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日本酒と私の麹菌人生

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日本酒と私の麹菌人生
24-5 Sakuragaoka-cho, Shibuya-ku, Tokyo 150-0031
Tel: 03-5456-8082 Fax: 03-5456-8388
Mail: [email protected]
http://www.japancivilization.org/
ニューズレター No.
4
2016年夏号
日本文明研究所の第4回シンポジウムが、2016年5月24日、東京渋谷の日本経済大学で行われました。登壇者は、海外
でも人気の日本酒ブランド「獺祭」の蔵元・旭酒造(株)代表取締役社長の桜井博志氏と、皇學館大学非常勤講師の竹
田恒泰氏、国税庁醸造試験所の鑑定官を経て現在日本薬科大学特任教授、東京大学名誉教授の北本勝ひこ氏。開会を前
に、会場に冷えた「獺祭」が振る舞われ、心地よい空気の中、北本氏が「日本酒と私の麴菌人生」を講演。その後、猪
瀬所長の司会で「日本酒はなぜうまいのか?~和食が世界をリードする」をテーマに、
『古事記』から日本酒の世界進出
まで、幅広く語られました。その一部を載録します。
ごあいさつ
第4回シンポジウム報告 特別講演
理事長
日本酒と私の麹菌人生
都築仁子
わが国は瑞穂の国とも申しまし
て、稲穂から生まれた日本酒は、
神事においても重要な役割を果
たし、今日まで発展して参りま
した。日本食は、世界文化遺産
にも選ばれておりますが、日本
文明研究所にとりましては、日
本酒を語るということは、大変
長い歴史と伝統に裏打ちされた
文化について考えるということ
でもあります。今回のニューズ
レターでは、日本酒をテーマに
した第4回シンポジウムについ
日本薬科大学特任教授 北本勝ひこ 氏
てまとめております。どうぞお
楽しみくださいませ。
写真提供:旭酒造
今日は、麹菌についてお話しさせ
ていただきます。皆さんは日本酒に
ついてはご存知だと思いますが、麹
菌について詳しい方はさほど多くな
いでしょう。
フランス料理、中華料理に比べて
何 が 和 食 の 特 徴 か と 言 え ば、「 う ま
味」です。その味のベースとなるの
は、味噌やしょうゆ、みりんなどの
うま味を含んだ調味料です。これら
に共通するのは麹であり、麹菌です。
すなわち、和食のうま味のキープレ
イヤーは麹菌なのです。
私はその麹菌ひと筋で長 年、研 究
を続けて参 りました。二十 数 年 間、
東 京・北区滝野川にあった醸 造試 験
所に勤務し、その間、福岡、仙台の国
税局で、お酒の鑑定官も務めました。
九五年から東京大学に助教授とし
て移り、基礎的な生物学的研究に軸
足を移して現在に至ります。醸造試
験所では、日本酒造りに必要な清酒
酵母と麹菌という二つの微生物を研
究 し ま し た。 清 酒 酵 母 の 開 発 ( 育
種)にも携わり、その成果の一つに、
一昨年より醸造協会から頒布されて
いる協会酵母一九〇一号があります。
尿素非生産性高エステル生成酵母と
いう、尿素をつくらない酵母です。
一般財団法人日本文明研究所 住所:〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町24-5 電話:03-5456-8082 fax:03-5456-8388
ウェブサイト:http://www.japancivilization.org/ 設立:2015年8月 デザイン:アーティザンカンパニー
酒造りには
えば一〇〇〇キログラムの仕込みを
する場合、七%、つまり七〇キログ
ラム相当の米を小さいタンクに入れ
て、清酒酵母を純粋培養して酒母と
世界的にも複雑な発酵
を精米機で外側から六五%削った、
三五%精米の白米が使用されていま
す。その時にぬかが大量に発生しま
すから、せんべいに使われたり、米
では麹がいちばん大事というわけで
二酛、三造り」があります。酒造り
れている、有名なことわざに「一麹、
しましょう。酒造りの教科書に書か
前置きが長くなりましたが、本題
に戻り、日本酒の造り方からお話し
