー 英国では医療サービスに恵まれない地域が2
わたりへき地医療に従事しましたが,
この間さまざま
種類存在します.
スコットランドやウェールズを含めた
な種類の問題を抱えた患者さんを診療する経験を
へき地の孤立した地域が一つ,
そして二つ目は膨大
し,
地域で暮らす人達と親密な付き合いをする機会
なニーズがあるにもかかわらず受けられる医療サー
に恵まれました.
日本でのへき地医療は,
英国の家庭
ビスの質が低い大都市の過密地域で,
ある意味で
医療と似通っているといった印象を持っています.
同じ問題を抱えていると言えます.
家庭医にとっても
ネイバー 今の先生のお話はまさに医療を通して地域
いくつかの課題があります.
まずこれらの地域で働く
社会を知り,
その一員になる満足感を表していると思
者に対するインセンティブです.
現在英国では特別手
います.
しかし白衣を着て最新の医療機器の周りを
当てが支給されています.
走り回る若い医師達に,
へき地医療の達成感を理解
へき地の家庭医は,
かつてのファミリードクターの役
させるのは非常に難しいのです.
私の印象では英国
割を果たしており,
自宅出産から簡単な手術,
往診や
でへき地医療を選ぶ医師達は,
白衣を着て血にまみ
予防接種,
小児保健と何でもこなしています.
その上
れて走り回るような病院での慌ただしい診察にストレ
ほとんどの場合自らが調剤も行っています.
継続的な
スを感じるようになった,
キャリア年数を重ねた人達が
診療を志向し,
時間外でも診療してくれます.
多いようです.
懸命に治療した患者に二度と会うこと
英国では3∼4年前に医師達によって,
家庭医は24
がない病院の医師は,
年を重ねると
「あの患者はどう
時間救急から免除される法案が成立しました.
この
しているのだろう」とふと考えることがあるのです.
年
法案でそれまでの家庭医に対する信頼を失墜して
齢とキャリアを重ねるうちに長期的な視野で物事を
しまったのですからとても残念なことです.
しかしへき
見据えるようになり,
病院での診察方法に疑問を抱く
地では依然として診療時間外でもアクセスが可能で
医師も出てきます.
こうなると家庭医療やへき地医療
あり,
むしろ二次的ケアへのアクセスが課題です.
家
が魅力的に映るのでしょうね.
庭医の往診などによってプライマリ・ケアの提供はさ
ほど大きな問題になっていませんが,
スコットランド高
地や西の島々に住んでいる患者は虫垂炎で外科医
のもとへ搬送されるまでに丸1日かかってしまうことも
あり,
これは危険なことです.二次的ケアがハイテク
機器を揃えたわずかな病院に集中している傾向が
あり,これは特にへき地コミュニティにとって致命的
です.
つまりへき地医療の直面する課題はプライマ
リ・ケアではなく,
いかにして適切な二次的ケアへの
アクセスを最低限保証するかなのです.
山田
200(6)
日本ではアクセスという点では問題は少ないので
月刊地域医学 Vol.20 No.3
2006
INTERVIEW/家庭医が国によって認められている英国の医療制度
家庭医療のパイオニアからのアドバイス
山田 今後日本で良質な家庭医を育成するための提言
があればお願いします.
の道的瞬間」と呼んでいる転機が必要なのです.
こ
れは聖パウロがダマスカスへの途上,
突然神の声を
ネイバー 目標となるロールモデルを持つことに尽きるで
聞いて人生の大転換をしたという聖書の話に由来し
しょう.
地域社会に溶け込んで仕事を楽しみながら素
ています.
人を集めたければ,
われわれはこのような転
晴らしい成果をあげているロールモデルたる仲間が
機を創り出さなければなりません.
へき地で働く適任
皆さんにもいると思います.
その人達に「うちの学生を
の医師を見つけて,
若い医師を送りこむなり,
セミナー
実習に送り込んでもいいですか」
と打診してみてくだ
に招待して講義してもらうなり,
何らかの策を講じて
さい.
自分の診療所に外部の人を招いてしばらく診
転機となる瞬間を経験してもらうのです.
療の様子を見てもらうことは大変役に立ちます.
レント
竹村
私の病院は三重県にあり,
県下には農村部が沢
ゲン機器のかわりに聴診器と自分の知識をフルに活
山あります.
医学生にこうした地域に出向かせ,
家庭
用する.
その結果,
指導する側もスキルアップし,
満足
医療や地域医療の研修を受けさせると,
はじめは驚
感も味わえるでしょう.
