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日本語のオノマトペ1に後続する 助詞について

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日本語のオノマトペ1に後続する 助詞について
『コーパスに基づく言語学研究報告』No.
1(2009)
日本語のオノマトペ1に後続する
助詞について
―「と」および「に」をめぐって―
黄
慧
東京外国語大学大学院博士後期課程
要旨
日本語のオノマトペが副詞的修飾成分として用いられる場合,単独で現れる場合
と助詞「と」および「に」が後続する場合がある。本稿では,オノマトペのうち,
「ABAB」のような畳語型オノマトペに焦点をあて,後続する「と」および「に」
が現われる文脈環境,およびその機能について考察を行う。
畳語型オノマトペが副詞として動詞を修飾する場合,「と」を伴って用いられる
用例が最も多く,65%を占めるのに対し,「に」を伴って用いられる用例は 6%し
か占めていないことが分かった。「オノマトペ+と」は,オノマトペの大部分に広
く存在するのに対して,「オノマトペ+に」は一部分にしか存在しないことが分か
った。
次に,擬情語,擬感語は人間の心理状態,感覚を表すものであるがゆえに,一時
的および動的であることが含意されている。そのため,結果の修飾,静的な属性,
物的側面の情報を表す,「に」は,後続しにくいことも明らかになった。
収集した畳語型オノマトペの下位分類による数量的データからは,オノマトペの
6つの下位分類において,「と」が後続している用例数と「ゼロ型」で現れた用例
数の割合が極めて類似していることが分かった。
最後に,意味的特徴としての「に」および「と」について言及した。大部分にお
いて「に」が主に「結果」,静的を表し,「と」は主に「過程」,「動的」を表すこと
は明かになった。しかし,「と」および「に」は,単なる描写的および引用的用法
もあるため,これら機能を「に」および「と」の機能のなかに付け加えるべきであ
ることを主張した。
1 本稿では,田守・ローレンス(1999)に倣い,擬音語,擬態語の総称をオノマトペとする。オノマ
トペの下位分類に関係しない場合はオノマトペと呼ぶことにするが,オノマトペの下位分類から生じる
問題に言及する場合は金田一(1978)による分類に従い,擬音語,擬声語,擬態語,擬容語,擬情語と
明示する。先行研究の記述を引用する場合は原文のまま引用することにする。
― 267―
1.はじめに
日本語のオノマトペが,副詞的修飾成分として用いられる場合,単独で現れる場合と助詞 2
「と」および「に」が後続する場合がある。本稿では,畳語型 3オノマトペに焦点をあて,後
続する「と」および「に」が現われる文脈環境,およびその機能について言及することを目的
とする。
2.先行研究
鈴木(1980)だけでなく,情態副詞について言及している様々な先行研究でも,オノマトペ
が副詞として用いられる場合,極少数を除いたもの以外は情態副詞としての機能を担っている
ことが認められている。
2.では,オノマトペに後続する助詞についての先行研究を概観する。なお,オノマトペに
後続する助詞については,大きく音韻形態的特徴 4による使用状況の違い,および意味的特徴
による使用状況の違いについての先行研究がある。本稿では,日本語のオノマトペのうち,最
も特徴的である 4音節畳語型オノマトペに焦点をあてる。まず,4音節畳語型オノマトペを分
類・分析することを中心に行い,その他のオノマトペについての詳細な考察は次稿に譲ること
にする。そのため,意味的特徴に焦点を当てた先行研究について概観することにする。
2.1.オノマトペの種類による助詞の出現
ここでは,宮地(1978),西尾(1983),佐々木(1986),正宗(1990),羽佐田(2005)にお
ける諸説を見ていくことにする。
宮地(1978:3
6)は,形態論的観点からオノマトペについて論述しており,擬音語専用のも
の,および擬音語・擬態語両用のものに後続する助詞「に」および「と」における違いについ
て触れている。
西尾(19
83:173174)でも,副詞一般について「~と」,「~に」という両形の並存が,ほ
とんど意味の相違に対応することなく,「語形のゆれ」のような用例も見つかることから,一
2 丹羽(1994)では,引用および情態副詞の「と」は,広義の具体化の「と」の中に含まれると考え
ており,「と」が後続する副詞句を「準引用構文」として名づけている。「に」については,青木(1977)
によって格成分の下位分類として位置付けられている。さらに,オノマトペに後続する助詞について,
佐々木(1986)では,語尾として捉え,「ニ語尾」「ト語尾」と呼んでいる。それに対して中西(1997)
では,
「オノマトペ助詞」と名づけている。本稿では,オノマトペに後続する助詞のみを取り上げるため,
中西(1997)に倣い必要な時は「オノマトペ助詞」と呼ぶことにする。
3 鈴木(1993)に倣い,反復形式のオノマトペを「畳語型オノマトペ」と称する。
4 オノマトペに後続する助詞が,音韻形態的特徴により,使用傾向に違いが見られることについては
田守(1983)をはじめ,那須(2000)などがある。田守は,音韻形態的特徴と語彙性の高低という観点