つことが少しずつ研究されています。
れる麹菌自体も健康によい機能を持
界的に注目されており、和食に含ま
ます。近年、和食が健康によいと世
種麹のことを「もやし」と呼んでい
それが理由ではないのですが、麹の
もやしのようなものが見えてきます。
ると糸状の細長い細胞がつながって、
とって寒天培地に置いて顕微鏡で見
麹は言うまでもなく、日本酒造り
に欠かせない存在です。麹菌を掻き
行 い ま す。 で き た 甘 い 汁 ( 麦 汁 )を
ルコースにする糖化工程を前段階で
のアミラーゼにより、でんぷんをグ
ビールは、大麦のでんぷんを糖化
するのですが、麦芽を使って麦芽中
がります。
酵して、アルコールになり、でき上
果糖といった糖をそのまま酵母が発
って原料のぶどう中のグルコースや
を取ります。ワインは単行発酵とい
行複発酵という一番複雑な製造方法
げられます。その中で日本酒は、並
発酵だけでできる主な醸造酒とし
ては、ワイン、ビール、日本酒が挙
な日本酒が完成します。
上がり、それを圧搾・ろ過して透明
アルコール分一八%位のお酒ができ
ろみ仕込みが終わると一カ月ほどで
みの本仕込を三回にわけてやる。も
でき上がります。それを使ってもろ
山田錦が一番有名で、吟醸酒などに
すく、よい麹ができます。酒米では
すが、これがあると麹菌が繁殖しや
よく見ると、真ん中に白く乳白色
に見える心白というところがありま
た回りほど大きい。
酒米の山田錦は二六・五グラムとふ
粒で二二グラムぐらいなのに対して、
酒米というのは酒造り専用の米で
す。我々が食べている食用米は、千
両方が使われます。
あり、酒米 (酒造好適米)と食用米の
です。使われているお米には二種類
ですが、それは巧みな発酵技術ゆえ
に濃度の高いアルコールができるの
ビールの五%、ワインの一〇%に
対して、日本酒は二〇%という非常
発酵という形を取ります。
酵してアルコールにしていく並行複
ースを清酒酵母ができたそばから発
ースを作るのですが、できたグルコ
対する日本酒はもっと複雑です。
もろみのタンク内でお米からグルコ
とが経験的に実証されています。
やすく味わいも繊細になるというこ
んぱく質が少なくなり、吟醸香が出
がり、いい酒ができます。脂質、た
吟醸酒には表示基準があり四割以
上削らないと吟醸酒とは呼べません。
では半分くらい削ります。
になりますが、最近ブームの吟醸酒
ナスとなるので削るのです。日本酒
養の部分が、酒の味にとってはマイ
玄米食はミネラル、たんぱく質、
脂質など栄養が豊富ですが、その栄
です。
飯米は玄米から一割ほど削ったもの
なぜ精米するかというと、味が悪
くなるからです。我々が食べている
パンが焼きあがるそうです。
のもちもちした食感があるおいしい
のぬかで米粉パンを作っていて、米
んでは、神戸屋パンと共同で大吟醸
技術から生まれた日本酒
す。
ろ過し、透明になった液体をビール
よ く 使 わ れ ま す。
「 山 田 錦 三 五 %」
麹が欠かせない
お酒の原料はお米です。精米して
米を洗って水に漬けて、それを蒸す
酵母で発酵します。糖化と発酵の工
ぬかの化粧品などにします。獺祭さ
と 蒸 米 が で き ま す。 そ の う ち の 二
程が分かれており、これを単行複発
ちなみに大吟醸は五割以上削りま
す。麹には糖化力が高く、たんぱく
します。酒母は二週間ほどかかって
〇 % が 麹 造 り に 使 わ れ、 残 り の 八
と表示されている吟醸酒では、玄米
精米をするほどでんぷんの純度があ
全体の平均では三割ほど削ったもの
〇%は酒母やもろみの仕込みに使わ
酵と言います。
もと
れます。酒母はスターターです。例
2
分解能力が低く、さっぱりした味と
なるよう吟醸専用の麹菌が使われて
います。もろみも低温で長期間発酵
するなど、仕込みに工夫をすること
でフルーティーな香りと繊細な味わ
いの吟醸酒が造られています。
麹の用途は、医薬、
洗剤までにわたる
種麹のことを「もやし」と呼びま
すが、もやしにも様々な種類があり
ゼという胃腸薬がそうです。夏目漱
れています。例えばタカジアスター
品以外でも古くからいろいろと使わ
れる和食の立役者です。実際には食
麹菌は日本酒、みりん、しょうゆ、
味噌、甘酒など日本では日常で使わ
て仕込みに使うのです。
二日ぐらいかけて白い色の麹を作っ