医学生を家庭医のもとで1週間
きますが,
やがてへき地の医療にも関心を持つように
実習させてみると,
ほとんどの学生は2,
3日過ぎたころ
なります.
彼らは医学部を卒業する時点でもへき地医
から活き活きとしてきます.
ロールモデルを持つことこ
療に関心を少なからず持っているように思えますが,
そよい家庭医が育つ基盤であるといえます.
しかし大病院や臓器別専門科での研修を希望する
山田
ありがとうございます.
他の先生方からの質問はあ
りませんか.
福士
へき地にも教育の場をつくることが重要だと思わ
れますが,
指導医の養成はどのように行えばよいので
しょうか.
学生が多いようです.
そしてそういった研修を受けた
あとはへき地に戻って来ないのです.
どうしたらへき
地での家庭医療に対する医学生の関心を維持・継
続できるでしょうか.
ネイバー 英国でも似たような問題に直面しています.
そ
ネイバー 正直にいって家庭医を育てるよりも指導医を
の問題を解決するには若手医師の選択の自由の幅
確保することの方が難しいです.
指導医になりうる人
を狭めなければならないでしょう.
現在英国では医療
は仕事熱心で多忙を極めていることが多いからで
教育の初期の改革途上にあり,
国が医学生に4つの
す.
学会などの場で「あなたの診療所に数週間,
研修
進路希望を提出させるという試みをはじめています.
医や医学生を送り込んでもよいですか?」
と打診して
つまり
「第一,
二,
三,
四の希望まで書いて下さい.
成人
みてください.
これは若い医師には良い経験になりま
の循環器内科医になりたいのですか? 総合小児科
すし,
孤立した地域のベテラン医師にとっても自分の
医になりたいのですか? 家庭医になりたいのです
スキルを披露し,
教えることのやりがいを身をもって体
か? 国は希望リストに沿って,
必ずしも第一希望とは
験する機会になります.
皆さんも振り返ってみて,
それ
いきませんが,
その中のどれかに就けるようにお手伝
までの方向から違う方向に舵を切った重要な転換
いしましょう」ということです.
この取り組みにはまだま
期が一度や二度はあったことでしょう.
私自身,
指導
だ議論の余地はありますが,
「残念ですが,
こんなに
者養成コースへの参加が転機となりましたが,
医学
多くの勤務医は必要ありません.
財政的余裕があり
生の受け入れと指導が転機となったへき地の家庭
ませんし,
効率的なケアにつながりません.
別のところ
医を何人か知っています.
われわれが「ダマスカスへ
に空きがあります.
選択の自由が狭まるかもしれま
月刊地域医学 Vol.20 No.3 2006
201(7)
せんが,
トレーニングをしますし,
相応の給料も支給し
お聞きしたいのは,
日本のような国で家庭医療を普
ます」と国が提案することは理にかなった駆け引き
及させるにあたり,
どうしたら国からの支援を取り付
だと思います.
医師を認定し,
給料を支払い,
支援して
けられるかという点です.
いるのは国家であり,
医師の提供するサービスにつ
ネイバー 残念ながら日本独自の事情に詳しくないの
いてある程度の注文をつける権利がありますから.
日
で,
日本に限定した回答はできませんが,
英国での取
本でどう受け止められるかは分かりませんし,
英国で
り組みの歴史を振り返ってみると,
前進を阻む最大の
の反響は賛否両論でした.
しかし医学生はその意義
敵は医学界における分裂と対立です.
英国には実質
を理解しているようです.
ある分野で高度なトレーニン
医師の労働組合である英国医師会(BMA)があっ
グをした後で就職先がない,
あと1年で専門医になれ
て,
給与や労働条件など通常労組が取り組む課題
るところまで来たのに空きがないとしたら悲惨です.
を協議しますが,
専門医の力が強大で,
家庭医の力
医療キャリア計画の早い段階で,
人口統計や疾病パ
はあまり強くありません.
一方私の所属する英国家庭
ターン等を加味した医療ニーズを予測し,
人材プラン
医学会という教育や品質管理や規格などを協議す
と採用計画を練れば問題解決が可能となります.
る団体があり,
長年にわたりどちらが何をするかで医
竹村
日本でも同じシステムが導入されるといいのです
師会と対立してきました.
その結果「処方せん料を導
が.
現在,
わが県ではへき地医療に従事する医師に
入すべきか」
「特定病院に専門医が集まるよう奨励
対して,
奨学金を応募すれば支給してくれています.