から①「と」を随意的に伴うもの②「と」を義務的に伴うもの③「に」を義務的に伴うもの④動詞組み
入れとの相関関係について言及された。詳細は田守(1
983)を参照されたい。本稿では,畳語形式のオ
ノマトペのみに焦点を当てたため,音韻形態的特徴に関しては言及しないことにする。
― 268―
般的な副詞において,語尾の「に」,「と」の対立はほとんど有効性がないとしている。さらに,
「(音象)と」の形はオノマトペの大部分に広く存在するのに対して,「(音象)に」の形は一部
分にしか存在しないので,前者をより基本的な形とし,後者を転用的,派生的に一部生じてい
る形として捉え,「(音象)に」の形をとるものは「(音象)だ,な(の)」の形をとって,いわ
ゆる形容動詞の活用形をある程度そなえているものが多いとも述べている(p.160)。
羽佐田(2005)では,本人しかわからない内面心理を意味する擬情語(むかむか,ひやひや
など)よりもその心理が外に表出して観察される心理表出様態(めそめそ,とぼとぼなど)の
ような擬情語のほうが,助詞の「と」や「に」を伴って,いわゆる典型的副詞の形を取りうる
程度が高くなる傾向があると述べている。さらに,擬情語が副詞的機能として働くときは,
「擬情語+して」「擬情語+しながら」など,擬情語+スル形式動詞が副詞句の形をとって用言
を修飾する例が圧倒的に多いということも考察されている。
正宗(1990)も擬音語・擬態語の違いにより助詞の選択に違いが生じることについて言及し
ている。以下,宮地(1978),佐々木(1986),正宗(1990),羽佐田(2005)を簡単にまとめ
ると表 1のようになる。
表 1 オノマトペの下位分類による助詞の出現
詳細
宮
地(1978)
擬音語:そのまま,または「と」を伴って使われる
擬態語:そのまま,または,に(な・だ・の)がつくのが一般的
佐々木(1986)
擬声語:「に」語尾を下接しない。「と」は引用のト
擬態語:「と」,「に」両方後続可能
正
擬音語:「と」は,全てにつく 但し,省略可能
擬態語:「と」は省略可能 「に」は省略不可
宗(1990)
羽佐田(2005)
擬情語:「と」や「に」を伴って,典型的な副詞の形を取りうる程度
が高くなる傾向がある。
2.2.オノマトペに後続する「と」,および「に」の機能
オノマトペに助詞「と」および「に」が後続し,意味の違いを生じさせることについて論じ
たものは,宮地(1978),鈴木(1980,1993),西尾(1983),佐々木(1986)がある。
宮地(1978:3
6)は,aゼロ型(ちょいちょい),bに型(ぎざぎざ),c
(と)する型(うろ
うろ),dと型(おちおち)と 4分類している。さらに以下のような用例を用いた説明がある。
(1) どろどろに してある
(1・
) どろどろと している
(1・)どろどろ している
(宮地 1978:3
7)
― 269―
「どろどろに」は,結果としての状態を表し,「どろどろと」は引用的・指示的に状態を表し,
「どろどろしている」は,全体で存在,存続としての状態を表すという。
鈴木(1980)に加え,西尾(1983)は,「(音象)と」は過程の修飾,動的な属性を持ち,
「(音象)に」は,結果の修飾,静的な属性を表すとしている。さらに,鈴木(1993)では,象
徴詞畳語は基本的に運動の属性を表すもので,まさに副詞ということができる(p.120)と述
べている一方,象徴詞畳語のもつ修飾用法は,修飾する運動にかかわるだけではなく,その運
動の主体や対象にもかかわるということであるということも述べている。
佐々木(1986)は,西尾や鈴木の主張を検証したうえで,「ト」において,必ずしも動的意
味合いを持っているとは思えないものがあるとし,動詞の静的な意味合いとして用いられたも
のとして以下のような用例を提示している。「ギトギトと油ぎっている,ブヨブヨとむくんで
いる」などのような用例をあげているが,そのうち,「ゴシャゴシャと書く」のような不適切
だと思われる用例も混ざっていた。さらに,サ変動詞として動詞の連用中止の一種とみなして
よいものとして,「ギトギトしている,ケバケバしている」のような用例,それから形容詞,
形容動詞としか結びつかないものとして「スベスベと滑らかな肌,フカフカと柔らかいふとん」
といったかなり性質が違ってくるものを取り上げている。なお,本稿ではオノマトペの名詞修
飾に関しては言及しないことにする。
以下宮地(1978),鈴木(1980),西尾(1983),佐々木(1986)を簡単にまとめると表 2の
ようになる。
表 2「と」および「に」の機能についてのまとめ
詳細
宮
地(1978)
「と」:引用的・指示的に状態を表す
「に」:結果としての状態
鈴
木(1980)5
「と」:過程の修飾→句に対する関係
「に」:結果の修飾→語に対する関係6
西
尾(1983)
「と」:過程の修飾,運動的な属性をあらわす
「に」:過程の修飾,静止的な属性をあらわす
佐々木(1986)
「と」:動的・コト的側面の情報
「に」:静的・モノ的側面の情報
5 鈴木(1980)では,情態副詞から以下のようなものを除外している。①「ムチャクチャ」のように
専ら「に」語尾を取るもの ②「スベスベ」のように常に「する」と供に連用修飾用法を持たないもの
③「がっかり,ぎりぎり」のように「と」を伴わず,多くの数詞を限定するものであるため限定副詞
に分類されるもの。但し,本稿では情態副詞のみでなく,動詞を修飾する畳語型オノマトペ全体に注目