ます。このもやしを蒸米にふりかけ、
子がいっぱい付いているものが見え
種麹が入っていて、緑色の麹菌の胞
一万円くらいします。中を開けると
りの大吟醸用であれば桐箱に入って
のだと一〇〇円くらいですが、酒造
ます。八百屋さんで売られているも
やしたいと思っています。
の研究と普及の輪を広げることに費
すので、これからの麹菌人生は、そ
れ以上の可能性があると思っていま
際、甘酒にはヨーグルトと同じかそ
上になることを目指しています。実
す。そこで、二〇二五年には甘酒の
一くらいしかなく残念に思っていま
のですが、麹菌はその一〇〇〇分の
人気で、乳酸菌の研究は非常に多い
のが現状です。最近はヨーグルトが
日本人の評価や認知度は極めて低い
あると考えられていますが、一般の
アトピー性皮膚炎や花粉症にも効果
クト」を立ち上げています。甘酒は、
一九五〇年、神奈川県生まれ。
東京大学農学部を卒業後、国税
庁醸造試験所の研究員となる。
福岡国税局および仙台国税局で
鑑定官、醸造試験所主任研究員
を経て、九六年より東京大学農
学生命科学研究科教授。現在、
東京大学名誉教授。日本薬科大
学特任教授。日本農芸化学会功
績賞をはじめ受賞歴多数。
(きたもとかつひこ)
北本勝ひこ
生産消費量がヨーグルトの一〇%以
石の『我輩は猫である』にも出てき
ますが、高峰譲吉博士が一〇〇年以
上前に発明し、消化剤として今でも
使われています。このほかにも、洗
剤の中には油汚れを落とすリパーゼ
という酵素剤が入っていますが、こ
れは、麹菌を使って遺伝子組換えに
より作られたものが、世界中で使用
されています。
麹菌には健康や美容などにも良い
機能があることが、研究が少ないな
がらも、知られています。それをも
っと日本国民に知ってもらいたく、
日本薬科大学で「あまざけプロジェ
3
第4回シンポジウム パネルディスカッション
日本酒は
なぜうまいのか?
和食が世界をリードする
桜井博志 氏 × 北本勝ひこ 氏 × 竹田恒泰 氏
モデレーター
猪瀬直樹
─
日本酒
そのおいしさの変遷
猪瀬 会場の皆さんにも試飲してい
ただきましたが、いかがでしたか?
「獺祭」には辛味と甘味と渋味が同
時に広がるような、味の幅がありま
すよね。
勢とともに、味を求めるようになっ
が持て囃されました。それが社会情
桜 井 「 獺 祭 」 の 前 は、 爽 や か で す
らっとした、香りが立つ味のない酒
あったでしょう。酒税法改正が、日
ルコールが混ぜられた質の悪い酒も
と大吟醸になります。昔は醸造用ア
四〇%も削るのが吟醸、五〇%削る
竹田 味があり香りも華やかな純米
大吟醸ですね。
た。おいしさは時代にそって変わっ
本酒の品質低下を食い止めたと言え
吟醸、吟醸、純米酒といった表示基
八九年の酒税法改正で廃止され、大
一級、二級という級別制度が、一九
れたように思います。日本酒の特級、
は「ひやざけ」と、割と蔑んで呼ば
は、燗をつけず瓶から茶碗につぐの
を「冷酒」で飲みますが、それ以前
たかもしれませんね。今はいいお酒
造アルコールをもろみの二倍加えた、
さんのイメージされているのは、醸
るということではないんです。猪瀬
しかし醸造用アルコールを添加す
ることは、必ずしも酒の品質を下げ
れません。
上に一役買っていると言えるかもし
な規定があり、その点では品質の向
北本 級別制度は作り手の申告制で
したが、改正後の表示基準には明確
るのでしょうか。
準ができた。精米歩合七〇%以下は
三増ではないかと
三倍増醸清酒
─
本醸造と定められていますね。さら
猪瀬 新潟の「越乃寒梅」のブーム
ぐらいから、お酒の飲み方が変わっ
てきたと感じています。
に精米歩合六〇%以下、つまり米を
桜井博志 旭酒造社長
4
した製法の流れをくみます。ブレン
度数を上げることで火落ちしにくく
いう、米焼酎等を添加しアルコール
らの酒で、江戸時代に「柱焼酎」と
量入っています。本醸造とは昔なが
アルコールは、今でも本醸造には少
どなくなりましたね。ただ、醸造用
思います。そういう悪酒は、ほとん
ました。でも実際作ってみると、精
磨くことに意味はないと言う方もい
酒造りの専門家には、一定以上米を
合を目指して磨いてみただけでした。
す。最初はただただ日本一の精米歩
いお酒が生まれやすいということで