策をとるべきか」といった医療に関する試案を国が
しかし,
私の印象ではへき地医療を選ぶ理由は異
打診しようものなら,
医師達はすぐに喧嘩を始めると
なった視点にあると思います.
いう印象を国が抱くようになりました.
この喧嘩は延々
ネイバー お金のためではないと?
と続き,
何の回答も出ないのです.
そのうち国は当然
竹村 言い切れませんが・…
のことながら「医師側に相談しても絶対に合意点に
ネイバー 日本家庭医療学会の中心である皆さんが,
達することはないから,
無意味だ.
自分たちで決めて
国や権限のある人達に「是非ともへき地医療に人が
しまおう」
となるのです.
英国では非常に長い間,
この
集まるような策を講じてください.
そのためには資金を
ようなことが続いていました.
こうなると何かにつけて
投じてください.
また適切な研修もしてください」と説
医師会
(BMA)
は家庭医学会側を,家庭医学会は
得してください.
皆さんにはそうする権利があるので
医師会側を非難し,
国はただ笑って見物しているよう
す.
必ずしっかりした研修を約束として取り付けてく
になりました.
ひどい状況でしたが,
ここ10年ほどでず
ださい.
いぶん改善されました.
というのも,
国からの質問には
竹村
トレーニングなしでへき地に行くほど悲惨なことは
ありませんね.
医学界の意見を取りまとめた上での回答を出すよう
努めたからです.
そのためには医師会と家庭医学会
ネイバー 当然です.
そういう方針には断固反対してく
そして他の関連団体が委員会に同席し,
統一見解
ださい.
私からのアドバイスは「われわれが良い医師
に至るまで協議を続けるのです.
こうして2004年にで
ではないと思う者をへき地に送ることは受け入れが
きたのが先述した新しい法案です.
国は合意に達し
たい」と明言することです.
へき地こそ良い医師を必
なければ,
回答として受け入れません.
国は医師側に
要としているのです.
平均以上の医師をです.
期限を設定し「この日までに統一回答を提出してく
葛西 私からも質問があります.
英国家庭医学会と国,そして保健省の関係につ
202(8)
ださい」と伝えます.
これまで争ってきた人達が委員
会を発足させ,
議論し,
時には喧嘩になることもありま
いて教えてください.
家庭医療の導入・普及・発展
すが,
ドアに鍵をかけ,
新法王の選挙「コンクラーベ」
には国の支援が不可欠だと思われます.そこで私が
さながらに,
回答を得られるまで缶詰めになるのです.
月刊地域医学 Vol.20 No.3
2006
INTERVIEW/家庭医が国によって認められている英国の医療制度
険悪なムードで始まった協議も,
議論を重ねるにつれ
て相手の人となりが分かり,
打ち解けてくるものです.
山田
是非よろしくお願いします.
ネイバー先生,
今日は
ありがとうございました.
先ほどの質問に対してですが,
コンセンサスに至る
道筋をつけ,
合意点を見出すのが最良の策だと思
います.
まず手始めに重要度が低い案件から取りか
かり,
道筋がついたらより重要度の高い案件のコン
センサスを謀るのです.
コンセンサスがない場合,
国
は好き勝手に決めてしまうものですから.
これが英国
での私達の経験です.
医学界全体が団結すればす
るほど,
国への影響力と発言力が増すのです.
団結
を目指すべきですね.
葛西 ありがとうございました.
ネイバー 最後にひと言付け加えてもよろしいでしょう
か.私個人としても英国家庭医学会としても,
皆様と
連携できたことを非常に嬉しく思います.
今後とも友
好関係を発展させていきましょう.
インタビュー後記(山田)
今回は主に日本家庭医療学会でお招きした英国RCGP
会長 Roger Neighbour先生にインタビューするという
好機を得ました.
日本家庭医療学会の副会長のお2人
に特別参加していただき,
家庭医療の話からへき地医
療に関して幅広くお話いただきました.
現在,
日本家庭医
療学会では家庭医療,
地域医療,
総合診療,
プライマリ・
ケアといった分野を専攻する医師の研修プログラムを各
団体と調整しながら提案しています.
詳しくは学会ホー
ムページhttp://jafm.org/もご参照ください.
後列左から:福士元春 先生(地域医療研究所 地域医療研修センター)
,葛西龍樹 先生(医療法人 社団カレス アライ
アンス・北海道家庭医療学センター所長)
,竹村洋典 先生(三重大学医学部附属病院総合診療部助教授)
前列左から:山田隆司 先生,
ロジャー・ネイバー 先生
月刊地域医学 Vol.20 No.3 2006
203(9)
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