するため,上述した 3つのタイプも考察対象に入れる。
6 情態副詞においては,必ずしも,語を修飾するものであることを意味しない。
― 270―
2.2.まとめ
先行研究を概観したところ,今まで行ってきた研究では,おもに擬音語と擬態語の性質の違
いから「と」および「に」の使用環境に違いが生じることについて言及している。つまり,擬
音語には「と(引用のト)」が後続しやすく,擬態語には「と」,「に」とも後続することが可
能であり,さらに,下位分類としての擬情語においても,内面心理を描写するオノマトペより
は,人が感じ取れるような動作までに及ぶ心理表出様態のもののほうが,「と」や「に」を伴
いやすいことについて触れている。
さらに,「と」および「に」の機能においては,「と」は,過程の修飾であり,動的な属性を
表し,事柄的側面の情報を表すのに対して,「に」は,結果の修飾であり,静的な属性を表し,
物的側面の情報を表している。
「と」はオノマトペの広範囲に存在し,「に」は一部にしか存在しないという論証を導いたデ
ータは,辞書のみから収集したものであり,用例の数も示していないため,十分とは言えない。
そして,下位分類についての言及も明白なものではなく,擬音語,擬態語,擬情語の 3項目に
おけるオノマトペについての言及はあるものの,明確な記述はない。オノマトペの下位分類の
範囲を定めた上で,詳しく分析する必要があると思われる。
さらに,「と」および「に」の機能において,先行研究における記述を用いて,オノマトペ
全体における「と」,「に」を説明できるか疑問に残る。先行研究で記述された機能がオノマト
ペ全体における「と」および「に」について説明できない場合,他にどのような用法があるの
かを検討する必要があると思われる。
3.研究対象および研究方法
本研究では日本語の 4音節畳語形式のオノマトペが副詞的修飾成分を担う場合のみに焦点を
当てる。なお,李(2003:208)7における完全反復形のうち,「はははは」のような 1音節の単
純反復を除いた「ABAB形(イライラ,ガラガラ,テクテク等)」のみを取り上げることにす
る。さらに,「オノマトペする」形式 8のように,する動詞化されることによって使用された
ものは省くことにする。
新潮文庫 100冊から,翻訳作品を除いた 73作品を用いる。オノマトペの畳語形式を抽出す
る際には,佐野(2003)の日本語研究ソフトを用いて検索を行った。検索された畳語形式の用
例は,約 15000件であった。そのうち,「内へ内へ」などのような漢字語の畳語形式のもの,
およびオノマトペではない畳語形式を除外した結果,畳語形式のオノマトペ 7518例を収集す
7 李(2003:208)では,オノマトペの反復形式は,日本語と韓国語において非常に類似していること
を指摘し,反復形を大きく 3つ,つまり完全反復(いらいら,きらきら)と類音反復(あたふた,うろ
ちょろ)および部分反復(ぐぐーん,ずどどん,あはは)に分類している。
8「オノマトペ+する」は,鷲見(1996),伊藤(2006),川瀬(2006),楊淑雲(1993)によって言及
されているが,本稿では深く議論しないことにする。
― 271―
ることができた。さらに,本稿では,通時的研究は行わないため,戦後の作品に限定し,4576
例を考察対象とするが,そのうち 3290例が副詞的修飾成分の機能を担うものである 9。
オノマトペの下位分類によるオノマトペ助詞の使用環境を明らかにするために,まず,オノ
マトペの下位分類を行う必要がある。本稿では,オノマトペの分類において近年広く用いられ
ている金田一(1978)を参照する。金田一は,無生物と有生物の観点からの分類を行い,「擬
音語」「擬声語」「擬態語」「擬容語」「擬情語」と 5つに分類を行っている。感情を表すオノマ
トペを「擬情語」という新たな項目を立てた斬新な分類である。しかし,筧・田守(1993)に
おいては,気持ちを表す「いらいら」のようなオノマトペと,感覚を表す「ひりひり」のよう
なオノマトペを擬情語の下位分類として立てている。本稿での分類は,金田一(1978)を基本
とし,筧・田守(1993)の分類観点を取り入れた黄(2007)を用いる。つまり,「擬声語」,
「擬音語」,「擬態語」,「擬容語」に,感情を表す「擬情語」と感覚を表す「擬感語」を別項目
としてたて,6つに分類する。
羽佐田(2005)における,内面心理を表すものと心理表出様態を表すオノマトペの間には
「と」と「に」の使い方に違いが生じることについての記述を踏まえ,心理状態を表す「イラ
イラ,ドキドキ,そわそわ」などのようなものと,感覚を表す「ひりひり,じりじり,ちくち
く」のようなものは性質が違うものであり,別項目として扱うべきだと考えられる。
田守・ローレンス(1999)では,「擬音オノマトペ」,「擬態オノマトペ」という用語が用い
られている。本稿でも必要に応じて,この用語を用いて擬音語と擬態語を「擬音オノマトペ」,
擬態語,擬容語,擬情語,擬感語を「擬態オノマトペ」と呼ぶことにする。
4.考察
以上先行研究を踏まえて,本稿では以下にあげた点について考察を行う。
① 「と」はオノマトペの広範囲に存在し,「に」は一部にしか存在しないのか。
②
オノマトペの性質による助詞の使用傾向には違いがあるのか。
③ 「と」および「に」の意味特徴による問題について触れる。
4.1.