桜井 それだけとはいいきれないで
すが、結果として磨いた方がおいし
ていいわけですか。
合のシビアな数字に比例すると考え
較する物差しを作っていくことが求
今後は、例えばワインと日本酒を比
ネスコ無形文化遺産になりました。
ませんね。和食は二〇一三年末、ユ
さを求めるようになったのかもしれ
猪瀬 海外文化の流入で比較対象が
でき、和食や日本酒に新たにおいし
伝統と技術革新
魅力に気づき、国際価格がどんどん
と。今後、欧米の金持ちが日本酒の
はこの値段で出すに値する味なのだ
ろ、仕入れ価格は関係ない、この酒
に値付けされているのか聞いたとこ
升瓶で数千円のお酒です。どのよう
米は自然のものですから、どこに真
桜井 理論的には、大吟醸は米の外
側五〇%を取り除けばいいのですが、
ってくるのでしょうか。
突き詰めると、そういう作り方にな
たいない気もしますが、おいしさを
で米を削っています。なんだかもっ
しさには、コンピュータ制御の精米
限界でした。今日の「獺祭」のおい
七〇〇キロぐらいの小さな仕込みが
ける必要があったのです。物理的に
くのに、約三日間精米杜氏が搗き続
った。それ以前は五〇%まで米を搗
五%でも機械で精米できるようにな
北本 数十年前にコンピュータ制御
の 精 米 機 が で き て、 五 〇 % で も 三
し、料理にも合いました。
た」と言ってくれました。
「獺祭」を飲んで、「一瞬で恋に落ち
チの帝王と言われるロブションが
もありますが、最近、例えばフレン
ころで、海外では通用しない。抵抗
日本の伝統的な文化だ、と言ったと
さ」を目指していくしかないですね。
桜井 蔵元としては、異業種格闘戦
で 勝 っ て い け る、「 絶 対 的 な お い し
められますね。
桜井 アメリカで二倍、ヨーロッパ
で四倍近い金額です。仕入れ価格は
猪 瀬 「獺祭」は海外でいくらぐら
いで飲まれているんですか。
とは造れませんから。
量は決まっていて、急に二倍、三倍
ことがうれしい反面、酒蔵の仕込み
(笑)
。海外に日本酒の魅力が伝わる
るのではないかと危惧しています
多くの日本人が日本酒を飲めなくな
上って、ロマネ・コンティのように
ボトルじゃないですよ。日本なら一
ト五〇〇ユーロ、当時の七万円です。
格に驚きました。なんとワンショッ
酒をオーダーしようとして、その価
りました。随分変わったな、と日本
ディッドウイスキーのカティーサー
米歩合が低い酒の方がおいしかった
中があるか分りません。五〇%削っ
機も貢献していると思います。
猪瀬 「獺祭」を輸出している国は
どれくらいあるのですか。
のレストランでは大抵、仕入れ価格
日本酒と海外進出、
クも同じスタイルです。
ても、糠やタンパク質など、除きた
桜井 そうした技術革新に加えて、
日本人が日本酒においしさを求め出
桜井 マスコミ的には二〇カ国と言
っていますが、一、二ケースから大
の三倍をかけますから、単純計算で
猪瀬 なるほど、伝統的な醸造アル
コールの使い方が生きているわけで
いものが残ってしまう可能性がある
したことが、日本酒を変えてきたと
使館に送っている所も含めれば一〇
〇カ国を越えています。
竹田 逆に言えば、日本酒は、ロマ
ということになります。
「獺祭」も日本で買う十二倍の価格
関係ないとの話でしたが、フランス
一本数十万みたいなことになったら、
んです。山田錦は高精米しても崩れ
思っています。
酒も作っています。
竹田 二年程前、パリでレストラン
に入ったところ、日本酒が置いてあ
すね。ところで「獺祭」は二三%ま
にくい米で、実は「獺祭 磨き そ
の先へ」という、二三%以上削った
猪瀬 酒造りには様々な工程があり
ますが、究極のおいしさは、精米歩
5
ネ・コンティと並ぶ価格で取引され
るシステムが整っています。
の酒も造り、一年中工場を稼働させ
な作業は、人の方がうまいんですよ。
しく切れるでしょう。そうした微妙
身は、機 械で切るより 人の方がおい
出るというように、農村と酒蔵がリ
意識的に日本酒を飲むようにする、
少は下げ止まるのではないか。少し
酒になるだけで、毎年数%ずつの減
竹 田 私 は、
「 取 り あ え ず ビール」
が良くないと思うんです。日本中で
ではないかと思っています。
発見している、という状況があるの