「と」および「に」の分布について
3.で述べたオノマトペの下位分類の分類基準に基づき,収集した 3290例のデータについて
分類を試みた。
擬音オノマトペが全用例数の 11%しか占めないなか,擬声語が非常に少ないことが表 3か
ら分かる。人間の笑い声や泣き声,動物の鳴き声などを表す擬声語の場合,小説においては
9 そのうち,「する動詞型」が 1009例,動詞的用法,「の」を介して名詞修飾するもの,名詞的に使わ
れるものが 212例,判断できないものが 9例である。
― 272―
表 3 オノマトペの下位分類における数量的調査
下位分類
用例数
割合
用例
擬音
オノマトペ
擬音語
擬声語
332
48
10%
1%
ガタガタ,ぎしぎし,ぱちぱち
ひいひい,ぴよぴよ,わあわあ
など
など
擬態
オノマトペ
擬容語
擬態語
擬情語
擬感語
2164
511
129
106
66%
16%
4%
3%
うとうと,ぶらぶら,よたよた
うねうね,かさかさ,きらきら
いらいら,そわそわ,わくわく
きりきり,ずきずき,じりじり
など
など
など
など
合計
3290
100%
ABAB型の畳語形式をあまり用いないことが伺える。特に笑い声のオノマトペが少なくなっ
ている原因の 1つとしては,本稿で ABAB型の畳語型オノマトペのみを扱っているためであ
ると思われる。除外された擬声語の用例には,「はははは」のような単純反復形式や「あっは
っは」,「いっひっひ」など,不完全反復形式を取っているものが多かった。
擬態オノマトペ約 90%のうち,擬容語が 2164例で約 66%を占めるのに対し,擬態語が 511
例で 16%を占め,擬情語と擬感語は共に約 3%しか占めていないことが分かる。小説における
オノマトペは,人間の様子を描写するものが最も多く用いられることが見て取れる。
副詞的修飾成分として用いられたオノマトペ 32
90例を,①「と」を伴って用いられたもの,
②「に」を伴って用いられたもの,③「ゼロ型」現れたものに 3分類する。詳細を以下の表 4
に示す。
表 4 収集した畳語型オノマトペの用例
種類
「と」
用例数
割合
2134(131)10
65%
「ゼロ型」
972
29%
「に」
184
6%
合計
3290
100%
本稿で扱う延べ語数 3290例のオノマトペのうち,異なり語数は 293語である。表 4をみる
と,畳語型オノマトペが副詞として動詞を修飾する場合,「と」を伴って用いられる用例が最
も多く,2134例で約 65%を占めるのに対し,「に」を伴って用いられる用例は 184例で約 6%
しか占めていないことが分かった。西尾(1983)における「「(音象)と」の形はオノマトペの
大部分に広く存在するのに対して,「(音象)に」の形は一部分にしか存在しない」という結論
を支持することになる。
10「と」型 2134例中,131例が「とする」の形で現れたものである。
― 273―
さらに,畳語型オノマトペは,助詞とともに用いられる場合が助詞を伴わずに単独で副詞的
修飾成分として用いられる場合の用例数の倍以上を上回っている。
4.2.オノマトペの性質と後続する助詞との関わり
2.
1.の表 1から分かるように,擬音語と擬態語の違いにより,助詞の使用環境にも違いが生
じる。さらに,擬情語を主に扱った羽佐田も「と」
,「に」の使用状況はオノマトペの性質に関
係していることについて言及している。
オノマトペの下位分類として立てた擬音語,擬声語,擬態語,擬容語,擬情語,擬感語の 6
つ分類における助詞の使用環境についてみていくことにする。詳細表 5で示す。
表 5 オノマトペの下位分類における助詞の使用傾向
と
用例
ゼロ型
割合
用例
に
割合
用例
擬声語
31
1%
17
2%
0
0%
擬音語
242
11%
90
9%
0
0%
擬容語
1364
64%
723
74%
77
42%
擬態語
310
15%
102
11%
99
53%
擬情語
111
5%
12
2%
6
3%
擬感語
76
4%
28
3%
2
2%
2134
100%
972
100%
184
100%
合計
今回の資料で最も特徴的なのは,擬音オノマトペにおいて「に」を伴った用例が 1例も見当
たらないことである。擬音オノマトペは,「に」を伴わない性質を持っていることが分かる。
さらに,擬情語,擬感語も「に」との共起率が非常に低いことが分かる。擬情語 6例中,5例
が(2)のように「かんかん」に後続している。感覚を表すオノマトペは「すべすべ」「べとべ
と」の 2例が検出された。
(2)「(前略)一人家へもどれば,京子 かんかんに 怒っていて「失礼しちゃうわ,折角人が
用意してるの知ってて,奥さん急に横浜の知ってる人のところで今日は泊るっていい出し
て」さぞかしアメリカ人は沢山食べるだろうと,……(後略)
(野坂昭如)
(3)「そんなことをこれっぽっちでも云ってみろ,のぶ公は かんかんになって 怒るぞ」
(山本周五郎)