ら伸びている。若い世代が日本酒を
ちています。一方東京は、微増なが
る体制を作ってきた。どんな伝統産
居酒屋にも高品質のものを供給でき
ムを作り上げ、高級店だけでなく、
普及させるための、大量生産システ
付かない。でも旭酒造はいいものを
猪瀬 山口県の一酒造が全国ブラン
ドになったら、普通は生産量が追い
メスのマネをしなくていい。
ればと。なにも、日本酒業界がエル
して、次も「獺祭」を選んでもらえ
場を広げ、徹底的においしさで勝負
きる限り「獺祭」を飲んでもらえる
けは、あくどいと思っています。で
タルの力で、綿 密に数 値 化していま
担ってきたところを、
「獺祭」はデジ
の処置判断など、杜氏の勘と経験が
今まで日本酒業界で、米に対する
水分量や、発酵過程、麴の成育過程
ろうとしています。
という壁に対して、正面突破をはか
高めていく。そうすることで、世界
的な選択です。技術を追い、品質を
から、一年中酒造りをするのが合理
使えば、夏場の冷蔵管理も容易です
活ではなく、日本が持つ空調技術を
なりません。また今は稲作中心の生
たちに酒造りを教えていかなければ
日本酒産業を残すためには、若い人
排除すれば、産業は細りゆくばかり。
品質が上ってきたのだと思います。
命にいいお酒を造り続けることで、
酒造をはじめ、全国の蔵元が一生懸
れます。日本酒業界はひとえに、旭
い酒を造ろうという発想より、いか
そもそもが酒税法ですから、質のい
税法改正は、大変革でした。しかし
法ではないんですよね。八九年の酒
北本 ドイツにはビールの醸造法が
ありますが、日本は酒税法で、酒造
税の一%近い大きな税源です。
め二・二兆円ですが、それぞれ消費
四兆円、煙草は小売価格が上ったた
ビールの影響で酒税は少し減り一・
猪瀬 北本さん、そもそも鑑定官は
国税庁の管轄ですね。最近、第三の
神事だった酒造り
『古事記』 で
るだけの価値がある。しかし、おい
しいお酒が造られるようになり、日
本酒ブームと言われながらも、国内
では毎年数%ずつ消費量が下ってい
る状況ですよね。
ンクしていました。でも杜氏制度は、
「とりあえずビール」をやめるという
業も直面しているのが、職人の高齢
す。発 酵の度合いを日々数 値で叩き
猪瀬 二〇一五年には規格が厳格化
され、日本産の米を使った、国内生
日本経済の発展で、農村とともに崩
ことで、皆様いかがでしょうか (笑)
。
化と後継者問題です。杜氏も例外で
出し、それに基づく〇・一度単位の微
産のもののみ、日本酒と表示できる
桜井 今まで日本酒のお客さんと思
っていた団塊の世代以上が、焼酎に
猪瀬 確かに、いつから「とりあえ
ずビール」になったのでしょうね。
はありませんが、旭酒造には若い人
妙な温度コントロールは人がやる。そ
ことになりました。
秋田、新潟、島根で、売り上げが落
日々行われている乾杯の一割が日本
壊しました。伝統を守り新規参入を
一方「獺祭」は最近、一般的な居酒
たちが勤めていますよね。また伝統
こは機 械 化しないんです。例えば刺
日本酒の一人当たりの消費量が多い
屋にも置いてありますね。
的な冬仕込みだけでなく、夏仕込み
に税金を負担させるかに主眼が置か
桜 井 私 は、
「幻の銘酒」というよ
うな希少性によるブランドの価値付
行ったきり帰ってこない状況です。
ぼ仕事をし、閑散期の冬場は杜氏に
桜井 旭酒造の社員の平均年齢は、
二六・九歳です。以前は、夏は田ん
北本勝ひこ 日本薬科大学特任教授
6
もたくさん作られていて、中でも韓
北本 これははじめての酒造法的な
概念と言えますね。日本酒は外国で
る状況ですから、増やせばいいだけの
毎 年八万tずつ米の生産が落ちてい
量を増やして欲しい。日本の農 業は
いう前向きな発想ですよね。
値段も高い山田錦を作ればいい、と
を約束していただけない。神前には間
るようなことがあれば、来 年の実 り
る重要な祭です。神 様の怒りに触れ
人が命を長らえられるよう、神に祈
ところまで行います。白酒・黒酒・醴
桜井 そうなれば農家は収益が上が
り、次世代の跡継ぎ問題も解決しま
竹 田 は い。『 古 事 記 』 を 軸 に 日 本
を学ぶ勉強会の一環で、酒造りをし
前に上るのですが、そのうち清酒以外
話です。山田錦は普 通の飯米よりは
ています。が、どうしても足りないの