(4)しかも人間はそのことにさえいつしかなれてしまって,立ちどまり,ふりえるかること
をわすれ,心のおくまで ざらざに あらされたのだ。
(壺井栄)
― 274―
(5)「今ね,古い林檎で,焼林檎作ろうと思ったのよ。もう大分古くなって,ぽかぽかして
来たから。バターとお砂糖で手が べとべとになってた もんだからね」
(曽野綾子)
(6)そして頭は小さく,全身の線がやわらかになだらかに,男と女のあいだのような感じで
す。膚を白く すべすべに 塗って,顔にも体にも彫刻の上に彩色がしてあるので,ちょう
ど大きな化粧をした人間が目の前にいるようです。
(竹山道雄)
羽佐田(2005)には,擬情語が副詞的機能として働くときは,「擬情語+して」「擬情語+し
ながら」など,擬情語+スル形式動詞が副詞句の形をとって用言を修飾する例が圧倒的に多い
ということが述べられている。しかし,本稿では「オノマトペ+する動詞」を除外しているた
め,擬情語の用例数が非常に少なくなったと思われる。擬情語 358例のうち,217例が「擬情
語+する動詞」の形で出現している。これら 217例には,「させる」といった使役表現や,「す
る動詞」が連体修飾として用いられる用例が含まれている。
(7)「永野修身は,ヌーボーであった。山本五十六には,永野修身のように,時々,汽車に
乗りおくれるなどということは決して無かった。山本は永野を眺めていれば,さぞ充分に
いらいらした にちがいない」と。
(阿川弘之)
(8)午前十時ごろではなかったかと思う。雷鳴を轟かせる黒雲が市街の方から押し寄せて,
降って来るのは万年筆ぐらいな太さの棒のような雨であった。真夏だというのに,ぞくぞ
くする ほど寒かった。
(井伏鱒二)
(9)
時に,君は合宿に行くことにきめた?と僕は藤木に尋ねた。急に胸が どきどきし
始めた。
(福永武彦)
(10)ベランダへ出て,伸子は大きく深呼吸した。頭の中の もやもやした ものが消えて行
く,実感があった。
(赤川次郎)
(11)伸子は社長の席に着いた。大分,お尻が ムズムズしないで 済むようになった。
(赤川次郎)
(12)それで,十二月二十四日の朝,淵田は九七艦攻の操縦桿を村田重治に握らせ,二日酔
の ずきずきする 頭を,寝ながらさまして,岩国へ着き,「赤城」に帰ってみると,山本
が,東京から来訪中の永野軍令部総長と一緒に,もう来艦していた。
(阿川弘之)
― 275―
このように,擬情語,擬感語は「する」動詞化した形で用いられるものが 60%以上を占め
ている。擬情語,擬感語は人間の心理状態,感覚を表すものであるがゆえに,一時的および動
的であることを含意している。そのため,「に」のように結果の修飾,静的な属性,物的側面
の情報を表すものは,後続しにくいと考えられる。
収集した畳語型オノマトペの下位分類による数量的データは表 5のようになっている。オノ
マトペの 6つの下位分類において,「と」が後続している用例と「ゼロ型」で現れた用例が極
めて類似していることが分かる。「と」および「ゼロ型」が後続した用例の内訳を見ると,両
方とも擬容語のほうが最も多く,60%以上を占める。その次が擬態語,擬音語といった順にな
っている。「ゼロ型」および「と」が後続されたオノマトペは機能的に非常に類似していると
思われる。
(13)そう せかせか 歩かないで頂戴,と言われて,そうだ,ここは町人どもの跋扈する江
戸ではなかった,加賀百万石の城下町であったなと,お能めいた足どりを真似るも浅まし
い。
(五木寛之)
(13・
)俊介は服の襟をたてると寒さしのぎに砂のうえを せかせかと 歩きまわった。暁の湖
岸の微風はナイフのようにするどかった。
(開高健)
(14)「男の方は黙っていました。そして,ずんずん 向うに歩いて行ったのです」
(松本清張)
(14・
)隆士は,先に立って ずんずんと 歩いて行った。時々,立ちどまって,
(後略)
(三浦綾子)
(15)「黄色と黒のダンダラ模様の服を着せられるのさ。バケツもだ。そんな恰好で,気が遠
くなるほど長い長いハイウエイを のろのろ 歩いていると,何だか自分がシマヘビみたい
な妙な気分になってきてねえ。あんた,その感じわかる?」
(五木寛之)
(15・
)子供たちは部落を外れるまでは大人たちに怪しまれぬように のろのろと 歩いて行っ
たが,部落を外れると,いっせいに駈け出した。
(井上靖)
(13)~(15・
)における「オノマトペ+と」の形や,「オノマトペ+ゼロ型」の形,両方で
使われる用例をみると,「と」の有無は意味の違いまでは影響を及ぼさないことが分かる。し
かし,ここであげたものは,「ゼロ型」および,「と」のどちらでも使えるオノマトペに限って
いる。「と」の中には「ゼロ型」になれないものもあり,他方,「ゼロ型」は必ずしも「と」が
― 276―
後続しうるとは限らない。オノマトペに後続する「と」および「ゼロ型」は極めて類似してい
ながらも,互換できないものも存在している。
4.3.助詞による意味的特徴に関する考察
4.3.1.