ています。非売品ですが、純米吟醸
は、神 宮で醸 します。また醴 酒は、
国には最も規模の大きな工場があり
一五 年 以 降 は 日 本 に 入 っ て き て も
ってもらえるように頼んだことがあり
酒「國酒禊」と言います。日本は稲
神 主が自ら育てた米で造られます。
違いのないお米、お酒を差し上げなく
「清酒」としか表示できなくなります。
ます。その夕方、全農の部 長から携
作文化ですが、今ではほとんどの人
それぐらい酒は重要なものであり、酒
す。
猪瀬 この方針は、国内生産者を保
護することにも繋がりますよね。酒
帯に電話がかかってきて、勝手に米の
が田植えをしたことも、お酒を造っ
がなければ祭は成り立たないのです。
るかに高い米ですし。山田錦は兵 庫
米の生産農家を増やさない限りは、
作付を頼むのはやめてほしいと。
たこともないですよね。実際に酒造
ます。そこで造られたものは、二〇
いい日本酒も造れない。
猪瀬 農協の作付規制は、つまり国
による規制ですよね。これから二〇
りを体験することで、何か日本とい
猪瀬 北本さん、ワインは一度発酵さ
せるだけでできてしまう。それに比べ
てはいけないということで、神宮では
桜井 山田錦は「酒米の帝王」と言
われる優れた米ですが、生産量を増
二〇年にむけて、外国人の来日が増
うものを感じられるのではないかと、
県では三農協だけが推 奨農協となっ
やすことを考えずに、現状の枠 内で
え、日本文化が知られる機会ですか
種もみを撒くところから田植え、稲
政策や、側面援助があるべきだと思
刈りまで完全無農薬で酒米を育て、
母、もろみの仕込み等、複雑ですね。
酒・清 酒という、四種 類のお酒が神
神主自らが、田植えからお酒を造る
いくら新たな方針を立てても、新規
ら、阻害や規制ではなく、国の観光
猪瀬 ところで竹田さんもお酒を造
っているとか。
参入が阻害されるだけ。発展性がな
て日本 酒の工程は、麴を成 育し、酒
過ぎている、と非難されるのですが、
で、それ以 外の農 協に、山田錦を作
いですよね。山田錦を旭酒 造が買い
酒蔵の協力を得て、仕込みから絞り、
で、倍に増えています。国内の米の
い先頃まで三〇万俵台前半だったの
( 三 万 七 〇 〇 〇 t )に な り ま し た。 つ
で は、 山 田 錦 が 六 二 万 六 〇 〇 〇 俵
もらっていて、昨年度農水省の推計
桜井 そうした攻防はありつつも、
今は新潟と栃木でも山田錦を作って
年の五穀豊穣を感謝し来年の豊作を
二〇一六年は伊勢志摩サミットの開
催 年ですが、伊 勢 神 宮では毎 秋、今
神事として記されています。
ということになりますが、酒造りは
で、ここに書かれていることが起源
す。『 古 事 記 』 は 日 本 最 古 の 歴 史 書
す。ただ何十年も経て見ると、山田
錦も日本晴も差がほとんどないので
した。科学的な成分としては、山田
米は山田錦に拘らずとも日本晴でも
私が醸造試験所にいた頃、極端な話、
造りの技術が重要ですね。そのため、
原料のぶどうの が品質に直接影響
します。一方の日本酒は、確かに酒
北本 ワインは工程がシンプルな分、
そんなこと言ってないで山田錦の生産
生産量は、八〇〇万t弱ですから、
願 う、神 嘗 祭が行なわれています。
錦で作った酒の方がおいしい。科学
瓶詰まで体験させていただいていま
山田錦は〇・五%強にあたります。
稲は「命の根」
。神嘗祭は来年、日本
充分いいお酒ができると考えていま
猪瀬 耕作放棄地なんかなくして、
7
いますね。 竹田恒泰氏
他の様々な文化と共に中国大陸から
本酒として磨き上げていく他ない。
ここが、日本酒業界が再生できるか
ている麴と、日本の麴は、黴の種類
北本 はい。ゲノム解析の遺伝子情
報で、中国で昔から紹興酒等に使っ
日本独自の黴だと分かったとか。
結果に差がでないというわけではな
的な数値の差が微小だからといって、
化できない。当時から酒には担税の
て中国の麴造りはアバウトで、家畜
専門の種麹屋さえありました。比べ
飼いならされ、鎌倉時代くらいから、
か。日本の麴は野生のものがうまく
り入れる必要がなかったのではない
を持っていたから、中国の麴菌を取
仮説ですが、中国文化が伝わって
きたとき、既に日本は優れた麴文化
とを示していると考えられます。
日本に「こうじ」という黴があったこ
まり、漢字が入ってきたときには既に、
か「キク」と読みますが、日 本では
という漢字は、中国では「キョク」と
ったため、と言われています。
「麴」
漢字伝来以前に、お茶が日本になか
が「チャ」と音読みしか持たないのは、
漢字の伝来で、固有語の大和言葉
は訓 読みとして残り、例えば「茶」
基本設定になるのかどうか。
日本酒をチョイスできるコースが、
界のレストランで、ワインと並んで、
場に到達することができるのか。世
猪瀬 そうした和食文化を前提にし
つつ、日本酒はこの先、普遍的な市
ですね。
の出汁文化が担ってきたということ
もたらす役割を、醤油や味醂、味噌、
れを使わない。淡泊な中に味わいを
北本 洋食は、ミルクやバターのよ
うな油脂分を含みますが、和食はそ
すね。
のうま味を発見したのも、日本人で
ま味が発 見されたのが二〇世 紀。こ
猪瀬 甘味、酸 味、塩味、苦 味とい
う四つの味に加えて、五つ目の味、う
和食文化の展望
れるのではないか。日本人は自国の
産になった和食も、ますます見直さ
さらに海外で評価され、無形文化遺
望を持っています。二〇二〇年の東
たことなど、割と日本酒に明るい展
祭」というブランドが急速に普及し
分たちで酒造りを始めたことや、
「獺
どうかの分かれ目だと思います。
が全く違うことが分かっています。
義務がありましたが、種麹が悪けれ
桜井 可能性は大いにあります。た
だ現在は、フランスワインの海外輸
麴文化と出汁文化、
古くは「口噛みの酒」といって、
神事では若い女性に米を噛ませるな
ば酒が腐ります。当然いい種麹屋が
出八〇〇〇億円に比べ、日本酒は一
やってきたと考えられていました。
どして、唾液中のアミラーゼでデン
あった地域は栄えました。
猪瀬 ゲノム解析を用いた研究では、
日本の酒造りで使われている麴菌が、
かび
四〇億円程です。異文化との初めて
り返しながら、世界で勝ち抜ける日
京オリンピックへ向けて、日本 酒は
猪瀬 僕は、竹田さんを中心に若い
人たちが、酒造メーカーと組んで自
プンを糖化させ、酒を造っていたの
の遭遇ですから、最初はうまくいか
「こうじ」と訓読みします。これはつ
です。しかしそれでは効率が悪く、
猪瀬 種麹屋とは、つまり日本独自
のバイオビジネスが成立していたと
なくて当たり前です。直接失敗を繰
日本酒などの麴文化と鰹や昆布など
大量生産できません。そのうちに糖
いうことですね。
それが麴菌ですが、十年程前までは、
会場では「獺祭」の試飲も
いことが分かりました。
化する材料として麹黴を発見した。
猪瀬直樹所長
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文化にもっと自信を持つべきです。
んで、と。そう言えるものを造って
すね。麴の研究を進めることで、和
来が悪い年は、作り手が諦めてしま
竹田 ワインには「当たり年」があ
りますが、逆に言うと、ぶどうの出
行こうと。
食の健康性がもっと具体的になり、
う わ け で す ね。 日 本 酒 に は、「 当 た
北本 外国人に対して、和食の健康
力のエビデンスがまだ不足していま
日本酒や和食が世界的に広まること
り年」も「外れ年」もない。職人さ
根を引っこ抜いてくれるような、そ
桜井 「獺祭」は、
「おいしいから食
べて」とおばちゃんが裏の畑から大
い米だからいい酒ができないかとい
トロールしやすい米。でも出来の悪
すると言うんです。いい米とはコン
を願っています。
んなシンプルな考え方で海外に出て
ったら、そんなことはない。ハラハ
んは、出来の悪い米だったら、努力
行こうと思っています。マーケティ
ラするけれど、手をかけていいお酒
ングより、とにかくおいしいから飲
になったときの感動はひとしおだと。
日本人の物作りの真髄は、そういう
ところにあると思っています。
猪瀬 大阪の醤油が薄口なのは、礼
文や利尻の昆布が北前船で入ってき
ていたため。一方の江戸は鰹出汁な
ので、濃口の醤油になる。日本各地
に味の違いがあり、和食も一色では
ないですよね。一つの伝統の中で多
様な文化が花開いている。和食の魅
力を日本人が再発見して、自信をも
って情報を発信し、海外の方にも、
もっと日本酒と和食を味わっていた
だきたいと思っています。