「に」について
「に」が後続した形で現れた用例は,全部で 184例収集できた。以下,「に」が後続した用例
の内訳を表 6に示す。
表 6 「に」が後続する用例数
用例数
割合
になる形式
65
35%
にする形式
15
8%
普通動詞の後続
104
57%
合計
184
100%
助詞「に」を伴って現れる畳語型オノマトペは 184例中 65例の 35%が(16)~(19)のよ
うに「に+なる」形式で用いられていることが分かった。さらに,(20)~(24)のように
「にする形式」で用いられているものは,極めて少なく,15例で 8%しか占めないことが分か
った。
(16)しまいに,口の中が からからに なって,炎症でもおこしたように,ひりついた。
(安部公房)
(17)それから基一郎は大勢のお伴をひきつれ,病院じゅうを回診してまわった。小柄な院
長は疲れ知らずに歩きまわり,尾いてゆく若い医者や看護婦のほうがへとへとに なった。
(北杜夫)
(18)純子は自分のロッカーを開けると,事務所用のスカートにはき替えながら言った。事
務用の椅子に座っていると,スカートのお尻のあたりが テカテカになってしまうので,
会社では安物のスカートに替えることにしているのだ。
(赤川次郎)
(19)ぼろぼろになった 手帳を持って訪れた。祖母は賢介が,敵の弾に当たって死んだので
はなく,自殺したのだという話を,まっ青な顔をして聞いていたそうだ。
(宮本輝)
これは,西尾(1983)で主張したように,助詞「に+なる」のように,動詞「なる」に促さ
れてオノマトペが「に」語尾をとらざるをえないものであると解釈するか,「に」が過程を経
― 277―
てその結果に至った状態を表す形式を好むのか,明確な結論が出せないように思われる。
(20)事業での信用は傷つき,明朗と活気で手をつなぎあった販売網は ずたずたに され,
金融の道は閉ざされたままだ。無罪となったといっても,粗製モルヒネの払い下げの再開
は,憲政会内閣が変らないうちは,実現を望めそうにないだろう。
(星新一)
(21)原料は,氷蜜という一種の砂糖だった。氷蜜どころかろくに砂糖もできない日本では
この菓子は珍貴そのものというほかない。製法は,氷蜜を煮詰め,どろどろに したもの
に うどん粉を加え,罌粟一粒を包み,さらにかきまわしながら煮あげると次第にふくれ
てきて,そとがわにいくつものツノがはえてくる。そういう菓子である。
(司馬遼太郎)
(22)僕は老人に作業用の古靴を一足手に入れてもらい,底をとりはずして中に小さく畳ん
だ地図を入れ,また底をもとどおりにした。僕には影がおそらくその靴を ばらばらに し
て 地図を探すだろうという確信があった。
(村上春樹)
(23)なによりも楡病院の二代目院長である徹吉は,こうした院長業務に不適というか,病
人を診察することよりも更に多くの時間を割かねばならぬさまざまな経営者としての実務,
煩雑な末梢事に向いておらず,不器用で,頭がきれず,傍で見ていても歯がゆいほどもた
つくのであった。にもかかわらず,否応なく彼の背におわされた数限りのない義務は,徹
吉を へとへとに し,すりへらし,めっきり白髪を殖やさせ,その二,三年の間に十年も
歳をとらせ,むっつりと不機嫌にした。
(北杜夫)
(24)頭の毛はサラリーマンそのもの,というかんじできっちりと七・三にわけていたが,
目がとても動物的にやさしいので,頭の毛を ぼさぼさに していたら,昔の横山隆一の新
聞マンガ「フクちゃん」に出てくる荒熊さんのイメージに近かった。
(椎名誠)
(20)~(24)の用例から分かるように,オノマトペに「にする形式」が後続する場合,受
け身文の(20)を除くと,「靴をばらばらにして」,「徹吉をへとへとにする」,「頭の毛をぼさ
ぼさにする」のように,
「を」格を取り,他動詞的に用いられることで,「あるもの」を「ある
状態」にさせるという意味が含まれる。
以上,オノマトペに後続する形式動詞「にする/になる」についてみた。これからは,「に」
に後続する形式動詞「なる/する」以外の普通動詞はどのような特徴があるのかをみていく。
(25)混乱した世相はここにもあらわれて,つみもなくわかいいのちをうばわれたかれらの
― 278―
墓前に,花をまつるさえわすれていることがわかった。花たてのツバキは,がらがらにか
れて 午後の日をうけている。
(壺井栄)
(26)信仰は,そんな自負心を持った時,たとえ牧師でも ガタガタに 崩れていく ような気
がしましてね。つまり,あれはわたしたち信者の自戒のための小説なんですよ。それは巻
頭に書いてある聖句をごらんいただければわかることと思うのですが……」
(三浦綾子)
(27)ぼくは何だか北海道の人たちが,いじらしいような気がしてなりません。こちらでは,
寒さのきびしいことを,凍れたと言います。しばれた日は布とんの襟が ガチガチに 凍り,
ガラスは美しい模様をみせて白く凍りつきます。
(三浦綾子)
(28)南のたまりにたどりついたとき,雪は息苦しいまでに激しく降りしきっていた。それ
はまるで空そのものが ばらばらに 砕けて 地表に崩れ落ちているかのように見えた。
(村上春樹)
(29)(前略)脚は膝小僧を節にした竹の棒にことならず,ただ足の甲だけは ぱんぱんに 腫
れ上って,その表面になめくじのはいずったような,ぬめぬめとにぶく光る紋様が交錯し,
しゃれこうべに支えられて,(後略)
(野坂昭如)
「に」に後続する動詞が一般動詞である場合,(25)~(29)のような「裂かれる,凍る,乾
く,塗る,砕ける,固まる,崩れる,枯れる,疲れる,散る,ちぎれる,禿げる (順番は用
例の出現順になっている)」や複合された「ふくれあがる,焼け爛れる,腫れ上る,打ち壊す」
などのような結果状態を含意する動詞と結びつくものである。
さらに,(30)~(33)のように,「引裂かれる,される,凍らせる」のように,受身形,使
役形を用いられる用例も見られる。
(30)善太郎が行ってしまうと椅子をくるりと廻して向うを眺めている善作に取りつく島も
なく,わたしはうそ寒くちぢまって咽喉を からからに 乾からびさせる ばかりであった
が,もはやこの沈黙に堪えきれず,(後略)
(石川達三)
(31)「ほったらかしておくと,これっくらいもある梁なんかだって,すぐに ぶよぶよに 腐
らせて しまうんですからねえ。」
(安部公房)
(32)事業での信用は傷つき,明朗と活気で手をつなぎあった販売網は ずたずたに され,
金融の道は閉ざされたままだ。
― 279―
(星新一)
(33)上腿を砲弾で ぎざぎざに ちぎりとられて 死にひんしている若い外国兵が,それでも
カメラにむかって顔をむけるために首をねじっているのだ。この野郎,とかれは考えた。
(大江健三郎)
4.3.2.