『週刊読書人』(二〇一六年七月一日第三
一四六号)より転載
パネリスト紹介
桜井博志 (さくらい ひろし)
猪瀬直樹 (いのせ・なおき)
(敬称略)
一 九 五 〇 年、 山 口 県 周 東 町( 現 岩
作家。一九四七年生まれ。 八
七年
国 市 ) 生 ま れ。 七 三 年 松 山 商 科 大
『ミカドの肖像』で第十八回大宅壮
学( 現 松 山 大 学 ) 卒 業 後、 西 宮 酒
一ノンフィクション賞を受賞。『日
造( 現 日 本 盛 ) を 経 て、 七 六 年 に
本国の研究』で九六年度文藝春秋
家 業 で あ る 旭 酒 造 に 入 社 す る も、
読 者 賞 受 賞。 以 降、 特 殊 法 人 等 の
酒 造 り の 方 向 性 や 経 営 を め ぐ っ て、 廃 止・ 民 営 化 に 取 り 組 み、 二 〇 〇
先 代 で あ る 父 と 対 立 し て 退 社。 七
二 年 六 月 末、 小 泉 首 相 よ り 道 路 関
九 年 に 石 材 卸 業 の 櫻 井 商 事 を 設 立。 係 四 公 団 民 営 化 推 進 委 員 会 委 員 に
父の急逝を受けて八四年に家業に
任 命 さ れ る。 そ の 戦 い を 描 い た
戻 り、 純 米 大 吟 醸「 獺 祭 」 の 開 発
『 道 路 の 権 力 』 文( 春 文 庫 に) 続 き
を 軸 に 経 営 再 建 を は か る。
「獺
『道路の決着』 文(春文庫 が)刊行さ
祭 」 は、 日 本 を 代 表 す る ブ ラ ン ド
れ た。 二 〇 〇 六 年 一 〇 月、 東 京 工
に成長し、世界に進出している。
業 大 学 特 任 教 授、 二 〇 〇 七 年 六 月、
東 京 都 副 知 事 に 任 命 さ れ る。 二 〇
一二年一二月から二〇一三年一二
月 ま で 東 京 都 知 事 に 就 任。 二 〇 一
五年一二月より大阪府市特別顧問。
竹田恒泰 (たけだ つねやす)
一 九 七 五 年、 旧 皇 族・ 竹 田 家 に 生
ま れ る。 明 治 天 皇 の 玄 孫 に あ た る。
慶 応 義 塾 大 学 法 学 部 法 律 学 科 卒 業。
専 門 は 憲 法 学・ 史 学。 皇 學 館 大 学
非 常 勤 講 師。 二 〇 〇 六 年『 語 ら れ
なかった皇族たちの真実』
(小学
舘 ) で 第 一 五 回 山 本 七 平 賞 を 受 賞。
『日本はなぜ世界でいちばん人気
があるのか』
『現代語古事記』な
ど 多 数 の 著 書 を 上 梓。 全 国 一 七 カ
所 で 開 催 し て い る「 竹 田 研 究 会 」
を 含 め、 年 間 二 〇 〇 本 以 上 の 講 演
を行う。
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日本文明研究所 2016 第5回 シンポジウム
日本は、古来より外部の環境の変化や圧力に対し、柔軟かつ堅実に国を存続させ発展を遂げて
きました。本シンポジウムでは、英国のEU離脱を契機として、11月の米大統領選挙への影響を
踏まえ、今後、我が国がどのように進むべきかを様々な切り口で議論します。
基調講演
「グローバル化と国家」
英国のEU離脱と米大統領選挙を踏まえた今後、日本が進むべき道
ケント・ギルバート氏
米カリフォルニア州弁護士、
タレント
三浦瑠麗 氏
東京大学政策ビジョン研究センター講師、
国際政治学者
日時:2016年8月24日(水)
19時〜21時(18時30分開場予定)
会場:日本経済大学東京渋谷キャンパスホール
(約100人収容)
150-0031 東京都渋谷区桜丘町25-17
小谷賢 氏
日本大学危機管理学部教授
モデレーター
猪瀬直樹 氏
作家、日本文明研究所所長
参加費:2,000円(当日、受付にてお支払いいただきます)
参加申込先:以下のサイトよりお申し込みください。
ttp://www.japancivilization.org/
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お問い合わせ先
日本文明研究所 03-5456-8082
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