「と」について
「と」が後続した形で現れた用例は全部で 2134例収集できた。以下,「と」が後続した用例
の内訳を表 7に示す。
表 7 オノマトペの下位分類における助詞の使用傾向
用例数
割合
とする形式
131
6%
となる形式
6
0.
2%
普通動詞の後続
1997
94%
合計
2134
100%
「と」が後続されるオノマトペは「する/なる」形式で用いられる用例が「に」+「する/
なる」に比べて占める割合が非常に少ないことが分かる。「とする形式」をとるものは 131例
で約 6%を占める。それに比べて「となる形式」をとるものは,6例しか現れず,全体の 0.
2
%しか占めないことが分かった。「と」は動的,過程的意味を表すため,変化を経てある状態
になるという意味を表す「なる」形式動詞は後続しにくくなると考えられる。「となる形式」
の用例を(34)~(39),「とする形式」を(40)~(43)で示す。
まず,「となる形式」の用例を見ていく。
(34)すっかり暗くなってから士官宿舎に戻ったときは,城木は くたくたと なっていた。
が,その間,何事につけ器用な一人の兵長を入院病棟へ赴かせて,キニーネ,ザルブロ,
体温計,オブジェクト・グラスなどをすばやく銀蠅させたことが唯一の慰みとなった。
(北杜夫)
(35)この不意打には たじたじと なって,さては仙吉が例の病の,何かのだしに使われた
なとはさとったが,どう受け応えようもなく,わたしはゆっくりたばこを取り出して火を
つけながら様子をうかがっていると,「あの,吹込はいつごろになるんでございましょう
か。
(石川達三)
(36)「悪かった。つい…… フラフラと なって」
(赤川次郎)
― 280―
(37)「君,こんな小さな奴にこう下からとびこまれるとね,へなへなと なるんだ,腰がね
え。(後略)
(北杜夫)
(38)ブンニさいんヲネダルモノ,てーぷれこーだーヲ
マワシテ
ブンノ声ヲ録音シヨウ
トイウモノ多ク,ブンハ揉苦茶ニサレ,囚人服ハ ボロボロト ナル。
(井上ひさし)
(39)私は,カミソリをもちそれを一気に引くときの恐怖を考えるとゾッとする。体中の力
が抜けて ワナワナと なる。
(高野悦子)
佐々木(1986)では,「に」のみ下接し,「する」動詞化できない用例として,「ギザギザ,
ヘトヘト,ボサボサ,メロメロ」を挙げている。惚れた結果「メロメロ」になる,疲れた結果
「へとへと」になるというふうに「に」は,結果的であり,静的な意味を表すと判断できる。
特に(34)~(39
)のように,「となる形式」で現れた用例は動的な「と」とともに現れるに
も関わらず,「なる」が後続することで結果を表すことになる。
つぎに,「とする形式」の用例を以下に示す。
(40)残念なことに,小生にはこれくらいのことしかまだ申しあげられません。もやもやと
した 感じは持っておりますが。
(松本清張)
(41)誰も彼に注意をはらう者はなかった。ところがその周二は,そのころになって急に も
じもじと して,上目遣いに周囲を盗み見て,思いきって決心したようにかたく握ってい
た拳をひらいた。
(北杜夫)
(42)ああ,あの中に自分も交ってうたったのに,となつかしさにたえませんでした。いつ
皆様が日本に帰ってしまうかと,いつも はらはらと していました。そうして,ムドンに
来ては,まだわが隊がいるのをみて,ほっと安心しました。
(竹山道雄)
(43)信夫の言葉に貞行の顔色がさっと変わった。六さんは
うろうろとして貞行をみた。
(三浦綾子)
(40)~(43)から分かるように「とする形式」は「動的」意味を表している。しかし,先
行研究で述べられている「過程的」の意味は含意されていないようである。つまり,「と」に
「する」形式動詞が後続した「とする」形式は過程の意味は表わしにくく,基本的には動的意
味を表す場合であることが明らかになった。
― 281―
4.4.
「と」および「に」の描写的機能
大部分において「と」が「過程」や「動的」な意味を表し,「に」が,「結果」や「静的」な
ものを表すことは,すでに明らかになっている。しかし,すべてが当てはまるとは限らないこ
とが以下の用例で明らかになった。
まず,「と」が後続した用例をあげる。
(44)たぶんこのへんでよかろうと,手さぐりにさぐりあてたのは乳房のあたり,ふわふわ
と した 部分で,ちょっと頼りないが,せっかくつかんだ手中の白玉の,露に散らすのも
惜しく,これは聖心の信仰のほうに一時預けにしておくほかない。
(石川達三)
(45)その店は図書館から車で十五分ほどの距離にあった。くねくねと 曲った 住宅地の中
の道を人や自転車をよけながらのろのろと進んでいくと,坂道の途中に突然イタリア料理
店が姿を見せた。
(村上春樹)
(46)その柱は一言にしていうならばコリント様式のまがいで,上方に ごてごてと 複雑な
飾りがついていた。
(北杜夫)
今回収集したデータにおける「とする形式」で現れた用例はすべて,動的な意味を表さない
ことが分かった。用例を見ると,動的や過程的の意味よりも,単なる場面,状況や人間の描写
的表現であることが明らかになった。さらに「にする」より,「にしてある」のほうが「にす
る」より選ばれやすいことも観察される。
次に,「に」が後続した用例をあげる。
(47)「そういう時,普通の女の人はすぐ カンカン に怒るだろう。だけど,小菅さんは怒ら
なかったね」
(48)栄二は返辞をせずにじっとしていた。世間の下積みになって,世間のからくりに振ま
わされながら,その日その日を かつかつに 生きている 人たちが,数えきれないほど多
くいる。
(山本周五郎)
(49)「お父つぁんが好きどした・やな。藪のはしに,四,五本,ぱらぱらに 植わって すの
んやけんど,こんどここィ植えかえよ思うてます。
(水上勉)
― 282―
(50)短い前奏が終ると,整列した従業員,ごく一部の患者たちが,おずおずと,かなり ば
らばらに 歌いだした。
(北杜夫)
(47),(48),(49),(50)の用例を見ると,これらオノマトペが「に」と供に用いられたに
もかかわらず,結果副詞的 11ではないことが分かる。これらの例文はすべて,単なる動作自体
について述べていて,時間的前後と関係がなく,同時進行であると考えられる。従って,怒っ
た結果「かんかんになる」のではなく,「怒る」様子を「かんかん」で描写していると解釈で
きると考えられる。主体をより特徴づけ,描写的に映し出していると思われる。
仁田(2002)における,結果副詞としての広がりに入っている周辺的なものと様態副詞とし
ての広がりに入っている周辺的なもの,つまり結果副詞と様態副詞の中間にあるものは非常に
あいまいで,区別することは難しいと思われる。そのため,これらを「と」および「に」の機
能のうち,描写的機能を取り入れることにはまだ検討が必要だと思われるが,本稿で扱ったデ
ータからは,描写的なものであることが明らかになっている。
そして,宮地(1978),藤田(1998)でも述べられていた,擬音語に後続する「と」は引用
の「と」であることも以下の用例で確認できる。
(51)鮎太は自分が女と反対の方向へ走るのを感じた。レールの上を横切った。線路際の石
ころが二つ三つ,彼の足に蹴飛ばされて,下へ落ちて行った。からからと 音を立てて ど
こまでも落ちて行く,そんな落ち方であった。
(井上靖)
(52)ただ私は,勢いを失なったかと思うと,にわかにもり返して,ごうごうと 音立て噴き
あがる炎がそれでも徐々に徐々に鎮まって行く過程を見つめながら,あなたのことを考
えていたのでございます。
(宮本輝)
(53)そうして,汽笛が鳴ると,「じゃ。」と蝙蝠傘のにぎりをあげて,また長靴を ごぼごぼ
と 鳴らしながら,あたふたと地下道へ駈けこんでいった。
(三浦哲郎)
(54)庄九郎は りんりんと 声をあげた。
(司馬遼太郎)
(51)~(54)の用例から分かるように,擬音語,擬態語に後続する「と」は,「鳴る,泣く,
音がする,音を立てる」などの動詞を伴って現れる。後続する動詞からも分かるように,擬音
11 仁田(2002)では,結果副詞の判断基準として「~した結果
(2002)を参照されたい。
― 283―
~になる」としている。詳細は仁田
語・擬態語に後続する「と」は,引用の「と」であることがいえる。
5.おわりに
本稿では,オノマトペの下位分類によりオノマトペに後続する助詞の使用環境に違いがある
ことについて述べた。収集した畳語型オノマトペは,やはりその下位分類による傾向性が見ら
れる。
さらに,意味的特徴としての「に」および「と」についても言及した。「に」が主に「結果」
を表し,「と」は主に「動的」を表すことが証明された。しかし,「と」と「に」は,単なる描
写的および引用的に用いられる場合があり,いわゆる中間的なものが存在することも分かった。
以下図 1のように示すことができる。
「と」
「に」
動的
過程的
事柄的
引用的
描写的
静的
結果的
物的
図 1「と」および「に」の機能
しかし,本稿では,「オノマトペ+する」のものおよび,その連体修飾についての詳細な考
察が行われていないため,畳語型オノマトペの全体像を描くことができなかった。今後はより
多くの用例を詳しく見ていくことからはじめ,「に」および「と」の使用環境と動詞との相互
関係についてもう一歩深く見ていく必要があると思われる。
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